ともだち記念日




   1

「ともだち記念日?」
 聞きなれない単語に、カズサはオウム返しにアケミに問い返した。
 夜のポケモンセンターのロビー。トレーナー達が通路を行き来するのを眺めながら、二人は隅にあるソファーに腰掛けていた。
 カズサの肩にはリオルが、アケミの膝の上ではブースターが丸くなって眠っている。
 彼女の頭を撫でながら、アケミが話を続けた。
「そう、ともだち記念日。知らない? そういう歌もあるんだけど」
「俺、あんまりそういうの知らないからさ」
「そうだったわね。じゃあ、教えてあげる。ともだち記念日っていうのは、相手の人と友達になった日に感謝をして、贈り物をあげる――って感じなんだけど、例を挙げた方がわかりやすいわね」
 そう言うと、アケミはブースターを撫でるのをやめ、横に置いていたショルダーバッグから大小二つの赤いリボンを取り出した。
「明日は私とこの子――カルアの『ともだち記念日』だから、お揃いのリボンを買ったの。こんな風にちょっとした贈り物をするのよ。あ、カルアには内緒にしておいて。明日のサプライズなんだから」
 教えたらタダじゃ済まさないわよ、とアケミは念を押す。
 アケミが怒るととても怖いのは承知しているので、もちろんカズサは首を縦に振った。
「あんたもセイに何かあげたら? 明日はあんたたちも『ともだち記念日』なんでしょ?」
「そうだな……。けど、いきなり言われても何をあげれば……」
 人間相手にもあまりプレゼントを渡す機会がないのに。ポケモンにはどうすればいいのだろうか。
 そんなカズサの心情を察したのか、アケミはカルアを抱いて立ち上がると、カズサの肩をぽんと叩いた。
「ま、明日一日あるんだしじっくり考えてみたら? いい案が思い浮かぶかもしれないわよ。――じゃ、私は先に失礼するわ。この子を寝かせてこないと。あんたも遅くならないようにね」
 おやすみと挨拶を交わし、後にはカズサとリオル――セイが残される。
「ともだち記念日だってさ。お前は欲しいものとかあるか?」
「わう?」
 とりあえず肩に乗った相棒に意見を求めるも、セイは首をかしげるだけだった。
「お前も贈り物なんてしたことないもんな。アケミの言う通り、明日じっくり考えるか」
 そう決めると、カズサはセイを肩に乗せ寝室へと向かった。

   2

 翌朝、カズサはセイを預かってくれないかとアケミに頼んだ。
 贈り物をする相手が近くにいながら選ぶのは、少し恥ずかしかったからだ。
 ちょうどカルアにリボンをつけ終わった彼女は、すぐにカズサの意図を察したようで快く承諾してくれた。
「頑張ってきなさいよ。いいのが見つかるといいわね」
「おう。じゃ、行ってくる」
 寂しそうに鳴くセイの頭を強く撫で、カズサはポケモンセンターを後にした。向かう先は商店街だ。

 適当な店に入っては出て、また良さそうな店を見つけ……というのを繰り返しているうちに、いつの間にか正午を回っていた。
「もう、こんな時間か……」
 そういえばそろそろ腹が減ってきたなと思い、カズサは近くの出店でサンドイッチを買うと、すぐ横にあった公園のベンチに腰かけた。モモンの実のジャムがよく効いたサンドイッチだった。
「『一人』になるのって、久しぶりだな。セイのやつ、泣いてたりしてないよな?」
 旅立ってから約半年、ずっとそばにいた相棒はどうしているだろうか。アケミとカルアに面倒を見てもらっているか、それとも、寂しくて泣いているか。
 前者なら安心だが、後者だとすると心配だ。
「夕暮れまでには帰れるように――頑張るか」
 それまでに贈り物を決めないとな。
 そろそろ限界と言う両足を叩いて活を入れると、カズサはまた近くの店へと入っていった。

