キャモメが五羽飛んだ




 何度も寝返りをうち、幾度となく天井を見上げる。外からは波の音が一定のリズムに聞こえるが、時々妙に間隔が狭いのはひょっとしたら車が走る音なのだろうか、とジョニーは考えた。思えば町に来て波の音が聞こえる頃には、そのキャモメ達の姿に慣れていたのだ。そう、キャモメだ。キャモメの所為で今この夜の中にいるのだ、と彼は思った。


「お客様は電気タイプのポケモンをお持ちですか?」
 記帳をしている彼に宿の主人が言った。
「はい。ピカチュウが」
「私は持ってないですけど」
 連れのミナも一応といった感じで答えた。怪訝な顔をする二人に主人は微笑んだ。
「電気のポケモンはここでは出さないようにね。キャモメがいるから」
 言われてみて二人はなるほど、と頷いた。ここは港町でたくさんのキャモメ達が飛んでいる。たまに家の玄関にキャモメのプレートやペリッパーの風船などがぶら下がっているも見かけた。二人は旅で色々な町を見てきたが、町の特色には生息しているポケモンも大きく影響する。だから、この町はキャモメとペリッパーの街なのだ。その二種類を特別大切にしてるのだなとすぐに納得した。
 だから、二人はそのことについては何の疑問も持たなかった。すんなり納得したから、主人も二人が知っていると勘違いした。それ時のことを思い出したとき、まさに後の出来事の一番のミスはこの時始まっていたのだ、と彼は思う。
 主人に勧められて行った食堂は随分盛況で、席はほとんど埋まっていた。喧騒に包まれながら座れる場所を探すと、沢山の皿が載る大きなテーブルに目が行く。陣取っているのは一人の男。カビゴンのような巨体の無精髭の男がその巨体に見合う料理を楽しんでいた。
「相席いいですか?」
「どうぞどうぞ」
 席に付くなり空いた皿をミナが勝手に重ねてスペースを作る。男は悪いね、と軽い礼を言ってから美味そうに次々と料理を腹に収めていく。二人が注文した料理が運ばれる頃には皿の山が出来ていた。
「お二人は旅のトレーナーかい?」
 食後のコーヒーを楽しみながら、男は二人に質問する。
「そうなんですよ。ジム制覇を目指しながら旅してて、なんとなくここに立ち寄ったんですよね」
「俺は登山家でな。いわゆる山男ってヤツさ。近くの山を登る前にここで体力をつけてるのさ」
 さっそく口に入れた時の二人の顔に、山男は嬉しそうに頷いた。
「この町はいいぞ! 料理は上手いし」
「ですね。このブイヤベースも最高」
 ミナは返事をすると、再びスプーンを口に運ぶ。
 それが嘘じゃないことは、客の入りや料理の動きを見れば明らかだった。食事をする皆が笑顔だった。そして、この男の食欲だけではこうも皿は綺麗にならなかっただろう。
「この町はキャモメが好きなんですね。なんかプレートとか風船とかも見かけましたし」
「ああ、あれな。ここの風習らしいぞ。オメデタの家はキャモメ吊るして、生まれた家はペリッパーを吊るすんだそうだ」
「へぇ、変わってますね」
「なんでもキャモメとペリッパーが子どもを授けるなんて言い伝えがあるそうで、大事にすると共にそんな風習が生まれたらしいぞ」
 それから二人は食事をしながら山男の話を聞き続けた。口に食べ物を頬張ってる時でも平気で質問をしてくるので、なかなか落ち着いて食事が出来なかったが、不思議としつこいとか馴れ馴れしいとは感じず、ずっと山男の話を聞いていた。それは人懐っこい山男の人柄の所為でもあったし、彼の話術が優れていたからでもあった。
 主人と山男、二回もキャモメに関する話が出てきたのに、何で自分はもっと興味を持たなかったのだろうとジョニーは後悔していた。少しでも疑問を持って聞いていれば、そのあとの事件は起きなかったに違いない。そうすれば、今ぐっすり寝ているはずだったのに、とジョニーは嘆く。
「あるいはギャラドスが現れなかったら――」


