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  [No.1508] 明け色のチェイサー 投稿者:空色代吉   投稿日:2016/02/02(Tue) 23:23:58   33clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
明け色のチェイサー (画像サイズ: 482×672 393kB)

この小説はポケモンの世界観を使った、オリジナルの地方でオリジナルのトレーナー達が織りなす物語です。
もともとは別所にて連載を予定していたのですが、そこが閉鎖になったので現在ピクシブで連載しています。
その連載をこちらでもしたいと思い、投稿させていただきます。
また、別所にてキャラクター募集をさせていただきました。
ゲストキャラクターとして登場する際にはまとめにキャラ親さんのお名前をお借りしたいと思います。
それではお付き合いいただけると嬉しいです。


  [No.1509] 第一話 追跡者ヨアケ・アサヒと配達屋ビドー 投稿者:空色代吉   投稿日:2016/02/02(Tue) 23:42:21   35clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第一話 追跡者ヨアケ・アサヒと配達屋ビドー (画像サイズ: 480×600 184kB)


*****************



流れゆく風に乗せて、届け、届け、
この思いよ、貴方へ届け

夜明けの空に映える薄白い月のように
地平線の彼方へと姿を眩ませても
私は貴方を追い続けます。






 【明け色のチェイサー】










*****************

そいつとの出会いは、とある昼下がりのことだった。


荒野の真ん中に引かれた大きな道路の脇に、青を基調とした一台のサイドカー付のバイクが止めてあった。バイクの傍には持ち主である青年、というには背が低い少年が立っている。
身長のことに関しては自分で言っていてむなしいとは、自覚はしているが。
個人配達を生業としている俺は、バイクに備え付けられたカーナビ機能で目的地を確認し、サイドカーに載せてある宅配物を見る。それから、配達票をチェックして、ウエストポーチから水のペットボトルを取り出して水分補給をした。

(目的地までは……あともう少しか)

日差しが強いせいか汗をかいたので、一旦ミラーシェードを外し、タオルで顔を拭う。額を拭こうとする時、手の甲に前髪がのしかかった。
この群青色の髪も、随分と伸びたものだ。前髪もだが、後ろは肩ぐらいの長さになっている。切らねばとは思うものの、短く刈り上げるのは好みではないのでほったらかしていたらこの有様だ。
水色のミラーシェードをかけ直していると、行き先の方から爆音が鳴り響いた。
目の前の道路を黒くてごつい外装のトラック3台と、それを護衛するように陣取るいかついバイクに乗ったライダー達が、クラクションを鳴らしながら猛スピードで走って行く。

(まーた、あいつらか……)

あのトラック達には見覚えがある。この周辺一帯を縄張りとしている義賊団<シザークロス>の所有している車両だ。きっとまた今日も彼らはどこかの誰かからポケモンを盗んでいるのだろう。
奴らが来た方向だと、荷物の届け先からポケモンが盗まれたという可能性もある。
追いかけるべきか否か、迷っていたらトラック達がやってきた方向から、誰かの叫び声が聞こえた。

「ぽーけーもーんーっ、ドロボー!!」

声の主は女性だった。デリバードにしがみついて地面すれすれを飛び、食らいつくように青の瞳でトラックを睨みつけている。

すれ違う瞬間、澄み切った青空に彼女の長い金色の髪が波打つ。一本一本が日の光に透けて煌めくその光景に、俺は目を奪われていた。

ロングスカートをたなびかせながら集団を追いかけていく女性。いくら黒タイツを履いているとはいえ、スカートで空を飛ぶなとツッコミを入れたかった。
頭を抱えていると、女性トレーナーの追跡にしびれを切らした<シザークロス>の下っ端ライダーである男がバイクのブレーキをかけ、背に乗せていたクサイハナに指示を出す。

「しつけーぞ、このアマ!! クサイハナっ、『しびれごな』!!」

黄色い粉がクサイハナのつぼみから放出され、追跡者に襲いかかる。

「リバくんっ『プレゼント』!」

リバと呼ばれたデリバードが、前方に赤いリボンで装飾された小包を袋からばらまいた。
小包は『しびれごな』に接触した途端、爆発する。
紙吹雪交じりの爆風で霧散する『しびれごな』
同時に煙幕が彼女達の姿を隠したので、下っ端とクサイハナは煙の中に目を凝らす。
煙の中から彼女たちが出てこない、ということは先ほどの攻防で『そらをとぶ』を中断したのだろう。
少し経った後、デリバードと、その後ろに立つ女性のシルエットが薄っすらと見え始めた辺りで、煙の中からデリバードの『れいとうビーム』がクサイハナを射抜かんと繰り出された。

「そこだクサイハナ!」

『ようりょくそ』で素早さが上がっているクサイハナは、その場でくるりとターンをして、ギリギリのところで『れいとうビーム』をかわし、『ようかいえき』を放つ。『ようかいえき』は小さなシルエットに命中した。
だがシルエットは動じないでそこに立ち続けている。おかしい、と下っ端とクサイハナが思ったその時、荒野に一陣の風が吹いて煙を吹き飛ばす。
そこには、デリバードの半分ぐらいのサイズの溶けかかった氷の塊とその陰に潜むデリバードの姿があった。『れいとうビーム』で先に氷の壁を作り出していたのだろう。
冷気をその身に溜め込んでいたデリバードは、壁の前へと勇んで飛び出した。

「速い、ね。でもこれならどうかな!」
「! クサイハナ、もう一度――」
「『こおりのつぶて』!!」

下っ端の男がクサイハナに指示を出す前に、クサイハナが技を出す前に、デリバードが生み出した氷でできた礫がクサイハナをとらえ、突き飛ばす。
突き飛ばされたクサイハナに下っ端は巻き込まれ、そのままバイクごと横転した。
パチン、と荒野に乾いた音が響く。彼女とデリバードがハイタッチをしていた音だと気づくのに、少し時間がかかった。


*****************

倒れた男はなかなか起き上がらなかった。それを見て、初めはデリバードとハイタッチをしていた彼女が、みるみる顔を青ざめさせていく。

「あ……だ、だだ、大丈夫ですかー!!」

男とクサイハナに駆け寄る彼女。俺はというと、ここまで一部始終を見ておいて彼女らを置いて素通りするような気分にもなれなかったので、慌てふためく彼女の隣まで行き、男の容体を診た。
男もクサイハナも、目を回しているだけだった。

「伸びてるだけだ、大丈夫だろ」
「そっかあ、良かった……」

ほっと胸をなでおろす彼女。自分のことのように安堵する彼女に、俺は反射的にツッコミを入れる。

「いやまて、良くはないだろ! こいつらにポケモン盗られたんだろ、あんたは!」
「…………ああっ、そうだった!! ドルくんが、私のドルくんが!!」

俺に指摘されるまで、頭の中からすっかり抜け落ちていたようだ。彼女は慌てて辺りを見回す。ようやく彼女が視線に捉えたのは、すっかり小さくなったトラック集団だった。

「どうしよう……」

愕然とし、へたり込む彼女。そんな彼女を見て、俺は内心ため息をつきながら声をかけた。

『へたり込んでる暇があったら、追いかけろ』
そう、言うつもりだったのだが

「諦めるのはまだ早い。奴らの根城や拠点としている場所なら、いくつか知っている。良ければ俺が案内しようか」

こう、言っていた。

本音とは別のことを口走っている自分に少し驚いたが、まあ、いいだろう。大差があるわけでもない。

「いいの? っと、そういえば、キミは――」

戸惑いながら顔をこちらに向けた彼女に、俺は手を差し伸べながら名乗る。

「俺はビドーだ。個人配達業をしている者だ」
「私はアサヒ。ヨアケ・アサヒ。旅のトレーナーです。えっと、微糖君?」
「コーヒーか俺は。ビドー、だ、ビ『ド』ー。まあ、呼びにくいのは分からなくもないが……」
「うん、ごめん……ビト、ビドー君」
「……好きに呼んでくれて構わない」
「じゃあ、ビー君で」
「それでいい」

すくっと立ち上がったヨアケは、俺を見下ろしながら、笑顔をつくった。笑っている場合じゃなかろうに。

「ではビー君、道案内お願いします」
「分かった、ヨアケ」

それから俺とヨアケは、道の真ん中で転がっている男と男の乗っていたバイクとクサイハナを、後から来るであろう車に轢かれないように道路から離れた位置に移動させてから、奴ら<シザークロス>の後を追った。
いくら相手が賊でも、寝覚めが悪くなる事態は勘弁だから、な。

――思えば、ここで道案内を引き受けていなかったら、俺はヨアケ・アサヒという人物と、こうして知り合うことはなかったのだろう。

*******************



俺が<シザークロス>の根城や拠点に詳しいのは、俺が<シザークロス>と顔を鉢合わせるたびに、あいつらの邪魔をしていたからだ。
邪魔をし始めたきっかけは、俺のポケモンも奴らに盗まれかけたことにつきる。
初め……初めて奴らにポケモンを奪われた時はなんとか取り返して追い払った。その出来事以降、奴ら<シザークロス>にポケモンを盗まれた被害者を見て、無性に放っておけなくなり、たびたび突っかかってはポケモンを取り戻していたら、自然と奴らの現れる場所や拠点を覚えていった。
<シザークロス>に限らず、このヒンメル地方を拠点としている悪党並びに小悪党は多い。自警団<エレメンツ>も頑張ってはいるが、それでもこの地方が荒れているのには変わりない。
すべてはこの地方を治めていた王国が滅んでしまってからだ。

とにかく、人のポケモンを盗ったらドロボウだ。
奴らは、自分の大切なものを失う痛みを知らないから、あんなことを続けられるのだろう。

<シザークロス>の根城は複数ある。俺の知っているのは奴らが中継点にしている小さな拠点だけだ。一番大きな本拠地の存在までは俺も<エレメンツ>でさえもつかめていない。奴らは本拠地の存在だけはなかなか尻尾をつかませない。
だから、タイムリミットは<シザークロス>が本拠地に戻るまでの間だ。

ヨアケ・アサヒはデリバードに乗り、俺のバイクに並列して空を飛びながら、ポケモンを盗まれた経緯を語る。

「私は旅の途中で、ポケモン屋敷に訪れていたんだ」

ポケモン屋敷、か。どうやら届け先が襲われたかもしれないという、俺の嫌な予感が当たってしまったようだ。

「そこのお庭には色んなポケモンがのんびり暮らしていて、ドルくん……私のドーブルが興味ありそうに眺めていたからしばらくそこのポケモン達と遊ばせていたの。そうしたら、そこの屋敷のお嬢さんに誘われて、一緒にお茶をしている間に、あの集団が屋敷の庭にいるポケモンを盗んでいたんだ」
「奴らの存在に気がついたのは、いつごろだ」
「庭の方じゃなくて屋敷の外からドルくんの声が聞こえてきて、それで私は気がついたんだ。それまでは静かだったんだよ。私とお嬢さんがドルくん達の元に向かった時には、もう他のポケモンもトラックに乗せられるところで、急いで追いかけた所でキミと、ビー君と出会ったんだよ」

俺は先ほどのクサイハナの存在を思い出しながら、ヨアケに質問する。

「他のポケモン達は、麻痺にされたり眠らされていたりしてたのか?」
「ううん、ぱっと見はみんな元気だったよ。ただ、その……」

首を横に振り、それから言葉を詰まらせるヨアケ。考え込む素振りを見せた彼女は、不思議そうに続きを言った。

「やけに大人しかった、かな。人に慣れているからかもしれないけれど、暴れる様子は……なかった」
「……そうか」

何故ポケモン達は、大人しく連れ去られたのだろうか。いつもの<シザークロス>のやり方、ポケモンを強引に奪うのとは何かが違う。
そこまで考えたところで、奴らの拠点の一つのおんぼろ小屋が見えてきた。

(まあ、どのみちいつものように取り戻せばいいだけのことだ)

俺はそれ以上考えるのを止めて、<シザークロス>との対峙に集中するべく、気を引き締めた。


*****************


その小屋は、トラックも中に入れるような大きな入口が正面に一つ、反対側に小さな裏口が一つある。
正面の入り口が開いていて、その中にいる<シザークロス>の下っ端にこちらの存在を視認されてしまったので、俺とヨアケは正面から奴らの小屋に乗り込んだ。

「配達屋! ……と、もう一人のお姉さん。よくも身内をやってくれたな!」

開口一番、<シザークロス>のメンバーの中でもっとも若い、赤毛の少女が進み出て俺たちを睨みつける。
他のメンバーに取り押さえられながらも、ジタバタともがきながら「よくも!」と敵意をむき出しにした。
少女の言葉に対してヨアケは答える。

「大丈夫、あの人達は無事だよ。気絶させちゃったみたいだけど、ちゃんとバイクと一緒に道路の外に運んだから。重かったよー」
「え、そう、そうなんだ……。あ、でも追いかけてきたってことは、また、あたし達の邪魔するつもりなんでしょ、配達屋?」
「まあな」
「やっぱり! この――」

俺の返答に憤り、今にもポケモンを繰り出そうとしている赤毛の少女の声を遮る、どすの利いた声が小屋内に響いた。

「――そこまでだ。いい加減黙りやがれ」

少女はビクリと固まり、その声の主である、背の高い男の方へ振り向き、呟く。

「ジュウモンジ親分……」

ジュウモンジと呼ばれた顔に十文字の傷跡がある男は、その三白眼で俺に一瞥くれると、ヨアケを見た。

「配達屋がいつものように来やがったのはともかく……てめえは何者だ?」

奴の鋭い視線に臆することなく、しっかりと相手の目を見つめ返して、ヨアケはジュウモンジに名乗る。

「初めまして。私はアサヒ、ヨアケ・アサヒです。旅のトレーナーです」

きちんと自己紹介をしたヨアケにやや面を食らうジュウモンジ。奴も少しだけ襟元を整えてから、胸の前に腕を組んで名乗った。

「俺はジュウモンジ。<シザークロス>を纏めている者だ。ヨアケ・アサヒといったか、旅のトレーナーってことは、あの屋敷の関係者じゃねえってことでいいか?」
「はい……あの、私のドーブルを、ドルくんを返してください」

若干緊張交じりのヨアケの言葉が、ジュウモンジに届く。
ジュウモンジの返事は、一言だった。

「いいぜ」

<シザークロス>の面々が一瞬どよめいたのが、感じ取られた。ヨアケはポカン、としている。動揺しているのは俺も同じだった。思わずジュウモンジに確認を取ってしまう。

「珍しいな。いいのかよ」
「おうよ、こいつの目をみりゃわかる」

と言って、やつはトラックからドーブルだけを降ろす。ドーブルはヨアケを見つけると、全速力でヨアケの元へ走った。

「ドルくん!」

抱き合うヨアケとドーブル。はたから見ると、ドーブルがヨアケをなだめているようにも見えた。
その様子を見て、赤毛の少女が納得したように言った。

「なるほど、お姉さんのポケモンだったんだ。どうりで他のポケモン達と違って、連れていくのに手こずると思ったよ」
「よーく見とけよ配達屋。これがトレーナーをよく信頼している目だ。てめえのポケモンと違ってな」
「……………………っ」

ジュウモンジの嫌味に、俺はリオルの入ったボールを握りしめる。反論できないでいる自分に悔しさが込み上げた。
俺は話をそらし、挑発交じりの言葉をジュウモンジに投げかける。

「じゃあ、そろそろ他のポケモンも返してくれないか」
「そいつは出来ねーな」

俺の言葉に、呆れたような白けたような態度を示すジュウモンジ。俺は声色を変えて、奴を見据えたまま問いかけた。

「一応聞くが、なんでだ」

俺の問いに、奴は遠回りに述べた。

「そもそもの前提として、俺ら<シザークロス>が盗むポケモンは、トレーナーと仲のいいポケモンじゃねえ。その真逆だよ配達屋」
「トレーナーとの関係が悪いポケモン、か。具体的には?」
「環境が最悪な所で無理やり労働力として使役させてたり、愛玩道具として売られるためだけに育てられているポケモンだったり……てめえが邪魔してきた中には、そういう奴らのポケモンもいたってことだぜ」
「それがどうした。それも人とポケモンとの関係の一つの在り様だ。それに、そうじゃないポケモンもいたんだろう? お前ら<シザークロス>の価値観だけで、奪うことを正当化するな」
「確かに、俺らの行動は正義と呼べるものじゃねえ。人とポケモンのそういう関係が、世の中では当たり前だと認められていることも解る。だからといって、てめえの理屈だけでも、<シザークロス>という存在を悪だと断定するなよ」

話がそれたな、と奴は押し問答を区切る。どうやらまだ俺の問いに答える気があるらしい。

「さて、本題だ。そこのお嬢さんのポケモンは信頼しあっているから返したが……こいつらの場合、トレーナーとの関係がどうこう以前の問題だ」
「どういう意味なんですか? トレーナーとの今の関係が悪くても、これから仲良くなる……ってことは難しいのかな?」

ドーブルを抱えたヨアケが、ジュウモンジに尋ねる。ジュウモンジは目を伏せて首を横に振った。

「それが出来るのならば、こいつらはここに大人しく居ないだろうさ。ヨアケ・アサヒはあの屋敷に集められたポケモン達がどういう奴らか、知っているんじゃねえか?」
「あ……」

何かに気付いたヨアケに、俺は問いただす。

「何か知っているのか、ヨアケ」
「ポケモン屋敷のお嬢さんに聞いたんだけど、屋敷の主は、“行き場のないポケモン”をトレーナーから引き取っていたって……」

トレーナーがいるのに、行き場がない……だと?

「つまりトレーナーに手放されたポケモンを引き取って、庭で育てていたということか?」

ジュウモンジに代わり、赤毛の少女が俺の結論を肯定する。

「正解。そして――――」

赤毛の少女は息を大きく吸ったあと、天井を仰ぎ見ながら区切った言葉の続きを言った。

「――――そして、育てきれなくなった」



*****************

「育てるのにお金が足りなくなった主は悩んでいた。人から引き取ったポケモンを逃がすわけにもいかない。主にも今まで築き上げた体裁があるからね。そこであたし達に依頼が入ったんだよ」
「盗まれたのならば、責任問題はあるが、今まで主のしてきた行為という結果は残るからか?」

俺の問いに赤毛の少女は頷き、あっけらかんとした態度で続きを言う。

「そう。といっても盗まれたこと自体を責める人は少なかったと思うよ。だって、もとはといえば、トレーナーから手放されたポケモンだもん……あいたっ!」

ジュウモンジから、頭部に拳骨をもらう赤毛の少女。ジュウモンジが短く少女に吐き捨てた。

「しゃべり過ぎだ」
「ゴメンなさい……」

頭をさすりながらしゅん、と落ち込む赤毛の少女を横に置いて、ジュウモンジは話を締めくくる。

「とにかくだ、こいつらには帰る場所がねえ。だから、俺ら<シザークロス>が責任をもって新しいおやに届ける。だからいいか、手を出すんじゃねえぞ配達屋」

だから、を二度言われても、手を出すな、と言われても俺が引き下がらないのは、ジュウモンジも承知の上だったのだろう。だからあいつは腰のモンスターボールに手をかけていたのだと、思う。
俺もモンスターボールに手をかける。
バトルになる前に、もう一言だけ反論を言おうと思った。
けれども、ジュウモンジに食い下がったのは、俺ではなくヨアケだった。

「でも、たとえ帰る場所がない……かもしれなくても、みんながみんな、新しいパートナーを望んでいるわけじゃあないと思うんだ。あのポケモン屋敷に残りたい子だって、いると思う」
「……だったら、試してみるか」

そんなことを言ってから、ボールから手を放し、トラックの方へ歩み寄るジュウモンジ。

「お、親分……?!」
「流石にそれは……!」

制止しようとしたメンバーに構わずにジュウモンジは次々とトラックの後ろ扉を開けていった。何事か、とトラックの外を眺めるポケモン達にジュウモンジは言い放つ。

「おい、帰りたい奴は帰っていいぞ」

<シザークロス>の面々は冷や汗を流していた。ヨアケが息をのむ音が聞こえる。俺もつられて生唾をのみ込んだ。
互いに顔を見合わせるポケモン達。しかし、一匹としてトラックを降りようとするポケモンはいなかった。
ジュウモンジがこちらを振り向いて冷たく言い放つ。

「……帰りたくないってさ」
「本当にそれでいいの?」

ヨアケがポケモン達に尋ねる。ポケモン達は互いを見合った後、うつむき、静かに頷いた。

俺達はそれ以上、何も言えなかった。

そうして俺は、初めてあいつらから背を向けることになる。
屈辱、とは違う、得体のしれない感情が俺の中で渦巻いていた。


*******************


<シザークロス>の小屋を後にした俺とヨアケは、とりあえずポケモン屋敷に向かうことにした。気が付いたら日が傾き始めていた。
渦巻いている感情の正体が分からずに、悶々としたまま俺はバイクを走らせる。デリバードに乗ったヨアケも、黙ったまま俺の隣を飛んでいた。

「なあ、ヨアケ」
「なあに、ビー君」

ヨアケがこちらに振り向く。俺は、バラバラになった言の葉をかき集めて、ヨアケに伝える。

「……あいつら、あれで本当に幸せになれると思うか?」

考えて考えて、ようやく出たのが、この疑問だった。
こんなことを、ヨアケに聞いても仕方がないというのに、俺は彼女に答えを求めていた。それが情けなくて、仕方がない。
ヨアケは前を向いて、俺の顔を見ないで返答した。

「分からない。けど難しいんじゃないかな」
「難しい、か……」
「確かに愛してくれるパートナーに巡り会えたら、幸せにはなれると思うよ。でも……」
「でも、なんだ?」
「でも、どんなに仲が悪くたっても、一瞬だけだったとしても、相棒だった存在を忘れることなんて、出来ないんじゃないかな」
「…………」
押し黙る俺に対し、ヨアケは口元を歪めて、「いわゆる呪い、みたいなものだね」と、遠くの空を眺めながら言った。
会話は、そこで途切れた。


*******************



道路をひたすらまっすぐ走ると、荒野のはずれに、それなりに立派な屋敷が見えた。
かつてはポケモン屋敷と呼ばれていた、屋敷。これから先、この屋敷がポケモン屋敷という愛称で呼ばれることはなくなるのだろう。
屋敷の門に、一人の女性が暗い面持ちで佇んでいた。
彼女はヨアケの姿を見つけると、ほんの少しだけ表情を明るくさせる。
それから声を振り絞り、ヨアケの名前を呼んだ。

「アサヒさん!」
「あ、お嬢さーん!」
「ご無事だったのですね……良かった……!」

胸をなでおろし、安堵する屋敷のお嬢様。ヨアケがポケモントレーナーとはいえ、あのごろつき連中にたった一人で追いかけていったのだから、心配したのだろう。
パタパタと彼女は俺らに歩み寄った。

「アサヒさん。ドーブルは、取り戻せましたか?」
「はい、私のポケモンは返してもらえました。でも……屋敷のポケモンは……」
「そう、 ですか……追いかけて下さり、ありがとうございました」

アサヒにお礼を言う彼女。その表情は、憂いを帯びていた。
彼女と俺の視線が合う。戸惑いながらも見下ろす彼女が、しどろもどろに言葉を紡ぐ。

「えっと、こちらの方は……」
「どうも、配達屋です。お届けに上がりました」
「え、配達屋さん……?」
「……配達屋です」

外見の問題で、そう見られないことはよくある。そのことについては、いちいち気にしないことにしている。
俺はサイドカーに積んでいた小包を持ち上げ、彼女に手渡す。
それから受け取り表にサインを求めた。

「サインをこちらにお願いします」

達筆な字でサインを描いた後、彼女は両手に持った小包をじっと見て、呆けたように沈黙した。

「どうしたんですか、お嬢さん?」

ヨアケが彼女の顔を覗き込む。
ヨアケと俺がじっと見つめているのにようやく気が付いた彼女は、「すみません」とこぼしてから、投げられた言葉に対し、躊躇いを見せた後、意を決して思っていたことを話してくれた。

「……この中身は、あの子達へのプレゼントだったんです」
「プレ、ゼント……?」

疑問符を浮かべるヨアケに、彼女は寂しげに相槌を挟む。そして、嘆く。

「はい。あの子たちに何かしてあげたくて、私が注文したんです……もう、プレゼントしてあげることは、叶わないのですけれどね」

そう言って、お嬢様が包のふたを開け、中身を俺らに見せる。
それを見て、ヨアケが動きを止めた。俺も、思わず中身を凝視してしまった。
そんな俺らの様子に気づいていないのか、彼女は話を切り上げ、別の話題へと移す。

「アサヒさんに謝らなければならないことと、お話ししなければならないことがあります。あのポケモン達についてですが……」

動きを止めていたヨアケが口を開き、彼女の話に割って入った。

「ある程度のことは、あの人達<シザークロス>さんから聞きました。ポケモン達をこのお屋敷で育てることが難しくなったから、<シザークロス>さんに引き取ってもらったんですよね?」
「ええ……既に、存じ上げていたのですね。その通りです。実は私、そのことをつい先ほど祖父から聞かされました。いくら知らなかったとはいえ、アサヒさんのポケモンを巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」

頭を下げる彼女。
彼女に対し、ヨアケは柔らかい面持ちで首を横に振る。

「気にしないでください。ドルくんは無事だったわけですし……それに」

言葉を区切り、ヨアケは俺を見る。
俺の目を、ヨアケは見た。

ヨアケが考えていることは、ある程度だが察しがついていた。
俺も例のプレゼントを見て、同じことを考えていたからだ。
しかし、それをするということはどんな裏目に出るかわからないことである。
だから俺は言い出せずに悩んでいた。
それくらいのことは、ヨアケもおそらく解っているはずだ。と思う。
だが、ヨアケは躊躇なく彼女に提案する。
ヨアケは迷わず、踏み出す。

そして俺にも、一歩前に歩みだすことを促した。

「今、私に謝ることよりも、もっと大事なことがあると思います。だよね、ビー君?」

差しのべられたその手に
引き寄せられるような誘いに、
俺は腹をくくって、乗った。

「お嬢様」
「はい」
「その荷物、今すぐ梱包し直して、俺に預けてもらえませんか?」
「?」

何を言われているのか分からずにいる依頼主に、俺は精一杯、言える限りの言葉を尽くして言い切った。

「その贈り物を、本当の受け取り相手に――俺が届けてきます」


*****************

開け放たれた窓から入る、黄昏のオレンジ色の明かりだけが、その一室を照らしていた。
部屋の両脇には大きな本棚が設置されている。本棚にはポケモンに関する本が隙間なく入れられていた。
中央にはブラウンの絨毯が敷かれ、その真ん中にはシックなローテーブルが鎮座している。
二人の男が、テーブルを挟んで置かれた黒のソファに各々座り、向き合っていた。

男の一人、グレーのスーツを身に纏った初老の、このポケモン屋敷と呼ばれていた屋敷の主は、いまいち焦点の定まってない目で虚空を見つめ、懺悔する。

「私はね、本当はあのポケモン達を見ているのが、辛かったんですよ」

どこかかすれた、だが声量のある声で主は言う。

「私が引き取ったポケモン達は皆、必ずといっても良いぐらい待っていたんです。待ち続けたんですよ。もう来るはずのないおやが、自分を迎えに来ることを」

主は両手で目を覆う。

「私は彼らのそういう感情に気づきながら、目を反らし続けていました。彼らがだんだんと自分達が置かれている現状を飲み込んでいく過程を、いつものことだと、時間が経てば慣れるだろうと流していました――そして、私は彼らと最後まで向き合いませんでした」

主はそう、嗚咽にも聞こえるような声で、吐き出した。
懺悔を黙って聞いていた黒スーツを着こなした男が、口を開く。

「どうして貴方は、トレーナーからポケモンを引き取ろうとし始めたのですか」

黒スーツの男の言葉に、主は反射的に答える。

「孫娘のためです」

主は目を抑えていた手を離し、その手の平を見つめる。手は主の意図しない方向に、震えていた。

「孫娘は今でこそ違いますが、幼い頃は人見知りの激しい子でした。ですが、ポケモンにだけは心を開いたのです。だから私はポケモンを集めました。両親のいないあの子に、寂しい思いをさせないためにも。ですが、私は親が帰ってこないというあの子と同じ苦しみを、ポケモン達にも与えさせてしまっていたのでしょう」

震える手を固く固く握りしめた主は、黒スーツの男の方を見る。

「もし私にお金があったにしろ、私はあのポケモン達を幸せにはしてやるおやにはなれない。たとえポケモン達と仲良くしていたあの子にも、それは難しい。それに、このまま貧しい思いを一緒にさせるわけにもいかない……貴方達の助言があってこそ、ようやく踏み切ることが出来ました。改めてありがとうございます――<ダスク>さん」

黒スーツの男は短く「礼には及びません」と言い、ソファから立ち上がる。
そして腰につけたモンスターボールの一つを取り外し、ポケモンを出した。
ボールから出てきたのは白いドレスを身にまとった女性のような姿のポケモン、サーナイト。
黒スーツの男が『テレポート』を使って、この場から離れることを察した主は、咄嗟に男の袖を掴んでいた。

「行かれるのですね……最後に一つだけ、いいでしょうか?」
「……どうぞ」

主は尋ねた。がくがくと、恐れるように唇と腕を震わせながら。

「私は、間違っていませんよね……?」

黒スーツの男は、無表情のまま、主の懇願に応えた。

「貴方は賢明な判断をした。それは私達が保証します」

主の手から震えが消え、袖から手を放す。
次の瞬間には、立ち尽くす主だけが、宵闇迫る部屋の中にただ一人取り残されていた。
黄昏の光に誘われるように、ふと主は窓の外を見る。
窓の外にはポケモン達が暮らしていた庭が広がっていた。
静かになった庭を眺めて主は思う。

この庭は、こんなにも広かったのか。と。



*****************


俺のポケモンが奪われたのは奴らで二度目だった。
繰り返すがつまり、<シザークロス>が初めてではないということになる。
その前に一度、俺は手持ちポケモンを失っている。
失ってしまったのは、俺の大切な相棒――ラルトス。内気だが、心優しい奴だった。
俺から相棒を、ラルトスを奪ったのは、“闇”だった。
いきなり“闇”などと言われても、何を言っているのかよくわからないと思うかもしれない。だがそうとしかいいようがない抽象的な存在であった。

かつて王国を襲った、王国を壊滅状態にまで追い込んだ巨大な規模の神隠し。
その神隠しが起こった瞬間、ヒンメル地方全体が闇に覆われていたことから“闇隠し”という呼び名がつけられている。それに、俺のラルトスは巻き込まれた。
何年経っても彼らの消息は分からない。生存している可能性は絶望的と言われている。
それでも俺は、信じている。
ラルトスが無事だと、今も信じ続けている。


再び<シザークロス>の小屋についた頃には、もう日は暮れていた。
俺は臆さずに正面から堂々と小屋に乗り込もうとする。だが、入口にジュウモンジ率いる<シザークロス>達が立ち塞がった。
ジュウモンジが俺に対し、門前払いの構えをとる。

「何しに来た、配達屋」
「“何しに”って、決まってるだろ」

俺はミラーシェードを外して、ジュウモンジの三白眼を睨む。
そして頭を垂れて定型句を口にした。

「お届けに、上がりました」
「……届け物、だとぉ?」

疑問符を掲げたジュウモンジに赤毛の少女が、「惑わされないように」と言葉を添える。

「きっとまた、取り返しに来たんだよ親分! あのポケモン達にもうおやはいないのに……」
「それはどうかな」

咄嗟に低い声で、俺は彼女の言葉を否定してしまう。赤毛の少女が俺の声に強張ってしまったので、言葉を選び直した。

「……今回は本当に届け物だけだ」
「そう言われても、怪しいよ」

俺の言葉に訝しげな反応をする赤毛の少女。ジュウモンジも警戒を怠らない。

「今まで何度もてめえには邪魔されてるからな。届け物なら今ここで受け取って開けさせてもらう。だから中には入れさせねえ」

ジュウモンジは断固としてポケモン達に俺を近づけさせないつもりのようだ。
……本来ならば、ポケモン達の預かり主である奴らにこの届け物を渡してもいいのだろう。
しかし万が一の事を考えると、ここで引くわけにはいかない。

「この贈り物はお前らじゃなくてあのポケモン達に向けてのものだ。依頼主にもそう注文されている。だから直接手渡したい」
「依頼主ってーと、あの屋敷の関係者か? 手放したポケモンに今更何をしようってんだか、ダメだダメだ」

手の甲をひらひらと見せながらあくまでも門前払いをしようとするジュウモンジ。
俺がじわりと奴らに滲み寄ろうとすると、背後から声がした。

「待って!」

声の主はヨアケだった。俺は彼女の姿を認識すると、軽く憤りを覚え、怒鳴る。

「ヨアケ……? なんでついてきた! お嬢様と一緒に待っていろと言っただろ!」

俺が憤っているのに対し、ヨアケは不機嫌そうに言った。仁王立ちをして、言った。

「それをポケモン達に渡すのを提案したのは私なんだよ? 言った言葉の責任くらい、取らせてよ」
「しかしなあ……!」

ヨアケに反論をしようと身構える俺にジュウモンジは、奴特有の三白眼から冷めた視線を俺たちに送り、つっこむ。

「おい、痴話げんかすんなら帰れよてめえら」
「「痴話げんかじゃない!」」

俺とヨアケの声がダブる。変な気まずさが俺の中に残る。なんだこの状況は。
俺に比べ、ヨアケの立ち直りは早かった。ヨアケは咳払いを一つして、気を取り直してジュウモンジに提案する。
それは、かなり突拍子もないことだった。

「こほん、話は聞きましたジュウモンジさん。それじゃあ、私を、私達を人質に取ってください」

「………………は?」

誰かがそう言った。
誰が言ったのかまでは把握しきれなかったが、その一言がこの場にいるほぼすべての奴らの総意だったに違いないと俺は思った。
俺らの間に沈黙が流れる。<シザークロス>の面々がポカンとしている。ジュウモンジにいたっては苦笑いを浮かべフリーズしている。
そんな中でもヨアケは、どこから湧いてくるのか分からない自信に満ちた表情をしていたので、俺はヨアケに耳打ちをした。

「お、おいヨアケ。何を言っている」
「何って、提案だけど」

それは提案と言えるのか? と疑問符を浮かべていたら、ヨアケがジュウモンジに重ねるように言葉をかけていた。

「ビー……えっとビドー君は私達を見捨ててまで、ポケモン達を連れて行こうとするように思えますか? ……ちゃんと言えた」

ヨアケ本人としては内心でガッツポーズを決めるくらい、上手い考えだと思っていたのだろう。
その一方で、ジュウモンジは頭を抱えていた。俺も頭が痛い。初めて奴と意見が一致した瞬間だったのかもしれない。
こめかみを抑えながらジュウモンジは怒りの混じった表情で俺達を叱責した。

「人質なんかいらねぇよ。女が人質とか、簡単に口にしてんじゃねぇし、配達屋も言わせてんじゃねぇぞコラ」
「ごもっとも……」
「……ごめんなさい」

しょんぼりとへこむヨアケの隣で、俺は考えていた。このままでは埒が明かない、と。

「どうすればいい」
「カッ、てめえで考えろ。土下座でもなんでも、いくらでも手段があるだろ?」

苦し紛れに場を繋ごうとする俺に、ジュウモンジは挑発を仕掛ける。
ここで挑発に乗ってしまったら水泡に帰す。かといって下手に出続けたら、いいようにあしらわれるだけだ。
俺の視線の先には、奴らの向こう側にはトラックが見える。その中にいるポケモン達の姿は見えないままだ。
思い出せ。
俺は何をしにここへ来たのか。
思い出せ。
俺が何のためにここに来たのか。
思い出せ!

外していたミラーシェードをかけ直し、俺はモンスターボールを手に取り、その腕をジュウモンジへと突き出して言った。

「じゃあ、俺とバトルしてくれ。シングルバトルの1対1でだ」

ジュウモンジが一瞬だけ三白眼の眉を緩めて、それから口元に獰猛な笑みを浮かべる。

「てめえが勝った時と、俺が勝った時の条件は?」

乗ってきた。
いや、奴は待っていたのかもしれない。俺が賭けに出ざるを得ない状況を。

「こちらが勝利した場合、ポケモン達に届け物を贈らせてもらう。ポケモン達をそれ以上どうこうするつもりはない」
「ほう、それだけでいいのか配達屋?」
「ああ、構わない。そして、そちらが勝利した場合は、俺は今の仕事を止めて、<シザークロス>に入る。こき使ってくれ」

<シザークロス>の面々がざわつく。しかしそれはジュウモンジの制止によってすぐに静まった。
ジュウモンジが自らのモンスターボールを手にかけ、俺に向けてモンスターボールごと腕を突き出す。

「てめえなんかお断りだ。って言いてえところだけどよ……いいぜ、その条件でバトルしてやる」
「……感謝する」
「いらねぇよ、そんな上っ面の言葉。ただし、てめえのポケモンを指定させてもらうからな」
「どのポケモンだ」

肩を竦める俺に、奴は即答した。

「リオル」

……やはり、そうきたか。
俺が口をつぐむと、奴は勢いに乗って俺にまくしたてる。

「配達屋。お前がその仕事に覚悟……いんや、意地を持っているのは解った。だけどよ、お前は自分の力だけで仕事をこなしていると勘違いしているんじゃないか?」

そんなつもりはない。

「お前が野生のポケモンや賊に襲われた時、助けてくれるのは誰だ? お前が一人では持てない荷物を運ぶのを、手伝ってくれるのは誰だ?」

そんなの、ちゃんと認識している。

「俺は何度もお前と戦っているから知っている。てめえは、手持ちのポケモンにねぎらいの言葉を掛けない。その証拠が、そのリオルだ」

そんなこと、言われなくても解っている。

大きく息を吸って、吐き出す。頭を冷やして、ジュウモンジを睨みつける。

「言いたいことは、それだけか? さっさと勝負を始めよう」

ジュウモンジは「余計なことを言ったな」と言ってから、今までで一番鋭い視線を俺に向けた。そして宣言する。

「ああ、そのてめえのねじ曲がった根性、叩き直してやるぜ」



*****************


ビドーとヨアケがポケモン屋敷から<シザークロス>の拠点に向かっていた頃、荒野のど真ん中で伸びていた下っ端の男とクサイハナは意識を回復させていた。
目覚めた男の瞳にまず映った光景は夜空だった。星に照らされた程よい暗闇の中、彼は自分がなぜ仰向けになっているのかを思い出していく。
それから、自分とクサイハナが金髪の追跡者の攻撃によって気を失ってしまったことを思いだし、男は己の相棒の安否を確認するべく起き上がった。
クサイハナは男のすぐ脇に立っており、心配そうに男を見守っていた。その姿を見つけて安堵した彼の涙腺は緩む。

「クサイハナ……大丈夫かっ!」

涙目ながらも微笑み、思い切り首を縦に振り、男に応えるクサイハナ。トレーナーを慕うそのクサイハナの健気さに、彼は心を打たれ号泣した。

「うおおおクサイハナああああ……!!」

そしてしばらく抱き合った後、下っ端である男は拠点へ向かうべくバイクを走らせる。

「お頭達、無事にアジトに帰れただろうか。いや、心配するまでもねぇよな」

クサイハナも、大丈夫だと言わんとばかりに鳴き声を上げた。
だがしかし、男の不安は、的中してしまうことになる。

「これは一体どういう状況だ……?」

男の目に入ってきたのは明りだった。建物の外に目立つ光源があったので、男は疑問に思う。
それに、拠点の前に人だかりができていた。
人だかりは、ほとんどが見知った<シザークロス>の面々で、二人の人物を取り囲むように、集まっている。
男の仲間の手持ちの、バルビードやモルフォンといったポケモン達が、『フラッシュ』で中心を照らしていた。
中心にいる人物の片方は背の高い、顔に十字傷のある男。下っ端の男のよく知るお頭ジュウモンジ。
もう一人の方を確認しようとすると、隣から聞き覚えがない声に呼ばれた。

「あっ、先程はどうもー」

その間延びした声の主は、長い金髪の女性――昼間、男達<シザークロス>を追いかけていたヨアケ・アサヒのものだった。
目を丸くするクサイハナに気付かず、男はヨアケの態度につられて返事をしてしまう。

「いやはや、こちらこそ先程は……って、何でここに居るんだよっ!」

ノリツッコミを入れる男に対し、ヨアケは人だかりの中心を指さして、説明する。

「それはですね、彼の案内でここまでたどり着けたんですよ」

指し示された方へ目をやると、ジュウモンジと向かい合っている相手に行き着く。その群青の髪の少年を視認して、男とクサイハナは口をあんぐりさせた。

「げ、配達屋……! あんた、奴の知り合いだったのか」
「知り合ったのはついさっきなんですけれどね」
「あ、そうなのか。つーか、俺が寝てる間に何が起こったんだ? 何でタイマン勝負をしようとしてんだよ?」

状況を尋ねる男に対して、ヨアケは少し考える素振りを見せた後、

「うーん、と……私にもよくわからないです。はい」

と言った。ガクッとうなだれる下っ端。そんな彼の様子を見てヨアケは補足した。

「ただ、お互いに妥協出来ない、譲れないモノがあるから、闘うんじゃないかなと思います」

ヨアケの言葉に、男とクサイハナは首をひねる。

「……すまん、抽象的でよくわからん」
「あはは、ごめんなさい」

以心伝心な彼らの様子に、ヨアケは口元を綻ばせて軽く謝った。
そんな中、赤毛の少女が彼らを見つけて、声をかける。

「あ、戻ってたんだ」
「おう」
「あ……心配してたんだよっ!」
「あ……ってなんだよ。あと前半のくだりだけだと忘れ去られていたように聞こえるのは俺の気のせいか?」
「気のせい気のせい」
「ホントかあ〜?」
「ほら、始まるから黙って!」

少女は、疑る彼らを抑止し、注意をジュウモンジとビドーに向けさせた。
すっかり日も暮れた中、心地よい夜風が彼らを包む。
今、男と男の意地をぶつけ合う闘いが、始まろうとしている……


*****************


俺とジュウモンジは、それぞれのモンスターボールからポケモンを繰り出す。

「出番だ、ハッサム!」
「リオル!」

奴が出してきたのは、赤いフォルムが特徴的な鋼・虫タイプのポケモン、ハッサム。ジュウモンジのハッサムは、奴ら<シザークロス>の代名詞のようなポケモンだ。
一方俺が出したのは格闘タイプの青くて小柄なポケモン、リオル。
レベル的にはもうとっくにルカリオへ進化していてもおかしくないのだが、何故か進化しないままである。
リオルは俺の顔を見るなり、何の用だ、とでも言うがごとく睨みを利かせ、それからそっぽを向いた。

「リオル」

俺はもう一度、その青い背中に呼びかける。
先程のジュウモンジの言葉に、何も感じなかったわけではなかった
俺だって、リオル達とちゃんとした信頼関係を築けているとは思わない。
正直、こいつらとどう向き合っていいのか分からない。
だが分からないからって諦めてしまうことが、いけないことも分かっている。
分かっては、いるんだ。

「頼む」

かすれるような声で、俺はリオルに言う。今の俺にはこれが限界だった。
リオルの耳が、一回ピクリと動く。
こちらを振り向いてくれるわけでもない。了承してくれたのかは判らない。
でも、今の俺はリオルに託すことしか出来なかった。

「それじゃあ、このコインが地面に落ちたらバトル開始だ。いいな」
「ああ」

俺の了承を得てから、ジュウモンジが指でコインを弾く。
コインは夜空にきらりと輝いて、回転しながら落下していく。
そして、地面に接触した瞬間、ほぼ同時にお互いが指示を出していた。

「『バレットパンチ』!」
「『でんこうせっか』!」

まずは両者、先制技同士の対決。指示のスピードは、ジュウモンジが俺を上回る。
弾丸のごとく飛んでくるハッサムの拳。
リオルはスピードと小柄な体を生かし、かわし、いなして懐へ体当たりを入れた。
しかし、リオルの攻撃をものともしないハッサム。
やはり、並の攻撃では通じない。
ならば、格闘技を畳みかけさせる。

「『けたぐり』!」
「おっと、そうはいかねえぜ!」

ハッサムがその場でジャンプして、『けたぐり』を器用にかわす。

「そのまま懐へ『はっけい』!」
「させるか!」

着地の瞬間を狙い強打を入れるべく、俺はリオルに『はっけい』を指示する。
再び懐を狙おうとするが、流れる動作で放たれるハッサムの足払いがそれを邪魔する。

「ジャンプ!」

俺とリオルは方針を変え、飛び上がって空中から『はっけい』の波動でダメージを狙おうとした。
だが、その目論見は奴の掛け声によって崩れ去る。

「それを待ってたぜ! 追撃だハッサム、『ダブルアタック』!」

その指示で俺は、足払いは『ダブルアタック』の一撃目だったことに気付く。
間髪入れずに飛んできた二撃目の鋏を、空中のリオルはかわしきれない。
ハッサムの鋏はリオルの尾を捕らえた。

「上へ投げ飛ばせ!!」
「くっ……!」

尾を掴んだハッサムは、リオルを振り回し、勢いをつけて思い切り上空へと投げ飛ばす。
夜空に放り出されたリオルに、さらに追撃の指示をハッサムへと出すジュウモンジ。

「一気に押し切るぞ! 『エアスラッシュ』!」
「『きあいだま』で相殺しろ!」

フィールドの空気が風となり、ハッサムに集まっていく。
リオルは空中で体勢を立て直して両手にエネルギーをチャージした。
そして放たれ、衝突する両者の技。
ぶつかり合った瞬間は切迫していたが、空気の刃が、エネルギー弾を切り裂いた。
強烈な『エアスラッシュ』が、リオルに襲い掛かる。
咄嗟に腕を交差し、ガードしても防ぎきれない。

「リオル!!」

リオルは吹き飛ばされ、背中から荒野の大地に叩きつけられた。
弱点の技をまともに食らってしまい、大ダメージが残るリオル。
それでもリオルは、足をよろつかせながらも立ち上がろうとする。しかし、なかなか上手くいかない。
ハッサムが、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
ジュウモンジが、ゆっくりとこちらに語りかけてくる。
まるで、勝負は決したと言わんばかりに。

「配達屋」
「……なんだ」
「てめえが勝って配達を完遂しても、俺らの仲間になっても……どちらに転んでも、その贈り物をポケモン達に届けられるって寸法なんだろ?」
「……ああ」
「だったら、これ以上無理する必要は、無理を強いる必要はねえんじゃねーか?」
「…………」

ハッサムがリオルの目の前まで辿り着き、リオルを見下ろす。
俺が拳を握ると、どこからともなく、声が聞こえた。

「ビー君! ポケモンが諦めてないのに、トレーナーが諦めちゃダメだよ!」

声の主は、見なくても誰か分かった。
そいつへの悪態交じりに、俺はリオルへ声をかける。

「諦めてないさ。だから、もう少しだけ協力してくれ」

リオルは小さくだけれども、頷いてくれた。頼もしい頷きだった。

「そうかよ。そんじゃ、楽にしてやんなハッサム――『シザークロス』!!」

ジュウモンジとハッサムは、決め技でケリをつけようとする。
大技を仕掛けようとするハッサム。
奴らの油断は、十分に誘った。
その両腕を大きく振りかざすモーションを
俺とリオルは待っていた。

「地面に『はっけい』!」

リオルの放った攻撃が、フィールドを崩す。
足場を崩されたハッサムの両鋏がリオルの横を通過する。
ハッサムは咄嗟に体制を整えようとしてその場で踏ん張ろうとした。
その動作のおかげで隙が出来る。

短く、速く、丁寧に、
がら空きになったハッサムの足元に
決めてやれリオル

「『けたぐり』」

ジュウモンジが目を見開く。
俺はミラーシェードを調整した。
ハッサムはバランスを崩し、前面に倒れてしまう。
その隙にリオルはハッサムの背に飛び乗る。
今度こそハッサムは、逃げられない。
決着の瞬間だった。

「『はっけい』!!」

辺りに俺の掛け声とリオルの攻撃音が、鳴り響いた。


*****************


リオルの攻撃を受けたハッサムは、目を回して気絶していた。

「……すまねぇハッサム。よくやってくれた」

戦闘続行不可能となったハッサムに、ジュウモンジはフィールドに足を入れて近づき、言葉を投げかける。
ハッサムの頭を一撫でしてから、モンスターボールに戻した。

「リオル、戻って休んでくれ」

俺もリオルをモンスターボールに戻そうとしたところで、ジュウモンジに呼び止められた。

「おい」
「なんだ、俺達の勝ちだが……」
「そうじゃねぇだろ」

ジュウモンジが不満に思うのは、勝ち負けの事ではないようである。
何に対して文句があるのか、というのは理解していた。
渋る俺に対し、ヨアケがジュウモンジに加勢する。

「ジュウモンジさんの言う通りだよ。ちゃんと、言葉にしないと伝わらないよ?」
「そうだよ、リオルは待ってるよ!」

「そうだそうだ」と赤毛の少女の言葉に俺とリオルを除いた一同が同意する。こんなところで意気投合すんなよ。
周囲の視線をいっぺんに浴びて、俺は若干怯んだ。

ポケモンに声をかけて、ねぎらう。
それは、他人にとっては簡単なことかもしれない。
だが、俺にとってはどうやら難しいことのようである。
どうしてそんな、当たり前のことがしんどいのか解らない。
けど、そういう事は、他人に促されてするものではないのは、知っているつもりだった。
だったら、言われる前にやれ、とは思うが……

「……………………ありがとう、リオル」

結局、小声で無愛想な感謝の仕方になってしまう。
リオルはフンと鼻を鳴らし、そっぽ向いた。

「声が小さいが、まあいいか」

奴らの許しを受けて、俺は視線から解放される。何だか腑に落ちない流れだった。
リオルをモンスターボールに戻すと、ジュウモンジ達が、拠点の入り口からどいた。

「ほらよ、通りな配達屋。届けるんだろう、荷物を」
「ああ……そうだ、ヨアケ、手伝ってくれないか?」
「うん、いいよ」

俺に続き、ヨアケも建物内に入ろうとし、ジュウモンジに確認をとる。

「私も入っていいですか?」
「構わねえよ。だが、やらないとは思うが、暴れたらつまみ出すからな」
「ありがとうございます」

二人とも許可が下り、中へ入った。
<シザークロス>の奴らにも手伝ってもらいながら、ポケモン達をトラックから降ろしていく。
全部で二十数体のポケモン達が集まった。
俺はわざわざ彼女に梱包し直してもらった小包を、ポケモン達の代わりに開ける。
それから、中にあった贈り物を取り出した。

「あのお屋敷のお嬢様からのプレゼントです」

そして、俺は静かに、贈り物に添えられた小さな用紙を読み上げる。

「“ケロマツの『マツ』様へ”」

ポケモン達の中にいた一体のケロマツが、反応する。
こちらへやってきたケロマツの首に、贈り物である黄色いスカーフを巻いてやった。
呆けたように巻かれたスカーフを見つめるケロマツ。
ふと、ケロマツの目から滴がこぼれ始めた。
ケロマツを心配して、ポッポが駆け寄る。そのポッポの名前も、俺は呼ぶ。

「“ポッポの『からあげ』様へ”」

ポッポが目を見開いて、こちらを見る。食わないから、警戒するなって。
恐る恐る近づいてきたポッポの首にも黄色いスカーフを掛けてやる。
スカーフを身に着けたポッポは、しおらしくその身をスカーフに委ねる。
二体の悲しげな様子に、ホルードが怒りを表しながら、俺の元へ歩み出てきた。仲間思いな奴なのだろう。
次に俺はホルードの名前を言った。

「“ホルードの『これはヒドイ』様へ” ……ってなんだよおやのお前こそ酷いだろうがっ」

自分がそんな名前つけられたら嫌だろうに、このようなニックネームをポケモンにつけるとは。
半ば同情しながらホルードにスカーフを渡そうとする。ホルードはスカーフに書かれた文字を見るなり、悲壮感溢れる表情をした。
ホルードは俺からスカーフをひったくり、投げ飛ばす。
床に落ちたスカーフをジュウモンジが手に取った。
ジュウモンジはスカーフの刺繍に気付き、目をやる。
それから奴は、俺に怒声を浴びせた。

「てめえ……逃がされたポケモンに、昔のおやの事をいつまでも引きずらせるつもりか!」

ジュウモンジがスカーフを俺に突き出す。スカーフにはポケモンの名前と共に、そのおやの名前も刺繍されていた。
ポケモン達は、自分達のおやのことを思い出して、今まで堪えていたものを堪え切れなくなってしまったのだろう。
懸念していた事態になってしまったということだ。
だが、想定内である。
俺はジュウモンジからスカーフをもぎ取り、そして先程の奴の発言に指摘をした。

「逃がされたんじゃなくて、引き受けたんだろ。勝手に逃がしてんじゃねーよ」

言葉を詰まらせるジュウモンジを置いておいて、俺はホルードへ向き直る。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに歪めるホルードの頭を撫で、語りかけた。

「帰る場所がなくても、帰りたい場所や相手がいて何が悪い。どうしてそう簡単に忘れられると思うんだ」

言い聞かせるように、なだめるように、遠く離れてしまった相棒に思いをはせながら俺はポケモン達に告げる。

「相手が大切な存在だったのならば尚更、忘れられなくても、いいんだ。引きずりたいだけ、引きずればいい。そうしながら、前に進んだっていいじゃないか」

ポケモン達は互いの顔を見合わせる。目を閉じて、考え込んでいるポケモンもいた。
しばらく経った後、一体、また一体と鳴き声で名乗り出て、スカーフをねだった。
ヨアケにも手伝ってもらい、全てのポケモン達にスカーフを届けることに成功する。渋っていたホルードも、最終的には耳にしっかりと装着していた。
こちらをじっと見つめるポケモン達にヨアケが締めくくりの言葉を贈る。

「名前はね、名付けたおやと名付けられた子の大切な繋がりであり、証だと思うんだ。だから、新たなパートナーに巡り合って、別の名前を名乗ることになっても、自分が持っていた唯一の宝物を忘れないでほしいな。それが、お嬢さんの願いでもあると思うから、ね」

頷く者もいれば、黙っている者、鳴き声で返事をする者など、各々違う反応を見せた。
これから先、こいつらには色んな道が待っているだろう。
それでも俺は、こいつらならば乗り越えられる気がした。
そう信じたかった。

「それじゃ、俺の仕事はここまでだ。お前らの幸運を願っている――達者でやれよ」

ポケモン達と<シザークロス>達の視線を感じながら、俺達は入口をくぐる。
最後に俺は一度だけ、奴の方へ振り向いた。

「後は任せたからな、ジュウモンジ」
「カッ、いちいち言われなくとも分かってんよ。配達屋ビドー」

頭を掻きながら、ジュウモンジも俺達に背を向け建物の中へと姿を歩き出す。
俺達も背を向けて、荒野を歩みだした。



赤毛の少女が、ふと疑問に思ったことをジュウモンジに尋ねる。

「そういや、ジュウモンジ親分の名前って、本名じゃないよね?」
「お頭の本名って何て言うんすか?」

クサイハナ使いの男も、便乗した。
他のメンバーも次々と聞き耳を立てる。
ジュウモンジは彼らの態度に呆れながら、はぐらかした。

「さあな、んなもん忘れちまったよ」


*****************


星空の下、俺はバイクを押しながらヨアケと荒野を歩いていた。バイクを走らせてもよかったのだが、なんとなく歩きたい気分だったのである。

「今日の所はあの屋敷に泊めてもらえると、助かるんだがな……」
「そうだね。報告も、したいしね……」

夜も遅くになっていたのと疲れのせいか、会話がなかなか発展しなかった。
それでも歩き続けていると、突然、ヨアケが足を止める。

「ヨアケ?」

彼女の表情は暗がりでよく見えなかった。
だが、とても真剣な表情をしているように、見えた。
この時、何故だか俺は、予感していた。
嫌な予感ではない。かといっていい予感でもない。
不思議な感覚だった。
さっき屋敷の前でした予想とも違う。
それと似ているけど、もっと大きな何かが動こうとしている、そんな予感だった。

彼女は俺の名前を呼んで、尋ねた。

「配達屋ビドー君。私達をある人の所へ届けてもらえませんか?」

俺はヨアケの申し出をざっくり切り捨てる。

「断る。生ものは取り扱っておりません」
「えー」
「あと、俺のバイクはタクシーじゃない」
「そうだよね……ゴメン」

がっくしと落ち込むヨアケ。その落ち込みようが半端じゃなかったので、俺は渋々ながらもヨアケに質問した。

「ちなみに、届け先はどこで相手は誰だったんだよ」
「届け先の場所はわからない。相手は私の……私のずっと、追いかけている相手」

ヨアケが胸に手を当てて、瞳を閉じる。
まるで、思い人の名を口にするかのように、ヨアケ・アサヒはその相手の名前を口にした。


「――――現在指名手配中の、“ヤミナベ・ユウヅキ”という男性、だよ」





                                     つづく


  [No.1510] 明け色のチェイサー 登場人物&用語集(七話目と短編その三まで 投稿者:空色代吉   投稿日:2016/02/06(Sat) 02:15:20   35clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

このページは明け色のチェイサーの登場人物&用語をまとめたものです(七話目と短編その三)終了までのネタバレを含んでいます。
※話数が進んでいくと更新されていきます。各話を読んでから読むことを推奨します。(更新日2020年9月3日



*登場人物*


 ☆主人公

◯ヨアケ・アサヒ 【21歳 女】(登場話数:1話〜)
本作の主人公の一人でヒロイン。ジョウト地方出身。長い金髪を毛先の方で二つに纏めている。碧眼。
ノースリーブの上着に黒のロングスカート。背は高め。
“<スバルポケモン研究センター>襲撃事件”もとい、“闇隠し事件”の容疑者で指名手配中のヤミナベ・ユウヅキという幼馴染みの男性を捜してヒンメル地方を奔走しているポケモントレーナー。
義賊団<シザークロス>に手持ちのドーブルを盗まれた際、配達屋ビドーと知り合う。そしてその後ユウヅキを捕まえるためにビドーと手を組み、相棒となる。
ビドーを「ビー君」と呼び、手持ちポケモンにもよく「〜くん、〜ちゃん」を使う。
過去にユウヅキと世界各地を旅をしていた。数年前一緒にヒンメル地方に来て“闇隠し事件”後にユウヅキとはぐれてからは<エレメンツ>に保護という名目の監視下に置かれていた。メンバーのソテツとは元師弟関係だった。
アサヒ本人は<エレメンツ>を家族のような存在と思うと同時に「赦されてはない」と思っている。その理由として“闇隠し事件”の時にギラティナにまつわる遺跡行ったという目撃者の証言があったのもあるが、さらに事件にギラティナが関与しているおそれがあると<スバルポケモン研究センター>のレイン所長に指摘されてからは、より強く感じている。
実際<エレメンツ>内ではソテツを含めアサヒを赦せないメンバーもいれば、そうでもないメンバーもいる。その両者ともに立場的には「赦さない」という方針を取っている。
実はヒンメル地方に初めてきたころの、ユウヅキとはぐれる前後の記憶がほぼない。カメラマン、ヨウコと出会っていたことも憶えていなかった。探偵ミケにユウヅキに記憶を奪われたのではないかと指摘されるも真相は闇の中である。その失われた記憶周りのことは、<エレメンツ>となるべく内密のするよう約束をしていた。
<スバル>の研究員アキラ(君)とは古い友人。定期的に連絡を取り合う。
王都【ソウキュウ】に新たに拠点となる部屋を借りる。
港町【ミョウジョウ】を訪れた際、心当たりのない火の海の中の幻覚を見る。それ以降も、少しづつその記憶を見る。アサヒ自身は、その中に出てくるブラウやクロといった名前を“英雄王ブラウの怪人クロイゼルング討伐”と関連しているのではと思っている。
レインに頼まれていた隕石の探索の件は、<エレメンツ>と共有した。

<エレメンツ>メンバーのデイジーに連絡を受け、<エレメンツ>の本拠地<エレメンツドーム>に赴く。そこでポケモンバトル大会でユウヅキを待ち受ける作戦を聞き、準備期間中特訓をした。
曲がる『れいとうビーム』を研究中、ソテツにアドバイスをもらう。
ビドーとは別行動だが、共に大会の賞品の隕石をユウヅキから守るために当日に臨む。
◇手持ち
・ドーブル♂(NN:ドル)・デリバード♂(NN:リバ)・パラセクト♂(NN:セツ)
・ラプラス♂(NN:ララ)・ギャラドス♂(NN:ドッスー)・グレイシア♀(NN:レイ)

◯ビドー・オリヴィエ 【18歳 男】(登場話数:1話〜)
本作のもう一人の主人公。ヒンメル地方出身。肩ぐらいまでの群青の髪。前髪が長い。強烈な光から目を守るために水色のミラーシェードをかけている。
グレーのロングコート装着。背は低め。
ヒンメル地方でサイドカー付バイクに乗って個人宅配業をしている青年。
荒野にて<シザークロス>を追いかけるヨアケ・アサヒと遭遇。しばしの同行ののち、アサヒをユウヅキの元に送り届けることを約束。相棒関係に。
“闇隠し事件”で相棒のラルトスをさらわれた過去を持ち、他人やポケモンと深く関わることを避けていたが、アサヒの叱咤によりリオルと向き合うように。何故か進化しないリオルだがビドーは少しづつ歩み寄ろうとしている。
ヨアケ・アサヒの事を「ヨアケ」と呼ぶ。NNはつけない派。
道中密猟者ハジメとの戦闘で窮地に立たされた所、自警団<エレメンツ>のソテツに助太刀される。その密漁騒動で知り合ったアキラ(ちゃん)にポロックメーカー一式を譲り受ける。きのみ栽培が趣味になった。
<エレメンツ>のトウギリに、波導の力の使い方を教わる。駆け出し波導使いになる。
<シザークロス>のジュウモンジが<ダスク>のハジメにケロマツのマツを新たなおやとして譲ったことに憤りを感じていた。
しかしジュウモンジに諭される形になり、今までの自分が揺らぎそうになるも、リオルとアサヒの言葉で、立ち留まった。
なお、バンドとしての<シザークロス>の音楽は、アプリコットの歌は気になっている模様。

<エレメンツ>の本部に向かい、リーダーのスオウに、賞品の隕石を守るためにポケモンバトル大会に選手として参加して可能なら優勝してほしいと頼まれ、引き受ける。
ソテツに自分の弱点(強烈な光へのトラウマ)を突き付けられくじけそうになりつつも、トウギリと修行し少しずつ乗り越えていこうとした。
再会したアキラちゃんに「何のために強くなりたいのか」と問われ、アサヒの力になりたい、と静かに思う。
アサヒとは別行動になるが、隕石をユウヅキに奪われないためにも選手として大会に臨む。
◇手持ち
・リオル♀・カイリキー♂・エネコロロ♀
・アーマルド♂・オンバーン♂・??????


 ☆重要人物

●ヤミナベ・ユウヅキ 【23歳 男】(登場話数:4話回想、6話回想)
アサヒの幼なじみで捜索対象。黒髪で長めのつんつん頭。真昼の月のような銀色の瞳を持つ。笑顔がぎこちない。
幼い頃ジョウト地方、エンジュシティすずの塔に捨てられ、画家のヤミナベに拾われる。その後パートナーになったラルトスとすずの塔を見上げているときに、アサヒと出会い、つきまとわれるようになり、やがて友達に。
野生のイーブイの母親のシャワーズの死を目撃したことにより、己のルーツを捜しにエンジュシティを旅立つことを決めた模様。
一度、捨て子だとアサヒにばれることで関係が変わってしまうことを恐れ逃げ出すように黙って旅立ったことがある。探偵ミケの助力を得たアサヒにシンオウ地方まで追いかけられ、再会。根負けかどうかは不明だが、アサヒの強い想いにより、一緒に旅をすることに。
己のルーツを探し、各地をアサヒとともに旅をした。
だが、“闇隠し事件”後、アサヒを置いていくことを決める。再会の約束はしたものの、音信不通が続く。
<スバルポケモン研究センター>を襲撃したことにより、指名手配されている。旧友のアキラ(君)の問い詰めにも沈黙を通した。
過去に“闇隠し事件”前後のアサヒの記憶を奪った疑いあり。
そして、ギラティナの遺跡について聞いて回っていたという証言から“闇隠し事件”での誘拐の容疑をかけられた。

<スバル>で奪った“赤い鎖のレプリカ”の材料、隕石を狙って大会に出現されると思われているが……。
◇手持ち
・サーナイト♀・ゲンガー♂・ヨノワール♂
・メタモン・オーベム♂・??????


 ☆<エレメンツ>

◯ソテツ 【男】(登場話数:2話〜5話、7話)
自警団<エレメンツ>に属する。幹部、五属性の一人で主に草タイプを司っている。緑のヘアバンドと同じく緑のスポーツジャケットを着ている。
ビドーより小柄な青年。アサヒの師匠。
ビドーの窮地に助っ人として参戦する。アサヒの知り合いが使う戦法を使い、ハジメを追い詰め捕まえるが、尋問中に隙を付かれ逃してしまう。
その後、通信機を使い五属性同士で報告会を行った際にアサヒを庇うような言動をした自分に疑問を持つ。
アサヒに、どんな状況でも笑うことを忘れるなと、ある意味強要している。
それはソテツ自身がアサヒを赦さないために、あえて憎みやすくしているからというものある。
ソテツは、自分が<エレメンツ>であることの責務に縛られている。
◇手持ち
・フシギバナ♂・モジャンボ♂・??????
・??????・??????・??????

〇スオウ……リーダー格の男 【男】(登場話数:4話、7話)
自警団<エレメンツ>に属する、五属性の一人で主に水タイプを司っている。背は普通に高い。口調は荒いが王族の生き残りでもあり一応リーダーを務めている。ソテツにぞんざいに扱われ、プリムラに尻に敷かれている。フランクな性格。しゃべると残念な感じのする王子。
ビドーに“赤い鎖のレプリカ”のかかった大会参加を頼み込む。
◇手持ち
・アシレーヌ♂・??????・??????
・??????・??????・??????

〇プリムラ……ポニーテールの女性 【女】(登場話数:4話、7話)
自警団<エレメンツ>に属する、五属性の一人で主に炎タイプを司っている。ヒートアップしそうになる対話を宥める立場に回ることが多い。ポジション的には姉御。医療関連を担当している。
光のトラウマに自信を無くしかけるビドーを励ます。
◇手持ち
・ハピナス♀・??????・??????
・??????・??????・??????

〇トウギリ……目隠しをした男 【男】(登場話数:4話〜5話、7話)
自警団<エレメンツ>に属する、五属性の一人で主に闘タイプを司っている。背は高く、体はそれなりに鍛えられている。落ち着いた物腰。
現役の波導使いでもある。夢は『はどうだん』を撃ってみること。ココチヨとは交際中。
ビドーに波導使いの修行をつける。
◇手持ち
・ルカリオ♂・??????・??????
・??????・??????・??????

〇デイジー……背の低い女 【女】(登場話数:4話、6話〜7話)
自警団<エレメンツ>に属する、五属性の一人で主に電気タイプを司っている。
ソテツよりも背が低い。しかしアサヒよりも年上。口癖「〜じゃん」「人手が足りない」
情報収集の能力を使い、作戦などを考える立場が多い。
隕石の情報を調べ、アサヒに連絡し呼び出す。
アサヒに意地悪をしてしまうソテツにいらだちを感じている。
◇手持ち
・ロトム・??????・??????
・??????・??????・??????

○ガーベラ 【女】(登場話数:3話、7話)
ソテツの現在の弟子。花色の髪を持っている。「ガーちゃん」呼ばわりされると呆れながらもいちいち名前を訂正するあたり、優しい人。
ソテツと共にハジメを追い詰めた。
土いじりをしているらしく、道端で昼寝していたアキラちゃんを担いで運んでくるくらいには力がある。
◇手持ち
・トロピウス♂・??????・??????
・??????・??????・??????

○リンドウ 【男】(登場話数:7話)
飄々としたつなぎ姿のおじさん。エレメンツドームの警備員的な存在。よくニョロボンを茶化している。
“闇隠し事件”生き残りの中では年配者。スオウたち若者を見守っている。
ビドーに対して、ビドーだけでもアサヒのことを赦してほしいと言った。
◇手持ち
・ニョロボン♂


 ☆<ダスク>

●サク……黒スーツの男 【男】(登場話数:1話、5話〜7話)
<ダスク>という組織で中心人物になっている黒髪の真昼のような銀色の瞳をもつ男。黒スーツを着用している。ポケモン屋敷の主に助言をしたり、【ソウキュウ】の空き家を掃除したり、何かと忙しそうにしている。
<ダスク>メンバーに、今回<ダスク>は大会に潜り込んで隕石を狙うが、第一目標は<エレメンツ>五属性の一角を落とすことだと伝えた。
彼は<ダスク>と何をなそうとしているのか……。
◇手持ち
・サーナイト♀・??????・??????
・??????・??????・??????

●ハジメ……金髪リーゼント丸グラサン男 【男】(登場話数2話〜3話、5話)
アキラ(ちゃん)を雇い【トバリ山】のカビゴンを密猟しようとしていた青年。金髪ソフトリーゼントに丸いサングラス。青い瞳がジト目になってる。黒い半袖シャツを着ている。
アキラ(ちゃん)に珍しいきのみを報酬として、協力を依頼。失敗しても報酬はきちんと払う律儀な一面もある。
ビドーを追い詰め離脱をしようとするがソテツに邪魔をされ、ソテツとガーベラと対峙。捕まってしまうもアキラ(ちゃん)達を利用し、逃亡に成功する。
長男であるハジメと末妹であるリッカを残し、フタバという名前の妹を含む妹達と弟達が“闇隠し”により行方不明になっている。
<シザークロス>のアプリコットから、黄色いスカーフをしたケロマツ、マツを託される。
リッカの友人、カツミを<ダスク>にスカウトする。
<エレメンツ>のトウギリに目をつけられ、リッカを残す形になるも逃走中。
◇手持ち
・ドラピオン♂・ドンカラス♂・ケロマツ♂(NN:マツ)
・??????・??????・??????

●メイ……片眼を前髪で隠した、短い銀髪の赤い釣り目の女性 【女】(登場話数:5話〜6話)
サクに忠誠を誓う女性。サク様大好き。超能力を持っている。
もともとは<エレメンツ>の超属性を司る者だったが、一族ごと存在を消された。
サクに手を貸すのはヒンメル地方への復讐というよりは、サク個人の力になりたいから。

◇手持ち
・??????・??????・??????
・??????・??????・??????

●ユーリィ……濃い目のピンクのショートカットの女性【女】(登場話数:5話〜6話)
ビドーとチギヨの幼馴染。美容師。アパートビルの2階で営業している。ビドーとはしばらく口をきいていなかった。
仕立屋チギヨとともに<エレメンツ>に出張営業を何度もしていて、エレメンツに保護されているころからアサヒを知っている。
アサヒが“闇隠し事件”にかかわっているかもしれないことも知っているが、ユーリィ個人としては周囲に気を使いすぎるアサヒもだが<エレメンツ>がアサヒを何年も監視下に置いていたほうが気に食わない模様。
物静かに見えるが、しゃべるときは結構しゃべる。アサヒにもっと周りに文句をいうべきとと言った。

◇手持ち
・ニンフィア♀・??????・??????
・??????・??????・??????

●ココチヨ……【カフェエナジー】のウェイトレス 【女】(登場話数:5話〜6話)
【王都ソウキュウ】にある【カフェエナジー】で働くウェイトレス。トウギリとは幼馴染。交際中。
カツミやリッカなどのちびっこたちを見守る面倒見のいいお姉さん。
アプリコットとは顔見知り。アプリコットの手持ちのピカチュウ、ライカの好物であるパンケーキを店で仕入れたりもする。
しかし<ダスク>のメンバーとしても活動しているので、<エレメンツ>のトウギリとは隠れた対立関係にある。ココチヨはなかなかトウギリに打ち明けられずに結果的にスパイのようになってしまっている。
<エレメンツ>よりはサクにかけている。
最近<ダスク>に入ってしまったカツミがきがかり。
◇手持ち
・ミミッキュ♀・??????・??????
・??????・??????・??????

●サモン……黄色と白のパーカーの茶色いボブカット 【女】(登場話数:5話〜7話)
一人称「ボク」の中性的な見た目の女性。ヒンメル出身だが、昔は仕事でカントーにいた。
“怪人クロイゼルング”というヒンメルの歴史上の人物について調べている。
アサヒに、「どうしてキミなんだ」などと何かを思わせる発言をした。
トウギリに追われるハジメを逃がすために、手を貸した。
メイに探りを入れたり、ユーリィからメールを受け取ったりといろいろと動いている。
ポケモンバトル大会に友人で部外者のキョウヘイを選手として送り込むためにヒンメル地方へ呼びつけた。
◇手持ち
・ジュナイパー♂(NN:ヴァレリオ)・??????・??????
・??????・??????・??????


 ☆義賊団<シザークロス>

●ジュウモンジ 【男】(登場話数:1話、6話)
義賊団<シザークロス>のおかしら。顔に十文字の傷痕を持っている。三白眼。ビドーが気に食わない。
一話で引き受けたポケモン屋敷の黄色いスカーフのポケモンをハジメたち<ダスク>に渡していた。
密猟者であるハジメに何故ケロマツのマツを渡したとビドーに言及されるが、ハジメがマツを任せるに足る人物だと言い返し、ビドーこそ第一印象で他人を決めつけすぎだと言った。
<シザークロス>のメンバーは半数以上はヒンメル出身である。
アプリコットボーカルのバンド活動もしており、ジュウモンジはエレキギターを担当している。
◇手持ち
・ハッサム♂・??????・??????
・??????・??????・??????

●アプリコット……赤毛の少女 【女】(登場話数:1話、5話〜6話)
<シザークロス>に属している赤毛の少女。ビドーが気に食わないけどリオルは気になる。
【ソウキュウ】でハジメにケロマツのマツを託す係をしていた。
トウギリに目をつけられたハジメを逃がす手伝いをした。
【カフェエナジー】の常連でピカチュウのライカの好物のパンケーキをココチヨに仕入れてもらっている。
【イナサ遊園地】でバンド出演までの待ち時間を過ごしていたら、ビドーにマツのことでジュウモンジに話があると案内を迫られた。
バンドではボーカル担当。見た目にそぐわぬ声量を持つ。
◇手持ち
・ピカチュウ♀(NN:ライカ)・??????・??????
・??????・??????・??????

●クサイハナ使いの男 【男】(登場話数:1話、6話)
<シザークロス>に属している下っ端ライダー。冒頭でアサヒに敗れる。
バンドではドラム担当。
◇手持ち
・クサイハナ♀



 ☆その他

〇レイン 【男】(登場話数:4話)
<スバル>の所長である深緑に髪を三つ編みにした麗人。アキラ(君)の上司。
“闇隠し事件”についてポケモンが絡んでいると睨んで調査。ギラティナの住まう“破れた世界”に行方不明者がいるのではという見解を出す。
〈国際警察〉ともつながりを持ち、その気になればアサヒを差し出すこともできたが、何故か庇うような行動を取った。
アサヒとビドーにギラティナを召喚するのに必要な“赤い鎖のレプリカ”の素材である隕石集めを依頼する。
◇手持ち
・??????・??????・??????
・??????・??????・??????

○ムラクモ・スバル 【?】(登場話数:なし)
<スバル>の元所長。現在は行方知れず。

○チギヨ……ドロバンコのしっぽみたいに後ろ髪をひとまとめにした男【男】(登場話数:5話〜6話)
ビドーとユーリィの幼馴染。仕立屋でアパートの管理人。ビドーとは仕事の提携をしている。チギヨの仕立てた衣類などを、ビドーが配達している。ビドーたちを静かに見守っている。
美容師のユーリィとともに【エレメンツドーム】に何度も出張しているので、アサヒの事情や立場はなんとなく知っている。
アサヒにアパートの部屋を貸す。
【イナサ遊園地】のステージに出る劇団の衣装を手掛けた。
アプリコットに勢いで壁ドンしたビドーの後頭部を叩いた。
ユーリィにもっとビドーに素直になれと思っている。
◇手持ち
・ハハコモリ♀

○リッカ……金髪ショートカットで丸メガネの少女【女】(登場話数:5話)
ハジメの妹の少女。きょうだいの末っ子。長男のハジメ以外のきょうだいを“闇隠し事件”で奪われている。
カツミやココチヨと仲良し。サモンになつく。
帰りの遅いハジメを夜遅くまで待つことが多い。待つことには慣れているが、たまに疲れてしまうと思っている。
◇手持ち
なし

〇ラスト 【女】(登場話数:6話)
“闇隠し事件”を、もといアサヒとユウヅキを調べている国際警察。ラストはコードネーム。
<スバル>の所長レインと情報を交換したり、アサヒの知人の探偵ミケをこき使ったり接触者のヨウコに情報協力を頼んだりといろいろ動いている。作ったような笑顔はみせるがなかなか感情を表に出さない。
アサヒにっとっての向かい風を先陣を突き進む人。
◇手持ち
・??????

◎ブラウ 【男】(登場話数:なし)
ヒンメル地方の史実の人物。人気のある偉人。“英雄王”と呼ばれていた。
◇手持ち
不明

◎クロイゼルング 【?】(登場話数:なし)
ヒンメル地方の史実の人物。サモンの研究対象。“怪人”と恐れられていたと同時に発明家だった。
◇手持ち
不明


 ☆ゲストキャラクター

◯アキラ(さん→ちゃん)……赤リュックの女性 【女】(登場話数:2話〜4話、7話)※キャラ親:天竜さん
ハジメに雇われたホウエン出身の女トレーナー。あちこち跳ねた黒髪と赤いリュックがトレードマーク。きのみのためなら割となんでもするも、悪い人という訳でもない。
けむりだまをばらまいた後、身をひそめるも雇い主のハジメが捕まってしまい、救出のためにビドーに近づきリオルを人質に取ったが危害を加える気はゼロだった。
彼女はハジメに騙して利用されていたということでソテツ達に見逃され、罪は問われなかった。
ハジメに対して憤るビドーに、実はハジメからしっかり報酬のきのみを貰っていたことを伝え、自分のことでハジメを責めないでほしいと言った。
ビドーにお古のポロックメーカー一式をあげ、また珍しいきのみを探す旅に出た。
と思ったら、ビドーにハジメからの報酬のきのみ、“スターの実”をおすそわけするために【エレメンツドーム】にやってきた。
ビドーに頼まれバトルの相手に。技の指示をあまりださない戦い方でビドーたちを翻弄する。
ビドーになんのために強くなりたいのか問いかけ、彼の願いを応援した。
◇手持ち
・フライゴン♂(NN:リュウガ)・ユキメノコ♀(NN:おユキ)・ゴウカザル♂(NN:ライ)

○ミケ 【男】(登場話数:3話)※キャラ親:ジャグラーさん
アサヒの知人でジョウト地方のエンジュシティ出身の探偵。
“闇隠し事件”について独自に調査を進めているが、バックに国際警察による依頼がある模様。アサヒに質問するために接触した。彼女の発言と過去のユウヅキの情報から、「アサヒがユウヅキに記憶を奪われている」という推察をする。
アサヒにユウヅキを捜すのなら、向かい風が吹くことになる、と助言を残す。
彼の選抜基準は国際警察のラスト曰く、アサヒとユウヅキに近い人物で、昔やんちゃをして目をつけられていたから、らしい。
・??????・??????・??????
・??????・??????・??????

◯アキラ(君) 【男】(登場話数:3話〜4話、6話〜7話)※キャラ親:由衣さん
アサヒの旧友。アサヒとは定期的に連絡を取り合う仲。ミケとも面識はある。ライブキャスターを使い、アサヒにユウヅキが“闇隠し事件”での誘拐の容疑をかけられたことを知らせる。
アサヒのことが心配だが、今の自分の言葉では届かないと悟る。何か思うところがある模様だが、アサヒを応援するスタンスは変わらない模様。ビドーのことを最初は虫だと思っていたが、見解を改め、無茶するアサヒのことを繋ぎとめておいてほしいと伝える。
アサヒのことが心配と同時にそばにいないユウヅキに対するある感情が積る。
◇手持ち
・ムウマージ♀(NN:メシィ)・??????・??????
・??????

●カツミ 【男】(登場話数:5話〜6話)※キャラ親:なまさん
【ソウキュウ】で今も一人で暮らしている少年。家族の帰りを今でも待っている。
リッカの友達。好物はおにぎり。ココチヨによく握ってもらう。サモンとは知り合い。
身体は弱いが外出は好き。
行方不明者の墓を建てる人々に反感を示す。
ハジメに誘われ、<ダスク>に入る。主にココチヨと活動する。
◇手持ち
・コダック♀(NN:コック)・??????・??????
・??????

○ミズバシ・ヨウコ 【女】(登場話数:6話)キャラ親:くちなしさん
過去のアサヒとユウヅキと遭遇した各地を旅するカメラマン。遺跡について調べていたアサヒとユウヅキに【オウマガ】を訪ねることを薦めた過去を気にしている。
国際警察のラストに協力したのは、ヨウコ自身がアサヒとユウヅキを心配してのこと。
アサヒに、昔の彼女とユウヅキを撮った写真を譲った。(ビドーとリオルとの写真も撮ってもらった)
シャッターチャンスは逃さない人。
◇手持ち
・エレザード♀・ピジョット♂・??????
・??????・??????・??????

○ミュウト 【男】(登場話数:6話)キャラ親:マコトさん
進化前や可愛いポケモンが好きな青年。ポケモンコンテストに興味があり【イナサ遊園地】のイベントのスタッフのボランティアをしていた。
特技のシェイカーをもちいた即席ジュース作りで体調を崩したアサヒを助ける。
◇手持ち
・アマルス♂(NN:プーレ)・??????・??????
・??????・??????・??????

○トーリ・カジマ(レオット) 【男】(登場話数:6話)キャラ親:乾さん
アサヒの知人。お忍びで来てるポケモンコンテスト界の有名人。本名はレオット。
“闇隠し事件”で心に傷を負った人たちを自分の芸で元気付けられないかと考えヒンメル地方に来た。
しかし、観客が怪人クロイゼルングのような、わかりやすい“敵”を欲している空気に感づく。
ビドーよりは背が高い低身長。ファンとポケモンは大切にする。
アサヒの事情は知らないが、彼女に幸せをあきらめるなと伝えた。
◇手持ち
・フリージオ(NN:ソリッド)・ミロカロス♀(NN:シアナ)・??????
・??????・??????

●青いバンダナの少年 【男】(登場話数:6話)キャラ親:仙桃朱鷺さん
<シザークロス>に属している少年。
バンドではバックダンサー担当。
◇手持ち
・クロバット♂・??????・??????

●キョウヘイ 【男】(登場話数:6話〜7話)キャラ親:ひこさん
サモンの友人。
サモンに大会の賞品の隕石を優勝して手に入れてほしいとヒンメルに呼びつけられる。
強さに固執し、最強を目指している。他人に指図されるのが嫌い。
サモンに共犯者にならないかと誘われるも断る。
◇手持ち
・??????・??????・??????
・??????・??????・??????






*用語集*

▽地名など

・ヒンメル地方
この物語の舞台となる地方。女王が統治する平和な王国だった。
だが8年前に起きた神隠し、“闇隠し事件”によって女王をはじめとする多くの国民が謎の失踪を遂げ、ほぼ壊滅状態に追い込まれた。
現在では多方面からやってきた賊やら移民やらでごちゃごちゃしている。ジム制度やリーグ制度は存在しない。

・ポケモン屋敷
荒野の端にぽつりとあるポケモン屋敷と呼ばれていた屋敷。

・スバルポケモン研究センター
ヒンメル地方のポケモンを研究する研究所。“闇隠し事件”の調査をしており、他地方からも研究者を呼んでいる。実験設備として耐衝撃性能を兼ね備えたバトルフィールドも存在している。名前の由来は創設者であり前所長のムラクモ・スバル博士から。

・トバリ山
ヒンメル地方の北部と南部を分ける山の一つ。ポケモン保護区に指定されている山。シンオウ地方にある山と同じ地名を持ち合わせている。

・ソウキュウシティ
ヒンメル地方の王都。城壁に囲まれた都市で丘の上に王城がある。“闇隠し”発生時の中心点でもある。

・カフェエナジー
ソウキュウシティにあるカフェ。二階に密談用の個室もある。
各地の食べ物の取り寄せサービスもある。

・ミョウジョウ
ヒンメル地方の港町。ずっと昔にマナフィがよく姿を見せていたが、戦いに巻き込まれたマナフィの死から、海が静かになったと言われている。別名「死んだ海」

・イナサ遊園地
ミョウジョウにあるテーマパーク。
観覧車やジェットコースター、イベントステージなど結構しっかりとした遊園地。

・オウマガ
ギラティナに縁のある遺跡の近くの町。
過去にアサヒとユウヅキの目撃情報があった。

・エレメンツドーム
ソウキュウシティの北にある<自警団エレメンツ>の拠点。本部。
<エレメンツ>のメンバーはここで暮らしている。アサヒも保護されてた時はここで暮らしていた。



▽集団名

・自警団<エレメンツ>
“闇隠し事件”の生き残りで構成された自警団。お役所的な役割も持つ。
五属性という炎、水、草、電気、闘の属性を司る五人のエキスパートがいる。
リーダーは水タイプのエキスパートであり、ヒンメルの王子スオウ。
トラブル対応や密猟者を捕らえたりもしている。
“闇隠し事件”後、アサヒは彼らに保護もとい監視されていた。
“五属性”の通り名はかつての王国時代にあった六つの役割をもつ一族のトップたちの別名“六属性”から来ている。
その六人とは、
生活の奉仕者、医療の炎属性。
土地の管理者、庭師の草属性。
察知の熟練者、情報の電気属性。
戦場の守護者、番人の闘属性。
現在は無き者、神官の超属性。
政治の執行者、王族の水属性。
のことを指す。
超属性、メイの一族は“闇隠し事件”以前に席を外されていた。

・義賊団<シザークロス>
ジュウモンジ率いる義賊。ポケモンを盗んだり売買したりしている。
義賊なので基本は悪党から盗むが、具体的な基準は曖昧で振れ幅が大きい。ポケモンラブな輩が多い。
複数の拠点らしきものは発見報告されているが、その本拠点は<エレメンツ>でも把握出来てないらしい。
義賊活動のほかにアプリコットをボーカルとしたバンド活動も行っている。

・<ダスク>
最近名前が知れ渡りつつある組織。その組織の目的やトップの存在は闇に包まれている。
ハジメ曰く失ったものを取り戻すために活動している。
トップは不明だが、サクを中心に活動をしている。
メンバーで行方不明者の空き家の掃除をしたりしている。
隕石と<エレメンツ>五属性を狙って大会を襲撃しようとしている。

・<スバル>
スバルポケモン研究センターで働く研究員などの集団を指す。所長はレイン。
“闇隠し事件”が神と呼ばれしポケモン、ギラティナによるものではないかという推測のもと“破れた世界”へ捜索する手段に必要な“赤い鎖のレプリカ”を生み出すもヤミナベ・ユウヅキに奪われる。


▽出来事

・“闇隠し事件”
ヒンメル地方を襲った超大規模の神隠し事件。女王をはじめとする多くの人とポケモンが行方不明になった。
外部からの目撃例だと王国全体がドーム状の闇に包まれたことから“闇隠し”と呼ばれるようになる。

・“スバルポケモン研究センター襲撃事件”
ヤミナベ・ユウヅキによる、研究所襲撃事件。ヤミナベ・ユウヅキにより研究物“赤い鎖のレプリカ”を奪われた。

・“ポケモン保護区制度導入”
“闇隠し事件”後に近隣国によって定められ取り入れられたルール。
表面上では“闇隠し事件”で巻き込まれ変動したヒンメル地方のポケモンの生態系の調査の為、と言われている。
保護区のポケモンを捕まえようとすると密猟にされ、<エレメンツ>に通報される現状であり、それを好ましく思わないものも多い。

・“英雄王ブラウによる怪人クロイゼルング討伐”
ヒンメルの英雄譚の一つ。ブラウがミョウジョウで怪人と恐れられたクロイゼルングを討伐した。
その際にマナフィが巻き込まれた。


時系列表
〇……アサヒ関連 ◎……大きな事件など △……短編

◎???年前、港町【ミョウジョウ】にて、英雄王ブラウによる怪人クロイゼルング討伐があった。その時、蒼海の王子マナフィが巻き込まれ命を落とす。
〇8年前……アサヒとユウヅキ、ヒンメル地方を訪れギラティナの遺跡について情報を求めヨウコに出会い、【オウマガ】へ。
◎8年前……ヒンメル地方に“闇隠し事件”が襲う。女王を含め、多くの国民とポケモンが謎の神隠しにより失踪する。
〇8年前……アサヒ、ユウヅキにヒンメル地方に来る前後の記憶を奪われる? そしてユウヅキは行方不明に。
〇8年前……アサヒが<エレメンツ>に保護され監視下に置かれる。
〇?年前……アサヒ、ソテツに弟子入り。師弟関係に。現在はもう弟子ではない。
△短編その1……ソテツ、アサヒに自身の経験談を語る。
◎約3か月前……“スバルポケモン研究センター襲撃事件”ユウヅキが研究所から“赤い鎖のレプリカ”を奪う。ユウヅキ、指名手配される。
〇約3か月前……アサヒがユウヅキを捜すためにヒンメル地方を旅し始める。
〇第1話……アサヒとビドーの出会い。黄色いスカーフをポケモンたちに配達する。<シザークロス>と諍いの後知り合いに。
〇第2話……アサヒとビドー【ソウキュウシティ】に一緒に向かうことに。道中<ダスク>のハジメがアキラ(ちゃん)とともに密猟をしているのを発見。
〇第3話……密猟を<エレメンツ>のソテツとガーベラの力を借りながら阻止した。(その最中アサヒは探偵ミケに記憶のことを指摘され警告される。)利用されていたアキラ(ちゃん)を交えて【トバリタウン】で休息しているとアサヒの旧友アキラ(君)からユウヅキが“闇隠し事件”の容疑者になったという知らせを受ける。
◎第3話……ユウヅキ、国際警察に“闇隠し事件”の容疑者とされる。
〇第4話……アサヒとビドーとアキラ(ちゃん)はアキラ(君)のいる【スバルポケモン研究センター】に足を運ぶ。アキラ(ちゃん)と別行動しつつ、2人は所長のレインから<スバル>の闇隠しに対する見解とユウヅキが容疑者になった経緯を聞かされる。
アキラ(君)との会話やビドーの激励やバトルを経て、捜す、から捕まえる方向性でユウヅキを追いかけることを決意。
アサヒはビドーとユウヅキを捕まえるために手を組み相棒になることになった。
レインに“赤い鎖のレプリカ”に必要な隕石を捜してほしいと依頼される。
【スバル】を旅立ち、アキラ(ちゃん)とも別れ、アサヒとビドーは王都を目指す。
〇第5話……【ソウキュウ】でアサヒの拠点を確保。【カフェエナジー】にて<エレメンツ>の五属性トウギリに【スバル】での出来事やユウヅキに対するアサヒのスタンスを報告する。
トウギリがハジメを捕捉する。ビドーがハジメを追いかけるも逃げ切られる。その時ハジメは黄色いスカーフを付けたケロマツのマツを使っていた。
△短編その2……アサヒとビドーは悪天候の中カツミとリッカに流星群を見せるために、アキラ(くん)のつてで【スバル】のプラネタリウムを見に行った。
〇第6話……ビドーはアサヒにユウヅキとの昔話を聞く。
ビドーの仕事でユーリィとチギヨと【ミョウジョウ】へ。国際警察、ラストとの邂逅。ビドーがケロマツのマツのことでジュウモンジを問い詰める。
【イナサ遊園地】などでアサヒが自身以外の記憶を垣間見る。
デイジーに呼び出され、【エレメンツドーム】へ。
〇第7話……【エレメンツドーム】にて。隕石のありかがポケモンバトル大会の賞品になっていたことが発覚。ビドーが選手としてエントリーすることに。大会までの期間、修行をすることに。
ビドーは弱点である光へのトラウマを克服しようと努力をする。
△短編その3……ビドーがアサヒを誘い、王宮庭園に向かう。そこでビドーの下の名前とそれにまつわる苦い思い出を聞く。アサヒはビドーが彼女の下の名前、アサヒと呼ぶとき、自分もまたビドーの下の名前、オリヴィエの名前を呼ぶことを約束する。


☆次回第8話、大会開催。スタジアム攻防戦


  [No.1536] 第二話 握り拳を解いて 投稿者:空色代吉   投稿日:2016/03/20(Sun) 00:53:18   36clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第二話 握り拳を解いて (画像サイズ: 480×600 201kB)

多くの人の日常が変わってしまった、あの日。
多くの人の人生が狂ってしまった、あの日。
俺は、相棒であり、俺に残された唯一の家族であるラルトスの手を引っ張り、国中を駆け回って遊んでいた。
あの日は、国中がお祭り騒ぎに包まれていた。
今では忌み嫌われているこの日は、もともと建国記念日である。どのくらいの人がそれを覚えているかは定かではないが。
城壁に囲まれた比較的平らな都市。北側には小ぶりの丘に立派な城がそびえ立つその国をソレは襲った。

それはほんの、ほんの一瞬の出来事で、
気が付いたら、俺達は“闇”に包まれていた。
いや、呑み込まれたと言った方が正しいのかもしれない。
さっきまで、都市を照らしていた太陽も、あんなに澄み渡っていた青空も、丘の緑も、赤レンガの屋根の街並みも、色とりどりの服装の人々も、
みんなみんな、真っ黒に塗りつぶされてしまって、
自分がどこにいるのか、二本の足で立てているのかさえ、わからなくなって、
夜闇のような暗さとは違う、異質な暗闇の中に俺は、何が起きたのかわからないまま、言いようのない圧迫感に呑まれていた。

ラルトスの甲高い叫び声を、聞くまでは。

思わず右手の方を見下ろした。見えない拳は空だけを掴んでいた。
繋いだ手を放していたのは、いつからだった?
握った手を緩めていたのは、いつからだった?
どっと不安が、押し寄せる。
ラルトスの鳴き声が、一層高くなる。
とにかくラルトスを助けないといけない。いけないのに、どこにいるのかわからない。
声をたよりに近づこうとはした。だが出来なかった。
何故なら、周囲が、悲鳴に包まれていたからだ。

助けて、どこにいる、まってろ、来てはだめ。
そんな、ノイズが暗闇の中に溢れた。
そのノイズを聞くうち、鼓動がどんどん高まっていき、パニックになり、心臓の音以外何も聞こえなくなって、動けなくなっていたら……
まるで風船が割れるように暗闇が晴れ、俺の目の前は真っ白になった。
薄れゆく意識の渦、色彩の暴力の中、それでも俺はラルトスの姿を捜す。鼓動さえも聞こえなくなった耳で、声を聞き取ろうとする。
しかし、ぐるりと見渡しても見つけることはできなかった。
まるで、初めからそこにいなかったかのように、存在そのものがなくなってしまったように、
俺の隣から、ラルトスは姿をくらませてしまった。

…………ああ、俺とラルトスだけじゃない。この国のほとんどの民が、そうやって大切なものを失った。
すべては“闇”に、奪われたんだ。攫われたんだ。
連れて行かれて、そして――――隠されたんだ。


後にこの前代未聞の神隠しは、“闇隠し”と呼ばれることになる。


********************


それは月の無い星空の下、涼風吹く荒野でのことだった。
長い金色の髪を毛先で二つに纏めた女性、ヨアケ・アサヒは俺に依頼する。

「配達屋ビドー君。私達をある人の所へ届けてもらえませんか?」

暗い中、星明かりでぼんやりと見える彼女の輪郭、その面持ちから緊張が伝わってくる。だが、俺はバイクを両手で支えながら二言返事で断った。

「断る。俺のバイクはタクシーじゃない」
「ですよねー……」

へらへらと笑いながらも、落胆するヨアケ。笑っている割には相当へこんでいるようであった。
何だかばつが悪いので、気になった点を質問して、話題を掘り下げる。

「ちなみに届け先はどこで相手は誰だったんだよ」

その言葉に反応したヨアケは笑みを消し、じっと俺の顔を覗き込む。
俺は目を反らし「ただ気になっただけだ」と呟くことで、ヨアケが持ったであろう期待に釘を刺す。

「……ああ、うん。届け先ね」

長い息を吐く音が、聞こえてくる。
ちらりと様子を伺うと、祈るように目蓋を閉じ、胸の中央に両手を当てる彼女がいた。
まるで、思い人の名を告げる様に、ヨアケは己の追い続けている相手の正体を明かした。

「――――現在指名手配中の、“ヤミナベ・ユウヅキ”という男性、だよ」
「“ヤミナベ・ユウヅキ”っていうと、<スバルポケモン研究センター>襲撃事件の賞金首か」
「そうだよ、ビー君。私はずっと彼を捜して、追いかけて旅をしているんだ」

目を細く開き、柔和な表情でヨアケは頷いた。

<スバルポケモン研究センター>とは、ヒンメル地方のポケモン研究を担っている施設のことである。
この研究所は、だいぶ前から“闇隠し事件”がポケモンと関わっているのではないかという説を強く提唱し、各方面からの研究者を招いて調査を続けていた。
その施設がほんの3ヶ月程前に、“ヤミナベ・ユウヅキ”という男の手によって襲撃にあったのである。
詳しい経緯は伏せられているが何でも、その時に“ヤミナベ・ユウヅキ”が<スバル>で研究されていた研究物を奪ったらしく、それで指名手配になったそうだ。

「……なんでまた、そんなんに首突っ込もうとしているんだお前は」
「そりゃまあ、これですよこれ」

ヨアケは右手の親指と人差し指で小さな円を作る。
直感で俺は言葉を漏らした。

「嘘だあ……」
「嘘です」
「嘘なんかいっ」

がくりと肩を落とす俺をよそに、ヨアケは一呼吸置いて続ける。

「彼は、私の幼馴染みなんだ」
「……そりゃ、大変だな」

ヨアケがため息をする。その気持ちはなんとなく解ってしまった。
俺にも幼馴染がいる。もしそいつが犯罪者になってしまったら、同じようにため息をしていることだろう。
ヨアケは両手で顔を一度叩いて、それから再び笑みをたたえながら言った。

「とにかく、道を踏み外した幼馴染みを更生させるのも、幼馴染みである私の役割だと思って、さ」

更生って……何故そんなに、がむしゃらに前向きでいられるのか……やはり俺には理解できないかもしれない。
しばらく口をきいていない幼馴染のことを思い出しながら、俺はヨアケを否定する。

「幼馴染みに役割なんて、無いだろ。余計なお節介だと思うぞ……」
「余計なお節介結構だよ。だって私は……」

彼女の一瞬の言いよどみに、

「だって私は、少しでも<スバル>の人達を手伝いたいのだもの」

ちょっとした、ズレのようなものを感じた。

「“闇隠し”を何とかしようと何年も研究している人達に、幼なじみが迷惑かけてるのを、放って置けないよ」

形容しがたい引っ掛かりを覚えたが、ヨアケの笑顔に押し切られてしまう。まあ、そこで突っ込んだ話をするほどの間柄でもないので、流れに任せて発言する。

「お前も“闇隠し”によって何かを失ったのか?」
「まぁ、そんなところだね」

俺の問いにヨアケは目を細め、ぼかしながらも答える。
疲れたような笑みを浮かべるヨアケ。そんな彼女を見て、俺も心に疲労を感じた。
心身の疲弊からか、ヨアケの口から弱音がこぼれる。

「ビー君。“闇隠し”でなくなった大切なものって、戻ってくると思う?」
「戻ってくる」

即答した俺に、ヨアケが怯んだような気がした。

「……どうしてそう言い切れるの?」

そんな、訝しげな言葉に、

「だって、そう信じてやんなきゃ、本当にあいつはいなくなっちまうだろ?」

俺は二度目の即答をする。
もう何度も繰り返してきた答えだ。誰にだって言われてきたことだからな。
絵空事だって、言いたければ言えばいい。現実を見ろってけなせばいい。
それでも、

「あいつは、ラルトスは絶対に生きている。ああそうだ絶対にだ。絶対、絶対帰ってくる……! だってあいつは――」

俺は、諦めない。

「――たった一人の家族なんだ。どうしてそう簡単に忘れられると思うんだ」

諦めて、たまるか。

ハンドルから右手を放し、空を握る。空っぽの右手を見つめ、眉間を険しくして俺は、己の信念を言い捨てた。

「俺は、どんなことがあっても、大切な奴との過去は引きずり続けるつもりだ。苦い思い出でも、忘れるもんか。そうじゃないと、俺は、俺はっ――――」

震えてかすれる俺の言葉を、ヨアケの声が遮る。

「そうだよね」

彼女の言葉は、俺を宥めるための肯定……には聞こえなかった。
正直賛同されたことに俺は面を食らっていた。
そんな俺をよそに「そのくらいの意気込みじゃなきゃ、だめだよね」と、ヨアケが小さくつぶやく。
それはおそらく、彼女の旅の目的を達成するための意気込みだと、俺は解釈した。


*************************


俺達が屋敷に辿り着くと、夜も更けているというのに、昼間と同じようにお嬢様が屋敷の前で待っていた。
彼女はずっと、立っていたのかもしれない。今はもう、それぞれの道に旅立ったポケモン達に思いをはせながら。
じゃなきゃ、俺達への責任感だけで立ち続けられるほど生真面目な性格ってことだろうけれども、それはたぶん違うと思った。

「贈り物は無事、お届けしました」

俺の一言に、今回の仕事の依頼人であるお嬢様は、口元をそっと綻ばせる。
緊張が解けたのか、瞳を潤ませながら、彼女は俺達に礼を言った。

「アサヒさん、配達屋ビドーさん。あの子たちに私からの贈り物を届けて下さり、本当にありがとうございました」

俺とヨアケはちらりと目を合わせ、それから彼女に向き合い、受取人であったポケモン達の様子などを、最終的には全員しっかりと受け取ってくれたことを説明した。
彼女は多くは語らない。でも、俺達の話をきちんと頷いて受け止めていた。

彼女が屋敷の主に許可をもらって、俺達に二部屋の客室を用意してくれていたので、厚意に甘えて休ませてもらうことにした。
三人で就寝前の軽い挨拶をして別れた時、ヨアケが何か俺に言いたげだったのが気になったが、疲れていたのでスルーした。
そうして俺は、倒れるようにベッドへと意識を沈める。
久々に心地よく、眠りにつけた気がした。


********************


柔らかいベッドにずぶずぶと体を沈め、枕を抱きしめる。
そうしても、さっきから続く胸の高鳴りは収まってくれず、目を瞑っては、また開いてしまう。
何度も何度も瞑ろうとしても、いつの間にか開けてしまっている。
どうにもこうにもいたたまれないので、私は起き上がって立ち上がり、閉じていたカーテンを全開にした。
星々の明かりが、纏まって一室に降り注ぐ。荒野で月を見かけなかったことを思い出し、改めて探してみたけれども、やっぱり今日は見えないみたいだ。少しだけ、残念。
カーテンを開けたままベッドに戻り、夜空を見上げながらまたシーツに身をゆだねる。
あんまり夜更かしもしていられない。疲れも溜まっているので、無理矢理でも早く身体を休ませよう。
頭ではそう考えていても、胸の奥のこの得体のしれない興奮が、落とそうとする目蓋を持ち上げてくる。

脳裏によぎっているのは、彼の姿。
優しくて、強い心を持った、でもちょっと危うい彼の姿。

自分が彼に告げた言葉を思い出す。
『私達をヤミナベ・ユウヅキの元へ連れてって欲しい』
何で私は、あんなことを言ってしまったのだろう?
彼なら私をユウヅキの元へ連れて行ってくれる、とでも思ってしまったのか。
否定は、出来ない。実際、スカーフを届けた姿を見て、そう思ってしまったのだから。不思議とそう思える何かが彼にはあった。
でもこれは、彼にとっては何のメリットもない厄介事だ。断られて当然なのもわかる。
でも、断られてしまった後でも続く、このドキドキした気持ちは一体何なのだろうか。
ひょっとして、期待している?
もし、もしそうだとしたら……そんなのはおこがましい。とても、とても。
だけれども、どうしてもあの背中が気になる。過去を引きずっていくと言い切った、今にも押しつぶされそうなあの小さな背中が。

私も、他人のことは言えないほどずっしりと過去を、ユウヅキの面影を引きずって生きている。
けれども、私は過去に押しつぶされてはいない。それは、私を支えてくれる人やポケモンたちが居てくれたおかげだ。
彼には、そんな相手が居るのだろうか?
いや、居ないはずがない。だって、あのリオルは彼の呼びかけに、しっかりと応えていた。
じゃあ、ジュウモンジさんも言っていた、彼が自分の手持ちをねぎらうのに抵抗を覚えるのって、何故?
考えてみればみるほど、彼は一人で背負いすぎのように思える。
彼にとって、それは当たり前の日常になっているのかもしれない。
でもこんなことを続けていればいずれは……


……ああそうか、これは、このドキドキは、恐怖だ。
私は、彼のことが、ビー君のことが……怖いんだ。

だからこそ、私はビー君から逃げちゃいけない。そうだよね。
キミならそう言ってくれるよね、ユウヅキ?


*******************


幸せな夢を見た。
とても久しい気持ちになる、幸せな夢を。
それを夢と認識するまで、さほど時間はかからなかった。
何故なら、その草原にはラルトスが居たからだ。

(ラルトス)

俺の呼びかけに、角を暖かく光らせ、振り向くラルトス。
若緑色の前髪から覗く赤い瞳が、俺を捕らえた瞬間、光り輝いた。
白い布を引きずりながら、こっちにラルトスは近づいてくる。
抱き上げてやると、光はいっそう強くなった。
ラルトスが嬉しそうな鳴き声で、俺の名前を何度も呼ぶ。
俺も、何度もラルトス、と名前を呼んだ。
強張っていた口元が次第に解けてゆくのが、わかった。

(ゴメン。あの時、手を放して……ひとりにして、ゴメン)

俺の言葉に、ラルトスは必死で首を横に振る。
それから、気にするなと言わんばかりにその細い手で俺の頬を撫でた。
感触がないはずなのに、その手は温かかった。
ああ、やはりこれは夢だ。
簡単に、許してくれるはず、ないもんな。
俺の願望をこのラルトスが叶えてくれているだけだ。

解放されたラルトスが、俺に向かって精一杯その白い手を振っていた。
俺も手を振り、挨拶を口にする。

(またな)

さよならやバイバイじゃないところが、俺らしいと感じた。
そうだ。必ず迎えに行く。だから、待っていてほしい。
そして、また会おう。
きっと、きっとまた、会おう。
それまで絶対、忘れないから。


目蓋を開けると目元が湿っている。
眠気からきたものだと、思うことにした。


*******************


翌朝、いつもより少しだけ遅く起きた俺は、お嬢様に朝食のもてなしを受けた。
その席にヨアケの姿が見えなかったので、まだ寝ているのだろうとたかをくくっていたらお嬢様から、「アサヒさんなら、もう旅立たれましたよ」と言われ、俺は困惑した。

「ビドーさんに一言お声掛けしたらどうでしょうかと提案したのですが、寝かせておいてあげてください、と……」
「あいつ……」

別に、何か言いたいことがあるわけでもなかったが、それでも別れの言葉くらいは言わせてもらいたかった。
そのまま悶々としたまま出発の支度をし終える。
そして、ここから発つ前に、泊めてくださった屋敷の主にお礼を言うため、かの御仁の元へお嬢様に案内をされながら赴いた。

憔悴している。
それが、その方を見た俺の第一印象だった。
こげ茶の洋服を着た、その初老の男性は、俺のことを見ているようで、見ていなかった。
お礼の言葉をいただくも、上っ面……というよりも上の空という感じで、上手く会話が噛み合わない。そんな錯覚に陥ってしまう。
下手に刺激しないほうが良さそうだ。と思い、失礼だが俺は、ただただ相槌を打ちながら会話の終りを待った。
そうして形式上のやり取りを済ませ、退室しようとした。
すると、聞こえるか聞こえないか瀬戸際の声で、彼は呟いた。

「ビドーさん、貴方も私を言及しないのですね」
「……何を、でしょうか」

振り向くと、彼は俺をじっと見ていた。先程までの様子が嘘のようなしっかりとした眼差しで、俺を見据えていた。

「私のしていることが、私達が被害を受けたあの神隠し事件と、なんら変わらないことですよ」

皮肉な笑みを浮かべて、老人は続ける。

「神隠しに両親を奪われたあの子に私は……私の手で大切な存在を奪ってしまった。あの子だけではない、ポケモン達にも別れを与えてしまった……なのにあの子は私の事を責めなかったんです」
「考えすぎでは。出会いがあれば……別れもあります。彼女はそれ受け止めたからこそ、何も言わないのでは」

自分でも、言っている言葉がちぐはぐだと感じた。どうやら上っ面で話していたのは、俺の方だと分かり、恥ずかしさを感じる。

「ですが、<シザークロス>の方々に預けるまで私は、あの子にそのことを知らせずに、あまつさえ別れの挨拶をする機会さえも与えなかったのですよ」

はっとなる俺に、彼は矛先を向ける。

「ビドーさん。貴方は理不尽な別離に、二回も耐えられますか?」

彼の言葉は、俺にあの“闇”を、否が応でも思い出させた。
思わず右手を見つめる。
握りしめた拳が、そこにはあった。
その拳は、震えてはいなかった。ただ固く、そこにある。

「いいえ耐えられません。耐えられるものですか……でも、今回のは、理不尽な別離では、ないです」
「どう、違うのですか」

食いつく彼に俺は、握り拳を解いて、昨夜の出来事を思い返し、絞るように言葉を出した。

「彼女は自分の想いを、贈り物としてあのポケモン達に渡せました。それが、彼女にとっての別れの挨拶……いえ、旅立つ友への、餞別です。確かに貴方が作った別れは唐突で、理不尽だったかもしれません。でも、彼女が伝えたかったことは、あのポケモン達にはきっと、届いています。というより、俺が届けました。だから、彼女達にとって今回の別れはあの事件とは違う、そんな、悪いものではなかった、と俺は思います」

俺の言葉を受けて、黙り込む彼。気まずくなったので、咄嗟に謝ってしまう。

「何だか、偉そうにすみません」
「いえ、お気になさらず。少し、少しだけ心が晴れました。ありがとうございます」
「こちらこそ、一晩泊めてくださり、ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ孫娘の手助けをしてくださり、本当にありがとうございました。引きとめて申し訳ありませんでした。道中どうかお気をつけてください」
「はい」

屋敷の主と別れ、客間から出たら、お嬢様が何やら申し訳なさそうにしていたが、そこまで俺らに気を遣わなくて結構だと俺は彼女に言ってやった。
出発する折に、彼女は俺にお弁当をくれた。そして再びお礼を言い、どこか吹っ切れた顔でこう言った。

「私は、あの子たちが私にくれた勇気を忘れません。あの子たちがいなくても、強く生きていきたいと思います」

深い意味は俺には分からないが、彼女自身に対する一つの決意表明なのだろう。そんな彼女に対し俺は、

「あまり気張らず、ほどほどに頑張ってください」

あまり気の利いた台詞を言ってやることは出来なかった。
それでも彼女は笑顔で「はい」と答える。
正直、彼女のそういう強さがほんのり羨ましいと感じる自分もいた。


*************************


屋敷の門をくぐって、その姿を見つけた時点で、俺は何とも言えない気持ちになった。
何をしているんだあいつは。というのが彼女の姿を見た感想である。
彼女は少し離れた所に立っていて、右手を道路側に突き出し、親指だけを立てた握り拳をしていた。
その表情は遠目から見ても分かるほどの、晴れやかな笑顔である。
少しだけ声を張り上げ、サイドカーの付いたバイクを押して近づきつつ、彼女に問いかける。
現在、サイドカーの席は空いている。

「何してんだ、ヨアケ」
「おはようビー君。何って、ヒッチハイクだけど」
「おはよう……って、お前、ヒッチハイクする必要ないだろ。手持ちのデリバードで移動すればいいじゃないか」
「そうしたいのはやまやまだけど、リバくんは昨日散々飛んでもらったから、休ませてあげてるの」
「だったら、もう少し屋敷に居ればよかっただろ」
「もう出ちゃったよ。今更戻りにくいって」

わざとだろ。という言葉が喉まで出かかったが堪えた。
代わりにため息を一つ吐いて、質問を投げかける。

「これからどこに行くんだ」
「とりあえず、【ソウキュウシティ】で情報集め、かな」
「王都か。奇遇だな、俺も【ソウキュウ】に戻るつもりだ」
「そうなんだ……えーっと……」
「……そこまで乗ってくか?」
「うん! ありがとう!」

俺の誘いにヨアケは輝く表情で乗る。
その言葉を待ち望んでいたというような即答だった。
そう言えば、ヨアケに言いたいこと、あったな。

「ああそうそう、お前に二つ言い忘れていたことがあった」
「なあに?」
「スカートで空を飛ぶな」
「う……はい」
「それと、応援ありがとな」
「応援……?」

心当たりがない、という風なヨアケ。
覚えていないならそれでもいい。そう割り切って、俺はヨアケに促す。

「それじゃ、行くぞ。さっさと乗れヨアケ」
「え、あ、うん……道中よろしくお願いします、ビー君」
「あいよ、こちらこそ」



*******************


ヒンメル地方南部。広い荒野に引かれた道路の上を、青いフォルムのサイドカー付きバイクで走る。
隣の席には予備の白いヘルメットを被ったヨアケが静かに座っていた。
エンジン音に紛れて、穏やかな寝息が聞こえる。
朝早く起きたせいか、それとも昨晩眠れなかったのかは知らないが、ヨアケは眠りについていた。
速過ぎず、でも遅すぎないスピードで、俺はバイクを走らせる。他人を乗せるのはあまりしないので、加減がよくわからなかった。

(親父だったら、もっと上手くやるんだろうな)

そう、少しだけ練習してこなかったことを悔やむ。

このバイクは俺の親父の遺品である。
なんでも俺が生まれる前、親父が母さんとデートするためだけにサイドカーを付けたらしい。
二人乗りすれば良かったんじゃないか、と親父に尋ねたこともあったが、親父は「そんなことしたら心臓に悪い」と断固として譲らなかった。
遺言でも、もしバイクに乗れる年齢になっても二人乗りだけは止めておけと念を押されたほどである。
母さんは俺が幼いころ亡くなってしまったので、そのサイドカーは物心ついた時には俺の席になっていた。
このサイドカーが、まるで揺り籠のような役割を俺に与えてくれたのを、今でも覚えている。
途中の休憩の合間、ヨアケの寝顔をちょっとだけ覗く。
無防備すぎる表情に呆れつつ、改めてこのサイドカーの効力を感じた。

(寝心地、良くないはずなのに眠れるんだよなあ)

俺もよく、親父が走らせるバイクの横で寝たものだ。
たとえ走っていなくても、眠れない夜はサイドカーにこっそり潜り込んで、夜が明けるのを待っていたこともある。
親父も亡くなって、ラルトスと二人きりになった夜も。
ラルトスがいなくなり、暗闇が怖くなってしまった夜も。


【ソウキュウシティ】はここから北にある、【トバリ山】を超えた先にある。
【トバリ山】はヒンメル地方の中央部と南部を横断している山だ。
この地方にある山々の中でも特に険しく、山道に道路が作られるまで、地上を進むには長い日数をかけて山を迂回するか、山道を徒歩で超えていくかの二択だったらしい。
いくつかの山道に道路が整備されたことにより、車両でも気軽に南部に向かうことが出来るようになったのである。
その、筈だったのだが……

「おい、ヨアケ。起きろ」
「ん……ふああ、ゴメン……ビー君。寝ちゃってて……」
「それは構わない。それより、弱ったことになったぞ」
「弱ったこと?」

メットのシールドを上げ、目をこするヨアケ。
眼前の光景を見て、事態を把握したヨアケがぼつりとこぼした。

「うそ」
「言っておくが、夢じゃないからな」
「わー……」

いつにも増して、車を見かけないと思ったら、こんなことになっているとは。
その白と緑っぽい黒のツートンカラーの丸みを帯びた巨体は、谷間に挟まるように、道路を塞いで鎮座していた。

「カビゴンだー」
「カビゴン、だな。今朝方山の上の方から落っこちてきたみたいだ。さっきすれ違ったトラックの運転手が嘆いていた」
「そりゃあ、無理ないよ……」

唖然とするヨアケに、俺は謝罪する。

「悪い。こんなことになってるとは思わなかった」
「ううん、しかたないって。どうする? 捕まえる?」
「難しいだろ。ここはポケモン保護区に指定されているしな」
「あ、そっか……<エレメンツ>には連絡した?」
「一応、さっきの人が」
「じゃあ、待ったほうがいいね」
「いいのか? 俺に付き合って待つ必要はないぞ」
「まあ、いいじゃんいいじゃん。急ぐわけでもないし」
「それは、そうだが……」

のんきというか、のんびりやと言えばいいのかわからないが、そのペースに呑まれそうになった。
ヨアケのペースに翻弄されないように、首を振って立て直す。

「いいや、やっぱりどかそう」
「どうやって?」
「こいつの力を借りるのさ」

そう言ってから、俺はモンスターボールからポケモンを繰り出した。
ボールの中から出てきたのは屈強な四本の腕を持つポケモン、カイリキー。

「おおー、配達屋っぽいね!」
「だろ?」

ヨアケが瞳を輝かせる。彼女の熱い視線を受けたカイリキーは、得意げに右上腕で力こぶを作ってみせた。
それを見たヨアケが喜ぶもんだから、カイリキーは次々とポーズをし始める。そのうちヨアケが拍手をし始める。
そんなやりとりだけで5分くらい経過した。しかしステージ(?)はいまだに盛り上がりを見せている。

「おいカイリキー……そろそろ、その辺で切り上げて……ヨアケも止めろっておーい、あのー……」
「かっこいいぞー!」
「……………………カイリキー、そのままでいいから『ビルドアップ』」

俺の指示にカイリキーは待ってましたと言わんばかりに応える。
カイリキーの全身の汗が迸り、鍛え上げられた筋肉が弾んだ。
それは有終の美を飾るにふさわしい『ビルドアップ』だったといえよう。

「おおー!」
「ウォームアップは済んだか?」

皮肉交じりの確認に、今まで見たこともない良い顔で親指を立てるカイリキー。あ、高揚感に溺れて皮肉が通じてないな、これは。
……まあ、カイリキー自身が楽しかったのなら、それでもいいか。
さて、カイリキーのテンションが上がっているうちに、働いてもらうとしよう。

「いけ、カイリキー! カビゴンを持ち上げるんだ!」

応、と一声上げ、カビゴンめがけて駆けだすカイリキー。
四本の腕でカビゴンの巨体をがっしりと掴み、両の足でどっしりと構え――そして一気に持ち上げた。
唖然と見てるヨアケに、俺は発破をかける。

「長くは持たない、今のうちに通り抜けろ!」
「う、うんっ!」

二人で協力してバイクを押し進める。カイリキーは汗を垂らしながらもしっかりと堪えてくれている。
途中までは順調に事は進んでいた。だが陰りまで入って、あともう少しで抜けられるというところで、状況は一変した。

地響きのような音が、全身を振るわせる重低音が俺達を襲う。一瞬、山が崩れたのかと思わせるような音が、一帯に轟く。
思わず俺はバイクから手を放して両手で耳を塞いでしまった。
とっさに取ったその俺の行動は、間違いだった。
耳を塞ぎたくなるのが、俺だけじゃないことに気付けなかった。
視界の端を金色の髪がたなびく。
動けない俺の脇を、苦々しい表情をしながら全力でヨアケは一人バイクを押し、陰りを突破する。
そして彼女はこちらを振り返って、目を見開き慌てて叫ぶ。

「走って!」

ヨアケに呼ばれることで、本当に遅すぎるくらいようやく、音の正体に気が付いた。
この地鳴りが、カビゴンの発している『いびき』だということに。

攻撃を仕掛けられていた事実を把握するのが、遅かった。遅すぎた。
更に、最悪のタイミングで足がすくんでしまう。

(やばい、怯んで、動けな――)

諦めそうになったその時。

(?!)

突如、背中に走る衝撃。
誰かに突き飛ばされる、感覚。
転がるように暗がりから抜け出た俺は、その誰かを目の当たりにする。
青い、青いそのシルエットは、その赤い瞳で俺の姿を真っ直ぐ捕らえていた。

「リオ、ル……?」

いつの間にボールから飛び出ていたのだろうか。リオルはそこに立っていた。
今にもカビゴンに押しつぶされそうなのにも関わらず、リオルは安堵の表情をしている。
まるで、俺を助けられてよかった、と言いたげな顔をしていた。

「ビー君モンスターボール!!」
「! 戻れリオルっ!! カイリキー!!」

ヨアケに怒鳴られて何とか我に返った俺は、間一髪でモンスターボールにリオルとカイリキーを戻すことに成功する。
そして、今度こそ本当の地響きが辺りに響いた。


*******************


カビゴンは『いびき』以上の攻撃は仕掛けてこずに、再び寝息を立て始めた。
俺は、力が抜けてへたり込んでしまう。そんな俺の頭上に、ヨアケの軽い手刀が振り下ろされた。

「いてっ」
「こらっ、無茶しないのっ」
「……すまん。助かった」

何とか立ち上がり、バイクの様子を確かめに行くと再び手刀で頭を叩かれた。やめろ縮む。

「バイクよりポケモンの心配でしょ!」
「……そうだな。その通りだ」

正論過ぎてぐうの音も出ない。さっきのショックが大きかったとはいえ、もう少し冷静になれ、どうかしてるぞ俺。
ボールを握る手に力が入らない。それでも、若干逃げ腰になりつつもモンスターボールからリオルとカイリキーを出す。

カイリキーは冷や汗をかいて、それでもやり切った顔をしていた。
リオルは相変わらずそっぽを向いている。
カイリキーが俺の様子を案じて顔を覗き込んだ。
俺はカイリキーとリオルに対して頭を下げる。

「悪かった。お前らを危険な目に合わせてまで強行して、すまなかった」

カイリキーは気にすんな、と言わんばかりに肩をぽんっと一度叩いて俺に背を向ける。
リオルはというと、こちらを向いていた。
何かもの言いたげにしているリオル。何か言葉をかけてやるべきだとは理解していたが、その肝心の言葉が出てこない。
ぼやぼやしてたら、リオルに脛を軽く一発蹴られる。痛くはなかったが、精神的には痛かった。

カイリキーの向かった先に目をやると、ヨアケと一緒にカビゴンの前で何かをしていた。

「カイリキー、ちょっとだけカビゴンを転がしてもらってもいい? うん、そうそう」

転がされ、こちらに背中を向ける形になるカビゴン。ヨアケはそのカビゴンの身体を調べている。

「何してんだヨアケ。また『いびき』がくるぞ」
「それならそれで、いいんだよ」
「は?」
「……あった!」

何がいいのかわからずにいると、ヨアケが鞄からきずぐすりを取り出して、それをカビゴンに使った。

「もしかして、ケガしているのか? そのカビゴン」
「うん……ほら見てここ」

ヨアケの指さした所を見ると、範囲はそこまで大きくないが、結構深い傷が二つある。何かの爪痕だろうか。

「よく気が付いたな」
「なんか、顔色悪いし寝苦しそうにしていたから、もしかしたら眠って回復している最中だったのかなって。さっきの『いびき』も振り絞って出してたみたいだし」
「そうだったのか」
「……まだ体力も戻り切っていないみたいだね」

そう言うとヨアケはモンスターボールを手に取り、ポケモンを出した。

「セツちゃん!」

ボールから出て来たのは、背中に大きなキノコを背負った虫ポケモン、パラセクト。

「お願いセツちゃん、治療用の胞子をちょうだい」

セツと呼ばれたパラセクトは、キノコを震わせて、胞子を抽出する。

「そうか、漢方薬か」
「その通り! セツちゃん特製のちからのこなってところだね」

ある地方ではパラセクトの胞子を漢方薬にするらしいという話は聞いていたが、実際にこうして見るのは初めてだった。
ヨアケが再び鞄の中に手を入れる。中から取り出したオブラートで、集めた胞子を包んでいく。

「そのままじゃ、苦いからねー。お水と一緒に、そう一気に飲み込んで」

彼女の指示に従い薬を飲むカビゴン。
カビゴンの表情が、少しだけ和らいだ。

「……何かに襲われたんだろうか」
「何か、っていうよりもこの場合は“誰か”じゃないかな」
「それってつまり」

俺のつぶやきに、ヨアケは静かに山の上の方を見上げて、重々しく言った。

「密猟、だね」


*************************


坂の上の茂みから、カビゴンを見張る二つの影があった。
赤いリュックを背負った、あちこちに跳ねた黒髪をもつ女性が、こちらを見上げる金髪の女性を見て呟く。

「んーと、あの人、アタシらの存在に気付いたっぽい?」

その言葉を隣で聞いていた、黒い半袖シャツを着た、金色の髪をソフトリーゼントにしてある青年は、丸いサングラスをかけ直しながら頷いた。

「そうかもしれない。だが、こちらの具体的な戦力などの情報は、まだ把握されていないだろう」
「むー、だといいんだけれども、ね」
「このままあの二人にカビゴンを回復されては厄介、だな。放って置けば、いずれ<エレメンツ>も来るだろう」
「ねー……どうしたもんだか」

赤リュックの女性の相槌に、眉をしかめるソフトリーゼントの青年。
サングラスの下の青い眼を細めながら、女性に苦言を呈す。

「こうなったのはもとはと言えば、お前がカビゴンの縄張りの木の実を奪おうとして怒りを買ったからだろう」
「あー、そうだったねぇ。カビゴンの食べ物の中に、珍しい木の実があるかなあって思ったら、つい」
「………………つい、ではない」

うなだれる青年に、小首を傾げながら、謝る女性。

「んー、ゴメンね?」
「……もういい。その代わり報酬を減らす」
「えー、そんな、無慈悲なー」
「最初に断っただろう。報酬は働き次第だと。この捕獲作戦が成功しなければ、その分少なくなると思うことだ」
「あー……でも、ゼロにならないところが、キミの優しさを感じるなー」
「タダ働きがお望みか」
「いいえ」


*************************


「さて、どうしようかビー君」
「どうする……つっても、ほっとく訳にもいかねーし<エレメンツ>が来るまでこいつを守った方がいいんじゃないか?」
「そうだね。私もそれに賛成だよ」
「じゃあ、とりあえず昼飯にでもするか」
「あ、もうそんな時間だったんだ。お嬢さんから頂いたお弁当、楽し……あ……」
「? どうしたヨアケ……」

嬉しそうにしていたヨアケの表情が固まる。彼女の視線につられ、そちらを向くと、

「あ」

カビゴンが、物欲しげな顔で、こちらを見ている !

「「…………」」

長い長い、腹の虫の音が聞こえてくる。一筋の涙がカビゴンの頬をつたった。気がした。

「ま、まだ腹減ってねーし止めとくか!」
「そうだね! そうしよう!」

動けないカビゴンを他所に、のうのうと食べるのは流石に心が痛む。ので、俺達は昼飯を我慢することにした。

「悪い、カビゴン……弁当はやれないけど、せめてこれで体力回復してくれ」

オレンのみをカビゴンの大きな口の中に入れ食べさせる。カビゴンの顔色がだいぶ良くなった。
カビゴンが表情を緩める。緊張していたのだろう。俺もヨアケもつられて、口元を緩めた。

ふと、何か思い出したように、ヨアケが俺に確認を取る。

「ところでビー君。ちゃんと、ふたりに言ってあげた? お礼」
「………………あ」
「忘れ、てたの……?」

黙り込む俺を、ヨアケはじとーっと見つめながら責める。
リオルもヨアケと同じ目つきをしていた。カイリキーはそんなふたりを「まあまあ、責めてやってくださんな」というポーズで、冷や汗を垂らしながらたしなめている。

「…………すまん、忘れていた…………ありがとう。ふたりとも」

リオルは「遅いんだよ」と鼻を一度鳴らした。
カイリキーは右下腕の親指を一つ立てる。
指摘されてからでは遅いけど、それでもこいつらとの関係を、一歩前に進めた気がした。
でもそれは、そんな気がしていただけで、本当はその場から一歩も動いていないことを……見破られる。

「……本当に忘れていただけなのかな?」

話のきっかけは、その何気ない一言だった。


*************************


「どういう、意味だ……?」
「いや、えっと……ちょっと気になっただけなの」
「だから、なんだよ」

聞き返す俺に、ヨアケは躊躇いを見せながら、謝罪する。

「ずるいけど……本当はこの場で言うべきじゃないことだから、先に謝っておく。ゴメンね」

そして彼女は、ざっくりと切り込んできた。

「私が思うに、ビー君……キミは、怖がっているんじゃないかな。リオル達と親しくすることを」
「怖がっている、だと……?」
「うん。でもまあ、怖がっているって言うよりは、壁を作っているって感じかな」

確かに、リオルたちとの距離感を感じることはある。それは時折考えていたことでもあった。
ヨアケはその壁を作っていたのが、俺だと言いたいのだろうか。

「ジュウモンジさんは、リオルがビー君のことを信頼していないって言ってたけど……どうも私には、そうは見えないんだ」
「どうしてそう思うんだ?」
「だって信頼してなきゃ、バトルであそこまでビー君の指示を聞かないよ」

先日のリオルのバトルを思い返してみる。思えば、そっぽを向くことはあれど、リオルがポケモンバトルで俺の指示を聞かないということは、なかった気がする。
信用は、してくれているのかもしれない。だが……

「それは、そうかもしない。だが、いまだにリオルは進化してないじゃないか。ジュウモンジが言いたいのは、そういうことでもあると思うぞ」

ジュウモンジの言う通り、懐き進化のリオルがルカリオに進化していない。それこそが、俺がリオルに信頼されていない、証拠。

「懐かれていないんだよ、俺は」

その言葉を聞いたヨアケは眉をひそめ、あからさまに困惑した表情を見せた。

「本気でそう言っているの?」

彼女は右手を頭にやる。パラセクトが心配そうにヨアケを見上げた。カイリキーは戸惑いながら俺とヨアケを交互に見る。
頭を抱えながらも、ヨアケは俺の背後のリオルを見て、うつむくリオルを見て、言葉を付け加え、繰り返し問いかけた。

「ビー君庇った時の、リオルの顔を見てもまだそう思っているの? いつまでそう思い続けているの?」
「!」

突きつけられた、問い。
あの安堵の表情が、思い返され、胸が僅かに痛んだ。
何かを言おうにも、見えない何かに遮られて、何も言えなくて。
そこまで言われて俺はようやく、自分が目を逸らし続け、逃げていたことに気づく。

「……そこが、壁だよビー君」
「……これが、壁か」

懐かれていないと思うこと。思い込んでいること。それが、彼らと向き合わないようにしていた口実だったのかもしれない。
リオルを見下ろす。しかしリオルは目を合わせてくれなかった。

「ビー君さ、ラルトスのことをたった唯一の家族って言っていたよね」

昨夜の俺の言葉。その切り口で、彼女が何を言いたいのか大体察した。
呆然とリオルを見つめ、ゆっくりとうなずく俺をヨアケは心配そうに見る。それから、静かに俺を諭した。

「別れを引きずって生きていくのと引きずられて生きていくのとじゃ、意味が違うよ。過去ばかりじゃなく、周りも見てあげて」
「忘れろって言うのか」

苦し紛れの笑みを浮かべる俺に対して、彼女は首を横に振って否定をしようとした。
けれども、突然現れた翅音に注意を持っていかれることになる。
俺とヨアケは空を見た。上空には一体のひし形の翅を持つ緑色のドラゴンポケモンが、旋回していた。


*************************


「あれは、フライゴン? 誰か、乗っているみたいだけど……」

トレーナーらしき人物を乗せたフライゴンは、じわじわとこちらへ降下してくる。
俺は半ば投げやりに推測をした。

「エレメンツの救援じゃないのか?」
「違う、エレメンツにフライゴンはたぶんいなかったはず――気をつけて!」

ヨアケの警戒を呼びかける声に呼応するかのように、フライゴンに乗った女トレーナーが間延びした声を発した。

「あれー、なんでばれたのかなー。まあばれたからにはしょうがないなー。それじゃあー、お覚悟っ」

女の持っていた袋の中から、十数個の紫色のボールが、上空にばらまかれる。

「なっ」
「セツちゃん! 『タネばくだん』!」

パラセクトの『タネばくだん』のおかげで、ばらまかれたうちの数個を落下途中で吹き飛ばすことには成功はした。が、それ以外は地面に着弾し、辺りに煙幕を立ち昇らせ視界を奪う。

「けむりだまか! くそっ!」

煙を吸い込まないようにしていたら、坂から何者かの駆け降りる音が聞こえる。

「! もう一人来るぞ!」

足音が途絶え、一瞬空を何かが切る音がした後、煙幕の間に光がこぼれ出るのを見た。
初めはいったい何が光ったのか理解出来なかった。しかし、コン、コンと地面に何かが跳ねる乾いた音が響き渡り、少ししてから暴発するような音とともにまた光が出る。
ポケモントレーナーなら馴染み深いこの音のリズムと光。その正体に気付き俺たちの間に一気に緊張が走る。

「いきなりモンスターボールかよ?!」
「カビゴン! 大丈夫!?」

ヨアケの呼びかけにカビゴンが応答する。その声には焦りが混じっていて、無事には無事だが、といった様子だった。不意を突かれ、捕まりかけていたのだろう。
風切る二投目のボールとそれを弾き返す音。それからリオルの吠え声が聞こえた。


*********************


「そっちか!」

煙幕が晴れていき、視界が開ける。
そこで俺たちが目にしたのは、坂にもたれかかるカビゴンと、開けた道の向こう側に走り去る黒いシャツの青年。
それからその青年を追いかけるリオルの姿だった。
俺たちとリオルたちとの距離は、予想よりも遠い。
煙幕の中リオルは密猟者の感情の波を察知して、位置を特定し、とっさに行動に出たのだろう。

「待てリオル!」

俺の制止を、リオルは任せろ、と一声鳴いて振り切った。

フライゴンと女トレーナーの姿はなくなっていたが、今カビゴンから離れるのはまずい気がする。
だが、深追いをしているリオルも、危険だ。
それを考えると躊躇している時間はない――――なのに足が動かない。
見えない壁に遮られ、圧迫感に雁字搦めにされて、動き出せない。

どうしてだ?
どうして自分のポケモンのことを、すぐ追いかけてやれないんだ?
他人のポケモンのためなら、あんなに動けたのに。
カビゴンとリオルを比べている?
ふざけんな。どっちが大切かなんて、とっくに解っているはずだろ?

