足跡の先で、




 僕はある日、足跡を見つけた。
 砂漠で暮らしている僕にとって足跡自体はさして珍しいものじゃなかったけど、その足跡の形が始めて見るものだったので。
 だから、僕はその足跡が気になって、辿ってみることにした。
 その足跡の主は、どうやら近くの丘の上の方を目指しているようだ。
 それが解ったのは、実を言うと僕にとっては大きな事だった。
 なにせこの砂漠では、常にびゅうびゅうと砂が荒れているので、急がないとすぐに足跡が消えてしまう。そのくせ、自分の足が遅いから、それがいくら漠然としていたって、目的地のようなものが決まったのはありがたい。
 
 道中、多くのモンスター達を見かけた。
 そして、その大半は手負いの状態だった。
 頭に瘤を作った者、体中に何者かの歯型を残している者。彼らはその二種類に分ける事ができた。
 ついでに言うと、その八割程度は前者であった。
 数時間かけて、僕はその足跡の果てへと辿り着いた。
 幸い、本日は砂はいつもよりも穏やかだったので、足跡は残っていた。
 その足跡の果ては、丘の端だった。
 一番端のところは、その足跡の爪先にあたる部分だけが付いていた。
 僕は少し嫌な予感がして、急いで丘の下を見た。
 ……そこには、全体的に青っぽい色で、一部に灰色が入っているモンスターが苦しげな顔をして倒れていた。
 どうやら、予感は的中していたらしい。
 僕は、急いでその場所へ向かった。
 その後、僕は僕の種族―――ナックラーとしては驚異的なスピードでその場所に辿り着き、そのモンスターを担ぎ上げた。
 なんとか息はしているようで、思わず安堵のため息を漏らした。
 そして、僕は友人の所へと急いだ。
 その友人は、昔ホウエン中を旅していたらしく、非常に博識なノクタスだ。
 性別は男で、名はミンナという。恐らく、彼ならば何とかしてくれるだろう。
 ちなみに、担ぎ上げる時に気付いたのだが、このモンスターは女性のようだった。
 そんな事に気付いてしまったせいか、『彼女』を運んでいる間は柄にもなくドキドキしてしまった。
 全く、情けない。
 僕は、数分と掛けずに彼の住む洞穴へと辿り着いた。
「ミンナ。居るかい?」
 基本的に彼はこの洞穴から離れる事はないので、聞くまでもないとは思ったけど、一応声を掛けた。
 すると、程なくして返事は来た。
「ああ。何の用だ。ラック。」
 ラックと言うのは僕の名前だ。
「怪我人がいるんだけど、診てくれないか。」
 僕がそう言うと、彼はすぐに洞穴から出てきた。
「そのタツベイか? 怪我人は。」
 どうやら彼女はタツベイと言う種類のモンスターらしい。
「うん。丘から落ちちゃったみたいなんだ。」
 正確には、『落ちちゃった』のではなく『飛び降りちゃった』のだろうとは思ったが余計な事は言わないことにした。
 彼は軽く頷き、彼女が腕の棘に刺さらないように彼女を抱え、洞穴の奥へと連れて行った。
 洞穴の奥には、枯れ葉でできたベッドがあり、ミンナは彼女をそこへ寝かせた。
「……打撲もあるみたいだが、体中の傷も気になるな。命に別状はなさそうだが。」
 命に別状がないと聞いて取り敢えずは安心した。
 だが、確かに彼女の体中に小さくはあるが無数の傷が付いていた。
 それにしても入り口からここまで連れてきただけでそこまで見抜くミンナの能力にも改めて驚いた。
「そういえば、この子の通った跡に沢山怪我したモンスターが居たよ。」
 僕がそういうと、彼は不思議そうな顔をしてこう言った。
「……この子の通った跡?」
 ……そういえば事情を話していなかった。
 僕は、すぐに彼女を発見するまでの経緯を説明した。
 モンスター達の怪我の様子など、出来るだけ詳しく説明したが、彼女が故意的に丘から飛び降りたであろう事は言わなかった。
 僕の話を、彼は時折頷きながら聞いていた。
 話し終えると、彼はこう言った。
「……このタツベイって種族はな、その殆どが空を飛ぶことに憧れてるんだ。」
「……?」
 僕は彼が何を言いたいのか解らず首を捻った。
 すると、彼は説明するように言った。
「こいつは落ちたんじゃなくて自分から飛び降りたのかもしれん。……そんな痕跡はなかったか?」
「……うん。あったよ。僕も多分飛び降りたんだと思う。」
「別に隠す事はないと思うぞ。お前は悪くないんだ。」
「……うん。」
 僕が悪くない事はわかってたけど、やっぱり言い辛いじゃないか。
 そう思ったけど、余計なことは言わなかった。
「……それでな、ここからが本題なんだ。」
「なに?」
「タツベイは基本的に非常に丈夫な種族なんだがな、それでも何度もこんな事繰り返してると流石に体がもたない。酷い時には死に至ることもある。」
 『死』と聞いて僕は小さく息を飲んだ。
「これは俺の憶測に過ぎないんだが、こいつは人間に捨てられたんだと思う。」
「……え?」
「じゃなきゃこんな所に現れる訳がないんだよ。よくいるんだよ、自分の気紛れでテキトーな所にテキトーに捨てる奴が。」
 話には聞いていたが、全く酷い奴らだ。人間ってのは。
 そんな事を思っている内に、彼は続けた。
「まぁ何が言いたいって。あれだよ。」
「ん?」
