シンクロ




「転送を行います。」


ずっと欲しかった仔を譲ってくれる人が現れた。
その人のずっと欲しかった仔を、こちらも送ることにした。


「転送中です。機械に触れないでください。」


ぼくらは互いに微笑んで、自分の仔の入ったボールを眺めた。


「転送が完了致しました。」


ぼくらは互いに微笑んで、相手の仔の入ったボールを掴んだ。


二言三言交わして、ぼくらは別れた。

ずっとぼくの欲しかった仔。どうしても手に入らなかった仔。
その子を受け取った喜びが抑えきれず、ぼくは近くの草原でボールを開いた。

「初めまして!」

ぼくは彼に挨拶した。

けれど彼はぼくを見つめて、
ただ見つめて

ただ見つめて

ただ見つめるだけ。


「どうしたんだい?」


ただ見つめて

見つめて。


透き通った赤い瞳。

ぼくは彼の心を読むことなど考えず、
夜に稀に現れる、赤い月のような眼だなと見つめていた。

そして、ぼくの贈った、彼女の額の石に似ているな、とも、思い出した。



そのときだった。


彼の眼が揺らいだ。
突然、深い紫色に染まったのだ。


そのとき。

「―――フィー」


その声は美しく、けれども彼とは、違う声。



慌ててポケモンセンターへ連れて行った。
「異常は何も診られませんね…。」
精密検査も頼んだけれども、体調には全く関係ないとのことで、取り合ってもらえなかった。


ぼくは草原に戻った。
ぼくを見つめる彼を、ずっと見つめていた。


あまりにも彼の姿が、彼女に似ている
あまりにも彼の声が、彼女に似ている
あまりにも彼の眼が、彼女に似ている

なんで
なんで

なんで



ぼくは元の主に連絡した。
すると彼も、同じようなことを言っていた。
ぼくらは再び会うことにした。


「彼が彼女の声でぼくに鳴くんだ」
「彼女が彼の眼でぼくを覗くんだ」
「見てみてはくれないか」
「見てみてはくれないか」


ぼくらは互いに、ボールから彼らを出した。


彼らはなぜか、
互いに違う眼の色をして
互いに違う声をして
けれども、元の主の元へ。


そのとき、ぼくらはやっとわかった


ああ、この贈り物は、
贈り物なんかじゃ、なかったんだ。





「転送中です。機械に触れないでください。」


ぼくらは互いに悔んだ顔をして、相手の仔の入ったボールを眺めた。


「転送が完了致しました。」


ぼくらは互いに悔んだ顔をして、自分の仔の入ったボールを掴んだ。


二言三言交わして、ぼくらは別れた。

ずっとぼくの欲しかった仔。どうしても手に入らなかった仔。
けれどその仔を手放した感傷よりもまず、ぼくは近くの草原でボールを開いた。


「ごめんよ」


ぼくは彼女を抱きしめた。

彼女はぼくを見つめて、
ただ見つめて

ただ見つめて

ただ見つめるだけ。


「許してくれるかい?」


ただ見つめて

見つめて。


透き通った、別の者の、赤い目で。
ぼくは彼女の心を読むことなど考えず、

あの、夜明けを待つ、深い朝のような空の色をした眼を、思い出そうとしていた。


そのとき。


「…フィー。」


彼女の瞳は、元に戻った。





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