こちら鏡屋メタモンでありんす。




 【宣伝編】
 
 この世には色々な生き物がおる。人間という生き物や、そして、わらわっちのようなポケモンという生き物もおる。ポケモンと言ってもその種類は一言で表すことはできぬ。紫色の柔らかい体を持っているわらわっちはメタモンというポケモンじゃ。
 わらわっち、メタモンと呼ばれておる者はその身を七色変化に変えることができるのじゃ。そうじゃな……例えばピカチュウという電気ネズミのポケモンとか、化け猫ポケモンと呼ばれておるニャースなど、実に様々じゃ……不思議であろう? 一目見たものであれば、ほぼ完璧にそのものに『へんしん』することが可能なのじゃ。
 わらわっちはこの能力をもっと活かそうと、色々なところに旅をして、さまざまな経験を培って、あることを始めてみたのじゃ。カガミの森のわき道をまっすぐ進んでみよ。その先にある一本の大木の下にわらわっちがおる。
 
 お主はどのような姿を知りたいのじゃ? 
 未来かのう? 
 または過去かのう? 

 まぁ、お主の知りたい姿を申せば、わらわっちがどんなものでも見せてやろう。
 よいか? カガミの森のわき道をまっすぐ通って、一本の大木のところまで目指せ。そうすれば、紫色のゼリー状の体に、そうじゃな……手には昔もらった、キセル、という物……まぁ、とりあえず、何か持っている奴がおるから。
 それと、自分のことを『わらわっち』と呼んでおるし、これも特徴的よのう? 

 ん? 何故、自分のことを『わらわっち』と呼んでおるか,じゃと?

 旅をしているときにのう、艶やかな(あでやかな)着物を着ている人間達が自分のことを『わらわ』や『わっち』と呼んでおる者がおってな、二つとも可愛かったから繋げてみたんじゃ。
 それで……ええぃ!! 話が長くなるぞ!? わらわっちのことはどうでもよいから! あっ、言い忘れておったが報酬を忘れぬように、じゃが……わらわっちは人間じゃないから、銅貨や銀貨や札束を持って来られても困るでありんす! 
 そうじゃな……食べ物じゃ。特にわらわっちは甘い物には目がないからのう! モモンの実とか……とにかく甘い物は大歓迎じゃ! 
 ……さて、話が長くなってしまったが、宣伝は今の言葉をお主にうまくまとめて欲しいのう。帰り道には気をつけてくりゃれ? 
 
 鏡屋メタモンは、お主の見たいものをなんでも映してやろう。



 【未来編】

「ねぇねぇ! つぎはグレイシアにへんしんしてみてよ!」
「しょうがないのう、ほれ!」
 カガミの森の奥にある大木の下で、わらわっちはグレイシアに『へんしん』した。紫色の体が水色に染まっていき、額に氷柱のような形をした、蒼い飾りをつけた四足歩行のポケモンになった。
「わぁ〜! かわいいなぁ! ひゃう、つめたい!」
「グレイシアは氷のポケモンじゃからな」
 グレイシアの姿に興奮した依頼者が面白そうにわらわっちに触っては、はしゃいでおる……うむ、童(わらべ)じゃし、お触りは大目に見といてやるでありんす。 
 
 ここは鏡屋メタモン。望むものに『へんしん』をして、依頼者の見たい姿を映すといったものをやっておる。依頼はそうじゃなぁ、例えば自分が進化したときの姿を見せて欲しいというのがあるのう。
 今、目の前にいる、茶色の体にクリーム色の毛を首から生やしておるイーブイというポケモンもその一匹じゃった。
「う〜ん、メタモンおばちゃんにぜんぶ、へんしんしてもらったけど……なやむなぁ……」
 イーブイが小さな前足で頭を抱えながら、う〜んと悩んでおる。
 そう、今朝からわらわっちはイーブイに進化系を見せて来たわけなのじゃが……。
 
 まずは、額に赤い宝石みたいな物をつけているエスパーポケモン、エーフィ。
 お次は、漆黒の体に黄色の模様が映える、悪ポケモン、ブラッキー。
 続いて、オレンジの体にモコモコとした毛をつけた炎ポケモン、ブースター。
 それから、毛が針のように逆立つこともある電気ポケモン、サンダース。
 更に、頭の上からなびく葉っぱが魅力的な、草ポケモン、リーフィア。
 その後は、首回りのエラみたいなものが特徴的の水ポケモン、シャワーズ。
 
