「! 追ってきましたよ」   背後を確認した少年が言った。G´は足が速い。自転車に乗っている二人組みに追いつこうとしていた   「シン、おまえがゆっくり荷物を運ぶからだろうが!」   必死に自転車をこいでいる背の高い少年が怒鳴った。むっとしたようにシンと呼ばれた少年は口を尖ら  せる。   「しょうがないでしょう、大事な研究材料なんですから。そんなに追っ手が嫌ならぼくが追い払います  よ。その代わり、これをしっかり届けてくださいね」   そう言うと、自転車から飛び降りる。G´に向き直った。   「ふふふ、どうぞ。正義のトレーナーさん。ぼくを倒せばあれらは返しますよ」      ポケモン絵巻          第四話「終焉への旅」   立ち止まったシンにG´が並ぶ。恐ろしいまでに身長差があった。草を踏みしめて近づいていく。無  表情でオーラを出しているG´は不気味だった。まだ幼い子供にしては未知の人物に違いない。が、子  供はクレイジーな笑みを浮かべて待っていた。   「おや、どうしました? ひょっとして怒ってますか? まあ当然でしょうけど。トレーナーなら憧  れのオダマキ博士を侮辱されて嫌なんですよね?」   声にならない笑いを漏らしながらシンはぺらぺらと喋る。そこをG´が通り過ぎた。しかし、ぐっと  腕をつかまれた。   「言ったでしょう、ぼくを倒してからでないといかせませんよ!」   邪険そうにG´は払う。どうやら力では彼の方が上らしい。   「私はあなたを倒す必要性を感じません。なので、先へ進ませていただきます」   「別に感じる必要はないですよ。だってぼくが倒したいだけですから」   「では、このまま眠ってもらいましょう」   G´はさらっと敵らしいセリフを吐くと、ボールを構えた。   もともと、G´は人に対しての優しさは持ち合わせていない。彼にとって他人という存在は無用の長  物だった。そして、それはトレーナーとして強さを磨くときにとても役に立った。人を気にしないから  なりふり構わず特訓できるし、人間関係が無い分、たっぷりと自分の時間がある。彼が人の役に立つ仕  事を受けているのは、生計手段にすぎないのだろう。   強かった。鬼神といってもいいぐらいに。まったく歯が立たないのは久しぶりだった。首をわずかに  傾けて去る人物を見る。   服装も地味で、髪も伸び放題。いかにもとろそうな奴。   (こんな奴にぼくは負けたのか・・・?)   なおも現実を信じられず、瀕死になったシェルダーをボールに戻した。G´の出したフーディンは強  力だった。おそらくは普通にサイコキネシスをとばしたに違いないが、トレーナーにまで被害は出た。  それよりも、G´に宿る眼の光の方が信じられなかった。   氷よりも冷たい光。何ものも寄せつけない。   考えただけでも、背筋が凍る。あれは同じトレーナーなのか。いや、認めない。シンはぎゅっと唇を  結んだ。なんとか体を起こす。去りゆくG´に皮肉っぽい表情を浮かべて言った。   「慈善活動ですか? ふん、どうせレジェンズには敵いませんよ。なんでまた、負ける側につこうと  いうんです? ははあ、もしかして顔に似合わず自己犠牲が好きな方ですか。案外人は見かけによらな  いものですねぇ・・・」   挑発が効いたのか、G´が振り向く。   「図星ですか? まあ、正直あなたのことを見損なってましたよ」   「あなたのようなお子さんに、それも初対面のはずですが・・・、見損なわれていたとは驚きです。  どちらにしろ、もう私を止めることはできません・・・」   陰気臭くやり返す。まさしく、根暗人間が喋っているかのようだ。というよりも本当に根暗だろう。  歩き方も卑屈に、すごすごと歩く。なのに、やたらと速い。ぶっちゃけた話、オバケが這いずり回って  いるみたいだ・・・。   「私はあなたの思っている通りの人間だと思います。ですが、それは人間に対してだけですよ。今、  レジェンズを追っているのは怒りと好奇心からです。あ、そういえば。あなたがポケモンを実験してい  たみたいですね」   G´は薄気味の悪い笑みを浮かべた。目が笑っていないのだから、怖い。ゆっくりとシンに近づいて  いく。じわじわと恐怖を染みこませるかのように。テンポが遅く、威圧的で。   「まずは、どうしてやりましょうか・・・?」   がっとシンを引き寄せて耳元で囁いた。小さな少年の顔が恐怖で歪む。   「やめろ!」   背後で誰かの叫び声があがった。   ソラだった。肩を上下にさせて・・・、どうやら走ってきたらしい。激しい動きをして赤みがさした  頬はさらに濃くなった。   