笑顔でメリークリスマス




 少女の足取りは軽かった。日の落ちるのが早く、冷たい風が吹き荒れる冬という季節でさえも、彼女の機嫌を損ねるには至らない。もっとも今日という日に限っては、浮足立つ気分になるのは少女だけではないだろう。それを示すように、学校帰りの少女の歩く住宅街の家々は、星たちが列をなしてアートを形作ったような
美しいイルミネーションがキラキラ瞬いている。曇った空に愛想を尽かして地上に降りてきたかのように。
 飾られた住宅にますます機嫌を良くしたのか、少女の唇と鼻からメロディーがこぼれ始める。その歌はクリスマス当日にはややふさわしくないものの様な気がしたが、十二月の初めからこの日を楽しみにしていた自分にはぴったりの曲だと少女は一人笑った。
 寒々しい夜の通りに、楽しげなメロディーとアスファルトを踏みしめる少女の靴音が響き渡る。二つの音は手を取り合って踊る親しげな少女と少年のように調和して、拙くも可愛らしい演奏となっていた。
 原始的ともいえるその演奏を、電子的な音が遮った。どうやらその音は少女のランドセルから漏れ出ているもののようだ。
 少女は立ち止まり、ランドセルからポケギアを取り出した。今年の誕生日に両親に買ってもらったものである。
 今までは学校にポケギアを持ってくるのは禁止されていたのだが、ここ最近は物騒なので心配だという保護者の意見が取り入れられて、つい最近学校への持ち込みが許可されるようになった。
 ポケギアに表示された女性の名は少女の母親の名前らしい。少女は慣れた手つきでポケギアを操作して電話に出た。
『もしもし? スズネ、もう学校終わった?』
「うん! 今帰るところ! お母さんとお父さんはいつ帰ってくるの?」
 にこにこしながら、母親の質問に答える少女――スズネに、電話の向こうの女性は言いにくそうに口ごもった。通話口から伝わる不穏な気配に、少女の顔から笑みが消える。
『それがね、お母さんもお父さんも研究が忙しくて帰ってこられそうにないの』
 また? 何で。どうして。約束したじゃない。今日は家族三人全員そろってクリスマスを祝おうって。嘘つき。うそつきうそつきうそつき。うそつき!
「そっかあ。しょうがないよね。わたしはだいじょうぶだから、お母さんもお仕事がんばって」
 少女の心の叫びは、言葉となって紡がれることはなかった。叫びだしたい衝動を堪えて、彼女なりの気遣いの言葉を、電話の向こうの仕事場でがんばっているであろう母親に送る。
『うん……ゴメンね、今度帰ってきたらこの埋め合わせはするから』
「気使わなくてもだいじょうぶだよ。しかたないことだし。わたしは別になんにもいらないよ」
 何にもいらない。おいしいケーキも御馳走も、サンタさんのプレゼントだって我慢する。だから、だから――。
「じゃあね」
 急な用事だと言っていたし、長電話をしてたら母親に迷惑がかかるだろう。そう思い、一方的に通話を打ち切った。ポケギアを再びランドセルにしまうと、少女は再び夜の冬の道を歩き出す。
 家とは正反対の方向に。一人ぼっちの家に、真っ直ぐ帰る気にはなれなかった。



 駅前へ続く通りに建てられた店も、住宅街の家々のように美しく彩られていた。
 クリスマスと直接関係の無いような写真屋、床屋でさえも、軒先には小柄なスズネほど高さのクリスマスツリーが置かれ、ピカピカ光る電飾が飾り付けてあった。
 ガラス越しに見えるケーキ屋の店内のショーケースには沢山のクリスマスケーキが置かれ、どのケーキの上にも、サンタクロースの帽子をかぶったポケモンの菓子細工が乗せられている。
 すれ違う人の雰囲気も違う。両親に挟まれる形で手を繋いで歩いて行く子供、仲睦まじく寄り添って歩く若いカップル、ケーキの箱を手に家へと急ぐ、父親らしき壮年の男性。
 街そのものが幸福に満ちていた。そんな幸福の中で、彼女は一人だった。
 彼女は再びメロディーを口ずさむ。町の幸せに負けないくらい陽気で軽快なメロディーを紡ぎだす。歌詞にふさわしいアップテンポの曲が、冬の街に溶けていく。
 やっぱりこの曲は自分にピッタリだ。お父さんとお母さんとクリスマスを過ごせると思い込んでいた滑稽な自分に相応しい。
 さあ歌おう。バカな自分を笑い飛ばしてしまおう。
