ポケモンの遺骨を譲ってください




『ポケモンの遺骨を譲ってください』

 電柱に張り付けられたそれは非常識な張り紙であった。
 電柱に張り付けられたその張り紙には、写真が添えられている。
 すらりと伸びた彼女の首は桜色。磨かれた骨が鈍く光りを照り返して、バルジーナと呼ばれるポケモンを着飾っていた。

 張り紙をじっと見ていた彼女はレパルダスを飼っていた。しかし、彼女の雄のレパルダスは死に瀕していた。元は五歳の誕生日から連れ添ったチョロネコで、人生の半分を遥かに超える時間連れ添ってきた、彼女にとっては人生の道連れである。
 最近の彼は餌を食べるのも大変そうで、今では栄養バランスなんて者は考えずに好きな物だけを与えて、とにかく栄養を取らせるようにだけしている。それでも食べ物を残す毎日は、もう見るに堪えなかった。
 仕事に出かけている間に死んでしまったらどうしようとか、そんな風に考えながら彼女は毎日を過ごし、家に帰って生きている姿に安堵しては、また心配を増やしていた。
 そんな彼女が見つけた非常識な張り紙。バルジーナと呼ばれるポケモンが卵を産んだそうで、それはとてもめでたいことなのであるが。
 バルジーナというポケモンは、身を守るためにポケモンの骨を加工して、羽毛に絡みつかせることで強固な鎧として身にを纏うポケモンだ。そして、その進化前であるバルチャイはオムツのように頭骨を履いて下半身を守る。
 張り紙には、進化前の分でも進化後の分でもいいので、とにかく遺骨が欲しいのだと、そう書かれていた。
 馬鹿みたい、と彼女は思った。彼女以外の者も大抵が同じ事を思った。けれど、馬鹿みたい以上に、思う所は彼女にあった。
 
 もし、このままレパルダスが死んで、墓に入ったとして。それで、本当に良いのかどうか?
 墓に入っても、墓参りという方法で会いに行くことくらいは出来る。でも、そんなんでいいのかと。
 人によって死生観というものは違うが、彼女は、自分自身で私の考えはある程度異常なのかもしれないという自覚を持ってはいる。
 彼女は、ポケモン霊園に骨をおさめるくらいならば、いっそのことそのバルジーナに。
 そして、生まれてくるバルチャイの体の一部として使ってもらえた方が幸福なんじゃないかと。

 でも、幸福なんて考えは『自分が幸福』なだけであり、レパルダスから見ればただのエゴなんじゃないかとも、同時に思う。
 どんな風にも考えられる。いろんな考えが思い浮かぶが、とにもかくにも興味を持った、という事だけは確かなのだ。
 社会人になってすぐに両親に先立たれたから、死の重さは知っているつもりだ。
 その時、悲しみにくれた自分だけれど、その悲しみを素直に表現できなくて。
 周りのみんなの励ましが怖くて、誰にも弱みを見せられなくて。
 結局、その時レパルダスが涙を舐めてくれなかったら、病院にお世話になるくらいには病んでいたかもしれない。
 私を支えてくれたレパルダス。貴方を失ってしまう悲しみに私は耐えられるの?
 耐えられる気がしないから、彼女は悲しみを解決する方法として、あの張り紙に従うのもいいかもしれないなんて脳裏に浮かぶ。
 電話して……みようかな。

 まだ死体じゃないレパルダスに失礼だけれど、孵化の予定日である三週間後まで彼が生きていられる気はしない。
 ならば、今息をしている彼が亡骸となったとき、それを……誰かに大事にして貰えるなら。
 そんな事を考えて、彼女は電話番号のメモ代わりにその張り紙を写真に残す。
 大切な者の死に、どう向き合っていくか考えながら、愛するポケモンの待つ家へと歩みを進めた。

「ただいま、レパルダス」
 ため息混じりに帽子と手袋を外して、彼女は出迎えに来るはずもない彼の名を呼ぶ。彼女を迎えたのは彼本人ではなくむしろ彼の生活の匂いであった。糞をしても、尿をしても躾の行き届いた彼は体が元気であった頃は、匂いを押さえる薬剤の入った砂へと排泄していたけれど今はそのための移動すらままならない状態だ。
 美しかった毛並みも、今はもう色もくすんでボロボロに荒れている。見る影もないとはこのことだ。