握りこぶしは解かれ、かろうじてリオルの方へと、伸びていた。
そうだ、掴むべきは、空じゃない。

「ビー君……?」
「カイリキー……俺に一発『かわらわり』。頼む、俺の壁をぶっ壊してくれ」
「?! ビー君、壁ってそういうことじゃないよ!」

ヨアケのツッコミをガン無視して俺は、今の俺なりに辿り着いた答えを彼女に言った。

「確かに俺は怯えてたのかもしれない。大切なものを失う悲しみを知ってるからこそ、もうそんな思いをしたくないと」

だったら初めからそういう相手をつくらなければ、傷つかないで済む。
だから親しいと、大事だと思わないように、目を逸らして拒み続けていた。

「でもそれじゃダメなんだよな。だって、こんな俺のことを慕い、ついてきてくれているんだから」

あいつの、リオルの滅多に見せない笑顔を思い出し、その柔らかな表情を思い返し、今更ながらぐっと感情がこみ上げる。
声が上ずりかけるのをぐっとこらえて、最後まで言い切った。

「ラルトスのことは忘れられない。忘れちゃいけない。忘れてたまるか……でもだからって、リオルのことから、目をそらしていいってことにはならない。ってことだよな?」

俺の答えに呆気にとられていた彼女は、気を取り戻して「あってる」と言い、小さく笑った。
日の光を浴びたその笑顔は、少しだけ輝いて見えた。

「ヨアケ、カビゴンのこと、任せたぜ。ちょっと相棒連れ戻してくる」
「任せて、行ってらっしゃい」

意気込んだ俺に、若干タイミングを逃したカイリキーの『かわらわり』が、俺の背中に炸裂した。
それは『かわらわり』とは言えない、どちらかというと気合を入れる類の平手打ちだった。
カイリキーは若干呆れながら、これでいいか? と苦笑いしていた。
つられて俺も苦笑してしまう。

「充分だ、ありがとう」

壁は、壊された。
カイリキーをボールに戻してバイクに飛び乗り、俺はリオルと密猟者を追いかける。
ちょっと遅い、スタートラインだった。


*********************


彼の後ろ姿が曲道へ消えていくまで、私は彼から目を放せないでいた。
何故なら、あの押しつぶされそうだった小さな背中が、今では少し頼もしく見えたからである。
その頼もしさは、ひょっとしたら一時のものかもしれない。でも、私が彼に感じていた恐怖の感情は、形を変えつつあった。
たぶん彼はもう大丈夫。そう、信じたくなり始めている私がいた。

ロングスカートの裾を軽く引っ張られる。振り向くと、私のパラセクト、セツちゃんがツメに何か引っかけていた。
受け取ってみるとそれは、黄色と青色に彩られたモンスターボールの半分だった。
周囲を見渡すと、同じようなカプセルの片割れが三つ落ちていた。セツちゃんのを合わせて四つ、つまりは二個のボールの残骸が転がっていたことになる。
種類はおそらくクイックボール。もしかしたら、相手は短期決戦を挑んできていたのかもしれない。
となると、カビゴンを襲ってきた人たちは、ふたりとも引き上げた可能性もある。
彼らを追って行ったリオルとビー君は、大丈夫だろうか……

「休んでいるのにゴメンね……リバくん、お願い!」

セツちゃんに地上の警戒をしてもらいつつ、私はボールの中で休ませていたデリバードのリバくんを出し、空中から周囲の様子を見てもらうことにした。

「リバくーん! フライゴンを探しているんだけど、いるー?」

首を横に振って否定するリバくん。でも、代わりに何か見つけたようで、私にそちらを向くように鳴く。

「あれは……!」

遠目にでもすぐ見つけられるほど、その飛行ポケモンと思われるシルエットは、大きかった。


*************************


少しバイクを走らせると、道路の途中に技の痕跡があった。
『きあいだま』が着弾したような窪みから、『はっけい』を繰り出す際に出る土の舞い上がった跡。『でんこうせっか』をしようと踏み込んだ足跡まで。どれもリオルのものである。
反撃をされた形跡がないのが不自然だ。相手が逃げに徹しているのからなのだろうか?
それにしても、追跡してくるポケモンの攻撃から人間がここまで攻撃をかわし続けてるとは……『でんこうせっか』も使っているんだぞ? 一般的なトレーナーの動きじゃない。レンジャーとか、空手家とかそういう類の奴だろうこれは。
痕跡は道路から外れて、坂の茂みの方へと続いていた。

「そっちか!」

バイクを降りて坂を駆け上がっていくと、林の中の開けた場所に出て、そこでリオルの姿をとらえることが出来た。
リオルは青年……丸グラサン金髪リーゼント野郎のポケモン、長い両手と尻尾に大きな爪がついた紫色の化け蠍、ドラピオンと対峙していた。
丸グラサン男が追いつめられてドラピオンを出し、リオルは奴らの動向をうかがっている……というわけではないようである。
違和感の正体にはすぐ気付けた。リオルの動きだけが、膠着していた。

「リオル!」

俺はすぐさまリオルの元へ駆け寄ろうとした。すると、リオルに物凄い剣幕で吠えられる。驚き立ち止まると、リオルはまたあの安堵の表情を見せた。
何なんだいったい、と思いながら目を凝らすと、リオルの周囲の地面には、何か毒々しさを持つ刺々しい物体が散りばめられている。それは俺の足元にまで、広がっていた。
リオルが吠えていなかったら、危うく踏んでいただろう。俺はまた、リオルに助けられていた。
丸グラサン男がドラピオンに指示を出す。

「――ドラピオン、もう一度『どくびし』」

男の指示に合わせて、ドラピオンが毒の付与されたまきびし、『どくびし』をばらまく。
二度目の『どくびし』は、既にばらまかれていた一度目の『どくびし』と合わさって、その毒の効果をより強力なものにしていた。
ますます、身動きが取れなくなる俺とリオル。
そんな俺らを見て、少し余裕が出たのか、丸グラサン男は軽口を叩き始めた。

「お前のリオルは、手加減というものを知らないのか」

一瞬、何のことを言われているのか分からなかった。が、さっきの道路の状態を思い出し、文句だと察した。
文句を言われる筋合いはないので、皮肉を持って対応する。

「悪党相手に油断しないところが、俺のリオルのいいところなんでな」
「それは……褒めてやっているのか?」
「そ、そのつもりだ!」

予想外にストレートなツッコミに戸惑う俺を、リオルは疑惑の眼差しで見ていた。
ドラピオンも冷めた眼差しをしている。やめろ、そんな目で見るな。
丸グラサン男はというと、「そうか」と一言呟くなり、困惑する俺のことを放置して、何か考え込み始める。

「……しかし、悪党か」
「……なんだ? 言い逃れするのかこの密猟者」

かすかなぼやきに喰いつくと、奴は真面目な声色で返して来た。

「密猟というのも、おかしな話なのだがな」

サングラス越しだとどう視線を動かしているのかが分かりにくい。だけど、奴がどこか遠くを見据えているのは、なんとなく感じ取れた。

「そもそも、あの“闇隠し”以降近隣国によって、ここ【トバリ山】に限らずヒンメルの各地がポケモン保護区に指定された……名目上は“闇隠し”によって崩れただろう生態系の調査だったか保護だったか。それによって、俺たちトレーナーは自由にポケモンを捕まえにくくなった。その上、捕まえようとすればなぜか<エレメンツ>に通報される……」
「……つまり、自由にポケモンを捕まえさせろって言いたいのか?」
「いや、言いたいのは、悪循環では、ないだろうかということだ」
「悪循環……?」
「ただでさえ、疲弊しきっているこの国の人間は、他国から流れてきた悪党に抵抗出来るだけの力が少ない。対抗手段を持っているトレーナーも一部だ。確かに保護区は密猟者からポケモンを守る方法だろうが、それ以前に自衛手段を身に着けさせる方が、重要ではないか」

俺はリオルを『どくびし』から逃がす方法を考え続けながら、時間を稼ぐために話を合わせる。

「自衛手段、か。それだったら、トレーナーズスクールとかそういう方面でポケモンとトレーナーを鍛える方が、いいんじゃねーか。ってか、実際そういう方面での動きはあったはずだろ?」
「まあな。年数も年数だ、着々と鍛えられてはいるだろう。だが、どうしても即戦力が求められているのも、事実だ」
「即戦力と言うが、他人のポケモンはトレーナーの力量が無いと、言うこと聞かないだろ」
「もし、言うことを聞かせる手段が、あるとしたら?」
「そんなこと、出来るのか?」
「……もしもの話だ。さて、お喋りが過ぎた。悪党は悪党らしくするとしよう」

そう言って奴は、ドラピオンに指示を出す。
リオルを逃がす方法の結論は出ていた。ただ、なかなか実行に移せないでいた。
本当にそれでいいのか、と問いかける自分がいる。
しかし、ドラピオンが構えた瞬間には、勝手に体が動いていた。

「ドラピオン『ミサイルばり』」

いくつもの棘のような針がドラピオンから放出され、リオルに襲い掛かる。
リオルが両腕を交差してガードを試みようとする。
しかし、このままでは攻撃の衝撃で吹き飛ばされて『どくびし』の餌食になってしまうのは明白だった。
だから俺は、リオルを守るためにモンスターボールを構える。

「戻れ!」

赤い光に包まれたリオルがモンスターボールの中に収まる。
当然、リオルに命中するはずだった『ミサイルばり』が、こちらへ飛んできた。どてっぱらに一本もらい、膝をつく。

「ぐあっ!」
「ほう。ポケモンを守るために自ら流れ弾を食らうか」

痛みに耐えながらも、激しく揺れ動くリオルのボールを押さえる。

「っ、だめだ、出てくるな!」

しかし、痛みで押さえきれず、リオルは出てきてしまう。リオルは『どくびし』を踏んで、猛毒状態に陥る。
俺の考えではリオルを戻して奴らをいったん見逃す、というつもりだった。
それがむしろ逆効果だったことを痛感することになる。
要するに俺は、リオルを守りたいあまりに、リオルの気持ちを考えてなかった。

「リオル……なんで!」

リオルは足の裏に突き刺さるのをお構いなしに『どくびし』を踏みしめ、一歩一歩俺の方へと近づいてくる。
そして、力いっぱい俺の頬を叩いた。

「……何しやが――っ!」

とっさに出かけた言葉が詰まる。
目の前の、その苦しそうな顔を見てしまったら、もう怒鳴れなかった。出来るはずがなかった。
そんな顔させたいわけじゃなかった。ただ俺は、お前を守りたかっただけなのに。

「トレーナーがポケモンを庇って倒れたら、本末転倒だろう。そのリオルは、お前を守ろうと動いていたのだろうに、哀れだな」

至極もっともな言葉が、嫌でも耳に入ってくる。奴は俺に、さらに追い打ちをした。

「お前、ポケモンのこと信頼してないだろう」

突き刺さる言葉。苦しいのは、『ミサイルばり』をくらった傷痕のせいなのか、図星を突かれたからなのか、とにかく頭の中がぐちゃぐちゃになる。
しかし、不思議と冷静だった。何が俺の思考を引きとめているのかというと、やはり叩かれた頬の痛みだった。
自然と、リオルの肩に手を触れていた。リオルが視線を逸らそうとする。毒が回ってきているせいか、顔色が悪い。

「信頼か……出来てないんだろうな。どうやったら信頼し合えるようになるのかわかんねえよ」

リオルの肩が、震えている。俺に、奴の言葉を肯定してほしくなかったのだろうか。いや、肯定してほしくはないよな。
リオルが居心地悪そうにしていた。それでも俺は、震える肩を握りしめながら、続ける。

「今まで俺は相棒を、ラルトスを“闇隠し”で奪われてから、他の奴とどう接していいかわかんなかった。今でもわからない」

呆れるくらい、わからない事だらけだ。だけど、そんな暗中の中にも、一筋の光のような想いがあった。
伝えなきゃいけない、伝えたい言葉があった。

「でも、お前のことも大事な相棒だとは、思っている。いいや、相棒になりたいと思っている」

ここでやっと、リオルは俺のことを見てくれる。赤い瞳は、ゆらめいていた。

「リオル、俺はお前とも、本当の意味での相棒になりたい。今はそれじゃ、ダメか?」

リオルは何も言わなかった、ただ、俺の頭を抱いて、小さく首を縦に振ってくれた。
そんなリオルに対して、心の底から、込み上げた言葉があった。

「ありがとう」

その言葉は、今までのちぐはぐなものではなく、パズルピースのようにストンとはまった。


*********************


丸グラサン男とドラピオンはというと、黙ってその場から去ろうとしていた。
しかし、彼らの動きは高らかな一声によって遮られる。

「少年よ、よく言った!」

その声は頭上から、聞こえてきた。リオルを抱えたまま、声の主を捜す。
木の上に人影が見えた。小柄な人影はあろうことかこちらめがけてダイブしてくる。
空中でモンスターボールを下方へ投げる彼。
ボールの中からは大きな花を背負った、緑色の草ポケモンが現れた。

「フシギバナ! 『どくびし』を踏みつぶせ!」

フシギバナは着地とともに、『どくびし』をつぶして消滅させる。フシギバナの持ち合わせる草ともう一つのタイプ、毒の力で、『どくびし』を相殺させたのだ。
フシギバナがツルを伸ばし、トレーナーをキャッチし、地面へ降ろす。
それから、飛び降り野郎……緑のスポーツジャケットを着た、ヘアバンドの少年は名乗りを上げた。

「オイラは<エレメンツ>五属性が一人、ソテツだ」
「エレ、メンツ……?」

増援が本物なのか疑る俺に、ソテツはチョロネコのような笑顔をつくる。

「事情は弟子のアサヒちゃんから聞いてるから、警戒すんな微糖君」
「ビドーだ」

反射的に返してから、弟子? と新たな謎が降ってきた。
問いただす間もなく、ソテツは構える。

「助太刀するぜ、ビドー君とやら!」

そうして、丸グラサン男とソテツのバトルは始まった。




                 つづく


  [No.1547] 第三話 コーヒーブレイクと甘い罠 投稿者:空色代吉   投稿日:2016/05/19(Thu) 21:28:34   35clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第三話 コーヒーブレイクと甘い罠 (画像サイズ: 480×600 335kB)

どうやったら信頼しあえるかわからない、だがお前とも相棒になりたいと思っている。

背の低い、群青の髪の男はリオルに対してそう告げた。
リオルは男の願いを聞き入れる。跪いた男の頭をその腕に抱いた。
そんな彼らの行動を俺とドラピオンは、おそらく気まずそうに見ていたのだろう。
どうしたらいいのだろうかと、またはどうしたものか、と。
確かに彼に対して、ポケモンの事を信頼してないだろうと言ったのは、紛れもなく俺だ。
だからとってお涙頂戴のような場面を見せつけられても、対応に困る。現にドラピオンも困っている。
さらに何故か俺は、彼に対して同情出来ないでいた。

“闇隠し”でラルトス奪われ、心を閉ざしていたのは、わからなくもない。うちの末っ子のリッカも他の兄姉を失って心を閉ざしていた。そういう奴が少なくないのは、わかる。
だが、お前“とも”、とはなんだ。そこはラルトスの事は脇へ置いておいて、リオルと向き合うべきだろう。

お前は浮気男か。

フタバが巻き込まれた人間関係のいざこざで、こういう場面を見たことがある気がしたのは、気のせいだろうということにしておく。

「……行くぞ、ドラピオン」

いくら腹立たしく思ったとはいえ、空気が空気。戦意は喪失させたようだし、足止めの『どくびし』まいた。いつまでも彼らに付き合う義理は無い。
カビゴンの捕獲は中断して、とっとと彼女との合流を優先させることにしよう。
そうしてその場を後にしようとした。すると、高らかな声が上方から響く。

「少年よ、良く言った!」

群青髪の男を少年と言った、木の上にいた声の主もまた、少年だった。
その小柄の影は次の瞬間、飛び降りる。そして空中で下方にモンスターボールを投げ、フシギバナを繰り出し『どくびし』を踏みつぶさせる。
彼は若草色の髪を深緑のヘアバンドで留め、同じような緑色のスポーツジャケットを着ていた。

「オイラは<エレメンツ>五属性が一人、ソテツだ。助太刀するぜ、ビドー君とやら!」

それは、ある意味無慈悲な宣告というやつだったのだろう。
俺は後悔した。こんな奴など無視してもう少し早くこの場から離れていればよかったのだろう、と俺は後悔した。

ドラピオンにソテツとフシギバナへのけん制をさせつつ、通信端末に手をかけ、覚えたての番号を素早く入力する。
4度目の着信音の後、彼女は電話に出た。

「俺だ」
『はいはいー、どちら様ー?』
「……ハジメだ」
『なーんだ、ハジメかー。詐欺かと思ったよー、どうしたのー?』
「作戦は失敗ということを伝えたくてな。所定位置にいるのだろう?」
『う、うんー』
「こちらはヘマして<エレメンツ>に見つかった。いいか、助けには来るな」
『え、ええーっ! でもキミを助けないと、アタシの報酬がー』
「その辺は諦めろ。捕まったら手持ちの木の実も取り上げられるぞ」
『それはイヤだーっ』
「あと、空に見張りがいるだろうからなるべく地上から逃げろ。以上だ」
『えー、待っ――――』

通話が終わるのを見計らってか、ソテツがフシギバナに反撃させつつ皮肉を言って来た。

「おしゃべりは終わったかい? ずいぶんと余裕だねハジメ君!」

立て続けにムチのように振り下ろされるツルの連打をしのぐドラピオン。
ドラピオンの両手がソテツのフシギバナのツルを抑える。

「捕らえた――!」

ドラピオンにはまだ尾がある。たたみかけるのなら、ここだ。

「ドラピオン! 今だ」

ドラピオンの尻尾が、フシギバナの顔面にめがけて放たれる。
フシギバナはツルをそのままに、いや、ドラピオンの突き出していた腕の力を利用して、後ろへ一歩、ジャンプして尾をかわした。

「くそっ」

とにかく、彼女の逃げる時間を稼がなければ。このまま抑え続けられれば、それなりには時間が取れるはずだ。そんなことを考えていた矢先。
例えるならダーツの矢が突き刺さったような音。それが背後の木から鳴った。
音に身体が振り返らされる。そこにあった木には、一枚の葉が鋭く突き刺さっていた。しかもその位置は、どう考えても首元である。
状況を理解して痛切に思った。
……甘かった。舐めていたわけではないが、<エレメンツ>を甘く見ていた。

「ハジメ君。悪いけどオイラは、ポケモンバトルをしにきたわけじゃあないんだよね」

目元を細め、笑顔を作るソテツ。
そして甘かったのは俺の見込みだけではなかった。その場の“空気”も甘い味をしていた。
思考が、鈍り、視界がぐらりと揺れた。
戦意が喪失していくこの感覚は……おそらく『あまいかおり』
ドラピオンが必死に闘志を保とうとがなり声を上げる。しかし腕に力が入らないようで、だんだんと力が抜けていってしまう。
張っていた緊張を強引に解され、身体が香りに引きずりこまれる。

「すまない、戻れ……ドラピオン」

俺はやむを得ずドラピオンを、ボールに戻した。
この様子ではドラピオンに戦闘を続行させるのは得策ではない。
『どくびし』で追っ手を遮ろうともフシギバナの前では意味をなさない。
他の手段を、他の方法を考えねば。
しかし、さっき彼女に言った通り空中へ逃げようとしても他の<エレメンツ>メンバーが待ち構えていることは明白だろう。
どうすれば――どうすればいい?
立ち尽くす俺にじわりと間合いを詰めてくるソテツとフシギバナ。

「大人しく捕まってくれる気になったかな、ハジメ君?」

ソテツの柔らかな口調の声が頭に響く。
捕まる? ここで?
そうか、俺は、捕まろうとしているのか……?
捕まる、捕まる……捕まる、だと?
朦朧とした意識の中である光景がよぎった。
広い部屋の片隅で、いつも怯えながら、それでも俺の帰りをじっと待ってくれている、俺に残された唯一の家族、リッカ。
怖がりな癖に夜遅くまで俺を待っていてくれる末っ子に、お帰りと言わせ安心させるために……俺はここで捕まるわけにはいかない。
いかないんだ。

「おーい、ハジメくん? 降参してくれないかな?」
「降参? 生憎……お断りだっ!!」

断固拒否の構えを貫き、ボールを手に取ると、ソテツは一瞬目蓋を見開き、それからアーモンドのような目を爛々と輝かせ、にかっと笑った。

「そっか! 往生際の悪い子は、嫌いじゃないぜ! で、どうするんだい?」
「どうするって? こうだ! 行け、ドンカラス『きりばらい』!」

俺が繰り出したのは漆黒の翼を持つ夜の首領とも言われるポケモン、ドンカラス。
その大きな翼で僅かながら甘い空気を吹き飛ばしてくれ、フシギバナの回避も下げてくれた。
コイツの本領を発揮するに相応しい時間帯とは言えないが、やるしかない。
フシギバナが風に目を眩ませた一瞬のうちに俺は離脱するため駆け出す。
背後からドンカラスが続いた。そしてフシギバナの伸ばしたツルも、追いかけてくる。
サイドをツルに追い越され、陣取られ、挟まれて一本道になった。正面にはまっすぐに伸びた木が。このままでは衝突、もしくは挟み撃ちで終わりだ。

「構うな、上昇しろドンカラス!」

ドンカラスに指示を飛ばして木への衝突をギリギリのタイミングで弧を描かせ上へと飛ばせる。
俺は咄嗟に木を壁にし、三角飛びで空中へ飛び出し、上昇するドンカラスの足を掴み『そらをとぶ』で舞い上がった。

「やーるー!」

地上からソテツのそんな歓声が聞こえてきた気がした。
構わず木々を抜け一気に空へ飛び出す。

周囲を見渡すとそこには、一匹のトロピウスとその背に乗る花色の髪の女性がこちらを睨んでいた。
風の流れが、変わる。

「トロピウス……! 『たつまき』です……!」

空を飛んでいる相手に対し特効をもつ竜巻をトロピウスは仕掛けようとする。
静かに腹をくくり、息を大きく吸って、俺はドンカラスに命令した。

「やれ、ドンカラス――――『ふいうち』」

俺をぶら下げた状態で、ドンカラスは発生しつつある『たつまき』の壁に突っ込む。
まだ練り切れていない風は衝突とともに霧散し、攻撃をしようとしたトロピウスに重い一撃を食らわせた。
トロピウスはトレーナーを乗せたまま落下。『タネマシンガン』らしき攻撃を放たれたが、かするだけで済んだ。
このまま突っ切れば、逃げ切れる。
また俺は無事に帰ることが出来る。
そう希望を抱きかけた瞬間だった。
翼に食い込んでいた種の芽が成長してツルとなり、ドンカラスの翼を締め上げたのは。

「『やどりぎのタネ』か……くそっ!」

バランスを失った俺達は森へと落ちていった。木の葉の群れを突っ切り、地面に激突する、はずだった。
いつの間にか張られていたツルのネットによって、俺とドンカラスは受け止められる。
気を失う前に最後に見たのは、木陰でトレーナー、ソテツに向けて手を振っているモジャンボの姿だった。


*********************


「やーお待たせー」

少しして、林の奥からソテツがハジメという名前の丸グラサン金髪リーゼント男とドンカラスをモジャンボに担がせて帰ってきた。
その隣には見慣れぬ花色の髪の女性とトロピウスもいた。彼女達もエレメンツメンバーなのだろうか。

「ありがとうございます、トロピウス」

トロピウスをボールに戻した彼女は、しかめっ面をしていた。対してソテツの表情は晴れやかである。

「もう、ソテツさん遊ばないでくださいよ……大変だったんですから……」
「ごめんって、ガーちゃん」
「ガーちゃんじゃありませんっ。ガーベラですっ」

俺達の護衛にソテツが残してくれたフシギバナは嬉しそうに主人達を出迎えた。
俺は呆然とその光景を見ているしか出来なかった。

(……ほぼ『あまいかおり』だけで相手を蹂躙しやがった)

その事実に俺は、ソテツに対して頼もしさと同時に恐怖を覚えた。

(<エレメンツ>、つえーよ。そして容赦ねーよ)

その、敵を蹂躙したフシギバナの『あまいかおり』に癒されていたとはいえ、ハジメのドラピオンにやられた傷口の痛みのせいか、うずくまってしまって動けない。
腕の中のリオルを早く治療しないといけないのに。俺は上手く立ち上がることすら出来なかった。

「大丈夫ビドー君? 手、貸すよ。フシギバナに乗っかりなよ」
「あ、ああ……えっと、ありがとうございます、ソテツさん」
「敬語、使わなくていいよ。警戒しなくて大丈夫、オイラ達は――――<エレメンツ>なんだから」

一瞬だけ、ソテツの顔から笑みが消えた気がした。だが、次見たときはまたヘラヘラしていたので、気のせいだったのかもしれない。
それでも俺の記憶には、その顔が印象深く刻まれていた。


*********************


途中で乗り捨てた(捨ててはない)サイドカー付バイクもガーベラさんに押してもらい、ヨアケ達と合流する。
フシギバナのツルで出来た担架に乗せられた俺とリオルを見て、彼女達は驚いた。カイリキーは突進してきそうな勢いだった。何とか制止したが。
カビゴンはというと、すっかり具合がよくなったのか、心配してくれていたのか起きていた。

「大丈夫!? ビー君! リオル!」
「大声を出さないでくれヨアケ……俺はそこまでひどくはないが。リオルが……」

猛毒はソテツ達に応急手当をしてもらって消えたが、体力の消耗が激しいのかリオルはぐったりしていた。
リオルの事が気がかりな俺に対して、ガーベラは口をとがらせて小言を言う。

「何言ってるんですか、貴方だって軽傷でも怪我人です。大人しくしててください……もう」
「すみません……」
「まあまあガーちゃん、そう固い事言わずに」
「だからっ、ガーちゃんじゃ……むー」

拗ねるガーベラを他所に、ソテツはヨアケに駆け寄る。

「さて、久しぶりだねアサヒちゃん。パラセクトのセツちゃんも」

ヨアケとパラセクトは小さくて手と爪をソテツに振った。

「久しぶりっ、ソテツ師匠」
「もうキミの師匠ってわけでもないけどね」
「それでも、師匠は師匠だよ。ビー君助けてくれて、ありがとう師匠」
「ははは、可愛い元弟子のアサヒちゃんのお願いならお安い御用さ、なーんてね。どういたしまして」

そうそう、とソテツは右手を軽く握り、親指をこめかみに当てて、ヨアケに尋ねる。

「調子はどうだい」
「進展は無い感じかな」
「そっか。ま、ゆっくりでいいよ」

恐らくソテツが聞いたのは、ヨアケの幼馴染探しについてのことだろう。
ずっと旅を続けているのに進展が無い、というのはきつそうだなと思った。
そう言えばヨアケはその幼馴染みのヤミナベとやらを捜して一体どのくらい旅を続けているのだろうか。今度聞いてみるか。と俺は安易な気持ちでそう考えていた。
ソテツがヨアケの顔を覗き込んで、にへらと意地悪そうに笑った。

「アサヒちゃん、笑顔、忘れちゃった?」

ヨアケもまたへらっと笑う。

「忘れてないよー師匠ー」
「嘘だね! 嘘じゃなくともまだまだ足りん!」
「う……ふふふ、ふふははは」
「もっともっと! わーはっはっは! 腰に手を当てて!」
「あはははははー!」

突然始まった笑顔講義? に面を食らっているとガーベラがクスクス笑いながら説明してくれた。

「な、なんなんだあれ」
「うふふ、ソテツさん直伝、笑顔体操です」
「体操?」
「はい、ソテツさんの下に就いた<エレメンツ>メンバーはみんなやってますよ……! ソテツさんのモットーは“笑えなくなったらどうしようもない”なので、いつでもどんなきつい時でも笑顔を忘れないように訓練するのがこの笑顔体操です」
「は、はあ……」
「ビドー君もやるかい? わはは」
「師匠、ビー君は怪我人だってば! えへへ」
「そうですよソテツさん、無茶させてはダメですふふふ」
「つ、ついていけん……」

カイリキーとパラセクトもつられて笑っていた。カビゴンなんかはもはや笑い声が咆哮になっている。
リオルも俺も、ついていけないと言った割には自然と笑みを作ってしまっていた。
なんだか少しだけ、元気が湧き出た気がする。自分がどんな風に笑うのかを再確認するのは、反復するのは自分を見失わないことに繋がるのかもしれない。
まあ、易々と人前で笑いたくなんかないがな、恥ずかしいし。

「そういえば元師弟関係ってことはヨアケはもともとは<エレメンツ>だったのか」
「うーんとねビー君。半分正解、かな」

言いよどむヨアケの言葉をソテツが引き継いだ。

「アサヒちゃんも“闇隠し”の時、このヒンメルに居たんだよ。途方に暮れていたところをオイラ達が保護したってわけ」

ヨアケも大切な何かを“闇隠し”で失ったとは聞いたが、あの現場に居合わせていたとは。それは、きつかっただろうな。同情する。
さらにガーベラがヨアケについて補足を加えてくれた。

「アサヒさんは正規のメンバーとしての活動こそはしていませんでしたが、皆さんのサポートをしてくださったんですよ。特に料理面は大助かりでした」
「無事だったメンバーの中に料理上手い人、いなかったんだ。だから大助かり」

もじもじと照れるヨアケの肩にソテツとガーベラは手を置く。

「いやあ、私にできることってそれぐらいだったし、保護してもらった恩を何かで返したかっただけだし……照れるな」
「いやもう保護とか関係抜きに一緒に日々を生き抜いてきた仲間だよ、アサヒちゃんは」
「そうです……同じ釜の飯を食べた家族のようなものです」
「師匠……ガーちゃん……」
「だから、ガーちゃんじゃないです……もう」

三人の仲の良さ見せつけられて、ちょっとだけ羨ましいなと思った。俺は心を閉ざすばかりで一人で生き抜くことばかりを考えていたから、余計に眩しく見えた。
それから、釜の飯という言葉につられ、腹の音がなってしまう。

「あははビー君のお腹鳴ってる」

ヨアケに思いっきり笑われた。腹減ってるのはお前もだろーが。そう言おうとする前に彼女の腹の音も盛大に鳴った。ほれみろ。
カビゴンも空腹を訴えていたがソテツが一蹴した。

「カビゴン、その様子じゃもう歩けるよね? この子が道案内するから、住処へお帰り?」

ソテツがガーベラをカビゴンに紹介し、カビゴンは彼女に案内されて住処へと帰っていった。
そして俺達は俺達で、遅めの昼食を食べてから、山間の村【トバリタウン】を目指した。


*********************


【トバリタウン】までの道中、ビー君からソテツ師匠達の活躍を聞いた。ビー君的にはフシギバナの『あまいかおり』の使い方がびっくりしたみたいで、感嘆している。
そんなビー君の反応にソテツ師匠は謙遜して「香りの扱いに関しては、もっと上がいるよ。オイラ達のは、その人達に比べたらまだまだ」と言った。
ビー君のバイクを押しつつ、ソテツ師匠が思い浮かべたであろう人物の姿を私も思い浮かべ、暫し感傷に浸る。

「あの人達のは、レベルが違うよ。うん」
「ヨアケも知っているのか、その人の事」
「知っているよ。ポケモンバトルでその人達の香り戦法と戦ったこともあるよ」
「アサヒちゃん経由でオイラはそのトレーナーさんの戦法を知ってねー、少しだけお借りして使わせてもらっているのさ」
「へえ……ああいう捕縛しなければならない時に相手トレーナーを無力化するのには、やっぱ重宝していたりするのか?」
「まあねー」

ソテツ師匠はどこか虚しそうに受け応える。そんな彼に私は思っていたことを言ってしまった。

「ソテツ師匠、最近ちゃんとポケモンバトルしている?」

師匠は眉根一つ動かさない。もしかしたらこの質問を聞き慣れていたのかもしれない。

「はは、そんな心配そうにしないでよアサヒちゃん。ちゃんと身内とバトルしているって」
「それは、真剣勝負?」
「……参ったね。でもオイラが、いやオイラ達五属性がマジでやったら、色々と壊しちゃうんだよ。フィールドとか、ドームとか、それ以外とか。壊したら直すのも大変だしさ……あ、」

頬をかいていた師匠が、思いついたように、また何かに気付いたかのようにその動きを止める。
それは、毬を見つけたニャースみたいだった。

「もしかしてアサヒちゃん、オイラの対戦相手になってくれるのかい?」
「うん、私でよければ」

師匠が「やったっ」とこぼしたその時、うめき声が聞こえた。
うめき声の出所はモジャンボに担がれた丸いサングラスをかけた彼だった。どうやら意識を取り戻したみたいである。
彼の存在を思い出した師匠は肩を竦めながら言う。

「あーでも、また次の機会だね。今は仕事中だから」

残念そうなソテツ師匠。今は無理だとしても、何とかならないかと私は考えて、ある一つの提案をした。

「そうだったね、じゃあ約束ってことで一つ。どうかな?」

その提案に、師匠は快く応じてくれる。

「うん、約束だ。思いっきりバトルしよう」

約束の指切りこそはしなかったけれども、次に師匠と戦うときに備えて、もっと強くならないと、と私は心の隅に留めることを決めた。


*********************


【トバリタウン】についた後、私達は一旦解散となった。
解散といっても。ビー君達は宿屋で休ませてもらって、ソテツ師匠は目立たない場所で、ハジメ君……今回の事件の主犯である彼を見張っている。
私はと言うと特に手伝えることもないので、喫茶店に寄っていた。
ビー君達の看病をしたい気持ちもあったけれども、今は彼らだけでそっとしておいた方がいいと思う。
テレビで流れるニュースに、カビゴンの事件は出ていない。まだ事件があって間もないのもあるけれど、そもそもこの国のテレビに流れるのは他国のチャンネルばかりだ。
この国ニュースはテレビよりも各地にある電光掲示板で更新されることの方が速い場合が多い。単純にテレビ局とテレビ局の人員が少ないという問題もある。
〈スバルポケモン研究センター〉襲撃事件も捜査に進展がないので話題には取り上げられなくなっていった。
私としては他のニュースよりもその事件について取り扱って欲しかったけど、仕方がない。
でも、このタイミングでユウヅキが行動したのには何か理由がある気がする。そして何よりやっと見つけた彼の情報を無駄にしたくないという気持ちもあった。
だって、今までは生死すら判っていなかったのだから。

モーモーミルクを温めてもらったものに口をつける。とてもほっとする味で、思わず目元がにじんだ。
ダメだ、さっき師匠に言われたばっかりなのに。もっと楽しいこと考えよう。
そうだ、ビー君とリオルは和解できたんだっけ。
これからが大変だろうけれども、ビー君にはポケモン達と仲良くやっていってほしいな。
がんばれ。ビー君。

モーモーミルクを飲みほした辺りで、声をかけられた。それは聞き覚えのある、懐かしい声だった。

「おや、アサヒさん?」

その全身をグレー中心でコーディネートした茶髪の男性は、私がこの地方に来る以前にお世話になった探偵の方だった。
予想外の再会に、思わず声を上げてしまう。

「! ミケさん! ミケさんじゃないですか! お久しぶりですアサヒです!」
「お久しぶりです。相変わらずよい笑顔ですね。アサヒさんは」
「そう、ですか? よかった、ちゃんと笑えているんだ……よかったあ」
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもないです」
「そうですか……さて、ここで会ったのも何かの縁。相席してもよろしいですか?」

その申し出を断る理由なんて、なかった。


*********************


カイリキーに宿屋まで運んでもらい、しばしの間休養をとらしてもらうことになった俺達。
それぞれのベッドで寝ていた俺とリオルは割とヒマを持て余していた。カイリキーにはいったんボールに戻ってもらっている。
傷の手当をしてもらったのであとはじっとよくなるのを待てと言われて休んでいるものの、やることがない。またはできないというのはもどかしかった。
いや、一つだけやることはあったか。

「じっとしていないといけないって割と暇だな。な、リオル」

リオルは天井を見つめて、間延びした返事をした。
今の俺にできて、やらなければならないこと。それはリオルとコミュニケーションすることである。
うまく話せるとか話せないとかは、関係ない。とにかく話してみよう。まずは体当たりからだ。

「今まで、悪かったな。そしていつもありがとう。つっても、いきなりは変われないかもしれないけれど、お前に信頼してもらえるように、頑張るよ」

リオルはしばらく黙っていた。黙って、でも視線だけ俺のほうへ向けて、それから鼻を一つ鳴らした。
当たり前っちゃあ当たり前だけど、前途多難そうである。
こればかりはしょうがない。誠意を表し続けるしかない。今までサボって逃げてきた分のツケだ。

ちょこちょこリオルに語りかけながら、俺の中で一つの思いが生まれていった。
ヨアケに何か恩返ししたい。そう思うようになっていた。
まあ、ちゃんとリオルと仲良くなる、ということをするのが最優先だけどな。それでも彼女の捜索に何かしらの形で協力してやれないかと考える自分がいた。

「それにしても、懐くって、どういうことなんだろうな」

そうぼやいていたら、突然誰かに声をかけられた。

「あー、そこのキミ。ポケモンと親睦を深めたいのならー、ポロックやポフレがおすすめだよー」

その声の主は部屋の入り口に真っ白な雪色の着物を着た女性のようなポケモン、ユキメノコを引き連れて立っていた。気配を感じなかったから一瞬幽霊かと思った。
彼女は丸い黒目が特徴的な顔で肩甲冑ぐらいの長さの黒髪を首の辺りで一つにまとめていた。まとめているといってもあちこちにアホ毛が飛び出しているが。
森をプリントしてある長袖のTシャツにジーンズという格好が何となくフィールドワークを専門としているように見えた。
ヒッチハッカーなのだろうか、赤いリュックをしょっていた。

「ポロック? ポフレ? てか誰だアンタ」

俺の問いかけに対し、きょろきょろと周りを見渡して、それから自分を指さし小首をかしげる彼女。いや、アンタだよアンタ。
ヨアケとは違ったマイペースの持ち主だと直感した。ペース狂うな……。

「んーと、あ、アタシか。名前はアキラだよ。キミはー?」
「ビドーだ。こっちはリオル」
「あー、ビドーにリオル、ね。よろしくー」
「よ、よろしくアキラさん」

同年代だと思うのだが、何故か俺は彼女のことをさん付けで呼ばないといけない気がした。
その後アキラさんによるポロック、ポフレの講座が始まった。


*********************


ミケさんはコーヒーを注文してから、話を切り出した。

「アサヒさん。ニュース、見ましたよ。ユウヅキさんのこと。正直驚きました」
「あはは、ほんともう、指名手配されるとか、何やってんだかって感じですよね……はあ」
「ため息は、幸せをも吐き出してしまいますよ」

“幸せ”と言われて、私は今の私の置かれている状況を思い返す。
彼が居なくなって、師匠たちに出会って、<エレメンツ>のみんなと仲良くなって、この国で日々を過ごした。
3ヶ月前の<スバル>の事件でユウヅキがそこに居たと知って、彼を捜索する旅に出た。
彼が居れば幸せになれるか、と問われたら、今の私ではきっぱりと答えられないと思う。断言するには時間が経ちすぎていた。
でも彼のいない日々はやはり何かが満たされない。
充分幸せな生活をしていたはずなのに、私は幸せを感じていない。
それは、やはりユウヅキが私にとって大きな存在であることなのだろう。
だから私はミケさんにこう答えた。

「現状が幸せっていうにはちょっと違いますね」
「それなら尚更、ですよ。少なからず残っているものまで吐き出してしまうのは、どうかと」

ミケさんの言うこともあっている。でも、私はまだ、今のままでいいとは思えなかった。思いたくなかった。

「たぶん私は息を吐くことを無理に抑えたくないんです。そう……残っている僅かなものだけで満足したくないんです」
「アサヒさん……」
「そうです、私は胸いっぱい幸せになりたいんです。そのために、今は少しだけ手放して、そしてまた大きく吸いにいくんです」
「必ずしも満たされるという保障は……」
「無いですよ。でも保障のある人生も、きっと、ないんですよ」

そう言った私の口元は、小さく緩んでいた。
自嘲、もあるけどどちらかと言えば諦めに近いのだろう。
勿論、ユウヅキの事を諦めるのではない。こういう世界に対しての、である。
お互い沈黙の状況になってしまったのを、ミケさんは自分から破ってくれた。

「情報整理をしましょう」
「いいですよ。でも、その前に一ついいですかミケさん」
「はい、なんでしょうかアサヒさん」
「ミケさんはどうしてこの地方に? 探偵業の調査依頼ですか?」
「依頼、もですが、個人的にこの事件を調べてみようと思いまして」
「なぜ、今?」
「それはアサヒさんの方がよく分かっているのでは」
「? 何がです?」
「いえ何でも」

私の方が分かっている、という言葉に引っかかりを覚えたが、ミケさんは話を流してしまう。

「さて、アサヒさんはユウヅキさんとこの地方にやってきて、“闇隠し事件”で離れ離れになり、ようやくこの間の事件のニュースで存在を確認した、ということであっていますか」
「はい。もう会えてなくて何年になるやら……」
「まあ、でもまだ良かったじゃないですか、安否はわかったのですから」
「そうですね……生きててよかった。本当に、本当に」
「感傷に浸っているところ申し訳ないのですが、調査のために……アサヒさん、貴女が“闇隠し事件”に巻き込まれたときのことを教えていただけませんか?」

ミケさんのその申し出を、私は受けられなかった。何故かと言うと、受けられない理由があったからとしか言いようがない。

「それは……出来ません」
「出来ない、といいますと」

ミケさんを直視できなくて、目を伏せてしまう。
しぶりながらも、迷いながらも、それでも彼を信用して、私はそのわけを言った。

「その、実は当時の事をよく覚えていないんです。ショックが大きすぎて」

そう、私は覚えていないのだ。“闇隠し事件”のことを。
気が付いたらこの国で途方に暮れていて、師匠たちに保護された私。
師匠たちの話では数日間意識が混濁していたようで回復するのに時間がかかったらしい。
でも、確かに私は彼と旅をしていたのだ。そして、この国に来た。そこまでは思い出せるのに……私は彼とどうやってはぐれたかを思い出せないでいる。
私が覚えているのは……彼と、とても大切な約束をしたという記憶だけ。

「そうでしたか、失礼しました。話せるようになったらでいいのでその時にでも」
「はい」

ミケさんの頼んだコーヒーが運ばれてくる。シロップとミルクを入れ、マドラーで混ぜながら、ミケさんは何かを整理するように考え込んでいた。
コーヒーが綺麗なブラウンになって、マドラーを皿に取り置くミケさん。どうやらミケさんの中で私に対する言葉が纏まったようだ。
「ああそうそう。もう一つ」なんて思い出した風な言い回しを装って、探偵はしれっと確信をついてくる。
もっとも、彼に再会した時点で私は、それをどこかで期待していたのかもしれないけれども。
ミケさんはソテツ師匠とはまた違った、ペルシアンみたいな微笑みをたたえて質問を投げかけた。

「アサヒさん。ユウヅキさんの手持ちに、オーベムはいましたか」


*********************


彼は私に軽く頭を垂れて謝罪をした。

「失礼ながら、私は貴女に嘘をつきました」

その言葉に、私はたいして動じていない自分に驚いていた。
目を細めて、ちょっぴり責めるような視線を送る。

「……嘘ついてたんですか、ミケさん」
「はい」

でもミケさんは私以上に動じずに笑みを絶やさない。悪い大人だなあ。
だけど、ミケさんも全く罪悪感をもっていない訳ではないみたいで、どうして私に嘘をついたのかをほんの一部だけ話してくれた。

「アサヒさんに二つ聞きたいことがありまして、貴女の足跡を辿らせていただきました。すみません」
「それは依頼で、ですか?」
「そこは企業秘密で」
「そっか。なら、しかたないですね」
「質問内容は、あなたは“闇隠し”に巻き込まれた当時のことを、覚えているのか。そして、ユウヅキさんは、オーベムを手持ちに入れていたのか。前者の方は判断しかねていたのですが、貴女の答えで悪い予測が当たりそうです」
「で、先ほどの質問に私は答えた方がいいのでしょうか? 探偵ミケさん」

慣れない皮肉を使ってみたけれど、十分に効果はあったようで、ミケさんを苦笑させる。

「そんな意地悪な笑みも浮かべるようになったのですね、アサヒさんは……結構です。ユウヅキさんが過去に参加したポケモンバトル大会のデータを探しましたので」
「そう、でしたか」

まあ、ミケさんならそのくらいサラッとやってしまうよね。むしろされない方が可笑しいくらいだ。うん。
一人で納得していたら、私の様子を窺うミケさんと目が合った。
逸らさないで黙っていると、しびれを切らしたミケさんが、小さくため息をつく。幸せが逃げますよ、とは流石に言えなかった。

「気づいていたのですね」
「一応は」

ミケさんはとうとう笑うのを止めた。それから「だったらどうして」と呟く。
彼は静かに怒っていた。
私を想って、怒ってくれていた。

「だったら、どうして相談してくれなかったんです? ――貴女の記憶が彼のポケモンによって消されているかもしれないのに」

オーベムとは、エスパータイプのポケモンである。
その特徴に記憶を操作できるという能力を持っている。
ユウヅキの手持ちポケモンの一匹、でもある。

ミケさんはその推測に辿り着いた時、どう思ったのだろう? と考えた。
たぶん、心配、してくれたのだろう。
悪いことをしたな、と思った。反省しなければいけないと思った。でも言えなかった。

「秘密、だったからです」

秘密。それは彼らとの約束。外部の人には言わないように、と私と彼らで取り決めたもの。
私はそれを守らなければならない。

「……アサヒさん、貴女はいったいどういう状況に陥っているのですか」
「乙女の秘密、じゃダメですか?」

苦し紛れにそう言うと、何かを察したのか彼は引いてくださった。
それから、心配そうな面持ちで助言を一つ残した。

「……わかりました、今はそういうことにしておきましょう。ただ、ユウヅキさんを捜すのなら気を付けてくださいアサヒさん。ここから先、貴女にとって向かい風が吹くことになるでしょう」
「忠告、ありがとうございます」

心配させ過ぎないように、小さく笑ってお礼を言う。余計に心配させてしまったと不安になったけど、当の本人は身体をさすっていた。

「それより、少々寒くありませんか?」

私の数倍あったかそうな格好しているのに、と思ったけど、確かにちょっと異常な涼しさを感じた。
窓の外を見ると、霧がかっていた。そして、白い氷の粒が数粒くっついていた。

「山の天気は変わりやすいといいますけど、霧はともかくこの時期に雪……?」

雪がちらほらと降っていたかと思えば、強い風と共に、窓に何か打ち付けられる。それは人だった。グレー色の服というかコートを着た……って、ん? 見覚えあるな?
その少年は立ち上がって、建物の中に入るでもなく霧の中を進んでいく。
突然の出来事に混乱している私に、ミケさんは彼を追いかけるよう促した。

「勘定は私が持ちますので、行ってください」
「すみません!! 今度お返しします!」

喫茶店から飛び出して、ビー君らしき人影を捜す。視界が悪い。
やっとのことでその背中を見つけ、呼び止めようとした。けど、彼の言葉に遮られた。
ビー君は誰かに向かって叫ぶように呼びかけていた。

「――――だから、俺は知らないって、アキラさん!!」
「え、アキラくん!?」

その名前に、思わず反応して声を上げてしまう。その声でビー君とその奥にいるアキラさん? がこっちを向いた。

「ヨアケ!?」
「んー? あたしはアキラだけど女だよー。というかキミ誰ー?」

霧の中のシルエットに目を凝らすとそこにはリオルを抱いた女性の姿とユキメノコが。
思わず恥ずかしくなって、わざとらしく舌を出して勘違いだった事を伝えた。

「あ、なーんだ、人違いかっ」

……流石に年甲斐もなくわざとらしくやり過ぎちゃった。


*********************


どうして俺がアキラさんと対峙することになったかと言うと、少しだけ時間は遡って説明させていただく――――

「――なるほど、つまりポロックやポフィンってのはきのみを使ったポケモンのお菓子ってことか」
「そうそうー。きのみの組み合わせやコツによって全然味とか変わるし、奥が深いんだよー」
「へえ」

外国には色んなお菓子があるんだな。とこの時の俺はのんきに考えていた。
正直に言うと、俺はアキラさんに親しみを覚えていた。
弱っていたせいや、ヨアケとソテツ達のあの朗らかな関係を見て、人間関係を遠ざけていたリバウンド、というか。要するに、恥ずかしいが寂しさを覚えていたのである。
本当に恥ずかしい話だが。

「あ、そうだ。良かったらあげるよーポロックメーカー。ケース含めて一式」
「いいのか?」
「ちょうど買い換えたばっかりだしさー。二台あってもかさばるし、有効活用してくれるのなら越したことはないし、ほい」
「……ありがとな」

今思えば、この時点で気づけという話だ。そんなうまい話ばっかりじゃないってことに。

ユキメノコがアキラさんの袖を引っ張る。アキラさんは「あー忘れてた」と何かを思い出したようだった。
それから両手を合わせて俺に頼み込んでくる。

「ねっ、ねっ、お願い! 人捜しているんだけどー、心当たり無い?」

昨日今日といい、よく捜索依頼受けるな。
ポロックメーカーの件もあるので協力できる部分はしてやりたいと思ったので、話を聞く。

「どんな奴なんだ?」
「金髪でー、黒いシャツのー、軍艦ヘッドー」
「軍艦?」
「こうー、リーゼントっていうか、前髪が突き出てる感じって言えばわかるかなー」
「……あーもしかしてグラサンかけてなかったか?」
「うんうん」

朗らかに受け答えるアキラさんと対照的に、雲行きが怪しくなっていく。
俺の頭が静かに警告を発していた。だが、その警告に対して半信半疑な自分もいて、結局のところ「大丈夫だろ」とスルーしてしまった。
そして、アキラさんの正体を暴く。

「なんか聞いたことある声だと思ったら、アンタ、フライゴンに乗ってた人だろ」
「うーん、やっぱりわかっちゃう?」

平然とした態度の彼女に、底知れぬ何かを感じた。計算の内なのか、それとも素でやってるのか。どちらにしろ読めない。
印象としては後者の方な気がしたので、彼女に忠告をしておく。

「まあ……あいつを探してるんなら諦めた方がいいと思うぞ。アンタも捕まるのが関の山だ」
「あー、気遣ってくれてありがとー」
「別に、そういうわけじゃ……ただ、アキラさんが立ち向かおうとしている相手は強くて、アキラさんじゃ敵わないだろうから、止めとけって言いたいだけだ」
「ところがーどっこい、そういう訳にはいかないんだよビドー」
「何でだ?」
「えーと、アタシはまだ彼、ハジメから報酬のきのみをまだ受け取ってないから」
「……その為に捕まる危険を冒してやってきたのか、アキラさんは」

呆れた、という俺に対し、アキラさんは「なんで?」と呟く。
そして彼女は、その黒々とした瞳を丸くした。

「誰にだって、諦めきれない、譲れないものってない?」

すべてを見透かしそうなその眼に、俺は一瞬ひるんだ。
そんな俺をよそに、彼女はうっとりとした表情で、笑った。

「えへへー、アタシの場合は、それがきのみ集めってことなんだー」

その言葉に気づいた、というより感じてしまった。
もう彼女は、俺を見ていないんじゃないかって。
いや、アキラさんは最初から俺らではなく、ハジメを……ハジメの持っているきのみのことを見据えていたのだろう。
きっと今も大好きなきのみのことを想ってそれに夢中なのだろう。
そのきのみにたどり着くために、俺らを利用しようとしているのだろう。
――そうじゃなけりゃ、いいのに。
その躊躇いが、俺の甘さが、隙を生む。
ユキメノコが宙を舞う、そしてリオルの枕元に立ち、リオルをかっさらう。それからユキメノコはアキラさんの元へと飛んでいき、リオルを俺に見せつけた。

「リオル!」

傷の痛み堪えながらもベッドから飛び起きる。それからモンスターボールを構えようとした。だが、リオルを盾に取られている以上は、迂闊なことは出来ない。
動けないでいる俺の肩に、アキラさんは軽く手を乗せた。

「無理やりでごめんねー、キミにはハジメの元に案内してもらうよ」

断る、という選択肢は選べない。一時的に彼女たちに従うことにする。
宿の主人に悟られぬよう外に出ると、霧が出ていた。


*********************


隙を見て奪還を試みるも、『こなゆき』で近くの建物まで吹き飛ばされ、窓の格子に打ち付けられる。だがそのおかげで運よくヨアケと合流できた。
……いや、運がいいと言い切れないか。
数の上では勝っても、リオルを人質に取られているのには変わりないのだから。
ヨアケは、事態を飲み込めていないのか、相変わらずのマイペースで、アキラさんに自らの素性を明かすのであった。

「えっと、名乗るほどのものでもない……って言うのは失礼だよね。私はヨアケ・アサヒ。アサヒでいいよ。よろしくアキラさん」
「んー、アタシもアキラでいいよ。アサヒ」
「あーごめん、友達にアキラ君って人がいて、呼び捨てだと頭の中でこんがらがっちゃうんだ」
「そっかー、なら仕方がないなー」

な、なんか普通だ。普通に会話してやがる。
ヨアケがアキラさんを警戒していない事に危機感をもった俺は、彼女に注意を喚起した。

「ヨアケ、そいつはハジメの仲間だ! 気をつけろ!」

俺の言葉にヨアケは合点いった様子で、手をぽん、と叩く。それから右手の人差し指を顔の横で立てた。

「なるほど。ビー君のリオルはハジメ君と交換するためってところかな」
「いやー? 案内してくれたら返すつもりーって、ああ、そういう手もありなのか」

ヨアケの予測に、それは思いつかなかった、と小さく頷くアキラさん。状況が悪化した。
なんてことしてくれたんだ。と、リオルと俺は恨めし気にヨアケを睨む。ヨアケは「ごめん」と手を合わせていた。
アキラさんが、再び俺らに要求する。

「アサヒにビドー、アタシをハジメの元へ案内してくれないかなー」

その要求に対して素直に、はい案内しますとは、言えなかった。
いや、本当は言いたかった。リオルが心配で仕方がなかった。
だが、言ってしまってはダメなんじゃないかという、妙な胸騒ぎが俺の口を固く閉ざす。
さっき、リオルのために、と思って行動して逆に傷つけてしまったことが脳裏から離れなかった。そして不安になる。
俺が案内することを、リオルは望んでいないんじゃないかって。

「ビー君」

ぐるぐると回っていた思考に、すとんとその呼び声が入ってくる。
彼女の顔を見る。その声はどこか柔らかくて、そんな彼女に正直ビビっている自分がいた。
凛とした声で、ヨアケは言った。

「ビー君。アキラさんを、ソテツ師匠のところに連れて行こう」

だが、そうしたらアイツを、ハジメを逃がすことになる。それはマズイんじゃないのだろうか。と言葉にしようとしたが、我ながら言い訳がましいと思った。
何を最優先にすべきか。
ハジメを逃がさないこと?
リオルの気持ちを考えること?
それらも大事だ。
一番いいのはリオルを奪還すること。だが、この霧じゃ彼女達との距離さえきちんと把握できない。それに、仮にもリオルは人質に取られている。
だから、今優先させるべきことは、やはり……リオルの安全。

「今のキミは、リオルの安全を一番に考えてもいいんだよ」

その、ヨアケの諭す声が、ある種の安心感を俺に与えた。
それから彼女はアキラさん達を見据え、声のトーンを低くして呟く。

「もし返してもらえなかった時は、私が絶対に助け出すから」

もしかして、怒ってくれているのか?
どちらにしろ、潰れた面子の事を気にしてもしゃあないけれども、ヨアケに任せっきりにするつもりも毛頭なかった。

「リオルを助けるのは、俺の役目だ……リオル、悪い、今は辛抱してくれ!」

俺にはポケモンの言葉は分からない。だが霧の向こうから聞こえて来た返事はこういってるように聞こえた。
――――――――――――“このくらいなんでもない”と。


*********************


ユキメノコが『こなゆき』の風を使って霧をのけようとしたが、上手くいかないようだ。
その行動を見て一つ気になったことがある。
さっきからユキメノコがすることを、アキラさんは指示していないのだ。まるで事前に見えないやり取りを済ませているように、ユキメノコが勝手に動く。

「アキラさん。あんた、ユキメノコに指示ださないのか」
「んーおユキたちに任せたほうが、うまくいく場合も多いからねー」

そんな戦闘スタイルありなのか、と俺は肩を落としかけたが、ヨアケは「そういう人もいるよね」と流していた。

「そういやヨアケ、お前は知ってるのか? ソテツとハジメの居場所」
「知らないよ。だから捜しているんじゃない」
「そうか……」
「大丈夫だよ、ハジメ君意識は戻ってたっぽいから、事情聴取しているのなら師匠の声は通りやすいっ」
「それは、アイツが口を割ればの話じゃないのか?」
「そうかもしれないけど……ん、じゃあ大声で呼びかけて捜索してみる?」
「むしろ、最初からそうするべきだったんじゃ……」
「そうだね」

息を吸い込もうとするヨアケを制止する。

「待て……ソテツだ」

本人には失礼だがその背の低いシルエットで遠くからソテツだと認識出来た。ソテツの他に女性らしき人物が立っている。戻ってきたガーベラだろうか?
彼らの前に正座させられている人影もある。その後ろにはもじゃもじゃとしたポケモン、おそらくモジャンボがその人影の腕を縛っているようだった。
縛られているのは、その前髪から、ハジメだと分かった。
近づこうとしたその時、怒気のこもった声が、辺りを震わせる。
それは、ハジメの発したものだった。

「――――俺はただ、ポケモンを捕まえようとしているだけだ。それを貴方達は何故邪魔をする……!」

霧がだんだん晴れていく。その合間から彼らの顔が見えた。
眉間にしわを寄せ歯を食いしばり見上げる彼に対するソテツの視線は、とても冷ややかなものだった。先程までとは、別人のように見えなくもない。
けれども、背格好は紛れもなくソテツだった。

「ここが、ポケモン保護区だからだよ」

ため息をついて、定型句を述べるソテツにハジメは納得のいかない様子で喰らいつく。
なかなか入り込みづらい現場になっていたのか、俺もアキラさんもヨアケも黙って様子を窺っていた。

「そうやって他国の顔を窺ってばかりで、自国のことはどうでもいいのか、<エレメンツ>は! ……今この瞬間にも盗賊や悪党が襲い掛かっているかもしれないんだぞ。貴方達の目の届かないところで、強いポケモンを使って!」
「一応他国があって、その援助があって現状なりたっているのも忘れないでね? それと、全ての町村で起きている出来事を全部解決出来ないのは情けないとは思うよ……強いポケモンを使ってくる相手に強いポケモンで対抗すれば被害は少なくなるかもしれない。ハジメ君の言い分ももっともだ。だが」
「……あなたは、本当にその捕まえた子を大切にするの……?」

ソテツの言葉をガーベラが引き継いだ。ソテツは頭を掻いて、更に彼女の言葉を受け継ぐ。

「オイラ達が言いたいのはそーゆーこと。強すぎる力を持って、それをコントロールできなくなった時のことをオイラ達は恐れている。それは、人間にとってもポケモンにとっても好ましいことではないだろう?」
「コントロール、出来れば問題ないんだろう? そんなことを恐れていたら、人はナイフで料理を作ることすらままならない」
「まあね。ポケモンは道具じゃないけど、一時の感情でそれは凶器に変わるのも、忘れないでよね」

だんだんと、勢いを殺されつつあるハジメ。彼がそれでも食い下がろうと口を開こうとした瞬間、ソテツは見計らったように、わざとらしい大声で言葉を被せる。

「でさあ! こっからが聞きたいことなんだけれども!」

満面の笑みを浮かべたソテツは、ハジメの目をガン見しながら尋ね、そして問うた。

「ハジメ君、キミ<ダスク>のメンバーだよね?」

<ダスク>という単語を聞いた瞬間、彼が唾をのむのが分かった。


*********************


「最近ポケモンを密猟しようとしている輩が多くてね。聞くところによると半数以上が<ダスク>って組織に所属しているそうじゃないか。だから、キミもそうなんじゃないかなって思ったわけ。で、実際のところどうなんだいハジメ君?」

やれやれといった様子のソテツだが、彼の目は笑っていなかった。ハジメは視線を逸らそうとした。だが、逃れられないでいるようだった。
その沈黙がある意味答え、無言の肯定だったのかもしれない。
空気が、霧と共に風に流されていく。沈黙を破ったのは、ハジメでもソテツでも無く――――アキラさん、だった。

「あのー」
「どなたです? 今取り込み中……なのですが」

アキラさんの声にとっさに反応するガーベラ。つられてハジメもソテツも俺達にようやく気づいたようであった。
皆の視線を一身に浴びて、しどろもどろながらも、アキラさんは言葉を紡いだ。

「えーっと、アタシはハジメに協力してたものです。うん。ハジメは、自分の妹の為にポケモンを捕まえたいだけだって、だから、そんな<ダスク>とかとは違うんじゃーないかと…………ね? ハジメ?」

不安げながらもハジメを庇おうとするアキラさん。少なくとも彼女は、彼を信じていたのだろう。僅かにリオルを抱く力を強めているのが証拠だった。
だが、ハジメは目を伏せ、彼女の気遣いを払いのけるように、アキラさんの言葉を否定した。

「違わないさ」
「……ハジメ?」
「俺は、<ダスク>だ。そこの女は俺が騙して協力させただけだ」
「うーん、嘘、だよね? だって、報酬にめずらしいきのみ、くれるって……」
「その言葉は偽りだ。残念だったな」

呆気にとられ、棒立ちするアキラさん。その隣のユキメノコはわなわなと肩を震わせていた。
ソテツがハジメに次の質問を重ねる。ハジメはそれに即答した。

「キミら<ダスク>はポケモンを集めて何を企んでいる?」
「企んでなど、いない。俺達はただ救いたいだけだ」
「誰を?」

その問いに彼は一息つき、グラサン越しでも、意志のこもった鋭い眼光で応えた。

「この国の民全部を、だ」

彼は言った。
歯を食いしばり、忌々し気に――――それはこの国の誰もが一回は想った、純粋すぎるほど、純粋な願いを。

「怯えながら待ち続ける仲間も、連れていかれた仲間も、全部。全部取り返したい。ただ、それだけだ」

“闇隠し事件”の被害者である彼、ハジメの願いは、同じくラルトスを“闇隠し”によって奪われた俺には痛々しいほど分かった。
――――だけど、だからこそ俺はハジメが間違っているとも思った。

「ハジメ。お前のその思想は立派だと思う……だがな、その目的のために無関係の人間巻き込んで、ましてや騙していいって通りはねえだろ」

ほぼ全員の顔がこちらへ向く。俺はハジメの理想を、容赦なく切り捨てた。

「何が全員救うだ。信じてついてきてくれた仲間一人すら救えないで、何が全員だ……矛盾しているぞお前」

ハジメはしばらく黙った後「そうだろうか」とぼやいた。
「そうだ」、と返すと彼は俺を蔑んだ。

「ビドーといったか。有利な立場の時は随分と威勢がいいようだ……そして、何を勘違いしているんだ、お前は」
「勘違い?」

あえて問い返したが、奴の口ぶりから、その先の言葉は安易に予想できた。予想できたからこそ、言わせたくなかった。
――――まるで、道具を見るかのような目つきで、奴はアキラさんに対して吐き捨てた。

「その女は、たかだかきのみごときによく働いてくれる駒だった。仲間だと? 俺はソレにはなんの感傷もない」
「くっそ、てめぇ!」

反射的に俺は殴りかかろうとした。すると、凍てつく風が吹き荒れた。

「待っておユキっ!」

アキラさんの制止を聞かずに『ふぶき』をハジメに向けて放つユキメノコ。
その余波は、俺達全員に襲い掛かる。
勿論、ハジメを縛っていたモジャンボになんかは効果は抜群だった。
ハジメを拘束していたツルが緩む。その隙をついて、ハジメはアキラさんへ突進した。
駆けながらドンカラスを繰り出すハジメ。
ユキメノコが立ち塞がり、再び『ふぶき』を放とうとするも、『ふいうち』の一撃によって背後を取られてしまう。
彼女からリオルを強奪するとハジメは、ドンカラスの『そらをとぶ』で逃げようとする。
ソテツがモジャンボに指示を出そうとする、だがモジャンボは凍ってしまって動けない。
ドンカラスと共に飛び立つハジメの足に、俺は無我夢中でしがみついた。
空中へと飛び出して、山村が小さくなり始めたころ、ハジメは俺を振り落としにかかった。
それに対して俺は、さっきから溜まっていたことを、精一杯堪えていた不満を叫んだ。

「どいつもこいつも、俺のリオルに何しやがる!!」
「くっ、離れろ……!」
「リオルを取り戻すまで、絶対、放すもんか……!」

リオルもハジメの腕に噛みついたりと抵抗している。
奴もこのままの状態では逃げ切れないと判断したのだろう。

「ならば、お望み通り、返してやろう」

皮肉にも俺が望んだ通り、ハジメはリオルを空中に放した。

「リオル!」

すぐさまハジメの足から離れ、反射的にリオルをキャッチし抱き寄せる。
そして、そのまま俺とリオルは落下していった。
手持ちの飛行タイプのポケモンを出さねば、と行動しようとしたが、焦ってしまいボールを取りこぼしてしまう。
万事休すかと思ったその時――――金色の波が、ボールを包み込んだ。
その波へと片手を伸ばす。すると、その波間に腕を掴まれた。
走り抜けていた視界が安定し、周囲の山脈の姿がはっきりとなる。
澄んだ青空のと同じぐらい青い瞳が、金糸のような髪の間から、呆れたような視線で俺を見た。

「もう、リオルは私が助けに行くって言ったのに……無茶ばっかりして!」

デリバードに乗ったヨアケに助けられて、安堵が湧き上がる。感謝の念を言おうと思ったが、聞き捨てならない一言があったので、俺は彼女に訂正を求めた。

「俺が助けるって言ったろ」




*********************


それから、【トバリタウン】の入り口にて、ソテツとガーベラを見送った。

「それじゃ、オイラ達は一旦戻るよ。ははは、任務失敗だ」
「まあ、カビゴンが捕まえられずにすんだから、まだマシなんじゃないかな?」
「そこのところは感謝しているよ。アサヒちゃん、ビドー君」
「……アキラさんの処遇はどうなるんだ?」
「彼女は利用されただけ、ということで今回は見逃します……でも、次はないですからね……まったく」
「あー、すみません、でした……」

アキラさんが処罰を受けなくてよかった。と安心していると、ソテツに耳打ちされた。

「ビドー君、キミは一人じゃないから、大丈夫だよ」

その言葉の意味は、今の俺には正直よくわからなかった。ただ、励まされたのだろう、と思うことにした。
これにて今回の件は落着、とまではいかないが、ひと段落はついた。流石に俺もリオルも体力が戻り切っていないので、今日は先ほどの宿屋で休ませてもらうことにした。
ヨアケだけ先にソテツ達と行ってもいいんじゃないか、と提案したが、

「私はビー君のバイクのサイドカーにもう少し乗りたいからいいや」

やんわりと、さりげなく図々しく断られる。いやまあ、さっさと行かれるよりは、まだ……って何考えてんだが。
アキラさんも傷ついたユキメノコを手当するために、同じ宿に泊まることになる。それぞれ別の部屋で、各々休養を取った。
夕食は三人で取った。アキラさんにきのみについて教授してもらって、それなりに盛り上がった。


*********************


その晩、昼間ずっと横になってたせいか寝付けなかったので、リオルと一緒に体力を取り戻しがてら散歩でも行くか、と部屋を出る。
宿を出ようとしたところで、アキラさんに一緒にいっていい? と声をかけられる。別に断る理由もないので、一緒にぶらりと散歩をした。
【トバリタウン】をぐるっと半周して帰り道にさしかかった辺りで、ふと、アキラさんが立ち止まる。
それから彼女は神妙な面持ちで、俺に謝った。

「ごめんねビドー。リオルも。ひどい事しちゃって」
「別に、気にしちゃいねーって……アンタも騙されてたんだし」

確かにムカついたりショックを受けたりしたが、結果的にアキラさんはリオルを傷つけることはなかったのだ。
それに、アキラさんだって、今回の件では被害者でもあるのだから。彼女を責めるのはなんか違うと思った。
悪いのはハジメだ。そう締めくくろうとしたら、アキラさんは静かに首を横に振った。

「いいやー、それは違うと思う」
「何でそう思うんだ? アイツはアキラさんを駒としか見てなかったんだぞ」
「うーん、所詮憶測だけどさー、ハジメはアタシが捕まらないように、あんなこと言ったんだと思うんだー」
「捕まらないように、って?」
「見てこれ」

アキラさんが手のひらを見せる。そこには、見慣れないきのみが一つ乗っかっていた。

「アタシの知らない、めずらしいきのみだよ」
「それ、どうしたんだ? まさか……?」
「……そー、ハジメにリオルを取られた時、手に握らされたんだ」

その言葉を聞いて、悔しいが納得してしまった。
要するにあれだ、ハジメはアキラさんとの約束を守っていたのだ。
密猟の共犯者としてアキラさんを巻き込んだからこそ、彼女を突き放して、罪を自分一人で引き受けたってことか。

「あーでも、違う可能性もあるけど、アタシはきのみもらえて満足している。だから、アタシの事で、彼を怒らないでくれないかな?」

俺の怒りはとんだ筋違い、ということだったのかもしれない。

「それでも俺は、アイツが気に食わないな」

静かに呟いた言葉は、暗闇に溶けていった。


*********************


宿屋前に帰ってくると、ヨアケがライブキャスターのテレビ電話で誰かと話していた。
盗み聞きするつもりはなかったが、切迫しているようだったので、声をかけるのがはばかられた。

「――――どうしたのアキラ君、なんか珍しく取り乱しているけど」
『アサヒ、落ち着いて聞いてほしい。ユウヅキが……』
「ユウヅキが、どうしたの」

アキラという名前の男は、僅かに躊躇した後、ヨアケに残酷な現実を突きつけた。











『ユウヅキが“闇隠し事件”での誘拐の容疑をかけられた』





――――――ヨアケの捜し人が、“闇隠し事件”の容疑者?




                        つづく


  [No.1587] 第四話前編 アサヒの誘い、ビドーの決意 投稿者:空色代吉   投稿日:2016/10/06(Thu) 00:07:18   30clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第四話前編 アサヒの誘い、ビドーの決意 (画像サイズ: 480×600 178kB)




――約3ヶ月前、<スバルポケモン研究センター>にて。


「くそっ――!」

赤いライトが照らす施設内の通路を、青髪の青年が白衣を翻しながら駆けていた。
青年は悪態をつきたくて仕方がなかった。
その対象は息切れを起こしかけている自分でも、彼自身が鳴らした耳障りな警報でもない。
目の前を駆けて逃げていく侵入者に対して、だった。

“闇隠し事件”の謎を解明するため、他地方から調査団の一員としてこの<スバル>に来ていた青い髪が特徴の銀縁メガネの男――――ヨアケ・アサヒとヤミナベ・ユウヅキの旧友でもある、もう一人のアキラという名の青年。彼は、襲撃者を捕まえるべく奔走していた。
襲撃者はたった一人。研究員から奪った白衣を着て、顔を黒のフェイスメットで覆っている男性である。
事の発端はその男の手持ちであろう、ヨノワールが研究所の外壁を攻撃したのが始まりだった。

所長の指示により研究物を守る側とヨノワールの撃退に別れた研究員。アキラは研究物を守る側について行動をしていた。
守備陣営でもさらに二手に分かれ、所長と一部の研究員が研究室の内部を見に行き、アキラと残された研究員は、二人で研究室の入口の見張りについた。

侵入者の第一発見者はアキラだった。
少し経って、中から、一人の研究員が出て来る。外の方へ増援に向かうように指示された、と言って走り出そうとする彼の白衣をアキラは掴む。アキラは彼の影に何かが潜んでいることに気付き、警告しようとしたのである。
アキラがモンスターボールを構えようとする前に、影からポケモンが飛び出しアキラ達を突き飛ばす。
視線を彼の方へ向けるとそこにはフェイスメットの人物が、影のように黒い身体と歪んだ口元が特徴のポケモン、ゲンガーを従えていた。
一緒に見張りをしていた仲間の研究員は伸びてしまったので、アキラは単独で駆け出す襲撃者を追いかける。

「待て!!」

待てと言われて待つ泥棒がいるわけもないのは、彼も重々承知の上である。ある意味これは一つの警告だ。
大人しく投降するならば、まだ手遅れにはならない、という警告。どのみち国際警察に突き出す気は満々であることは置いておく。
フェイスメットは特殊な光学迷彩でも使用しているのか、襲撃者は初め、<スバル>の研究員の顔をしていた。つまり、今逃したら変装されて脱出される可能性が大きい。取り逃がすことは出来ない。
幸い『テレポート』などの転移系の技の対策設備は整っているので、この施設から出さなければ、追いつめて捕らえられる。

「頼む、メシィ!」

駆けながらアキラは相棒の一匹である、魔女を連想させる姿をしたゴーストポケモン、ムウマージをボールから出す。
『くろいまなざし』の一つでも覚えさせておけば、と後悔しながらもアキラは現状で選べる中から最善手を打つ。
フェイスメットの男の影からゲンガーが顔を出し、こちらをけん制すべく『シャドーボール』を放とうと溜める。その隙をアキラは見逃さなかった。

「今だ『なきごえ』!」

呪文のように流れるムウマージの声が通路内を反響し男達に襲い掛かる。ゲンガーの『シャドーボール』を暴発させ、その余波がフェイスメットの男をよろめかせる。

「!」

体勢を崩しかけたが踏みとどまった彼は、直感的に横に飛びのく。すると、先程までフェイスメットの男の居た虚空を爪が切り裂いた。
男に追撃をかけたのは、他でもない彼の手持ちのゲンガーだった。

「――っ!」

ムウマージの特徴の一つに、鳴き声によって呪文を唱え、相手を幻術に陥れるというものがある。つまり今のゲンガーは術中にはまり、トレーナーである男を敵と認識しているのであった。
すぐさまボールにゲンガーを戻す彼。次のポケモンを出そうとする男の動作をアキラは許さない。

「メシィ!」

アキラの指示に従いムウマージは『シャドーボール』を襲撃者の眼前に湛えた。

「動かないでよね」

念を押して投降を呼びかけるが油断は出来ない。万が一に備え、他のポケモンを出しておくことをアキラは選択した。
しかし、それは叶わなかった。何故なら、フェイスメットが変形してムウマージを包み込んだからだ。

「な……!」

男の顔の姿形が変わっていた、という時点でその正体に気付けなかったことを悔やむアキラ。否、彼はその可能性も考慮していたが、昨今の技術で変装が代用可能なだけに、確信までに至らなかったのだ。知っているが故に単純に考えられなかった、それが彼の敗因である。
つまり、被っていたフェイスメットの正体は光学迷彩などではなく、メタモンの変身能力だったのだ。
だが、メタモンに対する驚きと比べられないモノを、次の瞬間アキラは目の当たりにする。

まず、所々尖った長めの黒髪が見えた。
それから顔に目をやると、前髪の合間からはアキラの見知った形の眼がそこにはあった。
赤い光に照らされて見えにくいが、その真昼の月のような白銀の瞳の持ち主は間違いなくアキラの知る者であった。
アキラは困惑気味にその男の名前を呼ぶ。

「まさ、か……ユウ、ヅキ……?!」

そう、アキラが思わぬ形で再会したのは、長年失踪して行方不明だった旧友――――ヤミナベ・ユウヅキだったのだ。

どうしてここに、とか、何やってんだ、とかアキラには言いたいことはいくらでもあった。
だけど彼は真っ先にこう詰問していた。

「どうしてアサヒを置いていった」

アキラは知っていた。彼女が、アサヒがユウヅキの隣に居る時に見せる、輝いた笑顔を。彼の隣に居たいと強く想う彼女の願いを。
アキラは思い出す。“闇隠し事件”で見知らぬ土地に一人置き去りにされた彼女が、何年も経ってようやく自分と連絡が取れた時に見せた、泣き顔を。

「答えろ」

冷静に勤めようとしても明らかに怒気がこもる彼の問いかけに、ユウヅキはあくまで沈黙の姿勢を見せた。

「答えろって言ってんだろ……ユウヅキ!!」

ユウヅキの胸ぐらをわしづかみにしようとするアキラ。その前に立ちふさがる影があった。
そのポケモンは、白いドレスを纏ったようなエスパーポケモン、サーナイト。
咄嗟にアキラがムウマージに『シャドーボール』を撃つことを指示するが、その前にサーナイトのドレスの下から黒い影の先制技『かげうち』が襲う。

「メシィっ!!」

影はムウマージを一撃で気絶へと追いやった。そして、
トレーナーのアキラをも、逃さず攻撃した。

――予想外の攻撃にアキラは倒れ込む。地に伏し、思うように動けないなか辛うじて目で彼らの姿を追うアキラ。
通路の壁がサーナイトの『サイコショック』で破壊され、外へと通ずる。
薄れゆく意識の中、最後に彼が見たのは、こちらを一瞥するユウヅキだった。

(……待……て…………)

アキラの念は届かず、彼はアキラに背を見せる。
そして<スバルポケモン研究センター>を襲撃した、ヤミナベ・ユウヅキは『テレポート』でその姿をくらました――


*********************


――――現在、【トバリタウン】

ビー君とアキラさんが宿屋から夜の散歩に出かけたのが気になった私は、入り口で二人の帰りを待つことにした。
二人だけ仲良くなるのは抜け駆けだぞ、なんて気持ちがなかったかと言えば嘘になる。でも、一人になる時間が欲しかったのもまた事実なので、これはこれでよかったのかもしれない。
何故一人になりたかったかというと、単純に、ちょっと考え事をしたかったから。

「ドジったなぁ……」

具体的に言うと、昼間の喫茶店での出来事について猛反省中だった。まさかミケさんが私を調べていたなんて。
ミケさんの職業が探偵だということを、探偵ならば誰かの依頼で動いていることを失念していた。完全に、完全に私のミスである。
今回は乙女の秘密ということで見逃してもらえたけど、一歩間違っていたら危うく全部白状するところだった。危ない。
彼らとの約束もあり、私の記憶がユウヅキに消されているかもしれないことはなるべく秘密にしなければいけない。なのにやってしまった。
ミケさんのバックに誰がいるのかが分からないのが怖い。ミケさんなら悪いようにはしてくれると思うけれど。事が事、だし。覚悟はしておいた方がいいのかもしれない。
ああ……アキラ君にだって、記憶の事言ってないのに……。

そんなこんなうだうだ言っていたらライブキャスターの着信音が鳴った。こんな遅い時間帯に誰だろう、と見てみるとアキラ君の名前が表示されていた。
彼とは定期的な連絡を取っているものの、タイミングがやや早い気がした。急用かもしれない、と慌てて出る。
画面に映った青髪の青年、アキラ君は苦々しい顔をしていた。

「どうしたのアキラ君、なんか珍しく取り乱しているけど」
『アサヒ、落ち着いて聞いてほしい。ユウヅキが……』
「ユウヅキが、どうしたの」

アキラ君は言い澱んだ後、手に入れた情報を教えてくれる。
それは、本来なら関係者以外に洩らしてはいけない情報だったのだと思う。
それでも彼は真っ先に私に伝えてくれた。
そしてそのことを聞いた私は――

『ユウヅキが“闇隠し事件”での誘拐の容疑をかけられた』

――とうとうこの時が来てしまったことを、悟った。


*********************


ヨアケと会話していた男は、俺とリオルとアキラさんの気配に気づいたのか、短く『とにかく、詳しいことはまた明日【スバルポケモン研究センター】で会って話したい』とだけ彼女に伝えて通話を切った。
それからヨアケ・アサヒは長い金髪を弄りながら、ばつの悪い、といった表情でこちらを向き直りこう言った。

「えーっと、ビー君にアキラさん……おかえり」
「お、おう」
「ただいまーアサヒー。なんか電話邪魔しちゃってごめんねー」
「ううん、気にしないで……っていうのも無理、かな? 特にビー君は」
「まーな」

アキラさんはこの地方のトレーナーでもなければ“闇隠し事件”に関わりはないはずだ。とすると、被害者の俺の反応が気になるのも無理はない。つーか気になって当然だろう。
しかし、ヨアケの捜していた奴がこの国をほぼ壊滅まで追いやった神隠し、“闇隠し事件”の容疑者になるとは……実感はまだないが、とんでもないことになっているのだけは分かった。そして、動機になるには十分過ぎるほどだった。
ヨアケが俺に申し訳なさそうに謝る。

「という訳で急用が出来ちゃった。一緒に王都まで行こうって話だったのにゴメンねビー君」
「気にすんな。そういやヨアケ、【スバル】って確かこの【トバリ山】を越えてその麓沿いにあったよな? 今からじゃ流石に遅いから明朝出発するのか?」
「場所はその辺だったと思う。行けるのなら今からでも出発したいなとは思っていたけど……」
「いくら道路あるって言ってもー、流石に危ないってー」
「俺もアキラさんに同意見だ」
「そう、だね。うん、そうしておくよ」

二人がかりで念を押して、ヨアケはようやく引き下がった。こいつ、強行する気満々だっただろ。
アキラさんが眠たげな様子で欠伸する。

「じゃあ、明日早いなら、そろそろ寝よっかー。お先におやすみー」

そう言いながら、宿とは別の方向へ歩き出すアキラさん。俺とヨアケは慌てて彼女を呼び止める。

「って、どこ行くんだ、宿はこっちだろ?」
「あー、いつも外で寝る方が好きだから、野宿してる癖でー、つい?」
「ついついって、宿に荷物忘れてるよっ」
「あ、そうだった。危ない危ない、ありがとー。それじゃあ改めてお先ー」
「うん、おやすみ」
「おう、おやすみ」
「二人も早く寝るんだよー」

そして彼女は宿に入る手前でちらっと俺を見て、目配せした。
その意図はなんとなくしか汲み取れなかったが、ヨアケに何か言え、と言いたかったのだろう。
アキラさんが見えなくなった後、続こうとしたヨアケを呼び止める。

「ヨアケ」
「なあに、ビー君?」

ヨアケは振り返ると俺の顔真っ直ぐ見て、不自然なぐらい穏やかに聞いてくる。
彼女のそういう所が苦手で、俺はとっさに視線を反らしてしまう。その視線の先でリオルと目があった。
リオルからさっさと言え、と促され俺はヨアケに向き合った。
じっと見られて僅かに緊張する。何をどう伝えればいいのか分からなかった。
なんとか辛うじて言葉を絞り出す。

「その、見送りぐらいはしたいからさ、ポケモン屋敷の時みたくさっさと行かないで、今度は声かけてくれよな」

ヨアケがきょとんとした顔をした。ああ……言ってしまった後に恥ずかしさが込み上げてきた。目が泳ぐ。
その俺の様子が可笑しかったのか、ヨアケがくすりと笑って、それからはにかんだ。

「うんっ、わかった」

その笑顔を見て、夜風がすっと胸の奥を吹き抜けた気がした。


*********************

翌朝。私はビー君に頼まれた通り一声挨拶してから出発しようとした。しかし部屋に彼らの姿はなく、ロビーに行くとアキラさんと彼女の手持ちの火焔ポケモン、ゴウカザル居た。名前はライというらしい。よくポケモンを外に出すんだな、と昨日今日の彼女を見ていて思った。私も見習わないとな。

「アキラさん、ライくんおはよー。おユキちゃんの具合はどう?」
「おはよーアサヒ。んー、もう大丈夫ー」
「そっか良かった。そう言えばビー君知らない?」
「ビドーなら、町の入り口で待っているって言ってたよー」
「一声かけてくれ、って言ってたから声かけようと捜したのにっ。もう」
「まーまー」

膨れた私をアキラさんは宥める。彼女も私と同様に旅立つ支度を終えていたようなので、一緒に歩いて。町の入り口まで向かった。
町の出入り口にはもうぱっと見でも何となく彼だと分かる、ちょっと長い群青色の髪の頭を持つ小柄な背姿があった。
彼の隣にはリオルの後ろ姿もあり、彼らは何故か仁王立ちしていた。その傍にはサイドカー付バイクもあった。
足音に気が付いたのか、彼らがこちらを向く。
目と目があった。一瞬バトルが始まるかと思ったほどの気迫を彼らから感じた。
開口一番ビー君はこう言った。

「乗っていけ」
「えっ」
「サイドカーに乗っていけ」
「えっと、どうして?」

わざわざ言い直してくれたビー君に、思わず疑問を口にしてしまう。少し経って、ようやく言葉の意味を理解した。彼の厚意を無碍にしようとしたのだと気づき、気まずくなる。
気まずい空気の中助け舟を出してくれたのはアキラさんだった。

「あーつまりあれだねー。送っていくって言いたいんじゃないかなービドーは」
「そう、なの?」

確認を取ると、何故か彼に文句を言われる。

「むしろ、この流れで置いていかれるのも結構あれだぞ」

あれって……ビー君には悪いけど、素直じゃないなー、と思ってしまった。更に、アキラさんがすっと手を挙げる。

「ちなみにアタシも行くよー。研究所なら珍しいきのみの本とかある気がするしー」
「ええっ、ついてくる気満々?」
「アタシはリュウガに乗っていくから席の心配はご無用だー」

挙げていた手の親指を立てて前にグッと突き出すアキラさん。
ビー君とリオルはこっちをじっと見ているし、だんだん断れない流れになってきたっ。

「か、勘違いするなよ。俺もそのヤミナベの話を詳しく聞きたいと思っただけだ」

いや、まあそれは分かるけど、その通りなの分かるけど、なんでそういう言い回しするかなこの子は。
悩んだ末、断り切れず私は二人に同行してもらうことにした。

「分かった。旅は道連れデリバード、一緒に行こう、【スバル】へ!」
「旅は道連れユキメノコー、おー」
「今は手持ちにいないが旅は道連れラルトス」
「何この道連れ率」

そう言えばユウヅキの手持ちやアキラ君のメシィちゃんも『みちづれ』覚えた気がする。道連れ率高すぎ。
今の内に……気乗りはしないけどアキラ君に怒られる準備しておこう。


*********************


アサヒ達が【スバル】へ向かい始めたその頃、ソテツは『ひみつのちから』で作られた秘密基地の中で、ホロキャスターという立体映像を映し出す通信端末で通話していた。その相手は男女二人ずつの計4人。ソテツを含め、5人が円になって向かい合って近況報告をしていた。
彼らは“五属性”。自警団<エレメンツ>をまとめる五人組である。
軽い挨拶の後、ソテツが先日の報告を始めた。

「――アサヒちゃんの記憶は、以前変わりなし。一応オイラ達との約束を守ってくれようとしているけれども、いつボロが出てもおかしくはないってとこかな。あと、ガーちゃんも見かけてくれたんだけど、例のアサヒちゃんを探していたミケという探偵とやらに、アサヒちゃんが接触してしまったみたいだ。オイラと別れる時気まずそうな顔していたから、たぶんドジってるよあの子」

ドジっている、という言葉にソテツから見て右隣の背の低い少女が反応。頭を抱え、叫ぶ。

『だーっ、何やってんの! あのおバカ!』
『素直そうで隠し事多い、あの子らしいね』

もう一人の、ソテツの左隣にいるポニーテールの女は少女を窘めるでもなく頷く。
少女の右隣に居た、体格のいい、目隠しをした男がソテツに訊ねた。

『……それから、アサヒの素性を探っていた探偵の足取りは?』
「ゴメン。そこまでは分からなかった。ただ、痕跡をなるべく残さない辺り、かなり逃げ慣れている。たぶん爪を隠している類のやり手だよ、あの男」
『ほう……』
『こら、関心しているんじゃないのっ、これだからバトルマニアは』
『まあまあ』

探偵に感心する目隠し男を、少女が叱る。それを今度こそポニーテールの女が窘めた。

「あともう一個だけ言いたいことあるけど、いいかい?」

ソテツがいつになく真剣な表情を作るので、それまで静観していた二番目に身長が高い、リーダー格らしき男はソテツに聞き返す。

『何だソテツ、改まって』

ソテツは一息吸ってから、己の抱いた不安を吐き出す。

「あの探偵、オイラとキャラ被ってないかい?」
『どうでもいい……!』
「えー、だって気になるさ」

リーダーにばっさり切り捨てられ口を尖らすソテツ。そんな彼に少女はフォローになってないフォローを入れた。

『だいじょーぶじゃない? ソテツは若さがあるじゃん。見た目の』
「合法ロリにだけは言われたくないぜ!」
『なにおー!!」
『二人とも、じゃれ合わないの!』
『そーだぞ、そんなたかが身長の事で』

少女(?)とソテツの諍いを仲裁するポニーテールの女を眺めながらリーダーは呆れながら言った。すると、二人の矛先が移る。

「たかがとかいうな木偶」
『ソテツ、怒ったら負けじゃんよ。アイツは身長に栄養持っていき過ぎているだけなんだから』
『なっ、リーダーに向かってその口はなんだ!』

むっとするリーダーをポニーテールの女は抑えにかかる。

『こらこら、そこで貴方が怒らない。リーダー』
『ちっ』
『こらこら、そこで舌打ちしないの。ね?』
『……はい』

彼女は笑いながらリーダーに注意する。しかしその笑顔にはどこか凄みが入っていた。その様子を見て、目隠し男は同情するように呟いた。

『……尻に、敷かれているな……』
『うるせー、お前も避けられない道だからな……!』

呟いた彼を恨めし気に睨むリーダーをよそに、ソテツは気を取り直して報告を続けた。


*********************


「そう言えば、正体が謎に包まれている<ダスク>についても話そうか……<ダスク>による密猟がこれで6件目だね。その前の密猟者からは何か情報引き出せた?」
『それが……今の所<ダスク>って言うのは“サク”という人物を中心に成り立っているらしい……? という事が判明しているぐらいだ』

リーダーの曖昧な表現に、ソテツは眉をひそめる。

「らしい、とは」
『恐らくだが、本人達もよく自覚していないようなんだ』
「へっ?」

思わず素っ頓狂な声を出してしまい、咳払いするソテツに目隠し男がリーダーの言葉を引き継ぐ。

『自分達が<ダスク>という組織に所属しているのは把握しているのだが、詳しい組織形態までは理解できてないらしい。つまり、もっと<ダスク>の全体像を知るためには、存在するのか怪しいが幹部らしき人物の手がかりが必要だ。そのためには、なるべく動く<ダスク>のメンバーは、捕まえていきたいのだが……』
「そうか……昨日は取り逃がしちゃった。ゴメン」

謝るソテツにポニーテールの女がこぼす。

『ソテツにしては珍しいわね。その<ダスク>メンバーの素性とかは判明しているの?』
「彼の名はハジメ。ハジメ君はおそらくこのヒンメルの国民だと思う」
『ハジメ、ね。ちょっとデータベースで検索してみる』

少女がノートパソコンを用いて調査し始めると、キーボードを打つ音だけがしばらく響いた。
ふと、思い出したようにソテツは呟く。

「“俺達はただ救いたいだけだ。この国の民全部を、だ。怯えながら待ち続ける仲間も、連れていかれた仲間も、全部。全部取り返したい。ただ、それだけだ”……か」

その呟きに他四人が視線をソテツへ向ける。四人を代表してリーダー格の男が尋ねる。

『それは?』
「ハジメ君の言った、<ダスク>の目的だ」
『見えてきたじゃない、<ダスク>は何かしらの形で救国願望をこの国の民に与えて利用しているってことじゃん?』

ソテツの証言に、少女が指さしして見解を述べる。ポニーテールの女は少女の言葉に引きずられた。

『扇動している何かがいるってこと? だとしたら、そのハジメ君は騙されているの?』
「単に<エレメンツ>はあてにできない、って言いたいんじゃないかな」

ぼやくソテツに目隠し男がぽつりとこぼす。

『……いや、もしハジメ達<ダスク>が“あのこと”を知っていたとしたら……どうだ。アサヒが……』
「ストップ。それ以上はいけない」
『そうね、私もソテツに賛成。少なくともこの場では、ね』
『……すまない』

ポニーテールの女とソテツの制止に、謝る目隠し男。そしてハジメの話題は、持ち越しとなった。
それから他の報告へと移っていく。
この地方に新たに移り住んだ人々が国民と衝突するトラブル。ポケモン屋敷からポケモンが義賊団<シザークロス>によって盗まれたなど、挙げればまだまだ、問題はつきなかった。

『――それじゃあ、続きは本部に帰還してからだ――解散』

通信を終えた後しばらく、低い位置にある天井を仰ぎ見ながら、ソテツは思う。
もし、目隠し男の彼の言おうとしたことが当たっていたとしたらアサヒが標的にされていたかもしれない。
だが、自分はその流れを止めた。そう、止めたのだ。
はたから見ると師匠が弟子を庇っただけの行為に見えるが、彼は矛盾した感情を抱えていた。

(オイラとしては別に庇うつもりは無かったんだけどね。なんでだろ)

仮にも師匠の立場からくる、情というものなのだろう。そうソテツは割り切って、次の任務へと向かった。


********************


「――かくして、ユウヅキは<スバルポケモン研究センター>を襲撃した強盗として追われることになった……というのが、3ヶ月前その現場に居合わせた私の友達、アキラ君から聞いた一連の流れだよ。ビー君、アキラさん」

私は移動中に、二人にユウヅキがどうして指名手配されたかの経緯をざっくりと話した。
私の説明をビー君とアキラさんは相槌を打ちながら聞いてくれた。
その事件を知った当時の私は、ただただ驚いた。行方をくらましていたユウヅキが無事だったことへの嬉しさは勿論あるけれど、アキラ君を攻撃した、というのが正直信じられないような、いやでも彼ならやりかねないような気もして……とにかく、強盗とかも含めてなにをやっているの、ユウヅキ? って、気持ちが私の中で渦巻いていた。
ユウヅキなりの理由があるにしても、とっちめないと、という使命感を抱く私だったけれども、そんなちっちゃな意固地は大きな波の前では、通用しなかった。

「でもアサヒー、それって今までの話だよね?」
「そうだね。昨夜聞いた通り、どういうことかユウヅキは“闇隠し事件”の容疑者になった。だから事の真相を調べるためにも今からまずその容疑をかけられた理由を聞きに行くってとこだよ」
「そーいや、そこまでして何を奪ったんだろうな、ヤミナベは」
「私も知らないや。でも、よっぽどのものなんじゃないかな。何だろう?」

三人とも唸りながら考え込む。しかし答えなど出るはずもなく、そのうちフライゴンのリュウガ君に乗ったアキラさんが口を開く。

「それも気になるけどー、アタシとしてはそのアキラ君って人の方が気になるなー」
「同じ名前だよな」
「それに関しては私びっくりしちゃったよ。本当にアキラ君がいるのかと思っちゃった」
「向こうについたら呼び方とかどうするんだよ。ややこしいぞ。アキラさんで慣れちゃってるし」
「むむ、私も昔からアキラ君って呼んでるから今更変えられないよ」
「んーじゃあ、皆でアキラ君と呼べばいいと思うー」
「その中には俺も含まれているのか?」
「頑張れービドー」
「頑張ってビー君」

そしてなんかごめん、アキラ君。


*********************


【トバリ山】の麓の湖畔にある【スバルポケモン研究センター】は、ヒンメル地方のポケモンとそれにまつわる事柄全般を調べている研究所である。
もともとは天気研究所として設立されたのもあり、レーダーなどの技術に特化されているとか。
だがその持ち前のレーダーシステムを用いても、行方不明者の発見には至らなかったのだが。
“闇隠し事件”をポケモンによる事件ではないかと考え、調査しているのも彼ら<スバル>の研究員だ。
“闇隠し”の被害で研究員が不足していたが、近年他の地方からの研究員を招いて、調査団を組んで持ち直してきているというらしい。

研究所の受付で出会ったのは、深緑の髪を三つ編みにしたメガネの男性だった。麗人、という言葉が似合いそうなその白衣を着た彼は、俺達をみるなり柔和な笑みを作りながら近づいてきた。

「お待ちしておりました、アサヒさんとそのお連れの方々。私はこの【スバルポケモン研究センター】の、所長のレインと申します。以後お見知りおきを」
「ええっと、ヨアケ・アサヒです。よろしくお願いします。こっちの背の低いほうがビドー君。こちらはアキラさんで、そのフライゴンは彼女の手持ちのリュウガくんです。皆さん成り行きで一緒になった方達です」

おい、もう少しましな紹介の仕方あるだろ。と俺はヨアケに視線を送ったが気づかれなかった。

「ビドーさんにアキラさん、リュウガくんもよろしくお願いしますね」
「どうも、よろしくお願いします」
「どうもー」
「所長さん自らわざわざ出迎えてもらってすみません」
「気になさらなくて結構なのですよ、もとはと言えばこちらが呼び立ててしまったようなものですし」

こちらへどうぞ、と案内を買って出たレインに、ヨアケは流れを断ち切って疑問を投げかける。

「その、私を呼び出したアキラという名前のシンオウ地方ハクタイシティ出身の彼は、どちらに?」

そうだ。もともとヨアケを呼び出したのはそのアキラ君とやらのはず。何故所長自ら彼女を出迎える?
俺も訝しんでいるのを察したのか、レインはあくまで笑みを崩さず、ヨアケの疑問に答えた。

「ご安心ください、彼は奥の部屋でとある準備してもらっています」
「準備?」
「アサヒさん、貴方に私達の研究内容と、“闇隠し事件”の見解をお伝えするための、準備です」
「いいのですか? そんな重要なこと私に教えても」
「別に、かまいませんよ。アレがヤミナベ・ユウヅキ氏に盗まれた時点で、公開しようと思っていましたので。もろもろの事情があり公にするまで時間がかかりましたが。まず貴方に先に伝えるべきかと判断しました。アサヒさんには聞く権利がありますし」
「重要参考人として?」

ヨアケの皮肉に、レインはメガネを直しながら、皮肉を倍返しで返した。

「貴方がヤミナベ・ユウヅキ氏のご友人だからですよ」


*********************


友人、という言葉にどうしてかヨアケが黙り込む。ヨアケにとって、ヤミナベ・ユウヅキは幼馴染だそうで、友人と称すのは間違ってはいない。何か不服でもあるのだろうか。
そのことも引っ掛かったが、俺は俺の事情を優先させレインとヨアケの間に割って入る。

「その話、俺も聞いていいですか?」
「どうぞご一緒に。アキラさん、貴女はどうされます?」
「んーアタシはいいかなー。それよりこのきのみを調べられる本とかあるー?」
「それでしたら資料室にきのみの図鑑の最新版が入っていたはずです、誰かに案内させましょうか?」
「いいっていいってー、皆忙しいんだし、自力で探すよー」

事情を知らないヨアケから見たら気を回してくれているようにも見えそうだが、アキラさんは昨日手に入れたきのみを一刻も早く調べたいのだろう。案内図を見る目が子供っぽく爛々としている。
逆に邪魔してはいけないような気がした。

「んじゃ、また後で会えたら会おうアキラさん」
「またね、アキラさん、リュウガくん」
「ん、またねー」

案内図に夢中になっているトレーナーの隣で、フライゴンのリュウガは翅をパタパタさせて俺達を見送ってくれた。


*********************


少しだけ広めの第2会議室と書かれた部屋に通されると、そこには屈みながら投影機を準備している、スーツを着た青いセミショートヘアを持つ若い男性がいた。

「ヨアケ・アサヒさんを連れてまいりましたよ、アキラ氏」

レインに「アキラ」と呼ばれたその男は、ゆっくりと立ち上がり、振り向く。
整った顔立ちをした男は、銀縁メガネの奥の黒い瞳をわずかに細める。
一瞬俺と視線があったが、彼は俺のことを気にも留めず、ヨアケの方へと顔を向ける。
穏やかな、でもどこか疲れた声で、彼はヨアケに声をかけた。

「やあ、アサヒ。久しぶりだね」
「久しぶり、アキラ君。なんか疲れてそうだけど、大丈夫?」
「僕は大丈夫さ。気持ちはありがたいけど今は君自身の心配をしなよ」
「そういうわけにもいかないよ」
「……僕が心配だからそうしてほしいんだ」
「大丈夫なのに」

強情なヨアケに重いため息を一つつくアキラ君。少しだけこの二人の関係がわかった気がする。
要するにヨアケにかなわないところがあるんだな、コイツ。ヨアケ、頑固なところは頑固だもんな。
心の中で納得していたらヨアケはアキラ君に俺のことを聞かれていた。

「それより、そちらの少年は誰だい?」
「少年じゃねーよ」

俺は反射的にそう答えてしまう。ヨアケが場の空気を和らげるために俺の紹介をアキラ君にする。

「彼はビー君、じゃなかったビドー君。私をここまで送ってきてくれたんだ、サイドカー付きバイクで!」
「そう」

ヨアケの言葉は明らかに彼に何か注いでしまったように見えた。受け答えする声のトーンが低い。心底俺に興味なさそうだ。
それから口元を歪ませた彼は、俺にガンを飛ばしながら、つまりは(身長差的に)見下しながらこう言った。

「君でも免許取れるものなんだね」

おい、「でも」とはなんだ「でも」とは。コイツ気に食わねえ……!
ヨアケはヨアケで「あちゃー……」と言いながら苦笑い浮かべている。まるで、奴の毒舌がよくあることみたいに。
奥歯を噛みしめアキラ君を睨み返そうとすると、手を叩く音がそれを止めさせる。
音の出どころはレイン。レインが、朗らかに笑いながらヒートアップしていた俺らに水を差していた。

「はい三人とも、積もる話もおしゃべりも後に回していただけますでしょうか? あとアキラ氏はビドーさんを挑発しないでください」
「レイン所長……失礼しました。ビドーも」

素直に謝るアキラ君。なんだかさっきからこの男、どこか余裕がなさそうだ。切羽詰まっているというか。
そういやアキラ君はヨアケにいち早く何かを知らせたがっていた。もしかしたらそれは、タイムリミットか何かがあったのか?
少なくとも、こういう形でヨアケと再会することを彼は望んでいないのかもしれない。
レインが用意したこの場、何かあるのか?
そんなことを考えていると、すねていると勘違いされたのかヨアケからも謝られた。

「私からもゴメンね、ビー君」
「いや、悪いぼうっとしていた。別に気にしちゃいない」
「そっか、良かった」

本当は気にしているけれども彼女を安心させるために、振る舞う。
実際細かいこと気にしていられる場合でもなさそうだしな。
ヨアケが軽くレインに頭を下げる。

「それでは、所長さん、お願いします」
「はい、始めましょうか」


*********************


灯りを消し、窓のカーテンを調節して、会議室は薄暗くなる。投影機が、ノートパソコンの画面を白い幕へ映し出していく。
レインが“闇隠し事件に対する<スバル>の見解”というノートパソコン内のフォルダを開く。いくつかの画像ファイルと動画ファイルがフォルダ内には入っていた。

「まず、“闇隠し事件”についておさらいしましょう」

ファイルの列から、一つの動画ファイルを選択され、再生される。
幕へと映し出されるのは、遠くから見た王都【ソウキュウシティ】の姿。画面の右端には【トバリ山】も見える。

「これは、ヒンメル地方から西方に位置する国、【エアデ】の国境付近にお住まいの方が撮影した“闇隠し事件”の様子です」

しばらく風景だけが映し出されていた。だが、次の瞬間黒いドーム状の半球体が発生し、画面の大半を埋めた。

「全国ネットにも上げられたこの映像はニュースなどで見たことがおありだと思います。そう、我々の王都【ソウキュウシティ】を中心として地方をドーム状の黒い球体が覆っているのです。その範囲は【トバリ山】をも巻き込むほどであり、覆われたのはほぼ地方全域と言ってもいいでしょう」

改めてみるとやはりシュールな超常現象としか言いようのない闇のドーム。もし地図があるとしたら真っ黒なインクを零したように、ヒンメル地方を蝕むその闇。俺達ヒンメルの民は確かにそこに、闇の中にいた。
客観的に見て5分ほどだっただろうか。短いようで長く、重々しい時を経て、闇がシャボンのように弾けて霧散する。
それからまた先程と同じ風景が映し出される、正確に言えば違うのだが、建造物や山には異常は見られなかった。

「次に、これは“闇隠し事件”の渦中、闇のドームの中にいた人々の証言です」

動画ファイルが閉じられ、次に文書が映し出される。文書には、名は伏せられているが老若男女さまざまな人の体験が、綴られていた。

「少々長いのでまとめると、視界が闇に覆われて、いや光の一切ない闇の中に放り出され自身の体も平衡感覚もわからなくなったとあります」
「これは、俺も体験しました」

思わず俺は口をはさんでしまったが、レインはむしろ歓迎といった様子で続ける。

「音は、聞こえたのですよね。そして神隠しにあった方々の声も」
「ああ、それから天上から泡がはじけるように光が入ってきた」
「そして、多くの人やポケモンは姿をくらませた」

あの日の見えない右手とラルトスの声、そして暴力的に降り注ぐ光を思い出し、冷や汗が垂れそうになる。
隣でヨアケが息をのむ音が聞こえた。レインはヨアケを横目に見て、それから本題に戻る。

「しかし疑問なのが建造物に関しては一切破壊された痕跡はなく、人々やポケモン達だけがいなくなっている点なのですよね」

先程の映像にもある通り、建物などには異常が見られなかった。だからこそ、生き物だけいなくなった神隠しと恐れられ、“闇隠し”という異名をつけられたのだ。
けれどもレインは一度、その神隠しという言葉を否定した。

「この集団失踪について、我々<スバル>はまず神隠しという先入観を捨て、『テレポート』という技を使った集団誘拐の線を探しました」
「『テレポート』っつーと、あの戦闘離脱や一度行ったことのある場所とかにワープ出来るっていう、あの技か……」
「はい……ですが、この説には問題が。待てども一向に身代金などの要求が来ないのです。仮定の話ですが、もしヒンメルの土地を狙うことで有名な【エアデ】が犯人だとしたら、他の連合諸国がヒンメルを保護下に置く前に揺さぶりをかけてもおかしくありません。あと、【エアデ】に限った話ではないのですが、あれだけの人とポケモンを収容できる施設と食糧費などの余裕はないと思います」
「た、確かに」
「それに、『テレポート』では規模が大きすぎます。普通なら王族などをピンポイントで狙えばいいでしょう? 確かに女王陛下含めた重要人物は神隠しにあっています。ですが、他にも巻き込まれた人々の数が、多すぎる」

それまで黙していたヨアケが口を開く。

「いくら建国記念日のお祭りが開かれていたと言っても、いやむしろ建国記念日だからこそ他国の人間達が大量にいたら目立つってことですね」
「その通り」
「じゃあ、さらわれたっていう可能性が少ないならいったいどこに消えちまったっていうんだよ……」

レインの肯定に意気消沈する俺の発言を、アキラ君は訂正する。

「誰もさらわれた可能性は捨ててはないさ」
「アキラ氏の言う通りですビドーさん。『テレポート』以外にも誘拐する方法はあります。例えば光輪の超魔人という異名を持つフーパというポケモンによる召喚、異空間転送の線なんかも探っていました」
「そうか、何もワープさせる方法は『テレポート』だけじゃないのか……」
「しかし、フーパは手持ちの六つの輪を通してでしか召喚できませんし周囲の物も巻き込んでしまいます。一度に召喚できる範囲と数が限られていますので『テレポート』と同じくフーパでは“闇隠し”規模の事件を起こせないでしょう」

唸る俺にレインは「ここからが本題です、お待たせしました」と言った。結構長かったな。と思ったのがバレていたのか、レインに「前置きはクッションですよ」と微笑まれた。

「引っ掛かってくるのは、携帯端末のGPSも消失している点なのですよね。GPSなら、別大陸に居ても探すことが可能です。よほど電波が通ってないところにいるか、もしくは何か不幸な目に合っていなければ、の話ですが……つまり、現状私達<スバル>はこの世界ではないどこかに隠された、と考えています」
「この世界以外って何処だ? パラレルワールドとか言い出すんじゃないよな?」
「ある意味では並行世界なのでしょうか、この世界には、裏側となる世界が存在するのですよ――――それは、“破れた世界”」
「“破れた世界”……?」

新しく開かれた文書ファイルが、“破れた世界”という言葉が垂れ幕に映し出される。見慣れない単語に俺が戸惑っている隣で、ヨアケは何かを考え込んでいた。
レインがヨアケにどうしたのか尋ねようとしたら、彼女は短く謝った後レインに続きを促した。レインは一つ咳払いをすると、“破れた世界”解説を始める。
画面を下へスライドさせると、そこには黄金の兜らしきものを被った、大きな怪獣のようなポケモンの姿が二対映し出されていた。片方は足があり、もう片方は足がなかった。

「こちらはギラティナという伝説のポケモンです。足がある方が私達の世界にいるときのアナザーフォルム、そして足のない方が破れた世界に棲むオリジンフォルムのギラティナ。破れた世界というのはオリジンフォルムのギラティナが住処とした様々な法則を無視した世界で、いわゆるこの世界の裏側ともいえる場所。そこにヒンメルの民は引きずり込まれたのではないか、と我々は考えました」
「まてまて、破れた世界ってものがあったにしても、そう簡単に引きずり込まれるものなのか? そもそも人が行ける場所なのか?」

突っ込む俺にレインは若干喜びながら(?)対応した。

「いい質問ですねビドーさん。シンオウ地方などでは破れた世界へと生身で足を踏み入れ、しばらくの間行方不明になった人物は過去にいます」
「まじかよ」
「シンオウ地方にある泉の一つで【おくりの泉】という場所にある【もどりの洞窟】の最奥部などに破れた世界の入り口が出現したところをシンオウ地方の研究者は調査し続けたそうです。データによると、破れた世界にいるギラティナがこちらの世界に近づくと空間にひずみができ、破れた世界への扉が開かれるそうですよ」
「でも、それってシンオウ地方の話だろ? ヒンメルじゃ……あ……そういや、この地方の伝説って」
「そうです。ヒンメル地方とシンオウ地方は、ところどころ共通点が見られます。代表的なのは【トバリ山】の存在ですが、その他にも時空と破れた世界を司る三神と呼ばれるポケモンから、新月、三日月、蒼海の王子などのポケモンがいたという伝説も残っております。余談ですが波導使いなどは現在も存在します。あの、エレメンツの目隠しをした彼……」
「トウギリさん」
「ありがとうございますアサヒさん。彼なんかも現役波導使いとしてバリバリ働いていますよね。話を戻しましょう。シンオウ地方に縁のある研究者にも来てもらい、あるアイテムを作ろうとしていたのです」
「アイテム、とは?」

ヨアケの質問に対し、レインは少々言いづらそうにその道具の名を述べた。

「……人工的に作り出した“赤い鎖のレプリカ”です」

いまいちピンと来ない俺は、レインにたびたび質問を重ねる。レインは笑みを消し、先ほどまでと比べて真面目な口調で答える。

「“赤い鎖のレプリカ”……? それは何に使うんだ?」
「ディアルガとパルキアという時間と空間を司るポケモンを呼び出すために使うのです」
「呼び出すのは、ギラティナじゃないのか」
「ええ。ギラティナそのものを直接呼び出す方法は現状ではディアルガとパルキアを呼び出すしかおびき出す方法を見つけられていません」

レインの言葉をアキラ君が補足する。

「そもそもシンオウ地方のように破れた世界に行く方法自体が、このヒンメルでは確立されていないんだ。ヒンメル地方でも破れた世界への扉を探そうと、【もどりの洞窟】のようなギラティナの住まうとされている遺跡で調査を繰り返したが、ダメだった。そこで、シンオウで実際に過去に使用された“赤い鎖”を用いたディアルガ、パルキアによるギラティナを呼び出す方法。それを<スバル>はプロジェクトとして研究を続けているという所さ。それで、“赤い鎖”を生み出すこと自体には成功したけど……」

プロジェクト自体は順調に進んでいた。だが、言いよどむということは、でもそれを遮る出来事があったのだろう。
それを察してしまって、どうしようもなく嫌な予感が俺の頭の奥で膨れ上がる。
彼女の吐くため息の音が、聞こえた。
彼女も<スバル>の研究を途絶えさせた正体に気づいたのだろう。
いや。気づくも何も、今ここでしているのは最初からそういう話でしかなかったんだ。
彼女は、ヨアケ・アサヒはアキラ君に確認を取った。

「そこで、話はユウヅキに繋がるんだね、アキラ君」
「そうだ。ユウヅキが“赤い鎖のレプリカ”を盗んだんだ」

“<スバルポケモン研究センター>襲撃事件”
この事件で<スバル>は研究物をヤミナベ・ユウヅキに奪われた。
そのせいで“闇隠し事件”の手がかりを掴むための研究を中断せざるを得なかったと。
複雑な感情がこみ上げてくるが、それよりも俺にはまだ、何故ヤミナベ・ユウヅキが“闇隠し事件”の容疑者、しかも誘拐の容疑をかけられたのかが分からないし気になっていた。
まだ知らない情報がありそうだ。

「……所長さん。“赤い鎖のレプリカ”を盗んだだけでは、どうにもユウヅキが“闇隠し事件”の容疑者になるには色々と足りない気がするのですが」

ヨアケも同じところが引っ掛かっていたのか、レインに問いかける。
その言葉にレインは目を細め、「おかしいですね」と呟いた。それから、レインは優しく、穏やかに衝撃の事実を述べた。

「ヤミナベ・ユウヅキ氏は過去にギラティナを祭る遺跡に訪れています。アサヒさん、貴方と一緒に。建国記念日の前に少年と少女の旅のトレーナーに遺跡について調べているのでその場所を知りたい、と尋ねられたと証言された方がいました」
「え……?」

明らかに動揺するヨアケ。俺は自分が驚く前に、その彼女の驚いた表情から目を離せないでいた。
畳みかけるようにレインは言葉を重ねる。

「貴方はその遺跡について調べる為に、この地方に来たのではありませんか?」
「いや、それは」

顔を伏せ、言いよどむ彼女に、レインは優しい口調で、こう付け足した。

「慌てて思い出そうとしなくても大丈夫ですよ、アサヒさん」

その言葉に反応し、ヨアケはレインの顔を凝視する。それから彼女は俺のあずかり知らぬ内容を口にする。アキラ君が彼女の発したその名に反応した。

「……まさか所長さん、貴方がミケさんの依頼主……ですか?」
「! アサヒ、あの男に何かされたのか?」
「えっと、色々質問されただけだよ」
「色々って、はぐらかすなよ」

アキラ君に問い詰められ、苦い表情を浮かべるヨアケ。話についていけない俺は、割り込む形でヨアケに質問する。

「おい待ってくれ、そもそもミケって誰なんだ?」
「あ、ゴメンビー君は知らなかったよね。ミケさんはね、私とアキラ君の知り合いの探偵さんなんだ。ミケさんは、誰かの依頼で私を調査していたみたい。その依頼主が、もしかしたら所長さんなのかなって思ったの……それで、どうなのでしょうかレインさん」
「私は依頼主ではありません。その依頼主からアサヒさんの情報を伝えられているただの研究所の所長、と言ったところでしょうか。まあ、ばらしてしまうとその探偵の依頼主は、ヤミナベ・ユウヅキ氏を指名手配にできる方々ですね」

ミケという探偵をヨアケに差し向けたのは、ヤミナベを指名手配にできる人々。ということはどこかの組織の可能性も挙げられる。しかし、ヒンメルに存在する組織に、この地方の外の人間を雇ってまで調査をする余力があるようには思えない。そうなると、残されているのは地方の外の組織で、国をまたいでも平気な奴ら。ということになる。ということは――

「……<国際警察>ですか」
「はい。直々の協力要請が国籍経歴問わずにされているようです。アサヒさんとユウヅキさんに最も近しい探偵、ということで彼が選ばれたとも聞いています。ですが、あまり彼を責めないであげてくださいね」

辿り着いた答えを口にするヨアケ。レインがミケをフォローしつつ、その答え合わせを言った。
その答えを聞いて、アキラ君は苦々しい表情を浮かべる。ヨアケも俯いて、言葉に詰まっている。そんな二人に追い打ちとばかりに、レインはヤミナベがかけられている疑いをまとめた。

「建国記念日のお祭りの日に首都ではなく、離れのギラティナの遺跡にわざわざ訪れる方は限られています。まあ、遺跡の警備員の方も神隠しにあってしまっているので確かな証拠ではないのですが……ヤミナベ・ユウヅキ氏はおそらく事件の起こる前後にギラティナの近くにいたと思われます。そして、今回ヤミナベ・ユウヅキ氏によってギラティナを呼び出すための“赤い鎖のレプリカ”が盗まれた……偶然で片づけるには、少々怪しくないですか?」

“闇隠し事件”がギラティナと繋がっている可能性がある以上、それは少々ではないことを、おそらく二人は感じていたのだろう。


*********************


「だから彼は、ユウヅキは“闇隠し事件”の容疑者となったのですね」
「はい。そしてアサヒさん、貴方はさっきあなた自身がおっしゃっていた通り重要参考人ですね」

しばらく黙り込んでいたヨアケが、口を開く。それにレインは皮肉交じりに事実を彼女に突きつけた。
レインの追い詰めはそれだけでは終わらない。

「アサヒさん、おそらくこのままでは“国際警察”を呼んで貴方の記憶を調べさせていただくことになります」
「レイン所長、それはあくまで最後の手段と……!」
「いいですよ」
「アサヒ!」

アキラ君が、俺が今まで聞いた中で一番声を荒げた。その態度で、それまでの言動と合わせコイツが心配していたのは、ヨアケが疑われ捕らえられることだと、俺は察した。
そんな彼の思いとは逆に、ヨアケは白状していく。

「実は、以前調べてもらったことがあるんです。だけど、私の記憶の中に、私さえ思いさせない記憶が封じられているみたいで。彼らは無理にこじ開けることを、私の頭に負荷がかかりすぎると言って中断してくれたのですが……私の記憶が戻るなら、どうぞ調べてください」
「どなたに記憶を封じられたのでしょうか?」
「わかりません。ですが、ユウヅキがオーベムを手持ちに持っていたのは、覚えています。状況的には彼が怪しいです。でも……」
「そんなことしない、と信じたいのですね」
「はい」
「……記憶の無い期間はおおよそどのくらいですか?」
「だいたい一ヶ月ほど。彼と別れた時のことは覚えているのですがその前後が。この地方に来た理由もわかりません。それとしばらく意識が朦朧としていた期間があったみたいで正気を保てるようになったときには“闇隠し事件”は起きた後で、この国の人々に、“闇隠し”を免れた方々に保護されていました」

『“闇隠し”で失ったものって、戻ってくると思う?』
初めて会った日の夜、彼女は俺にそう問いかけた。
彼女が失ったもの、それはヤミナベ・ユウヅキのこともだが、記憶のことも指し示していたのだろうか。
ヨアケが“闇隠し”に加担しているかもしれない。確かにその現実も気がかりではあった。だがそれよりも俺は、彼女の置かれている現状が気になっていた。
気が付いたら、俺は彼女の名を呟いていた。

「ヨアケ……」
「アキラ君、ビー君ごめん、本当のこと言わないで」
「いや……」

「気にするな」とまでは、言えなかった。俺は別に、謝罪の言葉が聞きたいわけじゃない。
話題に沿って、気になっていたことを彼女に確認をとる。
ヨアケを保護していた彼らが、彼女の記憶のことを把握していないはずがない。だから彼らはそのことを知っているはずだ。

「<エレメンツ>なんだろ、お前を保護して、記憶のこと隠せって言ったのは」
「うん。でも、記憶を調べられそうになったりした時は正直に話していい、とも言われていたから。あくまで情報を伏せさせていたのは」
「混乱を防ぐため、と君を守るため、か。前者の方が強そうだけど」

ヨアケの言葉をアキラ君が引き継ぐ。ぱっと思い付きそうな理由はそのくらいだよなと彼の言葉に賛同しようとしたら、レインがその流れを断ち切った。

「はてさて、アサヒさんの言うことが本当という証拠もないのですよね。嘘だという証拠もありませんが。私としては<国際警察>に相談するところを勧めたいですが、アサヒさん自身はどうされたいのでしょうか」

話の論点を、疑われているこの現状で、ヨアケがどう行動したいかにシフトするレイン。
レインの立場なら、いつでもヨアケを<国際警察>に差し出せるだろうに、何故彼女の意思を問うのか、その意図は俺には読めなかった。
途切れ途切れになりながらも、ヨアケは言葉を紡いでいく。

「私は……彼を、見つけたいです。国際警察の方より、先に」
「見つけて、どうされたいのです」
「ちゃんと、話をしたいです」
「話をして、それから」
「それから……それから……」

言葉が紡げなくなるヨアケ。彼女の様子を見て、レインは一言謝りそれから俺ら全員に提案をした。

「すみません、急には答えを出せないですよね。話も長引いて疲れていませんか? 少し、休憩としましょう」

その提案を断る者は一人もいなかった。

*********************


俺は、自動販売機の位置をレインに教えてもらい、受付まで一人戻ってきていた。
自販機にお金を入れ、冷たいブラックコーヒーを入手する。缶のタブを開け、それを一気に飲み干した。
少々の頭の痛みと苦さと引き換えに、視界がはっきりする。
鈍っていた思考回路が戻っていく。これなら現状を整理できそうだ。

彼女の置かれている現状。それは、<国際警察>にとっての重要参考人。
彼女の幼馴染のヤミナベ・ユウヅキが“赤い鎖のレプリカ”をこの研究所から盗んだことで“闇隠し事件”の容疑者になり、彼女もマークされている。
“赤い鎖のレプリカ”はディアルガとパルキアを呼び出し、ギラティナを呼び出すために必要な道具。レイン達は“闇隠し事件”の大規模失踪をギラティナの仕業ではないかと考えている。
過去に、彼女はヤミナベ・ユウヅキと共にギラティナの遺跡に訪れている可能性が濃厚。しかし、彼女の記憶は一部抜け落ちている。可能性として挙げられているのは、ヤミナベ・ユウヅキがオーベムを使って記憶を奪ったということ。

そして、彼女は<国際警察>よりも先に、ヤミナベ・ユウヅキに会いたいと願っている。

モンスターボールが勝手に開き、リオルが出てくる。ここ二日のことだが割と勝手に出てくるようになったな。

「サイコソーダ、飲むか?」

そう聞くと、リオルは自販機のボタンを押す。どうやらミックスオレの方が好みらしい。
再びお金を入れ、出てきたミックスオレの缶のタブを開けてリオルに手渡す。ゆっくりと尻尾を揺らし、ちびちびとリオルはミックスオレを飲み始めた。
そんなリオルを眺めていたら、俺は、リオルに語り掛けていた。

「なあリオル。俺、やりたいことができた」

リオルは俺を一瞥する。嫌そうな表情はしていないが、俺は恐る恐る話を続ける。

「俺は、やっぱりラルトスのことは諦めきれない」

ミックスオレを飲むのを中断するリオル。赤い瞳がこちらを見上げた。

「ラルトスを見つけられる可能性があるのなら、それを手放したくない」

目を細めるリオル。

「今までお前らのこと蔑ろにしておいて言う台詞じゃないのは、わかっている。だけど力を貸してほしい」

リオルが缶を置き、俺の目の前に立った。それから、俺のモンスターボールを全て強奪した。

「?!」

一瞬のことに困惑する俺を差し置いて四つのモンスターボールをリオルは次々と開いていく。
俺の手持ちは五体しかいない。よって、俺のすべての手持ちポケモンが並んだ。
右からカイリキー、エネコロロ、アーマルド、オンバーン、そしてリオル。
リオルがもう一回ちゃんと言え、と一声鳴く。

「そうだよな……ちゃんと、言わなきゃだよな」

そうだ、とリオルは頷く。カイリキーは腕を組み、エネコロロはすました顔をして、アーマルドは爪をとぎ、オンバーンは目を輝かせた。

「カイリキー、エネコロロ、アーマルド、オンバーン、リオル。お前たちに頼みたいことがある」

そして俺は、自分の手持ちたちに伝える。
少しだけ恥ずかしさも、後ろめたさもあった。
ミラーシェードすら外せない俺だけれども、彼らは俺の目を見てくれる。
俺の言葉を、聞こうとしてくれている。
そんな彼らに感謝の念を持ちつつ。
俺は、自分の手持ちたちに気持ちを伝える。

「俺にちょっとだけ、勇気を分けてくれ」


*********************


ビー君が飲み物を買いに行き、レイン所長が席を外したので、自然と私はアキラ君と二人になっていた。
アキラ君が、深い溜息をついた。それから、私をじっと見てこう言った。

「まさかアサヒが僕に隠し事しているなんてね」
「う……ごめんなさい……」

視線を合わせるのが怖い。でも、彼に、古くからの友人に隠し事をしていた事実は変わりようもないので、ただ、謝るしかなかった。
彼がもう一度ため息を吐く。もっと責められるかと思ったら、そうでもなかった。

「まあ、僕も君のことは言えないか」
「?」
「僕も、君に言えてなかったことがあるってこと。それで半々ってことにしてほしい」
「それは、私は構わないけど……言えてなかったことって?」
「僕が、ユウヅキの共犯者だって疑われていることさ」
「アキラ君が?」
「そう。一応僕もユウヅキの旧友だからね。ユウヅキの犯行と証言したのも僕だけど、彼と知り合いなのもこの<スバル>の中では僕だけだから」
「じゃあ、この3ヶ月間大変だったんじゃ」
「まあね。少なくとも他の研究員との関係は冷え切った」
「ひええごめん」
「なんでそこでアサヒが謝るのさ。悪いのはユウヅキだろ?」
「私が監督不行き届きだったばっかりに、ユウヅキがアキラ君に迷惑かけたから」
「監督不行き届きって……君にとってユウヅキは何なんだ……」
「何なのだろうね、ほんと」

アキラ君が肩をがっくりと下ろした。私はこれでも真面目に話しているつもりなんだけどな。
メガネをかけなおしたアキラ君は、三度目のため息をついた後……いつになく真剣な口調で私を諭し始めた。

「それで、君はいつまでユウヅキを追いかけるんだ」
「見つけるまでいつまでも、だよ? なんで、そんなこと聞くの?」

即答する私に対し、彼は一歩も引きさがらない。

「それは……君自身が彼を見つけて、会って話をするだけで、それでどうにかなると思っていないからだ」
「う……」
「君だってわかっているんじゃないか。あてもなく探して会える可能性の低さを、もし会えたとしても、簡単に連れ戻せないことを」
「……急にどうしたの? 今まで応援してくれていたじゃない。なんか今日のアキラ君意地悪だなあ」

アキラ君は今まで私がユウヅキを捜すのをずっと応援してくれていた。だからこそ余計に、今の彼はとても意地悪に見えた。
彼はふっと笑って、意地が悪いのを認める。

「知らなかったのかい? 僕は意地が悪いんだ……だから、大切な友達が理想ばかりに固執していつまでも現実を見ようとしないのを、僕は見過ごせる人間じゃない」

その口元の歪みがとても冷たく感じて、慄いてしまう。
苦し紛れに、今度は逆に私が意地の悪いことを言ってしまう。

「私からユウヅキを追いかけることを取り上げたら、何が残るっていうの?」
「残るよ。いっぱい。君の良いところは、僕がたくさん知っている」

即答されてしまった。アキラ君の言葉は、嬉しかった。だからこそ突き刺さるものがあった。

「わかっているよ、今私がとても中途半端だって、ユウヅキを追いかけている自分がいるのが安心だから現状に甘んじているのは」
「だったら、無理しないでほしい」
「無理、か……」
「この際はっきり言わせてもらうけど、アサヒ、君は無理をしている。それも、ずっと前から。僕とこのヒンメルで再会してから、いや、きっと再会する前から君は無理をしていると思うよ」
「根拠は?」
「君が、昔みたいに笑わなくなった」

おそらく、この時の私は、眉尻を下げて、笑ってごまかそうとしたのだろう。
しかし、言葉は一言も出せず、表情が固まる。
そういえば、ソテツ師匠が笑顔体操を考案したのって、いつ頃だったっけ。ふとそんなことを考えてしまった。

「笑えるわけないじゃない、こんな状況で」
「それは、いつまでもユウヅキに拘っているからじゃないか。彼が本当に君を思っているなら……っごめん」

言いかけた言葉を引っ込めるアキラ君。アキラ君の言いたいこともよくわかった。痛いくらいわかっていた。
私に残っているのは、彼と交わした約束の記憶だけ。その約束だって彼は覚えていないかもしれない。とっくの昔に忘れているのかもしれない。そう考えて私もきれいさっぱり忘れて生きたっていいはずだ。そんな未来だって、あるかもしれない。
だけど。


「ゴメンねアキラ君。やっぱり無理してでも、会いたいよ。会って話がしたいよ、たとえ彼がそれを望まなくても、彼の隣に立つことを。諦めたくないよ……!」

みっともなくても、それが私の願いだった。
その願いに、なんて言ったらいいのかな……呼応するようなタイミングで、彼は私の前に現れる。

「――――だったら、諦めんな!!」
「ビー……君?」

ビー君、ビドー君はリオルを引き連れ会議室の出入り口に立っていた。
彼はずかずかと踏み込んでくる。

「いつまでも過去を引きずってもいいじゃないか。往生際悪くたって、いいじゃないか。現実直視だ? んなもんクソくらえ、一緒にとっちめてやればいいじゃないか!」

割り込んできた彼は、語彙力が足りていない感じで、それでも必死に私を励ます言葉を叫んだ。
私たちの目の前に来たビー君は、こちらを見据えて言い放つ。

「おいヨアケ! 一昨日の夜のこと覚えてるか?」

一昨日の夜、私がビー君と初めて出逢った夜。
私は彼に頼んで、一度断られた願い。

『私を、ヤミナベ・ユウヅキの元へ届けてほしい』

その言葉を思い出したのを見計らって、ビー君は私に言った。

「届けてやるよ、お前をヤミナベ・ユウヅキのもとに」

気が付いたら、はらはらと涙がこぼれていた。ビー君は慌てて「もちろんただじゃねーぞ」と付け加える。それからビー君は私に提案する。

「その、送り届ける代わり、俺の――――俺の相棒になってくれないか?」
「……ビー君ちょろすぎ。そして、なんで唐突に相棒なの」
「ちょろいのぐらい自分が一番わかってる。相棒ってのは言い過ぎかもしれねーが、俺としちゃアンタにリオルの借りもある。返せるものは送り届けるくらいしかない。あと、俺だってヤミナベの奴をとっちめたい。ラルトスを取り戻すためにも」

感情論だけでないことに少しだけほっとする。なるほど利害は一致しているようだ。
でも、一度断られた内容だからこそ、はい、そうですねって言えない自分もいた。
涙をぬぐって、私は彼に皮肉を言う。

「まったく欲張りなんだね」
「強欲と言ってくれ」

得意げに言う彼に思わず吹き出しそうになってしまった。

「アサヒ……?」

アキラ君が心配そうにこちらを見ている。彼にとっては突然の話であるし、見ず知らずの子がいきなり相棒とか言い出して裏があると疑わしくもあるのだろう。
アキラ君だったら、絶対ビー君の提案を却下するだろう。
だから私は、私と彼を納得させるためのクッションを用意した。

「わかった。じゃあこうしようビー君――――私とポケモンバトルをしましょう! キミとキミのポケモンの力を見せてほしい。それから考えさせて!」
「その勝負、受けて立つ!」

私の誘いに、ビー君はにやりと笑って、乗った。


  [No.1599] 第四話後編 激突、アサヒVSビドー 投稿者:空色代吉   投稿日:2017/03/29(Wed) 21:00:33   31clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第四話後編 激突、アサヒVSビドー (画像サイズ: 480×600 197kB)

俺ことビドーは、ヨアケ・アサヒに、ヤミナベ・ユウヅキを捜す為にタッグを組もうと提案した。率直に言うと、相棒になってほしいと頼んだ。
ヤミナベという男は数年前にこのヒンメル地方を襲った大規模な神隠し、通称“闇隠し事件”の容疑者だ。そして、ヨアケの幼馴染でもある。
“闇隠し”で行方不明になった手持ちのラルトスの消息を掴むためにも、俺は事件に深く関わっていると思われるヤミナベに接触をしたかった。
そしてヤミナベと再会したいと願う彼女に手を貸したいとも思い、手を組もうと誘った。
俺としては利害が一致しているように見えたが、そう簡単に話は進まなかった。
ヨアケは俺の誘いにこう返事をした。俺の目を見てこう言った。

「ビー君たちの実力を見せてほしい。相棒になるかどうかは、それから考えさせて」

それは、ポケモントレーナー同士の間で行われる合図、ポケモンバトルの申し込みだった。
その申し出を俺は迷わず受ける。するとヨアケは、さっきまでの暗い面持ちを吹き飛ばす勢いで、どこか楽しそうにポケモンバトルの準備を進め始める。その様子に、面喰う俺だったが、その状態に陥ってしまったのはどうやら俺だけではなかった。
その場にいたヨアケの旧友、アキラ君は俺とヨアケのバトルに納得いかない様子であった。
そんな彼に気づいているのかいないのか、ヨアケは俺に聞いてくる。

「そういやビー君は、手持ちのポケモン何体持っているの?」
「5体だ」
「私は6体だよ。じゃあシングルバトルの3対3でいい?」
「それで構わない」
「あとは場所か……アキラ君、バトルフィールドってこの研究所にある? できるのなら借りたいんだけど……」

話を振られたアキラ君は、咳払いを一つしてヨアケに質問をした。

「一応訓練用のフィールドがある。貸し出しも出来るはず。だけどアサヒ……本当に彼とバトルをするのか?」
「うん」

迷いなく答えるヨアケ。アキラ君は一瞬黙った後、言葉を選びなおして再びぶつける。

「……言い方を変える。アサヒ、君はユウヅキを追いかけるのにビドーを巻き込むのか」

俺は決して巻き込まれに行くわけではないのだが、と発言しようにも口を挟めない雰囲気だった。アキラ君の問いかけにヨアケは少し考えるそぶりを見せた後、こう言った。

「まだそうと決めたわけじゃないよ。でも、そうなるかもしれない」
「どうしても、ユウヅキを諦める気はないのか」
「うん、まだ諦めたくない」
「……その結果、君が国際警察に捕まることになっても?」

ヨアケ・アサヒが国際警察に捕まる可能性。
今はまだ何とも言えないがヤミナベの幼馴染のヨアケが“闇隠し事件”の重要参考人として連行される可能性がないわけではないという現実を、アキラ君は恐れて反対しているのかもしれない。
ましてヨアケは事件前後の記憶がない。つい先ほどその事実を知ったならば、不安になってもおかしくはない。
更にアキラ君の上司であるレインはヨアケを国際警察に引き渡すのも手だと考えているとなれば、これ以上ヨアケが下手に動いて、彼女の不利になる状況になるのを望んでいないのだろう。
要するに、アキラ君はヨアケのことが心配なのだろう。
だが、レインがヨアケに問うた通り、これはヨアケがこれからどうしたいかが重要だ。
ユウヅキを追いかけるにしろ、諦めるにしろ彼女がどう動くかによって、恐らく現状は変化するのだろう。もっとも、当の本人は腹をくくっているようだが。
彼女は覚悟の言葉を告げる。

「いいよ。もし私が憶えてない罪があるのなら、償うつもり。できれば……ううん、絶対ユウヅキと一緒に」
「……そっか。じゃあ、答えは出ているようだね」
「答えって?」

アキラ君は寂しそうな笑みを作る。それからからかい交じりに答えとは何かを言う。

「レイン所長の質問の答え。君がユウヅキと再会した後どうしたいのか」
「あ」
「もしかして、忘れていたの?」
「あ、あー、うん。そうだった、ちゃんとレインさんに言わなきゃ……!」
「慌てない。もう少し考える時間はあるさ。それこそ彼とのポケモンバトルの後でも」

穏やかにヨアケをなだめるアキラ君。これは俺の勘だが、アキラ君はヨアケには優しいのではないだろうか。ヨアケとアキラ君、そして一応ヤミナベは古くからの友人らしい。だからこそ気を許しあっているのかもしれない。その距離感が少しだけ羨ましくも思えた。
兎にも角にもようやく話が俺の方に戻ってきた。俺は話をそらした彼に文句を言う。

「俺の事をついでみたいに言うなよ、アキラ君」
「ついで以外の何ものでもないだろう。そしてなんで、僕は君にアキラ君と呼ばれなければいけないのかい?」
「ばっさり言うな。知り合いにアキラさんって女性がいて、彼女が今この研究所にいるからだ」
「ややこしいな」
「ややこしいだろ。だから君付けで我慢してくれアキラ君?」
「君にそう呼ばれると少しむかつくんだけど」
「おっ? ビー君もアキラ君も打ち解けて来たみたいだねぇ」

言い合いを茶化すヨアケに、俺たちはため息と共に首を横に振った。


**************************


休憩から戻ってきたレイン所長に、俺はポケモンバトルをしたいから研究所のバトルフィールドを借りたいと頼んだ。するとレインは「ぜひ使ってください。私もお二人の勝負には興味あります」と、快く貸してくれる。彼らに案内され俺とヨアケは訓練用のバトルフィールドへ移動した。
フィールドは屋内にあった。それまでの研究所に使われている無機質な壁や床から浮くようにフィールドの部分は土作りにされていた。一階部分に客席などはなく、その代わりに二階部分に観戦できるモニタールームが配備されている。レインはモニタールームへ、アキラ君は審判を引き受けてフィールドのラインの傍にある審判台へと立つ。俺とヨアケはまずフィールドの中央へ向かう。

「まずは、両者の手持ちポケモンの見せ合いを」

アキラ君の指示で、俺とヨアケはまずそれぞれの手持ちを出していく。
俺の側の手持ちはカイリキー、エネコロロ、アーマルド、オンバーン、そしてリオル。
彼女の側の手持ちはデリバード、パラセクト、グレイシア、ドーブル、ラプラス、それからギャラドスだった。
ヨアケのポケモン達を見て俺は一言突っ込みを入れる。

「草タイプの使い手の師匠がいるのに、その弱点ばかり狙うチームだなおい」
「ふふ、ソテツ師匠は確かに草タイプをよく使うけど、私が教わったのはなにも草タイプの使い方ばかりじゃないよっ」

ヨアケは意味ありげににやりと笑う。俺はソテツのバトルスタイルをまだちゃんと見てはいないので、彼女がどういった戦い方をするのかは読めなかった。
一旦手持ちをボールに戻し、それから二人はフィールドの端に立つ。

「ルールは3対3のシングルバトル。交代はありで手持ちが全員戦闘不能になった方の負けとする! それでは両者、一体目のポケモンを!」

アキラ君の指示に従い、互いにボールを手に取り、勢いよく振り放つ。

「頼む、エネコロロ!」
「お願い、リバくん!」

それぞれのポケモンがボールの中から姿を現す。
俺が一番手に選んだのは“おすましポケモン”ことエネコロロ。紫色の耳をピンと立たせ、クリーム色の細い四肢で地に立ち、澄ました顔をしている。
ヨアケ側の初手はリバというニックネームの“はこびやポケモン”デリバード。白い袋を担いだ赤い鳥ポケモンだ。運び屋というシンパシーは置いておく。俺が彼女と初めて出会った時に連れていたポケモンである。
辺りに緊迫した空気が漂う。彼女はそれを察したのか真剣な眼差しのまま口元に笑みを作る。それにつられて俺もにやりと口元を歪めてしまった。

「色々言ったけれど、私はビー君とのバトルを楽しみたいと思っているよ」
「楽しむのもいいけど、油断すんなよ」
「わかっているよ」

彼女なりのアイスブレイクなのだろうけど、少々なめられているようにも感じた。
その余裕の態度、改めさせてやる。そう思うと、何故だか俺は気持ちが昂っていた。
彼の合図で試合が始まる。俺とヨアケの戦いが、始まる。

「――――それでは、始め!」


**************************


「先手はもらうよ! リバくん『こおりのつぶて』!」

開始早々、ヨアケのデリバードの周囲に冷気が集まり始める。氷の礫による先制攻撃を狙うデリバード。もちろん俺もエネコロロもその攻撃を黙ってくらうつもりはない。

「させるか! エネコロロ『ねこだまし』!」

弾けるバネのようにしなやかに直進し、デリバードの動作よりも素早いスピードで間合いをつめるエネコロロ。乾いた音がエネコロロの手から鳴り、デリバードを怯ませ『こおりのつぶて』を中断させる。

「その冷気、使わせてもらうぜ! 『こごえるかぜ』!」

デリバードの生み出していた冷気を、エネコロロは凍てつく風撃として利用する。『こごえるかぜ』によりデリバードの動きが少しだけ鈍る。

「エネコロロ、追撃で『ひみつのちから』だ!」
「飛んで!」

エネコロロは地形を利用する『ひみつのちから』でフィールドの土を変形させる。地面から麻痺効果のもつ土の槍がデリバードに向け突き上げるが、デリバードのいる空中まではぎりぎり届かなった。

「リバくん、ジグザグに『れいとうビーム』!」
「『ひみつのちから』で防げ!」

上空からデリバードの『れいとうビーム』がジグザクにフィールドを横切りながらエネコロロへ迫る。
エネコロロは『ひみつのちから』で土の壁を作り防ぐものの、フィールドはほぼ氷漬けに。
このままでは壁の外に出た瞬間氷の床に足を取られてしまう。しかし、『ひみつのちから』で防ぐにも限度がある。
今のエネコロロの打てる手で、飛行しているデリバードをどうするか。考えた末にある技を試させてみる。

「『うたう』で眠らせるぞ、エネコロロ」

デリバードの特性が『やるき』か『ふみん』の場合、デリバードは眠らないのは知っていた。だが特性が『はりきり』だったのなら、エネコロロの『うたう』の歌で眠らせることが出来る。効くかどうか微妙だが、やるしかない……!
エネコロロの歌が、上空のデリバードの耳に届く。
デリバードが眠気でふらつくのが、見えた!

「よしっ!」
「当たりだよビー君。だけど、通させない! リバくん速達で『プレゼント』!」

デリバードは眠りに落ちる前に、担いでいた白い袋から光り輝くプレゼンドボックスを大量にばらまく。
直後、轟音が周囲に鳴り響いた。その爆裂音は宙に放り出されたプレゼントボックスが一斉に起爆した音だった。あんにゃろう『プレゼント』の箱をすぐに爆発させるように速達なんて指示を……!
エネコロロの『うたう』も、デリバードの眠気も爆音で一気に吹き飛ばされてしまう。
もうもうとした煙が晴れ始めたころ、ヨアケとデリバードが畳みかけてきた。

「続けて『プレゼント』」

『プレゼント』による爆撃で、エネコロロが壁の後ろから引きずり出される。エネコロロはなんとか氷上で立つことはできても、それで精一杯だった。

「いくよリバくん『そらをとぶ』!」

デリバードが少しだけ上昇し、一気にこちらに向けて急降下し突撃してくる。
このままではエネコロロはデリバードの攻撃をまともにくらってしまう。ヨアケはエネコロロの特性を、接触した相手を魅了する『メロメロボディ』である可能性を考慮していない。ということは、恐らくこの一撃で決めにかかっているのだろう。
命中が下がる代わりに物理の威力を上げるデリバードの特性『はりきり』がこの動きにくい
氷のフィールドと相乗効果を生み出していやがる。
だが、フィールドを利用するのならば、エネコロロの十八番でもある……!

「『ひみつのちから』で真上へジャンプ!」
「えっ」

『ひみつのちから』でエネコロロの真下の土と岩が、氷を突き破ってエネコロロの足場になる。そのままエネコロロは真上に飛び跳ねデリバードの攻撃を回避する。飛び出した岩の上に着地し、今度はエネコロロがデリバードの上をとる。着氷したデリバードは、最初に当てた『こごえるかぜ』が堪えているのか、やや動きが鈍い。
その隙を逃すまいとエネコロロに指示を出す。

「エネコロロ、フルパワーで『ひみつのちから』!」
「阻止してリバくんっ! 『こおりのつぶて』!」

技の撃ち合いはデリバードの方が早かった。放たれた『こおりのつぶて』がエネコロロにダメージを与える――――だが、エネコロロはその場に踏みとどまる。

「今だ!!」

溜めの時間を終えたエネコロロが、か細い体の腹の底から力強く荒げた鳴き声を上げる。その声に地面が呼応し無数の大地の槍がフィールドの氷を砕く。その強烈な攻撃がデリバードに命中する。
フィールドの端まで吹き飛んだデリバードは、仰向けに地面に打ち付けられ、目を回していた。

「デリバード、戦闘不能!」

アキラ君のジャッジにより、ヨアケのデリバードが戦闘継続不可能とみなされる。まずは一勝することができた。
ヨアケがデリバードをボールに戻し、小さい声で「ありがとう、リバくん」と労いの言葉をかける。それから俺の方にも話しかけてくる。

「まさか、氷の足場を突き破ってくるとは思わなかったよ、ビー君」
「まあ、コイツなら、エネコロロならできると思ってな」
「そっか……次は、勝たせてもらうよ」

彼女は冷静に宣言をした後、次のポケモンを出した。


*************************


モニタールームにて観戦をしていたレインのもとに、髪の毛に寝ぐせを立てた来客が、フライゴンを連れて来ていた。

「あー、レインだー」
「おや、アキラさんではありませんか、調べものは済みましたか?」
「おかげさまでー。んー、アサヒとビドー、バトルしてるの?」
「ええ、なんでもビドーさんがアサヒさんの相棒になれるか見定める為に戦うとか言っていましたね」
「ビドー思いきったなー。形式は?」
「3対3のシングルバトルですね。先程初戦がビドーさんの勝利で終わったところです」
「おおー」

アキラさんと彼女の手持ちのフライゴンがフィールドをのぞき込む。すると、彼女たちはほぼ同時に目を細めた。

「ああー、これはー……」
「アキラさんも感じ取りましたか」
「まー、んんー、これはー……」
「まあ、ですよね」

レインは目下の彼らを見据えて、もどかしさを抑えきれずにいた。

「ビドーさん、早く気づいてあげてください……」


*************************


ヨアケの二体目は、大きな赤いキノコを背負った虫ポケモン、パラセクト。
セツというニックネームのパラセクトは、先日『キノコのほうし』による薬を調合するといった離れ業を見せたポケモンだった。
パラセクトの『キノコのほうし』は厄介だ。なるべく近づかれたくねーな……。

「セツちゃん、頼んだよーっ!」
「このままいくぞ、エネコロロ」

エネコロロに連戦させることを決め、次の戦いが始まる。
さっきのエネコロロの『ひみつのちから』によりフィールドはところどころに岩の槍が突き出ている。障害物で動きにくさはあるが、それはパラセクトも同じはずだ。

「エネコロロ、近づかれる前に仕掛けるぞ! 『こごえるかぜ』!」
「『あなをほる』で隠れるよセツちゃん!」

地面に潜り、凍てつく風をかわすパラセクト。まずい、このフィールドだとエネコロロは地中からの攻撃を避けにくい。

「ジャンプで岩の上に飛び乗れ!」

正面にあった岩の上に登るエネコロロ。俺はエネコロロに相手の出方を待つように指示する。しかし、なかなかパラセクトは姿を見せない。その代わりにヨアケが何かを小さく呟いている。

「……方向はそのまま……まだ……まだ……まだ……」

いくらなんでも遅すぎる。警戒するようにエネコロロに言おうとしたその時。
エネコロロが硬直して岩上から動けなくなる。その隙を彼女らは見逃さない。

「今! 『タネばくだん』!!」

『あなをほる』で潜ったはずの穴から姿を現したパラセクト。パラセクトは地中から近づいて行う奇襲をせずに、最初の場所で潜伏していたのか?!
驚いている暇はない、エネコロロに向かって『タネばくだん』は勢いよく発射されている。俺は祈るようにエネコロロに指示を出す。

「かわせっ」
「無理だよ」

彼女の宣告通り、エネコロロは攻撃をまともにくらってしまい、そのまま岩の上から落下してしまう。
地面に叩きつけられたエネコロロは、戦闘不能のジャッジを下された。

「エネコロロ戦闘不能!」


*************************


俺の中で疑問が渦巻く。今の攻撃、消耗していたとはいえ、エネコロロなら避けられたはずだ。パラセクトに何かされたのか? それなら何をされたんだ?
考え込む俺に、ヨアケが指摘する。

「ビー君、今の勝負は自分のポケモンのコンディションをチェックできてないのが、敗因だね」

そう言われ、倒されたエネコロロ見て、ようやく俺は気付いた。それから一気に情けなさが渦巻く。
エネコロロは、エネコロロは――――麻痺していたのだ。
いつから体が痺れていたか、なんて、言うまでもない。パラセクトと戦う前から、あそこしかない。

「自分の足場に『ひみつのちから』を使った時か……!」
「『ひみつのちから』の技の効果、使われたフィールドごとに状態異常などを付与するのが、エネコロロ自身にきちゃったんだね。あの時は氷のフィールドっぽい感じもしたけど、基本が土のフィールドだった。だから体が麻痺して痺れていたのかも」
「お前らが潜伏して待っていたのは、エネコロロが痺れて動けなくなる瞬間だったのか」
「そう」

エネコロロをボールに戻した。ボールの中でエネコロロが意識を取り戻す。弱弱しくこちらを見上げてくるエネコロロに「ごめんな。ありがとう」と言うと、エネコロロは一瞬目を見開いた。それから笑いまじりに怒っていた。本当にすまん。
エネコロロのボールをしまうと、ヨアケが顎に右手を当てていた。

「ビー君のバトルは、相手を観察している割合が多いのかもね」

ずばっと言われ少々落ち込む。でも事実でもあるので、言い返せない。
次のポケモンをどうするべきか悩んでいたら、声をかけられる。

「ビドー、次のポケモンを」

アキラ君に催促され、気持ちを切り替えるためにも、次のポケモンを出す。


*************************


俺の次のポケモンは、鍛え上げられた筋肉と、四本の腕が特徴のポケモン、カイリキー。

「頼むぞカイリキー」
「続けてお願いね、セツちゃん」

カイリキー対パラセクト。お互い二体目のポケモン。数の上では引き分けているからこそ、ここは勝利しておきたいところだ。

「いくよセツちゃん『あなをほる』!」
「カイリキー! 『がんせきふうじ』で穴を塞げ!」

入り口に使った穴を岩石で塞ぐ。もう、先程のフェイントは使わせねー……!

「カイリキー今のうちだ! 『ビルドアップ』!」

カイリキーがポーズを決め、その筋肉を震わせていく。これでまず攻撃力と防御力を上げる。

「距離を取ってセツちゃん! 連続で『タネばくだん』!」
「『パレットパンチ』で柱岩を撃ち出し応戦だ!」

岩石の向こう、フィールド端に姿を現したパラセクトは、タネばくだんを続けざまにばらまいてくる。それに対してカイリキーにフィールドの柱をバレットパンチで砕き、パラセクトへ飛ばすことで弾幕と遠距離攻撃を狙う。反時計回りに回りながら、ほぼほぼ柱を壊し終え、パラセクトが疲れ始めたあたりで、俺はカイリキーに仕掛けさせる。

「一発食らわせてやれ! 岩石に向かって『バレットパンチ』!!」

それまでカイリキーとパラセクトの間にあった『がんせきふうじ』の岩を、岩石の弾丸としてパラセクトにぶつけようとする。これは『タネばくだん』では防げないはずだ、どうする?

「セツちゃん踏ん張って! 『いとをはく』で岩を掴んで、右にステップ!」
「そうくるのかよっ……!」

ヨアケの対応は早かった。パラセクトは『いとをはく』の糸で弾丸をキャッチし、それから大きく右に避けることでその隣を岩石が通過。パラセクトは踏ん張りをきかせて岩石を繋ぎとめ、遠心力を用いて岩石のハンマーをカイリキーに叩きつけてきた!

「当ったれえええ!」
「くそっ、防げ!」

咄嗟にカイリキーにガードさせるものの、ダメージはそれなりにある。
ヨアケは畳みかけるようにパラセクトに追い打ちを指示した。

「もうちょっとだけ頑張ってセツちゃん! 『タネばくだん』!」

放物線を描く『タネばくだん』が手負いのカイリキーに迫る。お互い満身創痍になってきたが、まだ対処できると信じるぜ……!

「カイリキー! 後ろへ飛んで『バレットパンチ』!」

指示通りカイリキーがバックステップを取ってくれる。目の前に落ちてきた『タネばくだん』に拳の弾丸を放ち、パラセクトに爆弾を跳ね返してダメージを与える。

「セツちゃん!」
「よくやったカイリキー!」
「やるね……『タネばくだん』の対処をされて、いつまでも距離を取っているわけにはいかない、か。いいよ、近接戦勝負! セツちゃん『あなをほる』!」

パラセクトが三度地中に潜る。ヨアケの言葉はハッタリかもしれない。
だがあえて乗らせてもらうぞ、その勝負!

「カイリキー、いつでも攻撃できるように準備だ」

暫しの時が立った後。とうとうパラセクトがカイリキーの真下から現れた。
爪の一撃をカイリキーに食らわせるパラセクト。だが、カイリキーは堪え切った。
今が反撃の好機だ。いけ、カイリキー、

「『インファイト』!!」

カイリキーの四本の腕を使った怒涛のラッシュがパラセクトを襲う。
パラセクトは背負ったキノコから胞子を放ちつつ、倒れる。
間近で胞子を吸ったカイリキーは、毒を浴びていた。それは、ただでは終わらせないというパラセクトの執念だったのかもしれない。


*********************


「パラセクト、戦闘不能!」

そう僕はジャッジを下す。すると、視界の上端に何か動くものが見えた。それは、モニタールームの方向、ガラスに張り付いて食いつくようにバトルに見入っている女性とフライゴンだった。見慣れない女性だが、あれが僕と同じ名前のアキラさんだろうか。レイン所長もそのふたりから少し離れた位置でアサヒ達を観察していた。
現状の二人の残りの手持ちは、ビドーが二体、アサヒが一体。数の上ではアサヒが不利だけど、パラセクトのセツの胞子が僅かながらでもカイリキーのダメージにはなるはずだ。
そう、まだ勝負はこれから。

戦闘不能になったパラセクトをボールにしまったアサヒは、ふと天井を見上げた。
その様子にビドーは不思議に思ったのだろう。彼は彼女に「どうしたんだ」と声をかける。
ビドーの呼びかけにアサヒは反応し、その顔を彼へと向ける。それから彼女は、

「ふふ」

笑みを、こぼした。
アサヒは笑っていた。
目じりを下げた愛想笑いではなく、
意外と負けず嫌いなところがある、子供の頃の面影を残した笑顔。
それは久しく僕が見ていなかった表情だった。

「ヨ、ヨアケ?」
「ふふふゴメン、なんだか楽しくなってきちゃって。ビー君結構やるね!」
「お、おう」

ビドーのうろたえる声に、吹き出すアサヒ。彼女はひとしきり笑った後、目元を拭い最後のボールを構えた。
その腕を突き出した構えは、野球でホームランを宣言するバッターのようにも見えた。

「いくよビー君。最後まで気を抜かないでね?」

そして彼女は笑顔のまま、思い切りボールを振りかぶる。
……僕は審判としてここに立っているわけだけど。今の彼女とだったら、また昔のようにポケモンバトルをしたいと思った。
だけど、今の僕のままでは彼女をあんな風に笑わせることはできないかもしれない。
それも相まって、今彼女の相手をしているアイツが少しうらやましくもあった。
そんなことを思いつつ、僕はバトルの行く末を見守ることに意識を戻した。


*************************


ヨアケの最後の手持ち……ボールの中の光と共に唸り声を上げて現れたのは、とても凶悪な面をしたポケモン、ギャラドスだった。
ギャラドスの痺れるほどの威嚇の咆哮が、俺とカイリキーを怯ませる。
カイリキーの握る拳に力が入らなくなるのを俺は見た。ギャラドスの特性『いかく』による攻撃力の低下と、蓄積したダメージによるものだろう。

「踏ん張れ、カイリキー……!」

そうビビりながらも絞り出したかすれ声で励ます。カイリキーはこちらを見ず、その代わり左上腕の拳の親指を立てた。

「! 任せたぜカイリキー!」
「ドッスー全力でいくよ!!」

ヨアケが大きく息を吐く。
それから彼女は紋様の入った宝玉が装飾された、胸元のボタンを握りしめた。

「私の声に応えなさい、キーストーン!!」

彼女の呼びかけに反応し宝玉、キーストーンが光る。
それに呼応するように、ギャラドスの首輪についた宝玉、メガストーンが輝く。
ギャラドスとヨアケの間に光の帯が無数に揺らめきながら繋がっていく。
激流でつくられた繭がギャラドスを隠した。


「今! 結ばれし絆が、進化の門を登る――――飛翔しろ! メガシンカ!!」


高らかに言い切った口上に合わせ、飛沫を上げて繭が破裂する。
その中から現れたのは一回り太くなった胴体と刺々しいヒレ、そして更に凶悪になった面構えを持つポケモン――――劇的な進化、メガシンカを終えたギャラドス、否メガギャラドスだった。

カイリキーが冷や汗を垂らしているのが見なくても感じ取れた。
先程までとは別人のような気迫を纏った彼女達は、呼吸を整える暇さえ与えてくれはしない。

「ドッスー! まずは邪魔な障害物を『じしん』で蹴散らして!!」
「来るぞカイリキー! 今は堪えてくれ!」

荒れ狂う地鳴りを上げて、研究所全体の地面をメガギャラドスの放つ衝撃が揺さぶる。
地面が裂け、柱岩も岩石もひび割れたフィールドに呑み込まれていく。
間一髪裂けた大地に落ちこそはしなかったが、衝撃波によるカイリキーのダメージは相当なものだった。
毒とさっきの戦闘ダメージも相まって、体力的にもってあと一発という所か。攻撃力は下げられているが、今のメガギャラドスは水と悪タイプになってカイリキーの格闘タイプの技は効果抜群だ。一矢、報いさせてやる!

「一発だけでも喰らわす、カイリキー!! 『バレットパンチ』!!」
「当てさせない……ドッスー『こおりのキバ』で拳に噛みついて!!」

カイリキーの弾丸のような拳を、すんでのところでメガギャラドスに噛みつかれ受け止められてしまう。それだけではとどまらずカイリキーの腕からどんどん凍り付いていく!

「くそっ!『インファイト』だ……!」

残りの三本の腕を動かそうとするも、カイリキーは動かせなかった。体力の、限界だった。
そしてカイリキーは地に足を付き、そのまま倒れこんだ。


*************************


「カイリキー戦闘不能!」
「カイリキー……!」

宣告されるまでもなく、戦闘不能になっているのは明らかだった。俺は思わずカイリキーのもとに駆け寄った。裂けた地面に足を取られつつも辿り着くと、カイリキーは意識を取り戻していた。それから情けなさそうな表情を浮かべるカイリキーを見て、俺はカイリキーを否定した。

「カイリキー、そんな顔するな。お前はよく戦ってくれた。ありがとう……!」

カイリキーは一本の手で、項垂れる俺の頭を軽く叩いた。全く、これじゃあどっちが励ましているのかわかんねーよ。
ボールの中にカイリキーを入れ、フィールドの端へと戻る。
正真正銘正念場、お互いの残りは一体ずつ。次の勝負で決着はつく。
俺は既に最後のポケモンを決めていた。コイツだけは、初めから出すことを決めていたポケモンでもあった。
投げたボールが開閉し、そのポケモンが姿を現す。
俺はありったけの気合を込めてそいつの名を叫ぶ。

「待たせたなリオル!!」

俺の最後の手持ち、リオルは小さい体から気迫に満ちた声を上げる。
その声のおかげで緊張が適度なものへと変わっていく。
気持ちの昂りを感じながら、俺とリオルはヨアケとメガギャラドスとの最終戦に挑む。

「行くぜヨアケ!」
「来なさい、ビー君!」

そう言い合った両者の口元は獰猛に歪んでいた。
そんな穏やかじゃない笑みに包まれながら、最後の戦いの火ぶたは切って落とされた。


*************************


「先手必勝だリオル、そのでかい図体に『きあいだま』を当ててやれ!」

リオルは両手をかざし、その手の間に『きあいだま』のエネルギーを溜める。
するとメガギャラドスは体を屈め、構えをとった。

「大きいからって動きが遅いと思うのは早計だよ! ドッスー全速前進!」

メガギャラドスの体の脇についている多数の噴射口すべてから水が噴出。
とてつもない速さでリオルへ突撃をかましてきた!

「! リオル放て!」
「噛み砕け!」

急いでリオルに『きあいだま』を放たせるが、メガギャラドスはそれをキバで粉砕。だがその衝撃で一瞬の隙が生まれたところで、リオルは転がって相手の突撃を回避。間一髪で避けることに成功する。
体当たりに失敗したギャラドスは砂ぼこりを上げながらも、尻尾を反転させ再び噴射口から水を発射し、ブレーキをかける。

「次はどうかわすのかな! ドッスー続けて『じしん』!」
「リオル! 『はっけい』を真下に放って猛ジャンプ!」

より激しい衝撃波がフィールドに、リオルに襲いかかる。リオルは波導の力を下に放ち、空中へ離脱して『じしん』をかわす。
なんとか避けられたが、攻撃するチャンスが、なかなか来ない……!
一旦立て直したい。そう願うも、彼女たちはその時間さえ与えてくれはしなかった。

「ドッスー『たきのぼり』!!」

落下するリオルに向かい、激流をその身に纏い上昇するメガギャラドス。とうとう回避し続けていた攻撃も、命中してしまう。

「リオル!!」

今のは強烈過ぎるダメージだ。吹き飛ばされ、今度こそ落下するリオル。だけどリオルは手を使い、地面との激突を防ぎ綺麗に着地してくれる。きついはずなのに、よくやってくれた。

「『でんこうせっか』で懐に飛び込めリオル!!」

落下した直後ならチャンスが生まれるはず。そこを狙って逆転の可能性を賭けた一撃を叩きこめ!

「そんだけ重けりゃ痛手になるだろ! いけリオル! そのまま『けたぐり』!!」
「読めてたよ――――ドッスー『たきのぼり』からの『りゅうのまい』!」

無慈悲にも、着地する前にメガギャラドスは『たきのぼり』をして水流と共に空中へ上昇。上空を泳ぐように『りゅうのまい』を舞うメガギャラドス。まずい、メガギャラドスのパワーとスピードが上がってしまい、このままでは手の付けられないことになる。
メガギャラドスがこちらへ向けて落下してくる。
次に来る攻撃、それを避けても『じしん』が飛んでくるだろう。
仮に、その『じしん』を『はっけい』ジャンプしてかわしても『たきのぼり』の追撃が逃れられない。
何より長期戦はリオルの体力的にも絶望的だ。
つまりはこの攻防で活路を見出すしかない。
僅かな時の中で考え抜いた可能性に賭けて、俺はリオルに指示を出す。

「小さくてもいい、速攻で『きあいだま』!」
「くっ、もう一回噛み砕いて!」

リオルの放った一回り小さい『きあいだま』を、メガキャラドスは再び噛み砕いた。
よし、けん制の『きあいだま』でもくらえば痛いはず。だから噛み砕いてくれると思っていたぞ。その状態だと牙の攻撃は出せないはず。
そしてリオルの放った『きあいだま』は小さめのもの。威力が少ない分、技の早さも短い。
つまり、次の技につなげやすいということ。
恐らくこれが最後の攻防になるだろう。
一歩先んじて、迎え撃たせてもらう!

