帰省の季節である。
 結局あの後ストーブを焚いたことによりコートはお役御免となったが、しかし箪笥の中はカゲボウズ達の天国と化していて既にコートの帰る場所がない。しかもあのカゲボウズ達はわたしがそれで困っているのをどうも餌にしているらしいのだ。人を困らせて喜ぶとは小学生のようなやつらめ。でも進化前だから案外小学生くらいの年代なのかもしれない。可愛いかも。ジュペッタは呪いのエネルギーをきちんと蓄えているというから、イタズラを卒業した大人なのだろう。進化による精神的な成長が窺える、いい話の題材になりそうなものである。
 などとそんなことを話している場合でもない。もう一度言う。帰省の季節である。
 この季節、下宿というのは寂しくなるらしい。私立コトブキ大学で八年間を過ごした父が「正月三が日に一度帰らなかったことがあった。下宿が静かすぎて本当に寂しかった」と哀愁漂う顔で実体験を話していたのだから、時代の差はあれどそうであるのに違いない。作り話にしては実感がこもりすぎていた。その時代はもう30年ほど前なのだが。
 そしてわたしも下宿を一旦空けてシンオウの実家へと戻ることにしたのだが、困ったのはこの大量のカゲボウズ達の処遇である。
 置いておいたら帰ってきた時に部屋が恐ろしいことになっていてもおかしくないのだが、まさかこの寒空に放り出すわけにもいかない。帰ってきたら以前のように冷凍カゲボウズがわたしの部屋の窓外に鈴なりになっていたというのは、それはそれで恐ろしいことである。しかも最近カゲボウズの数が最初より増えたような気がしているので、恐らく鈴なりでは済まずに窓一面に張り付いているとかそんな状態になるのだろう。テレビでそんなシーンを見たことがある。あの場面で窓を埋め尽くしていたのは、窓に塗られたミノマダムのフェロモン成分に引き寄せられてきたガーメイルだったが。あれを見た後しばらくガーメイルを目にするのが怖かった。
 というかカゲボウズが増えているというのはおそらくわたしが彼らのエサとして恰好だということの確かな証拠なのであろう。そりゃあ最近寒さに負けて一限の数学の講義のボイコットを始めて単位が絶望的になっていたりするが。外国語を英語にしなかったせいで毎週のテストも絶望的だが。サンタさんに単位をお願いしても持ってきてくれませんでした。
 とにかく単位も含め今回の帰省で何かと言い訳を講じておかなければいけない訳である。実家にも成績表は送られているらしく、しかも前期のそれが無駄に良かったせいでやたらに期待をかけられてもいることだし。入学時のやる気というのは恐ろしいものである。それが続くかどうかはまた別の問題だが。

 そんなわたしの思い巡りを何ら気にかけず、目の前をカゲボウズが一匹通り過ぎる。その後を続いて、少し小さい個体が二、三匹その後に続く。先程のカゲボウズ小学生説に基づいて考えれば、小学生のお兄ちゃんに幼稚園児がついていっているような感じなのかもしれない。やだ可愛い。
 しかし探すべき個体は彼ではない。いるのだ。このカゲボウズ達の中に、この部屋の命令系統の頂点に立つ首領(と書いてドンと読め)が。
 彼に交渉すれば、帰省の間この部屋を荒らさないという契約を結ぶことだって何とかなるに違いない。
 善は急げと部屋を見回してみる。カゲボウズはどれもこれも同じように見えるが意外と個性があり、部屋の中の物干し竿にぶら下がって動かないままのものぐさ屋から常に部屋の中を行き来している体力自慢、机の棚の中が気に入っているものや空っぽのゴミ箱に収まるのが好きなもの、果てはわたしが積んだままの本を勝手に読破しているものまでいる。そんな中で探している首領は、やはり他のカゲボウズ達の振る舞いを諫めている場面の多い奴だった。
 そんな場面を部屋の中に探してみれば、案の定見つかった。わたしの買い置きのお菓子を勝手に食べているものに、何やらいかめしげな顔で注意をしている。いいぞもっとやれ。ところでその顔は自分も欲しいからなのか。しかし恨みやねたみを食べるカゲボウズがそれこそねたんでいる様は、一種珍しいものでもある。
 そちらに近づいていけば、食いしん坊の方はさっさと逃げていった。首領がこちらを見上げて、ふよふよと身体をはためかせて目線を合わせてくる。何か言いたいことでもあるのか、と言いたげに。カゲボウズはエスパータイプではないはずだが、読心だとやるなこのカゲボウズ。
 まあそんな冗談は置いておいて、きっとこうしたこともリーダーとして必要な資質のひとつなのだろう。人間だろうとカゲボウズだろうと、上に立つものが求められるのは同じことなのだ。きっと。

