レックウザのタマゴ




 わたしが十歳だった時には、じじいがいて、おやじがいて、もちろん母さんも祖母さんもいて、いなくてもいいのに男の子の幼馴染がしっかり揃っていた。
 その中でも問題だったのは、あのくそじじいと、くそおやじで、いい年こいてポケモンリーグのチャンピオンになるんだって、私が物心ついたときからずっとそんな夢物語とか、嘘だかほんとだかも分からない武勇伝なんかを耳にイシツブテができそうになるまで、わたしに話し続けた。
 主にじじいで、たまにじじいとおやじのダブルアタックで、だ。
 将来の夢が冒険者だとか旅人だとか、はたまたポケモンリーグのチャンピオンとかだったら、それは申し分のない環境ですことおほほ、とでも言って上品に穏便に済まされるものなのに、わんぱくポニータなわたしは欠片も洗脳されることなく、むしろ反抗してばっかりで、故郷のミナモシティをこの十五年ほとんど出ないで過ごしている。
 じじいとおやじの二人だけなら、わたしだって少しは我慢して聞いてやろうという気になるけれど、幼馴染の馬鹿ガキが、目をきらっきらさせながらじじいの話を拝聴し始めて、いつの間にかじじいを師匠とか言い出して、何か話すたびに「おれはチャンピオンになる! ダイゴ泣かす!」とかくだらないこと言うもんだから、さすがの私も精神的にはパッチールみたいにふらっふら。
 そんな大言壮語を吐いた出来事は、十歳より前の記憶だった。
 馬鹿ガキは十歳の誕生日になった瞬間、おれはダイゴを泣かす旅に出るとか言い出して、まさか本当に旅に出ると思っていなかったわたしは、ダイゴ泣かしたら付き合ってやんよー、って、冗談のつもりで言ったんだけど、馬鹿ガキのくせに顔真っ赤にして「おう」とかぼそっと呟いて、黒マントをばっさばっさやりながらミナモシティを出て行った。
 その黒マントはあのじじいとお揃いだったはずで、旅立つ弟子の様子を見たじじいは「黒マントの系譜じゃ」とか意味不明なこと言って「じゃかしいわぼけじじい、さっさと隠居しろ」なんて言ったのは私で、「次はノギクちゃんだね」そうおやじが言ったあたりで、私はもう会話放棄してさっさと逃げた。
 ノギクっていう名前は、じじい曰く、「シンオウの四天王にはな、キクノさんというそれはそれは美しい女性がいてな、ほれ、キクノさんの名前を入れ替えてこちょこちょっとすると、あら不思議、ノギクになるのでした」これまた意味不明なこと言ってるけど、美しい女性ならいいかなと思って調べたら、ばばあじゃねえかくそじじい!
 名前の由来を聞かされた私は憤ったのを覚えている。
 それで十歳から十五歳の間、だいたいおやじは旅に出ていて、たまに帰ってきたりして、じじいの方はまだわたしが旅に出てくれるとでも思ってるのか、聞き飽きた話を何度も何度もわたしに話して、いい加減家出してやろうかと考えたものだけれど、結局それって旅に出てるんだからじじいの思う壺じゃないか、わたしは落胆してあきらめて、何百回と聞いた話をまた一つまた一つと聞かなければいけなかった。
 そうして迎えた十五歳。
 なんと、じじいがまた旅に出るとか言いやがる。
 その日、わたしはバクオングでも耳を塞ぎたくなるくらいの爆音で狂喜乱舞した。
 めでたいことは祝うもんだから、もちろんわたしもプレゼントやらなにやらを用意してやろうと思い立つ。
 今日はケーキだね! サイコソーダだね! ミックスオレだね!
 朝からそればっかり言ってたら、なぜだかじじいは泣き出して、黒マントを一着くれた。いらん。
 ようやく十五歳にして平和を手に入れたわたしことノギクちゃんなんだけど、うるさい三人がいないとなると、残ったのは祖母さんと母さんとわたしだから、なんだかちょっとつまらない。
 例えばヌオー二匹のところに、ポニータがいると思ってくれればいい。
 話すことなんて何にもないし、ぬおーぬおー言っててこれはこれでめんどくさい。そう、祖母さんと母さんはめんどくさいことを言うのだ。
 将来の話。
 友達の話。
 遊びの話。
 我が家のルール。
 ポケモンスクールの話。
 挙げればほんとにきりがない。これならじじいの話を聞いてたほうがまだ面白みもあるというものだ。
 そんなわたしがどうしたかというと、幼い頃からこんな環境のせいでポケモンと一緒に生活することが多かったこともあり、コンテストに通い始めた。まず、見るのが楽しい。そして参加するのも楽しい。
 そうは言っても、わたしは血筋的にコンテストの才能なんてものは皆無で、成績は散々、結局近所の有象無象を集めてバトルしてボコして暇つぶししてた。