 そして、今のグレイシアに繋がったわけなのじゃが……御覧の通り、イーブイには進化系が豊富に分かれておるのじゃ。優柔不断になるほど、分岐がたくさんあるのは……ある意味うらやましいかものう。色々な可能性を秘めておるのがそこから目に見えるわけじゃからな。
 さて、イーブイの悩みの種でもある進化じゃが、今のところ、この世界のポケモンは進化をした後、進化する前の姿に戻ることはできないそうじゃ。
 だから、わらわっちのところに来る者で、進化したときの姿を見せてくれと頼みに来るのはそういうわけなのじゃ。

 進化した後の姿はどうなのだろうか? 
 受け入れられるものなのか? 
 姿が変わって……その先の生活にはどのような影響がありそうなのか?

 それぞれ色々な悩みを持ちながら、わらわっちに自分の進化した後の姿を見せてくれと頼みに来ておる。このイーブイも何かきっとワケありなのじゃろうが……誰だって訊かれたくないことの一つや二つ、あるじゃろう? 
 わらわっちはあくまでその者の見たい姿を映しているにすぎん。本当ならその後のことはその者の責任じゃが……まぁ、どうしても相談に乗って欲しいことがあるというのならば、してやってもよいがのう。
「……メタモンおばちゃん。おねがいがあるんだけど」
 今まで小さな前足で頭を抱えていたイーブイが顔を上げて、わらわっちのことを見る。『おねがい』という言葉から察するに、わらわっちが相談役を買うかもしれんな、これは。
「ひとばん、ここにとめてほしいんだ。もちろん、きのみをいっぱいメタモンおばちゃんにあげるから、おねがい!」
 まさかの『おねがい』にわらわっちも一瞬、困ったでありんす。しかし、帰れと言っても退かぬような眼差しがわらわっちに刺さって来る……負けた、これだから童は恐ろしいのじゃよ。
「分かったでありんす……けど、おぬし、本当に木の実をそんなに持っておるのか?」
 お返しとばかりに意地悪な質問をわらわっちが投げかけてみると、イーブイは横に置いてあった無地のふろしきを引っ張って、わらわっちの前に示すと、結び目を解く。
「だいじょうぶだよ! いっぱいあるから!」
 ふろしきからゴロゴロと可愛げな音を立てながら木の実が転がっていく。
 ……わらわっちの負けじゃな、これは。

 どこかでホーホーが鳴いとる夜空の下。大木の根元にわらわっちとイーブイが座っていた。イーブイからもらった木の実をたらふく食べて……う、動けん。
「メタモンおばちゃん。ボクはなににしんかしたらいいのかな?」
 イーブイがふと声を上げた。まだ、悩んでおるようじゃな……まぁ、進化系が七つもあったら、悩むのは必須じゃろうな。
 グレイシアに『へんしん』した後も、イーブイはわらわっちにもう一度、ブースターやサンダースに『へんしん』をして見せてくれと頼まれてしまってのう……かれこれ、日が沈むまで『へんしん』をされ続けられるはめになってしまったわ。
「……わらわっちはイーブイの見たいものにしか『へんしん』して見せることしかできん。あくまでわらわっちがしているのは、イーブイの背中をちょっとだけ押すようなものじゃ。この先、どうしたいかというのは、全て、お主次第じゃ」
 このイーブイもやがて大人になるじゃろう。今は恐らく、親元で暮らしていると思うが、巣立った後、自分のことは最終的に自分で決めていかなければならん。
「そうか……むずかしいんだね。あ、そういえば、みんなはどんなことをかんがえて、しんかしたのかな……」
「みんな?」
「うん。ボクのかぞく」
 イーブイはどこか遠くを見つめるような眼をした……いかん、つい『みんな?』とオウム返ししてしまったわ。嫌なことを思い出させてしまったかもしれんな。
「ボクね、もともとすてられていたみたいなの。たおれているボクをたすけてくれたのが、ようこママで、それからボクはそのかぞくにおせわになってるんだ」
 イーブイが語り始めた家族の話。
 ようこ、というのはエーフィのことらしい。確かにポケモンの中では自分に名前をつけて混乱しないようにしている者もおる。わらわっちはメタモンのままじゃがな。ようこの他にもイーブイが家族を語り続ける。
 