「危ない!」
 彼は全速力で妊婦の前に飛び出した。
 食後に行った海浜公園、そこで恐ろしい鳴き声が響いていて、人々やポケモン達が次々と走り逃げていた。おそらく海から出現したであろうギャラドスが暴れまわっていて、木々は倒れ、柵や施設が破壊され、メチャクチャになっていた。人を丸飲み出来そうなほどの巨体が、逃げ遅れて動けない妊婦目掛けて進んでいくのを見て、ジョニーはとっさに相棒のピカチュウを繰り出した。ギャラドスは現れたピカチュウがはるかに小さい体の癖に歯向かおうとするのが気に入らないようで、すぐに向きを変えた。
「ピカチュウ、10万ボルトをぶっ放て!」
ジョニーの呼びかけに、ピカチュウが雷のエネルギーを溜め始め、青白い電流がパチパチと走る。その時やっとギャラドスは、自分より小さい獲物が実は自分を脅かす天敵だったことに気付き身震いしたがもう遅い。放たれた電気が一気にギャラドスの巨体に直撃し、悲鳴を上げてのた打ち回ると一目散に海の中へと逃げていく。もはや影すら見えなくなり、戻ってこないことがわかると、ミナと妊婦の元に駆け寄った。
「大丈夫ですか?!」
 ミナが呼び掛けてみても妊婦は座り込んだまま真っ青な顔で震えて、返事もしない。ジョニーが近寄り起こそうと手を伸ばすと、乱暴にその手を振り払われる。その目からは涙が流れていた。
「誰か救急車を――」
 助けを呼ぼうとして、彼はどうにも様子がおかしいことにやっと気付く。それは妊婦だけではない。周りの人が、野次馬が、その広場が、空気が異質だった。
「旅の方、ですよね?」
「そうですけど」
 野次馬の一人が腫れ物を触るように、おっかなびっくり声をかけてきて、彼も戸惑いの返事を返した。
「実はその、あなたの出したポケモンなんですが……」
 そこまで言われてミナは気付いた。
私達は取り返しの付かないことをしたのかもしれない――。
 宿の主人に「電気ポケモンは出すな」と言われ、今ピカチュウを見て言われたこの言葉から、どういうことを言われるのかを彼女は想像が出来てしまった。あの時の主人は、宿でピカチュウを出すなと言っていたのではなく、この町で出すなと言っていたのだった。
「我々の街では、妊婦は電気ポケモンに近寄ってはいけないという言い伝えがありまして、だから――」
 その人は電気が母体に悪いとか、生まれる前に電気ポケモンに近づくと縁起が悪いとか色々説明していたが、全く耳に入ってこない。
 二人は周りを見る。その誰もが冷たい視線や非難の顔を向けている。彼はまだ状況が飲み込めず呆然としている。それを彼女が無理やり手を引いて、人ごみを掻き分けてすぐにその場を離れた。
「何かすごく疲れた」
「私も体が重い」
 宿に駆け込み、部屋のドアの前でそう言い合うと、二人は重い足取りでそれぞれの部屋に入った。そしてそのまま出てこなかった。夕食は何も言わずとも宿の者が持ってきてくれたため、一歩も部屋から出ていない。
 食事を済ませて彼は一通、彼女にメールを出した。
『明日の朝早くに出よう』
『了解』
 たったそれだけのやりとりが終わると気疲れして、具体的な時間すら決めてないのに、そのまま消灯してベッドに潜り込んだのだった。


そして一向に睡魔が訪れずに未だに思考が止まらないまま現在に至る。いったい今が何時なのか、恐ろしくて確認もできない状態だった。眠らなければと思うほど目が冴えてきて、何度も寝返りをうつ。そして、夢を見たわけでもないのに何度もギャラドスを追い払った後を思い出す。考えれば考えるほどあの時の顔が鮮明に見えてきて、今もそこら中からあの目に見られているような気がしてくる。鉛でも入ったような、どんよりした目。ギャラドスが来なければ、妊婦があの場所にいなければ、ピカチュウを出すなという警告を思い出していれば……。いくつもの後悔が押し寄せ、その日の全ての出来事を呪った。しばらくして今度は自分を責める。そして全てを人の所為にしようとしていたさっきの自分まで責め始めた。