 それからまた時間が経ち、じじいがぼろぼろになって帰ってきた。
 最初からぼろぼろだったような気がする、なんていう冗談も言えないくらいぼろぼろで、もう先は長くないということが、子どものわたしにすら分かった。
 すぐにじじいは家に運び込まれて、ちょっとずつ回復しているような気もしたけど、気がしただけで、一日の大半を寝て過ごす生活を余儀なくされている。
 ポケモンリーグのチャンピオンになると語っていた一人の男としては、ひどく悔しいことであっただろう。
 じじいは私に武勇伝を語ることがなくなった。
 そしてなんとなく時は過ぎていって、ある日じじいがわたしを呼んだ。
「ノギク、黒マントは使っておるか」
 じじいは布団から出ることなく、苦しそうに呟く。その姿を見て、昔からの憤りだとかそういう感情は湧いてこなくて、むしろマントを貰ったまま一度も使わなかったわたしは申し訳なくなったくらいだ。
「使ってる」わたしは嘘をついた。
「それは、よかった」
 いつものじじいだったらここで何やかやと言っていただろう。一言だけ小さくこぼしたきり、しばらく黙っていた。わたしにはじじいが何を考えていて、何を言おうとしているのかなんて、さっぱり分からない。でも心のどこかで、何か大事なことを言おうとしているのだろうな、という気はしていた。
 それからじじいは、こう続ける。
「なぁ、ノギクもそろそろ旅に出てみんか」
 果たしてそれが大事なことなのかどうかは分からないけれど、この問いに対して正直に答えていいものかどうか悩んでしまって、わたしはすぐに返答することができなかった。もちろん答えはノーで、これはじじいにも当然分かっていることなのだ。どうして今さらこんなことを聞いたのか、わたしはじじいの意図を汲み取ることができない。
「やはり、そういうことはせんのか」
 じじいが子どもみたいに悲しそうな顔をしているので、私はいじめてるような罪悪感を覚えたけれど、ごめん、としか言うことができなかった。
「じゃあ一つ、頼みごとをしたい」
 なに? わたしが聞く。
「レックウザというポケモンを知っとるか? そらのはしらに巣くう伝説のポケモンじゃ。そいつを捕まえてきてほしい」
 レックウザも、そらのはしらも、旅に出る予定のないわたしにだって分かる名前だ。それくらい有名なものなのだから、旅に出た経験もなくて、ただの乙女であるわたしには、もちろん達成できるようなミッションじゃない。
 自分で行ってきなよ。そう言おうとして、わたしは慌てて言葉を呑み込んだ。
 なぜこんな頼みごとをするのか、考えるまでもなく答えは一つしかない。じじいは自分の未来を見ているのだ。
 思えばじじいがわたしに頼みごとをするなんてことは一度もなかった。旅に出てみないか、きっとノギクは優秀なポケモントレーナーになる、そんな勧誘めいたことは何度も言っていたが、頼むから旅に出てくれとか、わしの代わりにチャンピオンになってくれとか、そういう依頼めいたことは一度も言ったことがない。つまり、これは一大事なのだ。
 わかったよ。なぜかわたしは、そう答えていた。
 じじいは、ありがとうと言って、くしゃくしゃの顔をもっとくしゃくしゃにして、少しだけ笑った。
「わしのバシャーモを貸すか? フライゴンでも、ハブネークでもよいぞ」
 それには首を振って答える。
「大丈夫。わたしだって、そんなに弱いわけじゃないから」
「……そうか、よかった。実はな、わしのポケモンはもういないんじゃ。野生に返しちまったんだよ」

