職場とアパ-トの間は自転車で往復できるのだが、一本路地へ入るとコンビニがある。
 普段は上がって帰る時間にここへ来て煙草とコ-ヒ-を買うのが俺の一般的な利用方法だ。
 しかし、今日は煙草値上げされてっからそろそろ禁煙しようかなァなんてのんきが言えない雰囲気があった。

 まず、路地に入って見えるコンビニ前の申し訳程度の駐車場。
 で、バイクに寄りかかって、お互いの口にポッキ-を差し出し会うアベック。
 男は頭髪をやや金に染めている。秋の新色ミミロップカラ-のマフラ-だと……? 女々しいもんつけやがって。女のほうは眼がぱっちりしていて可愛……いや! こういう目鼻立ちくっきりした女はなんか性格がキツかったりして長続きしないもんなんだ。や-いや-い。どうせお前らなんかクリスマスまでもたねえよなんか顔の相性が悪そうだもん。白と黒で色違いペアルックだと? ザング-スとハブネ-クで犬猿の仲ってことだろ常識的に考えて。しかしいやに楽しげにポッキ-交換しやがって畜生ポッキ-前歯の間に挟んで歯ぁかち割って歯周病で氏ね!
コンビニに飛び込むと、近所の高校生とおぼしき男女二人組みが楽しそうに楽しそうにとても幸せそうに季節限定ポッキ-を吟味していた。
 このやろうポッキ-の箱取ろうとして手が当っちゃって「あ……」みたいな顔見合わせてちょっと赤くなったりするの止めろよ! 静電気仕事しろ!
 しょうがないのでそっと手を伸ばして一段下にあったプリッツを買って帰りました。

 アパ-トに帰る途中ですでに背中に気配を感じたので振り向くと案の定。そこには、カゲボウズがいた。
 五匹ほどがふらふらついてくる。
 なんだかうれしそうである。
 しあわせそうである。
 にこにことしている。
 そりゃあそうか。

 部屋に入る。驚いた。清純派の白いカ-テンが真っ黒になっていた。
 カゲボウズである。
 カゲボウズがびっしりとへばりついている。
 俺は迷わず蛍光灯をつけた。

 とりあえずパソコンの電源を入れて、立ち上がるのを待ちながら今日の仕事のことを思い出す。
 俺の勤め先はポケモン・トリミングセンター。ポケモンを洗うのだ。まだ歴史の浅い業界なので資格などはいらないようだが、実技試験はある。俺はカゲボウズを洗って切り抜けた。専門技術は習うより慣れろの厳しい世界ながら、達成感はある。とくに炎ポケモンを初めて無傷で洗い切ったときの感動といったら。
 明日は、俺の知識にはないポケモンが予約に入っている。ニックネ-ムはハナちゃん、ムーランドというポケモンらしい。どんなポケモンなんだろうか。あとで調べておかなくては。

 しかしデスクトップが出てきたところで、突然視界上方からプリッツが出現した。
 見ればカゲボウズが二匹がかりでプリッツを持ち上げて、ちらつかせているのだ。
今日の日付けを思い出す。11月11日、誰が呼んだかポッキ-の日。1111を折れたポッキ-にでも見立てたのだろうか? ポッキ-というよりこれじゃ小枝だろう。
 コンビニの風景を思い出す。
 なぜだ。たかが菓子の名前のついただけの普通の日じゃないか。いつもどおりの木曜じゃないか。なんであんな特別な日みたいな顔でポッキー買うんだよ。俺なんてカゲボウズ・オン・ザ・プリッツだぞ。しかもサラダ味。

 カゲボウズたちはにやにやしている。
 頭で俺の頬をつついてくるものもある。
 こいつら、こいつらは……俺を食い物にする気満々じゃねえかッ!
 俺はもう散々世間に食い物にされてきたっていうのに! まだ俺から何かを貪ろうってのか! もう逆さに振っても洗剤ぐらいしか出ねえよ!

