「……人間が3人……いや、4人。ひとり、小さくて消えそうな灯を持っているのね」
 長く紅い髪を潮風に揺らせて、彼女は呟いた。
 彼女が今立っているのは切立った崖の上で、海の音が良く響く場所。
 そして、切羽詰まった人間たちの声も真下で聞こえる。
「ああ、アブソルが予知している。やはり、これから何か来るのね……」
 彼女はふっと微笑んだ。
 そして、ふわりとしゃがみ込、足元で姿勢良く座っている艶めく紫色をした体毛の獣――エーフィに囁いた。
「私のことは考えないで。あなたの持つ能力でなら、あのアブソルを手助けできるでしょう。風が強いから、空気の流れをよむのは困難。だけど、あなたならできるはず……」
 それから、彼女は雲のように白いワンピースに風が入り込むのもかまわず、立ち上がり、エーフィを見た。
 ――彼女には何も見えていない。
 何故なら、その瞳には、もう何も映らないのだ。
 幼い時にとりつかれた病のせいで……。
 その代わり、彼女の聴力は異常な程に優れている。
 そして今も、彼女は鋭い風と波と土砂崩れの音の中、叫ぶ3人のレンジャーと苦しそうに呼吸をする1人の少年の存在を確認したのだ。
 エーフィが静かに鳴いた。
 彼女は、ゆっくりと頷いた。
「どうか、ひとつでも多くの命の灯を救ってあげて。何もできない私の代わりに」
 病の頃から共に闘ってきた彼女とエーフィは、心を通じ合わせることができた。
 エーフィは、彼女の足にすり寄り、それから少し名残惜しそうに振り返りながら、崖を身軽に下って行った。
 それを耳で感じ遂げると、彼女はゆっくりと歩き出す。
 エーフィが嵐の予感がすると告げていた、草むらへ向かって。
 もしかしたら、そこには、昔聞いたことのある、激しい雷雨を巻き起こす伝説のポケモンがいるかもしれない……そう考えて。








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