 いつも優しくて、けれど時々ドジを踏む、父のブラッキー、ゲツヤ。
 いつも大人の話を教えてくれる長男のブースター、コウタロウ。
 いつもケンカ腰だが、自分のことを守ってくれる二男のサンダース、ライガ。
 色々なことを知っていて、勉強してもらっている三男のリーフィア、ジュラ。 
 物腰が柔らかくて、品が良い長女のシャワーズ、みなも。
 恥ずかしがり屋だが、根はとても優しい二女のグレイシア、つらら。

 このような感じでイーブイの家族話は止まることを知らんかった。最初の『すてられた』という話以降、この家族の話でのイーブイの顔はとても活き活きとしておった。どうやら、幸せな暮らしを送っておるようじゃな。わらわっちは少しほっとしたでありんす。
 どれ、そんな童にもう少しだけ背中を押してやろうかのう。
「……のう、イーブイ。お主は将来、何をしたい?」
「え?」
「さっき、お主自身で言ったではないか。家族の皆はどんなことを考えて進化したのかって。お主が将来やりたいこと……それに向けて進化を選べばいいのではないかのう?」
 一度、進化をしてしまったら二度と元には戻れない。まぁ、人間の奴らが変な機械を作って、進化前の姿に戻れる装置やらなんやら作れば話は変わってくるのかもしれんが、仮にそんな物を作られても、わらわっちは嫌じゃな。
 自分の決めたことは、とことん進んでいって欲しいからのう。この道が嫌じゃったからこの道にしようの繰り返しでは、強くはなりんせん。自分の気持ちに嘘をついて欲しくはないんじゃ。
 自分と向き合って考えられるような機会を与える……それがこの鏡屋の真意だったりするのじゃ。
「じぶんのやりたいこと……」
 イーブイは何かを考えるかのようにしばらく黙ってしまったが、このイーブイが今、自分とまっすぐ向き合っている証拠でもあった。このイーブイがどのような答えを出すのか、楽しみでありんす。
「……………………」
「……ん? ほほ、どうやら考え過ぎて眠ってしまったようじゃな。お休み、イーブイ」
 そういえば、イーブイの名前を訊いてなかったのう。明日、訊いてみるとするか。
 わらわっちにも眠気が襲いかかって来たようなので、静かに目を閉じた。
 どうか、イーブイの選ぶ道に幸あれ、と願いながら。

 翌朝、目が覚めると、そこには昨日の悩み顔とは違って、明るい顔のイーブイがそこにいた。
 何か答えを出したかもしれんな。そんなイーブイの想いをくみ取れるかのような、底なしに明るい笑顔でありんす。
「メタモンおばちゃん! ありがとう! ボク、おもいついたよ!」
「そうかそうか、それは良かった」
「しんかしたら、またメタモンおばちゃんのところにくるね! それまではなににしんかするかはヒミツだよ!」
「なんじゃ、今、教えてはくれんのか?」
「うん! メタモンおばちゃんをビックリさせたいから!」
 イーブイはそう言うと、「またね!」と言いながら、きびすを返す。
「ちょっと待つのじゃ」
「な〜に?」
「お主はなんという名前なのじゃ?」
 イーブイがはにかみながら答える。
「ななる、っていうの」
「そうか、ななる、か。よい名じゃな。また来てくりゃれ?」
「うん、ありがとう! メタモンおばちゃん! またね!」
 イーブイ――ななるが勢いよく走りだした。
 その姿は自分の進みたい道にとことん入っていくという意志が伝わって来た。尻尾が可愛げに揺れている、ななるの後ろ姿を見送りながら、わらわっちは呟いた。

「ふふ、将来は素敵な、おなごになるんじゃろうな、きっと」



 【今編】

 本日も鏡屋メタモンは営業中なのじゃが……これまた、騒がしい客が来たもんじゃと、ため息が漏れそうでありんす。
「ねぇ! わたくしは本当に進化しないんですの!? ねぇ! ねぇってば!」
「だ〜か〜ら! 何度も言うようにお主に進化系はないと言うておるじゃろうが!」
 わらわっちに泣きながら訴えかけて来るのは、黄土色の平たい体に、黄色の尾ひれ、その背中にはビックリマークのような黄色の模様があるポケモン――マッギョじゃった。
 このマッギョ、かなり勢いのある性格でな、わらわっちを見るや否や、いきなり目の前まで跳ねて来よって、これでもか! というぐらいに思いっきり跳ねて顔を近づけながら、こう尋ねたのじゃ。