 とか心の中で叫んでみてもさらに幸せそうな顔をされるばかりである。

「てめえら……」
 俺はプリッツに手を伸ばした。
 ああ。いいじゃねえか。上等だよ。ポッキーの日にプリッツ。食い尽くしてやろうじゃねえかッ!

 カゲボウズたちからプリッツをひったくり、豪快にあけぐちを無視して頭っからびりびりに引きちぎってプリッツの箱を開ける。普通に開けるより時間がかかった。
 中から飛び出した銀の袋を、勢いのまま引き裂く。引っかかって変な風に開いてしまい、木の枝みたいな細いプリッツが畳に散らばってしまった。へりに入ったりして地味に面倒臭い。何本かカゲボウズに取られた。
 五本ぐらい一気食いしてみる。しょっぱくて単純な青春の味が口の中に広がった。
 うおおお思い出すな俺! こみ上げてくるな黒歴史(ブラッククロニクル)! 高校時代のパシられたり秘めたる思いを寄せていたあの子が友人に告白したりしていたしょっぱい思い出なんて思い返さなくていい! これ以上惨めになってどうするんだァ!

 カゲボウズは満足げであった。

 プリッツを一袋開けると、なんだか気だるい疲労感が残った。どうやら俺の衝動はあらかた喰い尽くされてしまったらしい。なんだか虚しくなってきた。二袋目を冷静にパ-ティ開きすると、カゲボウズはそろそろ寄ってきて、プリッツをじいっと睨みつけ、ふよふよ宙に浮かべたかと思うと、ぱくりとかぶりついてむしゃむしゃ食べてしまうのだ。なんだか可愛かったのでひとつプリッツを持ち上げて空中で振っていると、カゲボウズが釣れた。端からむしゃむしゃむしゃむしゃ食いつくし、最後に俺の親指と人差し指までむしゃむしゃしていった。いじきたない。

 と、そこへ一匹の勇者が現れた。
 プリッツを一本、持ち上げてから口に咥えて、ぴゅうと真っ直ぐ、カ-テン付近に居た別のカゲボウズの元へ向かう、そいつも小柄なカゲボウズ。
 俺は何だろうと思ってカーテンを見た。
 群れていたカゲボウズが、まるで示し合わせたかのようにさっと散る。
 カーテンの前に一匹、ぽつんと残ったのは、一匹のカゲボウズ。
 そいつを見た瞬間、俺は愕然とした。

 このアパ-ト――幸薄荘に住んでからもうしばらく経つ。こことカゲボウズは切っても切れない関係らしいので、俺とカゲボウズたちとの付き合いもしばらくということになる。さらになぜか俺は最近カゲボウズを洗う機会が多いので、自然と観察してしまう。そろそろ性別もなんとなく判別がつくようになってきた。
 しかしこのカゲボウズとの出会いには、痺れた。

 彼女は黒くひらひらした一介のカゲボウズだった。
 しかし、優しげな目元、溌剌としたひらひら具合、ゴーストタイプらしからぬ涼しげな雰囲気を纏っている。
 デフォルメしたら目もとにぱっちりまつげでもついていそうな。
 俺はとっさに、いつか御影先輩の部屋で見つけた「週間GHOST」というセクシーなヨノワールが印象的な表紙のグラビア雑誌で見た、どこぞの地方のゴーストタイプを使う四天王だという女性の特集記事を思い出した。
 なんというカゲボウズ。

 そんなアイドルボウズの前に、プリッツを一本加えたカゲボウズが漂っている。
 冴えない空気を抱えたそいつが、なにか訴えたげな目で、必死にアイドルボウズを見つめている。
 周囲ですこし引いて見守る他大勢のカゲボウズたちもなんだかそわそわしているようだ。
 もしや。これはもしや。俺の脳裏に一つの予想が浮かび上がる。
 彼は――彼女に、ポッキーゲ-ムを挑もうとしているのではないか?