「リオル『はっけい』!!」
「ドッスー『じしん』!!」

勢いよく攻撃が正面衝突し、瞬時のせり合いの後、お互いその攻撃の反動で大きく吹き飛ばされる。
地面に転がるリオルとメガギャラドス。
激闘の後、先に起き上がったのは――――メガギャラドスだった。
リオルも立ち上がろうと体に力を入れる。しかし、起き上がることは叶わなかった。
それを見届けた後、アキラ君は審判を下す。
勝利を勝ち取った者の名前を、彼は言った。

「リオル戦闘不能! よって勝者、ヨアケ・アサヒ!」


*********************


光に包まれ、ドッスーはメガギャラドスの姿からいつもの姿に戻る。

「ドッスーお疲れ様、ありがとうね」

お礼を言いながら頭をなでてやる。それなりに疲労しているのがドッスーの鳴き声から伝わってくる。結構間一髪だったもんね。本当にお疲れ様。

「リオルっ」

一方リオルのもとに走るビー君。リオルは天井を見上げ、悔しそうに顔を両手で塞いでいた。
ビー君は始めの内はリオルに戸惑っていたけど、彼なりに、リオルを励ます言葉を紡ぐ。

「リオル……ありがとな。負けちまったのは悔しいし残念だ。けど、お前と一緒にヨアケ達とバトルできて、その……楽しかった。だからあんまり気にするな、お疲れ様」

悔しさからなのか、ビー君の言葉が与えた影響かは分からないけど、リオルは泣いてしまう。
うろたえるビー君。困った表情で私の方を見ている。
こういうのに、慣れていないのがひしひしと感じられる。
仕方ない、助け舟を出してあげるとしますか。

「リオル! ビー君!」
「ヨアケ……」
「まずは楽しいバトルをありがとう! こっちだけメガシンカ使っちゃってごめんね」
「いや、それは気にすんな。むしろ全力で来てくれて嬉しかった」
「それならよかった……で、後付けで悪いんだけど、勝ったご褒美に一つだけ、お願いしたいことがあるんだけど、いい?」
「まあ、今回のバトルは俺の一方的な頼みだけ言っていたしいいぞ。なんだ?」

リオルを抱き上げ、なだめるビー君。そんな彼らだからこそ、頼みたいことがあった。
私は、ヨアケ・アサヒはビドー君にお願いする。

「ビー君。私と一緒にユウヅキを探して、捕まえるのに協力してほしい」
「え……?」
「送り届けてほしいってのもあるよもちろん。でも、一緒にとっちめてほしいんだ。あのお馬鹿さんを。ダメかな?」
「いや願ったりかなったりだけどよ……いいのか俺で? 俺達で?」
「むしろキミたちがいいって私は言っているんだよ?」

リオルとビー君は二人して目を丸くする。それからビー君がリオルを宙へ放り投げた。

「よっしゃあ!! やったぞリオル!!」

落ちて来た苦笑いのリオルをキャッチし、しばらく高い高いしてはしゃぐビー君。ほほえましいなあ。
そんなことを思っていたら、後ろから左肩に手を置かれる。
その手の持ち主はアキラ君だった。

「アキラ君」
「君、最初からなるつもりだったろ、相棒」
「バレてた?」
「君は基本的に嘘をつけないのは知ってる。黙っていることはできてもね」
「あははっ、参ったなー」

そう笑いながらぼやくと、アキラ君は少し驚いた顔を見せる。

「どうしたの、アキラ君?」
「いや、君の笑っているところ、久々に見たなって」
「そう?」
「なんだ、昔みたいに笑えるじゃないか」
「ビー君のおかげ、なのかな」
「今はそういうことにしておいてやるさ」
「妬いてる?」
「まあね」

予想外に素直な返事に、嬉しさを隠しつつ、私はアキラ君に伝えきれてなかったことを言う。

「アキラ君、例えどんなに時間がかかっても、例えどんなに挫けそうになっても……私、諦めないから。だから、見ていてね」
「仕方ないな。見届けるよ」

そう応援してくれた彼の表情も、しばらくぶりに見る穏やかなものだった。

「おーいビドー、アサヒー……ってどうしたのビドー? 凄い嬉しそうー」

対戦場に入ってくるアキラさんとフライゴンのリュウガ君。はしゃぐビー君達に驚いている彼女達にも声をかける。

「アキラさん! ……いやアキラちゃん! にリュウガ君!」
「お? なあにアサヒー?」
「アキラちゃん。あのね、貴方のことをアキラちゃんって呼んでもいいかな?」
「いいよー」
「ありがとー!!」

思わずアキラちゃんにハグしてしまう。アキラ君に「テンション高いね」と言われたけど気にしない。
ただし、レイン所長が陰からこちらを微笑みながら見ていたのに気が付いたときは、咳払いをしてハグを解いた。

「おや続けてくださってよかったのに」
「いや、そんな風に笑顔で見守られると冷静になりますというか……」
「そうですか? ともかく、バトルお疲れ様です。なかなか面白かったですよ」
「ありがとうございます。あの、レインさん。お話ししたいことがあります」

いい加減はしゃぎ終えてバテてるビー君の首根っこを掴み、立たせる。それから彼の頭に手を置き、レイン所長に私の決めた道を告げた。

「レイン所長、私決めました。私が、私達がヤミナベ・ユウヅキを捕まえます。それが、私がユウヅキに会って、話して、したいことです。ね、ビー君?」
「おう。やるからには国際警察より早く捕まえてやるぞヨアケ」
「もちろん」

意気込む私たちをレインさんはニコニコ笑いながら、受け入れてくれた。

「わかりました。では、国際警察の方にはそう伝えておきますね。それと、そんなお二人に依頼です。捜索のついでで構わないので、赤い鎖のレプリカの材料となる隕石を探してはいただけませんか?」
「もう一本作るのですか?」
「ええ。本来赤い鎖は二つで一つ。当初の計画でも二本揃える予定でしたので。まあ、隕石を集めるリスクはありますが、ヤミナベ・ユウヅキ氏も隕石はぜひ二本目の鎖のために欲することでしょう。私から提示できる手がかりはこれだけですね」
「いいえそんな、協力ありがとうございます……!」
「いえいえ――――“破れた世界”の謎を解くことは、前所長のムラクモ・スバル氏の悲願でもありますからね。私達<スバルポケモン研究センター>の職員としても赤い鎖のレプリカが戻ってくることは、何よりも望むところです。だからこそお願いしますね、アサヒさん、ビドーさん」

そしてレインさん達の想いも託され、私はビー君とユウヅキを捕まえる旅に出ることになった。

この先どんなことが待っているかは分からない。
でも、一人で捜していた頃の不安は薄らいでいた。
たとえ考えは違うけど、同じ目的を持つ仲間がいる。
それだけでもとても心強く、なにより嬉しかったんだ。


こうして、私とビー君の短くて長い旅は始まりを迎える。


*************************


アキラさん。いや、アキラちゃんはまた【トバリ山】の方へと旅立っていった。しばらくはヒンメル地方にいるかもとのことらしい。今度であった時までには、あの珍しいきのみをおすそ分けできるほどに栽培しておくと言っていた。思えば、終始マイペースな人だった。また会えた時には俺も何かしらきのみを育てられていたら、ポロックを作れたらいいなと、小さな目標も立てておいた。
それと、出立する折、ヨアケのいないところで俺は見送りに来ていたアキラ君にそれとなく忠告される。

「ビドー。言っておくけど、僕がアサヒの隣に立つことを認めているのは、ユウヅキだけだから。そこのところ、ゆめゆめ忘れるなよ」
「……わーってるよ」
「そう、ならいいんだけど」
「本当に心配なんだな。ヨアケのこと」
「ああ。何だかんだ付き合い長い友達だから」
「友達、か。どっちかっていうと親父みたいにも見えるぞ」
「幸せになってほしいから、仕方がないね」
「否定はしないのな」
「うん。まあ、ビドー。アサヒが突っ走らないように繋ぎとめておいてほしい。僕から言えるのは、そんなところ」
「……善処はする」

戻ってきたヨアケに「おや? 男同士の約束でも交わした二人とも?」と茶化され、二人してため息をついた。

「じゃあ、行ってくるねアキラ君」
「またな」
「二人とも気を付けて」
「うんっ」
「ああ」

言葉を交わした後、二人を乗せたサイドカー付きバイクは走り出す。
目指すは王都【ソウキュウシティ】だ。






                     つづく



*********************


私の中の、大切な記憶。


憶えている限りで最後に見た彼の顔は、とても苦しそうな笑顔だった。
今にも泣きそうな、でも私に心配をかけまいと、安心させようとしている、そんなやさしい笑顔。
私はそんな彼の顔を仰向けに横たわって、ぼうっと見上げていた。
私の右手を彼の少し大きい手のひらが包んでくれている。それがとても温かい。
彼の手に力が入る。まるで、絶対に放さないようにしてくれている、力強さ。
その様子に私は察してしまう。
彼がその手を放してしまうことを。
彼と離れ離れになってしまうことを。

「どこかに行っちゃうんだね……ユウヅキ」

目元から滴が、口からは言葉が一斉にこぼれる。
彼の背後にある空は、薄明りが染め上げていって明るくなっていき、彼の顔の輪郭をはっきりとしたものにしていく。

「すまない。だが必ず……必ずお前の元に帰ってくる。だから、待っていてくれアサヒ」

どうしてそんな悲しそうに笑うの?
そんな風に頼まれたら、断りにくいじゃない。
決して納得なんか出来ないよ。一緒に居たいよ。離れたくないよ。
なんて、駄々をこねたら困らせてしまうのは解っていた。
だから、私は彼と約束をする。
薄く輝く月を見上げながら、私は宣言した。

「しょうがないなあ。でも、あんまり遅いと追いかけちゃうからね。お月さんみたいに地平線の向こうに姿を暗ましたって、ぜったい、ぜったいに見つけてやるんだから」
「ああ、ああ……ありがとう、そして――――」

そして、の先の言葉を私はいまだに思い出せないでいる。


*********************


  [No.1617] 短編その一 アマカジのはねる 投稿者:空色代吉   投稿日:2018/01/03(Wed) 01:20:57   34clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


  『はねる』という技は、遠方の地方では自らを鼓舞することによって攻撃力を上げる特殊な効果があるそうだ。
 だが、それを除けば特に何も起こらない意味のない技。言ってしまえば価値のない技だと、幼い頃のオイラは考えていた。
 あの人……オイラのじいちゃんと、じいちゃんのアマカジとポケモンバトルするまでは、その意見を曲げる気はなかったんだ。

 あれはオイラがポケモンバトルになかなか勝てなくなり、スランプに陥ってた頃のこと。悩んでたオイラにじいちゃんはこう言ったんだ。

「ソテツ、お前は『はねる』という技をどう思う?」

 最初はその質問の意味が分からなかった。余裕のなかったオイラは半ば八つ当たり気味に「なんの意味も無い役に立たない技」と吐き捨ててしまったんだ。昔のオイラは、ポケモンバトルは強い技を使いこなす者たちが勝てるって、心の底から信じていたからね。
 するとじいちゃんはオイラに拳骨を一発食らわせた。あれは痛かったしびっくりしたさ。でもそれ以上に驚くことをじいちゃんは言ったんだ。

「お前さんのフシギダネとわしのアマカジでバトルするぞ。お前さんらをアマカジの『はねる』だけで倒してやるから覚悟しろ」

 何を言ってんだ。いくらなんでもそれは無理だろ。とうとうボケたのか……って当時のオイラは思ったよ。
 でも、じいちゃんとアマカジは本気だった。本気でオイラとフシギダネにぶつかってきてくれた。
 ……結果はオイラたちの惨敗だった。見事に『はねる』だけでオイラとフシギダネは惨めに負けてしまった。

 『すてみタックル』で突撃させる――――『はねる』でかわされた。
 『タネばくだん』を放たせる――――『はねる』で器用に打ち返される。
 『ソーラービーム』を撃たせた――――溜めの時間に『はねる』でフシギダネが蹴られる。
 『はなびらのまい』を発動させる。さすがにこれはかわせないだろう――――花びら一枚一枚を『はねる』の踏み台にされる。
 疲れ果てて、混乱するフシギダネ。フシギダネが混乱で自滅するたびに、ヒメリの実で『はねる』のPPを回復するじいちゃん。

「ずっる!」
「何を言う! そっちの方がPPあるんじゃから文句言うな! 備えて来んかったお前が悪い!」

 当時は納得できなかったけど、そういう本気もあるって、今は思える。
 じいちゃんが居なければ、オイラはもっと遅くまで、技の強さばかりに固執していたかもしれない。
 今のオイラのバトルスタイルは、生まれなかったかもしれない。ある意味、そのアマカジの『はねる』が転機だったんだ。

 
 **************************


「――――このことから言えるのは、どんな技にも特徴がある。一つの技にも、いろんな使い方がある。何パターンも使い道を用意しておけば、コンボも出来るし戦略の幅が広がる。『はねる』一つでさえこんなにもバリエーションがあるんだ。組み合わせは無限大ってのは言い過ぎかもしれないけど役割を与えてやれば、活きる技は多いはずだ――――オイラの強さ、もとい強みを知りたいって質問だったけど。これで答えになったかい、アサヒちゃん?」
「はい! 大変参考になりましたソテツ師匠!」

 笑顔で返事をして手帳にオイラの教えをメモしていく少女、アサヒちゃん。
 彼女はオイラのことを師匠と呼び、ことあるごとにポケモンバトルのテクニックを教えてくれと付きまとってくる。正直に言うと相手するのが面倒な女の子だ。
 アサヒちゃんは理由があって、この自警団〈エレメンツ〉の本部からの外出を許されていない。しかし彼女は行動派で、本部内で出来ることを片っ端からやっているのを見かける。情けないけど、炊事なんかは彼女が抜けるとかなりきつい。悔しいが彼女は任務についていなくても、〈エレメンツ〉に貢献していた。
 それでも彼女は時間を持て余して暇なのか、メンバーとちょくちょく会話し、時にはポケモンバトルの自主練をしていた。
 どこで話を聞いたのかは分からないが、自警団内で実力を認められたオイラに教えを乞うようになる。
 最初はちょっとしたアドバイスをするつもりだけだったけど、それが失敗だった。まさか師匠にされるとは。
 周囲からもオイラは“アサヒちゃんの師匠”と認識されてしまったのもまた厄介だ。「師匠なんだから弟子をほったらかすな」なんて言われるのも面倒くさい。
 適当にあしらえばいいというのも一理ある。だが悲しいかな。中途半端に投げ出すのも、なんだかアサヒちゃんに負けるようで嫌だったんだ。引くのは彼女からでないと嫌だった。
 しかし、この子はしぶとい。外見のふわっとした印象に比べてかなり頑固だ。てごわい。ハングリーだ。

 でも裏返せば、まだまだ頭が固かった。

「……バトルスタイルはアサヒちゃんが自分で作り出すものだからね」
「私が、作り出す……」
「他人の意見を参考にするのはいいけど、鵜呑みにして自分で考えることを怠るなってこと」
「……そうだよね、うん……確かに」
「そこで真に受けるのも、流されてる証拠だけどね」
「ええー……」

 わはは悩め悩め。と考え込む彼女を見ていたら、話が思わぬ方向にそれた。
 アサヒちゃんは、あまり見せない疲れた表情をして、オイラに質問を投げかける。

「師匠、私の行動も『はねる』みたいに意味があるのでしょうか」

 いきなり始まる人生相談。付き合うつもりはなかったんだけど……はぐらかす方法もなくはなかったんだけども、オイラは思ったままの言葉を並べた。

「アサヒちゃんは意味がないと何も行動しないのかね」
「それは……」
「……オイラはアマカジの『はねる』自体は、特になんの意味も無い技だったと今でも思っている。でもオイラのじいちゃんはそこに意味を見出した。最初から意味があったんじゃない。後付けだったんだ。意味のある行動とかいったら、それこそオイラたち自警団〈エレメンツ〉のしている活動だって、意味があるのかいまだによくわからない。でも、後から誰かが評価してくれるだけでも意味があったってことなのだろう。意味なんて、そんなものだと思う」

 そんな言葉をかけると、彼女が今にも泣き出しそうな面持ちでこちらの顔をじっと見てきた。見つめられるのに耐えかねて目をそらし、とっさに慰めの言葉を口走る。

「まあ、周りに影響を与えていることは確かなのではないかい? それにアサヒちゃんの作るご飯、美味しいし?」

 ……何を言っているのだオイラ。苦し紛れにしては恥ずかしい。恥ずかしいぞ。
 そして努力はむなしく、その言葉がきっかけで彼女の涙腺は決壊した。

「ししょううううわあああああ……!」
「泣くな、泣くんじゃないぞアサヒちゃん。これではオイラが泣かせたみたいではないか……!」

 アサヒちゃんの泣き声につられてぞろぞろと集まる他のメンバーたち。オイラは仲間呼びなんて教えた覚えはないっ!
 言い訳などする暇もなく……オイラが泣かせた扱いになり、自警団の女性陣から叱られるはめになったとさ。


 その時にふと思った。

(これ『はねる』より『なきごえ』の方が、影響力が大きいのではないか……?)

 その疑問に答えてくれそうなじいちゃんは、今は行方知れず。ここにはいない。
 だから一人で『なきごえ』を使った新たな戦法がないか思案しつつ、気が向いたときにでもアサヒちゃんの訓練で試してやろうとオイラは画策した。





*あとがき
ソテツとアサヒの過去エピソードその1でした。ショートショートみたく増やしていけたらと思っています。


  [No.1626] 第五話 待ち人と空の棺 投稿者:空色代吉   投稿日:2018/04/22(Sun) 22:30:02   36clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第五話 待ち人と空の棺 (画像サイズ: 480×600 427kB)

大通りに行き交う人とポケモンの息遣いが、薄暗い裏路地まで聞こえてくる。
ふと、通りの方を眺めると歓談している一団がいた。そのよそ者たちは道を我が物顔で闊歩している。奴らの声は大きく広がって、嫌でも耳につく。
反対側からつまらなそうな表情をした男と葉の洋服を纏った虫ポケモン、ハハコモリが歩いて来た。大通りとはいえ、側道の幅には限りがあり彼らは肩をぶつける。
小さく短い謝罪を互いに交わす彼ら。それから一団は何事もなかったかのようにまた楽しそうに歩き出す。ハハコモリを連れた男は、また目を伏せて去っていった。
そんな光景を眺めていると、少し太った電気ネズミ……ピカチュウを連れた見知らぬ少女に声をかけられる。

「おーい、そこのお兄さん! 貴方が<ダスク>のハジメさん?」
「ああ……お前が届け人か。ずいぶん若いメンバーがいるのだな、義賊団<シザークロス>も」

そう言うと、赤毛の少女は頬を膨らませる。先程の発言が気に障ったのだろう。ふっくらしたピカチュウの頬袋並みにむくれている。

「む、あたしだって立派な<シザークロス>の一員だよ。若いってだけでナメないでよね」
「それは失礼した――――約束のポケモンは」
「この子だよ!」

ポシェットの中からモンスターボールを取り出す彼女。あまりにも無警戒に差し出すので、つい余計な一言を言ってしまう。

「……俺に、そんな簡単に託してもいいものなのだろうか。確か<シザークロス>の信念は『幸せにしてやれるトレーナーにポケモン託す』だっただろう?」
「大丈夫! きっと貴方は優しい人だもん。その子を大事に可愛がってくれる。そう思えるからあたし達<シザークロス>は貴方にその子を託すんだよ!」
「根拠は?」
「そういう質問してくるところかな」

思わず黙りこくると、手のひらにモンスターボールを握らされる。
ボールの中のポケモンをじっくり見てみる。その小さなポケモンはこちらをしっかりと見据えていた。
俺の相棒になることに、既に覚悟を決めている。そんな目をしていた。

「……これから長い付き合いになるだろう。よろしく頼む」

俺とそのポケモンのやりとりを見て、赤毛の少女は重たそうなピカチュウを頭に乗せ、はにかんでみせた。


*************************



【スバルポケモン研究センター】を後にした俺達は、気を取り直し王都【ソウキュウ】を目指していた。

「ビー君。やっぱ綺麗だね、この景色は」

サイドカーに座る金色の髪の彼女に言われ、俺は同意の言葉を口にする。
俺の相棒の彼女、ヨアケ・アサヒが見つめるのは【トバリ山】を抜けた先に広がる、見渡す限りの平原。やや傾き始めた陽の光が、雲を照らし草原に影を落とす。南の荒野に比べると、山を越えただけでもずいぶん景色は変わるものだ。その草原の真ん中あたりに、目的地の王都があった。
王都への道をサイドカーの付いたバイクを走らせる。長い平野を越えると、大きな塀と赤い屋根の街並みが見えてくる。丘の上にはそれなりに立派な白い城が建っているのも見える。ビルなどは少なく、若干古風かもしれない。だがそれが、俺の愛着のある王都【ソウキュウ】だった。
門を抜けると、夕時の時間帯のせいかそれなりに人とポケモンが多い。まあ、ほとんどが移民や旅のトレーナーたちなのだが。【ヒンメル王国】自体もともと多民族国家だけれども、ここ数年はならず者や一旗揚げようとする奴まで、輪にかけて各地から人が押し寄せた。そのせいか門の外にもキャンプが広がり、そこは新たな区画になりつつあった。
住む場所を作る、ということで思い出したことをヨアケに尋ねる。

「そういやヨアケ。お前、決まった拠点とかってあるのか?」
「【エレメンツ本部】を出てからは具体的な寝床はなかったよ。ポケモンセンターに泊めてもらうこともあったけど、野宿も多かったかな」
「女の一人旅でそれは危ねーな」
「あのアキラちゃんだって同じようなものじゃない?」
「アキラちゃんと違って危なっかしいんだよ、お前は」
「わかっているよ、アキラ君にもよく怒られました」
「そりゃそうだ。そういうことなら俺の住んでいる貸しアパート、確かちゃんとした空き部屋あったはずだと思うが……大家と交渉してみるか?」
「行くあてもあんまりないし、お願いしてもいいかな」
「わかった」

提案を受け入れられたので、そのままアパートへバイクを走らせる。しばらく経った後、目的地の建物の前にたどり着く。
サイドカーから降りたヨアケは、建物を見て小さく驚きの声を上げる。

「おお? 一階と二階、お店なんだ……!」
「一階が仕立屋で二階は美容院。どっちも俺の昔からの知り合いがやっている。俺は仕立屋の所で配達仕事の請負をさせてもらっているぞ。といっても、しばらく休業するつもりだがな」
「えー、もったいなくない? いいの?」
「捜索に専念するんなら、そのぐらいでいった方がいいだろ。それに辞める訳ではないし、アンタを届けるって仕事もある」
「ビー君……」
「仕事は仕事だ。報酬はきちんともらうからな」
「えっと、あの具体的にはいくらぐらい? 何で支払えばいいのかな?」
「ぼったくるつもりはねーし働いて返してもらうつもりもないっ……でもまだ考え中だ」
「わー、なんかハラハラするよ」

そんなにビビらなくてもいいだろ。そう、ちょっとだけショックを受けていると突然誰かに後ろから耳を強く引っ張られた。

「痛っ、なにすんだ!」
「こらあっ!! ビドーてめぇ何処寄り道してやがった!! スカーフの代金持って逃げたのかと思ったぞ!!」
「げ、お前か」
「散々遅くなっておきながらその態度はなんだ! 連絡一つよこさないし……って、お前の服、腹のあたり破けているじゃないかコノヤロー……コート貸せ! ハハコモリ、頼んだ!」

そう言って俺のコートを奪ったのは、俺のよく知るところの人物だった。そいつの手持ちの黄緑の葉っぱを纏った虫ポケモンのハハコモリが、器用に糸を操り俺のコートの穴を縫っていく。
きょとんとしているヨアケに、彼の紹介をする。

「ヨアケ、このチャラそうなのはチギヨ。仕立屋の店主で貸しアパートの大家でもある」
「チャラそうって心外だな……っておい? ビドー、なんでこの人がここに居る? 知り合いなのか?」
「つい最近知り合ったばかりだが……チギヨこそ知っているのか、ヨアケのこと?」

ドロバンコの尻尾のような、後ろでひとまとまりにした黒茶の髪を揺らしてチギヨは得意気に言った。

「知っているも何も、アサヒさんのその服仕立てたのは俺だぜ?」
「その節はどうもー、チギヨさん。この服愛用しているよ」
「おお! そりゃよかった」

少々複雑な気持ちになりつつも、案件を持ちかける好機だと俺はチギヨに切り出してみる。上手く話が進めばいいんだが。

「二人とも知った顔だったのか……それなら話は早い。チギヨ、アパートの部屋、まだ空いているか?」
「空いているけど、それがどうした……ってまさか」
「まさかってなんだよ。ヨアケが拠点を探していてだな。使わせてやれねえか?」
「俺は反対しないけどよ……ユーリィが何ていうかねえ……」

ユーリィの名前にヨアケが反応する。それも嬉しそうに。

「わあ、ユーリィさんもここに住んでいるんだ!」
「お前、アイツとも知り合いなんかいっ」
「うん。【エレメンツ本部】に住んでいるみんなは、時々出張してくる仕立屋のチギヨさんと美容師のユーリィさんにお世話になっていたんだ。いやあその二人がまさか同じところに住んでいるとは」
「あー、そういやチギヨもユーリィも時々店を留守にしていると思ったら、そういうことだったのか」

あいつら留守にするとき、どこに何しに行っているとか教えてくれなかった気が……いや、俺が今まで聞こうとしなかっただけか。
俺とヨアケの話が一区切りしたタイミングで、チギヨが咳払いを一つして俺らの注目を集める。それから、やけに神妙な顔で俺ら二人に尋ねた。

「で、ビドーとアサヒさん。お前ら二人はどんな関係なんだ?」

チギヨの意図を把握するのに、少々時間がかかった。ヨアケも慎重に言葉を選んでいるようである。俺は、下手に誤魔化すより正直に言った方がいいと判断した。

「俺とヨアケは、指名手配中のヤミナベ・ユウヅキを捕まえるために、先日相棒になった。ただそれだけだ」
「相棒って……仕事はどうするんだよ? うちと連携している限りは休業とかは許さねえぞ?」
「ダメか……?」
「上目遣いで見てもダメだ。どうしてもやりたいなら両立しろ。あと、アサヒさん、ビドーはどのくらいアサヒさんの事情を知っている?」

チギヨは、ヨアケに確認を取る。ヨアケは慎重に言葉を紡ぐ。

「私とユウヅキが、事件の前後にギラティナの遺跡に居たこと、事件に関わっている可能性が高いけど、私にはその記憶がないこと、私は<エレメンツ>のみんなに保護され、そのことを他人には聞かれるまで秘密にしておくように頼まれていたこと……かな」
「……うん、だいたい分かった。アサヒさん、部外者の俺が口出すことじゃないのはわかっている。だけど、ビドーと一緒に行動するのなら……そうすると決めたのなら<エレメンツ>内でのアサヒさんの立場とか、ちゃんとビドーに話しておいた方がいい」

俺はそのチギヨの意見に少なからず衝撃を覚えていた。何故なら俺は、互いのことは言いたくないことがあれば言わなくてもいいと思っていたのだ。
つまり俺は、ヨアケの<エレメンツ>内での立場とか考えたことがなかった。ある意味ヨアケやソテツ、ガーベラの言葉を鵜呑みにしていたのである。
確かに、俺とヨアケはお互い協力することを望んだ。だがそれは、両者は深く干渉しすぎることはしないものだと考えていた。
詮索しないといえば聞こえはいいのかもしれない。でもある意味では、関心がなかったのだろう。興味がなかったのだろう。
どういう関係とかそれ以前の問題だ……それでは以前の俺と変わりない。

「……ヨアケ」
「……ビー君」
「教えてくれ。言える範囲でいいから、お前の事を俺に教えてくれないか」
「わかった。教えるよ」

そういって彼女は仕方なさげにため息をひとつつき、微笑んだ。


*************************


ヨアケとチギヨと俺は、三階の共有スペースのテーブルを囲んでいた。何故チギヨまで来ているのかと言うと、「俺も聞いておきたいから」ということだった。店番はチギヨのハハコモリがしてくれているので心配はないそうだ。すげーなハハコモリ。
成り行きで話をすることになったが、これはいい機会なのかもしれない。
ヨアケは彼女の手持ちのドーブルを抱き、そいつの頭の上に顎を置いて話を始めた。ちなみに俺もリオルで同じことをやろうとしたら、リオルに断固拒否と言わんばかりに振り払われ脛を蹴られた。それ以後リオルは部屋の隅でこちらの様子を伺っている。

「それじゃさっき話題になった、お前の<エレメンツ>での立場ってやつを教えてくれないか?」
「オーケー。と言っても、<エレメンツ>内での私の立ち位置はちょっと複雑なんだよね」
「複雑、か……ソテツやガーベラとは仲間だって、家族のような関係って言っていたが、それは本当なのか?」
「嘘ではないよ。でも正確ではないかな」

目を伏せ、彼女は苦笑交じりに言った。

「私は、決して皆に赦されてはいないんだ」

「当たり前のことなんだけどね」と、ヨアケは自嘲する。見かねたチギヨが口を挟もうとしたのを、ヨアケは制止した。あくまでも自分から話す、という彼女なりの意思表示だった。

「私は憶えてないのだけれども、<エレメンツ>はギラティナの遺跡に私とユウヅキが行っていたのを目撃証言から割り出した。私は彼らに保護されたけど、保護っていうよりは疑われて監視下に置かれているって感じなのかな」
「そういや、なんで疑われているんだ。遺跡に行っただけだろうお前は?」
「……だって、それは神隠しだよ。よそ者が神様と呼ばれたポケモンの遺跡に行って、事件が起きた。ギラティナを怒らせたとみられても、そのせいで“闇隠し”が起きたと思われても仕方がないよ」
「い、言いがかりじゃねーか!」
「ありがとうビー君……でも実際その可能性が一番高いのは、レイン所長率いる<スバル>の皆さんの調査で証明されちゃったけどね」
「それはっ……そうだけどよ……」

やり場のない感情を抱えていると、チギヨが呆れつつ俺を見る。

「言いがかりでも事実でも、なんでもいいから何かのせいにでもしないとやっていられなかったんだよ。それは<エレメンツ>に限らず一般人の俺もだし、てめえも入っているんだぜビドー?」
「俺も?」
「そうだ。ビドーだってラルトスを奪われたきっかけを作ったかもしれない張本人が目の前に居て、しかも共犯のもう一人に記憶が奪われている可能性が高いって言われたら、その気がなくてもムカつくだろ?」
「……ヨアケだって、巻き込まれた側だろうが」
「それについては言い切れないけどな。まあ、記憶があったにしろなかったにしろ、アサヒさんが遺跡に居た事実を<エレメンツ>が公開しなかったのは、正しかったと思うぜ」
「そういや、お前はなんで知っているんだよ、チギヨ」
「職業柄、事情は聞きやすい立場だからとしか言いようがないがな。よく出入りしていたらなんとなくわかるさ」
「公開してなくても筒抜けじゃねえか」
「それは言ってやるな。ちなみにユーリィも知っている。つーか、アイツはさっきの話を真に受けている典型例だよ。アサヒさんのこと苦手に思っている」

チギヨの言った「苦手」という単語にヨアケが少し落胆する。

「そうだったんだ……チギヨさん、どうしよう私、本当にここを拠点にしていいのかな……」
「アサヒさん、俺がいうのもなんだが気を使い過ぎなくてもいいと思うぜ。逆にユーリィは自分に気を使われ、引き下がられるとかもっと嫌いだろうし」
「八方塞がりだね」
「面倒くさい女なんだよ」

“面倒くさい女”という単語に何故かリオルが眉をひそめていた。お前も結構面倒くさいところあるよな、と思って見ていたらリオルにガンを飛ばされる羽目に。

「こらチギヨさん、あとビー君も女の子に面倒くさいって思っちゃダメだよ」
「おいヨアケ、なんで俺も含まれている」
「顔に出ていたよ」

ヨアケに同調してリオルも首を縦に振る。ヨアケの腕の中にいるドーブルは、「まったくもってしょうがない人ですね」と言わんばかりの嘲りの笑みをつくった。ドーブルの意外な一面を見たような気がした。
ずれて来た話をチギヨが引き戻す。

「とにかくだ、俺はアサヒさんがここを拠点にするのには反対はしない。ユーリィは俺が説得しておくから、空き部屋使ってくれ」
「チギヨさん……ありがとう、ありがとうございます」
「いいって、どのみち空き部屋を持て余していたのは事実だからな。保証人はどうするアサヒさん? ビドーに頼むかい?」
「ううん。一連の報告もしたいし<エレメンツ>の誰かに頼もうかと思うよ」
「そうかいわかった。ひと段落ついたし、今はここまでしておこうぜ。部屋も片付けないといけないだろうし、俺も店に戻らないといけないからな」

席を立ち、階段を下りるチギヨにヨアケは重ねて礼を言う。
チギヨは手を上げひらひらと振って、姿を消していった。
それを区切りに今日はお互い休もうという流れになった。

「今日はこのぐらいにするか。ややこしいんだよな、お前の現状。監視下に置かれている一部の記憶を喪失している者で容疑者の幼馴染、多い」
「それプラス、相棒も追加しておいて」
「そうだったな、追加しておく。また色々話聞かせてくれよな」
「ビー君の話も、だよ」
「考えておく」
「よし、微妙だけど言質とったからね?」

言質って……まあ、いいか。


*************************


ビー君とチギヨさんのおかげで無事に拠点が決まった夜。私は手に入れた自室でさっそく自警団<エレメンツ>のソテツ師匠へ報告の連絡を入れた。
<スバルポケモン研究センター>の皆さんが行っていた研究内容とユウヅキが盗んだモノの正体。言いそびれていた、私の知り合いのミケさんが国際警察に頼まれて動いていること。レイン所長から頼まれた隕石探しの件、それから私がビー君と組んでユウヅキを追うと、捕まえるために追いかけると決めたこと。拠点の保証人と言い、とにかく話すことは多かった。

『……はー、オイラと別れてから一日でいっぱい動きがあったね。お疲れ様アサヒちゃん。保証人の件はトウギリに動いてもらうから……そうだな、【カフェエナジー】で待ち合わせてくれ。たぶんアサヒちゃんは初めて行くところだろうから、ホームページのURLをメールで送っておくよ』
「了解ですソテツ師匠。夜分にすみません」
『いや、逆に報告はしてもらわなきゃ困る。それと、もう師匠じゃないけどね』
「……それでも私にとって、貴方は師匠だよ」
『だったら、オイラの教えた笑顔体操忘れないでよね? アサヒちゃんはどんな時でも笑っていないと――――老けちゃうよ?』
「ふふ、そうですね」
『はは、それでいいのだよ。アサヒちゃんが笑ってくれなければ困るのはオイラだから。隕石の件もデイジーに調査を頼んでおく。ギラティナが“闇隠し”に関わっている可能性が高くなった以上、“赤い鎖”はどこかで必ずいるはずだから』
「お願いします」

一通りやり取りを終えたので話を畳もうとしたら、ソテツ師匠はもう一つ、と言葉を続けた。

『これだけは言わせてくれ。オイラはアサヒちゃんがどういう道を歩もうが止めるつもりはない。ただ笑っていてくれさえすれば、それでいい』
「ハードル高いですよ」
『心の底から笑えとは言わんよ。ただ苦境に立っても自分が可哀そうな奴だという顔だけはするな。アサヒちゃんは可哀そうでもなんでもないのだから』
「……心に刻んでおきます」
『うむ、ビドー君と仲良くね。それじゃあ、また』
「はい、また」

通話を終え、ソテツ師匠の言葉を噛みしめる。
私はどこかで、なんで自分がこんな目に合わなければという気持ちを少なからず抱えていたのかもしれない。
でも彼の言う通りなのだ。私は決して被害者ではない。可哀そうでもなんでもないのだ。
“闇隠し事件”に関わっている以上は、私は、私達は紛れもなく、加害者なのだから。

だから一緒に責任を取りたいのに……ユウヅキ、貴方は今どこにいるの?


*************************


翌朝、俺とチギヨは共同スペースで気まずそうに目の前の二人を見ていた。リオルもハハコモリもドーブルでさえも不安げに彼女らを眺めている。俺らの目の前にいるのは片方はヨアケ、そしてもう片方は――――出張から戻ってきていたユーリィだった。
二人はバツが悪そうに見つめあっていた。ユーリィがヨアケに何か言おうとして、ヨアケもまた彼女の話を聞こうとして、身構えていると言った感じだった。

「――――――ぁ……」

上手く言葉を紡げずイライラするユーリィ。ピンクのショートヘアをかきむしり、しびれをきらしたユーリィはボールからポケモンを出した。この緊張した空間に現れたのは、薄桃色の全身のところどころにリボンのような触手をつけた耳の長い四足歩行のポケモン、ニンフィアだった。むすびつきポケモンと呼ばれるニンフィアはその特徴的なリボンを使い、二人の手を絡めとり、近づけさせる。
ニンフィアの手助けを借り、ようやくユーリィはヨアケに言葉をかけた。

「一応……これから同じ屋根の下に住むのならよろしく、ヨアケ・アサヒさん」

ようやく出たその一言に、ヨアケは笑顔で「よろしくお願いします、ユーリィさん」と返した。
胸をなでおろす俺らをユーリィは黙って睨んでいた。ニンフィアが見かねてユーリィの頭を撫でる。結局言葉数少なめに、ユーリィは自分の店へ降りて行った。
ユーリィとしては、同居する上の最低限の和解を持ちかけたのだろう。それにしてもアイツの『にらみつける』はビビる。女ってこえー……。
その心の声が小声で出ていたらしく。リオルにつま先を踏まれた。


*************************


チギヨも店に出張って行き、俺とヨアケは<エレメンツ>“五属性”の一人、トウギリとの待ち合わせの時間まで外をぶらついて時間をつぶすことにした。
連れて歩いていたリオルとドーブルが何かに見入っていた。つられて俺とヨアケも大通りの方を見やると、そこには黒服の集団が居た。

「最近こんなんばっかりだよな」

その俺のぼやきは、人ごみに消えていく。黒服の集団は棺を囲んで、重たげなく担いでいた。終始無言の黒服集団は、ある方向へ向けてゆっくりと歩みを進めていく。ヨアケもまた口を閉ざし、彼らの後ろを歩み始めたので俺達もまた追いかける。

辿り着いたのは霊園だった。城とは反対側の小丘の上にある霊園の中心地に、大きな石碑がある。そこには、“闇隠し事件”で行方知れずになった人とポケモンの名前がぎっしりと彫られていた。
黒服集団が共同墓地に棺を入れ、憑き物が落ちたように会話を始める。彼らの声をまとめると、一つの意見に集約していた。

「8年は長すぎた」


彼らは、“闇隠し事件”の被害者の家族だ。
“闇隠し”で取り残され生き残った家族である。
そして、彼らがしていたのは葬式だ。
彼らは“闇隠し”でいなくなってしまった行方不明者を弔ったのだ。
……行方不明になった人もポケモンも、8年の間生存が確認できない場合、葬式を上げることができる、そういうルールがある。
心身共に待つことに疲れてしまった家族が、共同墓地に空の棺を入れる。そんな葬式が“闇隠し”から8年経った今、ヒンメルの民の間で流行っていた。

霊園を後にした黒服と入れ替わりに、二人の子供が石碑の前に来ていた。
金髪ショートカットでメガネの少女と、ニンフィアとはまた違った薄桃色の髪を持つ顔色の悪い少年。
おどおどしている少女をよそに少年は――――石碑を蹴った。
少年は何度も、何度も、何度も、何度も石碑を蹴り飛ばした。
俺達はその光景に呆気に取られる。
黒服の一人が異変に気がつき、戻ってきて少年を止めさせる。そしてこう宥めた。

「辛いのはわかる、そんなに苦しいのなら君も待つのを止めた方がいい、その方が楽になる」

その言葉に少年は我に返ったように笑顔を見せた。それから底抜けに明るい笑顔を見せ、質問した。

「ねー、何で空っぽの箱に泣いているのー? 何で帰りを待ってやんないんの? みんなが帰って来れる場所を、オレたちが護るんじゃなかったっけ? ねー何でなんだよ?」

質問攻めする少年を見て、直感的にマズイと思った。この状況は、早く止めさせないと嫌な予感がする。現に、黒服は苦虫を噛み潰したような表情をしている。
同じことを考えていたのか、ヨアケが歩みを寄せていた。その時、ヨアケの横を、ウェイトレスの恰好をした女性が駆け抜ける。

「カツミ君!! リッカちゃん!!」

ウェイトレスは、少年少女とコダックを抱きしめ、黒服に謝罪する。黒服は何かを言おうとして、でも俺とヨアケに見られていることに気づいたのか、ため息を吐き去って行った。
ウェイトレスの彼女は、肩を震わせて二人とコダックを強く抱きしめなおした。

「こらー! カツミ君もリッカちゃんも心配させないでよもう……!」
「ごめんなさいココ姉ちゃん。カッちゃんを止められなくて」

リッカと呼ばれた少女が泣き出してしまう。それを見たカツミ少年は困った表情を浮かべる。

「リッちゃん……ゴメン、ゴメンって! あーもうリッちゃん泣かせるつもりじゃなかったのに……ココ姉ちゃんも悪かったからそんなにきつくしないでよ!」
「嫌よ! 心配かけた分ぎゅっぎゅしてやるわ!」
「ぐえー」

冗談交じりに押しつぶされたガマガルのような声を出すカツミとコダック。その声が笑いのツボに入ったのか、リッカが泣き止む。
静観しかできていなかったリオルもドーブルも胸をなで下ろしていた。この様子ならもう大丈夫だろうと、ふたりに言おうとしたら、ウェイトレスのココ姉ちゃんがこちらを振り向いて俺たちに礼を言った。

「貴方たち、止めようとしてくれてありがとうね」
「いや、俺たちは何もしてないさ」
「気持ちだけでも嬉しかったのよ。あたしはココチヨ。【カフェエナジー】でウェイトレスやっているわ。よかったら顔を出してね。サービスさせていただくよ」

ココチヨさんの提案に俺は戸惑ったが、ヨアケがすんなりと受け入れたので俺もそれに乗っかる。実際【エナジー】で待ち合わせをしていることをココチヨさんに告げると、彼女はそれならぜひ一緒に向かおうと誘ってきたので、俺たちは名乗りあった後彼女らと一路を共にすることになった。


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カツミとリッカの元気なちびっ子組と彼らのパワーに巻き込まれるリオルとドーブル、そしてぼけーっとしているコダック(名前はコックというらしい)たちを微笑ましく眺めて一行はにぎやかに歩いていた……のだが【カフェエナジー】を目の前にしてちょっとした諍いになる。
発端はココチヨさんがカツミを心配して、忠告したことであった。

「……カツミ君、もう石碑を蹴ったりしたらいけないよ。わかった?」
「ココ姉ちゃん……うーんオレ、やっぱりわからないかな」

カツミは笑いながらも、自分の意見を譲らなかった。リッカとコダックの不安そうな視線をものともせず、カツミはココチヨさんに続ける。

「だってさ、あいつら勝手にお葬式してみんなが帰って来る場所を無くしているんだぜ? 帰ってきたら自分のお墓が出来ていたりしたら、そんなの可哀そうじゃん? だったらあんな石碑ない方がいいじゃないか」
「あのね、納得できないのはあたしも解るわ。でもねカツミ君、あの石碑を作ってしまう人たちの気持ちも考えてあげて?」
「ココ姉ちゃん……なんでそんなこと言うんだよ? だって言ってたよね、みんなでみんなの帰りを待つって。いつまでも、いつまでも待ってるって……!」
「でもねカツミ君。全員が私達みたいに待ち続けられる辛抱強い人ばかりじゃあないのよ」

その時、俺は言い合いになっている二人ではなく、ヨアケたちの様子も見ていた。リッカもヨアケも、あまりいい顔色をしていなかった。ぼかさず言ってしまうと、苦しそうだった。逆にリオルとドーブルとコダックは冷静に状況を見ていた。
ココチヨさんもまたカツミを諭す為とはいえ、何かを堪えながら言葉を紡いでいった。

「待つことに疲れてしまった人もいるのよ……カツミ君。いつまでも大切な人にいなくなってしまった現実に、過去に引きずられたくない人だって、いるのよ……?」

俺は口を挟もうとしたヨアケを咄嗟に制止した。ヨアケが俺を見下ろす。俺は彼女に対して首を強く横に振った。
リッカはレンズ越しの瞳をうるませながら、しゃくりを上げている。
カツミの口元から、笑顔が一瞬消えた。そしてカツミは再び口元を歪ませる。
「何だよ何だよー、そんなに忘れたいのなら石碑なんて作らずに忘れてさっさと出ていけばいいじゃん! その方がお互い気が楽だよね、ココ姉ちゃん?」
「そういう問題じゃないの!!」

怒鳴ってしまってからココチヨさんは後悔の色を浮かべる。
カツミはそんなココチヨさんに優しい、悲しい笑みを向けた。そして今にも泣きそうなのを堪えた悪い顔色で、ココチヨさんから距離を取ろうとする。

「ココ姉ちゃん! ゴメン俺ちょっと頭冷やしに行ってくる! ……お仕事がんばってね! じゃ!」

そう言い残して路地を駆け出すカツミ。すぐさま後を追うリッカとコダック。立ち尽くすココチヨさん。
あまりしたくないのだけれども悠長なことを言っていられないので、俺はぼさっとしているヨアケの腕を取った。

「おいヨアケ、待ち合わせ時間までまだあるよな? ココチヨさん! ちょっとあのまま行かせるのは心配だから様子見てくる!」
「! ごめん、お願い……!」

うなだれるココチヨさんを背に、俺はヨアケを引っ張ってカツミを追いかけだした。


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カツミたちを追いかけるも、大通りに出たところで見失ってしまう。人ごみの中背の低い彼らを見つけることは中々に絶望的だ。リオルとドーブルともはぐれる可能性も出てきたのでいったんモンスターボールに戻し、あまりに人の流れが激しいのでいったん裏路地に避難した。
焦りもあったが、さっきからヨアケはヨアケで覇気がなく暗い面持ちをしていやがったのに無性に腹が立ったのでつい言ってしまう。

「ヨアケ! さっきからぼうっとしているぞお前!」
「ゴメン……」
「どうしたんだ? らしくないぞ」
「……ゴメン、なさい……私、カツミ君見つけて、言いたいことあるのにね……しっかりしないと」

無理やり立ち直ろうとするヨアケの言葉に違和感を覚える。
彼女の様子を思い返してみて、ようやく見当がつく。
思えば昨日チギヨと三人で話していた時からだったな。こいつがなんかちぐはぐだったのは。

「ヨアケ。さっきカツミに謝ろうとしていただろ。俺が止めたけど」
「……よくわかったね」
「俺がなんでお前を止めたか解るか?」
「……謝っても、どうしようもないから」
「そうだよ。お前、昨日のこと引きずっているだろ。自分は赦されてない、事件を引き起こした原因かもしれない――――だから、自分が悪いって」
「……私が加害者なのは変わらないでしょう?」
「だったらなおさら謝ってどうする。謝ったらカツミの大切な奴は帰ってくるのか? 違うだろ? あんたがしなければいけないのは謝ることじゃない。ヤミナベの野郎をとっ捕まえて、“闇隠し”でいなくなった全員を連れ戻す手がかりを探すことだ。謝るのはそれからだ……少なくとも俺は、今のあんたに謝ってほしくはない――――あんたは、いや俺たちはまだ何もしてないし、何も出来てないのだから」

俺だってチギヨに言われるまでもなく、“闇隠し事件”を引き起こした疑いのあるヨアケに何も思わないわけではない。だが、俺はそれらのことでヨアケに気弱でいて欲しくはなかった。
今、謝ることで救われるやつなんていない。それはヨアケ自身も含まれている。
誰も彼も救われないのなら、別の方向性で模索すべきだ。
それがヨアケに上手く伝わっていればいいのだが。

「さて、地上が厳しいなら空から捜そうぜ! 頼んだオンバーン!」

気持ちを切り替えて俺はモンスターボールからオンバーンを出す。黒と紫の大きな被膜で空を飛ぶ竜で、音波を操るのに長けたポケモン、オンバーン。こうも騒がしいと耳で音を拾うのは厳しいが、単純な飛行捜索なら力になってくれるはずだ。
ヨアケもデリバードのリバをボールから出し、カツミとリッカの容姿とコダックを連れていることを伝え、二体がかりで捜索に当たらせた。


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リバくんとオンバーンがカツミ君たちを捜してくれている間、私達も人ごみを抜け路地という路地を手当たり次第に覗いていた。
あれからビー君は一言も喋らない。必死になってカツミ君たちを捜している。
私は走りながら考え事をしていた。私が今出来ることは、何だろう? と。
ビー君の指摘はあっていた。私はあの時カツミ君に謝ろうとしていた。今思えば謝ることに逃げようとしていたのかもしれない。
本当はそんな資格なんてないけど、私が本当にカツミ君にかけるべき言葉は、もっと違うはずだ。それが思い浮かびそうで、出てこない。それがもどかしくて仕方がないけど、焦ってはダメなのだと思う。
荒い呼吸を整えるために一度立ち止まる。そして深呼吸。酸素が頭に渡る。少し走ったことで、余計な考えが消えていく。
そして正解のない問題の答えを探し続ける。
きっとこの問題は一生悩んでも、どんな答えを選んでも正しいってことがない。そんな迷宮だ。
答えを出さないという選択肢すらあるのだと思う。でも、だからこそ私は答えを出す方を選びたいと願った。

しばらくして、ビー君のオンバーンがカツミ君たちを見つけてくれたようだ。
私たちは再びカツミ君たちの元へ走りだす。


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カツミ君たちがいたのは、噴水のある小さな公園だった。
ただ彼らの傍にはもう一人、茶色のボブカットの女性がいた。カツミ君とリッカちゃんは噴水の端に座ってその女性の語るお話を聞いていた。コダックは気持ちよさそうに水浴びをしている。
リバくんたちをボールに戻していると、そのボブカットの女性が私たちに気が付き、話を中断して声をかけてきた。

「キミら、カツミとリッカの知り合いかい?」

女性の声につられてカツミ君とリッカちゃんがこちらを向いた。先程までの泣きそうな顔はどこへやら、二人ともきょとんとした顔をしていた。安心して脱力する私とビー君に、カツミ君が不思議そうに尋ねてくる。

「アサヒ姉ちゃん? どうしてここに? ココ姉ちゃんの店で約束あったんじゃ……?」
「あはは……心配で、追いかけちゃった……元気そうでよかった」
「あー、あーあー……なんか心配かけてゴメンよ、アサヒ姉ちゃんにビドー兄ちゃん。顔色悪いのはもともとなんだ……」
「そうだったんだ……ううん、いいの。いいのよ」

カツミ君が謝ることは一個もない。私が謝れることも、今は無いのかもしれない。でもそういったごちゃごちゃとしたのを拭い去るように、わりと勢い任せに私はカツミ君に言った

「――――カツミ君。私も、いなくなった皆を連れ戻す方法を探すよ。だから……待っていて?」

自然と口にしていたのは、自分が一番かけて欲しくない言葉だった。
とても自分勝手な私のお願いに、カツミ君は「なんだかよくわかんねーけど」と言ってから、その約束を受けてくれた。

「待っていることはいくらでもできるけど……待つのは慣れちゃったからさ、その辺なるべく早くよろしく頼むね、アサヒ姉ちゃん!」
「わかった」

カツミ君は笑っていた。私もつられて笑みを作る。この子は笑って済ますことで、他人に気を使ってくれる優しい子なんだ。そう思うと胸が少し痛くなった。


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笑いあう私とカツミ君を見て、「どうやらボクは邪魔のようだね」とボブカットの女性が立ち去ろうとした。その彼女をリッカちゃんが腕にしがみついて引き留める。

「サモンさん……お話の続き聞かせて……?」

サモンと呼ばれた彼女はため息を吐き、私たち全員を見渡す。カツミ君も目を輝かせてサモンさんの言葉を待っていた。
ビー君がしびれを切らしてサモンさんに尋ねる。

「サモン、って言ったか。こいつらになんの話を聞かせていたんだ?」
「ヒンメル地方に伝わる昔話だよ」
「昔話か……有名どころだと英雄王ブラウとかか?」
「違うよ。ブラウに討たれた発明家クロイゼルングのお話さ」
「クロイゼルング? あの怪人と呼ばれていた?」
「そう、そのクロイゼルング。彼は怪人である前に、一人の発明家だったことが、古い文献に遺されていたんだ」

英雄王ブラウと言えば、ヒンメル地方では人気の偉人であり、多くの英雄譚を残していると昔ソテツ師匠に聞いたことがある。その伝説の一つが怪人クロイゼルングの討伐だったと記憶している。
不思議とその名前が引っ掛かって、私もリッカちゃんとカツミ君のような眼差しをサモンさんへ向けてしまう。
サモンさんが私に「キミも聞いていく?」と尋ねる。私が小さく頷いたのを見てサモンさんは静かに、怪人と呼ばれた男クロイゼルングについて語り始めた。


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「クロイゼルングはポケモンの力を使った発明、今でいう神秘科学の原型となる研究を行っていた人物だった。彼はその力で昔のこの地方に住んでいた人々の生活を豊かにしたらしいよ。具体的な記述の残っている発明品は少なく、わずかに遺っていたオーパーツはヒンメル王国で厳重に管理されているそうだ。今でも使用用途の分からないオーパーツもあって調査されているとか」
「へー、けどよ。そんな凄い奴がなんで怪人なんて呼ばれていたんだ?」

ビー君の疑問は私も引っ掛かっていたところだった。ぜひその理由を知りたいと顔を向けると、サモンさんは私たちに冷ややかな視線を送り、呟く。

「彼が当時の王国にとって脅威だったからだよ」

その視線は冷たくも、悪意の感じない不思議なモノだった。彼女は淡々と語っていく。

「クロイゼルングの研究は確かに国を豊かにした。ただし代わりに、彼の研究はエスカレートしていったんだ。ポケモンの力を使った発明からポケモンを……そして人間までもを使った実験を行うようになった。それで彼は討伐対象になった。怪人って言葉は魔女みたいなレッテルだとボクは考えているけど、彼は彼自身の身体で実験もしていたみたいだし、実際半分くらい人間やめていたのかもね」
「人間をやめたらどうなるの? ポケモンになっちゃうの?」

カツミ君の疑問にサモンさんは考え考え、といった感じで答える。

「人がポケモンに、ね……遠くシンオウの神話では、遥か昔は人がポケモンの皮を被ってポケモンになり、その逆もあるって話もあったと思う、人間をやめるってことはポケモンになるっていう推測は案外当たっているかもしれない」

目を輝かせるカツミ君の隣でリッカちゃんが「ポケモンの人間がポケモンで人間……うーん……?」とぶつぶつ言いながら混乱していた。見かねたサモンさんは表情には出さないけどちょっと焦った様子でリッカちゃんを諭す。

「まあ、あくまでも昔話だから、真に受けすぎるのもどうかと思うよ。昔の人は勝手に話を作って残したりするから」
「そうなの?」
「そう。まあ、勝手に話を作るのは今の人間も変わらないけどね」
「もし、どのお話が本当なのか迷ったら、どうすればいいの?」
「それは……何とも言えないね。けれどもこれは憶えておいて――――そういう時はちゃんと自分で選べ。誰かに言われたからって、言ったその人が絶対に正しいとは思わないこと。正しくても正しくなくても……最後に決めるのはキミだということを」

サモンさんは相変わらず冷めた目線で、でもしっかりとした言葉でそう締めくくる。
彼女の言葉は冷たくはあるが、どこか優しさが含まれているように私は感じた。


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ふと公園にある時計を見てみると、程よい時間になっていた。
話の節目でもあるようなので、私は待ち合わせのことをサモンさんに伝える。カツミ君の大丈夫そうな様子もココチヨさんに伝えた方がいい、心配しているだろうから。そう判断してカツミ君達に別れを告げ立ち去る。
公園を出て、路地の入口に差し掛かった辺りでビー君が「ちょっと急いだほうがいいかもな」と駆け出した。
私も後を追いかけようと、足に力を入れたその時。

「えっ?」

誰かに腕を掴まれる感触。
恐る恐る振り返ると――

「サモンさん?」

――そこには走ったのか、少し呼吸を乱したサモンさんがいた。
カツミ君とリッカちゃんとコダックの姿はない。
何か用があって追いかけてきたのかもしれない、と私は彼女に尋ねようと口を開こうとする。けれども彼女は遮るように、私に向けて謎めいたことを言った。


「――――キミは、本当に同じなんだね」


同じ? 私が? 何……と?
思考がまとまらないうちに、サモンさんは黒い瞳を細くし、小声で続ける。

「ヨアケ・アサヒ……どうしてキミなんだ。どうして……」
「…………」

なんのことなのかさっぱり分からず唖然としていると、サモンさんは掴んだ手を緩め、それから私に向けて謝った。

「……いや、何でもない。ゴメン、変なこと言って引き留めて」
「え……あ……うーん、別にいいよ?」
「今のは単なる八つ当たりってことにしてもらいたい。いい?」
「いいよ」
「助かる。それじゃあ……今度こそさよならだ、アサヒ。出来るなら、キミの進む先に幸があるといいね」

そう彼女は……サモンさんはまるで、もう二度と私と会うことが無い風な言葉を残し、背を向ける。
一期一会って言葉はあるけれども、どうにも私は腑に落ちないでいた。
サモンさんの口ぶりが引っ掛かったのかもしれないし、わずかに見せた表情が気になったのかもしれない。
特に何故彼女は私を追いかけたのか、そこが一番知りたかった。
明日には忘れてしまうかもしれないこの邂逅だけど、この時の私はサモンさんのことが知りたくなってしまっていた。
だから私は、再会に繋がる望みを込め、声を上げてサモンさんに手を振った。

「サモンさん! またね!」

彼女は一瞬驚いて振り向き、目を丸くする。それから「うん。また」と仕方なさげに小さく微笑んでくれた。


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「いけない、遅刻だ!」

全力で走ってたどり着いた【カフェエナジー】の扉を勢いよく開ける。カウンター席に座ってアイスコーヒー(グランブルマウンテンという名前らしい)を飲んでいたビー君が、呆れた様子で私を出迎える。

「遅いぞヨアケ! 俺だけ先に着いても意味ないだろ!」
「ゴメン、ちょっとね」
「ったく、ひやひやさせやがって。そういやお前の待ち合わせ相手はまだ来てないってココチヨさんが言っていたぞ」

ビー君が他のお客に配慮して名前を伏せる。<エレメンツ>“五属性”は有名だから、ね……そしてやっぱり忙しいんだろうなと思いながらビー君の隣の席に座ると、彼が「ココチヨさんから聞いた話だけど」と話を切り出した。
それはカツミ君についての話だった。

「カツミ、父親と姉が“闇隠し”にあって、その二人の帰りをずっと手持ちのポケモンと一緒に待っているんだとよ」
「待っているのは、カツミ君だけ……?」
「らしい。母親は生まれつき体の弱いカツミを置いてどっか行っちまったんだと。まあ、珍しい話ではないけどな」
「そう、なんだ」
「そうだ。よくある話だって済まされてしまうのが、この国の現状だ。まあだからこそ、その空気を無くすためにも俺たちは、出来ることを片っ端からやっていかないとな」
「だね……私たちはまだ、何も出来ていないのだから」
「それに、待たせる相手も出来ちまったからな」
「うん。頑張らないとね」

……待たせる側になること自体は珍しかったけど、待ってもらう約束は簡単に出来てしまった。でも、約束を交わした相手はいつまでも、いつまでも待っていてくれる可能性も残っているのは、私自身が何よりも分かっていた。だから「待っていて」って言葉は、言ったからにはちゃんと守らないといけない。気を引き締めないといけない。そう思った。
それはそれとして、気になることがあった。

「ところで……さっきから誰かに見られているような気がするのだけど……」
「ヨアケ、背後の足元」
「足元?」

促されるまま背後の足元を見ると、そこには黄色い頭にとんがった耳を二つつけたポケモンがこちらを見上げていた。
「わー、ピカチュ……ウ?」
ピカチュウにしてはなんか顔がこう、失礼だけど私が描いたような大雑把な感じがある。まじまじ眺めているとそのポケモンの足元の陰から、真っ黒い手が伸びた。その両手にはペンと用紙が握られている。
呆気に取られている私にビー君が説明してくれる。

「そいつ、ミミッキュだぞ。注文を取りに来たんだってさ」
「ミミッキュ……図鑑や写真で見たことはあったけど本物は初めて見た……可愛いな」

ビー君がアイスコーヒーのおかわりを頼み、私も何か頼もうか悩んでいると、新たなお客が店に入ってくる。無意識に入口の方へ顔を向けた。すると

「「あ」」

私と彼女の声が重なる。その声に彼女の頭の上の丸いピカチュウが驚く。ビー君もつられて彼女たちを視界にとらえ……目を逸らした。
その態度にピカチュウを頭の上に乗せた、赤毛の少女はむくれてビー君を指差し、声を荒げた。

「配達屋! なんで目を逸らした!」
「…………」
「む、無視しないでよ!」
「……何だよ、<シザークロス>の赤毛。俺がここにいちゃ悪いのかよ」
「別に居てもいいけどさ……あと、あたしの名前は赤毛じゃないよ配達屋!」
「俺も配達屋が名前じゃないけどな」
「う……ぐぅ……」

言葉に詰まる少女が、私に視線で助けを求める。大人気ないビー君は置いておいて、彼女に助け舟を出す。

「その節はどうもー、改めまして、私はヨアケ・アサヒっていうんだ。よろしくね。貴方のお名前は?」
「……アプリコット、だよ。一応よろしく。呼びにくかったらアプリでいいよアサヒお姉さん」
「わかった。そういえばアプリちゃんは【エナジー】によく来るの? 私初めてでさ」
「あたしは、ここのウェイトレスのココチヨお姉さんに、この子の好物のパンケーキをよく取り寄せてもらっているんだ」
「へええ、ココチヨさんそういうサービスもしてくれるんだ」
「正直助かっているよ。この子こだわりが強くて、アローラ地方のパンケーキじゃないとダメなんだ……まあ、でも受け取りに来るたびにココチヨお姉さんのミミッキュの機嫌を損ねちゃうんだよね。ほらまた」

アプリちゃんに言われて気づく。さっきまで愛くるしく接客してくれていたミミッキュが、彼女の頭上のピカチュウに敵意のこもった視線を投げかけていた。ピカチュウはというと、あくびをしている。仲、悪いのね。
その光景を見てさっきのアプリちゃんとビー君を思い出したのは黙っておくことにした。

アプリちゃんが来客したお店の奥の方の階段をココチヨさんが下りてきた。彼女とピカチュウに挨拶した後、ココチヨさんが合図を送ってくれる。

「アサヒさんも色々ありがとうね! 相席の方が二階でお待ちですよ!」

その合図に小さく頷く。さっきからしかめ面のビー君に声をかけて、アプリちゃんにも挨拶する。

「分かりましたココチヨさん。じゃあ行こうかビー君。アプリちゃんまたね」
「う……うん。またねアサヒお姉さん……と、あんまりまた会いたくないけど、配達屋ビドーも、また会ったらその時は覚悟しておいてよね」

ビー君の名前、憶えていてくれたんだアプリちゃん。
名前を呼ばれ、それまで視線をそらしていた彼は、若干鋭い視線と低いトーンで彼女に返事をした。

「……覚悟するのはお前らの方だからな」

あまり見せない顔にたじろぐアプリちゃん。そんな彼女をよそに、ビー君はずんずんと階段を昇って行った。私も慌てて後を追いかけた。


**************************


「やっぱり苦手なの? アプリちゃんのこと」

階段を上り終えた辺りで、ヨアケが小声で訪ねてくる。微妙にずれた問いに、俺は冷静さを失わないように努力しつつ、むかむかした感情を言葉に込めた。

「俺はただ、どんな理由があっても、他人のポケモンを盗る奴らが嫌いなだけだ。それが無知で疑うことを知らないガキなら、なおさらだ」

言葉にして、俺自身があいつのことが嫌いだということに気づく。そうだ。苦手とか、そういうのを飛び越えている。

「ポケモンを奪われた側の俺と、奪う側のあいつら〈シザークロス〉とでは、けして相容れない。それだけ、それだけなんだ」
「ビー君……」
「ほら、切り替えていくぞ、ここだよな? 確か」
「うん……」

二階の廊下の突き当り、予約部屋と書かれた扉を開ける。
個室の中には、中ぐらいの丸いテーブルが一つと、木製の椅子が三つ並べられている。
その三つの席はヨアケと俺……そして既に腰かけている、布で目隠しをした茶髪の大男のものだろう。
俺達が腰かけたのを皮切りに、会話が始まる。

「ゴメンねトウさん。待たせちゃって」
「……大丈夫だ。それにしても久しいなアサヒ。それと、そちらの少年は初めまして、だろうか……俺はトウギリ。<エレメンツ>の“五属性”の、トウギリだ。呼び捨てで構わない。よろしく頼む」

――――<エレメンツ>“五属性”の一人。闘の属性を司る者、トウギリ。
草の属性を司るソテツとはまた違って、落ち着いた雰囲気を纏っている。目隠しをしていても、俺らを認識できるのは、波導使いだからできる芸当なのだろうか。トウギリには結構有名な二つ名があったが、何だったかな。思い出せない。
まあ、それはそれとして俺も名乗り返す。

「ビドーだ。少年じゃない、青年だ。こちらも呼び捨てで。よろしくお願いします」
「……これは、失礼した……」

縮こまるトウギリ。巨漢のわりに、物腰が低い。なんか、失礼かもしれないが一気に親しみやすさが湧いてきたぞ。
トウギリは気まずそうにメニューを取り出し、俺達に注文はあるかを尋ねる。ヨアケはあると答え、俺は既にアイスコーヒーを二杯飲んでいたので遠慮した。
呼び出しボタンを押したら、ミミッキュではなくココチヨさんが注文を取りに来る。
ヨアケは「モーモーミルク!!」と何故か元気よく頼んだ。トウギリはお冷(美味しい水)を頼もうとしてココチヨさんと、

「あんたねえ、せめてお茶くらい頼みなさいよ、トウ」
「水が……飲みたいのだが」
「お客さんにだけ頼ませるつもり?」
「む……じゃあ、ロズレイティーを頼む、ココ」
「承りました」

そんなやり取りをしていた。愛称で呼び合う二人に、ヨアケが「お? おお?」と声を漏らしながら食いついていた。いや、お前もトウギリのこと愛称で呼んでいなかったか?
ココチヨさんが去って行ってから、ヨアケがトウギリに問い詰める。

「トウさん、ココチヨさんとはいったいどんなご関係で」
「ふむ……アサヒには話していなかったか……」
「話されてないですね、話されてないですね」
「……まあ、いわゆる……昔馴染みで、今現在は付き合っている」
「……きゃー」

口元を手で隠し、小さくはしゃぐヨアケ。こういうところは女だなあ。一人盛り上がるヨアケのテンションに俺は若干ついていけず、トウギリは照れながら頭を掻いていた。
一人だけ盛り上がってしまったことに気が付いたのか、ヨアケは話題を切り替える。

「失礼。そういえばトウさん。野望の方は進んでいる?」
「? ヨアケ、トウギリの野望ってなんだ」
「ふふふ……それはねビー君。私の口から語るのは、ちょっと難しいので、トウさん、どうぞ」

話を振られたトウギリは、口元に笑みを浮かべた。それからまず一言、楽しそうに呟いた。

「波導弾、だ……俺は波導弾を放ってみたいんだ」


**************************


「……はい?」
「俺は、波導弾を俺自身の手で撃ってみたいと思っている……」
「『はどうだん』を? ルカリオとかが使える、あの技を……ええ?」
「不純かもしれないが……俺は『はどうだん』を使うことを目標に波導使いを目指した」
「……結果は」
「まだだ。まだその域には達していない……」

しょんぼりとするトウギリをヨアケが励ます。俺はというと、そもそも人間が『はどうだん』を技として使える。という理屈がいまいち理解出来ていなかった。すると「……俺の考えを聞いてくれ」とトウギリは少し長い説明を始めた。

「……シンオウ地方の伝承にポケモンを結婚した者の話がある。それが出来たのは、人とポケモンが昔は大差ない存在だったから可能だったそうだ。その話を聞いて思ったことがある。ポケモン同士の技の遺伝や、人からポケモンへの技の伝授は出来るのは当たり前の認識になっているが、人自身も昔はポケモンと大差なかったのだから、技を繰り出していたのではないか? と。ポケモンにはポケモンの生体エネルギーがあるから、技を繰り出せる、という理論がある。それはなんとなく分かる。分かってはいるのだが……だったら昔の人にも現代の人にも生体エネルギーはあるのではないだろうか、というのが俺の疑問だ。その疑問を抱くようになったのが波導だ。波導の力は、かなりの修業が必要だが、操ることが出来る。そう、使えるんだ……ポケモンが使える力を、人の手でも」

確かに、人がポケモンに教える教え技があるのに、人にはその技が使えないのはさほど気に留めてはいなかったが謎だった。ポケモンにだけ技を打てるエネルギーを持っている、という説明にも納得だ。だからこそ、ポケモンも人も使える波導の力ってやつにトウギリが入れ込むのも分からなくはない、のだが……それでも疑問は残る。

「トウギリ。アンタはそれを使って、どうしたいんだ? そこがいまいちよくわからないんだが。まさかポケモンの隣で戦いたい、とかか?」
「半分正解だ。だがそれは波導の力がなくてもやろうと思えば出来ることだ……そうだろう?」

そう言われて、俺は言葉に詰まってしまった。返答に困っていたらタイミングよくココチヨさんが飲み物を持ってきてくれた。

「まーた波導弾の話? 目指すのもいいけど、あんまり波導を使い過ぎないでよね。ただでさえ無茶するんだから、過労で死なないでよね」
「それでも……鍛錬を怠ることはできない」
「あっそ。それより、しなきゃいけない話はしたの?」
「……そうだな、つい喋り過ぎた」
「まったく。ゴメンなさいねアサヒさん、ビドーさん。それじゃあごゆっくり」

色々と思う所は残るが、ココチヨさんによる軌道修正を終えた俺たちは、ようやく本題に移る。
貸し部屋に関してトウギリは「アサヒ自身の拠点を持つことには賛成だ」と快く保証人を引き受けた。それからヨアケが言いづらそうに<スバルポケモン研究センター>でのやりとりで、ヨアケの“闇隠し”前後の記憶が抜け落ちていることと<エレメンツ>がその情報を表に出そうとしなかったことを話してしまったことを謝った。
そのことを聞いたトウギリは、腕を組み静かに唸った後「……過ぎたことは仕方がない、か」
とこぼした。

「あとトウさん、私とユウヅキが過去に遺跡について調べていた……らしいことも<国際警察>に情報が伝わってしまっているみたい……」
「情報を半端に伏せようとしたこちら側にも非がある……それに憶測の域をでない情報には変わりない。だからこそ俺たちはその情報を公開しないと決めた……あまり深く気にするな」
「はい……」
「……それと」
「それと?」
「これは俺の考えなのだが……お前と遺跡についての関係性を<ダスク>には明かさない方がいい」

突然出てきた単語に、俺とヨアケは顔を合わせる。それからヨアケがトウギリに理由の説明を求めた。

「<ダスク>って、ソテツ師匠も言っていた最近密猟者がよく所属しているという、グループ名だよね……どうして?」
「……お前たちが接触した<ダスク>のハジメという青年。ソテツから話を聞く限りだが、救国願望を持っていそうだと俺は感じた。ハジメを含め、今までの<ダスク>を名乗った密猟者もヒンメルの国民ばかりだった。もし<ダスク>のメンバーが同じような願いを強く持ち合わせているというのなら……アサヒ、お前の存在が彼らの抱えている感情を爆発させる引き金になるかもしれない」

そのトウギリの言葉で場が静まり返る。
暫しの沈黙の間に俺は……ハジメのこともだが、今朝の霊園での光景を思い出していた。
チギヨとユーリィはともかく、黒装束の彼ら。カツミとリッカ。サモンは分からないが、ココチヨさん。
彼らがヨアケの素性を知ったら、どう思うのだろうか。あの石碑を蹴ったやり場のない感情は、どうなってしまうのだろうか。
俺は、俺が例外よりだということを自覚していなかったのかもしれない……ヨアケの立場の危うさを、甘く見ていたのかもしれない。
だからこそアキラ君は、混乱を避ける意味でも<エレメンツ>がヨアケを守っているといったのだろう。
下を向き、押し黙るヨアケに、トウギリが謝る。

「……言い過ぎた。すまん」
「いや、大丈夫です」
「……ついでに伝えておきたいことがもう一つ。今まで捕まえた密猟者たちは“サク”という名前の人物を中心に<ダスク>が成り立っている、という情報しか引き出せていない。まだまだ情報が揃っていない中での憶測で不安にさせて申し訳ないが……気を付けてほしい」
「……うん。忠告と心配、ありがとうございます」

彼女はその言葉だけは、絞り出した。


**************************


「さて……デイジーの調査はまだ終わっていない。彼女も多忙だからな……終わり次第お前たちに連絡すると言っていた……」
「了解です。デイちゃんにありがとうと伝えておいてください。トウさん」
「伝えておこう」

冷めたお茶に口をつけるトウさん。ずっと私とビー君を見ていた彼の布越しの視線がそれたその時、私は何故かほっとしてしまった。安堵とは違うのだけれど、なんだか気が張り詰めていたのだろう。私もモーモーミルクに口につける。ほのかなすっきりとした甘さに、心が安らぐ。
その間ビー君は、トウさんの方をじっと見ていた。何か思う所があったのだと思う。
暫しの休憩の後トウさんは、話の締めに私に確認を取った。

「アサヒ。お前はヤミナベ・ユウヅキを捕まえるために追う。それで本当にいいのだな」

私が指名手配となった彼を捕まえるために動くことは、ソテツ師匠にも伝えていた。トウさんが今一度確認を取るのは、<エレメンツ>もユウヅキを表立って捕まえに動いていいのか。という確認もあった。

今まではグレーゾーンだった。
私とユウヅキには“闇隠し”に関わっている疑いこそあれ、決定的な証拠がなかった。私は当時の記憶がなく、ユウヅキは行方不明。判断のしようがなかった<エレメンツ>は、私たちの存在を公表せずにグレーのまま……あやふやのままで見逃してくれていた。ユウヅキが、<国際警察>に“闇隠し”の容疑者にされるまでは。
まだ、断定はできる状態ではないけれども、<国際警察>が動く以上は<エレメンツ>もいつまでも動かないわけにはいかない。そういった意味でもユウヅキを黒に近い者として本格的に捕まえるために動くことを「本当にいいのか」と問いかけてくれたのだろう。
他に選択肢はないとはいえ、戻れない道に率先して進もうとする私を気にかけてくれたのだと思う。トウさんはそういう人だ。

「いいよ。私はずっと、貴方たちに責任を取りたかったから。自分の手でケリをつける可能性を残してもらえるだけでも、とてもありがたいと思っている」
「……ヨアケ。お前だけ、じゃないだろ」

ビー君が呆れた様子で、付け加えてくれた。

「やっぱり、これはお前とヤミナベだけの問題じゃねーよ。俺たちヒンメル地方の人間も、それ以外も含めた問題だ。そりゃ責任はお前らにあるのかもしれない。でもそうじゃないっていうか、ああもううまく言えねー……とにかく、お前がヤミナベを捕まえるんじゃない。お前の手でケリをつけるんじゃない。俺も、<エレメンツ>も<国際警察>も、とにかく全員でなんとかするんだよ。一人で責任取ろうと空回るな」

彼はリオルの入ったモンスターボールを私に突き出す。ボールの中のリオルとビー君の視線が私に向けられる。ビー君は私の手持ちを見るように促してから、言った。

「俺たちを忘れるな」

その彼の言葉で、私が一人じゃないことを思い出す。思わず手元に私のボールをよせる。ドル君たちが、特にリバくんが心配そうにこちらを見上げてくれていた。
いや全部が全部忘れていたわけじゃないのだけれど、確かに私が責任を取らないと、となっていた。一人で突っ走っていた。皆に心配をかけていた。
せっかくタッグを組んだのにいきなりこれじゃ、そりゃ呆れもするよね。

「ありがと」

一人じゃないと気づかせてくれたビー君に感謝を告げ、私はトウさんに向き直る。
やり取りを見ていたトウさんがふっと微笑んだ。

「――――たしかに俺たちの問題でもあるな。まあ、もとからお前ら丸投げするつもりは毛頭ない。だからこういった言い方も変だが、力を合わせていこう。<エレメンツ>は、少なくとも俺はお前たちに協力を惜しまない」
「……はい、お願いします!」
「頼む、トウギリ」
「ああ……頼まれた」

――こうして私たちは、以前とはちょっと変化した協力関係を結ぶこととなった。
改めて結ばれた彼らとの、トウさんとの協力関係は、とても頼もしかった。


**************************


トウギリたちとの協力を得られることになった後、ヨアケがふと思い出したように俺に話を振った。

「そういえばビー君は、波紋ポケモンのリオルが手持ちにいるよね、現役の波導使いのトウさんになにかアドバイス貰っておいたら?」
「ほう。ビドーはリオルのトレーナーなのか……」

やけに食いついてくるトウギリ。波導使いの性なのだろうか。
リオルもその話に興味があるのか、勝手にボールから出てくる。トウギリもモンスターボールから、リオルより一回り成長した青い毛並みの凛々しいポケモン、ルカリオを出した。

「これが、ルカリオ……リオルの進化系……」

俺もリオルも思わずルカリオに見とれてしまう。俺はトウギリに思い切って、ある相談を投げかけてみた。

「トウギリ。リオルが進化しやすい条件ってあるのか?」
「……基本は懐かせることだな。信頼を得られた状態で日中に経験を積むと進化すると言われている。夜間は進化できないのが注意点くらいだが……」
「……そうか。やっぱり信頼関係、か」
「お前のリオルはよく鍛えられているし……懐いているとは思うのだが、伸び悩んでいるようだな」
「ああ。リオルとの信頼関係をもっと積み重ねたいと思っている」

リオルの方を向くと目が合う。リオルは目を逸らさずこちらを見てくれていた。
俺の悩みに、トウギリが意外な提案をする。

「ふむ……それなら、波導使いになってみないか?」
「波導使いに、俺が……?」
「いやなに。本格的に目指せとは言わん。資質があるかもわからない。ただリオルは感情を込めた波紋を出すことができる。それを読み取れるようになれたら、少しは信頼関係とやらの近道になるのではないかと思ったのだが……残念ながら、今はじっくりと教えるには時間が足りないな」

つられて視線を壁かけ時計にむける。トウギリの言う通り、結構時間が経ってもう夕時に差し掛かっていた。

「また機会を作ってレクチャーする。連絡先を交換しておこう」
「いいのか? 忙しいんじゃねーか?」
「好意に甘えていいと思うよビー君。トウさんも教えたいみたいだし」

ヨアケがそう言うと、トウギリは「そういうことだ」と心底楽しそうにしていた。


**************************


「波導の特徴を一つだけ伝えておこう」

目隠し布に手をかけるトウギリ。その時、俺はようやくトウギリの二つ名を思い出す。

「波導とは、あらゆるものが持つ、エネルギーの波だ。人間も、ポケモンも、その辺の砂利でさえも、すべてが常に目に見えない波導エネルギーを発している。波は振動し、その力は様々なモノに伝達する。波がぶつかり合い、形が、流れが生まれる。たとえるなら……川の流れを辿っていくと、水源に出るだろう? 水源が波導を発しているモノだとしよう。川がそのモノの放つ波導の痕跡とすれば――――『波導の流れを見れば、遠くの人物やポケモンが何処にいるのか、またどんな状況にいるかが分かる“遠視”が出来る』ということだ」
「いわゆる“千里眼”か」

外された目隠しの下から、水色の瞳が姿を現す。その視線は俺らが見ている世界以外を見ている。そんな雰囲気を感じる彼のその目は“千里眼”と呼ばれていた。

「“千里眼”っていう異名を聞くと私の昔住んでいたところの近くの町のジムリーダーを思い出すなあ。接点なかったけれど」
「一度でいいからお目にかかりたいものだ……と、ココが気にかけていたカツミとリッカが何処にいるか捜しておくか」

とても軽いノリで遠視を始めようとするトウギリに思わず聞いてしまう。

「出来るのか?」
「可能だ。たいていの生き物は違う波導をもっている。俺が同じ波導を持った者同士、というのをまだ見たことがないだけでもあるが。だからこそ、一度その人やポケモンの波導を覚えてしまえば、ある程度の距離までなら探知することはできる。それに……」
「それに?」
「……俺は他人より波導を見やすいからな」

二人とは面識があるから、大丈夫だ。とはぐらかすようにトウギリは穏やかな面持ちで言った。気にしないようにしたが、気になる言動だった。何かはあるのだろう。でも今俺が詮索していい問題ではないのかもしれない、とも思った。

「ルカリオ、手伝ってくれ」

トウギリが片膝をつき、ルカリオが彼の肩に手を当てる。おそらく、ルカリオがトウギリに波導のサポートをしているのだろう。リオルがその様子に見とれていた。俺には見えない何かが、見えていたのかもしれない。

俺にもいずれ、お前の見る景色が見えるようになれるのだろうか。
いや、見てみたいだな。見えるようになりたい。
そうしたら、隣に立てるような、そんな気がするからな。


**************************


カツミ君とリッカちゃんの行方をルカリオと波導で捜していたトウさんが、顔を
しかめた。それから立ち上がると、「すまない、ちょっと行ってくる」と部屋から出ていこうとする。
慌てて追いかけ、様子がおかしいので何が見えたのか、聞いてみる。

「どうしたの?」
「いや……リッカはこちらに歩いて来ているようなのだが、カツミが……霊園にいるようだ。迎えに行ってくる」

霊園という言葉で、勘違いかもしれないけど嫌な予感がして、問い詰めてしまう。

「本当にそれだけなの?」
「…………見知らぬ男と一緒にいる。口論になっている様子はない。知り合いなのかもしれないが……何とも言えない」

知り合いにしては、なんで夕方の霊園にいるのだろうか。若干の不安が残ってしまう。
遅れて廊下をついてくるビー君がトウさんに訊ねる。

「その男の特徴、分かるか?」
「だいたいは。黒いシャツに、丸いサングラスをかけていて、金髪で、前髪が……これはリーゼントなのか?」

リーゼントっぽい金髪と丸いサングラスというインパクトのある外見で、私は真っ先に彼を思い出す。ビー君もリオルも同じ人物を思い浮かべていた。

「ハジメ君だ!」
「あいつ……!!」

私たちはトウさんを追い抜いて階段を下りる。一階で談笑していたココチヨさんとミミッキュ、アプリちゃんとピカチュウが驚いた顔で駆け下り来た私たちを見る。

「ちょ、ちょちょ、どうしたのアサヒさん?!」
「ココチヨさん! カツミ君が、カツミ君が男の人と霊園にいるみたいなの」

それだけ言うと、ココチヨさんはトウさんの波導の力でカツミ君の居場所を探知したことを察してくれる。

「ミミッキュ、留守番お願い。アサヒさん、ビドーさん。あたしも行くわ」

ココチヨさんに私たちは小さく頷いてから、一緒に【カフェエナジー】を後にした。


**************************


ちょっと前。リッちゃんとコックとオレは、また霊園にやってきていたんだ。
誤解しないでほしいんだけど、また石碑をケリにきたわけじゃないよ! なんていうか、考え事をしていたんだ。ココ姉ちゃんとまた言い争いたくなくって、上手いこといかないかなって。
いや、本当はちょっとだけココ姉ちゃんのところに帰りにくかったのもあるけどね。
でも考え事をしていると、頭痛がしているときのコックみたくしぶい顔になっちゃうんだよな。うんうんと唸っていたら、リッちゃんがぽつりと言った。

「カッちゃん。わたしはココ姉ちゃんの言うこともわかるかも」

思わず出かける声をぐっと飲みこんでリッちゃんの言葉の続きを待つ。
リッちゃんは、コックを抱きながらいつもは言わない弱音を吐いた。

「わたしのお兄ちゃん。最近帰りが遅いんだ。夜遅くに帰ってくることが多くて、眠いのを我慢しながら待つんだけど……待つのは嫌いじゃないし、寂しいわけじゃ、ないんだけど……たまにね、たまに疲れちゃうんだ。カッちゃんはそういうことってない?」

待つことが疲れる。かー……。
そういうのはオレにはよくわからなかった。アサヒ姉ちゃんに「待ってて」って言われてもちっともしんどいなんて思わなかったし。
でもそれは、オレが分からないだけなのかもしれない。リッちゃんやココ姉ちゃんが分かるっていうのなら、そういう考えの人がいるのも当たり前なのかも。
なんだかなーと思うけど、朝のあいつらもあいつらなりの考えがあるってことで、良いんだよね?
……ってことをリッちゃんにまとめて伝えようとしていたら、リッちゃんがばつが悪そうにオレの後ろを見ていた。
つられて振り向くと、そこには面白い髪型をした、丸いグラサンの人がいた。リッちゃんがその人の名前を呼ぶ。

「は、ハジメ兄ちゃん……珍しいね」
「たまたまお前たちを見かけたからな……もう夕方だ。二人ともどうしてこんなところにいるのだろうか」

このグラサンの兄ちゃん、うわさのリッちゃんの兄ちゃんだったのか! って、びっくりしていたら、事情を聴かれた。
隠すことでもなかったから、いっそもやもやしていること、正直に話してみることにした。

オレは父さんたちがいつでも戻ってきていいように、いつも家を綺麗にして待っているのに、全身黒い服を着た人たちは、まだ帰って来ない人たちのお墓を作って、帰る場所を無くしちゃっていることにもやもやしたこと。いろんな考え方はあってもいいはずなのに、オレは何故か石碑を蹴っちゃっていたこと。
ぼろぼろと、ぽろぽろと、言葉が出ていく。自分の気持ちが片づけられていく気がした。

「オレ、待つのをやめるの、嫌だったんだなあ……」

オレのもやもやを受け止めてくれたハジメ兄ちゃんは。リッちゃんに先に家に帰るように言った。リッちゃんは静かに意図を組んで、何も文句を言わずに帰って行った。
リッちゃんの姿が小さくなったころ、ハジメ兄ちゃんはオレに言ってくれた。
手を差し伸べて、オレを誘ってくれた。

「みんなのことを今でも帰ってくることを信じて、救出するために力を合わせている人の集まりがある。待つのをやめたくないのなら、一緒に迎えにいかないか」

そう言われてオレは初めて――――――ずっと、その言葉をずっと、かけてもらいたかったような、そんな気がしたんだ。


**************************


路地を走る私とビー君とリオルとココチヨさんの後に、何故かアプリちゃんがピカチュウと共に来ていた。

「お前もついてくるのか?」
「ココチヨお姉さんには散々お世話になっているからね。少しぐらい恩返ししたいし……先に行っているよ!」

邪険に扱うビー君にそっぽを向きながら、アプリちゃんとピカチュウは小柄な体で私たちの前を駆けていく。義賊団に入っているだけはあって、速い。ピカチュウも丸い体なのに素早い。
アプリちゃんを見失った頃、裏口から外に出て別ルートを通っていたトウさんと合流する。

「ココ! ハジメという男に心当たりはあるか?」
「ハジメさんって、リッカちゃんのお兄さんよ! もしかしてカツミ君といるのってハジメさんなの? もう、驚かせないでよトウ!」

意外な関係が明らかになって私とビー君は驚く。リッカちゃんのお兄さんだったなんて。
でも私たちが走っているのは、ハジメ君が怪しい男の人だからって理由だけではなかった。もっと違う理由もあった。
トウさんが苦々しく今走っているわけをココチヨさんに話す。

「そのハジメがつい最近密猟をしようとしていた……無関係の女性を騙して巻き込んで」
「え、えええ?」

戸惑うココチヨさんに、畳みかけるようにトウさんは冷たい事情を突きつける。

「ココ。俺は……<自警団エレメンツ>として、ハジメを捕まえなければいけない」
「そんな――――!? ちょっと待って。そんなの駄目よ! リッカちゃんが取り残されてしまうわ! よく考えてみてよ!」
「残念ながら、考える時間は無いようだ……」

トウさんのつぶやきと共に前方の路地裏に五つの影をとらえる。カツミ君とコダックのコックとアプリちゃんとピカチュウ。そして彼らと会話していた……ハジメ君。
カツミ君が大勢で来た私たちに驚きの声を上げる。

「ココ姉ちゃん! そんな大勢でどうしたの? この赤毛の子とピカチュウもオレを捜していたみたいだし、トウ兄ちゃんまでいるし……何かあったの?」
「カツミ……俺はハジメに用がある。コックとともに【エナジー】に戻っていてくれないか?」
「! わかった、トウ兄ちゃん」

トウさんの言葉を聞いたカツミ君とコダックが私たちの方へ歩く。すれ違いざまにココチヨさんはカツミ君に一声かける。

「用事が終わったらリッカちゃんも呼んで夕飯食べよ。おにぎりいっぱい握るから」
「……やった、おにぎり! なるべく早く帰ってきてね!」
「ええ!」

遠ざかるカツミ君に、先程までの動揺していたことを微塵にも見せずに手を振るココチヨさん。
カツミ君もココチヨさんもお互い色々思う所もあるのだけれども、頑張って水に流そうとしている気がした。

「さて……オレは<エレメンツ>“五属性”のトウギリだ。ハジメ、未遂とはいえ密猟は密猟だ。一度一緒に来てもらってもいいか」

その場にいるほぼ全員の視線がハジメ君に集まる。ハジメ君は私たちを見回した後、はっきりとした声で拒否をした。

「断る」
「もうお前の波導は憶えた……たとえ今逃れても、いつでも追い詰めることは可能だ。それでもか」
「それでもだ。それでも俺は、逃げ延びてみせる」
「……リッカを残してか」
「……そういうのなら、見逃してくれはしないだろうか。俺とリッカを引きはがさないでくれないだろうか」
「…………」
「分かってはいる。貴方たちの立場ではそれが出来ないということぐらいは分かっている――――だから、俺たちみたいな輩が必要なのだろうな」

ハジメ君の言っている「俺たち」というのは、恐らく彼の所属している<ダスク>という集団のことなのだろう。
矛盾だらけになってしまっている<自警団エレメンツ>とは別ベクトルで動く<ダスク>。彼らは、この国にどういった作用をもたらすのかは分からない。けれども、”闇隠し”で疲弊しきったこの国の現状を変えたい彼の思いは伝わってきた。
トウさんたち<エレメンツ>の立場も理解してはいるけれど、私の立ち位置だと、本当にこのままハジメ君を捕まえていいのだろうか。ためらいを隠し切れない。

緊迫した空気の中、真っ先に動いたのはアプリちゃんだった。

「ごめん……ライカ!! 『10まんボルト』っ!!」

彼女はピカチュウの名前を呼び、――――ハジメ君を護るように技を指示した。
弾ける稲妻が道路のタイルを砕き、土煙を上げさせる。

「走って!」

アプリちゃんはハジメ君の手を引っ張り、土煙を突っ切って私たちをかいくぐる。思わぬ正面突破をされ驚いてしまう。
咄嗟にビー君がリオルと追走し始める。迷いなく走るビー君を慌てて私たちは追いかけた。


**************************


なんなんだ、あいつは! ココチヨさんに協力したいとか言って置いて、ハジメの野郎を逃がすとか、何考えているんだ、あの赤毛……!
入り組んだ路地を奔走する俺たち。徐々に距離を引きはがされていくことに焦燥を覚える。大通りまで逃げられたら、この人混みの多い時間帯では見失ってしまう。いくらトウギリが追跡できると言い切っても、ここで逃がす気はさらさらなかった。
密猟の件ではアキラさんには、彼女を利用したことでハジメを責めるなと言われた。そのことは腑に落ちないけど割り切ってはいる。リオルを人質にしたことの恨みもある。けど、それは別だ。
ここでハジメを逃がしたらリッカはどうなる?
そりゃあ、捕まったら家に一人残すことになるのかもしれない。
だが、ここで逃げたところでずるずると逃げ続ける羽目になるんじゃないか? それこそリッカを取り残すことになるんじゃねえのか?

脇にゴミ箱が並べられた長い一本道に差し掛かる。この通りは曲道までが遠い。仕掛けるのならここだ。
息切れしてきたのどに無理やり空気を吸い込んで、柄にもなく腹の底から絞り出す声で、隣を走るリオルに技の指示を出した。

「リオルっ!! 『でんこうせっか』あっ!!」
「ライカ! 『アイアンテール』でゴミ箱を弾き飛ばして!」

ピカチュウの鋼をまとった尻尾で、ゴミ箱がこちらへまっすぐ打ち出される。左右には逃げられない。なら……!

「スライディング!」

リオルとふたりでスライディングをして、かわす。
再び走る姿勢に入ったリオルがぐんぐんとハジメとの距離を詰めてもう少しのところまで迫った!
あと少し、あともう少し……だった。
ハジメはモンスターボールから新たなポケモンを出すまでは。
……俺とリオルはそのポケモンを見た瞬間動けなくなった。
そいつは、その”黄色いスカーフ”を身に着けた水色のあわがえるポケモンは――――

「マツ! ケロムースで足止めしてくれ!」

――――ケロマツのマツ。俺たちがスカーフを届け、見送った相手だった。

ケロマツはこちらに気づきながらもハジメの指示に従いケロムースと呼ばれる粘着質の泡でリオルと俺の脚を止める。
ケロマツは振り返らない。黄色いスカーフをはためかせながら、新しい主人と一緒に駆けていった……俺とリオルはその場から動けなかった。ただただ、あいつらの背中が見えなくなるまで見ていることしかできなかった。


**************************

なんとかビドーとかいう彼と、彼の手持ちのリオルまいて大通りの手前まで来ることに成功する。これもマツの功労があってこそだろう。

「よくやった、マツ」
「ケロムース凄いね、マツ!」

はしゃぐ<義賊団シザークロス>の少女とピカチュウ。考えてみれば巻き込む形になってしまった……。
一言礼を言うと、少女は「どういたしまして!」とはにかんだ。
<自警団エレメンツ>のトウギリを敵に回してしまったことに自覚はないのだろうかこの少女は。
気を取り直して大通りに入ろうとした時――――近くの壁に矢文が突き刺さる。

「な、なに新手……?」

大まかな射出地点を見て、フードを被ったポケモンとトレーナーのボブカットの彼女を確認してから、戸惑う少女の言葉を否定する。

「いや、味方だ。このまま大通りに入るぞ」

文の中身を握りしめ、少女たちと一緒に大通りの人の流れに身を潜めた。


**************************


「む……大通りに入られたか。今は波導が入り乱れて、これ以上は難しいか……」

トウさんがルカリオと一緒に波導の流れを見て、呟く。路地裏でハジメ君たちを見失った私たちはトウさんの指示で待機。彼の遠視で状況を探っていた。その言葉を聞いたココチヨさんはどこか緊張が解かれたような、でも複雑そうな表情を浮かべる。それからトウさんへ謝った。

「ごめん、トウ。足引っ張っちゃったよね……」
「いいんだココ。今回こうしてハジメと接触出来た。それだけで十分だ」
「やっぱり、捕まえるの?」
「捕まえなければいけないとは言ったが、すぐにとは言ってはいない。いくつか気になる点もあるから――――泳がせようと思う。事はハジメ一人を捕まえても解決しない。そんな気がするからな。上手くいけばだが……ハジメの足跡を追えば、彼の後ろにいる<ダスク>の中心人物らしき者、サクにたどり着けるかもしれない。彼には悪いが、その間リッカのことは頼めるか、ココ」
「そんな頼み方しなくてもいいわよ。でもフォローがいつまでも効果あるとは思わないでね」
「助かる」

トウさんの決定とココチヨさんのフォローに、つい私まで安堵してしまう。それから、迷いだらけの自分に、割り切れていない自分にもどかしさを感じていた。ダメだな。しっかりしないと。
そんな私にココチヨさんが小声で話しかけてくる。

「アサヒさん、躊躇ってくれてありがとうね」

はげましなのだろうか……? 真意を測りかねて、思わず顔を暗くしてしまう。

「……私、やっぱりお礼を言われるようなことしてないですよ」
「それでもあたしは嬉しかったの。アサヒさん、<エレメンツ>よりの人だから、容赦ない人だったらどうしようって思っていたから……優しそうな人で良かった」
「……私のこと、知っていたんですかココチヨさん?」

問いかけるとココチヨさんはウィンクをして、それから私の背中を軽く叩く。

「ココでいいわ。トウから聞いていたの、貴方のこと。っと、こっちはもういいから、それよりビドーさんとリオルを迎えに行ってあげて!」
「え、あ、うん」
「じゃあ、あたしも戻らなきゃいけないから、またのご来店をお待ちしております。気軽に来てね!」
「俺もいい加減<エレメンツ>に戻る……またな……」
「はい、また……!」

営業スマイルのココチヨ……ココさんに背中を押され、私はトウさんにビー君の居場所を聞いてから、彼の元へ走った。


**************************


長い一本道の真ん中に、泡まみれのビー君とリオルが座り込んでいた。うつむく彼を、リオルがじっと見ている。心配になって声をかけようとすると、ビー君が何か言っていた。

「……なんでなんだよ」
「ビー君……大丈夫?」

ミラーシェードを外してそれでもうつむく彼に、ハンカチを差し出す。黙って受け取り、泡をふき取るビー君。彼は息を長く吐き出した後、予想外の言葉を口にする。

「ヨアケ、黄色いスカーフのケロマツが……マツがハジメの手持ちになっていた」
「!」

たしかその子は、<シザークロス>の皆さんに、信用できる新しい親へと届けてもらうと託したポケモンの一体だった。そういうことなら、アプリちゃんが王都にいたのも納得できる。つまりは――

「つまり……ハジメ君が、<シザークロス>の皆さんにとって信頼できるトレーナーってことなのかな」
「そういうこと、なんだろうな。アイツらは、密猟者でもさじ加減でお構いなしってことか」
「さじ加減はそうだろうけど、私もそんな悪い人ではないと思うよ、ハジメ君は。それに未遂だったじゃない」
「未遂でも、どんな善人だろうが……何か気に入らねえんだよ」

あえて口には出さなかったけど、それは良くも悪くもビー君にとってハジメ君が気になっているということじゃないかなと、思った。たとえそれが敵意だとしても。

「けっ、今度会った時こそとっちめてやる……その時は協力してくれ、ヨアケ」
「……うん」

向けられる視線に、思う。
どうして、ビー君は私に、ハジメ君やアプリちゃんへ向ける敵意ではなく、静かで穏やかな目を向けてくるのだろう。
どうして彼は私をはげましてくれたのだろう。
ううん。たとえビー君が力を貸してくれるのがどんな理由だとしても、私はビー君に力を貸すことは変わらない。

「トウさんもココさんもそれぞれの場所に戻るって……私たちも、帰ろう?」

私はリオルの頭を撫で、ビー君に手を差し伸べる。
躊躇う彼の手を握り、立たせた。


**************************


すっかり日が暮れ、夜風が気持ちの良い門の前、<エレメンツ>本部に戻ろうとしていた俺は違和感を抱いていた。

(……………………おかしい)

人混みに紛れるまでは確かにしっかりと捉えていた。多数の波導が重なり合って、探知できなくなるのは仕方がない……けど、人の波から外れたらまた見つけることは出来るはず。現にあの赤毛の少女は見つけることができた。しかし、少女と別れたであろうハジメに関しては、見つけることは出来なかった。

(ハジメの波導が……消えた?)

波導が消える、ということは波導を発することができないという状態に陥るということだ。
しかし、その可能性は低いように思えた。それよりも『テレポート』などの移動技で王都から外に出たと考えるべきなのか……。

(消えた波導……何かが……ひっかかるな)

背にした夜の街並みは明るく道を照らし、影を落とす。
ざわめく波導の中、変わらずにいつもの場所にいるココの存在を想った後、帰路についた。


**************************


次の日の朝早く。
ココ姉ちゃんのカフェからは結構離れた場所にある家の前にオレは来ていた。コックや他のみんなは今ボールの中にいる。隣にいないけど、ちゃんと一緒だ。

なんでこんな朝早くにこんな知らない家の前にいるのかというと、リッちゃんの兄ちゃん、ハジメ兄ちゃんと待ち合わせをしているから。
さっそく中に入ろうとすると……なぜか家の中からココ姉ちゃんが出てきた。

「カツミ君? 朝早くにこんなところでどうしたの」
「ココ姉ちゃん!? え、えーと昨日はおにぎりありがと! 美味しかった!」
「いえいえ。で、それを言いに来たわけじゃないわよね。ここに何か用があるの? ここは空き家だけど」

まずい、ここに来るのは内緒ってハジメ兄ちゃんに言われていたのに。よりにもよってココ姉ちゃんに見つかるとは。
必死に言葉を探して、話をそらす。

「ココ姉ちゃんこそどうしてここに?」
「お掃除しているのよ。今日はこの家の番。言ってなかったっけ?」
「あー」

そういえば、前に聞いたことがあった。”闇隠し”で帰って来ない人のお家を、定期的に掃除しているグループにココ姉ちゃんが入っていることを。確か、人の住んでいない家は、手入れされてない家はもろくなりやすいって。
だからお掃除しているんだって。
みんなが、いつ帰ってきてもいいように。

「……カツミ君、もしかして誰かと約束してここに来たの?」
「…………」

ココ姉ちゃんが、限りなく近いところをついてくる。困って黙り込んでいると、家の奥から、誰か歩いて来た。

「ココチヨさん。カツミは俺が呼んだ。だからここへ来たのだろう」
「”来たのだろう”じゃないわよ、ハジメさん……」

やってきたのはリッちゃんとおんなじ金色の髪で変な髪型の、ハジメ兄ちゃんだった。

「ハジメ兄ちゃん……!」
「よく来てくれたカツミ。そしてよく口外しないという約束を守ってくれた」
「危なかったけどね」
「セーフの範囲内だ。さあ、こんなところに突っ立っているのも疲れただろう。俺の家ではないが、上がるといい」

ハジメ兄ちゃんに促されるままに、薄暗い廊下を奥へ進もうとする。
ココ姉ちゃんがオレの手を握る。ちらりと顔を見上げると、緊張したココ姉ちゃんの表情が見えた。

「カツミ君、あたしの手、離さないでね」
「あ……うん」

ココ姉ちゃんの手に、力が入る。オレもぎゅっと握り返した。


**************************


扉を開けた先の、リビングらしき空間に、緑の髪で白いひらひらの服を着たポケモンと、4人の人がいた。
そのうちの柱に寄りかかっている一人は見知った人物だった。

「新顔候補……キミだったか、カツミ」
「サモンさんだ!」

茶色のボブカットのサモンさんはいつもの黄色と白のパーカーを着ていた。
にしても新顔ってなんの新顔なんだ? 疑問に思っていると、ハジメ兄ちゃんがサモンさんにお礼を言っていた。

「昨日は貴方とジュナイパーに助けられた。礼を言うサモン」
「いいよ、こういう時の保険がボクとあの子だから。それよりキミが珍しいね、誰かをこの集団に呼ぶだなんて」

集団、秘密結社か何かなの? お掃除プロジェクトは仮の姿とか?

「……ガキのくせになかなか鋭い」

椅子の傍に立っている片眼を前髪で隠した短い銀髪の、赤いつり目の姉ちゃんが俺に向けて呟いた。

「え、なにこれ読心術?」
「サーナイトのテレパシー能力だってば。いちいち騒ぐなガキ」

サーナイト、っていうんだ。あのひらひらのポケモン。

「……テレパシー! すっげー!」
「だからあ、大声だすなって言っているのに!」
「そういうメイさんの方が声大きいよ」

思わずはしゃいでしまったオレをかばうように言ってくれたのは、オレより濃い目のピンクの髪のショートカットの姉ちゃんだった。銀髪のメイ姉ちゃんがキッとにらむのをスルーしてピンク髪の姉ちゃんはこちらによってくる。それからしゃがんで俺と目を合わせてくれた。

「カツミ君だっけ。私はユーリィ。よろしくね」
「よろしくっ。ユーリィ姉ちゃん。オレ掃除なら得意だよ、まかせて」
「頼もしいね。けど掃除はちょっと待っていてね。その前にやることがあるから」


やることって? と疑問に思った時、一人、一人、また一人と壁時計の下にいる最後の四人目に目を向ける。黒い髪で、青いサングラスをかけたその兄ちゃんの方へ、注目が集まっていく。
サーナイトが寄り添うように、黒髪の兄ちゃんの脇に立つ。

「それではサク。始めてくれ」

ハジメ兄ちゃんに促された黒髪のサク兄ちゃんは、周りの注目を物怖じせずに話し始めた。

「……これより、<ダスク>の集会を始めさせていただく。今回は”体験”の方もいるので、まず、<ダスク>の活動理念、どうして集まっているのかを話そう」
「ダスク? それが、この人たちの集まりの名前……?」
「そうだ」

サク兄ちゃんが、青いサングラスを取る。

「<ダスク>は、”闇隠し”でいなくなってしまった人々を救出するための集まりだ」

サク兄ちゃんが、一歩一歩、薄闇の中こちらへ近づいてくる。

「そのためにいろんな活動をしている。空き家の掃除もその一つだ」

顔がはっきり見える距離まで近づいてしゃがんで目線を合わせてくれるサク兄ちゃん。

「カツミ、貴方はこの集団に入ってもいいし、入らなくてもいい」

自然と、その目の色が見える。
その、たとえるなら”昼間の月のような銀色”が、オレを映す。
その銀色の持ち主は――――

「……サク兄ちゃんは、何者なの?」
「失礼。そうだな。名乗るのが遅れた。俺は――――<ダスク>の責任者のサクだ」

――――顔色一つ変えずに、そう名乗った。








つづく


  [No.1629] Re: 明け色のチェイサー 第一話簡易感想 投稿者:ion   投稿日:2018/11/18(Sun) 14:47:45   31clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

拝見しました。感想失礼します。
キャラデザも凄いなーと絵だけは拝見していたけど、最初からクライマックスじゃないですか!(テーマが重い)
ジュウモンジさんの造形が印象に残りました。理解力に欠けていて、わからないままでもよかったのかなあと思いましたが、賭けに出ざるを得ない状況を待っているとはどういうことだったのでしょうか。
多方面に思いやりを持っている感じがして、敵であるビドーに対しても一定のリスペクトを忘れない彼の姿勢、本当にいい人だな、と感じました。
そして最初から踏み込まれて描かれるポケモンと人間の関係について。よかったです。ありがとうございました。


  [No.1630] Re: 明け色のチェイサー 第一話簡易感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2018/11/18(Sun) 21:23:43   24clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

感想ありがとうございます!!
賭けに出ざるを得ない状況を待っている
というのはビドー視点で今まで突っかかったシザークロスに、ジュウモンジに何か弱味を握られるのではないかと勝手に警戒して想像しての言葉ですね。
ジュウモンジ気に入ってくださりありがとうございます……!


  [No.1631] 短編その二 プラネタリウムの子守唄 投稿者:空色代吉   投稿日:2018/12/10(Mon) 23:47:33   32clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

とある【ソウキュウシティ】の昼下がり。
明日はヒンメル地方でスワンナ座流星群が見える日……だったのだけどあいにくの雨が続いていた。
【カフェ・エナジー】にて、カツミ君とリッカちゃんがとても残念そうに項垂れていた。
テーブルにうつぶせになった二人が唸る。

「ココねーちゃーん……グラードン呼んできてよー、ひでりで雨雲晴らしてよー」
「それかミミッキュで『りゅうせいぐん』降らして……」
「無茶言わない。ミミッキュはドラゴンタイプじゃないしグラードンも呼べないわよ」
「「ええー」」
「今回は諦めるしかないわよ……まったくアサヒさんとビドーさんからも言ってやってちょうだい」

急に話を振られた私とビー君は驚いてサイコソーダ(スワンナ座流星群スペシャル)でむせた。その突然の出来事にビー君のリオルとカツミ君のコダックがびっくりしていた。
立ち直りの早かったビー君が、少し考えた末申し訳なさそうに言う。

「う……俺のオンバーンも『りゅうせいぐん』の技は憶えてねーんだ。力になれそうになくて悪いな」
「そっかあ……」
「仕方、ないのかな……」

ビー君に淡い期待を寄せて、でも無理そうだとわかりため息を吐く二人。だいぶ凹んでそうな二人を見ていて、どうにか流星群を見せられないかなという気持ちが募っていく。
なんとかしてあげたいあ……いったい、どうしたらいいんだろう?


**************************


結局いいアイデアが思いつかないまま夜になってしまって、私は自室で定期的に電話連絡を取っているアキラ君にぼやいていた。

「――昼間そういうことがあってさ。なんとか流星群見せてあげたいなと考えたんだけど、全然思いつかなくって……どん詰まりだよ、アキラ君……」
『だからってアサヒ。僕に話を振られても……この辺そんなに詳しくないんだけど』
「だよねえ。でもアキラ君ならいいアイデアとか知ってそうな気がして」
『買いかぶり過ぎだって……君の中での僕っていったいどうなっているんだか』

うん、困った時に頼っちゃいたくなる相手であるのは、間違いないんだけど。
改めて私の中でのアキラ君がどういった存在となると、やっぱり初めて出会った時に抱いた第一印象が今でも脳裏によぎる。

「えーと、物知り博士というか、私よりぜったい賢そう」
『なんだかな。あんまり嬉しくはないな』

あんまりいい反応ではなかったので、私は慌ててしまう。

「ご、ゴメン。そうだよね、あんまり頼りっぱなしじゃなくて、自分でも考えないと駄目だよね……」
『そうだよ』
「はい……すみません……」

しょげると、アキラ君が珍しく鼻で笑った。少しびっくりしている間に彼は提案をしてくれる。

『……まあ、でもあんまり頼ってくれないのもそれはそれで嫌だけどね――【スバル】に小さなプラネタリウムあるけど。それならどう?』
「!!! さすがっ、アキラ君さすが!!!」
「まったく、調子がいいんだから」

仕方ないと言いたげだけど、どことなく楽しそうなアキラ君の声に、私もつられて楽しくなってしまった。

そんなこんなで、ココさんに連絡を入れて、急きょ【スバルポケモン研究センター】にリッカちゃんとカツミ君を連れていく事になった。


**************************


翌日。
私とビー君はサイドカー付きバイクに乗って向かうとして、肝心のココさんリッカちゃんカツミ君たちの移動手段を確保していないことに気づき、急きょ同居人のユーリィさんが車を出してくれることになった。

「…………別にいいけどさヨアケ・アサヒさん。もうちょっとさ、昨日のうちに気が付いてよね」
「ごめんなさい、ありがとうユーリィさん……」

ユーリィさんは、なんか私が勝手に怖がっているだけだけど、ちょっと怖い。
彼女も彼女で、私のことが苦手だそうで、余計どう接したらいいのかわからない。
そんなぎくしゃくしている私たちをカツミ君はなんか不思議そうに見てくる。

「ユーリィ姉ちゃんもアサヒ姉ちゃんどうしたの?」
「「なんでもないよ」」
「変な二人」

変なのはその通りだし、何とか仲良くなりたいような気もするので、頑張って話題を振ろうとする。

「ユーリィ……さん!」
「なに」
「ユーリィさんはもし流星群見れたら、何お願いする?」
「雨降っているけど」
「もし、だよ」
「…………ビドーが……」
「えっ、ビー君が?」

意外な名前が出たので、ついドキドキしながら続きを聞く。
「変な意味じゃないんだけど」と彼女は前置きして、そして……

「早く前髪切らせてくれる気にならないか願うよ」

……割と本音っぽいところを喋ってくれた。
盛大にくしゃみするビー君を遠目に、話を続ける。

「あーなんとなくわかる」
「ヨアケさんもだよ。髪、ちゃんと手入れしないと駄目だからね。毛先跳ねまくりじゃん」
「もとから癖毛で……」
「それは面倒くさがっている言い訳。そういうところすぐに出るからね」

美容師って職業柄もあるのだろうけど、結構、心配してくれているのかな、私の髪の毛。

「……ユーリィさんに、お願いしてもいいのかな」
「使えるものは、もっと使えば?」

トゲのある言い方だけど、OKを貰えたということにしておこう。
……だって、このやりとりを遠目から見ていたチギヨさんとハハコモリが微笑まし気にこちらを見ていたから。
そしてユーリィさんはモンスターボールを投げて野次馬に技を指示。

「ニンフィア! スピードスター!」
「うわなにすんだユーリィ!」
「なにはこっちの台詞よ。何しに来たのよあんたたち」
「お前らが星見に行くっていうから用意してたんだっつーの!」
「は? 用意?」

ハハコモリが衣装箱を手渡してきたので、思わず受け取る。

「へっ、星と言えばこれだろ!」


***************************


「…………プラネタリウム見に来たんだよね、アサヒ?」
「はい、そうですね」

【スバル】についた私たちを出迎えてくれたアキラ君がまず一言ツッコミを入れる。

私たちは、チギヨさんに押し切られた格好をしていた。
(“五属性”のプリムラさんが東方には星を見るときYUKATAを着るという習慣があるらしいって言っていたじゃあないか! という訳で全員分揃えたぜ!!)

そう、浴衣。簡単に着ることのできる仕組みの浴衣っぽい衣装に身を包んでいた。(運転していたビー君とユーリィさんは後から着替えた)
仕立屋のチギヨさん。着物好きのプリ姉御の大ファンだからなー。何かとジョウトで見かけるような和柄の服も取り扱っているんだよなー。

「やっぱり変かなあ浴衣」とぼやいたら、ビー君が間髪入れずに。「似合ってるんじゃねーの。状況にあっているかはともかく」と珍しく言ってくれた。
アキラ君はそんなビー君を一瞥すると、ため息をひとつついた。
リッカちゃんが「トライアタック……?」と謎のつぶやきを零していてココさんがくすりと笑った。

「じゃあ、案内するよ。レイン所長には許可取ってあるから」
「お願いします、アキラ君」


***************************


アキラ君に案内され、そこそこな広さのプラネタリウムドームにたどり着く。
私たちは横傾いた座席に座り、ドームが暗くなるのをじっと待った。

「それじゃあ、あまり上手くはないけど、プラネタリウム上映会を始めるよ」

プラネタリウムの機械の前で、アキラ君はスタンバイする。
もしかして、アキラ君がアナウンスしてくれるの? そう声に出して聞こうとして、思いとどまる。
ドームが暗くなるにつれ、暗くなる夜空のようにその散りばめられた星の輪郭ははっきりしていく。
アキラ君の声に合わせた方角を見上げていくと、大きな星同士の間に光のラインが結ばれていき、絵が浮かんでいく。
よく占いなんかで見る星座も多く、また星座に関する簡単なエピソードなんかも紹介してくれた。大三角の紹介のあと、星が一つ、二つと流れ始める。
スワンナ座の、流星群だ。ちゃんとリクエストに応えてくれたのだろう。カツミ君もリッカちゃんも大喜び。ココさんもユーリィさんも、ビー君も圧倒されていた。
流れ星が終わり、プラネタリウムも終わりかな? と思ったその時。

「あっ大きな流れ星……!」
「すごい! 大きい!」

画面の端から端をほうき星が流れ始める。

(いや、これは……またにくい演出をするなあ)

彼の最後の星の紹介。それは、彼なりのエールだった。

『これは千年彗星。宇宙を旅して、千年に一度だけ僕らの星に近づいてくる星だ――――どんなに離れても、この彗星と僕らの星はまた再会できる。この世界はそういう仕組みになっているんだ』

その言葉は私に向けてでもあるのだろうけど、他のみんなにも伝わっていた。
どんなに時間がかかろうと再会を望めばきっとまた会える。
そんなメッセージに私は、私たちは受け取ったんだ。


***************************


プラネタリウムドームから出て、はしゃぐ子供達二人組を眺めながら、飲み物を飲んで、一息ついていた。
外は相変わらずしとしと雨だ。でも止まない雨はないと思うのと同じくらい、晴れない闇もないんじゃないかな、なんて淡い希望をその時だけは抱きたいなと思った。
それだけ、彼の言葉には力がある。改めてそう思わされる一日だった。





* * *

あとがき

時系列ちょっと先の閑話日常回短編でした。


  [No.1634] 第六話 目蓋に映る火の海 投稿者:空色代吉   投稿日:2019/07/07(Sun) 20:42:47   8clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第六話 目蓋に映る火の海 (画像サイズ: 480×600 221kB)

その顔色の悪い少年、カツミは俺のことを「何者だ」と問うた。
カツミの言葉に俺は現状の素性を言った。しかし、それだけでは俺が「何者か」という問いへの返答としては不十分だと考え、これまで様々な<ダスク>のメンバーに繰り返してきた説明をしようとする。

「――何者か、と聞かれると一言では答えにくいが、話しておくべきだろうな。ただし、俺の話をするにあたって約束してほしいことが三つほどある」

一つ目の内容を話す。彼は静かに頷いた。
二つ目の内容を話す。彼は不思議がった。
三つ目の内容を話す。彼は驚きをみせた。

怯む彼に言葉を畳みかける。

「その約束を破るのなら、俺は貴方たちの力にはなれない」

その場に居たほぼ全員に緊張が走った。カツミもその空気を肌で感じ、それから大きく頷いた。
念話も静まるように伝え、俺は傍らのサーナイトの頭を撫でる。

「さて、長い話になる。どこかに座りながら聞いてほしい。ずっと立ちっぱなしで倒れて困るのは貴方だ」
「あ……ありがとう」
「礼の必要はない。当然のことだ……それじゃあ、話そうか」

口にする億劫さがなくなるほど何度も何度も繰り返してきた話を、また一から辿り始める。
彼にもまた、俺が今の俺である事情を語り始めた。


**************************


ユウヅキが正式に指名手配された。
自警団<エレメンツ>のリーダーも大々的に彼を捜索するとのコメントを出した。過去の写真をもとに作成されたモンタージュは、あんまり似ていないなと思った。
基本的にあまり見ないのだけど、共有スペースにあるテレビをつけると、道行く人のコメントや“闇隠し”の被害者家族を取り扱った特集番組なんかもちらほら流れていた。
それから、なんかよくわからない専門家や全然関係ない人々がユウヅキのことを「極悪人」だと勝手に話していた。
怒りや悲しみや申し訳なさなんかより、こういうものが視聴率を集めるのかなー? なんて疑問の方が湧いてくる。
なんて、ぼんやりしていたら誰かがリモコンを私から取り上げて、画面を消す。
リモコンの移動先を見上げると、そこには前髪の長い男の子ビー君が立っていた。
彼はミラーシェードの下の眉をひそめ、ため息をひとつつく。

「ヨアケ。こんな適当な奴らが喋っていることよりも、お前から見たヤミナベのことを教えてくれねえか?」

彼は私のことをヨアケと呼ぶ。アサヒとは呼んでくれない。
その理由はわからない。でもビー君の態度的には、たぶん些細なことだと思う。
呼び名がどうであれ、私に訊ねてくれていることは変わらない。
ユウヅキのことを知りたがってくれているのには変わりない。

「ビー君にはまだ話していなかったね……それじゃあ話そうか。彼の、私が捜し続けているユウヅキのことを……あと、ユウヅキを追いかけている私のこともね」

欠けている記憶があるからこそ何度も思い返してきた思い出を、また一から辿り始める。
彼にもまた、私にとってのユウヅキを知ってもらうために語り始めた。


*************************


あれは私がまだずっと幼かった頃のこと。
私はジョウト地方の海辺の町アサギシティで暮らしていた。けどその日は両親と隣町のエンジュシティに来ていたんだ。
といっても私の親は……その、放任主義なところがあって、あまり構ってはくれなかったからさ、心配してくれたらいいなと思って……私は自分から迷子になっちゃったの。
そうして迷い込んだのはとても綺麗な紅葉した木が並ぶ小道だった。
舞い散る落ち葉に見とれながら道沿いに進んでいくと、五重塔を見上げる赤い角のポケモン、ラルトスと黒髪の男の子、ユウヅキが居たんだ。
最初は軽く挨拶しても、淡白な返事しかしてくれなかったユウヅキなんだけど、じっと一緒に塔を見上げているうちに……ラルトスの角がほのかに光ったの。
ビー君もラルトスと一緒にいたのなら知っているかもしれないけど、ラルトスって人の気持ちを敏感にキャッチする習性があるんだよね。
とにかく、その現象に彼はとても驚いていた。ユウヅキが言うには、初めて見たって言っていた。
彼はかたくなに、ラルトスの角が光ったのは私の感情をキャッチしたからだって言うの。まあ初めて角が光ったからかもしれないけど、なんか意地になっちゃうよね。私はユウヅキからちょっと離れて、ラルトスの角が変わらずに光っていることを確認した。
それを見て嬉しくなっちゃった。やっぱり彼の気持ちにちゃんとラルトスが反応しているって。その時彼が見せたぎこちない笑顔がこう、きゅん、と来たよね。この子たちと一緒に居たい! って、なったよね。
だから、今にしては押し付けがましく友達になってほしいと思ってその日以降もエンジュシティに通って付きまとった。

彼は嫌がるそぶりを見せなかった。ただ、私が居ても居なくても山だったり海岸だったり湖だったり好きな場所に遊びに行くってスタンスは変えずに……要は、相手にしてもらえているのか、分からなかった。
でもある日、私の家にずっと前から一緒にいた、今では私のパートナーのドーブルのドルくんをつれて遊びに行ったら……凄いこっちを見てきた。ユウヅキのお世話になっている保護者のヤミナベさんが画家だったのもあって、ドルくんのことが気になったんだと思う。私は気に入らなかったけど。
私をよそに、ドルくんはユウヅキと意気投合してなんか地面に絵を描き合って遊び始めるし、すねていじけてしゃがんでいたら……ラルトスが心配そうに頭を撫でてくれた。勢いでラルトスに思いっきりハグしたら……ユウヅキに珍しく、そう珍しく呼ばれたんだ。
呼び声に誘われてドルくんとユウヅキのところに行ったら、そこにはユウヅキ、ラルトス、ドルくん、そして私の絵が地面に大きく描かれていたんだ。皆、ユウヅキはわずかにだけどちゃんと笑顔で描かれていた。そして、その絵そっくりな固い笑顔のユウヅキに私は、ええと、ついラルトスと同じ感覚でハグしちゃった。
たぶん、その時には友達になれていたと思う。

こほん。でも、楽しいだけの時間は、一回別離で区切りを迎えるんだ。
彼と別れるその少し前、悲しい出来事があった。
ある日、イーブイの子供たちに出会った。その子たちは必死な様子で私たちをある場所へと連れて行った。後を追いかけていくと、崖下に母親のシャワーズが力なく横たわっていた。
ユウヅキとラルトスは、なんのためらいもなく崖を飛び降りた。ラルトスの念力を使って着地をしたあと、同じくその力でシャワーズを引き上げる。
彼と私は、重くなったシャワーズを担いで近くのポケモンセンターまで運んだ。
……でも、助けられなかった。

初めて目の当たりにした生き物の死に胸の奥が空っぽになった気がした。ユウヅキは目を見開いて、そのシャワーズを焼き付けるように見入っていた。
イーブイの子供たちは、エンジュシティに住んでいたイーブイ好きのお姉さんたちに預けた。でも、そのうちのひとりだけ私に懐いてくれて、今ではグレイシアに進化したよ。レイちゃんのことだね。

それから一週間だったかな。ユウヅキが居なくなったのは。
何度遊びに行っても見つけられなくて、最終的に保護者のヤミナベさんに尋ねたら彼は――――旅に出ていた。

最初の内私は荒れに荒れた。なんで黙って行っちゃったのか全然わからなくて、怒ったり泣いたり凹んだり、ドルくんやレイちゃんには心配ばかりかけたり。
しばらくしたら、平気かな? ユウヅキが居なくてもやっていけるかな? なんて思ったりもしたけど、やっぱり何か抜け落ちた感覚はあって、その時自覚したんだ。ユウヅキの存在の大きさに。

だから私も両親を説得して旅に出た。彼を追いかける為の旅を。

これが、一度目の別離のお話。


***************************


ちょっと話それるね。
それから色々転々としたけど、なかなか私一人の力では見つけることができなくて……でも諦めきれなくて、すがるような思いで、ある大会に訪れたんだ。
その大会は千年に一度眠りから目覚めるジラーチという伝説のポケモンに贈る為に開かれる、ポケモンバトル大会。
その優勝者には、ジラーチが持つ「願いを叶えられる権利」をひとつ使わせていただけるというものだった。
もう、いわゆる神頼みだったね……だけど、残念ながら優勝はできなかった。
でもその代わりに大事なものを手に入れたんだ。
堂々と言うのもあれだけど、私にとってユウヅキ以外の大切な……友達、が出来たんだ。
えっ、ああ、うん。察し着くよね。そう、アキラ君だよ。今【スバルポケモン研究センター】にいる、アキラ君。彼とは大会で出会ったの。
アキラ君もずっと会えてない人と再会したいって願いを持って大会に参加していたんだ。アキラ君強くてね……私より善戦していて、途中からアキラ君が優勝すればいいのにとか思って応援を……諦めをしようとしてしまったんだ。
ぶっちゃけその時は、いや今もだけどユウヅキと再会して私がどうしたいのかが分からなかった。だから再会するのも少し怖いし、本当に会いたいのかもわからないし、そもそもユウヅキも理由があって私の前から姿を消したのかもしれない。そんな彼を私は追いかけていいの? って、半分諦めかけて……

でもアキラ君はそんな私に、「だが、それでも僕もアサヒも彼らに会いたいから大会に出た」「だったら最初から答えは出ているじゃないか」「半分は、諦めていないんだろう?」って言葉をかけてくれた。
その言葉がなければ、ううんアキラ君がいなければ私はユウヅキを捜すことを諦めていたと思う。
結局アキラ君が大会に優勝して、ジラーチに願いを叶えてもらった。私は代わりに、アキラ君に祈りを貰った。
それをエネルギーにして、同じくその大会で知り合ったミケさんという探偵さんに思い切って助力をお願いしたんだ。

ビー君は直接会ったことないけど、【トバリタウン】で実は再会していたって話した? ゴメン。その時ちょうどきのみ大好きな方のアキラちゃんにリオルさらわれていたよね。その時に会っていたんだ。
……うん。そう。今は<国際警察>に依頼されて私とユウヅキのことを調べてくれている方だね。
確かに、彼ぐらい私とユウヅキのことを知っている探偵さんはいないよ。だって――私と彼の一度目の再会の立役者、なんだから。


***************************


ミケさんの手際は凄くて、わりとそんなに経たずにユウヅキの足跡と、私が知らなかったユウヅキのことまで調べ上げた。
ユウヅキはシンオウ地方の海に面した【ミオシティ】ってところに居たの。
彼はそこから船で【新月島】に通っていた。私がその街に辿り着いたときも、その島に行っているときだった。
リバくんに乗って飛んで【新月島】に私も向かう。そしてそこでダークライという幻のポケモンとバトルして、負けてしまったユウヅキと再会したんだ。
倒れ込む彼を私は受け止める。上手く言葉をかけられないでいると、彼は気を失う前に私とは一緒にはいられない。そう言ってダークライが見せる悪夢の中に落ちていった。
ユウヅキを【新月島】へ通う手伝いをしていた船乗りのおじさんが、ユウヅキを家に連れ帰って“三日月の羽”という悪夢に効く道具で起こそうとしてくれる。
彼は何度も何度もダークライに挑んでは返り討ちに合っていた。おじさんが言うにはいつもは“三日月の羽”で目を覚ますはずだったんだけど、その時は目を覚まさなかった。
最後に残った手段は“三日月の羽”の持ち主であるポケモン、クレセリアに直接叩き起こしてもらうことだった。
船乗りのおじさんにクレセリアのいる【満月島】まで送ってもらう最中、おじさんがユウヅキがどうして旅をしているのか、ダークライに挑み続けているのかを教えてくれた。


ユウヅキは、彼は自分の出生を調べるために旅をしていた。
そしてダークライの悪夢で自分の深いところにある一番昔の記憶を呼び覚まそうとしていた。


***************************


私はミケさんに調べてもらうまで知らなかったけど、ユウヅキは……親にエンジュシティで捨てられた子供だった。彼は私が一緒に見上げたあのすずの塔の入口に置いて行かれた。だからこそ、あのシャワーズの母親の死を目の当たりにして、何か突き動かされたんだと思う。
それにほら、夢って自分の体験が元になっていることってない? なんともいえないけどね、でもその時のユウヅキは藁でも縋りたかったのかもしれない。

【満月島】についた私は、なかなかクレセリアを見つけられずにいた。でも電話でアキラ君の助けをもらって、なんとかクレセリアに会えたんだ。そして、お願いして彼を起こしてもらえたんだ。
目覚めたユウヅキは私に、捨て子だと知られること、そのせいで私が彼を見る目や関係が変わってしまうことを恐れていたって言ってくれた。怖かったからこそ関係を終わらせるために逃げたって言っていた。
でも、私は変わらない関係なんてないし、逃げはただの先延ばしだし、その時その瞬間でも関係は変化するって思って……伝えた。
彼はまだ自分は私の友達でいいのかって不安げに聞いて来る。それに私はもちろんと、そして友達だからこそ力になりたいというと、彼は友達だからこそ巻き込みたくないと強情になる。

だから私は言い切った。
私がそこまで旅してきたのはユウヅキの無謀に付き合うためだから、どこまででもいつまででもついていく。追いかけていくって。

根負けしたのかはわからない。けれど彼は私が隣に立つことを、一緒にいることを認めてくれた。
その時、彼は「俺は一体誰なんだ?」と私に聞いてきたんだ。それは彼の追い求め続けたことで、私の答えがどういう意味をもつかは分からない。でも、私にとって彼は彼。ヤミナベ・ユウヅキでしかなくて、かけがえのない大切な存在だって伝えた。


それが、一度目の再会のお話。


***************************


そこから私とユウヅキはいろんな地方を旅したよ。
ユウヅキがダークライと戦い続けた中で見た、悪夢の中の女性の姿をスケッチして、様々な人に聞き込みをしていながらシンオウを飛び出して。
カントーではサントアンヌ号に乗ってアキラ君の大切な人と彼の再会を二人でちょっとだけ手伝って。
カロスではキーストーンやメガストーン手に入れて、【クノエシティ】で怖い家とか覗きに行って。
ジョウトに戻ってミケさんやユウヅキの保護者のヤミナベさんに顔見せて。
イッシュでは記憶に関する力をもつオーベムというポケモンを【タワーオブヘヴン】という場所でゲットして。
ほんと、長いようで短かったけど……一緒に旅していた時はとにかく楽しくて嬉しくて、私は幸せだったなあ。


そういえば、何でこのヒンメル地方に来たんだっけ?


***************************


あてもなく?
いや、なんだろう?
どこかでてがかりを?
思い、だせない。思い出せない。

思い出せる彼との最後の思い出は、思い出は――苦しそうな彼の笑顔と、「絶対に帰ってくる」って約束。
あんまり遅すぎると捜しに行くって約束。
その後、別れる前に何か、とても大事で大切なことを言ってもらえた気がするのに、思い出せない。
思い出したい……、思い出したいよ……。
それか、聞きたい。そして言いたい。
あの時のこともう一度教えて。忘れてゴメンって。
会って、もう一度会って……捕まえて……ちゃんと言わなきゃ……。


***************************


「……ヨアケ。すまん。無理に聞いて」

顔を覆うヨアケに、どう声をかけていいのか分からなかった。こういう時他の奴ならもっと気の利いた言葉をかけてやれるのだろう。だが、今の俺はただただ謝るしかできなかった。

「ううん。ビー君悪くない。私が抑えられなかっただけ、だから。むしろ……ありがとう。ビー君の前だからかな、なんか情けない姿見せてもいいって思えたのは」
「……<エレメンツ>の奴らとかの前じゃ、無理なのか?」
「無理って程じゃないけど。こんなに無責任に弱音は吐けないよ<エレメンツ>のみんなの前じゃ」
「アキラ君は?」
「隠そうとしてもボロボロでちゃうだろうね」

ヨアケはそうやって苦笑いを作る。それは、もしかしたら習慣づけされたものだったりするのだろうか。
……今は勝手な想像はよしておこう。

「あーもう、昔よりヤワになったなあ。タフだと思っていたんだけど」
「十分タフだと思うぞ十分」
「そうだといいんだけど」

微妙な空気になってきたので立ち上がると、見計らったかのような扉のノック音。それからユーリィが部屋に入ってくる。

「……ビドー。アサヒさん。そろそろ入ってもいいかな」
「ユーリィ」
「ご、ごごごめんユーリィさん占領しちゃって」
「別に。ああ、ビドー。配達の仕事持って来たから準備して」
「分かった。どこまでだ」
「港町【ミョウジョウ】まで。私もチギヨも一緒に行くから……留守番もなんだしアサヒさんも連れていけば?」
「海……! ビー君私も行きたい!」

目を輝かせるヨアケ。さっきまであんなに凹んでいたのに忙しい奴だな。
まあ、無理やり切り替えているのだろう。そういう所がタフなんだよ。

「潮風浴びて気分転換でもしてこいよ、ヨアケ」
「わーい!」


***************************


裏路地の薄暗さは不思議と気持ちと比例していた……はあ、やるせない。
サク様はまたサーナイトのテレポートでどっかにいっちゃったからつまらないし。これからどうしよう? って路地裏を歩いていたら、厄介そうなボブヘアー女に絡まれた。

「メイ、ちょっといいかい?」
「嫌」

短く断ってとっとと逃げようとすると、目の前にはあいつのジュナイパーが道を塞いで睨みをきかせていた。

「一つ聞きたいことがあるんだけど」
「道を塞いで、それがヒトにものを聞く姿勢? てか、アンタ名前なんだっけ?」
「サモンだよ。すまないねメイ、こうでもしないと逃げられると思ったから」

サモンはたいして悪びれる様子もなく、言葉だけ謝る。なんかムカツク。
適当にあしらうにもこうも、この鳥に見張られているとやりづらい。はいはい、話だけでも聞けばいいんでしょ。面倒くさい。
……なんて考えていないで――その時無理をしてでもあたしはさっさと逃げるべきだった。

「何よいったい」
「……メイ、キミはどうしてカツミに嘘をついたんだい?」
「は? 何の? カツミ……ってあの新入りのガキだっけ?」

心当たりはありまくりだけど、後悔しても遅すぎた。

「サーナイトじゃなくキミだろ? あの念話を、テレパスを使っているの」


***************************


「ボクが昔働いていたカントー地方にもいたんだよ。人でありながらエスパーを、超能力を使えるジムリーダーが」
「……その超能力を使うジムリーダーがいたからって、何でそうなるの? 理由は? 根拠は? 妄想じゃない?」
「サーナイトの声が聞こえないからだよ、テレパシーで意思疎通を図るエスパーポケモンは割と多くてね。あの念話で中心に立っているはずのサーナイトの声がなかった。それにカツミの思念だけを一方的に読み取っていたから、やはり思考読みの方なのだろうと思うけど……」

言葉を区切って、サモンは不思議そうに聞いて来る。あたしの触れられたくない部分に、ずけずけと。

「メイが超能力者だと気づいているのはボクだけじゃない。サクは知っていながらキミを近くに置いているし、他にも感づいている人も多いだろう。どうしてそんな嘘を吐くんだい?」

あまり意味をなしていないだろう? と言ってくるサモン。腹を立てても状況が良くなることはないのは解っているけど、腹立たしかった。

「アンタに答える必要なんかない。それ以上突っ込んでくるんなら、容赦しないけど」

ボールの開閉スイッチをいつでも押せるようにし、警告する。
するとサモンはリアクションを止め、ただじっとこちらを見てくる。
アタシだって垂れ流しに能力使ってないから今何を考えているのかわからない。
乗り気はしないけど、ムカツクしコイツの魂胆を暴いて……

(サクのこと、大好きすぎるだろキミ)

んっ?????????????

「ちょっ?! 何考えて?!」
(サク様絶対死守とか思っているのだろうなあ)
「なっ?!」
「……メイってずいぶん可愛いリアクションもできるんだね」
「う、ううううるさい!!!!」
(補足、ちなみに周りにバレバレだから)
「脳内で補足するな!!」
(じゃあ、なんで堂々としないのか、能力のこと)
「黙れ、口で喋れ」
「……わがままだね。まあ、思考読みされるかもと知られていればこういう対策も取られやすいということで」

くそう完全に手玉に取られている気がする。もうコイツの思考探りたくない……。
ジュナイパーはなんかあくびしているし……色々となし崩しにされたので、サモンとボールから意識を遠のける。
……でも、そのアタシの力に物怖じしないのは。サク様と、サク様の大事な人と、あのウザイやつと、そして面倒なコイツで四人目か。だからどうしたって話だけど。

「堂々、ね。そんな風に生きられたらこんなにはなってないわよ」
「それは、キミ自身の問題? それとも周りの問題?」

……時間がかかったけど質問の意図を理解して、まどろっこしいやり取りに区切りをつける。

「下手な探りは止めてくれない? ヒンメル出身でしょアンタも」
「……うん。悪かった」
「そう思っていないくせに」
「思っているって……ただ、実際にこうして見えることになるとは思っていなかったからさ……メイ、キミに」
「まあ、たとえ悪いと思われても赦さないけどさ……あたしだって、ヒンメルに好きでいる訳じゃないわよ」

本当に、好んでこんな場所には居たくない。でも、あたしにはここでやることがある。

「この舞台に立とうと思ったきっかけは? 推測だが、復讐だけとは限らないんだろう?」
「そう。そんな私怨よりも、あたしにはこの力を使って助けたい人がいるの」
「助けたい人……キミはその人のことを慕っているのかい?」
「さっきからキモい質問。でもそうじゃなきゃ、こんなに傍に居たいとは思わない」

たとえ、相手にされなくても、あの人の、サク様の力になりたい。それがあたしの望みだ。
これはたぶん忠誠って感じに近い。
あてられたのかサモンがずいぶんと重たくなった口を開く。

「それがキミの理由か。国に消された<エレメンツ>六属性目のメイ」
「ある意味それが、この国に対する復讐なのかもしれないけどね?」

肩をすくめると、ジュナイパーが道を開ける。もう用は済んだってことか。

「じゃあね、ロマンチスト」

込められるだけの嫌味をこめて、あたしはその場を後にする。
その時僅かに“羨ましいよ”と聞こえた気がした。

……どこがだっ。


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カツミ君が<ダスク>に入った。
サクの話を聞き、自分の意思でこの集団に入ってしまった……。
あたしとしてはなるべく彼を巻き込みたくなかった。でも、カツミ君は、

「ココ姉ちゃんたちが実は今まで頑張っていたのに、黙ってみてられないよね。オレも頑張るよ」

なんて、顔色が悪い癖にそうやって笑おうとする。
もう……なんでこの子はこんなに気遣いをしてしまうのか。ココチヨおねーさん面目ないわよ……。
ハジメさんには、リッカちゃんどうするの! って、叱り飛ばしたけどそれはハジメさんが一番堪えているだろから強く言及できないし。なんとかトウの目から逃げきって、会ってあげてほしいなあ。なんて、居たたまれない想いでいるとカツミ君が私の手持ちのミミッキュの耳をつつきながら聞いて来る。

「そういやココ姉ちゃんって、トウ兄ちゃんのいる<エレメンツ>にスパイしているってことなの?」

あ、触れないようにしていたけどやっぱりそこ気になるわよね。

「まあ、そうなっちゃうのかな。いけないことだっていうのは解っているんだけどね。トウも赦してくれるか分かんないしははは破局コースまっしぐら」
「大丈夫じゃない? ココ姉ちゃんだってオレみたく入りたいと思って<ダスク>に入ったんじゃん! だったらきっと赦してくれるよだいじょーぶだいじょーぶ!」
「そうだといいんだけどねえ」

たとえスパイなんてかっこよく呼ばれたとしても、迷走している<エレメンツ>より、サクという可能性にすがる選択肢につられたあたしはいわゆる裏切り者になってしまうのではないかとひやひやしている。
でもあたしはサクに、<ダスク>に賭けたんだ。一度決めたことは、揺らぎたくないわよね。うん。
そしてカツミ君も決めたことなら、頭ごなしに否定するんじゃあなくて、サポートしていこう。未知の部分が多いこの集団の中で手放しはまだ怖いし、あと体調のこともあるからね。

「ココ姉ちゃん、なんか意気込んでいるね! スパイの作戦でも思いついたの?」
「いや思いついてないから。あとあんまりスパイ連呼してほしくはないなあ……ま、とにかく一緒に頑張りましょう!」
「おおー!」


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「静かだ……」

さざ波の音が、聞こえてくる。
高台から見える海は、故郷の【アサギシティ】を思い出す。でも、【ミョウジョウ】の海は、アサギに比べてとても静かだ。
例えるのなら、賑やかさが足りないというか。生命力が、足りない。
――――でもどこか、不思議な懐かしさがあった。

「ずっと昔からこの海はこんな感じらしいよ、アサヒさん」

チギヨさんとビー君が配達中なので、私はユーリィさんと港町【ミョウジョウ】の高台で時間をつぶしていた。
ユーリィさんの方から声をかけてくれたことに、ちょっとした驚きを覚えた。それから上手く言葉を繋げなきゃ、とあわあわしてしまう。
動揺を見透かされたのか、呆れられたのか、ユーリィさんは私をじっと観察してくる。
な、なんだかドキドキしてくる。とにかくなにか話題を――!

「なんだかユーリィさんっぽいね」
「そう? そんなに静かかな……一応、喋るときは結構喋っているけど?」
「そ、そうだった」

ああああなんかうまくいかないよもうううううう……。
なんて、こんがらがっていたら、ユーリィさんは海を見つめて「でもある意味そうかもね」って呟いていた。

「歴史とか調べている知り合いが話していたけど、この海がこんなにも静かなのは、“蒼海の王子”が居なくなっちゃったからなんだってさ」
「王子って、ヒンメル王家とは違うよね?」
「うん。王子はマナフィってポケモンだよ。この国ではマナフィが棲む海は豊かな海の象徴って言われていたんだ。昔【ミョウジョウ】の海岸沿いに暮らしていた人たちと仲が良くて、よくマナフィは地上にも遊びに来ていたらしいって。でも……この国を脅かした怪人を英雄王ブラウが討伐する際、マナフィは巻き込まれて命を落とした。それ以来海には活気がなくなった……だからこの海は“死んだ海”とも言われているって、そういう話だったと思う」
「それは……」

ユーリィさんも? と言いかけて……一瞬視界がぼやける。

(あれ?)

立ち眩みかなとぎゅっと目蓋をとじると――――何故か、とじたはずの目蓋に一面の火の海が見えた。

(え?)

慌てて目を開くと、それまで通りの静かな海面が遠くに見える。
……今の何だったのだろう?

「――まー、私たちも、まだ生き返られてないってこと。大事なものが抜け落ちて、ずっと、ずっとどこか死んでいるのかもしれない。そういう意味では似ているのかも」

その声に我に返る。気が付くとユーリィさんは、涙はないけど泣いていた。
何て声をかけたらいいのか悩んだ。それから、カツミ君としたあの約束を思い返していた。
“闇隠し事件”でいなくなった人たちを連れ戻す方法を探すって約束。
そのために私にできることは、まだまだよく見えない。それどころか今かけてあげられる気の利いたことさえも思いつけない。
結局、口にできるのはただの願いだけだった。

「……大事なもの取り戻したら、生き返ってくれるのかな。ユーリィさんは」

できるなら、笑ってくれるだろうか。とまでは言えなかった。
何故ならユーリィさんは渋い顔をしていたからだ。

「私、アサヒさんのそういうとこ苦手」
「ごめん」

反射的に謝ってしまうと、ますます機嫌を損ねてしまった。

「……アサヒさんはいい顔しすぎなんだよ。ビドーにも、チギヨにも、私にも……皆にも」
「でも私は」
「加害者かもしれないからってだから何? 他人の様子伺ったり気遣ったりそんなばっかり。そんなので本当に救われるとでも? 気休めにもならない。それ続けてアサヒさんが心労で倒れても知らないよ?」

ユーリィさんの話の流れがどんどん文句から変わっていく。
えっ、私心配されている……?