「ねえ、わたし、28日から年明けの6日までこの部屋を空けようと思うんだけど」

 言うと、目の前の首領は少しだけ驚いた顔をした。突然のことだったし、驚かれるのはまあ無理もない。それでも首領はまだ何も言わないまま、無言で先を促す。

「だから、わたしが居ない間部屋がめちゃくちゃにならないように、部屋のみんなに一言言っておいてほしいの。いつも注意してくれてるのあなたでしょ?」

 首領が、任せろ、とばかりに胸を張る。自信に満ちあふれたその顔はとても信用できそうな感じだ。何しろ彼にはいつもの実績があるのだから。

「それじゃ、よろしく」

 契約成立。
 これで大手を振って実家に帰れる。










「ただいまー!」
「おかえり、トーホクと比べて寒かったでしょう?」
「ホントホント、だってあそこって12月でも雨が降るんだよ信じられない」

 キッサキシティ、実家。その名の通り身を切るような寒さがしみる。これこそ冬である。トーホクの外気はたまに生ぬるく感じる辺り、わたしもまだまだシンオウ人の、いやキッサキ人の気概を失ってはいないと思う。
 慌ただしく大掃除にあたる手を止めて、母は荷物運びを手伝ってくれた。その髪には大分白髪が増えたような気がする。老いた母の軽さで泣けて、背負ったまま三歩も歩けなかったという句を詠んだのは確か通っている大学の輩出した偉人だったろうか。母を背負うなど夢にも思えないほど力のないわたしだが、だからこそ背負えるようになってしまっただけで泣けてしまうだろう。その気持ちが、とても素直に解せた。

「ここが極端すぎるだけだよ、半年以上雪が降っているなんて。カントーやジョウトはもっと暖かくて雪もそんなに降らないのに」
「だってわたしここしか知らないもの、ここが基準だもん」
「大学にいるうちにあちこち行ってみたら?社会に出たらそういう機会めったにないよ」
「お金ちょうだい」
「バイトでもして自分で稼ぎなさいっ」

 短く響く笑い声は、時間が経つにつれてきっと聞く機会も少なくなるのだろう。去年は毎日聞けていたこの声も、今や一年に聞けるのは夏休みと正月の二回だけだ。そしてこれからは、きっともっと少なくなる。

「……ああ、そうそう。掃除のついでにちょっと模様替えでもしようと思ってね」

 少し唐突に話を切り替える母。この辺りは親子共通らしく、わたしが大学の友人と話していても「話の切り替えが突然すぎる」とか「切り替えたはずの話を唐突に思い出してきたりする」と言われる。容姿だけでなく性格も遺伝するものらしいと妙に納得した覚えがあった。
 軽い相槌を打てば、母は楽しげに話を進める。

「この前、綺麗なカーテンを見つけてつい買っちゃったんだ。紫色にピンクの縁取りがついてるの。赤いきらきらした飾りなんかも付いててね」
「うちの部屋に合わせるにはちょっと派手すぎない?」
「いいのいいの。今洗って干してるから、見てみてよ」

 言われるまま二階に上がる。キッサキのもの干し場は基本的に屋内であり、屋外に干せるのは短い、一ヶ月ほどの夏の間だけだ。だから外干しなどわたしもほとんどしたことがなく、その結果うっかり雨に降られたり洗濯物が凍りかけたりしたのは一度や二度ではない。恥ずかしいことに。
 そうして二階の扉を開けて、目に入った「紫でピンクの縁取りがあるカーテン」を見て、軽くどころでなく絶句した。
 カーテンは普通、真っ直ぐな長方形の布であって、それ以外についている部位と言えばフックをかける部分くらいのものだろう。これはカーテンにしては無駄な部位がつきすぎていないか。その長方形の布をきゅっとギャザーのようにまとめる、赤色の石の複数ついた辺りだとか、その上に鎮座したギザギザの口のある顔だとか、さらにその上の魔女の三角帽みたいな部分だとか。何よりカーテンというのはこんな感じでニヤニヤ笑ったりなどしない。
 部屋の入り口に立ったままのわたしに、後ろから母が声をかける。