「マッギョの進化系はありませんの!?」

 残念ながらマッギョの進化系はない。この世界を知るわらわっちが言うんじゃ。ないと言ったらないんじゃ。たまにいるんじゃよ……進化系のポケモンを見て、自分も進化したいと思っておるポケモンが。気持ちは分からんこともないがのう……。
「うぅ……進化して美しくなっているポケモンがいますのに……! 幼なじみのミミロルちゃんとキルリアちゃんが進化できて! なんで! わたくしだけが進化できませんの!? 説明してちょうだいな!!」
 マッギョがまた跳ね上がって、わらわっちの顔すれすれに近づいて来た。膨らみのある唇が、イ、インパクト大なのじゃ……。
 それにしても、ミミロルの進化系はミミロップで、キルリアはサーナイトじゃったか……これはマッギョが嫉妬に燃えるのも仕方がないことかもしれんのう。
 じゃが――。
「わらわっちは学者でもなんでもありんせん!」
「そ、それなら……わたくしはどうすれば……! このままでは結婚も乗り遅れて……しまいには一生、生涯、独身で、孤独のままに……! う、うぅ……!」
 そこまで言った途端、マッギョが泣き崩れてしまった。確かに美しいとか可愛いとか、姿を示す言葉は大事かもしれんな。おなごも男も、皆。
 わらわっちはため息をつきながらも、このまま放っておくわけにもいかんので、『へんしん』を使った。姿はもちろんマッギョじゃ。
「マッギョ、わらわっちを見てみろ」
「……ぐっすん……な、なんですの?」
「わらわっちのこの姿はなんじゃ?」
「え? マッギョに決まっているじゃありませんの」
 当たり前だというようにマッギョが答えた。何を今更という感じがマッギョの声音から伝わって来るのう。確かにマッギョの答えは間違えておらん。じゃが……違うんじゃ。わらわっちが「違う」と言うと、目の前のマッギョが訝しげな(いぶかしげな)表情を見せおった。
「答えはわらわっち……つまりメタモンじゃ」
「……! そんなにわたくしのことをバカにしたいですの!?」
 おちょくられたと思ったのじゃろうな……マッギョが憤慨しそうな顔を向けて来た。
「勘違いするでない。こんなときに冗談が言えるか、たわけ」
「なら……なんだって言いますの?」
「わらわっちはあくまで、お主の姿を映しただけでありんす。中身まで映すことは叶わん」
 わらわっちのメタモン特有である『へんしん』は確かに相手の姿になるだけではなく、相手の持っている技まで使うことができるのじゃが……残念ながら、性格といったようなものまで映すことはできん。
「どんなに姿形を変えようとも、わらわっちはわらわっち。お主はお主なんじゃ……中身を変えること……それも進化の一つじゃないかのう?」
 鏡というのは表面を確認するだけのものではなく、内面も映しているということ、自分自身を見つめるものでもあると、わらわっちは思うておる。
 自分と同じ姿を見て、何かに気づくことができたのならば、鏡屋として嬉しい限りじゃ。
「…………そうですわね。外見ばかりがこの世を決めているわけではありませんよね」
 少しばかり黙っていたマッギョが静かに声を上げた。涙はもう止まっていて、何かに気がついたような顔をしておった。
「中身を変えていくこと……それも進化の一つ……素敵な言葉ですわ! そうですわよね! 外見ばかりに目がいっていたわたくしが恥ずかしいですわ」
 マッギョがはにかみながら言った。もう大丈夫そうじゃな。よい笑顔をしておる。
「そうと決まったら、早速、自分探しの旅に出て、自分を磨いてまいりますわ!」
 中々よい意気込みじゃが……このマッギョ、時々勢いがありすぎなような気もするのう。どこかで問題を起こさなければよいのじゃが。まぁ、仮に問題が起こったとしても、それはマッギョの内面が一つ磨かれる機会かもしれんしな。後はわらわっちがとやかく言うことではありんせん。
 またマッギョと逢えたとき、彼女がどのように進化したのかが楽しみじゃ。
「ありがとうございました、メタモンさん!」
 跳ね去ろうとするマッギョに、わらわっちは慌てて声を上げた。
「待て! お主、報酬は!?」
 やっぱりこのマッギョ、ちょっと心配じゃ。
「あら! ごめんなさい、わたくしとしたことが。えっと……ありましたわ、これを!」
 マッギョの傍にあった木製のバスケットから顔を出したのは……なにやら、赤い液体が入っている謎の一本のビン。
「それを飲みますと、美容に効果がありますのよ! それではわたくしはこれにて失礼させてもらいますわ! 早速、旅の準備をしなければいけませんので……ごきげんよう!」
 マッギョは大きく尾ひれを振りながら去っていた。
 やれやれ……今回はかなり疲れたような気がするのう。あの勢いは類まれにみるものじゃったな。
 さて、マッギョがくれたこの謎のビン……どうやら飲み物のようじゃが、飲んでみることにするかのう。わらわっちはまだまだピチピチなのじゃが、まぁ、普段からのケアは大事だと言うしのう。どれ、ふたを開けて、と――。

