永久に続く物語




 その炎馬は舗装されていないぼこぼこの道をぺガススのように軽やかに走っておりました。聞いた話ではそのひづめはダイアモンドと同じくらい硬いといいます。石っころが散らばる道でも彼らはけっしてよろめくことはありませんでした。
 彼らは車を引きながら、真っ暗闇の森の中をひたすら走り、車に乗っている主人の住む屋敷へと向かっておりました。時刻はもうじき一日と一日の境目になるところでした。そんな時間にこんな不気味な森にいたくないと思うのは皆同じのようで、御者が鞭で叩かなくとも炎馬はどんどんスピードを上げていきました。
「あとどれくらいかしら」
 車の中から婦人が声をかけました。
「五里ほどでございます」
 婦人は椅子の背に寄りかかりました。この婦人は、友人の結婚前夜の夜会に呼ばれ、遠い街まで馬車を走らせ、祝いの言葉を述べた後遅くなってはいけないと思い、すぐにその夜会の会場を出たのです。もう数時間前のことになります。
 婦人はなんだか髪のまとまり具合が悪いと思っておりました。そして少しだけ窓を開けて空を見ては、嫌な天気だとも思っておりました。
 やがて、ごろごろという低い音と共に黒い雲が厚く広がり、ぽつり、ぽつりと馬車の外装に黒い点を作り出しました。炎馬が悲鳴のような声をあげました。
 雨です。
 はじめはせいぜい馬の肌を濡らす程度でしたが、だんだん小石を高所から大量に落としたような音の、激しい物へと変わっていきました。ざあざあと、どんどんこちらへ近づいてくるような音と共に、炎馬の速度は落ち、とうとう立ち止まってしまいました。
「奥様、こいつらをこれ以上走らすのは危険でございます。炎が消えて死んでしまいます」
「近くに人は住んでいないの。野宿なんてそんな野蛮な物はしたくないわ」
「はあ。しかしながら、この森には人の住む屋敷も小屋も無いと記憶しております。この忌々しい雨さえ止めば、また炎馬は走れるのですが……」
 困り果てたように周りを見つめる御者の目に、一つの橙色が映りました。最初はただの幻かと思いましたが、よくよく見ればそれは灯りでした。いくつもの灯りがひとつの大きな建物を照らしているのでした。
「奥様、奥様、灯りが見えます」
「なんですって」
「本当に見えます。どうぞこちらへ」
 婦人は御者に傘を開かせ、ドレスの裾を持ち、ぬかるんだ石の道を少し歩きました。御者の指す方向には、確かに灯りに照らされる大きな建物がありました。
「屋敷かしら。人はいるのかしら」
「そこまでは。しかし奥様、ここはあすこに行ってみるしか手は無さそうで」
「そうね」
 婦人は再び車に乗り込みました。御者は炎馬の負担を少しでも減らすために、自分が着ている黒の外套と木綿のシャツを彼らにかけてやりました。
「さあ、あと少しだ。がんばっとくれ」
 二匹の炎馬は弱々しく鳴きました。そしてぽくぽくと歩き出しました。

 近づいていくにつれ、灯りに照らされている建物が何であるか分かりました。それは、見事な装飾を施された屋敷でありました。窓から光が漏れているため、誰かが住んでいることは分かります。
 御者が扉についている獅子のノッカーを叩きました。しばらくして、身なりの良い黒の燕尾服を着た男が出てきました。どうやらこの家の執事のようです。
「こんな夜分にどちら様でしょう」
「ここから離れた屋敷の御者でございます。奥様を街から乗せて戻る途中、雨に遭ってしまいまして。車を引くものが炎馬なので、水にやられてしまって走れなくなってしまったのです」
「それはそれは。今夜は主人は戻らないのです。しかしそういうことならば、雨が止むまでこちらで休んでいってくださいまし」
 御者は婦人を屋敷の入り口まで案内し、自分は雨が止むまで外で待つと言い、そのまま炎馬と共に残りました。

