タマゴはどうして揺れるのか




 俺はタツベイ、らしい。らしいというのは、俺は自分の姿をまだ見たことがないからよくわからないのだ。ではなぜ自分の姿を知らないのか。湖や水溜まりが自分の姿を映しそうなものだが。

 答えは簡単、俺はタマゴの中にいるからだ。知っているやつもいると思うが、ポケモンのタマゴは「保育器」としての役割があり、孵る頃にはある程度成長している。当然だがタマゴの中は真っ暗で、しかも狭いから居心地はすこぶる悪い。俺はポケモンを育てる施設で生まれたようで、早くタマゴから出て空を飛びたいといつもウズウズしている。

 そんな環境に文句をつけていた頃、外から声が聞こえてきた。声の主はズバットというやつだ。ズバットもタマゴの中で退屈しているらしい。どうやら主人がタマゴのことを忘れているようだ。俺が同情の言葉を送ると、ズバットはこう言ってきやがった。

「君こそ大変だよ。君がタマゴから孵ったら、多分リセットされるよ」

 リセット? 一体なんのことだ。俺が尋ねると、ズバットは色々なことを聞かせてくれた。今俺達がいる施設は、バトルに勝つために頑張っているやつが利用する。そいつらはたくさんのタマゴを孵化させるのだが、自分の望みに合った個体以外は皆逃がすという。だがこれはまだ良い方であるらしく、リセットしてその個体をなかったことにする輩までいるそうだ。特にタツベイは、その進化形が対戦で大人気だから孵化する人が多数いるが、ほとんどリセットされるという。リセットされないタツベイは、大抵やんちゃか臆病、たまに陽気、ごくまれに図太いやつで、俺みたいな生意気な個体は間違いなくリセットされる。

 ここまで聞いているうちに、俺は体の震えが止まらなくなっていた。それに呼応して、タマゴも揺れる。このままでは俺の空を飛ぶという夢も全ておじゃんだ。何とかして脱出しなければ。

 俺はズバットに、何とかならないかと知恵を出してもらった。ズバットはしばらく唸り、超音波を発した。タマゴの殻が超音波に共鳴し頭がおかしくなりそうになったが、生き延びるためと何とか持ちこたえた。

 しばらくして、超音波が小さくなり、やがて止まった。外からは人の声が聞こえる。いつも同じことを言っているので大体内容はわかる。お前の主人が迎えに来たぞ……そんな意味だ。この状況を考えると、ズバットは主人が受け取ったらしい。まだ肝心な脱走方法を聞いてないというのに、なんということだっ!

 こうなったら、自力で殻を破るしかない。以前何度か試したことがあるが、さすが保育器だけありなかなか頑丈で、お話にならなかった。しかし、命の危機にそんなことを考慮する余裕はない。

 俺はタマゴの殻に頭突きを始めた。自慢じゃないが、俺は相当な石頭で、生半可な頭突きでは傷一つ負うことはない。ついでに手足を広げた形の火が吹ける。これらの技を駆使して、ただ一点をひたすら攻撃する。

 そんな時、異変が起こった。タマゴに外から何かが触れたと思うと、そのまま体がタマゴの底に押しつけられた。俺は何があったと考える前に、恐怖の言葉を聞いてしまった。

「お前の主人が迎えに来たぞ」

 まずい。状況はすこぶるこちらに不利だ。しかし、とにかく殻を割らなければ。俺は先ほどよりも強い頭突きをかました。外からの声は相変わらず否応なしに聞こえてくる。

「さあおでこさん、お前さんのボーマンダが持っていたタマゴじゃ。見てみなさい、不思議なほどよく揺れておる。それにしても珍しいの、毎日ここに来ていたあんたが数日も姿を見せなかったのは」

「ええ、タマゴから生まれた子をどのようにそだてようか考えていたもので」

「そうかそうか。……大事に育てなさいよ。近頃はポケモンを逃がす者も多いからの」

「ふふ、その点なら大丈夫ですよ。孵化したポケモンはちゃんと育てますから」

 俺はタマゴにぶつかりながらも考えてみた。この会話を聞く限り、俺の未来は限りなくヤバい。いつもとは違う声があるが、その声の主が俺の主人だろうか。かわいい声してやることはえげつないな。

 そうこうするうちに、突然タマゴが大きく揺れだした。俺がやっているわけではない。近くではチャリンチャリンという音がする。どこまで俺を苦しめれば気が済むんだ。俺をここから出せ! 俺は涙をだらだら流しながらもタマゴを引っ掻いた。








「中々生まれないわねー、タマゴはすごく揺れているからもうすぐのはずなのに」

 それからどれほどの時間が流れただろうか。黙々と作業を続け、タマゴも頻繁に揺れた。外の主人は呑気にもタマゴの揺れを孵化の前触れと勘違いしている。確かに、外部から見ればこれは孵化の前兆だ。しかし、俺にとってはそんな生易しいものではなく、自由への挑戦なのだ。

 そうして更に何度か攻撃を繰り返すと、ついに殻にひびが入った。肩で息をしながら、俺は思い切り暴れまくった。すると、ひびを起点に殻は次々と割れていき、最終的には全て吹き飛ばした。や、やったぞ、俺は自由だ! 俺は生まれて初めての外の景色を堪能した。外は暗かったが、上で何か丸いものが光っているから殻の中ほどではない。俺の目の前には、非常に幅のある水の塊に、両岸をつなぐ長い長い道が広がっていた。

 さあ、いよいよ脱出だ。そう意気込んだ矢先、自分の身がおかしいことに気付いた。う……動かない! さっきまではあんなに激しく暴れまわっていたのに、もはや芋虫ほどの前進すらできない。一体なぜだ! ……いや、よくよく考えてみれば当然だ。俺は生まれてこのかた、タマゴから出たことなんてない。だから大して動くこともない。そのような環境で生活していて、あれほどの大暴れができたことの方が不思議でならない。

「あ、やっと孵化した。ウルガモスがいるとはいえ、やっぱりスカイアローブリッジの往復は疲れるわね」

 俺が動けずにいるうちに、俺の主人は孵化したことに気付いてしまった。やつは何かの機械を取り出すと、丁寧に俺を調べだした。俺は何とか逃げ出そうと悪あがきをするが、簡単に押さえつけられた。やめろ、俺がどんな気持ちで殻を破ったと思ってやがる!

「えーっと、HPがV、攻撃がV、防御がU、特攻はV、特防はU、すばやさはV……すごいわ、六UVなんて! 性格は……あちゃー、生意気だわ。もったいないけど、リセットね」

 俺はこの言葉を聞いて、全身の力が抜けた。どんなにうがった読みをしても、「リセット」という単語がある限り、解釈は一つしかない。くそう、誰かいないのか! 誰でもいい……俺を助けt










 ……あれ、ここはどこかしら。何だかとても暗い場所ね。私、何か恐ろしい目に遭った気がするけれど……気のせいかしら。それより、なぜか無性に空を飛んでみたい気分だわ。





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