 しかしスズネの想いとは裏腹に、軽快なはずの曲調は勢いを衰えさせて行く。アップテンポはスローテンポに。中途半端な部分にブレスが入り、曲が途切れがちになる。曲は最後まで演奏される事もなく、唐突にフィーネを迎えた。少女の、嗚咽によって。
「……っ……お父さんっ……お母さん……」
 スズネの両親は科学者で、いつも研究の為に家を開けてばかりいた。
 それは誕生日や学校の授業参観などの少女にとって特別な日とて例外ではない。
 さっき母親との通話に使用したポケギアだって、直接渡されたわけではなく、誕生日の日に宅配便で送り届けられたものだ。
 それでもスズネは今まで文句の一つも言わなかった。彼女の両親の研究がはかどれば、完治が困難である病気の人々の治療に活路を見出す事だってできる。
 実際スズネの両親の研究の成果によって命を救われるた人々もたくさんいる。
 そのくらいすごい科学者である両親をスズネは誇りに思ってもいる。だから今日だって両親に当たり散らしそうになってしまうのを我慢した。
 自分が両親の手を煩わせないくらいにいい子でいれば、お父さんとお母さんはもっともっとたくさんの人々を救えるはずだから。
 小学二年生という両親に甘えたい盛りである年齢を考慮に入れずとも、少女は殊勝だった。
 両親の仕事の大切さを頭で理解して、もっと父親や母親と一緒に過ごしたいという欲求を押し潰している。
 しかし頭で理解できていても、心は納得していなかった。欲求を押しつぶしても、それが完全に消えるわけではなかった。
 頭で親の多忙の理由を理解していても、心はどうして、何でと不満を漏らす。欲求は押しつぶせば押しつぶすほど心の奥底に沈澱して、その質量を増していく。
「うう……ひっく……ひうっ……」
 今まで我慢していたものを吐き出すように、スズネは泣いた。両親とクリスマスをすごせないことが悲しくて泣いた。クリスマスだというのに帰ってこない両親が憎たらしくなって泣いた。そんな風に親を憎む自分が情けなくて泣いた。最後にはどうして泣いているのかもよくわからなくなって、また泣いた。
 泣きながら夜の街を走った。いったいどこに行くつもりなのか少女にもわからない。どこにも行きたくなかった。どこにもいたくなかった。だから走った。街を歩く幸せそうな人々にぶつかりそうになりながら走り続けた。視界が涙で歪んでいる。幸せが歪んでいる。
 息がつまりそうになっても、走り続けたせいで足がパンパンに膨らんでも、ブレーキの壊れたマッハ自転車のように少女の足は止まらない。
 やがて限界がおとずれた少女の体は、人通りの少ない路地で転倒した。手を支えに起き上がろうとして、スズネは顔を歪める。
 痛みをこらえて何とか体を起こすが、立ち上がれない。転んだ時に足を捻ってしまったようだ。
 よく見れば支えに使った手のひらも、アスファルトで擦りむいたせいで血がにじんでいる。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだろう。
 そんな少女に追い打ちをかけるように、空からひらひらと冷たいものが舞い降りてきた。
「雪……」
 見上げた曇り空から、いくつもの柔らかい氷のかけらが、地上にゆっくりと落ちてゆく。ホワイトクリスマス。そんな単語がスズネの頭に浮かんだ。とても素敵な言葉だと思う。恋人同士のお兄さんとお姉さんはロマンチックな光景にため息を漏らして、野生のポケモンたちは厳しい寒さを身を寄せ合うことでこの日をやり過ごすのだろう。
 けれども今のスズネには、空が泣いているように思えた。友達の星はみんな地上に降りてしまって、楽しげな人間達の街を彩るイルミネーションや、クリスマスツリーのてっぺんで輝くお星様になってしまった。だから空は自分の体全体を曇らせて、冷たい涙をこぼすのだ。ちょうど今の自分のように。
 正確に述べるならば、自分の涙は冷たくはない。でも少女にとっては同じことだ。
 涙がつたった頬に当たる風はとても冷たいから。結果的に空の落とす涙となんら変わりはない。
 冷たい路地に座り込んだまま、再び大粒の涙をこぼすスズネ。その腕を、何者かが引っ張った。
「……っ!?」
 腕を掴むのが誰なのかを確認する前に少女は身を硬直させた。誘拐犯? もしそうだったらこの人通りの無い場所では助けを呼んでも誰も駆けつけてはくれないだろう。この足では自力で逃げることも出来ない。おそるおそる掴まれた腕の方を確認した。