 中はとても温かく、豪華でした。火を灯したシャンデリアが天井から下がり、床にはビロウドの絨毯がしかれ、大広間の中心には、滑らかな白い石で造られたピアノが置かれていました。
「ディナーはお済みでしょうか」
「ええ」
「それではシャワーをお浴びになってくださいまし。雨の中を移動していたのです。お体が冷えていることでしょう」
 婦人は執事にバスルームに案内され、シャワーを浴びました。そして用意されたガウンを着、執事に二階の客間へ案内されました。
「こちらがお部屋になります。一つだけ。廊下の突き当たりの部屋は開かずの間となっておりますので、入らないようにお願いいたします」
 執事が見た方には、焦げた木のような色のドアがありました。上に部屋の名が書いてあるようですが、天井につけられた灯りが小さすぎて見えません。
「では、おやすみなさいまし」
 そう言って執事はドアを閉めていきました。残された婦人はとても疲れていたので、すぐにベッドに入りました。

 婦人は夢を見ていました。先ほど執事が言っていた、開かずの間のドアの前に立っているのです。開けてはならないと言われていますが、これは夢の中。夢なら開けても平気だとうと思っていました。
 心臓が早鐘のように鳴っています。婦人はハンケチを出して、ドアノブに被せ、そのまま引きました。
 廊下を見て誰もいないことを確かめると、婦人は部屋の中へと入っていきました。

 突然、目の前に青白い色の顔をした人が現れました。こちらをジッと見つめています。婦人は驚きと恐怖のあまり、声をあげてしまいそうになりました、が。おかしなことに気付きました。その人も自分と同じように引きつった顔をしているのです。そしてそれは紛れも無く自分の顔でした。
 鏡だったのです。
 周りを見渡すと、この部屋の壁、床、天井全てが鏡でした。それは三面鏡、または合わせ鏡となって婦人の姿を無限に映し出していました。そしてその一つの部屋全体が鏡という壁で区切られ、迷路になっているようでした。まるでどこぞの遊技場のようです。
 婦人は目の前の人影が鏡映った自分だと分かると、急に恐ろしい気持ちが無くなっていきました。映る物の正体が分かっているのですから、もう何も怖くはありません。
 ワルツを踊るような軽やかな足取りで婦人は前へと進んでいきました。

 二人、三人、そして四人。移動する度に自分の姿が増えていきます。皆が皆、同じ姿です。着ている服も、髪型も。ただ一つだけ違うのは、そこに付いている物が左右反対になっていることでしょうか。
 何も恐れず、ただひたすら前へ歩く婦人の靴が、何かを踏みました。ぱきり、と乾いた音。
 そっと足を上げてみると、白い破片が散らばっていました。いえ、真っ白とはいえない、少し肌色が混じったような物。それに向こうへ続く道に落ちている同じ物の形にも、少々見覚えがあります。太い物、丸みを帯びた物、二つの円の形に窪んだ物。
 それらが合わせ鏡に映され、無限に落ち続けているような情景です。その物体が何であるか確信した婦人は、叫びだしそうになりました。
 そして、そんな婦人を責めるかのように後ろからかけられた、声。

「入ってしまわれたのですね」

 執事が立っていました。ここは婦人の見ている夢の中のはずです。しかし彼は確かに婦人の目の前で、先ほどと変わらぬ服を着、落ち着いた顔で立っています。
 右手には見覚えのある黒の外套と木綿のシャツ。濡れているのでしょう。透明なしづくがぽたりぽたりと鏡の床に落ち続けています。それを見て、婦人は言いました。
「その服は……」
「ええ。貴方様を送ってきた御者の物でございます。私はこういう物は好みではありませんので、預かっております。
……流石にこれは食べられませんから」
 執事の姿が揺らぎはじめました。人間の特徴である二本足が消え、手も顔もどんどん変化していき、ついには人外の何かになってしまいました。
 土耳古玉のような目が、じっと婦人を見つめます。
『夢だから、いつかは覚める……そうお思いになっていることでしょう。ですが、私の特性は悪夢を見せること。この屋敷の中で眠っている限り、起きることはありません。常に側にいるのですから。
一生覚めることのない、悪夢の世界で貴方はさ迷い続けるのですよ』
 婦人は何も聞いていませんでした。恐怖のあまり、夢の中で気絶していたのです。
 そしてその生き物は― 