「ああもう。何言いたいのか分からなくなってきた。そもそも疑惑だけで何年も軟禁され続けて今も監視が続いている人が周りに気を使い続けているっていうのがおかしいの!」
「そ、そんなに?」
「そんなに!」

断言されてしまった……。自分では当然の仕打ちであり<エレメンツ>のみんなには保護してもらっていたと割り切っていたことにこうもきっぱり言われるとは。
また、怒られてしまうかもだけど、ちょっとだけお礼を言いたくなり、実際言おうとした。
でもそれは出来なかった。

「その話、興味深いですね」

聞き覚えのない声に尋ねられる。振り返るとそこには、声を発した方と思われる黒スーツをビシッと着こなした黒髪ショートの女性と、黒い頭でと黄色のすらっとした胴体を持つポケモン、エレザードを連れているグレーのポンチョを着たサモンさんよりもふんわりとしたボブカットの女性がいた。ポンチョの女性は首から下げたカメラに手をかけていた。
第一印象は別に普通な方たちだったけど、だからこそ嫌な予感がした。
警戒が伝わってしまったのか、黒スーツの方の彼女が口元だけ笑みを作る。

「失礼。初めまして、国際警察の者です。私のことはラスト、とでもお呼びください……ヨアケ・アサヒさん」

ラストさんの細めている眉の奥の瞳は、声色ほど笑っていなかった。


***************************


私とユウヅキを調べている<国際警察>がいるとレインさんに以前聞いていた。もっと強面のおじさんかと思っていたけど、ラストさんはこう、スマートな女性って感じだった。

「えっと……はじめまして、ヨアケ・アサヒです……ラストさん。そちらは……?」
「彼女たちのこと、見覚えありませんか?」

ラストさんに言われ、改めてポンチョの女性を見る。彼女の切れ長の瞳を見ても、どうにも思い出せない。そもそも本当に知り合いなのだろうかとちょっとだけ疑った目線を向けてしまう。
その視線に察したのか、女性は軽くショックを受けていた。エレザードも首周りの襟巻をぱっと広げて驚いている。なんだかこちらも申し訳なくなってくる。

「お久しぶりアサヒ。凄い大きくなったね。やっぱり私のこと覚えてない?」
「ごめんなさい、さっぱり……」
「仕方ないか。じゃあ、改めまして、でいいかしら。私はミズバシ・ヨウコ。こっちはエレザード。またよろしくね」

ヨウコさんは握手を求めてくる。恐る恐る手を伸ばすとしっかりと握られた。
あっけに取られているとユーリィさんが割り込んでくれた。

「あの、うちの同居人に何か御用でしょうか国際警察さん?」
「ラストでいいですよ、美容師ユーリィさん。仕立屋のチギヨさんと配達屋ビドーさんは今外されているようですね」
「……へえ、ずいぶん私たちのことにお詳しいですねラストさんは」
「まあ、調べるのが仕事ですからね」

完全にラストのペースの会話だった。ユーリィさんなんか癪に障ったようでいつもより鋭い眼差しでラストさんを睨みつけている。ラストさんはたいして気に留めずに、私に話しかける。

「私の用は貴方が彼女を憶えているかを確認したかった、ところでしょうか。あとは挨拶と、ついでに聞きたいことも出来ましたが今は置いておくとして……やはり、貴方はミズハシ・ヨウコさんのことは憶えていないのですね」
「ええ、はい。それで……私とヨウコさんは、いったいどういった関係なのでしょうか」
「ミズバシさん、あの写真を」

ラストさんに促され、下げていたカバンから薄いフォトアルバムを取り出すヨウコさん。そのフォトアルバムには王都【ソウキュウ】らしき場所のお祭り風景や人々の姿が映っていた。そしてその写真群の一つに……昔の髪の短かったころの私と、隣には何度も何度も思い返したあの姿が。不器用に笑う彼の姿があった。

「ユウヅキ……」
「……昔、“闇隠し”が起こる前の【ソウキュウシティ】で私ね、貴方たちに会っていたの。思い出せない?」
「ごめんなさい……でも、これ私とユウヅキです。それは、たぶん間違いないです」
「そう……あの時貴方たちはね、確か遺跡について調べているって言っていたの。私はそれなら【オウマガ】に多いって薦めてしまったんだ」

【オウマガ】
その街の名前に聞き覚えはあった。ギラティナに縁ある遺跡の近くの町だ。<エレメンツ>のみんなにも、そこでの私たちの目撃情報はあったって聞いていた。
けれど、ヨウコさんに教えてもらった記憶は抜け落ちている。
どうしても、不自然なまでにその時のことを思い出せない。
その私の様子を見てラストさんが「ふむ」と言葉を漏らした。

「思い出せないようですね。ご協力ありがとうございます」
「お役に立てず、申し訳ありません……」
「いえ。やはりあの方の推測は正しそう、ということが分かっただけでも十分です」

ラストさんが言っていた方の心当たりがあったので、話の流れに乗って尋ねてみる。

「そういえば、ミケさんお元気ですか?」
「ええ。結構ふらふらといなくなる方ですが、お元気ですよ」
「そう、ですか……」

ミケさんは私のせいで<国際警察>に目をつけられて協力させられている部分も多そうなので、申し訳ない。とその旨を伝えるとラストさんは、

「ああ、彼は彼で昔やんちゃしていたので、きっちりその分働いていただいているだけですよ。その辺はあまりお気になさらず」

……ミケさん探偵になる前何やっていたのだろう。詮索はしないほうがよさそうだけど、気になるな。

「そう、ミケさんと言えば、彼も貴方に尋ねようとしていたお話を聞かせていただけないでしょうか。貴方が『事件』以降どんな状況や立場に立たされていたのかを……」

あ、話が戻った。まずい。
うろたえていると、ラストさんがくすりと笑って見逃してくれた。

「……今は止めておきましょうか。どのみち調べればおのずとわかっていく事でしょうし、貴方たちも用事があるのでしょう?」
「そうね。アサヒさんさっさと行きましょう、チギヨたちの所へ」
「う、うん。それじゃあ、失礼します。ラストさん、ヨウコさん」
「ええ、また。ヨアケ・アサヒさん」
「またね、アサヒ」

軽い挨拶をした後、ユーリィさんに手をひかれる形で高台をあとにする。
自分が緊張でうまく呼吸出来てなかったと気づいたのは、大きくため息を吐いたときだった。


***************************


ヨアケとユーリィが国際警察に絡まれていたころ、俺は俺であいつらに遭遇していた。

ユーリィが持ってきた仕事というのは、いつも俺が引き受けているチギヨが仕立てた衣類を依頼主届けることだった。今回の依頼主は、ユーリィの得意先の劇団メンバーからである。衣装のことで悩んでいたそのメンバーに、ユーリィの紹介でチギヨに仕事が回ってきたという訳だった。
リオルにも手伝ってもらいながら依頼主に届け終わった俺らはその場所のにぎやかさを横目にしながら帰ろうとしていた。

今俺らがいるのは【イナサ遊園地】。港町【ミョウジョウ】にあるテーマパークだ。
どうやら、この遊園地で有志の参加者が集まったイベントがあるらしい。
その劇団やらバンド、パフォーマーなどが参加するらしいそのイベントに、何故かあいつらがいた。
見覚えのある丸いピカチュウを連れた赤毛の少女が壁際で休んでいた。

「げ、配達屋ビドーだ。何でここに……!」
「なっ、お前こそ何で」
「お前じゃない、あたしはアプリコットって名前が……じゃなかったまずいっ」

逃げようとするあいつの退路を塞ぐように反射的に壁に左手を打ち付ける。

「逃げるな」
「うええ?!」
「つうかあの時はよくも……っておい、お前がいるってことはジュウモンジの野郎もいるのか」
「だからあの時は仕方がなく……いや、親分は、ええと、ええと」
「……また会った時は覚悟しとけって言ったよな」
「いや無理! この状況じゃ無理!」

何故か慌てている赤毛……アプリコットにいらだっていると、チギヨに後頭部を叩かれリオルに脛を蹴られピカチュウに足首を噛まれた。

「いって、何すんだよ!」
「もめ事を起こすな、ビドー」

チギヨたちに制止され、ようやく周囲から冷ややかな視線が注がれていることに気づく。
そして、アプリコットが怯えていたことに今更気が付いた。

「……悪かった。流石に頭に血が上っていた」

壁から腕を離し、下を向く。足元ではピカチュウがまだ足に噛みついていた。

「もういいよ、ライカ。あと、ビドーももういいよ……ちょっと怖かったけど、貴方が怒るのも、無理ないし……」

ライカという名前のピカチュウを引き剥がし腕に抱えると深呼吸をし始めるアプリコット。
どうして怒っているのかわかるのか? こいつに俺を理解できるのか? と疑問に思ってしまう。
奪う側のこいつらに。奪われた側の俺の気持ちがわかってたまるか。と黒く、どろどろとした感情が腹の中で渦巻く。
右手で顔を抑えようとしたら、持ち上がらなかった。何故なら、リオルが俺の手を掴んでいたからだ。

「リオル、ありがとな」

こちらを心配そうに見上げるリオルに自然と言葉が出て、空いた左手でリオルの頭を撫でていた。

「そっか……リオルと貴方、もう大丈夫そうだね」
「まったく世話が焼けるぜ」

さっきまでと変わって何故か嬉しそうにしているアプリコットとなにもしてないのにやれやれとするチギヨに、逆に俺がついていけていなかった。
他人事なのに、なんでそういう風になれるのだろうか。
そう考えてしまうのは俺自身がひねくれているからというのもあるのだろうけど、よく分からない。
……黒いものは、少しだけ晴れていた。だがその上で引けないものはあった。
逸らしていた視線を再びアプリコットの方に向け、心を落ち着かせて、こちらを見上げる目を見て、彼女に頼む。

「ジュウモンジに聞きたいことがある。もし近くにいるのなら、連れていけとは言わない。居場所を教えてほしい」
「おい、ビドー」
「……頼むアプリコット」

チギヨの制止を無視して発した俺の言葉に、彼女はだいぶ悩んでいるようだった。
アプリコットは何度か俺とリオルを見比べて、それから首を小さく縦に振った。

「今の貴方たちなら、いいよ。ただ……お手柔らかにね?」
「なるべく……善処する」
「できるだけ、努力してよ」

深めに釘を刺される。少し腹が立ったが、抑える。
それからジュウモンジの居場所を教えてもらい、チギヨを置いてそこへ向かった。


***************************


「ユーリィさん……ちょっと」
「…………」
「ちょっと待って、ユーリィさん」

ユーリィさんは無言で私の手を引き、遊園地に入って行った。【イナサ遊園地】という名前の遊園地、何か催しものでもあるのか、人が入り乱れていた。彼女の歩くペースに置いていかれそうになる。しかし、ユーリィさんはなかなか早歩きを止めてくれない。
そしてユーリィさんは何故か私を連れて、ジェットコースターに乗ろうとしていた。

「え、ええええ??」
「乗って、アサヒさん」
「の、乗るの?」
「乗るの」
「ええー」

少しだけ待った後順番が回ってくる。座席に誘導されシートベルトをしっかりして、コースターが動き出す。そしてゆっくりレールを上がっていくコースター。その先に見えるレールのラインから、私は覚悟した。
……あ、これ怖い奴だ。
ユーリィさんが息を大きく吸った。レールは登り切った。
下り始めると同時にユーリィさんは叫んだ。

「アサヒさんのばかあああああああああああああああああ!!!!」
「なんでええええええええええええええええええええええ!!??」

いや本当に何で? 何でジェットコースターに乗ってまで怒られなきゃいけないのかわからない、わからないよユーリィさん……!
ああでも、なんかむしゃくしゃしているのは伝わったよ。なんか叫ばなきゃやってられなかったんだね。でも何で私に怒るのかな。むー。

ジェットコースターを乗り終わって、私がふてくされているのを見たユーリィさんは真顔で「ごめん。ムカムカして」と言った。
「私にムカムカしたの?」と意地悪そうに返すと、「うーん。アサヒさんというよりその取り巻く環境。そしてアサヒさんに対してだね」とこれまた真顔で言われた。
ぶーたれると何故か笑われた。

「そうだよ。アサヒさんはもっとみんなに文句言ってもいいんだよ。というか言うべき」
「ええ……」
「じゃなきゃ、私がみんなに文句言いたくなる。だから言ってよね」
「そんなー……」
「いいじゃん。そうでもしないと生き残れないよ……生き返れないよ?」
「え、私も死んでいるの?」
「少なくとも私にはそう見えたけど? 他人の生き返りを望む前に、自分が生き返ってよね?」

そういってふふふと小さく笑うユーリィさんはとても可愛かった。

その後チギヨさんと再会して、ビー君が単身シザークロスの方達へ向かったことを知らされる。ユーリィさんは仕事があるのでチギヨさんと一緒にそちらに、私は慌ててビー君を追いかけた。


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ビー君。ビー君。ビー君……っ。
無茶してないといいんだけど。心配だ。
チギヨさんから聞いた場所へと私は走る。
確かにビー君はケロマツのマツのことでシザークロスに、ジュウモンジさんに腹を立てていた。偶然居合わせて、色々抑えられなかったんだと思う。
でも、ビー君は相手を敵視しすぎだ。悪い人と思った人を許せないきらいがある。それじゃあ、ぶつかるだけだ。衝突して、傷つくばかりだ。
私が止めても無駄かもしれないけれど、それでも、それでも待ってほしい。

催しものの出演者のテントの一つ。そこから歩きながら出ていくビー君とリオルの姿があった。
遅かったのかもしれない。……でも追いかけなくちゃ。そう思い後を小走りで走る。でも、なかなか追い付けない。それは、彼がそれだけ早いスピードで歩いていることに他ならなかった。

「ビー君……!!」

ようやく彼に声をかけることができた。私の声に彼が振り向く。
ビー君は……何か思いつめた表情をしていた。

「どうしたの? リオルも、ビー君も大丈夫?」

頷くビー君。傍らのリオルも俯いたまま、首を縦に振る。でもふたりとも拳に力を入れたままであった。
彼は私にこう言葉をこぼした。

「ヨアケ、俺は……<シザークロス>の奴らは、自分たちが何も奪われたことのない略奪者だと思っていた。そう、思いたかった。だけど、違ったようなんだ……でも、それでも俺は、あいつらを赦したくないんだ……」
「……その話、詳しく聞かせてくれる?」

自分がかけられてぎょっとした言葉をかけるのは忍びないと思いつつ、聞きたいと思いその旨を伝える。ビー君は、頷きで了承してくれた。


***************************


<シザークロス>の奴らもこの遊園地のイベントに参加するらしく、出演者控えのテントに見知ったメンバーが揃っていた。その中には、ジュウモンジの姿も。
突然現れた俺とリオルにどよめくメンバー。彼らを制したジュウモンジが、面倒そうに俺に聞く。

「――配達屋ビドーとリオルか。何しに来た。てめえらに構っているヒマはねえんだよ」
「……ジュウモンジ、お前に聞きたいことがあってきた」
「マツのことか」

先手を打たれ、言葉に詰まる。そんな俺をあいつは鼻で笑い飛ばした。

「マツの新しいトレーナーに関しては、少なくともてめえよりはしっかりしているから安心しな」
「あいつが、密猟者だとしてもか」
「あー、そいつは大げさに言いすぎだな。ポケモン保護区制度なんてもんがあれば、そういう魔が差すこともあるだろ」
「……お前らはいったい何がしたいんだ」
「それはこっちの台詞だな」

ジュウモンジは呆れた顔で俺を見る。それから、痛い所をついてきた。

「てめえは、てめえの持った第一印象で他人を決めつけ過ぎじゃあねえか?」
「……っ」
「例えばよ、表ではどんなにいいことやっているやつでも、裏ではどんな悪行に手を染めているかもわからねえ。逆に、世間から疎まれる奴でも、自分の大切な者はきっちり守っているやつもいるかもしれない。じゃあビドー、今のお前から見てどうだ。そのマツのトレーナーはどういうやつに見える……ちゃんと思い返せ。そいつはどういうトレーナーに見える?」
「あいつは……」

あいつは。ハジメは。
最初はカビゴンを密猟しようとした。そのためにアキラさんを利用しようとした。リオルを人質にとって逃げようとした。
強いポケモンを欲していた。アキラさんはハジメに依頼料を受け取っていて、あまり責めるなと庇った。ポケモン保護区制度を憎んでいた。
ダスクという組織に入っているようだ。リッカという名前の幼い妹がいた。ココチヨさんとも面識があるようだ。
トウギリに自首するよう言われて、逃げだした。リッカを置いていく形になっても。
“闇隠し事件”の被害者で、今までを妹と生き抜いてきたはずなのに。

そして、ハジメはマツを大事にしているか。
ハジメはケロマツのことをちゃんとスカーフに刺しゅうされたマツという名前で呼んでいた。
マツはハジメについていった。
少なくとも、少しは心を寄せているのだろう。
ハジメは信頼できる、良いトレーナーなのかもしれない。

その考えに至った時、改めてハジメに言われた言葉がよぎった。


『お前、ポケモンのことを信頼していないだろう』


「……あいつは、良いトレーナーなんだろうな。俺と同じ“事件”の被害者でも俺に比べてマシなやつなんだろう。でも、気に食わない。いや、赦せない。俺はあいつが赦せないんだ」

絞り出した俺の回答を、カカカとジュウモンジは笑う。

「てめえ頭回ると思っていたが案外馬鹿だな。そもそも、俺達<シザークロス>も半数以上がヒンメル出身だぜ?」
「!」

何を驚いている、とジュウモンジは、あざ笑う。それから面倒くさそうに俺に言う。

「闇に奪われて、移民に奪われて、いろんな奴らから奪われて。踏みにじられてきた。だが譲れないものもあるし、それこそ気に食わないから奪うのさ、俺たちは。そこに誰かの赦しは必要なのか? 仮に赦されたからって、俺達のしでかしていることは何一つ変わらねえ。解ったうえで俺らは<シザークロス>をやっているんだよ」
「じゃあ、奪われる痛みをよく知りながらも、お前らは奪うのか? それでいいのか?」
「そうだ。それでいいと思っている……つまり、結局御託や理屈や常識や善悪を並べないでだな、シンプルに言うと――いい奴だろうが悪い奴だろうが、関係ねえ。お前がこういう俺達を、ああいうマツのトレーナーを気に食わないだけだ。その通りだぜ、配達屋ビドー」

そう言われて俺が抱いた最初の言葉は「そんな」だった。
この赦せない気持ちは、「そんなこと」であってたまるかという想いと、妙に得心がいっている自分とがぶつかり合う。それから無性に苦しいような、恥ずかしいような、いたたまれない気持ちがこみ上げてくる。
何も言えず突っ立っていると、リオルが俺の手を引いた。「もうこれ以上、ここに居なくてもいい」そう言っているようにも思えた。

「少しはマシな面になったと思ったが、まだまだだなあ、てめえら。そんじゃ、俺らは出演の準備で忙しいからな、気が済んだならとっとと出てってくれふたりとも」

そういって俺とリオルを追い出すジュウモンジ達。その彼らは別に俺らのことを笑ってはいなかった。


***************************


一通り話し終えた後、ビー君は片手で顔を抑え、唸った。
それから自信なさげに、でも自分の言葉でしっかりと思っていることを言ってくれた。

「今まで俺はあいつらに突っかかってきたのは間違いだとは思えない」

いや、思いたくないだけ、かもしれないがな、と続けて苦笑するビー君。
そんな彼に私は、こちらを見つめてくるリオルを無言で抱き上げ、そして……

「リオル、からてチョップ」

抱え上げたリオルに、ビー君の脳天にチョップ(憶えてないので技ではない)を叩きこませた。

「んなっ?!」

驚くビー君に私は抱えたリオルの右手を握って、ビー君の脳天に突きつける。
なんて声をかけたらいいか悩んだ末、茶化し気味になってしまった言葉をかける。

「うーんと、ビー君らしくないぞ、とリオルはおっしゃっております」
「そうなのか、リオル」

リオルは頷いた。どうやらリオルの言いたいことを少しはくみ取れたようだ。
それから、今度こそ私の考えを伝えようと試みる。

「ビー君はいい子だけど、善人にならなくていいです」
「は? え? 何だ?」
「ええと、そうだね。うん、そうだ。ユウヅキだ。たとえば、ユウヅキについて、ビー君はどう思う? テレビで報じられている通りの極悪人だと思う?」
「……お前から聞く限りの話と、現状の憶測を合わせただけじゃ、わかんねえよ」
「まあ、その辺は私も詳しくないからなんともいえないけどね。じゃあさ、ユウヅキを極悪人をと呼んだ人々は? 彼らは何?」
「む……」
「悪人って決めつける側の方が善人になれるわけじゃあ、必ずしもそうじゃないんじゃないかな? それこそ、判断材料がない。わからない」
「そう、だな」
「だからね、えっとね。そんなことじゃないよ。そして私は私のワガママで……ビー君に無理やり善人になって、自分の譲れないところまで捻じ曲げることをしてほしくない。いやバリバリでぐれて好き勝手もしてほしくもないけどさ。まあ、ちょっとくらいワガママに行こうよ」

偉そうに言っても、私自身にも言えることだけど、いい子ぶって言いたいこと言えなくなっていったら、やっぱりしんどいのかなと今は思えた。そこら辺はユーリィさんがきっかけになってくれた気がする。
ビー君は、深く深呼吸して、リオルを受け取る。

「ワガママ、なのかはわからないが……けど俺は、<シザークロス>もハジメも気に食わん。どうにかしたいというより、見返してやりたい。だから、一緒に見返してやろう。リオル」

ビー君に抱き上げられたリオルは、彼を見つめて一声応える。
私もなんとなく、自然と口元が緩み目蓋を細めていた――――


――――すると、何かのフラッシュが私たちを照らした。

驚く私たちに、フラッシュの原因の彼女は、カメラを下ろしながら、軽く謝る。

「ごめんなさい。あまりにも美しい光景と素敵な笑顔だったから……思わず。今のは消しますね、アサヒ」
「ヨウコさん! って、ことは……ラストさんも?」
「いいえ、私一人残らせてもらって、イナサ遊園地で写真を撮っていて。ほら、怖がらなくてもラストは忙しいから」
「あはは」

怖がっているの、ばれていたか。
話についていけてないビー君が小声で私に尋ねる。リオルはビー君の後ろに隠れて警戒の目線を向けている。

「知り合いかヨアケ?」
「えっと、知り合いというか、知り合いらしいというか。ちょっと厄介な事情でね……」

伝え忘れていたヨウコさんとラストさんのことを、ビー君たちにざっくりと説明する。
聞き終えたビー君は一言こぼす。

「厄介っていうよりは面倒だな」

それをいっちゃあ、何とも言えないよ……。


***************************


「貴方たちは、やはりイベントが目的で?」
「いや、もともとは仕事でだ」
「出演者ってわけではなさそうだけど……」
「ああ。衣装を届けに来ただけだ。連れが別の仕事をしているから、それまでは俺らは時間を持て余す感じだな」

つまりは、ヒマといえばヒマになってしまったわけだ。こういう時間を使って、情報収集とかを、するべきなのだろう。
それはヨアケも思っていたらしく、さっそくヨウコさんに尋ねていた。

「ヨウコさんって隕石の写真とかって撮ったことあります?」

おいヨアケ。それはストレート過ぎるぞ。もうちょい言葉を選べ。

「残念ながら、撮ったことはないですね。主に風景写真を撮っているので」
「そうですか……」
「見たいの? それとも欲しいの?」
「後者です」
「そう。隕石を探しているのなら、博物館とか……それかオークションとかに売り出されているとかの方が、可能性はあるかしら。なかなか自然のそのものとなると、難しいと思う」
「ですよね」
「あまり力になれなくて、ごめんなさいね」
「いやいや、ご意見ありがとうございます」

礼を言うヨアケに、ヨウコさんは目を細め、微笑んだ。
それは、何か愛しいものを見るようなまなざしだった。

「アサヒって昔も今も何かを探しているね」
「まあ、確かにそうですけど……」
「隕石については誰かに頼まれてついで、でしょうけど……昔の遺跡はとても大切なものを探しているように見えたの、それこそ、ユウヅキを捜している今の貴方くらいには」

ヨアケにとって、ヤミナベを捜す今と変わらないくらい、追い求めていた遺跡。それはギラティナに関係しているとみていいのだろうが……でも何のために? 何でその遺跡をそんなにも探していたんだ?
ギラティナに会いに行った……とかか? だがなんの用で?

前から思っていたが……どうにも、ヨアケはその肝心な部分もヤミナベに、彼のオーベムに忘れさせられている気がする。

「ヨウコさん、また、機会があったらでいいので、さっき見せていただいた私とユウヅキの映った写真、いただけませんか?」
「いいよ。データで良ければ今でも転送できるけど、なにか端末はある?」
「あ、あります。じゃあぜひお願いします!」

ヨウコさんから写真データを受け取り、愛しそうに画面を見つめるヨアケ。そんなヨアケをじっと見ていたら先程から俺の後ろに隠れて様子を見ていたリオルが、ヨアケの端末をねだる。気づいたヨアケが、リオルと俺に写真を見せてくれた。

「リオル、ビー君。この黒髪の彼がユウヅキだよ」

画面の中のつんつん頭の彼は、ぎこちなく、でもわずかに笑っていた。彼もあまり笑うのが得意ではないのかもしれない。その彼の隣で、明るい眩しい笑顔の少女がいた。今よりちょっと薄い色の金髪だが、目もとでヨアケだとわかった。こうして並んだ二人を見ると、名は体を表すというか、太陽と月のようだった。

「私ユウヅキのこの銀色の瞳の眼差しが好きー」
「男の俺には解りにくいが。まあ、綺麗な色だよな」
「ビー君もうん、綺麗な黒だよね」
「嬉しくないぞ。嬉しくはないぞ」

のろけを回避しようとしたが、若干失敗した上に巻き込まれた感じがする。
なんか複雑だっ。

そんなやりとりをしていると、ヨウコさんに微笑ましそうに観察されていることに気づき、「撮ってもいいかしら?」と尋ねられまた複雑になるのであった。(そのあと一枚撮ってもらった)


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ヨウコさんに写真を撮ってもらった後、仕事を終えたユーリィさんとチギヨさんが私たちと合流する。ユーリィさんはヨウコさんに驚いていたが、私が事情を説明して一応納得してはくれた。
二人はこのあとのイベントを見ていくとのことで、私とビー君もどう? と誘われたので嫌がるビー君と流れにのってその場から離れようとしていたヨウコさんを(私は一人がいいんだけどなあとぼやいていたのを申し訳ないと思いつつ)捕まえ、5人とリオル、客席に着いた。

チギヨさん、ビー君とリオル、ユーリィさん、私、ヨウコさんの順で座る。
ビー君が、いっぱいの観客を見て。

「こうして催しが出来る分には、まだ治安よくなってきた方なのか……?」

そうこぼした。まあ、<義賊団シザークロス>が参加している時点で、なんか平和な気もしてしまうけど。

「そう思いたいけどね。あんまり気を抜きすぎない方がいいのは変わらないね……気を付けてよね。特にビドー」
「名指しかよ。わーってるよ」

ユーリィさんの注意を文句言いつつも聞くビー君。そのやりとりをチギヨさんは笑いながら茶化す。

「ビドーのことが心配って正直に言えばいいのによ、ユーリィ」
「…………」
「わ、悪かったから睨むなよ!」

私の方からは見えないけど、男性陣二人とリオルがぎょっとしていたので、ユーリィさん結構険しい表情をしていたのだと思う。
ヨウコさんはというと、デジタルカメラのデータを整理していた。(ちなみにさっきのビー君とリオルと私の写真もいただいている。なかなかきっかけとかないと写真とか撮らないので、ありがたや……)
データ整理を終えたヨウコさんはカメラを構えた。

「よし、準備完了っ」
「えっと、ごめんなさい。イベントでの撮影はご遠慮願えますか?」

そして十秒も経たずに大人しそうなイベントスタッフさんに……というにはなんか可愛いミミロップの帽子をかぶった青年のスタッフさん? におずおずと注意されていた。

それから、そのスタッフさんらしき人物は、
ビー君に抱えられたリオルを見て、
破顔一笑した。

「リオルだあ……!」

リオル。案の定ビビる。ビー君がミミロップ帽子の人をキッと睨む。
その方は慌てて元の大人しそうな表情に戻り、びくびくと謝る。

「なんだよ」
「あ、ごめんなさい……僕、進化前のポケモンが好きで……目がなくって、つい反応しちゃったんだ」
「ヨウコさん、こいつの写真撮ったか?」

話題を振られたヨウコさんは「ええ」と答える。
あの一瞬をよく撮ったね、と感心していると「ふふふ、シャッターチャンスはほんの一瞬でも充分なの」と得意げなヨウコさんがいた。
ますます縮こまる帽子の彼にビー君は困ってきているみたいだった。
私もちょっと両者ともかわいそうに思えてきたので、提案をする。

「貴方、イベントスタッフさんですよね? 保証できる方は近くにいます?」
「え、ああ、はい……ごめんなさい、ボランティアでスタッフやっている、ミュウトですごめんなさい……ええと、その、ええと……」

か、完全に怯えている。なんだか申し訳なくなってきた。
ちょっと周りもざわついているし、どうしよう。と思っていたら。
氷の結晶のようなポケモン、フリージオを連れた彼が颯爽と。そう、颯爽と現れた。

「彼がスタッフなのは私が保証するよ、お嬢さん」

アイドル衣装と言えばいいのだろうか。きらびやかな衣装を身に纏った、濃灰のシャギーの髪をもつ男性が、ミュウトさんのフォローに入った。
そして、私はその声とその顔に憶えがあった。

「レオットさん?」
「あっ、まさかキミは……っと、すまないが今はレオットでなく、トーリ・カジマと名乗っている。トーリでお願いするよ」
「りょ、了解です。トーリさん」
「して、ここは私の顔に免じて、彼を許してはくれないか?」
「私からもお願い、皆」

フリージオも体を傾けて、謝罪する。
私とレオ……じゃない、トーリさんのやりとりを呆然と眺めていた皆はちょっと驚いた顔をしていたけど、許してくれた。
やっと解放されたミュウトさんは助け船を出したトーリさんに尋ねた。

「……! 助けてくれて、ありがとうございます、トーリさん……! でも、どうして?」
「一応私は紳士だ、そして紳士は困っている人間には分け隔てなく手をさしのべる存在だ、だからこそ私はキミを助けた、以上、理由と理屈の説明完了。ほら、さっさと持ち場につきたまえ」
「か、かっこいいナリ……! じゃなかった、分かりました! 皆さんお騒がせしました……!」
「ステージまでもう少し、楽しみにしていてほしい」

ミミロップの帽子の耳を揺らしながら、見回りに戻っていくミュウトさんと、ステージの裏に戻っていくトーリさんとフリージオ。
昔と印象変わったなあレオットさん。名前も変えちゃっているし。
小さくなる彼とフリージオを見ていたら、チギヨさん、ビー君、ユーリィさんが順々に

「あの衣装、体に合ってないが、好みなんだろうな」
「ブーツと帽子で誤魔化しているって言えよ」
「それ抜きでもビドーの方が低い」

と彼の身長についてコメントしていった。ビー君撃沈。あ、レオットさん振り返った。でも一回振り返っただけでそのまま歩いて行った。聞こえていたな、あれは。
ヨウコさんはというと、写真を撮りたそうにしょげていた。

アナウンスが流れ、諸注意が流れる。その中には撮影禁止もばっちり入っていた。


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夕時に差し迫る屋外ステージの観客席、まだ俺もリオルも落ち着いてはいなかった。
さっきのひと悶着もそうだが、単純に人が多い場所になれてないのが大きかった。
そういや、プログラム知らねえな……と思い出す。
<シザークロス>の奴らも出演するって言っていたが、何をやるんだかあいつら。
そう思った直後。
舞台裏から見知った顔たちが……ドラムを運んできた。

「「!?」」

俺もリオルもヨアケも同じく驚いていた。思わずユーリィの持ち出したプログラムを見せてもらう。そこには「オープニング バンド“シザークロス”による演奏」とあった。まんまだバンド名。

ジュウモンジがエレキギターをもっているし、あいつの手持ちのハッサムや他の面々やそのポケモン、例えばクサイハナたちとかもいるし、赤毛の少女、アプリコットに至っては、ピカチュウのライカを頭に乗せ、センターのマイクの前で構えていた。

ドラムのカウントが鳴り響き、演奏が始まる。
ギターとドラムによる演奏に合わせ、バックダンサーと思わしき青いバンダナの少年とクロバットがバク転などで舞い、ハッサム『つるぎのまい』で、クサイハナが『はなびらのまい』を踊る。
そして、ボーカルの小さな彼女の腹の底から見た目にそぐわない声量の、でもしっかりとした歌声が耳に届く。
それらが交わり、会場を盛り上げにかかる。
一曲目が終わり、続けて二曲目。さらに周囲が彼らに、アプリコットに見入る。
その熱気の中には俺らも巻き込まれていた……。

演奏が終わるとともに、わっと拍手が鳴り響いた。俺は色々思うことやリオルを抱えているのもあり、拍手こそしなかったが……悔しいが見とれてしまっていた。
それは、彼らがステージ裏まで帰っていくまで、だった。
彼らの一つの側面に、目を奪われてしまった。
こみ上げる何かは、そんなに悪いと言い切るには、熱かった。


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<シザークロス>のステージが終わり、続いては、ポケモンコーディネーター、トーリ・カジマによるパフォーマンス。

「オンステージだ、シアナ! ソリッド!」

シアナというニックネームの、見るだけで癒されるといわれる美しい見た目をしたすらりと長い体をきれいなうろこを持つ慈しみポケモン、ミロカロスと先程の氷の結晶のようなフリージオ、ソリッドがトーリの放つボールからそれぞれ、水流と粉雪を纏いながらきらびやかにステージに舞い降りる。
ボールから出るだけでも、こんな風にできるのか……。
BGMに合わせて観客が手拍子を始める。
トーリたちはお辞儀を終えた後、演舞を開始した。

「シアナ、『みずあそび』! ソリッド、『フリーズドライ』!」

トーリの上げる手と共に、ミロカロスがいくつもの噴水を半円状に展開し、フリージオの凍てつく力がその噴水を次々と凍らせていく。氷の花が並んでいるようだった。

「続けてソリッド、『ひかりのかべ』!」

フリージオが光輝く板の足場を作り、トーリがその上を駆け上る。

「『アクアリング』だ、シアナ!」

掛け声に応じてミロカロスが水流で出来た輪を上空に作り出す。
それから宙を舞い、光の足場からジャンプするトーリとともに『アクアリング』を潜り抜け着地する。

「『こおりのつぶて』から――――『たつまき』でフィニッシュ!」

フリージオが周囲に氷で出来た礫を発射し、氷の花も、光の台座もすべて細かく砕く。
それらすべてをミロカロスは渦巻く『たつまき』で巻き込み、神々しい光の渦を作り出した。
竜巻が霧散すると、雪のような氷の粒と光のかけらが会場全体を包み込み、消えていく。
それらを浴びた観客の顔が、自然とほころんで行くのが見えた。

そして終幕の礼をすると、拍手が彼らを包んだ。
コーディネーターってこんな曲芸みたいなことするのか、と圧倒された。


***************************


(レオットさんじゃなくて、トーリさんたちかっこよかったなあ……)
会場を包んだ冷気に負けない熱気に、私もあてられる。
ヨウコさんはとても写真撮りたそうにうずうずしていた。ビー君とリオルも少し息が荒くなっていた。
ユーリィさんとチギヨさんは、別の意味で緊張しているようだった。
まあ、自分たちが手伝った演者さんたちの出番だもんね、次。
しばしの休憩の後、最後の舞台演目である劇が始まる。

劇の内容は、ブラウ対怪人クロイゼルングの、港町【ミョウジョウ】での戦いだった。

昔の【ミョウジョウ】の町には、人とポケモンが仲良く暮らしていて、それをマナフィという伝説のポケモンが見守っていた。
ある日、【ミョウジョウ】の町に火の手が襲いかかる。怪人クロイゼルングが火を放ったのだ。

(ん? 火の海?)

舞台が赤いライトで照らされていく。でも、そこにあるはずのない“火の海”が、再び目に映る。
目の前に見えている光景が私だけに見えている現象だって悟るまでに時間はかからなかった。

そして、誰か言い争う声が聞こえた。

「どうして、どうして町に火を放ったっ!?」

自分の間近から声が聞こえる。
視線の先には揺らめく炎の中に立ち、とても苦しそうな顔をした水色の髪をした青年が剣を手に持っている。

「これでは友が死んでしまう! どうしてこんな真似をした……! 答えろ、答えろよ、“ブラウ”!!!!」

間近の声に“ブラウ”と呼ばれた青年は、ゆっくりとこちらに歩み寄る。
歩み寄る彼の周囲に集まってきた人とポケモンは、先程の声のした方向に、私の方を見て。
敵意に満ちた視線を向け。
怒りの声を上げ。
石を投げ。

叫ぶ。

「お前さえ居なければ」「どうしてくれんだ」「お前さえ居なければ」「なんでまだ生きているの」「お前さえ居なければ」「早くこんなやつ殺してしまえ」「こんな化け物を生かしておけない」

「たのむ“ブラウ”!! 怪人を殺してくれ!!!!!!」

おそらく“ブラウ”と呼ばれた彼の表情は、周りの人やポケモンには見えなかったのだろう。
剣を握る彼の顔は、今にも泣き叫びそうなくらいぐちゃぐちゃで。
苦しそうなのが分かった。
そし剣を振り下ろす直前、こちらにだけ聞こえる小声で、彼は謝罪した。

「ごめん、“クロ”」





 ◆ ◆ ◆




……………………

「――おい」

……………………

「――ケ」

……………………

「しっかりしろ、ヨアケ!」
「……あれ……ビー君?」

気が付けば、辺りはすっかり暗くなって、誘導用のライトだけが照らされていた。ステージの上に人はもういない。劇は、私の気づかぬうちに終わってしまっていた。
私の周りにいたみんなが、心配そうな視線を向けてくる。

「大丈夫か、気を失っていたみたいだが」
「え……寝ていたとかじゃなくって?」
「寝ているだけならここまで心配してねーよ! ……すまん、怒鳴って」
「いや、私の方こそ……」

一体、何が起きたのだろう。劇を見ていたはずなのに。
それにあの光景は、何だったのだろう。
不安を見抜かれたのか、ユーリィさんが、聞いてくれた。

「何かあったのなら、教えてほしいんだけど。医者にみてもらうにしても、ちゃんと状況把握したいし……いえる範囲でいいから」
「ありがとう大丈夫……なんか、変なのが見えたんだ」
「変なの?」

見えた光景の一連の流れと、その予兆が昼頃あったことを伝える。
チギヨさんはちんぷんかんぷんといった様子で、ユーリィさんもちょっと突拍子もなくてついていきにくい、という表情だった。ビー君とリオルは疑うことはしないでくれたけど、混乱しているようだった。
そんな中、ヨウコさんが。

「アサヒ、怖かったね」

そう、声をかけてくれた。
その言葉をかけられて初めて、怖かったことを自覚した。

「怖かった。何がって、怪人っていう人間の方が十分怪物なんじゃないかなってくらい、責めてくるのが、怖かった」
「怪物、ね……確かに、人間のひとつの側面ではあるね。でも、何がどうあれ、世界はただそこにあるだけ、その世界をどう見るかは私たち次第です。だから、大丈夫。大丈夫よ」
「ヨウコさん……」

ヨウコさんが頭を撫でてくれる。その温かさが心地よくて、安心していくのがわかった。


***************************


会場を後にすると、遊園地の入口にレオットさん(今はトーリさん)がミミロップ帽子のミュウトさんと話していた。
二人は、ユーリィさんに肩を貸されて歩いていた私を見て驚いた。

「……どうした」
「だ、大丈夫ですかー!!」
「いや、ちょっと体調崩しちゃって……」
「大変だ! 待ってて! お願いプーレ!」

ミュウトさんは、モンスターボールから水色の子供の首長竜のポケモン、アマルスを出し氷を作らせる。それから慌ててリュックの中から、モモンの実とヒメリのみとシェイカーを取り出して、その場できのみのジュースを作ってくれた。

「人でも飲めるようにしてあるから、これ飲んで元気出してください……!」
「ありがとうございます……あ、おいしい」

甘めの冷たいジュースで、ちょっとだけ元気が出てくる。
なんとかもう、自分の力でしっかり歩けそうだ。

トーリさんが、ほんの僅かだけど、顔を暗くしたように見えて、思わず聞いてしまう。

「トーリさんも、大丈夫?」
「ああ、ああ……私は平気さ。少し、思う所があってね、たいしたことではないのだが」

思う所? あんなに大盛況だったのに、トーリさんたちのパフォーマンス。
私の疑問に彼は、「こんなことをいったら申し訳ないのだけれどね」と前振りを置いてから、話してくれた。

「私は、“事件”で心に傷を負った人を自分の芸で元気付けたいと思い、この地に来た……だが、彼らが求めているのは、何かもっとこう、元気づけるものとは違うようなんだ」

その彼の言葉に、ビー君が共感した。

「確かに。なんか最後の劇の最中、変な方向で盛り上がっていたからな」
「ああ。キミの言う通りだ。あれではまるで……」
「“敵”……か」
「そう、怪人クロイゼルングのような、わかりやすい“敵”を欲しているような……そんな一体感があったのだよ」

“敵”を欲する観客がいたという事実に、私はただただ驚いていた。
そして、嫌な、とても嫌な予感をしてしまった。
クロイゼルングは今の世の中にはいない。だとすると、次にその敵意を向けられるのは――――

「――――ユウヅキ」

ぽつりと零した言葉に、事情を知っている人はみんな気づいたようだった。
たとえ、今日会場に来ていた人以外がそうじゃなかったとしても、多くの人が、次に敵意を向ける相手は、“闇隠し事件”の容疑者であるユウヅキだということに。
そして、私も……。

償う、ということに恐怖が付きまとってくる。今までは恐れないでいれたと思ったのに。
こんな、些細なことで……怖くなるなんて。
表情がこわばる私の名前を、トーリさんが呼んだ。

「アサヒ」
「……はい」
「無理のない範囲でいいから、笑えるようになってほしい。事情は知らないが……キミは、人は、幸せには、ならなきゃいけないと思う」
「トーリ、さん」
「関係のない話になってしまうが、私には従兄弟がいてね、とある霊山の頭領として毎日楽しそうに働いているんだ、そうやって一日一日を幸せそうに生きている従兄弟をみると、私だって幸せにならなきゃと思うのだよ。そのために、何ができるかはまだよくわからない。でも、私は模索し続けるつもりだ。キミにも、幸せになることを、どうか諦めないでほしい」

励まされて、なんとも言えない気持ちがこみ上げて、でも声が出なくて。
諦めてない。そう伝えたくて。
頷くことでしか返事はできなかったけど、何度も、何度も、頷いた。


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トーリとミュウトと別れて、港町の入口まで来る。
二人とも、また会った時はゆっくり話でもしたい、と言っていたので、ぜひと答えた。
最初はミュウトのこともトーリのことも疑ってしまっていたが、ヨアケを元気づけようとしたあいつらの行為を見て、考え方を変えた。
そして、また一人との別れも近づく。

「じゃあ、私もこの辺で。また、ご縁があったら、素敵な笑顔を取らせてね。アサヒ、ビドー、リオル、ユーリィ、チギヨ」
「うん、また。今度こそ、憶えているから。またねヨウコさん」
「ええ、貴方が忘れても、また私も憶えているから、大丈夫よ……じゃあね!」

彼女、ミズバシ・ヨウコは手持ちの大きなとさかを持つ鳥ポケモン、ピジョットを繰り出し、『そらをとぶ』で夜空を舞って行った。

「じゃあ、俺らも帰ろうぜ」
「そうだな」

チギヨに促されて、帰り支度をする。
ふと思い出し、全員がイベント中に切っていた携帯端末の電源を入れる。

「あ」

短く声を上げたのは、ヨアケだった。

「デイちゃんから留守電いっぱいきている……みんな、ちょっと電話してもいい?」
「構わないぞ」
「いいよ、私もメール打ちたいし」
「ありがとチギヨさん、ユーリィさん。テレビ電話にするから、ビー君とリオルもきて」
「お、おう」

ヨアケに呼ばれ、俺とリオルも近くのベンチに、ヨアケの隣に座る。
着信音の後、画面が繋がる。そこには、黄色い頭の小さな褐色の少女が不機嫌そうに座っていた。

『おっっっっそいじゃん!! アサヒ!』
「ごめんデイちゃん! ちょっと電源切っていて……」

そのソテツよりも小柄な少女はデイちゃん、と呼ばれている。もしかして、こいつがまさか……?

『ところで、そこの少年は、前にトウギリが言っていた彼?』
「少年じゃない、ビドーだ。こっちはリオルだ」
『あっそ。あたしは<エレメンツ>“五属性”の一人、電気の属性を司る者デイジー。よろしくじゃんよ。ビドー、リオル』

そっけない態度の少女になんか調子が狂っていると、ヨアケが補足を入れる。

「デイちゃん、私より年上」
「マジか」
『ま、気にしてないけど一応言って置く。ガキはあんたの方だかんな、ビドー。敬えよ』
「う……はい……」

逆らえないプレッシャーをデイジーに感じつつも、話の続きを聞く。

『じゃあ、本題に入る。アサヒ、隕石の方のあてはついた。そのことも含めて話があるから、一回<エレメンツ>本部に戻ってこいじゃん』
「見つかったの? 流石デイちゃん」
『いやいやそれほどでもあるよ。お使いなんてさっさと終わらせるに限るってね。まー、面倒くさいことになっているけどね。あっ、ビドーも連れてきな』

急に名指しされ、軽く驚く俺にデイジーは呆れながら付け加える。

『アサヒの相棒なんだろ? あんたも来いったら来い』
「っ、お、おうわかった」
『じゃ、明日中においで。待っているじゃんよー』

あっ、一方的に通信切りやがった。まだ色々聞きたいこととかあったんだが……仕方ないか。
ヨアケの横顔をちらっと見る。さっきまでの顔色の悪さはもうない。でも多少は疲れているようだった。

相棒だろ? とデイジーに言われた言葉を握りしめる。

「無理、しすぎるなよヨアケ」
「ありがとビー君。頼りにしているよ」
「……おう」

次の目的地は、自警団<エレメンツ>本部。
ヨアケを保護していた、ヨアケが赦されない相手の総本部。
いずれは、と思っていたときがやってくる……。

……俺が、ヨアケの力になるんだ。


***************************


王都【ソウキュウ】

夜の公園で携帯端末を握り、受信した文面を眺めた彼女は微笑む。
そして彼女はそのまま別の通信機で彼に電話をかける。
専用の回線でつながれた通信先の相手に、彼女は語り掛ける。

「ボクだよ。ユーリィから連絡があったよ。サク」
『……サモンか、何があった』
「彼女が“目覚め”始めた。残されたタイムリミットは、そこまで長くはないかもね」
『……そうか』
「で、どうするんだい、キミ。彼女達も隕石を手に入れようとしているようだし……このまま<ダスク>を潜ませるにも、限度があるよ」
『そろそろ、かもな。<エレメンツ>が隕石の確保に出たからには、確実に罠が仕掛けられる。だけど、引くだけという選択肢は、ない』
「分かった。じゃあ、ボクの方からも助っ人を呼んでおくよ。隕石を手に入れる可能性は上げないとね」
『…………頼んだ』
「いいよ。そしてキミがボクに負い目を感じる必要は、これっぽっちもない。じゃ、頑張ってね」

通話を切り、サモンは再び微笑んだ。無邪気に悪巧みをしているような笑みで、目的を達成した時の結果を夢見るように、目を細める。
それから再び携帯端末を手に取り、アドレス帳に乗った番号を選択し、電話をかける。

「キョウヘイへーい」
『…………訴えられるぞ』
「誰に?」
『俺にだ』
「じゃあ、いっか。キョウヘイ、キミに頼みがあるんだ」
『……聞く気はないがなんだ、サモン』
「今度、ヒンメル地方で開かれるバトル大会の優勝賞品に隕石があるんだ。それが欲しい。だから、ボクに力を貸してほしい」
『俺は誰かの指図を聞く気はない、知っているだろ』
「ああ、知っている。だからこそ、これは友達としてのお願いなんだ。それに、キョウヘイは最強のポケモントレーナーを目指しているんだろう? リーグのない地方の大会に怖気づくキミではないだろう」
『……言ったな。わかった、君のお願いとやら、聞いてやる。行ったことのない地方だから、ガイドくらいはしろよ。サモン』
「うん、待っているよ。キョウヘイ」

通話を終えたサモンは、夜空を眺めて、もう一言だけ、口にした。

「待っているよ、その時を」






つづく


  [No.1675] 第七話 ミラーシェードで守っていたもの 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/02/24(Mon) 18:54:19   11clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第七話 ミラーシェードで守っていたもの (画像サイズ: 480×600 385kB)

彼女と定期的にやりとりしている電話の時間が近づく。
やるべきことを片付け、自室にてずいぶん習慣となったその時を、手持ちのポケモンの毛並みをブラッシングしてやりながら待つ。
待ち合わせの時間が分かっている待ち時間はそこまで苦にならない。遅くなる場合や中止にする場合、相手がちゃんと連絡を入れてくれるからだ。
逆にまったく連絡のつかない相手を心配する方が、素直に言いにくいが……苦しかった。
だから僕は今のこのやりとりに、安息を覚えていた。

話し相手は、僕の古くからの友達アサヒ。
古くから、といっても何年かは連絡が取れなくて、また最近やり取りをし始めているという感じだけど。
最近の彼女は、目的のための協力者であるビドーや周りの人々のおかげか、また徐々に無理のない笑顔も見せてくれるようになりつつある。
そのまま、満たされて健やかに暮らしてくれればいいのに……なんて、それは難しいのは解っている。

アサヒには、ユウヅキが必要だ。

それは、長年彼女を見続けた僕の考えだった。
彼女は彼へのしがらみから、執着から、固執から、離れたら……生きてはいけない。それは、精神的な意味で、だ。
そんなバカなことを、と思うかもしれない。でもこれがまた事実であるのは間違っていないだろう、と僕は考えていた。
現に、ちょっとでも彼に近づけそうになっているだけで彼女は嬉しそうだ。疲れていそうだが、いきいきしている、と言ってもいいかもしれない。
追いかけているときこそ、今の彼女は生きていられるのかもしれない。そう思うと、虚しさに襲われてくる。
そんな人の気も知らず、アサヒは続ける。

『――アキラ君。それでね、<エレメンツ>の本部に一回戻ることになったの。出ていってからまだそんなに経ってないけど、久しく感じるなあ』
「そう。うん……アサヒ、また何か隠している?」

感慨に浸る素振りを見せる彼女に、なんとなく適当に聞いてみる。あてずっぽうに呟いた言葉は、図星を射抜いたようだった。

「そんなに僕に言いにくいことか……少し寂しくもあるね」
『ち、ちがうよ、自分でもまだ整理できてないだけだって!』

大げさに言ってみると、慌てる彼女。慌てるのなら、隠すなよ。と内心少し笑いながら、誘導する。

「じゃあ、話しながら整理していけばいいよ」
『うん……? うん……実は、自分に心当たりのない記憶? が見えたんだ』
「それは、アサヒの失われた一ヶ月の記憶?」
『たぶん、違う』

たぶん、と言うが、その返事は、はっきりとした口調だった。
違和感の正体は、直後明らかになる。

『いや……絶対、とは言いきれないけど……私の記憶じゃないと思うんだ』
「詳しく」

――アサヒ曰く。
見覚えのない荒れ果てた景色の中で、見覚えのない群衆とポケモンに囲まれ、知らない人物たちのやり取りの記憶を見たとのこと。
そのやり取りとは、傍から聞こえた声の主である”クロ”と呼ばれる何者かが水色の髪を持つ“ブラウ”と呼ばれた青年に剣を振り下ろされたというものだった。

『近くにいた“クロ”は友達を護ろうとしていた。“ブラウ”に懇願していた。でも、ブラウの周りにいた“みんな”は“クロ”に向かって怪人を殺してくれと言ってきた』
『私……つい最近よく彼らの名前を聞いたんだ。“英雄王ブラウの怪人クロイゼルング討伐”って英雄譚。それにつられて変な夢でも見たのかな、とも考えたよ。でも、私、彼らを知らないけど……知っている。そんな気がするんだ』
『変なこと言ってごめんアキラ君。私は、他の誰でもない、私だよね?』

正直、幻覚だと切り捨てたくもなった。
でもアサヒは怯えていた。
なら、強がらなくてもいい。不安なら不安だと言って……とは言えなかった。本当は言いたかったけど。
強がるからこそ折れていない彼女の心を、足を引っ張りたくなかったからだ。

そして、僕はそういう気張る彼女を昔から見てきた。
だから。

「少なくとも、僕から見て君はアサヒだ。久しぶりに会ってもちゃんと君だって思った」
「僕のほうでも、少しその英雄譚、調べてみるよ。話してくれてありがとう」

僕は彼女に合わせた。寄り添う、なんて綺麗事ではなく、文字通り、話を合わせた。
その方が、彼女の気が楽になるかなと思ったからだ。

『こちらこそ、ありがとうアキラ君』

礼を言われることではない。
言われることは、何も出来ていない。
場を、空気を、気を紛らわせただけだ。

「……ゆっくり、お休み」
『うん、おやすみ』

画面が消えた後も、そこに映っていたアサヒを思い返しため息が出た。
嫌気がさすほど、僕は彼女が心配で、心配で仕方がなかった。
それと同時に、彼女の傍に居てやらないあいつのことを……

よそう。これ以上はキリがない。ボールの中のみんなも、不安そうにこちらを見ていた。

「僕は大丈夫だよ」

そう呟くも、声に力が入っていなかった。
疲れているのだろう。寝て、気を紛らわせよう。
そう思い、部屋のライトを消した。


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私の知らない、私の記憶。

「大丈夫だから」

何もない暗闇の中で、聞こえてくるその言葉。
知らない人の声のはずなのに、愛おしく感じる。

「大丈夫だから」

けれど、その愛おしい声はとても暗かった。

「なんとか、するから。してみせるから」

震えるその声の持ち主の姿は見えない。
でも、深い悲しみは痛いほど伝わってくる。

でも私はキミを知らない。
でも“わたし”はキミを知っている。

……キミの名前はクロ。

もう少し複雑な名前だったきもするけど、“わたし”にとってキミはクロ。

じゃあ、クロを知っている“わたし”は。“あなた”は誰?


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ドルくんの呼びかけで目が覚めた。ドーブルのドルくんは私の最初のパートナーポケモンだ。ボールから外に出ているなんて。久々だな。
買ってあまり間もないカーテンの隙間から差し込む光で、朝だと認識する。

「ん……おはよ。ドルくん。起こしてくれてありがと」

ドルくんは頭を撫でられるのがあまり好きではない。私が生まれるまえから生きているから、年上の尊厳を保ちたいのだろう。まあ、ハグはするけど。

「えい、ぎゅー。ぬくいー」

不思議と抵抗しないドルくんを不思議に思いながら、ぬくぬくエネルギー補充を終え、顔を洗いに行く。
洗面台の鏡の前に立ち、自分の顔を見る。
寝ぐせだらけの金髪と寝ぼけ眼の青い目を見て、多少のがっかりと安堵を感じる。

うん。私は私だった。ヨアケ・アサヒだった。
アキラ君の言う通り、他の誰でもない。

アキラ君の友達で、
ドルくんのトレーナーで、
ソテツ師匠の元弟子で、
ユウヅキの幼馴染で、
ビー君の相棒の、ヨアケ・アサヒ

それが、今の私だ。

「よしっ」

<エレメンツ>のみんなにどう顔を合わせようかとか悩みの種は尽きないけど。
一歩一歩頑張っていこう。うん。


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このヒンメル地方を地道に支え続けている存在がある。
時に住民間のトラブルを仲裁し、時に密猟者を捕まえ、時に連続通り魔を追いかけ。
何かしらいつも忙しそうにしている彼ら。
それが、<自警団エレメンツ>だ。

このまとめ方は雑な気もするが、少なくとも、俺はそう認識している。

<エレメンツ>の本拠地は、王都【ソウキュウ】より北に少し行ったところにある。
平原の真ん中にある、わりと大きなドーム状のその建物【エレメンツ本部】は、安直に【エレメンツドーム】と呼ばれていた。

「そういや、ビー君は【エレメンツドーム】初めて?」

バイクのサイドカー席に座るヨアケが、金色の髪を弄りながら俺に尋ねてくる。
ともに『ヤミナベ・ユウヅキを捕まえる』という目的を共有するこの相棒は、ややこしい事情を抱えている。

「配達で何度か行ってはいるが、入口までだな。中は詳しく知らん」
「そうなんだ、じゃあ時間があったら案内するね」
「そんな時間があればな」
「だね。あーみんなに会うの、緊張する」

それは本当に緊張、なのだろうか。とのど元まで出かかった言葉を飲み込む。
だって<エレメンツ>のメンバーは、お前を『闇隠し事件』に関わった可能性がある、という疑いだけでずっと監視下において、今でもお前のことを赦していないんだろ?
怖く、ないのか? 俺は……そんな奴らに関わり続けるのは、正直怖い。
だけどヨアケ、お前はなんでそんな軽く言えるんだ……。

「ビー君も緊張している?」
「ああ、緊張してきた」
「大丈夫だよ、そんなに怖い人たちではないから。仲悪いって訳でもないし」
「怖くないって……本当なのか?」
「本当。まあ多少気を張っていてピリピリしているところもあるけど、それはこの国の環境のせいもあるから」

そしてそれを作ってしまった私たちのせいでもあるから。

その言葉をヨアケは言ってなかったが、文脈的に俺は勝手にそう読み取ってしまっていた。
悪い、癖だ。運転中じゃなかったら、リオルに冷たい目線を向けられているところだ。
気を、しっかり保たねえと。


***************************


溝にかかった橋を渡り、ドームの入口にたどり着く。
配達の時にいつも見かける、腹に渦の模様がある青い格闘ポケモン、ニョロボンを連れたつなぎ姿のおっちゃんが「ご苦労さん」とこちらに声をかけた。

「今日は配達ってわけじゃあなさそうだな……あんちゃんだったんか。例のリオル使いの相棒ってのは」

あれ、俺がヨアケと相棒になったことって、わりと認知されているのか。

「ええ、まあ。改めまして。ビドーといいます」
「ああ、俺はリンドウだ。改めてヨロシク。ビーちゃん」
「ビーちゃん?」

わりとスルー出来ない呼び方に、俺ではなくヨアケが食って掛かった。

「違うよビー君だよ。男の子だよ」
「それも微妙に違う、俺は青年だ」

俺らのやり取りをリンドウさんは笑う。ニョロボンはそのトレーナーに呆れていた。

「冗談だって。でだ……アサヒ嬢ちゃん、帰ってきちまったか」
「リンドウおじさん、ニョロボンもお久しぶりです。帰ってきちまいました……あくまで一旦戻っただけですよ。はい」
「そうかい……スオウたちの言うことなんざ、わざわざご丁寧に聞きに来なくてもいいんじゃない? 自分からいびられにくるなんて、真面目だねえ」
「いやいや、通信だと色々あれですし、駄々洩れですし、情報は共有しておかないと」
「今も昔も風に流れない話はないさ。特に人間に口が付いている限りは絶対なんてないわな。ニョロボンの口は解りにくいが」

ニョロボンが平手のツッコミを軽くリンドウさんに入れる。「事実だろー」と茶化すリンドウさんはじろりとニョロボンに睨まれていた。

「おお怖い怖い。ま、立ち話しているヒマはないんでしょお二人さん?」
「ですね。あとリンドウおじさん、あんまりニョロボン困らせてばかりもあれですよ。ニョロボンが目を回してしまいます」
「それはないない。けっ、とっとと行った行った!」
「はい、そうします」

悪態を吐きあった後スタスタとドーム内に入っていくヨアケ。
慌てて後に続こうとしたら、ニョロボンが俺の腕を掴んでいた。

「ビドーのあんちゃん」
「え、あ、なんだ?」

リンドウさんは顔をわずかに曇らせて、俺だけに聞こえるように言った。

「お前だけは、嬢ちゃんを赦してやってくれ。凝り固まったおっちゃんたちには無理なんだわ」
「え……なんでだ?」
「染みついているんだよ。あの子のせいにして精神的に楽になるのを。おっちゃんたちは弱いから」

その発言に、思わず噛みついてしまう。

「でも、それでいいのか? ヨアケはアンタらに赦されるためにも頑張っているんじゃないのか。それを、アンタらは俺に放り投げるのか……いてっ」

語気を荒げそうになる寸前、リンドウさんに額にデコピンされる。

「それでいいかはあんちゃんに言われるまでもなく、おっちゃんたちが決めるさ。あと多分、おっちゃんたちにその気がまだないように、アサヒ嬢ちゃんも……赦されることをまだ望んでいない」

リンドウさんの視線の先に、こちらに戻ってくるヨアケがいた。
気を取られている間に、頭をポンポンと叩かれる。畜生ガードできなかった。

「ま、悪かった。あんちゃんがどうするかは、任せるよ」

悪気があるのかないのか判別のつかない、飄々とした態度に戻るリンドウさん。
ニョロボンのお腹の模様のように俺の思考も渦巻いていたが、時間切れのようだった。

「ビー君、行くよー」
「お、おう」

呼ばれて、アイツの元に向かう。
色々と言われ、少し見失いかけたが……俺の今のスタンスは、ヨアケの味方で、相棒であることだ。
それは、譲れない。


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<エレメンツ>の中の5人のエキスパートの通り名、“五属性”。
彼らの通り名はかつての王国時代にあった六つの役割をもつ一族の、そのトップたちの別名“六属性”から来ている。
その六人とは――

生活の奉仕者、医療の炎属性。
土地の管理者、庭師の草属性。
察知の熟練者、情報の電気属性。
戦場の守護者、番人の闘属性。
現在は無き者、神官の超属性。
政治の執行者、王族の水属性。

――のことを指す。

超属性は“闇隠し事件”の起こる前に問題を起こして、一族もろともその席を外されていた。
故に、その時から彼らは“五属性”ではあったのだが……結局はその5人も行方不明になっている。
今の<自警団エレメンツ>の“五属性”はかつての一族の僅かな生き残りが集まって、ぎりぎり体裁を守っている、というのが実情。
事件当時まだ若い“五属性”が、色んな人々の力を借りたりして、努力を積み重ねて、なんとか今の<自警団エレメンツ>の形までなった。
その活動は、なかなか表立って認められてない部分も多い。でも、知っている人は知っていた。

ドームの北側に位置する、本部室。そこに彼らは揃って私とビー君を待っていた。

「ビドー君はようこそ。そしてお帰り、って感じもあんまりしないけど、お帰りなさい、アサヒ」

一番に声をかけてくれたのは暖色系の和装を好む、桃色の髪をポニーテールにした彼女はプリ姉御……じゃなかった。炎属性のプリムラ。
みんなの面倒見のいいお姉ちゃんみたいな存在。怒らせると怖い。

「せっかくだし、今日の料理当番アサヒちゃんね」

ちゃっかりと言ってくるのは緑のヘアバンドをしたソテツ師匠。じゃない、私の元師匠の草属性のソテツ。
<エレメンツ>内でのムードメーカーというか、大黒柱的なところがある。

「おい、呼びつけておいてそれはないじゃん、ソテツ」

ソテツ師匠をたしなめてくれるのは、短い黄色の髪の、褐色肌のデイちゃん……電気属性のデイジー。
パソコンとかにとにかく強い。セキュリティとかも担当している。口癖は「人手が足りない」。

「…………だが、久しぶりに食べたいのだが」

目隠しをつけながらマイペースに話を戻して来るのはトウさん。闘属性のトウギリ。
現役の波導使いで、“千里眼”の異名を持つ。ココさんと付き合っているのを私はつい先日知った。

「お前らな……雑談の為に来てもらったんじゃねーぞ……」

そして呆れながら言ったのは、水色の長髪のスオウ王子。水属性のスオウ。
女王が行方不明なので、彼が現在のヒンメルの代表者、ということになっている。王位継承はまだ断っているらしい。わりとフランクな性格。

相変わらずなみんなのやりとりにちょっと安堵を憶えてしまった。いや、気を引き締めないと。
私が緊張しているのが伝わったのか、ソテツ師匠がにっこりと笑う。
そうだね、笑顔を忘れてはダメだ。
少しだけ深呼吸して、私は挨拶をした。

「ただいま、みんな」


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俺、ここに居ていいのだろうか。と引け腰になる自分に嫌気がさす。
バシッと決めろ、第一印象は大事だ。そう思いつつ自己紹介をした。

「えっと、ビドーです。初めましての方は初めまして。改めましての方は改めまして。よろしくお願いします」
「おう、よろしく。敬語はいらねーぜ、ビドー」

そう応えたのは、スオウ王子だった。アンタが一番敬語使わなきゃいけない相手じゃねーか。

「いやいやいやいや、不敬罪とか勘弁ですし」
「大丈夫だぜ、ビドー君。このお飾り王子は適度に軽く扱うほうが、調子に乗らなくてやり易いから」

ちょ、何言っているんだソテツ。それは言い過ぎだろ。と動揺していたらスオウ王子が売り言葉を元気に買っていった。

「お前なあ、いつかボコボコにしてやるぞソテツ」
「ははは、いつもボコボコにされているくせに」
「くっそ、今に見ていろ……」

うわあ、いいのかこれ。王子のイメージ、なんか崩れてくんだが……。
げんなりしている俺をよそに、ヨアケが咳払いをひとつして皆の注目を集める。

「おたわむれ中失礼。で、隕石の情報が手に入ったって聞いたけど、具体的にはどんな感じ、デイちゃん?」
「はいよー、説明の準備はとっくに出来ているじゃんよー。手短に言うと、いやー面倒くさいことにね隕石、今度スタジアムで開かれるポケモンバトル大会の景品になっていた」
「うわあそれは」
「いやあ、今大会エレメンツ主催だし、アサヒに言われる前に告知していたから、取り返しがつかない、じゃん……?」
「タイミング悪かったねえ……」

主催側が急に景品を変えたらブーイングは激しいのは簡単に予想が付いた。
けれども、隕石こそが、“赤い鎖のレプリカ”の原材料。これを事情も知らない奴とかに渡るのも、その手にしたものがヤミナベに襲われる可能性もあって、危険だ。
何か、何か手がないだろうか。

「そこでね、申し訳ないんだけど……ビドー君」
「なんだ?」

プリムラに急に名前を呼ばれて顔を上げる。すると、“五属性”全員と、つられてヨアケも俺の方を見ていた。

「ビドー君、貴方にこのスタジアムのポケモンバトル大会に出て優勝してほしいのよ」

一瞬、言われたことの意味が把握できなかった。そして、時間をおいてようやく腑に落ちた。

「一応、<エレメンツ>関係者ではないから、出れるには、出れるが……俺が……か」
「頼まれて、くれないか? というか頼むビドー」

スオウが頼み込んでくる。その気になれば命令でもできるのかもしれないが、彼は俺を頼ってくれた。
そんなスオウの姿勢に、自然と躊躇いは消えていった。

「分かった。出来る限り力を尽くす。スオウ」
「助かる。一応こっちからの出来るサポートとして、ソテツ、トウギリ。みっちり鍛えてやってくれ」

スオウの言葉に、軽く返事するソテツとトウギリ。トウギリには以前修行をつけてもらう約束をしていたが、こんな形で叶うとは。
続けてスオウは、ヨアケのポジションを伝える。

「アサヒには、当日はバックアップ要員として動いてもらうぞ――ヤミナベ・ユウヅキがいつ動いて来ても対処できるように、自由に動けるポジションについてもらう」
「分かった、ありがとうスオウ王子」
「じゃあ、作戦考えるから、修行に励む組と作戦考える組、あと通常業務組で別れるじゃんよ」

そのデイジー言葉を皮切りに、俺たちは別行動になった。


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ソテツ、アサヒ、ビドーは訓練ルームへ。プリムラ、スオウは通常業務へ。
そして、俺とデイジーは……作戦会議室に居た。

「トウギリ、特訓組がなんでここにいるじゃんよ」
「いや……すぐに合流するつもりだが、気になることがあってだな」
「気になること?」

デイジーはパソコンのキーボードを叩きながら、俺に問い返す。
俺は……以前【ソウキュウ】でハジメを取り逃がしてしまったことを思い返していた。
あの時、ハジメの波導を見つけられなかったことに対し、違和感を覚えていた。

「デイジー。例えばだ。個人の波導の気配を何かで消すことは、可能か……?」
「可能じゃんよ。理論上はいける」

即答、か……仮にもこの波導感知能力には、自身があったのだが、まだまだ対策を考えねば……。
考え込んでいると、デイジーから「大丈夫?」と聞かれる。正直、地味に凹んでいた。

「波導は個人が発する波だから、それさえ崩して溶け込ませば、例えばメガヤンマの羽音でも、波導を消すのは可能じゃん。でも、そんな個人単位で消せるややこしい機械があったとすると……どこが開発したのやらってのが気になるが」
「……このままだと、俺はあまりアテにならなさそうだな」
「いんや? むしろ、それだけ向こうもトウギリを警戒しているってことじゃんよ。大丈夫、限定的な状況を作れば、になってしまうけどそういう相手の対策はある」

自信ある言い方で、デイジーはその対策とやらを教えてくれる。

「――――なるほど。確かにそれなら……可能だな。」
「じゃろー。まあ、教えてくれて助かった。その可能性も視野に入れつつ策を考えるじゃんよ」

少々慣れも必要そうだから、後で練習に付き合ってほしい、と頼むと、「お安い御用」と帰ってきた。頼もしい。
さてそろそろ特訓組に合流しに行かねば、向こうはどうなっていることやら。
ソテツがやり過ぎていないといいのだが……。


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訓練ルームに至るまでに、色んな<エレメンツメンバー>と彼らのポケモンたちすれ違った。
現在起きている事件や問題にそれぞれが担当して、出動しようとしたり、机を挟んで解決法を考えていたり、逆にプリムラに報告しに行こうとしていたり。
さっきの本部室に向かう途中にも驚いていたことは、全員が全員俺達に普通に話しかけてきたことだ。

「あ、アサヒだ。元気だった? 今日の夕飯作り手伝ってくれない? ……冗談ですよ。真面目にやりますよっと」とか、
「おっとソテツさん、あんまアサヒさんに意地悪しちゃだめですよ」とか、
「アサヒ、そっちの彼は、例のリオル使いの? ……なんか、羨ましいな相棒って。こう格好いいじゃん」とか。
なんだか不思議な感じがした。こういうのに慣れてないだけなのかもしれないが。
それに、彼らはヨアケに気を許しているようにも見えて、ますます違和感というか謎が深まった。

訓練ルームは、ドームの中央付近にあった。結構部屋の数がある。ヨアケが、「わりと時間を譲りあって使っているんだよ」と教えてくれた。貴重な時間を、大事にしないと……。
そのうちの一室に入った後、道中口数が妙に少なかったソテツが、口を開く。

「ビドー君、悪いが先にアサヒちゃんたちと一戦交えてもいいかい」
「俺は構わないが」

ヨアケはどうなのだろう、と彼女の顔を伺うと、彼女はまた緊張していた。

顔が、少しだけこわばった笑顔だった。

――ソテツが呆れたように、「笑うならもっとちゃんと」と言った。
反射的に謝るヨアケに俺は声をかけ、

「無理に笑わなくてもいいんじゃないか」

ミラーシェード越しの鋭い視線をソテツに向ける。
ソテツは、ひどくつまらなさそうに俺の視線を真っ直ぐ見つめる。

「庇わない方が、お互いの身のためだぜ。アサヒちゃんはオイラの教えを自分の意思でやっているだけだ」
「……じゃあなんで、強要しているんだよ。ヨアケのこと、仲間だって、家族のようなものって言っていたじゃねえか」

それが外面だろうと、偽りだろうと、そう言っていたじゃねえか。なのに、なんで。
……だが、その一言が引き金を引いてしまう。

「家族のようなって言ったのはガーちゃんだけどね。と訂正はいれるよ。でも、ビドー君はわりかし平和な家庭で暮らしていたのだろうね」
「?」
「身内だからこそ、許容できない軋轢はあるものだよ」

そういってソテツは……笑った。
その笑顔に俺は悪寒が走った。

「もういいよ。最初はアサヒちゃんたちと遊んでやろうと思ったけど――――二人まとめて本気でかかってこい」

様子を伺っていたヨアケが、慌てて発言をしようとする。
それをソテツはさせない。
彼は、しっかりと彼女の目に目を合わせて、逃げることを許してくれなかった。

「無理に笑いたくないのだろう? 気軽に笑えないようにしてあげるよ」


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ソテツ師匠が、笑っている。

師匠は昔、そんなに人前で笑うのを好むタイプではなかった。
たぶん、私を笑わせるために彼は笑顔体操という習慣を広めていった。無理して笑って、それが定着した。
だから私は、笑う努力をした。
私が笑うことで、師匠は満足そうにしてくれたから。私が暗い顔をすることを師匠は望まなかったから。
それが、怖くても。贖罪の一つだと思ったから私は笑った。
さっきは、甘かった。つくろったのを見抜かれていた。そのせいでビー君を巻き込んだ。
今度は、しっかりと。しっかりと。

『無理に笑わなくてもいいんじゃないか』

ありがとう、ビー君。でも、私は無理してでも、今は笑うよ。
赦されないために笑うこと。
それが、私が彼に出来ることだから。

あの子の入ったボールを構えて、私はソテツ師匠に笑いかける。

「形式は変わっちゃったけど……約束、しましたからね。思いっきりポケモンバトルをしましょう、ソテツ師匠!」


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「お願い、ララくん!!」

ヨアケの投げたボールから、青い首長で甲羅を背負ったポケモン、ラプラスのララが出てくる。
顔合わせでは見たことあるが、実際にバトルに出てくるのは、初めて見る。
ラプラスか……だったら、今回はコイツに頼もう。

「アーマルド、頼んだ!」

俺が選んだのは、全身を甲冑のようなもので覆われ、鋭い爪が特徴のポケモン、アーマルド。
アーマルドはソテツに一瞬ビビる様子をみせた。
「いけるか?」と尋ねるとこちらに視線をやりツメを振った。なんとかいけそうか。
すると、リオルの入ったボールが一瞬揺れた気がした。悪い、今回は留守番だ。けど。

「応援していてくれ、リオル」

あえてボールから出す。リオルは一瞬驚いたような顔を見せて、それから気難しそうな表情に戻り、頷いた。

ソテツは俺らを眺めると、スポーツジャケットのポケットに片方の手を突っ込んだまま、ボールを下手投げする。

「いけ、フシギバナ」

重い、着地音。
現れたのは大きな花を背負ったフシギバナ。【トバリ山】では、ハジメを軽々と追い詰めたポケモン。それが今度は、俺らで相手しなければならないとは。
思わず生唾を飲み込む。足を、引っ張らないようにしないと。

ヨアケもソテツも口元には笑みを浮かべていた。でも、お互い無理して笑っているように見えて、何故二人にそこまでそうさせるのかが理解できなかった。

ソテツが視線を遠くに向ける。その先には遅れてやってきたトウギリがいた。

「審判役も来たし、じゃ、始めようか。任せたよトウギリ」

ソテツの声色に反応して、トウギリは目隠しを片目だけ見えるようにずらす。

「2対1……手持ちは1体ずつか。ソテツは……」
「フシギバナだけで充分」
「分かった……ソテツはフシギバナ、アサヒとビドーは2体とも戦闘不能になったら決着だ。いいな?」

3人とも首肯で返す。確認したトウギリは、バトルの始まりを宣言する。

「それでは、アサヒ、ビドー対ソテツ……始め!」


***************************


「フシギバナ、『はなふぶき』」

いきなりフィールドに、大量の花弁が舞った。
フシギバナが範囲攻撃技の『はなふぶき』の花弁でラプラスとアーマルドにダメージを与えようとする

「ララくん『こおりのいぶき』っ」

ヨアケのラプラスが口から凍てつく息吹を発射。花弁を凍らせて地に落としていった。
それでも花弁の勢いはなかなか収まらない。俺は援護も兼ねてアーマルドに指示する。

「『あまごい』!」

上空に雨雲を呼び寄せ、雨を降らす技『あまごい』。
雨の重みに、最初に放たれた花びらは今度こそ届かなくなる。
そして、水タイプ技の威力が上がり――――俺のアーマルドは特性『すいすい』を発動する。

「『アクアブレイク』で突っ込め、アーマルド!!」
「! ララくん、『しおみず』で援護して!」

『すいすい』は雨の中素早さが上がる特性。つまり、この環境の中アーマルドは動きやすくなる。ヨアケのラプラスの『しおみず』の援護の中、上がったスピードを生かして『アクアブレイク』の一撃を狙う。
フシギバナは、『しおみず』をものともせず、アーマルドを待ち受けていた。
ギリギリのタイミングで、ソテツが口を開く。

「タネ発射」

直後、ア―マルドがバランスを崩して転んだ。
俺が驚くヒマも与えずに、ソテツとフシギバナは追撃してくる。

「『つるのムチ』で投げ飛ばせ」

転んで身動きが止まったアーマルドが、ラプラスに向かって投げられた。
ラプラスはなんとか受け止めてくれるも、ダメージがでてしまった。
く、次の手を、次の指示を出さなければ。

「ビー君、アーマルドが」

彼女の一言にはっとアーマルドを見る。それからアーマルドが思うように動けずに動揺していることに気づく。
アーマルドが腹部に植えられたタネのせいで特性を『すいすい』から上書きされていた。
たしか、相手の特性を『ふみん』にする技――『なやみのタネ』。
これではアーマルドは素早く動けない。これでは、これ、じゃあ。

「2対1って言って悪い、思い切り勝負できないね。これじゃあアサヒちゃんが全力だせないよね」

お荷物を抱えさせちゃったね。と笑われている気がして、頭に血が上りかける。
なんとか冷静を保とうとするも、直後アクシデントがおきた。

「もっかい『はなふぶき』」

雨の中花弁が再び風に乗って吹雪いて、それが俺のかけていたミラーシェードに張り付いた。
視界が閉ざされる。
アーマルドの姿が見えない、ラプラスの姿も、フシギバナもソテツも、審判のトウギリも観客席のリオルも、ヨアケも。

「くっ、ララくん『こおりのいぶき』!」

彼女の声がして、それでは防ぎきれないと悟る。
咄嗟にラプラスの特性を思い出した。
ラプラスのララは、まだ『なやみのタネ』を放たれていない。
だったらこの一撃は活かせる……!

「アーマルド、ララに『アクアブレイク』!」
「! サンキュ、ビー君!」

水タイプ技を回復できる『ちょすい』の特性のラプラスになんとか『アクアブレイク』で援護できたようだ。よし、なんとかしのいだ。

それから。すっかり花びらまみれになったミラーシェードに手をかけ、外し――

「『にほんばれ』」

――視界が光に襲われた。
その、暴力的な光の雨に、目の前が、
意識が、真っ白になった。


***************************


フシギバナの『にほんばれ』の強烈な光を裸眼で直視してしまったビー君は、膝から崩れ落ちた。
審判のトウさんも、ソテツ師匠も、私も何が起こったのか一発で理解した。
リオルとアーマルドは困惑していた。

「うあ、ああ、あああぁああ……!!!!」

顔を抑えることすらできずに、苦しむビー君。
この症状は、やっぱり。

「アーマルド! 『あまごい』でお願いとにかく光を消して!!」

ビー君の代わりに出した指示をアーマルドは聞いてくれた。
雨雲が再び光を打ち消す。ビー君は、へたり込んで立てない。
そのまま倒れかけるビー君を私は受け止める。

「ビー君、しっかりしてビー君!!」
「う……うう……」

みんながビー君の周りに近づく。これじゃあ、バトルどころじゃない。
心配する私とトウさんをよそに、ソテツ師匠は笑みを消し、受け答えできないビー君を冷たく突き放す。

「今時“光”も克服できてないなんて、話にならないよビドー君……」

それは、“闇隠し”の被害を受けた者が陥りやすい、典型的な“強烈な光へのトラウマ”だった。
出会った時からミラーシェードをずっとつけている印象があったから、もしかしたら光が苦手なのでは、とは思っていた。でも、まさかここまでフラッシュバックするとは。

「そんなので本当にアサヒちゃんの力になれるの?」
「ソテツ!」

滅多に声を荒げないトウさんが、ソテツ師匠を怒鳴る。
師匠はひどくがっかりした様子で、フシギバナをボールに戻し、訓練ルームを立ち去ろうとする。

「付き合いきれないね。オイラも通常業務に戻らせてもらうよ」
「し、師匠」
「はあ、いい加減にしなよ。元師匠だって何回言わせるんだいアサヒちゃん。それに」

引き留めようとする私を、彼はうんざりと言った感じで普段見せない本音を言った。

「それにオイラは、そういう図々しい君が昔っから大嫌いだよ。知っているだろ?」
「知っているよ。私が笑うことで、貴方が私を憎むことをしやすくなるのも」
「なら話が早い。もうそれ、いいよ。やらなくて。しばらく君の顔なんて見たくないから」

彼の突き放す言葉に、私はそれ以上何も言えなかった。
ソテツ師匠が去り、トウさんがプリ姉御を呼びに行っているその間。
『あまごい』の雨に打たれながら、目を瞑り苦しむビー君を私とララくんとリオルとアーマルドは、ただただ見ているしか、出来なかった。


***************************


気が付いたときには、白い天井が見えた。
俺は、医療用ベッドの上で仰向けになっていた。
世界がいつもより眩しく見える。
違和感もあるのでミラーシェードを探すも、見当たらない。

「はい。大丈夫? ビドー君」

誰かが、ミラーシェードを渡してくれる。短く礼を言うと、「どういたしまして」と返ってきた。
ミラーシェードをかけ直して視線を声の方へ向ける。その人は、五属性、炎属性のプリムラだった。傍らには、彼女の手持ちと思われるピンクのずんぐりとしたポケモン、ハピナスが水の入ったコップをトレーに乗せていた。
ハピナスからコップを受け取ると、一気に飲み干してしまった。ひどくノドが渇いていたようだ。

「落ち着いた?」
「……はい」

プリムラから、ここに運ばれた経緯を教えてもらう。それは、あらかた予想通りだった。
俺は、強烈な光を見て、“闇隠し事件”のトラウマを、ラルトスと隠された後の暴力的な光を……あの恐怖を思い出してしまっていた。

「とても、とても……情けない」
「そんなことないわよ。“闇隠し事件”を経験していると、真っ暗闇や強烈な光が怖くなってしまうのは、仕方ないって」

あらかじめ、把握していることや、一瞬のカメラのフラッシュぐらいの明るさは、まだ平気だった。ミラーシェードをかけているなら、尚安心だった。
かろうじて聞き取れたソテツの言葉も、もっともだ。

「こんな弱点を抱えたままで、俺は本当にヨアケの力になれるのだろうか」
「そんな気にしなくても大丈夫よ」
「……?」
「貴方は、自分の意思でここに居ることを選んだ。アサヒの相棒になることを選んだ。なら、そのくらい乗り越えられるわよ」

励まし、だったのだろう。根拠になってない根拠な気もするが、自然とその言葉には説得力があった。

「入るぞ、プリムラ」

低い小声を発し入ってきたのは、トウギリだった。

「トウギリ」
「ビドー……大丈夫か」
「ああ……もう、立てると思う。ソテツには見限られてしまったが……俺に修行、つけてもらえるだろうか」
「何を言っている」

そう、だよな……無遠慮も甚だしい。と顔を伏せると、肩を叩かれた。

「当然だ……望むところだ……するぞ、修行……」
「トウギリ?」
「何に負けても、自分に負けるな……いいな……?」

言葉をかけて、手も差し伸べてくれた。
ここまでされて、甘えないのは逆に失礼だと思った。
だから精一杯握り返した。
だから精一杯、願った。

「ああ。強く、なりたい……頼む」


***************************


先程の訓練ルームの前にくる。そういえばリオルとアーマルド、出しっぱなしだったな。
色々申し訳ねえ。と考え足が止まる。すると中から衝撃音が聞こえた。誰かがバトルの練習をしているのか?

トウギリが扉を開くと、そこではヨアケが、ラプラスとグレイシアを出して――アーマルドとリオルとバトルの特訓をしていた。
フィールドには、あられが降り注いでいる。

「……もっと! アーマルド、もっと攻撃を見て! リオルはもっと周りを見渡して!」

アーマルドが、ラプラスの『しおみず』を『アクアブレイク』で切りさいていた。リオルは『ゆきがくれ』の特性であられの中に姿を隠すグレイシアの姿を必死にとらえようとしていた。

俺の存在に気づき、彼女たちは特訓を止めて駆け寄る。
何も言えずにいると、リオルとアーマルドが、「大丈夫か」と鳴き声をかけてきた。
そしてヨアケが、眉間にしわを寄せた、力強い笑顔で、俺に言った。

「もっと、もっともっと強くなるよ、一緒に。ね、ビー君!」
「ああ、ああ……!」

強くなりたい、そう願ったら、強くなろう、そう言われた。
それは、とても恵まれたことのように思えた。
俺はこいつらともっと、強くなる。
光にも、戦う相手にも、自分にも負けないぐらい強く、強く。
強くなってみせる。


***************************


日が少し傾いてきた【ソウキュウシティ】の公園。その公園のシンボルである噴水に二人の男女が腰掛けていた。
男性は、黒髪ショートで黒縁眼鏡、紫のシャツを着て眉間にしわを寄せていた。
女性は、茶色のボブカットで、白いフードの黄色いパーカーを着て物静かに座っていた。
ボブカットの女性サモンは彼、キョウヘイに質問する。

「キョウヘイ。この国、どう思う? 一応ボクの故郷なんだけど」
「強くなるための施設や環境が足りていない」
「やっぱり興味があるのはそこなんだ……」

サモンは、予想していた答えが出てきたことで少し残念そうにする。
キョウヘイは気にも留めず、己の感想を続けた。

「“ポケモン保護区制度”、はっきり言って邪魔だ。賊とかの抑制にはなってないし、何より野生の強いやつと戦えない。経験が積めない。強くなれない」

「強くなれない」という単語にサモンは視線を下に逸らし、重ねて質問を続ける。

「そうだね。そういえば、相変わらず最強を目指して旅しているのかい、キョウヘイ」
「くどい。その質問何度目だ」
「さあ。ただ、いい加減キミも故郷に少しは帰ったらとは思っただけだよ。可愛いあの子もいるんだし」
「それこそくどい……それに、君と言えど、命令するなら今回の話は聞かない」
「一応心配のつもりなんだけどね。わかったよ。でもこれだけは聞かせてくれ」

頭を上げ、キョウヘイの瞳を真っ直ぐ見つめて、サモンは尋ねる。

「キミは、最強になった後何を成すんだいキョウヘイ」

キョウヘイは、サモンを睨み返して両腕を組む。

「……サモンが知る必要はないだろ。俺が何を成したいか、なんて」
「そうだね。そうだった」
「君こそ、こんなところで何をしている。隕石なんか欲しがって大会に俺をけしかけるとか、何を企んでいる」
「ボクが何を企んでいるって? それこそ、内緒だよ」

意趣返しされいらだつキョウヘイに、サモンは「ただね」と言い、提案をした。

「共犯者になってくれるなら、教えてもいいよ」

眉根をひそめるキョウヘイに、小さく笑いかけるサモン。
キョウヘイは真意を確かめようと口を開きかけて、閉ざした。

「……断る」
「まあ、その気になったらまた声かけて」
「その気になったらな」

流れる水の音を聞きながら、恐らく、その気になるときはないだろ、とキョウヘイはその時は思っていた。
時間が、事態が、彼女の置かれている状況が、水の如く流れていくとも知らずに……。

***************************


さっきとは別の訓練ルーム、水辺のフィールド。
そこに俺は、リオルと一緒にプールの中に入っていた。プールはバトルフィールドにもなっているのでところどころ陸地がある。水はぬるめなので、そこまで冷えない。
格好は、何故か(購入させられた)水着。(セットで買わされた)水泳帽とゴーグルもつけていた。いや服濡らしたくないが、泳ぐのが子供の時以来なので、単純に慣れない。視線とか、視線とか、視線とか!
そして「海パン野郎ビー君爆誕」って呟き、聞こえているぞヨアケ。後で覚えていろ。

プールサイドには、見学のヨアケ。先生のトウギリ。補助要員でスオウがいた。王子、それでいいのか。

「さて、波導の道を教えようと思う。が……その前に、いくつか確認をしておく注意点がある……」

それ、着替える前にやってほしかったんだが。という訴えは無視された。

「その一。波導が見えるようになると、目を瞑っても嫌でも見えてしまう……不可抗力でも、波導ではばっちり見えてしまうので言い訳をすることが赦されなくなる……精神を強く持て……」

なんか後半経験談みたいな感じなんだが、何があったんだ……。
ヨアケは若干、いやかなりどん引きながら「あーそれでたまにデイちゃんやプリ姉御になじられていたんだ……」と納得していた。だからなんの話なんだよ……と思っていたらスオウ王子が親指を立てて、解説とエール? をしてくれた。

「要は脱衣所のばったりとかで見ないって防御が出来なくなるってことだ。一生覗き魔のレッテルを張られることになる。煩悩に負けるな少年!」
「青年だ」
「社会的な死を経験して、甦り大人になれ、青年!」

えっ、そういう話なのかこれ。そういう話なのかこれ?
てか、仮にも女性の前で、しかもヨアケの前で開けっ広げに言うなよ王子。
ヨアケはヨアケでなんか「波導使いって大変だね」と達観し始めている。あと隣のリオルの視線が痛い。

「その二……波導は便利だ。ただし使いすぎると死ぬ」
「なんか覗き過ぎたら死ぬみたいで嫌だな」
「真面目な話だ……一つの生命体が使える波導は限れていて……無理して使いすぎると、結晶化という症状を起こして死ぬリスクがある。だから絶対使いすぎてはいけない」
「それ、波導弾放つ夢、命がけじゃ……」
「命がけだ……正直、叶わなくてもいい……」
「ぶっちゃけすぎる……」
「まあ……それでも、波導の力を覚えて、使いこなして強くなりたいか。ビドー」

問われて俺は、リオルの瞳を見た。
強くなりたい。という願いもあったが。
俺は、リオルの見ている景色を見てみたかった。
同じ世界を、見てみたかった。
だから、強く、しっかりと頷き、教えを乞う。

「ああ。教えてくれトウギリ、頼む」


***************************


「波導とはあらゆるものが発する波だ。まず、波の伝わりやすい水中でリオルの発する波導を感じてもらう……ビドー、目を瞑れ。リオルは……一旦隠れてもらう」
「分かった。リオル、隠れてくれ」

目蓋を閉じながらそう指示をすると、リオルは、少し自信なさげのような声で返事した。なんとなく、リオルは不安なのかと思った。

「大丈夫だ。絶対。見つけられるようになるから」

声をかけると。小さく、リオルはさっきよりはしっかりとした返事を返してから俺から離れていった。

「せっかくだし、BGMつけるぜ。頼んだアシレーヌ!」

姿は見えないが、スオウがアシレーヌというポケモンを出した。確か、歌の得意なポケモンだったと記憶している。
アシレーヌの歌声が、辺りに響く。懐かしく。心安らぐメロディだ。
歌か。そういや、シザークロスの歌っていたあの曲ってどっかで売っているのだろうか。
いや……そんな雑念、今は捨てろ。

「リオル。そこで止まってくれ。それじゃあ……目を瞑ったままリオルを探せ……足元には気をつけて、ゆっくりと」
「了解だ」

歌に誘導されそうな意識を、静かに落ち着かせる。
なるほど、歌でリオルの息遣いを隠しているのか。

つまりやることは、波導で見つけるかくれんぼ。だな。

……。
…………。
………………。
視覚を使わないで、意識を静かにすると、体の他の感覚が研ぎ澄まされていく。水のにおい。水面が、揺れる触感。アシレーヌの歌で聴覚が邪魔されているせいでこの二つが、特化されていく。

(そういえば、リオルは感情を波導で伝えるって昔聞いたことがある)
(今、何を考えているのだろうか。今、どんな感情を持って俺を見ているのだろうか)
(俺は、リオルのことをまだまだ知らないってことなのかもな)
(だからこそ)
(だからこそ、俺はお前のことが知りたい)

(教えてくれ、リオル)


***************************

ビー君が、目を閉じながらつぶやく。

「…………見つけた」

アシレーヌの歌声の中で、トウさんが、「ほう……」と言葉を漏らしているのを私は聞き逃さなかった。
スオウ王子とアシレーヌも、ビー君をじっと見ていた。
私も、ビー君とリオルを交互に見やる。

ビー君が黙って、ゆっくり動き出す。
ゆっくり、ゆっくりと歩き出す。
着実に――――リオルの方に向かって。
途中、障害物にぶつかりながらも、着実に一歩ずつ水の中を歩んでいく。
そして、ビー君はプールサイドの壁までぶつかった。
上へと手を伸ばしたビー君。
空へ伸ばされるその手を…………リオルは取った。
ビー君は、リオルに笑いかけた。

「言った通り、見つけたぜ、リオル」

プールサイドの上に居たリオルが、とても嬉しそうな声で、一声鳴いた。

「そこまで……目を開けると良い」

ビー君が目を開け、少し驚きながらリオルの顔を見つめる。
リオルは少し泣きかけていた。ビー君はリオルを引き寄せしっかりと抱く。

「不安にさせてゴメンな。大丈夫だ。お前のことは、ちゃんと、覚えたから」

私はただただ驚いていた。私はトウさんのメモの指示でこっそりとリオルをプールサイドに引き上げていた。水の中にいる振動が、波導が伝わるというフェイクを、ビー君は目を瞑りながら看破した。
トウさんが、ビー君を褒める。

「一発とは、お見事……リオルの声は、聞こえたか」
「声、というより早く見つけてくれって念? みたいなのがピリピリとこう、道筋になって来たというか……うまく表現できないが、その念じていたのがリオルだというのは、なんとなく」
「ふむ……まずは第一段階突破だな。自分の親しい者の波導が分かれば、その者とそれ以外の存在が分かる。あとは徐々に個人の波導の形を記憶していけば誰が誰だかわかるようになる……その辺は、慣れと練習だ。第二段階、行くぞ……」
「あ、ああ」

次のステップに進もうとしているビー君達を見届けて、私は一声かけてから、席を外した。
ビー君は、きっかけを掴もうとしている。私も負けてられない。
何が出来るか分からないけど、私は私で出来ることをしよう。


***************************


溜まっていた通常業務がひと段落したので、様子見がてらに作戦会議室を覗く。
すると唸っていたデイジーが、こちらに気づいたとたん開口一番なじった。

「ソテツ……またアサヒを、そしてビドーをいじめたって聞いたじゃん?」
「いじめてなんかないさ。本当のことを言っただけ。それより何か手伝うことある?」
「ありまくり。修行組サボった分こっちで挽回してもらうじゃん。エントリーする奴らのリスト作りとか、手伝って」
「おお、怖い……睨むなよ。コキ使われてやるって言っているのに」
「そういうとこ、直しな。ロトム、ソテツにデータファイルを」

デイジーにタブレットなどを渡される。彼女のパソコンに入っていたオレンジの小さなロトムが、こちらにデータ送信を行う。思うけど、働き者だよねーロトム。
大会登録者の情報が入ったファイルを受け取ると、とりあえずまず目を通す。
その最中、知った名前が目に入る。そして、それが苗字だと気づいて、下の名前はどんなだろと見て。

引っ掛かりを覚える。

「これ、ビドー君の下の名前って……あ、ああ。そういうことか……」

引っ掛かりは、自己解決した。そうか。ビドー君が彼だったのか……。
彼のプロフィールを注視しながら読み、彼の両親が早くに他界していることも知る。
パートナーのラルトスも『闇隠し』被害にあい、家族に頼らず、いや頼れず生き抜いてきた彼のことを思い、失言を振り返る。
そして彼とは少なからず因縁があったことも思い出し、そういう意味では、ちゃんとバトルするべきだったと少し後悔した。
なんとなく、わざとらしくぼやく。

「謝りにくいなあ、彼女のこともあるし」
「ソテツ……謝るなんてのは、自己満足。謝るつもりがあるのなら誠意を見せるしかないじゃん」
「知った風な口を……」
「いやそれこそアサヒはそれずっとやっているじゃん。ソテツにできないことではないと思うけど」
「出来たら今苦しんでない」
「この見栄っ張り。自分で自分の首を絞め続けていろ」
「へいへい」

デイジーに突き放されても、特にダメージはなかった。
結局、自分の感情なんてものは、誰かに協力してもらっても、最後は自分で処理するしかないものだと解っていたからだと思う。
己で割り切るしかない。けれどオイラとしては、不毛だとわかっていても現状に甘んじていたかった。愛想はだいぶ尽きているけど、他に道が見えなかった。
だからこそ、こう思う。
だからこそ、思考がこう帰結する。

ああ、面倒くさい。と。

……何が、という訳でもなく、何でもない、という訳でもない。ただただ疲れのようなものがずしりとのしかかる感覚。これは、何なのだろうね。
頭の中で問いかけても返事がくるわけではない。テレパシーもしていないし。していたとしてもそんな簡単な問題ではないのかもしれない。
――深く考えるのはよそう。今は職務を果たさねば。
オイラは、<エレメンツ>なのだから。


***************************


「ソテツ……ちょっとだけ、修行組覗いてくれば? さっきから手がなかなか進んでないじゃん」

気を取り直したのも束の間、デイジーに言われて追い出され、こそこそと様子を見に行く。
いや、なんでオイラがこそこそせねばならんのか。しかも差し入れまで使い走りさせられるし。気を回すにしても、こちらへの配慮足りなくないかデイジーさんよ……。

さて、たどり着いた。目の前には二つの使用中訓練ルーム。さてどちらがどちらか。

「悪い、頼んだモジャンボ」

図体の大きいモジャンボを前面にして、直感で片方開けてもらう。
その扉の中は……寒かった。
ああこれ、会いたくない方だ。モジャンボ大丈夫? 行ける? 行けるなら差し入れ持っていって。お願いだ。え、寒くて入りたくない? そうか……。
モジャンボの後ろから覗き見ると、彼女はあられの中グレイシアのレイちゃんと共に何かをしようとしていた。
フィールドがところどころ凍っている。氷タイプの技を乱発しているのか?
その割には、彼女たちは、アサヒちゃんとレイちゃんは何かを狙っているようだ。
神経を研ぎ澄ませて集中するふたり。

「いくよ、レイちゃん」

準備万端の合図を出した後。彼女は――早打ちの如く技を指示する。

「『れいとうビーム』!!!」

何かが光った直後、モジャンボの足元の床が凍った。
驚くモジャンボがひっくり返りそうになるのを、なんとか踏ん張らせる。
発射したラインと全然違う方向性に飛んできた。つまりアサヒちゃんたちがやりたいこととは……そういうことか。

「まったく」

ガーちゃんがよく使う言葉を、使わせてもらう。
まったく……ビームを曲げようだなんて、コントロールしようだなんて、無謀にも程度があるぞ。

「あわわ、ごめんモジャンボ、気づかなかった!!」
「本当だよ。危ないじゃあないか、危うくひっくり返ったモジャンボにつぶされるところだった!」
「え、ソテツし……元師匠?」

いまさら存在を隠すことはできない。
半分諦めつつもヘアバンドで目元を覆い、モジャンボの後ろから姿を現す。

「なんで目元覆っているんです?」
「顔見たくないからだよ。察しておくれ」
「あ……そうだった」

忘れてたんかい……こっちが色々悩んでいた時間返せとも言いたくなったが、それはやめた。
ヘアバンドで目元を隠しながら、言うだけのことは、言う。

「ダイヤモンドダスト。グレイシアのレイちゃんならそこまで氷の粒を細かく出来るはずだ」
「え……?」
「そこまで行くと目視はきついけど、逆に軌道を読まれにくいと思う。あと、空中に拘らないなら普通に大きい氷でも汎用性はあると思う」
「なるほど。でも、なんで」
「見ればわかるよ。光線を反射して自在に曲げたがっているって」
「いや何で分かったとかもありますけど、何で教えてくれるんです?」

言われてみれば、確かに。何で教えたのだろうな。
深く考えたけど、何も理由が思いつかなかった。
なんかどうでもよくなってきたので、適当にでっちあげる。

「そりゃ、嫌がらせだよ。もっと強くなってもらわないと、ボコボコにし甲斐がない。オイラの本気が出せるバトル、まだ出来てないしね」
「……ふふ、なんですかそれ」

彼女が笑う。散々作り笑いを強要していたからわかる。それは素の笑顔だった。可笑しくて仕方がないといった、笑いだった。
まあ、視線を合わせていないから、よく出来た作り笑いかもしれないけど……十分だった。

「笑えばいいさ。君が笑えば笑う程、オイラは君を嫌いになれる。それでいいのだよ。少なくとも、今はまだ」
「そうですね。好きなだけ嫌ってください。ソテツ師匠」
「元だよ。いい加減師匠離れしてくれい。卒業しきれてないじゃないかアサヒちゃん」
「すみません」

ため息をつく。それは呆れもあったけど、溜まっていた何かを外に出すような、ため息だった。

***************************


それからしばらくの間、時間の合間を縫って、頻繁に【エレメンツドーム】に通った。
チギヨの要求通り、配達の仕事をやりながら、特訓を重ねる。
ソテツとはあんまり会話出来てないが、険悪な雰囲気という訳でもなかった。
ひとつわかったのは<エレメンツ>はヨアケを赦さないことで、赦していないという体裁を保っているということだった。
形の上で赦さない。そういうことをしているから、なんとか線引きをしている。
赦したいと思う者も、赦せないと思う者も、一緒くたにそのラインを守っている。
微妙な関係性だけど、ヨアケは「十二分過ぎる」と語っていた。そして、「赦されたいってちょっとおこがましかったな」とも反省していた。
俺は、そうは思わないんだけどな。

あとぶっちゃけ、ここまでしてもらっていると俺も<エレメンツ>の関係者なのでは? と疑問を浮かべたが、「なんとかなる」とスオウも言っていたので、まあ何とかなるのだろう。
いよいよ大会も近づいてきた頃、来訪者がいた。

<エレメンツ>のメンバー、ソテツの現弟子のガーベラが、その人物を担いで連れてくる。

「【ドーム】の周辺でお昼寝していたのを拾ってきました。貴方の知り合いでもあると思ったので」
「ガーベラ、それ誘拐じゃ……って、あ、ああっ」

見覚えのある寝ぐせ頭と赤リュックと、付き添うゴウカザルに、思わず声を上げてしまった。
彼女が目を覚まし、オレを認識する。

「んー、おはよー。あー、ビドーだー」
「おう……アキラちゃん。久しぶり。どうしてここに?」

アキラちゃん。
俺がヨアケと相棒になる前後に、出会ったきのみが好きな女性。
以前俺はなりゆきで彼女からポロックメーカーを譲り受けた。
そのポロックの為にきのみを育てるのは、わりと俺の最近の趣味になっている。
ポロック自体は、あんまりうまく作れないけどな。

「あー、どうにもこうにも、ビドーを探していたんだよ」
「俺を?」
「んー、きのみ、増やせたからね。おすそわけしようかとー」
「あ、は……じゃなかったあのきのみか」

危ねえ、思わずガーベラの前でハジメの名前を出すところだった。ハジメがアキラちゃんにきのみ渡していたのは、ばれたらマズイ気がした。

「あー、ビドーの家行ったら、仕立屋さん? にこっちにいるってきいて。やって来たはいいものの疲れて眠っていたら拾われちゃった。ありがとーガーちゃん」
「ガーちゃんじゃありません。ガーベラです。まったく、ビドーさんくらいですよちゃんと名前を呼んでくださるの。では私はこれで失礼します」

悪態を吐き、ガーベラはアキラさんを下ろす。「力持ちだな」と言ったら「これでも土いじりしているので、体力は少々」と返された。たくましい。

ガーベラが去った後、アキラちゃんはリュックからがさごそと例のきのみを取り出した。

「んー、これ。『スターのみ』っていうらしいんだ。強すぎる力を持っていて、世界の果てに捨てられたって伝承があるってレインのところの本に書いてあった。あー、味はとても美味しいから安心して」
「スター、確かに星っぽいな。星、か……」

星という単語で、少し嫌な記憶が蘇りかける。思わず暗い顔をしてしまったようで、アキラちゃんから心配される。

「あー、無理にとは言わないよ? 要らなかったらそれはそれで……」
「いや、違う。大丈夫。とても珍しそうだけど、貰ってもいいか?」
「んーどうぞどうぞー」
「……その、ありがとう」
「いいってことよー。遠慮はいらないよ。ビドーはきのみを育てる楽しさ、どうやらわかってくれているみたいだしね」
「あれ、言ったか? 育て始めているって」
「あー、わかるよ。楽しさを共有出来て嬉しいよ」

嬉しいと言われて、何故だか俺の方も少し嬉しくなった。
そして……遠慮、か。遠慮しなくていいっていっても、このお願いをしたら、嫌がられるだろうか。
唐突に浮かんだことを言いあぐねていると「んー、言ってみ?」と言われた。お見通しか。

「アキラちゃん、その」
「んー、なーに? ビドー」

なかなか慣れないけど、アキラちゃんの丸い瞳をしっかりと見据え、俺は彼女に申し込んだ。

「俺と、ポケモンバトルしてくれないか」
「いいよー」

丸い目を少し細めて、彼女は楽しそうに受け入れてくれた。

「んー、10年かけてバッジ8個集めた実力を、見せてあげよう」

バッジ8つ。確か他の地方のバトルの強さを表す証だったか。とにかく実力者、なんだな。望むところだ。
でも10年って……別のベクトルで凄くねえか?

***************************


訓練ルームを借りようかとも考えたが、アキラちゃんが「せっかくのお天気だし」と外でバトルすることを進めてきたので乗る形に。
外の平原は風が気持ちよかった。

「あー、ライ、お願い」

アキラちゃんが選んだのは、さっきから付き添っている炎を四肢に纏えるという格闘ポケモン、ゴウカザルのライ。
ゴウカザルに対して俺は、俺たちの戦い方がどこまで通用するかを確認するためにも、リオルを出した。

「任せた、リオル!」

調子はどうだ? とリオルに尋ねるとリオルは波導で教えてくれる。今日は調子がいいみたいだ。

「んー、いつでもどうぞ」
「じゃあ……始めようか」

試合の開始の合図がないと、ちょっとやりにくいなと思ってしまうのは、審判がいることに慣れてしまったからかもしれない。
もう一つやりにくいのは、ゴウカザルとアキラちゃんは、自然体で構えていたこと。
隙だらけのように見えて、隙が見えにくい。
だったら、隙を作るまで!

「リオル、『きあいだま』!」

気合いを込めたエネルギー弾を放つリオル。軌道はちゃんとゴウカザルに向かっている。
それに対してアキラちゃんたち何かしら防いでくるはず。そこを近接戦に持ち込む。

「畳みかけろ、『でんこうせっか』……?!」

技の指示をリオルに出した後、ゴウカザルが「ひとり」でに『きあいだま』をするりとかわした。そして雷撃を纏った拳、『かみなりパンチ』で応戦してくるゴウカザル。
その間アキラちゃんは、いや、今現在も彼女は一切指示を出していない。

「ストップ、一旦引けリオル!」

リオルも同じく戸惑っているのが分かる。俺はアキラちゃんに素直に疑問をぶつけた。

「アキラちゃん。ライに技の指示ださねえのか?」
「あー、アタシが指示出すより、ライの方が早く動いてくれるんだよね。だいたいやりたいこと解ってくれているから、その方がいいのかな、なんて」

なんだそれ。と思っていたら「役割分担ってこと?」と返された。

「んー逆にビドーってリオルと同じ目線でしかバトル見ていない気もするんだ。もうちょっとポケモンに任せてみてもいいんじゃない?」
「つまり……全体を見ろってことか?」
「あー、そうそれ。向き不向きもあるとは思うからものは試しってことでーいくよー」
「わかった」

バトル再開とともに、ゴウカザルが吠えた。
すると、さんさんと急激に日差しが強くなる。

(『にほんばれ』!)

ミラーシェードつけているからまだ平気とはいえ、鼓動が早くなるし単純に眩しくて視界が悪い。
悩みかけたその時、

(!)

リオルから波導を受け取る。
そうだな、お前と同じ景色を見る。そのために特訓したもんな。
でももしかしたら、同じ景色でも二人で見れば、見方が変わるのだろうか。

ゴウカザルの波導を、感知する。日差しが強いせいか、パワフルな波導だ。
アキラちゃんの方は、穏やかな波導だ。
草木、風、日差し、土。他にも色んな波導がある。その中から、必要な情報を見る。
視界が見えにくくても、これなら戦える。

「…………よしっ、いくぞリオル!」

前方から熱波、『かえんほうしゃ』が来る。炎の勢いが凄まじい。リオルは咄嗟に屈んでよける。
火炎は勢いが上がっているせいか、ゴウカザルもコントロールに集中しているように見えた。
強力だけど、大技か。
だったら。

「でんこうせっか!」

俺の意図を、リオルに伝える。
リオルは屈みながら、『かえんほうしゃ』の真下を潜り抜けてゴウカザルに体当たりをかました。
『かえんほうしゃ』を中断させられたゴウカザルは、踏みとどまり拳を引いて構える。
雷の気配は感じない。『かみなりパンチ』ではない。だとすると……。
追撃をしようと考えているリオルを制止する。

「距離を取れリオル!」

拳が、蹴りが、凄まじい勢いで飛んで、バックステップをしているリオルを追いかけてくる。
『インファイト』……その連打は流石に近距離では見切れない。でも射程外をなんとかキープ出来ている。

「あー、やるねえ。ライ、ジャンプして『かえんほうしゃ』でどう?」

アキラちゃんのアイデアを、瞬時に理解するゴウカザル。高く跳びあがり、太陽を背にして火を吹いて来る。
炎はリオルをぐるりと取り囲んだ。しまった、炎のリングに誘い込まれた。
燃える炎の壁の外から、ゴウカザルが仕掛ける。

「外から突撃くるぞリオル!!」

炎を身に纏った突進『フレアドライブ』が、中にいるリオルめがけて、何度も、何度も直進して襲いかかる。
何回もかすり、熱気にあてられてしんどそうにするリオル。このままでは突進の餌食になるのも時間の問題だ。
いちかばちか……しかない。けど、あとちょっと、あと少し……次だ。
ゴウカザルが再び『フレアドライブ』を構えて、一歩駆け出した瞬間に指示を出す。

「『はっけい』の反動で飛び上がれ!」

大地に波導のエネルギー波を噴出させ、その勢いで高く跳びあがるリオル。
そして、狙っていた日差しの弱まりと共に。『フレアドライブ』を続けていたゴウカザルが急な減速に体のバランスを崩す。

「今だ、もう一度『はっけい』を使え!!」

指示はそれだけで通じた。空中で斜め上に『はっけい』を放ち落下軌道を変えたリオルは、そのスピードを活かしてゴウカザルにかかと落としを喰らわせた――

――そして、ゴウカザルは立ち上がれなかった。
『フレアドライブ』の使い過ぎで、消耗していたのもあったのだろう。
なんとか掴んだ、勝利だった。

「おー、ライ大丈夫? お疲れ様」
「リオルもお疲れ様。やったな」

俺の声掛けに、へたり込んだリオルは、小さく笑みを見せた。
アキラちゃんがオボンのみの携帯粉末をリオルとゴウカザルに呑ませてくれた。
元気が回復したところで、アキラちゃんが感想を尋ねてくる。

「あー、どうだった? 役割分担」
「悪く、なかった。ただコツと意思疎通が大変そうだなと感じた……」
「んー、その辺はあれだね。場数だね」
「場数……」
「そー、敵を知り、己を知ればってやつかなあ。つまりは個性を把握する感じ。この子はどういう風に動きたいのかなーとかを考えて、それに合わせてこっちも動くみたいな。あーきのみ育てるのと似ているかも」
「水の量とか、日差しの当たり具合とか?」
「んー。多分そう。同じポケモンでも、違うからね。そこは模索だね」

アキラちゃんの言っていることは、技のバリエーションとかでも当てはまるかもしれない、と思った。
得意な技、苦手な技。好きな技、嫌いな技――あと戦い方。
時間は少ないけど、そういう点からも見直してみるのもありかもしれない。

「色々、参考になる。助かるアキラちゃん」
「あー、どういたしまして?」

疑問符を浮かべ続けるアキラちゃん。何か考え込んだ後、こんな質問をされた。

「アタシは、見たこともないきのみを集めるために強くなりたいと思ったけど。ビドーは、何のために強くなりたいの?」

強くなりたい、確かにそう願った。
強くなって何がしたいか。か。確かにそこは、深くは考えられていなかった気がする。
何度か味わった勝利。
何度も味わった敗北。
その先になにを求めるか。
ぼんやりと浮かんでくる想い。それは……。

「今までは、失ったものを取り戻したいって思っていた。でも、今はそれもあるけど……もう二度と失いたくないため……と、力になりたい相手がいる……からだと思う」

金色の背姿を思い返し、言葉をこぼす。
相棒だからなのもあれば、恩返しもある。
でも、そういうの抜きに俺は……彼女の力になりたいと思っていた。

「あー、叶うといいね、その願い」
「ああ」

言葉にすると、薄っぺらく感じてしまいそうなその願いは、本人にはまだ言わないでおこう。
きっと、軽々しく口に出していいものではないと、今はそう思ったから……。


***************************


大会までまもなくとなったその日。
作戦会議室に、私とビー君と五属性のみんなが揃う。
デイちゃんが、壁に映されたスライドを使いながら説明をしていく。

「ここまで隕石の保管場所が狙われた形跡がない。秘密裏に保管しているからそうでないと困るけどね。だから……大会の開催中、多分。というか十中八九ヤミナベ・ユウヅキは狙ってくる。その想定で配置と作戦を考えたじゃんよ……」

彼女は、想定出来る限りの注意事項を述べる。

「ヤミナベ・ユウヅキに協力者がいないとも限らない。でもその情報はつかめていないから、怪しそうな動きをしている奴らには声をかけてほしい。いきなり疑うんじゃなくて、慎重にな」
「それと、大量の観客がくる予定だから、万が一パニックが起きた際にはパニックを鎮めるのを優先に人員を割く。後手後手だけど仕方ない。最小限の人数で追跡することになると思ってほしい」
「あと、隕石は予定通り、優勝者に配布する。その後の対処と優勝者の安全に関しては、こっちで任せてほしい。一番いいのはビドーが優勝することだけどな。割り切ろう」

ビー君が「なるべく善戦する……」と小声で漏らした。
プレッシャーになっているのは間違いなさそうだし、無責任かもしれないけど。
私は彼に小声でエールを送った。

「がんばって」
「……ありがとう」

デイちゃんが咳払いをひとつした後、配置と作戦の概要を伝えていった。

ユウヅキ、君が何を考えているのかわからない。
きっと何か目的があって、こんなことをしているのかもしれない。
でも、私たち、一緒に償う道もきっとあるはずだと、私は信じている。
だから……これ以上事件を起こす前に、私が、私たちが捕まえるからね。
私たちが、相手だ。


***************************


薄暗闇の館の中で、青いサングラスの黒髪の男性を中心に人々が集まっていた。
黒髪の人物、サクは頃合いを見て、自身の協力者たち、<ダスク>のメンバーに告げる。

「俺たち<ダスク>は、大会に潜り込んで隕石を狙う。しかし、それが第一目標ではない」
「<エレメンツ>側も襲撃があることぐらい予想しているはずだ。それに備えて準備も整えているだろう」
「だから……隕石を狙うのは、あくまで第二目標だ」

息を呑む<ダスク>のメンバー。
緊張するメンバーに、覚悟を決めているメンバーに。
彼らの目を見渡して、サクも覚悟を決めて話す。

「俺達が狙うのは<エレメンツ>五属性だ」
「強力な彼らの、その一角を落とす……それが今回の目的だ」


波乱が、幕を開けようとしていた。





続く。


  [No.1698] 第七話への感想 投稿者:   投稿日:2022/02/19(Sat) 15:18:31   7clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

第七話読了しました。
このゲロ以下のクソ野郎がソテツ―!!
すいません。ちょっとあまりにもソテツがメンタル不安定過ぎてクソ野郎だなと思ってしまいました……。初登場の時は「可愛い元弟子」って言ってませんでした貴方? 辛い状況でも笑えなくなったらもっとどうしようもないからって陽の理由で笑顔体操を部下? にやってるって流れだったので、普通に良い人だな〜強い人なんだな〜と思っていたら実はアサヒさんが元々笑顔体操を始めた理由であり、本当は「辛い状況でも笑顔を忘れないように」ではなく「自分がアサヒさんを責めやすいように笑うことを求めている(落ち込んだり泣いてる相手は責めにくいから?)」とか理由として最悪過ぎませんかこのゲロ以下のクソ野郎がよ……ええ……。そもそもアサヒさんは記憶失ってるし現段階では原因かも? って疑いでしかなく、しかも本人は良い子で自分を慕っているわけでソテツ師匠も弟子入りを許すくらいの関係だったんですよね? つい先日まで一緒に笑顔体操して助けにも入るくらい仲良しやったやんけ……どうして急に情緒不安定を発揮したんや……。ビー君は「無理して笑う必要ないよ」って良いこと言っただけや! アサヒさんは自責感情が強すぎて諾々と軋轢や憎悪を受け入れて従ってきたけど、その支配的関係にまだまだ弱いビー君が口を出した上にそれがソテツにとって図星だったからキレたんか? そうなると「家族だからこそ受け入れられない」発言は「お前は部外者なんだから口出すなや」ってことなんか?

こうなるとアサヒさんがこれまで明るく強い女の子でいたイメージが強要されてそう振る舞わざるを得なかったのかもしれないという邪悪展開になるんですがこれは早いところエレメンツなどという決して味方ではない緩い憎悪の檻からアサヒさんを助け出した方が良い気がする。ソテツもバトルでビー君のトラウマを無理矢理引き出すような真似をするし、ミラーシェードを指して「そんなんでアサヒちゃんの力になれるの?」って指摘するだけならともかく、トラウマ直撃で苦しんでいる相手に追い打ちかけるような発言をするという最悪ムーブをかますという、いくら前段階で図星つかれてキレてるからってそれはオーバーキルでは!? その後で悪いことしちゃったなって謝るタイミングを探してるんですが、一応自分がキレてた自覚はあるのか……。いや駄目だ。またって言われてるからこれは複数回似たようなことをやらかしている。あかん。

ところでソテツはアサヒさんのこと好きなのか〜って思ってたんですが、このやり取りを見ると憎悪が垣間見えるので、もしかしたらアサヒさんを好きだけどアサヒさんがあんまりにもユウヅキユウヅキずっと言ってるから嫉妬とか愛憎とか入り乱れてるのかなって思いましたがそれにしたってこの行動に走ってしまうのはなかなかのクソ野郎。もうアサヒさんを任せられるのはビー君……いやここはアキラ君しかいない。普通に良い人だしアサヒさんを大事にしてくれるしそばにいてくれるしアサヒさんの為に怒ってくれるしポケモンとの関係も悪くなさそうだし事情も知ってるしアキラ君が一番優良パートナーなのではないでしょうか!?

ソテツについてあまりにも心をかき乱されすぎて発言をさらに確認して心情を考えたのですが、「笑うほど嫌いなままでいられる」=「笑わなくなったら好きになっちゃう」ってこと? つまり、ユウヅキを追いかけるアサヒさんが幸せそうならまだ諦めはつくけど、悲しそうに追いかけていったら自分が幸せにしたいとか思っちゃうから? いやそんな陽の理由をこの男が今更持つのか……?
アサヒさんもそんな自責感情持たんでも……そもそも論としてアサヒさんがどう加害者だったのかもハッキリしないし、確定事項ではないんだからもっと自分を信じて大事にしたってや……。

色々と複雑なエレメンツですが、ソテツ以外はわりかし良い人が多そうです。特にトウギリさん。恋人にスパイされているという抜けっぷりはありますが、裏表なさそうだし波動の訓練も付き合ってくれる大変に良い人。ビー君と良い関係をこのまま築いていって欲しい。スオウ王子は……女王失踪してから8年経ってるのに何故王位につかんのや……。残された国民も不安だろうし、他国の侵略がいつ始まるかもしれないし(すでに国内は荒れまくってるような気がする)一応代表として労働しているらしいがそれくらいならさっさと王位について女王が戻ってきたら返したらいけないんだろうか。それとも王位についたら駄目な理由がまだ隠されてる? うーむむむ……。

アサヒさんはエレメンツから早急に逃げるべきと思いつつ、闇隠し事件が仮にアサヒさんのせいじゃないと判明したらエレメンツは無実のアサヒさんを長いこと半軟禁してきたことになりそこらへんの落とし前をどうするんや? と思いつつも第8話を読み進めようと思います。ビー君頑張れ。現状は君が一番アサヒさんを支えている。マジで頑張って。周囲にあれこれ暴言を吐かれているけど本当に頑張って欲しい。アサヒさんはユウヅキをめちゃくちゃ追いかけているけどそばにいない男よりも近くで支えてくれる友人やぞ。
冷静にあれこれ考えたんですが、現状ではアサヒさんの失われた記憶と闇隠し事件の真相をしっていそうなのはユウヅキなんですよね。だから追いかけてるのかなと思い直しました。現状がちょっとエレメンツのせいでアレ過ぎるので……。
次話の感想も読み次第書いていこうと思います。


  [No.1699] Re: 第七話への感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/02/19(Sat) 15:55:57   2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

第七話も読了と感想ありがとうございます!! お早い!!

まっとうなツッコミにもはや笑うしかできないですね……!(お前が書いたんやろがい)
果たしてしゅんさんの情緒とストレス耐性とツッコミが追いつくのだろうか少々不安になってまいりました。さあどうなる。
ソテツ、良い人ではないですね。悪人かというかよりタチは悪い人ってかんじで事故要員でもあります。どうしてこうなった。
ソテツ以外のエレメンツはわりとまっとうな気もしてきます。
よくよく考えると笑顔を強要って字面的にもやばいですね。
アサヒさんが外に拠点持ててよかったねとしか言いようがないですね。
ビー君がんばれ……君が良心だ……。

エレメンツ側の軟禁問題はいずれ取り上げられるでしょう。いずれ……。
めっちゃ証言残ってそうですしね!!(

ソテツのアサヒに対する感情は面倒くさいのでいったん考えるのを止めます(おい
アキラ君はよそ様のゲストキャラでアキラ君もアキラ君で想いを寄せる人物が本家にいるのでダメです。そこだけはキャラ親さんの許可下りても譲れませぬ。

アサヒさん、記憶ないのも自信を失っている一つの要因かもしれませんね……。
女王が行方不明なだけで別に亡くなったと判断されたわけではないので、その辺何とも言えないのかもですね。中途半端ですね。国荒れてますね……これ滅ぶんじゃ・……。

ビー君と相棒になってて本当に良かったねアサヒさん……。
ユウヅキははよ帰ってこい。

感想ありがとうございました!


  [No.1676] 短編その三 追懐の花園 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/04/04(Sat) 00:00:46   110clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




「今日もお仕事お疲れ様、ビー君」

ヒンメル地方の王都、【ソウキュウシティ】の北側の外れ、丘の上に王城が見える林のそばのレストラン。
配達屋の仕事を終えたビー君に「お疲れ様」と言う。それが私の、ヨアケ・アサヒの最近の定型句となっていた。
私の言葉に生返事をするビー君……ビドー君とは最近共通の目的、私の幼馴染で指名手配中の“ヤミナベ・ユウヅキ”を捕まえるためにタッグを組んだ相棒である。
ビー君とは仲はそれほど悪いわけではないけど、親しいかと言われると疑問を覚える。そんな感じの関係だった。

ビー君は、今日はボールの外に出ている手持ちのリオルにじっと見られながら、携帯端末で何か調べていた。
それから「都合がよければ」と前置きをして遠慮がちに私に言う。

「ちょっとこのあと、近くで行きたい場所がある。付き合ってもらってもいいか、ヨアケ」

おや珍しい。いつもだったらわりとすぐ帰るビー君からのお誘いとは。

「いいよ。どこ行くの?」
「その、王宮庭園だ」
「庭園とは意外。お花見に行くの?」
「まあ……そんなところだ。実は見たい、そして見てもらいたい花があるんだ」
「ほうほうほうほう」

思わず身を乗り出す私とリオルの食いつきっぷりに引くビー君。ええー、そこまで言われたら気になるじゃん普通。

「どんなお花なの?」
「……俺の、名前の由来になった花」
「……ビドーって花?」
「違う……下の名前だ」

下の名前、ええと確か表札に書いてあったような。いつもビー君、ビー君、ビドー君って呼んでいたから、ぱっと思い出せない。リオルは私に軽くショックを受けている。ご、ごめん。
ビー君は、「まあ、仕方ないか」と少し寂しそうにその名前を告げてくれる。

「オリヴィエ。ビドー・オリヴィエ。それが俺のフルネームだ」

わりと綺麗な響きの名前だったっ。

「その、ずっと苗字であだ名付けていてゴメンね……」
「いや俺もお前を苗字で呼んでいるし……その方が……その方が助かる」

謝る私にビー君は助かると言った。何故彼がそういう風に言ったのかは、この時点の私は知らなかった。
微妙な雰囲気の中、「とにかくだ」と彼は言い、念じるように私を誘った。

「花を見に行こう。思い出の花を……一緒に見てほしい」

その気迫に、私は押し切られる。断る理由も、なかったんだけどね。


**


庭園までの道のりは徒歩で行くことに。歩幅を合わせて、一緒に林道を並んで歩く。
そうはいっても、3人とも足の長さは違うので、歩くスピードを合わせている、の方が正しかったかもしれない。
ビー君は、普段に比べて穏やかだけど、ほの暗い面持ち。そして懐かしそうに語り始める。

「王宮庭園は俺がリオルに出会うもっと前の小さい頃、一度だけ親父と来た場所だ」
「……お父さんとの思い出の場所なんだね」
「いや、一緒に行ったことはないが、母さんとの思い出の場所でもあるらしい」

妙な言い回しに不思議そうにしていたら、ちょっと気恥ずかしそうにビー君は説明してくれる。

「俺が生まれる前にふたりはその庭園でデートしたらしいんだよ」

おお。つまりはお花見デート。風情があるなあ。
あ……なるほど。

「そこで二人が出会った花が、ビー君の名前になったんだね」
「そういうことだ」
「へえ、どんなお花なんだろう」
「それは着いてからの楽しみ……にでもしておいてくれ」

少しだけ、彼の声が明るくなる。気を張っているのかもしれないけど、何故かは解らない。
感情の波導を受け取っているはずのリオルも、微妙な顔をしていた。
もしかしてビー君本人はそこまで気が進まないのでは? そう言おうかと思ったけど、やめた。
彼が見てほしいと望んだのだから、うやむやにしてはダメな気がしたから。下手な発言は控えようと思った。

お互い無言でしばらく道沿いに歩いて、歩いて、歩く。
ちらちら林の隙間から見える色とりどりのフラベベたちを眺めながら、歩いていく。
逆になんかここまで会話がないのも、珍しい気がする。
ビー君は緊張していて、それがリオルだけでなく私にも伝わってくる気がした。

「この辺……そろそろ着く頃だ。記憶が正しければ」
「そう……もしかして、あそこ?」
「だな。あそこだ」

白い塀が連なって見えてくる。結構広そうな庭園だ。

「人の気配が、しないな……ポケモンは結構いそうだけど」

確かに、彼の言う通り人気が少なさそうだった。ナゾノクサが塀の隅っこに並ぶようにして埋まっていた。思わず視線がそちらへ行く。

「引っこ抜いちゃだめだぞ」
「わ、分かっているって!」

受付に行くと、スボミーが窓越しにうたたねしていた。スボミーの手前の箱には、観覧料を入れる箱が入っていた。一応運営しているんだ……。
受付の横には、「花泥棒禁止!」と書かれた古びたポスターが大きく貼られていた。だいぶ前から居るのか花泥棒……。

「ドロボウもだめだぞ。怖い庭師に切り刻まれるからな」
「……もしや切り刻まれた過去でも?」
「親父がな」
「お父さんが?!」

お父さん無事だったのかどうかすごく気になるけど、触れていい部分なのだろうか?
心配していると、ビー君は少し可笑しそうに口角を歪ませた。

「半分冗談だ。ドロボウに入ってひどい目を見たのは確かだが」
「半分しか冗談じゃないよっ。ひ、ひどい目……どんな目……?」
「親父は花を持ち帰るまでは成功したそうだが、庭師に家まで押しかけられてその花の苗木を庭に埋められ育てさせられたんだ」
「ええっ、それで?」
「大事に育てるんだと念を押されて、生涯手入れを怠らなかった。そう、盗んだ花を育てる大変さを、身をもって知ることに……そう、死ぬ前に罪の告白を俺にしたよ」
「それって、どう反応したらいいのか。庭師さんは怖いけどなんか……」
「くだらないだろ? ドロボウの末路なんて」
「くだらないっていうよりは愉快な話だなと」
「そうだな。愉快な話だった」

くくく、とビー君は珍しく笑いをこらえる。
でも私はこの話に一つ疑問を覚えた。

「でもどうしてお父さんは花を盗んだの?」
「俺に、プレゼントしたかったかららしい。母さんが亡くなって寂しがっていた俺に、名前の由来になった花を、あげてやりたかったんだってよ」
「ふうん。優しいお父さんだったんだね」
「それは褒め過ぎだぞ。庭師が見逃してくれたからいいものの、危うくドロボウの息子になるところだったんだからな俺は」

あらま、厳しいのね。
あれ、でもその話だと花木、今ビー君が住んでいるアパートじゃなくって……。
ビー君の昔の家の庭にあるんじゃ?

何故わざわざ王宮庭園まで足を運んだのだろう。

リオルもそのことが気になったみたいで、自然と視線が合う。
首をかしげるリオル。そうだよね、不思議だよね。

「……話はこの辺にしておいて、行くぞ」
「……うんっ」

気になったけど置いておいて、先ゆく彼を追いかけ、私たちも庭園に入った。


* * *


「おお……!」

ラランテスが花木の剪定をし、ハスボーが水辺の花と共に浮かび、アブリーたちも花の蜜を吸っている。図鑑では知っていても初めて見るポケモンにも驚きつつ、花と共生している姿に小さな驚きを覚える。
木々にも、水辺にも、花壇にも花が溢れていた。
エリアごとに区分されている花々。どこに行けばいいのか悩んでいると、オレンジ色の一輪の花をもった花の妖精のポケモン、フラエッテが舞い降りてきた。

「フラエッテ、オリヴィエの花はどこか知らないか?」

ビー君が尋ねると、フラエッテは笑顔でこっちだと宙を舞い、手招く。
ゆっくりと追っていくと、見覚えのある他の人の名前とその名の花を横目にする。

「結構多いんだね、花の名前の人って」
「まあな。なんでも、王子が花の名前をつけられてから、ヒンメルで植物の名前を子供につけるのが一種のブームになっていたらしいな。まあもちろんそうじゃない名前もあるけどな」
「どうりで」

あんまり色々と眺めていると、日が暮れてしまうので、若干急ぎ目に庭園を巡っていく。
また機会があったらゆっくりと辿ってみたいものだとビー君に言ったら、

「暇があったら、付き合ってもいい」

と返してくれた。まあ、そうそうゆっくりお出かけなんてできる日は来ないとは思うけど。
私は笑いながらその言葉をしっかりと覚えたぞという意味合いの言葉を言った。

「ふふっ。言質、とったよー」
「なんで言質なんだ。そこは約束、とかでもいいだろ」
「いやいや、約束するほど、気軽に来ることできないからここ」
「そりゃ、そうだけどさ……」

地味に残念そうなビー君。なんか約束に拘る理由でもあるのだろうか。
このままでは二度と来ない雰囲気もありそうだなと危惧したので、約束とまではいかないけど……私は、次の機会を望んだ。

「ま、気力とヒマと体力があったら、また遊びにこようよ。ね?」
「……おう」

こっちを振り返らずに、返事するビー君。ぶっきらぼうだけどしっかりと応えてくれたので、今はこれでよしとしよう。


* * * *


フラエッテに誘われ庭園を奥へ奥へと進んでいく。そこには、背の低い木々が連なっていた。
どこか懐かしい、そして独特な花の香りがする木々の群れ。
ビー君は香りを辿るように、探し、そして。

「――あった」

とある木々になる花の前で立ち止まる。フラエッテも、その花木の上をくるくると回っていた。その花こそ、オリヴィエだった。
それは、オレンジ色の小さな花々が集まりながら咲いている、いい香りのする花だった。

「ほー、これがオリヴィエ。いい香りの、可愛い花だね……ビー君?」

ビー君は、俯いていた。
私もリオルも同じように俯くと、土の上に小さな花たちが夜空の星のように散らばっていた。

「こうしてみると花が星みたい、だね」

率直な感想を述べると、彼は……声を振り絞って、言葉を紡いだ。

「……母さんも、同じこと、言っていた……らしい」
「そうなんだ」
「親父が、花の名前で、母さんが……星の名前で。だから、だからこの花を見た時に、俺の名前にしようと、思ったって……」
「うん、うん……良い、素敵な名前だね」
「……ヨアケ」
「なに、ビー君」
「俺は」

俯く彼のかけているミラーシェードが水滴だらけになって、その奥の瞳を星から隠す。
彼のリオルも苦しそうな表情をしていた。

そして彼は私に告白した。
愛ではなく、懺悔の告白を彼は私にしてくれた。


「俺は、この名前を、オリヴィエを名乗るのが……嫌、なんだ」


* * * * *


彼の幼馴染でありアパートの同居人の二人が、ずっとビー君のことをビドーと呼ぶのは少しだけ気になっていた。
でも、それにも恐らく理由があったのだろう。
それはきっと、これからビー君が語ってくれる。
その理由を、
その過去を、
彼が私に語りたいと思ってくれたのなら……私は聞こうと思った。

「どうして?」

ミラーシェードを拭きながら、夕空を仰ぎ見て、彼は静かに語り始める。

「さっき、庭師に家にオリヴィエの花木を植えてもらったって話したよな」
「言っていたね」
「その木、親父が死んだ後もまだ元気だった。そして、ラルトスが居なくなった後も変わらず花を咲かせていたんだ」

ビー君の家族が居なくなった後に残された花。ビー君は、やけっぱちに陥りそうになっても、それでも世話をしていたらしい。
けれど、

「ある日、家に盗人が入ったんだ。この国を巻き込んだ事件からまもなくはだいぶ荒れていたからな。盗人も今より多かった。俺は、一人で盗人を取り押さえようとしたんだ」
「なんのポケモンだったかまでは思い出せない。けど、炎タイプだったんだろう。そいつの連れていたポケモンが、主人を助けようとして火を吹いた」
「まあ、だいたい察しがつくだろうが、その炎に焼かれて燃え尽きてしまったんだ。その思い出の花木が」
「それ以来かな、誰かから何かを奪うやつらを、より憎むようになったのは」
「そしてなにより、自分を憎んだ。大切な花木を守れなかった、自分自身を呪った」

……結局のところ。
彼は、ビー君は過去の自分を赦せなかった。
その呪いが、きっと今でも彼を縛り続けているのだろう。

「オリヴィエと、そう呼ばれるたびに、その記憶が嫌でも思い出される……だから、どうか俺のことはビドーと、ビー君と呼び続けてくれると、ありがたい」

その願いに、どこか素直に受け入れにくいなと思う自分がいることに、気づく。
この違和感は無視するべきではない。そう直感が告げる。傍らのリオルを見たら、尚更。

迷いは、あった。それでも、振り切り前に進む。
過去を引きずり続けても、それでも前に一緒に進んでほしい。
そう、私は願う。

相棒として、そして……一人の友人として!

「分かった。ビー君と呼び続けるね……ただし」
「ただし?」
「キミが下の名前で呼ばれたいと思うようになるまでだよ。それまではビー君と呼び続ける」
「……それは」
「すぐになんて無理は言わないから。でも、もし、もし私がキミの名前を呼んでいいって思った時は、私のこと名前で呼んで。アサヒって呼んで。それが合図だから」


* * * * * *


結果。
私の言葉にビー君は狼狽えた。めちゃくちゃ抵抗というか、弱気な言葉を並べていく。

「いや、でも、そんな……俺とお前は目的を共通するから共に行動している、だからこその相棒だ……だから、ええと、いいのか? 親しく名前を呼び合うとか。その…………友達みたいじゃないか」

えっ?

「相棒になる以前から友達じゃないの? ポケモンバトルした時くらいから友達じゃないの、私たち」
「えっ」
「ええっ!? ふつう友達でもない人に庭園見に行こうって誘わないよ? ましてや自分の大事な花見てもらいたいって思わない、んじゃ……?」

だんだん自信がなくなり言葉が尻すぼみになっていく。
つい忘れていたけど、そもそも私は……ビー君たちにとってあんまり好ましい立場にいなかった。
ビー君たちも巻き込んだ事件の関係者かもしれない私に、そんなこと望んで言いわけがなかった。
そのことを改めて、感じていたが、ビー君とリオルは否定してくれた。

「ごめん、私がビー君を友達と言っていい資格、ないよね……」
「いや、そんなことは……それとこれとは別だ」
「そうなの?」
「俺がそういうことでお前を見る目変えると思うのか。心外だぞ」

ビー君の言葉に、リオルも強く頷く。ふたりとも……。

「ただ、確認する勇気が足りなかったんだ。俺とお前がその……友達なのかどうか。友達を名乗っていのかどうか……」

勇気、か。確かに私にもなかったのかもしれない。
立場のこともそうだけど、ビー君が私のことどう思っているのか、確認するのが私も少し怖かった。
でも、ここまで来たら……ちょっと勇気を、出してみる。

「じゃ、今からでも友達になろうか」
「友達の基準大雑把過ぎね?!」

わりと真面目に言った言葉に、そのツッコミはないぞ、ビー君。
そしてビー君の顔が赤く染まっているように見えたのは夕焼けのせいにしておこう。初々しいな。

「怒鳴ってすまん、よく、分からなかったんだ……友達とか、どうやってなるのか分からなかったんだ……」

しょげているビー君に、見かねたのかフラエッテが私たちの間に舞い降りてきた。

「フラエッテ?」

フラエッテは、ビー君の右手を掴んで、私に向けて伸ばさせた。
私は迷わずその右手を自分の右手で握り返す。

「なるほど『てをつなぐ』だね。これでいいんだよ。きっと」

フラエッテが使える技ではないけど、意味合い的にはそうしてほしいとフラエッテが気遣ってお膳立てしてくれたのだろう。
背中を押されたビー君が、勇気を出してくれる。

「……友達に、なってくれ」
「うん」
「そしていつか、お前の名前を呼ぶから、俺の名前も呼んでくれ」
「わかった。約束だよ」
「ああ、約束だ」

そんなやりとりを、リオルが小さく笑いながら見守っているのが、見えた。
ビー君の右手を自分の左手に渡し、空いた右手をリオルにも伸ばす。
意図を汲んだビー君も、同じようにする。

「リオルも、だよ」
「そうだな」

驚きを見せるリオル。それから仕方なさげに両手で私たちの手を取ってくれた。
黄昏時の庭園、星空の地面の傍ら、短い言葉と約束を交わし、そうして私たちは友達になった。


***************************


フラエッテたちに見送られ、庭園を後にする。
リオルは気恥ずかしかったのかビー君の持つボールの中に帰ってしまった。
一方ビー君は、ひどく疲れた様子だった。泣いてしまってもいたし、気疲れもしたのだろう。
でも憑き物が落ちたように、彼らしさを取り戻していた。

「一度にいっぺんのことが起こり過ぎて混乱する……」
「ま、そういう日もあるよ。また明日からも頑張ろう」
「そうだな。また明日からも、よろしく頼む。相棒」

ビー君とのこの日々がいつまで続くかはわからない。
いずれはこの毎日もなくなってしまうのだろう。
でも、一つ言えるのは、私とビー君たちがユウヅキを捕まえても、目的を果たした後でも友達でいられるかもしれない、ということだった。
その差は、私にとっては結構大きかった。

だからこそ、私は呟く。
今日という日を、忘れないために。
今の思い出を刻むために、呟いた。

「楽しかったね、お花見」

私の言葉にビー君が短く、でもしっかりと返事を返してくれた。

降りてきた夜の帳には、星が瞬いていた。





あとがき

お花見とビドー・オリヴィエ君の過去語り短編でした。
アサヒさんとの関係は今までぼんやりとしていましたが、ビー君、一歩踏み出せました。よかった。
今回見た花であるオリヴィエは、オリヴィエ・オドランという、いわゆるキンモクセイの花ですね。匂い結構強いけど、私は好きです。
このお話しは以前開かれた第三回バトル描写書き合い会の自作、「小さな星の花を君に」の後日譚でもあります。ビー君の親父さんの活躍もあるので、そちらはカフェラウンジ一階にあるのでよければそちらもぜひ。
あと、オリヴィエを「小さな星の花」という呼び方にこだわるのは、ヨアケ・アサヒが太陽、ヤミナベ・ユウヅキが月モチーフなところもあったり後付けでもあったりします。太陽と月と星ですね。

それでは他の方のお花見短編も楽しみにしつつ、短編その3はこれにておしまいです。
読んでくださり、ありがとうございました。


  [No.1677] 短編その三 まで感想 投稿者:じゅぺっと   投稿日:2020/07/20(Mon) 11:56:27   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




大変時間がかかってしまいましたが七話及び短編その三まで読ませていただいたので感想を送らせていただきます。

話がアサヒちゃんとビー君が可愛い!ユウヅキ君はこんな自分を想ってくれる女の子ほったらかして何やってるんだアサヒさんのために一刻も早く捕まえなければ……という気になりますね!

あれだけ危険を顧みず頑張るってことはアサヒさんはユウヅキ君に並々ならぬ感情があるんだろうとは思ってましたけど、アサヒさんにとって彼の存在は自分の人生そのものと言えそうなほどがっつり一緒にいたんですね……離別してたときもずっと心で彼を追いかけてますし。
恋心というか人生の共有者みたいな印象を受けましたし、今まで一生懸命な理由も納得出来ました。

ちょいちょいエレメンツさんの話は聞いててアサヒさんのお仲間なんだよね?と思ってたんですが相当こっちは拗れた関係でしたね。逆恨みというには根拠があるにせよはっきりしない理由で恨まれるのは可哀想です。コテツさんの態度が想像より遙かにこう、もう少し何というか、手心というかですね……
やはりユウヅキ君は早く帰ってきて責任をとるべきそうすべき……

ビー君はアサヒさんに対して憎からず思っているとはわかりつつ好意のほどはどの程度なのかなーと思ってましたが短編その3を見るに自分の弱みや背中を預けてもいいって信頼してるんですね。しかし名前で呼んでもいいと言われたときの反応が初心だ……かわいいですね。

ユウヅキ君が早く帰ってくるかアサヒさんとエレメンツの皆々様の関係が良好になることを切に祈りつつ、今後の展開を待たせていただきます。


  [No.1678] Re: 短編その三 まで感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/07/20(Mon) 20:06:00   1clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 最新話まで読んでくださり、感想を書いてくださりありがとうございます!

 ほんとアサヒさんを置いて何やっているんでしょうねユウヅキ君……早く捕まえなければ、というのは同意です。執筆頑張ります。

 アサヒさんのユウヅキ君へ並々ならぬ感情は、どこか執念のようなものを感じます。心でも追いかけ続けている、というのはある意味彼女の根本なのかもしれません。
 人生の共有者、という単語は思いつけてなかったので、拾わせていただきます。
 一生懸命になれる理由、ちゃんと表現できているか、少々不安な部分もありましたが、納得していただけて安心できた部分もあります。ありがとうございます。

 エレメンツとの関係は、同じ釜の飯を食う間柄で、一緒に時間を過ごしてきた間柄、というのはあるのですが、一筋縄でも一枚岩ではないですね。
 特にソテツは、複雑で単純に割り切れない想いが強いのかもしれません。でも、手心はだいぶ加えられているような気もしてしまいます。あれでも。

 やはりユウヅキ君は責任とるべき同意です。

 ビー君は、ある意味ようやく弱みを預けられる相手を見つけられたのかもしれないですね。背中を預けるのもそうですが、逆に背中を守れる存在になりたいと思いつつあるのかもですね。
 まだまだ初々しさの残るビー君がこれからどういう風になっていくのかは筆者も楽しみです。

 これからの展開も楽しんでくださるとうれしいです。励みになります。ありがとうございました!


  [No.1679] 第八話前編 光の中のバトルロイヤル 投稿者:空色代吉   投稿日:2020/09/23(Wed) 23:31:42   7clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第八話前編 光の中のバトルロイヤル (画像サイズ: 480×600 179kB)

もともと眠りが深い方ではないが、その日は特に早くに目覚めてしまった。
でも、どこか気が張っていたのは俺だけではなかったようで。日の出前の静かな早朝。俺の部屋に意外な来客があった。

チャイムは鳴らされず、ノックのみ。2つの見覚えのある気配がしたが、念のためドアの内側から外を覗き見る。

「うわっ」

思わず声を上げてしまう。扉の外には全身を蔓で覆われた大きいポケモン。モジャンボが居たからだ。見覚えのあるやつだったが、蔓の合間から見える目が暗がりでちょっと怖かった。
更に外から、笑いをこらえる声が聞こえてくる。

「あー、驚かせてゴメンよビドー君。モジャンボと一緒じゃないと気づかれないかと思って」
「ソテツ……」

ソテツ。
最近厳しいことを言われ、それからあまり口をきいていなかった相手だ。
そんな彼の突然の来訪に、俺は戸惑いを隠しきれなかった。
モジャンボのトレーナーのソテツは、トレードマークの緑のヘアバンドを直しながら少々気まずそうに切り出す。

「で……だ。少しキミと話がしたい。入れてもらってもいいかい?」

拒むことも出来たのだろう。
でも、それをすると後悔する。そんな予感がした。だから俺は彼を招き入れた。

「ありがとう」
「いや……」

礼を言われるほどじゃないと言いかけたが、いちいち言うのも変だと思ったので、呑み込んだ。


***************************


流石にモジャンボは個室の中では狭い思いをさせてしまうので、一旦しまってもらった。
リオルたちはまだボールの中で寝ているので、自然と二人きりになる。

「コーヒーぐらいしかないが、それでもいいか?」
「うん。あー、砂糖あるとありがたい」
「どうぞ」

来客用のコップにお湯でとかしたコーヒーとスプーン、それと希望されたスティックシュガー入れを受け渡す。ソテツはスティックを2本取り、コーヒーに混ぜる。甘い方が好きなのだろうか。

「いただきます」

礼儀正しく言ってから、息を吹きかけて念入りにコーヒーを冷ますソテツ。「猫舌なんだ」と特に恥ずかしがる素振りも見せずに呟いた。よく他人に聞かれているから、俺が尋ねる前に先んじて言ったかもしれない。
自分にも淹れておいたコーヒーに口をつけていると、ソテツがこちらを見ていた。

「キミは、結構変わったね」
「そうか? 正直、まだまだだと思うが」
「いや、なんていうか。初めて会った頃に比べて、余裕が見えるよ。心の余裕」

余裕、か。少しは、落ち着いたってことなのだろうか。
過去の後悔ばかりして、八つ当たりして、ふさぎ込んでいた頃に比べると、少しはましになったということなのだろうか。
けれども、それは。

「それは、周りの人のおかげなんじゃないか」

謙遜もあるが、最近思っていたことでもあった。
色んなやつに色々言われたり、考えさせられたり、時に励まされたり。
そんな中、一緒に居てくれたやつも居た。
それらを合わせて考えると、どうにもそいつらの影響は少なからずあると思うのだが。ソテツはそうは思わないようだ。

「そうかな」
「“俺は一人じゃない”……以前助けられた時、そう言ってくれたのはたしかソテツだっただろ。現に、一人じゃ、ダメダメなままだったと思うぞ」
「でも、巡ってきたその縁を頼って頑張った。もしくは頑張っているのはビドー君だろ?」
「買いかぶり過ぎだ……それこそ、頑張れているのは、頑張りたいと思える目的と相手がいたからだ」
「……その相手の一人は、相棒のアサヒちゃん、か」

ヨアケ・アサヒ。“闇隠し事件”で失ったものを取り戻すために手を組んだ相棒。
俺が変わりつつあるのならそのきっかけをくれた一人でもある。

ソテツにはこの間俺の弱点をさらしてしまった時、そんなお前でヨアケの力になれるのか? と痛いところを突かれた。
ずっと反論したかったけど。簡単には口に出来ないでいた。ソテツの言い分も苦しいほど自覚していたからだ。
だからといって、譲れないものもあった。
それを言うなら、今しかない。

「確かに、まだふがいないところも多いし、自信があるわけでもない。でも、俺はあの色んなものを背負いすぎている相棒を守りたい。たとえ、多くを敵に回しても……俺はヨアケの力になる」

たとえ、立ちふさがるのがソテツでも。
……そこまでは言えなかったけれど。ソテツはその意味をくみ取ってくれた。

「青年よ、よく言った。まあ、いいんじゃないの。そのぐらいの意気込みで」
「……どうも」
「いやいや“ビドー・オリヴィエ”君。キミはもっと、自分を評価してあげてもいいと思うぜ」

遠回しに評価されたことよりも、突然フルネームで呼ばれたことに驚く。いや、表札には書いてあるけど。けれど……。

「……下の名前は、出来れば呼ばないでくれ」
「ゴメン。そしてもう一つ。オイラはキミに謝らなければならないことがある」
「……今日のソテツは、謝ってばかりだな」
「そういう日もあるさ。こういうオイラはレアだぜ?」
「…………」
「冗談だ。ノーリアクションは堪える……今は“闇隠し”で行方知れずなんだけどね……オイラの母は庭師で、キミの御両親と縁あってね。要するに知り合いだったんだ」

庭師。
その人の話は昔、亡くなった親父から聞いていた。
俺の名前の由来となった花を譲ってくれた人だと。それが、ソテツの母親だったとは。
その人も“闇隠し”で行方不明だったとは。

「これはオイラのエゴだからできれば赦さないで欲しいが……早くに両親を亡くしているキミに、私情とはいえ家庭のことで八つ当たりしてしまって、すまなかった」

ああ、そのことか。
いやでもそれは、俺はソテツの家族観を知らなかったわけで。
家族観どころか、彼がヨアケをあんまりよく思ってないのを隠していたのすら気づけなかったわけで。

「……ソテツ。赦さないついでに、教えてくれないか」
「何をだい?」
「何っていうか、あんたのことかな。」
「自己紹介か。なかなかキツイ要求だね」
「こんな機会でもないと、話してくれないだろ?」
「そりゃそうだ……でも今はダメだ」

ソテツは玄関の方を指差す。いつからいたのだろうか。息をひそめているけど、そこにはばっちりあいつの、ヨアケの気配がした。

「仮にも、嫌っている相手に盗み聞きされながら語る気にはなれないね。それにキミたちの邪魔もする気はないしそろそろ帰るよ」

立ち上がり背を向けるソテツ。そのまま彼は、

「ただ、これは<エレメンツ>“五属性”のオイラではなく、ただのオイラからの言葉だ。」

表情は見せずに、でも朗らかな声で。

「オイラに興味を持ってくれてありがとう。大会頑張ってくれ」

そう言い残して去って行った。

そういや、もう当日の朝だということを思い出す。
緊張するのは、まだまだこれからだ。


***************************


気まずい。

「おはよ、アサヒちゃん」
「おはようソテツ師匠……すみません邪魔しました」
「元師匠。いいよ。逃げる口実になったし」

私の謝罪に、ソテツ師匠は淡々と返す。気まずいよう。
盗み聞きをするつもりは、まったくなかったかと言われると嘘になる。だけに、余計気まずい。
ソテツ元師匠はこちらには顔を向けずに、でも私に対して続けて呟く。

「悪くない相棒を持ったね、アサヒちゃん。なかなか、貴重だよ。ああいう力になってくれる子は」
「ええ。本当に、本当にそう思います」
「大事にしなよ。苦い想いをするかもだけど、こういう関係は、大事にしなきゃだめだ。特にキミは……いや、いい」

首を横に振る彼に、私はほっとしかけた。そんな自分に気が付いて、思いとどまる。
しつこいと受け取られるかもしれないけど、聞かなきゃいけない気がした。

「言ってください」
「傷つくかもよ?」
「それでも」
「わかった――特にキミは、人間関係ってものを過信しすぎているきらいがあるから、気を付けてねってだけの話だ」
「私が、過信……」

心当たりは、あった。それは目を逸らしても、見逃せないくらい、あった。
彼は「この際だから言わせてもらうよ」とさらに忠告を重ねる。

「他人を簡単に信じるから裏切られたと人は感じるものだけど、キミの場合それすらない。相手を信じたいと思うとどこまでも信じてしまう。期待を押し付けてしまう……だからさ、他人を、自分を信じすぎるな。信じるということは、目を逸らすことじゃない。どうしようもない部分も見て受け入れてその上でどう付き合っていくかってことだ……キミが思う程、他人は強くも寛容でもないからね」

その、彼が教えてくれたその考えは、痛いところをつかれると同時に寂しいと感じてしまった。
どうにか反論を試みるけど、それを丁寧にソテツ元師匠はつぶしていく。

「現にキミは心のどこかでオイラとまだ仲良くなれる可能性を捨ててないんじゃない?」
「…………今は無理でもいつかはとは」
「そのいつかは、今じゃないし、来るかどうかはわからないものだ。こうして話していられるのだって不思議なくらいさ。いいや、十二分なんだ」

そうして彼は苦しい笑みをたたえて、話の落としどころを提案した。

「オイラはキミを赦すことはできないし、キミもオイラたちがしたことを赦してはいけない。そうやってバランスはとられるんだ」

彼自身にも言い聞かせるようなその言葉回しは、結構堪える。
これ以上は来るなと線引きされたその溝は、なかなかに底が見えないくらい深かった。

……結局、この時の私はそれ以上の言葉を出せなかった。
出すべきではないタイミングといえば、聞こえはいいのかもしれない。
でも、なんて言いたかったのかは、想いは見つからないままだった。

彼の去った後。
すっかり顔を出した太陽の光は、私の影を濃くしていった。
でも、暗くなりかけていた私を引き戻してくれる光もあった。

「……ヨアケ、色々言われていたが、大丈夫か?」

そろりとドアを開け、彼は心配してくれる。
ドア越しにならまあ、だいたい聞いているよね。

(大事にしなよ)

――思い返される忠告に、心の中で応える。
ちょっとだけ強がりながら。応える。

「大丈夫、ありがとビー君」

いわれなくても、勿論、と――


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自警団<エレメンツ>主催のポケモンバトル大会が、いよいよ開かれようとしている。
この大会はもともと地方を活気づけようとするいわゆるお祭りに近いイベントとして想定されていた。
しかし、俺たちにとってこの大会は違った意味を持っていた。

俺たちにとって、この大会は「防衛戦」でもあった。
“ヤミナベ・ユウヅキ”。
俺らが追いかけている指名手配犯。そしてヨアケの幼馴染みである謎の多い男。
そいつがもう一本の“赤い鎖のレプリカ”の原材料であり、優勝賞品の“隕石”を狙ってこの大会で行動を起こす可能性がとても高い。
だから正直、今までになく緊張していた。

ヤミナベは不思議なくらい今までその足跡をなかなか見せていなかった。
だが、その彼の狙うであろう隕石は現在俺らと協力体制にある<エレメンツ>が保管してある。
つまり、隕石が日の目にさらされるこの大会が、ヤミナベを捕まえる数少ないチャンスでもあった。


「じゃ、改めて配っとくじゃんよ」

大会前の朝、<エレメンツ>の“五属性”の一人、電気属性のデイジーから、白い丸の中に六芒星の描かれたバッジのようなものが各員に配られていた。

「これは……通信機か?」
「違う、発信機。まあ、味方の位置を見っけやすくするためのマーカーみたいなもの」
「? トウギリの“千里眼”と合わせて使うのか?」
「いや、トウギリの遠距離波導探知もそこまで万能でもないじゃんよ。多方をカバーするのには向いてない。だからこっちで自陣の把握を受け持って、トウギリには怪しい動きをするものを積極的にマーク、追跡してもらう」
「なるほど」

納得していると、デイジーに少しなじられる。

「ビドーも波導探知を使えたらもっと楽になるのになー」
「頼りにならなくてすまん。俺はまだ少しの距離しか、しかも集中しないとできないからな」
「いや充分凄いけど。ま、その分ばっちり大会優勝してこいよ」
「う……ところで、通信機は?」
「ビドーはなし。一応参加者の通信やテレパシーもろもろの使用は反則だから。まあ、どうしても連絡したい場合、今回は携帯端末で……って、<エレメンツ>メンバーの連絡先の交換は出来ているか?」
「……と、トウギリぐらいしか……」

正直に答えると思い切りため息を吐かれた。デイジーと連絡先を交換している最中。今までの特訓とか準備期間何やっていたんだ、信じられない、人脈の重要性をわかっていない、と言いたげな視線がずぶずぶと刺さる。
し、仕方ないだろ言い出しにくかったんだ……すみません……。
縮こまっていると発破かけられる。

「忙しくなる前にとっとと行ってこい!!」
「行ってきます!!」

怒鳴られてようやく、打合せや準備をしている<エレメンツ>メンバーの元へ急いで走って行った。


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「あのね、アサヒ。こういうことはちゃんと報告して……って、前にも言ったよね?」
「ごめんなさい……」

ビー君がデイちゃんに怒られていた頃、私も私で叱られていた。プリ姉御に。

叱られた理由は、港町【ミョウジョウ】に行った頃から見える謎の記憶について、<エレメンツ>のみんなに伝えていなかったこと。
ぼんやりしていたらなんとなく言い損ねてここまで来てしまっていた……。
ドーブルのドルくんに助けを求めようとしたけど、「ダメです」と首を横に振られてしまった。だよねえ。正直に言わなきゃダメだよね。

「で、まだ見えるの?」
「たまに、ふとした拍子に」
「心当たりは、ないのよね?」
「うん……失った一ヶ月の記憶でもなさそう」
「不思議ね。輸血とか行ったことはなかったはずよね?」
「ないと思う。大きなけがをしたこともないし」

考え込むプリ姉御。ドルくんは、遠くを見つめていた。
確認だけど、と前置きしてプリ姉御は続ける。

「一応、ヤミナベさんのせいで失われている一ヶ月の記憶の方、だけど、正確には記憶がまるごとなくなっているわけじゃないのよね……」
「えっと下手に思い出させようと弄ると私の頭にダメージがくるって感じのだっけ?」
「ちょっと端折り過ぎ。まあ、でもだいたいそうか。そう、カギがかかっているのよ。パスワードというか、正しい方法で何かをすると記憶が蘇るようになっているカギで一ヶ月ぐらいの記憶を封印しているの」
「その開錠方法が分からないんだよね……」
「まあ、でもその記憶処置と今回の別の記憶が関連しているかは、まだ現段階ではなんとも言えない。でも違和感があるってことは、何かしら原因があるってことだから。用心して置いて。また何か気になったことがあったら言って」
「う、うん」

しょげていると、ドルくんが手を握っていてくれた。
その温かさに、思わずためていた感情を吐露してしまう。

「ユウヅキは、どうして私の記憶の一部を封印したんだろうね」

ドルくんは、なにも答えない。でも、握る手の力を、強めてくれた。
プリ姉御がそっと私の頬を撫でてくれる。

「違和感に原因があるように、原因には理由があるものよ。捕まえて聞けると良いわね、その理由を」

その気遣いに、私は少しだけ、少しだけ甘えさせてもらった。


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カツミ君とリッカちゃんとユーリィさんと合流するためミミッキュと一緒に自宅を出ると、見慣れぬ風貌の青年がいた。
正確には、見知った顔が見慣れぬ恰好をしていたの。
リッカちゃんのお兄さんの、ハジメさん。彼は前髪を下ろして、サングラスを外している。服も普段見かけないような、でも落ち着いた色合いのを着ていた。

「ハジメさん……イメチェン、したのね」
「ユーリィさんたちに手伝ってもらってだな……だが今回だけだ。ココチヨさんこそいつもと違うだろう」
「私のはただの私服だってば……リッカちゃんには見せたの、それ」
「前も変だと思っていたけど、なんか更に変だ……と言われた……」
「あらら」

地味に凹んでいるハジメさんの肩を、ミミッキュが少し宙に浮いてどんまいと軽く叩く。
ハジメさんはミミッキュに小さく礼を言うと、青い目を細めて、手に持った小さな機械を眺めた。

「だが、サモンから受け取ったこの波導を変質させる機械のおかげでトウギリに悟られずにリッカに会えるのは助かる。それでも留守にさせてしまうことは多いだろうが……いつも世話になっている。ココチヨさん」
「まあ、困った時はお互い様よ。でも、少しでも会えているのは、本当に良かった」

ハジメさんやリッカちゃんに対しては申し訳ないような、複雑な心境であることには変わりないけど。よかったと思うその想いは本心だった。
……トウギリは私の彼氏であり、私たちが対立しなければならない組織、自警団<エレメンツ>の波導使い。
ハジメさんが今手に取っているのは、トウの波導探知を逃れるための機械だった。
ちなみにまだ使ってないだけで、私にも配られている。
それを持っているのは、私たちが<ダスク>という集まりに参加していて、<エレメンツ>から隕石を奪おうとしているから。

「……今回の作戦、本当に参加していいのか、ココチヨさん」
「よくはないわよ。でもやるわ」
「まだ、引き返せるんじゃないだろうか、貴方は」
「いやいや<ダスク>に所属しちゃっているカツミ君を放って置けないでしょ。というかハジメさんがカツミ君巻き込んだくせに」
「それも……そうだが」
「分かっているわ……後戻りできなくなるってことは。でもね――」

思い浮かぶのは、トウの姿。本人は平気そうな素振りを見せるけど、日に日に無理を重ねているのは、聞かなくても分かっていた。
上辺だけでも平穏を守るために頑張っている<エレメンツ>に現状を打破する力が残っているとは思えない。
だから、私たちがやらなきゃいけない。
それが結果的に<エレメンツ>と対立することになっても、
トウを裏切ることになっても。私はやってみせる。

「――裏切り者になるからには、半端者ではいたくないのよ」


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ポケモンバトル大会の開催場所であるスタジアムは、王都【ソウキュウ】より西に少しいったところに流れている【オボロ川】の傍にある。(ちなみに【オボロ川】を遡っていくと【セッケ湖】に出る。【セッケ湖】は【スバルポケモン研究センター】のすぐ近くの湖だ。)
大会にエントリーしたポケモントレーナーの数は32名。予選は4人ずつ8組に分かれてのバトルロイヤル。そこを勝ち抜いた8人が本選トーナメントで戦う形になっている。
予選バトルロイヤルも本選シングルバトルも大会の時間の都合上、どちらも一度のバトルフィールドに出せるポケモンは1体だけ。交換はできないルールだ。プリムラたちの回復班はいるが、負担の分散などはよく考えて置かないとな。
選手も結構いるが、観客も意外と多く、満席とまではいかないが結構席が埋まっていた。

「人混み、結構すごいね。ビー君、リオルも大丈夫?」
「ああ、何とかな」

そう俺とリオルを心配してくれたのはヨアケだった。彼女は長い金色の髪を毛先の方で二つにまとめ直しながら、俺たちの緊張を和らげようと声をかけてくれる。リオルもプレッシャーを振り払おうと、いつもより大きい声で応えていた。
そんな中、彼女の手持ちのドーブル、ドルは周囲を警戒するように眺めていた。

「ドルくん、あんまり気を張り過ぎるともたないよ? まだ大会始まってないんだから」

声に反応してドルは彼女を一回見上げる。しかしまたしばらくしたら周囲を見始めていた。
「もう」と零したヨアケもまた、少しこわばった表情をしていた。

受付を済ませ、あとは選手控室に向かうところで知り合いと会う。

「カツミ君とコック、リッカちゃんとココさんミミッキュ! ユーリィさんにニンフィアまで、みんな来ていたんだ!」
「お、ヤッホーアサヒ姉ちゃん!!」

ヨアケの声に応えて思い切りこちらに手を振る少年は、カツミとそのパートナーのコダックのコック。
カツミにつられて丸メガネの少女、リッカ。ミミッキュを抱えたココチヨさんも気づき、笑いかけてくれる。
そして、何故かそこにいるユーリィは目を逸らした。(ニンフィアはちゃんとこっちを見ていた)

軽くショックを受けているヨアケ。そんなヨアケを横目で見ながらユーリィは、小声でばつが悪そうに俺に言った。

「ビドーたち、なんでここに」
「ユーリィこそ」

ユーリィのニンフィアが、リオルをリボン状の触角で撫でまわしている。リオルは少し照れ臭そうにしていた。
視線をぶつけ合う俺たちをいさめたのは、立ち直ったヨアケ。

「まあまあ、ここで会ったのも何かの縁だよ。ね?」
「……そうだな」
「……そうね。で、控室の方に歩いていたってことはアサヒさんとビドーも参加するの? この大会」

質問するユーリィの言い回しに引っ掛かる。一瞬返答できず固まっていたら、

「私たちはユーリィさんの応援に来たのよ。ビドーさんたちは?」

ココチヨさんに言われてようやく、理解する。

「ヨアケは参加しない。するのは俺だけだ」
「そう」
「……お前とはあんまりバトルはしていなかったよな、ユーリィ」
「そうね……昔あげたカイリキー、元気にしている?」
「ああ。頼もしい相棒の一体だ」
「なら、ビドーに預けて良かった」

短い言葉のやりとりだけど、だいぶ、だいぶ久しぶりにユーリィと雑談をできた気がした。

「もしぶつかったら、負けないからな」
「どのみちそれまで勝ち残れたらだけど。その時は受けて立つわ」

そんなやり取りをしていたらリッカが「ライバルだ……!」とメガネ越しの瞳を輝かせ、ココチヨさんが「どっちも応援するわよー!」と意気込み、ミミッキュ両手を上げて小さな旗を振っていた。なんかむずむずする。
急に縮こまる態度の俺を見て思わずカツミとドルが可笑しそうにしていた。コックは首をかしげていた。

「頑張れ、ファイトー!」

ヨアケに平手で背を軽く叩かれ、送り出される。
先に控室に向かうユーリィとニンフィアを、リオルと一緒に、追いかけた。


***************************


(おかしい)

<エレメンツ>“五属性”の一人、電気属性のデイジーが異変に気付いたのは、開会式直前のことだった。
受付のカメラを眺めていたデイジーは、直感、もとい嫌な予感がして、ひとりで大会参加者名簿のリストデータを確認し直していた。
電子機器のなかを移動できるオレンジ色の小さな電気を纏った相棒、ロトムにもデータを調べてもらいながら、目視でも調べていく。
そして彼女は見つける。
先日まで見覚えがなかった選手のデータを、見つけてしまう。

(ちっ……改ざん、されている)

<エレメンツ>の管理しているサーバーに侵入しデータを書き換えた何者かがいる。
その痕跡から、足跡を消され見失う前に犯人を突き止めるべく、ロトムに追跡をさせる。
デイジーは通信機の専用チャンネルで、本部のプリムラに連絡し対応を求めた。

「プリムラ! 選手のデータが一人書き換えられている! そいつは、そいつの名前は――」

何故こいつが。とデイジーは戸惑う。
これがヤミナベ・ユウヅキだったらどんなに良かったか。
髪型を変えたその顔写真データは、間違いなく彼の者だった。

「――ハジメ! <ダスク>のハジメじゃんよ!!」

デイジーの報告に、プリムラは息を呑む。それから、焦りが隠しきれない声で時間切れを告げた。

『もう、開会式を止めることはできないわ』
「くっ、ゴメン……もっと早く気づけていれば」
『いえ、どのみち今日になってしまった時点で厳しかったとは思う』
「……そこだ。中止が出来ないタイミングを、狙われた可能性もある……ちょっとまて?」

集まった状況の情報。その迷路から彼女はひとつの可能性を割り出していく。

(データを改ざんしたやつは何故ハジメのデータに書き換えたんだ?)
(何故わざわざハジメは危険地帯まっただなかのこの大会に変装してまで参加する必要があった?)
(なにか狙いがあって? 選手の狙うものと言ったら?)
(優勝賞品の、隕石。それを必要としているのは……)

「プリムラ」
『デイジー……貴方の考えはまとまった?』
「ああ。推測の域をでないけど、ヤミナベ・ユウヅキの協力者は<ダスク>かもしれない。たぶん、ハジメは、選手として隕石を狙うと同時に意識を割くための、囮でもあると思う」
『何に注意すればいい? 彼は、どうする?』
「思ったよりもヤミナベ・ユウヅキには協力者が多いかもしれない。そのことを念頭に置いて身構えておいてほしい。ハジメは泳がす」
『わかった』

受け応えたプリムラは、さっそく各員に向けて連絡を飛ばし始める。
その様子を横目に見つつ、続けて監視塔のトウギリにデイジーはチャンネルを繋げる。
会場の中継映像を見ながら、トウギリに問いかけるデイジー。

「トウギリ。今開会式に出ている選手は見えているか?」
『ああ、32名、全員見える」
「その中にハジメがいる、そっちから見て一番左の列の前から6番目の金髪頭」
『……確認した。やはり、波導が違うな。別の波導を発している』
「その波導は憶えてもあんまり意味はないと思うじゃんよ。ハジメは泳がすからルカリオと一緒に目でも確認しておいて」
『分かった』

中継から流れる<エレメンツ>のリーダー、水属性のスオウの挨拶と、開会の宣言をBGMにしながら、ロトムの呼びかけに応じるデイジー。
サーバーの中からこっそりと逃げ出そうとしている侵入者、デイジーのロトムと同じく電脳空間を移動できるポケモン、ポリゴン2を捕捉しつつ彼女は口癖を零した。

「ったく、人手が足りないじゃんよ!!!」

キーボードを叩き、電脳空間上のポリゴン2の逃げ道を塞ぎつつ、マイクを使ってデイジーはロトムにバトルの指示を出した。

***************************


観客席に向かったココさんたちと別れた後、開会式も終わったのでドルくんと巡回をしていると、廊下でこんな会話をしている人たちとすれ違う。

「――なあ、誰が勝つと思う?」
「どうせ、勝つのは外の奴らだろ。あいつら強いポケモン使うし」
「“ポケモン保護区制度”がなけりゃなー……」
「だよなあ、この大会意味あるのか?」
「さあな」

“ポケモン保護区制度”に反発する風潮があるのは知ってはいたけど、こういう場面に出くわすと、やはりなんとも言えなくなる。
“闇隠し事件”以降に他国によって取り入れられた、ヒンメル地方のポケモンを保護するために捕獲行為を制限する“ポケモン保護区制度”。
ヒンメルで暮らす人々は、手持ちのポケモンを増やすだけでもだいぶ困難していた。
思えば、以前遭遇したハジメ君もこの制度で苦しんでいた。

ハジメ君が言っていた、他国のいわゆる賊のような人々による被害、最近はどうなのだろうか。
テレビではあまり取り上げてくれないし、電光掲示板の情報もどこまで信用していいのかわからない。
<エレメンツ>は不透明な現状をイベントなどに夢中になって目をそらしている、という風にも取れなくはない。実際そういう批判も見かけたことはある。

でも、こんなこと思える立場でないのはわかっているけど、少しずつでもこの地方の活気を取り戻そうと動いてくれている<エレメンツ>のみんなの行動を、大会を開くためにしてきた努力を私は否定したくなかった。

(この大会に意味はあると思う)

けどその想いがあるからこそ、もしユウヅキが大会で何かしでかしたら嫌だなと感じる私もいた。
捕まえるチャンスは逃したくはないけれど、このまま何も起きずに大会が終了してくれればいいのにと、どうしてもそう願ってしまう。

「……しっかりしろ、私!」

両手で頬を叩き、弱気な自分に活を入れる。

(捕まえて、いっぱい聞きたいこと話したいことがあるのでしょ?)
(だったら立ち止まっている暇はない……動け!)