 彼は、夜に閉じ込められているのではないか、と思い始めた。このまま眠りが訪れず、夜が明けないまま、一生ベッドから出られないのではないか――? それぐらい長い夜だった。
やっとウトウトしてきたと思った頃には朝日が昇り始めていた。ノックの音が聞こえた気がしてドアを開けると彼女が立っていた。ならば一刻も早くこの場所を発とう、と彼は思った。チェックアウトする時に宿の主人は同情するような視線を二人に向けたが、何も言わなかった。


「私、いつかこの町にもう一度来ようと思うの」
 いつもは「そんなに早く歩かないでよ」と文句を言うミナの背中を見ながらジョニーも歩く。背中を向けたままの言葉に「へ?」と間抜けな声を返すのが精一杯だった。
「なんかさ、たまたまこの町の本当の姿を見ることになっちゃったじゃない?」
「そうかもね」
「でもさ、このままだとそれだけでさ、本当の町を感じることが出来ないまま終わっちゃうじゃない。そういうのって嫌じゃない。だから、だからさ――」
「もういいよ」
「ごめんね」
 彼は少しだけスピードを上げて、彼女に追いつく。
何だ、泣いているわけじゃなかったのか。
彼は少しホッとする。ところがその顔が突然無表情に変わる。どうしたのかと前を見ると、彼もまた同じ顔になる。街のはずれに差し掛かる所、男が立っていた。俯き、その視線をなるべく避けるように二人は足早に通り過ぎる。しかし、男は二人を放っておかなかった。
「すみません」
 男の声に身を硬くして続く言葉を待っていると、
「昨日は妻がその――、危ないところを助けて頂いて、ありがとうございました。昨日はお礼も言えませんで」
 男は深く頭を下げた。その言葉から昨日の妊婦の夫だと言うことがわかった。礼儀正しく静かで、その声も表情にも負の感情は込められていないようだった。それだけのことなのに、彼は涙がこぼれそうになり、ぐっと気を強く保つ。
「いえいえ、そんな。むしろなんというか――」
「ひょっとして、わざわざお礼を言うためにここで待っていらしたんですか?」
「いや、お二人が来るのが見えたので。ほら、家があそこなんですよ」
 男が指差す建物は、すぐ側にある二階建ての一軒家で、キャモメの風船がぶら下がっている。カーテンが開いていて、窓からベビーベッドがある子供部屋が見えた。
「知っていますか? この町では、子どもを授かると、その幸せをキャモメの風船を飾って皆に知らせるんです」
「みたいですね」
「だからなのか、ここでは妊婦をキャモメ、子どもが生まれて母親になった女性をペリッパーなんて呼んだりするんですよ。だから飛行・水タイプの二種類が苦手な電気ポケモンは忌避されるんです。私は旅をして電気ポケモンにも慣れてるんですが、ずっとこの町で育った妻や町民達は――」
「大丈夫です。旅で色んな町を見てきたので」
「妻を、連れてきますね。お礼をさせてやってください」
「あっ! ちょっと!」
 引き止めるまもなく男は駆け出し家に入っていった。じっと待ってるがドアは中々開かない。心臓が早く鳴っていた。彼は宿の夜を思い出す。
 ドアが開く音で、彼はビクッと痙攣した。出てきた妻は少し疲れた顔をしている。隣に立つ彼女も同じ顔をしていて、何でみんなこんな顔をしているんだろう、と彼は思った。
「昨日はその――」
「大丈夫でしたか?」
「はい。おかげさまで」
「それは良かった」
 そして少しの間、潮風の鳴る音だけが聞こえる。それから夫が妻の肩に手を乗せると、口をもごもご動かして、
「ありがとう、ございました」
 そう口にした。
それだけで、全員が安堵の表情を浮かべた。