「それ以上は必要ないだろ!」   誰の目から見てもシンは動ける状態ではなかった。ソラは力いっぱいG´を睨みつける。   「おや、妙な人ですね。この子は、いえこのガキはポケモンを実験にしてわざわざ惨たらしい死を迎  えさせてるんですよ。だから、当然の罰をくだそうとしているんじゃないですか! 私は他人のポケモ  ンなんてどうでもいいんです。しかし、ポケモンが苦しむのはあってはならないことなのですよ!」   「だからって、していいわけないだろっ! 見ろ! その子は怯えきっているじゃないか!」   ソラはちらっとシンの様子を窺った。可哀相なことに、G´に恐怖を抱いているのは事実だった。一  刻も早く逃れようとしている。しかし、弱りきっていて抵抗もできないほどだった。ぐったりと腕をた  らして、かと思うと急に身を縮めてパニックを起こしそうなほどである。   「なぜ、そんなふうに怒られるのです? あなたはポケモンをおもちゃみたいに扱われて腹を立てな  いんですか? ポケモンのこと、どうでもいいとおっしゃるのですか?」   その質問はばかげていた。   「G´、キミは人間が嫌いなんだね」   断定するようにソラは聞いた。瞳だけが悲しく光っている。   「・・・・・・!」   人間が嫌い。たしかにそうだ。その思いに間違いはない。ただ、なぜだろうか。こんな頭がかちかち  の根っからの真面目な人間に言われたくないのは。嫌い、ということはソラも嫌いなのだろうか。当た  り前のことも考えたことがなかった。ポケモンに嫌われるのは絶対にイヤだ。では、人間は・・・?   「ソラくん・・・。あなたのおっしゃる通りです」   G´は抑揚の無い声で言う。   「ただ、以前の話です。私はあなたのことをすごく興味深い人物だと思っています。色んな意味であ  なたから教わることはたくさんある。だから、いえ、そのなんといおうか・・・」   頭の中から言葉を探そうとするかのようにG´はかきむしった。今まで考えたことがなかったのだか  らしょうがない。まだ、必死で言葉をさぐって、伝えようとしていた。ソラはただ待った。   どもりながらG´は続けた。   「と、ともかくです。私は、ソラくんのこと、だけですが、友達として見てもいいと思ってます。特  にこの数日間でそう感じました」   そう言いながら、何かを渡した。   「こ、これは・・・?」   ソラの手のひらには七色に輝く宝石があった。   キラキラとしていて、心を奪われるように綺麗。まるで世界の光を集めたかのような温かな輝きを持  っていた。   「本当にポケモンが好きなトレーナーに託してください。そして、私の後を追わないでください」   「ど、どういうことだ!?」   「私の友達だからです」   「だったらなおさらだ。キミだけを行かせることなんてできるわけがない!」   それを聞くとG´は微笑んだ。なんだか嬉しかった。鉄の壁が取り払われたようだった。   「それはレインボー・ストーンという奴です。大事なものですから、もし、私が渡すべき人に渡せな  くなったら大変なんです。だから、受け取ってください」   決死の覚悟なのがひしひしと伝わってくる。   ソラには二つの選択がある。   一つはG´の願いを無視して意地でもついていくこと。   もう一つはG´をそのまま見殺しにするかもしれないこと。   正直、迷った。どっちにしても最善の選択になるかわからないから。だけど、そんなものは変えてしま  えばいい。自分でなんとかするしかない。それでも、ついていくのはいいのだろうか? G´は嫌がるの  ではないだろうか?    G´は真摯な瞳でソラを見ていた。   しかたないなあ。   そんな眼で見られちゃ・・・。   「わかったよ。G´、約束だ。僕は必ず、こいつを渡す。だけど、キミは絶対に死ぬなよ!」   晴れた。顔をほころばせて、G´は頷いた。   背を向けるとソラには目もくれず、走る。レジェンズのアジトを目指して。   さようなら、友よ。古風な呼びかけを心の内でお互いはしていた。   それから、一年たってもG´の行方は知れない。ソラは、ずっと探していた。渡すべき人を。       あとがき   ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます。酷い終わり方ですいません。  ポケモンというポケモンが出ていない! ままに終わってしまいました。こんなんでも  読んでくださったのなら、嬉しいです。酷い終わらせかたしたくせに、続編は出るんで  す。うわ〜、だめなやつだな。ともかく、ありがとうございました。感謝の一言です。