「あ……」
 スズネの強張った顔が、安心したようにほころんだ。そこにいたのはポケモンを悪いことに使うテロ組織でも、怖そうなおじさんでもなかった。
 背格好はちょっとだけかじばどろぼうに似ていなくもないが、小柄な背丈とペンギンのように愛らしい外見が、怪しげな袋を可愛らしいアイテムに変貌させている。
「うわーっ! かわいいペンギンさん! どうしたの? 迷子? どこから来たの?」
 次々と浴びせかけられる質問に、ペンギン(暫定)は首を振るだけで何も答えない。
 ポテポテと和む足音を路地に響かせながら、ペンギンは少女の正面にまわり、平べったい手でその顔に伝った涙の後を拭った。もう泣くなとでも言うように。
「なぐさめてくれてるの?」
 ペンギンが頷く。そうしてなぐさめてから、ペンギンは数歩少女から距離を取り(鳥だけに)小脇に抱えていた袋の中を探って何かを取り出した。
「?」
 ペンギンが得意そうに掲げたのは、何の変哲もないモモのような形をした木の実だった。しかもかじりかけ。
 少女の不思議そうな表情で、ようやく自分が何を誇らしげに掲げていたのかに気がついたペンギンは、コレジャナイと言うように木の実を放り投げ、今度こそと言うようにもう一度何かを取り出した。
 今度はリンゴのたべのこし。また投げた。取り出した。真っ青なミカンの皮らしきものがでてきた。食べてからずいぶん時間が経っているらしく、完全に干からびている。再度放り出す。
 最終的には袋の中に頭を突っ込んで探りだしたが、なかなか目的のものの発見に至らないらしく、傍にペンギンの取り出したものが積み上がって山を作っていった。
 未開封のポケモンフードにミックスオレ(果たしてあの手で開ける事が可能なのだろうか)センベイにまんじゅう、ヨウカンにミルク、アメ、バナナのような木の実。こんなにたくさんのものが、あの小さな袋の中にどうやって入っていたのか。
 その手品のような光景と、必死で袋の中を探り続けるペンギンの姿を見守り続けていた少女はとうとう――。
「ぷっ……あは、あははははははははははっ!!」
 堪え切れずに笑い出した。落ち込んでいた事も忘れて、ただ目の前の楽しい光景に腹を抱える。
 ペンギンは背後から聞こえる笑い声に、ヤバいこのままではオレのクールなイメージが台無しだと言わんばかりに目的の物を探し出すスピードをアップさせた。
 しかし悲しいかな、ペンギンが尻だけをだして袋の中を探る光景は、傍から見て和むだけである。
 ようやく目的のものを探し当てたのか、ペンギンが袋から顔を出し、再び手に何かを掲げた。
 正方形の箱を真っ赤なリボンで縛ったプレゼントボックスだった。
 ペンギンはそれを少女に差し出そうとして、ふと思いついたようにリボンをつけたボックスの蓋を少しだけ上部に持ち上げる。
 瞬間、ペンギンはじばくした。
「!?」
 否、プレゼントボックスが爆発したのである。少女は思わず後ずさったが、ある程度距離を取っていたことが幸いして被害を受ける事はなかった。
「……キュウ」
「だ、大丈夫?」
 小規模な爆発が収まった後、ペンギンは焦げたローストチキンのようにまっ黒になって倒れていた。今の彼を皿に盛り付け、すっかりクリスマスの準備の整ったテーブルに仕上げとして置けば、見事にパーティーのトリを飾ってくれることだろう。
 しかしペンギンはめげなかった。心配そうな顔をする少女に向かって力強いピースサイン(指が無いのでイメージ画像的な感じ)を送ると、今度は一発でプレゼントボックスを袋から取り出し、少女に差しだした。
「あ、ありがと……」
 受け取りながら、少女はぎこちなく笑った。プレゼントを贈ったペンギンは、早く開けてくれと言わんばかりにじっと少女の顔を見上げている。
 彼の期待に答えようと、リボンをほどき蓋を開けようとして、少女は不安になった。さっきのように爆発したりはしないだろうかと。
 こちらを見上げるペンギンを少女はじっと見つめ返した。焦げてボロボロな外見とは裏腹に、自信に充ち溢れた表情だ。今度こそ大丈夫だぜと視線が語っている。
「よーし」
 少女はペンギンを信じることにした。既に怪我をしているのだから、この際一緒に黒コゲになるのも悪くはないだろう。端を掴み、勢いよくふたを開ける。
