キミノワスレモノ




「テツ! どこにいくの?」
 テツの幼馴染であるヨウコはテツを追いかけながら聞く。広い草原の中で少年少女は元気よく遊んでいた。
 テツと呼ばれた少年は質問に答えずそのまま走り続ける。


 目の前には大きな川。テツはヨウコのいる方へ向くとヨウコに抱いた。
「俺、今からこの川に飛び込む。でもこの川は底知れない深さで有名じゃん?」ヨウコを抱きながらテツは、その目から涙を零す。少しずつ、少しずつ。
「俺さ、昔ここで約束したんだよ。だからいかなきゃいけないんだ。」
 ヨウコには全く状況が理解できないまま抱き返すことをした。なんでテツがこの川に入るのか、この川にはいったいなにがあるのか。
 テツのことが心配になってくる。抱くのをやめて三歩ほど下がったヨウコ。なんでこんな危ないことをするの? なんでそんなに心配させるの?
「テツ!」大きな声でテツを呼ぶ。くるっと半回転したテツは上着を脱ぎ始める。タンクトップ姿のテツは、大きな声で叫びながら川へ飛び込んだ。
「え!? この川は川じゃない!?」水しぶきは飛ばなかった。

 ヨウコはテツがすぐに帰ってきてくれると信じてその日の夕まで待った。夜が来て親が心配の電話をしてきたがそれどころじゃない。だけど、待っててもなにもできないと感じたヨウコは一旦帰ることにした。
 家は川近くのマンションである。ヨウコは家に帰ってずっと考えていた。「ヨウコ? お風呂、沸いたわよ? 先入ってなさい。」うなずくだけの返事をして服を脱ぐ。目の前には鏡がある。顔を少し上げると、そこにはなぜだかうっすらとテツの姿が見える。
「どういうことなんだろ、テツが鏡の中にいる。何かを抱えてるみたい……。」鏡に顔を近づけてみていると、テツがこっちに向かってくるのがわかった。そして、テツが顔を赤らめてヨウコと目を合わせる。それに気づいたヨウコは自分が裸だということに気がつき急いで近くのタオルを体に巻く。
「どうしてそこにいるの? なに持ってるの?」恥ずかしさが勝って少し口調が荒くなってしまう。その様子に気がついたヨウコの母は、「なにしてるの? はやくお風呂はいりなさいよ」といった。
 テツとにもう少し話したかったが渋々別れを告げてお風呂に入った。もちろん中に鏡がある。そしてやっぱりその鏡の中にはテツがいた。


 さっき別れを告げたばかりなのにお風呂の中で再会したテツとヨウコ。湯船にさっと浸かったヨウコは川でテツを待つときは一転して落ち着いている。ヨウコは聞きたいことはたくさんあったけど、すぐのぼせてしまうから、
 とりあえず優先して聞きたいことを聞いた。テツは無事なのか、そこはどこなのか、どうやってかえってくるつもりなのか。無事ということはちゃんと言ってくれた。
 でも他の質問にはわからないとしか言わなかった。

「ここはすごいところだぜ。ポケモンがいる。みんな懐いてくれている。」テツは感動しているらしく少し息を荒げて言った。
 途中、デリバードを抱いて見せてくれたがちょうど湯気が濃くて見えなかった。でもちゃんと声は確認した。でもやっぱりそこはどういうところなのか知りたい。
 それにどうしてテツはそこに行く約束をしたのか? それを改めて聞いてみた。答えは意外なものだった。
「昔ここで溺れたことがあったんだ。でも今こうして生きてる。何でだかわかる?」「わからないよ。わかるわけない。もしかしてポケモンが助けてくれたの?」
「違うと思う。人に助けてもらったんだ。青い服の女の人。ヨウコみたいな人。」「……」「ヨウコ?」