 ――あぁ、やっぱり、そういうことなんだろうな。


 翌日になって旅の準備を始めた。必要になると思われる道具は、だいたいじじいの助言によって揃えたので、あとはリュックに詰め込めるだけ詰め込めば気持ちの問題だけだった。
 リビングではテレビがついていて、ポケモンリーグに挑戦している一人の少年をカメラが追いかけている。黒いマントの背中は、わたしの知っている幼馴染によく似ているけれど、随分おとなっぽい印象で、すぐには同一人物だと認めることなどできなかった。振り返ってカメラにその顔が映ったとき、ようやくわたしは成長した幼馴染が夢の最果てにいることを理解した。
 じじいが、おやじが、決してたどりつくことのなかった夢の向こう側に、彼は歩を進めようとしている。じじいは死にかけで、おやじはどこにいるか分かんなくて、わたしなんかはずっと昔からミナモに閉じこもってテレビなんか見ている。テレビの向こう側は別の世界なんかじゃなくて、よく知っているはずの現実が広がっているというのに、わたしは何年も前から広いはずの世界の話だけを聞き流して、ずっと同じ場所にいるのだ。
 抜け出さなければいけないと思った。旅に出ることがくだらないとか、くだらなくないとか、そういうことじゃない。レックウザが伝説のポケモンだからどうのこうのって、それもまた瑣末な問題だ。きっと大事なことは、ずっと同じ場所に止まらないことで、止まっていていいのは全てを終えたものだけ。
 それはある種の権利なのかもしれない。ずっと同じ場所に止まる権利。レックウザを捕まえてくるというのは、その権利を得るための、じじいが何もしようとしないわたしに与えてくれた最初のチャンスなのだ。
 テレビの中でバトルの合図が鳴った。それはこの広い世界のある場所で同じようにして鳴っている。わたしはリュックを背負った。空は抜けるような青空だった。


 レックウザを捕まるのが目的。
 トレーナーと対戦してポケモンを鍛えたいわけでないのなら、できる限り急いだほうがいいだろう。空の柱に行く途中では、歴戦の強者がいくらでもいるのだから。
 考えうる脅威をざっと予測してみて、私はぺリッパーに乗っていくことにした。海流が荒れているなら空を使えばいいし、気流が乱れているなら海を使えばいい。ぺリッパーならその両方の役割を担ってくれる。
 かくして目論見は功を奏し、バトルを避けて空の柱までたどり着いた。ポケモントレーナーとしては間違いなく失格だろう。きっと旅人としても失格だ。目先の困難からは逃げの一辺倒。それなら家の中に閉じこもって、ずっと変わらない時間を貪っているのと大して違いはない。
 空の柱は文字通り空に繋がっていて、頂上は少しも見ることができない。気流は乱れに乱れていて、当然ぺリッパーで飛んでいくということも不可能。さすがに伝説のポケモンが巣くうだけのことはあるというわけだ。
 わたしは折りたたみのマッハ自転車を組み立てて、お気に入りのポケモンを三匹出した。ギャロップ、オオスバメ、トロピウス。どの眼差しも戦意をはらんでいて、今にもその内にある闘志を爆発させんしている。なるほど、コンテストが苦手なわけだ。わたしたちは、小さい頃からバトルしかしていないのだから。