緊張で重くなりかけた足取りを無理やり動かし、再び会場を巡り始めた……。


***************************


予選のバトルロイヤルを行う組の抽選結果がモニターに表示される。
全8組中ユーリィが7組目で俺は5組目だった。
結構な人数が控室の中、それぞれのエリアやグループを作っていた。手の内を見せないよう、全員ポケモンをしまっていた。
俺とユーリィは壁際で、ほかの選手を眺める。

顔ぶれはざっくりというと、老若男女って感じだった。

ゴーグルをつけた爺さんは準備運動をし、なんか目つきの鋭いメガネで紫の服の青年は俺らと同じように壁際で周囲を眺めていた。緑のスカートのお姉さんは知り合いなのだろうか、髪の長い藍色のパーカーの今にも泣きだしそうな少年を撫でている。赤みがかった茶色の服の、なんかポケモンに例えるとビッパみたいな雰囲気の青年は屈伸をしていた。
さっきの涙目の少年とは別ベクトルの髪の長い金髪の青年と目が合った。なんか青い瞳ににらまれている。
髪が長いと言えば、ユーリィから「いい加減切りに来い」と言われ続けていることを思い出した。いい加減切らねえとな髪。

アナウンスに呼び出され、最初の選手たちがバトルコートへと向かう。
その中には先ほどの金髪もいた。
順番待ちの中、控室のモニターに先の組のバトル映像が流れ始める。

まずは、1組目。

バトルフィールドに東西南北のゲートから現れた4人のポケモントレーナーが、指定位置につく。
三つ編みの少女が白と黒のいかついポケモン、ゴロンダを、細目の男性がヨガのポーズをとっているポケモン、チャーレムを、杖をついたお婆さんが赤い情熱的な姿をした鳥ポケモンオドリドリを出す。
俺にガン飛ばしていたあいつがボールから出したのは、ケロマツの進化系、ゲコガシラ。
身体に巻かれたあの見覚えのある黄色いスカーフが、青い肌に映えていた。

(マツ?! 進化しているけどマツじゃねえかあのポケモン! ということは、……ハジメだったのか! あの睨んできたやつ! 丸グラサンねえとわからねえよ!)

思わず前のめりになりかけたところを、ユーリィに引っ張られる。
実況アナウンスがハジメを含む選手名とポケモンの紹介を済ませ、試合開始の合図を出した。


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サングラスがないと、バトルフィールドを照らす照明は少しだけ眩しく感じる。
訓練したとはいえ、なかなか苦手意識が拭いきれるものではないのだろう。
それに、緊張で冷や汗を流しているのは俺だけではなかった。

「マツ」

ゲコガシラに進化したマツは、無意識に黄色いスカーフを握っていた。
……マツが俺のもとへやってきた経緯は、サクが【義賊団シザークロス】の頭から聞いて俺に伝えていた。
そのスカーフの意味も、俺は知っていた。
マツにとっての過去のトレーナーへの思い出を、忘れないための品。
俺はマツと、そのマツを手放したトレーナーに対して言ってやる。

「見せつけてやろう、お前の実力を」

マツがこちらを一目見て、静かにうなずいた。

試合開始の合図が、響き渡る。


***************************


始まりの合図とともに、チャーレム使いの細目の男が袖をまくり、キーストーンのついたバングルを取り出した。
チャーレムも呼応するように額飾りのチャーレムナイトを構える。
男性の高らかな声とともに、チャーレムの体が光の帯に包まれ、その姿を変えていく。
メガチャーレムへと進化したそいつが力強く両掌を合わせると、頭部などに巻かれたいくつかの白い帯が、超念力でなびくように浮き始めた。
メガシンカを見届けた細目の男は伸ばした右の手のひらを下に向け、誰よりも先に技の指示を出す。

「チャーレム『じゅうりょく』!」

場に上から押しつぶされるような圧迫感がその場の全員に襲う。
重力のフィールドが展開され、マツもゴロンダも思うように動けなくなり技が当たりやすくなってしまった。飛行タイプのオドリドリにいたっては、空を飛ぶことを封じられることになる。

この時、マツに出させる技で誰を狙うか、とっさの判断を迫られていた。

メガチャーレム、ゴロンダ、オドリドリ。どいつを選ぶか。
この行動で誰が狙われる対象になりやすいだろうか。誰が自分たちを狙ってくるのだろうか。
すべてを読み切るそんな頭脳なんて持ち合わせてはいないが、それでも判断しなければならない。
俺の出した結論はこうだった。

「マツ! ゴロンダに『どくどく』だ!」

マツが毒々しい水球をゴロンダに浴びせ、猛毒状態にさせる。
短期決着のつきやすそうなこの1体だけのバトルロイヤル。この技がどれくらいの意味を成すだろうか……。
ゴロンダと三つ編みの少女がマツを一目見る。その間に婆さんが指で直立させた杖をくるりと回し、赤いオドリドリに指示。

「『フラフラダンス』よ、オドリドリ」

その場の全員の注目がオドリドリへと行く。重力の負荷の中だというのに、オドリドリは『フラフラダンス』を踊り切った。
その踊りを見たマツ、メガチャーレム、ゴロンダは体を揺らつかせる。混乱して思うように動けなくなっているのだろう。
マツに呼びかけをする。マツは頭を抱えて、まだ動けそうにない。
のしかかる重力場と混乱により、ゴロンダが膝をつく。

「っ、がんばってゴロンダ!! オドリドリに『ちょうはつ』!」

片膝をつきながらも、ゴロンダはオドリドリに顔を向け、堪えた笑顔で手招きする。オドリドリは眉間にしわを寄せ、イラついた。腹を立てたオドリドリは、攻撃技しか、使えなくなる。フラフラダンス封じだろう。
婆さんはオドリドリの怒りのパワーを逆手にとって、技に乗せさせる。

「じゃあ、ゴロンダに『エアスラッシュ』ね」
「くっ――ゴロンダ! オドリドリに突っ込んで!」

オドリドリのエアスラッシュを腕で防ぎながら、ひるむような衝撃を跳ねのけて、ゴロンダは間合いを詰めた。
ゴロンダが、技の射程圏にオドリドリをとらえる。

「『からげんき』!!」
ゴロンダの剛腕にオドリドリはリングの端まで吹き飛ばされる。『からげんき』は毒や火傷、麻痺などの状態異常時に攻撃力が上がる技。マツの『どくどく』を利用された形となったか……。
マツが、自分の頭を両手で叩き、体を震わせ正気を取り戻し、声を上げる。
その声に反応して顔を向けたゴロンダが、

「――――」

その男が技名を発音し終える前に――――鈍い衝撃音を放ち、崩れ落ちる。

「――『とびびざげり』」

警戒していたメガチャーレムの攻撃。
混乱から正気に戻るタイミングが、同じくらいだったのだろう。
蹴り終えたメガチャーレムが、手のひらを合わせる。『からげんき』を振り回すゴロンダをまず倒しに来たか。
少女の声に応じて、ゴロンダは立ち上がろうともがいた……しかし、マツ『どくどく』がそれを許さない。

体力を奪われつくしたゴロンダに審判が戦闘不能を言い渡し、少女がゴロンダをボールに戻した。

婆さんが、杖で床をこつとつつき、オドリドリにメガチャーレムを攻撃させる。

「燃えなさい、オドリドリ『めざめるダンス』」
「追撃しろマツ、『えんまく』だ!」

重力場はまだ続く……攻撃をかわしにくくなっているのはメガチャーレムも同じ条件だ。
オドリドリの舞から放たれる炎が、メガチャーレムを襲い、続いてマツの『えんまく』が一回顔に当たる。これで、技の命中率が少し下がる。

ここから先は、賭けになるだろう。
部は悪い。そして前提としてマツに意図が通じているかが肝となる。
おそらく技名を伝える隙はない。

だが、気づいているだろうマツ。
この、ギリギリの好機を、お前なら気づいているだろう。
だから俺は、お前を、

「信じている」

メガチャーレムと男が、目を薄く開く。

「構いません。やりなさいチャーレム――」
「今!」

マツは構える。技名を聞かずとも、構えてくれる。
『とびびざげり』で突っ込んでくるメガチャーレムにカウンターで、
二回目の、『えんまく』を、放ってくれる!

煙に目をくらまされたメガチャーレムの蹴りが、マツの横を通り過ぎる――――着地に失敗したメガチャーレムが深手を負うこととなった。

おそらく、一回の『えんまく』では『じゅうりょく』のせいで『とびびざげり』の狙いがそれることは、なかっただろう。
だが、二発当たったことにより、本当にギリギリだが狙いがそれる可能性がでた。
それを、つかみ取ったマツの度胸にも、感謝をよせつつ……気を引き締めなおす。

――冷静になったオドリドリが、チャンスを逃さずメガチャーレムに淡々と『エアスラッシュ』で追い打ちをかけ戦闘不能に追いやる。審判の宣言ののち、姿の戻ったチャーレムは男のボールへとしまわれる。

バトルフィールドに残るは、マツとオドリドリのみ。
ほぼ同時に、技名が指示される。

「『どくどく』」
「『はねやすめ』」

羽を休ませ体力回復を図るオドリドリに、マツの撃ち出した毒液が当たる。
じわじわとマツの猛毒が、回復した相手のオドリドリの体力を奪っていく。
いつの間にか、重荷になっていた重力のフィールドが解けていた。
お互い、体のキレが戻っていく……。

「いくぞマツ、『アクロバット』!」
「『フラフラダンス』に巻き込んで、オドリドリ」

素早く地面を蹴り、リングの端をも利用してオドリドリの背後から突撃するマツ。
オドリドリはそれを受け止めながら、ふらり、とわざと体制を崩し衝撃を受け流す。

「再びだ!」

攻撃を体ごと受け流されたマツはまた混乱状態に陥っていたが、踏ん張りもう一度リングを飛び回り仕掛ける。だが、今度は当たらず逆に『エアスラッシュ』の反撃を受けてしまう。

「立て続けに『エアスラッシュ』で」

婆さんはオドリドリに攻撃技をさせた。オドリドリは、猛毒によって体力を奪われ続けているから、『はねやすめ』の回復よりも、押し切りにきたのだろう。
空気の刃が起こす風が、こちらにも届く。
怯むような突風の中で、俺はマツの名前を呼び続けた。

「お終いよ。オドリドリ!」
「――マツ!!」

俺の呼びかけに、マツが……大声で応えた。
風の流れが、変わる。
マツの周囲に風が、水が渦巻く。
渦巻く水は、やがて激流となって、マツに力を与える。

「いけ! 『みずのはどう』!!!」

オドリドリの『エアスラッシュ』と特性『げきりゅう』の力でパワーアップしたマツの『みずのはどう』がぶつかる。
激しく流れる水の波動が、空気の刃を打ち破る!
そしてそのまま、水流はオドリドリを飲み込み、叩きつけ戦闘不能に追いやった。

審判が俺たちの勝利を宣言する。
思わず腕で汗をぬぐってから、マツの頭を強く撫でた。

「やったな、マツ」

マツはどこか照れくさそうに、でも笑顔を見せてくれた。


***************************


第1グループの試合を、ハジメとマツが勝ち上がった。

アイツのマツのバトルを見ていて、どこか悔しくなっている自分がいた。
でもその悔しさは悪い意味だけではなかったと思う。
この試合を見て……アイツらのことを少し認めていた俺自身に気づいた。
今でもハジメのことは気に食わない。けど、アイツはたぶん。いやきっとマツのことを信じて戦った。マツもそれに応えた。

アイツはちゃんと、ポケモンのことを信頼していた。

その事実がたまらなく悔しかった。そして同時に、その関係に憧れた。
ふと手持ちのモンスターボールを手に取り眺める。
ボールの中のリオルたちと目が合う。みんなは小さく、俺にうなずいた。

「そうだよな、見返してやるんだったよな……俺たちだって、アイツらみたいに、アイツら以上になってやるんだ」

そう呟いて俺もリオルたちに、うなずき返した。


***************************


第2グループはジャラランガ使いの少年が大暴れし、第3グループは紫の服でメガネ青年がリングマで勝ち上がった。
ジャラランガの方が派手な戦いをしていた。リングマは、勝ちにこだわるような、容赦のない戦い方をしていた。個人的にはリングマ使いのメガネの方が厄介な印象があった。
それから、第4グループ。ラフレシア使いの緑のスカートの女性が使っていた戦法? だと思うものに反応してしまった。

(これは、前にソテツが使っていた戦法か?)

結論から言うとぱっと見ラフレシアは、特に何もしていないように見えた。
だが周囲のほかのポケモンの様子が明らかにおかしかった。
そのポケモンたちは毒にむしばまれたように苦しそうに、でも混乱しているように正気を保てていなく、なによりラフレシアに怯んでいるようにみえた。

(えげつねえな)

『あまいかおり』とは異なる別の技のように見えるが、でも周囲の相手が近づくことも叶わず状態異常や行動不能になっていく姿は、どうしてもソテツが使っていた『あまいかおり』を思い出す。それより凶悪なのはラフレシアの毒花粉が合わさってなせる業なのかもしれない。
どのみち、見えない毒に気を付けなければ。

『5組目の選手の方々は、入場控え口まで移動してください』
「じゃ、先に行くぞ」
「せいぜい健闘しなさいよ」

ユーリィに送り出され、ゲートへと案内され向かう。
ゴーグルをかけた爺さんと短いひげの男性が手前の方の通路を曲がっていった。
黒い長めの癖毛を持つ、涙目の藍色のパーカーの少年と奥の通路を目指す最中。少年が、こちらに一礼した。

「あの、ボクはクロガネ=クリューソスといいます。ええと」
「ビドーだ」
「はい。ビドーさんですね。勝負よろしくお願いいたします」
「……こちらこそ、よろしく……クロガネ」

礼儀正しいクロガネは涙を拭って、自分の出場口へ歩いていく。
俺は彼のその行動を見て、考え方を見つめなおさなければいけないのかもしれないと思った。
全員を覚えるのは無理だが、参加者にも個々の名前がある対戦相手だという意識を思い出させたクロガネになんていうか……敬意を表したい。そんな風に考えた。


***************************


バトルフィールドに立つ。照明がわずかに眩しい。でも、あまり眩しすぎないようにとライトの調節をしたとガーベラさんが言っていたっけ。
それぞれの角に立つクロガネを含むトレーナーたちを見やってから、モンスターボールに手を付けようとした。
すると、ボールから、アイツが珍しく飛び出した。

「……お前」

たくましい背中を見せたのは、カイリキーだった。四本の腕のこぶしは、握りしめられている。
俺はアイツとのやりとりを思い出し、カイリキーの意思を尊重した。

「アイツに、ユーリィにいいとこ見せたいよな、カイリキー……いいぞ、お前に頼む!」

ゴーグル爺さんがとぐろを巻いた大蛇、サダイジャを、短いヒゲの男性が木にものまねしているウソッキーを、そしてクロガネがネギを構えた鳥ポケモン、カモネギを出した。

「いくぞ、カイリキー!」

試合開始の合図とともに、全員が動き出した。


***************************


サダイジャとカモネギが、一斉にカイリキーの方に向いた。

「睨めサダイジャ『へびにらみ』!」
「コガネ、いくよ『フェザーダンス』」
「なっ」

ゴーグル爺さんとクロガネが、サダイジャと(コガネというニックネームの)カモネギに指示を出す。狙いは当然と言わんばかりにカイリキーだった。
カモネギがばらまいた羽毛がカイリキーを包み込む、サダイジャは羽毛が地面につく前にするりするりと地を這い、カイリキーの視線の先に表れ、アイツを睨みつけた。
カイリキーは『へびにらみ』と『フェザーダンス』によって、麻痺の状態異常と攻撃に力が入らなくなってしまっていた。
いきなりの展開に一瞬戸惑ってしまいそうになる。その間にウソッキーは全体に岩石を降らすために力を溜めていた。
ヒゲのおっさんがウソッキーに『いわなだれ』の指示を出す。

場面がどんどん転換していく。
置いていかれそうになる。
だけど、俺もカイリキーも狼狽えている暇は、ない!

「カイリキー、まずは『ビルドアップ』」

俺の声にカイリキーは反応する。それから構えを取り始める。
分散しているとはいえ、ウソッキーの『いわなだれ』が3体に襲い掛かる。カモネギはおっかなびっくり回避し、サダイジャとカイリキーはかわしきれず食らってしまう。
カイリキーは羽毛と岩礫をはじくように筋肉を震わせ、体に力を取り戻すために、また体の硬さを強めるために『ビルドアップ』を行っていく。

場面は次の展開を迎える。
岩石をまともに食らったサダイジャが、砂を吐いた。
その特性、『すなはき』により吐き出された砂は勢いよく舞い上がり、あたりを砂嵐に包み込む。
羽と砂が舞い上がり、視界を悪くする。ミラーシェードを付けているから目は保護されているとはいえ、視界が悪い。くそっサダイジャ使いの爺さんのゴーグルはこのためか!
岩タイプのウソッキーはともかく、カイリキーとカモネギは砂嵐に苦しまされていた。
ゴーグル爺さんがこの時を待っていたと嬉しそうに指示を出す。

「『ちいさくなる』じゃサダイジャ!」
「えっ」
「くそっ」
「チッ」

クロガネ、俺、ヒゲのおっさんの順で悪態などをつく。
この視界の悪さで砂の中に隠れられでもしたら、タチが悪すぎるぞ……!
その時目を閉じたクロガネが、カモネギが、一斉に目を開く。
目に砂が入ってか、緊張のしすぎか、クロガネは涙目になりながらも……カモネギを励ました。

「のまれないでコガネ……『リーフブレード』!」

一閃。
カモネギがネギで砂を真っ二つにスライスし、中にいる小さくなったサダイジャ斬り上げた……!
カモネギはその『するどいめ』でしっかりとサダイジャの姿を捉えていた。そうか、その目を持っているカモネギなら、この視界の悪さでも見つけられる。サダイジャの潜伏作戦は通用しない。

「でかした坊ちゃんら! 今だウソッキー『のしかかり』!!」

ウソッキーが宙を舞うサダイジャの上から思い切りのしかかった。
砂のクッッションがあったとはいえ、サダイジャの悲鳴が聞こえた。
思わず動こうとするカイリキーを、俺は呼び止める。

「……カイリキー、今はまだ『ビルドアップ』だ」

砂嵐越しにカイリキーと目が合う。カイリキーは俺の目を見て、しっかりと『ビルドアップ』を積んでくれる。
ゴーグル爺さんが額に汗を垂らせ、あがきの一手を出してくる。

「やってくれたな! サダイジャ、カモネギに『へびにらみ』!」

来た『へびにらみ』……!
次、サダイジャが現れるとしたら、あそこしかない!

「顔の前だ、カイリキー!!」
「!? しまっ」

さっきカイリキーが『へびにらみ』くらったとき、サダイジャは顔面のすぐ近くに来ていた。
カモネギにも同じことをするのならば、姿を現すのは、やはりカモネギの顔の前!
温存していたこの技で決めさせてもらう!

「ねらい撃て! 『バレットパンチ』!!」

速射される拳が小さなサダイジャを捉え、吹き飛ばす。流石のサダイジャもダメージが多かったようで、戦闘不能へとなった。
……『バレットパンチ』は麻痺により自由が利きにくい体で、カイリキーが唯一早さで対抗できる持ち技だった。温存したかったけど、そう言ってはいられないようだ。
発射後の隙しびれが回るタイミングをウソッキーとヒゲのおっさんは逃してはくれない。

「『もろはのずつき』だ、ウソッキー!」

硬い『いしあたま』でカイリキーに突撃してくるウソッキー。
これは、かわしきれない。そう奥歯を噛み締めたとき。

「コガネ」

羽が再び、舞い降りる。

「『フェザーダンス』をウソッキーに!」

砂交じりの羽毛に包まれ、方向を見失ったウソッキーの『もろはのずつき』が失敗に終わる。
その彼らの行動の意図は掴めなかったが、助かったのもまた事実だった。
しかし、まだバトルは終わってはいない。

再度、ウソッキーの『いわなだれ』がカイリキーとカモネギに降り注ぐ。
カイリキーが怯みつつもガードをしている隣で、カモネギは自らの翼を『はがねのつばさ』で硬化し、岩石を受け流していた。
岩石をしのぎきったカイリキーが、己を鼓舞するように声を上げる。
麻痺もあるし、少々無理をしているようにも見える。

「いけるか?」

俺の問いに、カイリキーは拳を上げて“まだ行ける”と応えた。
そうか。お前がそういうなら、まだ行くっきゃないよな。

「わかった。勝つぞ」

カイリキーが何も言わず、腰を深く落とし、構える。
カモネギも何かしらの技の構えを取っていた。それは、守備よりの力の溜め方だった。
ウソッキーだけが、カイリキーに向かって『もろはのずつき』を繰り出してくる。
ギリギリまでウソッキーを引き付け、カイリキーに技名を叫ぶ。

「『クロスチョップ』!!」

相手の勢いを利用したクロスカウンターならぬ『クロスチョップ』がウソッキーの急所に入った。
吹き飛ばされたウソッキーが仰向けに倒れて戦闘不能に陥り、残るはカイリキーとカモネギのみになる。
カイリキーの体勢が崩れかけたところに、カモネギが駆け出し仕掛けてくる。

「今だよコガネ――――『ロケットずつき』!!」
「カイリキー!!」

カモネギの強烈な頭突きを、とっさにカイリキーは4本の腕で止めにかかる。
勢いに押されつつも、カイリキーは踏ん張って受け止めてくれた……!

「よくやった! そのまま『がんせきふうじ』で固めろっ!!」

岩石のエネルギーで、受け止めていたカモネギの身動きを取れなくする。

「ケリをつけるぞカイリキー! 『クロスチョップ』!!!」
「コガネ!!」

そのまま宙へ放り投げ、落下するカモネギにカイリキーの『クロスチョップ』が決まり決着となった――


***************************


『第5組目、勝者ビドー選手とカイリキー!』

モニターから流れる審判の声で、私とドルくんはビー君たちの予選突破を知る。
画面に映るビー君とカイリキーは、腕を正面から組んで、にやりと笑っていた。やった、まずは一勝だね。
思わず私までガッツポーズをしていると、声をかけられる。

「あの、選手控室はどちらに行けば戻れるしょうか」

そこにいたのは緑の髪留めで、栗色のロングヘアーの緑のスカートの女性だった……ってあれモニターでちらっと見たときには気づかなかったけど? もしかしてこの人は。

「ええと、もしかしてフランさん?」
「ええまあ、あたくしはフラガンシア・セゾンフィールド、フランという愛称で呼ばれることもありますが……あら、この香りは……アサヒさん?」
「はい、アサヒです。ヨアケ・アサヒです。お久しぶりですフランさん。ジラーチの大会以来ですね。ヒンメルに来られていたとは。しかも大会に参加されていたなんて驚きました」
「あらあら、ずいぶん大きくなられていたのでわかりませんでした。でも香りで思い出せましたね」
「覚えていていただけて? 嬉しいです……! あ、選手控室はこちらですよ」
「ありがとうございます、助かります」

フランさんを案内している間にすれ違ったモニターは、第6組目のバトルを流していた。
彼女はドルくんのにおいを嗅ぎながら、「あの時は顔を合わせていなかった子ですね、覚えました」と語りかけていた。
やがてフランさんは私にも話しかけてくれる。

「バトルといえば私は知り合いと一緒に参加していますが、アサヒさんは大会には参加されていないのですね」
「はい。今回は裏方のお手伝いをしています」
「そうですか。叶うならばあの時のリベンジマッチをしたかったですね」
「私もまたあの香り戦法とはバトルまたしたかったです。ああでも、参加していないですが私の相棒が参加していますよ」
「あら、まさか」
「いや単に同じ目的のために手を組んでいる相棒です。そっちじゃありません」
「そうですか。でも楽しみですね。当たってバトルできますように」

ふふふ、とフランさんは笑みを浮かべた。ドルくんはそんなフランさんに警戒を示していた。
もしマッチングで当たったらビー君がんばれ。この人は手ごわいよ……。


フランさんを送り届けて、モニターを見るとバトルは第7組目になっていた。確かユーリィさんの組だ。

「あれ……? ニンフィア、じゃないや」

ユーリィさんが使っていたのは、いつも一緒にいるニンフィアではなく……こわもてなポケモン、グランブルだった。
彼女がグランブルを出しているところを、私は初めて見た気がする。単に普段あまり外に出さないだけなのだろうか。今度紹介してほしいなと思った。


***************************


緑のスカートのお姉さんが戻ってきたころのこと。

(ユーリィの奴、いつの間にグランブルなんてゲットしていたんだ?)

後からヨアケに聞くのと同じ疑問を、この時の俺は抱いていた。グランブルゲットしているなんて、初耳だぞ。
……と思ったが、よくよく考えると俺は最近のあいつのことをそんなに良く知らないことに、改めて気が付いて少しだけ凹んだ。

知らないと言えば。
ソテツにも、ユーリィにも、ハジメにも。俺の知る由もないいろんな顔があるのだろう。
俺から見える面では、到底見えない別の側面を持っているのだと思う。
それこそ俺が見た彼らが、すべてではない。そういう意味ではジュウモンジの言っていたことは正論なのかもしれない。
俺を颯爽と助けて見せたソテツも、あんな疲れた笑みで謝るように。
密猟者のハジメも、妹の前では一人の兄で。
俺にはきつめなユーリィも……いろいろあるのかもな。


グランブルが勝利をし、ユーリィが予選通過者の控室にやってくる。
バトル直後で若干興奮気味のユーリィは、深呼吸をしてから俺に言った。

「……私たちも勝ったから。あとカイリキーとあんたの戦い、見ていたよ。やるじゃん」
「……お前もな、グランブルと息があっていた」
「必死に一緒に練習したからね」

珍しく褒められて若干(顔には出さないようにしたが)照れている俺を直視せず、どこか遠くを見ながらユーリィはそう謙遜した。
ユーリィの視線を追うと、第8組目の選手がポケモンを出しているところだった。

会場の、様子がざわついていた。

それは、ブーイングともとれるし、嘲笑ともとれるようなざわめき。
その中心軸にいたのは、あのビッパに似た頭の兄ちゃんだった。
そいつの出したポケモンは――――かわいらしいリボンをつけた、丸ネズミポケモン、どこをどう見てもビッパだった。

「ビッパだ……」とジャラランガ使いの少年ヒエンがこぼす。
「あら」と緑のスカートのお姉さんフラガンシアは頬に手を当てる。
「……なんなんだ、あの人は」と黒髪メガネの男キョウヘイは明らかにいらだちを覚えていた。
「ビッパじゃん!」と俺の後に勝ち上がった深紅のポニーテールの女テイルは口元がにやついている。
「……」ハジメは相変わらず一言も喋らない。だが、その視線はビッパを捉えていた。

俺は、なんとなくさっきの考えを思い出して、

「いや、見かけだけで判断したらまずいんじゃねーか」

そう呟いていた。すると、その場の全員の視線が俺に集まった気がした。

試合の開始の合図が鳴る。
攻撃技が飛び交う中そのビッパはというと、丸くなっていた。
のろのろと、動いては、丸くなる行動を繰り返すビッパ。
なんだあれはと興味を駆り立てるには、注目するには、そして油断するには十分だった。
だが、誰もが途中から違和感に気づいた。

結果から言うと、そのビッパは、刃の斬撃も、激しい泥の弾も、すべての攻撃を『まるくなる』で防いでいた。防ぎきって何食わぬ顔でそこにいた。

今回初めて、ハジメの声を聞いた。

「あのビッパ、『のろい』や『どわすれ』でステータスを上げてから、攻撃を『まるくなる』で完全にしのいでいる」
「技を受けるタイミングに、完全に指示と『まるくなる』のタイミングが重なっているからあんなピンピンしているのか?」
「おそらくそうだろう。きっとあれは、防御の一つの究極系……『まるくなる』の技を発動した瞬間にのみ、その効果が大幅に上がる現象、“ジャストガード”を駆使しているのだろう」

俺の問いかけに、ハジメは普通に受け応える。普通に会話できている驚きもあったが、ビッパと兄ちゃんたちのコンビネーションにも、とにかく驚いていた。その“ジャストガード”を連発しているって……息が合っているってレベルじゃねーぞ。
ハジメは次に、こう宣言した。

「当然、これだけ『のろい』や、特に『まるくなる』をした後には、あれが来るだろう」

モニター越しの兄ちゃんは、エントリーネーム「ハルカワ・ヒイロ」は、ここぞとばかりに技の指示を出す。

――「『ころがる』」、と――

まず一撃目の『ころがる』。泥の弾を撃っていた一体目が吹っ飛び、戦闘不能に陥る。
ビッパの『ころがる』は止まらない。
二撃目の『ころがる』。斬撃を放っていた二体目がリングの端に叩きつけられ、戦闘不能に陥る。
ビッパの『ころがる』は止まらない。
三撃目の最後の『ころがる』。残りの一体が、轢かれて宙を舞った。戦闘不能に、陥った。

審判がジャッジを下すのに、ワンテンポの間があった。ハルカワ・ヒイロとビッパ以外のその場面を見ていた全員が唖然としていた。
審判がヒイロとビッパの勝利を宣言した。

そして、ヒイロはというと、審判から半ばひったくるようにマイクを借りて、スピーチを始めた。

『……この国に訪れて、“ポケモン保護区制度”に悩まされている多くの人に出会いました』
『確かにポケモンをゲットできないのはトレーナーとして、辛いかもしれない。でもその時に彼らが口々にした言葉に、僕は疑問を持っていました』
『“強いポケモンを捕まえられないから強くなれない”、と彼らは言いました』

彼は、その場の全員に問いかける。

『……“強い”ってなんですか』
『強いポケモンを使うから強いトレーナーなのか? いや違う。それはポケモンが強いだけであって、トレーナーが強いわけではないと僕は思う。現に僕は強くない。一匹の丸ネズミのように非力です』
『そしてだからこそ、旅に出て初めて戦ったあのポッポとかコラッタとか自分よりもずっと小さなポケモン達を相手に必死になって泥だらけになって戦った記憶……。あの時は勝てないと思った、命の危機すら覚えた、僕はそんな思い出をずっと大切にしたいと思っている。世界で一番強いポケモンはあのときに出会った草むらのポケモンだと思うんだ』
『長々とりとめのない話を失礼しました。最後に一つだけ、言わせてください』

マイクを片手に、人差し指を高らかに上げ。
ハルカワ・ヒイロは俺ら全てに宣戦布告した。

『お前らなど、ビッパ一匹で十分だ!』




***************************


静けさから一転、ざわつきを取り戻したのは会場だけではなかった。電光掲示板ではネットでも、大会の注目度が上がっていた。
デイちゃんに連絡を取ると、「想定外のことばかり起きる、それがイベントじゃん」と消耗した声で潜り込んだポリゴン2の対応に追われていた。プリ姉御は回復班として忙しくしていて、スオウ王子は何か考え込んでいるように座っていた。
トウさんは特に慌てた様子はなく、いやむしろ強者のバトルにテンション上がっているのだけは隠しきれていなかった。そのことを観客席にいたココさんやカツミ君リッカちゃんに話すと、ココさんは呆れて、カツミ君とリッカちゃんは目を輝かせていた。
見回り組のガーちゃん(また「ガーちゃんじゃありません、ガーベラ」ですと訂正した彼女)は、「あんまり騒がしいのは苦手です」と滅入っていた。
ソテツ師匠からは「本来の目的を忘れて浮かれないように」と釘を刺された。

色々点々としても、不審な気配はデイちゃんの言っていたポリゴン2と、なぜか選手にいるハジメ君のみ。嫌な違和感は募るけれども、その姿を現さないまま、本選が始まろうとしていた。


***************************


対戦カード発表。(敬称略)

第一試合
ビドーVSフラガンシア

第二試合
ハジメVSテイル

第三試合
ヒエンVSヒイロ

第四試合
ユーリィVSキョウヘイ


本選、開幕!











つづく。


  [No.1680] 第八話後編 闇へと沈むバトルフィールド 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/01/01(Fri) 22:40:39   14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第八話後編 闇へと沈むバトルフィールド (画像サイズ: 480×600 158kB)

スタジアムの会場に向かう最中の通路で、あの人の大事な人とすれ違った。
彼女は駆け足で手持ちのドーブルと一緒にあたしの隣を通り抜けて行こうとする。
出来心、とでもいえばいいのか。はたまた、興味本位とでもいえばいいのか。
あたしはあたしの力で、彼女の思考を覗き見た。


(……ユウヅキ、どこにいるの……?)


そこから先は、読み取るのを止めた。
飽きたからってわけではなく。呆れたからだ。
彼女に対してもだけど、あたしはあたし自身に対して、呆れていた。
なんでわかり切っているのに、覗こうなんてマネをしたのか。
埋まらない決定的な差を見せつけられたようで、嫌気がさす。

「ばか、そうじゃないでしょ」

何、嫌気なんて感じているあたしは。
あたしはあの人の、サク様に忠誠を誓っているのでしょ?
なら、あたしのやることは、決まっている。
サク様の望む道を切り開く手伝いをすること。

それが、あたしの、すべきことだ。


(……メイ。そちらの準備は)

サク様からの念話が来る。一呼吸おいてから、あたしは応える。

(……問題ない。もう少しで定位置につくから。あの、サク様)
(なんだ)
(えっと、うまくいくといいね、今回)
(どうだかな)

その言葉には、うまくいってほしくないような感情が込められていた気がした。
優しいなあと思いつつ、あたしは発破をかける。

(あたしはサク様がどうしようが別に構わないけど、退けないんでしょ?)
(……ああ、そうだな)
(じゃ、やるしかないね)
(その通りだ。すまない、世話をかける。頼んだぞ、メイ)

珍しい言葉に、思わず口元がにやけるのを感じた。
それから、力強く私は任せてと念じた。


***************************


優勝賞品の隕石を巡った大会の予選が終わり、いよいよ本選に入った。
試合をするフィールドはリングから変わり、バトルコートとなる。
バトルコートは障害物の類のない、シンプルなコートだった。
本選第一試合。
入場の際、俺たちの対戦相手である緑のスカートの女性、フラガンシアに一つ質問された。

「あなたの好きな香りは?」

予想外の質問だったが、俺の返事はすんなり口から出ていた。

「俺の名前の由来になった、花の香りだ」

少なくとも今、好きな香りで思い浮かべるのは、あの心地よい香りの小さな星の花しかなかった。その花が浮かんで、少々複雑な気持ちにもなったが。

「あら、素敵ですね」
「どうも」

ふと、予選で相対したクロガネのことを思い出す。あんまり下の名前は名乗りたくはなかったが、彼を思い出して俺はフルネームを名乗っていた。

「俺の名前はオリヴィエ。ビドー・オリヴィエだ。できれば名字のビドーと呼んでください」
「その花でしたか。そしてこれはご丁寧に――あたくしはフラガンシア・セゾンフィールド。フランと呼んでくださいね。ビドーさん」
「わかった。それとよろしくお願いします。フラン」
「こちらこそ。仇討ちよろしくお願いいたします」

……そういえば、クロガネの知り合いみたいだったなフラン。

「素直には、させないぞ」
「ええ、全力で戦わせていただきます。楽しいひと時を」

アナウンスに促され、俺たちはそれぞれコートの端に向かう。
フランが一礼をしたので、つられて俺も一礼する。
それからそれぞれ、ポケモンを出した。


***************************


<義賊団シザークロス>のアジト。
自分のスペースでパソコンを使って動画を見ていたあたしに、テリーが青いバンダナで前髪を上げながら話しかけてくる。

「何を見ているんだ? アプリコット」
「テリー……いやあの、なんか<エレメンツ>主催のバトル大会ですごいビッパ使いのトレーナーがいるってネットで話題になっていて、ちらっと覗いてみたら……配達屋ビドーが大会に出ていた」
「なに」

テリーの声に反応したドクロの仮面をつけたようなゴーストタイプのポケモン、ヨマワルのヨルが彼と一緒にパソコンを覗き見てくる。

「ちょ、狭い」
「最近はそうでもないが、前にちょくちょくオレらの邪魔してきたやつだよな、あいつ」
「まあ、そうだけど……」

ふと、イナサ遊園地でのことを思い出してしまい、なぜか顔が火照る。いやいや、あの時はめちゃくちゃ怖かったけど、いざ思い返してみればああいう壁ドンってあんまりされたことないし……いやでもないから! 今見ているのだって、きょ、興味があるからとかじゃなくあのリオル出ないかなーとか気になっているだけだから!

「? 風邪か? そういう時はあんまり画面見ないほうがいいぜアプリコット」
「違う違う違う……」

唸っていると、対戦相手の女性は大きな口の草タイプのポケモンウツボットを出して、ビドーがよろいをまとったような虫ポケモンアーマルドを出していた。
リオルじゃないんだ、と思ったそのあと私は……彼の技の指示に驚いていた。

それは以前のビドーだったら絶対に指示しない技だったから。

『――アーマルド、『シザークロス』!!』


『シザークロス』

その技の名前が彼の口から出た。
彼のその一言が、なんだかんだあたしたち<義賊団シザークロス>を認めてくれた。そんなサインに見えて。
不思議と、彼らの大会を見届けようと決めたあたしがいた。


***************************


以前の俺なら、アーマルドにこの技を意地でも使わせたくなかったんだろうな。
だけど、いつまでも気に入らないからとかは言ってはいられない。
それに、この技はアーマルドがずっと出したがっていた技だった。
負けられない理由が増えた今……使える手は、使う!

「――アーマルド、『シザークロス』!!」
「『あまいかおり』を、シアロン」

シアロンと呼ばれたウツボットが、その大きな口から、甘い香りを放つ。
突撃していたアーマルドがその香りを浴びた。射程圏に入っていたアーマルドの動きが止まり、『シザークロス』が、失敗に終わる。

「アーマルド?」

アーマルドが、一歩、また一歩と自分を抑えられないようにウツボットに向かって歩いていく。
急いでアーマルドの様子を見る。アーマルドは、甘い香りの誘惑に、負けまいと踏ん張っていた。
フランとウツボットが笑みを見せる。

「ようこそ、香気の空間へ」

近づいたアーマルドをウツボットが『リーフブレード』で斬り飛ばす。
少し離れたことにより、アーマルドが一瞬我に返る。慌てるアーマルドに、俺は声をかける。

「いったん『つめとぎ』で落ち着こう、アーマルド」

アーマルドの好きな『つめとぎ』をさせて、冷静さを取り戻させる。しかし、香りの魔の手はどんどん迫ってくる。

「香りという物は奥が深いのです」

「『ようかいえき』をばら撒いて」と指示を出すフラン。ウツボットはそれに従い、周囲の地面に臭いの元凶の甘い溶解液を展開した。
甘ったるい臭いが広がり、なかなか平静を保つには厳しい空間になる。

「魅了、誘惑、動揺などなど。香り1つで気分もかわるのです。ほら、あなたのアーマルドもね」

アーマルドがまた苦しそうに香りの誘惑に誘われていく。そのまま進むと『ようかいえき』を踏んでしまう。好きな『つめとぎ』の技でさえ、思うようにいかない。

「アーマルド!」

アーマルドが俺の声にぴくりと反応する。その反応を見て、俺はとにかくアーマルドに声をかけ続けるべきだと判断した。

「踏ん張れアーマルド! 『アクアジェット』!!」

水流を身にまとわせ、溶解液を一部吹き飛ばして体当たりをするアーマルド。しかしウツボットに当たりはしたものの、ダメージが軽い。再びリーフブレードで斬り上げられ、距離が離れる。

「立てるかアーマルドっ」

なんとか踏ん張って立ち上がってくれるアーマルド。ここまで立ち回ってくれたからこそ見えてきたものがあった。

失敗した『シザークロス』、誘い込まれるアーマルド。魅了、誘惑、動揺。それらが当てはまる状態は、

「その香りは、『メロメロ』を含んでいるなフラン」
「ご名答」

相手を魅了して、技を思うように出させない。それが『メロメロ』状態。
攻撃は半分くらい、失敗すると考えてもいい。

「アーマルド作戦がある」

残された手で思いつく手はあった。しかし、うまくいくかはわからなかった。
でも、このままじゃだめだ。このままやられっぱなしじゃ、まずい。
それに、一矢報いなきゃ悔しすぎる。そう念じるアーマルドの想いの波動が見えた。
だからこそ俺はアーマルドにこう言っていた。

「次の技は失敗してもいい。思い切りやってくれ」

戸惑うアーマルドに、俺はその目をしっかり見据えながら頼む。

「信じてくれ」

アーマルドの目つきが、変わった。
狙いを定めるようにアーマルドが研がれた爪を、ウツボットに向けた。
俺とアーマルドの想いが重なる。

覚悟しろ、ウツボット!

「いくぞ『アクアジェット』!!!」

流れる水の中をくぐりながら突進するアーマルド、その『アクアジェット』は、上に外れ失敗に終わる。
アーマルドの『アクアジェット』がウツボットの上空で解ける。
落下するアーマルド。

……待っていた。
これを、待っていた!

「『いとをはく』で口を塞げ!」

俺の指示を待ち構えていたようにアーマルドはすぐに反応し理解してくれる。

「……して、やられました」

ウツボットが『あまいかおり』を放っていた口を糸でがんじがらめにしてつぐませる。
あいつの香りは、口の中に溜めている溶解液とそこに誘うための蜜がその発生源。
つまり口さえ開けなきゃ、もう『あまいかおり』は使えない!

「よく耐えたアーマルド! 一気に決めるぞ『シザークロス』!!!」
「シアロン『リーフブレード』!」

そのまま近接戦の斬り合いになる。先にダメージを食らっているけど、アーマルドは、硬い。
口を塞がれ、バランスを取れないウツボットをどんどん押していく。

「とどめだ!」

決定的な一撃が入り、ウツボットが倒れる。
戦闘不能のジャッジが下され俺とアーマルドはフランとウツボットを破り、初戦を突破した。

「よくやった、アーマルド」
「ありがとうございます、シアロン」

フランがウツボットにねぎらいの言葉をかけて、俺とアーマルドに近づく。

「お見事です。流石はアサヒさんの相棒ですね」
「どうも……ってヨアケを知っているってことは、やっぱりあんたがヨアケの言っていた香り戦法の人だったか。でも俺がヨアケの相棒って一言も言っていないよな。なんでだ?」

その質問にフランは、笑みを浮かべながら俺を軽く指さした。

「あなたたちの香りが教えてくれたのです」



***************************


本選第一試合目でビドーさんたちが勝ち上がって、観客席で見ていたリッカちゃんとカツミ君は喜んでいた。でもその次の試合、第二試合目の選手が入場すると、予選の時もだけどリッカちゃんの様子が変わる。カツミ君のコダックのコックもその異変に気付いていた。
まあ、なんていいますか、リッカちゃんはむくれちゃっていた。

「ハジメさんの応援をしなくていいの?」
「……だって、ココ姉ちゃん。わたしハジメ兄ちゃんがマツと一緒に出るって聞いてない。聞いてないからあそこにいるのはハジメ兄ちゃんたちじゃない」

リッカちゃんのお兄さん、ハジメさん。
彼はリッカちゃんを心配するあまり、いろいろと内緒にしすぎていた。いやあたしもトウに内緒にしているから、他人のこと全然言えないんだけどね。
リッカちゃんはハジメさんにあんまり問い詰めないように気を使っていたのよね。
普段溜まっていたのが、ここにきて出ちゃったんだよね。

「ココ姉ちゃんも、知っていたのなら教えてくれてもいいのに……」
「あはは……ドッキリさせようとしたのかもよ?」
「そういってココ姉ちゃんも、何か隠しているんでしょ」

カツミ君が困ったようにこちらを見ている。事実その通りだからねえ……。
ハジメさんには悪いけど、隠しきるのは難しい。潮時かな。

「あたしも隠しているわよ、いっぱい。カツミ君とハジメさんと、一緒に、リッカちゃんに秘密にしてきたこと、いっぱいあるわ」
「……なんで? なんでわたしだけ仲間外れなの?」

メガネの奥の瞳を潤ませるリッカちゃん。カツミ君は絶句した。ごめんて。

「ごめんね。いくらでも責めてもいい。納得できなくてもいい……内緒にしていたのは、みんなリッカちゃんが大好きだからよ」
「……それでもわたしは、何にも知らないで待つのはもう嫌だ……」

そのリッカちゃんの言葉に誰よりも反応したのは、カツミ君だった。

「リッちゃん……ゴメン。ココ姉ちゃん、いいよね、もう言っても?」
「いいわよ。でもちょっと待って」

あたしはカツミ君にうなずいた。ゴーサインを出した。
リッカちゃんは毎日毎日何も聞かずにハジメさんを見送って、帰りを待って、待って、待ち続けてきた。
この子には、聞く権利がある。

だからあたしは念じた。

(メイさん。ちょっと手伝って)
(……何? ヒマじゃないんだけど。それにガキどもの相手は嫌)

テレパシーを管理しているメイさんは、そう毒づく。聞いていたんじゃん。
あとメイさん、もう自分の力のことあんまり隠す気ないわね。

(お願い。今度何でも好きなメニュー作るから)
(じゃあピザ)
(オーケー)

リッカちゃんが無言で首を縦に振るあたしを不思議そうにみる。
カツミ君は意図に気づいてくれた。
テレパシーのチャンネルが、あたしたちの頭に 共有される。

(じゃ、アンタたちも手伝いなさいよ)
(えっ……え、なにこれテレパシー?)
(テレパシー。やり方は慣れて)
(誰……?)
(あたしはメイ。<ダスク>のメイ。そこでアンタを仲間外れにしているカツミとココチヨと、今必死に戦っているアンタの兄貴と一緒の集団に参加しているメンバーの一人)

リッカちゃんが思わずバトルコートに視線を戻す。
対戦相手の深紅のポニーテルの女性が従える赤茶の毛並みと大きな尻尾のポケモン、フォクスライに、ハジメさんはゲコガシラのマツと一緒に応戦していた。

(アイツについては、あたしもあんまり詳しくない。ただ、いつもアンタのことばっかり考えている。ウソをつくとき、何かしら理由を持ってつくやつだったとは思う。ってそのくらいアンタたちの方が知っているんじゃないの?)
(まあまあ)
(メイ姉ちゃんって、よく見ているんだなーみんなのこと)
(……それでも何か聞きたいことはあるなら、あとはコイツらから聞け。テレパシーは使えるようにして仲間に入れてあげるから。ただしハジメとは、大会が終わったら直に話すこと)
(うん……ありがとう……ございますメイさん)

メイさんから引き継いだあと、ハジメさんについて、あたしとカツミ君が知る限りをリッカちゃんに伝えた。
リッカちゃんは、あたしたちの話を、じっくりと最後まで聞いてくれた。

その間にも試合は続き、マツがフォクスライのみぞおちに決定打の『アクロバット』を決めて、勝利をつかんでいた。

わっと周囲に歓声が上がる。その中でリッカちゃんは静かにエールを零した。

「あとで聞くからね……がんばれ、ハジメ兄ちゃん、マツ……!」


***************************


第二試合のテイルさんとフォクスライを破ってハジメ君とマツが勝ち上がったことにより、彼らが準決勝でビー君と当たることが決まった。
第三試合は鱗の大量にじゃらじゃらさせたポケモン、予選でも活躍していたジャラランガを連れた少年ヒエン君と、噂の中心になっているビッパ使いの男性、ヒイロさん。
客席より外側の通路にいても、会場から手のひら返しのビッパコールが聞こえてきた。
見回りのガーちゃんと再び遭遇した。彼女は両手にバラのブーケの腕を持つロズレイドと一緒に画面に見入っていた。
私に気づいたガーちゃんが、私に向けて今の感情を吐露した。

「ヒエン君とジャラランガは、以前ポケモンバトルをした相手です。私情は挟んではいけないですが、やはり応援したくなってしまいますね」
「……いいんじゃないかな、応援しても。そこは、立場とかちょっと忘れて、さ」
「立場は立場です。そんな、私だけ忘れて好きにするのは、ソテツさんたちに申し訳ないですから」
「ガーちゃん……」
「まったく、もう。ガーちゃんじゃありません、ガーベラです」

そういいつつも、その文句にはいつもほどの元気はなかった。
私も彼女につられて、画面に見入った。
第三試合が、始まる。


***************************


後ろで縛った赤茶の髪を揺らし、ジャラランガ使いの少年、ヒエンはヒイロに宣戦布告した。

「ビッパの兄ちゃん。兄ちゃんたちが強いってのはなんとなくわかっている。でもオレとジャラランガもいろいろ特訓してきて、そしてここにいる――負けないから」

ヒイロは、ヒエンの言葉を受け取り、その上でこう返した。

「……君の、君にとっての本当の強さを教えてくれよ」

証明をして見せろ、と告げたその言葉は、どこか待ちわびているようにヒエンは感じた。

試合開始の合図が響き渡る。
観客のビッパコールを、ヒエンとジャラランガは、

物理的にかき消した。


「行くぞジャラランガあっ!!!」

ヒエンは咆哮とともに右腕につけた『Zリング』を左腕とともに交差させる。
『Zリング』からのゼンリョクエネルギーを受け取ったヒエンとジャラランガは、腕で半円を描き、握り拳を突き出した。右足を力強く引いて、両腕を竜の口のようにふたりは開く。
そこからジャラランガは雄々しい舞を踊り始める。全身の鱗をすべて震わせた、すべての音を一つに集めた超爆音波が、放たれる!

「『ブレイジングソウルビート』――――!!!!」
「! 『まるくなる』」

ビッパの『まるくなる』。気おされずに完璧なタイミングでヒイロの指示でジャストガードをして防ぐビッパ。
『まるくなる』を解き、きりっと立ち上がるビッパ。
しかしピッパは、踏ん張って立っていた。
完全に防いだかに見えたその攻撃は、通っていた。
そして、『ブレイジングソウルビート』の追加効果でジャラランガの全能力が上がる。

「いくらジャストガードでも、Z技を無傷は無理だろ? ジャラランガ『いやなおと』っ!!」
「『のろい』!」

『のろい』で素早さを捨てる代わりに攻撃と防御の能力を上げつつも、ジャラランガも放つ音に苦しそうに防御力を下げられるビッパ。
しかしヒイロは迷わず指示を出す。

「『ころがる』」

ゆっくりと始まるビッパの『ころがる』。
その一撃を受けてはいけないことを知っていたヒエンは、ジャラランガに遠距離攻撃を出させる。

「『ばくおんぱ』で吹っ飛ばせ!!」

ヒエンの望み通り、ビッパは音波の圧によって吹っ飛ばされる。
だが。

「『ばくおんぱ』が相殺、された……? そして『ころがる』が、解除されていない……?」

ビッパは先ほどよりスピードの上がった2回目の『ころがる』を仕掛けてくる。
音波の壁に“当たってしまった”ことにより、2回目のころがるは威力がさらに上がっていた。
そのことにヒエンが気づいたのは、4回目の……4回もビッパの『ころがる』をジャラランガがギリギリで『ばくおんぱ』で吹き飛ばしたあとだった。

「――『ころがる』」

5回目の『ころがる』
速度も、威力も極まった“転狩る”に対して、ヒエンとジャラランガは打つ手がなかった。

その茶色の弾丸は、ジャラランガを場外の壁まで一瞬で叩き飛ばした……。

「ジャラ、ランガ……!」

戦闘不能に陥ったジャラランガにヒエンは駆け寄る。その姿をヒイロはじっと見て、それから一言「ありがとうございました」といい、ビッパを抱え上げフィールドを離れた。

「ゴメン、ゴメンよジャラランガ……!!」

ヒエンの涙がフィールドの土を湿らし、三人目の勝者が、次のステージに進んだ。


***************************


第4試合。ユーリィVSキョウヘイ。

ユーリィには、迷いが少しあった。

彼女はハジメやメイ、ココチヨやカツミと同じ集団、<ダスク>に所属するメンバーだった。
彼女ら<ダスク>は大会の優勝賞品、隕石を狙っている。
そして、今彼女の目の前に立つキョウヘイは、同じく同志のサモンが依頼した手練れの協力者だった。

選手には、通信、テレパシーの類が許されていない。つまり、現場で判断するしかない状況。
そしてユーリィは、その躊躇を踏みつぶして、キョウヘイに言う。

「サモンさんから話は聞いているけど、私も戦いたい相手がいるから勝ちに行くわ」

彼女が戦いたいのは、彼女の幼馴染でもある、ビドー。
ビドーはユーリィが<ダスク>に入っていることを知らない。
けれど、知らないからこそ純粋に戦い競い合える機会を心のどこかでユーリィは待っていた。
約束というほどきちんとした言葉は交わしてないが、ビドーに「もしぶつかったら、負けないからな」と言われ、感傷に浸っていたユーリィは、

次のキョウヘイの一言で現実に引き戻される。


「レンタルポケモンといい、なめているのか?」


キョウヘイの言葉に彼女は動揺する。
予選を共に勝ち抜いたグランブルがレンタルポケモンだと見抜かれていた驚きもあるが、自身が目の前のキョウヘイに対して、否、大会に対してどこか甘く見ていたことを暴かれたことに対し、いたたまれなさを感じていたからだ。
そもそも、ユーリィは今回の大会にレンタルポケモンの試用を依頼されていたという事情を持っていた。つまりはその場として大会を利用していただけとも言える。
さらに自分のポケモンで挑まなかったことに対して“ポケモン保護区制度”を言い訳に使うにもヒイロのあの宣言もあってできない。
一応グランブルと練習はしてはいたが、それも付け焼刃程度でしかない。

それらを踏まえて、ユーリィにはキョウヘイに反論できる言葉がなかった。

入場アナウンスが入り、それ以降の会話はなかった。

「行くぞ、ブルンゲル」
「お願い……グランブル!」

キョウヘイは大きな頭を持ち、ふわりと浮いたブルンゲルを、ユーリィは下あごとキバが大きいグランブルを出し、そして試合が始まる。

グランブルがその強面で吠え、ブルンゲルを威嚇した。
ブルンゲルは一瞬びくつくもすぐに呼吸を整える。
整ったことを確認したキョウヘイは短く指示を出す。

「状態異常にしろ」

状態異常。それだけの言葉ではどんな技が放たれるかユーリィには絞り切ることはできない。けれども、ブルンゲルにとってはその指示だけで何をすべきかわかっていた。

ゆらり、とブルンゲルは横に一回転。するとグランブルの周りに怪しげな炎が回り始め、グランブルを焼け焦がす。

「! グランブル『かみくだく』!」

火の粉を振り払いながらグランブルは突進。ブルンゲルのひらひらとした腕を噛むも、『やけど』でうまく『かみくだく』ことができない。その異常を『おにび』によるものだと気づくユーリィだが、全く効いていないわけではない、と彼女は判断を下し技の継続を促した。

「ダメージは通っているはず、グランブルそのまま――」
「――そのままよく噛んでいろ。ブルンゲル!」

言葉を奪われたユーリィは、次の光景に愕然とする。
ブルンゲルが空いたもう片方の手でグランブルを抱き込んだ。
無情なキョウヘイの指示が飛ぶ。

「回復だ」

みるみると体力を回復させるブルンゲル。それと比例して、グランブルの噛む力が抜けて行く。
ユーリィは初めのうちは、ブルンゲルがグランブルの体力を吸い取っているのではと誤認していた。
しかし、グランブルのあごの力がどんどん緩んでいくのを見て、考えを改める。

(グランブルの力が、吸い取られているの?)

『ちからをすいとる』、それは相手の攻撃力を吸い取り減らし、その分の体力を回復させるという相手の力に依存している技である。
『やけど』の状態異常といい、力が得意のグランブルの長所をことごとく彼らは抑えていく。

さらに、グランブルの動きが止まる。

「グランブル?」

グランブルはぱくぱくと口を閉じようとしては失敗を繰り返した。
……グランブルの『かみくだく』が封じられていた。
ブルンゲルの金縛りという呪いによって、その牙を封じられていた。

そのブルンゲルの体質の名前は『のろわれボディ』。
相手の最後に使った技を金縛りにし、偶に使えなくさせる特性だ。

(どうしたらいいの)

挫けそうになった彼女は、ボロボロのグランブルを見る。
そのグランブルを見た時、ユーリィは猛省した。
何故なら、グランブルは悔しそうにしていたからだ。
(確かに、知り合って間もない私たちと向こうでは連携経験の差は埋まらない)
(でも、この子は悔しがっている)
(負けることを望んでない)
(グランブルは勝ちたがっている)

(バトルに勝ちたいと思うことに、そこにレンタルポケモンとか、その差はないじゃない……!)

彼女が思い返すのは、それこそ付け焼刃の訓練。
少しでも勝てるようにと、一緒に練習した記憶。

(勝たせてあげたい……いや、勝つ!)

ぎり、と歯を食いしばり。ユーリィは反撃の一手をグランブルに出す。

「グランブル『ストーンエッジ』!!」

グランブルが足で地面を踏みつけ、岩石の刃を地面から発生させブルンゲルの体を射抜いた。
『ストーンエッジ』は、打てる回数こそ少ないが、急所に当たりやすい大技。
急所に入ってしまえば、攻撃力の低下はカバーできる……だが今の攻撃は急所から外れていた。

(でも、ありったけ叩き込むしかない!)

その気迫を込めた彼女の叫びを……容赦なく。
彼はドスの聞いた声で遮った。

「――『うらみ』、だ」

ブルンゲルの怨みをかったグランブル。
グランブルの『ストーンエッジ』は空振り、地団駄に終わる。
『うらみ』は相手が最後に放った技の残り回数を減らす技。
つまり、放てる回数の少ない大技ほど……刺さる。

「グランブル、『じゃれつ」「『たたりめ』で決めろブルンゲル!」

『やけど』状態のグランブルに、威力が倍増されたブルンゲルの『たたりめ』が入る。
攻撃に堪えきれず、グランブルは倒れ……そして起き上がれなかった。
第4試合の決着だった。

「……ありがとう、ごめんねグランブル」
「……よくやった、戻れブルンゲル」

キョウヘイとブルンゲルが勝利し、準決勝へ向かう最後の選手揃う。
ユーリィはグランブルを抱きしめ、心の中で思った。

(ビドー、ごめん。そしてハジメさん、キョウヘイさん。あとは頼んだよ)



準決勝の対戦カードが発表される。



準決勝第一試合 ビドーVSハジメ
準決勝第二試合 ヒイロVSキョウヘイ


***************************。


人通りの少なくなってきた通路で、私はドルくんと一緒に中継モニターを見上げる。

「準決勝第一試合の組み合わせは、ビー君対ハジメ君、か……」

ハジメ君はビー君にとって、乗り越えられていない壁のような存在で。
たぶん認めているけど認めたくない相手なんだろうなと私は考えていた。


【トバリ山】で密猟をしようとしていたハジメ君に邂逅した時、ビー君は苦い思いをしていたみたいだ。
【ソウキュウ】で再び会った時は、捕まらないためにリッカちゃんを置いていくことを選んだハジメ君に、ビー君怒っていたっけ。
【イナサ遊園地】でビー君は、ハジメ君のことを見返してやりたいと言っていた。
私とビー君が一緒に黄色いスカーフを届けた相手。ケロマツのマツがハジメ君のポケモンになっていたのも驚いたな。

このバトルで、ビー君は何かを見出せるのだろうか。
叶うならば、乗り越えてほしい。もしくは、吹っ切れてほしい。
……いや、そうじゃない、か。これだと心配のし過ぎだな。
だから。

「ビー君」

私が今の彼とそのポケモンたちに願うのは、ただこれだけだ。

「がんばれ」

良いバトルを、そして――勝利を願っている。


***************************



ここまで来たいとは思っていた。
それは、準決勝だから、という意味ではない。
この大会で、ハジメが出ていると知った時から俺は。

「あんたとバトルがしたかった」

今日何度目かの入場口前のやりとり。
沈黙を先に破ったのは俺だった。

「ハジメ。お前は覚えてはいないだろうが、お前に【トバリ山】で“ポケモンのことを信頼してないだろう”って言われて以来、ずっと俺は、こうしてバトルをできる機会を待っていた」

時間もないので直球で伝えたいことを言い切る。
するとハジメは、小さくため息を吐いて、リアクションを返した。

「……覚えている。何だ、ずっと俺を見返したかったのだろうかお前は?」
「そうだ。それだけじゃないがな」
「そうか。……おそらく俺は、この大会でのお前たちのバトルを見てすでに考えを改め始めているのだろう――――だがまだ認めない」

彼はそう言って、あの丸いサングラスを取り出し、かけた。
なんとなく、それは本気を出すサインのようにも見え、身構える。
サングラス越しの鋭い目つきで、ハジメは俺を睨んでくる。
俺も、ミラーシェード越しに、睨み返す。

目と目が合った。

「ビドー。お前は……リオルとは、はたして相棒になれたのだろうか」
「これからそれを、見せるんだよ」
「じゃあ、見せてみろ」

入場を促すアナウンスが聞こえた。
バトルの始まりはもう間もなくだった。


***************************


お互いバトルコートの端に立ち、バトルさせる手持ちを出す。
俺の出すポケモンは選ぶまでもない。
ずっと握りしめていたモンスターボールを、投げる。
ボールが開き光と共に、青い小柄なシルエットのリオルが仁王立ちで現れる。

「行くぞリオル!」

一声、力強く俺の声に返事をするリオル。
コンディションは良さそうだった。

そのリオルの前に立ちふさがるのは――――ゲコガシラのマツ、ではなく。

「行け、ドラピオン」

鋭い爪のついた、長く大きな両腕と尻尾を持つ化け蠍のポケモン、ドラピオン。
俺とリオルが一度手も足も出なかった相手。
リベンジマッチ、したかった相手。
それをわざわざハジメは出した。

その意味は、次の一言に集約されていた。


「かかってこい!」


合図が響き、バトルが始まる!

「ドラピオン、『どくびし』!」
「リオル『はっけい』で道を作れ!」

ドラピオンが毒を纏ったまきびしを宙に巻き、円陣状に守りを固めようとした。
リオルは『はっけい』を前方斜め上に発射。空中で弾き飛ばされた『どくびし』は、その直線のラインだけ落下しない。

「正面に『ミサイルばり』!」
「突っ込め!!」

放たれた『ミサイルばり』にリオルは怯まずに正面から突っ込み、身をかがませながらその頭上に針を通過させる。
リオルの頭上を飛んで行った『ミサイルばり』は、軌道をそらし背後の一点から襲い掛かる。

「後ろに『きあいだま』っ!」

引き寄せて一点に集約された『ミサイルばり』を、気合のエネルギー弾で一気に叩き落すリオル。

「よし上手い! そのまま行くぞ!」
「『まもる』でしのげ、ドラピオン……!」

その指示を聞いた瞬間、リオルに念じる。リオルも同じことを思っていた。
俺とリオルはタイミングを合わせ、右拳を短く突き出してから、

「『フェイント』!!」

左ストレートを思いっきり出す!

『フェイント』につられたドラピオンの『まもる』を突破し、初撃を与えることに成功したリオル。
ハジメとドラピオンが俺たちを睨み、反撃してくる。

「『クロスポイズン』!!」
「『はっけい』で応戦!」

ドラピオンの長い両爪が、リオルを引き裂く。リオルの『はっけい』もドラピオンに当たるも、軽く入った程度だ。
近距離の戦いがしばらく続いたのち、リオルがドラピオンの両爪の攻撃の後にきた尾に弾き飛ばされる。

その先は、『どくびし』がまかれたエリア。
毒状態に陥ったリオルにドラピオンの『ミサイルばり』が追い打ちで襲い掛かってきやがる!

「今度は対策させてもらうぞ!」

しかもそのミサイルばりは、発射タイミングがずらされ、ばらけた位置からリオルを狙っていた。これでは一直線に並べられないし、もし並んだとしても一撃だけの『きあいだま』では相殺できない!

どうする……? どうすればいい?
そう焦った俺はリオルを見て。

(リオル?)

リオルが珍しい笑顔を見せていることに気づく。
……リオルの波動を感じる。
毒にむしばまれて、苦しんでいた。だが、それ以上に、興奮していた。

――――やれるだろ?

そうリオルが念じているように聞こえた。

「ああ、やれるさ。俺たちなら」

ひとつ、ふたつみっつ。よっつにいつつ。

それぞれの針の位置と角度を見て、感じて、タイミングを計り……指示してみせる。
だから、任せだぞ!!

「行くぞリオル!!!」

一番近い針、真正面斜め上からくる針。

「下がれ」

地面に突き刺さる針。
二本目、前方左上からくる針。三本目はそれと反対側。

「左上小さく『きあいだま』。右上は引き付けてから前進」

一本は打ち落とし、一本は直前の位置に落ちる針。
残り、後方から迫る嫌な角度の二本。

「『はっけい』で高く飛び上がれ!」
「何」

飛び上がったリオルの下方から、角度の揃った二本の針がやってくる。
リオルはそれを、目でしっかりと捉えている!!

「『はっけい』で蹴り飛ばせ!!」

下降しながらジグザクを描いて針を蹴飛ばしリオルは急速落下する。
そのままドラピオンにめがけてかかと落としのフェイントを狙い、『クロスポイズン』を誘発させた。
足を引っ込め着地したリオルの目の前には、ドラピオンのどてっぱら!

その技を指示する時、
この技を覚えさせようと思った時のことが頭によぎった。


『リオルは、ひょっとしたらまだ怖がっているのかもね』
『たぶんリオル自身も進化できてないことを恐れているし』
『いつビー君が、また昔のように声をかけてくれなくなってしまうんじゃないかって』
『今は平気だと思っていても、ふとした瞬間、思い出すのかも』
『だから、そんな不安、吹っ飛ばしてあげて』
『大丈夫、ビー君とリオルなら、この技を使いこなせるよ!』

『だってこの技は』
「だってこの技は」

「『信頼を力に変える技だから……!』」

想いを波導に乗せて、重ねる。


「『おんがえし』!!!」


衝撃音とともに、ドラピオンの体が、一瞬浮いた。
今までリオルがどの技でも出したことのない威力が出た。
だがドラピオンは――――踏みとどまる!

「ドラピオン!!」
「まだだもっと行ける、リオル!!!」
「『まもる』でしのげっ!!」
「もう一度『おんがえし』!!!」

ドラピオンの交差する腕の防御の上から、もう一度叩きつける!
さっきより威力が上がっている。だがガードを崩すには、まだ足りない!
ドラピオンがガードをあえて崩した。
それは、反撃がくる合図――!!

「ドラピオン!!!!」
「懐に入れリオル!!」
「っ!?」

最初に長い両手の爪で襲い掛かり、かわしたところに尾で突き刺す。それはさっき見ている!
長いドラピオンの両手じゃ懐の内側はすぐにカバーできないだろ!!

大きく息を吸って、三度目の正直。
リオル。リオル。リオルリオルリオル……。
呼びかける念にリオルからの波導が、重なる。
リオルの想いを感じ、俺の想いを託す。

極限まで息を合わせた一撃が、放たれる。

「決めるぞ――『おんがえし』」

リオルの拳がドラピオンの腹に入る。
その一撃は、静かに入り、ドラピオンを宙に飛ばし、ひっくり返した。
遅れてやってきた短い衝撃音と衝撃波は……

一番重くて、強かった。



審判のジャッジがドラピオンの戦闘不能を告げた。
その時。

「リオル?」

その青い体が、さらに青く鋭く温かい光に包まれる。
ドラピオンにねぎらいの言葉をかけたハジメは、俺たちにも言葉をかけた。

「見せてもらった。いい相棒をもったのだろうなリオル……いや、今はもう違うな」

一回り大きくなった、そいつは、俺の相棒は。
飛び切りの笑顔を見せてくれた。

「っ――――! やったな。おめでとう。ルカリオ……!!!」

思わず緩んだ涙腺を、ミラーシェードを外し拭う。
駆け寄ってきたルカリオは、大丈夫か? と俺を案じる。
俺はぐしゃぐしゃの笑顔で「大丈夫だ」と返し、ルカリオと拳を突き合せた。
急いで毒消しの役割を持つ『モモンのみ』を食べさせていたら、

「ビドー。次は、俺たちが負けないだろう……」

サングラスを外したハジメが、そう言い残し去っていく。
今回こそは勝てたが、なんとか勝てたという印象があった。
次をほのめかすハジメ。俺も、あいつとはどこかでまた戦うかもしれないと思っていた。
それは今回みたいな試合形式ではないかもしれない。
今日よりもっと引けない戦いになるのかもしれない。
それでも叶うならば。

「その時は俺たちも負けないからな、あと妹にあんま心配かけるなよ、ハジメ……!」
「お前に言われるまでもない」

また競って戦い合えるような日が来ることを俺は望んだ。


***************************


「――――っ……!!」

思わず両手を口元に当て、声にならない歓声を上げてしまう。
目元が熱くなる。自分のことじゃないのに、とても嬉しくなる。
そしてしばらく唸った後、やっとこの想いを言葉にできた。

「ビー君……ルカリオ、おめでとう……! 本当に、おめでとう……!!」

過去を引きずり囚われていた私たち。
でも彼はリオルと、ルカリオという未来をつかんだ。
もちろんビー君はいまでもラルトスを助けたいと思っている。迎えにいこうと思っている。
その上で彼は、前に進んでいる。

そして思った。

私は、どうなのだろう? と。


「……会いたいよ、ユウヅキ」

急に、恋しくなる。
急に、愛しくなる。
でも、これは愛とか恋とかそんな言葉を使っていいほどきれいなものではない。
これは……執着だ。それも、みっともない類の。

「……前に、進まなきゃ」

過去に、幻影に、いつまでも固執している。
信じているんじゃなくて、目を逸らしているだけかもしれない。
それがわかっていてもまだ、私は進めていない。
でもだからこそ昔に囚われるんじゃなくて……私は、いや私も。

私も未来を掴みたい。

「ぜったい、掴んでやるんだ」

彼の手を捕まえて、一緒に償って、もう離さないように……!


そう決意を新たにしている私を、ドルくんは何も言わずに見守っていてくれた。


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準決勝第二試合 ヒイロVSキョウヘイ


ヒイロはキョウヘイに言った。「本当の強さを教えてくれよ」、と。
その言葉に対して、キョウヘイは……静かに怒った。

「強さは“本当だけ”でくくれるものじゃないだろ」

堰を切ったように、しかし淡々とキョウヘイはヒイロに荒い言葉を吐く。

「世界で一番強いポケモンが初めて戦った草むらの相手? 違うな。それは一番苦戦した相手だろうが。君がビッパで強くなるのを目指すのは勝手だ。だが、自分で制限や枷を付けて、それでよしとしている君が他人に強さ問うな」

そう責める言い分に、ヒイロは眉根一つ動かさずに聞き返す。

「君は……強さを求めている人だ。君はどういう人なんだい」
「最強のトレーナーになるために修行の旅をしている者だ」
「ということは、強いんだね」
「だが強さを証明するには勝たなければ意味がない、結果がすべてだろ」
「それは、どうだろう」
「少なくも、最強にはなれない」
「……確かに」

拳を固く握り、キョウヘイはヒイロに宣言する。
それは彼自身にも言い聞かせるような宣言であった。

「俺たちは最強になる。だから、お前の強さを完膚なきまでに叩き潰す」
「言うね。ビッちゃんは強いよ」

肩をすくめるヒイロ。そのヒイロにキョウヘイは「だからどうした」と吐き捨てた。

アナウンスに従い、入場し持ち場につく二人。

ヒイロは予選からずっと出し続けた丸鼠のポケモン、ビッパを。キョウヘイは、ふくろうポケモンのヨルノズクを出す。

会場に沸くビッパコール。その歓声が、重圧となって、バトルフィールドに降り注ぐ。
プレッシャーをキョウヘイとヨルノズクはものともせずに、ビッパとヒイロを鋭くにらみ続ける。
それは獲物を狩る狩猟者の目だった。
ヒイロも、目を細め、ヨルノズクとキョウヘイのモーションを見逃さない。

試合開始の合図が鳴り響く……だが、両者に動きはなかった。

キョウヘイとヨルノズクが何もしてこない。
ヒイロの構築した戦闘スタイルでは、相手の攻撃をビッパに『まるくなる』で防がせるのが、基本のスタイルであった。要するに、相手の隙をついて、ビッパと息を合わせて“ジャストガード”を狙い堅実に積んでいく。これがヒイロたちのスタイルだった。
今は逆に、ヒイロが隙を伺われている状態だった。

会場全体が息を呑み、静けさに包まれる。
別の意味で張り詰めた緊張の中、キョウヘイが大きくため息を吐いた。
そして彼は指示を出す。
キョウヘイはヨルノズクのニックネームを呼び、指示を出す。

「シナモン、全力で『サイコキネシス』を続けろ」
「『まるくなる』!!!」

『サイコキネシス』の念力を“ジャストガード”で防ぐビッパ。しかし

「ビッちゃん!」

ビッパは念力で宙に浮かされその体を締め付けられていく。
確かにヒイロとビッパはジャストタイミングで攻撃をいなした。
息を合わせて完璧に、防いだ。
だがキョウヘイとヨルノズクの取った手段が容赦なく襲い掛かる。
ジャストガードは、ピッタリのタイミングならどんな攻撃でも防げる。だが、継続した攻撃には、弱い。
それを見破っていたキョウヘイは、ヨルノズクに『サイコキネシス』でビッパを“戦闘不能になるまで”攻撃し続けるという荒業に出た。

「『ころがる』っ」
「どこに転がれる地面がある?」
「…………!」

念力で全身を束縛され、宙に浮かされ攻撃され続けるビッパ。
こうなっては、文字通り手も足も出せない。
けれども、ヒイロはあらがうことを止めなかった。

「『どわすれ』!」

特殊防御を上げる技で対抗するヒイロとビッパ。
『サイコキネシス』が終わるまで削り切られなければ、まだ勝機は残っている。

「わずかに」

ヨルノズクの『サイコキネシス』が終わる――――

「遅かったな、指示が」

――――しかしそれは、ビッパが戦闘不能に陥ったのを見届けたからの技の解除だった……。

決勝進出者は、ビドーとキョウヘイに決定した。
残る試合は、決勝戦のみ。
うごめく影は、まだその姿を見せぬまま。
大会は終わりへと近づいていた。


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(アンタたち。決勝観戦は諦めてそろそろ移動しな)

メイさんからのテレパシーに、不満をこぼすカツミ君とリッカちゃん。
そんな二人に苛立ちつつもメイさんはあたしを責める。

(だって、ハジメの妹マーカーもってないでしょ?)
(あ、そうだった!! メイさんありがと教えてくれて!)

メイさんに「迂闊すぎる」と言われぐうの音もでない私を、二人は心配してくれる。いやこれはあたしの落ち度だからね……。
リッカちゃんを連れてきてしまった以上一刻も早く、ここから離れなければ。

(ゴメンね二人とも。そういうことだから)

「リッカちゃん、カツミ君。ハジメさんに会いに行こうか」

そう伝えた後、二人の手を引いてあたしは一足お先に会場を後にした。

(一応、機械の電源入れておこうか、カツミ君)

でも、思えば少し早すぎる行動だった。その行動が裏目にでることを、あたしはこの後知ることになる。


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決勝戦に来た感想はというと、とうとうここまでこられたという感じだった。
最初、大会で優勝を目指してくれと頼まれたときは正直無茶ぶりだと思っていた。
期待もあんまりされていなかっただろうし、自信も無かった。
でもここまで来た。ぶっちゃけ健闘している方だと思う。
ここで負けたら意味はないのかもしれない。水の泡になるのかもしれない。でも俺はこれまでの試合に意味がなかったとは思えない。
特に進化したルカリオの入ったボールを見ながら、強くそう思った。

俺の最後の対戦相手は、キョウヘイという名前のメガネの青年だった。
キョウヘイは、眉間にしわを寄せ、ピリピリしていた。
無言の彼につられて俺も口をつぐむ。
しかし耐え切れず、つい声をかけてしまう。

「よろしくお願いします」
「…………君、名前は」
「ビドー・オリヴィエ。ビドーと呼んでくれ」
「トツカ・キョウヘイだ。キョウヘイでいい。一応よろしく」

ぶっきらぼうなやつだなあと思いつつ、気を引き締めようと息を整える。
そうしたら、今度はキョウヘイの方から話しかけてきた。

「ビドー」
「何だ、キョウヘイ」
「俺は、君に勝つ」

宣言されるとは。しかし、その内容は、微妙に俺だけに向けたものだけではなかった。

「俺は、誰にも負けないくらい強くなる。だから、君にも勝つ」

その言葉を聞き終えた瞬間、思う。
こいつの目は、最強を目指しているやつの目だ。と。
弱さに対する痛みを知っているやつだと思った。
以前、「何のために強くなりたいか」とアキラちゃんに問われたことを思い返す。
その答えの全部を、キョウヘイにぶつける。

「俺もお前に勝ってもっと強くなる。誰にも、何より自分にも負けたくないからな。そしてもう二度と失いたくないし、力になりたい相手がいるから、俺は負けたくない」
「………………俺は」
「え?」
「……なんでもない。おしゃべりはここまでだ」

決勝戦が始まる時間が来る。

「だが、勝たなければ意味がない。結果がすべてだ。結果を出すんだな」
「ああ」

最後にそう短くやり取りをし、俺とキョウヘイはバトルフィールドへ向かった。


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熱気と歓声の中、俺とキョウヘイはそれぞれのポジションにつく。
最初はわずかに眩しいと感じた照明にも目が慣れてくる。
手持ちを出すよう指示する審判の声からも、緊張も伝わってくる。

高鳴る鼓動を抑えつつ、俺はモンスターボールをしっかりと握り、投げる。

「任せた。ルカリオ!!」
「行くぞ、ボーマンダ!!」

俺は先ほど進化したルカリオを、キョウヘイは今回初めて出す、青い胴体に赤く大きな翼の生えたドラゴンポケモン、ボーマンダを出してきた。

ボーマンダの咆哮。威嚇の吠えに俺は少し怯むも、ルカリオは平常心を失わない。
戦いの時のこいつの精神力は、頼もしい。でも、緊張している波導もちゃんと伝わってきている。

(ルカリオ)

波導を介して呼びかける。
一瞬の間のあと、ルカリオが応じる。
その感情には、不安が混じっていた。

(不安か……そうだよな、まだ進化したばっかりだからな……いつもの動きはできないかもしれない。その辺は悪かった。今は、出たとこ勝負しかないな)

文句の代わりに深く息を吐きつつも、仕方ない、とルカリオは俺に了承の頷きを返した。


そしてやってくる試合開始の合図。
今日の最終戦が、始まった……!


「距離を詰めるぞ、ルカリオ!」

先に指示を出したのは俺だった。
ボーマンダに空へ飛ばれたら厄介だと思い、ルカリオに接近戦を持ち掛けさせる。
ルカリオに一瞬だけ左拳を構えさせ、その拳に意識を割かせつつ右拳の『フェイント』攻撃が決まった。
技は成功した。だがボーマンダはものともせずに宙へと羽ばたき舞い上がる……!

「浅いかっ……!」
「フィールドを焼き尽くせ、ボーマンダ!」
「なっ」

ボーマンダから熱気のエネルギーを感じた。その溜められている熱さと強さは……フィールドを覆うと確信できるものだった!
先ほど咆哮を放っていたその口から、とてもデカい火球が放たれる!

「『はっけい』でジャンプして退避っ!」

ルカリオは間一髪ジャンプして空中に逃れるも、フィールドに落ちた火球は大の字に広がり場を引き裂いていた……!

「そのまま上を取れルカリオ!」
「叩き落せ」

細かく『はっけい』で空中ジャンプを繰り返し、ボーマンダの頭上を狙うルカリオ。
しかしボーマンダは、見逃してはくれない。

屋内なのに、強風が流れ始める。
嫌な空気の流れを感じたその直後……暴れる風が、ルカリオを飲み込んだ。

「ルカリオ!?」

ボーマンダが起こした『ぼうふう』にルカリオは捕まり、地面に叩きつけられる。

「大丈夫か?!」
声をかけると、ルカリオはなんとか立ち上がってくれる。
地上にいたら燃えるフィールドの中、空中に持ち込んでも『ぼうふう』から逃れられることができない、か。
だったら。さっき覚えたばかりの技だが、これならどうだっ!

「狙い撃て、」

持てる波導の力を籠め、ルカリオが作るはエネルギーの塊。
初めてにしては、上々だ!

「『はどうだん』!!」

青々とした光弾が放たれ、ボーマンダを追尾するように飛んでいく。
急速ターンし、『はどうだん』を引きはがそうとするボーマンダ。
だがお前の波導は捉えているぞ……!

『はどうだん』はどこまでも曲がり、お前を追い詰める!

「噛み砕け」

静かに出されるキョウヘイの指示。
それは技ではなかった。

ボーマンダが真正面から『はどうだん』に喰らいつき、粉砕する……!

「おいおいマジかよ……!」

そしてボーマンダに、先ほどの『だいもんじ』以上の力が蓄えられた。
やばいと直感がそう判断し、ルカリオにもう一発『はどうだん』を指示する。

しかし、ボーマンダの方が早かった。その攻撃に『はどうだん』は相殺され、止められない……!

「やれ、ボーマンダ!」

『はどうだん』で引き裂かれたその輝く攻撃は、『りゅうせいぐん』となってフィールド全体に降り注ぐ!
その数は、数えている暇がない!!

ルカリオの咆哮。意識がルカリオへと戻される。
一瞬だけ目を閉じ、場の状況を、存在を、熱量を肌で感じる。
さっきのハジメとドラピオン戦の『ミサイルばり』みたくかわしきれる、なんてのは無理だとわかっていた。
でもだからこそ。
諦める理由にはならない!
ルカリオがまだ、諦めていないからな!!

「ルカリオ!!!」

言葉にすらなってない指示。でもルカリオは俺のやりたいことを把握してくれた。
『りゅうせいぐん』の中心へ、ボーマンダの真下へと駆け抜けるルカリオ。
そこは、一番攻撃が浅い場所!

「耐えろっ!!!」

地面を連続で叩きえぐる音が聞こえる。
凄まじい衝撃派と砂埃が場を埋め尽くす。

「ルカリオ……」

俺の呼びかけに、
俺の最後の指示に、
ルカリオは応えてくれる……
その勇猛な波導で、応えてくれた!!

「いけ――――」

砂埃の中からルカリオが『はっけい』を使い飛び出し、全速でボーマンダの真下に突っ込む。
そして最後の力を振り絞った技を、叩き込めルカリオ!!!

「――――いけ! 『おんがえし』!!!!」

しかし無慈悲にも。その攻撃は入らない。
キョウヘイが鼻で笑う。

「真下をカバーしてないと思ったか? ――――『じしん』!!」

『じしん』。
本来は大地を打ちつけ、その衝撃で攻撃する技だと俺は認識していた。
それをボーマンダが前足でルカリオの体に直接放った。
その攻撃をルカリオが耐えきれるわけもなく。
届かない手のひらをボーマンダへ伸ばし、ルカリオはフィールドへ落ちて背中から落下した。

ジャッジが下されるまでもなく、わかっていた。
ルカリオが戦闘続行できないと、わかっていた。

審判がキョウヘイとボーマンダの勝利を判定。
進行を続ける司会の言葉なんて、頭の中に入ってくるはずもなく。
俺は全速で走ってルカリオのもとへ急いだ。

「ルカリオ……ルカリオ大丈夫か!!」

ルカリオが、目を開く。
意識を取り戻し俺のほほを撫でるルカリオ。
自分のことよりも俺を心配するルカリオに、以前の俺なら何も言えなかったのかもしれない。言わなかったのかもしれない。
でも、今の俺はルカリオに伝えたいことがいっぱいあった。
ごめんとか。お疲れとか。いっぱい。いっぱい。
そして俺は思考の末、感謝を吐き出すことにした。

「よくやった、ありがとうルカリオ」

ルカリオが瞳を潤ませ、さっきほほを撫でてくれた手で自身の顔を覆った。
でもその口元はわずかにほころんでいた。

会場に拍手があふれた。
それは、俺たちにも向けられた拍手だった。


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試合を終え退場すると、治療班のトップのプリムラと彼女の手持ちのハピナスがルカリオを治療してくれた。

「はい、もう大丈夫よ。ビドー君もお疲れ様」
「ありがとうございます。すみません……結局優勝できなくて。隕石手に入れられなくて」
「何を言っているの。それは仕方ないけど、貴方たちはいいバトルをしてこの大会を盛り上げてくれた。私はそれだけでもう十分」

肩を叩かれ、激励される。
なぜかむずがゆさを感じたので、話題をそらす。

「……結局、ヤミナベのやつ隕石奪いに現れなかったな」
「いえ、まだ大会は閉会していないわ。最後まで気を抜いちゃダメ。ほら表彰式、行ってらっしゃい!」

そう促され、元気になったルカリオと、表彰式に赴く。
「最後まで警戒を怠るな」。その一言があるとないとでは、たぶんこの後の状況は変わる。そうこの時俺は思っていた。

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会場に向かう途中、通路でヨアケがクロガネとフランとともにいたのを見かけた。
彼女の手持ちのドーブル、ドルがこちらに気づく。つられて気づいた彼女たちも、俺たちに手を振る。
ルカリオに軽くハグしながら、ヨアケは俺たちを祝ってくれた。

「ビー君! ルカリオ! お疲れ様、準優勝と進化おめでとう!」
「ヨアケ……ありがとう」
「お、なんか今日のビー君は素直だねえ。よろしいよろしい」
「そう言われるとひねくれるぞ」
「ええ、それは困るなあ」

冗談交じりに笑いあうと、「あらあら、仲がよろしいのですね」とフランが茶化す。
クロガネが俺たち二人を交互に見る。誤解されている気がしたので訂正しようとするとヨアケに先を越された。

「ええ、仲の良い友達です!」

……その響きに心地よさを感じてしまうのは、この時は言えなかった。

「そういやクロガネ」
「はい、ビドーさん。なんでしょう」
「お前と戦ったバトルロイヤルで、あの時どうしてカイリキーを助けてくれたんだ?」
「ビドーさんとカイリキーさんが先にサダイジャからコガネをかばってくださったからです」
「……それだけか?」
「それだけです」

そのあと、クロガネはこう続けた。
それは彼の信念のようなものだった。

「ボクは旅をして心身ともに強くなるのが目的なんです。だからこそあそこで受けた借りは返したいと思ったんです。まあ、まだまだ強くはなれてないですが」

謙遜するクロガネに俺は自然と、「いや、十分強いよ、お前は」とこぼしていた。
短く礼を言われた後。アナウンスの誘導が入る。
その声に従いヨアケたちと別れ、俺とルカリオは会場へ入った。


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ビー君を見送った後、デイちゃんから連絡が入る。
私に連絡が入ったということは……私の持っているマーカーが彼女の頼もうとしている要件に一番近い場所にいるということなのだろうか。

『アサヒ。頼みたいことがある』
「何、どこへ向かえばいいデイちゃん」
『照明を管理している上の区画に向かってほしいじゃんよ……色々とカメラをやられたし、かく乱されたがポリゴン2の狙いはそれだと思う! 追って指示は出すから急いでほしい!』
「わかった」

フランさんとクロガネ君に一言断りを入れて私は上り階段を走った。
胸騒ぎがする。嫌な予感しかしない。
高鳴る心臓を抑えつつ、私とドル君はその場所へと向かった。


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表彰台に、ヒイロ、俺、そして優勝者のキョウヘイが立つ。
3位決定戦をハジメが辞退したらしい、ということはその時知った。
主催の自警団<エレメンツ>のリーダー、スオウが大会参加者と観戦に来てくれた客に礼を述べ、ヒイロから順に盾を渡していく。俺に渡したとき、小声で「ありがとな」と言ってくれたものの、どうしても優勝できなかった申し訳なさがやはり勝った。
そして、キョウヘイに一番大きな盾と……優勝賞品の、隕石が贈られる。
キョウヘイはそれらを受け取り、不満そうに一言こぼした。

「ずいぶんと小さい隕石だな」
「悪い。俺らが所持していたのは、これしかないんだ。……?」

スオウが目線を遠くにやる。照明の電源が、外側から順に切れていた。迫りくるカウントダウンのごとく、その暗闇は迫ってくる。
スオウが何か言いかけたその瞬間。

「なんだあいつら?」

そう誰かがつぶやいた声が聞こえた
まだ照明が残っているバトルフィールドの中央に、謎のふたりの影がいつの間にか現れていた。
一人は黒スーツを着たフェイスメットを被った男。もう片方は、白い髪が宙にたゆたう影のように黒い姿の……ポケモン?

そのポケモンが、両腕を天へと上げる。
すると空間が。
目の前の世界が“闇”に包まれた。

忘れかけていたそれは、
思い返したくもなかったそれは、
否応なく、やってくる。
それはほんの、ほんの一瞬の出来事だった。


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初めは照明が完全に切れただけだと思った。
けれど、平衡感覚の無くなるこの異常な暗闇は、全身が確かに覚えていた。
誰かが叫んだ声が聞こえた。おそらくは、この“闇”を知っている者の悲鳴。
この空間の中で俺は、誰かに言われた気がした。

『お前は大事な者のことを忘れた』

その声は俺の声をしていた。

「俺は、俺、は……」

今回は誰の手も掴んでいない右手を思わず見下ろした。空だけが掴まれていた。
大事な者の手は、今は誰も掴んでいなかった。

「ははは……」

乾いた笑いがこみあげてくる、それと同時に湧いてきた感情があった。

「ふざけるな…………ふっざけんな!!!!!!」

怒りだった。

俺は、叫んだ。ひとしきり叫んだあと一発空を握った拳で自分の頭を殴った。
そして頭を一回空っぽにしてから、一気に波導を探る。
しかし俺の周りに誰の気配も感じない。
誰の波導も感じない。
手持ちのボールの中のやつらの気配すら、感じない。

「おかしいだろこんなの」

周囲の悲鳴がノイズになっているのに誰の気配も波導も感じない? そんなのおかしいだろ。
これは、現実じゃない。
だとしたら、これは、この“闇”の正体はなんだ……?

一体何が起きている??
みんな、どこにいるんだ……?


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私は間に合わなかった。

「もう真っ暗だ!」
『足元気を付けろ! 端末は壁沿いに右の方にある!』

デイちゃんに誘導してもらいながら落ちた照明の復旧に取り組む。
すぐに照明は復旧した。けれど。

「何……これ」

異様な光景が私の眼下に広がっていた。

『アサヒ! どういう状況になっている! 答えるじゃんよアサヒ!』
「デイちゃん」

私は言葉を選んで、なるべく端的にデイちゃんに状況を伝えた。

「見える限りだと、大勢が寝ている……のかな。動いている人影もちらほら見えるけど……監視塔のトウさんからは、何か聞いていない?」
『それが、さっきから連絡がつかない。発信機がなぜか入り口付近で動かなくなっているのは確認しているが……! こっちでもカメラが徐々に復旧してきているが、他には何か見えないか!?』
「他に……って、あれは」

気が付いたら体が動いていた。デリバードのリバくんをボールから出し、ドルくんとともに照明エリアから会場の中央へ飛んでいた。
発信機から私の動きを察したデイちゃんは、制止させようとする。

『待つじゃんアサヒ! むやみに突っ込むな!』
「ごめん、でもあれは、あのポケモンは……!!」

制止を振り切り、フィールドに降り立つ。
そしてそのポケモンに私は向かい合った。

「なんで貴方がここにいるの? ダークライ!!」

かつて、【新月島】でユウヅキが戦い続けた相手。
ユウヅキが悪夢から自分のルーツを引き出そうとした相手。
その黒い影のあんこくポケモン、ダークライがそこにいた。
それなら、もしかして。

「ちょっと、アイツのこと敵認定できてないよサク様……!」

声の主の方へ振り替えると、大きな帽子をかぶった銀髪ショートの彼女が、その前髪に隠れていない方の赤い目でこちらを見ていた。

「貴方は? それに“サク”って……<ダスク>の中心人物の?」

問いかけに彼女は答えない。辺りを見渡すと、起きていた大勢の人々が、おそらく<ダスク>のメンバーがじっと私の様子を伺っていた。

『アサヒ! カメラが復旧した。こっちから見えているけど一応無事か?! 照明つけてくれたから今援軍向かわせている! 不用意に動くな!』
「……無理だよデイちゃん」
『なんでだ!』
「このまま援軍が来ても、ダークライの技、『ダークホール』に眠らされて全滅だよ。時間を稼ぐから、一か八か廊下にいたフラガンシアさん、フランさんを連れてきてほしい」
『それは!』

扉が開け放たれる音、そこから先陣を切って入ってきたのは。
ラフレシアのフロルとそのトレーナーの、待ち望んでいた緑のスカートのお姉さん。
フラガンシア・セゾンフィールドさんその人だった!

「フランさん!!」
「お待たせしましたアサヒ。フロル、『アロマセラピー』……!」
『つまりは、もう頼んでいるってことじゃんよ!! 空調調整セット完了!』

味方全体の状態異常を治す『アロマセラピー』が空調の風に乗って会場全体に行きわたり、眠っていた人々とポケモンたちが次々と目を覚ましていく。
そして起きた彼らは……パニックになる。
会場が混乱に包まれる。それは『アロマセラピー』で落ち着けさせるには、難しいレベルまでの騒ぎへと発展していった。
そんな中、フランさんの背後から小柄な影が通り過ぎる。
手すりを踏み台に飛び降りたソテツ師匠は、ダークライに向かってフシギバナを繰り出した。

「フシギバナ! そいつを捕まえろ!!!!」

フシギバナの『つるのムチ』がダークライを縛り上げる。
続いて入ってきたガーちゃんとクロガネ君、そしてプリ姉御たち治療班のメンバーが会場の人々を落ち着かせようと呼びかけていく。

周囲を探す。銀髪の彼女は見当たらない。
起き上がり始めつつある表彰台の人たち、その中にはスオウ王子と、ビー君の姿も。
目覚めたスオウ王子が、アシレーヌを出す。アシレーヌの『ミストフィールド』と王子の呼びかけでさらに混乱した心を静めさせようと働きかける。

「ビー君!!」

動いていいとは言われてないけど、私は意識を取り戻したビー君に駆け寄っていた。

「ヨアケ……寝ていたのか、俺は」
「そうだよ。ダークライの『ダークホール』で眠らされていたんだよ……!」
「それが、“闇”の正体ってわけか。寝ていたら波導も感知できないよなそりゃ。ルカリオたちは……無事だ。よかった……」

ボールを見て心底安堵するビー君。私から見えていなかっただけで、ビー君は“闇隠し事件”と同じ“闇”という名の“悪夢”に囚われていたと言った。
そして、それを引き起こしたのは、ダークライとサク率いる<ダスク>。

人ごみに紛れ、ダークライにとフシギバナの間にけむりだまを投げ込んだ人物がいた。

「逃がすかあっ!!!」

ソテツ師匠が感情をあらわにする。しかし煙が晴れるとダークライの姿はそこにはなかった。

「デイジー!! オイラの発信機の位置を探せ!!!」

そう叫ぶや否やソテツ師匠はフシギバナをボールにしまい、携帯端末でデイちゃんから送られてきた何かを見ながら会場外へ一目散に走っていく。
戸惑う私にデイちゃんからの回線。

『ソテツは自分の発信機をフシギバナの蔓でダークライにつけさせ、その信号を今追っている。こっちは混乱を静めるので手一杯だ! そっちにも信号送るからビドーと一緒にソテツのサポート頼むじゃんアサヒ!』
「! わかったデイちゃん! ビー君立てる?」
「通信機ないからよくわかんねーけど、たぶんソテツを追えばいいんだろ! 俺は行ける!」
「よし、じゃあ行くよ!」

私はビー君の手を取り立ち上がらせる。
ソテツ師匠の通ったであろう道を、私たちは追い始めた。


***************************


リバくんとドルくんを並走させ、私とビー君は会場から離れていく信号を追いかけるために、選手入場口を逆走し入り口に向かう。
入り口っていうと、確かトウさんの信号が動かなくなった場所だ。
トウさんと連絡がつかないのはどうしてだろう?

その疑問は、入り口についた時点で、半分解決する。

「…………!」

入り口で、トウさんは壁を背にして座り込んでいた。意識があるがうなされている。その傍らに座っていた人物は、肩を震わせ愕然としている。
私たちが駆け寄るのに気付いたその人物は……ココさんは青白い顔でこちらを見上げた。

「どうしたの、ココさん」

たぶん、ソテツ師匠は信号を追うためにココさんとトウさんをスルーしたのだと悟った。

「トウさんは、大丈夫?」
「わからない……助けて……!」

迷いなく応急手当をしようとする私を横目にビー君がココさんに質問する。

「ココチヨさん、リッカとカツミとコックはどうした?」
「みんなは……ハジメさんと一緒よ」
「そうか。ココチヨさん、あんたハジメの仲間なんだな」

ココさんが、<ダスク>の一員?
驚く私をよそにビー君は首を横に振るココさんに詰め寄る。

「じゃあ、どうしてあんたから波導が感じられないんだ?」
「それは……!」
「波導を消す何か、使っていたんだろ! あんたら、何をしているのかわかっているのか。皆を煽るだけ煽って、混乱を招いて、トラウマ掘り起こして、そこまでして何がしたいんだ!?」
「そんなつもりじゃなかったの!!」

ココさんは言い訳を並べていく。でも次第にそれは懺悔へと変わっていった。

「あたしたちは波導を消す機械とマーカーをつけて潜入していた。サクはそれを使って敵と味方を認識するつもりだった。そして目くらましと忠告だけさせる予定だった。「あの事件を忘れるな」って。リッカちゃんは今日私たちのことを知ったから知らなかったし持っていなかった……リッカちゃんを連れて先に会場から離れようとしたら、なぜかトウが現れて……! それで、あたしは……リッカちゃんたちをハジメさんのところに先行させて……でもあたし何もしていないのに、トウが倒れて!!」

慟哭するココさんにビー君は逆に冷静になる。

「本当は、<エレメンツ>で無理をし続けているトウを守りたいだけだったのに、なんで、なんでこんな……!」

トウさんの容態を見る。呼吸はしているものの、その息遣いは荒く、苦しそうだ。

「……トウさんは、人ごみを波導が消えた人とリッカちゃんが一緒に歩くのを視たんだろうね。それで、心配になって追いかけて……ココさんに遭遇してしまった」
「そうよ、あたしが<ダスク>だと感づかれたと思って……どうしようと思っていたら急に……!」
「トウさん、ココさんの名前を呼んだ?」
「ええ……」
「その時目隠しは」
「していたわ」
「じゃあ、ココさんも心配して声掛けに来たんだと思うよトウさんは。波導を消す機械で隠れていても、ちゃんとココさんだってわかって事情を聴こうとしたんだよ」
「その通りだ……」

トウさんが声を発する。

「リッカが消えた波導の持ち主と一緒に行動しているのを見て。俺は真っ先にココを探した。ココを探すために、会場中の波導を探知しようとした。まさか隠れていた波導のほうだとは。気づくまで時間がかかってしまった……」
「じゃあ、心当たりはココさんの言っていたそれしかない。気づいているでしょ、お願いビー君!」

ビー君は私の要求に迷わず従い、ルカリオを出す。
それから彼は、ルカリオと一緒にトウさんに手を当て始めた。

「トウギリの波導が弱まっている理由に確証が持てなかった。困っているのに責めて悪かったココチヨさん」
「ビドー……さん?」
「あんたの心配は正しかった。トウギリは波導を使いすぎて倒れたんだ。結晶化まではいっていないけど、さっきのは特に負担がデカかったんだろう。気づけなくて、すまん。絶対に……絶対に助けるから安心してほしい」

そうココチヨさん言うとビー君は「習ってない範囲だけど見様見真似でやるしかねえだろ」と波導をトウさんに分け始める。
それから彼は私だけでもソテツ師匠を追うように促す。

「気をつけろよ、ヨアケ」
「ここは任せたよ、ビー君」
「待ってアサヒさん!!」

ソテツ師匠を探しに行こうとする私に、ココさんが予想外のことを言う。

「アサヒさん、あたしたちの今回の一番の目的は、隕石じゃなくてソテツさんなの……気を付けて!」

それは<ダスク>の大事な情報だったのだと思う。
ココさんはそれでも私に伝えてくれた。協力してくれた。
その一言だけ聞いて、私はみんなを置いて、追跡を続けた。
外は、激しい雨が降っていた。


***************************


「天気予報では晴れるって言っていたのに! なんでこんな土砂降りなの!!」

豪雨の中私はドルくんをボールにしまって、リバくんに乗って空を飛んでソテツ師匠たちを追いかける。森を抜けていく途中、発信機の反応が消えた。たぶん気づかれて壊されたの
だと思う。
悪天候と通信距離が遠すぎてデイちゃんとの連絡も取れなくなる中、その反応が消えた地点に降り立つ。するとその一帯の地形が変化していた。たぶんその爪痕はソテツ師匠が刻み付けたものと、相手のダークライが刻み付けたものだと思った。
根こそぎなぎ倒されている木々を見て、ソテツ師匠たちがいつになく気が立っているのがわかった。
少なくとも冷静な戦い方ではなかった。

「ソテツ師匠……無事でいて……!」

攻撃痕を追っていく。しかしもう彼らが戦いあっている音は聞こえない。
決着がついているのだろうか? 不安を押し殺して私は前へと進む。

そして、崖際で倒れているソテツ師匠を発見する。

「ソテツ師匠っ」

泥まみれのソテツ師匠の軽い体を抱え、容態を見る。
あちこちに打撲と切り傷があった。だいぶ衰弱しているようにも見える。
師匠の手持ちは全部ボールの中でぐったりしているのが見える。ボールの中に入れることで守っているのだろう。
急がなきゃ、急がなきゃ、急がないと!

「アサヒ、ちゃん……」
「師匠しゃべらないでください、今リバくんに応援呼んでもらいますから……?」

私の腕をつかみ、拒むソテツ師匠。
リバくんを困惑させる師匠を私は叱りつける。

「何見栄張っているんですか!! このままじゃ大変なことになってしまいますよ!!」
「いいんだアサヒちゃん」
「よくない!!!!」

それでも師匠は拒み続ける。いい加減我慢の限界に近づいた私はリバくんを行かせた。

「アサヒちゃん」
「ダメです、後で聞きます」
「今じゃなきゃ、ダメだ」
「ダメですったら!」
「ヤミナベ・ユウヅキのことだ」

師匠が何を焦っているのか、その時察してしまう。
でも、今その名前を出すのは、あんまりだ。

「近いうち、彼から君に接触がある。その機会を、逃すな」
「なんで、そんなこと今無理して伝えるんです!!」
「嫌がらせだ、いつもの、ね……」
「ひどいよ」
「ゴメン。あとアサヒちゃん」

やめてと言ってもソテツ師匠は言葉を発するのをやめなかった。
すべて出し切る勢いで、あの見栄っ張りなソテツ師匠は。私に。

謝った。

「オイラの変な教えで笑いにくくさせてしまってすまなかった。本当に笑えなくなったら、どうしようもない。だから、こんな教えなんて忘れて、好きな時に好きなように笑ってくれ。オイラはもう――――アサヒちゃんの師匠じゃないんだから……もういいよ」

その言葉が、この時聞いた最後の言葉となった。
私の体が何かによって弾き飛ばされる。師匠から引きはがされる。
次に見た光景は、見覚えのある彼の、ユウヅキのサーナイトがソテツ師匠を『サイコキネシス』で持ち上げていた光景だった。
サーナイトはこちらを一瞥し……ソテツ師匠を……崖下へと投げた。

「!!!!!! ソテツししょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

自分で出したことのない声が腹の中から出る。急いで崖下をのぞき込む。
その下は濁流流れる河川で、どう考えても助からない流れで。

迷いなく飛び込もうとする私を誰かが羽交い絞めにした。
そのまま誰かに抱き締められる。
そのぬくもりと、懐かしいにおいに包まれ、急に意識が遠のく。
それがサーナイトの『さいみんじゅつ』であることはすぐに理解した。

いつの日かも、こうして薄れゆく意識の中で、貴方は私に謝っていたよね。

「すまないアサヒ」

そして貴方はまだ帰ってこないんでしょ?

「ひどいよ、ユウヅキ」

どうして。どうして?

どうしてこんなことになってしまったの?


そして意識は、闇の中へと引きずり込まれていった。






……気が付いた時には、雨は嘘のように上がっていて、宵闇の赤い太陽が私を照らしていた。
私から大事なものを奪ったその光景が、悲しくてたまらなかった。

しばらくしてビー君がリバくんと一緒に、やってくる。
ボロボロで立てない私を、彼は何も聞かずにおぶった。
しばらく頑張ってくれたけど無理だったので、途中からはカイリキーに代わりに運んでもらった。

断片は急いで伝えたけど、私がようやくまともに師匠のことを話せるようになったのは、それから半日後のことだった。
アキラ君から私を心配するメールが何通か来ていたけど、まだ返せていない。
ユウヅキのことは、まだ誰にも、ビー君にも話せていない。


***************************


【スバルポケモン研究センター】

携帯端末でビドーの試合を観戦していたアサヒの旧友の青年、アキラは、表彰式の最中からつながらなくなった中継を見て、そこに居るであろうアサヒの安否を心配してメールを何通か送っていた。

しかし、返信は夜深くになっても返って来ない。
ただ事じゃないことが起こっている。
直接アサヒのもとへ行くべきだと判断したアキラは、研究センターの入り口から入ってくる合羽姿のレインとその手持ちのドラゴンポケモン、カイリューとぶつかる。

「おやアキラ氏。こんな夜更けにどちらへ?」
「レイン所長こそ、こんな夜まで、どこに行かれていたのですか。夕方土砂降りだったみたいですが」
「ちょっと雨を降らせに行っていました」
「……そこは雨に降られに、でしょう。ちょっと連絡つかないんでアサヒのもとに行ってきます」
「それは……お気をつけて」

一刻も早く向かわねば。と焦るもアキラの目の前に、落ちたレインの携帯端末が。

「レイン所長、落としましたよ……?」

マナー違反だと思っていてもアキラの視線は思わず起動している画面に行ってしまう。
そこには携帯端末の中で眠るポリゴン2の姿があった。

「アキラ氏。ちょっと行く前に私の部屋に寄ってください」

背後に、レインの存在を感じるアキラ。

「これは、所長命令です」

アキラが振り向くと、レインはいつものように笑いながら、

彼の腕を掴んでいた。





つづく


  [No.1700] 第八話感想 投稿者:   投稿日:2022/02/19(Sat) 22:55:37   4clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

第八話読了しました。
事前に聞いていた大会がいよいよ始まったなぁという印象です。こっちだと1話ごとに表紙がつくの良いなぁ。毎度のことですが格好良いですね! 空色さんの描く表紙が好きです。緊迫感がある。前編後編でビー君&アサヒさんで別れており、前編の表紙はビー君&光という表現、後編の表紙はアサヒさん&闇という表現で対照的ですが、二人とも同じ方向を向いているのがまた良いですね。でもビー君は光にマジで向かってるのに対して、アサヒさんは闇展開に向かってるんだよな……。

ソテツがビー君のお部屋にやってきたシーンなんですが、心の余裕が見えるって言ったソテツに対して「お前は心の余裕がなさ過ぎるんだぜ」って思いつつもビー君の圧倒的な光属性成長に目頭を押さえました。ビー君……だいぶアレな発言に傷つきまくっていたのにそれを乗り越えてここまで昇華しきってくれるなんて……いやほんとにソテツさんはちょっとビー君を見習うべき。圧倒的成長。前回の感想でも触れたんですが、ソテツにだいぶアレなことをされた後に、辛かったはずの自分の弱点を自ら認め、それでもアサヒさんの隣に立ちたいし頑張りたいって言えるって本当に……本当にお前は良い奴だよ……人間が出来てるまである……。

アサヒさんとのやり取りを見て、ソテツをソテツさんと呼び直しても良いかもと思いました。一応彼は、自分を許してはならないっていって、「君が思うほど他人は強くも寛容でもない」って警告してるんですよね。弱くても、自分が弱いって自覚出来て認められる人は好きです。アサヒさんに笑顔を強要した上に言葉でサンドバックにしようとしたことはマジで忘れないんですが、ちょびっとだけ見直しました。

ココチヨさんのシーンは最後の台詞が覚悟決まってて好きです。ちょっと前に読んだ話でサモンさんが言われた、「じゃあね、ロマンチスト」も好きだったなぁ。

トーナメントはラフレシア使いのフランさんとヒイロさんが好きです。フランさんはビー君との戦いの中の台詞がすごい好き。ビー君がアーマルドの好きな「つめとぎ」をさせて気持ちを落ち着かせるとこ、リアル感あってとても良いと感じました。ヒイロさんはマイク奪ってした発言好き。「一匹の丸ネズミのように非力です」「ビッパ一匹で十分」発言。確固たるキャラクターを感じましたし、その信念、推せる。

ビー君も後編のハジメとのバトルで推せるわこの子ってなりました。リオルがとうとう進化した! 戦闘のさなか、リオルも興奮している描写と、恩返しで勝負を決めたくだりがとても良かったです。バトルを乗り越えることでようやく、本当の意味でわかり合ったんですね! しかしビー君本当に良い奴だな……いや、なんか爽やかな雰囲気に流されてハジメを許しそうになってしまったんですが、いやいや自分よ落ち着けこいつを認めるのはまだ早いんだぜって二人の私が争っています。でもビー君が成長していくにつれて、彼も影響されて変っていくのかしら。この先、ビー君と一緒なら許せる日が来るかもしれない。

主人公達以外だとヒイロとキョウヘイのやり取りがめちゃくちゃ好きです。めっちゃ好き。価値観が全力でぶつかり合っている二人なので会話がすごいピリピリしてて自分でもびっくりするくらい好きです。別々の強さの答えを求める彼ら。熱い!

 そして表彰式へ……キョウヘイが隕石を持ってくるように依頼されていたのでここらで終わりかなと思ったらまさかの波乱でした。ここでダークライ出るとはなぁ……。ココチヨさんのスパイ騒動が思ったより早く回収され、予想より悪い結果にならなくて良かったです。ソテツ……ソテツなぁ……人が死ぬとなると、全てのことが急に許せるような気持ちになってくるから不思議ですね……終わりだからなのか……? 実のところ、彼がアサヒを弟子にした後、師弟関係を解消し、憎悪をぶつけるようになった理由がいまいちわかっていません。その前に死んじまったぜ……。

 ソテツはずるい人だなと思います。わかり合おうとしたアサヒちゃんと素直にわかり合えずに、最後の最後まで互いの理解を拒んだ。もういいよって言って、最後に自分の正直な自責感情を、赦しを求めずに吐いて去ってしまった。それってすっっっごくずるい人だと思いますけど、同時にものすっっっごい意地っ張りな人だなとも思います。ソテツに対するこのクズがー!って気持ちはもうないんですが、彼はなんていうか、素直じゃなくて意地っ張りでどうしようもなくて、自分の感情に自分で整理をつけることが出来なくてアサヒちゃんとかビー君を攻撃したりしたんだろうけど、どうしようもない弱さにちょびっとだけ好きになれそうだなとも思いました。私も意地っ張りなのでちょびっとだけですよ!

 やはりサクはユウヅキで良さそうですね。おいこら。アサヒさんを抱きしめたのか!? きさまー! なんて美味しい役をごほんごほん。ソテツといつかわかり合えると思っていたのに死んでしまってショックなアサヒさんだったので、後追いを図りそう感半端なくて止めたのか!?それならそれで、そのまま放置せずに連れて帰ってあげて……なんでそっと置いてったんや……。
 そしてレイン所長の暗躍にドキドキしています。実は敵なんか!?そんなこんなで急展開のチェイサー。どうなるんだろう……


  [No.1701] Re: 第八話感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/02/20(Sun) 10:44:00   1clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

第八話読了&感想、ありがとうございます!
前後編で駆け抜けた大会でした!
表紙お褒めいただきありがとうございます!
表紙つきのpixiv版が次話で止まってるので九話でいったん表紙は止まっています。

最初ほの暗かったビー君は着々と光に向かい、明るく見えたアサヒさんが闇に向かい……って対比な前後編でもありました。

ソテツ、心の余裕なかったのかも知れませんね……ビー君だんだん光属性になっていきます。小さな星の花の名前だけに星のような光属性。ソテツはビー君見習うべき同意です。弱さを見つめて意志へ昇華するビー君すごい。

果たしてしゅんさんにソテツさんと呼んでもらえる日は来るのだろうか……。自身の弱さを知っているけど、エレメンツとして強く振る舞わなければならなかった。けど後悔もしているっていう矛盾もいっぱいでいっぱいいっぱいなソテツって印象です。

「じゃあね、ロマンチスト」やココチヨさんの台詞とか、締め台詞はわりと好きです。ありがとうございます。

フランさんとヒイロさんはゲストキャラクターですね! めっちゃ強烈な個性とつよつよな戦法などを引っ提げてきてくださったのでここだ! 大会で出そう! ってなりました。つめとぎ活躍。

そして、ビー君対ハジメ。八話で一番描きたかったバトルなので推していただき嬉しいです。おんがえしの使い方はとても気に入ってます。ビー君とハジメ、まだまだ敵対ではあるものの、少しずつ認める部分は認め合って来てますね……さてどうなる。
リオルもといルカリオとの関係ここに極まりって感じのが書いてて自分でも嬉しい場面でした。

実はキョウヘイ君もゲストですね!
強さの価値観の違い、好きです。熱い。

表彰式。ココチヨさんは悪い結果にならなくて本当に良かった。采配次第では危険なラインだったので……。
ダークライ、出ましたね……。
ソテツ……これ更新したの年始だったので、年始からお通夜状態になってました。(さすがにそのままは筆者も読者もあれだと思ったので急いで続き書きました)
ソテツは師弟を組む前からアサヒのことを許せてはなかったですね。アマカジのはねるの時点でも許せてはいなかった。そして、エレメンツという立場では、許しちゃいけないと思っていたってのはでかいと思います。
でもずるいですよね。意地っ張りでもあり、見栄っ張りでもあったのかもしれません彼は。気持ちの整理がうまくできてたらもう少し違ったのかもしれないしそうでないのかもしれません。

アサヒさんなら川に飛び込みかねないので止めた感じですが、なら川に向けて落とすなって話ですよね……。
ほんと連れてかえってあげて……できなかったのかもしれないけど……。
ビー君おんぶできなかったね……カイリキーいてよかったね……。
レイン所長が台頭してきましたね!
こっから先は落ち着ける場面少な目の急展開です。
感想ありがとうございました!


  [No.1681] 第九話 断ち切られる想い 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/04/01(Thu) 14:49:10   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第九話 断ち切られる想い (画像サイズ: 480×600 251kB)

スタジアムから離れた森の中の崖際。
激しい雨に打たれながら、俺は泥だらけで地に転がる小柄な彼を見下す。
今、彼が負っている傷の数々。それは傍らにいる俺のサーナイトにつけさせたものだ。
俺が下した指示で、つけさせた傷だ。
それを見て、ひどい虚しさに襲われていた。
色々想定外の出来事はあったが狙い通りの展開にはなった。<エレメンツ>“五属性”の彼だけを引きはがし、打ち倒すことは成功した。そして、一つの課題を除けばその後のことも順調に運びそうだった。
……ただ、後悔が抑えられない。

どうしてもっとうまくやれなかったのだろうか。

覚悟は決めていたはずなのに、いざしでかしたことを目の当たりにすると、ひどく気分が悪くなる。その感情はサーナイトにも伝わってしまい、苦しませてしまう。

こんな方法以外でもいくらでも手段はなかったのか。

そう悔いてももう時は戻らない。やってしまった行動も、つけてしまった傷も消えない。
後戻りはできない。

「……止めを刺すぞ」
「はは、わかったよ……けどさ、ちょっと待っておくれよ」

強がりなのか、虚栄なのか。悪態交じりに彼は作った笑みを浮かべた。
何かの携帯端末の画面を差し出しながら、彼は俺に言う。
彼は、ソテツは俺を……呪う。

「もうすぐ彼女がオイラを追ってくる。どうせやるなら、彼女の目の前でやって見せろ――お前も痛みを伴え」

彼の呪いは至極もっともだと思った。
決断に迷いは少なかった。俺はその痛みも引き受けることにした。

ごうごうと流れる崖下の河川を見て思う。
俺はもうとっくに崖から踏み外して、溺れているのだろうか、と……。
ひたすら暗い水底の中、俺はあとどれだけ自分を保っていられるのだろうか。
その疑問に答えてくれるものは、いない。



***************************


スタジアムの騒動から、ソテツ師匠が私の目の前でユウヅキに崖下の川に落とされて行方知れずになってから、2日が経った。
私は、みんなにソテツ師匠が荒れ狂う川に落ちたとしか、伝えられていない。ユウヅキが、彼のサーナイトがソテツ師匠を突き落としたとは言えていない。
言わなきゃ、いけないのに、その責務すら果たせていない。

ガーちゃんはソテツ師匠の行方をずっと捜している。あの場にいた<ダスク>のメンバーと思われる人々は避難する観客に紛れて姿を眩ませた。ココさんの処遇はまだ決まっていないけど、意識を取り戻したトウさんが彼女を庇っていたとは、聞いている。
色々手伝ってくれたフランさんたちのその後も気になるけど、探す余力がなかった。

アキラ君に相談する手もあったと思う。何通かメールもくれていた。でも返信したら現実を認めてしまうような気がして、なかなかできずにいた。正直、現状を受け入れるにはまだ時間が欲しかった。
アパートの自室に居るとどうしても考えがぐるぐる回ってしんどかったから、半ば逃げ出すように【カフェエナジー】のカウンター席で時間をつぶしていた。
……いや、それは半分くらいの理由で。
もう半分は、ソテツ師匠があの時言った、ユウヅキから来るという接触を待っていた。
半ばすがるような思いで、待っていた。

私と、ウェイトレスのココさんと、彼女の手持ちのミミッキュしかフロアにはいなかった。
沈黙している私たちを、ミミッキュは交互に見る。
ふと、ミミッキュと目が合う。そういえばあの日ココさんと最後に会った時、トウさんが倒れたあの場にミミッキュの姿はなかった。

「そういえば、ミミッキュはあの時どこにいたのかな」
「ボールの中よ、応援張り切りすぎて途中から疲れて寝ちゃっていたのよ」
「……ごめん」
「いいのよアサヒさん、あたしこそ……」

ミミッキュにも謝ると、ミミッキュは頭を小さく振った後、頼んでいないモーモーミルクのおかわりを置いた。

「あたしたちのおごり」
「……ありがとう」
「いいのよ。その代わりちょっと独り言を言うから……聞き流してちょうだい」

グラスの中のモーモーミルクに口をつけながら、私はじっくりと彼女の独り言に耳を立てる。

「……あたしね、最初はトウを裏切ってでも<ダスク>で動くつもりだった。それが、<エレメンツ>では雁字搦めでできないことを、“闇隠し”にあったみんなを助けに行くことを<ダスク>でならできると思ったから。そして、まだ<ダスク>を抜ける気はないわ……ただ、今後は<エレメンツ>にも協力するつもり」

ココさんはため息を吐くと、「これは痛感したことなんだけどね」と前置く。

「トウが倒れて、思ったの。あたしが<ダスク>に入ったのは、やっぱりトウを守りたかったからなんだって……だから彼を守るためならいっそどっちも裏切っちゃおうと思うの。いっそ半端者を、貫き通そうかなって。もちろん、言えないことは言えない。でもあたしがパイプになって間に立つことで、少しでもお互いの傷が減ればいいなとは、思う。もう、遅いかもしれないけどね。でもやれるだけやってみるつもり」

彼女のぶっちゃけ話を聞いて、私は返事を返してしまう。

「都合、よすぎるよ。それに……遅いよ」

携帯端末でアクセスした電光掲示板の情報を突き付ける。今回の騒動とパニックで出た怪我人の人数と、行方不明者の……ソテツ師匠の名前を、突き付ける。
ココさんは黙り、静かに目を伏せた。私はこらえられずに、言葉をあふれさせる。

「<エレメンツ>だって、決して現状のままでいいとは思っていなかった。確かに助けに行く方法は<スバル>の人たちに任せてはいたけど、この地方を、今いる人たちを守ろうとしていた……あの大会だってひと時でも楽しんでほしいってずっと準備していたはずなのに、でもそれを<ダスク>は台無しにした。集まった人達に怖い思いをさせた」
「……あたしたちは、忘れられていくのが、忘れてしまうのが怖かったのよ」

その痛いくらいにわかってしまう想いに、言葉が詰まる。

「時間を積み重ねていくとね、思うのよ。忘れちゃいけないことでも、忘れたくないことでも、どんどん気持ちが薄れていくのが、あたしは怖い。だんだん周りから諦めていく人がでていくのが、仕方ないって思えてしまうのが……嫌で。その楽しいひと時の間で気分転換しても、隣にいるはずだった人がいないのは、変えられない。待っていて変えられないなら、こっちから動いて変えるしかないじゃない……でも、強引に巻き込むやり方は間違っていたと思うわ……」

猛省しているココさんに、トウさんの件で疲れている彼女に……今これ以上言及するのはよくないと思った。
彼女だけを責めるのは、違うと思った。
私が責めるとしたら、それは……。

「……<ダスク>って何人くらいいるの?」
「わからない。でもそのくらいには多いわ」
「その中に、ヤミナベ・ユウヅキって人はいる?」
「? ああ……いるわ」
「そう」

もう、認めなければならなかった。
あの日見た光景が、感じたあの感触が、聞いた声が、悪い夢ではなく、現実だということを、私は認めなければいけなかった。

入り口の扉の開き、外の風が少し入り込む。
そこに居た彼らを見て、私はどんな表情をしていたのだろう。
出来れば、わずかでもがっかりした顔は、見せたくなかった。

私の様子をじっくりと見てから、彼は顔を背けて言った。

「結局あの日、ヤミナベには会えたのか」

そのビー君の横顔は、苦しそうだった。

苦しいのは、私だけじゃない。そんな当たり前のことに今更気づく私はやっぱりバカだなあと思った。

***************************


彼の傍らに立つルカリオは、静かにビー君を見ている。それが心配している目だということは、もう私はわかっていた。
私はもっと自暴自棄になる前に、ちゃんと話すべきだった。
遅いけど、もっと遅すぎになる前に、話さなければ。
ためらいを乗り越えて、私は話す。

「うん。一瞬だけユウヅキと彼のサーナイトに会えたよ……でも彼らが、ソテツ師匠を川に落としたんだ」
「……そうか」
「黙っていてゴメンなさい……あまり、驚かないんだね」
「そりゃ、お前があんだけへこんでいたらな。ヤミナベがらみで何かあったとは思っていた……わかった。許す。その代わりに、きちんと他のやつらにも言うこと。いいな」
「ありがとう」

ビー君はこちらに向き直って、「じゃあ、まずは現状整理だ」とメモ用紙とペンを取り出す。

「確認するが、ヤミナベ・ユウヅキの隕石強奪に<ダスク>が加担していた、でいいのか?」
「うーん。ココさんは<ダスク>にユウヅキがいるって言ってくれたよ」

ココさんは短く返事をすると、何か考えをめぐらすように、カウンターの机をじっと眺めていた。

「確かに、あの時ココチヨさんも……最優先じゃないにしろ隕石も狙いだって言っていたな。どのみち<ダスク>とヤミナベがグルだったのは、変わらねえ。ココチヨさん……その、今回の襲撃の目的って、話してもらえるか?」
「……とにかく会場にいる人々、あたしたち以外を無力化させ、かつソテツさんを引きはがして孤立させ叩く。それが第一目的だったわ。隕石もどさくさで奪えればとは考えていたけその暇はなかった。多分デイジーの機転が早かったのはあると思う。そして最後の目的は、私たちの存在を印象付けさせるってことだった……」
「それがあのダークライの悪夢か……どうして、一番目の目的がソテツを狙うことだったんだ?」
「バランス。ソテツさんが、<エレメンツ>の中でトップクラスに強くて……一番実践慣れしていたからよ。彼を中心に徒党を組まれて戦いを仕掛けられていたら<ダスク>は、<エレメンツ>に劣勢だったと思うわ。だから、卑怯を承知でも孤立させこちらの、その……エースに奇襲させたの」

ダークライに発信機を取り付けて後を追い、孤立無援になったソテツ師匠は、ユウヅキとサーナイトに不意打ちをくらい、打ち倒されたのだろう。卑怯と言えば、卑怯だ。けど、有効な手ではあると思う。

ビー君がペンを動かす手を止め、ルカリオと一緒にこちらを見ていた。

「無理にとは言わないが……何かまだ言いたいことがあるんじゃねーか、ヨアケ?」

ビー君の問いかけは、的得ていた。打ち明けるって決めたのに、まだ黙っていようとしていたのか私。往生際が悪いにもほどがある。

「ごめんビー君……実はソテツ師匠が、ユウヅキからの私への接触が何かしらの形であるって言い残してくれたんだ」
「そうなのか?」
「うん」

驚いた彼の表情が、だんだんと険しくなる。

「…………そうか、一人で接触する気だったんだな」
「あ……えっと、それは……」

その鋭くなる視線の意味を、理解するまで時間はかからなかった。
自分のしていた行動からでは、言い訳のしようもない。
……私は、バカだ。こんな大事なことすらも、見失っていたなんて。
ルカリオもビー君も、動揺しながら私を見る。

「一緒に捕まえるんじゃ、なかったのか」
「……ごめん、先走った」
「俺がお前を送り届けるまでもないってか」
「そんなことは……!」

ルカリオがビー君の肩を掴み、制止しようとしてくれる。ビー君はルカリオの瞳を見て、顔を伏せた。感情を押し殺した声で、彼は謝る。

「……カッとなった。すまん」
「違う、違うの! これは私がいけないの! ビー君謝る必要ないっ!」
「だが、俺もあの時と似た悪夢を見せられてからイライラしていた。余裕がなかった」
「でも、それでも……!」

過ちに気づいてから、うまく言葉が選べない。
皆が私の言葉の続きを待っている。待ってくれている。

どうしよう。何が言いたいの?
大事な約束を忘れて破ろうとした私は、何が言いたいの?
謝罪? 言い訳? そんなみっともない言葉を聞かせて、許されたいの?

違う。と直感が騒ぐ。
でも、言葉が見つからない。見つからないの。

どもっているとルカリオと目が合う。それからビー君とも。ふたりとも、心配そうに私を見ていた。


結局その場で言葉は見つからなかった。そして――
――沈黙を破ったのは、新たな来客がドアを開けた音だった。


***************************


ドアを開け入ってきたのは紫のぷよぷよとしたポケモンメタモンを頭に乗せた白いパーカーの少年と、黒いランプのようなポケモン、ランプラーを引き連れたオレンジの髪の灰色のパーカーの青年だった。
ココさんがすぐ対応に向かうと、白いパーカーの少年が「あははごめん、注文は後で。ちょっとそこのお姉さんに用があって」と言い、私の方へまっすぐ歩いてきた。

「あなたがアサヒさんだね。初めまして。ボクの名前はシトリー。『シトりん』って呼んでくれるかな?」
「えっと、初めましてシト……りん? どうして私の名前を?」
「どうしてだと思う?」

私を見て笑うシトりんにビー君とルカリオが警戒を強める。
その眼差しを感じ取ったのか、オレンジの髪の青年がシトりんとふたりの間に立つ。
ビー君たちにガンを飛ばす青年の頭を、ランプラーは「おちつけ」と言っているように叩いた。

「ローレンスの言うとおりだよイグサ」

シトりんはランプラー、ローレンスの行動を支持した。それからイグサと呼んだ青年をたしなめる。
イグサさんは渋々というか、結構嫌そうな顔をしてから、それでも「悪かった」と謝った。
そんなイグサさんを見て、シトりんの頭上のメタモンが少し可笑しそうに笑っていた。
ぽかんとしている私たちに向かって、今度はイグサさんが話し始める。

「僕らは、今日はメッセンジャーとして君に会いに来た。ある人に頼まれて伝言を持ってきたんだ、ヨアケ・アサヒ」

その言葉を聞いて、私はユウヅキからのメッセージかもしれないと思った。ビー君とルカリオもその可能性を感じていて、彼らの言葉にじっと耳をすませていた。

「シトりん」、とイグサさんは促す。その言葉に応え、いったんメタモンを床へと降ろし、息を整えるシトりん。

「……うん。伝言はこうだったよ」

その時、シトりんの佇まいが……変わった。
姿勢、というか、雰囲気、と言えばいいのか。先ほどまでの無邪気な笑みを浮かべる少年とは打って変わった空気をまとって。

姿形はそのままで、シトりんは別人になった。

その演技というにはあまりにも精巧な何かによって形成され現れたそれは、
私のよく知っている、懐かしい彼の姿が重なって見えた。

「“【暁の館】で待つ、なるべく一人で来てほしい”」

一言だけ。でも。でもその声は。
その声はまぎれもなくユウヅキのものだった。

「……っ!!!」

形容しがたい感情がこみあげてくる。思わず、目頭が熱くなる。
ずっとその顔を見つめていたくなるような気がして、感情に飲まれそうになって……だからこそ、私は一回目蓋を閉じる。
ぐっと目をつむって、また開いたそこには、先ほど出逢ったシトりんがそこに居た。

「……だってさ。依頼主からの伝言はこれだけだよ、あはは」
「……伝えてくれて、ありがとう。すごい、似ていた……どうやったの?」
「あはは。ボクはいつだって誰かの模倣者だからね。物真似が得意なんだ。どういたしまして」

そう笑うシトりん。まるでこの子はそこにいるメタモンみたいな子だなと思った。
そう思ったことを見抜かれたのか、シトりんは再び頭に乗せたメタモンを私に紹介した。

「ちなみにこの子もシトリーっていうんだよ」
「ややこしいね」

わりと率直な感想が出てしまった。


***************************


少年シトリーからの伝言を聞いたヨアケの反応を見て俺は、改めて悟る。
こいつが本当に、ヤミナベのことが気になっているんだなと。

(意外だな)

その事実に、俺はもっと嫉妬するのかとも、思ったこともあった。
もっと、荒れるかなとは、覚悟していた時期もあった。
でもどこか静かな気持ちで俺は、ヨアケの背中を押していた。

「【暁の館】は【ソウキュウ】の外、東南にある館だ。行ってこい。そして何か困ったらすぐ連絡しろ」
「ビー君……でも私は貴方に送り届けてもらうって、貴方と一緒に捕まえるって……!」
「俺が送り届けることにこだわって、せっかくのチャンスを無駄にしてはいけないからな……うまくやれよヨアケ」

俺の目を見た彼女はだいぶ迷った後、しっかりとうなずき「ありがとう」と言ってカフェを飛び出していった。
ヨアケを見送った俺に、イグサが話しかけてくる。

「彼女は何者だ」
「何者って、もうアンタらはヨアケの名前は知っているだろ?」
「そうじゃない。君のルカリオは波導の力を持っているはずだ。ルカリオは、彼女の異常な気配に気づいていないのか?」

急に名指しされたルカリオは驚き、首を横に振る。
ヨアケの異常な波導なんて、俺も気づいたことはないぞ。

「波導だと、わからないのか……? いや、でも」
「イグサ、だったか。さっきから何を言っているんだ?」
「…………僕とシトりんは普段、ローレンス、つまりはランプラーの力でさまよう魂をあの世に送る仕事をしている。いわゆる死神みたいなものだ。この国にもある仕事来ている。だから、僕自身も仕事で魂を探すために“見る”訓練をしてきたんだけど……」

イグサは俺に問いかける。まるで似たようなものを見てきたかのような質問を、問いかける。

「彼女、変なことを言ったりしていなかったか? 例えば心当たりのない記憶があるだとか、変な光景が見えただとか」
「……あった」

港町【ミョウジョウ】でヨアケが気を失い、変な景色を見たと言ったことがあった。
それ以来ちょくちょくその現象があると聞いてはいた。でも当人に特に影響があるようには見えなかったから、深く気に留めていなかった。
俺の反応を見て、奴は深刻な表情で一つの結論を導き出す。
ヨアケに起きている状態を、俺に伝える。

「おそらく彼女の体には、二つの魂が重なっている」


イグサに詳しい話を聞こうとしたら、カフェの扉が思い切り開かれた。
入ってきたのは大きな帽子をかぶった銀髪ショートカットの女。
鋭い赤い目つきでシトリーと雑談していた(一方的にからかわれて困惑していた)ココチヨさんに注文を突き付ける。

「マトマピザ。チーズ多めの。デリバリーで」
「えっと、デリバリーはやってないのだけど……」

女はこめかみをかき「察しろ」と言わんばかりにイライラした。
そしてなぜか俺の方を指さして言う。

「そこの配達屋に届けさせればいいでしょ?」
「! 生ものは扱ってないぞ?」
「じゃあ今から扱え。届け先は【暁の館】で。それじゃあ“早め”にね」

言い放つだけ言い放って、女は去っていった。何かを感じ取ったココチヨさんとミミッキュは慌てて厨房へ走っていく。シトリーとシトリー(メタモンの方)が残念そうに笑っていた。
さっきの続きを聞きたかったが、なにやら一刻を争う事態のようだ。そのことはイグサもわかっていたようで、静かに彼は首を横に振った。

「今僕から話せることはもうない。えっと名前はビー……」
「ビドーだ」
「ビドーか。君も準備をした方がいい」
「……ああ、そのようだな。行こうルカリオ!」

俺とルカリオは、駐車場に置いていたサイドカー付きバイクを取りに向かう。

(悪いヨアケ、今行くからな)

曇り空の中見える太陽は、傾き始めていた。


***************************


「もっと警戒するべきだったかな」

その青髪の青年、アキラの声は暗い通路の中をこだましていく。
【スバルポケモン研究センター】の地下施設に、アサヒの旧友のアキラは閉じ込められていた。
2日前所長のレインに彼の部屋に連れてこられたアキラ。
その部屋の隠し扉から、地下施設へと案内されるも、隙をつかれ扉にロックをかけられてしまう。
電波は、繋がらない。何かしらのジャミングがかけられているのかもしれない。助けがくるという希望にすがって待つという選択肢は、彼は最初から持ち合わせていなかった。

「向こうがその気なら、思う存分調べさせてもらうよ。後悔するぐらいにね」

“闇隠し事件”の調査団のメンバーとして<スバル>に来てからだいぶ経つというのに、アキラはこの場所の存在を知らされていなかった。
知らされていない、ということは知られてはいけないことがあるとアキラは判断する。
アサヒのことも心配だったが、彼は今自分がすべきことを彼は見据えていた。
冷静に、落ち着いて、一つ一つ彼は観察をする。

「僕がフィールドワーク専門ということをあなたが忘れているわけでもないだろうに。ラルド。『フラッシュ』を頼むよ」

アキラは手持ちの一体。フシギバナのラルドに『フラッシュ』をさせ光源を確保する。
幸い、居住区画を見つけられたので食料や水といったものには困らない様子だった。充電口もあったので、手持ちの携帯端末と予備バッテリーにも問題はない。ポケモンを回復できる装置も見つけた。これなら思う存分に探索できる。

「いや、いくら何でも充実させすぎだろ」

レインの目的がここにアキラを隔離することだとしても、待遇がよすぎると彼は感じていた。誘導されているようにも感じるとアキラは思う。

現在調査中の書斎区画には、膨大な資料が管理されていた。
ポケモン関連の書籍が大半を占めるのは分かるが、医療関連の本も多い。
アキラの目に留まった本の一つに“レンタルポケモンの基礎理論”というやたら分厚い本もあった。
知識欲を抑えつつ、アキラたちは探索を続ける。

一つの机の上に、伏せられた写真立てがあった。深緑色の髪の少年、おそらくレインの幼少時代の姿と、彼のパートナーのカイリューの進化前のポケモン、ミニリュウの姿。

……そしてもう一人。
見覚えのある真昼の月のような銀色の瞳をもった、見知らぬ黒髪の女性がそこに写っていた。
写真立てから写真を丁重に取り外し、その裏側に記された文字をアキラは読む。
そこには、こう記されていた。

“スバル博士と僕とミニリュウ。××××年×月×日”、と……。

この場所について、もっと詳しく調べる必要性があると、アキラは考え行動を再開した。


***************************


以前ビー君に注意されたけど、私はまたデリバードのリバくんに乗って空を飛んでいた。もちろんロングスカートのままで。
曇った空の間から差し込む陽光は、どこか神秘的なきらめきをしていた。騒ぐ胸の内を抑えつつ、私とリバくんは、彼に教えてもらった建物の前に、降り立つ。

「大きな館だね、リバくん……」

大きな丸い目を細くして、リバくんは一言鳴き声で答える。リバくんもだいぶ緊張しているみたいだった。
「ここまでお疲れ様。いったんボールに戻っていてね」と言いながらモンスターボールに戻すと、頭の中に声が聞こえてきた。それは、最近聞こえる方ではなく、エスパーポケモンなどのテレパシーによる交信だった。

(玄関から見て、左の建物、礼拝堂で待っている)

一方的な言伝通りに、私は礼拝堂に向かって歩いていく。
そしてその扉を開いて、中へ入った。

礼拝堂の中に、御神体のアルセウスと呼ばれるポケモンをかたどった像を見上げる一人の男性がいた。

青いサングラスをかけた、短いこげ茶の髪をした黒スーツの人物に、私は先ほど出逢ったシトりんたちのことを思い返しながら声をかける。

「そういえば貴方もメタモンと一緒だったね」
「まあな」

サングラスをいったん外し、頭からかぶっていたメタモンの『へんしん』を解かせ、懐から深紅のスカーフを取り出し襟元に巻く彼。青いサングラスで再び真昼の月のような瞳を隠す。黒いつんつん頭の懐かしい顔は、モンタージュとはやっぱり違って、昔の彼の面影をきちんと残していた。
彼が、話を切り出す。

「髪、伸びたなアサヒ」
「貴方がくれた髪飾りつけたかったのと……願掛けしていたからね。ユウヅキ、貴方にまた再会できる時まで伸ばすって」

彼は、ユウヅキは静かに首を横に振った。
それからゆっくりと、しっかりと……彼は私に名乗りなおす。

「今の俺はヤミナベ・ユウヅキを名乗れない。今の俺の名前は、ムラクモ・サク。<ダスク>の責任者だ」

ムラクモ・サク。<ダスク>の責任者。
その名前に不思議な感じがした。
あの雨の日に貴方を見つけたとき、そんな可能性も考えたけど、やっぱり違和感しか湧いてこなかった。
でも、ユウヅキの長年の旅の目的である、ルーツ探しが成就していたのだ。形だけでも祝福の言葉はかけておこうと思う。

「貴方のルーツ、見つかったのならよかった」
「ああ、見つけた。一緒に旅して探してくれたおかげで、見つけられた。俺の……本当の名前を」
「そっか、でも……」

自然と素直に、私は昔、彼にかけた言葉と同じ言葉を口にしていた。

「やっぱり……私にとって、貴方はユウヅキだよ。ヤミナベ・ユウヅキという、かけがえのない大切な存在だよ」
「そうか。ありがとう――だが、まだアサヒのもとには帰れない」

返ってくるのは、昔とは少し違う返事。
そこには、また変わってしまった関係や立場があった。


***************************


「そう。なら無理やりでも、捕まえてでも連れ帰るよ……私の消えている記憶のこととか、聞きたいこといっぱいあるし」

積もりに積もった疑問質問の渦の中で。
あの嫌でも忘れられなかった雨の日の出来事を思い返して、問いただす。

「なんで身動きとれなかったあの人にとどめを刺すような真似をしたの?」
「とどめを刺した方が、お前が俺を憎むと思ったからだ」
「下手な嘘。貴方はそんなことしない」
「……ああそうだ。ソテツは生きている。あの時崖下にサーナイトに落とさせるように見せかけて、『テレポート』で別の場所に移動させた」

長い溜息を吐き、彼は続ける。

「もともと、ソテツを打ち倒し、そのまま身柄を<ダスク>で預かる予定だった。だが、ただ捕まるのは格好がつかないと言われ、やった。今にして思えば馬鹿馬鹿しいと思っている」
「ソテツ師匠に伝えておいて……このバカ師匠。貴方の見栄っ張りでガーちゃんずっと心配して探していたって」
「必ず伝えておく。あと簡単に川に飛び込もうとするな。もっと自分を大事にしてくれアサヒ」
「ユウヅキこそ」

心配をかけているのは、貴方もでしょう?
そう訴えても、彼は固い表情のまま。
むくれていると、今度はユウヅキが問いかけてくる。

「アサヒ。今度は俺から大事な質問だ」

ユウヅキは私の目をしっかりと見て。質問を投げかける。

「お前の周りに、何も事情を言えなくても協力してくれる人はいるか?」

言われて真っ先に思い浮かぶのは、最近頼もしく思える、あの小さいけど大きい背中。
彼なら、ビー君なら……私は頼れるかもしれない。そう思い、肯定する。

「……うん。いるよ。何も言わないのは、失礼だと思うけどね」
「そうか」

その時ユウヅキの顔に見えた表情は、どこか苦しそうな諦めと安堵の色だった。
……そういえば、さっきからユウヅキのメタモンの姿が見当たらない。
「ねえ」と尋ねようとして、彼の“引き金”に遮られる。

「できることなら――――“【すずねのこみち】で待っていて”欲しかった」

それはキーワードだった。
言葉の鍵。
声紋認証。
色々言葉はあるけれど。

“【すずねのこみち】で待っていて”という言葉は、私たちが初めて出会ったあの場所で待っていてほしいという言葉は。
私が記憶を消されるときに聞いた最後の言葉だった。
その言葉こそが、私の思い出を封じ込めていた鍵を開く言葉だった。
どっと意識が過去に持っていかれる。

そして現実を思い出す。

私が“人質”だという、現実を思い出す。



そういえば無意識にプールや海に、水に足を入れることを拒んでいた。
それはあの暗闇の湖に足を入れて以来のことだった気がする。

あの時の感情。
あの時の恐怖。
あの時の悲しさ。
あの時の苦しさ。

貴方が私の記憶を消した意味を、思い出す。
知らない記憶の意味も、理解する。

「あ、ああ、うあああ……?!」

気が付いたら床布の上に膝をついていた。
だらだらと嫌な汗が流れる。涙で滲んだ目でユウヅキを見ようとするも、視界がにじむ。
悪寒がして、息が苦しくなる。
頭が痛くなる。
それでも必死に意識を保つ。

冷たい声色の彼の声が聞こえる。

「それでもお前は俺を追ってくるのか」


……昔、私はすべてを投げ出そうとして。
それを命がけで止めてくれたのは、ユウヅキだった……。
それでも私は止まれなくて。彼は私のその衝動ごと、オーベムと一緒に封じ込めてくれたんだ。

全力で、守ってくれたんだ。

だったら、救い上げてくれた彼に、今の私が出す答えは、一つだけだ。
そこだけは、ぶれない……!