 気づけば布団の上だった。
 テツと話すことに集中してしまって自分がのぼせていることに気がつかなかった。テツのところに行きたい。はやくテツと遊びたい。そう思ったとき、携帯がなる。
 着信、テツ。この世界に帰ってきたのかと思って立とうとしたけど、立てなかった。体が重たい。今日は寝るべきなんだと思い、寝ることにした。もう一度携帯がなる。
 携帯がなるのはすぐだったが、ヨウコが寝るほうがもっとはやかった。


 その夜、テツはあるものを探してた。
 テツはヨウコのことを気にせず、ひたすらあらゆるところを探した。今、その人を見つけないと自分は一生ヨウコと一緒にいられないということを教えられたから。
 ヨウコはその当時から一番大切な友達だった。なにをするときも一緒でけんかもよくしたけれど全てお互いが同時に謝ってそのあとには笑っていられた。
 だからこそ、ヨウコといつまでも一緒でいられるように今、テツはがんばっている。ヨウコは、眠りを終えたあと、すこしだけテツのことが心配ではなくなっていた。
 なぜならそれは、夢の中でテツの心を知ったからである。もちろん実際にはそれは妄想だけれどヨウコはそれを自分の中で、テツが帰ってくるまで心配しないと決めたことにつながるきっかけだった。


 ヨウコは気づいていないけれどテツは鏡を通じてポケモンをヨウコの部屋に置いていたのだ。ちょうどヨウコが寝ている間に。
 そのポケモンにはとある指示が下っていた。その指示に従いつつ、ヨウコに気づかれないようベットの下に隠れていた。ヨウコが心配しないきっかけとなる夢をみたのもそのポケモンのおかげだった。


 テツが川の中の世界に行っている間は、テツ一人で家にいただけだったから両親に心配かけることなくその世界で探索をすることができた。ただ、テツだって人間なのでご飯が必要である。どんなに集中していても空腹だけは我慢できない。
 でも近くにいたマリルの群れが人間の食べられそうなものを持ってきてくれた。その群れの後ろで誰かが見えたような気がしたがとりあえず今はその食料をもらうことにした。

 次の日の昼前にヨウコは目覚めた。
 夢にみたテツを見ているとすごく頼もしかった。そして今俺はこのことをやらなきゃいけないんだという強い思いが伝わってきた。今できることをヨウコは考え、鏡を持ってきた。ちょうど体全体が見える大きな鏡を自分の部屋までもってきた。
 ちょん、と鏡に触れるとそこが水面のように揺れた。そのことを確認してまずヨウコは手から鏡の中にいれた。川の中の世界へ行っている間は部屋にだれも入らないようにしてから川の中の世界に入っていった。
 その世界は暗く光があまり入ってこない洞窟のようなところだった。入ってきたところをみるとそこにも鏡があった。もといた世界とこの世界は鏡でつながっているんだということを知る。
 鏡をじっと見つめていると後ろから肩をぽんっと叩かれた。驚いて後ろを向くとテツとは違った男の子にであった。「なんでこの世界にきたの?」男の子はそうきくとヨウコのことをじっと見つめる。
「私はこの世界にいる友達を探しにきたの。」そういい終えるとすぐに返事が返ってくる。
「あの男の子ことだね。あっちの方向にいったよ? 案内してあげようか。」親切な対応をヨウコにする。もちろんその好意を何も疑わず、ただテツに会いたいという一心でお願いをした。
 行く途中でいろいろと男の子に質問をしたヨウコ。男の子はリョウという名前で今、もといた世界にいるのなら十九歳というヨウコよりも九歳上の男の人だった。この世界は十歳の男女の子どものみ入ることができる。
 そして誕生日を迎えて十一歳になった子どもは、こっちの世界に来ることはできないしこっちの世界にいるときに十一歳になってしまうとこの世界からはでられない。そういう理由で自分はこの世界から出られない。ときいた。
 リョウはこの世界のことについては、自分よりも年上の人に聞いたという。もちろんその人もこの世界からは出られない。「この世界には村がある。そこに行けばたぶんそのテツって子もいるんじゃないかな」
「本当に親切にしてくれてありがとう!」ヨウコは素直に喜んだ。でも村に行く道ではその言葉から一切しゃべらなくなってしまった。自分たちはありがとう、さようならだけいって元いた世界に帰ってしまってもいいんだろうか……
 どうにかしてこの世界の人たちもつれて帰れないだろうかと考えた。だけど思いつくはずもなかった。