 大いなる入口をくぐった。
 直後、洗礼とでも言うかのように、ネンドールが身体をぐるぐると横に回しながら飛んでくる。トロピウスがはっぱカッターで叩き落し、それにギャロップが追討ちをかけた。
 さらに奥で浮遊するジュペッタが技の構えをとったところで、オオスバメがはがねのつばさ≠その小さな胴体にぶつけた。わたしはマッハ自転車を走らせる。初動、加速、そして最高速。ギャロップが平行を走り、オオスバメが頭の上で空を切る。トロピウスは少し遅れてしまうが、ちゃんとついてきている。
 薄氷のようなひび割れ床を最高速で駆け抜ける。視界が狭まり、端からぼんやりと薄闇に消えていった。突然飛び出してくるサマヨールの手。わたしは動じることなくこぎつづける。
 遅い遅い遅い! 捕まえられるもんなら捕まえてみろ!
 カーブを曲がるタイミングはギャロップに合わせ、階段があれば最高速を保ったままオオスバメが引き上げた。襲ってくるポケモンは後方からトロピウスが叩き落とし、わたしたちには一点の隙すらなかった。
 頂上に近づくにつれて狭くなっていく部屋は、通行者の誰もが通れるわけじゃない狭き道を想起させた。狭き道を通れる人の数は決して多くない。脅威に押しつぶされ、夢破れた者が通行者の大半を占めるだろう。じじいはどっちだったのだろうか。おやじは、幼馴染は。それと、わたしの道行きは。
 わたしは今、狭き道を駆け抜け、そして、頂上を捉えた――。


 張り詰めた空気と、広がる霧。頂上に満ちているのはそんなもので、視界はすこぶる悪い。
 酸素も少なく、止まらずに全力で働き続けたわたしの肺は、甲高い呼吸音を伴って悲鳴をあげている。オオスバメがわたしを自転車ごと引き上げてくれて、階段の前に降ろしたところで身体が動かなくなった。自転車ごとわたしの身体は崩れ、生きるために不随意の運動を続けていた。
 視界がぼんやりしているのは、霧のせいなのか、それとも別の理由か。頭の中は妙にはっきりしていて、普段よりも余計なくらいに思考が巡る。
 わたしは頂上にたどり着いたのだ。しかしこれはスタートラインで、これからが本番。レックウザを倒して、それから捕まえて、じじいのところに戻って報告してやる。わたしの旅は成功したのだと。
 それなのに身体が言うことを聞いてくれない。腕が上がらない。足も動かない。まぶたも降りてきた。三匹が心配そうに見下ろしていて、オオスバメなんかは、わたしのカバンから傷薬を取り出そうとしている。傷薬はわたしを回復させてくれるだろうか。そんなことを考えていて、オオスバメが取り出したのは傷薬ではなかった。
 水。それもおいしい水。当然といえば当然だ。オオスバメは器用にプルタブを起こして私にかけた。飲ませてくれるわけではないらしい。冷たいという感覚はあまりない。
 二本目も開けてくれて、それはちゃんと口元に持ってきてくれた。ちびちびと飲んで、果たしておいしい水はわずかでもわたしの体力を回復させてくれた。
 鉛どころか俵のように重い身体を両手で無理やり支えて、なんとか起き上がろうとする。三匹が支えてくれて、わたしは立ち上がり、空の柱の舞台を見据えた。霧の中に巨大な影がある。
 そいつはわたしが起き上がるのを待っていてくれたのだろうか。ずっと動かなかったようだ。
 歩を進める。膝から下が、たった一歩の衝撃で崩れようとする。ゆっくりと歩く動作を繰り返して、影に近づいていく。
 巨大なその姿を捉えられるくらいに近づき、顔を上げたわたしは言葉を失った。
 膝から下に力を入れる気も失せて、下半身から崩れる。何か言葉を発しようとして開いた口は、その行動の意味を忘れて震えている。
 どうしろっていうんだ。じじいのやつめ。どうしろっていうんだよ。
 レックウザはそこにいた。大仰な体躯が眠るように身体を丸めて、空の柱のてっぺんを陣取っていた。
 ――灰色の身体で。
 レックウザは死んでいたのだ。薄く開けられた瞼から覗く瞳は、光を失っていて、鮮やかな深緑色と聞いていた身体は枯葉のように灰色がかっている。
 結局じじいは、全てを終えていた。ずっと同じ場所に止まる権利を持っていたのだ。
 辺りを見渡すと、頂上の舞台には抉った跡や、擦った跡などが無数にあった。それだけでも、ここで繰り返された歴史が分かる。
 じじいは自分の最後の武勇伝をこうして語っていきやがったのだ。言いようのない敗北感だけが残った。帰ったら怒鳴り散らしてやってもいい。
 そうして帰ろうとしたとき、わたしはレックウザの懐にタマゴが落ちていることに気づいた。
 レックウザのタマゴだろうか?
 それにしては大きさも形も色も、至って平凡でただのタマゴにしか見えない。
 ここまで来たのだ。せめてもの報酬として持っていくのも悪くないし、頂上に到達したという何かしらの証明があったほうがいいだろうと思う。
 わたしは相変わらず重い身体を持ち上げて、タマゴを拾い上げ、カバンにそっと入れた。
 天井のない頂上の舞台は風が思いのほか穏やかで、飛んで帰るのもできないわけじゃなさそうだ。ギャロップとトロピウスをボールに戻し、オオスバメの背に乗って飛び立った。
 灰色の巨躯は上から見ても灰色で、離れるにつれて霧の中に影となって消えていった。
 風は冷たかった。