 数秒後、わらわっちの口から『だいもんじ』が出おった。
 
 まるでマッギョの旅立ちを盛大に祝うかのような激しい炎じゃった――。

「……って、そんなわけあるかい!」

 わらわっちのノリツッコミこそが、マッギョの背中を押すかのように響いていった。



 【過去編】
 
 始まりはいつも突然なのじゃが、今回のは失礼な突然じゃった。
 カガミの森の奥にある一本の大木。わらわっちは普段はその木の上に乗って寝ておるのじゃが……ホーホーの鳴き声を音楽に、わらわっちが寝ておると、いきなり木が揺れて、わらわっちは地面へと強制的に落とされた。
 くっ……いきなりの訪問の上に真夜中、そして失礼すぎる呼ばれ方にわらわっちは顔をあげると、月明かりに照らされた張本人と思われる奴をにらんで、そして目を丸くした。
「よう、おめぇが鏡屋メタモンか?」
 身の丈は百六十五センチメートルほど、髪は黒、耳には装飾品。
「……人間がここに来るとはのう、久しぶりじゃな。確かに、わらわっちが鏡屋メタモンでありんす。それで……何用じゃ?」
「へぇ〜。おめぇ、人間の言葉をしゃべれるんだな。まぁ、いいや。最近、ここにイーブイってポケモンが来なかったか?」
 人間にはいい奴もいれば、悪い奴もおる。わらわっちの言葉一つでそのイーブイに迷惑をかけてしまうかもしれん。最近のイーブイというと……ななるぐらいか。とりあえず、下手なことは言えんな。
「それをどうしてわらわっちに訊いてくるのじゃ?」
「最近、そのイーブイがここのメタモンに会ったって話を風のウワサでな」
「そのイーブイとお主はどのような関係なのじゃ?」
「いちいちうるせぇな。俺様が間違えて高個体のイーブイを捨てていなかったら、こんな変な場所になんか来なかったのによぉ、マジでかったりぃ」
 相手にものを頼むときの言葉使いがなっておらん……というのもあったのじゃが、それよりも引っかかる言葉がわらわっちの中にあった。
「今まで、何十のタマゴを手に入れて、ようやく高個体のイーブイを手に入れたと思ったのによ……ちくしょう、絶対にアイツを拾ってみせるぜ」
 この人間の言葉からまだ推測段階なのじゃが、わらわっちの中では何かが煮えたぎるようなものが出て来た。この人間の言葉を整理すると、今まで手に入れたタマゴを孵して、高個体ではなかったポケモンはすぐ様その場に捨てる、そのような考えが出てもおかしくはなかった。
 
 タマゴ……それにはかけがえのない命が詰まっておる。
 わらわっちも遠い昔、旅をしていたとき、その命をもてあそぶかのような現場を見たことがある。
 あれは頻繁に戦があった頃じゃったかな、人間がポケモンに大量のタマゴを産ませていて、孵ったポケモンの中で役に立つと判断された者はそのまま育てられるのじゃが、役に立たないと判断された者は……その場で殺されておった。
 