 レパルダスが主人の来訪に喜んで尻尾を立てる。すぐにへたり込んで萎えてしまったが気持ちだけはなんとなく伝わった。
 彼女は、屈んでレパルダスの喉を撫でる。彼は嬉しそうにその愛撫に身をゆだね、自信が悪臭の中にいる事を忘れてその感触に浸る。
「今日もいい子にしていたんだね……掃除するから待ってて」
 そういって微笑んで、彼女は排泄物の掃除を始める。近頃は匂いも変わってきた。
 人間の鼻には悪臭にしか感じられない排泄物のにおいだから、あまり嗅ぎたいものではないのだけれど、健康状態が推し量られる。
 嗅いでみた限りでは、嗅覚が絶望的に悪い人間の鼻でも分かるほど彼の体調が日に日に悪くなっていくのが分かる。
 表現はし難いけれど、食べたものがまだ消化し切れていないような、そんな匂い。
 ポケフーズの匂いがまだ残っている。それが日に日に悪化しているという事は、内蔵の機能まで衰えていると言うことに他ならない。
 いよいよ危ないと言うことなのだろうし、ジョーイさんからも一週間持てば良い方だと伝えられている。
 まぎれもなく残された時間は少ないと言うことだ。

 彼女は気軽にお電話してくださいと張り紙に書かれていたことを思い返す。
 ピ、ポ、パ……携帯の無機質なプッシュ音が響き、相手の通話を待つためのプルルルと言うおなじみの音が鳴る。
「はい、アシタバです。どちら様でしょうか?」
 電話の無効から聞こえてくる声は、若い男の声であった。
 ドアを挟んでいるのか、小さく聞こえる子供のはしゃぎ声からすると、すでに結婚しているのかもしれない。
「え、えと……あの……電柱の張り紙を見まして……」
 電話で初対面の人と話をするのに慣れていないのだろう、彼女はおどおどとした口調で張り紙の主と話す。
「あ、あぁ……ありがとうございます。そ、それでなのですが……一応念のため確認しますが、遺骨の用途のほうは……存じておりますよね?」
「はい、バルチャイのオムツに使うのだという事は……」
「それは、言葉だけで言えば確かにそうですが……」
 電話の主は言葉を詰まらせながらも続ける。
「ポケモンの頭蓋骨に排泄物が溜め込まれるという意味ですよ? それでも、大丈夫なのですか?」
 改めて言葉にされると強烈であった。確かにそれは、レパルダスに悪い。
「とりあえず、お話だけでもと思いまして……実を言うと、まだうちの子は生きているので……」
「え……ということは、孵化予定までには……きっと生きていないってことですよね? その子、そんなに酷い状況なのですか?」
「まぁ、自力で立ち上がったり食事したり出来ないくらいには……」
 最近では、お湯でふやかしたポケフーズをスプーンで運んでやって、それでようやく食べられるくらい。
 それしか出来ないくらいには衰弱していて排泄も大小共に垂れ流す割には、残った分はお腹を揉んだり、ゴム手袋をして掻き出したりしなければまともに出来ない。
 死期が近いのは、誰が見たって明らかなのだ。
「なるほど、話を聞く限りでは確かに孵化まで生き延びられる保証はないようですが……」
「はい、ですので……孵化の前にうちの子が死んだら、貴方のバルチャイに遺骨を譲ろうなんて……」
「ふむ……」
 電話の主は考える。
「まだ、生きているのなら……一度、私達で話し合ってみませんか? ちょうど明日は休日ですし、一応ポケモンの生死に関わる大切な話ですので……
 いや、死ぬことは話し合ったところで変わるわけではないですが……それでも」
 彼女は、アシタバの言葉に対して考える。確かに、この電話の主のことも、所有しているバルジーナのことも、彼女は何も知らない。
 人のよさそうな声ではあるけれど、本当に人がいいかなんて話してみないと分からない。会って見極めた方がいいのかもしれない。

「はい、そうですね……私は、この子がいつ逝くか心配で、予定を入れられませんでしたので……その……予定はいつでも大丈夫ですから……」
「分かりました、ではそちらがお住まいのほうの住所や目印になるものを教えていただければ、そちらにお伺いいたしますので。
 よろしければそちらの住所の最寄の施設などを教えてもらえますでしょうか?」
「えぇと……では……三丁目のポケモンセンターで……はい、お願いします」
「かしこまりました。時間はどうしましょうか?」
「十一時でお願いします」
「分かりました……それでは確認しますと……の三丁目ポケモンセンター入り口前に十一時でよろしいですね?」
「はい、問題ありません……あ、これはお願いなんですが……その、明日訪問する際はアシタバさん、でしたっけ」
「あぁ、はい……」
「貴方のバルジーナを連れてきてもらってもよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろんそのつもりです」
 電話の向こうの声は微笑んでいるように聞こえた。
「所で、貴方の名前は……」
「ユカリです」