「追うよ。そして、捕まえる」

涙を流しながら、私はユウヅキを睨んで立ち上がる。
それから、

「よくわかった――やれリーフィア」

聞きなれないポケモンを呼ぶ彼の声。
ザシュっと何かが一瞬で切られる音。
そしてどさりと床布の上に落ちる音。
急に、軽くなった頭。

恐る恐る振り向くと。
メタモンが空のボールを持っていて。その前にはリーフィアと呼ばれた草を刃にできる、レイちゃんと同じくイーブイの進化系のポケモンがいた。
そして、足元に昔ユウヅキからもらった髪留めと一緒に、切られた金髪が広がっていた。

「俺はお前の敵だ。これ以上俺を追うと言うならば容赦はしない」

目の前が、真っ白になりそうだった。

「……困った、なあ……」

震える声を絞り出す。
崩れ行く意識の中。私は彼の声を聞いた。
その声に、光に引き戻される。

「――ヨアケ!!!!!」

差し込まれる夕時のオレンジの光とともに、ビー君とルカリオが扉を蹴破ってそこに居た。
ちゃんとそこに、居てくれた。


***************************


謎の銀髪女に宅配ピザを渡した後、(入るタイミングがなかったのもあるが)ルカリオと扉の前で盗み聞きしていた。が、ヨアケがヤミナベの手持ちのリーフィアに後ろ髪を切り落とされたのを見て、俺はルカリオとともに反射的に飛び出していた。
彼女のことを呼び、奴へと叫ぶ。

「大丈夫かヨアケ!!! くっそヤミナベてめええええ!!!」

俺より先にルカリオが『フェイント』を混ぜリーフィアを突破し、ヤミナベに飛びかかっていった。

「サク様!」

素早く俺たちとヤミナベの間に割って入ったのは、パステルカラーの毛並みの一角ポケモン、ギャロップに乗った銀髪女だった。

「メイ。余計なことを」
「どうせ、収拾つかなくなっていたんだからいいでしょ。それより今は前っ!」

ルカリオの『おんがえし』の拳を、ギャロップは『10まんばりき』で踏みつける。
衝撃でお互い後ずさり、いったん距離が開く。
メタモンを乗せたリーフィアがヤミナベのもとに駆け寄り、こちらに敵意を向ける。
硬直状態にさらに乱入してきたのは、礼拝堂の入り口に降り立つドラゴンポケモンのカイリューと、

「アンタは……レイン!」
「どうもご無沙汰しております。ビドーさん」

<スバルポケモン研究センター>の所長、レインだった。
彼は、いや奴はみつあみを揺らしながら俺たちの隣をカイリューとともに通り過ぎ、ヤミナベ側に立った。

「どういうことだ?」
「どうもこうも、私もこちら側、ということですよ」
「……俺たちを利用していたのか。研究センターがヤミナベに襲われたっていうのは」
「ああ、あれは私が手引きしました。一応言っておくと、私とサク、そして彼女メイも“同志”です」

驚く俺たちをよそに、レインは改まって自己紹介をする。

「改めまして、私は<スバル>の所長、兼<ダスク>のメンバーのレイン。<ダスク>の目的は赤い鎖のレプリカによるギラティナの召喚、及び破れた世界に隠された人々の救出。“闇隠し”を起こしたサクに協力しています。ちなみにサクは、その責任をとる者、という意味での<ダスク>の責任者です」

責任、という言葉に「責任なら、私にもある!」とヨアケが強く反応した。しかしレインは彼女の言葉を退ける。

「いえ、貴女に責任を取る資格はありません。だって貴女は、放棄して逃げ出したのですから」

レインの言葉の意味は俺にはわからなかった。ただ、身動きが取れそうにないヨアケを庇ったまま戦うには、現状が限りなく最悪に近いということだけは分かった。

「……今は見逃す。その代わりにソテツと引き換えに隕石の本体を要求すると<自警団エレメンツ>に伝えろ」

そう言い立ち去ろうとする彼らを、俺たちはじっと見ていることしかできない。
でも、たとえジャミングの機械を使われ意味がないかもしれなくても、俺とルカリオは彼らの波導と姿を目に焼き付けた。
複雑な波導を、しっかりと記憶した。

ヨアケが、すれ違いざまにヤミナベの腕を掴む。
ヤミナベはかがんでヨアケに目線を合わせ、もう片方の手でヨアケの手を外す。

「お前はもう関わらなくていい。俺一人でやる」
「ダメだよ……ダメだよ、ユウヅキ!!」

夕闇の中去っていく彼を、ヤミナベ・ユウヅキの名前を彼女は、ヨアケは呼び続けた。
声がかれるまで、呼び続け、そして打ちひしがれた。

うずくまる彼女を、俺とルカリオはただ見ているしかできなかった。

でも、彼女のポケモンたちは違った。

まず初めに、ドーブルのドルが勝手にボールから出てきた。
次に、デリバードのリバ、グレイシアのレイが続いて出てくる。
ラプラスのララ、ギャラドスのドッスー、そしてパラセクトのセツ。
皆が狭そうにしつつも、ヨアケのそばに寄り添った。
ドルは髪が切られたことによって現れた彼女の背中をさすった。

本当はもっと早く飛び出たかっただろうに、彼らはそれができなかったのだろう。
ヨアケの大事な人と敵対したくなかったのかもしれない。
その代わりにドルたちは、泣きじゃくる彼女のそばに、彼らは日が沈むまで寄り添った。
悲しみを分かち合おうと、寄り添い続けた。

***************************


日が暮れ、泣き止んだ彼女の頭はぼさぼさだった。
ひどい頭のまま、彼女はこの先の心配をしていた。

「レイン所長が<ダスク>だったなんて。アキラ君、大丈夫かな。<エレメンツ>の皆にも伝えないとね。色々」
「ヨアケ」
「何、ビー君? ここから色々と忙しくなるよ」
「今は、少し休もう。アキラ君ならなんとか大丈夫だろ。<エレメンツ>にも俺が連絡しておく。だから、いったんアパートに帰ろう」

呆けるヨアケに「いいから」と言い聞かす。
俺もルカリオにも見えていた。今の彼女が、見た目も心もいろんな意味でボロボロなのが、彼女のポケモンたちが不安がっているのが見えていたから。俺は彼女を説得する。

「焦るな……少し休め。どうせスタジアムの件からあんまり眠れてないんだろ? そんなんじゃ、体壊すぞ。追いかけることさえ、できなくなるぞ」
「そうだね……私ももう二度と自分を投げ出したくないし。わかった」
「よし。じゃあ……バイク持ってきているからサイドカー、乗れ。そして少し寝ろ」
「うん」

渋るポケモンたちをなだめ、ボールに戻し、俺たちは【暁の館】を後にする。
夜風に吹かれて、俺たちは来た道をバイクで戻る。サイドカーのゆりかごの中、ヘルメットを着けた彼女はとても静かに、目をつむっていた。
ライトで照らす闇の中、彼女が俺の名前をささやく。

「ビー君」
「なんだヨアケ」
「ううん。なんでもない」
「わかった」

深い夜の中。
ヤミナベとヨアケのやりとりが、交わされた言葉が俺の頭の中で反すうしていた。

「わかってる」

俺は、彼女が何も言わなくても、味方のつもりだ。
そう自分に言い聞かせて、帰路を走る。

そして自分に誓う。


彼女を送り届けるまで、俺は走り続けると、俺は誓った……。







つづく。


  [No.1702] 第九話感想 投稿者:   投稿日:2022/02/20(Sun) 11:18:16   3clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

第9話読了しました。
ソテツー!!!この真性のどクズ野郎がァー!!!!!!もー許さん貴様もう許さんぞ!!!!
すいません。綺麗に死によって退場したな……と思ってたソテツ野郎が実は普通に生きていた上に、ユウヅキに「アサヒの目の前でやれ」発言して呪いかけようとしてましたが、正直その呪いはユウヅキよりアサヒさんに効くしどう考えてもアサヒさんのトラウマになるしこの真性のクソ野郎が……最後の最後に反省したんか……って思ったけどアレはマジで「もう死んでしまうと思うと全て許せそうな気がする」現象だったんだなって……。いやそうでなくともどうせならアサヒさんの目の前でやれやって指示したのがソテツ野郎というだけでクソ過ぎる……なんなんなん……ユウヅキを頑張って追いかけていたアサヒさんを見ていたんだったらユウヅキを責めるなり怒ったりしても良いはずだろ……なんでトラウマをわざわざ作った!?己の死によってアサヒちゃんに存在を刻みつけると同時にユウヅキはマジで悪党だと示したかったんか!?許すなとかアサヒちゃんに言ってたわりに自分がアサヒちゃんに慕われていると心底確信してないとこの発想でませんよね!? このクソ野郎がよ……アサヒちゃんが許しても私は絶対に許さん。

それはそれとしてピザの配達でビー君が駆けつけられるように仕向ける展開熱くて好きです。ソテツ野郎のせいで荒んだ心がビー君によって浄化される。
ユウヅキはサクが真の名前だったのか……。キーワードで記憶のロックが解錠される展開も熱いな……好き……。甦った記憶はなんだろう? あの時もユウヅキが止めたとのことだけど、いやそもそもの事情はいったい?そしてアサヒさんの髪をばっさりとカットしちまうだと!?髪は女の命なんだぞてめーこの野郎!!!!ぜったい許さんマーク2決めたろかいてめー!!!
なんとなーく、ユウヅキさんはアサヒさんを守るために敵だとか云々いってるんじゃないかなと思いますがそれはそれとしてビー君はアサヒさんの危機に飛び込んできてくれたし何があっても味方を貫くぞって決意してるし本当に良い奴ビー君にしておけアサヒちゃんマジで。
レイン所長裏切り者だと発覚したわけですが、この人あんまり助けてくれずに敵に回ったなぁ……ユウヅキはアサヒちゃんを守りたいんだとして、だからもう関わるなとか遠ざけてて、暗にこれは「お前はこっち側に来るな」と言いたいのかな?
 そんなわけで9話ですが、文章力がめきめき上がっている気がします。前話より読みやすく感情移入しやすくなった気がする!向上しているのはビー君だけではない……!


  [No.1703] Re: 第九話感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/02/20(Sun) 11:39:40   2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

第九話読了&感想ありがとうございます!

案の定だよソテツ!!!! もうダメだこいつ……しゅんさんの感情を一時油断させといてこれだよ!!
反省もしてるだろうし、ソテツが言わなきゃアサヒさんとユウヅキさんは再会してなかっただろうけどダメだ……。
ソテツのことは許さないでやってください……。

ピザの配達のくだりはすごくうまくはまったなと思ってます。メイちゃん気が利く。
荒んだり浄化されたり忙しそうだ……。

ユウヅキはアサヒさんがついてくるのもうわかっててこうでもしないと待っててくれないとわかっててでも髪はあかんよなあと思いました。

ビー君の味方っぷりが頼もしいですね。

レイン所長は別にアサヒさんたちの味方ではなかったですしね……。
「お前はこっち側に来るな」と言いたいユウヅキ。もうちょい言葉でなんとかしてあげて。
文章力上がってるですと? やったーありがとうございます!

さあいよいよ次は十話ですね……。
感想ありがとうございました!


  [No.1682] 第十話 夜明けの追跡者 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/05/18(Tue) 21:59:35   10clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第十話 夜明けの追跡者 (画像サイズ: 480×600 169kB)

俺たちの住む拠点のアパートに着いたのは、日付の変わる前だった。
なるべくチギヨとユーリィを起こさないようにサイドカー付きバイクをこっそりとしまい、疲れ切った彼女を連れて階段を上る。
ヤミナベのリーフィアに切られた彼女の、ヨアケの半分くらい短くなったボサボサの金髪を見て、俺はいたたまれない気持ちになった。

階段を上っていくと、共有スペースに灯りがついていた。
テーブルを挟んで座っていた二人とその手持ちのハハコモリ、ニンフィアとも鉢合わせる。

「?!…………どうしたのアサヒさん!?」
「ビドー、何があった!」

ヨアケを見て、先に珍しく取り乱したのはユーリィ、それから動揺するユーリィの隣で、俺に心配気味に怒ったのはチギヨだった。
ハハコモリはチギヨを落ち着かせ、ニンフィアはユーリィの手をそっとリボン状の触手で掴んだ。
一昨日ずぶぬれで帰って来てから塞ぎ込んでいたヨアケを知っているからこそ、皆、心配してくれていたのだろう。

「色々だ、色々あったんだよ……俺もまだ整理がついていない」
「じゃあ、一からでいいから説明しろビドー」
「わかっているチギヨ。だが説明は俺がする。だからヨアケは別のところで一息つかせてやってくれ……ユーリィ、頼んだ」

目をしっかり見て頼むと、ユーリィは「わかった、頼まれた」と言い、ヨアケとともに2階の彼女の美容室に連れて行った。たぶんユーリィは切られてボサボサになったヨアケの髪を、見ていられなかったのだと思う。

共有スペースに残されたのは俺とチギヨとハハコモリ。
右往左往するハハコモリにチギヨは「別に、ケンカしようってわけじゃあねえよ」となだめる。
それから俺に椅子に座るように促し、事情を聴こうとするチギヨ。
腰を落ち着けつつも、俺は「先にメールを打たせてくれ」と頼みチギヨの了承を得る。
送り先は少し迷ったけど、自警団<エレメンツ>のデイジーにした。

……書かなければいけない緊急の要件が多かった。
まず、ヤミナベとヨアケが接触したこと。次に、ヤミナベが<ダスク>の中心人物サクであること。
それから、ソテツが生きていて<ダスク>に身柄を抑えられていること。それをとにかくガーベラさんに伝えてほしいこと。
あと<スバル>の所長レインが<ダスク>とグルだから隕石を不用意に渡さないでほしいこと。
最後に、<ダスク>が<エレメンツ>にソテツと引き換えに隕石の本体とやらを要求してきたこと。
長文になってしまった文章を送り終えた後、俺はその送信した文面をメモ代わりに、チギヨに何が起こったのかを伝えはじめた。


***************************


初めてちゃんと入ったユーリィさんのお店は、気取った雰囲気はなく、おしゃれだけどアットホームな場所だった。なんて言ったらいいのだろう、お客さんを緊張させないように気が配られている感じだった。
髪の毛を洗ってもらったあと、鏡の前に座らされる。
改めて切られた髪を見て、これはビー君たちが心配するのも無理はないかなと思った。

「髪の毛、整えてもいいかな……アサヒさん」

ニンフィアにハサミと櫛を取ってもらったユーリィさんが、私の髪の毛を切っていいか確認を取る。
私は、願いを込めて伸ばしていた髪をさらに切るかどうか、迷っていた。

黙っている私に「毛先だけでも、整えない?」とユーリィさんは提案してくれる。
それは、長さをあまり変えない、現状維持という選択肢。
その選択肢を掴むこともできた。でも……。

「あのね、ユーリィさん。私迷っているの」
「……うん」
「私、ユウヅキと再会できる時まで伸ばすって願掛けして髪を伸ばしていたんだ。それは、叶ったんだけどね、そのユウヅキたちに髪を切られて……分からなくなっちゃったの。その……どうしたらいいのか」

鏡面でも内面でも、今の私自身を見つめ返す。
でもそれは、とっても見ていられないものだった。

ユウヅキに記憶を返してもらって、改めて今までの自分がいかに呑気だったかを思い知る。

前の私は……封じられていた記憶が取り戻せたら、昔の状況より多少は良い方に転ぶと思っていた。
そんな甘い理想を私は描いていた。
でも現実は、どうしたらいいのか……わからないことばかりで。
問題しか増えていなくて。

『闇隠し事件』を引き起こしてしまった責任も。
その責任から逃げ出そうとしてしまった過去も。
それらから逃れられない人質になっている今も。

簡単には口にできなくて。伝えられなくて。

独りでケリをつけようとするな、抱え込むなって、前にビー君が言ってくれたけど、話したらどうなってしまうかわからない問題もあって……。
正直、ぐちゃぐちゃになりそうだった。

今まではユウヅキを追いかけて、捕まえるということを、彼と一緒に責任を取ることを目標にしていた。
彼がそれを望まないのは分かっていて、それでも捕まえなきゃ、って思っていた。
でも、いざユウヅキから拒絶されて。
私はもう関わるなって、彼が一人で責任を負うって言われて……。
もうほんと、どうしたらいいのか分からなくて。

私は道を……見失っていた。


ユーリィさんが、鏡の中の私に視線を合わせ、静かに尋ねる。

「……どうしたらいいか、じゃなくて、アサヒさんはどうしたいの? どうなりたいの?」

どうしたい? どうなりたい?
私が、したいこと。私がなりたい、私。
そう美容師さんみたいに聞かれて、私は鏡に映った私でイメージする。
少なくとも、こんな中途半端な髪の長さの私は嫌だった。
また願掛けして伸ばすのもありかもしれない。でも、それはなんだか違う気がした。

ふと思い出すのは、ヨウコさんにもらったユウヅキとの昔の写真。
あの昔のようには頑張っても戻れない。変わってしまった関係があるから。
だったら、今、私は彼とどうなりたいのか。
これから先どういう関係になりたいのか。

それは、その想いは、自分でも驚くぐらい溢れるように言葉になっていく。

「……バカだよね私。こんなにされても、こんなに突き放されても……追いかけたいと思うの」

不思議なくらいするすると。思考が口に出た。

「一回逃げ出しているのに、それでもおこがましく彼の隣に居たいの」

後ろめたいことも、少しだけ正直に言ってしまう。

「そしてゴメン。正直私たちが引き起こしてしまった責任から、逃げ出したい気持ちはある。ワガママだけど、本当は怖いよ」

恐怖を口にしたことで、見えてくるものもあった。

「でも……それ以上に、彼を、ユウヅキが一人でそれら全部に立ち向かうのに、置いていかれてしまう方が、怖い」

見えたからこそ、譲れないものも見つけられた。

「そうやって私を突き放す彼に甘えたくない」

それらを、並べてみる――――

「だから責任を取りたい、だから追いかけたい、だから私は……!!」

――――するとそこに、道とは呼べないぐらい細い、頼りない、でも辿れるぐらいの何かはあった。
それは……私の意思だ。

その意思を表す言葉を、息を大きく吸って、次の幸せに繋げるように願い、吐き出す。

「私は……! 私は彼の隣に立ちたい……! どんなに立場が変わってしまっても、私がユウヅキとなりたいのは、その先の関係だから……!」

想いを……口にする。

「何より彼にあんな苦しそうな顔のままでいてほしくない……! 苦しむのなら私も一緒に背負いたい、そしていつか一緒に笑いあえるようになりたい……! ――――私は、彼が大好きだから……っ!!」



***************************


……言い切った。言ってしまった。
きれいなキラキラとしたモノからかけ離れた醜くて重い思いを、吐き出した。
愛しいとか恋しいとか、そんな程度の言葉では表しきれないくらい、重すぎるこの感情。
自分でもドン引きだ。顔が恥ずかしさで熱くなる。涙も鼻水も零れて顔がぐちゃぐちゃになる。
みっともなくなる。恰好つかなくなる。苦しくも、なる。

ワガママで、自己中過ぎる私を見て幻滅されると思った。
けど、ユーリィさんが、後ろから私の頭を抱きしめた。ニンフィアがその姿をじっと見ていた。

「……どうしようもないけど、でもえらいな、アサヒさんは」
「どこがあ?」
「ちゃんと口に出せたでしょ。自分の想い」
「でも、こんなの見ていられないよ」
「そんなになってまで、言えるのがえらいの。言えないで終わる人だって、多いんだから……それからアサヒさんの赤裸々な勇気に応えて、私も一つぶっちゃけるね」

その告白は、ユーリィさんの建前だった。
私を気遣った、妥協。彼女は私に折り合いをつけよう、と手を差し伸べてくれた。

「私も<ダスク>なんだ。一応サクとは結構長い付き合いになるかな。私も他のメンバーのようにサク……ヤミナベ・ユウヅキと貴方を許す気はない。でも同時に、ただ苦しんでほしいのかっていうと、ちょっと違うって私は思うの。責任は取ってほしい。でも、貴方たちの不幸を全面的に望んでいるわけじゃない。サクが苦しんでいたかどうかはわからない。けれど私は、サクが長年償い続けてきたのを見ていたのだから、最後までキチンと、みんなを連れ戻すまで責任果たしたのなら、それ以上は求めないつもり」
「ユーリィ、さん……」
「だから、アサヒさんも責任取るっていうなら、私は待っている。ずっと、ずっと待っている。手に負えないところがあったら、仕方ないって手伝うから……ちゃんと責任取ってよね?」

ニンフィアが、私とユーリィさん、二人の頭を撫でた。短くお礼を言うと、ユーリィさんが、体を離す。それから、ハサミを取り、私に質問する。

「さてアサヒさん、髪型どうする?」

ご注文はと尋ねる彼女に返す答えに、もう迷いはなかった。
なりたいビジョンは、既に決まっていた。


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階段に座り込む俺に、チギヨのハハコモリがブランケットをかけてくれた。
小声で「ありがとな」と返し、ルカリオとボールのカプセル越しに向き合う。
ルカリオは何とも言えないような顔で俺を見つめていた。
ふと階段の上を見上げる。チギヨが気まずそうにこっちを見ていた。

こいつらの波導なんて、読むまでもない。
心配されているぐらい、昔の俺だってわかっていただろう。
その心遣いを受け取れる余裕があるかないかだけで。
何も変わりはないはずだ。

「チギヨ。俺とヨアケと、ルカリオは……友達だ」
「ビドー……そうか、友達でいいんだな」
「ああ。友達でいい。ダチだから力になりたい。つまりは、幸せってやつになってほしい」
「俺には、お前と一緒に居るアサヒさんも、幸せそうに見えるけどな」
「違うさ」

「どこがだ?」と言うチギヨからの質問は来なかった。でも俺は続ける。
俺がヨアケの隣に立てない決定的な理由を言う。

「俺は、アイツに恩を感じてしまっているんだよ。ルカリオと今の関係になれた意味で、救ってもらったんだよ、俺たちは。だからこそ、俺たちはヨアケに恩返ししたいんだ。だから対等にはなれない。だろ、ルカリオ」

ボールの中のルカリオは、苦笑を浮かべ、否定する。
困っている俺に、チギヨは軽く叱りつけた。

「ルカリオだって違うって言っているだろ。それにお前とアサヒさんは、同じ目的を持つ相棒だろ。別に対等じゃなくても、お前はアサヒさんと相棒になりたかったんじゃないか? それに友達ならなおさら、肩を並べられない関係なんて、しんどいだけだぞ」
「チギヨ……」
「もっとも、お前の場合背丈足りねえがな」
「うっせえ」
「もっとでかくなれ。胸を張れるぐらい、心身共にな」
「……うっぜえ……」

少しでもチギヨがまともなことを言っていると思った自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
ため息をつくと、奴に頭をがしがしと撫でられた。不機嫌そうにしている俺を見て、ルカリオはわずかに笑っていた。ハハコモリはおどおどしていたが。

チギヨの手を払いのけて、立ち上がる。それからユーリィの店の扉の前に行って、ドアノブを掴む。
入る前に、チギヨに聞こえるようにはっきりとした口調で言う。

「いい加減、前髪含めて髪切ってこようと思う」
「おお。じゃあ、髪型に似合いそうな服適当に見繕ってくるぜ」
「あんまり今の変わらない感じで頼む」
「りょーかい。でもロングコートは禁止な」

露骨に嫌な顔を向けていると、こっちに気づいたユーリィが「何しているの?」とドア越しに睨んでくる。文句を諦めて入って注文したら、中に居た全員に口を開けてめちゃくちゃ驚かれた。


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ビー君がユーリィさんに髪を切ってもらっている間。私はやるべきことをしに自室へ一回戻った。
ドルくんたちの入ったモンスターボールに語り掛けながら、手紙を書いていた。

「みんなに、謝らなくちゃいけないことがあるの。覚えているかはわからないけど……私は昔、みんなを置いて行こうとしたんだ」

私の懺悔にみんなは、髪型を見せた以上には驚きもせずに、じっと言葉の続きを待ってくれる。
その反応で、私はもしかしたらと思っていたことに……確信した。

「記憶、消されていたの、私だけだったんだね……」

記憶を覗くという行為自体、頭に負担のかかること。私にオーベムが記憶の封印をされていた時点で、みんなまで調べる対象にならなかったということなのだろう。
ドルくんが目を伏せた。レイちゃんは悲しそうな顔をしていた。ドッスーは眉間にしわを寄せた。セツちゃんは呆けていた。ララくんは目を細め、リバくんは手に持った袋を抱きしめた。
それぞれ、様々な思いを抱きながら、それでも私を見守ってくれていた。
私から離れないでくれていた。
それがとても、痛いぐらい嬉しくて。

「ゴメンなさい。そしてありがとう、それでも私を支え続けてくれてありがとう。ほんと、ポケモントレーナー失格で情けないけど、それでも力を貸してほしいんだ」

全員が私を見上げる。私は願いを口にする。

「私はやっぱりユウヅキと一緒にいたい。そのために彼と戦うことがあるかもしれない。それも覚悟している。みんなは、ユウヅキたちと戦うの、嫌……なんだよね」

これは私の勝手で、みんなを巻き込むと宣言しているようなものだ。
ためらいはないと言えば嘘になるけど、でも私はその上で説得する。

「もう自分からあなた達を置いて行かない。絶対に、絶対に。だからどうか、どうか一緒に戦ってほしい」


……ドルくんがモンスターボールの中から出てきて、私に画用紙を要求する。
慌てて差し出すと、紙にさらさらと尾の筆で何かを描く。
ドルくんはその絵を短時間で描き終え、私に突き出した。

それは、今の私とユウヅキの似顔絵が並んでいる絵だった。
二人ともぎこちなく、でもちゃんと笑っていた。

「ドルくん……うん、こんな風に笑いあえるようになりたい。だから協力お願いしてもいいかな」

首を縦に振り、ドルくんは肯定してくれた。ボールの中のみんなも、応えてくれた。
ありがとう、と何度も何度も呟いて、私は全員分の想いを込めてドルくんを力強く抱きしめた。


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【王都ソウキュウ】の【テンガイ城】の城壁の上に彼は呼び出されていた。
城壁の上にて出てすぐに待ち構えていたのは、彼女の手持ちのフードを被ったような鳥ポケモン、ジュナイパー。
黒縁メガネ越しに目を細め、キョウヘイはジュナイパーの名を呼び主人の居所を訪ねる。

「ヴァレリオ。サモンはどこだ」

ヴァレリオと呼ばれたジュナイパーは、音もたてずに舞い上がる。ゆっくりと1、2回旋回してから城壁の上をなぞるように飛んで行った。
月光照らす中、夜風に吹かれてしばらく歩くと、そこに彼女は座っていた。彼女……サモンと骨を被ったポケモン、ガラガラは城壁の淵に背もたれて、月を見上げていた。
ジュナイパーは淵の上に着地し、トレーナーに倣うように、また月を見上げた。

「案内お疲れ様、ヴァレリオ。やあキョウヘイ。今晩は」
「……わざわざこんなところまで呼び出して、なんだサモン。隕石はもう渡しただろ」
「そのことは改めてお礼を言うよ。隕石を手に入れてくれて、ありがとうキョウヘイ」
「欠片だけどな」
「気づいていたんだ」
「気づかないとでも。で、何の用だ。月見ならコクウとヴァレリオとやれ。付き合わないからな」
「つれないなあ、キミもそう思うだろう、コクウ」

コクウと呼ばれたガラガラは小さく頷き、キョウヘイをまじまじと眺める。
キョウヘイは視線をそらし、目のやりどころがなくて月を見上げた。

「君ら、のんびり月見するタイプじゃなかっただろ。ずいぶん丸く、いや弱くなったな」
「キョウヘイたちは尖って強くなったけどね」
「……強くなければ何もなしえないからな」
「そうだね、でも本当にそうなのかな」

その言葉に、キョウヘイは静かに苛立ちつつサモンを見る。
サモンもキョウヘイを見つめ返し、問答になる。

「俺は、弱かったから失ったんだ」
「あれはキミだけの手に負える事態じゃなかった」
「そうだとしても、俺は負けてはいけない戦いに負けてしまった。勝たなければ意味がない。結果が……すべてだろ」
「結果は結果でしかない。物事の積み重ねの副産物だ」
「なんだと」

低く、唸るような声を出すキョウヘイにサモンはきつく言い返す。

「キミもダークライの悪夢を見ただろう? キミはうまく立ち回ろうとして、肝心な本当に失いたくないものに向き合わなくて失敗しただけだ」
「群れてなれ合うのを嫌いな君がそれを言うか」
「言うよ。断言するけど、今のキミがせいぜい強くなっても失わないのはその捨てきれないプライドだけだ」
「サモン。君……」
「プライドをかなぐり捨ててでも、守らなきゃいけないものもある」

その言葉に、キョウヘイは違和感を覚える。
普段の彼女なら、断言するような言い方を好まないからだ。
その違和感を、キョウヘイは無視できなかった。

「おいサモン。それは……誰の話だ?」

口をつぐむサモン。彼女が自身の感情をあまり口に出したがらないことは、キョウヘイは知っていた。
距離が遠くて近い、キョウヘイだからこそ気づけたのかもしれない。
最近の彼女は、どこか妙だ。

「君は何を守りたいんだ。そこまでして何を失いたくないんだ」

彼女は立ち上がる。それから風の吹く方の暗闇に向き、手を伸ばす。
そしてサモンは、キョウヘイの質問に答えた。

「生きてきた中で初めて……“執着できたもの”だよ」

淡々としたその声は、一番感情が込められているとキョウヘイは思った。
ガラガラのコクウも、ジュナイパーのヴァレリオも、彼女の見つめる先を見ていた。
そこにある景色に、キョウヘイは興味なかった。
ただ、気に食わない何かを彼は抱えていた。

「共犯者には、ならないからな」
「わかっている。でもまたお願いはするかもね」
「君は身勝手だな」
「うん。身勝手だ。でも」

くぎを刺すキョウヘイに、サモンはいたずらな表情を浮かべ、こぼす。

「キョウヘイにはなぜか、ワガママがいいやすいんだ」

それこそ勝手な思い込みだ。とキョウヘイは切り捨てたかった。
ただ、なぜかわざわざいう気にもなれず、ため息だけを吐いた。

夜が、より深くなっていく。
それでも月は、孤独に輝いていた。


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【トバリ山】を越えた南部の荒野に、東西へ延びる広く長い道路がある。
その東側の地点の傍らに、荷台付きの車が止まっていた。
レイン、メイ、サクもといユウヅキは、そこで一夜を過ごしていた。
運転席で寝ていたレインは、助手席で休んでいるはずのサクが見当たらないことに気づき、車を降りる。
荷台ではメイが寝袋を使いギャロップとともに静かな寝息を立てていた。
レインが辺りを見回す。少し離れた木陰に、彼は居た。
彼は手に持った小さな何かを見つめていた。

「今日もまた寝ないのですか、サク」
「ああ。いつも以上に眠れなくてな」
「……やはり、アサヒさんにしたことを、気にして、ですか」
「気にしてないと言ったら、十中八九嘘になる。だが、俺には気にする資格もない」
「……本当に彼女を攻撃して、よかったのですか、サク」
「アサヒが俺の前に立ちはだかり、<ダスク>の邪魔をするのなら……俺は責任者として、誰であろうとその障害を除去しなければいけない。それができると示さなければいけない……」
「サク……」
「ただし、彼女が俺をもう追いかけなければ、その必要は無くなる。だが、それはおそらく……無い」
「断言するんですね。確信に足る理由は?」
「確信では決してない。半分は彼女が頑固な性格だって知っているからで。もう半分は――――俺の願望だ」

苦笑を浮かべるサクを見て、レインは驚いた。苦しい笑いとはいえ、彼が笑うところを何年も時を共に過ごしているレインはほとんど見たことがなかったからだ。

「俺は、アサヒには待っていて欲しい。だが、それと同じように、追いかけてくれることで、どうしても俺はどこか救われてしまっている。おかしな話だ」

その問いかけには、レインは答えられなかった。代わりに答えたのは、いつの間にか起きていたメイであった。

「別におかしくない。だってサク様、ずっとあのアサヒが追いかけてくること、待っている。待ち望んでいる。でなきゃ、そんなモノ大事に持ち歩き続けないでしょ?」

メイに手元を指さされ、「その通りだ」と白状するサク。
レインは荷台からギャロップが下りるのを手伝いつつ、二人のやり取りからサクが大事そうに持っていたものの正体を察した。
そのうえで、確かめるためにもあえてレインはサクに問う。

「それは?」
「発信機だ。彼女が俺の袖をつかんだ時につけたのだろう。あのスタジアムを襲撃した際もダークライがソテツのフシギバナに、似たものをつけられて壊したことがある」
「…………だから、今夜、【ソウキュウ】や【スバル】から離れたここを選んだのですか?」
「いざという時、走りやすいだろ」

頭を抱えるレイン。遠くからが鳥ポケモンが飛び立ち、鳴く声が聞こえる。
その音の他に、排気音が一つ聞こえる。方角はさらに東の方向から、距離はまだ遠い。
だがそれは、夜明けとともに確実にこちらに近づいていた。

「サク様」
「どうするのですか、サク」

メイとギャロップ、レインの視線を受けたサクは、青いサングラスをかけ直して言った。

「次は容赦しないと言った。その覚悟の上で来るならば、今後は彼女の敵として戦うまでだ。彼女は――――アサヒは、俺を追いかけるべきではないのだから」

「俺はまだ、救われてはいけないのだから」

西の空の月がサングラスの内側の彼の瞳の色のように薄白い銀色になり始める。
そして夜明けの太陽と共に、追跡者は現れた。

青いバイクのサイドカーから降りた彼女はヘルメットを取る。
ミディアムショートになったその金髪はさらさらと光と風に輝いていた。
スカートは以前より短くなり、ロングブーツがしっかりと大地を踏みしめる。
こちらを捕えんとその蒼い双眼で睨み、口元に笑みを浮かべるヨアケ・アサヒを見てレインが嗤いながら呟いた。

「夜明けの追跡者……いえ、“明け色のチェイサー”といったところですか」

“明け色のチェイサー”ヨアケ・アサヒは現れた。
ヤミナベ・ユウヅキを捕まえるために、彼女はここに……現れた。



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私もイメチェンしたけれど、同じくヘルメットを取った、運転手のビー君も装いが変わっていた。長かった前髪を含め全体的に髪が短くなっている。以前着ていたグレーのロングコートも、同系色の半袖ジャケットへと変わっていた。
水色のミラーシェードをかけていることで、彼だと認識できるぐらいには、雰囲気が変わっていた。

「お前がヤミナベにつけた発信機のデータ、デイジーが気づいて送ってくれたのにまた先行して突っ走って……もっと怒られても知らないぞヨアケ」
「その時は一緒に謝ってね、ビー君」
「ったく、仕方ねえなあ」

そう言うビー君も、口元の笑みを抑えきれていなかった。

メイって子とその手持ちのギャロップ、それからレインさんとサク……ううん、ユウヅキが静かにこちらを警戒していた。
しばらくの緊張ののち、ユウヅキが口を開く。

「次は容赦しないと言った。それでも来たということは覚悟の上だとみなす」

低い声色で威嚇するユウヅキに、私は応える。

「ユウヅキのばか。そうじゃないでしょう。髪を切ったぐらいで私がキミを追いかけるのをやめると思った? 自ら私の敵だって言えば私がキミを敵だと思うと思った? 私のこと、甘く見過ぎだよ」
「思っては、いなかったさ。甘く見ていたのは確かだがな」

ユウヅキが、モンスターボールに手をかける。続いてその手を私に突き付ける。
私も同じように、モンスターボールを取り出し、ユウヅキに突き出す。

「アサヒ、お前は俺と一緒に居るべきではない」
「ユウヅキ、私は、貴方と一緒に居たい」
「……お前には、もう困ったとき頼れる相手がいる。俺とじゃなくても生きていけるだろ。だから、もう俺を追いかけないでくれ」

その声が、悲しそうに、苦しそうに、泣いているようにも、聞こえた。
ユウヅキにそんな顔させたのは私で、彼を想うべきならその望みを叶えるべきなのだろう。

……私は“闇隠し事件”を引き起こしてしまった自責の念から逃れようとして、彼の前で一度その身を投げようとした。手持ちのみんなを置いて、湖に逃げて……そして、彼にトラウマを植え付けてしまった。彼を、みんなを苦しめ続けてしまった
追いかけられるのを嫌になるのも無理はない。
彼と敵対することを嫌がられるのも無理はない。
でも、それでも、そうだとしても……
追いかけるのをやめることだけは、また逃げて諦めることだけは、絶対に嫌だった。

「一度逃げた私のことは赦さなくていい。けれど私は貴方に追いついて、隣に立ちたい。そして……」

私はもう片方の手を、差しのべる。
そして決意の笑顔を作って、強く言い切った。

「一緒に生きて、心の底から笑い合いたいんだ!」


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差しのべられたその手。
俺が守りたい、その笑顔。

望んでいたそれらを目の当たりにして、まぶしくて目に染みる。

「俺の隣に居ても、俺はお前を守り切れない」
「自分の身ぐらい、今度こそ自分で守ってみせる。だから今度こそ一緒に生きて償おう?」

引き寄せられるその誘い。
本当はその手を取りたかった。
本当はその誘いに乗りたかった。

けれど、いや、だからこそ俺は。
俺は……決別を選ぶ。

「それだけは、ダメなんだ。アサヒに償わせるわけにはいかない」

彼女の笑顔が揺らぐ。「なんで」と尋ねる声が聞こえる。
すべてを言ってしまっても良かったのかもしれない。
でも俺は理由を隠して、願いだけを口にした。

「お前に生きていて欲しいから、だ」

モンスターボールの開閉スイッチを押す。光と共に現れたのは、リーフィア。
彼女の髪を切らせた俺の相棒だ。
アサヒもグレイシアのレイを出し、二体が揃う。

俺は……迷いを振り切りリーフィアに攻撃の指示を出した。
アサヒもレイとともに迎撃する。

望まぬ戦いが。
別れの夜明けが、始まった。


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ムラクモ・サクことヤミナベ・ユウヅキはヨアケ・アサヒさんとの決別を選択した。
私は彼の事情を知っていた。責任を取るということの意味を、知っていた。
それでも彼が選んだ道を、私は心からは望んではいなかったことに今、気づかされる……。

どうしてこんなことになってしまったのか。
問いかけるべき相手は、見つからない。

呆然とする私の目の前で、サクのリーフィアが『ウェザーボール』の弾丸を、アサヒさんのグレイシアの凍てつく一閃、『れいとうビーム』を放つ。
二つの技がぶつかり弾け合い、冷風が吹き乱れます。

「サク!」

私の声は、衝撃にかき消され届かない。
ビドーさんがルカリオを出すのを見て、メイがギャロップに、『10まんばりき』を指示、突進して踏みつけるギャロップ。ルカリオとビドーさんはそれを左右にかわし、ルカリオが強力な『おんがえし』の一撃をギャロップに叩き込む。
吹き飛ばされよろけるギャロップにメイは駆け寄ります。
ルカリオにビドーさんは『はどうだん』を溜めさせ、サクのリーフィアを狙っていました。

天候が、変わる。
アサヒさんがグレイシアに『あられ』を指示。グレイシアは霰の中に消えていくようにその特性『ゆきがくれ』で姿を隠す。ルカリオが放った『はどうだん』をリーフィアは深緑の刃『リーフブレード』で真っ二つに叩き切った。

「まったく皆さん好戦的なんですから……サクたちを頼みますカイリュー!」

私は相棒のカイリューを出し、危険を承知の上でサクとリーフィアの方へ突っ込ませます。
その間に私は車に乗り込み、エンジンをかけました。

「?!」

カイリューがサクとリーフィアの体を抱え空へと舞い上がります。

「ここは一時撤退ですサク!!」
「! させない!」

グレイシアの『れいとうビーム』がまっすぐに2、3回飛んできます。カイリューはひらりと交わし、そのまま霰雲の中で上空を離脱しようとしました。
しかし、

「まっがれええええええええええええ!!!!」

彼女の声に合わせるかのように、
直線を描いていたはずの上方の『れいとうビーム』が、反射を繰り返し降ってきます。カイリューはよけきれず右翼に被弾しました。

「カイリュー!!」

カイリューは何とかこらえ、サクとリーフィアを抱えて荷台に着地しました。動揺しながらも私は迷わずアクセルを一気に踏み込みます。
私の意図を組んだメイもギャロップに乗って車に追いついてきます。

「ヨアケ、乗れ!!」
「うんっ!」

しかし彼らにもサイドカー付きバイクがあり、こちらを追いかけてきます。
撤退戦へと戦いは移行していきました。


***************************


追走戦へと、戦いは移った。
俺はオンバーンを、ヨアケはデリバードのリバを出し、それぞれにルカリオとグレイシアのレイを乗せて飛ばした。
俺たち自身はサイドカー付きバイクで直線の大道路を駆けていた。
前方に走るは荷台付きの車。台の上にはリーフィアとヤミナベと、さっきヨアケが撃ち落したカイリュー。それから並走するのはパステルカラーのたてがみのギャロップと、そいつに乗った大きなつばの帽子を被った銀髪女、メイ。

「来るなっての! ギャロップ、『サイコカッター』!!」

ギャロップのツノが光り、念動力によって圧縮された超能力の刃が前方から飛ばされてくる。

「く! 『ばくおんぱ』だ、オンバーン!!」

オンバーンが放つ爆音の衝撃波が『サイコカッター』を相殺、遅れてやってくる轟音が朝焼けに包まれた荒野に響いた。

「リバくん!『こおりのつぶて』! レイちゃんも援護して『れいとうビーム』!」
「『にほんばれ』で天候を変えてください、カイリュー!」
「! 構えろ、リーフィア!」

背にした太陽が熱く光り輝く。
それに反応したヤミナベがリーフィアに声をかける。
リーフィアが台座の上で踏ん張り、ヨアケたちの氷技連撃をギリギリまで引き付け、そして。

光の剣がリーフィアの尾から立ち昇った。
――――居合一閃。
氷礫と光線が切り刻まれバラバラに落ちていく。
けれど、光の剣は、まだ煌々と輝き続けている……!

「次が、来る……!」

強力な一撃が来ることを思わず察し、ハンドルを握る。
緊迫した空気。
じりじりとした沈黙を、ヤミナベが破る。

「――――『ソーラーブレード』!」

二閃目の光の剣は、真上から叩きつけられようとしていた。
狙われたのは、デリバードのリバと、その上に乗ったグレイシアのレイのタッグ。
『ソーラーブレード』は強力な代わりに『にほんばれ』などの日差しが強い環境下でしか連発できない技。アドバンテージを保つためにヤミナベとリーフィアはレイの『あられ』による天候変更を真っ先に潰しに来る……!

「よけてふたりともっ!!」

ヨアケの悲痛な声。その時動いた青い影があった。
ルカリオだ。ルカリオがオンバーンから飛び上がり、『ソーラーブレード』の剣めがけて突っ込んだ。
自発的なルカリオの行動に、俺は指示を……重ねる!

「『はっけい』!!!」

振り降ろしきられる前の、勢いと重さが乗り切る前の斬撃に『はっけい』を打ち込み、衝撃を少しでも弱め起動を反らすことに成功する。
代わりに遥か後方へと飛ばされ、置いて行かれそうになるルカリオを、オンバーンが急いで飛んで回収しに行った。

その隙を、メイとギャロップは逃さない。

「撃ち落せギャロップ! 『マジカルシャイン』!」

鮮烈な妖しく輝く光の攻撃が、俺たちとヨアケたちに襲いかかる。
ミラーシェード越しでも、さっきからの強烈な光どもは手に汗握るくらい、きつい。
それでも、前へ、アイツのところへ……ヨアケたちを送り届けるんだ!!
苦手でも、トラウマでも、克服してやる――――!!

「なめるなああああああ……!!」
「墜ちろおおおおおおおおおっ!!!」

メイとギャロップの気迫と執念がすさまじく、『マジカルシャイン』はより苛烈になっていく!
(くそっ! かわし、きれない!!!!)

俺とヨアケの乗ったバイクにも、デリバードのリバも、グレイシアのレイも、一斉に被弾する。
タイヤがやられて、これ以上バイクでは追いかけられない!
もうここまでなのか?! 一瞬でもくじけそうになる気持ちを、奮い立たせる。

「いや、まだ諦めてたまるか!!」
「そうだよ、まだだ!! レイちゃん――――『ミラーコート』!!!!」

グレイシアのレイの前に鏡面の壁が作り出され、その鏡からさっき受けた特殊攻撃を、『マジカルシャイン』を倍返しで解き放ちヤミナベたちを追撃する!!

メイとギャロップは持ちこたえるものの、相手の車にも攻撃は当たっていた。
荷台の上では、カイリューがヤミナベとリーフィアを庇い、盾になっていた。
カイリューはその一撃で、戦闘続行不能に陥る。

「カイリュー……!!!」
「カイ、リュー…………すまない」

察したレインの呼び声に、カイリューは応えを返せない。
ヤミナベが、止まった車の荷台の上で立ち上がり、それから新たなポケモンをボールから出した。
そいつは、儚い白さを持つドレスを身にまとったポケモン、サーナイトだ。

「俺が甘かった……撤退する」

発信機をリーフィアに切り刻ませたヤミナベは、サーナイトに力を集めさせる。
撤退時にサーナイトが何をするか、俺はよくわかっていた。
ヨアケも察しがついていたようで、バイクを降りヘルメットを投げ捨て走り始める。
ギャロップに迎撃させようとするメイを、ヤミナベは制止させる。

「メイ。攻撃はもういい。集まれ。まとめて『テレポート』する」
「っ、わかったサク様……」

ヨアケが手に何かをもちながら必死に走る。しかし、到底追いつける距離ではない。
それでも彼女は諦めない。だから、俺が先に諦めるわけにいかない……!

「オンバーン!!!!」

俺は、祈りを込めて最後の指示をオンバーンに託した。


***************************


苦しい、息が上がってくる、追いつけない。
でも不思議と楽になりたいなんて気持ちは湧いてこなかった。
走る私の背中を、とても温かく、強い『おいかぜ』が押してくれたからだ……!!

ありがとうビー君、オンバーン。ルカリオもレイちゃんもリバくんも、他のみんなも。
涙で前が見えにくくなっていたけど、しっかりと見据えて。
私はありったけの声で彼の名を呼ぶ。

「ユウヅキ!!!!」

ここで足を少し緩め、踏ん張りをきかせる――
――それから、右手に持った筒を全力で振りかぶり、投げた!

「受けとりゃああああああああ!!!!!」

流れゆく風に乗せて、届け、届け、
この思いよ、貴方へ届け!



……熱く吹き乱れる追い風に乗って、それは彼の手に届いた。
サーナイトが力を解き放つ。
そして彼らは『テレポート』によってここではないどこかに転移していった。

リバくん、レイちゃん、オンバーンにルカリオ、最後にビー君が私に駆け寄る。
息を切らした私に、ビー君が静かに声をかけた。

「はあっ、ぜえっ、はあっ……」
「……取り逃がしちまったな」
「……うん。でも、今日のところは、これで勘弁しておいてあげる……!」
「そっか。まあ、また追い詰めればいいさ」
「うん……ビー君」
「なんだヨアケ」

胸の奥にひっかかっていたことを、今なら言葉にできるような気がして。
深く深呼吸をして、彼に伝える。

「言えない事情はいっぱいある。それでも私に協力してほしい」

それだけ言うと、ビー君は驚いた表情を見せた。

「今更何を言っているんだ、相棒」
「ビー君?」
「いいかヨアケ。俺とお前の相棒関係はヤミナベを捕まえるまでだ。つまりまだ終わっちゃいない。協力するなって言っても協力するぞ俺は」

それから彼は、口元を歪ませ、目を伏せる。

「事情なんか言えるようになったら教えてくれ。今はそれでいい」
「……ありがとう、助かる」

ビー君は一つ頷くと、「さて、今はどう帰るかだ。どうしたものか……」と頭を悩ませていた。
そんなビー君をよそに、私はレイちゃんやリバ君たちをねぎらいながら物思いにふける。
日はすっかり昇りはじめ、月は再び姿を眩ませた。
でもまた共に一緒に在れる時が来る。そんな予感がしていた。
それは諦めなかったから感じるものだったのかもしれない。

私はまたユウヅキを追いかける。
何度だって、追いかけて見せる。


***************************

あの荒野からは遠く離れた【セッケ湖】の湖畔に、俺たちはサーナイトの『テレポート』で移動してきた。

朝焼けが湖面を輝かせる。手に取ったモノを確かめると、それは昔アサヒにあげた髪留めがくくりつけられていた筒だった。
髪留めを外し、筒を開く。その中には一枚の紙が丸められて入っていた。
それは、俺に宛てられた詩的な手紙だった。


『夜明けの空に映える薄白い月のように
地平線の彼方へと姿を眩ませても
私は貴方を追い続けます』


『私は、貴方と共に生きる道をもう諦めない』



その彼女らしい短い文章を読み終えて思ったのは、一つだけだった。


(……俺だって、諦めたくはないさ)


レインが何か言いたそうにしていた。メイは俺の考えを読んだのか、黙っている。
カイリュー、ギャロップ、リーフィアにサーナイトも、皆が俺の言葉を待っていた。

「戻ろう、<ダスク>がやらなければいけないことは、まだまだ沢山ある」

皆が俺を見て頷く。
そうだ。俺は罪を償わなければいけない。
そしてお前と共に生きるためにも、問題を片づけなければいけない。
今はまだ、共に在れない。

(だが、すべてを終えたら俺は……俺は)

唇を噛みしめ、手紙の筒を握りしめ。
二色の髪留めを見ながら、望む。

(俺はお前の元に、アサヒのいる場所に帰りたい)

強く、強く。今だけは強くそう願った……。


***************************


義賊団<シザークロス>のアジトにて、あたしはいつものように目覚める。
丸々としたピカチュウのライカはまだ寝ている。起こすのも忍びないので、あたしは一人で発声練習でもしようと防音設備のある部屋に向かった。

「あれ、珍しい」

先客が一人。<シザークロス>のお頭。ジュウモンジ親分がギターを練習していた。

「アプリコットか。ちょうどいい入れ。話がある」
「え、なんだろ。新しい仕事の話?」
「……ちげえな」

扉を閉め、親分の隣に立つ。ジュウモンジ親分は眉間にしわをよせて、あたしの方を見ないで言った。

「お前も、あの大会見てたっていっていたよな」
「あー、ビドーとリオル、いやルカリオをなんとなく目で追っちゃって、ね。そういやビドーたち、無事だといいね」
「そうだな」

珍しくそう肯定する親分は、なんだかいつもより小さく見える。
元気がない、というより何をひたすら考えている。悩んでいるようにも、あたしには見えた。

「俺らがアイツとリオルを引きはがしていたら、リオルは、アイツに、ビドーに懐いてルカリオに進化することはなかった」
「お、親分?」
「俺の目は、節穴だった。こんな状態で義賊団は、続けられないのかもな」

確かに、あたしたちはビドーとリオルを引きはがそうとした。今にして思えば、結果だけ見れば、それは間違いだったのかもしれない。
でもそんなジュウモンジ親分は見たくなかったし。
その先の言葉は、あたしは聞きたくなかった。
それでも親分は続ける。
終わりの可能性を、口にする。

「アプリコット。俺たち<シザークロス>は、潮時なのかもしれねえ」

その一言は、その言葉は、声は。
あたしの世界が壊れ始める音だった。




つづく。


  [No.1683] Re: 第十話 夜明けの追跡者 投稿者:Ion   投稿日:2021/05/19(Wed) 22:01:02   1clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

投稿お疲れ様でございます。
いつものことではありますが、そのしっかりとした中身に比べてあまりに自分はこの10話のページを軽い気持ちで開いてしまったなという印象です。
ユウヅキさんの、アサヒさんとの糸を持ち続けるフラグ。全てが終わったら帰りたいことを「今だけは願った」という言葉を、「今だけは」という条件付きとはいえこれほど早く聞けるとは思いませんでした。
シザークロスも、親分の言ってることは正しく聞こえるとはいえ、そこが大切な居場所になっている人はいるのですよね。
読む度に、心理描写の中身がしっかりしてるなって思います(この発言何回目だ)

あっあとタイトル回収かっこいいです
失礼しました


  [No.1684] Re: 第十話 夜明けの追跡者 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/05/19(Wed) 22:14:22 [■この記事に拍手する] [Tweet]

感想ありがとうございます……!!

ユウヅキがアサヒさんの元へ帰れる日が来るのを祈ってます……! そのために執筆がんばります!!

揺れる親分に、シザークロスが居場所のアプリコットはどうなる!? 次回もお楽しみにしてくださると嬉しいです!
心理描写ちゃんとかけてるかひやひやしてましたが、そう言っていただけて嬉しいです!

タイトル回収ここ一番書きたかったので、かっこよく書けたのならなによりです!

ありがとうございました!!!


  [No.1704] 第十話感想 投稿者:   投稿日:2022/02/20(Sun) 12:07:22   5clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

10話読了しました!
つまりダスクは「闇隠しされた人々を助ける」という目的で動いていたんですが、それは建前ではなくマジだったということでしょうか? 建前で目的は別にあると思っていたすまんユウヅキ。そうなるとユウヅキとアサヒは正真正銘、闇隠し事件の原因であり、ユウヅキはその責任をとるためにギラティナを召喚して破れた世界に行こうとしているということで、アサヒさんはその事実の恐ろしさに逃げようとしていて、それを慮ったユウヅキが記憶を奪い去ったらまさかアサヒさんが自分を追いかけてきた上にエレメンツに捕まってしまったし憎悪を向けられる結果となっているという……?
エレメンツとダスクが敵対する理由なくない!? エレメンツは自警団であり、ヒンメルを守るのが目的。だから闇隠し事件の犯人を捕えたい、分かる。ダスクは闇隠しされた人々を助けたい、分かる。
協力したらあかんのか!?
ユウヅキは犯人だから逮捕しなくちゃいけないんだけどしかし、まだ彼には隠された秘密があって、エレメンツに捕まるわけにいかないのかな。みんなを助け終わったら捕まる気なのか……?しかしエレメンツにおけるアサヒさんの状況は承知していたはずなのに放置していた時点で許すまじ。あんだけエレメンツの情報ガバガバなのに知らんってことはないやろお前ェ……そのうちアサヒさんが諦めるだろうとか思っていたのか?アサヒさんが立ちはだかるならって言ってるけどアサヒさんはそばにいて一緒に責任とりたいって願ってるだけで敵対する気0だしホンマになんなんや貴様は。
ソテツ野郎といい、ユウヅキ野郎といい、仲良くしたいけど許されるべきじゃないとか、待ってて欲しいけど追いかけて欲しいとか、相反する感情に苛まれるのはともかくとしてその結果としてアサヒさんを傷つけすぎだしはっきりしない奴らの態度のせいでアサヒさんはどうしたらいいのか分からなくなって悩んだり泣いたりしてるし、いや本当になんなんや。君らはビー君の爪を煎じて飲むべき。

ユーリィさんもこの状況下でダスクのメンバーだって明かさんでも……傷心のアサヒちゃんになんてことを……ダスクと敵対しているエレメンツにいるしかないアサヒちゃん。ユウヅキのそばにいたいのに遠ざけられるアサヒちゃん。一緒に責任とりたいけど、怖くて仕方ないアサヒちゃん……ユーリィさんはダスクに所属しているし、サクとは長い付き合いだとか付き合いの長さマウントとってくるし責任とるの怖いって言ってる人間に許してないし責任とれって言うし、この国には傷心の人間に追い打ちをかける奴が多すぎる。

ビー君の株がうなぎ登りです。アサヒちゃんが傷心だから休ませたってって言うしアサヒちゃんに合わせて髪も切ってくれるし絶対味方だドンとか決意してくれるし絶対ビー君を選んだ方が良いだろアサヒちゃん……。

ついに!ここで!タイトルと一番最初の文章の回収!!
髪も切ったしここから第2部的に話が始まるのか!?
しかしまぁ、アサヒちゃんと一緒に生きるためにユウヅキ野郎が敵対しているということは、まだまだ秘密がありそうですね。しかもアサヒちゃんの命に関わる秘密が。理由によってはユウヅキ野郎をユウヅキさんと呼び直してもいい気がしますが、今はまだユウヅキ野郎で……
髪留めと一緒にまだまだ追いかけますよってメッセージ渡すのも熱いなぁ。髪切られたけど意志は折れてませんよってことや!
 そんなわけで見た目も変った二人がどうするのか、11話を読んでいきます。


  [No.1705] Re: 第十話感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/02/20(Sun) 19:09:44   4clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

第十話読了&感想ありがとうございます!

ダスクの目的自体はそれであってます。でもユウヅキにはまだ隠されてることありますね。エレメンツに捕まる訳にはいかないのです。
ユウヅキとアサヒは闇隠し事件の発端に関わってます。
アサヒさんを守るために記憶を奪ってその上で守り続けられなかったのかもしれませんね。でもエレメンツの監視とはいえ保護されてなければもっと悲惨な末路を辿っていたかもしれません。たらればですが。

エレメンツとダスク、敵対する必要ないのですが、各々の立場の違いですね。すれ違う組織……。

ビー君の爪を煎じて飲むべきは同意です。もっとアサヒさんに寄り添ってあげて……。
チギヨが気に書けてますが、ビー君は友達だと言っておりますね。

傷心の人に追い打ちをかける人多いのも同意。長さはマウント取っているつもりはないと思うのですが、ユーリィさんも割り切れてはいないけど、でも泣いてるアサヒさんにあんまり背負わせすぎるのはあれだな……とは思っていそうです。

ビー君の株はどんどん上がっていますね。
そうです、10話こそがタイトルの由来でもあり、最初の文章が回収される回なのです。
ユウヅキは果たしてさん付けで呼ばれるようになるのか、髪を切られてもアサヒさんの意思はまだ折れない。
第一部の折り返しですね。

感想ありがとうございました!


  [No.1685] 第十一話 傷だらけの朔月 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/07/10(Sat) 18:44:13   2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第十一話 傷だらけの朔月 (画像サイズ: 480×600 201kB)

王都の入り口から広がる迷路のようなキャンプ地。
夜でも賑わうその区画で、最近事件が多発していた。

連続通り魔事件。

通りすがりの人やポケモンに正面から堂々と言いより、手品を使い切り傷を負わせていく……そのような事件が以前から王都【ソウキュウ】で続いている。
幸い死者はまだ出ていないものの、日々の生活を脅かしているのは確かだった。
タキシードにシルクハットという、ふざけたような目立つ風貌の犯人は、すぐ電光掲示板でも指名手配される。
だが、犯人は、自警団<エレメンツ>の追手からは逃れていた。

犯人は<エレメンツ>の“千里眼”こと、波導探知の使い手のトウギリが王都にいないタイミングで事件を起こすので、なかなか網に引っかからない。
さらにあざ笑うように<エレメンツ>が<ダスク>にバトル大会の襲撃を受け、実働部隊のエースのソテツが行方不明になったあたりから犯行頻度は増えていて、見逃せない問題になっていく。

その魔の手はキャンプ地だけでなく、王都の内にも広がろうとしていた……。


***************************


この日の夜も、また事件は起きた。

整えられた毛並みを持つポケモン、トリミアンとそのトレーナーである初老の男性は必死に路地裏を駆けていた。
男たちの目的はただ一つ。追いかけてくる通り魔たちから逃げ切ること。
しかし、その切迫した望みと逃げ道は断たれる。
正面から通り魔の手持ちのドレディアが嗤いながら立ちふさがる。
頭の花飾りが特徴的なドレスをまとったドレディアが蝶のように軽やかに舞いながら『マジカルリーフ』でトリミアンをいたぶる。
トリミングされた毛が見るも無残にズタボロにされていくトリミアン。
やめてくれ。そう叫ぶ男の足元に一枚のトランプが突き刺さる。クラブの12が印字されたそのカードは、通り魔の指鳴らしに呼応するかのように一輪の棘のついた茎をもつ花へと変化した。
2回目の指慣らし。ドレディアが両手を路地の床につけると、棘付きの花の茎がみるみる伸びはじめ、男とトリミアンの足に『くさむすび』をして、巻き付いていく。
棘が刺さる痛みでもだえ苦しむ彼らに、通り魔はシルクハットをかぶり直し笑みをたたえて言った。

「はっはっは! どうですどうです? 私ヨツバ・ノ・クローバーと愛しいクイーンのショーを特等席で体感したご感想は? ……おやおやノーリアクションですか? つまらない」

通り魔クローバーとそのパートナー、ドレディアのクイーンは「つまらない」と言いつつもその歪めた口元を緩めない。
愉快そうに、彼らの苦しむ様を見つめていた。

もう駄目なのか、逃れられないのかと男とトリミアンが絶望したその時、彼らの間に割って入った影があった。
幸か不幸かは判別できるだけの余裕は彼らには残されていなかった。
何故なら彼らの前に現れたフードを目深に被った橙色の髪の青年は、ランプラーを引き連れていたからだ。

ランプラーは、誰かが死ぬ直前に現れることから、死神の使いとして恐れられている。そういう噂が付きまとうポケモンだ。

もしかしなくても、それは自分たちのことかもしれない。そう静かに悟る彼らに死神が口を開く。
彼とトリミアンは覚悟してその言葉を聞いた。

「焼き払え――ローレンス!」

ローレンスと呼ばれた死神の使いのランプラーが、男とトリミアンの――――動きを封じていた茨の蔦だけを焼き払う。
へたり込む男とトリミアンに死神に見えた青年は「立てるか」と尋ねる。
何とか足を引きずりながらも立ち上がる彼らを見て、青年、イグサは言った。

「君らはまだ死ぬ時期じゃない。僕たちが保証する。だから……今は逃げろ」
「あはは、そういうこと。がんばれ〜」

戸惑う男たちにイグサの言葉を引き継ぐように続けてやってきた白いフードを被った褐色肌の少年、シトリーは、朗らかに笑いながら励ました。

肩をすくめ不愉快そうなクローバー。その視線はイグサとランプラーよりも、シトリーへと向いていた。

「おやおや? 私のショーを笑いながら邪魔するとは……なってない外野ですねえ。その笑み、消して差し上げましょうか?」

ドレディアと共に前後からじわりじわりと歩み詰めるクローバー。
イグサはシトリーに怪我をしている彼とトリミアンを託し、ランプラーのローレンスと共に突破口を開く。

「ローレンス、ドレディアの視界を奪え!」

イグサの指示を受けたランプラーは、白く濁った煙をドレディアにぶつける。
煙はドレディアの周囲に充満し、先ほどから蝶のように舞って高めていた能力の向上を打ち消す。

「! 『クリアスモッグ』とは、面倒な真似をしてくれますねえ、クイーン、再び『ちょうのまい』」

クローバーがまたドレディアの能力を上げようと技を指示する。
その瞬間を狙いすましたかのように、ランプラーは笑い、イグサは睨む。

「燃やせ! 『しっとのほのお』!」

イグサの声が路地に通る。すると舞い踊るドレディアの足元から狂ったような勢いの炎が迫った。相手が能力の向上に合わせて『やけど』を負わせる嫉妬の炎が荒れ狂い、ドレディアを包み込む。

クローバーにはこのまま火傷を負ったドレディアのクイーンに無理をさせる選択肢もあった。
シトリーやトリミアンとトレーナーだけでも狙うこともできた。しかしクローバーはそれをしなかった。

「今夜は終いですね。戻りなさい、クイーン!」

モンスターボールの光線が傷ついたドレディアを包みボールカプセルに回収する。その撤退の判断は早かった。
安心して胸をなでおろす男とトリミアン。
暗闇の路地裏に姿を消していくクローバーを見送ったあと、シトリーはつぶやく。

「あはは、お見事。引き際をわきまえているね。だてに今まで捕まっていないわけだ」
「首は突っ込みたくなかったが、顔を見られた。さて、どうしたものか」

感情を隠した表情を見せつつ唸るイグサにシトリーは提案した。

「とりあえずこの人とトリミアンを安全な場所まで送って、それからあの噂の<ダスク>さんたちに頼ってみない?」

シトリーの提案に、イグサは少し悩むも「巻き込むのは悪いけど、その手も悪くはない、か」と嘆息を吐いた。


***************************


新聞を、怒りに震えた両手に持ちながらトーリ・カジマは憤った。

「お前はなんなんだッ! クローバー!」

港町【ミョウジョウ】の喫茶店にて、顔を熱くし、怒る農灰のジャギー頭の男トーリ。彼の手持ちの結晶の姿のポケモン、フリージオのソリッドはそんな彼に冷気を吹きかけ、冷静になるように諭した。
同席していた青年、ミミロップの帽子を相変わらず身に着けたミュウトは恐る恐る様子を伺いながら、怯える彼の手持ちのピカチュウとピチューの兄妹を抱きしめていた。

ここ港町【ミョウジョウ】にまで、通り魔クローバーの噂は広まっていた。
ウェイターの視線を感じて声を潜めるも、トーリの怒りは収まらない。

「お前はなんなんだ、クローバー……同じ演者として、許しがたい」
「トーリさん、とにかく落ち着いてください。僕のリュカとシフォンもびくびくしてしまっています……」
「……すまない。だがしかしミュウト。演技や芸は人をそしてポケモンを喜ばせ元気にするためのものだ。だのに何を考えているんだ、このクローバーは。いたずらに芸を用いて、挙句の果てには傷と恐怖を植え付けていく。許すなという方が難しい」

ジト目の目を鋭くし、お冷を一気に飲み干し半ば叩きつけるように置こうとするトーリ。
だが、ピカチュウのリュカとピチューのシフォンのつぶらな瞳を見て思いとどまり、ため息を吐き出した。
ミュウトは悲しそうな表情を浮かべ、自身の想いを、疑問を述べていく。

「確かに、僕もポケモンコンテストやポケモンミュージカルによく参加する身としては、痛ましいと思いますこの事件……でも、何を考えてクローバーはこんなことをしているんでしょう?」
「知らん……知りたくもないそんな奴の思考なんて……万が一知ったところで、理解できるとは到底思えない」
「それは……そうですね」

しょげるミュウトに、トーリは頭を掻きながら彼なりに話の落としどころをだした。

「たとえどんな理由があったとしても、他者を、他者の大事な者を傷つけて許されることがまかり通る道理にはならないだろう?」

それを受けたミュウトは、両腕の中の大事な者たちを抱いて静かに頷いた。
そして彼は祈った。
早く事件が解決することと、これ以上の被害者が出ないことを。
祈ることしかできない無力さをどこか感じながら、願った。


***************************


色々あるにはあった後、俺とヨアケはまた【カフェエナジー】に足を運んでいた。
ここのウェイトレスのココチヨさんといい、ハジメといい……ユーリィも含め、俺たちと対立しているとはいえ<ダスク>のメンバーの中でも気を許せそうな人がいるのは、不思議な感覚だった。
まあ俺としては<ダスク>の責任者のサク……ヤミナベ・ユウヅキの野郎は赦しちゃいないがな。
“闇隠し事件”の真相は分からないが、手持ちのリーフィアにヨアケの髪を切らせたこととか。ダークライにあんな悪夢を見させたこととか。ソテツをさらって隕石との交換条件突き付けてきたこととか。うん、赦せねえ。

赦せねえ……けど、相棒、ヨアケの大事な人であることは変わりないんだから、また何とも言えないよな。

そんなことを考えながらグランブルマウンテン(アイスコーヒー)を飲んでいると、ココチヨさんに最近また通り魔事件が多発し始めたことを知らされる。

「通り魔か……よりにもよってトウギリが倒れた後のタイミングでかよ……完全に狙われているな」
「最近被害にあった方が増えてきてね。ビドーさんもアサヒさんも気を付けてね?」
「物騒だな……リッカとかカツミとか、子供らは大丈夫なのかココチヨさん」
「二人とも、なるべく外に出ないようお願いしているわ。今日中にでも二人を迎えに行って、しばらくこの【エナジー】で寝泊まりしてもらうつもり。やっぱり心配だからね」
「そっか。ハジメのやつ、まだ家を空けることは多いのか?」
「前よりは帰っているみたい。トウも本調子じゃないし、監視の目が緩んでいるから。それが……今回みたいな事件の時にはあると、本当に助かるものだったのねって痛感しているわ」

ココチヨさんは複雑そうに遠くを見た。トウギリの能力は便利ではあるが、彼自身の体調への影響を考えると、ほいほいと使ってもらえばいいというわけにもいかない。
現にトウギリはつい最近一度波導の千里眼の力を使いすぎて倒れている。
彼に無理をさせるわけにはいかない。それが分かっているからこそ、ココチヨさんは悩んでいたのだろう。

「<エレメンツ>側は、今誰か動けるのか?」
「噂だと、ガーベラさんが頑張っているって聞くわ」
「ガーベラも無理しているじゃねえか」

ガーベラは確か河川で行方不明になったソテツを探してここ連日探していたと記憶している。ソテツの居場所がダスクの元にあると知っても、体力的にも、精神的も参っているはずだ。
そんな彼女が危険の最前線に出ているなんて。

人材の少なさと、現状身動きがとりにくい<エレメンツ>。
なまじ修行などで世話になった面々をおもい返し、俺は自然と零していた。

「俺たちにも力になれること、ねえかな」
「きっと、きっとあるよ。私たちにも、力になれること」

モーモーミルクのグラスを持ち考え事をしていたヨアケは、俺にそう言った。

「そうだよな、俺らにも、できることあるよな」
「だからって、無理だけは、どうか無茶だけはしないでね、二人とも」

ココチヨさんとミミッキュが心配そうに俺らを見つめる。

「エレメンツが本調子じゃないのはあたしたちのせいでもあるのだから、何かあったらあたし経由でもいいから情報交換し合いましょう」
「分かった。どうか、ココチヨさんも気をつけて」

お互いの無事を祈りつつ俺らは<エレメンツ>の本部へと向かった。


***************************


【エレメンツ本部】は慌ただしかった。忙しい、というのもあるけど、どいつもこいつも余裕がなさそうだった。
根拠は、顔から笑みを浮かべる余裕が消えていたことにつきる。
警備員のリンドウと彼のニョロボンも、いつもより冗談が少なくあまり絡んでこなかった。(一応この間荒野でサイドカー付きバイクのタイヤがダメになったときトラックで王都まで運んでくれた礼だけは、キチンと言っておく)

本部室には、ソテツを除いた“五属性”の四人が揃っていた。
トウギリが目隠しをつけたまま椅子に座り、プリムラが彼の容態を手持ちのハピナスと共に診ていた。スオウは報告書に目を通している。デイジーはロトムを入れたタブレット端末にキーボードをつなげて何かしら操作していた。
入ってきた俺とヨアケの容姿にわずかに驚く面々。一番初めに声をかけたのは、デイジーだった。
彼女は黄色の眼を鋭くし、それからヨアケに向かって文句を言う。

「……色々。色々言及したいことは山ほどあるけど、とりあえずこれだけ言わせろ。一言も言わずに勝手に話を進めるんじゃない。あんただけの問題じゃないんだよ、アサヒ」
「うん……ソテツ師匠のこと、ユウヅキのこと、黙っていて本当にごめんなさい」
「今は、それで勘弁しておく。はいこれ、また渡しておくじゃん」

小さな手でデイジーはヨアケに何かを渡す。それはあのバッジ型の発信機だった。
その意図を図りかねていると、デイジーがため息をつき俺に説明をしてくれる。

「この発信機はアサヒが<エレメンツ>の監視下にあるっていう証だ。アサヒは……ずっと前からこれを付けて行動していた」
「それって」
「あくまで体裁だっての。コッチだって本当はこんなの渡したくなんてないし。でも状況がそれを許さない」
「……っ」

苦虫を噛み潰したような表情を思わずしてしまう。ヨアケは「お守りみたいなものだから、ね」と俺を止めた。
書類を机に置いたスオウが、口を開き会話の流れを変える。

「言いそびれていたが、ビドー、大会では健闘してくれてありがとな」
「! ……いや、結局優勝できなかった。すまん……」
「それでもだ」

面食らい、たじろいでしまう俺を横に、スオウはヨアケに大事な確認を取る。

「とにかくだ、あの馬鹿は……ソテツは、生きているんだな?」
「大丈夫……とは言い切れないけど、<ダスク>が、彼らがソテツ師匠の身柄を預かっているっていうのは嘘ではないとは思う」
「無事かどうかまでは分からない、か……にしてもレイン所長が<ダスク>と手を組んでいたとはな。<スバルポケモン研究センター>自体、こっちからの連絡に応答しなくなりやがった」
「…………他地方から<スバル>に来ていた、“闇隠し事件”の調査員たちも、連絡つかない感じなのかな」
「かえって、連絡ついた方が危険に巻き込んでしまう可能性もあるな。何も知らないなら、下手に刺激しない方がいい。けどまあ、何が何でも彼らの安全は確保しなきゃならないがな」

そのスオウの出した方針に、ヨアケも俺も頷く。スオウの言っているのは外交的な意味も含まれているのだろうが、その渦中にはヨアケの旧友のアキラ君が居る。ヨアケはアキラ君に何度も連絡を取ろうとして繋がらないことを心配していた。どのみち、知り合いがいてもいなくても気持ちは変わらないが……つまりは見捨てないというスオウの決断に安堵した、ということだ。

だが現状、手詰まりの後手後手なのは変わらない。
俺はわずかに引っかかっていた疑問をスオウに投げかける。

「ヤミナベが要求してきた隕石の本体っていうのは……?」
「ああ。ギリギリで賞品の隕石を本体から欠片に入れ替えた。優勝者には申し訳なかったがな……けどそれもヤミナベ・ユウヅキや<ダスク>には見抜かれた挙句、俺たちの頼みのつての<スバル>も手のひら返しだ。<スバルポケモン研究センター>が<ダスク>とグルだっていうのなら、俺たちが隕石の本体を持っていても、価値も意味もない。」

そう。<スバル>の協力がなければ、自警団<エレメンツ>は“闇隠し事件”の調査に対して介入すら許してもらえない。隕石だけあっても本当の意味で宝の持ち腐れだ。
むしろ、“闇隠し事件”の行方不明者を救出しようとしている<ダスク>の邪魔をしていることになる。
この問題は<エレメンツ>の士気にも関わっていた。<エレメンツ>だって、“闇隠し事件”をなんとかしたい思いは同じなのだから、それに反するのは望むところでないはずだ。

それを分かったうえで、スオウは続ける。

「かといってうちの大事なメンバーを人質にとるやり方の<ダスク>の言いなりになるのは、癪に障るよな」

その想いは、自警団<エレメンツ>として今までこのヒンメル地方を支えようと力を尽くしてきた彼らが抱いて当然の感情だった。

「でも、時間はない。通常業務に支障は出ているし、信用も落ちてきている。挙句の果てには通り魔が暴れている。意地だけじゃ、何も解決はできないじゃん」
「……けが人が増えるのは、どのみち好ましくない。こんな時、ソテツならどうしたかしらね」
「む……すまない。俺が機能しないばかりに……」

現実を述べるデイジー、思案を巡らせるプリムラ。ふがいなさを痛感するトウギリ。
バラバラになりかけているメンバー。ハピナスの口元からも余裕が消えている。かくいう俺も、その崩れる土壌をつなぎとめる方法を思いつけてはいなかった。

(何もできないのか? そんなことないだろう?)

俺たちは、何もしないことは選んでいないのだから。
そう考えていたのは俺だけではなく、隣に立つヨアケも同じようだった。
ヨアケが腰に手を当てて、よく通る声で、眉間にしわを寄せつつ笑顔を作って。
その場の全員に言った。

「ソテツ師匠だったら、無理やりにでも笑い飛ばそうとしたと思う。逆境であればあるほど。笑えなくなったら、どうしようもないって。確かに……今は滅茶苦茶悔しいと思う。でもここで最後に笑えない道を選んだら、ダメだと思う」

それは、後悔しない道を、決断をという意味を含んだ発言だった。
何もしないで流れるまま決める、というわけではなく、ちゃんと選んで決めよう。という呼びかけでもあった。

スオウが「ふっ」とふてぶてしく笑った。

「メンバーが欠けたら立ち行かない<エレメンツ>じゃあだめだ。いない時こそ、残っている俺らがしっかりしなきゃあいけない。いつも通りにはいかないかもしれないがな。さて……デイジー、俺らの優先事項はなんだ」
「……通り魔、ヨツバ・ノ・クローバーの対処だ。この問題が解決しないと通常業務に移れないし、信用なんて一日二日で回復するもんじゃない。ソテツの問題は<ダスク>側と交換日時を相談するまで時間がかかるから、まずはこいつをとっとと……とっちめる」
「そうだな。それじゃあプリムラ、お前ならけが人を減らすには、どういう方法を使う?」
「とにかく注意喚起はしておきたいわね。少人数での行動を減らすように、あと、何かあってもパニックにならないように、キズぐすりと怪我の治療法の情報を配る。とか?」
「じゃあ、その方面はデイジーと協力してくれ。任せる」
「俺は……どうすればいい」
「トウギリは……今は回復に専念しつつ、そうだな。万が一この本部が襲撃された時のフォーメーションでも考えてくれ。考える時間は、あるだろ?」
「……ああ。任せろ。ここの地の利を生かして考えてみせる」

彼女の一言を皮切りに次々と、次々とやることが決まっていった。
そのスオウの指揮とそれぞれの対応に惚れ惚れしていると、「お前ら何ぼうっとしているんだ?」とどやされた。

「アサヒにビドーも手伝ってくれるんだろう? ――――通り魔クローバーの捕縛の手伝い、無理ない範囲で頼むぜ」
「うん。頼まれたよ、スオウ王子っ」
「おう。分かった……!」

かくして、自警団<エレメンツ>と共に通り魔クローバー包囲作戦が展開されることとなった。
そしてその余波は、思わぬ方向で広がることになる。


***************************


ニュースや電光掲示板で注意喚起が行われる。それと同時にキズぐすりの無料配布やいざという時の応急処置の仕方などの動画やデータ、チラシが配布される。

そして、ガーベラさんを中心に最低2人から3人のグループ分けをして王都で捜索に当たることとなった。

俺とヨアケはルカリオとドーブルのドルをそれぞれボールから出し、警戒しながら王都の見回りをし始めた。それから出会った人やポケモンなどに単独行動は控えるよう、それぞれ注意を呼び掛けていく。

夕時に差し掛かったころ、宵闇が迫る中、俺はあいつを見かけしまった。
声はかけにくかったが……気づいた俺が呼びかけるべきだろう、と判断しヨアケに一言断ってからルカリオを引き連れて声をかける。

「おい……アプリコット!」
「え、ルカリオと……び、ビドー? ずいぶんばっさり切ったね髪……無事でよかった……じゃなくて、なんでこんな時に会うかな……」

頭に丸々としたピカチュウのライカを乗せた赤毛の少女、アプリコットは俺に驚き、なぜか安堵した後、居所悪そうに俺から目を反らす。コロコロと表情を変える理由はよくわからないが、俺は単刀直入に用件を伝える。

「お前こそなんでこんな時に一人で出歩いてんだ。ニュース見てないのか?」
「…………見てなかった、かな」
「……ったく。最近通り魔が出ていて物騒だ。だから単独行動は控えろ、って、呼び掛けているんだ。誰か他の奴らは一緒じゃないのか?」

黙りこくるアプリコット。どうやら一人で王都に来ていたようだ。
どうしたものか。こちらを伺うヨアケとドルと目が合う。俺が誰と話しているか気が付くと、何故か彼女はそこから動かずに様子見に徹している。いや助け舟出してくれよ。
ライカには睨まれているものの、なんだか波導にも覇気のないアプリコットを捨て置くのも意にも方針にも反するので、俺はそれとなく事情を探ってみることにした。

「なんかあったのか?」
「…………」
「ジュウモンジとケンカでもしたのか?」
「ううん……ケンカにすら、なってないよ」

その零した言葉は、あの【イナサ遊園地】のステージで歌っていた者とは思えないほど、小さくかすれそうな声だった。
ルカリオもアプリコットの抱えている感情の波導を読み取り、慎重に見守っている。
俺が相手だからか、なかなか話したがらないアプリコット。こんな時どうしたものか。
ピカチュウのライカも警戒の気を発していたので、まずはそこから解く努力をしてみるか。

「あの、さ」
「……なに」
「遊園地で――」
「?!」

遊園地、という単語を出しただけで一気に緊張し固まるアプリコット。ライカに関しては「あ? 噛まれたいか、おら?」みたいな表情の険しさを感じる。ルカリオからも若干冷ややかな視線が注がれる。あれ、なんかまずったか?
……ああしまった。歌っていた曲のこと言いたかったのに、そういやあの時怖がらせたんだったか……。
だあもう、こうなったら素直に謝るしかない……そう意を決し、責められる覚悟でぶつかりに行く。

「あの時は悪かった」
「……うん……」
「それとは別に、あの後お前らのバンドの演奏聞いた」
「……! そう、ありがとう」
「今まで散々お前らを否定してきた俺が言うのもおかしいが、俺は……わりと好きだ、お前らの曲」
「そっか……そっか」

アプリコットは何度も小さくうなずいた後、突然泣き始めた。ライカも耳と尾を垂れさせ、元気がなくなる。正直、わけがわからん。
日が沈み、辺りはどんどん暗くなっていく。
ヨアケとドルも、さすがに心配になったのかこちらに近づいてきた。
「俺が、悪いのか……?」と困惑してつぶやくと、アプリコットは全力で否定しにかかってくる。

「違う! それだけは絶対に違う! 貴方たちは、悪くない…………ただ<シザークロス>が、あたしの居場所が終わっちゃうかもしれないって聞いて、バンドのこともどうなるか、わからなくて、それで不安になっちゃっただけなんだ……」

義賊団<シザークロス>が、終わる。バンドも含め、無くなってしまう可能性がある。
そのことを聞かされた俺は、その可能性を聞いて愕然としてしまっている。前はあんなに奴らを嫌っていたのに。その矛盾した感じも含め、困惑が増していく。

「割って入ってゴメン。アプリちゃん。どうしてそんなことになっているの?」
「! アサヒお姉さん…………いや、それは、だから」

アプリコットの視線が、ルカリオへと向くのを俺は見逃さなかった。
ルカリオは俺より先にそのことに気づいていたらしく、静かに目を細めていた。
おそらく。きっかけはリオルがルカリオへの進化を果たしたことがなんか絡んでいる。
そのことに感づかれたことに、アプリコットは気づいたようで。

でも、決して彼女は俺とルカリオを責めることをしなかった。

彼女は下手な作り笑いを作り、涙あとの残った目を細め、自嘲した。

「親分が自分の目が節穴になってきたから、活動しようにもちゃんとやっていけないんじゃないかって言っていて。それ聞いて動揺しちゃっただけ! 情けないよね、あはは……」

そんな彼女を、俺もヨアケも、ルカリオもドルも、彼女の手持ちのライカでさえも……笑うことなんて、とても出来なかった。

――――ただ、その強がった笑顔でさえも許してくれない奴らは、いた。


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その敵意ある波導の気配に気づいた瞬間。ルカリオがアプリコットを突き飛ばしていた。
何が起きたのか分からず驚くアプリコット。吹っ飛んだ拍子に彼女の頭から落ち、地面に丸い体で受け身を取る彼女の手持ちのピカチュウのライカは気づいたようで、先ほどまでアプリコットの居た足元から生えたソレに向かって『アイアンテール』で切り裂きにかかる。

「?! なにこれ、植物のツル……!?」
「『くさむすび』だよ! 気を付けてみんなっ!」

ヨアケが俺らに警戒を呼び掛けた。周囲を見渡すと、暗がりの路地裏から、そいつと先ほどの攻撃を仕掛けたポケモンであると思われるドレディアが姿を現す。
そのシルクハットを被った男は、ヨツバ・ノ・クローバー……!
奴らは俺たちを見るや否や、浮かべた笑みをますます歪めていった。

「おやおや、そこまで警戒をしなくても。私は通りすがりの道化師。貴方たちに楽しんでいただくために少々サプライズをしようとしたまでですのに」

そのさえずる笑顔の裏側には、楽しいから笑っているというだけでは済まされない感情の波を感じた。
直感的に、危険だと感じた俺は、アプリコットたちだけでも逃がそうと、声をかける。

「アプリコット。こいつだ、さっき言っていたやつは。とにかく人の多いところに逃げろ!」
「! いや、あたしたちも戦うよ!」
「ばっかお前、本調子じゃないだろ!?」
「そんなこと分かっている。でもだてに義賊団やってないから! ――――ライカ!」

気持ちの波が切り替わったアプリコットの声に、ピカチュウのライカが反応する。
それからその丸い体とは思えぬ俊敏さでドレディアとクローバーの周りを一定の距離を保ちつつ駆け巡る。
ドレディアがひらり、と回転しながら輝く木の葉、『マジカルリーフ』の群れをピカチュウへ向けて発射。木の葉の群はピカチュウを追尾していく。

「ルカリオ援護だ、『はどうだん』!」

ピカチュウが攻撃を引き付けている間に、ルカリオに援護射撃の『はどうだん』を指示。ドレディアめがけて波導の光球が向かう。
ドレディアは新たに『マジカルリーフ』の盾を展開し、切り払いしてダメージを最小限に抑える。

「さてさて、複数でのお相手ですか。それなら私たちも多人数用態勢に切り替えさせていただきましょうか!」

耳障りなほど声高なクローバーの合図と共に。
『マジカルリーフ』の群れと盾が一枚ごとに散開して、各方面に襲い掛かる!

とっさに俺は近くのアプリコットを庇う。
はじけ飛ぶその攻撃に……ヨアケをドーブルのドルが、俺とアプリコットをルカリオがそれぞれ喰らいながらも守ってくれた。
ピカチュウのライカは『アイアンテール』ですべての木の葉を叩き落としていたが、自分のトレーナーであるアプリコットを狙われたことにより、怒りをあらわにした。
その怒りを鎮めたのは、ヨアケの声だった。

「ビー君! アプリちゃん! お願い少しの間彼らを抑えておいて……!」

ヨアケとドーブルのドルには何か考えがある。今わかっているのはそのために奴らの注意と動きを封じなければいけないってことだ。
その意図をピカチュウは汲み取り、平静を保とうとしている。
その姿を見て、俺は前を向きなおす。

(やるしかない)

アプリコットの肩に手を置き、俺はヨアケに応じた。

「! わかったヨアケ。やるぞ、アプリコット!」
「……うんっ!」

ドレディアとクローバーに、俺たちは挑むことになる。
だが奴らの本領を発揮する夜の足音は、もうすぐそこだ。


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「さぁてさてさて、止められますかね、私と私の愛しのクイーンを!」

クイーンと呼ばれたドレディアの周りに、蝶のような形を描く光る粉が現れ空中を舞い始める。
その蝶々たちと遊ぶかのようにドレディアは『ちょうのまい』を踊り始めた。

俺はその能力を上げる舞を止めさせるべく、ルカリオに『フェイント』で接近戦を狙わせる。
アプリコットも続いてピカチュウに上空にジャンプを指示、上から『アイアンテール』を狙うようだ。

クローバーがシルクハットから花束を一瞬で取り出し、宙に投げる。

「さあさあ、一緒に踊り狂いましょう!!」

投げられた花束の花弁が、意思をもったように吹雪いて、『ちょうのまい』の上に重なった。
舞は轟々と荒々しい音をたてて、変化する……!
『ちょうのまい』から、『はなびらのまい』へと、パワーアップする!

その凄まじく荒れ狂う花弁の大嵐に、近づいていたルカリオも上から狙っていたピカチュウも巻き込まれてしまった。

「ルカリオ!!」
「ライカっ!!」

投げ出され、壁に叩きつけられるルカリオとピカチュウ。ふたりとも何とか立ち上がるも、蓄積された疲労は大きい。ドレディアは『マイペース』に踊り続けているのか、あんなに回転しているのに疲れ果てて混乱する様子がない。
ドレディアの『はなびらのまい』は続く、続く、続いていく。
止めるどころか、これじゃあ触れることすら叶わない。

ヨアケの方へ一瞬目をやる。彼女はタイミングを計り、ドーブルが何か力を蓄えているようだった。
彼女たちは俺たちが彼らの動きを止めるのを、待っていた。
アプリコットが俺に尋ねる。

「ビドー……ルカリオの『はどうだん』って、相手を追尾する“必中攻撃”だったよね?」
「受け流され、叩き落とされればそれまでだが、相手に届きやすいのは確かだ」
「そっか。じゃあ、ドレディアの上から叩きこんで欲しい。それでたぶん、ドレディア止められるかも」
「……お前」
「お願い」
「分かった。信じているぞ、その言葉――――ルカリオ!」

俺は走ってクローバーの注意を自分に引き付ける。
ルカリオに『はっけい』でジャンプさせ、大渦の上空へと向かわせた。
クローバーが手に持ったステッキをくるくる回し、その先を俺に向け、ダーツのような何かを射出。間一髪で避け真上のルカリオに『はどうだん』の技の指示を叫ぶ。
空中でルカリオが構えると同時に、アプリコットは自分の腕をピカチュウの足場にしてレシーブを打ち上げた。

放たれる波導の弾丸にとドレディアの間に、ピカチュウのライカは尾から放った技を滑り込ませる。

「『エレキネット』!!」

雷の網をくぐらせた『はどうだん』がドレディアに被弾すると同時に、その全身に網が巻き付いた。『エレキネット』により身動きを封じられたドレディアは、これでもう、踊れないはず……!

驚くクローバーの足が止まる。そのチャンスを彼女たちは見逃さない。

「今だよ、ドルくん!」

ドーブルが絵筆の尾を地面に力強く叩きつける。

クローバーとドレディアの足場のタイルがめくれ上がり、中から現れたのは、膨大な数の植物のツル。
そのツルの正体はドレディアの使っていた『くさむすび』をドーブルが『スケッチ』という技で写し取ったものだった。
力を十分溜めたその『くさむすび』は、一瞬で這いより彼らを縛り上げ地に転がした。

よし。これであとは他のメンバーを待つだけだ。
そう安堵しかけたその時…………ドレディアが光線に包まれる。

「え」
「あっ」
「しまった!」

アプリコット、ヨアケ、俺の順で反応が追いつく。
その光の帯はモンスターボールによるポケモンをボールに戻す機能であり。
クローバーの手中のモンスターボールにいったんしまわれ、そのまま再度ボールからドレディアが姿を現す。

もちろんそのドレディアは『くさむすび』の拘束からは解かれ、自由の身だ。

「いやはや、詰めが甘いですねえ。この程度の捕縛じゃ指が動かせますね。それに、脱出ショーはお手の物ですね!」

ドレディアの『マジカルリーフ』の葉がクローバーを縛る『くさむすび』のみを器用に切り裂き、ふりだしに戻ってしまう。

高笑いしながらクローバーは、ヨアケとドルに視線と……足先を向ける。

(まずい。狙いが、ヨアケたちに向かった!)

その動揺が、冷静さを失わせていく。

(焦るな、焦るな焦るな……焦るなっ!!)

拳を腿に打ちつけ、奴を見据える。
さっきの奇襲はもう通じない。だから別の方法を考えなければいけない。
思考をフル回転させ、現状の打開策を見つけようとする。
しかし考えるより先に、行動している奴らがいた。

「あれ? 貴方の狙いはあたしじゃなかったの?」

アプリコットとピカチュウのライカは、震える声を抑えつつ、余裕がなくても強がり“笑み”を浮かべて、クローバーとドレディアへ技とかではなく単なる挑発をした。

その言動が、彼らの琴線に触れる。


***************************


クローバーはアプリコットの強張った笑顔を見て。
憎悪のこもった歪みきった笑顔を向ける。
奴の手持ちのドレディアは、笑みを消し、トレーナーであるクローバーを静かに見つめていた……。
クローバーがアプリコットに呪詛のように声をかける。

「まだ笑うのですね、貴方は」
「笑っちゃ、悪い?」
「ええ、ええ悪いですとも」
「なんで?」

虚勢が強まっていくアプリコット。ピカチュウのライカも威嚇を止められない。
ヨアケとドル、俺とルカリオはその様子をじっと見ることしかできていなかった。
下手に行動を起こせない俺たち。
それを見抜いてか、クローバー己の言い分を全員に対しぶちまけた。

「だっておかしいでしょう? 私たちはあの“闇隠し”によって散々、散々な目にあっている。だのに不幸な目にあってない彼らは日々を楽しそうにしてこちらを侵略してくる! 群れて、つるんで、近くの私たちにお構いなしに笑い続けている! 無論、不幸を忘れて愉快にしている彼らとて同罪だ! そのふざけた笑みを消すためなら、私はいくらでも、いくらでも立ち上がりますよ、ええ、ええ立ちふさがりますとも!」

“闇隠し事件”を生き延び、この地方の変化を間近で見てきた俺とアプリコットは、奴の言い分に少なからず共感できなくもない部分もあった。

歩道ですれ違う、あの楽しそうな集団を恨めしいと思ったことは、俺もある。
耳障りな笑い声を、消してやりたいと思ったことも、あるさ。
けど。その屁理屈は、通させない。
通させて、たまるか!

「不幸を忘れて呑気に笑っている? それは違うな。必死に笑うために自分を、自分の周りを変えようと頑張って、努力して、そうして無理くりにでもやっと笑っているやつらだっているんだ。やっとそこまでたどり着いたから笑っているんだ! ――――不幸に酔って、他人に自分の価値観を押し付けて迷惑かけるのも大概にしとけ!!」
「! “あの事件”を、不幸を、痛みを!」
「知っているさ、俺もこのガキも当事者だ!!!」

有無を言わせず俺は言い切る。それでもその言葉はクローバーには届かない。奴は誰が相手でもその笑顔を消すことしか、もう見えていない。
そう簡単に、手短に自分の信じてきっているものを変える、なんてのは難しい。
正しいと思い込んでいれば、思い入れていれば、なおさら難しい。
一生、理解されないという可能性も大いにある。
そう思ったら。何故か。

何故だかとても、虚しくなった。


――――背後の建物の屋根の上から、声がする。

「彼ならば、こういう時……」

そこから難なく飛び降り着地した黄色いスカーフのゲコガシラとその金髪ソフトリーゼントの丸グラサンのトレーナーは。
<ダスク>のハジメは。

「“よく言った”……とでもいうのだろうか」

今は安否不明の“五属性”の一人、ソテツを連想させるようなことを、夜闇につぶやいた……。


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ハジメとゲコガシラのマツを見て、クローバーはドレディアに『マジカルリーフ』を指示。
大波のようにうねる軌道の葉の群れが俺とルカリオ、アプリコットとピカチュウに向けて襲い掛かる。
その俺たちの前に出たのは、マツだった。

「切り裂け」

『アクロバット』による蹴り上げで波を真っ二つに切り裂き、俺たちを守るマツ。
しかしその『マジカルリーフ』は囮だったようで、クローバーはドレディアをボールにしまい、背中を見せて撤退していた。

(なんで、俺たちを助けてくれたんだ?)

色々と、驚きを隠せないでいるとハジメから話し始める。

「<ダスク>も、<エレメンツ>のクローバー捕縛作戦に協力することになるだろう。話を聞いたサクが、そう動くと決めたからな」

サク……つまりはヤミナベ・ユウヅキがこの件に介入すると決めたとハジメは話す。
ソテツの身と引き換えに隕石を渡せと脅している奴らが………手を貸す、か。

「……<エレメンツ>と<ダスク>は敵対しているだろ」
「気に食わないのは分かるが、俺たちとて奴は野放しにできない。一時休戦だ」
「まあ……わかった。助かったのも事実だしな。一応礼は言っておく」

一息ついたタイミングで、ヨアケとアプリコットも続けて礼を言った。

「ありがとうね、ハジメ君、マツ」
「あたしからも。ありがと、ハジメお兄さん。マツも……ってマツ?」

ゲコガシラのマツが鬼気迫る表情でそれぞれのポケモンに説得をしていた。

「礼には及ばない。むしろ、俺個人としては、協力してほしい事柄がある」

ただならぬ言い回しにルカリオ含めたポケモンたちが、すぐに頷く。
「私たちも、協力するよ」とヨアケが話を聞く前に了承した。アプリコットも首肯で応える。
俺も異論は、なかった。
何故ならハジメは、本当に切羽詰まっているようだったからだ。
放っては、おけなかった。

後悔を込めた声で、ハジメは俺たちに告げる。

「助かる……実は、妹のリッカが、家を飛び出してしまったんだ」


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夜の王都を走りながらハジメは話す。何があったのか、事情を説明する。


ことの発端は、あの大会の襲撃事件のあった後に、ハジメが今まで自分が<ダスク>であると隠していて、その襲撃をした側にいることをリッカに白状したところから始まる。
ハジメは、リッカを巻き込むまいと黙っていたらしい。リッカはそのことを怒りつつも、一応仲直りまでは持って行けたそうだ。
そこまではよかった。けれど。

「時間が経つにつれ、リッカは俺と距離を取るようになっていった。そして言われた。“ハジメ兄ちゃんたちは間違っている”……“おかしい”、とな」
「ハジメ……」
「他人に自分の価値観を押し付け、迷惑をかけるな。だったか。リッカもそう言いたかったんだろうと今では思う。だが俺は譲れなかった……」
「……ココチヨお姉さんのところに行っているとかはない?」

アプリコットの上げた可能性は低いと、俺もヨアケも分かっていた。
何故なら、彼女もまた<ダスク>なのだから。リッカがそれを知ったうえで自分から彼女のところに行くとは思いにくい。
だから単なる否定の返事が返ってくると思っていた。
しかし状況はさらに良くない方へ転がっていると告げられる。

「すでに連絡はしてある、だがさらにまずいことにリッカの友達のカツミも、リッカを探しに飛び出した。ココチヨさんも追ってくれてはいるものの……このままでは三人とも危険すぎる」
「そうだね……さらに、手負いになった彼とドレディアが何をするかわからないし、急がないと。ハジメ君、リッカちゃんたちの件、私が<エレメンツ>側にもそれとなく相談しておこうか?」

ヨアケの提案に、ハジメは迷っているようだった。しかし、マツがハジメに「手段を選んでいる場合じゃないだろ」という鳴き声を上げ発破をかける。
それを見てヨアケは、「私が勝手に連絡しておくよ。ハジメ君の意思抜きで」と行動を起こしていた。
ヨアケに一言謝るハジメに、俺はふと思った疑問を投げかける。

「なあ、そもそも<エレメンツ>と<ダスク>って利害は一致しているだろ。争う必要は、ないんじゃないのか」

<エレメンツ>だって、“闇隠し事件”でいなくなった奴らを取り戻したいのは一緒だろ。
確かにサク……ヤミナベ・ユウヅキは事件を引き起こした容疑者であり、レインもそうだと言っていた。たぶんそれは事実なのだろう。でも、責任を取るやり方として、<エレメンツ>と一緒になんとかするって手段はなかったのか?
それこそヨアケと一緒に、さ……。

俺の質問にハジメは渋い顔をして、「戦う必要は、ある」と答えた。
それから握りこぶしを作り、その理由を、突き付けた。


「<エレメンツ>には、“闇隠し事件”の行方不明者の救出作戦は行えない。なぜなら彼らの背後には――――他国の重圧があるからだ」


***************************


アサヒがガーベラに入れた連絡が本部に伝わる少し前。
エレメンツ本部のスオウの元に、電話がかかって来ていた。それは一度ではなく、何度も、何度も。似たような、同じような「隕石の守りを強化するためにもこちらで預かるべきだ」という他地方の申し出にスオウは電話線を引っこ抜いてやろうかという気持ちに何度もなった。
また着信音。しかし今度は別の番号からの呼び出しだった。
慎重に取るスオウを待ち受けていたのは。どこか掴みどころのない女性の声だった。
何度か連絡を取り合っているので知った人物だったが、スオウはその相手のことが苦手だった。

『ご無沙汰しております、スオウ殿下』
「殿下はやめろ。呼び捨てでいい、<国際警察>のラストどの」
『私も呼び捨てで構いませんよ。流石に王子に呼び捨ては気が引けるので“さん”付けで。してスオウさん、単刀直入に用件を伝えますが……』

先んじてスオウはラストにくぎを刺す。

「隕石なら<エレメンツ>が管理するぞ。どこに何を言われようとな」
『そうですか。ですが、それが、許されると思いで? プロジェクトの協力者、<スバルポケモン研究センター>に不穏な動きがあるというのに』
「許されないと分かってはいるさ。けれども俺としてはできれば<スバルポケモン研究センター>ともう一度ちゃんと話しあって、“赤い鎖のレプリカ”のプロジェクトを連携していきたいと思っている……」
『他地方がプロジェクトを、行方不明者の救出作戦をはなからさせる気がないとしても?』

ラストに言われるまでもなく、その思惑にスオウは気づいていた。
だからといって、彼は個人しても、今までこのヒンメル地方を保とうと力を尽くしてきた自警団<エレメンツ>のリーダーとしても、その重圧をおいそれと認めたくはなかった。
受け入れられるわけではなかった。
沈黙するスオウに、ラストは一息吐いてから、同じような内容を繰り返す。

『たとえ目的が目的でも、伝説のポケモンを呼び出す危険なプロジェクトを、おいそれと他地方が認めるわけにはいかないでしょう』
「……だから<スバル>は、元から俺たちと手を切るつもりだったんだろうな」
『でしょうね。どうするのですか、このままだと他国の援助を受けられなくなる可能性もありますよ』
「それでも、だ。国民を救出できなくて、何が国だ」
『……御立派ですね。けれど、貴方たちにその選択権は残されているのでしょうか。今のヒンメル地方の存続を天秤にかけてでも賭けに出て、孤立無援状態で救出プロジェクトを進められるだけの、力があるのでしょうか』

『理想だけを掲げては、ダメですよ』とラストは言う。こういう時、彼女は下手な作り笑いを浮かべているだろうということを、スオウは思い出していた。

(まったくもって、笑えない状況だな)

自嘲気味にでも、スオウは笑った。最後に笑えるための選択肢は何かと暗中模索しながら、彼は事実上のトップとして、決断しなければならなかった。

「結局……奴らの好き勝手にプロジェクトを進めさせるなということだろ? <ダスク>と、それに協力する<スバル>、そして勝手に俺らのプロジェクトを進めようとしているヤミナベ・ユウヅキをなんとか止めて、その上で周りを説得すればいいんだろ?」
『そうですね』
「だったら、まず<ダスク>の暴走を止めるさ」

戦う、ではなくあくまでも止める。
決して、打ち倒す相手ではないとスオウは言う。
相手勢力もまた、ヒンメル地方の人間が所属しているのだから。だからこそ止めると彼は決めた。

『健闘を、祈ります』と言ったラストにスオウはこう返す。
「……色々と嗅ぎまわっているが、お前は結局何が目的なんだ」と。
それに対してラストはいつもと変わらぬ平坦な口調で、その目的を告げる。

『私の目的は“闇隠し事件”の解決です。何かわかったらまたご協力お願いしますよ』

……通話を終え、どっと脱力しながらスオウは天井を仰ぎ見た。
それからふとモンスターボールの中のパートナー、アシレーヌに語りかける。

「どうすりゃ解決できるんだろうな」

アシレーヌは困ったような表情を見せ、だがスオウを応援するそぶりを見せる。
それが妙にツボにはまったのか、スオウはクスクスと笑い、つぶやいた。

「ありがとな。なんとか、やるしかないよな」


***************************


「ガーちゃんたちに連絡ついたよ、三人とも見つけたら保護してくれるって!」
「……助かる」

ガーベラさんたちの協力も得て、捜索を続ける。
……リッカたちを探して、夜も更けてきた。しかしまだ見つからない。一体どこにいってしまったのだろうか。
話題もなくなり、黙々と俺たち四人と手持ちたちで捜索を続けていた。
(結局アプリコットもつき合わせてしまった。彼女も彼女で<シザークロス>に応援要請を頼んでくれている。彼女の迎えと言う意味では、やつらが来れば一安心というところはあった)

ふと、ハジメが口を開く。
それは……軽い雰囲気の、誘いだった。

「彼女は、ヨアケ・アサヒはサクの方針上、こちらに関わらせるなと言われているが、お前たちは<ダスク>に入る気はないのだろうか」

どこか弱弱しい声で言ったそれは、俺とアプリコットに対しての勧誘だった。
“闇隠し事件”で行方不明になった大事な者たちの救出作戦に参加しないか、という誘い。
事件の被害者なら誰だって、勇んで入ったのかもしれない。
俺だって……ラルトスのことを迎えに行きたい。
けど、今は出来なかった。

ハジメと、<ダスク>と行く……そういう道も、あったのだろう。
だが、俺はハジメに断りを入れる。

「悪い。俺は<ダスク>には入りたくない。ラルトスには……悪いけど」
「そうか……そうだろうな」

ハジメも俺に断られることを分かっていたようで、無理に引き留めることはしなかった。
アプリコットも、悩んだ末「<シザークロス>とのかけもちは、したくないかな」と言った。たとえそれが長く続かないものだとしても、彼女なりの、貫きたいスタンスなのだろう。

「わかった、この話は忘れてくれ」

呟くハジメの背中が、どこか遠く見えた。
……この件が無事解決したら、<エレメンツ>と<ダスク>はかなりの確率でもっと一触即発状態になる。こんなふうに会話することもままならないかもしれない。
なぜならソテツのことが解決していないし、解決したところで<ダスク>が戦う気満々だからだ。

そうしたら、俺はハジメだけじゃない。ココチヨさんはともかく、ユーリィとも向き合わなければならない。

その時、俺は、俺たちは戦えるのだろうか。

「私は戦わなくて済むのなら、なるべくハジメ君たちと争いたくないなー」
「それは貴方が突撃してこなければ済む話だろう」
「そこは譲れないかな。ところでハジメ君。これだけ王都の小路を探して見つからないっていうのが気にかかったんだけど、もしかして……」

一蹴されていたヨアケが何か気づいたように、ハジメにその可能性を提示する。
今まで俺たちは人通りが少なくても、全くない場所を調べてはいなかった。
夜中本当に誰も近寄りたがらなさそうな場所を、見落としていたんじゃないか、と。
程なくして俺もその場所を思い浮かべる。

「もしかして、外れの霊園にいるんじゃない?」


***************************


カツミとココチヨはリッカを見つけていた。
アサヒたちが思い浮かべた霊園で、彼らは合流していた。
ガスを身にまとう黒くて丸いゴースや、ろうそくのようなポケモンヒトモシが遠巻きにうようよしている中、霊園のベンチで彼らはじっと夜闇に息を潜めていた。
帰るにも帰りにくい状況にカツミたちは陥っていた。
何故なら。リッカがカツミの手持ちのコダックのコックを抱きしめたまま、その場から動こうとしなかったのだ。
沈黙に耐えかねたカツミがリッカに尋ねる。

「リッちゃん、まだ帰りたくない?」
「うん。ゴメンね……カッちゃん。ココ姉ちゃんも」
「そっか……そっか」

断られたからと言って、カツミは肩を下すようなそぶりは一切見せなかった。連日の疲れで少々体調がすぐれなかったが、カツミはそれをリッカに隠そうとしていた。
そのことにココチヨも、コダックのコックも、そして当のリッカでさえも気づいていたが……誰も言及はしなかった。
お互いがお互いを気遣う中、ココチヨは彼女の手持ちのミミッキュに再びゴースやヒトモシたちに離れていて欲しいと頼ませていた。

「いいのよリッカちゃん。そしてゴメンね。ハジメさんだけじゃなく、あたしたちも、悪いのだし。とことん付き合うわ」
「……ゴメン、なさい。わたしは、みんなのこと、許せない。たとえハジメ兄ちゃんたちが正しくても、みんなが他の人やポケモンたち傷つけるの、わたしは見たくない」

カツミとココチヨ、そして兄であるハジメが所属する<ダスク>が、バトル大会で観客を混乱に陥れたことを、それを平然としている皆をリッカは許せなかった。
たとえそれが、“闇隠し事件”で行方不明の家族を探すためだとしても、リッカはおかしいと感じていた。

「リッちゃん……それでも、オレは」
「わかっているよ。みんなの迎えに行きたいって気持ち。わかってはいるよ……でも、どうしても……怖い」

コダックをさらに抱きしめる力を強くするリッカ。
怒りか、悲しみか、それとも恐怖か。震えるリッカにカツミは笑顔で言った。

「怖くないよ」

見上げるリッカに向けて、両手を使いカツミは変な顔を作った。
困惑しながらも、笑ってしまうリッカの背中をカツミは軽くたたく。

「ほらほら、怖くない怖くない。オレたちは、オレは、いつものオレと変わらないよ」
「……みんな、わたしの知らないみんなになって、わたしを置いてどっか行っちゃったりしない?」
「しないよしないって。でも、そっか。それが、怖かったのかー……そりゃあ怖いよね。ゴメン」

カツミはリッカに再度改めて謝った後、提案をした。

「ゴメン、やっぱりそれでも<ダスク>をまだ続けたいんだ。オレにもオレの譲れないところがある。けど、リッちゃんがおかしいって思ったときは、話そう。納得できるまで、話そう?」
「ケンカになっちゃうかもよ?」
「その時は思いっきりしようぜ、ケンカ」

「何それ」とリッカは笑いながら、彼の提案を受け入れる。
ココチヨはそんなカツミを見て、そのポジティブな姿勢に圧倒されていた。
リッカは、カツミとココチヨに、何かあったときは話し合いをすることを約束させた。
そしてもう一人、ちゃんと話しあわなければいけない兄の姿を思い出し――――

――――仕方なさげに笑った。

そして。

ゴースとヒトモシが、いつの間にかいなくなっていることに気が付いたミミッキュが警鐘を鳴らす。
リッカの抱えていたコダックのコックも、何かに気づき怯え始める。

「………………ふたりとも、下がって」

ココチヨもその姿を捉える。
ドレディアを引き連れたシルクハットの通り魔の姿を、捉えた。
手負いの通り魔の男は、歪んだ笑みを作り続けながら彼女たちをターゲットにする。

「貴方たちも、楽しそうですねえ」

その男に対し、リッカは身の毛もよだつ恐怖を覚え……動けなくなってしまった。


***************************


リッカが動けないのを見越してか、通り魔の男クローバーは、カードの束を取り出しシャッフルし始める。
彼のドレディアもそれに倣い、『マジカルリーフ』の束を作り、手札を混ぜ始めた。

ミミッキュとココチヨが臨戦態勢に入る。
カツミは、冷や汗をかきながらモンスターボールから新たにポケモンを出した。
鋭い爪をもつ、赤い模様のある白い毛並みのポケモン、ザングース。

「タマ、頼んだぜ」

タマと呼ばれたザングースは、状況を瞬時に把握し、カツミとリッカとコダックを庇うように勇み出た。

「むやみに動かれてはショーの邪魔ですね」

ドレディアの行動は早かった。『マジカルリーフ』でミミッキュを『ばけのかわ』ごと地面に縫い付ける。
ダメージはほぼないものの、ミミッキュは身動きが取れなくなってしまう。

「ミミッキュ! 痛っ!?」

ミミッキュを助けに行こうとしたココチヨが転んだ。
恐る恐る足元を見るココチヨ。足がすでに『くさむすび』に縛られていることに気づく。

「……!!」

さらにカツミが膝をつく。先ほどからこらえていた体調が悪化したのだろう。
ザングースのタマは、カツミの指示抜きで戦おうとするも、ドレディアの『はなびらのまい』返り討ちにあってしまう。

(誰でもいいから。誰でもいいから助けて!!)

もがき続けるミミッキュ。動けないカツミとリッカとザングース。
四つん這いになりながらココチヨは願うことしかできなかった……。

最後に、震えていたコダックのコックが頭を押さえつつ、『ねんりき』でクローバーのステッキを奪い、そのまま殴ろうとするも、先にドレディアの『はなびらのまい』の余波に吹っ飛び、その攻撃が阻止されてしまった。

「貴方たちが笑うからいけないのです! 貴方たちが、貴方たちが、“闇隠し”の痛みを忘れた貴方たちが笑うから――――!!」

クローバーの狂ったような声が響き渡る。舞い終えたドレディアが『マジカルリーフ』を大量に展開し、カツミとリッカに狙いを定めた。


――――あくまでも、笑顔を消す。
その目的のためだけにクローバーたちは戦い続けてきた。
ある意味彼らも、被害者だった。
『闇隠し事件』さえなければ、このような道を辿らなかった。
事件が彼らを歪め、こんなふうにしてしまった。

(こんな、こんな)
(こんな状況を生みだしたのは…………だが……だが!)

男の決断は、パートナーに伝わる。

「頼む」

パートナーは、迷わずその想いに応える。


葉の斬撃が発射される直前。
黒い影がカツミとリッカの前に転移してきて、彼らを庇った。
サーナイトの『テレポート』の瞬間移動で飛ばされてきた“闇隠し事件”を引き起こした男。サク、もといヤミナベ・ユウヅキは、

放たれたすべての葉の刃をその背に受け止め、子供たちを庇い切った。


***************************


私たちがリッカちゃんを見つけたときには、既にユウヅキがドレディアの攻撃を受けた後だった。
血の気が引いていく感じがした。そのことで逆に、周りが見えてしまうくらいに、心が冷え切っていった。

「だい、じょうぶか」

苦しみながらユウヅキはカツミ君とリッカちゃんに声をかける。
けれど二人ともパニックなどで返事ができずにいた。
遅れて『テレポート』でやってきた彼のサーナイトが、私に気づいてドレディアたちを抑えるように目配せする。

ハジメ君とマツがリッカちゃんとカツミ君たちに、アプリちゃんとライカがココさんたちにそれぞれ駆け寄る。
私とビー君はドルくんとルカリオを引き連れ、クローバーさんたちを囲む。

緊迫した空気の中。膝をつき傷つきながらもユウヅキが彼に言った。
痛むだろうに、苦しいだろうに、それでもお構いなしに。
彼らに向けて、声を振り絞って……言い切った。

「俺は、関係のない大勢を巻き込んだ俺を畜生以下だと思っている……だが、お前のように他人のせいにして誰かを傷つけた覚えだけはない……っ!」

その言葉は、“闇隠し事件”を引き起こしてしまった私たちだからこそ、クローバーさんに言わなければならないことだったのかもしれない。
主張しなければいけないことだったのかもしれない。

ユウヅキが地に伏す。
各々が、様々な感情入り混じる中、意外にもユウヅキの言葉を引き継いだのは、ビー君だった。

「俺たちは不幸を免罪符にしてはいけない。いけなかったんだよ、クローバー……!!」

ユウヅキ以外の視線がクローバーさんとドレディアに行く。

「……クイーン」

怒り、恐怖、憐み、疑問。それらの視線から彼はパートナーのドレディア、クイーンを守るために自らのシルクハットを目深に被せた。

「一緒に、来てもらおうか」

ハジメ君が肩を震わせながら、同行を求めた。しかし、クローバーさんはこれを拒絶する。

「気が早い人たちですね。まだショーは終わってはいませんよ」

それから彼は、カードの束を自らの遥か上方へばらまき、指を鳴らした。

「さぁてさてさてご覧あれ! 哀れなピエロの末路でございまぁす! あーはっはっはっは!」

それらはダーツに変化し、その矛先が落下方向へ向いていく……!

「見るなあっ!!!」

ビー君が子供たちの方へ向き、叫ぶ。ルカリオが駆け始める。
ハジメ君が、リッカちゃんとカツミ君に覆いかぶさろうとする。
その時――――カツミ君が、叫んだ。

「タマ!!!!!」

指示にすらなってないカツミ君の呼びかけ。それにタマと呼ばれたザングースは一気に覚醒し、クローバーさん……の上方を攻撃。『ブレイククロー』でダーツをすべて破壊した。
ルカリオが渇いた笑みを浮かべる彼を取り押さえる。
意気消沈するクローバーさんに、カツミ君がしんどい笑顔で言った。

「きっとそっちに、お前が帰りを待っている相手は、いないぜ……!」
「……さいですか」

クローバーさんは、根負けしたように、その顔に張り付けていた笑みを消した……。


***************************


ヤミナベのサーナイトは、ひと段落ついたのを見届けると、ヤミナベに重なるようにして倒れた。

「ユウヅキ!! サーナイト!!」

ヨアケがヤミナベたちに駆け寄る。サーナイトに『げんきのかけら』を与え、ヤミナベの上着を脱がせ背中の傷の止血を試みようとする。
しかし、彼女はその手を止めた。

「何、これ」

……結論から言うと、ヤミナベの傷は癒えていた。
俺は、サーナイトの取った技が自らの体力を犠牲にして対象を回復させる技、『いやしのねがい』だと察していたから、そのことはまだ予測できた。
そこまではまだ、良かったのかもしれない。

問題は、ヤミナベの身体に、今回の怪我以外の傷跡が、数えきれないくらい存在していることだった。

ココチヨさんも、ハジメでさえも把握していなかったようで、動揺が走る。
そんな中かろうじてヤミナベが意識を取り戻し、ヨアケの顔を見て、渋い顔をした。

「……なんでこんな危険の前線にいるんだ。アサヒが死んだら、意味がないんだ」
「そうだけど……でもそれは貴方にもしものことがあっても同じだよ。ユウヅキこそ何もテレポートで貴方自身を飛ばす必要、なかったでしょう?」
「あのタイミングじゃ、それしか間に合わなかった」
「……こんな、無茶して……けど、こんな思いを私は貴方にさせちゃっていたんだね」

サーナイトの波導が技を使う前から、異様に弱かったのが、気にかかってはいた。
見覚えのあるサーナイトの行動だったからこそ、だからこそ俺は、ヤミナベに怒る。

「今までそのサーナイトに、何回『いやしのねがい』を使わせた。あと何回使わせるつもりだヤミナベ!!」

俺の声にもっとも反応したのは、他ならないサーナイト自身だった。
弱い波導でもしっかりと俺を見据え、ヤミナベのサーナイトはこう強く思っていた。

「何度でも彼を守る」と……。

それに対して俺は、叱った。
俺のラルトスのおやの、母さんのサーナイトの末路を思い出し、叱りつけた。

「そうやって死んでいった他の奴らを俺は知っている。だから、無茶を重ねてその身を投げ捨てる真似はするな……!」

頼むからやめてくれ。そう願ったのが通じたのか通じていないのか。サーナイトはふっと一度笑った後、俺に背を向けヨアケを軽い念力でヤミナベから離れさせる。
それからヤミナベの胸に手を置き、『テレポート』で離脱していった。


***************************


残された俺たちは二手に分かれた。体調が優れないカツミをハジメが背負い、ゲコガシラのマツ、カツミの手持ちのコダックのコックとザングースのタマ。そして妹のリッカと共に霊園を後にすることに。
リッカはハジメに、「ごめんなさい。それと、後で話したいことがある」と言い、ハジメはそれを受け止め、了承した。
別れ際ハジメは俺に「この恩は忘れないだろう、一つ借りだ」と言い、去っていった。
あいつの言葉がどこまで本当かとかは、正直俺も疲れていてどうでもよかった。

俺とヨアケ、アプリコットとココチヨさんはそれぞれの手持ちと一緒に、クローバーを見張っていた。
今度は念入りにしたドーブルのドルの『くさむすび』に縛られたクローバーとドレディアは抵抗や逃げるそぶりを見せず、ただただ遠くを見つめていた。その先には『闇隠し事件』で被害にあった行方不明者の名前を記した石碑があった。

その時の眉間にしわをよせ、ただただじっと、暗闇の中の石碑を見つめるクローバーの横顔が、印象に残っている。

ココチヨさんがした連絡を受けてきたのは、<エレメンツ>のメンバーではなく、金色の棺桶に憑いたゴーストポケモン、デスカーンを引き連れた黒いスーツの女性だった。
その「ラスト」と名乗った女性は、ヨアケに一度挨拶をしてから、クローバーとドレディアを手錠で拘束した。

「<国際警察>です。<エレメンツ>からの要請もあり、今回は私たちが身柄を拘束しに来ました。通り魔ヨツバ・ノ・クローバー及びドレディアのクイーン。貴方たちを“アレスト”……逮捕します」
「……いやはや、お世話になります」

ラストに連れていかれる直前に、クローバーは「少しだけ、失礼」と言い……何故か俺に声をかけた。

「そこの貴方」
「俺か?」
「そうですそうです、最後に貴方に一つだけ尋ねたい事がありまして」
「……なんだ」
「貴方は今、幸せですか。“闇隠し”が解決していないのに、幸せなんですか?」

彼の問いかけに、俺はまともに答えるべきか一瞬躊躇した。
でもすぐに正直な気持ちを述べた。

「違うな。けど……全部不幸だけじゃないとは、言える」
「そうですか。ありがとうございました」

それだけ言うと、彼は満足そうにしていた。
そしてもう振り返ることをせず、ドレディアと共に連行されていった……。


***************************


帰り道、ココチヨさんが俺らに話してくれたことがある。

「サクがさ、<ダスク>に入る全員に約束させていることがあるの」
「ユウヅキが……それは?」
「“一つ、信頼できる者以外に他言しない。二つ、彼をサクと呼ぶこと。三つ、誰も殺すな。”……ってね。最初はそんなざっくりとした口約束でいいの? と思ったわ。でも最後が特に、彼の強いこだわりを感じたの。そんなサクだからこそ<ダスク>は、あたしは力を貸そうと思ったんだけどね」
「なんていうか、彼らしいというか……」

呆けるヨアケにアプリコットが「でも、<ダスク>も一枚岩じゃなさそうだよね」とこぼす。
ヨアケもそれに同意して、胸に手を当て祈るように下を向く。
気になることは沢山あった。でも気にしている余裕は、少ない。
だからと言って、あの傷だらけの彼を、スルーは出来なかった。


アプリコットの仲間の、義賊団<シザークロス>のクサイハナ使いの男と、クロバットを連れた青いバンダナの俺とさほど変わらない背丈の少年と合流する。
送り届けた彼女と丸いピカチュウは散々彼らに叱られていた。

アプリコットの悩みは簡単に解決できる問題でもなかった。
助言なんてできる器量も立場もない、だけど、勝手な願いだけは口にしていた。

「俺はお前らのバンド、続いてほしい。たとえ難しくても。また聞きたい」
「……貴方のその言葉を引き出せただけでも、続けていて良かったと思う。もうちょっと親分と話しあってみるよ。今日は色々ありがと、ビドー」

今度は自然とはにかむアプリコット。そのやり取りに、他の<シザークロス>の面々は「何があった?」と疑いの眼差しで俺を見てくる。その様子にルカリオやヨアケは小さく笑っていた。いや、なんだその意味深な笑いは……。
一応<シザークロス>にヨアケが今回のクローバー捜索の協力の礼を言う。
するとクサイハナ使いの男は「こっちこそ、アプリコットが世話になった」と言い、頭を一度だけ下げた。
そんな光景を見つつ、思う。

結果だけを見れば、今回<エレメンツ>と<ダスク>と<シザークロス>が間接的にも協力しあったことになる。
たまたま利害が一致しただけかもしれないが、それでも今夜のように一丸となって、“闇隠し”で行方不明になったやつらを、取り戻せたり出来たらいいのに。
そんな淡い期待を抱いてしまう。
しかしそう思い通りには、ことは進まなかった。

奴らと別れた後、ココチヨさんの携帯端末に着信が来る。
電話に出て、相槌を打つココチヨさん。通話を終えると、俺たちを見据えて、彼女は始まりを告げる。

「……とうとう、決まったわよ」

その連絡は、とうとうソテツと隕石の引き渡しの場所と日時が決まった連絡だった。


***************************


「ソテツの引き渡し場所は、【セッケ湖】。【スバルポケモン研究センター】のすぐ近くの湖だ。対して隕石の引き渡し場所は、この【エレメンツドーム】で行われる。つまり、二手に分かれてそれぞれ受け取りを通信で確認するってことだそうだ」

朝も近い深夜帯、自警団<エレメンツ>の本部、【エレメンツドーム】の作戦会議室で今回の報告と短めの情報確認が行われていた。スオウがパイプ役となったココチヨさんからの情報を改めて共有する。

「向こうの出してきた条件だと、ソテツの受け取りに立ち会う人選は……アサヒとビドー、お前ら二人にしろとさ。今回の助力といい何の思惑があるのか読めない。でもすまねえ、頼む」
「俺らだってソテツを取り戻したい。分かった」
「師匠には、文句言いたいこともあるしね、任せて」
「助かる。それと、もし可能だったら【スバルポケモン研究センター】の様子も見てきてくれないか。あくまで偵察程度でいい。判断は任せる」

判断は任せる、という言葉が妙に引っかかったが、俺もアキラ君のことも気がかりだ。偵察についても任せろ、と引き受けた。

「とにかくだ、今夜は総員お疲れ様だ。今はこれで解散だ。しっかり休める時は休んでくれ。特に……ガーちゃん」
「……はい」
「気負い過ぎるな」
「ええ、そうですねまったく。分かりました」

スオウに名指しされたガーベラは、表情暗いまま、部屋を後にした。
そのガーベラを放っておけなかったのか、ヨアケは「ガーちゃん!」と呼び、彼女のあとを追う。
俺もつられて追いかけると、通路でガーベラは目を赤くして、ヨアケにきつく当たっていた。

「今、貴方にその呼び名で呼ばれたくないです……」
「! ごめん……でもっ」

何か言いかけたヨアケの言葉をガーベラは怒りを押し殺した声で遮る。

「ソテツさんの安否に関わる正しい情報よりも、ヤミナベ・ユウヅキを庇おうとした貴方の行動を、私はまだ許せていません……」
「…………!」
「私だって貴方のこと疑いたくないです。行くからには、ちゃんとソテツさんを連れて帰って来てください」
「……分かった」
「お願いします……それから、ごめんなさい……今は休みます……」

静かな足取りで、ガーベラは歩いていく。
その姿が見えなくなるまで俺たちは見送った。
それからヨアケが俺の名前を呼ぶ。

「ビー君。このタイミングで言うのはおかしいけれど、お願いがあるの」
「言うだけ言ってみろ」
「もし万が一私に何かあった場合、ユウヅキの力になってあげてほしい」

思わず彼女の横顔を見上げる。その視線はガーベラが去っていった方向を見据えていた。
腹をくくっているようなその表情に、俺も彼女の見つめる方向を見て、答える。

「その願いは果たされることはない方がいい。だから、滅多なこと考えるな」
「うん。ごめん。私もその気はさらさらないから。絶対に生き抜いてやるから、絶対に」

絶対に、と重ねるヨアケの言葉は、一種の誓いのように聞こえた。


そうして明後日。
<エレメンツ>と<ダスク>。
それぞれの思惑が交差するなか、取引が行われようとしていた……。









つづく。


***************************


その名前がわたしにとっては愛しいものだった。
でも私にとっては、あまりこういった感情を持つことは少ないのだけれど……。

とても憎らしい響きを持っていた。

私はわたしを押し込もうとする。
抑えられているうちは、まだ私は私でいられるから。
私は、わたしではないのだから。
そう思うと、わたしはどこか、寂しそうな気持ちになっていた。

その想いが、私に伝わる。
でも、手心は加えられなかった。
私は、自分を守らなきゃいけない理由があったから。
それは、譲れない。
わたしには悪いけど、それだけは、譲れない。
絶対に、絶対に……。


***************************


  [No.1686] 第十二話 赤き湖の戦い 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/08/03(Tue) 14:32:06   11clap [■この記事に拍手する] [Tweet]
第十二話 赤き湖の戦い (画像サイズ: 480×600 216kB)


アサヒとビドーが居ない時間帯を見計らって、【エレメンツドーム】にある男が呼ばれていた。
その男グレー中心のコーディネートをした茶髪の男性、ミケ。
彼はいつもより真剣な眼差しで今回の件の立案者であるデイジーに確認の質問をしていた。

「本当にこちらの作戦を、アサヒさんたちに伝えなくてよろしいのでしょうか」

ミケは、“闇隠し事件”を調査する<国際警察>のラストの協力者である。ラストのつてでデイジーは今回、ミケに<エレメンツ>の作戦に助力を頼んでいた。

作戦の内容はアサヒの旧友のアキラを含めた【スバルポケモン研究センター】にいる、他地方からの研究員の保護。
ミケに単身乗り込んでもらって、内部からデイジーの相棒、電気の身体で機械に入り込むことのできるロトムを侵入させてもらう。そして【スバル】の建物のシステムを乗っ取るという荒っぽい作戦だった。

「ああ……情報じゃ<ダスク>にはあのメイが……思考を読める超能力者がいるからな。そいつがソテツの引き渡しに同行するかは賭けになる。が、もしそうなったらアサヒたちには悪いがアドリブで動いてもらう。情報共有の大切さを説いておいて申し訳なくは思っているが……そちらが合図出してくれれば、あの二人なら【スバルポケモン研究センター】に向かってくれるじゃん」
「ふむ……ですが、それでは<エレメンツ>のシステムセキュリティも脆くなってしまうのでは。貴方のロトムが、相方が不在ではこの間の二の舞になるのでは」
「二の舞にはさせない」

即答する彼女を、ミケは慎重に見据える。
ミケの見定めるような視線に、デイジーは唇を噛みしめ、表情を硬くして答えた。

「少なくともこっちの本拠地では、負けられない」

それは計算とか、算段とかではなく、もはや意地だった。
何が何でもやるしかない。そういった気迫をミケはデイジーから感じ取っていた。
ミケの携帯端末にデイジーのロトムが預けられる。ロトムも心なしか、トレーナーのデイジーと似た表情をしていた。

「それもある意味、賭け、ですね……」
「そうだ。多方面からいつ来るか分からない攻撃を全部守り切って、かつ<ダスク>を圧倒する余力は<エレメンツ>にはない。だから打って出るしかないじゃんよ……」
「貴方が言うのなら、そうなのでしょうね。ですが」

そこで言葉を区切ったミケは、深呼吸をし、両腕を上へ伸ばし体をほぐした。そのリラックスした態度に面食らうデイジーに、彼は同じように伸びをすることを勧める。疑問を残したままつられてストレッチをしようとするデイジー、しかし思うようにできなかった。

「あいたたた」
「ほら、硬くなっています。体も心も考え方も。そして素敵な表情も。それでは周りがみえなくなりますよ」
「茶化すなって。あーもう」

ロトムがデイジーを見て思わず笑っていた。お世辞でも言われ慣れていない言葉をかけられたデイジーは、恥ずかしそうに顔を赤らめる。
ミケはそんな彼女をニコニコと眺めながら、助言をした。

「作戦や予定なんて、想定通りにいかない方のことが多いんです。むしろ何か起きるだろうな、くらいの心構えの方が楽ですよ。肝心なのはどうフォローするか、ですから」
「そう、だな。痛いくらい染みわたるな、その言葉」
「いえいえ。まあ私に頼ってくださったのですから、多少はリラックスして行きましょう」
「ずいぶん大きく出るな……腕に自信がある言いぶりじゃん? 探偵って聞くからもっと隠密行動派だと思っていたが」

その皮肉にミケは素直な笑い声を漏らす。それから愛用しているハンチング帽を被って言った。

「探偵なら、ポケモンバトルの腕も強くなければ務まらないものですよ」

カッコつけているのか、いないのかは定かではないが。
気持ちの良い言いっぷりだとデイジーは思っていた。
それと同時に彼のその姿に、頼もしさを覚えていた。

指定された時間は、刻々と迫る。
単身【スバルポケモン研究センター】に赴くミケを見送った後、デイジーは改めて思考を巡らせていた。
ミケの言う通り、想定外の事態のフォローも大事だ。その上で彼女は考えられる限りの可能性を再び考え直す。
残された猶予の限り、彼女は思考を巡らせた。


***************************


事が事だったので、引き渡し日の前日から俺とヨアケは<エレメンツ>の本部に泊まっていた。その際、さすがにチギヨには無理言って配達屋の仕事は休んだ。案の定怒られたが、心配もされる。
特に『無事に二人で帰ってこい』と念を押された。この間の通り魔事件以降、あいつは何か嫌な予感がしていたのかもしれない。
ユーリィは不在で顔を合わせることはなかった。ヨアケが少し寂しそうにしていたのを記憶している。

ソテツの引き渡しがされる当日の朝。
予定の場所【セッケ湖】に行く前の準備時間、俺は客室で手持ちのメンバーと技の調整をしたりしていたら、ヨアケにメールで呼び出された。
その待ち合わせ場所に向かって【エレメンツドーム】内を歩いて移動する。
道中目に入ってくるのは、今までにない緊張感に包まれていた彼らだった。
そのピリピリした様子になるのは至極当然だった。なにせもう片方の隕石の引き渡し場所がこの場所だからな。否が応でも張りつめた空気になる。
俺も含めて、みんな何かが起きそうだと思っていたのだろう。

その場所にたどり着き、ドアにノックをして呼び掛ける。すぐに返事があり、扉は開かれた。

「急にゴメンね、来てくれてありがとうビー君」

静かな笑みを浮かべ、自身の部屋にヨアケは俺を招き入れる。短くなった金髪の彼女にも見慣れてきた。
<エレメンツ>でのヨアケの部屋は、表面上は整理がきちんとされてきれいな部屋だった。
ただ、クローゼットの前に謎の段ボール箱が置かれていることから、急いで片づけたんだろうな感はにじみ出ていた。アパートの方は知らないが、わりと生活感がにじみ出ている。

「ちょっと、話せる部分で話したいことがあって。なかなかこういう機会もないからね」
「そうだな。せっかく取れた時間だ。俺でよければ聞く。で、なんだ?」
「私の記憶のことだよ」

さらりと、彼女は切り出す。あまりにも普通の話運びだったので、一瞬頭の処理が追いつかない。でもようやく察して、俺は話を続ける。

「奪われていた記憶、思い出していたのか」
「うん。ユウヅキと再会したときにね。でも事情があって、話せないことも多いんだ。それでも言えるとすれば……」

彼女は両手を前にし、頭を下げた。
それからいつもと少し違う、距離のある口調で俺に謝った。

「ごめんなさい。詳しい経緯は言えないです。でも私は、私とユウヅキは“闇隠し事件”に関わっています」

俺が反射的に何か言おうとするのを彼女は、ヨアケ・アサヒは「謝って赦されていいことではありません。私は貴方の優しさに付け込んでいます。決して赦さないでください」と頑なに姿勢を変えない。
その彼女の態度に俺は、大きなため息を吐いた。

「お前また一人で抱え込んでいたな……」

一瞬の躊躇をした後、俺は彼女の肩に手を置いた。驚いた彼女の肩が震える。
表面や声色で隠そうしていても、溢れている彼女の波導は、感情は不安でいっぱいだった。
最近気を張って無理やり頑張っていたのは、なんとなく見ていてわかっていた。時期的にも、ヤミナベと再会してからっていうのは納得だ。

「とりあえず、だ。その口調はやめてくれ。で、頭を上げてくれ」
「……うん」
「お前が事件に関わっている可能性は記憶を取り戻す前から十二分にあっただろ? それが確かになった……ていうのも変だがそうだな……今更だな。今更、ここで気にしても仕方がない。今は置いておくぞ」
「……うん。分かった」
「で、本当は何が言いたかったんだ?」

俺の顔を見てヨアケは目を細める。「やっぱりビー君は、いい子過ぎるよ」とこぼす彼女に「茶化すな本題を言え」と釘を刺し俺は肩から手を離した。

「言いたいことは、本当はいっぱいありすぎるけど……過去に一度、私は“闇隠し事件”を起こした責任から逃げようとして身を投げたの。その場所が【セッケ湖】だったんだ。これから向かう場所が私にとってどういった場所か、それを知っていて欲しかった」
「そうか……なんていえばわからないが、きつかったな……」
「うん、きつかった……今は大丈夫だけどね。ありがと。そして、この話はここだけの話にしてほしいかな」
「分かったが……もう何回目だ? また<エレメンツ>の奴らに怒られるぞ?」
「そうだね、分かっている。でも、これでもビー君に言うのだって結構頑張っているからさ……今はまだ、言えない」

彼女の不安の波は、少しずつ収まってくる。俺は少しだけ目をあえて閉じ、彼女の波導だけを見てみる。その最中、以前イグサという青年に『ヨアケの魂が二つ重なっている』と言われていたのを思い出していた。
けれどやはり俺が感じられる彼女の波導は、一つのみ。二つにはどうしても見えない。
それこそせっかくの機会だ。本人に直接聞いてみても良かったのかもしれない。
実際言いかけた。でも妙なひっかかり……違う、嫌な予感を感じて俺はそのことを聞けずにいた……。
代わりに、それとなく最近の様子を尋ねる。

「前に、変な記憶が見えるって言っていたよな、そっちの方は大丈夫か」
「まだたまに見えるけど、今のところ大丈夫。うん」
「今は大丈夫って言葉信じるが、ダメだと思ったときは言ってくれ。何ができるわけではないが、その……もっと頼ってほしい」

最後の方、声が小さくなってしまったがとりあえず現状で伝えたいことは言えた。
きょとんとしている彼女にちゃんと伝わっているかが心配だった。

俺の心配をよそにヨアケは俺の頭を撫でる。
「やめろ」と手で払う俺を、ヨアケは笑う。

「充分頼らせてもらっているよ、相棒」

その言葉は、たぶん嘘ではないのだろう。
でもどこか……どこかこう。

気のせいだと思いたいが、まだ俺と彼女の間に距離を感じていた……。


***************************


【スバルポケモン研究センター】の地下空間で、アサヒの旧友、アキラはその音を耳にする。
遠くで重たい扉が開く音がした。間髪入れずに何かが突き飛ばされ、再び扉に鍵をかけられる動作音もする。
意味もなく扉を開け閉めするとは思えない。
わかるのは、自分以外の何者かがこの空間に閉じ込められたということだけだった。

「さて……誰かいますか。聞こえていたらお返事を」

暗闇の中で反響したのは、男の声だった。
どこかで聞いた声に、アキラは胸を撫でおろす。それから控えていた手持ちのフシギバナのラルドに『フラッシュ』をするように指示。

「貴方も閉じ込められたってところか。ミケさん」
「いいえ、わざと捕まったのですよ……依頼があって貴方たちを助けに来ました。まさかこのようなところに閉じ込められていたとは」

皮肉を受け流し、本題を話すミケにアキラは少し悩んだ後、「少し時間はあるか」と尋ねた。

「ええ、どのみち脱出の合図までには時間があります。どうされましたか」
「……探偵の貴方に、伝えておけば有用に扱ってくれるかもしれない情報を渡しておこうかと思って」
「詳しくお願いします。私の持ち合わせている情報と照らし合わせてみましょう」
「わかった。じゃあ……」

まず初めに、とアキラは携帯端末にまとめていた情報や写真を取り出し、伝え始める。

「僕はレイン所長によってこの地下に閉じ込められた。時期は、あの大きなポケモンバトル大会が襲撃された夜だ。その時まで僕はこの地下空間の存在すら知らされていなかった……だからこの機会に徹底的に調べたんだ」
「たくましいですね。結構な日数を過ごしたでしょうに」
「それに関してはここで居住できるだけの蓄えや施設があったから問題はなかった。問題なのは……このリストだ」

アキラがまず見せたのは、地下書庫にあった書物のリストだった。どの本が多いか、分類別にまとめられている。

「医療系と……レンタルポケモンのシステムについての本が、やたら多いですね」
「そう。圧倒的に多いんだ。このことから、レイン所長はポケモンのレンタルシステムについて独自に研究していたと考えていいと思う。前者に医療系についての心当たりは後で話すとして、レンタル関係で応用とか、心当たりになることはないか」
「ふむ。それにはまずこちらの情報を出すべきですね」

ミケは手帳を取り出す。それからフシギバナの灯りを借り、内容を確認して述べる。

「レイン所長は<ダスク>という集団の一員、つまりはあのバトル大会の襲撃犯と仲間です。ちなみに、その<ダスク>の主に目立った行動は、“ポケモン保護区”にいるポケモンの密猟です」
「……繋がった。レベルの高いポケモンを捕まえ、レンタルシステムを用いて実力の少ないトレーナーでも強いポケモンを使わせて集団の強化につなげようとしていたのか」
「短期間での戦力の増強と見ていいでしょう。あと付け足すとすれば……」
「すれば?」
「<ダスク>の中心人物が、ユウヅキさんということでしょうか」
「……そうか。【スバルポケモン研究センター】の襲撃事件は、レイン所長も一枚噛んでいたってことか。ユウヅキの目的ってわかるかい?」
「今のところ判明している限りでは、<スバル>の“赤い鎖のレプリカ”を用いたプロジェクトを<ダスク>の手で行おうとしていることですね。もともとは自警団<エレメンツ>と連携する予定だったのですが、他国の重圧に押される彼らは、切り捨てられました」

切り捨てられた<エレメンツ>が、今日まさに人質に取られたメンバーの一人と“赤い鎖のレプリカ”の原材料の隕石との引き渡しを<ダスク>と行おうとしているという情報も、アキラに伝えるミケ。
その状況を聞いた彼は、悪態をついた。

「何考えているんだ、ユウヅキ……!」

アキラは踵を返し、「さっきの医療系の本の話の続きだ。こっちに来てほしい」と速足でミケを案内する。
そしてフシギバナの『フラッシュ』を強め、最奥の扉の側らの小窓から中を見るようにミケに伝える。

言われるがまま部屋の中を除くミケ。その中には……生命維持装置に繋がれた黒髪の女性が、ベッドに横たわっていた。
やせ型の女性はピクリともせず、ただ息だけをしていた。
その彼女に一瞬ミケは、ユウヅキの姿を重ねてしまう。

「どなたです? どことなくユウヅキさんの面影がありますが……」
「おそらく彼女は、ムラクモ・スバル博士。<スバル>の創設者にして、レイン所長の前任だ」
「そういうことですか……実は、ユウヅキさんは<ダスク>では自らのことを、“ムラクモ・サク”と名乗っています」
「ムラクモ・サク……? ああ、それが……ユウヅキの本名か。昔からユウヅキはルーツを探してアサヒと共に旅をしていた。そこで出会った彼の関係者が、この眠り続けている博士……か」

アキラは握った拳の力を強くする。それから吐き捨てるように、ミケに自分の考えを言った。

「スバル博士は、僕たちが行おうとしている【破れた世界】への扉を開くことを、過去に成功させ、その謎を研究していた人物で……その研究中に行方不明になっていたと聞いている。しかし、彼女は現にここにいて、そして意識を取り戻していない。彼女の身に何があったのかは知らない。だけど、うかつに再び【破れた世界】に足を踏み入れるということは、それに関わった人物がああなる危険性があるということだ……!」

左拳を横に壁に打ち付け、音を立てる。固くした拳をほどかないまま、彼は、アキラはユウヅキを想って怒る。


「ユウヅキに隕石は渡してはいけない。絶対に使わせては、いけない」


アキラの言葉を聞き届けたミケは、ふと思いだしていた。
過去に自分のところに挨拶に来た、幼いころのアサヒとユウヅキを思い出していた。

ミケは過去に、あの二人の再会の手助けをした。
あの時の二人は、晴れやかな笑顔のアサヒとぎこちなくも笑うユウヅキは、幸せそうだとミケは思っていた。これにてめでたし、と思っていた。
二人の消息が分からなくなっていたと気づいたのは、つい最近のこと。ミケの前に彼女が、<国際警察>ラストが現れて、協力をするように命じて“闇隠し事件”の調査に関わり始めてから。
それまでは呑気に、二人は仲良く旅しているものだと思っていた。

あの彼女が、喫茶店で独りしんどそうにため息を吐いていたのを見て、二度目の別離にも耐えそれでも彼を追い求める姿を見て、ミケは。

数年の間、ぼんやりとしていた自分が許せないでいた。

「私は、貴方たちに贖罪をしなければならないようですね……解決したと思い込んでのうのうと過ごしていたなんて、探偵失格です。ですが、もし許されるのなら一人の知人として、探偵として――――この事件を、きっちり解決してやります。ええ。ええ」
「……止めないと、ユウヅキを。たとえぶん殴ってでも」
「そうですね。そのためには……ロトム」

ミケは忍ばせていたデイジーのロトム入りの携帯端末を取りだし、ロトムに指示を送る。
躊躇なくやるように、言い含めて彼はロトムを研究所の電子機器に潜り込ませた。

「さて、さくっと脱出いたしましょうか」


***************************


ふと横に眺めた湖の水面が、夕日の赤に染まっている。
その真っ赤に染まる景色から、今いるこの場所は【セッケ湖】と呼ばれていた。
『たいりくもよう』のビビヨンが、群れを成して踊るように飛んでいる。
その様子に、心がざわつくのを私は感じていた。

機会があったら、今度はちゃんとユウヅキとこの風景見たいな。
そう思うと、胸のあたりがきゅうっと熱くなる。
彼は今頃、【エレメンツドーム】の方にいるのだろうか。
怪我の具合も含めて、とにかく心配だった。

「! ヨアケ」
「あ、あれ」

ビー君に呼びかけられてはっとなる。自然と涙があふれていた。綺麗な景色のせいということにしたかったけど、そうじゃないのはバレバレだったようで……反省する。

「ごめん。しっかりしないと」
「大丈夫か……そろそろ、時間だな」
「そうだね」

時計を確認し、ちょうどの時刻になった瞬間。
『テレポート』の転移だろうか、瞬間移動してきた大きな帽子を被った銀髪の彼女、メイと……もう一人。
トレードマークのヘアバンドを取り、若草色の髪で顔を隠した背の低いシルエット。
<エレメンツ>“五属性”のうちの一人、ソテツ師匠の姿が確かにそこにあった。

「……………………」

押し黙るソテツ師匠。拘束はされていない。しっかりと両足で立っている。服も、ボロボロではなかった。
ほっとして近づこうとすると、ソテツ師匠が片手の平を突きだし制止した。
それから、彼は重たい口をようやく開く。

「よく……来てくれたね二人とも。手間かけさせる」
「とりあえず、なんとか無事そうで良かった、ソテツ師匠……」
「心配をかけたね」
「本当ですよ。川に落ちたと思ったときは、本当に、もう……」

そこまで言いかけたとき、私は引っかかりを覚える。
確か、ユウヅキはソテツ師匠本人に頼まれて、川に落とすフリをしたと言っていた。

じゃあ、何故ソテツ師匠はわざわざそんなことを頼んだのだろうか?
見栄を張るだけにしては、おかしい気がする。

そこまで考えが至ったタイミングで彼は、私に切り出した。

「……アサヒちゃんにお願いがあるんだ」
「なんでしょうか……?」
「今度こそ、もう師匠とは呼ばないでくれ。オイラはもう、アサヒちゃんの師匠でも……ましてや<エレメンツ>である資格もないのだから」
「え……?」

そこでその言葉を言う意味が分からず、私は混乱する。
彼はその動揺の隙をついて、モンスターボールからフシギバナを出した。
何かに気づいたビー君は、わずかに遅れてルカリオを出す。
ルカリオが珍しく吠えた。ビー君も警戒をむき出しにする。
ソテツ師匠とフシギバナはその威嚇にまったく動じないどころか、むしろ関心さえしているようにも見えた。

「やっぱり……ビドー君にはオイラの感情だっけ? 分かってしまうか。これでも、抑えているんだけどね」
「ヨアケ……っ?!」

ビー君の肩に、フシギバナが射出した一枚の『はっぱカッター』がかすり、服の表面だけを切り裂く。
あまりにも早い攻撃に、いや攻撃をされたこと自体にひるむ私たちを彼はじっと見つめる。

「ちょっと黙っていてくれビドー君」
「何するんですかっ、し――!?」
「だからそう呼ばないでくれと言っているだろ」

わざと低くされた彼の声には、悲痛さが混じっていた。
下した髪の向こうに見える表情は、とても苦しそうに歪んでいた。

「いっぺんでいいから……ちゃんと名前で呼んでおくれよ。こっちに向き合ってくれよ。そうじゃなきゃ、オイラはいつまでも――――いつまでも君を憎み切れない」
「……憎むとか、憎まないとか。資格があるとかないとか……もめるのは一緒に帰ってからにしましょうよ……ガーちゃん心配していたんですよ、貴方の安否がわかるまで捜索を最後まで続けていたんですよ?」
「どんな形であれヤミナベ・ユウヅキに負けたオイラは、もう<エレメンツ>には戻れないさ」
「! ……それでも帰るんです! たとえ、帰りにくくても!!」

言い合いを遮ったのは、ビー君と向こうの彼女の携帯端末の電話の着信音。おそらくデイちゃんや他の<ダスク>の人辺りがこっちの状況を確認しにかけてきたと思われる。

「でなよ。そして言え。オイラの、ソテツの安全は保障されたと」

彼のフシギバナが力を溜めビー君に狙いを定める。
ビー君も彼の言動に、だいぶショックを受け辛そうにしていた。
脅され、屈しそうになる状況の中。それでもビー君は、臆さずに言い切った。

「ソテツは……<ダスク>に寝返った可能性が高い……!」

「正解だよ」と裏付ける言葉。証明のごとく容赦なく放たれる『はっぱカッター』。
一瞬で放たれる葉の刃を、届く前にルカリオが片手で掴み、握りつぶす。
スピーカー越しに聞こえるデイちゃんの声は、こう言った――――『わかった、無理矢理でも連れて帰れ!』と……。
切られる通話、ため息を吐く彼。息を呑むビー君。戦闘態勢に入るルカリオとフシギバナ。
私も覚悟を決めて、モンスターボールからポケモンを出す。

「ヤミナベ・ユウヅキに負けたオイラは、<ダスク>にスカウトされたんだよ」

赤く、赤く、燃え上がる夕焼けの中、告げられる衝撃の事実。
負けられない、引き下がれない戦闘の予感がした。


***************************


レインから【セッケ湖】に居るあたしへの連絡。
それはサク様の元に来い、とかではなく。

『メイ、【スバル】が襲撃されています、そちらの援軍に向かってください。最悪の場合は、拠点の放棄も視野に入れつつ……任せます』

それは慣れない仕事の押し付けだった。あんたに任されても嬉しくもなんともないっつーの。
アサヒが出したギャラドスの強面とにらみ合いつつ、向こうの状況も尋ねる。

「そっちはどうするの。あたし抜きでいけるの?」
『やってみせます。だからスバル博士のこと、お願いしますね』
「あーもう、わかった。それと、サク様に何かあったら許さないから」

通話を切り、協力者のソテツに向かって一応声掛けをする。

「あたしは忙しいから、後はあんたに任せる」
「任されたよ。わざわざありがとう、機会を作ってくれて」
「心にもないこと言うな」
「いや、感謝しているのは本当だよ」

嘘こけ。
リクエスト通りにこの場を作ったことに対して、あんた自身はいまだに後悔もしているくせに。
どこまで矛盾しているんだこいつは。
無表情で感情を烈火のごとく燃やしているあんたは……今は味方とはいえ正直引くレベルで怖いっての……!

