ミシロタウンに向けて二人の少年は歩いている。二日前に出発し、急いだことにより、目的地は   目の前だった。ぽつぽつと家がある。草花も気持ちよさそうに風に揺れている。木もたくさん生え   ていた。空も青々として快晴。綺麗な景色である。のどかな田舎。ソラはこの村が好きだった。     ポケモン絵巻         第三話「ポケモン誘拐奇形化事件」    「あそこがミシロタウンだけど、ってそれくらいわかるよな?」    ソラはやや後ろを歩いているG´に聞いた。頷かれたことからやはり分かっているらしい。ソラ   の出身地のためか意気揚々と彼は歩いていた。足取り軽く、進む。もうすぐそこだ。しかし、G´   はあまり気乗りしなさそうである。    「どうしたんだ? キミが行きたいって行ったのに・・・」    「いえ、いざ行くとなると・・・、なんだか人前に顔を出すのがいやなんですよ」    「まったく、キミって奴は」    ソラは毎度のことながら呆れて物も言え無い。この二日間、ずっとG´には閉口させられてきた。   自己中心的な考えが一番疲れるのだ。何度怒鳴ったことか数え知れない。しかも、アレも嫌、コレ   も嫌。腹が立って当然というものだろう。まあ、何はともあれ。これでようやくマトモな人とも出   会える。    小さな村は今日も何の変哲もなく平和そのもの。ときどき人が出てきては楽しげに会話をする。   が、ソラは違和感を感じた。無理に顔を繕っている気がした。他の町でもそうだったが・・・。    「妙だな・・・。何かおかしい」    「ソラくんもそう思われましたか? 私も変だと思いました」    「ああ。つくり笑顔が多い気がする・・・。なんでだろう?」    「ともかく、聞いてみることですね」    「よし、行こう。・・・、キミも行くんだぞ?」    動こうとしないG´にソラは釘をさした。まったく、少しは自分で動いてくれ、と懇願しそうに   なったソラだった。    (もしかしたらレジェンズに関係があるかもしれない。動くとしたらあそこくらいのもんだしな   あ。アクア団やマグマ団の残党ってことも考えられるけど・・・、一番の勢力と言えばレジェンズ   しかない。この短期間であそこまで成長した団体だしね)    緑のなかにそびえたつ研究所を見るとソラは足を向けた。それにならってG´もノロノロと向く。   オダマキ博士にまずは聞いてみるか。    数人の研究員と指示を出している白衣の男性。それも中年くらいだろうか。整備されている場所   は本棚くらいだ。本棚にはぎっしりとポケモンの生態関係の本がある。あとは床に液体やら書類や   らが散らばっている。しかし、食べかすなどは一切落ていない。忙しさは滲み出ている。数日前に   訪れたときよりも増していた。    ソラは指示を出している男性の前まで歩いた。もちろん、G´を引き連れて。    「博士! こんにちは。ソラです。随分と忙しそうですね」    博士と呼ばれた男は顔を上げた。彼こそ、ホウエンのポケモン博士、オダマキである。ポケモン   図鑑の作成もやっていた。ただし、自分の認めた者にしか渡さないらしい。それは、オーキド博士   のときからそうだったが、悪用を避けるためだった。用途によっては絶大な武器にもなり得るのだ。   ゆえに、警戒するのも当然だ。    「やあ、ソラくん。どうしたんだい、こんなに早く。まだバッジを全部集めきってないだろう?」    にこやかに笑みを浮かべてオダマキは言った。ソラは頷いた。    「はい、でも集めるのをやめようと思うんです」    「ど、どうしてだい? リーグに出たいだろう。まだ若いんだし・・・」    オダマキは一瞬驚いたがすぐに納得した。おそらく、彼には気にかかることがあるのだろう。ポ   ケモンリーグに出るよりも大事だと思うことが。    「レジェンズのことをもっと追うべきだと思うんです。ポケモンを悪用したりするのは許せませ   ん。僕はリーグに出るよりもレジェンズを潰す方を優先したいんです!」    「ふーん、そうですかねぇ? 私はそうは思いませんがね」    気の抜けた声でG´が口出しした。    「ど、どう意味だ? キミだってレジェンズを追ってるんだろう!」    頭をかきながらのんびりとG´は聞いている。彼にとってレジェンズを追うことはただの興味、   あるいは依頼でしかないのだ。G´にとってもポケモンを悪用されるのは嬉しくない。だが、それ   は野生のポケモンに限ってだった。他人のポケモンはどうでもいいのだ。彼にとって他人というの   は大事な存在ではない。ソラと違って誠実という文字からあまりにもかけ離れている。    「まあまあ、ソラくん。落ち着いて。それよりもレジェンズが最近やっかいな事件を起こしてい   るのを知っているかい?」    それにぴくりとG´が反応した。    「『ポケモン誘拐奇形化事件』ですね?」    「ああ、そうだ。ところで君、何者だい?」    G´を怪訝そうにオダマキは見た。なにしろソラの友人にしてはあまりにも礼儀というものがな   ってないのだ。しかも、ソラの嫌いそうなタイプ。よく几帳面な彼が我慢しているものだ。    「名乗ることはできないので、気が向いたら言います」    「・・・・・・」    満足のいく答えが返ってこない。