 ミナモが騒がしい。もっと的を絞ると、騒がしいのはわたしの家だった。
 帰ってすぐに知らない顔がいくつかあって、そのどれもが哀しげな顔をしていた。
 わたしは黙ってじじいの部屋に入る。じじいが寝ている布団の周りには、母さんも、祖母さんも、おやじまでもがいた。母の頬を伝っているのは恐らく涙で、考えたくもないことが目の前で起こっているのだと分かった。
「空の柱、のぼったよ。レックウザは死んでいたんだ。そんで、タマゴがあって、きっとこれはレックウザのタマゴなんじゃないかなって……」
 報告する相手はもういないのに、わたしは短くも壮大な旅の記憶を語ろうとする。声が震えて、小さくなって、やがて言葉の代わりに嗚咽が出てきたところで、泣いていることに気づいた。
 悲しいよりも、悔しくて。何が悔しいんだろう。原因はいっぱいある。じじいは自分の旅を完結させて、落ち着く場所を、その権利を手に入れたのだ。そんな一生だった。色や形は違っても、きっと誰もがそうなる。一番悔しいのはそれだ。結局、おやじと、じじいが正しかったのだ。人は旅をしなくちゃいけなくて、その物語を伝えなきゃいけない。旅を拒否していたわたしも、結局旅をしなくてはいけなくて、だからわたしは負けたんだ。じじいの最期によって。
 家の中は静けさと悲しさで満ちていて、人のすすり泣く音や、リビングにあるつけっぱなしのテレビの音がやけに大きく聞こえた。
 カバンが震えた。一瞬だけ何が起こったのかを考えて、すぐにタマゴが入っていたことを思い出す。慌ててカバンを開いてみると、タマゴは振動しながらぴしぴしと割れ始め、細かい殻があたりに散っていった。部屋中の視線を集めて、タマゴの中からポケモンが飛び出す。
 甲高い産声を上げて、出てきたのは赤毛のポケモン。
 そいつはちっちゃなレックウザとか、そんな仰々しいものじゃなくて、ただのアチャモだった。
 思わず涙が止まった。おやじが図鑑を取り出して、アチャモに向ける。
「こいつはじいさんのバシャーモの子どもだね。一丁前にフェザーダンスなんて覚えちゃって」
 やっぱり、レックウザを倒したのはじじいだった。笑い声が聞こえるようだ。何もかもがじじいにしてやられたのだ。それでも嫌な気分ではなくて、なぜだか清々しい気分になってしまい、わたしは堪えられずに笑い出してしまった。
 声を上げて笑っていると、周りもつられだして、家中の雰囲気が一変した。あのじじいは、死んでなお語りやがる。これが笑わずにいられようか!
 笑い声をかき消すくらいの勢いで、リビングのテレビが歓声を上げていた。
 リビングに行って、テレビの画面を覗いてみると、ポケモンリーグのチャンピオン戦の決着がついたところだった。長い長い死闘の末、勝ったのはわたしが昔から知っている幼馴染のほうだ。残念なことにダイゴは泣いていなかったが、彼もまた自分の夢の最果てを見たのだ。
 幼馴染は振り向き、カメラに向かって思いっきり笑ってみせた。
 最高の笑顔だった。

 ちゃんと伝わってるよ、じじい。

 黒いマントが翻った。





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