 ◇

「クリーム色のニット帽に、紺色のマフラー……白いコートにチェックのズボン……」
 を、目印に彼女は待っているという。すぐに見つけられた彼女に近寄って、携帯電話を片手にアシタバは女性に話しかける。
「すみません。ユカリさんで……よろしいでしょうか?」
「あ、はい……貴方は、アシタバさん?」
「そうです。え、えっと……その、どうしますか? ポケモンセンターならばポケモンOKの喫茶店がありますし、そこでお話しするでもいいですし、貴方の家に行かせて貰うでもいいですが……」
「なるべく、ポケモンと一緒にいてあげたいので、私の家に行かせてください……」
「分かりました」
「えと……こちらです」
 ユカリは奇妙な感覚であった。それまで出会い系サイトの類に全く興味のなかった自分が、こうして見ず知らずの男性を家に招いているとはどういうことなのだろうと。
 アシタバと名乗るこの男は、人の良さそうなお絵という印象通り一目で恋心を覚えるようないわゆるいい男ではなかった。
 しかし、長く付き合っていればよい一面ばかり見えてきそうな、落ち着いた雰囲気のある男性だ。
「貴方のポケモンの種族……そういえば聞いていませんでしたね」
 大通りにあるポケモンセンターから、住宅街へと紛れ込むあたりで、それまで黙って付いてきたアシタバが尋ねる。
「レパルダスです。昔は毛並みも美しかったのですが……今はもう、自分で毛づくろいも出来ないので……」
「なるほど……それはなんと声をおかけすればよろしいのか……」
 歩いている間、景色の変化を考えることも出来ず、アシタバは黙り込んでしまう。
「あの、アシタバさんは、どうして他人のポケモンの遺骨を譲ってもらおうと考えたのですか?」
 誰もが一度は気にするであろう疑問を、ゆかりは尋ねる。
「私には子供がいて、妻がいたんです……」
「そういえば電話越しにお子さんの声は聞かされましたね……妻は、『いる』のではなく『いた』のですか?」
「えぇ、癌であっけなく……顔、覚えていないのですよね……ウチの子は」
 アシタバは笑っているでもなく悲しんでいるでもなく。しかし無表情ではない、渋い顔をしている。
「寂しさを紛らわすためにポケモンを買い始めたのですが……それがバルチャイでしてね。で、なんとなく思っちゃったんです。なんかもったいないなって」
「妻の骨をオムツにしてやればよかったとか?」
「そんなところです。貴方にも言いましたとおり、オムツにするのは流石に気が引けますが……ウチの妻は、変わり者でしてね。
 死んだら山や海に散骨して欲しいって……何回も行っていたんですよ。墓石に収まるのが嫌だったみたいなんです」
 と、アシタバは苦笑する。
「いやね、子供と一緒にポケモンを育てることである程度はそりゃ心も癒されましたが……やっぱり墓にしまい込んでいる妻の骨がどうしてももったいないと思ってしまったわけですよ。
 それで、ジーナがバルチャイからバルジーナに進化したとき、妻の骨を幾つか与えてみました。ウチの子は丁寧にそれを加工して鎧に仕立て上げてくれましてね。
 なんとなく、なんとなくなんですけれども、私はそれだけで救われたというか、癒された気がしたんです。息子にも、今はよくわかっておりませんが……いずれはアレが母親の骨であるという事を教えるつもりなんです」
 そう語るアシタバの表情は、もはや悲しんではいないと告げているようにかすかに微笑んでいる。
「……私のレパルダスが死んだら、その骨をどうにかしないともったいないのでしょうか?」
 アシタバは首を振る。
「それは分かりません。大根の葉っぱを食べないことがもったいないのか、普通のことなのか……」
「現代じゃ普通の人は食べないですよね」
 わかるような、わからないような例えを出されて、ユカリは曖昧に答えた。
「うん、そういうことだと思う。もったいないと思わないのなら、別に私としても構いません……
 車に轢かれて死んだ野性のポケモンの頭骨ならありますので、一応あんな張り紙をする必要もなかったんです」
「じゃあ、なぜ?」
「分かりません……自分がいいと思ったものを他人にも勧めたいという願望なのか、それとも……子供に命の大切さを教える教材にしたいのか。
 考えられる理由は、そこら辺でしょうか」
「自分がいいと思ったもの……ですか」
「ダイエットの方法なんて、世の中いくらでも紹介されているじゃないですか。それとおんなじです」
 冗談なのかまじめなのか、またもわかるようなわからないような例えを出されてユカリは困惑する。