 しばらくすると、すこし明るいところにでる。村についたらしい。
 村にはたくさん人がいて、そこには長老とよばれる人がいてその人ともしゃべった。だけどヨウコは次第にこの世界の人がかわいそうに思えてきてしまった。それを口にしようとすると、長老はヨウコの顔色だけでわかってしまったらしく「それ以上はなにもいうな」の一言だった。

 ちょうどお昼ごろになったぐらい、村の料理担当がご飯を用意してくれた。久しぶりの村への客ということでリョウとヨウコを歓迎するために豪華に盛ってくれたそうだ。
 見た目は普段食べているものと同じくらいの料理で、この世界ではめずらしい食材ばかりつかったみたい。
 村には学者担当、料理担当、掃除担当、門番担当などいろいろいるらしく、そのなかでもっとも年をとっていて担当者などを指示したりする村長担当。
 村には今までたくさんの人がきたという。元いた世界に帰っていった人やこの世界に魅力を感じて残った人などたくさんいるらしい。
 残った人は、年をとらないので自然に死ぬことができないらしい。村に残るという人たちは村の掟のひとつ、残るからには自殺は禁物である。そして死ぬことのない人生の中で村への客がいたら精一杯奉仕をすること。


 テツは神殿のようなところにいた。そこは吹雪が吹いていた。雪が舞い雷が落ちる非常に荒れた天候。その神殿は山の中腹よりすこしだけ上のところにある。ここまでくるのにテツはなにも見ていなかった。
 全て己の勘だけでここまできたからすごくテツは達成感があった。吹雪いているのですごく寒いはずだけれどテツはさむくなかった。来る途中でであったポケモンたちに暖められながらここまできたから。
 リザードンやゴウカザルなど火ポケモンはテツの燃えるような心に惹かれたからなのかわからないけれど、特にポケモンを誘うような行為をテツはしていなかった。神殿の入り口で休むテツはヒトカゲと追いかけっこをしていた。無邪気に遊ぶ二人を見ていたほかのポケモンたちは笑いながらその様子を見ていた。
 もうすぐで一緒にいられなくなってしまうというのに。


 神殿には大きな柱がたくさん立っていた。壊れているものもあれば倒れているものもたくさんある。床はきれいな模様が描かれているけど柱が倒れたりなどから傷ついてしまっているところもたくさんあった。
 その先にはピンクの玉と青色の玉が浮いていた。テツはその二つの玉の奥に見える、見覚えのあるものを見つけた。走ってその玉の間を通ろうとすると、ばたんとぶつかった。そこには見えない壁があった。
「我はディアルガ。おまえは、テツ……という人間か?」目の前の青色の玉が喋りかけてくる。すぐそのあとにピンクの玉からも「俺はパルキアという。おまえはテツだな?」という風にいわれた。
 テツは正直に答えた。「うん。俺はテツっていうんだ。そこにある俺のハンカチを返してくれ!」最後の一言は強く言ったように感じた。青色の玉は聞く。疑うような聞き方ではなく確認するための聞き方だった。
「本当にお前のものならこのハンカチを返す。その前にひとつだけ質問だ。」そしてピンクの玉が続けてきく。「おまえはヨウコを大切にしてあげられるか?」
 いきなりヨウコのことが出てきてびっくりした。テツには「おまえではヨウコを大切にできないだろう。」という風に聞こえていた。そういわれてると思い込んだテツはつよく言い返す。「絶対に大切にできる。」