「わっ……」
 途端、温かな光が少女を包みこむ。春のひだまりの中にいるような心地よい感覚。怪我の痛みと寒さにやられていた少女に、ぬくもりが眠気を誘う。視界が歪む。悲しみのせいではなく、満たされた暖かい気持ちによって。まぶたが重力に押しつぶされるように、急速に重くなっていく。
 目の前にいるポケモンに何か言おうと口を開き、しかし何も言えぬまま少女は目を閉じた。



「……ん。あれ? ペンギンさん?」
 少女が眠り込んでいた時間はほんの数分程度だったが、少女が意識を覚醒させた時、辺りには誰もいなかった。さっきまで少女と一緒にいたペンギンもいない。積み上げられた食べ物の山も片付けられている。頭上から降りて来ていた雪さえも止んでいる。
 少女が腕に抱えていたプレゼントボックスと体に残る暖かいぬくもりだけが、今までの出来事が夢ではないという証拠として残されていた。
 起き上がろうとして、少女は体に起こった変化に気がついた。足が痛くない。完全に痛みが引いたわけではないが、ほとんど気にならない程度だ。
 手のひらを見れば、擦りむいた傷あともほとんど塞がりかけている。少女は不思議に思ったが、その疑問も開いたプレゼントボックスの中身に打ち消される。
「わーっ!! お菓子がいっぱい!!」
 少女の歓喜の声の通り、大きなプレゼントボックスいっぱいにお菓子が詰め込まれていた。雪だるまやクリスマスツリーなどをかたどって焼かれたクッキー、カラフルな包み紙で包装されたキャンディーなどのクリスマスらしい包装を施された沢山のお菓子が、これでもか! というほどに詰め込まれている。
 その中にうずもれるようにして、小さなカードが入っていた。藍色の空をバックに、トナカイのひくソリに乗ったサンタクロースのシルエットが書かれたクリスマスカード。サンタのシルエットが喋るような形でメッセージを書き込むフキダシがついている、オーソドックスながらも可愛らしいデザインのものだ。
 そのフキダシの中には、やはりオーソドックスなメッセージがカタカナで書きこまれている。
『メリークリスマス』
「……ぷっ」
 プレゼントをくれた小さなサンタクロースのことを思い出して、少女は笑った。
 突然現れたと思ったら、一匹(ひとり)でコントのような真似をして、プレゼントを渡してあっという間に去ってしまった。
 ずいぶんとせっかちなサンタクロースもいたものだ。少女は丁寧にプレゼントボックスを包み直すと、表通りに向かって歩き出す。
 道中、自然と鼻歌がこぼれ出た。気持ちの流れに任せたまま、少女は歌う。あの小さなサンタクロースに届けばいいと思いながら、アップテンポで愉快な歌を紡ぎだす。
「スズネ!? どうしたのこんなところで!」
 歌を紡ぎおえ、表通りに出てきたところで、少女は自分を呼ぶ声を聞いた。
 声の聞こえてきた方向を見て、少女は手に持ったプレゼントを落としそうになるほどに驚いて、目を見開く。
 そこには一番合いたかった人たちが立っていた。
「お父さん、お母さん!?」
 どうして? なんで? 疑問は尽きないが、そんな事よりも両親の元へ行くことが先決だ。
 人ごみにぶつかりそうになりながら、少女は両親の元へ駆け寄った。
 母親の傍に立っていたスズネの父親が、そっと小さな体を抱き上げる。
「研究所の連中が今日くらい帰ってやれって俺達を追いだしてさ。いつも研究所に縛り付けっぱなしなくせに勝手なもんだよ全く」
「まあ、そのおかげで帰ってこれたんだからいいじゃない」
 少女の母親が、父親に抱きあげられた少女の頭をいとおしそうに撫でる。その気持ちの良い安心できる感触に、少女の貯め込んでいたものが爆発した。
「わたし……っ、ホントはだいじょうぶじゃない。何にもいらないのはホントだけど、もっとお父さんやお母さんと一緒に過ごしたいよ。
運動会で一緒にお弁当食べたいし、授業参観だって見に来てほしいし、誕生日もお祝いしてほしいし、クリスマスだって……一緒にいたいよ」
「ああ、オレたちもスズネと同じ気持ちだよ」
「寂しい思いばかりさせて、ごめんねスズネ」
 謝罪なんていらない。来てくれたから。おいしいご馳走も豪華なプレゼントもいらない。お父さんとお母さんが一緒にいてくれればそれでいい。一緒に過ごせるだけで幸せだから。