「いかがかな?」
 パチン、とシャボン玉がはじけるような感じがした。あわてて私は周りを見る。鏡張りの部屋でも、灯りが沢山ある屋敷の中でもない。
 普通の、一軒家だ。
「とてもミステリアスで楽しい物語でしたわ」
 隣で私の持っている紙の束を覗き込んでいた女性が言う。それを聞いて、私はハッとした。
 今のは、目の前に座っている男が書いた物語。そしてこの紙の束は、原稿用紙。
 つまり、紙の上に書かれた話ということになる。

 私の名前はアズミ。小説の編集者をしている。今は不思議な物語を書かせたら右に出る者はいない、とまで言われる小説家、ソラトキ ヨフネ(もちろんペンネーム)の担当者だ。
 そして隣に座っているのは私の友人で心理学研究者のカヅキ マユだ。ソラトキ先生の小説の世界観を気に入って、是非会って話をしたいと言って来たのだ。
 ソラトキ先生は売れっ子の小説家だ。編集者以外の人間を連れて行っていいのか……と思ったが、電話で話したら快く許可してくれた。生の感想を聞きたいと言う。
 そんなわけで、私たちは原稿を取りに先生の住む家へ来たところだった。そこで『途中までしか出来ていないが、読んで感想を聞かせて欲しい』と言われ、この原稿用紙の束に目を向けて……
 今に至る。
「なんだか永久に続くような感じがします」
「そうだな。だが、現実の世界では永久、という言葉にピッタリ当てはまる物は全くと言っていいほど無い。命も、愛も、そして『この』時間という特定の物もいつかは必ず途切れてしまう。……もちろん、私の小説を書くためのアイデアも」
 ソラトキ先生の物語は面白い。人物、台詞、描写が全て細かく書かれている。伏線も全くぬかりがない。
 ただ、と私は思う。こんな物語を書いているせいなのか、ちょっと頭がイッちゃってる感じがする。まあ、自分独自の世界を持っている創作者にはそういう人多いみたいだから、気にし過ぎするとキリが無いんだけどね……
 先生が座っていたソファから立ち上がった。
「私は合わせ鏡という描写が好きなんだ。二つの鏡があり、その間に物がある限り、それは永遠に互いの鏡の中に続いていく。……時々思うのだよ。もしこの世界が二つの鏡に挟まれていたら、永遠に世界は滅びることなく、その時間と空間を保ち続けるのではないかと」
 私には理解できない。その隣で、マユがニコニコ笑っている。
「素敵な考えですわね」
「君は心理学研究者だったね。ぜひ人の心をモチーフにする際には資料を提供していただきたいものだ」
「私なんかでよろしければ、喜んで」
「あの、先生」
 どんどん話が別の方向へ行くので、私は今読んでいた小説のことについて質問した。
「この話の続きを……」
「ああ、そうだった。今から続きを書くから、二、三時間待っていてくれないか」
「分かりました」
 先生は原稿を持って、二階へ上がっていった。バタン、と仕事部屋のドアが閉まるのが見えた。


 それから二時間。私はスケジュールの調整、マユは家の中にある先生の著書を読んで過ごしていた。そろそろかと思い、私は二階に向かって呼びかけた。
「先生、どうですか」
 ……反応なし。
「まだ終わってないのかな」
「でもそれでも何か言うはずじゃない?」
 私とマユは顔を見合わせた。急にヒヤッとした何かがお腹の底から湧き上がってくるような感覚がして、私は思わず口を押えた。
「先生!」
 もう一度呼んでみたけど、やっぱり返事は無い。私は座っていたダブルソファから降りて、二階へ上っていった。
「先生、先生?」
 仕事場のドアを叩いても何も返事は無い。
「寝てるのかな……」
「いや、流石に担当待たせて寝ないと思う」
 マユの言うことは正しい。先生は居眠りをするような人じゃない。でもドアが開かない限り、中の様子は分からない。
「……仕方無い。先生、すみません!」
 私はバッグの中からボールを取り出して投げた。ボムッ、という音がしてコマタナが一匹出てくる。
「そのドアの鍵部分を切り裂いて」
 ザシュ、という音と共に、ドアノブと鍵穴部分が床に落ちた。そのままドアに体当たりする。
「先生! どうしたんです……か……」
 その部屋には薄い毛布がかかったベッドが一つと、小さなクローゼットが一つ。物書きようの机の上には、ペンも原稿用紙も無い。そして壁には窓の一つも無い。
 そして、一番肝心な先生の姿が、無い。
「先生?」