「あらどうしたの、カーテンが綺麗でぴっくりしちゃった?」
「びっくりってレベルじゃないよ!! どっちかというと心配になるよ! わたしが居ない間に何があったの!? もしかしてこれ噂の若年性アルツハイマー!?」
「何言ってるの失礼な、これでも健康診断はコレステロール以外ひっかかってないんだから」
「言いたくもなるよ!! カーテンって言ってたアレ、どう見たってムウマージでしょ!?」
「カーテンだよ、ムウマージ型とは書いてあったけど流石に本物な訳ないじゃない」
「いや本物でしょ!? アレどう見ても本物でしょ!?」

 問答していてもらちがあかない。もう一度カーテンもといムウマージの方を振り向けば、奴は口を閉じて大人しくぶら下がっていた。擬態にしては無茶すぎないか。
 部屋を見回してみると、何か黒いものがベッドの枕元に増えていた。黒いぬいぐるみのようなそれが抱えた金色のマスクには白い美顔マスクが張り付いている。マスクの上にマスクとは大分ホラーだ。

「……これは?」
「新型の美顔マスク置きなんだって、ちゃんと剥がしたら使えるのよ」
「いやデスマスの仮面美顔しても意味ないでしょ! これどうなってんの!?」

 仮面から美顔マスクを引っぺがすと、その下からやたらときらめく黄金マスクが姿を現す。図鑑のものより綺麗なのは言うまでもない。当のデスマスは「羨ましいでしょホホッ」みたいな表情をしてこちらを見上げている。こいつ♀か。そうに違いない。

「……どうしたのこんなの」
「最近できたゴーストタイプのポケモングッズの専門店があって。ゴーストポケモン用のポケモンフーズとかを売ってるのかと思ったら、こういう可愛いインテリアも売ってるって聞いてね。行ってよかった」

 洗脳されてる。母さん、多分洗脳されてるよ。何か新興宗教みたいなものなんじゃないのかなその店。ゴーストポケモンってオカルトぶりからそういうことに使われる例がたまにあるって聞いた気がするんだ。

「他にもいろいろ買ったのよ、気になるなら見てきたら?」

 他にもあるのか。
 もはや突っ込む気にもならない。しかし見ないことには心配すぎる。主に母さんの頭の具合が。







「…………なァんじゃこりゃ―――――ッ!!」

 家の中をひとしきり見て回った後。
 気付けば一部屋に一匹は「グッズ」扱いされたゴーストポケモン達が居たのだった。先程のカーテンムウマージと美顔デスマスに始まり、玄関にはさっきまで居なかったはずのシャンデラが逆さ吊りになってうちの玄関をやたら陰気に紫に照らし上げていたし、仏壇にはヒトモシが二匹仲良く座っていた。食べたらしいお供えのお歳暮返せ。
キッチンではサマヨールがブラックホールを出現させて生ゴミを片っ端から飲み込んでいたし、わたしの使っていた部屋には何故か「貯金箱」と称してゴルーグが鎮座していた。どれだけ入れればいっぱいになるのか気が遠くなる大きさであった。
 この家の惨状を見れば、絶叫の一つも上げたくなるというものである。

「うるせーぞ姉ちゃん、音聞こえねーじゃん。けらけら動画の邪魔すんなよなー」
「お前は少しパソコンから離れろ!」

 弟ついでに、弟がネットゲームの景品で得たというポリゴンが顔を出すパソコンにもついでに怒鳴っておく。八つ当たりって言うなその通りだ。すまん弟よ。こうでもしないと姉ちゃんはやっていられない。
 しかしポリゴンは顔を引っ込めない。それどころか――

「……あっ、やめろX13号! それすっげー電気食うんだぞっ!」

 ポリゴンの口元らしき尖りに収束した光が一直線にわたしを打ち抜く。シグナルビーム。効果は抜群でもないが、ポケモンの技を人間が受ければどうなるかなどわかりきったことである。
 倒れたわたしは薄れ行く意識の中で思った。弟よ、お前のネーミングセンスはなんとかならないのかと。











「……はっ」

 布団の中だということを把握するのにしばらくかかった。冷や汗で濡れた寝間着が気持ち悪い。それ以上に、布団に纏わり付きまくっているカゲボウズ達は気味が悪い。ここは悪夢の続きか。もはや何かカゲボウズにくるまって寝ている気分だ。悪夢見そう。もう見たのか。
 カゲボウズ達はけらけらと笑っている。そういや出てきたなあ、けらけら動画。
 しかしそれも一瞬で吹っ飛んだ。悪夢の原因がよくわかって。

「お前らのせいか――――――ッ!!」











追伸。
どうやらわたしはとんでもない時間に起きていたらしく、朝の早い隣人からすら件の絶叫に際して苦情が来た。




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