「葬式っていうものは国や地域によってさまざまなやり方があります。
 場所によっては、親戚やご近所さんが一同に介してお祭り騒ぎをするようなお葬式の方法だってあります。
 愛するものが死んだという事をどういう風に受け入れ、それと付き合っていくのか……
 それに悩んでいる人がいたら、救ってあげたいと少しだけ思ったのかもしれません。
 だから……ただおせっかいなだけなのかもしれません。
 さっきも言ったとおり、バルチャイに与える骨がないわけじゃないんです。
 遺骨なんて、本当は必要がないのですから」
 すたすたとを地を歩いていく間、ユカリは話しながら考える。両親が死んだときは、私はどんな風に悲しみに整理をつけたっけと。
 そして、今でも結局まだ整理の付けられていない部分が大きいような気がすると。
 そんな事をかんがえている間に、ユカリの家にたどり着く。考え事を邪魔しないためなのか、沈黙の時間をアシタバは邪魔することなく、彼女の後姿を黙って見守っていた。

「お邪魔しま……す」
 入ってすぐに、匂いが違うことにアシタバは気が付いた。排泄物の匂いだけではなく、ポケモン特有の加齢臭とでも言うべきか。死を待つ動物の匂いが漂っている。
 一緒に暮らしているユカリは徐々にこの匂いに慣れてしまったのだろうか、別段気にする様子もなく、レパルダスが待つ部屋へと案内する。
「この子です」
 ユカリが紹介する声は枯れ草のように、吹けば折れそうなか弱い声であった。
「こんにちは」
 突然の来訪者にレパルダスは困惑気味で、警戒しているような気もしたが、しかし威嚇をしても意味のない事を悟っている彼は、アシタバに対して睨みつける以外の事は出来ない。
 しかし、ポケモンに睨み付けられれば、何かの拍子にかまれそうで怖いものだ。
 いかに老いていようともなでられている最中に噛み付かれでもしたらかなわない。
「レパルダス。この人は……まぁ、私の知り合いみたいなもの。だからそんなに邪険にしないで……」
 アシタバが助けを求めるように苦笑して視線をよこすと、ユカリは屈みながらそう言ってレパルダスに微笑んだ。
 主人の言葉をどこまで理解したのか分からないが、彼のめくり上げられた唇は緩んだ。
 少なくとも、警戒心がある程度解けたとみて間違いない程度には、表情から険しさが消える。
「こんにちは、レパルダス……紹介された通り、私はユカリさんのちょっとした友人……」
 正座になってレパルダスのそばに座り、のどをなでる。気持ちよさそうにするほど警戒心が解けてはいないようであったが、長く続けているうちに楽な気分になって、目を瞑る。
 手をとり、肉球を触ってあげると、ちょっと嫌そうに体を動かした。

「大分……受け入れてもらったかな? それじゃあちょっと、ウチの子も失礼して……」
 と、アシタバは振り返る。
「構いませんよ。最近はこの子……近所のポケモンとも触れ合っていませんでしたので……喜ぶと思います」
「ありがとうございます」
 アシタバが安心してため息を吐き、バルジーナを繰り出した。
「ジーナ。あの子が昨日言っていた子だ。少し、相手をしてやってくれ……」
 そう指示すると、ジーナは喉を鳴らしてクワァと軽く鳴き声を上げる。
 そして、小刻みなジャンプで床を傷つけないようにそっと近寄ると、その巨大な翼で包み込むようにレパルダスの体を撫で、しなる首を器用に操り上嘴でやさしくつついた。
 同じ肉食同士、悪タイプ同士。卵グループに違いはあっても同じ匂いのようなものを感じるのか、レパルダスはジーナの事を最初からたいした警戒もしない。
 ジーナがレパルダスを見る目も、死ぬのを待っているサバンナの掃除屋というよりは、むしろ高潔な別の存在に見えた。
 慈しむような眼というのだろうか、これから死に逝く命を見守るような、美しいワルキューレのように。