とっとと【スバル】に向かうためにギャロップをボールから繰り出し飛び乗る。
その時、【スバルポケモン研究センター】の方から轟音が鳴り響いた。

驚く奴らと、動じないソテツとフシギバナを置いてあたしとギャロップは【スバル】へ出せる限りのスピードで向かう。
サク様の帰る場所の一つを守るために、あたしたちは走った。


***************************


【スバル】の方角からの音も気になる俺に、ギャラドスのドッスーと共に彼女は険しい表情で頼み事をした。

「……【スバル】で何かあったんだと思う。ビー君は彼女を追いかけて。アキラ君たちをお願い」
「ダメだ」
「ビー君!」
「今のソテツの前に、お前だけ残して行けるかよ……!」

ソテツから感じられるのは、複雑に入り乱れた感情の波導だった。少なくとも、普段の時と比べ物にならないくらい嫌な感情が混ざり合っている。
むしろ、それを抱えているソテツ本人がどうしてあそこまで表面上静かでいられるのかが不思議で仕方がなかった。
そして、その濁った視線の矛先はヨアケに向けられていた。

「ああ、ビドー君は別に行ってもいいよ?」
「誰が……っ!」
「そうかい。まあ、君ならそう言うよね。君は全体の戦局よりもアサヒちゃんが大事なんだから」
「…………何を言いたいんだ」
「ここでオイラに構ってくれるのは、<ダスク>にとって好都合ってことだ」

もう一つのモンスターボールを握り、二体目のポケモンを出すソテツ。
現れたのは紅く鋭い足をもち、長い髪の上に小さな王冠のような部位をもつ艶やかなポケモン、アマージョ。
とても鋭い睨みをきかせてくるアマージョ。その気迫はギャラドスに一歩も劣っていなかった。
刺すような空気に押されつつも、ヨアケと俺はソテツに言い返す。

「構うよ。だって貴方にここで向き合わずに引くことなんてできない。やっぱり協力、お願いビー君」
「分かった。ソテツ……確かに俺は、全体よりも、ヨアケを優先する。でも今はそれだけじゃなくて……お前をここで連れ戻す方が、大事だと思う。だから俺もここに残る」


俺たちの言葉にソテツは、静かに「嬉しいね」と無表情に零した。
それから彼は、自嘲気味に嗤う。

「そういう中途半端な気遣いが、一番堪えるんだよ……!」

ソテツを取り巻く波導が、一気に荒立つ。矛先は、俺にもわずかに分散した。

「向き合いたけりゃ、連れ戻したけりゃ、力でねじ伏せてからにしな」

力強く右足で地面を潰さんとばかりに踏みしめるソテツ。
それに呼応して、フシギバナとアマージョが動き出す。俺とヨアケも迎撃の指示を出した。


***************************


「ルカリオ迎え撃つぞ……!」

地面を蹴り、向かってくるアマージョに突進していくルカリオ。
『フェイント』を織り交ぜて殴りかかろうとしたルカリオの動きが、直前でピタリと金縛りにあったかのように硬直する。

「なっ?!」
「アマージョに手の内が割れている『フェイント』ほど、通じないものはないよ――――まずは足から」

動揺するルカリオにアマージョは『ローキック』で足を狙い撃ちした。
片足をやられ、走れなくなったルカリオにアマージョは流れるような動きで『トロピカルキック』の回し蹴りを三連打叩き込み、蹴り飛ばす。
仰向けにダウンするルカリオの腹に追撃で『ふみつけ』をするアマージョ。鋭い足が、突き刺さった。唸るルカリオの苦しみが、波導越しに伝わってくる。

「! ドッスー『こおりのキバ』をアマージョにっ!」
「フシギバナさせるな、『つるのムチ』」

フシギバナと交戦していたヨアケと彼女のギャラドスがフォローに入ろうとしてくれるも、フシギバナの放つツルに拘束され、身動きを封じられる。
そのまま引っ張られ赤い湖に投げ出されるギャラドス。水しぶきがこちらまで飛んでくる。

「ドッスー!」

彼女がギャラドスに呼びかける。
ヨアケと俺の目の前からポケモンがいない構図で、ソテツのフシギバナだけが自由に動ける状態になった。
急いで他のポケモンを出そうとする俺たち。しかしフシギバナはそれをさせてはくれなかった。
真っ直ぐ伸びる2本のツルが、ボールを掴もうとした俺と彼女の手首に的確に巻き付く。
それからギャラドスが落ちた方向に向かってソテツは牽制の言葉をかけた。

「……ドッスーは動くなよ、アサヒちゃんがどうなるかわからないからね」

その言葉の呪縛で、ギャラドスは簡単に動けなくなる。
ルカリオも、俺も、ヨアケも動けない。

たったの1、2回の攻防。
それだけのやりとりしかしてないはずなのに。
俺たちは……俺たちは、ほとんど、詰んでいた……。


***************************


大きくため息をついた後、ソテツは一歩。また一歩とヨアケに近づく。

「ビドー君はアマージョの特性『じょおうのいげん』を覚えきれてなかったせいで大きな隙を作った。ルカリオは攻撃の失敗に動揺しすぎ。アサヒちゃんもドッスーもフシギバナに何かしら技叩き込んでから援護に向かいなって。それから常に次のポケモンは出せるようにしておきなよ。この期に及んで意味もなく棒立ちで指示出すとか、本当に……負けないための戦いかたがなってない」

噛みしめるように、すりつぶすように、踏みしめるように、踏みにじるように。
ソテツは俺たちに突き付ける。

「やっぱり、アサヒちゃんの弱点はビドー君であり、ビドー君の弱点もまたアサヒちゃんだね。君ら、一人で戦った方が強いよ」

その事実に何も言い返せない。悔しさと「どうして」という思いばかり募っていく。

「おっと悪い癖が出たね。今更わざわざ教えることないのに」

ソテツの波導は、いまだに荒れ狂うも、冷めたような一定の揺らぎも確認される。
そんな中じっとソテツを見つめるヨアケの方に、変化が生まれ始めていた。
それを知ってか知らないか、ソテツはヨアケを挑発する。
彼女を、焚きつける。

「そういえば、ヤミナベ・ユウヅキの本名、サクの名前でこんな意味を込めて呼んでいる連中がいたよ」
「……それは?」
「“サクリファイス”のサク。つまりは“生贄”ってね。それを聞いたとき、オイラも言いえて妙だと思ったよ」
「!!!」

激しく反応する彼女を見ながら、歩みも言葉を並べるのもソテツは止めない。

「これはオイラの見立てだけど……<ダスク>のどの程度が把握しているかはわからないが、ギラティナやそれを呼び出すディアルガとパルキアを呼び出すプロジェクトを進めるために、君の大事な大事な彼は――――命をかける必要があるよ」
「そんな」
「強大な力を持つポケモンを“赤い鎖のレプリカ”で無理やり留めようとすれば、そりゃあ命懸けだ。普段から怪我の多い彼なら、もっと死ぬ可能性は高いだろうね。それをヤミナベ・ユウヅキやレイン辺りは悟られないようにしているみたいだが、知っている奴は知っている。そして見て見ぬふりを決め込んでいる」

ソテツがヨアケの眼前まで迫る。彼女を見上げ、それから短くなった髪に手を伸ばそうとする。
その手が届く前に、彼女は、ヨアケは。
震えに満ちた声で、一つの質問をソテツにした。

「貴方は、あの傷だらけのユウヅキをさらに傷をつける真似、しませんよね?」
「ああ。つけたさ。傷つけたとも」

返答を聞いたヨアケは空いた左手でソテツの手を力の限り叩き落とす。
彼女は珍しく、そして明らかに怒っていた。
ぶつぶつと、彼女は呟き始める。それは、ギャラドスに対する指示だった

「『りゅうのまい』……『りゅうのまい』……『りゅうのまい』……『りゅうのまい』……『りゅうのまい』…………『りゅうのまい』……!!!!」

彼女の怒りに呼応するかの如く、湖の中のギャラドスがどんどん、どんどんどんどん荒ぶる。

「フシギバナやれ」

ソテツの命令。ムチに引っ張られるヨアケ。フシギバナがヨアケを湖に放り投げた。

「ヨアケ!!!!」

とっさに駆けだそうとする。しかし俺の手首にツルはまだ巻き付いたままで、バランスを崩し、転んでしまう。
アマージョが、ようやくルカリオの上からどいてソテツの方に向かった。
地に伏したままルカリオの方へ、縛られていない手を差し出す。

「ルカ、リオ……!!」

ルカリオも俺に手を伸ばす。
その手を掴んだ瞬間、湖の方から爆音が聞こえた。
水柱と共に現れたのは、ギャラドスの頭に乗ったヨアケ。

彼女は“ギャラドスにしがみついたまま”技の指示を出した。


「――――『げきりん』」


俺の手首のツルも解かれ、フシギバナの元へ戻っていく。
荒れ狂うギャラドスの猛攻を、二対の『つるのムチ』を巧みに使って勢いを反らすフシギバナ。ソテツとアマージョは余波で吹き飛ぶ小石を難なく見切って、かわしていく。
ギャラドスが『げきりん』の勢いに混乱しても、すぐにヨアケが呼びかけ、正気に戻し再度『げきりん』を出させる。ヨアケは吹き上げる石を全く避けようともせず、ギャラドスにしがみつき続ける。
ズタズタに。ボロボロに。なりふり構わず傷つきながら、それでも攻撃を止めようとしない。


……この時ヨアケひとりだったら、『じしん』などで全体をカバーする技も打てたはずだ。
無茶をしてまでハイリスクの『げきりん』を選ぶ必要はなかった。
俺たちは本当に足手まといにしかなれないのか……?
一瞬でもそう思いかけたとき、ルカリオが、握りしめる手の力を強くする。
静かに熱いルカリオの気持ちは、まだ燃え尽きてはいない。

やることは変わらない。諦めずにまた立ち上がるのみだった。

ソテツの馬鹿の、思うままにさせてたまるか……!


***************************


「どうして!」

自分でも信じられないくらい感情が溢れる。抑えなければいけないのに、溢れ続ける。
どうして、どうして、どうして、どうして!!!!
どうしてスカウトに乗って<エレメンツ>を離れようとしている?
どうして私たちと敵対しようとしている?
どうしてユウヅキを傷つけた?
私の大切な人だと知っていて、なんで?

「どうして? なんでそこまで貴方は、私に嫌がらせするの!?」
「それはね」

流石に許せない気持ちが、感情が爆発する。叫べば叫ぶほど、リミッターが外れていきそうになるのが分かる。

「嫌われたかったんだよアサヒちゃん。オイラは君に、嫌われて憎まれたかった」

そう言ってやっと満足そうにしている貴方が、許せなくて。
熱い涙が、溢れる。視界も、思考も何もかもが乱れていく。
オーバーヒートした思考が「赦すな」と叫び続けていた。



その気持ちと同時に。

「そうでもしなきゃ、ちゃんとオイラのこと、個人として見てくれなかっただろ?」

その心の底からの微笑みに。
悲しくて。
苦しくて。
悲しくて。どうしたらいいのか、解らなかった。

「ヤミナベ・ユウヅキに負けて気づいたよ。オイラは自警団<エレメンツ>ではなく、“五属性の一人草属性”でもなく、“君を嫌い憎み続けなければいけない被害者”や、ましてや“師匠”でもない。そんなオイラになりたかった。立場や肩書がなければこの想いを持つことを許されると思いたかった。何もない素のオイラを見てほしかった。見栄を抜いて言うなら、振り向いてほしかった。困ってほしかった。この先は……さすがに言わないけどね。でもビドー君なら、解るだろ?」

彼のアマージョが天高く『とびはねる』。
スタミナ切れの私とドッスー目掛けて、踏みつけようとしてくる。
それでトドメを刺される。そうぼんやりと思って、私は。
ドッスーを握っていた手を、緩めてしまう。
滑り落ち、落下する。日も沈み既に黒くなりかけた湖に落ちていく。
見上げる宵闇の空の中、アマージョが降ってくる。
湖面の浅瀬に叩きつけられる前に見たのは。

ドッスーの横を高く高く跳躍するルカリオだった。

「ルカリオ飛べえっ!!! 『スカイアッパー』あああああああああああ!!!!」

地面にぶつかる直前に叫ぶビー君に受け止められ私は空を仰ぎ見る。
青く青く、輝く打ち上げるルカリオの拳が、空中のアマージョを射抜いた。


アマージョを落下する前にボールに回収する彼に、ルカリオの着地と共にビー君は怒鳴り飛ばした。

「解りたくもねえよこの馬鹿野郎!!!」


***************************


ふと、昔こうしてこの湖のそばでユウヅキに抱えられて言われたことを、ようやく思い出す。
私を安心させようと微笑み、でも泣きながら彼は、最後にこう言っていた。


『ありがとう、そして――――愛している』


今はどう思っているのか分からない。でも、どこかで私はその彼の言葉を覚えていて。
切ないくらいにユウヅキに恋焦がれていた。
だから私は謝った。

「ごめんなさい、無理ですソテツさん。本当にごめんなさい……」

中途半端な態度を取ろうとしたことと。ずっと貴方を“師匠”と呼び続け個人として意識してこなかったこと。
そして受け入れられないと、彼に謝った……。

彼は「分かったよ」とそれだけ言うと、フシギバナを労いボールに戻した。
その時どんな顔をしているかまでは見えなかったけれど。戦意や敵意を感じない。どこか疲れたような口調で、ソテツさんは背を向け言った。

「今日のところはこれで引くよ」

去っていく彼をビー君が引き留めようと声をかける。

「……戻らないのか、<エレメンツ>には。ガーベラとか、スオウとか、みんな心配して帰りを待っていたぞ」
「戻らないさ。少なくとも今はまだ、ね。どのみち<ダスク>の方が身内を連れ戻せる可能性は高いんだ、しばらく<ダスク>の他のトレーナーでも鍛えるさ。ハジメ君とか見どころあるし。それに……」
「それに?」
「<エレメンツ>が無事に残っているとは、思えないしね」
「……どういうことだ……?」

私たちの疑問に、ソテツさんは片手で頭を掻きむしりながらわざわざ応えてくれる。
現状の予想と、そうなった原因を、教えてくれた。

「素直に隕石を渡していれば、争いにはならなかった。結果的にオイラたちが【エレメンツドーム】側の争いを引き起こしたってことだ。あとはまあ……どちらかが倒れるかしか、ないだろう?」


***************************


一方【スバルポケモン研究センター】は、再び襲撃されていた。
他ならぬアサヒの知人、そして脱走者のミケとアキラの手によって、窮地に立たされていた。
まずミケが潜入前に予め外に忍ばせていた手持ちの鋼鉄の身体をもつ四足歩行のてつあしポケモン、メタグロスのバルドに規定の時間まで自分が戻らない場合研究センターの壁を思い切り『コメットパンチ』で殴り壊すよう指示。
時刻ちょうどにバルドは攻撃を開始。慌てふためく研究員が出払ったところにデイジーから預かっていたロトムを機械に接続。システム内に侵入させシステムを守っていたポリゴン2を不意打ちして一気に制圧する。それでも閉まる扉などはゴミすてばポケモン、ダストダスのドドロが放つ『ふしょくガス』で溶かして突破した。

「ざっとこんなところですね」
「手慣れ過ぎていて若干引く。あと自分で自分の所属していたところを襲撃するのは流石に気が引けるよ」
「そうでしょうか。隔離なんてするブラック研究所なんて、乗っ取ってなんぼですよ」
「悪党……」

別の区画に閉じ込められていた他地方から来ていた研究員とスムーズに接触し、脱出を図るミケたち。
出口に向かいぞろぞろと走る彼ら。すると、大きな帽子の銀髪の彼女、メイが手持ちのパステルカラーのたてがみのギャロップに乗って阻止しにやってきていた。

「ああもう、面倒くさいことになっているし!!」
「おやお嬢さん、ここに居ては危険ですよ。私たちと一緒に脱出を……」
「……ミケさんたぶん彼女は敵だと思う」

声を荒げるメイを心配するミケに、アキラは冷静に突っ込む。
それからアキラは手持ちの1体の、黒い毛並みの威風堂々としたポケモン、エンペルトのリスタを出し、メイとギャロップを睨む。

「邪魔だから、どいてくれないかな」
「うわ嫌な奴。そう言ってやすやす通すわけには……」
「じゃあどかすよ」
「他人の話を最後まで聞けっ!」
「どうせ時間稼ぎだろ。聞かないよ。リスタ、『なみのり』!」

アキラはエンペルトのリスタに『なみのり』を指示。通路に大波を発生させ、出入口まで押し流す。
研究センターの外まで流されたメイとギャロップは、びしょ濡れの身体でなんとか立ち上がる。

「今のうちだ!」
「すみませんお嬢さん、また今度。行きますよロトム!」

ロトムを回収し、施設を後にしようとするミケとアキラたち。
肩をわなわな震わせ、メイは思い切りアキラを睨んだ。
その瞬間、謎の衝撃波による風が吹き荒れる。
アキラが立ち止まる。不思議に思ったミケが振り返る。

「どうしました? ……!」
「う……く……にげ、ろ……!」

何とか声を絞り出すアキラ。アキラとエンペルトは念動力で動きを封じられていた。
その念動力を放っていたのは、ポケモンのギャロップではなく……メイだった。

「サイキッカー、例の超能力者でしたか……! 皆さんはお先に!」
「ギャロップ。あのヘラヘラした野郎に『サイコカッター』っ!」

ギャロップがツノから放つ念動力の刃が、ミケへと飛んでいく。ミケを庇うダストダスのドドロ。弱点のエスパータイプの攻撃に、大ダメージを喰らってしまう。
ボロボロと、傷跡周辺から外装が崩れるダストダスに追い打ちの『サイコカッター』を放つギャロップ。

「かわしてください!」

あのダメージでかわせるものか、とメイは着弾を確信する。
しかしダストダスはメイの予想を裏切り……先ほどの数倍のスピードで動き始め見事に『サイコカッター』を避け反撃に転じる。

「?! ちっ『くだけるよろい』の素早さ上昇かっ!」
「ご明察! ドドロ、『ダストシュート』!」

ゴミの塊が、勢いよく射出されギャロップを捉えメイごと突き飛ばす。
その隙に動けるようになったアキラが、エンペルトに冷徹な決定打を出させた。

「リスタ今だ、『れいとうビーム』!!」

濡れた衣服と地面がすぐさま凍り付いて、メイとギャロップの身動きを取れなくする。
遅れて飛んでやってきたメタグロスのバルドを発見した二人は、エンペルトとダストダスをボールにしまう。
そのままメタグロス捕まり、アキラとミケはその場を離れることに成功したのであった。

しばらくして、バキバキと音を立て氷の割れる音が響く。
それはメイが念動力で氷を打ち砕く音だった。
傷ついたギャロップを介抱しつつ、彼女はイラつきを抑えようと努力した。
だが、抑えきれずに悪態をついてしまう。

「ちっくしょう……!」

それと呼応するかの如く、細かく砕けた氷が、塵と化した。
ギャロップの鳴き声にはっとなり、メイは深呼吸する。
他地方の研究員は、奪い返されても特に支障はない。この施設自体を放棄はしなくて済みそうだとメイは判断する。
その上で、騒動に気づき遅れてやってきた他の研究員に【スバル】を任せ、彼女は足早に【エレメンツドーム】を目指した。


***************************


ミケの提案で、彼らはアサヒたちとの合流を優先していた。

「あまりアサヒさんたちの増援はあてにはしないようにしていたのですが、いざ来ないとなると何かあったのかもしれません。急ぎましょう」

そう心配するミケの言葉に、アキラは胸騒ぎがしていた。
彼らはすっかり暗くなったセッケ湖のほとりにて、ビドーに肩を貸される形で【スバル】へと向かうアサヒを発見する。
その髪の短くなったズタボロのアサヒを見て、それでも自分を見つけて表情を明るくする彼女にアキラは唖然とした。

「アキラ君?! それにミケさんまで。よかった無事だったの……?」
「無事じゃないのは君の方だろ!!」
「それを言われると、なにも返せないや」
「何も言わなくていい、とにかく消毒するから! ビドー座らせろ!」
「お、おう……」

アキラは悪態と小言を言いながら、手持ちの応急セットでアサヒの手当をしていく。
しかめっ面のアキラにアサヒは申し訳なさそうに頼みごとをする。

「アキラ君」
「何」
「後でドッスーの治療も頼めるかな。私のせいでだいぶ無理をさせちゃったんだ……本当は私がするべきなんだけど、お願いできないかな……」
「わかった」
「ありがとう、ゴメン……」
「僕に謝ることあるの? 対象が違うんじゃないかな」
「そうだね……ドッスーゴメンね……」

ギャラドスの入ったモンスターボールを握りしめ、アサヒは謝り続けていた。
状況の読めないミケは、違和感を覚えビドーに事情を聴く。

「私はデイジーさんに頼まれて、彼らの救出を行っていましたミケと申します。もう一人はどうされました」
「俺は、ビドーだ。ソテツは……<ダスク>に寝返った。消息は、もう分からない。そして、ソテツの件をきっかけとして【エレメンツドーム】の方のヤミナベと<エレメンツ>の戦いが起きているかもしれない」
「ユウヅキさんと、<エレメンツ>の正面衝突……! どなたかに連絡はつきませんか?」
「誰ともつながらない。ミケ、俺はこのまま……【エレメンツドーム】に向かおうと思っている」

ミケは、ビドーが単身で【エレメンツドーム】に戻る気だと悟った。
彼らの会話を聞いていたアサヒは、「行かないでビー君っ、行くなら私も……!」となんとかそれを制止させるように説得しようとする。
ビドーはふっと笑って、アサヒに「休んでいろ」と言い、アキラに彼女を託そうとした。

「アキラ君、ヨアケのこと、頼んだ」
「……君たち、ちょっと何でもかんでも都合よく頼みすぎじゃない?」
「そこをなんとか」
「ダメだ。全員で向かおう。その方が、援軍にもなるし、孤立したところを叩かれなくて済む」

アキラは淡々と冷静に状況を分析したうえで、その提案をする。ごり押す。
ビドーはポカンとして「その考え方はなかった」と正直にこぼした。
そんな彼に呆れつつ、アキラは自分の想いを口にする。
その方が説得しやすいと判断し、言葉を紡ぐ。

「アサヒ、ビドー。ユウヅキを止めたいと思っているのは僕も同じだ。あとそこのミケさんもだ。焦るな。だから、一緒に行こう」

彼の言葉に、3人とも頷く。
それから他地方の研究員を説得し、一行は【エレメンツドーム】を目指し夜の中を突き進んだ。
その先に待ち受けているのが、どういったものか、この時の彼らは、知る由もなかった……。


***************************


【エレメンツドーム】では、激闘が繰り広げられていた。
その中心には、彼が居た。
ムラクモ・サク。もといヤミナベ・ユウヅキ。
彼は隕石を手に入れるために、自警団<エレメンツ>に挑むことを選び、そして――――


――――そして、己の身を顧みず戦っていた。




つづく。


  [No.1687] 第十三話 激闘、エレメンツドーム 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/09/11(Sat) 12:05:39   10clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


どうにもならない場面や面倒くさいことになった時によく、叔父のことを思い出す。
女王である俺の母上の弟の叔父は、虚弱体質で長くは生きられなかった。
だがその反面、叔父は王族の中で誰よりも自由人だったと思う。
よく城を脱走する度にドクターであるプリムラの父に滅茶苦茶怒られて、でも笑っていたその顔が記憶に残っている。
あれは楽しい、というよりどこかを諦めている笑顔だった。

王位後継者ではない、というだけで叔父を影で悪くいう奴らもいなくはなかった。
近年のヒンメル王家の男はかつての英雄王ブラウに比べて頼りない。そういった世間のイメージをもろにくっていたのが、叔父という印象はある。
その偏見に苛立つ俺を見かけると、叔父は決まってこう言った。

「なるようにしか、ならないこともあるんだよ」

俺はその言葉にいつも引っかかりを覚えていた。
なるようにしかならないからって、何もしなくていいわけじゃあないんじゃないかと。
何もしないと、なるようにさえもならない……停滞になるんじゃないかと。

そして何より、現状置かれているこのヒンメルの状況を、“闇隠し”の問題を人任せにする気にはどうにもなれなかった。

特に今、対峙しようとしているヤミナベ・ユウヅキにだけは、譲る気にはなれなかった。


***************************


アサヒとビドーがソテツと対峙する少し前のこと。【エレメンツドーム】にて。
<ダスク>との隕石の引き渡しが迫る中、自警団<エレメンツ>のメンバーにスオウは言った。

「こんな状況が状況だ。きつかったり、抜けたい奴は抜けていいぜ。だが、もし手伝ってくれるのなら<ダスク>を止めるのに力を貸してほしい」

現在置かれている<エレメンツ>の立場では“闇隠し事件”の救出作戦が出来ないことを考えて、各員にそう伝えるスオウ。
そんな彼に見かねて警備員のリンドウは、ニョロボンと共に頭を横に振り「そうじゃないだろ」と言う。
目を丸くするスオウに、リンドウはにやりと笑みを浮かべた。

「俺についてきてくれ、でいいんだよ。そういうのは」

頷く他のメンバーを見て感極まりかけた彼は、キャップ帽を目深に被り口元を歪め、「助かるぜ」と一言感謝の言葉を零した。

デイジーが「じゃあさっさと最終確認するじゃんよー」と他のメンバーに促す。それから彼女は、無言で何かを考えているトウギリに根深く釘刺した。

「もしもの時、わかっているな。ココチヨのところにちゃんと帰るために約束は、守れよ」
「……わかっている」
「闘いたいって疼いても、堪えろ。ソテツが居ないからって、他が戦えないわけじゃあないんだからな。ゆめゆめ忘れるなよ」
「ああ」

即答するトウギリをデイジーは短い脚で蹴とばす。そして痛む自身の足を気にしながらまったく動じないトウギリに文句を込めてがなる。

「……本当に、ほんっとうにだからな! 寝覚めが悪くなるのはこっちなんだからな!」
「…………ふっ、お前がそこまで念を押すとはな」
「嬉しそうにするな。ったく……」

笑うトウギリにどうしようもないなとデイジーは呆れた。
次にデイジーは、ハピナスと共に珍しく表情険しくしているプリムラに声をかける。

「プリムラもハピナスも、安易にキレるなよ」
「それ、私たちが怒りっぽいように聞こえるのだけれど」
「すでに怒っているじゃん。冷静にな」
「確かに。ふう……気を付けるね。ありがとうね」
「わかったらよし」

深呼吸するプリムラを見つつ、デイジーはガーベラなどのメンバーにも声をかけていく。
一通り巡り終わった後、彼女は痛感する。

(ソテツの馬鹿はいつもこんな調子で声かけていたんか。結構気を使っていたんだな、アイツなりに)

あらかじめ、ソテツの抜けた穴を手分けしてカバーしなければいけないとデイジーたちは話しあっていた。
それは戦闘面でもあり、ムードメーカー面でもあり、様々だ。
細かく些細なところでも彼の気遣いがあったということを、ひしひしとデイジーは感じていたのであった。

「お疲れさん」

デイジーの頭をぽんぽんとスオウは軽く叩く。
彼なりの労い方にいらっとするデイジーだが、ぐっとこらえて皮肉を言った。

「疲れるのはこれから先だ。頼むよリーダー」
「しんどいぜまったく」

へらへらと苦笑しながら、スオウは歩き出す。もう間もなく時刻だった。
この時この場にいた<エレメンツ>のメンバーは、ざわつく胸の高鳴りこそすれ、無事にやり取りが終わることを祈っていた。
ソテツが返ってくることを、願っていた。

しかし現実と言うのは非情なものであることを、この時どのくらいの人数が予想していたのだろうか。
確かめる術は、もうない。


***************************


そして約束の時刻。エレメンツドームの入り口の通路で彼らは対面する。
時刻ちょうどに姿を現したのは<ダスク>の責任者、ムラクモ・サク……ヤミナベ・ユウヅキと<スバル>の所長でもあるレインの二人。あと、それぞれの手持ちのサーナイトとカイリューだけだった。
ユウヅキとレイン、そしてカイリューはサーナイトのテレポートでドームの前の平原に転移し、歩いて入り口の通路に正面から入った。
長めの通路の端と端に立つユウヅキたち<ダスク>とスオウ、プリムラ、トウギリの<エレメンツ>。
緊張と沈黙の中、まず重い口を開いたのはユウヅキだった。

「……こうしてしっかりと対面するのは初めてか。自警団<エレメンツ>。そしてそのリーダー、スオウ」

名前を呼ばれたスオウは、息を大きく吐いた後、腰に両手を当て彼に向き直る。

「一応、スタジアムに殴り込みしてきただろうが。ヤミナベ・ユウヅキ」
「そうだったな。そして……今の俺は<ダスク>の責任者のムラクモ・サクとしてここに立っている」
「そうか。でも俺はてめえのことをユウヅキと呼ぶぜ。あいつが、アサヒが連れ戻したい相手のユウヅキとして、お前を認識する」
「…………」
「文句あるのか?」
「ああ、大ありだ。だが、今は余計なことだ……用件に移ろう」

不服そうなユウヅキは、胸元のスカーフを締め直し、スオウの目を青いサングラス越しに睨んで言った。

「隕石を、こちらに渡してもらおうか」

スオウもまたキャップを被り直し、ユウヅキに睨み返す。

「ああ。けどソテツの安全確認が先だ……デイジー、ビドーに連絡を」

隕石の入ったアタッシュケースを見せながら、彼は遠方の制御室に居るデイジーに通信機で連絡。
それとほぼ同時にレインが自身の携帯端末に手持ちのポリゴン2から<スバル>のシステムが攻撃されていると連絡を受けたことをユウヅキに耳打ちする。
それから【セッケ湖】にいる携帯端末でメイに連絡を取り始めた。

各々通話を終え、向き直る。
スオウは険しく眉をしかめ、静かにたたずむユウヅキに言及した。

「おいユウヅキ、ソテツに何をした」

――――ソテツが<ダスク>に寝返った可能性が高い。
そうビドーに連絡を受けたデイジーからの鬼気迫るメッセージ。
アタッシュケースの取っ手を掴む力を強め、腰のモンスターボールをいつでも空いた手で触れるようにしつつ、スオウはユウヅキにきつく問いかけた。

「俺の仲間になにしやがったんだ」


***************************


問い詰めるスオウに、ユウヅキはストレートに短く答える。

「スカウトした」

信じにくい、という素振りでスオウは重ねて問う。

「それにアイツが応えたって?」
「ああ。だいぶ苦戦したが、応じてくれた」
「あー……つまり、ソテツは俺らのところに戻る気はないってことか?」
「そういうことになるな」
「正直に答えるなよ…………まあ、渡すわけに行かねえな。隕石」
「そうなるだろうな。だが」

ユウヅキはスオウが手に持つアタッシュケース手を伸ばす。

「こちらも引き下がれないんだ」

彼のサーナイトが『サイコキネシス』の念動力でアタッシュケースを無理やり奪おうとした。
スオウは引っ張られるケースを片腕でしっかり掴みつつ、もう片方の腕でモンスターボールを水平に切り前方へと思い切り投げる。
ボールから出てきたアシレーヌはそのままの勢いで『アクアジェット』。
アシレーヌの水流を纏う速攻突撃をひらりとかわすサーナイト。だが『サイコキネシス』が緩み、スオウとの引っ張り合いで負けてしまう。

ユウヅキの次の一手は早かった。
力を溜めるレインのカイリューを背に、基本指示する側のトレーナーであるユウヅキが駆けだし、真正面最短ルートでスオウたちに向かう。
長い通路を走るユウヅキの代わりに、レインはサーナイトに向けて金属片を投げる。サーナイトは金属片を受け取り念力で自身の周囲に浮かせビットにする。『10まんボルト』で手に入れたビットを帯電させ、突撃するユウヅキに稲妻迸る援護射撃をした。

「させはしない……!」

ユウヅキを追い越しスオウたちに飛んでくる帯電ビットをトウギリが出したルカリオが『ボーンラッシュ』で作り出した長い骨こん棒の棒術ですべてはじく。
はじかれたビットは、念力ですべてのビットがサーナイトの元へ回収されていった。

トウギリとルカリオがユウヅキ前に立ちはだかり、ユウヅキの足を止める。それからトウギリはスオウとプリムラに呼びかけた。

「二人は奥へ。ここはプラン通り俺が引き受ける……!」
「無理しないでね、トウギリ……1班と2班はトウギリと協力してユウヅキたちを挟撃、お願い!」

プリムラの合図を皮切りに、入り口の外から警備員リンドウとニョロボン率いる<エレメンツ>の二つの班がユウヅキたちを挟み撃ちにしようと姿を現す。
レインはメガネをくいと上げ、フルパワーチャージをしたカイリューに呼びかけた。

「カイリュー降らせなさい――――『りゅうせいぐん』!!」

落下する小隕石の群れが、宵闇の空の天上から降り注ぎ、【エレメンツドーム】の各所に降り注ぐ。当たる寸前に他のメンバーによって展開された『ひかりのかべ』によって要所は防がれた。だが表にいたリンドウたちは防御に失敗し衝撃に吹き飛ばされてしまう。
また一つが長い通路を分断するように屋根を突き破り落下。出入口がふさがれリンドウたちは増援に向かえない形となる。内側に残ったレインとカイリュー、ユウヅキとサーナイトはトウギリとルカリオに向き直る。

リンドウがトウギリの名を呼ぶ。しかし帰ってくるのは技と技がぶつかり合う音のみ。

「くそっ、無事でいろよ……!」

悪態をついて彼らは二手に分かれる。片方は入り口の開通。リンドウ率いるもう片方は非常口のある方へと移動を開始した。


***************************


ユウヅキは一度交戦していたサーナイトをボールに戻し、影のような身体のゴーストタイプのポケモン……ゲンガーを出す。念力を失った金属ビットが落ちて跳ねた。
レインは折り畳み式のノートパソコンをカイリューのかけていた下げ袋取り出し、キーを叩きはじめる。それが【エレメンツドーム】のシステムへの攻撃行為であると、トウギリは察する。
小型の通信機を使い、トウギリはデイジーに警告する。

「デイジー、レインからシステムに攻撃がくるぞ」
『わかった。トウギリ、やることは分かっているな』
「ああ」

カイリューがレインを庇う位置に陣取る。ゲンガーはユウヅキの影に潜り、様子を伺う。
いつでも仕掛けられる、といったユウヅキとゲンガーに対し、トウギリは目隠しをずらし、留め具についたキーストーンを握る。

(トウギリ、あんたが全力で戦えるのは1体だけだ。それ以上はトレーナーのあんたの体がもたない)
(だから、やるなら短期決戦でいけ!!!)

デイジーとの約束。遠方のココチヨへの想いを募らせ、トウギリは己のパートナーのルカリオと呼吸を合わせ、名乗りを上げる。

「俺は<エレメンツ>“五属性”が一人、“闘属性”の番人、トウギリ。全力で参る……!!」
「……<ダスク>責任者、ムラクモ……いや、隕石を奪う者、ヤミナベ・ユウヅキ。押し通させてもらう……!」

二人の目と目が合い、戦闘開始の合図となる。
直後、トウギリはキーストーンに力を籠め、ルカリオがメガストーンに力を籠めた。

「我ら“拳”の印を預かる守護者……其の闘気と波導を以てして、すべてを打ち砕く! メガシンカ!!」

口上と共に光の綱が二人を繋ぎ、ルカリオがその姿を変化させていく。
荒ぶる波導を制し、顕現したメガルカリオが、雄たけびを上げた。

勇猛果敢なメガルカリオの姿を前に、ユウヅキはトウギリの短期決戦せん滅の意図をくみ取る。
その意図を把握した上で彼は容赦のない一手を繰り出す。

「あまり使いたくない手だったが……ここで使わせてもらう」

ゲンガーとは別のポケモンを、2体目のモンスターボールから出すユウヅキ。
そのポケモンはボールから飛び出ると同時に、瞬時にその体細胞を組み換え、そして――――メガルカルオの姿に成り代わった。

「行くぞ、メタモン」

2体のメガルカリオが場に揃う。そのうち片方はメタモンのコピーである。
メガルカリオと能力、技、共に同じ構成になっているメタモン。差があるとすれば、如何にそのポケモンとトレーナーが連携を取れているかだ。

己の出した全力のエースをコピーされ、短期決戦の望みが遠ざかる。
その事実を前にトウギリは震えていた。
武者震いをしていた。

「いいだろう……行くぞ、ルカリオ! 『はどうだん』!」
「メタモン、『はどうだん』!」

鏡写し、わずかなずれしかない全く同じ動作で放たれる波導が込められた弾丸。
ぶつかり合い、烈風が入り乱れる中、次の指示も同じく被る。

「「『しんそく』」」

電光石火の遥か上を行く超スピードのぶつかり合い、接近戦の中どちらも引け劣らずに拳と足をぶつけ合う。

「「『ボーンラッシュ』!!」」

波導エネルギーで出来た骨こん棒を、ほぼ同時に生成。棒と棒がやはり同じ軌道で弾き合う。
メタモンは一挙一動寸分たがわずメガルカリオの技を模倣し、着実に攻撃を相殺してくる。

「もっと、もっと早くだルカリオ!」

ユウヅキがメタモンで時間を稼ごうと、最初から全力のメガルカリオと己を消耗させようとしている。そう確信したトウギリは、あえてメガルカリオに攻撃の速度を上げていくように指示。
戦いが、一度のミスも許されない高速の押収へと変わっていく。

(そのまま、そのままつられてくれ……!)

トウギリの頭の中には、一つの作戦が浮かんでいた。
とてもリスキーな作戦が、だがどうしても試したい作戦が浮かんでいた。
その意図を波導でメガルカリオに伝えると、構わない。やろう。と返ってくる。
応えてくれたメガルカリオに感謝の念を込め、トウギリは笑いながら指示をだした。

「ルカリオ!」
「メタモン!」
「自分のトレーナーに向かって『はどうだん』!!!」
「?!」

トレーナーへ向かい背を向けるメガルカルオの動きにメタモンがつられる。
メタモンは寸でのところでトレーナー、ユウヅキに向けての『はどうだん』を止める。
一方、メガルカリオはトウギリに向けてフルパワーの『はどうだん』を撃っていた。

「何っ?!」
「いいぞ……!」

トウギリはその場で腰を低くし、両手に自身のありったけの波導をコントロールして纏わせ。
波導弾を受け止めた!!

「こんな形で夢を叶えるとはな!!!!」

そしてそのままはじき返すように、両腕を前に突き出し、彼は『はどうだん』のターゲットを上書きして解き放つ。
狙いは……背を向けて反応の遅れた、メタモン。

「メタモン!!!」

ユウヅキの声が届く間もなく、メタモンの背中に『はどうだん』がクリーンヒット。
入口を塞ぐ岸壁に叩きつけられたメタモンは変身を維持できず元の姿に戻り、戦闘不能と相成った……。

「ここまで、か……」

そうつぶやいたのは、トウギリだった。戦闘続行不能になったのは、波導を無理して使ったトウギリもであった。
メガルカリオの姿がルカリオへと戻る。メガシンカの反動でふらつきつつも立ち向かおうとするルカリオをトウギリが止めた。

「ルカリオ、もういい。俺たちの役目はここまでだ……」
「…………トウギリ。この戦い。貴方の覚悟が勝った。卑怯な手を使ってすまない」
「そうでもしないと、いけなかったのだろう? それも一つの戦術だ。俺に謝るな……そして本気を出せて案外楽しかったぞ……行くがいい」

微笑むトウギリにユウヅキは己の影の中のゲンガーに声をかけ。苦々しく応える。

「ああ。だが動きは封じさせていただく。ゆっくり休め。ゲンガー、『さいみんじゅつ』」

深い眠りに落ちていくトウギリとルカリオ。
目を瞑りながら、トウギリはユウヅキを案じた。

「俺が言えた義理ではないが……自分を、大切にな……」

その彼の言葉にユウヅキは何も言えなかった。
代わりにレインが、サイバー攻撃を続けながら言う。

「私もトウギリさんに同意見です……ですが、貴方は止まれないのでしょう?」
「そうだ。ここで……止まってはいられないんだ」

唇を噛みしめながら、ユウヅキは自身に言い聞かせる。

「たとえ間違っていても、止まるわけにはいかないんだ」

目的を果たすために。
彼にうつむいている暇は、なかった。

……眠る彼らの横を通り過ぎ、ユウヅキたちは奥へと進む。
隕石を持つと思われるスオウを追いかけ、【エレメンツドーム】を駆け巡っていった。


***************************


「スオウはどこだ、レイン」
「ジャックしたカメラの情報が正しければ、地下へ向かっています。最短ルートは、おそらく他のメンバーが待ち受けているかと……迂回しますか?」
「いや、いい。トウギリのように時間をかければかけるほど、こちらが消耗する。一気に行くぞ」
「わかりました。一応、『テレポート』ジャマーもドーム全体にかかっています。長距離の転移は出来ないと思っていてください」
「ああ」

やり取りを終え通路の角を曲がると、ガーベラ率いる集団に接敵する。

「第4班、第5班、ヤミナベ・ユウヅキとレインを確認です……! これより交戦します……!」

花色の髪を揺らしながら、ガーベラは通信端末で連絡を怠らない。
位置が割れた以上ユウヅキたちが手こずれば他の増援が来るのは必至だった。

「レイン、カイリューを一時撤退だ」
「わかりました。カイリューお疲れ様です」

時間をかければ厳しくなる状況というのにも関わらず、レインにカイリューを戻させたユウヅキの動きにガーベラは引っかかりを覚える。
だが彼女は迷いを振り切りロズレイドにユウヅキたちを封じ込めるよう指示。

「何のつもりか知りませんが……ロズレイド……! 『くさむすび』!」

ロズレイドの『くさむすび』がユウヅキたちの足を捕える。それから他のメンバーの白い毛で覆われた巨体のバイウールー、赤く長い髪のメスのカエンジシ、六体で一体のタイレーツといった他のポケモンたちが一斉に彼らに襲い掛かる。

ポケモンたちが彼らを取り押さえようと目前まで迫ったタイミング。
ユウヅキは今この場にいるレイン以外のトレーナーが、ポケモンに指示を出していることを確認して――――全てのポケモンを巻き込む技を、ゲンガーに指示した。

「ゲンガー……『ほろびのうた』!!」

ゲンガーの瞳が赤く赤く光り、その歪めた大口から破滅を連想させる歌を紡いだ。
歌の主であるゲンガーも含めたポケモンたちが、それを“聞いて”しまう。
全員が聞き終えるのを見計らって、レインは桃色の身体と羽根をもつポケモン、ピクシーを繰り出す。
ピクシーは歌に悶え苦しむポケモンたちすべてに向けて見えるよう、トドメを宣告するように指を一つ上に指した。

「『このゆびとまれ』からの『コスモパワー』です!」

レインの無慈悲な指示に、その場の<エレメンツ>メンバーが戦慄する。
『ほろびのうた』は発動したゲンガー含め、聞いてしまったポケモンが一定時間を過ぎると力尽きてしまうという恐ろしい技。ボールに戻せば回避可能だが、その時に戻したトレーナーには必ず隙が出来てしまう。
すぐに入れ替えてもゲンガーがまた同じ技を使ってこない保証はない。その上やっかいなのはわざと遅れてやってきたピクシーの、相対するすべてのポケモンの注目を集めてしまう『このゆびとまれ』という技。この技のせいでガーベラたちはピクシーしか攻撃できなくなってしまった。
そしてピクシーはどんどん『コスモパワー』で己の守りを固めていく。ピクシーを放っておいたら、とてつもない耐久をもって圧倒してくることは明らかである。

迫る『ほろびのうた』のタイムリミット。
重なり積み上げられていく『コスモパワー』。
何かをしなければ。その強迫観念が冷静な判断力を、失わせていく。

その心の隙間を縫うように、レインが再びカイリューを出した。
『くさむすび』の蔦を引き裂かせたゲンガーをボールに戻すユウヅキを、カイリューは拾い上げる。そのままカイリューは屋内を飛び、ガーベラたちに向かって真正面から突っ込んだ。
『ほろびのうた』で倒れるか、ボールに戻されるか。
そのどちらでも、ユウヅキとカイリューに立ちふさがれる者は、いなかった……。

残されたレインは、体力の削られたピクシーに『つきのひかり』を指示。一気に回復をさせ微笑んだ。

「さあ、ご一同様お相手お願いしますね」
「……くっ!!」

ガーベラは憎い気持ちをこらえながら、ボールに戻したロズレイドを再び前線復帰させた。
レインが引き留めている間に、ユウヅキは地下区画へと、突入を成功させる……。

地下区画へ追ってくる<エレメンツ>メンバーとポケモンたちを、カイリューが「引き受ける」と吠え、ユウヅキの背を押した。
カイリューに礼を言いつつユウヅキは走る。やがて薄暗い空間にたどり着く。

目を凝らすと、そこには人影があった。
その小柄なポニーテールをした人影は手に持ったスイッチを押す。
すると彼女の奥のシャッターとユウヅキの背後のシャッターが閉まり、彼らを閉じ込める。
薄闇の中、炎の明かりがともる。

「ここまで来てしまったのね。ユウヅキ」
「お前は……“炎属性”の」
「そうよ」

和装のいでたちの彼女は、自身の相方のポケモン、赤と金の毛を持ち、杖のような木の枝の先端に炎を灯させているマフォクシーに寄り添いながら、名乗りを上げる。

「私は<エレメンツ>“五属性”が一人、医療の“炎属性”、プリムラ。ユウヅキ。貴方にはここで倒れてもらうわ」
「俺は……ヤミナベ・ユヅウキ。スオウのところまで、通してもらう」

静かすぎるほど静かな怒りを声に込めたプリムラに、ユウヅキは閉鎖空間の中、独り立ち向かうこととなった。


***************************


火の粉が、舞い上がりまるで鱗粉のごとく輝く。
辺りが暗いのも相まって、その灯りは眩しく鮮烈に燃え上がった。
プリムラのマフォクシーが、その火の粉を念力で操っていく。
宙をなぞるその枝先は、ぐるぐると渦巻いていた。
周囲の火の粉が勢いを増し、壁となりユウヅキを囲む。
脱出を試みるも失敗し、ユウヅキはさらに閉じ込められた。

「『ほのおのうず』か……」
「正解。ユウヅキ、貴方はスオウのところへは通させない。ここでずっと閉じ込めさせてもらうわ」
「それは困る……頼んだ、ヨノワール!」

ユウヅキは手持ちから腹に大きな口を持つ灰色のゴーストタイプのポケモン、ヨノワールを繰り出す。
ユウヅキの前に出たヨノワールは、その一つ目を黒く輝かせ、『くろいまなざし』で炎の向こうのマフォクシーを捉える。
『くろいまなざし』を受けた相手は、技の発動者を倒さない限り逃げることはできない。
それを理解した上でプリムラはマフォクシーの『ほのおのうず』を解かない。否、解くことが出来なかった。

プリムラが最も恐れていたのは、ユウヅキにこのシャッターを突破されてしまうこと。スオウの元にたどり着かれてしまうことであった。

彼女には、自信がなかった。
大見栄切ったわりに、ユウヅキとの戦闘で勝利できる自信がなかった。
たとえメガルカリオしか使えなかったとしても、結果的にトウギリを打ち破ったユウヅキを止められるとは思っていなかった。
足止めさえできれば、少しでも疲弊させられれば上々だと彼女は思っていた。

プリムラは弱点を抱えていることをひた隠しにしていた。
それも間もなく見破られる。それが分かっていたからこそ、彼女は……ハッタリを重ねるしか、出来なかった。

「私、貴方に対して怒っているの」
「…………」
「ソテツのことも、アサヒのことも、とにかく色々とあるのだろうけど、その上で一番気に食わないことがあるわ――――ユウヅキ、貴方の走り方、おかしいわよ」

プリムラはユウヅキの身体を数か所指さし、次々と出ているであるはずの異常を言い当てる。
黙り込むユウヅキに彼女は診断を下していく。

「……貴方、普通に歩けないくらい、怪我を溜め込んでいる。ちゃんとした治療を最後まで行わずにサーナイトの『いやしのねがい』とかに頼り切っているでしょう。ユウヅキ、貴方に必要なのは隕石ではなくて、治療と休息よ」
「…………ソテツの言うとおりだったな」
「え?」
「どこまで……どこまで貴方たち<エレメンツ>はお人好し集団なんだ」

ユウヅキは、手袋をした手で、炎の壁を自ら触ろうとする。
しかし触れることは出来なかった。
なぜなら――――炎の方が、ユウヅキを避けたからだ。

事前にソテツから聞いていた情報の真否を確信へ変えたユウヅキは、迷わずヨノワールに指示を出す。
ヨノワールの体力の半分を引き換えにした技を、出させた。

「『のろい』」

その時、マフォクシーに実体のない“呪い”がかかった。
ヨノワールは、自分の体力の半分を対価に、マフォクシーの生命エネルギーをどんどん奪っていく呪いをかけたのである。

ユウヅキとヨノワールは、前に進み始める。『ほのおのうず』に向かっていく。
マフォクシーは苦しみながらも、炎を操り続けた。
プリムラが制止するも、彼らは進行を止めようとしない。

「……この『ほのおのうず』には、殺意も敵意が感じられない」
「やめなさい」
「マフォクシーがその気になれば、俺とヨノワールをとうに消し炭にできているはずだ。だがプリムラ、貴方はそれをしない。それは“できない”からではないのか」
「止まりなさい……!」
「だがおかげで、戦う相手としてこの上なくやり易い」
「火傷、するわよ!!」
「しないさ。特に貴方だからな」

『ほのおのうず』に切れ目が走る。その穴を通り、ユウヅキとヨノワールは難なく突破した。
それからプリムラとマフォクシーを背に、ユウヅキはヨノワールにシャッターを持ち上げるよう指示。大きな両手で、ヨノワールはシャッターを押し戻した。
呪いに苦しむマフォクシーをモンスターボールに戻すプリムラ。
彼女は、悔しそうにうつむいた。

「“五属性”なのに、ナメられるとか……最悪よ……」
「……誰よりも他人やポケモンの治療を行った貴方が、どう傷つけたらどういった怪我が残るか知っている貴方が攻撃を好まないのは、仕方ないことだと俺は思う」
「仕方ないで許されないこともあるのよ。嫌でも苦手でも、やらなきゃいけない場面はあるのよ!!!」

振り向き様に次のポケモンを出そうとするプリムラを、ヨノワールはその大きな両手で突き飛ばした。壁にぶつかり、ボールを落とす彼女に、ユウヅキは容赦なく突き付ける。

「プリムラ、貴方の言うことは間違ってはいない。けれど、貴方が優先するべきは戦うことではなく、傷ついた他のメンバーの治療だ。そのために生き残ることだ。退いてくれ」
「今……一番治療が必要なのは、貴方じゃない……貴方にもし何かあったら、アサヒが泣くのよ?」
「わかっている。でも立ち止まることは、それこそ許されないんだ」

それだけ言い残して、ユウヅキはプリムラに背を向けた。

「誰に許されないのよ……」

そのつぶやきは届くことなく、薄闇に消えていった。
遠くなっていくユウヅキとヨノワールの背中を見ながら、プリムラは通信機でデイジーに連絡を入れる。

「ゴメンね。やっぱり無理だった。突破されてしまったわ……」
『……あー、とりあえず無事そうならそれでいい。深く気にしすぎるなよ? まだスオウが残っている。あとはうちらのリーダーに任せようじゃん?』
「ええ……。私にはまだ、みんなの治療が残っているものね」
『そういうことだ。むしろ、よくキレず無茶をせず堪えてくれた。各員の回復、頼む』
「……任せて」

デイジーのフォローに、まだまだプリムラは自身の未熟を感じていた。
額から流れる汗をぬぐい、スオウの健闘と無事を祈りながらプリムラはハピナスを出した。
それから遅れてシャッターを突き破り飛んできたカイリューを、ハピナスで受け止めさせる。
自身を受け止められたことに驚きを隠せないカイリューに、プリムラは落ち着いた声で、なだめた。

「あんまり荒療治はしたくないから、貴方は大人しくしていてね」


***************************


ユウヅキとヨノワールが重い扉を開けてたどり着いたのは、先ほどまでの薄暗い通路とは打って変わって明るい円筒状の広い空間だった。彼らはさらに奥に続くだろう閉ざされた扉を見つける。
けれどもその前に立ちふさがる彼とアシレーヌを見つけ、ユウヅキたちは歩みを止める。

「早かったじゃねえか、ユウヅキ。だが、間に合うには遅かったな」

へらへらと、だが眉間にしわを寄せながらスオウはアシレーヌを引き連れ、扉の前から円筒の底の中央へと向かう。
同じくヨノワールと共に底に降り立つユウヅキに、スオウは親指で奥の扉を指さし、情報を与える。

「隕石はこの奥だ。ただし、その場所は俺しか開けられないようになっている」
「……親切に教えてくれるんだな」
「まあな。つまりは、だ。お前は否応なく俺と戦わなければいけないってことだ」
「…………それはこれまでと変わらないのでは……」
「変わるさ。俺たちのことは、ちゃんと最後まで打ち倒せってことだからな」

扉に向けていた指を自分に向け、スオウはユウヅキに言い聞かせる。

「トウギリやプリムラみたいにはいかないぜ。一応リーダーとして最後まで悪あがきさせてもらうつもりだ。だからお前も責任取れよ、責任者さんよ?」
「……分かった。容赦なく倒させていただく」

真顔で言い切ったユウヅキに、スオウは思い切り笑った。
それからキャップ帽を直し、名乗りを上げる。

「自警団<エレメンツ>“五属性”、リーダーを務めている“水属性”の王族。スオウだ。こっちも情けなんてかけないで、全力で行くぜ!」
「お前たちが俺をこの名で呼び続けるのは分かった……だから今だけ俺は、ヤミナベ・ユウヅキだ。<ダスク>責任者として、責任をもってお前を打ち倒して見せる……!」

両者が名乗りを上げると同時に、天井から数えきれないほどの水滴が落ち、人工の雨を作り出す。
雨のフィールドでは、水タイプの技が有利に働く。レインとの電脳戦を耐えきった<エレメンツ>“五属性”の最後のもう一人、“電気属性”のデイジーによるスオウへの援護であった。

先に動いたのは、ユウヅキだった。手負いのヨノワールに、彼はまず回復を優先させる。

「『ねむる』だ、ヨノワール」
「アシレーヌ、『うたかたのアリア』を畳みかけろ!」

スオウのアシレーヌが歌声の音波で水泡に圧縮されたエネルギー弾を複数操り、ヨノワールに向けて発射する。
眠りながらも耐え続けるヨノワール。雨のせいで『うたかたのアリア』の苛烈さは増していた。
じりじりとダメージが蓄積されていくヨノワールを見て、ユウヅキは二体目のポケモン、ゲンガーを繰り出し『シャドークロー』の黒爪で泡を切り裂かせていく。
ヨノワールがまもなく目覚めようとするタイミングで、ユウヅキは的確に指示。『くろいまなざし』でアシレーヌを見つめさせ、「にげられない」という強迫観念を植え付ける。

「ヨノワール、もう一度『ねむる』!」
「ちっ……寝させねえ! 『ミストフィールド』だ、アシレーヌ!」

アシレーヌの周囲から霧のフィールドが立ち込める。再び眠りにつこうとしたヨノワールを強制的に目覚めさせ、回復を阻止する。
しかし、アシレーヌがヨノワールの見せた黒い瞳の記憶に囚われていることは、変わりない。
ユウヅキは、逃れられないイメージに囚われるアシレーヌを、さらにゲンガーに追い詰めさせる。

「ならば……ゲンガー、『ほろびのうた』だ」

先ほどまで辺りに響いていた美しく妖艶な『うたかたのアリア』の歌声と相対的に不気味な歌が全体に広がった。
ゲンガー、ヨノワール、アシレーヌの三体ともに『ほろびのうた』の滅びのタイムリミットが迫る。
滅びの宣告のコンボを受けたスオウは……一切動揺していなかった。
それどころか、へでもないと鼻で笑い飛ばした。

「悪いが俺のアシレーヌに『くろいまなざし』は効かないぜ! アシレーヌ!」

スオウの意図をくみ取りアシレーヌは水流を纏い、宙を泳ぎ突撃。その素早さにゲンガーはかわしきれずクリーンヒットを許してしまう。
その接触の瞬間、プールサイドを蹴るようにアシレーヌはゲンガーを素早く蹴り飛ばした。

「振り切れ――――『クイックターン』!!」

その反動を利用してアシレーヌはスオウの放つモンスターボールの光線の中に飛び込み、中へと戻る。そして一切の隙なくスオウは二体目のポケモン、フローゼルを繰り出した。

アシレーヌは、『くろいまなざし』の呪縛を、植え付けられた意識を文字通り振り切ってみせた。
それは、『クイックターン』という技の特性もあるが、スオウの素早い対応もアシレーヌにとって逃れることへのためらいを振り払う勇気となったのである。


***************************


「戻れ、ヨノワール!」

スオウたちの士気の高まりを感じたユウヅキは、態勢を立て直すべくポケモンの入れ替えを行おうとした。
だが、それは許されない。

「フローゼル」

モンスターボールからの光線がヨノワールを捉える前に、それは起きた。
ワンテンポ遅れた2つの鈍い衝撃音に、ユウヅキは振り返る。
彼の視線の先には、背後の壁に打ち付けられ、戦闘不能に陥っているヨノワールがいた。

「な……!」
「『おいうち』だ――――逃がさねえよ!」

フローゼルの行動はスオウの指示とほぼ同時に行われていた。
逃げる相手への追撃をしていたはずのフローゼル。それがいつの間にかスオウの隣に戻り、雄叫びを上げる。
雨天の時に素早さが上がる『すいすい』を持っていたとしても、その動きはあまりにも早すぎた。
ゲンガーに残る『ほろびのうた』のタイムリミットを逆手に取られた形となる。
この場に残って攻撃させても自滅は免れない。逃げても『おいうち』でやられる。
どのみちゲンガーはここで力尽きてしまうのであった。
フローゼルの足に力が入ったのを見て、とっさにユウヅキはゲンガーの名を叫ぶ。

「ゲンガー!!」
「もう一度だフローゼル……『おいうち』!!」

腹をくくるゲンガー。
即座に間合いを詰める攻撃するフローゼルを、ゲンガーは逃げずに受け止めた。
そして――――両者共倒れになる。
そのまま両者とも、起き上がる気配を見せなかった。
スオウは、何故フローゼルまでもが倒れたまま動かないでいるのか、判断が追いつかないでいた。

「フローゼル? おい、フローゼル!?」
「ゲンガー……すまない。ヨノワールも、ありがとう」

謝罪と礼を言いながら、戦闘不能になったゲンガーとヨノワールをボールにしまうユウヅキ。
その態度から、スオウはゲンガーが何を仕掛けたのかを悟る。

「『みちづれ』にしやがったのか……!」
「ゲンガーが自発的に、な……」
「そうか……フローゼル。サンキューな……」

スオウがフローゼルを戻し終えたのを見計らい、ユウヅキは次のポケモンの入ったモンスターボールを構える。スオウも同じく、モンスターボールを構えた。
ふと、ユウヅキがスオウに問いかける。

「スオウ、何故お前は俺を狙わない?」
「トレーナー狙いは弱い奴のやることだからな……っつーのは建前だが。そうだな……狙ったら狙ったで、やりかえされるからだろうな。俺からあんまり仕掛けないのは」
「そうか。だがそれでは、ポケモンのみ傷ついていくばかりにならないか」
「かもな。じゃあ俺らも殴り合うか?」
「……お前に何かあったりしたら、隕石を手に入れられない可能性が出てくるからな……なるべくそうならないように無力化したいのだが俺は」
「そうかい。だったらユウヅキ、お前こそなんで……」

言葉を区切り、相手の出方を伺いながらスオウは慎重に言葉を選ぶ。
暫しの逡巡の末スオウは、もっとも警戒しているユウヅキの手持ちのポケモンの名を出した。

「なんで、ダークライを出さない?」


***************************


ダークライのことを問われたユウヅキは、話題をずらしながら返事をする。

「『ミストフィールド』を使い、『ダークホール』対策をしておきながら、よく言う」
「へえ、対策を警戒して出さないんだな。だったら楽をさせてもらえるがー……なんか妙に誤魔化されている気がするな……」
「…………本当はなるべくこいつには頼りたくはないんだ。だが、そう言ってはいられないようだな」

どこか諦めたように目を伏せ、ユヅウキはボールを持ち替えて投げる。
彼の動作を確認したスオウも振りかぶってモンスターボールを投げた。
雨の中、暗黒のシルエットがゆらりと姿を現す。
そのポケモンの名はダークライ。かつてスタジアムでスオウたちや観客を含めた大勢を悪夢へ誘ったポケモンである。
ダークライに立ち向かうスオウが出したポケモンは、大きな甲羅に二つの砲台をつけたカメックス。

スオウは下げていたペンダントの蓋を開け、中に入っているキーストーンに指をかざす。
カメックスも腕に巻いたバングルにはめ込まれたメガストーンに触れる。

「我ら“雫”の印を預かる守護者……其の蒼き恵みの雨を以てして、すべてを押し流す! メガシンカ!!」

高らかで堂々とした口上を述べると、ふたりの絆が繋がり、光を帯びる。
雨風が勢いを増す中、輝く殻を破ったカメックスの姿が変わり、さらに大きな砲台を背に背負ったメガカメックスとなった。

『メガランチャー』という武器を背負ったカメックスは、その砲身をダークライへと向け足に踏ん張りをきかせる。

「先手必勝行かせてもらうぜ! カメックス『だいちのはどう』!」
「そうはさせない。『あやしいかぜ』で吹き飛ばせダークライ!」

後手の指示に回ったがユウヅキは的確にダークライへ技を出させる。ダークライの背後から流れる『あやしいかぜ』が、雨粒とともに吹き荒れ霧をかき消していく。『ミストフィールド』の大地の恩恵を受け損ねたメガカメックスは、ノーマルタイプの波導砲を発射せざるを得なかった。
しかしフィールドをかき消すのに集中したダークライは、メガカメックスの攻撃の射線上に居た。
致命傷は与えられなくとも避けることは困難だ。そうスオウとメガカメックスは考えていた。

「やれ」

ユウヅキはそれだけ言うと手を正面にかざす。ダークライも同じく片腕を突き出す。
それだけの動作で、波導砲の光線が――――ダークライの目の前で二つに裂けた。
スオウにとってそれは信じがたい光景であった。

「何が起きた、くそっ! カメックス!!」

確認するべく彼はメガカメックスに『はどうだん』を撃つよう指示。
距離をとっている以上、遠距離攻撃の波導の追尾弾を撃つためのチャージはたやすい。そのはずだった。

突き出した腕を、ふたりが斜めに払うように切り裂く。
刹那。スオウたちとユウヅキたちの距離が、“狭まった”。
いつのまにか目前に迫っていたダークライは、その掌底をメガカメックスの甲羅の腹に当て、

「撃て」

ユウヅキの許可を得たダークライは、何かを確かに放った。
その放出されたものを受けたメガカメックスの動きが……一寸たりとも“動かなくなる”。

「どうした? カメックス?!」

スオウの呼びかけにメガカメックスは反応しない。まるで石像のように立ち尽くすメガカメックスにスオウは近寄ろうとした。
ユウヅキはそんな彼を見て、その行動を止めさせようと口を開く。

「……傍に行くのは止めておけ」
「? だがカメックスが――――なっ?!」

ユウヅキの制止は間に合わなかった。
カメックスの動きが再開した瞬間――――爆発的なスピードでメガカメックスが弾き飛ばされ壁にめり込む。そしてメガシンカが解除されると同時に、前のめりに倒れこみ落下した。
衝撃に巻き込まれたスオウは右腕に傷を負った。唸るスオウを見て、ユウヅキは目を伏せ降参を促す。

「……こいつと共に戦うと、どうにも加減が出来ないんだ……その怪我でまだ続けるのか、スオウ」
「俺のことは、倒せと言っただろ?」
「ああ。だが殺せとはいっていないはずだ」

雨に打たれながら、腕の痛みに耐えきれずスオウが膝をつく。
彼はユウヅキの険しい顔を睨み上げて、震えるアシレーヌの入ったボールを、左手で押さえつけた。
スオウはアシレーヌがダークライと戦おうとするのを、避けた。避けてしまった。

「……ちっ、降参だ。タネが判らない以上、続ける気にはならねえよ……っ!」
「賢明だ。では、渡してもらおうか」
「くそ……わかった、ついてこい」

カメックスを回収して腕を引きずりながらスオウは立ち上がり、ユウヅキとダークライを扉の中へと案内する。
その場所にたどり着くまでに、誰に言うでもなく、スオウは震える声で零した。

「結局……なるようにしか、ならないのか?」

痛みを伴うスオウの言葉を、ユウヅキはまっすぐに受け止め、返した。

「……俺は、違うと思いたい。何もしないまま諦めるつもりはないし……少しでも、変えたいからな」
「けっ、そうかい」

ユウヅキの言葉にわずかに口元を緩め、スオウが負けを認めた。
それが意味するところは、自警団<エレメンツ>の、敗北だった。


***************************


やがてユウヅキたちの前に、それまでとは雰囲気の違う扉が現れる。
その近未来的な印象を持つ取っ手のない扉らしきものの正体をスオウは簡素に説明した。

「ここ【エレメンツドーム】は、ヒンメル王族の避難シェルターも兼ねていて、この先には文字通り王家の者だけが入れるってことだ。どういう仕組みかはよく知らねえが、生体認証とか、そういったものの類らしいぜ。ヒンメル王家の保有する古代技術のオーパーツの一つだ。このシェルターは。登録されてないとゴーストポケモンでもすり抜けては中に入れない仕様になっている」
「なるほど……お前が居なければ開かない、そういう予定か。罠の類はついているか」
「一応ないはずだ」
「そうか」

スオウに確認をとった後、ユウヅキが手袋を取り、素手でその扉に触れた。
すると、認証が開始され、青いラインが扉の溝に広がっていく。
程なくして、重い音と共に扉は開かれた。

「おいちょっと待て、なんで開く??」
「それは……俺がスオウ、貴方の従弟だからだ。まあそれは今となってはどうでもいいことだが」
「はあ?!?! どうでもよくねえよ!!!! てことは叔父上の……」
「だから最初に言ったんだがな。俺は“ムラクモ・サク”としてここに来た、と……」
「ムラクモ……ああ……叔父上がたびたび城を抜け出しては会いに行っていたムラクモ・スバル博士の……そういう関係だったのかよ……!」

とてつもなく大きいスキャンダルを目の当たりにしたスオウは混乱していた。「いやダメだろこの王家、擁護出来ねえ」とつぶやき続けるスオウにユウヅキは、咳払いを一つしてスオウの視線を集めさせる。

「正直俺はヒンメル王家には一切興味ない。だからこのことは公表する気は全くないし、むしろ俺にとってはこの血筋は足枷でしかない……呪ってすらいるほどに」
「ユウヅキ……お前」
「だが俺は、この世に存在してしまった罪とやらを背負わなければならないらしい」

扉の内に置かれた隕石の入ったアタッシュケースとその中身を確認するユウヅキ。
あまりにも他人事のように自身のことを語るユウヅキにスオウは、率直な疑問をぶつけた。

「それは、本当に罪なのか……?」
「わからない。でもそれは俺が背負わなければいけない。他の者に背負わせるわけにはいかない」

その「他の者」にアサヒが含まれていると、スオウは読み取る。
他の要因も多々あるが、そう読み取ったからこそスオウは、ユウヅキのことが憎み切れなかった。


もどかしく思うスオウの通信機に、連絡が入る。
負けてしまったと状況を伝え謝るスオウの耳に、デイジーから新たな脅威が迫っているとの知らせが届く。
ダークライと共に踵を返すユウヅキを追って、スオウは腕を抑えながら現場に駆け付ける。
誰の姿も見かけないまま、彼らは開通されていた正面玄関から外に出た。
そして、暗闇の中スオウは目の当たりにする。

【エレメンツドーム】の前で大勢の<ダスク>と思わしきメンバーとポケモンに囲まれている自警団<エレメンツ>の団員たちを――――


***************************


群衆の先頭に立ちユウヅキとダークライを迎えに来たのは、茶色いボブカットの女性、サモンであった。
彼女はユウヅキをサクと呼び、声をかける。

「遅かったね、サク」
「サモン……これは」
「キミがレインと二人で乗り込んだから、ボクがみんなを引き連れて援軍に来たんだよ」
「ここまでするとは打ち合わせていなかったはずだが?」
「そうだね。でも都合がいいじゃないか」

数を前に萎縮する自警団<エレメンツ>。そのメンバーを見渡しながらサモンは誇張を交えて事実を突きつける。

「自警団<エレメンツ>はもうダメだね。たとえ相手がサクとレインだとしても、たったふたりにここまでの損壊を与えられてしまい、隕石も守れないときた。こんな彼らに、果たしてこの地方を守っていけるのかな。ここはボクら<ダスク>が協力するべきではないのかな―――――どう思う?」

サモンは振り返り、<ダスク>のメンバーに意見を求める。
どよめきの中、大きな帽子を被った銀髪の彼女、メイが嫌味を言いながら賛同する。

「いいんじゃないの? 役立たずの<エレメンツ>の力にでもなんでもなってあげれば」

メイの言葉を皮切りに、どんどん<ダスク>のメンバーの意見が固まっていく。
そのざわめきの中、カイリューの手当をしているレイン、それからハジメやユーリィは黙ったままだった。

「そうだね。じゃあそういうことみたいだサク」

後は任せる、と言うようにサモンはユウヅキに選択肢のない選択権を委ねる。
ユウヅキは無表情を貫きつつ、沈んだ声でスオウの怪我していない左手を自ら差し伸べた。

「<エレメンツ>リーダーのスオウ。一緒に“闇隠し事件”で失った者を取り戻そう」
「ユウヅキ、てめえ……」

彼ら自警団<エレメンツ>には、意見を挟む余地も拒否権も残されていなかった。
これは紛れもなく、<ダスク>による<エレメンツ>の乗っ取りであった。
ダークライは静かにその悪夢のような現実を見続ける。

ユウヅキの手をまじまじと見ながら、スオウは静かに、だがはっきりとした声で問いかけた。

「アサヒはどうするんだ?」
「彼女は<エレメンツ>ではない。そうだろう?」
「あくまで遠ざけるのか?」
「ああ。アサヒに捕まえられ、止められるわけにはいかない。それは変わらない」
「本当にお前はそれでいいのか、ユウヅキ?」
「それで、いい……頼む」

聞こえ方によっては懇願に聞こえる声を発するユウヅキ。その真昼の月のような白銀の瞳は揺らぐことを許されないまま、スオウを見つめ続けた。
スオウは、背にした<エレメンツ>メンバーの不安そうな息遣いを感じ取り、個人の感情ではなくリーダーとして皆を守るために、屈辱ごと受け入れた……。

その様子を見届けたサモンはトウギリにわざわざ視線を向け、この場に居ない彼女の、ココチヨのことを宣告する。

「と言うわけだ。蝙蝠の彼女にもうキミは用済みだと伝えてほしい」
「……!」
「ああゴメン、そんな怖い顔しなくても大丈夫だよ。あくまでパイプ役はもう意味をなさないということだ。ただ<ダスク>の中では居心地は悪いだろうけど、そこは甘んじて受け入れてほしい」
「…………わかった」

慎重に受け答えするトウギリに、「理解が早くて助かるよ」とサモンは小さく零す。
うかつに動いたらトウギリの恋人であるココチヨがどうなるかわからないとサモンは匂わせたのであった。

やることはやった。と言わんばかりに息を吐くサモンは、締めくくりにわざとらしくユウヅキに……サクとしての彼に確認をとらせた。

「さて、サク。“赤い鎖のレプリカ”の材料は揃った。とうとう【オウマガ】に行く時だ」
「…………」
「キミの責任を果たす時が、ついにやってくるというわけだ」
「そうだな」
「<エレメンツ>と協力体制になった今、もう障害はないと言っていい、だから他のことはこちらに任せて――――」

その期待を込めた瞳を伏せて、サモンは。<ダスク>の彼女たちは。

「――――安心して行ってくるといいよ」

ヤミナベ・ユウヅキを、ムラクモ・サクとして送り出した。
因縁の地【オウマガ】へ。
まるでこれから神の供物となる人を見送るように。

その眼を向け、「行け」と命じた――――




――――彼の悪夢は、まだ終わらない。


***************************


「これは、まずいね……」
「どうする、ヨアケ」
「うーん……どうしよう、ビー君」

【エレメンツドーム】の周りを囲む大勢の人だかりやポケモンたちを遠目に見て、私たちは自警団<エレメンツ>のみんなが窮地に立たされていることを悟った。
そして、今の私たちだけじゃどうにもできないことを、痛感する。

「何かしら連絡が取れるといいのだけど」とアキラ君がつぶやいた時、ミケさんの側らに居たロトムが反応した。
彼に連れられていたデイちゃんのロトムが何かを察知し、私の携帯端末に潜り込む。そして、おそらくデイちゃんが発信したメッセージを受信して表示し始めた。

『エレメンツ ダスクニ ノットラレ インセキ ウバワレタ
ヤミナベ ユウヅキ オウマガ ムカウ
アサヒ ビドー オイカケロ ソシテ トメテクレ』

……メッセージは、そこで途絶えた。
不安そうなロトムに「メッセージ受け取ってくれてありがとう。デイちゃんたちなら、大丈夫だと今は信じよう」と励ます。ロトムは端末の中で頷き、しばらく黙り込んでしまった。
メッセージをみんなに見せると、ビー君とアキラ君がやり取りをする。

「【オウマガ】……っていうと、ヒンメル地方の西の外れ、だったよな。大分遠くだな」
「ああ、そしてギラティナを祭る遺跡の近くある町だ。僕たち、正確には<スバル>が“赤い鎖のレプリカ”を使い……【破れた世界】への調査を行うために拠点にしようとしていた場所でもある」
「そこにヤミナベが隕石を持って向かったってことは……」
「おそらく、ギラティナ召喚のためにディアルガとパルキアを呼び出し、“赤い鎖のレプリカ”を使うプロジェクトの最終調整に向かっているはずだ。ただ」

そこで言い淀むアキラ君。少し悩む素振りを見せた彼は、ハッキリとした口調で続きを言った。

「ただ、破れた世界に行ったものが無事に帰ってくる保証がない。これは、行き来が大変だとかだけではなく。何かしらの要因で帰って来ても目覚めぬまま植物状態になっている人もいた。ユウヅキの親族で過去に【破れた世界】の調査をしていたムラクモ・スバル博士は今も【スバルポケモン研究センター】の地下で眠り続けていたんだ。このままじゃユウヅキがそうなる可能性もある」
「……それだけじゃないよ、アキラ君」
「アサヒ?」
「ソテツ……さんが言っていたけど、そもそもディアルガとパルキアに“赤い鎖”を使うこと自体、危険が大きいって。たぶんそれをやらされるのは、ユウヅキだと思う。ユウヅキはそういう意味でも、過去の“闇隠し事件”を引き起こした責任をとるつもり、なんだと思う。たった一人で……」

ユウヅキの身に迫る危険を感じ、黙り込む私とアキラ君。
アキラ君が私とユウヅキのことを怒りつつも心配してくれているのは、解っていた。
でも、私は分かった上で彼を本当の意味で巻き込めてはいなかった。

(全部打ち明けられたら、どんなにいいのに。でも、それは出来ない……)

……ビー君にも、アキラ君にも言えなかったけど、ユウヅキがそうせざるを得ないのは、私に原因があった。
でもそれを言ってしまったら、どうなるかわからない。
私も、そしてユウヅキも無事でいられる保証はない。
伝えるなら、うまく伝えないといけなかった。でも、その方法が思いつかないまま、刻々とタイムリミットは迫っている。

頼ってくれってビー君は言ったけど、どうしてもその一歩を踏み出す勇気が私は持てなかった。
そんな内心を知ってか知らないかは定かではないけど、ビー君は私を励ますように、言ってくれる。

「止めよう。ヤミナベの野郎を。連れ戻そう、で、とっちめてそんな危険の多い馬鹿なことやめろって、そう説得すればいい」
「……そうだね」

ありがとう。とまでは言えなかったけど、心のうちで強く念じて彼を見つめる。
気恥ずかしいのかすぐ目を反らすビー君に、忘れかけていた笑みを思い出す。
最初は危なっかしいって思っていたけど、振り返ってみれば本当に私の方がビー君には助けられてばかりだ。
私も相棒として、ビー君のラルトスを取り戻すためにもっと頑張りたい。
そのためには、まず、ユウヅキを止めるために【オウマガ】に向かわないと……。

「さて、いつまでもここに居てできることはないでしょうし、移動しましょう」

話がまとまったのを見計らいミケさんは、そう提案する。
孤立無援になった私たちと<スバル>に居た他地方の研究員さんたちは、ミケさんの提案で彼が今住んでいる【ソウキュウ】の拠点、国際警察のラストさんの元に転がり込むことになった。
ラストさんは少しだけ驚く素振りを見せた後、行き場のない彼らの保護を引き受けてくださった。
彼らのことは、たぶんラストさんがなんとかしてくれると思う。

その時、ラストさんは【オウマガ】に行く最短ルートを教えてくれる。

「――――【オウマガ】に向かうのなら、ハルハヤテに乗ると良いでしょう」

それは、かつて私とユウヅキが乗った、特急列車だった……。






つづく


  [No.1688] 第十四話 シザークロスへ贈るエール 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/09/29(Wed) 22:15:30   3clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

<ダスク>に自警団<エレメンツ>が乗っ取られたらしいという話をうわさで聞いた。
けれど、あたしたちにとって劇的な変化があったかと言えば、そうでもなくて。
<エレメンツ>はいつものトラブル対応とかしてくれているので、はたから見ると本当にそんなことあったのかな? と思うくらいに目立つ変化はなかった。
大きく変わったことと言えば、“ポケモン保護区制度”を無視する人が増えたってことくらいかな。
ただ、一時は気弱だったジュウモンジ親分はそのことに強く警戒を示していた。

「ポケモンはただゲットすりゃあいいってもんじゃねえんだよ。ゲットしたうえでちゃんとソイツと付き合っていく、向き合っていくのがトレーナーとしての最低条件だ。その覚悟もねえくせに捕まえる奴らが、俺は一番気に食わねえ」

そう。あたしたちはポケモンの幸せを願って義賊団<シザークロス>をやっている。
一方的な考えの押し付けって言われるとその通りなのかもしれないけれど、それでもあたしたちはこの意見を曲げる気はない。
結果的に、<シザークロス>の活動は増えていった。あたしもピカチュウのライカと共に、不条理にさらされているポケモンたちの助けになるべく、頑張った。めちゃめちゃ頑張った。
頑張りすぎたくらいに、頑張った。その結果。


義賊団<シザークロス>は目を付けられることになる。


じわりじわりと足音を立てずに近寄ってきていた“変化”に、あたしたちは呑み込まれていくことになった。


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<国際警察>のラストさんの協力で、【スバルポケモン研究センター】に他地方からやってきていた調査団のメンバーの方々は、無事に混乱の中にあるヒンメル地方を抜け出せそうであった。
ただ……アキラ君はそれを望まなかった。

「この状況で君たちを置いて他地方へ逃げろと? 冗談にしてはタチが悪すぎるよ」
「それはそうだし残ってくれるのなら頼もしいが……けど、いいのか? アキラ君」

ビー君の心配はもっともだった。今のヒンメル地方はかろうじて安定していたこの間に比べて、いつ何が起きてもおかしくない……言ってしまえば危険度が跳ね上がった、緊張した状態だった。
そのことを私が伝えると、アキラ君は「尚更だ」と言って眉間にしわを寄せた。

「その危険の真っただ中にいる友達を放っておけるほど、薄情にはなりきれないね……それは、逆の立場でも同じだろ?」
「そうだね……ありがとう。アキラ君が居てくれると、正直心強い」
「出来る限りサポートはするけど、期待はしすぎるなよ。あと……」

言葉を区切って彼はメガネをかけ直す。彼は眉間のしわを緩めて、静かな……優しさをこめた声で私に助言をくれた。

「言わせてもらうけど、君、あれこれ考えるの向いてないからやめた方がいいと思う。何を悩んでいるのかは知らないけどね」

アキラ君は気づいていたのだろう。私がまだ何かを隠して、悩んでいることを。
それを悟った上であえて聞かずに、こういった言葉をかけてくれるのは、なんて言ったら良いのか……。
とても、とても……感謝と申し訳なさが同居していた。

私は見抜かれているのを承知の上で、感情を誤魔化し小さく頬を膨らませて訴える。

「それって私が頭使うのが苦手っぽく聞こえるよアキラ君」
「感情や勢いに任せた方が得意だよね」
「むむむ……」

完全に言い負かされる私を、ビー君は珍しいようなものを見る目で見ていた。え、そんなに珍しいかな。

「とにかく、僕も一緒に【オウマガ】に行くよ」
「それは困ります」

そう申し出てくれたアキラ君を引き留めたのは、私でもビー君でもなく……<国際警察>のラストさんだった。
彼女はパートナーのデスカーンの棺を磨きながら、アキラ君の私たちへの同行を許可しなかった。

「時間がないとはいえ……“赤い鎖のレプリカ”を用いたプロジェクトの内容を詳しく知っている貴方の情報と発言を、私たちは必要としています。それこそ外部からヒンメルへ干渉するために。そのために、貴方には私とミケさんと一緒に来てもらいたいですね」
「……その必要は本当にあるのですか」
「少なくとも、今の貴方の手持ちの“フィールドワーク用”の技構成で共に行くより、アサヒさんへのサポートになりますよ」

ラストさんと共に、デスカーンも彼を覗きこむ。考え込むアキラ君に私は、ラストさんの言うことの方も理があると思うことを伝える。

「外への協力要請の手伝いはアキラ君にしか、頼めないことだと思う。だから、その先に行っているね」
「……分かったよ。終わったらすぐに向かう。アサヒ、くれぐれも気を付けて。ビドー、頼んだ」
「頼まれた。俺も、その……頼りにしている」

ビー君の素直な感情表現にわずかに面食らうアキラ君。逆にアキラ君は素直になり切れずに、こう零していた。


……頼りないなあ。と。


***************************


目の前の特訓相手に「集中してないね、どうした?」と聞かれる。
俺とゲコガシラのマツは……元自警団<エレメンツ>の、ということでいいのだろうか? 分からないがとにかく現<ダスク>メンバーのソテツと彼の手持ちであるフシギバナと【オウマガ】で特訓をしていた。
【オウマガ】へはサクのサーナイトの『テレポート』でやって来た。
一度に運べる人数に限りがあるのだが、その中に俺とソテツも選ばれていた。プロジェクトに関与できない戦闘員の俺たちは、その合間の時間を特訓に当てていた。
まあ特訓、と言うにはあまりにも一方的な蹂躙を何度も繰り返されていたのだが。落ちぶれてもエース。強い。

「顔に出ているぜハジメ君?」
「そうだろうか」

誤魔化す俺にわざとらしい大きい溜息をついたあと、「あとバトル50セット追加ね」と容赦のない言葉を発するソテツ。その口元はへの字であった。

俺から見てもソテツは以前のように笑うことは少なくなった。
でも俺はどちらかと言えば、このなじってくる彼の方が、どこか人間味があって親しみやすいと感じていたのだろう。

「……やっぱり、妹さんやその友達と、ココチヨさんとかのことが気がかりかい? 今はだいぶ風当たりが冷たいようだし」

フシギバナの『つるのムチ』を見切ろうとする俺とマツ。マツの『アクロバット』の動きで翻弄しようとしても、俺が蔓をかわしきれないことが多くなかなかマツに次の指示に繋げられない。
かろうじて出したマツの『みずのはどう』をポケットに手を突っ込みながらもひらりとかわしていくソテツ。
その間にもフシギバナの蔓に足を取られ逆さ吊りにされる俺。む……なかなかうまくいかない。

「気にならないと言えば、嘘にはなるだろう。しかし、悩んでいるのはそこではない」
「というと?」
「おそらく俺はリッカ……妹の言葉に、迷っているのだろう」
「迷い、ね。それは戦いの判断を鈍らせる……よければ話してみなよ」

フシギバナが俺の足を離した。落下する俺は空中で態勢を変え、着地する。
ずれたサングラスをかけ直し、俺は己とマツの傷の手当をしていきながら悩みをソテツに打ち明けた。

「俺たちは、間違った方向性に進んでいるのではないだろうか……そう最近迷っている」
「……何でそう思う? <ダスク>の目的までもう少しだろ?」
「ああ。だがその目的のための手段がどこかで歪み始めている。いや、違うな」

一度仲直りして、徹底的に話し合ったときの記憶が呼びこされる。
しっかりと記憶に刻み付けたリッカの言葉を思い返す。

『ハジメ兄ちゃん。私は……なんだかうまく言えないけど、違うって思うんだ。こんなみんなが不安になるやり方は、違う』

マツの瞳をじっと見た。視線には、焦燥感と緊張が混じっている。
それを見てしまったら、もう思考は引き戻せなかった。

「……おそらく最初から間違っていたのだろう」
「最初から、ねえ……」
「お前は<ダスク>が<エレメンツ>を制圧してしまったあの場にいなかったが、あの時の様子は酷いものだった。あの場にいた<ダスク>のメンバーがどれだけ自分の意思で動いていたのだろうか。あの場にいたどれだけが自身のしでかした行為に責任を理解して持っていたのか――――俺にはわからない。しかし、言えることがあるとすれば、あえて言うのならば」

「俺たちは現在進行形で、責任者のサクに責任をなすりつけ過ぎたのではないのだろうか?」

サクは一切の抵抗をせず、責任という名で隠した様々なものを受け入れてしまう人物だと、俺は考えている。
それは彼の本質がそうさせているのだろう。
だからこそ、俺たちはサクに甘え過ぎたのだ。たとえサクの過ちで現状が生まれてしまったとはいえ、自分たちの願望を叶えるために何年も彼を犠牲にし続けてきた。

それこそ過ちではないだろうか?

ソテツは、フシギバナを撫でつつ「その気持ち、わからなくもないよ」と俺の意見に同感してくれた。正直意外である。
彼は遠い過去を振り返るように、俺と出会った日のことを語った。

「以前、“この国の民を全部救いたい”って望んだハジメ君にビドー君が言っていたね。“信じてついてきてくれた仲間一人すら救えないで、何が全員救うだ……矛盾しているぞ”ってね。キミの中の全部ってヒンメルの民だけでなく、実はサクのことも含まれていたのかもね」
「…………」
「<ダスク>がサクに、ヤミナベ・ユウヅキに責任を押し付けたように、<エレメンツ>も……オイラもアサヒちゃんに色んな感情を押し付けていたんだ。そいう言う意味では同じ穴の狢だね。オイラも、ハジメ君も。みんなも。全員正しくはなかったのだろうよ」
「ソテツ……」
「……ハジメ君。オイラたちは何のために戦っているのだろうね」
「……取り戻したい、守りたい者がいるからだろう」
「そうだね、だったら迷うにもずっと迷ってばかりでは、いられないんじゃないかな。間違っていたとしても、間違えてでも取り戻すために戦う覚悟も必要なのかもね」

ソテツはわずかに目を細め、口元を歪める。
俺の迷いを、彼はあえて止めることはしなかった。

「これはオイラの経験談だが、迷いながら戦うと負けやすい。だったら今のうちに迷って、戦う時は迷わず思い切り戦えるといいのかもね」
「誰と?」
「誰が相手でもだよ。そうなりそうな相手に心当たりはいるのだろ。じゃなきゃあこうして特訓していない」

思わず俺も笑みを作ってしまう。まったくもって、その通りだと思った。
頭の隅にちらつくのは、ビドーとルカリオの姿。
俺の前に立ち塞がるとしたら、彼らしかいないと思う俺がいた。
彼らには恩があった。しかし、俺にも“家族を取り戻したい”という引けない理由がある。
衝突するのは、ある意味必然だという予感があった。

「いいねえ、ライバル。切磋琢磨ってやつだ……おや?」

茶化すソテツが目を見開く。
――――マツの姿が、光に包まれていた。
姿を変えていくマツと目が合う。
迷いは振り切れてはいない。でも、一つの覚悟は決まっていた。
たとえ正しくなくとも、悪党だろうが……譲れないもののために戦う、と――――

「アイツらなら、まだ戦いを諦めてはいないだろう。だったら俺たちも引き下がるには、まだ早い。そうだろう、マツ?」

大きく一つ頷いたマツの姿は、ゲッコウガへと進化していた。
水で出来た手裏剣を構えながら、俺とマツはソテツとフシギバナに向き直った。

「さあ、特訓の続きをやろう」


***************************


特急列車【ハルハヤテ】に乗るために、俺のサイドカー付きバイクとはしばらくの別れとなった。
ヨアケが、名残惜しそうにバイクとサイドカーを見つめる。
駐車場にしまわれたボロボロのバイクを見て、時間がある時にちゃんとメンテナンスしてやりたいなと思った。

準備も含めヨアケと共にしばらくぶりにアパートに戻る。人気がない中、俺たちはそれぞれの部屋に旅の支度をできるだけの準備をしにそれぞれの部屋に向かった。
扉を開けようとして、気づく。

「なんだこれ?」

俺の部屋の前に小包とチギヨのメモが置かれていた。
チギヨもハハコモリも、ユーリィとニンフィアの姿もないアパートの中で俺はそのメモを読む。

『ビドー。俺とハハコモリは心配だからユーリィたちを探しにしばらくアパートを留守にする。もし帰って来ていたら、出迎えてやれなくてすまねえってアサヒさんにも伝えてくれ。こんな状況だから無理はするな』
「……世話焼きすぎなんだよ、お前は……こっちの心配はしなくていいのに」

アイツの声を思い浮かべて、思わず苦笑してしまう。きっとアイツは、いつも俺たちのことをずっとどこかで心配して、気にかけてくれていて……ちょっとはしっかりしたところを見せてえなと思うも、やっぱりまた心配かけてしまうのだろう。
今回はそれが特に予感できるだけに、複雑だった。
クリップに挟まれた二枚目のメモを読む。そこには意外な人物の名前があった。

『追記。お前宛てに不思議な贈り物が届いていたぞ。送り主は<エレメンツ>のトウギリさんだとさ。ちゃんと受け取っていることを、願っている』

トウギリから? 何だ?
小包の包装を取り、中身を確認する。そして添えられた一言のメッセージカードの字を読み、

託されたモノの大きさを知る。

『ビドー、お前にこれを預ける。使い方には気をつけろ。必ず無事に返しに来い』

「……確かに、確かに預かった。約束する。必ず返しに行くと」

距離的に届くはずのない声と感謝を込めた波導を出す。
それはある意味、一つの誓いだった。
全てが思うようになんとかなるとは思えない。でも、必ずまた帰ってくるために頑張ろう。
そういう、決心を込めた誓いだった。


***************************


王都【ソウキュウ】より西に少し行った駅に、特急列車【ハルハヤテ】がやってくる。
急な乗車なので自由席しか座れなかった。次の出発まで昼飯の駅弁などを食べつつ待っていると、隣から「ぐーぐー」という寝息? が聞こえてくる。
その音を発しているのは空色のショートボブの丸眼鏡の女性だった。外見年齢的には俺と同じぐらいだろうか。
あまりの熟睡っぷりにヨアケが思わず心配する。

「この人、寝過ごさなければいいのだけど……」
「ぐーぐー。 大丈夫ですこれはお腹の虫なので私は起きています」
「えええすみません……! って、本当に大丈夫?」

腹を空かせた彼女は、虚ろな目でヨアケのテーブル台に置いてある珍しい汁物をじっと眺める。

「お味噌汁…… ネギたっぷりのお味噌汁……」
「おにぎりもあるよっ。良かったらどうぞ……!」

カップの味噌汁と間食用かと思われるおにぎりを見ず知らずの女性にあげるヨアケ。
てかおい、どこから出てきたそのおにぎり。駅弁で足りなかったのかヨアケ……食べ過ぎると吐くぞ……。

女性はキチンと「いただきます」と「ごちそうさまでした」を言っておにぎりと味噌汁をしっかりと平らげる。それからヨアケに向き直り、礼を言った。

「ありがとうございます。あなたのお陰で助かりました」
「いえいえ。困ったときはお互い様だよ」
「そうですか。よろしければお名前を伺ってもいいですか」
「あ、うん。私はアサヒ。ヨアケ・アサヒです」
「了解です。私はアサマ・ユミです。呼び方はご自由に」
「じゃあユミさんで」
「わかりました」

ヨアケのコミュニケーション力の高さを目の当たりにしていたら、何か違和感を覚える。

(何だ、この波導は)

音で言うなら、ノイズが混じったような波導。
少なくともこの車両にいる乗客のものではなかったけど、【ハルハヤテ】の中からそのブレているが強い波導は感じられた。
確証はない。でも、これは、この波導は。

おそらく俺の知っている誰かであった。


――――怪獣のような声が、轟く。
思考の集中を遮る声。外の方でなにか騒ぎが起きていた。


***************************


何事だ。と、慌てて俺とヨアケは車外に降りて、声の主を見つける。
まだ発射していない【ハルハヤテ】の進行方向の線路。立ちふさがるように居たのは……頭部に斧のような牙がついたオノノクスの背に乗った、義賊団<シザークロス>の青バンダナ野郎だった。
確かトレーナーのあいつはテリー。そうアプリコットに呼ばれていた気がする。

「<シザークロス>のテリー? なんでお前がここに?」
「配達屋ビドー……? 悪いが【ハルハヤテ】はこのまま行かせないぜ」
「それは、困る。頼む、やめてくれ」
「頼むな。そして俺を止めるな」

オノノクスもテリーもすさまじい気迫だった。それと同時に俺たちのことはあまり見えていないようだった。
意識を【ハルハヤテ】に集中させ、テリーは行動を開始する。
奴は……【ハルハヤテ】への攻撃を始めやがった。

「先手必勝! いくぜドラコ、『ダブルチョップ』……!」
「! させるかよ! 任せた!」

とっさに投げたモンスターボールがテリーとオノノクスの間に入り、開かれたボールの中からエネコロロが飛び出す。
俺の意図を汲んでくれたエネコロロはすかさずその技を割り込ませてくれた。

「『ねこだまし』!!」

弾ける音と共に怯むオノノクス。そこにヨアケが出したラプラスのララの追撃、『こおりのいぶき』が吹きかけられる。

「させるかよ」

テリーはオノノクスのドラコをいったんボールに戻し、身軽なバク転で冷気の息吹をかわす。着地と共に、彼は次のポケモン、四つの翼を持つクロバットを繰り出した。

「クロノ、エネコロロに『シザークロス』」
「しゃがめ!」

クロノと呼ばれたクロバットが高速で弧を描きながら飛び、十字切りをエネコロロに叩き込む。
寸でのところで屈んで『シザークロス』をかするに留めるエネコロロ。上手い。
クロバットの動きが狂う。エネコロロの『メロメロボディ』が発動して、クロバットを魅了する。
そのまま誘われるようにエネコロロへ向かうクロバット。テリーの呼びかけは、届いていない。

「! クロノっ」
「冷気を利用して、『こごえるかぜ』だエネコロロ!!」

ホーム通路に飛び乗り、技を放つエネコロロ。ラプラスの『こおりのいぶき』の残滓を利用し威力を増した『こごえるかぜ』が、クロバットとテリーを凍えさせその動きを鈍らせていく。
テリーもクロバットも身軽な動きを封じられていく中で、足掻くのを止めようとはしなかった。

「この程度で止まれるかよ。頭は冷えたよな、クロノ。がんがんいくぜ、『いやなおと』!」

きりきりと、耳障りな羽音を生み出すクロバット。俺たちの防御に隙が生まれる瞬間を、アイツは狙い撃つ。

「『きゅうけつ』で根こそぎ奪え、クロノ」

がぶりとエネコロロに噛みつくクロバット。吸血行動の好きなクロバットは、魅了状態の中でさらにその行為をしたがった。
つまりはストッパーが外れていた。
血の気が、引いていく。でも逆に冷静になれた。

「くっ、このままじゃ……! でもララくんの攻撃はエネコロロに当たっちゃう……!」
「……エネコロロ、『ひみつのちから』だ!!」
「えっ」

迷っていたヨアケが、俺の指示に驚く。駅のホームの床が変形し、エネコロロとぴったりくっついていたクロバットごと攻撃。技の影響でお互い麻痺して動けなくなる。
エネコロロが「今だ!」と痺れるのどで鳴く。俺はその合図を見逃さなかった。

「『からげんき』で引きはがせ、エネコロロ!!!」

この技は『麻痺』などの状態の時、威力が倍になる技。
つまりこの『からげんき』は、『麻痺』を活かせる技でもあった。

ヨアケとのバトルの時は、俺はエネコロロのことが見えていなかった。
アイツが麻痺で苦しんでいるのを、気づいてやれなかった。
でも今は、アイツの苦しみに気づいていた。気づけるようになっていた。
俺の身体も、エネコロロの苦しい波導を受け痺れる錯覚を受けている。

でもエネコロロは痺れを利用して『からげんき』で吹き飛ばそうとしている。
俺だけ弱音吐くわけには、いかねえんだよ!!

「――――吹き飛べ!!!!」
「ララくん今っ!!!」

エネコロロの『からげんき』のもがきがクロバットにクリーンヒットする。
ホームの天井に叩きつけられたクロバットは、ラプラスの『こおりのいぶき』を避けられずその急所に喰らってしまった。

「クロノ……よくも」

線路上で凍えながらもテリーの目はまだ【ハルハヤテ】を捉え続けている。
だが次の瞬間、モンスターボールに手をかけようとしたアイツの手が止まる。
何故なら、上空から降りてきた人物とロズレイドが放った粉が、彼の動きを封じていたからだ。
花色の髪の女性、自警団<エレメンツ>のガーベラが、痺れて身動きの取れなくなったテリーを取り押さえる。

「ロズレイドの『しびれごな』を吸ったのです。無駄な抵抗は止めてください」
「―――――――っ!!!」
「貴方を【ハルハヤテ】襲撃犯として捕まえます」
「――――ぁ……!」

地を這いなお暴れようとするテリーは、何かを叫ぼうとしていた。しかし痺れたその口は、言葉を発することもままならない。
結局ロズレイドが『くさぶえ』で眠らせるまで、テリーは大人しくならなかった……。

「……彼の身柄は<エレメンツ>で預かります、いいですね」
「お、おう……頼んだガーベラ」

トロピウスの背にテリーとクロバットを乗せ、ガーベラは自分の職務を果たすと言わんばかりにさっさと去ろうとする。
そんなサバサバした態度の彼女に、たまらずヨアケが声をかけ引き留めた。

「ガー……ガーベラさん」

その愛称を抜いた言葉に、ガーベラは酷く反応し固まる。
ヨアケはそれでも、言葉を続ける。

「ソテツ……さんを、連れて帰れなくて、ゴメンなさい……それだけだから! 引き留めてゴメン!」

列車に踵を返そうとするヨアケ……俺はその彼女の腕を、掴んでいた。
戸惑うヨアケに、俺は向き直るように誘導する。しぶしぶ振り向くヨアケは、驚きのあまり口を開く。

……ガーベラが、泣いていた。
顔を隠すこともせずに、涙を流していた。
彼女の波導は、複雑に絡み合い、悲痛な叫びを上げていた。
先ほどまでの冷徹さは強がりで、しゃくりを上げるガーベラは、見ていられないほど弱っていた。
それでもガーベラは気持ちを振り絞ってヨアケに伝える。

「ガーベラさんじゃ、ありません! ガーちゃん、って呼んでください……! ソテツさんだけじゃなく貴方にまでそう呼ばれたら、私、私は……!!?」

ヨアケは全力走りで泣きじゃくる彼女を抱きしめた。
その様子を、俺とエネコロロ、ラプラスとロズレイドやトロピウスが静かに見守る。


「うああああんゴメン!! ゴメン、辛い状況なのに避けようとしてゴメンガーちゃん……!!!!」
「アサヒ、さんの、バカ……ううううっ……!」

二人は【ハルハヤテ】の車両と行路安全確認が終わるまで、子供のように泣いていた。
でも俺たちはどこかほっとした様子でそんな二人を見ていた。


***************************


やがて出発の時刻。
私とビー君はボールにララくんとエネコロロを労いながらボールに戻し、再び乗車する。
ガーちゃんは恥ずかしそうに目元と顔を赤らめながら、私たちを見送ってくれた。
最後にもう一度強くハグして、私たちは別れる。

「ガーちゃん。大丈夫じゃなかったら、連絡入れてね。力には、なかなかなれそうにないけど……」
「その言葉だけで十分です。こちらは気にせず、貴方は貴方のしたいことに集中してください。私も私で頑張ります」
「お互い、踏ん張ろう」
「健闘を祈っています」

出発のベルが鳴り、扉が閉まる。ガーちゃんは見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
ビー君が「良かったな」と零す。私も「うん、良かった。ありがとう」と小さく返した。


トンネルを抜けて、上も崖、下も崖。そんな明るい茶色の崖の中腹に敷かれた線路の上をハルハヤテは走っていく。
ユミさんがうとうとしながら「遅かったですね。ぐーぐー」と言いながら私たちを出迎える。
いい意味でその緩さに引きずられて、なんとなく張っていた気持ちが落ち着いていく。
ビー君もなんか考え事しているみたいだし、私も少し寝ていようかな。
そう思い目蓋を閉じようとした。けれどそれは叶わない。
……私たちは義賊団<シザークロス>のテリー君が【ハルハヤテ】を襲った意味を、見落としていた。
やっと一息つけるかな? なんて想定は甘かった。

視界の端から、やってくる光線。
光線がこちらに伸び崖に当たり、その衝撃で辺りが振動する。

――――特急列車【ハルハヤテ】は二度目の襲撃を受けていた。
崖の対岸から放たれる陽光のエネルギーの光線、『ソーラービーム』が【ハルハヤテ】を襲う。
急ブレーキをする列車。しかし止まっても第二射が放たれた。
再びの衝撃音。どちらも直撃はしなかったけど、心臓にとても悪い。
目を凝らして対岸を見ると、<シザークロス>のクサイハナとそのトレーナーの、確かアプリちゃんにアグ兄と呼ばれていたが彼がこちらを狙っていた。

「! また<シザークロス>……? とにかく何とかしないと【オウマガ】に行けないよ……!」
「俺の……オンバーンに頼む、か?」

ビー君がオンバーンの入ったモンスターボールを手に取る。
彼が車両の窓を開け、行動に移そうとした時、制止の声が入る。

「いえ、その必要はないです」

彼女は、ユミさんはビー君に割って入り、足が八本ある赤い体のポケモン……オクタンを出して体で支える。
よく見ると伊達の丸眼鏡を頭の上に乗せ、彼女はその双眸でクサイハナを見据えて言った。

「長距離射撃には、長距離射撃です」


***************************


「行きます――――ナギサ」

彼女は両腕でナギサと呼んだオクタンの射角を取り、支える。
『ソーラービーム』の衝撃にひるむことなく、手元をしっかりと固定するユミさん。
わずかな震えでさえブレそうな照準を、彼女は何の迷いもなく定める。
言葉で彼女はトリガーを引いた。

「『オクタンほう』」

どん、と鈍い音を立てオクタンの口から黒い塊『オクタンほう』が射出される。
それは射撃と言うより、砲撃だった。
斜め上空に放たれたソレは――――寸分の狂いもなくクサイハナの顔面に着弾する。

「次弾、行きます」

今度は『オクタンほう』を三発連続発射。その黒い弾は見えないホースでもあるかのように綺麗な放物線を描き、吸い込まれるように遠距離に居るクサイハナに命中していった。
その射撃技術にビー君が思わず「すげえ」と感嘆している。かくいう私も驚きを隠せていなかった。いや、本当にすごい。

「1kmくらいなら余裕です。寝ながらでもやれます。ぐー」
「凄まじいな……でもだからって寝ないでくれ……」
「ねてませんぐー」

二人がそんなやり取りをしていると、後方車両からドタドタと足音が聞こえてきた。
同時に何故か止まっていたはずの【ハルハヤテ】が動き出す。
クサイハナとアグ兄さんはいかついバイクに乗り、なおこちらに向かって『ソーラービーム』を狙って来ようとする。
彼の行動に、何が何でも攻撃は止めない……そんな意思が垣間見えた。

「仕上げです。おやすみなさい」

走る列車、動く相手。
ユミさんはそれでもお構いなく、トドメの五連発の『ロックブラスト』をオクタンのナギサに撃たせる。それらは全部バイクの上のクサイハナだけを射抜き、戦闘不能へと追いやった。


***************************


狙撃戦の決着と同時に、迫って来ていた足音が私たちの乗っている車両までたどり着く。
ビー君は先頭を切って入って来たそのハッサムを連れた人物を、呼び止めた。

「……ジュウモンジ」
「……ビドー。てめえが居合わせていたのか。テリーをやったのはお前か」
「ああ」

二人の間に沈黙が流れ、ガトゴトと音を立てる車輪の音だけが響く。
先に沈黙を破ったのは、ビー君だった。

「何があった。何か、手伝えることはあるか」

ビー君は比較的冷静に、ジュウモンジさんに協力できることはないかと申し出た。
たぶん彼と私は、今日の<シザークロス>の皆さんの行動に疑問を持っていたのだと思う。

なんて言ったら良いのか、今日の彼らはだいぶ必死だった。

「てめえには関係ねえだろ。それに、どうしてそう思う?」
「こんな手段を選ばず悪目立ちを強行するのはいつものお前たちのやり方じゃないからだ。そのくらいは分かる」
「……そうかい」
「言え。何があったんだジュウモンジ」

ジュウモンジさんは少しだけ、ためらいを見せる。
逡巡の末、【ハルハヤテ】襲撃の理由を、事情を話してくれた。


「――――アプリコットが、この【ハルハヤテ】に捕まっている」


アプリちゃんの名前を聞いて、私とビー君は戦慄する。

「最近俺たちは目立ってしまった。それに乗じて目の敵にしているヤツがアプリコットとアイツの手持ちのライカを攫って行った。俺たちはヤツからアイツらを奪い返しに来た。それだけだ」
「そうか」

それだけ聞いて、ビー君はジュウモンジさんたちに背を向けた。
ビー君はルカリオをボールから出し、進行方向を、先頭車両の方をじっと見る。
ジュウモンジさんはビー君たちの背中を鋭い三白眼で睨み、慎重に言葉を紡いだ。

「何するつもりだ?」
「……関係ない、なんてことはねえだろジュウモンジ」
「かといって、理由はねえだろ?」
「あるぞ……俺はお前らのこと……気に食わねえけどさ、その……気に入っているんだよ。お前らの作った曲とアイツの歌が。確かに部外者かもしれねえが……ボーカルに居なくなられんのは、困るんだよ」

しどろもどろに言葉をひねり出すビー君。
ジュウモンジさんは不器用な彼の背中を見定めるように見つめ、大きな息を一つ吐いた。

「…………ちょっとこっち向けビドー」
「何だよ……っと、これは……!」

ジュウモンジさんは、何か小さなものを包装した物をビー君に投げ渡す。
ビー君の手元に渡されたそれは、黄色い稲妻模様が入った鉱石。『かみなりのいし』だった。
アプリちゃんの手持ちのピカチュウ、ライカが進化するために必要な道具。
それをわざわざジュウモンジさんはビー君に預けた。

それが意味するのは、ジュウモンジさんなりの落としどころ。協力の受け入れだったのだと思う。

「配達屋ビドー、依頼だ。この『かみなりのいし』をアプリコットのライカに届けてくれ。」
「……!」
「いいか、絶対無事に届けやがれよ……!」
「ああ……引き受けた。行くぞヨアケ!」
「うん、助けに行こう!」

依頼を承諾したビー君は私に声をかける。私はそれに応え、彼に続く。
ジュウモンジさんたちと先頭車両に向かって行く私たちをユミさんとオクタンのナギサは見送ってくれた。

「私接近戦はあんまりなので。寝ながら動くのもしんどいですし。お気をつけて」
「ありがとう、おやすみ、行ってくるね!」

ユミさんに声をかけた後、私もデリバードのリバくんを出しながら前へ進む。けれど最先頭の手前までアプリちゃんの姿は見つけられなかった。
でもビー君とルカリオは確信をもって前に進んでく。

「おそらくアイツは<ダスク>の奴らが持つような、波導に細工する機械をつけられている。でも違和感のある波導はこの先にしかない」
「つまり、この向こうにいるってことだね」
「そうだ」

おそらくこの扉の向こうにアプリちゃんが待っている……!
ジュウモンジさんが念のため他の<シザークロス>の団員さんに待機を言い渡す。
中から誰かにきつく言い聞かせるような声が聞こえる。
ビー君の合図で、ルカリオと私とリバくん。ジュウモンジさんとハッサムは扉の向こうへ一斉突撃した。


***************************


心細かった。

不安で怖くて泣きそうで。でも声を上げることすらできなくて。
そんなあたしをライカは小さな手で撫でてくれる。
それでも恐怖は収まらない。
何が怖いって、色々ありすぎるけど、でも。でもやっぱり。
助けに来てほしいけど、あたしのせいでジュウモンジ親分が、義賊団<シザークロス>のみんなが捕まってしまうことが、一番怖かった。

嫌な思考は、止まってくれない。
あたしは、<シザークロス>が誇りで、居場所で、大好きだ。
“闇隠し事件”で路頭を彷徨っていたあたしと、細々としていたライカを拾い上げてくれたみんなが、ジュウモンジ親分がストレートに好きだった。
歌手とかにも憧れた時期もあったけど、あたしはたぶんずっと<シザークロス>をやっていく。やっていきたいと本当にそう思っていて……。
でも前に『<シザークロス>は潮時かもしれない』って呟いたジュウモンジ親分は、あながち間違ってなかったのかもと思うあたしもいて嫌になる。

あたしを攫った賞金稼ぎを名乗る深紅のポニーテールの女とフォクスライは、運転士さんたちを脅しながらあたしたちに八つ当たりの言葉を投げつけてくる。

「……アンタさぁ……バンドの真似事をしているけどさ。アンタの歌、聞くに堪えないんだよね」
「…………」

挑発だ。悪意のある言葉なんて、いちいち気にするな。
無言で睨み返すあたしが気に食わないのか、それとも反論をしなかったからか、その女は言葉を畳みかけてきた。

「技術もだけど、そういう以前の問題。なんでかわかる? それはね、アンタの歌が“犯罪者”の歌だからだよ」
「……っ!」
「歌に罪はないって主張をする輩もいるけどさぁ、結局は歌っている奴が罪に汚れている時点で他人の心なんて動かせないっつーの。それを知ったか知らないで喜ぶ奴らも大概だよね」
「……あたしはともかく、聞いてくれた人たちをバカにするな」

聞き捨てならない言葉に、反応してしまう。
あたし自身のことはともかく、バンドを応援してくれたみんなを侮辱するのは、我慢ならなかった。
でもその反抗を待っていたように、コイツはあたしの心を折ろうとする。

「バカにするね。どのみち義賊なんかやっていた前科者のアンタに未来はない。このまま出るとこ突き出されるんだ。もうアンタはステージに立って歌うことは、ない!」

その言葉は鋭利な刃になって、あたしの誇っていたものをひどく傷つけられる。
叶うなら正直この女を掴みかかってぶっ飛ばしたかった。
それかあたしも暴言の一つでも吐けばよかったのかもしれない。
けれど、あたしは怒りに震えるライカを抱きしめ、止めた。
ここで怒ることは、コイツの言い分に何も言い返せなかったってことになる。それは嫌だった。
屈する気にはなれなかった。
だからこそあたしは。
一番、譲れなくて、コイツが一番嫌がりそうなことを言い切った。


「――――それでもあたしは歌うことを止めない」


明らかにイラついた女があたしに手を上げようとした。
それを遮るように、大きな音と共に、扉が開かれる。
先陣を切って入って来た意外な彼は、彼らは……!

大きな声で、エールをくれた。

「よく、言った!! アプリコット!!!」
「頑張ったね……! アプリちゃん!!!」
「ビドー? アサヒお姉さん? どうして……?」

ビドーのルカリオが間に割って入り、アサヒお姉さんとデリバードがあたしとライカを抱き寄せてくれる。
その温かさにこらえていた涙が溢れそうになった。
そして聞きなれたジュウモンジ親分のドスのきいた声に、安心して今度こそ涙が零れた。

「アプリコット、無事か。やってくれやがったな、賞金稼ぎテイル……!」
「ジュウモンジが来るのは想定済みだけどさぁ……アンタたち部外者は、何のつもりよ。どういう了見でこの前科者のガキ助けに来たんだよ」

そうだ。ちょっと前まであたしたち<シザークロス>のことをあんなに嫌っていたくせに、なんで助けに来てくれたの?
なんでここまでしてくれるの?
あたしの疑問とあの女の問いに、ビドーはいっぺんに応える。

「――――前科者だろうが何だろうが、俺はこいつのファンだ! 確かに気に食わねえところもあるが、俺はこいつの、<シザークロス>のアプリコットの歌が好きなんだよ! だから助けに来た! 悪いか!!」

予想外の言葉に、一瞬あたしも含めビドーとルカリオ以外が固まった。
言われた意味が頭に反すうして、顔が一気に熱くなる。
アサヒお姉さんが「わ、私もだよ!」と遅れて言ってくれた時にはすでに混乱の真っただ中で、ライカは「コイツ……」と別の意味で警戒を強め尻尾を立てている。ジュウモンジ親分とハッサムの視線が気になるよう。

でもそんな呑気な思考から、一気に現実に引き戻される。
気づいたら限界まで張りつめていた戦線の火ぶたが切って落とされていた。
この戦いの本番は、これからだった。


***************************


「アンタたち馬鹿にするのも大概にしなよな、ああ??」
「はっ、馬鹿にされて当然だろうがよこの人攫い……ルカリオ!!」
「賞金稼ぎだ! アンタら全員お縄につけてやる! フォクスライ!!」

ビドーのルカリオが殴りかかろうと見せかけての蹴り技『フェイント』を放つ。
けどフォスクライの方が早い! 一瞬の不意をついた『ふいうち』の突進がルカリオを突き飛ばし、ビドーを巻き込む。

でもその隙をジュウモンジ親分が見逃さずにハッサムに『バレットパンチ』を指示。テクニカルなハッサムの鉄鋏の拳がフォクスライの脇腹に当たる。
それでもフォクスライは踏みとどまり、アサヒお姉さんのデリバードが撃ちだした『こおりのつぶて』も叩き返した。

「ちぃっ……! フォクスライ『バークアウト』!!」

フォクスライの嫌な遠吠えの衝撃があたしたち全体を襲う。
みんな思わず一瞬耳を塞いでしまう。その時――――テイルの深紅の髪とフォクスライの尾がたなびく。
隙間をかいくぐり、奴らの魔の手がこちらに伸びる?!

テイルたちの狙いは、あたしとライカだった。

アサヒお姉さんからあたしをひったくり、担ぎ上げるテイル。フォスクライもピカチュウのライカをくわえた。
とっさに止めようとしてくれたデリバードを踏みつけ、フォクスライは後方車両への入り口の前に立つ、ジュウモンジ親分に飛びかかる。

「ジュウモンジ親分っ!!!」
「このガキ共が可愛ければ抵抗はするなよ? アンタたちっ!!」
「ぐっ……こんのっ……!!」

鋭い爪を親分に突き立てるフォクスライ。ジュウモンジ親分は人質のあたしとライカを見せつけられているうえ、フォクスライに上乗りされて身動きが取れない……!
肩に突き刺さる爪。奥歯を噛みしめるジュウモンジ親分。
たぶんこのままじゃ、親分も、ハッサムも、アサヒお姉さんとデリバード、ルカリオ。そしてビドーが……とにかくみんながあたしたちのせいで傷ついてしまう!
このままじゃ、このままじゃダメだ……!!

……あたしたちも戦わなきゃ、びびって待ち続けるだけじゃ、ダメだ!!!

「うあああああああ!!!!」

テイルの腕に、あたしも思い切り爪を立ててやる。

「つっ!! このガキ!!」

床に投げ飛ばされたあたしをハッサムが受け止めてくれた。
あたしが動いたことで、みんなが動き出せる……!

「ライカしっかりっ! 『アイアンテール』!!」

ライカ渾身の『アイアンテール』がフォクスライの頬を叩く。しかしフォクスライはライカを離してくれない……!
テイルと、ライカをくわえたフォクスライが一気に後方車両へ突破していく。親分以外の<シザークロス>が立ちはだかっても、屈んで走りすり抜けてく。

「ライカあっ!」
「……! 逃がすかっ!!」

手を伸ばすしかできないあたしの横を駆け抜けるシルエット。
遠くなるライカを、真っ先に追いかけてくれたのは、ビドーとルカリオだった。
続いてジュウモンジ親分とハッサムが動いてくれた。

一瞬呆けて動けなかったあたしを、アサヒお姉さんが引き戻してくれる。

「アプリちゃん、まだライカは諦めてないよ!」
「……うん、そうだ。その通りだ」

しっかり頷き、前方を見据える。
戦うって決めたばかりでくじけるな。
ライカを、取り戻すんだ!

手をぎゅっと握って、彼らの後を出せる限りの速さで追いかけ始めた。


***************************


賞金稼ぎのテイルは、途中の車両と車両の間の空間でフォクスライに天井をぶち破らせると、ふたりで車両の上へと飛び乗った。
ほぼ同時に【ハルハヤテ】が速度を落としていく。ヨアケ辺りが解放された運転士に呼びかけてくれたのかもしれない。
俺から向かって右手側の窓の外には、まだ底の見えない崖がある。
そこにだけは落とされたくねえなと、その地理情報を頭の隅に留めた。

屋根の上に何かが叩きつけられる衝撃音。列車の上に、俺とルカリオも急いで上る。
奴らは、列車の端、最後尾で俺らを待ち構えていた。
ボロボロになったアプリコットのピカチュウ、ライカを踏みつけるフォクスライ。
テイルはその光景を見せつけつつ、俺に再度問いかける。

「いい加減にしなよなぁ……何故加担する。悪党どもなんてこのヒンメルに要らないだろ。取り締まる強者が誰もいないのなら、ウチらで排除するしかねぇだろうが……!」
「だからと言って、お前のしていることは<シザークロス>よりタチが悪い。少なくとも正しい奴の行動とは、とてもじゃねえが思えねえよ……!」

緩やかに停車していく【ハルハヤテ】。
完全に停止しきったのを合図に、テイルの理性のストッパーに、超えてはならない一線に限界が訪れる。

「だったらさぁ、アンタは正しく在れるのか? こんなロクでもないこの地方で、綺麗なままでいられるんなら、見せてみなよ――――この偽善者が!!!!」

激昂したアイツはフォスクライからライカをひったくると、あろうことか――――

「見捨てるんじゃねぇよ。なぁ??」

――――全力で崖の方へと投げ出しやがった。

「ライカ」

ボールのように放り投げられ、崖下の奈落に吸い込まれていくライカ。
どう考えても届かない、間に合わない距離。それでも俺とルカリオは動く。

……その俺らより先に、悪態交じりの咆哮を上げながら空中に飛び込んだのは。
列車から駆け出たジュウモンジとハッサムであった。

「くっそおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「ジュウモンジ!! ハッサム!!」

ライカを掴み抱き寄せたジュウモンジは、キーストーンのついたグローブの右腕をハッサムへ伸ばし叫んだ。

「意地を見せろハッサム!! メガシンカああああああ!!!!」

光の帯に包まれながら、ハッサムもジュウモンジにその鋏を届けようと差し伸ばす。
形を変え、長くなった鋏がジュモンジに、届いた。

「おらあっ!! 崖に向かって『バレットパンチ』!!!!」

メガハッサムの残った鋏が、弾丸のごとくのスピードで崖の壁に突き刺さり落下を食い止める。
しかし、長くはもたないのは明白だ。メガハッサムの身体が無理な動作にオーバーフローを起こしかけていたからだ。
アプリコットや他の<シザークロス>の奴らも列車から降り立ち、その現状を目の当たりにし動揺する。
声をかけるべき相手は他に居るはずなのに、震える声を上げ、ジュウモンジは俺に要求した。

「ビドー、『かみなりのいし』を、ライカに……ライカに届けやがれ!」

その意図は分からないが、従わない理由はなかった。
俺はオンバーンを出し、『かみなりのいし』を持たせアプリコットへと飛ばす。
『かみなりのいし』が、アプリコットの手に届く。

「アプリコット、オンバーンを使え!!」
「!! ……ありがとう、助かる!」

アプリコットの肩を両足で掴み、そのまま奈落を降下していくオンバーン。
亀裂が走り、崩れていく崖壁。
ジュウモンジが、最後の力を振り絞ってライカをアプリコットへと投げた。

「ライカ!!!」

精一杯名前を呼び、手を伸ばし受け止めたアプリコットの腕の中で、ライカの身体が光に輝く。
包まれた光と共に、彼女たちはジュウモンジとメガハッサムを追ってさらに奥深くへと潜るように追いかけて落ちていった。

ただしその落下は、一定のところで、止まる。

「間に合ったか……」

ジュウモンジが安堵の声を漏らす。
俺ら全員の視線の先には、姿が変わり、尻尾で宙をサーフィンするように飛ぶライチュウのライカが居た。
黄色い耳を持つアローラ地方に生息する姿のライチュウへと進化したライカ。
そのライカのエスパーパワーで浮くジュウモンジとメガハッサム。
それはライカが会得した超念力、『サイコキネシス』によって為せたものだった……。


***************************


「は……何これ……」

進化したライチュウのライカの『サイコキネシス』で上昇し、何とか崖の上に転がり倒れるジュウモンジとハッサム。
オンバーンもアプリコットをライカのもとに届け終える。
アプリコットたちに駆け寄り抱きしめ、泣いたりわめいたり滅茶苦茶になる<シザークロス>。
泣きながら無事を喜ぶ彼らの姿を、俺らは目の当たりにする。
それは、どこにでもいる普通の奴らと、何一つ変わらなかった。
目の前の光景を信じられないといった様子で首を横に振るテイルに、俺は突き付ける。

「俺は、まだまだ偽善者かもしれない。でもお前、これを見てもアイツらを悪だから排除されるべきと切り捨てるのか」
「…………うるさいんだよ!!! フォクスライ!!」

フォクスライの『ふいうち』に俺とルカリオはあえて何もしなかった。
何故なら、彼女たちの強い波導を感じ取っていたからだ。

俺たちの背後から放たれた氷の弾丸がルカリオを向いていたフォクスライに命中する。
続いて、驚くテイルの脳天に小さな『こおりのつぶて』がクリーンヒット。彼女をそのまま仰向けに倒した。
その『こおりのつぶて』の技の使い手、デリバードのリバに振り返った。
遅れて【ハルハヤテ】の屋根によじ登ったヨアケは、静かに怒っていた。
それから腰に手を当ててヨアケはリバに『れいとうビーム』を指示。
フォクスライとテイルを屋根に縫い付けるように氷漬けに。
彼女たちの自由を奪い、叱るようにヨアケは言った。

「貴方たち。ちょっと、頭冷やそうか」


***************************


結局、逆に俺たちに取って捕まったテイルとフォクスライ。俺とルカリオ、ヨアケたちと<シザークロス>の面々に見事に囲まれているなか、彼女は吠えることを止めただただ奥歯を噛みしめていた。

「で、どうすんだ。こいつ」
「あ、それなら連絡入れておいたよ。ほら」

ヨアケが指さす方向の空を飛んでこちらにやって来たのは、先ほど別れたばかりのガーベラとトロピウス。
それから彼女の後ろにはテリーとクロバットのクロノの姿もあった。
ガーベラたちとは別に、前方の線路を走ってくるクサイハナと男もいた。
アプリコットとライチュウに進化したライカが、彼らに駆け寄る。

「テリー! クロノ! アグ兄! クサイハナ!」
「アプリコット。無事だったか」
「うおおお無事で良かったぜ……!」

涙を隠そうともしないクサイハナ使いの男につられて、アプリコットも再び涙腺が緩んでいる。

「そっちこそ……! 本当、迷惑かけてゴメン……」
「ばーか。小難しく考えんな。オレもそういう面倒なこと考えるのは苦手だ」
「テリー……ありがと……アグ兄も、クロノもクサイハナも……みんな、みんな本当に……!」

他の義賊団<シザークロス>のメンバーもつられて駆け寄る中、ジュモンジと元の姿に戻ったハッサムだけは、その様子を遠くから眺めていた。
一方でガーベラは、黙りこくるテイルに同行を求めた。

「賞金稼ぎテイル。これだけの騒ぎを起こした責任をとっていただきます。よろしいですね」
「賊共はほったらかしか……<エレメンツ>も地に落ちたね」
「ええまったくもってそうです。でも落ちても私たちは自警団<エレメンツ>です。誇りまで落としたつもりはありません……あと、そもそも貴方がこんな強硬手段に出なければここまでの被害にはならなかったのは忘れないでください」

見つめるガーベラに、テイルはそれ以上のことは答えなかった。フォクスライもテイルに従い、大人しくしていた。

「お疲れさん。ルカリオ、オンバーン」
「ありがとう、リバくん」

俺とヨアケはそれぞれ礼を言いながら、ルカリオとオンバーン。デリバードをボールに戻した。
何だか周りが騒がしくなって、どこか疎外感と疲労感がどっと沸いてきたので、「席に戻るか……」とヨアケに提案した。
車両と車両の間のスペースに乗り込むと、彼女は足を止める。
ヨアケはと言うと、何か考え事をしているのか、アプリコットたちを眺めていた。

二人きりの空間で、彼女が、切り出す。

「……アキラ君の言う通り、私はあんまり考えて動くの、得意じゃないみたい」
「そうか、いっぱい考えてそうに見えるが」
「考えても、身動き取れなくなっちゃっているからね……それじゃあ何も解決しないのかなって、アプリちゃんを見て思ったんだ」

ヨアケが俺に向き直る。その眼差しは、彼女の波導は……熱く揺らめいていた。
何かを決意した感情。それと同時に。

彼女は、ヨアケ・アサヒは俺に――――助けを求めていた。


「ビー君。私はね、アプリちゃんと同じ『人質』なの」


直接俺にこういった望みを彼女が口にしたのは。
これが初めてのことだったのかもしれない。





「助けて、ビー君」


***************************


彼女が言い終えると同時に、世界が裂けた。
いや、破れた、と言った方が正しかったのかもしれない。
彼女の背後の空間が裂け、ドス黒いモノが噴き出す。
ヨアケはそれを気配で察して、ため息をついた。

「やっぱり、ダメかあ……」

その中から伸びた黒い影が、彼女の手を掴み強く引っ張った。

「ヨアケ!?」

謎の空間に引きずり込まれていくヨアケに手を伸ばす。
彼女も俺に手を伸ばすも、届かない。
距離はそこまでなかったはずなのに、手が届かない。

「ビー君!! 私の敵は―――――――――!!!」

彼女が必死に声だけでも届けようとする。
しかし、謎の雑音に遮られて聞き取れない……!!

「ヨアケええええええええええ!!!!!」

俺の声は彼女にもう届かない。
届く前に、謎の空間は閉じて元のスペースに戻ってしまった。

(何が、起こった。誰が、引き起こした)

パニックになる頭で必死に考える。でもどうしてこうなってしまったのかは、今の俺には解らなかった。
でも確かにわかることがあるとすれば、ヨアケはひた隠しにしてきた“敵”の存在を明らかにしたということだった……。

彼女の波導の痕跡を辿ろうとする。しかし見つからない。
俺の力だけでは、見つけられない。

「どこだ、どこにいるヨアケ……」

胸の辺りに大きな穴でも開いたかのような喪失感が襲う。まともに立つことすらできずに膝をつきそうになった。
そのまま倒れかけたところを、支えてくれたやつがいた。

「……ルカリオ」

最近はボールから勝手にはあまり出てこなくなっていたルカリオが、自らの意思で俺の立たせてくれる。
ルカリオは言った。「自分の力を使え」と。

「そうだよな。俺一人じゃできなくても、お前となら……やれるかもな」

力強く頷くルカリオ。励ましは、それだけで十二分だった。
……俺はルカリオの右腕に、トウギリから贈られてきたメガストーン、『ルカリオナイト』がついたバングルを装着させる。
そして自分の右肩にキーストーンのついたバッジを装着した。

静かに呼吸を合わせる。
お互い向き合って、意識を集中させた。

「行くぞ」

帯状の光が、俺とルカリオを繋ぐ。ルカリオの姿が変化していく。
光の繭の中で黒い痣跡が体に広がり、全身の姿形を変えていくルカリオ。
波導の質が荒々しく、強力になっていくのが、感じ取れる。
今までの限界を超えていくルカリオの波導に、俺も合わせていく。

そして練り上げられたふたりの波導を使って、全身全霊をもって彼女を捜す。

あの温かな。
あの優しくて。
あの強い。
彼女の波導を俺たちは辿る。
短くて長い、旅路の思い出を辿るように。
俺たちは彼女を……追いかける。


「己の限界を超えろ、メガシンカ。すべては守るべき光の為に」


ささやくような祈りが、ほんの僅かの間だけ彼女の波導を見つける。
同じく彼女を見つけたメガルカリオとなった相棒は、その方角を見据えた。

レールの先の向こう側。俺たちの旅の目的地、【オウマガ】。
そこにあいつの波導はあった。

「……待っていてくれヨアケ。必ず力になりに、助けに行く」

解けてしまったメガシンカ。崩れ落ちそうになる足を無理やり動かして、俺たちは再び列車の上に乗る。
レールの先に続くまだ見ぬ道を見据えて、俺とルカリオは出発を決意した。

「行こう」





つづく


  [No.1689] Re: 第十四話 シザークロスへ贈るエール 投稿者:Ion   投稿日:2021/09/30(Thu) 18:01:34   2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

えっ、まさかの急展開ですね
ここで探知得意そうなルカリオがいるのアツい…!
投稿お疲れ様です!