「こいつの世話見てくれよ。もう飛んだりしないように。」
「……え?」
「だってよ。こいつ捨てられちまったんだぜ。故郷に無事に帰れるなんて保障何処にもないし。一番安全なのは成長するまでここで育てる事だよ。」
「……それで何で僕なのさ。」
「お前が連れて来たんじゃん。それに年も近いみたいだし。」
「……でも。」
 何か反論しようと思ったけど、何も思い浮かばなかった。
「何?てか嫌なの。お前は。」
 こう言われては仕方がない。別に嫌な訳ではなかったし、連れてきた者が責任を取るべきなのは解っていた。
「わかったよ。でも今日の内は取り敢えずここに寝かせといてくれよ。僕の住処を片付けるから。」
「オーケイ。起きたら事情も説明しといてやるよ。」
「ありがとう。じゃあまた明日来るよ。」
 そう言って、僕はその洞穴から出た。
 出るときに、小さく「おう。」という声が聞こえた。
 とまぁそんな事で僕は自分の住処にである洞穴に帰り、取り敢えず彼女と共生出来るくらいに穴を広げ、彼女の分のスペースと僕の分のスペースをキッチリ二等分した。枯葉のベッドも作りたいけど、それはまた明日、ミンナに枯葉を貰ってからしかできない。この砂漠では枯葉なんかは手に入りにくいのだけど、何故だか彼は大量に持っている。
 次に、彼女の食べ物の事を考えた。彼女は何を食べるのだろうか。僕と同じものならありがたいのだけど。まぁ明日ミンナに聞いてみればわかるだろう。
 ……その日の僕に、女性との共生に胸を膨らませる余裕などなかった。
 次の日、僕はミンナの洞穴へ行って、彼を呼んだ。
「おーい。ミンナ。」
 すると、彼はすまなそうな顔をして出てきて、こう言った。
「ごめんな。彼女はどっか行っちまった。」
「……え?どういうこと?」
「俺が寝てる間に出てったんだと思う。朝起きたら居なくなってた。……本当にすまない。」
 僕は彼の言葉に酷く驚いた。
 あれ程の傷を負った状態で起きれた事がまず信じられなかった。
「……大丈夫かなぁ?」
「わからん。いくら強くてもあの傷じゃあ野生のモンスターに襲われてやられるかもしれん。例の丘からまた飛び降りて死んじまってるかもしれん。こればっかりは俺にわからん。」
「……探しに行って、見つかるかなぁ?」
「……どうだろうな。なにせこの砂漠はお前も知ってるように無駄にでかい。しかも今日は砂嵐が酷いからな。昨日のお前みたく足跡を辿ってくなんてのも無理だ。」
「……」
 僕は何も言えず、ただ死んじゃったらどうしよう、なんて事を考えていた。
 すると、彼は言った。
「それでも、探すか?」
「え?」
「探すよな。俺はできるだけ広い範囲を探す。お前は昨日のあいつが倒れてた所に行け。」
「う、うん。」
 彼がさっき弱気な事を言っていたので、この発言には拍子抜けした。
「じゃあ行くぞ。」
 そう言って彼はすぐに洞穴を出て行った。
 そして、僕は全力で走って、あの場所へ行った。
 ……そこには、昨日と同じように、あのタツベイが倒れていた。
 今度は、息をしていなかった。
 でも、僕は彼女をミンナの洞穴に連れて行って、枯葉のベッドに寝かせた。
 何時間もたってから、ミンナは洞穴に帰ってきた。
 彼は謝ろうとしたようだが、その前にベッドの上に気が付いたようで、すぐに走って来た。
「ねぇ。……生きてる?」
 何故か、僕はそんな事を聞いた。
 息をしていないのは、知っているはずなのに、そんな事を聞いた。
「いや。……死んでるみたいだ。」
 彼の声は、心なしか暗く沈んでいた。
「……本当に、すまない。……俺のせいだ。俺が寝ないで看てれば、こいつは……」
 ……多分、これは彼のせいではないと思う。
 いや、絶対に彼のせいではない。確実に。
「……ミンナのせいじゃないよ。僕がすぐにつれて帰ってたら……」
 『すぐにつれて帰ってたら』、彼女は生きていただろうか?
 ……少なくとも、ミンナの罪の意識はずっと軽減されていただろうと思う。
 それなら、彼がこれほどまでに落ち込んでしまったのは僕のせいだ。
「……ごめん。僕のせいで。」
 『僕のせい』?
 誰のせい? ミンナのせい? 人間のせい? それとも、飛ぶことに憧れた、彼女のせい? 彼女の本能のせい? いったい、誰のせいなんだ?
「わからない……」
 つい、口に出してしまった。
 すると、ミンナも似たようなことを考えていたのか、こう言った。
「俺にも、わからないよ。……もう、今日は寝よう。お前も早いとこ帰れ。」
「……うん。」
 次の日、僕とミンナで彼女を例の丘の下へ埋めた。
 結局、僕らが出した結論は下らないものだった。
 『誰も悪くない』『誰のせいでもない』
 多分それは責任を被る事も、着せる事も、面倒になった僕らの、現実逃避的な答えなんだと思った。
 時が経って、僕はフライゴンへと進化した。
 僕の一族では、フライゴンに進化した者は、世界へと旅をする事になっていた。
 あの後、僕はミンナにタツベイは進化したらボーマンダと言うモンスターになって、空を飛ぶことができたと聞いた。
 折角だから僕はあの丘から飛び立つ事にした。
 できれば、彼女の魂でも乗せて、飛び立とうと思って。





(4185文字)