陽の光は平等だ。降り注ぐ日差しは日陰の人にも日向の人にも同じく暖かい。
 しかし同じ街で、その白い光に照らし出されても、どことなくほかより影の差す外観をした、築何年ともつかない古いアパートが建っている。
 そしてその階段下に、潜む三角の瞳、いくつか。

 外壁にへばりついた錆び垂れるプレートの言うことには、【幸薄荘、新規入居者募集中】。

「住む場所を探してるって? そこ。204号室空いてるよ、俺ん家の隣だけど。何、陰気な雰囲気。君、住めば都って言葉知ってる? え、さっきそこでカゲボウズがたくさん軒下に並んでいるのを見かけたって。そうか、確かにカゲボウズは負の感情を喰らう者だ。しかしその陰湿なイメージとは裏腹に、彼らはそれを喰らうことによって悪夢を喰らう獏さながら、それを昇華しているんだと俺は信じている。一晩寝れば〜って言うだろ? あいつら、夜中にこっそり並んでいやがるからな。――ここいらじゃ、カゲボウズ憑きって有名らしいな? ここ。いや、さっき言ったとおりさ。住めば都。ここだけじゃない、住むところには人の居るかぎりどんな感情も渦巻くさ。喜怒哀楽も、憎いのも辛いのも。そういうのは誰にもある、どんな人格者だって神様だって圧迫して沈めることはできても、消し去ったりはできやしない。いつでも吐き出されるのを待ってる。そんなものが集まってるんだからそりゃあ、住人のいるかぎり、アパートは呼吸をするだろう……なんてね。なあ、ここで暮らしてるとさ、寝覚めだけは抜群だぜ。まあ206号室だけは別だがな。あそこはやめておけ。格安だが眠りづらい。だって毎晩夢の中でゲンガーがリンボーダンスするんだ」

――ミカルゲに似た立ち姿の男、アパートの門付近にて


【カゲボウズ憑き格安物件、幸薄荘へようこそ】


 今日もどこかで、水もしたたるカゲボウズたちが風に揺られている。





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