「もう一つの目的は、子供に命の大切さを教えるためでしたっけ……」
 その光景を見ながら、不意にユカリはアシタバに尋ねる。
「ええ、命という物は受け継がれていくものです。骨はいつまでも残りますので……
 子供に命の大切さを教えるにはもってこいの教材なんじゃないかと思いまして。
 そのために、バルチャイが身に纏う骨が野性のポケモンのものでは語れることは少ないですから……
 誰かから、思い出を受け継ごうって思ったのです。それが他人のポケモンの遺骨や、妻の遺骨なら申し分ないですし。
 ありがちな表現ですけれど、『あの子はこの子の中で生きているんだ』って、そういう風に言えるように」
「レパルダスは……このバルジーナの子供の中で……いや、子供と共に生きていく……ですか」
「バルジーナに骨で着飾ってもらうというのは、それを分かりやすく視覚化しただけです。死んだという事を理解するにも、受け入れるにも……あの骨、妻の遺骨なんだなって思うと、心の整理が急についたので。
 不思議なもんですよね……頭じゃ、妻は遠くの塔に死んでいるってわかっていたのに、進化して骨を着せるまで分からなかったなんてさ」
「です、か……」
 横にいるアシタバと話している最中もユカリがずっと見守っていた二匹は、今もじっとしたまま特に大きな動きは見せない。
 ちらりと横にいるアシタバを見る。この人の妻が、あのバルジーナを守る鎧として今も生きていると思うと、なんだか不思議な気がした。
「オムツにされるのが流石に嫌というのでしたら、それで構いませんよ。
 バルジーナに進化するときに私の妻と同じように、ああして鎧の材料にしてあげるのもいいですし。
 先ほども言ったとおり、すでに骨は用意してあります。例えあの子が死んでも決心がつかなかったらキャンセルしても構いませんし……
 本当に私は頼む立場ですので。強要は一切いたしませんよ……」
「そうですね……」
 いつの間にかウトウトと眠ってしまったレパルダスを見て、ジーナはレパルダスから離れて飼い主であるアシタバにほお擦りをする。次いでユカリに対しても同じ事をして、改めて挨拶をするように。翼を折りたたんでかしこまった。
「行儀のいい子ですね」
 ジーナに握手を求めてみると、人間の文化をきちんと理解しているのか、きちんと翼を差しだしてジーナは握手に応えた。
「それに、賢い子ですね」
 黒くつややかな羽根の先端を撫でて握手を終え、ユカリは手放しでジーナを褒める。
「悪タイプを嫌う人は多いですが、悪タイプは人に好かれる方法を心得ているポケモンは多くいます。
 要するに、要領がいいものですから賢く見えるのでしょう。
 ジーナの子供も、これくらいいい子に育ってくれると良いのですがね」
「ですね」
 ユカリの言葉を聞きながら、アシタバは立ち上がる。
「さてと……今日はお招きいただきありがとうございました……」
「あ、もう帰られるのですか?」
「ええ、このレパルダスの思い出話を聞くのは、骨を譲ってもらった後でも十分ですので……」
「そうですか……」
 静かに寝息を立てるレパルダスを見ながら、ユカリも立ち上がる。
「あの、一つ聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「そのバルチャイは、誰が育てるのでしょうか?」
「……ジーナと、私と息子の三人がかりでもいいですし」
 思わせぶりにアシタバは微笑んだ。
「もちろん貴方でもかまいませんよ」
 アシタバが提示したそれも一つの答えとしていいのだろうかと、ユカリは思う。
「考えておきます」
 少し間をおいてから、ユカリは微笑んだ。
「家も近所ですからいつでも会えますしね……私は六丁目に住んでいますので、機会があれば案内します」
 ジーナをモンスターボールに収納して、アシタバは微笑んだ。
「それでは……ユカリさん。今日はありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ」
 白い息を吐きながら住宅街へと繰り出したアシタバの背中を見送り、ユカリはレパルダスの元に戻って考える。死んだように眠っているが、一応まだ生きているレパルダス。
 だが、もう長くはないだろう。その時が来たら、この子の死に対してどう付き合っていこうか?
 両親のときのように沈んでしまうことがないよう、今回はきっと前向きにしたい。
 お行儀のいいジーナの顔を思い出しながら、ユカリはあの子がレパルダスの骨を見に纏う姿を想像する。
 少し格好いいかもと思いながら、なんとなく眠っているレパルダスの体を撫でてあげた。




(8919文字)