妻が頭を下げる。二人も慌てて深々と頭を下げた。顔を上げると、ジョニーは妻と目が合った。何か言わなければと口をパクパクして、その顔がおかしくて妻が噴出した。つられて夫も笑った。その日初めての二人の笑顔だった。
 緊張が一気にほぐれて彼はやっと声を出せた。
「あの、不躾なお願いで恐縮なんですが、もしよろしければ僕の故郷に伝わる安産のお祈りをさせていただけませんか?」
 皆が突然の申し出にポカンと口を開けていた。彼自身何でそんなことを言ったのかわからないのだから、三人が驚くのも無理は無い。
「あなたの故郷のおまじない、ですか……?」
 もちろんそんなものは無かった。何故か口から出任せを言っていたのだ。驚きと疑問の目で見てくる夫婦以上に本人が驚いていたが、それをおくびにも出さずに続ける。
「ええ、信じられないかもしれないでしょうけど、僕の生まれたところでは、電気ポケモンで安産の象徴なんですよ。雷って空から落ちてくるじゃないですか。だから電気ポケモンは空から祝福を呼び寄せるって言われていて。僕もおまじないを受けましたし、お産にも立ち会うんですよ」
 喋りながら言ったにしては、それっぽいことが言えたという安堵から、彼は変に自信のある顔になっていた。
「せっかくだから、やってもらおうか」
「あなた?!」
「ほら、迷信の不安は迷信で払えるかもしれないじゃないか」
「で、でも――」
 妻は困った顔をしていたが、結局夫に押し切られ、了承した。
 彼はボールからピカチュウを出す。そっと耳打ちすると、ピカチュウは元気良く返事をした。
「じゃあ、始めます」
 彼の声を聞きピカチュウは走り出し、四足で素早く妊婦の周りを三度回る。次に今度は逆にゆっくり同じ数回った。そして正面に立ち、尻尾を振る。イナズマの形のそれで、妻の周りにある悪いものでも振り払うように動かすと、ピカッ! と一鳴きした。そして彼はピカチュウに歩み寄り、抱え上げると仰々しく言った。
「天の広さと豊かさがこの子を守らんことを」
 そしてゴニョゴニョとそれっぽい呪文のような言葉を呟いた。
「以上、終わりです」
 でたらめな儀式が終わると彼は何だか恥ずかしくなり、ピカチュウをボールに戻して彼女の元に駆け寄った。彼女は一瞬怪訝な表情を浮かべたので彼は思わず目を逸らした。
「ありがとうございました」
「じゃあ、君は体が冷えるといけないから先に戻りなよ。僕は彼らを見送るから」
「わかりました。それではお二人ともお元気で」
 控えめに手を振ると、妻は家の中に戻っていった。
「色々、すまなかったね」
「いえ、こちらこそ本当にすみませんでした。それになんか、出過ぎた真似と言うか――」
「次はどこに向かうんだい?」
「ああ、今日話し合うつもりだったんですけど、それも出来てなくて――」
「次のジムのある街に向かってるんですけど、ルートはいつも行き当たりばったりで決めてるんで、いつものことです」
 ジョニーの言葉を遮って、ミナが努めて明るく言った。彼の脇を彼女が突いているのが見えて、夫は口元を緩めた。どこか遠くを見るように目を細めると、男は言った。
「キャモメを――追うといい」
「キャモメを追う、ですか?」
 少し間があってから、男は答える。
「この街を旅立ってから、五羽目のキャモメの飛ぶ先に向かうといい。五羽目のキャモメは、あー、幸運のあるところに帰ると言われている。もちろんそちらに向かわなくてもいい。ただ、行き先の方にキャモメが飛んで行ったらラッキーとか、そういう話さ」
 男はにっこりして見せると、そのままお元気で、と二人の手を握り、手を振った。家を見ると、男の妻が窓から覗いているのと目が合って、深々とお辞儀した。
 それに背を押されて二人もお辞儀を返すと歩き出す。しばらくしてから振り返ると、男はまだ立っている。一際強い風は吹いて、窓のキャモメの風船が大きく揺れた。
 空には不思議とキャモメが飛んでおらず、二人はキョロキョロと顔を動かしていると、誰かが呼ぶ声がした。駆け寄ってきたのは宿の食堂で会った山男だった。