 しかも、そこにおったのはわらわっちと同じポケモン、メタモンじゃった。
 
 メタモンは相手に合わせたポケモンのタマゴを産むことが可能なのじゃ。今日の人間達もその能力を便利そうに利用しているみたいじゃが……利用されているメタモンは大変じゃぞ。
 わらわっちは経験がないから、あくまで聞いた話なのじゃが、タマゴ一個を産むにはそれなりの体力が必要なようじゃ。新しい命を宿すのじゃからな、そりゃあ、体力も使うじゃろう。
 
 大量にタマゴを産まされて死んでしまったポケモンもおるらしい。
 
 当時、わらわっちはその利用されているメタモンを助けようとしたが止められた。もしも捕まったら、わらわっちもこの地獄を味わうことになるから、と……。

 何度もタマゴを産まされて、目の前で何匹も我が子が殺されるという地獄が――。

 そのメタモンと話をしている途中に、どうやら敵国らしいものの急襲が起こってな、その場は大爆発が起こって、辺り一面、焼け野原になった。
 そのメタモンがどうなったのか、わらわっちは気絶してたから知らぬ。
 騒ぎに乗じて逃げられたのか、それとも――。
 ちなみに、この一件でわらわっちが人間全員に対して嫌悪感を持っているわけではない。あの後も旅を続けて多種多様な人間を見て来たからな。まぁ、あの事件後のわらわっちは最初、人間不信に陥っていたが。
 この、わらわっちが持っとるキセルは当時、情緒不安定だったわらわっちに手を伸ばしてくれた人間から、親友の証としてもらった物なんじゃ。
 
 ポケモンにタマゴを産ませるということも断固反対というわけではありんせん。人間達が愛し合っている手持ちのポケモン達のことを察しているのかもしれんし。
 じゃが、その二匹の間から産まれたタマゴを孵す前に取るのはどうかとわらわっちは思う。そして、孵ったポケモンを役に立たないから捨てるなどとは言語道断じゃ。せめて、里親を探すとか、責任を持て。
 わらわっちが言えることはただ一つ。

 命を大事にして欲しい。
 ただ、それだけじゃ。

「のう、お主。知っておるか?」
「なんだよ、さっさと教えろって――」
 人間の目が丸くなっていく。当然じゃ。今、わらわっちはお主の姿になっておるからな。
「捨てられたポケモンはな、成長すると、やがて捨てられた意味というものを知って、捨てた人間に復讐するのだそうじゃ」
 人間の顔が徐々に青ざめていく。
「こんな風にのう」
 人間の姿を取っていたわらわっちは徐々にその体を溶かしていき、人間の皮膚がなくなると、中から血肉が現れ、やがて骨だけの存在になった。
「あ、あ、あ、あぁぁぁあああ!! ごめんなさいぃぃいい!!!」
 人間は悲鳴を上げながらその場をさっさと去っていった。案外、怖がりじゃったな……あの人間。これで、少しは反省してくれるとよいのじゃが……はてさて。
 恐らくこの先、人間達はポケモンにタマゴを産ませることを止めないじゃろう。それを止めさせる権利は残念ながらわらわっちにはない。月夜を見上げ、ななるのことを思い浮かべながら、わらわっちは呟いた。
「願わくば、あの子のように強く生きて欲しいでありんす」


 翌朝、木から降りると、一匹のポケモンがこっちに向かっているのが見えた。
 ほのかな紫色を身にまとい、額に赤い宝石をつけたポケモン――エーフィじゃった。
 先端のほうで二本に分かれとる尻尾を楽しそうに揺らしながら、わらわっちの前まで来た。
「メタモンおばちゃん、おはよう! ひさしぶり!」
「お主……ななる、か?」
「うん! そうだよ!」
 ふふふ、この鏡屋をやっていて、いいことの一つには、再会した者の成長を見られることじゃ。
「立派なエーフィじゃな」
「うん! ボク、ママみたいにだれかをたすけてあげられるようなポケモンになりたかったから、ママみたいにあたたかいものをあげられるようなポケモンに!」
 ななるの笑顔が太陽を受けてキラキラと輝いておる。

 
 その笑顔は希望あふれる未来を映しておった。





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