「やっぱり子供をないがしろにするのは良くないわよね。今度からちょくちょくお父さんや研究所のみんなに仕事押しつけてウチに帰ることにしようかしら」
「お、おいちょっとまて!! 今でさえ大変なのにお前の分まで押しつけられたらオレは死ぬぞ!!」
「あら、じゃあこれから先もスズネを一人ぼっちにしておくつもり? やっだー鬼畜。一家の大黒柱失格ね」
「ぐ……」
 スズネの母親は口元は笑っているが、目が笑っていない。本気だ。スズネは父親に抱きかかえられたまま笑った。
 笑いながら、泣いた。嬉しい時も涙が出るのだと少女はこの時初めて知った。
「……そういえばスズネ、そのプレゼントどうしたんだ?」
「あらホント。こんな大きなもの先に渡されちゃったら親の面子が立たないじゃない」
「ああ、これはね」
 今更のように娘の抱える大きな箱に気がついた両親に、少女は答えた。幸せいっぱいの、最高の笑顔で。
「あわてんぼうのサンタクロースに、もらったの」



 少女が路地裏でつかの間の眠りについたころ。一匹の小さなポケモンが路地の奥へと進んでいった。
 脇に抱えた袋も白い体も赤い服も煤で真っ黒だったが、表情は誇らしげである。
 やがてポケモンは一人の老人の前で立ち止まった。老人は立ち止まったポケモンに労いの声をかける。
「ご苦労さん、デリバード」
「デリ!」
 袋を抱えていない方の手を上げて、ポケモン――デリバードが老人に答える。
 デリバードは袋を地面に置いて、身振り手振りで老人に文句を言いはじめた。
「デリ! デリデリ! デリリ!」
「何? 『全くポケモン使いの荒い奴だ。あんな風にみんなが寝静まった後でもないのに施しをして
デリケートな存在である自分達の正体が知られたらどうする気だ』だと? たわけ」
 老人はデリバードの頭を軽く引っぱたいた。大げさに頭を抱えて痛みを訴えるデリバードに構わず老人はまくし立てる。
「そういう偉そうなことは頼まれたことをしっかり出来るようになってから言え。全部見ておったぞ、なんだあの袋の惨状は。
あれほど袋の中身は整理しておけと言ってあるじゃろ。何がデリケートじゃ。何がデリバードじゃ。貴様なんぞバリケードで十分じゃわい」
 怒られた。しかも種族名までバカにされた。確かにあの女の子にもカッコ悪いところを見せてしまったし、自分はまだまだ未熟者の見習いでしかない。
 頭を抱えたまま落ち込むデリバードに、しかし老人は人懐っこい笑みを向ける。
「じゃが、あの女の子の笑顔は百点満点じゃ。ちゃんと見たかあの子の表情を。さっきまでずっと泣いていたのにお前が来た途端笑顔になりおった。
それにあれだけ目の前で致命的な失敗ばかりしていたのに、最後はちゃんとお前の贈ったプレゼントの箱を開けてくれたじゃろ。それはあの子にお前の誠意がしっかり伝わった証拠じゃよ」
「……デリ!!」
 泣いたカラス(どちらかといえばペンギン?)がなんとやら、デリバードは老人の称賛に誇らしい気持ちになった。
 確かにあの女の子は自分に笑顔を見せてくれた。最後には自分を信じて箱を開けてくれた。
 怪我をしているようだったから、たくさんのお菓子が詰まった怪我の治る箱を贈ったのだけれど、喜んでもらえるだろうか。
 あの子が目を覚ました時、自分はもういないから、女の子がどう思うかはわからないけれど。
 喜んでくれるといいなと、デリバードは思った。
「さあ、今日は忙しくなるぞ。今夜は徹夜じゃろうから、覚悟しておくんじゃぞ」
「デリ! デリデリ!」
「『それはいいけど、何でワシが自分で行かずにお前に頼んだのか』って? し、しかたないじゃろ。
こんな楽しい日に泣いて走ってる子見かけたら放っておくわけにもいかんし、
かといってワシが話しかけたら不審者扱いされて警戒されるかもわからんしのう」
 老人――サンタクロースは複雑そうな顔で言いわけをする。いかにファンタジーな存在とはいえ、リアルな事情からは逃れられないものらしい。
 なんだかわからないが師匠に一泡吹かす事が出来た。これは最高のクリスマスプレゼントかもしれないとデリバードは思う。
 サンタクロースに見えない角度で密かに笑うデリバードの耳に、どこからかアップテンポで軽快なメロディーが聞こえてきた。




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