「おい、大変だったな! ピカチュウを出した時はたまげたのなんのって!」
 どうやら野次馬に混じって例の件を見ていたようで、身振り手振りを交えながら山男は言った。
「もうそれを知った時は僕らも血の気が引きました」
「旅をするってのは、その土地の文化を知ることでもあると思うんだよ。ただ、何から何まで全部知ることはできないし、こういうこともあるさ」
 説教したいのか慰めたいのかよくわからない言葉を聞き、ひょっとしたら山男もどこかで似たような失敗をしたんだろうかと彼は思った。
「見てたよ安産の祈祷」
「ああ、まずかったですかね?」
 やっている時は必死で何も感じなかったが、思い出すと何だかまた恥ずかしくなってしまい、顔を真っ赤にしながら頭を掻く彼を見て、山男は豪快に笑った。
「いや、祝福ってのは気持ちが一番だからな。形じゃあない、心で贈るんだよ」
「そう言ってもらえるとありがたいですけど」
「旦那さんも喜んでくれていたみたいだし、結構じゃないか」
「でも、あれは無いですよねー」
 ニヤニヤしながら言う彼女に、彼はさらに顔を赤くする。
「本当はライチュウが一番なんだがな。それに祈祷もだいぶ略式、というかアレンジ入ってただろ? まぁ、こんな所でやるんじゃ時間もかかるから仕方ないな」
「「へ?」」
 山男の言葉に二人が素っ頓狂な声を上げる。
「本当はよく知らずに見様見真似でやったんだろ? 帰ったらこれを機に一度正式な祈祷の作法を学んでみたらどうだ? それに、土地の風習なんかも調べると結構面白いぞ」
 全く話を飲み込めず、目を点にする二人に気付かないまま、山男は喋り続ける。
「いいもの見せてもらったよ。なぁ、自分の土地の文化ってのは大切にしたいもんだな」
 本当のことをなんて言っていいのかわからず、二人は何も言えないままでいた。
「ま、元気でな。元気でいれば、きっといいことも待ってるさ。『五羽目のキャモメ』ってのは俺も聞いた事がなかったけど、今度試してみることにするよ。それじゃ」
 歯を見せて笑い、山男は別れを告げて行ってしまった。
 残された二人は顔を見合わせた。善意とはいえ、出任せで言ったことが実際に行われてる場所があったのだ。それとも山男もまた二人を担いだのだろうか?
 彼はふと後ろを向いた。さすがに夫の姿は通りには無い。夫婦の家は朝だというのに明かりがついていた。小さいけれど、潮風の強い外から帰ったらきっと温かいのだろうな、と彼は思った。
 彼は何だかおかしくなり、笑い出した。それにつられて彼女も笑う。肩を震わせ大きな声で。それがおさまると、二人は話し出す。旅で見てきた数々の習慣や風習を。
「そういえば、前に行った街では――」
「もう馬鹿みたいに頑なに信じててさ――」
 話が次の話を呼び、二人の話題は尽きることが無い。どれから話せばいいか迷うほどで、話したいと同時に、相手の話も聞きたくて、どうしようと悩みながらも言葉は終わらない。
 二人は、時折空を見る。海から遠ざかっているもの、少しづつキャモメの姿を見つけられた。話を続けながら、一匹二匹とその姿を追う。
「――だって。信じられないだろ?」
「私も似たようなのがあって――」
 ふと、彼はこの街にもう一度来る日はそう遠くないんじゃないかと思った。その時は、夫婦の家を訪ねてみるのも悪くない。その時はでたらめな祝福の効果の是非を知ることができるはずだ。そう思えるようになっていた。今は冷たくてやけに爽やかなこの町も、次に来るときはどんな風に見えるんだろうか。それを確かめてみたい気もするな、と考えるようになっていた。
 そして二人は同じ方を見る。

「「――あっ!」」





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