ちょうど良い下宿をみつけた。大学からも近いし、家賃も格安だ。四畳半と貧乏学生にぴったりの間取りもうれし……くはない。
 ともかく、不動産屋の張り紙をみつけた瞬間、それをひっぺがして即刻契約し、翌日引っ越しを決行したのだった。
 家具(と呼べるかは疑問)を運び込み、両隣に引越蕎麦を配った俺は、ようやく人心地つけた。前の住民が残していったカーテンをひいて、部屋の空気を入れ替えようとしたのだが。
 窓のさんにぶら下がって、俺を見つめる黒いてるてる坊主。ではなくカゲボウズ。
「どうりで安いわけか……」
 貧乏学生たちの間で噂のカゲボウズ憑きアパートだったらしい。
 不動産屋に殴り込んでやろうかとも思ったが、よく考えてやめた。カゲボウズが憑いているだけでこの家賃だ。教科書代に回せる。人間、我慢が大事だ。よし、我慢するべし。


 快晴。気温35度超えの猛暑日のなか、俺は万年床予定の煎餅布団を干すことにした。ついでに溜め込ん洗濯もする。たらい派の俺は夏の暑さ予定も負けず冬の寒さにも負けずに洗濯をしなければいけない。洗濯機を買う余裕がないだけ、という見解もある。
 溜まった洗濯物を洗い終わっても、窓のさんにぶら下がったままのカゲボウズたちは身動きひとつしない。こいつら、生きているんだろうか。たらいの水を替えようとした矢先、カゲボウズが動いた。
「うぉっ、動いた」
 ふわりと浮かんで、俺に向かってくるカゲボウズ。俺にぶつかるかと思ったが、たらいの中に落下する。じぃっと俺を見つめたまま、動かない。ぽっちゃんと二匹目のカゲボウズがたらいにおちた。
「洗えってのか……?」
 こくこくと首を振るカゲボウズたち。洗剤は使っても大丈夫なんだろうか。
「染みてもしらないからな」
 とはいえ、心配なので今回は洗剤を使わないでおこう。色落ちしたらかわいそうだ。
 それにしても、こいつらは負の感情を食うんじゃなかったのか。たらいの中で幸せそうに笑うのはやめてくれ。俺にどんな負の感情があるってんだ。
「あ、先輩への恨み? 教授の講義のいらだちか。ひょっとして、不動産屋にたいする怒りか?」
 思いだすだけで黒い感情が湧き上がってくる。カゲボウズたちはうっとりとした表情で洗われている。洗濯と一緒にお食事が楽しめるなんて、うらやましい……。待て俺、なぜにカゲボウズに嫉妬する。ますます湧きあがる黒感情を食べて、カゲボウズたちはさらに幸せそうな表情になっていく。
 一匹のカゲボウズが満足したらしい。浮き上がって物干し竿にぶらさがる。自発的風乾燥をするらしい。次々に浮かび上がっては風乾燥にはいるカゲボウズたち。
「……ほっといていいのか」
 スバメとかにおそわれないだろうか。見張っといてやろう。破れた団扇(駅前で配ってた)を持ち出して窓辺に座り込んだ。クーラーなんて高価なものはない。
 あぁ、またもや黒感情が……。
 洗濯したばかりのカゲボウズたちがまったりとした表情で熱風にはためいている。




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