 私達は警察を呼んだ。こうなった以上、私とマユの手に負えるものではない。餅は餅屋だ。
「つまり、こういうことですね? 原稿を仕上げるから数時間待ってくれと言って、二階の仕事部屋へ行った先生が約束の時間になって呼んでも返事が無い。ドアを叩いても何も反応が無いので、コマタナに鍵部分を切断させて入ったら、誰もいなかった、と」
「はい」
 私が今言ったことをそのまま繰り返す警部さん。部下の一人が二階から顔を出した。
「警部、どうやらこの部屋には隠し扉の類の物は無いようです」
「入り口は君達が入ったドアのみ。窓も無し。完全な密室か」
 そして、私達を見て言う。
「本当に出て行くのを見なかったのかね?」
「見て分かる通り、先生の仕事部屋は一階のリビングからよく見えるんです。ドアが開けば、絶対に分かります」
「では、本当に密室で消えたというのか」
「警部!」
 さっきの刑事が顔を出した。
「被害者の部屋にあるクローゼットの中に……」

 案内された私達は、向かい合わせにされた大きな鏡を見た。間には何も置かれてない。
「ただの鏡じゃないか」
「合わせ鏡……」
「ん?」
 私は思い出す。先生は自分でも言っていた通り、合わせ鏡に異様な執着を見せていた。これは只のインテリアなのか、それとも全く違った意味を持つのか……
「とにかく、これは警察の仕事だ。君達からはまた後日話を聞く。今日は帰りなさい」
 私達は家を追い出された。

 マユと別れた後、私は家に戻った。何かとんでもないことに巻き込まれてしまった気がする。実際、私のこれからに関わってくることなのだが。
「密室で消失かあ」
 私はシャワーを浴びるのも面倒臭くなって、そのままベッドに倒れこんだ。キッチンのシンクから垂れて落ちてくる水の音と、表の道を走っていく騒がしい暴走族のバイクのエンジン音。
 それらが耳の奥で遠くなっていく。

 私はトンネルの中を車で走っていた。運転手は私。助手席にマユ。後ろには誰もいない。そのことが何故か私を震えさせていた。
「ソラトキ先生って、どんな人なの?」
 マユが何事も無かったかのように聞いてきた。どうやらこのマユは私がさっきまで一緒にいたマユではないらしい。私がこの状況で見ている、別の『カヅキマユ』という幻に近い存在だ。
「私も詳しくは知らないの。正確な生年月日は不明。三十年前、『無限回廊』でうちの出版社からデビュー。その後も摩訶不思議な世界観と予想もつかない結末で次々にヒットを飛ばして、今に至る。ファンは熱狂的な者が多い。
……調べて分かったのは、それくらい」
「外見は五十代に見えるけど」
「本当に不明なの。調べようとした人は沢山いるみたいだけど、全員失敗してる」
「ふーん」
 このトンネル、いくら走っても出口のような物が見えない。それに、私達が乗っている車以外に車が前からも後ろからも来ない。
 どういうこと……
「アズミ」
「え?」
 マユ……正確には、マユの幻がフロントガラスを指差して、言った。
「あそこ」
 ゾクッとした。ガラスに、ソラトキ先生の顔が映っている。後ろには誰も乗っていない。顔がニタリと不気味に笑った。
「やだ、これじゃさっき読んだ話と同じじゃない」
 私はアクセルを思いっきり踏んだ。あっという間にメーターが百六十を超える。
「このトンネルさえ抜ければ」

『無駄だ』

 ソラトキ先生じゃない、別の声が頭の中に響いた。低い声。まるで地の底から這い上がってくるような。
『あの時眠った時点で、お前の運命は決まった。これからはずっとこの世界で眠り続けるのだ。……植物人間という状態で』
「!?」