   3

 陽が落ち、カズサは再びポケモンセンターに戻ってきた。
 一日分の体力を使い果たしたにもかかわらず、朝と比べ荷物は何一つ増えていない。
 逆に足取りは重く、頭を垂れさせカズサは戸をくぐった。
「どう? 何かいいものはあった……って、その顔はダメだったのかしら」
 入り口横のソファーで座っていたアケミが、カズサの姿を見かけるなり走り寄ってきた。両腕には笑顔のカルアと思案顔のセイが抱きかかえられている。けれど、カズサの顔を見るとアケミは速度を緩めた。そして、いつもの調子で声をかけた。
「ま、昨日突然知ったんだし、無理ないわよ。それよりも、セイ」
「ん?」
 アケミがセイを抱えた腕をくいっと上に動かして、何かをするように促す。セイはまだ悩んだ顔をしていた。
「ほら、大事な『ともだち』にあなたの想いを伝えるんでしょ? チャンスは今しかないわよ」
「……………………わうっ!」
 アケミの言葉に後押しされたのかセイが顔を上げ、まっすぐにカズサを見る。
 そして、アケミの腕の中から飛び出し――カズサの首に抱き付いた。不意打ちでバランスを崩しかけたものの、なんとか持ちこたえる。
「っと。どうしたんだ、いきなり?」
 セイの脇の下に両手を入れ、目の前に掲げて問いかける。
 どう伝えようかと悩んでいるセイに代わって、答えたのはアケミだった。
「セイもあなたに『贈り物』をしたかったのよ。でも、何を上げればいいのかわからない。そしたらカルアがセイに色々とアドバイスをあげたみたいで、結論がこれってわけ」
「アケミは何してたんだ?」
「ん? あたしはただ見てただけ。こういうことはポケモン同士の方がやりやすいと思って。それに、見てるだけっていうのも微笑ましくてよかったわよ」
「そっか」
 アケミの言葉を聞いて、もう一度セイに視線を向ける。小さなリオルはカズサの手に抱えられ、嬉しそうに鳴いていた。
「お前も頑張って考えてくれたんだな。ありがとな」
「がうっ!」
「けど、俺だけ何もしないのも……。何かいい案ないか?」
 このまま『ともだち記念日』を終わらせたくなかった。一年に一度だけの記念日。満足できないまま過ぎ去るのは嫌だった。だから、カズサはアケミに考えがないかと訊いてみた。
 そうね、と少し考えた後、彼女は名案を思いついたというように笑みを浮かべた。そしてカズサの手を引き、ポケモンセンターの外庭へと連れ出した。建物と同じ程広いそこは、トレーナー同士対戦ができるように、いくつかバトル場が用意されている。あちこちで老若男女問わず、対戦を楽しんでいた。
 そしてアケミは空いているバトル場へ着くと、カズサの手を放した。
「なあ、ここでどうするんだ?」
「あなたがセイに贈り物をあげられるように、手伝ってあげるのよ。カルア、おいで!」
「手伝うって、どうやって……」
 アケミが呼ぶと、後ろからついてきていたカルアが彼女の足元に走り寄る。そのカルアを指しながらアケミは言った。
「これからあたしとカルアと戦って、セイに勝利をプレゼントしてあげたらどうかしら? きっと喜ぶわよ」
「そうか! それじゃさっそく――」
「ただし」
 提案に乗ろうとしたカズサを、アケミが制して続けた。
「私だって負けるのは嫌よ。手加減なんてしないけど、それでもやるのかしら?」
 それを聞いて、カズサは考え直す。もしここで負けてしまえば、セイに贈り物どころか敗北を与えてしまう。
 けれど、その考えはすぐに消え去った。
 手加減されて勝負に勝っても全く満足できない。アケミが本気でやると言ってくれているのだ。それは勝てば満足のいく勝利をセイにあげることができるということだ。この機会を逃がす理由がない。そしてカズサ自身、勝負を申し込まれて逃げるなんて行為は絶対にしたくなかった。
「もちろんだ。な、セイ?」
「がぁう!」
 気合十分といったように、セイが元気よく鳴く。
「わかったわ。それじゃ、始めましょうか」
 お互いに所定の位置につき、緊張を伴った沈黙が訪れる。
「セイ、頼んだぞ」
「カルア、絶対に勝つわよ」
 二人の人間の声とともに、沈黙が破られる。
 友達に贈る勝利をかけて、勝負の火蓋が切って落とされた。





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