俺はある日、ふと思った。
 ――先輩は人間なのだろうか?

 週末の昼、特にやることもなく寝っ転がってまどろんでいると、こういう突飛な疑問が沸いてくる。

 しかし何の裏付けもなくそんなことを言っているわけじゃない。

 かつてここいらで変質者が出るっていう事件があった。
 ここらへんじゃ変質者は珍しい。何故だろう、もしかすると頭が沸く前にカゲボウズに食われてしまうからかもしれない。

 それが珍しく、買出し中だった大家さんが襲われた。
 翌日に町内会主催の秋の鍋大会を控えていたのだという。

 コート一枚、下は一糸纏わぬ姿の野郎に抱きつかれそうになったところ、黒い塊が飛んできてそいつにぶち当り、間一髪助かったのだそうだ。

 あれはシャドーボールだった間違いないと、かつてポケモントレーナーをしていてリーグにも挑戦したことがあるという(噂の)大家さんは言った。

 そして街灯の暗闇の向こうから、ぬうっと背の高いミカルゲが現れたのだという。

「不思議よねえ、御影さん」
 そういう大家さんの横顔の端整なのに、俺はなんだか溜め息をつきそうだったのを覚えている。
「さあ、トゲピーが指でも振ったんじゃないですか」
 その柔らかい唇から語られる名詞が俺の名前でないことに……そういう期待は持たないようにしているんだもう今更。

 しかし先輩は確かに不確かな人間だ。
 丸一週間外に出てこないので、中で倒れているんじゃないだろうかと思って必死でドアを叩いたら、「瞑想していたんだ」とかしれっとした顔で言いながら現れたり。わけのわからんサークルのわけのわからん企画に気が付くと紛れ込んでいたり。実はフルートが吹けたり。

 まあ、別にどうでもいいけどな。
 しかしどうして俺にはフラグが立たないんだろう……。

 どくおとこは レベル 32に あがった!

 時刻を腕時計で確認すると午後二時。だるい。ねむい。
 すると俺の感情に寄せられたのだろうか、数匹のカゲボウズが窓から飛び込んできた。

 しかし飛び込み方になんとなく勢がない。
 ふわふわ、というより、ふらふらしている。

 しかもなんだかよくわからない液体をしたたらせている。

「……おまえら」
 大丈夫か、と一匹を手にとると、なんか熱い。湯気が出ている。

 どうしたんだろう。鍋にでも飛び込んだんだろうか。
 とりあえずぬるま湯で洗い、冷たいタオルで拭いてやった。

 結果。
 彼らは俺がタオルから話した瞬間ころころころころころがって動かなくなった。
 どうしたのかと心配して突っつくと、なんのことはない。
 寝ていた。

 そして俺はカゲボウズ六匹と昼寝をすることになってしまった。

 仰向けになって染みだらけの木目を見上げる。電灯のかさが埃まみれだ。掃除しねえとな。

 寝返りを打つと、ちょうど腕でカゲボウズを一匹つぶしてしまった。
 ふぎゅ、と何とも言えない音がした気がして、やべぇ、これはうかつに寝返りできない。

 見ていると、カゲボウズ達はわりと寝相が悪いようで、ころころ転がっていってはタンスにぶつかっていた。
 窓の影で眠たそうにうとうと目を瞬かせているのもいる。

 俺も眠くなってきた。
 どうやって起き上がるかは、目が覚めてから考えよう。


 終わる






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