 ハンドルを切り損ねた。トンネルの壁が迫ってくる。
 そして―

『逃ガサナイ』



 一人の少女が、紅茶を飲みながら原稿用紙をめくっている。彼女が座っている椅子の側には、一人の男。
「いかがでしたか?」
 男が聞いた。トルコ石のような目が、楽しげに細まる。
「随分凝った内容だね。中に小説が出てくる小説。まるで、夢を見ていて起きたら、それもまた夢だった― そんな感じ」
 バサリと原稿用紙を机に置く。
「ただ、こんな凝った内容の割にはがっかりしたよ。まず、犯人がいない。密室のトリックも明かされない。っていうかこれ、限りなく不可能に近いと思うんだけど」
「不可能犯罪、ですか」
「まあ、この紅茶だけは美味しかったけどね」
 男が少女を見た。口がゆっくりと動く。
「……随分と厳しい批評をなされますね。……その割には、手が震えていらっしゃるようですが」
 ガシャン、という音がした。カップが粉々に割れ、中の紅茶が床に飛び散る。
「……私、これでも色々なジャンルの話を読んできたつもり。でも、今ほど怖いって思ったことはないよ」
 男の姿が変化した。足が無くなり、腕は短くなり、顔が身体に埋もれるような形態になる。
 少女が男―いや、ポケモンを見て言った。
「ダークライに会えるとはね」
 ダークライが机の上に座った。いつの間にか壁、床、天井全てが鏡になっている。合わせ鏡の状態だ。
 その中に永遠に続く一人と一匹。
「話を聞こうか」

「この小説の内容って、全部君が経験した事実なんだよね。最初の話は君がこの時代に起こした物。次はその話を担当とその友人に読ませた。
ここまで見れば分かる。君は最初に出てきた屋敷の執事でもあり、次の小説家のソラトキでもある。彼女達が迷い込んだ世界は夢。君は眠っている相手の側にいるだけで、悪夢を見せられるんだろう?」
「ああ」
「夢オチって一番タブーだって自分で言ってたよね」
 しばらくの沈黙。ダークライが一本の蝋燭を取り出し、火をつけた。
「他には?」
「……一番知りたいこと、聞いていいかな」
 少女の額から、汗が一筋流れた。


「私が今いるのは、夢? 現実? それとも、永久に続く合わせ鏡の中?」


「ハハハハハハハッ!」
 ダークライが笑った。少女の言葉を嘲るかのように。
「私にだって分からない。―だが、この世界がその中のどれかに当てはまったとして、それが何になる? 何にもならないだろう!」
「私はこの世界の住人じゃない。そろそろ帰らせてもらうよ」
 ダークライが原稿用紙を火にくべた。みるみるうちに炎が侵食し、やがてはただの黒い残骸となる。
「帰る? 何処へ?」
「……現実の世界へ」
「現実?

どうやら少し勘違いしているようだな。それはお前が『現実だと信じている世界』だろう。
……いや、もっと正確には」

『現実だと信じていたい』世界だ!


 少女は目を開けた。床も壁も天井も、ただの紙と木。その状態から、長い間人が住んでいないことが分かる。
 窓にはめられたガラスは割れ、そこから入ってきた木の枝や落ち葉が薄汚れた床を覆いつくしている。
 そして、少女の目の前には彼女と同じくらいの大きさの鏡。だが、それは粉々に割れて、元が何なのかすら分からない状態だ。
「……」
 少女は鏡に向かってお辞儀をした。そしてゆっくりと― 現実世界への扉を開けた。


『END』



 一人の男が、ソファに座って本を読んでいる。シルクハットを深く被っているため、歳は分からない。暖炉の火が、男の影を壁に映し出している。
「……」
 男が本を閉じ、宙に放り投げた。何処からともなく火柱が飛んできて、そのまま赤々と燃える暖炉の中へ入っていった。
 あっという間に本の周りを炎が取り巻く。革の表紙には、金箔でこう書かれていた。

『永久に続く物語』と。




(8020文字)