 村の機械開発担当の場所へ村長に案内してもらったヨウコは驚いた。あんまり食事が普通だった村に比べるとこの機械の性能は現実世界よりもすばらしいものばかりだった。
「これは全部、彼が作ったんだよ。設計から全部ね。全てはこの世界と君たちの住んでいる世界を繋げるために。」その話を聞いたヨウコは、テツを思い出してメールをテツに打ちはじめた。
 テツは携帯を常に持ち歩いている。気づいてくれるはずだと信じて。


「じゃあ、お前を信じよう。これはお前のハンカチだ。そしてそれはヨウコの想いがつまってる。これからはちゃんと肌身離さず持ち歩くことを薦めるぞ。」青色の玉とピンクの玉は同時に優しい声で言った。
 はは、と笑うとテツはハンカチを受け取った。同時にメールも来る。メールの内容を読む。そして、「もといた世界に帰るね。ありがとう!」と告げると後ろをむいた。そこには一緒にここまできたポケモンたち、ヒコザル、バネブー、ゴウカザル、ヒトカゲ、リザードンたちがこちらを向いて涙目になっていた。
「ありがとう!みんな!また機会があったら会おうね!!」無邪気にそう答えると一歩踏み出した。
「テツ!今からこの世界とお前たちの世界の境界をつくる!30分だけ待ってやる。お前たちみたいな小さな子がここにくるのはとっても危ないことだからもうこの世界にはこれないようにする。」
 ピンクの玉が叫んだ。そして玉が形を変えだんだんポケモンの姿へと変えた。「もう時間がないからな。お前をヨウコと一緒にこの世界の入り口の鏡のところへテレポートさせてあげよう。」
 ピンクの玉、パルキアは少し照れながら付け足した。「実はこれは俺のちょっとした遊び心でさ……。ディアルガはやっちゃいかんって言うんだけどやりたくなってな。だけどこれ以上被害者を増やしちゃいけないって今感じたんだ。だから境界をつくることに決めた。」
 テツとヨウコはそんなパルキアに言った。「パルキアのおかげで俺たちはいろんな人にあったしいろんなポケモンにも会えたんだ。むしろパルキアに感謝してるよ!」
 そう笑って返した。パルキアも笑顔でテツとヨウコをみた。
「じゃあな。」そういうとパルキアは目の前から消えた。テツとヨウコは鏡の中に入ってヨウコの部屋に帰っていった。


 村の人たちは、いきなりヨウコが消えたことに驚いてはいなかった。「やっと帰れたんだな。俺たちはお前たちをわすれないぞ。」と村長はまわりに聞こえるように言った。もしかしたらテツとヨウコにも聞こえたかもしれない。


 テツとヨウコはそれぞれみたこと、実際に感じたことを話した。そして、ベッドの下のポケモンのことについても明かした。
「かわいい!デリバードだー!私どこにいっても捕まえられなかったの……。」とヨウコがうれしそうに言うとテツは驚いた。「デリバード好きだったんだ!よかった。」
 はははという笑い声がヨウコの部屋に響いた。デリバードは首を傾げながら、ヨウコの足の上に座った。そしてテツはヨウコに「これからもよろしくお願いしますね」と。


 数年後、テツとヨウコは一緒に暮らすこととなった。ヨウコは鏡の世界の機械について忘れてはいなかった。「帰ったら、自分の家に大きな鏡を置いてくれないか?」村長のその言葉を忘れたことはなかった。テツに言ったこともなかった。
 実はね、といい始めると鏡の表面が水面のように揺れた。その後、ピカチュウやアチャモなどの小型ポケモンがやってきた。アチャモの首には紙が挟まっている。テツはそれに気づいて紙を広げて読んだ。
「もしもこの手紙がテツとヨウコに届いたのなら、きっと鏡を用意してくれたんだとおもう。開発していた機械が無事完成したよ。これからはそっちの世界でもポケモンたちとの生活が始まるぞ。」
 二人はポケモンたち、村の人々に会えることを喜び合いながら平和に暮らしたという。




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