なんなんだこの子は・・・! いや男は、というべきか。    オダマキが呆然としているときだった。    突如、白い煙が研究所に充満した。    「な、なんだ!?」    「よう、オダマキ博士。二日ぶりだな!」    研究所の窓に人が立っている。どうやら割って入ってきたらしい。他の研究員は眠ってしまって   いる。オダマキも眠そうだ。二人組みが立っている。一人はわりと高めで、もう一人はかなり小さ   い。今度は小さい少年が口を開く。    「へえ〜、あのぽっちゃりした方がオダマキ博士ですか? フィールドワークをしているという   割には太ってられるんですね。まあ研究が素晴らしいだけマシですけど。それでもぼくには勝てま   せんよ」    皮肉をたっぷりとこめてネチネチとした言い方。あまり、感じのいいものではない。銀色の髪を   かきあげて気取っている。しかし、眼の輝きには知的なものが宿っていた。ただの気取り屋ではな   さそうだ。    「オダマキさんよぉ、オレにはどうして図鑑をくれないのさ? そこのぼけっとしたヤロウよか   ずっとマシだと思うぜ。それじゃあ、ナマケロに渡してるのと変わらないじゃん」    背が高い少年がくちゃくちゃとガムを噛みながら言う。彼は、二日前にこの研究所を訪れたが、   答えはノーだったのだ。もちろん、態度に問題があるのだが、本人はまったく自覚がないみたい。    ソラは聞いていて腹が立った。人の研究所を壊しておいてこの慇懃無礼な態度。ソラはもともと   無礼な人物を嫌うため、これには神経がプッツンといきかけている。    「キミたち、研究所を壊しておいてよくもそんなことが言えるな!」    G´並みに失礼極まりない奴らだ、と毒づきながら怒鳴った。    「嫌ですねー、ぼくたちを無礼者扱いしないでいただけませんか? ぼくらは敵のところに来て   いるんですよ。敵であれば戦力を減らすことをしなければならない。違いますか?」    「敵? キミたちはただのトレーナーだろう? こんなことをする必要はない!」    「いーや、オレたちはオダマキ側の敵なんだぜ。なにせ、レジェンズなんだからな!」    レジェンズ。それは伝説のポケモンを手に入れるためならば手段をいとわない団体。目的は謎に   包まれている。首領ですらわかっていないのだ。ほとんどの庶民は何をやっているのか、どんな人   物がいるのかすら知らない。全てが謎の集団。    「じゃあ、キミたちがあの『ポケモン誘拐奇形化事件』を起こしているんだな?」    ソラの目がきつくなる。全てを射抜くような眼差し。これは彼が鍛え上げてきた精神を持つから   に違いないものだ。しかし、相手も怯むことはない。真正面から睨み返してくる。    『ポケモン誘拐奇形化事件』。名の通り、トレーナー、ブリーダーのポケモンが誘拐されるのだ。   しかし、手元にはなぜか帰ってくる。それも、能力値が格段に上昇して。バトルというバトルに勝   利を重ねる。負けという二文字は見えない。だが、それは最初のうちだけだ。何日間か過ぎると奇   妙なことが起きる。ポケモンの姿が変わってしまうのだ。そして、暴走という暴走を繰り返して力   尽きてしまう。そんな痛ましい事件のことだ。    「フフフ、当たり前じゃないですか! だってその研究の最高責任者はぼくなんですから!」    小さな少年はまだ幼い顔に酔いしれた表情を浮かべている。自分の研究に酔っているのだ。そし   て、続けた。    「オダマキ博士も素晴らしいと思いますよ。こんな研究、ぼくにはまだできないでしょうし。で   すが、博士もわからないようなポケモンたちの生態。それをぼくが創りだすんです! わずか十歳   の少年がやったのなら、ぼくは神と言われてもおかしくないんじゃないですか?」    熱っぽく語ると最後には押し殺して笑っている。    「クレイジーですね」    ソラの背後でぼそりとG´が言った。のっそりとソラの横まで歩み寄る。    「人のやることとはあまりにもかけ離れています。ただの気違いですね」    その言葉に幼い少年がぴくっと眉を吊り上げた。しかし、余裕のある笑みを浮かべると背を向け   た。手には書類とディスクをたっぷりと持って。    「ああ〜! それは私の研究が・・・!」    オダマキは悲痛な声をあげた。長年の研究が奪われるのは耐えがたかった。自分の肉体の一部を   剥ぎ取られるような、そんな痛み。我が子のように可愛がってきた研究。    「では、失礼」    「悪いな、オレを怒らせたんが悪いんだぜ?」    二人は割った窓から外へ出た。それを見てオダマキはがっくりと肩を落とした。その拍子で膝が   地面につく。    突如、外へ影が躍りだした。    「私が追います・・・」   G´だった。         Go to next story! 後書き  読んでくださった方、ありがとうございました。ようやくこの話にて敵、ライバルの登場です。 まだ、G´のポケモンは出ていないのですが、バトルにさしかかりそうです。これからは急展開に なるかもしれません。そして、残されたオダマキ博士はどうなるのでしょう? それは私にもわからないことなのです。