 ポッキーゲーム。
 それは禁じられた遊び。
 二人の人間が、チョコレートを塗りたくられたスティック菓子の端を口に咥え、貪るたび近づく距離感にどこまで耐えうるかとう究極の忍耐を問われる闇の遊戯。
 その余りの厳しさに、多くの人間が精神に異常をきたして慟哭したり、逆に浮き足立ったりしてしまうため数年前からあちこちの独り身によって封印されたはずの技術。

 それをまさに今、カゲボウズが行おうとしている。
 しかも、プリッツで。

 はやしたてるように揺れる観衆のカゲボウズたち。
 アイドルボウズはゆらゆらしている。
 カゲボウズはプリッツを咥えたまま、ぷるぷる震えて必死に身体のバランスを空中へ保っていた。

 やがて、不意のいきおいでぱくり、とアイドルボウズがプリッツの先にかみついた。
 おお、と俺が息を飲むのと同時に他のカゲボウズも揺らぐ。
 かじかじ。
 プリッツの粉を俺の部屋の畳に振りまきながら、二匹のカゲボウズの影がだんだんと、近づいていく。
 そして。

 ちゅ。
 プリッツが消えた。

 わーっ、と周囲のカゲボウズが沸く。ふらふらと仕掛けたほうのカゲボウズが落ちた。仲間がそれを支えに行く。よくやったぞとでも言いたげに持ち上げられたカゲボウズはまるで鍋の具にでもされてしまったかのようにふぬけになっていしまっている。ただのハンカチのようだ。アイドルボウズはきゅっと一瞬小さくなったかと思うと、カーテンに突進していった。それも女友達と見られるカゲボウズが追いかけていく。つつかれているようにも見える。サラダ味の恋が実った瞬間だった。
 おいなんだこれ。俺の部屋の中で既に物語がひとつ出来上がってるじゃねえか。どういうことだよ。

 ぽん、と肩を叩くように、見覚えのある数匹のカゲボウズらが俺の背中に現れた。
 にっこりとしている。

 俺がこいつらのおやつを抜けられる日は遠い。



おわってやれよ




***

ややおまけ



 朝一番の仕事。
 笑顔で出迎えた俺の前に、眼鏡の女性がムーランドを連れてきた。

「しばらく遠出していたので汚れてしまって……家だときちんとケアもできないですから、うちのハナちゃん、痒がっちゃって。あとちょっとここらへんが伸びてきてるので、カットもお願いしたいんですが……」

 まず大きい。
 図鑑では1.2mと書かれていたのでまあ小学生ぐらいの大きさかなと踏んでいたのだが一回り大きい。俺が想像していた小学生が三人ぐらい背中に乗れそうだ。
 あとネットで出回ってた写真より体毛が長い。とかく長い。めっちゃ長い。腹あたりのふさ毛はマルマインも目をまんまるにしかねない爆発を引き起こしており、背から伸びる毛ももっふもふ、床をセルフで掃除している。髭の部分はもう引き摺るとかいうレベルじゃない。コイキングがギャラドスを目指してひた昇ると言われる登竜門の滝を思わせる。しかもただ冗長に長いわけではない、毛並みがものすごくいい。切り取ったあと業者に売れそうな感じ。立派だ。立派すぎる。まさに威風堂々。

 しかし飼い主さん、その「ずいぶん伸びちゃって……」って触ってる尻尾の毛より、もっとカットするべき部分たくさんあると思うんですが。

 果たして俺はこの質量を、洗えるのか。というか本体どこだ。地肌どこだよ地肌。実は掻き分けても毛しかなかったとかいうオチじゃないだろうな?

「それじゃ、よろしくお願いします-」
 そして俺は一人、洗い台の前に残された。
 台の上には実家のおじいちゃんみたいな目をしたムーランド。下には収まりきらない彼女の体毛が流れ落ちている。

 どうすんの? どうすんの、俺!?


→続きはWEB(ry





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