  [No.1690] Re: 第十四話 シザークロスへ贈るエール 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/09/30(Thu) 19:52:18 [■この記事に拍手する] [Tweet]

おつありです!!
私も書いていて燃える展開でしたルカリオは。
だいぶ佳境っぽい雰囲気になってまいりました。
続きも楽しみにしてくださると嬉しいです。頑張ります。


  [No.1691] 第十五話前編 迫る暗雲と繋がる道筋 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/11/16(Tue) 20:59:29   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



影のような何かに連れ去られた私は、その大きな背の上で……おそらく仰向けになっていた。
断言できないのは、私自身が仰向けになっているのか、立ってよりかかっているのか、はたまた逆さにひっくり返っているのか分からず、とにかく感覚がつかめないでいたからだった。
そんな不思議な空間にいた私の視界には、様々な角度に浮いた陸地とそれらを繋ぐように上下左右色んな方向に流れる水源が見える。
今見えているのはハッキリ言って一般的な常識が通じない空間のようだった。
でもこの景色には、滅茶苦茶なように見えるけど、一定の法則があるようにも感じて。
とにかく自分がここに居るという実感がわきにくい場所だった。

彼女に声をかけられるまで、私は“私”であることを忘れかけていたくらいに。

「……ああ、気が付いたんだね」

定まらない意識の中、動く目だけで発言者を探す。すると、わりと目の前に彼女たちの顔が現れた。

「探さなくてもボクはここにいるよ」

左から顔を覗き込まれる。茶色のボブカットの彼女とその手持ちの黒と赤の毛のポケモン、ゾロアークはかがみながら、私を見定めてくる。
しばらくふたりは私の様子をうかがっていた。そして眉をひそめ、私の名前を呼んだ。

「久しぶり。まだキミはキミのままみたいだね。アサヒ」
「…………サモン、さん」

記憶を取り戻すまでは無邪気に再会を望んでいた相手。サモンさん。
けれどすべてを思い出した今の私では、この再会を素直に喜べなかった。

「こんな形では会いたくなかった」
「ボクもだよ。でも、この現状の原因は、わかるよね」

問いかけられて、私は目蓋を閉じて考える。
その言いぶりから、彼女はここまで強引に出張ってくる予定ではなかったのだと推測する。
それこそ【ソウキュウ】の公園で会ったのは偶然を除いて、ずっと陰ながら私が動く時を待っていたんだと思う。
いざ私が行動を起こしたときに、対処をするための実動員がおそらく彼女。サモンさん。
その彼女が私の前に姿を現した。あんなに目立つ方法で、私をこの世界に強引に連れ去った。私の行動に対応した。
彼女に指示を出したアイツがアウトだと判断した私の言動。
……原因の心当たりは、言うまでもなかった。

あの、手を伸ばしてくれた彼を思い浮かべながら、私は質問に答える。

「うん。私が、ビー君に助けを求めてしまったから、だよね」
「……そうだね」

静かに肯定するサモンさん。彼女もゾロアークも暗い表情だった。
彼女はさっき私が言ったようなことを繰り返した。

「正直キミとは、ここで再会したくはなかったよ。アサヒ」
「私もだよ。サモンさん」

こうして、世界の裏側【破れた世界】にて。
私たちは、望まぬ形で再び対面することとなった。


サモンさんは大きなため息をひとつ吐くと、私宛の忠告を口にした。

「キミが敵だと言い切ったアイツからの伝言――――『次はない』……だってさ」

彼女の口から発された敵と思っている相手の存在の示唆に、正直に恐れからビクつきそうになる。
それでも私は強がりながら、伝言役のサモンさんに返答した。

「へえ。今回は見逃してくれるんだ……」
「まあ、サービスなんじゃないかな。まあ、次同じようなことをしたら、関係した者もどうなるかは、ね……」
「……私が助けを求めた相手を巻き込むってことだよね。本当に嫌な性格しているよね」
「否定はしないよ」

ちらっとこの不思議な【破れた世界】を飛んでいるポケモン、だと思う大きな背中から飛び降りられないか思考を巡らすと、こちらを見つめるゾロアークの視線にくぎ付けにされる。
その視線から逃げように右手を目蓋の上にかぶせ、大きな嘆息をついた。

「サモンさん……どうしても、見逃してくれないかなあ?」
「ゴメン、アサヒ。キミには悪いけどボクはアイツの味方だから。ボクは、ボクの意思でアイツに協力しているから」
「……そっか」
「うん……話題を少し変えようか」
「いいけど……もしかして、また歴史のお話?」
「そうだよ」

げんなりする私に、「敵を知り己を知れば……ってやつだよ」と小さく笑いかける。
指の隙間から見える彼女の笑顔自体は、憎み切れなくて何だか複雑な気分だった。


***************************


彼女は紡ぐ。アイツにまつわる話を、語っていく。

「発明、というと最近では500年前カロス地方のアゾット王国にいるエリファスという科学者が見つけたポケモンの能力を使ったからくりを生み出す“神秘科学”なんかが有名だけど、もっと遥か過去にも似たような……いいや。今の文明より高度な技術と文化があったと言われるらしいんだよね」
「なんか途方もないなあ……」
「同感。まあ、現在ではほとんど過去の遺物、オーパーツは遺されていなく、あったとしても今でも仕組みを解き明かせないモノがあるとか。アイツもそんなオーパーツを作り出し、1000年前のヒンメルを支えていた一人だったんだ」
「オーパーツ、ね……そういえばアイツは何を作ったりしたのかな?」
「そうだね、王族専用の生体認証のシェルターとかかな。ああでも、こんな文献も残っているよ」

そう言ってサモンさんは携帯端末のモニターに資料を映し出し、私に見せてくれる。
古代文字で書かれた石板の写真の下に、訳された文章が載っていた。そこにはこう書かれていた。

“その者、あらゆるものを生み出した
 人々は、その者の生み出したものを使い、豊かになった 
 その者は、老いず死なない身体をつくることに、成功する”

「老いず死なない……つまり、不老不死……?」
「そう不老不死。ここまでくるとおとぎ話みたいだよね。この文献を最初に見た研究者は絵空事だと相手にしていなかったそうだよ」
「まあ、普通信じられないよね」
「うん。でも、その当たり前を崩す出来事があったのは憶えているだろうか。カロス地方にて目撃されたあの巨人のことを。その場で彼と再会したフラエッテという花の妖精ポケモンのことを」
「テレビで見た覚えがあるよ。あんなに大きい人がいるなんて、当時はびっくりしたよ」
「その彼らは3000年の時を生きているらしい」
「……2000年さらに昔になってない?」
「間違ってないよ。正確には不老不死はアイツの発明ではない。巨人のものかもしれないし、もっと昔にもあったのかもしれない。でもアイツがその技術を甦らせたのは頭脳の持ち主なのは事実だ。でもそんなアイツにもできないことはあった」

彼女はページを移動し、次の文献を示す。
続きにはこう書かれていた。

“けれど、その者にもつくれないものがあった
 それは、『生命』
 その者には、『生命』をつくり出すことが出来なかった”

「アイツは、壁にぶつかった。アイツのもともと居た場所では、どうしても『生命』を作り出せる環境がなかった。それから長い時の中で、アイツはひたすらその手段を模索し考え続けた」

考え続け、探し続け、試し続けた。
アイツにとって、それは途方もない道のりだったのかもしれない。文字通りすべてをかけたものだったのかもしれない。
でもその望みの為に目をつけられた私たちにとっては、正直はた迷惑極まりなかった。

「考え続けて……そして条件が整ったんだね」
「うん。アサヒ、キミの存在とユウヅキの協力のお陰でね」

私とユウヅキが、アイツに出逢ってしまったのが運の尽きだとするのなら。
アイツにとっては、やっとつかんだ奇跡だったのだろう。

だって私たちこそが、アイツの目的に必要なパーツであり駒だったのだから……。

押し黙る私に、サモンさんは「こんなこともあったよね」と振り返る。

「しかし、アイツがキミを人質にユウヅキに協力を取り付けた後、まさかキミ自身が【セッケ湖】に身投げしようとするとは。驚いたよ」

ゾロアークが能力で私たちに幻影を見せる。それはあの日のような、月明かりだけが世界を照らす深夜の湖だった。
その月と夜空と湖面を眺め、当時のことを思い返す。

あの日。
私を助けたければ、自分に協力しろとアイツはユウヅキを脅した。
でもその時から、彼も私も悟っていた。たとえ協力しても、私が無事でいる未来はないと。
……でも、ユウヅキはそれが解っていても私の手を離さないでくれていた。
決して離そうとしなかった。

ああ……やっぱりそうか。
先に、手を離したのは、彼を置いて行ったのは、私だった。

「あの時は、私さえいなくなればユウヅキだけは自由になれると思ったんだ……ううん、嘘。本当はすべてから逃げ出したかった」
「嘘ではないと思うよ。現にキミはこうして逃げずに生きている」
「そう、かな」
「そうだよ。キミはギリギリで思い留まったんだ。で、いろんなものに耐えきれなくなったキミとキミの心を守るために、ユウヅキはアイツにこう言っていたよ」
「……なんて?」
「『お前の目論見の為にも、今アサヒが失われるのは困るんじゃないか――――俺にできることはなんでもする。だから、オーベムにできる記憶操作について、知っていることをありったけ教えろ』って」

その彼の行動の、意味は。
私の記憶を消した行動の意味は、言うまでもなかった。

「それだけ、生きていて欲しかったんだと思うよ……アサヒに」
「わかっている。わかっているよ、痛いくらいに。苦しいくらいに……そうしなきゃ私は今こうしてここに居なかった……!」

しゃくりを上げる私を、サモンさんたちは憐れむ目で見つめる。

「実際はキミらも被害者なのに、ヒンメルの彼らはキミたちこそが加害者だと信じている。とても皮肉だね。ボクはその妄信を利用して大勢を誘導したわけだけど、疲れるし嫌になる。集団なんてやっぱり愚かだ」
「ううん、それは違う。彼らの怒りはもっともだよ。だって私たちがこの地方に来なければ、“闇隠し”は起きなかったんだから」
「でもそれは、ユウヅキの親を捜すためだったんでしょ?」
「そうだけど……」
「それは、そんなに望んじゃいけないものだったとは思えないけどね」

彼女は心の底からそう思っているという風にずけずけと言い切った。
それを皮切りにしたかのように幻影が解ける。
直後、再び世界の境を突き破り、私たちの世界へと戻って来た。
晴天の空と、重力が戻ってきて、静かな着地音がする。
私はここまで運んでくれたポケモンの背から、半ば落とされるように降ろされた。

「ありがとう、もう少ししたらまた出番があるから、それまでお休み」

労うサモンさんの声に呼応するようにまた影のようなシルエットになったポケモンは、風を起こしながら【破れた世界】へと帰っていった。

身体の感覚が戻って来て、何とか座りこむ。
辺りを見渡すと、結構な高所にある大地の上だった。
彼女が「ユウヅキはあそこにいるよ」と指をさす。つられて見たその方向には、高い場所にもかかわらずそびえる大きな遺跡があった。
記憶と合致したその遺跡は、確かに以前来た場所だ。

彼女は誘うように、私を後押しする言葉をかける。

「キミは、まだ彼に執着するのかい」
「するよ。だって引き下がれないから」
「なら、死なない範囲で自由にすればいいよ、アサヒ。ただし、これからディアルガとパルキアを呼び出し留めるために無茶するユウヅキを止めることも、アイツは許さないけどね」
「……許されなくても、ユウヅキのところに行かなくちゃ」

結局のところ間に合わないと、彼の身が危ないのは変わらない。
たとえ彼の無茶無謀を止めることは出来なくても、
たとえ私には彼を追いかけるくらいしか出来なくても、
私がしたいと思ったのは、諦めない先にあることだったから。

「私は彼と隣に立って、一緒に生きるって決めたから。だから行かなくちゃ」

……たぶん、ここから先はビー君には頼れない。
助けを求めるだけ求めて、先走ってしまうのは心苦しい。
でも今の私に立ち止まる時間は、残されていないのだと思った。

「じゃあ、行ってくる」

遠方のビー君に向けての言葉。当然彼からの返事は返ってこない。
代わりに、サモンさんが私を送り出してくれた。
片道切符のその先へ。
彼女は私を見送った。

「行ってらっしゃい」


***************************


限られた荷物の中を探る。みんなの入ったモンスターボールはちゃんとあって安心した。でも重要な携帯端末が見当たらなかった。
代わりに『一応、預からせてもらうよ』と書かれたメモが見つかり、いよいよ本格的に連絡手段が断たれていることを思い知らされてめげそうになる。
預かっていたデイちゃんのロトムも心配だ。
でも申し訳ないけど嘆いている時間さえ惜しい。歩きながらでも切り替えないと。

遺跡の方へ歩いていくと、入り口付近で誰かがポケモンバトルをしていた。

「! ソテツさん……それにハジメ君……」

ソテツさんはフシギバナを、ハジメ君は、姿形は進化しているけど、黄色いスカーフを腕に巻いていることからマツだと思うゲッコウガを従えて、実践形式でバトルをしていた。
フシギバナの攻撃を着実に見切って、反撃の『みずしゅりけん』を放っていくゲッコウガのマツ。ハジメ君もソテツさんも、ポケモンたちの行動に合わせて無駄なく立ち回っていく。

「すごい……」

思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
しかし、彼らは私の存在に気づいていないようだ。

誰かに腕をつつかれる。
そのつついてきた主は、サモンさんのゾロアークだった。

「あ……貴方、ついてきていたんだね」

頷くゾロアーク。おそらく彼らに気づかれていないのは、ゾロアークが幻影の力で私の存在を隠しているからなのだろう。
助けを求めちゃダメ、ということか……だったら、せめて少しだけ学ばせてもらおう。

「ドルくん、お願い」

モンスターボールの中からドーブルのドルくんを出す。
私を案じて見上げるドルくんに、「きっと、大丈夫だよ。ビー君も後から来てくれるだろうし」と笑いかける。
その時、ふとソテツさんの言葉を思い出す。

――――『笑えなくなったらどうしようもない』

笑うことを控えた彼を見て。今更になって、その笑顔を作ることの本質の一部分を垣間見た気がした。
ずっとこの言葉は、自分自身を奮い立たせる言葉だと思っていた。
でも今は、それと同時に自分が笑うことで、他の誰か励ます。そのための作り笑いだったんじゃないかって思えていた。

(ソテツさんは、そうやって周りを気遣っていたんだ)

彼がユウヅキを傷つけたのは許すことはできない……けど、なんだかんだありつつも、改めてその面倒見の良さに、圧倒される。
まあ……それが凄いところでもあり、真面目過ぎるところでもあったとは思うけどね。
多少ワガママに生きても良かっただろう、とは思っていたけど、ワガママに行動した結果があれだと思うと、他人のことは言えないけど、どうしてもこう思ってしまうのであった。

「不器用だなあ」と……。

何度も仕切り直し、飛び交うフシギバナとゲッコウガのマツの技の攻防の中、私はドルくんにあの技を『スケッチ』させた。
その技が、今持てる手札の中で、使い道があると思ったから……借りることにした。

「最後にこの技お借りします」
「きっと、使わせていただきます」
「……いままでありがとうございました。元師匠」

言葉は届かなくとも一礼をして、私はドルくんとゾロアークと共に、遺跡の内部に突入する。
一瞬だけ振り返ると、見えていないはずなのにこちらを向いているソテツさんの姿が見えた。
ハジメ君に「どうしたのだろうか」と尋ねられ、「いや、なんでもないよ」と返すソテツさん。

そして彼は一瞬だけ自然な苦笑を見せた後、そのまま背を見せハジメ君に向き合っていった。

私も先に足を進める。
ちゃんと言葉を交わしたわけでもないし、視線は合うことはなかったけど。
これが私にとっての破門であり、卒業でもあり、別れだったのだと思った。


***************************


影に攫われた彼女の携帯端末に連絡を入れようとしたが、電源が切られていて繋がらない。
焦燥感を無理やり抑えつつ、さっきルカリオと見つけたヨアケの波導を頼りに線路上を着実に速足で俺たちは進んでいた。
わりとすぐ崖際地帯を越え、森林地帯に入る。レールを頼りに前進するも、目的地まではまだ距離があった。

しかし遠い……ふもとの駅についても、ヨアケの反応は小山の上の方にある。オンバーンの力を借りるにしても、そこまでは温存しておきたい。
けれど、まずいな。さっきから何だか頭が熱を帯びて、息が上がりやすくなっている気がする。
ルカリオもどこかしんどそうだ。やっぱり慣れない無茶をしてヨアケの波導を一緒に探知したからなのだろうか。
一旦戻るか? でも戻ってもあの破損した【ハルハヤテ】が走れるとは思えないし……。

悩んでいたら、ぐるぐると回る思考を吹き飛ばすような、排気音が背後から迫っていた。
俺らの横を通り抜けたのは、見覚えのあるいかついバイク。
そのバイクにまたがって運転していたのは、ジュウモンジだった。
奴はグラス越しに、驚く俺とルカリオを見て静かにこう言った。

「依頼の報酬、まだだったよな」
「ジュウ、モンジ……」

さらに後ろから、クサイハナ使いの男のバイク、それに二人乗りするアプリコットと彼女を追いかけて空中をサーフするライチュウのライカ。オノノクスのドラコに乗ったテリー。線路脇道路には義賊団<シザークロス>のトラックがやってきていた。
バイクから飛び降りたアプリコットが、軽く怒りながら俺とルカリオに詰め寄る。

「水くさいよ……お礼も言わせずに行っちゃうなんて」
「…………悪い、それどころじゃなかったんだ」
「うん。事情は分からないけど……アサヒお姉さんに何かあったんでしょ」
「…………」

黙りこくりながらも頷く俺に、アプリコットは口調を和らげて、見上げる形で俺に視線を合わせる。

「……話したくないことを詮索はしない。だけど困っているのなら協力させて」
「…………頼っても、いいのか? 俺はお前らのこと……」
「散々邪険に扱って邪魔してよくぶつかっていた。でもファンになってくれてさっき助けてくれた。十二分に頼ってくれてもいいんだよ。つまり、」

すっかり元気になったライチュウのライカと一緒に、彼女は格好つけてこう言った。

「ファンサービスくらい、ちゃんと受け取ってよね?」
「そういうことだ。【オウマガ】目指しているんだろ。うだうだ言わず運ばれとけ」

彼女の言葉にそう付け加えるジュウモンジ。その口元は、珍しく朗らかに笑っている。
アプリコットを始めとした奴らも、笑顔を見せた。
ルカリオと顔を合わせる。それから俺らも疲れた笑みを浮かべ、厚意に甘えることを決めた。

「助かる、頼めるか」
「うん。もちろん」

はにかむアプリコットの差し伸べた手を取り、俺たちは【オウマガ】へ向かった。


***************************


義賊団<シザークロス>のメンバーが運転するトラックの荷台で揺られながら、ルカリオと俺は体を休める。気を張っていたさっきよりは、体調が少し楽になっていた。
その代わりに忘れていた疲労感がやってくる。ルカリオも俺と同じく疲れているのか、じっと目蓋を閉じていた。

「ボールに戻っていてもいいんだぞ。ルカリオ」

首を静かに横に振り、そのまま隣にいてくれるルカリオ。
気持ちは嬉しいが、どうしたものかと思っていると、同じくトラック内に居た彼、テリーに声をかけられる。

「今はそうしていたいんだと思うぜ。自由にできる時は好きにさせてやればいい」
「そういうものなのか……?」
「ああもう、あんたのルカリオが望んでいるんだからいいだろ」
「それも、そうか……」

歯切れの悪い俺に、テリーはオノノクスのドラコの入ったボールを眺めながら少しイライラとしていた。案外短気なのかもしれないなコイツ……。
何故ムカついたかを、テリーは堪えずに吐き出してくる。

「なんか今のあんたを見ていると腹が立つぜ。さっきとまるで別人だ」
「悪かったな……」
「まったくだ。みんなこれのどこがいいんだか……でも、解らなくはないぜ。今のその腑抜けた感じは」

責められるのは分かるが共感されるとは思ってもいなかったので、割と心底びっくりしていた。
お前、分かるのか。俺自身も正体を掴めていない、このやるせなさ、みたいな何かを、知っているのか……?
思わずじっと見てしまうと、テリーは視線をそらして言った。

「恰好つけて背伸びしてこられたのも……あの背の高い人の前だったからなんだよな」
「……!」
「オレにも“闇隠し”から守れなかった背の高い幼馴染が居るから、その無力感は……分かる」

いまさらだが、彼の履いているのがシークレットブーツだということに気づく。
テリーが、俺と同じくらいの背だということを、その時になってようやく認識する。
彼の発した背伸びや無力感、という言葉が自分の中の感情と重なる。
それは図星、というやつなのかもしれなかった。

「たとえそいつと肩を並べられなくても、胸張って隣にいたいよな」
「テリー……」
「……実はテリーは愛称でオレの名前はテレンスだ」
「そうなのか」
「そうだ。じゃなくて、だからビドー……あんたは、あの人のこと見失わずに必ず助けろよ……そうじゃなきゃ今のあんたは、危なっかしいからな」

ルカリオが俺の隣に居たがった理由も、その一言に集約されていた。
何だかんだ、俺はヨアケの隣に居たからこそ、彼女の相棒だったからこそ頑張れていた部分もあったのか。
ルカリオに心配されるってことは、それほど不安定になっているってことなのかもしれない。

……もっとしっかりしてえな。
そう願ったら、もう少しだけ気張れそうな気がした。

「お前も諦めていないのなら、その幼馴染の人絶対に助けに行けよ、テリー」
「……当たり前だろ。余計な気遣いはいいから休め、ばーか」

あえて愛称のままで呼ぶと、彼は顔を背けながらそう促した。言われた通りに俺も目を閉じ背中を壁に預ける。
その振動に揺られながら、俺たちは静かに、少しだけの間休んだ。

……そのあと眠りに落ちかけて、テリーの手持ちの、正確には彼の幼馴染の手持ちだったヨマワルのヨルに『おどろかす』で叩き起こされたのは、かっこ悪いからヨアケには秘密にしておこう。


***************************


義賊団<シザークロス>のお陰で、遺跡の町【オウマガ】にはすぐにたどり着くことが出来た。
【オウマガ】自体は遺跡を観光にしている町で、そこまで規模は広くない。
が、小山の上の遺跡へと向かう道が、内部の洞窟を抜けていくしか道らしい道がなかった。
せっかくの車両も、この先には通れない。ジュウモンジたちもこの奥に行くのは初めてだそうで、入り組んだ地形に頭を悩ませていた。

「これ、案内してくれる人とかいないと延々と迷うやつだよな……」
「秘伝技……秘伝技が、欲しい……」

テリーとアプリコットが複雑な道に臆している。かといって外側は急な勾配でとても歩いて登れるとは思えない。
時間も惜しい。ここまで連れてきてくれただけでも十分だ。ここからはオンバーンの力を借りよう。
そう考えていたら、表にいたクサイハナとそのトレーナーの男(いい加減ちゃんと名前聞くべきだろうか?)が誰かを引き連れてきた。

「こっちだ! あいつを上の遺跡まで連れて行ってほしいんだ、頼む……!」
「わかった、わかったから押さないでくれ!」

クサイハナたちの勢いにたじたじになっていたその濃い顔つきに金髪刈上げオールバックの男は、カウボーイハットを被りながら俺とルカリオの元に歩み寄ってくる。

「アンタが客かい? 金さえ貰えれば、お望みの場所に案内してやるぜ」
「! ぜひ頼みたい。いくらだ」
「ここから小山の台地の上の遺跡だと……こんなもんか?」

提示された金額は、そこそこしたが、支払えないほどではなかった。
迷わず了承して、名前を尋ねる。男はカウボーイハットに手をのせ、元気よく名乗る。

「俺はオカトラ・リシマキアだ。オカトラでいいぜ少年!」
「青年だ。俺はビドー・オリヴィエ。ビドーと呼んでくれ、オカトラ」
「! ……ハッハッハッ! オーケー商談成立だ! 任せときなビドー!」

笑って誤魔化すオカトラにもう一言付け加えたかったが、そんな気力も体力も惜しかった。
目安を立てたいと思い、所要時間を聞く。

「オカトラ。時間はどのくらいかかるのか?」
「お? 急ぎか? だったら……険しい悪路だが通ればわりとすぐにいけないこともない最短ルートがある。ただし連れていけるのは一名限り。それを選ぶかはアンタ次第さ。どうする?」

どのみち、ジュウモンジたちから得られる協力は【オウマガ】まで運んでもらうことまでだ。
初めから単独行動になると覚悟は決めていたが……何故だか、言い知れぬ不安がこみ上げてくる。
迷うはずもないのに、躊躇してしまった。
その意図せず作ってしまった一瞬の間で、俺自身より先に、その感情の正体をジュウモンジに指摘される。

「…………おいてめえ、ビビっているのか?」
「え……?」

言葉が頭に入りきる前にジュウモンが俺の手首を掴み、持ち上げる。そこでようやく自分の手が震えていることに気づいた。

「そん、な……こんな、はずじゃ……!」

周囲全体が、俺を心配する視線を向けているのが感じられる。
そんな中ルカリオだけが、俺を叱咤するように吠えた。
テリーとヨマワルのヨルがなだめようとするも、ルカリオは吠え続ける。
ルカリオの伝えたいことは、言葉が分からなくても波導で分かっていた。

「負けるな」 「彼女を助けに行くんだろ」 「恐れるな!」
その熱い波導に奮い立てられれば良かったのだが、どうしても萎縮してしまう。

あの得体のしれない影に立ち向かうことに、体が恐怖してビビってしまっていた。
ジュウモンジが手首から手を離す。震える拳を無理やり握ろうとすると、アプリコットが両手で包み込むように俺の手を取った。
その行動に動揺して反射的に彼女の顔を見る。
アプリコットは、真剣な眼差しで俺を見つめ、慎重に言葉を紡いだ。

「あたしが代わりに行こうか……?」

それは、心配して……とか、同情して……とかではなく、本気で代わりを務めようとしている目だった。
その考えが伝わってくるだけに、受け入れるわけにはいかなかった。

「いや、他人任せには、したくない。そしてここまで送ってもらった。報酬としては十分だ。これ以上は巻き込めない」
「そう。わかった……オカトラさん!」
「なんだい嬢ちゃん」
「追加料金出すから、秘伝技持っているポケモンがいたら貸して」
「!? ハッハッハッ! 気に入った! いいぜ!」

彼女の思い切りよすぎる発言に、思わず「正気か?」と言葉にこぼしてしまう。
不服そうな俺に、オカトラは思い切り笑い飛ばした後、こう言った。

「お嬢ちゃんの粘り勝ちだな。ビドー」
「オカトラも……本当にいいのか? そんな安請け合いして」
「ビドー。俺はな、誰でも簡単に引き受けるわけじゃあないぜ。アンタが困難に陥っているから、助力したいと思ったんだ」
「俺たち出逢ったばかりだろ」
「だが、ここに集まった嬢ちゃんたちはアンタを助けたいと思っている。それはアンタが助けるに値する人物だと見込んだからだろ? なら俺もそう思っても不思議じゃないさ。ほら!」

オカトラに背中を思い切り叩かれる。せき込む俺から慌てて離れるアプリコット。
それから今までの数倍高笑いし、最終的にはむせたオカトラが親指を立てる。

「デカイことやるんだろ? なら手前の看板くらい堂々とはれなくちゃな!」

呆気に取られたからなのか。びっくりした衝撃か。先ほどまでの震えは、収まっていた。
ルカリオは俺を見て、「もう大丈夫だな?」と目配せをする。
「ああ、大丈夫だ」と頷き、彼らに向き直る。
こういう時、彼らに言う言葉を俺はもうすでに持ち合わせていた。

「ありがとな。この先はだいぶややこしくて、危険が伴う。それでもいいのなら改めてこちらから協力、頼みたい」
「時間はないんだろ。さっさと話しやがれ、その面倒な状況とやらを」
「! ……わかった」

ジュウモンジの即答に面食らいつつも、俺はこの先の遺跡に居る“赤い鎖のレプリカ”を用いた計画を進めようとしているヤミナベ・ユウヅキを止めたいことや、ヨアケをさらった謎の影や、彼女が言い残した敵の存在の示唆について、出来るだけ端的に話した。
突拍子もない話になってしまったがそれでも彼らは了承してくれる。
そして、俺とオカトラの二人と、オカトラから秘伝技の使い手のビーダルとゴルダックを借り受けたジュウモンジたちの二方面からそれぞれ遺跡を目指した。


***************************


ハジメとの特訓にひと段落したソテツとフシギバナは、彼らを遺跡内部へと見送った後、大地に寝そべり休息を取っていた。
雲一つない青空を望みつつ、彼は先ほど感じた彼女の気配が引っかかっていたのである。
ソテツは買い換えたばかりの携帯端末に、<エレメンツ>で使っていた機能を入れていた。
画面に表示されるのは、アサヒの持つ発信機の位置を示す丸いアイコン。
それは間違いなく遺跡内部に居ることを示している。

(いつもの発信機の反応じゃ、アサヒちゃん今頃遺跡に潜入しているはずなんだけど……静かだな。まあビドー君が一緒なら、大丈夫だとは思うが)

アサヒと顔を合わせにくかったソテツは、彼女を引き留めることはしなかった。
黙って見逃すことが、怒らせて泣かせてしまった彼女へのせめて今自分にできる償いだと思い、目を瞑ることにしたのである。

(……正直、プロジェクトは成功してほしいけど、ハジメ君も言っていた通り、オイラも別にサクの、ユウヅキだけの力でなくてもいいからね)

頓挫とはいかなくとも一度中断まで持ち込まれれば御の字ぐらいにソテツは考えていた。
しかしいつまでもこうしていることに彼は一抹の不安を覚える。
ソテツが次の行動を移そうとしたその時、彼とフシギバナの頭上を飛び越えるシルエットがあった。
それは大きな足を持ち炎のたてがみを揺らすひのうまポケモン、ギャロップの姿。
着地したギャロップの背に乗った二人の人物を見て、ソテツたちは呆気にとられていた。

「無茶するなあ。あの急な坂を飛び越えてくるとはね……しかし、キミがここに来るのか、ビドー君」
「俺だけの無茶じゃ、ここまでたどり着けていたか怪しいがな」
「ハッハッハッ! 結果オーライ!!!」

冷や汗をかきながらも一仕事やり遂げてガッツポーズを決める初対面のオカトラの暑苦しさに、ソテツは若干引いていた。

ビドーはすぐさまギャロップから降りてルカリオをボールから出し、警戒姿勢をみせる。
ソテツの視線に入ったのは、ルカリオのつけているメガストーンと、ビドーの肩についたキーストーンのついたバッジ。
それとふたりの顔色だった。

「やっぱり立ち塞がるのか、ソテツ」

威嚇的に問いかけるビドー。彼の声で、ソテツはそれを虚勢だと見抜く。
そもそもビドーがアサヒと別行動なのがおかしいと感じていたソテツは、背後に迫る蹄の音を聞きながら、返答をぼかした。

「…………どうしたものかね。立ち塞がるのは、オイラだけじゃあないんだけどね」

遺跡の奥からパステルカラーのたてがみを翻したギャロップに乗って来たのは、大きな帽子を被った銀髪の女、メイ。

『邪魔者は、こいつらだけ片せばいいの?』

ソテツの脳内に直接メイのテレパシーが届く。
その言いぶりから彼女もまた、テレパシーを応用した思考の探知で、遺跡内部にアサヒが侵入していることに気づいていた一人だとソテツは推測した。

『こりゃあ、レインも出てくるのも時間の問題だな』
『……何を企んでいる』
『おお……、思考駄々洩れになるんだった。おっかない』

メイに思考を読まれていることに対し、「だったら仕方ない」とソテツは思ったことをそのまま口にし始める。

「ビドー君、ルカリオ。それ、トウギリとあいつのルカリオの借りたんだろ?」
「……そうだ」
「だったらメガシンカ、まだ慣れてないんじゃない? ちょっとだけレクチャーしてあげるよ」
「!?」

テレパシー内の舌打ちを耳にしながら、「裏切り癖が付くのはよくない傾向だな」とぼやくソテツ。
返答に困っているビドーに、意図を把握したルカリオに、ソテツは淡々と続けた。

「キミたちなら、オイラの言葉が嘘じゃないって判るだろ?」
「判るが、それでも……どうしてだ?」
「はあー……幻滅させたお詫びだってこと。さあ、そのヘタレてる根性ごと鍛えてあげるよ」
「誰がヘタレだ。この粘着質野郎が」
「ほう? 玉砕する勇気もないのに?」
「俺はそういうのではないし、何より中途半端に自爆した上に、結局肝心なこと直接言えずに終わったアンタにだけは言われたくない」
「ははは、悪態はっきり言える元気があるなら、踏ん張れよ、青年!」

ポケモンたちとオカトラが罵りあっていた二人をジトっと見つめていた辺りで、メイはソテツとのテレパシー交信をぶつりと切断する。
そのままレインへの呼び出しをしてから、わなわなとこみ上げるイラつきと敵対相手の増えた面倒くささを凝縮して、がなった。

「ったく! どい、つも、こい、つも……大概にしろ!!」

彼女は一度自分のギャロップを引っ込めると他の手持ちを繰り出した。
そのポケモンが現れると同時に、ビドーたちを頭痛が襲う。
薄水色の先端に爪のようなものが付いた長く幅広な帽子を被った魔女のようなポケモン、ブリムオンが目を細めながら、その甲高い声と共にサイコパワーを解き放っていた。
周囲の空気が念動力で震える。

「全部まとめて粉砕してやる……ブリムオン!!」
「……痛っ!」

荒々しくなるメイとブリムオンに対し、頭を押さえながらも構えるビドーとルカリオ。
苦しむ彼らの前に、ソテツとフシギバナは勇み出た。

「よく見て聞いておきなよ、ふたりとも」

眉間にしわを寄せ、彼らは目一杯カッコつけながら、ビドーとルカリオにレクチャーを始めた。


***************************


サモンさんが監視に残したゾロアークの幻影の力もあり、たぶん誰にも気づかれずに私たちは遺跡の最上階に出る。
辺りが展望できる吹き抜けた大広間。風に煽られないように意識を割かないとわりと危険な頂上。遺跡の床には折れた柱に囲まれた何か円を描いている文様があり、その手前には何か観測するためのような機材が設置されていた。
そして広間の中央に居たユウヅキを、モニターの前で調整を終えたレインさんが呼び止める。
レインさんは、彼が手に持つものの片割れを渡すように促した。

「サク。いえ、ユウヅキ。私に、2本ある“赤い鎖のレプリカ”の内の1本を渡していただきましょうか」
「……何のつもりだ。レイン」
「貴方に一人でプロジェクトを実行させる訳にはいきません。貴方の母親のスバル博士に叱られてしまいますからね……また諦めるのか、と」

レインさんの視線をそらさずしっかりと受け止めたユウヅキは、その申し出を拒絶する。
それが意地から来るものではないことを、私は知っていた。

「これは俺の責任だ。誰にも譲る訳にはいかない。誰にも、だ」

もはや、責任という言葉の体裁すら整ってないけれど、譲る訳にはいかないもの、それが私たちの抱えている問題だった。
そしてその問題を知るもう一人、彼女は狙い済ましたタイミングで階段を上って来て現れる。

「彼の言う通りだよ。レイン。これは彼の問題だ。キミが茶々入れるのは、野暮だと思うけど」
「サモン、さん……」

レインさんは普段の彼のイメージからはかけ離れた、明らかに感情を込めた表情でサモンさんに睨みつける。
しかしサモンさんはものともせずにレインさんに対して揺さぶりをかける。

「ヨアケ・アサヒと共に行動していた彼、ビドー・オリヴィエが遺跡の前に姿を現したよ。メイが食い止めようとしているけど、増援に向かわなくていいのかい、レイン?」
「……貴方が行けばいいでのでは」
「あいにく、ボクはメイには嫌われていてね。でもキミはすでにテレパシーで助けを求められているんじゃあないのかな……それとも見捨てるのかい? 彼女を」

怒りをあらわにするレインさん。しかしすぐにぐっと飲みこんで、レインさんはカイリューをボールから出した。
白衣の背中を見せ、ユウヅキからは見えない位置で悲痛な表情を浮かべながら、レインさんは願うように念を押す。

「いいですか、絶対に一人で先行しないでくださいね。絶対にですよ……!」

カイリューはレインさんとユウヅキを交互に心配して見つめていた。
何も答えられずにいるユウヅキを置いて、レインさんを乗せたカイリューは最上階から飛び立つ。
レインさんの姿が見えなくなったのを確認して、彼女は「いい感じに人払いできたね」と呟き、私たちに向けて言葉を放つ。

「さて、舞台は整ったねユウヅキ。そして――――アサヒ」

彼女から出た私の名前に、ユウヅキは驚き固まる。それから恐る恐るサモンさんの方を向き、私を見つけ目を見開く。
いつの間にかゾロアークはサモンさんの背後に回って、私たちの様子を伺っていた。

もう幻影は、私とドルくんを隠していない。


***************************


気まずい沈黙を先に破ったのは私だった。

「ユウヅキ。レインさんの言っていたもう一人は……私がなるよ」

ユウヅキは、か細い声で「ダメだ」と首を横に振る。

「この危険な役割は、他の誰にもさせられない」
「頑固だなあ。一緒に生きて償おうって言ったでしょ。私が言える立場でもないけどさ、独りで身を危険にさらす無茶をしないでよ」
「するさ。他でもないお前を、アサヒを失わないためなら、俺は無茶するさ」

その先の彼の言葉は、とても怯えたように震えていた。黒髪の合間から見える、青いサングラス越しの目を伏せたユウヅキは、8年前に別れたころの彼を彷彿させた。
あの泣いていた彼の姿が、ダブって見えた。
ユウヅキがずっと、ずっと無理をし続けてきたのが、その無理をひた隠しにしてきたのが……今、ようやく見せてくれた弱った姿でわかった。

「怖いんだ。本当にずっと怖かったんだ。今でも恐ろしくてしょうがないんだ。アサヒが、居なくなってしまうことが、俺は怖くて……怖くてたまらない」
「だからって……アイツの言うことずっと聞いていたって、私が大丈夫な保証は、ないよね」
「……先延ばしにはできたさ」
「でもね、もうこの先はないの」

確かに、今ここに私が立っていられること自体、彼が繋いでくれた結果だ。
でも私は非情になってその現実をつきつける。このままではダメだと。
先延ばしにできる未来は私にはもうない。
そのことは、私も彼も解っていた。

解っていたからこそ、私は――――笑って彼を励まそうとした。

「大丈夫、私はどこにも居なくなったりしないから」

本当はどこも大丈夫なんかじゃないけど、私はあえて言い切った。
結局のところ、先があろうがなかろうがだからどうしたって話だ。
まだ何も決まり切ってはいない未来に、悲観して嘆くのはもうおしまい。
たとえ望みが少なくても、私は最後まで笑ってやろうって。私はそう望んで、彼を説得する。

「そもそも、私がユウヅキの旅に一緒に来たのは、貴方の無謀に付き合うためだからだし、危ないとか今更だよ」
「…………だが」
「それに、ギラティナを呼び出してからが本番、でしょ? その時に貴方が倒れていて私だけで何とかしようとするのは嫌だよ?」
「…………それは……」
「私を置いて行ったら、それこそ追いかけちゃうぞ……?」
「勘弁してくれ……」
「じゃあ、『ダークホール』でもなんでも使って止める?」

私の挑発に、彼は「なるべくは、使いたくなかったがな」と答えてからモンスターボールを手に取り、私に見せた。
ユウヅキは「最終通告だ」と宣言して、ボールからダークライを出現させる。
ダークライは静かに私を見定めるように見据えた。

「今からダークライの『ダークホール』を使う。そしてお前を眠らせ置いて行く」
「もし……私が眠らずに立っていられたら、一緒に行ってもいい?」
「……できるならな」
「言質、取ったよ」

彼に約束を取り付けると同時に、私の背後から、ドーブルのドルくんが飛び出して来てくれた。
ドルくんはユウヅキとダークライをじっと見つめてから、私の手を握る。
どうやら一緒にダークライの『ダークホール』を受けてくれるみたいだった。

「ありがと、ドルくん」

感謝の念を伝えると、ドルくんは力強く握り返すことで返事をする。
気を抜くなってことだよね、と思い、私も負けないように握り返した。

ダークライはユウヅキを一瞥する。
彼はダークライの名前を呼び、はっきりとした口調で技の指示を出した。
頷いて了承したのち、ダークライは大きく両手を開き、構え、そして……。

青空の背景の中、帳を下したような闇が生まれていく。
それはすべてを黒に染めていく勢いで、浸食した。
私たちはその闇から一瞬たりとも目を逸らさぬよう、見続ける。

ふたりで手をつないだまま、私とドルくんは『ダークホール』の暗闇に呑み込まれていった……。

***************************


――――『ダークホール』の暗闇の中は、真っ暗すぎて平衡感覚が鈍る。
それでも私は手に取ったドルくんの温かさを胸に、足元に気を付けながら前進して闇の中心を目指す。
闇に隠れた彼らを捜して、一歩一歩前に突き進む。
風の音で分かりにくいけど、なんとなく感じた息遣いを頼りに、歩を進める。
空いた右手の手探りで何かを掴む。それは布の端っこだった。
懐かしい肌触りを、優しく握る。
すると天井から闇が晴れ、光が差し込んだ。一瞬目が眩んだけど、私はその手にしたものの正体を見る。
それは彼の大事な、深紅のスカーフだった。
首から下げたスカーフを掴まれ、困ったような表情を浮かべるユウヅキに、思わず私はドルくんのエスコートから手を離し、胸元へ飛び込んだ。

「……捕まえた」
「……捕まったか……」

ドルくんや、ダークライ。サモンさんとゾロアークの視線をお構いなしに、私は、彼の背中に手をまわし、思い切り抱きしめる。
ユウヅキもしぶしぶと軽く抱きしめ返してくれる。その温かさにうとうとしたくなったけど、左手のそれが私の意識を繋ぎとめた。
私の異変に気付いた彼は、いったん私を引きはがし、私の左腕を掴み確認をする。
左の手のひらに埋め込まれた植物のタネを見て、彼は察する。

「これは……まさか」
「バレちゃったか……『なやみのタネ』だよ。流石に何も対策しないで踏ん張るのは難しいと思ったから、ね。でもズルしちゃダメって言わなかったよね」
「ドルの『スケッチ』した『ふみん』の特性を埋め込む技か……だからって、自分にうたせるとか……無茶して……痕残るだろこれは……」
「勲章だって。このくらい……それより、私も一緒に戦ってもいいよね……?」

質問に大きなため息が返ってくる。ユウヅキは両手で私の左手を包み込み、祈るように目を伏せた。

「……守り切れなかったら、すまない」
「そうならないように私も頑張るよ」

私たちのやり取りが延々と続かないように。サモンさんは咳払いをする。
ゾロアークは相変わらず彼女の背後からこちらを伺っていた。
サモンさんはゾロアークの頭を撫でながら、私たちに行動に移すよう言った。

「悪いけど、そろそろプロジェクトを始めてもらおうか――――ディアルガとパルキアを呼び留め、こちらとあちらを繋ぎ、境を壊すプロジェクトを」

静かに頷く私たちに、サモンさんは仰々しく手を広げて、蒼天を仰ぎ見た。

「彼らの望み通り、“闇隠し”であちらに閉じ込められた者たちと、こちらに残された者たちを再会させてあげようじゃないか」

そう。私たちがビー君たちやこの地方のみんなから引き離してしまった大切な者たちを取り戻せる可能性があるとしたら、プロジェクトを進めるしか道は残されていない。
私たちの償いは、そこでは終わらのかもしれないけど、もとより逃げる気もなかった。

「ユウヅキ」
「アサヒ」

遺跡の中心で、ユウヅキが私に2本の“赤い鎖のレプリカ”の端を掴むよう促す。
私と彼は命綱のように右手と左手、それぞれで輪を描くように鎖を繋いだ。

鎖に力を籠めると、場の空気が、変わる。
レプリカの“赤い鎖”が、鈍く光り輝き始め熱を帯びていく。

その儀式に反応するように、遺跡が音を立てて揺れ始めた。
どんどん揺れが強くなっていく中、私たちは踏ん張りをきかせて、そのまま続行する。

「まあ、あとのことは……健闘を祈っているよ」

その変化を見届けると、サモンさんはそれだけ言い残して、幻影の力でゾロアークと共に姿を消した。
気づくと、辺り一面に広がっていた青空が、暗雲に包まれていた。
身体の力が、意識が鎖に持っていかれそうになる。
それでも私を彼が繋ぎとめる。
同時に私も彼を繋ぎとめる。
ドルくんとダークライがその場で見守る中。

やがて、異変は起きた。


***************************


「砕け、ブリムオン!!」

メイの咆哮に呼応するようにブリムオンの『サイコキネシス』の念動力が大地を抉る。
ソテツはフシギバナに『つるのムチ』で俺とルカリオを背負わせ『サイコキネシス』から一気に逃れようと駆け出す。
オカトラもギャロップに乗り巻き込まれないように逃げの一手。
岩陰に逃れようともその岩さえも砕いてくる『サイコキネシス』。
再度駆け出す彼に、このままお荷物でいるのは嫌だったので、俺は「降ろしてくれ!」と頼む。
しかし何故か返って来たのは質問だった。

「ビドー君! 最近やたらしんどいって思う時あるんじゃないかい?」

ソテツの質問の意図は分からなかったが、俺もつられて大声で「ああ、ある!」と返事を返す。
駆けるのを止めずに彼は、質問を重ねる。

「それって、ポケモンバトルの後とか、それこそメガシンカを使った後だったりしない?」

心当たりはあった。バトルにのめりこんだ時や、さっきもルカリオと初めてメガシンカした後、妙に体が疲弊していく感じはあった。
ブリムオンへの反撃に、フシギバナに一枚だけ威力とスピードを込めた『はっぱカッター』を射出させるソテツ。
『サイコキネシス』が一時ブリムオン自身のガードに回され、葉の刃が止められる。
そのまま投げ返された葉をもう一枚の『はっぱカッター』で弾き飛ばすフシギバナ。
攻撃の合間を縫うように、フシギバナの後ろに回り込んだソテツと俺は会話を続ける。

「その体調の変化は、キミが波導使いになったからだと思うよ」
「体調が……波導と関係があるのか?」
「あるはずさ。だって波導を感じるって、キミ自身も他者の感情を感じていると錯覚するってことだろう? それこそバトルしているポケモンの痛みや苦しみといった波導を、解っちゃうんじゃないかな」

連続でバラバラのタイミングの『はっぱカッター』を射出し、あえてブリムオンに『サイコキネシス』の防御を張らせたままにするフシギバナ。
思うように攻撃に転じられないことで、メイとブリムオンは苛立ちを募らせていく。
一見嫌がらせのような連射も、俺に情報を伝えるための時間づくりをしているのだとわかった。
ソテツの話によると、トウギリが目隠ししているのは、消耗を抑えるためともう一つ、あえて波導を繋げにくくしているからでもあるらしい。
見えすぎても、感じすぎても逆に不都合が生まれる、ということなのは今まさに身をもって痛感していた。
その痛い部分を、事実をソテツはついてくる。

「つまりビドー君。キミはポケモンバトルで、特にメガシンカで疲れやすいってこと……通常の人よりリスクがあるってことだ!」

突き付けられた現実。せっかく借り受けた力を活かしきれない欠点を見せつけられ、俺は……こう言っていた。

「逆に、リスク相応のリターンもあるのか?」
「……しいて言うなら他者の感情がわかりやすい。乱用はオススメしないけどね」

……充分すぎる答えだった。

返答を聞いた直後、上空からこちらに急速落下してくる気配を二つ感じる。

「! 上から来るぞソテツ!」
「わかっている! フシギバナ飛べっ!」
「――――カイリュー……『ドラゴンダイブ』!!」

二つの気配の内の片割れ、レインが落下直前に分離して、もう片方――――カイリューがこちら目掛けて攻撃を仕掛けた。
フシギバナがその場でツルを使ってジャンプし、ギリギリのタイミングでカイリューの突撃を回避、そのまま落下の勢いで押しつぶそうとする。
カイリューは尻尾を使い、フシギバナの顔面を強打。乗っていた俺たちごと弾き飛ばした。
転がって着地をしていたレインは、メイに状況の説明を求める。

「メイ! やはりソテツさんは……更に寝返ったのですか?」
「そうだっつーのレイン! だから手伝えっての……!」
「そうですか……分かりました」

遠巻きに彼らのやり取りを見て、俺らのそばにやって来ていたソテツは愚痴る。

「あの二人やけに呑み込み早くない? 早すぎない?」
「それだけ警戒されていたんだろ。あとソテツ……分が悪い。俺たちもいい加減戦うぞ」
「そう? ……でもフシギバナから降りるのはダメだぜ」

反論を返そうとするも、それをソテツは声のトーンを落として制止した。

「今、キミがすべきなのはここでむやみに戦って消耗することではないだろ? 体力も、そして……時間も」

その真剣な眼差しに思わず言葉を飲み込む。ルカリオもソテツのストレートな波導が、かりそめではないということがわかっているようだった。

「今だけは信用してくれないかい」
「わかった、でも一つだけ言わせてくれ……できれば、この先も信じさせてほしい」

ヘアバンドを目深に被り、「守るには、破ってしまいそうな約束かもしれないけどね」と彼は言葉を濁しつつも了承してくれる。

このやり取りがメイの琴線に触れたようで、単独行動しているソテツ目掛けて、容赦なくブリムオンが帽子のような部位の先端の爪を『ぶんまわす』。
ルカリオがフシギバナの背の上から『はどうだん』を放ち、ブリムオンの爪を弾き飛ばした。
遠心力もありバランスを崩したブリムオンを転倒させることに成功する。
が、転んだブリムオンの隙をカバーするようにカイリューは一気に俺たちに向けてこちらに飛び込んできた。
カイリューは自身の両翼を鋭く張り回転……『ダブルウイング』でフシギバナを切りつけようとする。
とっさにフシギバナが『つるのムチ』でカイリューの回転を利用してツルを巻き絡めて受け止め、さらに突撃の勢いも利用してフシギバナはカイリューを背後の宙へ放り投げる。
空中で態勢を立て直すカイリューへもう一撃『はどうだん』を叩き込むルカリオ。
遺跡の入口への道筋が出来たと思ったその時――――

辺り一帯に地響きが鳴り、台地を揺らした。

「な……?!」

揺れの正体は一目瞭然で、だが信じられない光景が広がっていた。
明らかに質量をもった遺跡が……浮き上がっていやがった。


***************************


「はあ? 何これ??」
「何ですか、これは」
「おいおい聞いてないぜ……!」

メイもレインも、遺跡に詳しそうなオカトラでさえも知らなかったようで、遺跡はどんどん浮上をしていく。
唯一の入り口がだんだん上方へと遠ざかっていく。

「……ビドー君! ルカリオ!」

呆気に取られている俺たちに、いち早く我に返ったソテツが、俺とルカリオを呼ぶ。

「レクチャーって言っておいてあれだが、あとオイラからキミに言ってあげられることは一つだけだ」

ヘアバンドについた飾りの一つの蓋を開け、ソテツの指先がキーストーンに触れる。
それから彼は、メイとレインの二人の隙をついて、フシギバナと光り輝く絆の帯を結んだ。
フシギバナが大地を踏み鳴らし咆哮するとともに、ソテツは俺とルカリオの目を見て言った。

「メガシンカは切り札だ! どこで切るも自由だが、自分の勝利条件を忘れるな!! ……やるよ、フシギバナ!!」

最後の指南を終えたソテツとフシギバナ、ふたりの呼吸が合わさる。
口上なんてものはなかった。でも、ソテツとフシギバナは今の彼らのありったけを込めて叫ぶ。

「印は捨てたし肩書なんかもう名乗れない……だけど、ここにオイラたちのすべてを繋ぐ――――メガシンカ!!!」

俺らを背に乗せたまま光の繭が素早く弾け、さらに大きな花を背負ったメガフシギバナが顕現した。
振り向くメイ、ブリムオン、レイン、カイリューに向けて、ソテツはにっと睨み笑いを作る。
彼は拳を、フシギバナは前足をそれぞれ地面に叩きつけた!

「『ハードプラント』!!!!」

大地から巨大な、まるで木のような根が生え、曇天へと変わっていた天上へと俺らを押し上げていく。
根先の目指す進路は、遺跡の入り口。

「させてたまるか、ブリムオン!!!」
「! 阻止しなさい、カイリュー!!!」

ブリムオンが鳴き声で詠唱を唱えると俺とルカリオの間に大きな『マジカルフレイム』で出来た火球を作り出した。
さらにはカイリューがなにやら空を飛んで力を溜め込んでいる。その構えはどこか、以前見たボーマンダの『りゅうせいぐん』に似ていた。

目の前に迫る火球。そのあとに降り注ぐ『りゅうせいぐん』。
そのどちらにも対応しなければならない不安をかき消したのは……アイツらだった。

「ハイヨーギャロップ!! 炎を根こそぎ奪っちまいな!!」

オカトラを乗せ逃げ回っていたギャロップが、火球に向かって大ジャンプした。
思わず彼らの名前を叫ぶ俺の目の前で、さらに不思議なことが起きた。
火球が、『マジカルフレイム』が、炎がギャロップに吸い込まれその『フレアドライブ』の火力を上げていった――!!
確か、そのギャロップが持てるうちの一つの特性は……!

「『もらいび』か!」
「その通り! ギャロップそのまま『フレアドライブ』だっ!!!」

『ハードプラント』の根を足場にしてギャロップはそのままカイリューに向かって『フレアドライブ』で駆け抜け、空中から引きずり下ろした。
カイリューとギャロップと一緒に落下しながら、オカトラは親指を立てた拳を突き出し、大声で「グッドラックだビドー!!」と激励をくれた。
そして、ブリムオンの八つ当たりをかわしながらソテツは、一言だけこう言い残した。

「キミは! キミのしたいと思ったことをやれ!!!!」

それは、今までで一番刺さる言葉だった。
彼の言葉に大きく一度頷き返した後、根から放り出される。
遺跡の入り口に放り込まれた俺とルカリオは、下方の激戦の音を背に、そのまま振り返らず内部へと駆け出した。


***************************


ルカリオと揺れ動く遺跡の奥を進んでいくと、中央の大きな広間に出る。
しかし、俺たちの足はそこでいったん止まる。
何故なら、薄闇広がるその広間で、彼らが待ち受けていたからだった。

石畳に彼の足音が響き渡る。そして、その背後に足音を立てずに天井から降り立つ青い影。
桃色のマフラーのようなベロを口もとに巻いた、黄色のスカーフを腕に身に着けたゲッコウガ、マツ。
そして、そのトレーナーの、金髪ソフトリーゼントの丸グラサン野郎……ハジメ。
彼らは俺らの前に、立ち塞がった。
そこにソテツのような、猶予を与えてくれる様子はなかった。

「ここにお前が居るということは……ソテツを倒してきたのだろうか」
「いいや、アイツは俺らをここまで運んでくれた」
「そうか。それが彼の選択か」

ハジメは、憂いを帯びた視線を隠すように丸グラサンをくいと指で上げると、俺に宣告した。

「俺はお前たちをこの先に通すつもりはないだろう。サクが計画を遂行するまではな」
「……ヨアケが、既にたどり着いていたとしても?」
「ふむ……彼女がどうやって切り抜けたかは知らないが、そこにさらに援軍を送ると思うのだろうか?」
「……だよな」

上階にある彼女たち複数人の波導を感知する。少なくとも、ヨアケとドルとヤミナベがそこに居るのは、分かった。
それとは別に、何かとても嫌なものが近づいてきている。そんな悪寒がした。
思い返すのは、ソテツに言われた「勝利条件を忘れるな」という言葉。
なるべくならこの戦い、避けられないか?
避けるにしても、どうやって?
そう悩んでいると、どこか寂しそうにハジメは言った。

「お前は……俺のことを、悪党と思うか?」
「えっ?」

悪党。
それはかつて俺が放った言葉だった。
今でもそう思っているかは、正直もうよくわからなかった。

「悪党には、悪党なりの矜持があるんだ。悪いが俺は家族を取り戻すために――――“お前を攻撃してでも”ここは、通さない」

俺を攻撃してでも、をやたら強調して突破を阻止すると言い切ったハジメ。
……どうやら彼の波導は、覚悟は、決まっているようだった。

「遠慮も、容赦も、するなよな。ビドー」

ルカリオが俺の肩に手を置いた。肩につけたキーストーンのバッジに、手を置いた。
ルカリオも、腹をくくっているようだった。
そのルカリオの手にそっと俺の手を添えて、握りしめて……俺も、覚悟を決めた。
ハジメとマツを、倒す覚悟を……決めた。

――――でもそれは、アイツの望むのとは、違う!

「ハジメ……お前が悪なら、こんな『お前を攻撃してもいい』なんて思考を持った俺も悪だ」
「……そうだろうか」
「そうなんだよ……これは、どっちも悪くて、どっちも正しいんだ。簡単に割り切れる問題じゃない。でも、だからこそ、今から行うのはケンカだ。やりあいなんかじゃなく、ただのケンカだ!」

一瞬だけ目を丸くした後、ハジメは珍しく、本当に珍しく笑った。
ゲッコウガのマツも、面白い、と言わんばかりに構えを取る。
ルカリオは意外そうな目で俺を見て、そしてわずかに微笑んだ。

「ケンカ……はっ、いいだろう」
「俺はお前を殴り飛ばしてでも突破する。お前は俺を殴ってでもそれを止める。それでいいなっ!」
「簡単に通れるとは思うなよ……!」

こうしてこの土壇場で、俺らはケンカを始めることとなった。

彼らは被害者を取り戻すため。
俺たちはヨアケを助けるため。

お互いの理由を知りながら、今。
譲れない者同士が、衝突する。


***************************


…………。
……ついに。
ついにこの時が来る。

この8年は、今まで生きてきた中で一番長かった。
一番待ち遠しい8年だった。

だけど、それももうすぐ終わる。やっと終わるんだ。
……いや、違うか……。
まだ、これで終わりではない。
これから、本当の意味で、始まるんだ。

肝心な、正念場が。

ああ、早く、早く、早く。


早く……キミにまた会いたい。









後編に続く。


  [No.1692] 第十五話後編 明けない世界の始まり 投稿者:空色代吉   投稿日:2021/12/22(Wed) 23:16:27   3clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

その日、天気予報は一日快晴を示していた。
だが、なんの前触れもなくヒンメル地方全体を雲が覆っていた。
曇り空は、【オウマガ】からヒンメル地方全体へと広がる。
ただ、その雲は光を隠すだけでなく、何か異様な雰囲気を纏っていた。
暗くなっていく世界で、人もポケモンも雲に隠れた空を見上げた。
自警団<エレメンツ>のも、義賊団<シザークロス>も、<ダスク>のメンバーも。
所属している者も、所属していない者も関係なく、その暗雲を仰ぎ見ていた。
空の青さを、日の光を、彼らはどこか待ち焦がれるように望んでいた。

きっとまた晴れると、不安を覚えつつも信じていた……。


***************************


自分でケンカをやろうとハジメ振っておいてあれなんだが、正直俺は、ケンカに慣れていなかった。
何故ならケンカなんて、誰かと本気でぶつかり合うなんて、きっと俺には初めてのことだったからだ。
ルカリオみたく向き合うことはあっても、ぶつかり合う間柄は、そういうことを遠慮なくできる相手は、たぶん今までいなかったと思う。
ラルトスとも、そうだった。

かといって、ハジメとは友達かと言うと、そうとは決して言い切れない。そんな奇妙な関係だった。

「ビドー……覚悟!!」

俺の名を呼び、ハジメはゲッコウガのマツに『アクロバット』を指示。マツは素早い動きで遺跡の大広間を駆け巡り跳びはねて、『はどうだん』をたたえたルカリオに狙いを定める隙を与えさせない。
それでもルカリオが放つ波導のエネルギー球は、高速で動くマツを追尾して追いかけていく。
するとマツは、『はどうだん』を自らの背後に引き付けたままルカリオへと突進してきた……!

「ルカリオっ!」

マツの狙いはホーミングされた『はどうだん』の軌道を利用してこちらにぶつけてくること。
だったら、あえてそれを利用してやれルカリオ……!

再度の『はどうだん』の構えをするルカリオに対して、マツはしなやかで『アクロバット』な飛び蹴りで飛び込んでくる。

「! ……今だ!」

ルカリオはエネルギーをチャージせずに、技の構えを『フェイント』にしてマツの飛び蹴りの脚を掴んでそのまま迫っていた方の『はどうだん』に投げた。
だがマツは、難しい体勢だというのにも関わらず、ベロのマフラーを伸ばしてエネルギー弾を足場に高く飛び上がる。

「追撃の『スカイアッパー』!!」

空中に浮かんだマツはルカリオの『スカイアッパー』をかわすことは出来ない。
その中でもハジメは、マツに的確に指示をした。

「マツ、ガードからの衝撃を使って天井へ!」

マツはマフラーを回転させ、アッパーの直撃を防いでさらに高く天井へと飛び、そのまま張り付いた。
天井から逆さ吊りになったマツは空いた両手で『みずしゅりけん』を生成し、俺とルカリオに連射してくる。
ルカリオなら見切れる『みずしゅりけん』。けれど俺の動きではかわす動きについていくことさえできず、その場にくぎ付けにされてしまった。
上方のマツに気を取られていた俺たちは、接近していたハジメへの反応が遅れる。
視界がハジメを捕えた時には、彼の掌底が俺の腹を穿っていた。

「?! があっ……!」

『みずしゅりけん』が頬をかすめ、血痕と共に地面にぶつかりはじけ飛ぶ。
続けざまに放たれたハジメの回し蹴りをルカリオが片手で弾く。
距離をとるハジメの姿を、せき込みをこらえ歯を食いしばり、捉える。

(いつまで棒立ちのバトルをしているんだい?)

以前ソテツにそう責められたことを思い返し、気づいたら駆け出し始めていた。
走って、走って、走り続ける。思考する時間を稼ぐために、ルカリオと共に縦横無尽に駆け巡る。
考えがまとまりルカリオに伝えると、俺たちは踵を返し『みずしゅりけん』の雨あられにあえて突っ込んでいった。

俺らのターゲットは――――ハジメ。
ルカリオが狙いをハジメに切り替えた『はどうだん』を走りながら放つ。
当然マツがそれを素通りさせるはずはない。天井から急降下してかかと落としで『はどうだん』を叩き潰す。
でも、それでいい。

「ハジメえっ!!!」

アイツの名前を咆哮しながら俺はハジメに体重を乗せたタックルをかます。
そして、彼を突き飛ばした後、俺は、そのまま転がり伏せる。
ルカリオが右手で放った『はどうだん』が伏せた俺の頭上を通過して、ハジメに襲い掛かろうとしていた。
すかさずマツは、『みずしゅりけん』を当てて『はどうだん』を起爆させエネルギーをハジメに届く前に拡散させる。
そのマツは、ルカリオに背中を見せることとなる……!

「行けルカリオ!!」
「! 後ろだマツ!!」

左手に携えたもう一発の『はどうだん』がカーブを描いて投球され、マツに命中した……!
直撃を受けたマツは、痛みをこらえながらもハジメの元に転がり込むと、ある技を放った。

黒煙……『えんまく』。
煙幕が、ハジメとマツを包むように隠していく……。
波導を用いるルカリオや俺に目くらましはあまり意味をなさないが、彼らが何かを狙っているのは、確かだった。

かといって臆しているヒマはない。
嫌な予感を消しきれないが、ルカリオに『はどうだん』を放たせた。

――――予感は、的中した。

彼らに向けて狙い撃つ『はどうだん』が、ルカリオの手元から離れた瞬間。
漆黒の影が煙幕の中から飛び出て、ルカリオを突き飛ばした。
完全に油断をつかれた『ふいうち』を放ったのは、大きな黒翼を翻し俺に向けてとびかかって来たのは……ドンカラス。
攻撃に放ったはずの『はどうだん』も、晴れていく黒煙の中でしっかりとドラピオンの『まもる』で防がれていた。

ハジメはゲッコウガのマツ、ドンカラス、ドラピオンの三体のポケモンを従えながら、苛烈に反撃をしてきやがった……!


***************************


ドンカラスの脚爪が、容赦なく振り下ろされそうになる寸前、俺はとっさにモンスターボールを正面に構えて開く。

「っ、エネコロロ!」

エネコロロは俺の意図を汲んで飛び出しざまに『ねこだまし』をしてドンカラスを怯ませ間一髪動きを止めてくれる。
しかし安堵する余裕なんかまったくなく、ドラピオンの『ミサイルばり』が五連続で上空からこちらを狙ってくる。

「アーマルド頼んだ!!」

続けて俺はアーマルドを出して『いとをはく』を指示。アーマルドが射出した細い糸の群は、宙で針に絡まる。

宙で絡まった糸と針は、落下と共にその影を地面に落とす。
そのラインのシルエットは、ちょうど俺とマツへのびていた。
たったそれだけのことで、冷静なハジメの感情が獰猛に高ぶるのを俺とルカリオは感じる。
悪寒とも言っていいほどの戦慄。突き刺すような視線は明らかに俺を狙っていた。

「――――ここだ」

マツの攻撃は、正面からは来なかった。
繋がった影を何かが泳ぐように迫り、そして。

鋭い刃となり、真下から襲い掛かる。

「『かげうち』!!」
「!?」

痛みと……衝撃で一瞬意識が飛びかけた。
うつ伏せに倒れる目先には、濃くなる影、よどむ影、うごめく、影。
――――指示が出せない状況で、フォローに入ってくれたのはエネコロロだった。
エネコロロは『ひみつのちから』で俺とマツの間に壁を生み出し、繋いでいた影を分断して俺を救ってくれる。
アーマルドとエネコロロ、そしてルカリオが俺のことを呼び案じてくれた。
ここでポケモントレーナーが、俺が倒れたら一気に瓦解するのが嫌と言うほど身に染みる。
意地で意識を保ちつつ、壁の背後から俺は……エネコロロに『こごえるかぜ』の技を頼んだ。

壁越しに凍てつく冷風がハジメたち側へと流れ込んでいく。ドンカラスがその風に対し『きりばらい』で応じる。風と風のぶつかり合いで、お互い動きが少し鈍る。
今度は、合間に『つめとぎ』をして攻撃力を高めていたアーマルドに作戦を伝えた。

「任せ、たぞ……アーマルド!」

アーマルドが『アクアジェット』を用い、分断されていた壁の上へ水流と共に飛び出る。
それに反応したドンカラスはどのような攻撃でも対応できる『ふいうち』を狙った。
しかし、俺がアーマルドに頼んだのは――――攻撃ではなく徹底的な足止め。
アーマルドがハジメたちの上から行動封じのあの技を出す!

「『いとをはく』!!」
「ちっ……『つじぎり』で糸を切り裂けドンカラス!」

不発の『ふいうち』からすぐさま『つじぎり』に切り替えるドンカラスは……糸に気を取られすぎていた。
落下のスピードと共に狙いすましたアーマルドの一撃に、ドンカラスは反応が追いつかない。
とがれた爪が、漆黒の羽毛を捕らえる。

「アーマルド――――『シザークロス』!!」

痛恨の一撃が決まった……けどそれは、手痛い反撃がつきだった。
ドンカラスのフォローにワンテンポ遅れたマツの『アクロバット』が、アーマルドを横薙ぎにクリーンヒット。
それだけでは、彼らの反撃は止まらない。
攻撃のチャンスを狙っていたのは、向こうも同じだったのだから。

壁の横から這いよる存在にいち早く気づいたのは、ルカリオだった。
俺が気づいたその時には、エネコロロが静かに忍び寄るドラピオンに狙われていた。

「『はいよるいちげき』からの『クロスポイズン』だドラピオン!」

ドラピオンの長い尾と両腕による三連斬が、エネコロロを切り裂く。

「エネ、コロロ……エネコロロっ!!」

俺の呼びかけにエネコロロは不敵に笑いながら、吠えた。
エネコロロは毒をもらいながら『からげんき』で最後の反撃をドラピオンに叩き込み、そして、地に崩れ落ちた。

静かに怒るルカリオが『フェイント』をドラピオンに向けて放つ。
しかし怒り任せの拳は両腕で止められ、尾の『はいよるいちげき』が襲い掛かった。

「ルカリオ『スカイアッパー』だっ」

とっさの指示に対してルカリオは冷静さを取り戻して『はいよるいちげき』の尾をアッパーではじき返して対応してくれる。
傷ついた翼にもかかわらず、低空飛行でドンカラスは突撃をかます。

「エネコロロありがとう……行けカイリキー! 『ビルドアップ』!!」

エネコロロをボールに戻し、カイリキーを繰り出す。『ビルドアップ』をして鍛えた四本の腕力でドンカラスを受け止めた。
ドンカラスの執念の脚爪によって放たれた『つじぎり』が、カイリキーの急所を切り裂く。
それでもカイリキーの意思は固く、ぶれない。

「『がんせきふうじ』……!!」

四本腕から放たれる岩のエネルギーが、ドンカラスの身動きを今度こそ完全に封じ、大ダメージを与え……そして戦闘不能へと追いやった。


***************************


(やっと……やっと一体倒した……!)

ハジメの残りの手持ちは、ドラピオンとゲッコウガのマツ。ドラピオンはルカリオと交戦中で、マツは……アーマルドが向かってくれている。

形勢が傾いたかに見えた――――アーマルドがマツの『みずしゅりけん』をもろに喰らってしまうまでは。
腹のど真ん中に連続で『みずしゅりけん』が杭打つように当てられてしまい、アーマルドはそのまま倒れた。
控えめに見ても戦闘続行不能だった。

「すまないアーマルド戻ってくれ……!」

油断と判断の鈍りが招いた結果だ。
慌ててアーマルドをボールに戻すと、嫌な鼓動の速さが耳につく。
カイリキーの『クロスチョップ』を軽々とかわし、『アクロバット』とほぼ同時に『えんまく』をも叩き込んできたマツが、どこか凄まじいモノのように見える。
視界を潰され、カイリキーの動揺が伝わってくる。でもそれはほんのわずかな間だけで、カイリキーはこう念じていた気がした。


揺れてたまるか、と。

「……そうだよな、カイリキー。ルカリオ、もう少し任せた!」

ルカリオの了承の声。悪い視界の中こちらを向くカイリキー。
素早く飛び回りこちらの隙に『アクロバット』をしていくマツを前に、大きく深呼吸して、俺はカイリキーに言葉で伝えた。

「揺れるな!!」

カイリキーは身震いをした後、応、と返事をする。その声だけで、頼もしかった。
俺がカイリキーの目になり、カイリキーはマツの猛攻を何とかいなして、『バレットパンチ』を叩き込むことに成功する。
決定打にこそならなかったが、マツはもう体力の限界が近いはずだ……いや。

いや、だからこそ……だからこそまずい!

「!! 来るぞ、カイリキー!」

カイリキーに危機を伝えるも、視界が眩んでいるのが致命的だった。

「まだだ。そうだろう? マツ!」

ハジメの呼びかけに呼応するように、マツの周囲に激しい水流があふれ出てくる。
自らの窮地になったときに起こる『げきりゅう』。その水エネルギーがマツの掲げた『みずしゅりけん』を一段と大きく鋭くしていく。

「狙い撃て、『みずしゅりけん』!!」

巨大で複数の『みずしゅりけん』が、ガードをしているカイリキーに容赦なく炸裂する。
カイリキーは膝をつき、そしてそのまま倒れかけた。
立ち上がろうとするカイリキーに俺は肩を貸し、ボールに戻るように促した。

「ありがとう。休んでいてくれカイリキー」

カイリキーは悔しそうに目を伏せ、頷きボールの光に包まれてしまわれる。
それを見届けると、俺は最後の五体目を出した。

「行くぞ、オンバーン……!!」

オンバーンの『りゅうのはどう』がドラピオンを交戦していたルカリオ引きはがす。

「こっちだルカリオ! オンバーンも!」

俺たちは一斉に広間の壁際に集合する。ハジメたちが一列に並んだその瞬間を狙った。
オンバーンが大きく羽ばたき『おいかぜ』を作り、口からは『かえんほうしゃ』を発射。
やけつくフロア。乱戦の中ようやく、本当にようやく生まれた、チャンス。

カードを切るとしたら、もうここしかない……!

服の肩に着けたキーストーンのバッジを握りしめる。ルカリオもメガストーン、ルカリオナイトに触れる。
熱で荒れる互いの息を、絆の帯を、波導を合わせる!!

「――――進化を超えろ、メガシンカ!!!」

ルカリオの咆哮。
光の繭が破れ、炎の勢いが収まると同時にメガルカリオは顕現した。
焼ける空気をメガルカリオは波導の圧で吹き飛ばす。
共鳴して、俺の波導感知能力も、高まっていく。

ドラピオンが放つ『ミサイルばり』。その一本一本に引けない思いと、ためらいながらも仕留めるという意思を感じる……。
針を放っている間は、ドラピオンは踏ん張りをきかせなければならない。
だから、狙うならここしかないと思っていた。

「ここだ」

駆けだしたメガルカリオとタイミングを合わせ、俺はアッパーカットを空に振り上げる。
轟、と厚みのある音が響く。
駿足で間合いを詰めたメガルカリオの『スカイアッパー』が、ドラピオンを突き上げ天井へと叩きつけ気絶に追いやった。

しかしドラピオンもただでは終わらない。
放っていた『ミサイルばり』は、ギリギリのタイミングでオンバーンの誘導へと切り替えられていた。
誘導された先に待ち受けるのは、マツの猛烈な『みずしゅりけん』。
オンバーンはかわしきれずに、撃ち落とされてしまった。

お互い戦闘不能になったポケモンたちを労い、ボールに戻す。
残ったのは最初に戦った二人と二体だった。

結果的にケンカというには苛烈にヒートアップした戦いは、佳境を迎える。


***************************


立ち尽くす俺たちの間に決戦の合図なんてものはなかった。
気が付いたら両陣営とも、真正面から突っ走っていた。

「ハジメえええええええええ!!!!」
「ビドーっ!!!!」

ミラーシェードと丸グラサン越しの視線がぶつかり合う。
メガルカリオとマツも雄叫びを上げて真っ向からぶつかり合う。

「ルカリオ!!」
「マツ!!」

技の指示と拳が同時に放たれた。
メガルカリオの『フェイント』のラッシュを見切ったマツが、屈んでから『アクロバット』で蹴り上げる。
宙に浮くメガルカリオが放つ『はどうだん』をマツは『みずしゅりけん』を両手に持ち、弾を四等分に切り裂き爆破。
そしてそのまま二枚の大手裏剣を一枚に合わせて投げてきた。
着地したメガルカリオは『スカイアッパー』で合成大手裏剣を弾き飛ばす。
間髪入れずに放たれた残り三枚の『みずしゅりけん』。
メガルカリオは食らいながらマツに突撃する。流れてきた攻撃を、ハジメと殴り合っていた俺も一歩たりともかわさず、アイツに最後の指示を出す。

俺たちの想いを乗せた、トドメの一撃。
メガルカリオと俺は、クロスカウンターとしてマツとハジメに固く握った拳を振りぬいた。


これが俺たちの、覚悟の――――
「――――『おんがえし』だ!!!!!」


波導を乗せた一閃が彼らに触れた時。
ひとつの疑問が彼らから流れ込んでくる。

(何故、『みずしゅりけん』を避けなかった)

「……なんで……って、これはケンカだからだよ。命の取り合いじゃねえから。避けなくても大丈夫だって、お前らを信じたんだよ」
「…………アホではないだろうか」

仰向けに倒されてそう呟く彼は、穏やかな声で心底呆れながら言った。ゲッコウガのマツも、「同意だ」と言わんばかりに一声鳴いた。

メガシンカが維持できなくて、自然と解除されてしまう。ルカリオも俺もマツもハジメもボロボロで、ケンカには勝ったけど本来の勝負ではあまりにも消耗させられたので、実質負けてしまっていた。

ハジメたちの足止めは、見事に成功してしまったのだった。
まあ、だからといって、俺もルカリオもここで立ち止まり引き返す気にはなれねえけどな。

「まだ止めにいくのだろうか?」

肩を組み立ちあがる俺らに、ハジメは座り込みながら質問を投げかける。
短い肯定を返すと、ハジメは小さな袋をこちらに投げた。
受け取った袋の中身は、回復薬やきのみの類。

「戦利品だ。わずかな足しにしかならないだろうが持って行くといいだろう」

視線を逸らし、呟くハジメに「助かる」と礼を言うと驚かれる。
ハジメは何か色々と言いたいのをこらえているようだった。
それでもハジメは俺に一つだけ問いかける。

「ビドー……お前は、ラルトスよりもヨアケ・アサヒを優先するのか」

ハジメの疑問は、的得ていた。
俺がしているのは、ラルトスを救えるチャンスを棒に振るようなものかもしれない。
それでもヤミナベの計画をヨアケに頼まれたから止めるのかというと……その答えは出ていた。

「計画は、止める。でもラルトスは諦めない」
「…………」
「どっちも俺にとっては大事な存在だ。だからどっちも助けられる形で助けたい。強欲といわれようともな」
「……欲張りすぎると、どちらも取りこぼすぞ」
「みんな救えりゃ、それが一番いい……だろ?」
「……ふっ、そうだな。そうだったな」

彼はそれだけ言うと、「行ってこい」と俺たちを送り出す。
さっきまで感じられていた上の階の方の波導が軒並み感じにくくなっていた。
不穏なことだらけだが、俺とルカリオは階段へと歩みを進める。

(そういえばハジメのくれた袋の中に、前にアキラちゃんが分けてくれたきのみもあったな)

移動中、回復薬を使っている最中に思い出したのもあり、俺はルカリオに自分が持っていたそのきのみを「お守りだ」と言って手渡した。
ルカリオは一瞬受け取るまで間を開けたのち、それを受け取ってくれた。
出来るだけの応急手当をした後、俺とルカリオは最上階へ向かう。



……そこに何が待ち受けているのか、この時の俺らは知る由もなかった。
でも、たとえ知っていたとしても、俺とルカリオは同じ行動をしていたと思う。
それだけは、確かだった。


***************************


……。

…………。

………………………。


これは、たぶん、走馬灯ってものだと思う。
後悔もだけど、振り返りも含めた走馬灯。
こんなことになってしまう前に、どうにかならなかったのかという再確認。
起こってしまったことは、どうしようもないし、自覚のある走馬灯っていうのもなんだか変な感じもするけど、それでも私は思い返して、探していた。

この事態になる前に私はどうすればよかったのか。
そしてこれから何かできることはないか。
永遠にも思える一瞬で、私は探していた。


時間は少しだけ前に遡る。
私は、ヨアケ・アサヒは大切な存在である彼、ユウヅキと一緒に“赤い鎖のレプリカ”を用いてディアルガとパルキアを呼び出すことに成功した。
空間が裂け、その穴の向こう側から二体の伝説のポケモンが現れる。

鋼の身体を持つ青い竜、ディアルガ。
清らかな薄紫の肌の竜、パルキア。

赤い鎖が、二体の竜の周りを縛り、この世界に留めた。
二体の竜が暴れるとともに、時間が、空間が乱れる。

私とユウヅキは、鎖ごと手を繋いだままディアルガとパルキアに立ち向かう。
ディアルガとパルキアは鎖で力を封じられているのにも構わずに、抵抗の大技を放ってきた。

ディアルガは時間の流れすら曲げる蒼白の光線『ときのほうこう』を。
パルキアは捻じれた空間から八つ裂きの斬撃波『あくうせつだん』を。

二体の大技から私たちを庇うように前に出たのは、ダークライだった。
ダークライは『ときのほうこう』と『あくうせつだん』の両方の技を――――そっくりそのまま両手から放ち相殺する。
ドーブルのドルくんが息を呑みつつも私たちを見守っていた。

エネルギーがぶつかり合い、拮抗状態になる。
僅かでも気を緩めたらいけない緊張感の中、私たちの居た場所に、世界に……亀裂が走る。
裂け始めたそのほころびは瞬く間に広がっていき、そして――――

――――そして世界が、破れた。



【破れた世界】から、先行して二つ飛び出てきたものがあった。
それは、真っ黒な球体のモンスターボールだった。
ボールは、ディアルガとパルキアの両者に当たり、その内へと無理やり仕舞い込み、そして蓋を閉じる。
捕まえられてしまった二体の入った黒いモンスターボールを眺めながら、アイツは呟いた。


「――――まったく。これを発明した者にだけは、敵わないな」


***************************



……私とユウヅキは罪を背負っていた。
“闇隠し事件”を引き起こしてしまい、事件の元凶たるアイツに協力した罪を背負っていた。
そして、今も重ね続けている。
だからこそ、私たちはここでアイツと決着を付けなければいけなかった。

時空間を叩き割り【破れた世界】から足のない黄金の竜、先ほど私が背に乗せられていたオリジンフォルムのギラティナに乗ったアイツは、私たちの前に姿を現しディアルガとパルキアの入ったボールを拾った。

暴力的なまでの白いシルエット。
地につきそうな長い白髪に、白い肌。星のような瞳は、静かに威圧を与えてくる。
中性的な華奢な身体は顔以外を埋め尽くすように包帯が巻かれ、真白の外套を羽織っていた。
どれをとってもこの世の者からかけ離れていた存在感だけど、何よりも異常さを際立たせているのは、額に埋め込まれた赤黒いコアだった。

その姿を直視した瞬間、私の中の“わたし”が強く反応をした。
アイツが……怪人がその口を、億劫そうに開く。

「しばらくぶりだから、改めて名乗らせてもらおうか……僕は検体番号“MEW−96106”、怪人クロイゼルングと呼ばれた者だ。長ければクロイゼルでいい」

そう、コイツの名前は――――怪人クロイゼルング。

ヒンメル地方の昔話に出てくる、怪人と呼ばれた男。
どうやってかは知らないけど、平均的な寿命を超えてなお、生き続ける存在。
そして、ヒンメルのみんなに“闇隠し”をした、ビー君のラルトスを攫った、私たちの……絶対に屈してはいけない、敵。
“わたし”にとっての“クロ”。
それが怪人クロイゼルングだった。

押し黙る私たちに、「言語はこれで通じているはずだよな」とギラティナに確認を取っていた怪人クロイゼルング……いや、クロイゼルは……沈黙に飽きたように私に向かって命令した。

「これで、条件は揃う……さあ、“マナ”の器。迎えに来た。こちらへ」

その向けられた、まるで道具を見るような視線に、声に、生唾を飲み込む。
怯える私とクロイゼルの間に割って入ったのは、恐怖の震えをこらえたユウヅキ。
ユウヅキは私に「下がっていろ」と勇気を振り絞った声をかけてくれた。

「クロイゼル……お前にアサヒは渡さない」
「何のつもりだ、サク。いや、ユウヅキ。キミが従わなければ、アサヒは無事では済まないと言ったはずだが」
「従っても、の間違いだろ」
「そうだな。そうと知りつつ今までよく働いてくれたものだ」

ユウヅキの言葉にあっさりと肯定を返すクロイゼルに、怒りがこみ上げてくる。でも、大きく深呼吸することで、頭を切り替えた。
クロイゼルは諭すようにユウヅキにどくよう言う

「肉体を失った“マナ”の一時的な器として、アサヒが必要だ。すべては、“マナ”を復活させるためにわざわざ人を、ポケモンをこうして集めたのだから……ここで彼女に欠けてもらうわけにはいかない」
「どんな理由があろうとも……これ以上俺はお前に協力する気はない。ここで止めて見せる。それが……それが俺の本当の贖罪だ……!」
「はあ……彼女が器として成熟するまで、もう十二分に待った。これ以上は待てない。こちらへ来るんだ、ヨアケ・アサヒ」

ユウヅキがクロイゼルに拒否を示したのを見届けた後、私も腹をくくって立ち向かう言葉を示した。

「お断りだよクロイゼル……! 私は、貴方の道具にも器にもならない! そして、攫った全員を、返せ!!」

ドーブルのドルくんも私と共に戦おうと言ってくれる。
ドルくんに続いて、ユウヅキも私もクロイゼルを睨んだ。

けれど、ひとりだけ迷っていた。そのひとりの迷いの隙間を、クロイゼルは脅しのような質問で埋めていく。

「そうか……キミはどうする、ダークライ?」

クロイゼルがちらと指先に挟んだ“三日月の羽”をダークライに見せつける。
ダークライの瞳が揺れる。そんなダークライにユウヅキは、「俺たちのことは気にせず行け」とあえて背中を押した。
苦しそうに険しい表情を見せ、ダークライはクロイゼル側に立った。

「……ダークライ、キミはそこで休め。そして見届けろ、これから起こる決戦の行く末を」

ダークライが距離をとり、ギラティナが身構える。

「さあ、覚悟はいいか。こちらも時間はないんだ。手短に行くとしよう」
「「…………!」」

ユウヅキは手持ちからメタモンを出し、そして私とドルくんと一緒にクロイゼルたちに向かって行った。

…………そこから先は、あまりにも苛烈な戦い、いや違う。
圧倒的なまでの……蹂躙だった……。


***************************


まずユウヅキのメタモンがギラティナの姿かたちを真似て、変身する。
しかし変身を終えたメタモンの前から、ギラティナは文字通り姿を消した。
それは迷彩とかではなく、ほんの刹那の間に……ギラティナは世界を超えていた。

気が付いていたら、メタモンの変身は解けていた。メタモンは背後から鮮烈な一撃を喰らって、倒れていたからだった。
メタモンが攻撃をされた方向を見ると、そこにはギラティナがこちらを静かに睨んでいた。
ギラティナのバックには、破れた空間の裂け目がもとに戻ろうと蠢いている。

【破れた世界】からの攻撃。そこまでは突き止めた私とユウヅキは、次手を打つ。
私はドーブルのドルくんに『スケッチ』の構えを、ユウヅキはゲンガーをボールから出し、『みちづれ』を狙った。
でも『みちづれ』は……失敗に終わる。
共倒れを狙ったその一撃は、ギラティナがまた【破れた世界】に隠れることでかわされ、連続して出すには……世界の裏側からまた攻撃され戦闘不能にされるまでには、時間がかかりすぎた。
代わりに、ドルくんが尾の絵筆で、ギラティナの技を描き切る。ドルくんの描き終わりを見計らって、ギャラドスのドッスーとパラセクトのセツちゃんを出す。
ドッスーの『いかく』に反応したギラティナの凄まじい一声に怯みそうになるけど、私はセツちゃんに『いとをはく』をお願いする。
けれど糸は放たれた『かげうち』の影に阻まれギラティナには届かない上に、セツちゃんは影に滅多打ちにされてその場に崩れた。
セツちゃんの名前を叫ぶのも束の間、ドッスーが『げんしのちから』の岩石エネルギーで沈められる。

ギラティナは『げんしのちから』の効果で動きがよくなっている。
はげます声もかける暇もなく、私はラプラスのララくんを、ユウヅキはヨノワールを出した。
ヨノワールが自らの体力を削り、『のろい』をかけようとするも【破れた世界】に逃げられては届かない。
けれど、戻ってくるタイミングで一か八かの大技をララくんにさせることを私は選択する。

辺り一帯に、凍てつく冷気が立ち込めた。
【破れた世界】からヨノワールを叩きつぶすギラティナに、ララくんが……『ぜったいれいど』の一撃を狙う!

(当たって……!)

一縷の願いを込めた『ぜったいれいど』は……完膚なきまでに、外れた。

「……っ!」

続けざまにララくんもギラティナに襲われ、力尽きる。
望みを絶たれたことに動揺を隠せない。あふれ出て押し寄せる不安から気持ちを切り替えなきゃ、とデリバードのリバくんに『こおりのつぶて』でとにかく一発でも当てることを狙う。
だけど氷は影に壊され砕け散った。
そのまま、リバくんも『かげうち』に呑み込まれていく、

「くっ……!」
「……! アサヒ、レイに『あられ』を!!」
「! ……わかった!」

ユウヅキに促されるまま私はレイちゃんを出し『あられ』を指示する。
『ゆきがくれ』でレイちゃんは姿を雪霰の中に隠す。
リーフィアを出したユウヅキは、『ウェザーボール』を指示。『ウェザーボール』の属性が天候によって、氷タイプとなる。
レイちゃんには発射位置を悟られないように曲げた『れいとうビーム』で援護をさせる。
ギラティナにあの【破れた世界】に潜り込む攻撃を誘導に成功する……!

「ドルくん!!!!」

合図とともに、ギラティナが向こうの世界から叩きだされた。
【破れた世界】に潜り込もうとしたそこを、“向こう側”に潜伏していたドルくんが狙い撃ったのだ。
他ならないギラティナ自身の技を叩き込むことに成功する……!

眼光鋭くするギラティナを、アイツはなだめる。

「……ふむ、『シャドーダイブ』を盗まれたか……しかもグレイシアは隠れたままと来るか」

今まで口を挟まなかったクロイゼルが、考えるそぶりを見せた。
数秒と立たぬうちにアイツはその目蓋を細めて……一切容赦のない指示をギラティナにした。

「ならギラティナ、リーフィアとドーブルを痛めつければいい」

ギラティナが放った『げんしのちから』の礫の雨が、リーフィアとドルくんに叩きつけられていく。
抵抗できずに攻撃を受け続けるふたりを見て思わず飛び出しそうになるレイちゃんを、私は苦しみながら必死に呼び止める。
でもレイちゃんは我慢できずに『れいとうビーム』を放ってしまった。
けれど、完全に冷静さを失っていたわけではなく、レイちゃんの放った光線は霰に反射して曲がっていた。

位置は悟られない攻撃の……はずなのに。

「そこか」

クロイゼルが指さす方向に目掛けてギラティナが影を伸ばした。
『かげうち』が、レイちゃんを捕えて、そして……そして、レイちゃん、は。
何度も、何度も影に突き刺され。
最後に大きく打ち上げられた。

「レイちゃん――――!!!!」

気が付けば。
ドッスーもセツちゃんも、リバくんもララくんも。
ドルくんも、そしてレイちゃんももうまともに戦える状況じゃなかった。
私のみんなは、力を貸してくれたみんなは、みんな、は……。

「だいたい片付いたか」

立ち尽くすしか出来ない私の耳に、通るような声が響く。
無情なまでに、響き渡る。
意識が、闇に引きずり込まれていく……。

真っ暗に。あるいは真っ白に染まっていく。


「アサヒっ!!」

その必死な彼の声に意識を呼び戻される。
気が付けば私はユウヅキに手を引かれ、抱き寄せられていた。
ギラティナが差し向けた影が迫る。
私たちの前に立つのは、彼の最後の手持ちのサーナイト。
ドレスの下から発射するサーナイトの『かげうち』が、ギラティナの『かげうち』を相殺し、私たちを守る。

「サーナイト…………頼んだぞ」

ユウヅキが胸元からキーストーンのついたペンダントを取り出し、サーナイトもメガストーンを掲げる。
ふたりはアイコンタクトをした。そして、光の絆を結ぶ。

――――そのアイコンタクトが、どういう意味なのかこの時の私にはわからなかった。
今思い返してみれば、彼らはこの時にもう決めていたのだと思う。

「行くぞサーナイト。俺たちで、守り切ってみせるんだ――――メガシンカ!!!!」

光の繭の中から出てきた優しい白のドレスが丸みを帯びる。
サイコパワーが増幅され辺りの空気を震わせた。
現われ出でたメガサーナイトは、サイコパワーを集中して力を溜める。

ギラティナが『シャドーダイブ』で【破れた世界】に潜り、メガサーナイトの攻撃をかわそうとする。
でもメガサーナイトがしたのは、攻撃などではなかった。



「サーナイト、やれ!」

ユウヅキがサーナイトに指示を出したその時。
彼は寄せていた私を突き飛ばす。
遺跡への入り口の方に、私を引き離す。

混乱している私に、
彼は、ユウヅキは、

こんな時まで、謝り続けた。

「アサヒ。生きるのを諦めないでくれ――――すまない」

私の無事を、祈って、願いながら、ユウヅキは謝った。
メガサーナイトの『テレポート』が私に向けて放たれる。
脚を動かそうとするけど間に合わない。
手を伸ばすけど届かない。

「ユウヅキ!!!!」

声だけ最後に届いたのか、彼は不器用に微笑んだ。







…………走馬灯はまだ終わらない。
でも、この後の決断だけは、私は後悔していない。


***************************


私がサーナイトの『テレポート』で飛ばされたのは、【セッケ湖】の湖畔だった。
でもその湖は、曇天を映し出し黒く染まっていた。
私の心を、映し出したかのように、真っ黒に染まっていた。

誰も隣にいないこの結末に、私は慟哭すらせずに、ただただ湖面を眺め続けた。
そして、選択を迫られる。
張りぼての選択肢が、私の前に用意される。

『ヨアケ・アサヒ。選べ』

声の方に振り返ると、道化師のようなポケモン、マネネがそこに立って、通信機器のようなものを持っていた。
マネネの持っていたソレから、クロイゼルの声は響く。

『キミには選択肢がある。このマネネと共に戻ってくるか、それとも逃げるのを試みてみるか。どちらを選ぶもキミ次第だ』
「…………」
『ただし、後者を選択する場合は、彼らの命を奪う』
「…………」
『キミの望むのは、キミだけが生き残ることではないはずだ。キミは――――』
「それ以上は言うな……いや、言わないでください。解って、いるから……解って、いますから……」
『…………』
「でもこれだけは言わせてください。私は、私の意思であの場所に戻るんだってことを」
『……ああ分かった。この選択は、キミの決断だ』
「……ありがとう、ございます」

それだけ言うと、私は迷わずマネネの手を取った。
マネネはサーナイトから『ものまね』した『テレポート』を発動する。
そして、私とマネネはあの場所へと帰ってくる。


***************************


覚悟していた光景を目の当たりにして、その上で私の心は揺さぶられる。
そこには、ユウヅキとメガシンカの解けたサーナイトがズタボロに倒されていた。
ボロボロなのは、彼らだけでなく、他のみんなもだ。私が逃がされた後も、戦い続けたのだと思うと、一気に胸が苦しくなる。
ダークライは目線を伏せて、静かに震えていた。

私の帰還に気づいたユウヅキは、地に伏せたまま「どうして」という感情を隠さずに目で訴えてくる。
私は最後に一度だけ彼の傍に行き、手を取って言った。

「私はね、ユウヅキ。貴方と一緒に生きたいって望んだんだよ。貴方を見殺しにしてまで生きたいとは、望んでいなかったんだよ……でも、これだけは覚えておいて」

私は全力で彼に伝える――――

「私は、最後まで諦めない。クロイゼルの手に落ちても、どんな状況になっても私は貴方とともに生きるのを諦めない。だからユウヅキ、貴方も諦めないで」

――――8年越しの返事と、想いを伝えた。


「ユウヅキ、私と一緒に生きて――――――――私もキミが大好きだよ」


息を呑む音。
彼の銀色の瞳が大きくにじむ。
力なくとも握り返してくれた手を解く。
立ち上がり、私は怪人へと向き直る。

「待たせたね。もういいよ」
「分かった」

クロイゼルがマネネから何かを受け取る。それは、機械仕掛けのみがわり人形だった。
それを片手で頭から鷲掴みにして、空いたもう片方の手を、私へと伸ばす。
しかし、その手は一瞬だけ止まる。
つられて振り返ると、ユウヅキが立ち上がろうとしていた。
定まらない視点でこちらを見るユウヅキの歩みは、マネネが作り出した『バリアー』によって、遮られる。
それでも壁を叩き続ける彼を見て、堪えていた涙が溢れ出す。
強がらなきゃいけないのに、ぐちゃぐちゃな顔になる。
かろうじて歪めた口元で、結局私も謝ってしまっていた。

「勝手なことばっかり言ってゴメンね――――信じているよ、ユウヅキ」

彼の私を呼ぶ声が聞こえた後、視界が暗転する。
背中から何かに捕まれ、抜き取られる。
気が遠くなる中で、私の走馬灯は、終わりを迎えようとしていた。
無慈悲な怪人の声だけが、闇の中響く。

「『ハートスワップ』」

それは聞きなれない単語だった……。


***************************


沈みゆく意識の中で、私は願うことしか出来なかった。
みんなとユウヅキの無事を、祈ることしか今の私には出来なかった。
結局思い返しても、これから先やれることなんて、思いつかない。
ただただ思うのは一つ。

どうして、こんなことになってしまったんだろう。

少なくとも解るのは、私とユウヅキだけじゃ手に負えなかったってことだ。
思い出の中の彼の言葉を、今更思い出す。

『一人で責任取ろうと空回るな』
『ダメだと思ったときは言ってくれ。何ができるわけではないが、その……もっと頼ってほしい』

……もっと、頼っていれば良かったのかな。
相棒として巻き込んでおいてあれなんだけど、私はビー君を巻き込みたくなかったのかもしれない。
彼が大事になってくるほど。彼が頼もしくなってくるほど。頼ってばかりはいられないって……。
でも、もうダメだ。
私にはもう無理だ。

ビー君、助けて。

ユウヅキを助けて。

私を、助けて――――――――――――









「――――ヨアケえええええええええええええ!!!!」

張り裂けるような声が聞こえた。
意識が一気に覚醒する。
薄暗い視線の先に。
背の低い短い群青髪の青年と、そのパートナーのルカリオが、いや、あれはメガルカリオだ……とにかく。
とにかくふたりがそこに居た。
ふたりは私のことを何だか光のような温かいモノで、呼んでくれていたのが伝わった。
だから、私も精一杯ふたりに呼びかける。

私はここだと、声なき声で叫んだ!!

(ビー君!!! ルカリオ!!! ――――助けて!!!!)
「!? ……解った。待っていろ。すぐ助けて見せる!!!!」

ビー君とルカリオは私を真っ直ぐ見つめて、私の声に応えてくれた。
安心感と力強さに、私は何も出来ないけど、諦めずに抗うことに決めた。
闘い続けることを、決めた!


***************************


不思議なことが、起きていた。
俺とルカリオが追いかけていた、彼女の波導が二つに分かれていた。
……いや違う。これは同じ波導が、二つ同時に存在していたんだ。
片方は、ヨアケのものじゃない、何者かのもの。

そして、俺たちに助けを求める方が――――本物の、ヨアケだ。

最初は、俺にもどちらがヨアケの波導かは分からなかった。
でも、彼女が訴えかけてくる感情が伝わって来て、ソレが彼女だと理解する。
イグサが言っていた二つの魂が重なっているのにも関わらず俺やルカリオが一つの波導しか感じられなかった理由も繋がる。
それは、彼女たちが全く同じ形の波導の持ち主だったんだ。
今のメガルカリオと俺だからこそ、彼女のヘルプサインに気づけたのかもしれない。

「ビドー・オリヴィエとルカリオか。思っていたより早い到着だったな」
「お前は……誰だ」
「クロイゼル。怪人クロイゼルングと言った方が伝わるだろうか」
「ブラウに討たれた、あの……!」
「そうだ。その怪人だ」

クロイゼルと名乗った怪人は、俺たちに興味を示しているようだった。
奴の周囲には、マネネとダークライ。そしてかつて写真で見て今目の前にいるギラティナが居た。そのギラティナこそがヨアケがさらわれた時に一度感じたことのある波導の持ち主だと悟る。
言い知れぬプレッシャーに、膠着状態になる。
すぐにでも助けてやりたいが、一瞬の隙が命取りになると感じた。

「僕としてはできればキミには、そのまま帰って欲しいが、そういうわけにはいかないのだろうな」
「……当前だ」
「残念だ……ああ失礼、さっきからまじまじと見てしまった。何故かというと……ビドー・オリヴィエ、僕はキミが気になっていた。キミが言ったことが気になっていた」

意味がわからん言葉に、呼吸を乱されかける。揺さぶりかわからないが、慎重に言葉の続きを聞いた。

「大切な存在だったら尚更、忘れられなくてもいい。引きずりたいだけ引きずって、前に進んでもいい…………キミはヨアケ・アサヒと出会った日の夜に、そう言っていた。僕はその言葉にだけは……珍しく共感を覚えた」
「共感、だと?」
「ああ。僕のスタンスとあの時のキミの発言が、一致していたから気になっていた。僕は忘れられなくて、引きずり続けてここまで生きながらえてしまった者だからな――――だからこそ、改めて確認したい」

白い外套が翻され、一時的にマネネの姿を隠す。
布が落ちるとともに、マネネが『バリアー』で出来た箱をもっていた。
その、箱に入れられていたのは。
その、突然この場に連れて来られて、戸惑っているのは。
紛れもなく、紛れも、なく……!!

「ラル、トス」

俺の声に反応してアイツは、ラルトスは緑の前髪越しの赤い目を輝かせる。
8年ぶりの再会。それは確実に俺に対する精神攻撃となっていた。
その感情を察知したラルトスの表情が曇る。

「感動の再会のはずだが、どうしたビドー・オリヴィエ。それともキミは……変わってしまったのか。引きずっていたのを忘れてしまったのか。過去の関係など、どうでもよくなってしまったのか」
「てめえ……!!」
「このまま引き返すのなら、ラルトスだけは返そう。引き返さないのなら、分かるな」
「…………っ」

クロイゼルは突き付ける。
ラルトスを見捨てるか、ヨアケたちを見捨てるか。
アイツの不安な感情が伝わってくる。彼女の助けを求め続けるサインが、聞こえてくる。
メガルカリオはそんな俺の苦悩をくみ取ってくれた。
そして、迫るタイミングを波導で教えてくれる。

この場に残っている全員は助けられない。
だから、俺が、選ぶのは。
選ぶ、のは……。

「ラルトス。悪い。もう少しだけ待っていてくれ。俺は引き返さない……!」

彼女に頼まれたことをやる。それが俺の選択だった。

俺の強い感情に、ラルトスのツノが光る。ラルトスは俺の気持ちを、理解してくれていた。
同時に、ひび割れた亜空間からアイツが、ヨアケのドーブル、ドルがクロイゼル相手に襲い掛かった。
その拍子にクロイゼルの手から、ソレが離れる。
メガルカリオが知らせてくれたドルの特攻を機に、俺はヤミナベの元へ、ルカリオはドルの援護に走る。

俺より背の高いヤミナベの身体を肩に背負う。
ヤミナベが「俺のことはいい」と念じたのがわかった。
だがなお前のことも頼まれているんだよ、俺は!
火事場の馬鹿力でもなんでもいいから、運んでみせてやらあ!!

「配達屋なめんなあああああ……!!」

声と共に力を入れると持ち上がった。
ドルがクロイゼルからもぎ取ったソレをメガルカリオに投げてパスする。
その“機械で出来たみがわり人形”を受け取ったメガルカリオはマネネに向けて『はどうだん』を放ちながら戻ってくる。
マネネはラルトスの入った箱を慌てて置くと、『ひかりのかべ』で波導球を防いだ。
力なく倒れていた彼女を一瞥し、俺とメガルカリオは走る。
しかし下の階への入り口には、ダークライが立ちふさがっていた。
端へと追い込まれる俺たち。ギラティナがドルを捕まえ、ダークライとマネネがじりじりと迫る。
背後に壁はなく、今現在上空にあるこの遺跡から落ちたら、ただでは済まないだろう。

土壇場で迷った最後の一歩を――――ラルトスが『ねんりき』で俺たちを押し出す。

一瞬だけラルトスの表情が見えた。ラルトスは気丈に振る舞い、俺の名前を呼んだ。
「応援する、がんばれ!!」とエールがいっぱいの感情をぶつけられた念動力と共に、俺たちは遺跡から落下していった……。


***************************


落ちる、落ちる、落ちていく。
日の光が黒雲に一切遮られた曇天の中、俺とヤミナベが、それからメガシンカの解けたルカリオが人形を抱き落ちていく。
空を飛べるオンバーンを出すも、体力の残されていないこいつでは落下を抑えきれない。
眼下には森が見えていた。でもどのみちこの高さでは無事にやり過ごすのは難しい。
万事休すか。と諦めそうになったその時。急接近するオレンジと赤のシルエットがあった。
空中を念動力でサーフライドするライチュウと、付属されたボードに乗った赤髪の少女……アプリコットが俺の名前を呼ぶ。

「ビドー!!!!」
「?! アプリコット!! 無茶だ来るなあっ!!」
「無茶かどうかは、あたしが決めるって!! ライカ、『サイコキネシス』!!!!」

サイコパワーで俺たちの落下を減速させようとするライチュウのライカ。
ほんの少しずつ、落下速度が下がっていくが、ライカはだいぶきつそうな表情を浮かべていた。
木々の先端まであと僅かのところで、アプリコットは先にライカのボードから飛び降りた。

「間に合えええええええええ!!!!」

彼女を支えていた力を全て俺たちに回すライカ。そのおかげで俺とルカリオとオンバーン、そしてヤミナベは無事で済んだが、アプリコットは背中から森に落ち藪に突っ込んだ。
着地してすぐに俺は、人形とヤミナベをルカリオに任せて、ライカと共に彼女を捜す。

「アプリコット!! どこだ!? 無事なら返事しろっ!!」
「……だ、大丈夫だよー! 何とか……ね」

藪から転がり出てへたり込む擦り傷だらけのアプリコットに俺は思わず拳骨をしていた。

「痛い! 何するんだ!!」
「ばっきゃろう!! お前に何かあったら、何かあったら俺はもう二度と歌きけなくなるだろうが!!」
「それを言うなら貴方が死んでいても聞けなかったでしょ?! バカはどっち!?」
「ぐ……」
「ぎい……」

お互い様な現状だったので、俺たちはさっさと言い合いを切り上げる。

「無茶はほどほどにしてくれ。でも来てくれて助かった。ライカもな」
「そこはゴメン。でも本当に、間に合ってよかった……あれ、アサヒお姉さんはいないの? それにあの人はどうしたの??」
「あの黒スーツがさっき話したヤミナベだ。それと…………俺のカンと見た波導を信じると、ヨアケは。あの中に居る」

目配せした方向にアプリコットもライカも視線を向ける。ルカリオの持つみがわり人形の……ロボなのかこれは? とにかくそれを見た彼女たちは余計混乱していた。
アプリコットたちに疑われつつも、ルカリオに抱かれた“彼女”に俺は語り掛ける。

「ヨアケ。おい返事しろ。ヨアケ!!」

しかし人形は答えない。でも、波導はちゃんとある。だから俺は彼女のことを呼び続けた。
けれど返事は返ってこない。
もしかして呼び方がいけないのだろうか?
そう思いついたら、もうためらってなんて居られなかった。

震える口で、俺は彼女の名前を呼ぶ。


「頼むから返事をしてくれ……アサヒ……!!」


祈るように、目を瞑る。波導越しにもコンタクトを取り続ける。
その結果。


『…………ビー君?』


機械音声だけど、確かに。確かに。確かに聞こえた……!
間違いない、ヨアケ・アサヒの声が聞こえた!

『えーと、ビー君……いや、オリヴィエ君って呼んだ方がいいのかな?』
「今のはノーカンだぞヨアケ。俺はまだビー君のままがいい」
『あー……そう? じゃあ分かったよビー君……助けに来てくれてありがとう』
「! ……間に合わなくて、悪かった」
『? そういえば、ユウヅキは? みんなは?』
「ヤミナベだけは助けられた。今は意識を失っているみたいだがな。悪い、お前の手持ちまでは、助けられなかった」
『そっか……』


沈んだ声を見せるヨアケを、アプリコットとライカはいまだに信じられないといった顔を見せる。
話しかけてみろ、と促すと、恐る恐るアプリコットはヨアケに話しかけた。

「…………本当に、アサヒお姉さんなの?」
『アプリちゃん?! なんでここに??』
「あ、アサヒお姉さんだ……間違いない」
『え……あの、嫌な予感するんだけど今の私って、どうなっているの?』
「うーん……ちょっと待って」

アプリコットが、携帯端末の内側カメラで、みがわり人形のロボとなってしまったヨアケの姿を映した。

『え? あー……え? うわーうわー……せめてみがわり人形じゃなくてポケモンになりたかったよ! というかメカメカしいね! どうりでビー君の方が屈んでいるわけだね!』
「落ち着け……難しいのは分かるけど、落ち着けヨアケ」
『ゴメン……でもこれはやってらんないよ……』

しょげるヨアケに俺たちは何も言えなかった。でも、絶対にもとに戻してやらなきゃという思いは、同じだった。

オンバーンが、ヤミナベが目を覚ましたことを知らせてくれる。
身動きが取れないでいるヤミナベを、俺とルカリオで支え、アプリコットがヨアケを彼の目の前まで持っていく。

『ユウヅキ……』
「……アサヒ」
『お互い謝るのは、なしだよ。私はまだ諦めていないから』
「……ああ」

ヨアケとヤミナベが短いやり取りを終えた辺りだった。
俺とアプリコットの携帯端末が……同時に鳴る。
手に取ると画面が点灯して、そこに映像が流れ始めた。
それを見た俺たちは絶句する。
アプリコットのは分からなかったが……俺の端末にはラルトスが映し出されていた。
ラルトスの他にも、大勢のポケモンと人が見えた。
さっき聞いたばかりの声が、俺たちにこの映像の意味を説明する。

『ヒンメルの民の諸君。そこには今、キミたちの大切な存在が映し出されている』
『ここにいる彼らはこちらの手中にある。期待をさせて悪いが、簡単には彼らを返す気はないことを先に伝えておく』
『逆に言えば、返してほしくばこちらの要求を呑め。くれぐれもキミたちとこちらが対等だとは思うな』
『恨むのなら、英雄サマのブラウかこの僕の意思を甦らせてしまったヨアケ・アサヒとヤミナベ・ユウヅキ辺りでも恨んでおくように』
『ああ、名乗りが遅れてしまった』

その誘拐犯は一方的な言葉を投げるだけ投げて、最後に俺たち全員に向けて宣戦布告した。
俺たちの大事な者の映像をちらつかせながら、奴は名乗りを上げる。

『僕は怪人クロイゼルング。このヒンメルを心底憎む復讐者だ』
『ではまた通達する。それまでせいぜい待っていろ』

言い終えるのを皮切りにぶつりと画面が暗転する。
おそらく国じゅうで同じようなことが起きている気がする。
残った僅かな希望を握らされ、混沌のただなかに突き落とされる感覚だ。
少なくとも、“闇隠し”された者の無事と、弱みと人質を握られたということは分かった。


これから始まるのは、怪人の復讐劇。
それを物語るように、黒雲がヒンメルから太陽の光も月の明かりも奪っていた。
ヨアケ・アサヒとヤミナベ・ユウヅキ。ふたりを陥れ、クロイゼルは舞台に上る。

ここからが、本当の始まりだった。






***************************


今起きていることに、実感がまだ追いついていなかった。
あたしが見たものは…………お母さんと、お父さんだった。
懐かしい気持ちも、無事を確認した安堵も全然浮かんでこなかった。
気持ちが、追いついていなかった。

あの怪人の声は、あたしたちに助けたければ言うことを聞くように言ってきた。
でもなぜだろう。あたしは……あたしはこんなの間違っていると思っていた。

根拠も理屈もないけど、直感がただただそう告げていた。
自分の身体を無くしたアサヒお姉さん。
怪我だらけのユウヅキさん。
恨むなら心身共にボロボロのふたりを恨めって?

確かにここまで生き延びるのはすごく大変だった。
きっかけはふたりだったのかもしれない。
でも。

「ふたりを恨むだなんて、そんなの絶対に筋違いだ」

呟くあたしに全員が視線を向ける。心配してくれるライカと、何故と視線を向けるユウヅキさん。あたしの名前を呼ぶアサヒお姉さん、言葉の続きを待ってくれるルカリオとオンバーン。
そして静かに頷いてくれるビドー。
みんなの視線を真正面から受けきって、あたしは言った。

「あたしはあたしを、みんなを、そして何よりアサヒお姉さんとユウヅキさんを深く傷つけたあの怪人を……とっちめたい」
「……俺たちだけで突っ込んでも十中八九無理だぞ、その上でどうするアプリコット」

否定はしないで、あたしに問いかけるビドーの拳には力が入っていた。
あたしも握った手を固くしながら、彼に考えを伝える。

「まず<シザークロス>のみんなと合流しよう。諦めていないのは、あたしだけじゃないとあたしは信じているから」

「同意見だ」と言った彼が、少しだけ微笑んだ。
面を喰らっていると、ビドーはあたしにアサヒお姉さんを託す。
抱きかかえると、色んな意味で重みを感じた。
でも同時に、ちょっとだけ頼ってもらえたのかなと、認めてもらえたのかなとも、思えた。

何ができるのかは分からないけど、もがけるだけもがこうとあたしたちは動く。
ビドーがユウヅキさんに肩を貸し、あたしはアサヒお姉さんを抱えてみんなと鬱蒼とする森の中を歩き始めた。


このままでは、終わらせてたまるか。









第一部、閉幕。
第二部へつづく。


  [No.1693] Re: 第十五話後編 明けない世界の始まり 投稿者:ジェード   投稿日:2022/01/12(Wed) 19:17:59   1clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

明け色のチェイサー、第一部の完走お疲れ様でした。物語も佳境に相応しい盛り上がりと、波乱で、読んでいて非常にドキドキしました。

初期から続く、ハジメさんとビー君のライバル関係。初登場時は配達物だったのに、今ではルカリオと凌ぎを削るゲッコウガに。〈シザークロス〉の面々もそうですが、ハジメさんとの関係性の変移が、『ただ嫌な奴』から『お互いを認められる強者』になっていたのが、ビドー君の成長を実感しますね。
今回の話でも、『フェイント』や『いとをはく』のバトルの駆け引きなど、読んでいて緊張感があって好きです。

率直な感想ですが、私見では怪人・クロイゼルングがここまで全うに? 悪役してくるのは、少々予想外でした。英雄王、疑ってごめんね。まだ不確定情報も多いので、今の所はですが。ギラティナを指示する圧倒感、意味深な実験IDに黒いボール……。
考察出来そうな情報がいっぱいあるぞ! わぁい! ていうか淡々とギラティナを操るクロイゼル怖いですね! ラスボスの風格がある。
ほうほう、アサヒさんは、『マナの器』として育てられたとのことだったと。波導が二重の訳はこの理由だったのですね。『ハートスワップ』というわざを覚え、“マナ”が付くポケモンは現状2体居ますが、果たして……?
よくよく考えると、ユウヅキさんとの出会いは語られても、彼女自身の家庭事情とか、過去は今までにも、ほとんどないんですよね。うわぁ、これからいっぱい出てくるのかなあ。楽しみにしてます。

ラルトス出てきた! しかも思いもよらぬ最悪な再会の仕方で!!
アサヒさんが初めて「助けて!」って言ってて、なんか、涙が出そうになってました。ずっと我慢してただろう一言を、相棒に。ビドー君、信頼されてるなあ。ってのと、あまりにユウヅキ氏と共に、背負わされたものが大きいなあと。
機械仕掛けの身代わり人形……私はとある幻ポケモンの関わりをずっと睨んでますが、クロイゼルや英雄王ブラウに関する、ヒンメルの昔話も、徐々に明るみになるのでしょうか。
これから、しばらくアサヒビドーのタッグは見れないのですかね……? 仕方ないけれど、やはり寂しいものはある。あれ、もしやこれからの「明け色のチェイサー」には、ユウヅキ氏が、なるのでしょうか。それだったら胸熱ですね。
アプリちゃんやユウヅキ氏が、これからどう彼と関わるのか。〈シザークロス〉も〈ダスク〉も、絶対これまで通りにはならないでしょうから、展開が気になって仕方ないです。特にサモンさんと、元から若干の齟齬があったユーリィさんには、注目しちゃいますね!

書き散らしたような感想でしたが、これからの第二部楽しみにしております!
乱文を失礼しました。


  [No.1694] Re: 第十五話後編 明けない世界の始まり 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/01/12(Wed) 21:55:18   1clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ジェードさん感想&第一部読了ありがとうございます!
私も書いていてドキドキしてました。
盛り上がってくださったのなら何よりです……!

ビドー君の対人関係の変化は、彼自身の視野と余裕がちょっと広がったから見えてきたものもありそうですね。ゲッコウガのマツもルカリオもだいぶ成長しました。
バトルめっちゃがんばったので褒めていただけてうれしいです!

色々と要素てんこもりな怪人クロイゼルング、もといクロイゼルはチェイサーでは珍しく悪役してくれてます。
ブラウさんと過去に因縁がありそうですね。その辺も機会があったら書きたい話でもあります。
ラスボスの風格でてたら嬉しいです。敵役としてもっと動いてるところみたいですね……。

そうです。魂を入れる安定な器として、アサヒさんは8年間育てられました。
構想当初がダイパのころだったので、もう一体がハートスワップ使えるのつい最近知りました!

彼女の家庭事情は確かに触れてませんでしたね! そこまで重要ではないのですが、いつか触れるかもですね……!

ラルトスとうとう出せました!
天秤にかけられる展開やりたかったんです。その時ビドー君がどういう選択をするのかやりたかったんです……。
ちなみにラルトスはオスです。

ずっと言えなかった助けての一言をようやく言えたアサヒさん。助けてって言えるようになったら強いですよ。
ビドー君は背負うものが多いですね。


機械仕掛けの身代わり人形はみがわりロボというポケモンカードが元ネタです。クロイゼルや英雄王ブラウに関するヒンメルの昔話もそのうち書きたいです。

当初アサヒさんは第一部主人公って想定でした。でも第二部以降も活躍みたいなあ難しいかなあとぼんやりと思っています。タッグはしばらくは見れないかもですね……私も寂しいです。

「明け色のチェイサー」ユウヅキ氏が、というのも熱いですね……!

ビドー君を中心にアサヒさんを助ける話が第二部なので、各勢力やキャラクターも動かしていきたいです。
お楽しみ、です!

感想ありがとうございました!!!


  [No.1706] 第11話〜15話感想 投稿者:   投稿日:2022/02/20(Sun) 19:51:37   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

◆11話
 怪人クイーンだ!
 なんとなーくな予想なんですが、このキャラはゲストキャラで親はじゅぺっとさんだったりしません?そんな気がする。
 やっぱりダスクと協力した方が良いってばよ。エレメンツは自警団組織で民間団体なんだし対外的な圧力なんぞ無視してよくね? 公的組織ならともかく。つまり……王位継承を嫌がるスオウ王子が代表面しつつエレメンツにも籍を置いているのが問題なので……スオウ王子にエレメンツから抜けてもらいやしょうや旦那ァ! そんで王位継承を正式にしてもらって王様になってもらって、他国と外交のやり取りしよう! 頑張れスオウ。公式に口八丁手八丁でギラティナ召喚を認めさせても良いし、ギラティナ召喚で闇隠し再びになることを恐れるなら、全力でダスクを叩き潰しにかかろうぜ。闇隠しのみんなを助けたいけど危ないし他国がめっちゃ文句言いそうだし身動きとれないドン! って中途半端なことするからエレメンツは頼りにならんみたいな風潮になるんや!

 リッカちゃん家出。そりゃあ自分だけ除け者なんだから家出だってしたくなるさぁ……。しかしユウヅキ。庇うのは良いとしてだな……なんでお前自身がテレポしてきたんや!?サーナイトがテレポートした方が絶対早かったしより確実に子供達を庇えたのでは!? サーナイトの体力が危ないとかじゃないのは、そのあと癒やしの願いでわざわざユウヅキをいやしているシーンからも分かるし、いやホントにサーナイトの体力も減るなら君が間に入る必要あったか!?
 アサヒさんを助ける目的があってその為にアサヒさんを傷つけて遠ざけてもいるのに無意味に体張って死にかけてどうするんや。

 ビー君の株上昇が留まるところを知らず、第12話を読んでいきます。ダスクやシザークロスの良いとこはめっちゃ出るんですけど、エレメンツがびっくりするくらい良いところないというか、だめだめというか、敵こそが主人公属性のチームなのではないかと(なんせ国家の事情よりも失われた人々を助けたいという事情を優先させる、非常にまっとうな理由で動いているのがダスクですし)考えつつ、うーん、アサヒさんとビー君はどうするんだろう。

◆12話
 いややっぱユウヅキ氏はアホの子だと思います。ギラティナ召喚の為に人身御供が必要なんですよね恐らくは。そうなると、下手に体を張って自分が死ぬわけにはいかないはずなんですが、無意味な場面でめっちゃ体張るなこの人。他に動けるメンツがいないとか実力者がいないとかならともかくとして、ハジメとかメイとかサモンとか実力ありそうなメンツがそれなりにいるの単身無茶するというか……自分が途中で死んだら目的達成できないって分かってるんか?彼ももしかしたら自責の感情がめちゃくちゃ強くて、危険は全部自分が引き受けなきゃ!とかいう不安定な精神状態なのかもしれない。サーナイト先輩はその辺分かっているから付き合ってるんだろうが、ともに自滅の道を歩まん……みたいになりつつあるので止めたってや。そうでなくともメイとかも止めなさい。サク様サク様言うくらいなら止めなさいな。

 それにしてもソテツゥ……このクソ野郎がァー!!好きな子に振り向いて欲しいけど素直になれない小学生男子みたいな真似してんじゃねぇ!しかも実力があるから最悪すぎるぞ!アサヒちゃんが気にかけてくれるならなんでもいいになりつつあるじゃねーかァ!
 ううーん……彼がダスクに協力したのって、ユウヅキ氏が死に向かう手伝いが出来るからなんじゃないか?と思いました。好きな子が大好きで追いかけている相手、消したいやん?そうなるとユウヅキとは利害の一致?とも言える。笑顔で死地に送り出してくれるわけだし。しかしまぁ、そんなことに手を貸した自分をアサヒちゃんは絶対に許さないだろうし、最悪すぎるとは自分でも分かっていそう。だからトラウマを刻む形で存在の証明を図ろうとしているわけではあるんですがやっぱり最悪なヤンデレ爆誕していると思います。ユウヅキ氏もかなりアレなヤンデレッていうか、アレは病んでるのか……。ビー君が一番真っ当だ。ビー君はアサヒさんに今のところときめいていなさそうなので真っ当な関係で支えられるというのがあるのかもしれない。そのままの君でいてくれ。

 でも友人として何があっても味方でいるぞとか、一緒にお花を観に行ってくれたりとか、大変なことがあったあとに休ませてやってくれとか言ってくれるビー君にときめきがとまりません。良い男はすぐそばにいるんだが?いやもうソテツといいユウヅキといいアレな野郎ばっかりを気にかけてしまうダメンズウォーカーなアサヒさんなせいでビー君が燦然と輝いて見える……。エレメンツもぐだぐだになりつつあるというか、もう崩壊してもいいんじゃないかな……その方がすっきりするぜ。

 特攻するユウヅキ氏。流石に一人でエレメンツに特攻仕掛けるのはかなり自爆だと思うんですが、勝つ自信がありそうなユウヅキ氏。いや、一人じゃないよねさすがに。どうなるんだ……。

◆13話
 ユウヅキさぁーん!? 正直者過ぎて噴きましたwwいやぁいいキャラしてますねwwソテツをどうしたって言われてめっちゃ正直に「スカウトした」ってあんたwwスオウとのこのやり取りめっちゃ好きですwwwそっかぁスカウトしてOKもらったなら仕方ないねwwそうねww
 すいませんシリアスな戦闘シーンだったんですが、トウギリさんが波動弾打ち返したシーンもめっちゃ噴きました。好きですww打ち返すんかい!! 夢叶っとるやろがい!!wwレイン所長が滅びの歌→この指止まれのコンボを発動したターンめっちゃ賢くて好き。
 それにしてもユウヅキ氏はちょっとアホの子かもしれない。プリムラにも体ズタボロだって太鼓判押されとる。体大事に!!目的達成前に死んだらマジでどうするんだ!?
 スオウ戦、人工の雨を室内に降らせる展開めっちゃ好きです。今回の戦闘好きシーンがめちゃくちゃ多いな!?それにしてもダークライ強い!そしてユウヅキはまさかの王族だったとは……親戚だと?しかしそれとは別に呪いがあるらしいけどマジでなんなんや? アサヒさんもユウヅキさんもつれないので事情を読者に教えてくれない……。
 エレメンツずたぼろに言われている。いやぁ……擁護できねぇ……。エレメンツがダスクに吸収合併される展開は予想外でびっくりしました。空色さんめちゃくちゃ思いきった!? このままエレメンツとダスクが泥沼するのかなって思ってたので、ここで吸収合併してしまうのは本当にいい手だと思います。展開的にもすっきりするし彼らには本来、相争う理由がない。しかし他国の圧力云々はどう回避していくんだろう……スオウ王子をリストラするしかない……。

 オウマガ、は逢魔が時からとったのかな、と思います。人でなきもの、形なき者、人あらざるあやかし、昼と夜の境目、黄昏時は誰そ彼時ってか? ここから闇への切り返しという暗示か、あなたは誰? そして私はだれ?と個々の境界が怪しくなる場所という意味なのか。ターニングポイントであることは間違いなさそうです。そしてそろそろユウヅキ氏やアサヒさんの秘密が開示される……のかな!? 読者として君たちは何を背負っているのか教えて欲しい。
 第14話に突入致します。

◆14話
 熱い!!ひっじょーに熱い展開でめっちゃ好き回です!!
 シザークロスがっていうより、終盤の方でアサヒちゃんが助けてって言って、その直後に破れた世界に攫われていったシーンがめちゃくちゃ熱くて好き!!シザークロスのアプリコットちゃんを攫ったのはゲストさんかな? バシバシに貶されてしまうが、その台詞は刃のように鋭く個人的には好きです。うむ。いい罵倒センスを持っている。「あんたの歌は犯罪者の歌なんだよ」って罵倒めちゃくちゃ好きです。いや、アプリコットちゃんを虐める意図は全くないんです。
 ジュウモンジが素直になれず、ビー君に配達という形で助けを求めるのも良いですね! ピザの時もそうですが、こういった素直じゃない依頼の仕方がとても好きなので嬉しいです。
 ハジメなんですが、家族を取り戻したいのは良いんですけどその為にリッカちゃんをひとりぼっちにすることが多いのはどうかと思うんだぜ。失ってしまった家族だけではなく、今いる家族も大事にしたってや……。リッカちゃんはまだ小さいんやぞ。

 そんで話は戻るんですが、アサヒちゃんが攫われてしまうシーンがめちゃくちゃ好きです。熱い。何かを語ろうとした瞬間に背中がぐわーって開いてアサヒちゃんがそれを予期していたようにため息をついて、敵の正体を叫ぼうとした展開が本当に良かった。その後にビー君がメガルカリオと協力してアサヒちゃんの行方を捜し求め、そのかすかな波動を目的地であるオウマガから感じるという流れが最高に完璧。ちょっとぶわぁっと鳥肌が立つくらい完璧なシーンだったと思います。神。とってもわくわくしました!
 とうとういなくなってしまった相棒・アサヒちゃん。ユウヅキ氏とソテツ野郎もいますが、やっぱりここで一番頼りになるのは我らが主人公・ビー君しかいない! いやー本当に良いシーンだった……次話がとても楽しみです。

◆15話
 うおおおおおあっ熱いッ!!!熱いんだけどユウヅキちょっと一言良いかッ!?
 クロちゃんと戦う前に準備とかしなかったんか!? 8年あったんだからバトルになる可能性くらい考えただろうし倒す方法をこっそり調べたりとかその為の準備を水面下で進めておくとか考えなかったんか!?結構クロちゃんとのバトル突入が行き当たりばったりな気がするぞ!?

 クロちゃんですがここで神話を絡めてくるとは熱いですね! 本筋に神話を絡めている勢としてはとっても嬉しいです!いいよな〜過去に倒された敵が復活とか美味しいよな〜くそ〜いいな〜! クロが復活させようとしているのは、AZに習うならポケモンかな? クロの被検体番号に「Mew」と入っているので、プロジェクトミュウによって作成された個体っぽいですね。本人……?プロジェクトミュウ発足はクロちゃんが生きていた時代よりかなり下るし、わざわざミュウの名前の入った被検体番号をここで名乗るということは本人ではなさそうだなと思いました。むしろだからこそ熱い。あーでも、彼の名前は「96106」=「9(く)6(ろ)1(い)0(ぜ)6(ルング)」=「クロイゼルング」です。英雄ブラウの話に誰かがあとから付け足したか、それともクロちゃんの話自体が新しいのか。現代がそれほど発展していないところを見るに、やっぱり本人ではなさそう。でもどうだろうな……。仮に、あの神話の怪人はクロイゼルングであり、奇跡的に被検体番号「96106」が成功例として復活したとかでもいいし、被検体番号ではなくプロジェクト名そのものだった説もありかも。クロイゼルング本人だとしたら1000年前から発展があまり進んでなさ過ぎるし(ミュウの実験は近代の話だったはず)、怪人の神話そのものが、後から原型に対して捏造された、もしくは、近代に実際あった事件が、時代の下りにより融合していった形かもしれん。全然関係ないんですが、名前と被検体番号が一致していることに気がついたときかなり興奮しました。

 アサヒちゃんはマナの器……マナフィを復活させるとすれば、人間としての形が必要とかではなく、別の理由があって器に選ばれたくさいなぁ。おいおい……体が原型を留めている必要がないってのは危険では……?取り返すまで無事でいて欲しい。ユウヅキさんはクロちゃんの手先として赤い鎖を探していた? うーむむむ。ユウヅキさんの役目はなんだったんだろう。これは手先っていうよりも、アサヒさんを助ける手段を探して8年ほど奔走していたのかな? それだったらなおさらクロちゃんと戦う準備を(ry
 クロちゃんは王家に恨みがおありですが、英雄王ブラウにマナフィを殺された流れかな。しかし記憶のフラッシュバックから考えるにブラウも殺したくて殺したわけじゃなさそう。マナフィの暴走かなんかあったんかなぁ。

 ソテツがだいぶ丸くなった! 色々とヤンデレBoyでしたが、本当に丸くなった。アサヒちゃんに振られちゃったのが効いたのかな。あっちこっちと裏切り行為を働く癖がって本人が言ってるのは笑ってしまいました。ヤンデレからここまで吹っ切れるとむしろあっぱれ。特にビー君とのやりとりで「粘着質野郎」とか「玉砕する勇気もないのに」とか罵倒しまくっているところめちゃくちゃ好きです。読んでて楽しかったです!ソテツは許すまじでありつつも、またまた騙されてちょっと好きになりそう。しばらく後にまた「このクソ野郎がソテツー!!」って情緒不安定を私は発揮してしまうんだろうか……?

 ビー君本当に成長したなぁ……!あのハジメも、最初にあったときからは考えられないくらい若干良い奴になった気がします。いやこれは、ハジメはそんな変ってないかも。ただ、ビー君を見る目が変ったから、彼が変ったように思うのかな。ビー君が水手裏剣を避けずに受けきり、その理由に「信頼」を答えたってのが凄く良かった。それに対するハジメの「アホではないだろうか」という答えも良い。ビー君のお人よし発動と、ハジメがどっと緊張を解いた感じが伝わってきて、本当に良いシーンでした。ルカリオのメガ進化の口上もシンプルに今回は決めていて、それがまた良かった。
 
 クロちゃんに話を戻します。あっちこっち飛ぶなこの感想!?クロちゃんの使ったボールは初代のミュウツーの映画に出てきたボールかな。ユウヅキは頑張って逃がしたけど戻ってきたアサヒさん。まぁユウヅキ氏は準備不足だったよね……。この男は詰めが甘いというか脇が甘いというか人に甘いというか。
 今気がついたんですが、アサヒさんの中にはすでにマナフィの魂が入っていて、そこからアサヒさんだけ取り除いた感じなんですね。ちょくちょく起っていたフラッシュバックはマナフィの記憶か。そして、ラルトスとアサヒ、どっちを選ぶのか選択を迫られるビー君……ここ、めっちゃドキドキしました。しかしクロちゃんは、そんなに悪い奴じゃないかも?と思いました。少なくともポケモンの事は好きそう。
 だって私なら、ビー君が選ばなかった時点でラルトス始末しているし……。その方が心を折ることが出来るし。でもそれをしなかった。そもそも、彼自身がマナフィを愛していて、助けたいと願っているからなのかも。でもどうだろうな……あとで利用価値があるからとっておいたのかな……。

 アサヒさんがロボヒさんになってしまった……。動けるのか、ロボだし拡張が効くのか、それともまじで身動きとれないのか。様々考えられますが、とりあえず気になるのはどこが核になっていてどこまで壊れたら意識が失われるのかって問題が気になります。破片でも残ってたらいいのかな? 痛覚はなさそう。ロボヒさんが拡張できるとしてもそうなると汎用性は高くなるんですがヒロイン度がかなり下がってくるし制約きつめの方が面白いよなぁ。話はわずかに出来るけど身動きとれないとかだとロボヒさんが攫われたり沈められたりという窮地が作れるし、ロボヒさんのパーツがだんだんなくなっていって損壊していくごとにアサヒさんが危なくなっていっていることや時間がないことも表現できそう。損壊の程度に合わせてアサヒさんの意識も揺らげば……と妄想の翼を広げるのはここら辺までにしておきます。ロボヒさんがどういう展開に転ぶのか非常に楽しみです。動けないのか動けるのか。
 では第16話へ、第2部へとコマを進めたいと思います。


  [No.1708] Re: 第11話〜15話感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/02/20(Sun) 21:05:19   4clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

11話〜15話まで読了&感想ありがとうございます!!
第一部駆け抜けてるー!!! いや、本当にありがとうございました!

◆11話

クローバーさんは残念ながらじゅぺっとさんではないですねキャラ親ではないですね。ドレディアのクイーン好きです。
仮にもエレメンツが、スオウが外交して今まで他国の支援を受けていたので、援助抜きではなりたってない部分も大きかったんじゃないかなーと思います。
突然代表にされてもスオウは頑張っていたとは思う。

家出。するよなあそりゃあ。あのタイミングだとサーナイト転移しても攻撃を防ぎきるには一手足りなかったんだと思います。考えるより先に行動しちゃう男、ユウヅキ氏。

ビー君株どっかで崩落しないか不安になるぐらいの上がりっぷり。
エレメンツ活躍させられてないのは私の実力不足ですね。ううむ。


◆12話

そうですね。ユウヅキ氏はアホの子です。クールかと思いました? 天然交じりのアホの子です。
とてもよくないのですが、ダスクに身を置いて怪我するのになれてしまった部分ありそうですよね。とてもよくない。
サーナイトも止めてあげなよは同意です。自責の念はめっちゃ強そうだ。
メイはサク様を止められるほど強く言えないのかなもしかして……?

そしてソテツ回だよ!!! ある意味予感的中です。病んだ。そしてフラれた。
ビー君の解りたくもねえよ馬鹿野郎! が響き渡るシーンがとても好きです。
そしてビー君の株が上がる。
エレメンツだって頑張って来たのですけどね・……崩壊を望まれるまでになってしまったか……。
そして特攻するユウヅキ氏。次話、ボスラッシュです。

◆13話

正直者ユウヅキ。夢をかなえるトウギリ。書いてて楽しかったです!
レイン所長意外とえげつない戦法も使う。

ユウヅキは身体本当に大事に……死ぬぜほんまに。
好きな戦闘シーン多いって言ってくださってめちゃめちゃ嬉しいです。ボスラッシュ頑張ったかいがありました。

ユウヅキ、実は王子という。他の方にクーデターと言われてしまう。
吸収合併は思い切りました!
他国の言うことなんざ無視だぜ! となるかは謎です。

オウマガ編はターニングポイントです。筆者もそろそろ秘密開示したかったころ。

◆14話

いえーい! メガシンカ回! アサヒさんがヒロインしてる回! アプリコットちゃんさらったのはゲストではないです。筆者にしては珍しく口の悪いキャラですテイルさん。

ジュウモンジの依頼はビー君が配達屋だからこそできたくだりでピザ同様気に入っております!
リッカを大事にしては同意。

ビー君が主人公としてめっちゃ輝いている回です。
メガシンカとそれでの波導探知は閃きが降ってきて付け加えました。
行けビー君! アサヒさんを追いかけろ! 君も明け色のチェイサーだ!

◆15話

ユウヅキ、クロイゼルの手持ちあんま知らんかったんよ……。クロイゼルいつも破れた世界にいるし……。てんぱったのはあると思う。道連れきまってたら落としてたし。

クロイゼルングの昔話は実は伏線でした。
復活させようとしているのはマナです。
彼の名前は「96106」=「9(く)6(ろ)1(い)0(ぜ)6(ルング)」=「クロイゼルング」です。
この並び気に入っております。ご本人です。

ソテツ丸くなった。いろいろこりたのでしょうと信じたいビー君と毒吐きあってるのめっちゃかいて楽しかったです。

ハジメとビー君の関係もまた好きです。ビー君の見る目が変わったのは確かですね。敵でも信頼できると踏み切ったビー君とハジメのアホではないだろうかはお気に入りです。
口上は余裕がない時はシンプルなのもいいですよね。

クロイゼルの使ったボールは実はまだ悩んでます。でもそのうち決まります。
そうです。以前に一回魂が入ってしまっていますマナフィの。
究極の選択はドキドキしました。一話のビー君だったらラルトス選んでるかも。

そしてロボヒさんへ。正直この展開は初期の初期からあったので私は過去の私が憎い。

感想ありがとうございました!!!


  [No.1695] 第十六話 月光の疾走者 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/01/26(Wed) 20:27:03   2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




ビドーのルカリオが水源の波導を探してくれたおかげで、なんとか川沿いに出ることができた。
森の中をしばらく歩くと辺りが急激に暗くなりはじめる。ただでさえ謎めいた黒い雲が空一帯を覆っているのもあって、寒気があたしたちを襲った。野生のコロモリの影やホーホーの鳴き声も聞こえてくる。
ジュウモンジ親分たちにメッセージで連絡入れたけど、返事は「アジトで合流しろ」の短い文章のみ。たぶんだけど、電話はかけるのは危険だって判断だと思う。
しんどそうに肩を貸されながら歩くユウヅキさんを見てビドーは「今夜はこの辺で休めるところを作ろう」と言った。
今どこにいるのか把握しにくいのもあるから、みんな特に反対はしなかった。

みがわりロボの姿にさせられたアサヒお姉さんをユウヅキさんに一度預けて、あたしは擦り傷の手当をしてライカと枝やきのみを探しに行った。
集めた枝を組み合わせた後、ビドーのオンバーンが弱めの『かえんほうしゃ』で焚火を作る。
オンバーンのトレーナーのビドーはというと、ユウヅキさんとあと自分の手持ちの治療を行っていた。
力を取り戻した彼のポケモンたちは、休める場所作りを手伝ってくれる。特にエネコロロの『ひみつのちから』で作った洞穴は秘密基地みたいだった。

「そういや、あの後オカトラとは合流できたのか? ポケモン借りていただろ」
「オカトラさん、なんだかんだ合流してポケモン返すとこまではできたよ。でもドタバタしていて、はぐれちゃった……」
「そうか……無事だと良いんだが」
「そうだね……」

あの気持ちいい笑い声のオカトラさんを思い返しながら、無事を案じた。
はぐれたと言えば、アサヒお姉さんとユウヅキさんのポケモンたちは、今は離れ離れになってしまっている。
万が一戦闘になったときは、あたしとビドーで切り抜けるしかなかった。
きのみをかじりながら緊張していると、ビドーがあたしに声をかける。

「見張りは俺とルカリオがしておくから大丈夫だ。お前はヤミナベとヨアケと休んでいろ、アプリコット」

彼の「大丈夫」は強がりだとすぐにわかった。だからあたしは躊躇なく彼の頬の傷に傷薬のスプレーをかける。
うめき声をあげて悶絶する彼をライカとルカリオに抑えるように頼んで取り押さえガーゼを思い切り貼り付ける。

「貴方もあたしもみんなけが人! ライカ、ルカリオ、コイツ自身がサボっていたケガの手当をするよ!」
「ちょ、待てやめろっ、自分でやる! ルカリオも止めてくれ!」
「止めちゃダメだからルカリオ。この程度で痛がっている人のどこが“大丈夫”だって? 大人しく怪我見せなさいっ!」

ルカリオが「止めるわけない、頼む!」と怒り心頭の声であたしに治療の許可をする。
恨めしそうにルカリオを見るビドーの上着をあたしたちは躊躇なく脱がした。
てんやわんやの大騒ぎになっているあたしたちをユウヅキさんは唖然とした表情で遠くから見ていた。アサヒお姉さんはというと何だか可笑しそうに笑いをこらえていた。


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アプリコットは俺を散々あーだこーだと叱ったのち、ヨアケを抱き枕代わりにして仮眠を取り始めた。(結局見張りは交代ですることになった)
あちこち包帯とガーゼまみれにされた俺は、いったん他のみんなをボールに戻してからルカリオと一緒に周囲の警戒をしていた。
そんな俺の隣に、ゆっくりとした動作で腰を下ろした人物がいた。

……俺はコイツのことも、正直まだまだ許せてはいなかった。
けど割り切って、普通に話しかけてみる。

「動くと堪えるぞ、ヤミナベ」
「……だいぶ休ませてもらったから少しはましになった」
「嘘つくと今度はお前が包帯まみれになるぞ」
「嘘ではないのだが……」

俺の隣で暗い川を眺めるヤミナベ・ユウヅキ。その彼の口調は棘が取れていた。
というか、普段は構えているだけで、本来はこういう喋り方をする奴なのかもしれない。

「寝られないのか? それともなんか、俺に話でもあるのか?」
「数年前からろくに寝られていないから、これはいつものことだ……話、か。そうだな。話したいことはそれなりにある。しかしまずこれだけは言わせてくれ――――」

わりと深刻な問題をさらりと流したヤミナベは、俺に頭を下げた。

「――――ありがとう。アサヒの傍に居てくれたのがビドー・オリヴィエ、お前で良かった」

予想外にストレートなその言葉を、素直に受け取れない自分が居た。
静かに顔を上げた彼に、探り探り理由を尋ねてみる。

「……どうしてそう言おうと思った?」
「お前がアサヒを助けてくれたからだ。俺では、アサヒを守れなかったからだ。8年前も、今日も……」
「別に俺も守れてはいないぞ? ヨアケはあんななりになっちまったし」
「守れているさ。少なくとも、クロイゼルの手中からは取り返してくれた。あの時の俺にはそれすら出来なかった……」
「…………」

クロイゼルに歯が立たなかった自分を責めているのだろうか……でもそれだけではなさそうな彼の言葉に、俺は何かが引っかかっていた。
もしもの時は力になってあげて欲しいと、以前ヨアケに頼まれていたことをふと思い出す。
今がその時なのだとしたら、正直荷が重いなと思った。
どうしたらいいのかちっとも分からねえ。けど、逃げる気はさらさらなかった。
恐る恐る、意を決しヤミナベに尋ねる。

「……もっと俺に言いたい事、あるんじゃないのか?」
「ああ……サーナイトのこともだ。お前に叱られて、見つめ直せた。あれ以来『いやしのねがい』は使わせていない。サーナイトにも約束させている」
「そうか……それは、良いことだと思う。思うが……そうじゃなくてだな。もっとこうないのか、不安なこととか、苦しいこととか。ムカつくことでも、なんでも……!」
「? ムカつくことも不安も、苦しいのも俺よりアサヒの方が抱いているのではないか? 彼女に聞いた方がいいのではないか?」

なんとなく焦り始める俺をヤミナベは不思議そうな表情で見る。
その顔を見た瞬間、俺はどうして彼の態度に疑問を持っていたのかに気づいた。

(コイツは……コイツ自身のことをほとんど話してねえ)

ルカリオもヤミナベを不気味がっていた。彼の波導はただただ静かで、静かすぎるほどだった。
思わず肩に掴みかかって問いただす。

「お前はどうなんだよ……! 悔しいとか、ないのかよ」
「……それを言っても事態は何も変わらない」
「そういうのはいいから、言え……!」
「…………わかった、だから肩から手を放してくれないか」

ヤミナベがひどく体をこわばらせていることに気づき、俺は謝りながら手を放す。
それから彼は「すまない」と謝ると、困ったように考え込み始めた。

「…………悔しい、というよりはひたすら無力感を感じた。悲しい、というよりは情けなさや申し訳なさに近い」
「…………」
「クロイゼルの命令とは言え、俺は多くの者を不幸にしてきた。だから俺は、俺たちの手で決着をつけたかった。しかしそれは惨敗に終わった。誰も何も報われないまま、ポケモンたちを置き去りにして、アサヒも助けられないまま……今に至る。とても、とても情けない」

手を突っ込んだ先は、思っている以上に、闇が深い。
語る口元も、塞ぎ込む視線も微動すらしない。まるで表情というものがすっぽり抜け落ちてしまっているかのように。
……多分、ヤミナベは疲弊しきっているんだ。
手当したときに見た無数の傷跡の身体だけでなく、重圧の中耐え続けていた精神も。
波導が静かなのも、安定しているとかじゃない。感情を出せていないからだ。

「こういう感じで、いいのか?」
「あ、ああ。何ならもっとぶちまけてもいいぞ」
「そんなことを言われたのは、いつ以来だろうか……遠慮しておく」

嫌な考えがよぎる。
もしずっと感情を出すことを許されなかったとしたら? それが日常と化していたら?
律するなんてレベルではなく、自責も続けるそんな只中で何年も過ごして来たとしたら、その心は一体どんな風になってしまっているのか。
少なくともちょっとやそっとのことでどうにかできる問題でないのは、確かだった。

この短い会話の中で、俺は思う。
彼は根っからの悪人ではないし、簡単に憎める相手ではないと。
むしろ自分の損得を考えない真面目過ぎるくらい真面目な馬鹿だと思った。

だからこそコイツに必要なのは――――望みだ。

「お前はこれからどうしたいんだ?」

一つ一つ、何を望んでいるかを聞く。これが今俺にできることだと、直感を信じた。
ちゃんと尋ねると、ほんの少しだけヤミナベは感情の欠片を零す。

「アサヒはまだ俺と共に生きること諦めていない。俺もまだ諦めたくはない……ポケモンたちも取り戻したい……だが、どうしたらいいのかが分からない」
「分からない、か。だったら俺も一緒にどうすればいいのか考えるさ」
「ビドー……何故そこまでしてくれるんだ? 俺は、“闇隠し”を引き起こしてしまったのに、何故?」
「お前も、そしてヨアケもやってはいない。元凶ではないんだろ。それに、俺には、ヨアケをお前の元に無事送り届けるっていう仕事があるからな。彼女が無事元に戻ってお前のところに届けるまでが、俺の仕事で……やりたいことだからだ」

きっぱりと言い切ると、ヤミナベは「分からない」と繰り返し呟いた。
そんな彼に俺は苦笑いしながら言った。「簡単に分かられてたまるか」と……。


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ビー君たちと交代で、私はアプリちゃんと見張りをする。
アプリちゃんはなんか人形になってしまった私を抱えて動くのが、今までもそうしてきたみたいに慣れた手つきで抱えていた。彼女曰く、「ピカチュウだったころのライカもよくこうしていたから」とのこと。
騒がしくならない程度に、私たちは他愛のないお話をする。
アプリちゃんもさっきのユウヅキとビー君のやりとりを聞いていたみたい。
私は眠らなくてもいい体になってしまったので、交代して見張りをするみんなと話していった。
交代制だったこともあって、あまり暇はしなかったのは余計なことは考えずにありがたかった。
ビー君とルカリオには心配をされ、ユウヅキには逆に心配をしながら夜を過ごす。
以前まで起こっていた見覚えのない記憶や身に覚えのない感情の変化は綺麗に無くなっていて、なんだかすっきりした気持ちで話せていた。

……ううん違う。やっぱりあの場に残してきたみんなのことが気になって仕方がない。
一刻でも早く助けに行きたい。
でもそれが出来ないもどかしさを感じながら、時間は刻一刻と過ぎていった。

やがて夜が明ける。けれど空は相変わらず黒雲に包まれたままだった。
『サイコキネシス』の力で、アプリちゃんと相棒のライチュウ、ライカは上空から現在位置を調べてくれる。
彼女たちは戻ってくると、「この辺だったら、こっちにあると思う!」とビー君を引っ張っていく。

案内された先の森の中に、大きな石が鎮座していた。彼女はその裏手に行って、地面に向かってライカに『サイコキネシス』をさせる。

「本当は<シザークロス>のメンバー以外には内緒なんだけどね、特別に教えてあげる」

そう冗談めかしてはにかむアプリちゃん。ライカがサイコパワーでずらしたのは……地下への入り口だった。
入り口をもとに戻しつつ明かり沿いに階段を下りていくと、広めの通路に出る。

『この辺の地下に、こんな大きなトンネルがあったんだね』
「ううん、この辺だけじゃないよ。割とこの地下洞窟はヒンメルの各地に繋がっているんだ」
『どうりで<エレメンツ>が<シザークロス>のアジト見つけられないわけだ……』
「繰り返すけど、内緒だからね……下手に動くと迷子になるからちゃんとついてきて!」

ライチュウのライカがしんがりを務めつつ、私たちはアプリちゃんに導かれるままアジトへ向かって行った。


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空中遺跡の大広間で、マネネとボクは頼まれていた作業を行っていた。
ボクの背後にいるギラティナは、アナザーフォルム……つまりはこちらの世界の姿になって今は眠っている。
【破れた世界】から出てくるのが久々だったのもあったのか、ギラティナは遺跡の最上階をひとしきり足で駆け回ったのち、休み始めた。
まあ……今は彼もいないし、気を張らなくてもいいのは同意だけどなんだろう、可愛く見えてくるな……。さっきまで蹂躙していたとは思えない。

手に持っていたシールを彼らに貼り終えると、ディアルガとパルキアの力を組み合わせて作ったゲートから、彼が帰還する。

「おかえり、クロイゼル。どうだった?」
「ただいまサモン……結果は、予想通りだった」

予想通り、ということはダメだったということなのか。
駆け寄るマネネの頭を軽く撫でると、彼は大きなため息をひとつついた。

パルキアの空間の力とディアルガの時間の力。二つを合わせて彼は過去、1000年ほど前の平行世界を、“マナ”の居た世界を見てくると言っていた。
結局、その世界でもマナは同じ末路を辿ったのかな……。

「……残念だったね」
「残念でもないさ。マナはそこでは無事に生きていた」
「え……じゃあ会えたの?」
「いいや、会ってはいない。見かけただけだ」
「どうして」
「どうせあの世界のマナは、僕の知っているマナとは違う」
「それでも構わないからキミは会いに行ったんじゃ……ディアルガとパルキアを捕まえて、確認しに行ったんじゃ……なかったのかい?」
「あの世界のマナには会えない」

きっぱりと言い切る彼の顔は、どこか気持ちの整理がついたという面持ちだった。
乾いた笑みを浮かべながらクロイゼルは理由を話してくれる。

「あそこに生きていたマナの隣には、別の僕もまた存在していたからだ」
「過去の、キミが……」
「当時の僕から、友を奪えないだろう? ――――だから、今の僕がマナにまた会うには、やはり復活させるしかない。幸い魂の受け皿は彼女がなってくれた。あとは肉体だけだ」

そう言ってクロイゼルが、台座の上に寝かせられた彼女に歩み寄る。
『ハートスワップ』を使われたヨアケ・アサヒの身体には今、マナの魂が入っている。
しかしマナが目覚める気配は一向にない。でも息はしている。それは、マナの魂、心が生きている証だった。

「待っていてくれマナ。もう少しだ」

優しい目で眠り続けるマナを見下ろすクロイゼル。
その光景を見てボクは、彼らを守りたいという強い執着を再び確認した。


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ふと自分の携帯端末を見ると、キョウヘイから安否を確認する着信とメールが何通か来ていた。
あとで返信しようと考えていたら、クロイゼルに「返事、したらどうだ」と促される。
その言葉に甘えてボクは電話をかけ直すと、わりとすぐに繋がった。

『おい。今どこにいる』
「…………キョウヘイ。ボクは無事だ。キミの方は?」
『話を逸らすな。どこにいるサモン』
「ボクのことは気にしなくて大丈夫だから、自分の身を案じて欲しい」
『指図される覚えはない』
「……ボクは」
『大丈夫ではないだろ。少なくとも、現状のこの地方に居る限りは』

言葉の意味を把握しかねて沈黙してしまう。
ボクが現状を知らないのを見抜いたのか、彼は繰り返し問い詰める。

『……【ソウキュウ】では、結構な数がヤミナベ・ユウヅキとヨアケ・アサヒを血眼になって探している。君の絡んでいる<ダスク>を筆頭に混乱が起きている……その渦中にいないのなら、君はいったいどこにいる?』

王都の惨状がどういうものか細かく把握していなかったのは失敗だった。
失言からどんどん追い詰められていく。続けざまの沈黙は、より疑いを深くする。

『まさかサモン。君が関わっているのか……?』
「……キョウヘイ。キミは共犯者にはならないと言っていただろ。それは今でも変わらないかい?」

不用意にこれ以上立ち入らないように、ボクは彼に確認を取る。

『……ああ。俺は共犯者にはならない』

予想通りの回答にほっとしつつも、半ば自白に近い警告を彼にする。

「だったらキミは知る必要はない。ボクが何をしているなんて、知らなくていい。中途半端に知ったら……道連れになるよ」

線引きをできるのは、ここまでだった。
キョウヘイの言うことが正しいのなら、ボクはとっくに取り返しのつかないことに足を踏み入れている。
クロイゼルにつくということは、このヒンメル地方全部を敵に回すということ。
中途半端に頼ってしまっていたけど、これ以上ワガママに付き合ってもらう義理はない。

(これでいい。これで、いいんだ)
(巻き込めない。巻き込むべきではない)
(だから、早く断ってくれ)
(さあ――――)


『君の言うこときくなんて御免だ――――道連れにしろよ』


『上等だ』と言った彼の言葉に、固まってしまう。
…………言葉が出ない、とはこのことだった。
どこまで。どこまで天の邪鬼なんだキミは。
どれだけ指図されるのが大嫌いなんだよ、キミは……!

「道連れには出来ない」
『それなら俺は一人で行く。君のところへ』
「させない。ボクの都合で手を汚させるわけにはいかない」
『これは俺の都合だ。それに忘れているのか。これでも俺が元悪党の団員だということを』
「洗った足もまた汚すのか」
『勘違いしているな、サモン……協力なんてするものか。俺はキミの愚行を吐き出させて止めに行くだけだ』

止めに来る。
そうきっぱりと言い捨てた彼に理由を聞くと、こう答えた。

『俺はもう失いたくないんだ。凝り固まったプライドにかけてでも連れ戻す……これ以上は言わせるな』

我が道を行きすぎているキョウヘイに珍しくこみ上げるものがあって、思わずボクは笑いをこらえるのに必死になってしまった。
彼はあからさまに不機嫌そうな声で『笑い事じゃない』と言う。
一言謝ってから、ボクはキョウヘイに決別を告げた。

「悪いけどこればかりは譲れない。探し出してごらん。受けて立つよ」
『……覚悟しろ。君の執着を、拭い去ってやる』


その言葉を聞き取ったのを最後に、ボクは通話を切る。
マネネが楽しそうな笑顔でこちらを見上げてくる。
クロイゼルに「いい友をもったものだ」と茶化されて言葉に迷う。
迷った末、「うん、本当にそうだね」と素直に答えておくことにした。


***************************


見覚えのある道に出て、あたしはほっとひと安心する。
ビドーとルカリオも、何かを察知したのか緊張の糸が解けたような顔をしていた。
アサヒお姉さんを抱えたユウヅキさんに向かって、あたしとビドーは一声かける。

「あと少しだから、がんばって!」
「だとさ……踏ん張れ」
「……ああ」

ライカが背中を守りながら確実に歩いて行って、あたしたちは出口にたどり着いた。
洞窟から出ると、深い木々に包まれた森林にでる。目印の置き石も置いてある。ここで、間違いない。
「まだ森なのか?」と落胆気味のビドーに「ここであっているよ!」と慌てて言う。

「一応ようこそ、なのかな? ここが【義賊団シザークロスアジト】のある【アンヤの森】だよ……!」
「昨日の森より、暗い場所だな……」
『たしかに、木々で空が覆いつくされて真っ暗だね……』

ユウヅキさんとアサヒお姉さんがそれぞれ感想を口にしている隣で、ビドーが「観光に来たわけじゃねえんだからさっさと行くぞ」とそっけなくルカリオとずんずん進んでいこうとする。
あたしたちは慌てて追いかける。それから何故かあたしの知っている道とほぼ同じ方に進んでいくビドーとルカリオに驚いていると、その考えも見透かされる。

「ジュウモンジの居るだいたいの方角なら分かる」
「え……なんでわかるの?」
「波導だよ。俺とルカリオはアイツの波導をもう覚えた」
「……なんだか、貴方もルカリオみたいなことが出来るってこと?」
「だいたいそんな感じだ」

それって便利……なのかな? と疑問に思っていたらアジトにたどり着いていた。
テリーとヨマワルのヨル、それとジュウモンジ親分がアジトの入り口で待っていてくれていた。
ヨルがユウヅキさんに興味を示して周りを漂っているのを、テリーは止めにかかる。
でもテリーもユウヅキさんを見て、言葉を詰まらせた。

「あんたは、まさかビドーの言っていた……」
「俺が……ヤミナベ・ユウヅキだ」

名前を言い終えると同時に、テリーはユウヅキさんの胸倉目掛けて掴みかかる。

「あんたが、メルを、ヨルのトレーナーを、攫ったんだな!?」
「そのトレーナーが帰って来られなくなったのは……俺のせいだ」
「! ――――この!」

テリーが拳を振りかぶるのを見て、あたしは慌てて止めに入ろうとする。
でも反応が遅れて間に合わない。そう思っていたら、テリーの殴り拳はビドーによって止められていた。

「何故止めるビドー」
「落ち着けテリー……『闇隠し』をしたのはコイツじゃない!」
「なんだって?」

何かを言おうとするユウヅキさんを、ビドーは制止する。
珍しく今にも暴れ出しそうなテリーに、ライカも戸惑う。
そんな彼らの様子を見て、アサヒお姉さんは割って入るために大声を出した。

『ゴメン! お願い、話を聞いて!!』

突然のお姉さんの声に、テリーとジュウモンジ親分が目を丸くする。
ビドーが説明をしようとしていると、ジュウモンジ親分が口を開く。

「……怪人とやらにあれを見せられて落ち着けってのは無理な話だ。が、弁明は聞いてやる。さっさときやがれ」
「親分……いいのかそれで」
「先走るな」

ジュウモンジ親分に釘刺されたテリーが不服そうにしていた。ヨルはそんな彼の頭の上に乗ってペシペシと頭をはたく。「……わかっている」と零したあと、テリーは「情報収集に行ってくる」と言って走り去っていった。


***************************


親分に促されるまま、あたしたちはアジトの中に入る。
すれ違う他のメンバーやポケモンたちは、誰も彼もそわそわと感情の置き所がなさそうにしていた。
そんな中、見慣れぬ二人を見かける。
ぷにぷにとしたメタモンを連れた白いフードの褐色肌の少年と、青い炎を湛えるランプラーを連れた灰色のフードのオレンジの髪の毛のお兄さん。
彼らにビドー、ユウヅキさん、そしてアサヒお姉さんが反応する。

『シトりん……! イグサさんも!』
「おや、その声は……アサヒさんだね。あはは、ずいぶん姿が変わっているけど、声でわかるよ。ユウヅキさんもビドーさんもご無沙汰だね」

会釈するユウヅキさんとビドーにコロコロと可愛い笑顔で少年は笑う。このみがわりロボ状態のアサヒお姉さんを一声聞いただけで見抜くなんて……いったい何者なんだろう。

「そちらの彼女は初めましてだね、ボクはシトリー。シトりんって呼んでね」
「あ、ええと、あたしはアプリコット。よろしくシトりん」
「アプリコットね……アプりんって呼んでもいい?」
「別にいいけど……シトりんたちは、どうしてここに?」
「あはは、ボクたちはアサヒさんに会いに来たんだ。ね、イグサ?」

シトりんに名前を呼ばれるまでイグサさんは、アサヒお姉さんの方をじっと見ていた。
それから小さく頷いた彼は、みんなに聞こえるように言葉を発する。

「そうだ。そして会えたことで確認は終わった……ヨアケ・アサヒ。君の重なっていた魂は分離しているよ」
『重なっていた魂って……それって……』
「それは……ヨアケと同じ波導を持った存在。“マナ”ってやつのことか」

割って入ったビドーの言葉を肯定しイグサさんは続ける。

「そう。そして……その“マナ”、“マナフィの魂”こそ……とある者から僕たちにあの世に送って欲しいと仕事として頼まれた相手だ」

魂の分離。同じ波導。マナフィの魂。
話の流れが分からずにチンプンカンプンなあたしの考えをくみ取ったイグサさんは、ある場所の名前を出す。

「【ミョウジョウ】の“死んだ海”は分かるか」
「分かるけど……マナフィが昔の戦いに巻き込まれて死んじゃったから、死んだように静かな海になってしまったんだよね、確か」
「……その海がいつまでたっても死んだままの状態が続く原因は、1000年ほど前からマナフィの魂が転生していないからだ」
「転生出来ない……なにかがあるの?」
「この世にマナフィを引き留めている者がいる――――その者は怪人クロイゼルング。マナフィの友だ。彼がマナフィの魂を未練がましくこの世に繋ぎとめている」

その名前にイグサさんたちを除いた全員が目を見開く。
アイツが今みんなにしでかしていることに関係があるのかもしれない。
身を乗り出すように話にのめり込もうとするあたしを、ジュウモンジ親分の咳払いが我に返す。

「イグサ。てめえの話はいったんそこで区切ってもらう。こっちもこの先のことを考えないといけねえしな……いいな?」
「構わない、ジュウモンジ」
「悪いな……そんじゃ、ヨアケ・アサヒ、ヤミナベ・ユウヅキ。弁明を聞かせてもらおうじゃあないか」

そうこうしているうちにアジトの奥の広間にたどり着いたあたしたちは、彼らを取り囲むようにそれぞれ居場所を探して位置につく。

ユウヅキさんとアサヒお姉さんが、静かに、ゆっくりと話し始める。
ふたりは弁明……言い訳はしなかった。
でも語られたその内容は、あたしの想像をはるかに超えていた。


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ユウヅキさんはアサヒお姉さんと、かつて自分を捨てた親のムラクモ・スバルさんを探して旅をしてヒンメル地方にたどり着く。
【破れた世界】の研究中に行方不明になったスバルさんを見つけるために、あの日【オウマガ】にあるギラティナの遺跡に訪れたふたりは、そこで運悪く怪人クロイゼルングと出逢ってしまった。
怪人クロイゼルングにアサヒお姉さんを人質に取られたユウヅキさんは、駒として動き多くの人とポケモンを集め、そしてギラティナを召喚するという建前でディアルガとパルキアを呼び出すように恐喝された。
もう一つの名前、ムラクモ・サクを名乗って<ダスク>を組織したユウヅキさんは、表向きは【破れた世界】に捕われているみんなの救出を騙って、レインさんという人が作ったレンタルポケモンシステムを使いポケモンとトレーナーを集める。
そして彼はアサヒお姉さんと、命懸けでディアルガとパルキアを呼び出した後、ギリギリでクロイゼルングに反旗を翻す。
実際、怪人に出逢ってしまったせいで“闇隠し事件”を起こしてしまった責任をとても強く感じていた彼らは、償うためにも怪人クロイゼルングとギラティナに挑み、被害者の奪還を試みる。

でも敗北してしまって今に至ったわけで……今こうしてここにいるのが現状だった。

一気に語り終えたあと、ユウヅキさんは、アサヒお姉さんを庇うように抱える手の力を強くして、こう締めくくる。

「償いきれないほどの事件を引き起こしてしまって、大変申し訳ない。それでも……それでも俺はアサヒを守りたかった」

感情のやり場を失っているみんなの中で、ジュウモンジ親分が眼光鋭くして、大きなため息をひとつついた。

「……気に食わねえな」
「…………」
「怪人もだが、いいなりになってトレーナーとポケモンを集めていたてめえもだユウヅキ。事情があっても他人を、ポケモンをないがしろにし過ぎだ」
「まったくもって、その通りだ……」

猛省するユウヅキさんに、親分はこれからのことを問いかける。

「人質に取られてずっと従っていたっていのは、もう従う気は無いってのは分かった。が、散々やらかしたこの後はどうすんだ、手に負えなくなったこの先はどうするんだユウヅキ」
「それは……」

言葉を詰まらせる彼に、あたしだけかもしれないけど……少なくともあたしはもどかしさを感じていた。
しばらくして、ジュウモンジ親分から、衝撃の発言が飛び出す。
前から予想できたことだからショックは思ったほどではなかったけど、それでもやっぱり、その決断は聞きたくないものだった。


「俺は<義賊団シザークロス>を解散して、メンバーを国外に退避させようと思っている」


***************************


<シザークロス>の終わり。
あたしの居場所の、終わりの宣告。
仕方がないこととはいえ、受け入れるまでに時間がかかりそうで。
でも、そんなうだうだ言っている猶予は残されていないのはあたしにだってわかっていた。
ジュウモンジ親分の続きの言葉が、話しあう声が、あたしが聞きたくないせいかなかなか聞きとれない。
もう、みんなと離れ離れになる。バンドも出来なくなる。
そう思うと、今後のことを考えなきゃいけないのにあたしは、あたし、は……。
下を向いて立ち尽くすしか、出来なくなっていた。

ふと、肩を叩かれる。
その丸い手の持ち主は、あたしの相棒のライチュウ、ライカだった。

「ライカ?」

ライカは尻尾のサーフボードから降りて、それをかき鳴らす素振りをみせる。
そのジェスチャーの意味は一発でわかった。

「うん、ありがとライカ」

にやりと笑いながらお礼を伝えると、ライカは「そのほうがあたしらしい」と不敵に笑った。
怪人クロイゼルングのこともある――――確かにこれからのことを考えるのも、大事だ。
でも今! あたしとライカが後悔せずにしたいことは、これしかない!
大きく深呼吸して、ざわめく話し声の中にあたしの声を通す。

「…………ジュモンジ親分!!」
「……! なんだ、アプリコット」

一斉に注目があたしに集まる。
それでも臆さずあたしはあたしの願いを口にした。
今やりたいことを、口にした!


「<シザークロス>のラストライブ! やろう!!」

ポカンとした顔を見せる周囲。そんな状況じゃないのは十二分に解っている。でもジュウモンジ親分が何か(十中八九却下の)言葉を口にする前にあたしは畳みかける。
あたしのワガママを押し通すために……!

「あたし今日ここで歌えなかったら、絶対後悔する。だからやらせてください……!!」

ライカと一緒に頭を下げる。
すると信じられない増援が現れた。
なんと、ビドーとルカリオがあたしの側に立ってくれた。

「いちファンとして、解散するなら俺もラストライブはぜひ聴きたいからな。ルカリオもそういっている」

ぶっきらぼうに顔を背けながら言うビドーにルカリオも小さく笑っていた。
何だかドキドキしていると、シトりんもイグサさんの難色を笑い飛ばして、「面白そうだし、いいんじゃない?」と冗談半分に賛同してくれる。
呆気に取られているユウヅキさんとアサヒお姉さんを横目に、呆れた表情のジュウモンジ親分は、あたしに質問する。

「てめえは誰のためにライブやりたいんだ? 誰に対して歌いたいんだ?」
「アサヒお姉さんとユウヅキさん」

即答だった。
突然呼ばれて驚くふたりに、あたしは胸を張って向き直る。

『えっ、私たち? 私たちって言ったアプリちゃん……?』
「そう。ふたりに向けて、歌いたいんだ。悪いけどビドーとルカリオは今回おまけ」
「尋ねていいだろうか。どうして俺たちなんだ」

調子に乗ったあたしは、昨日からこらえていたことをライカと共にふたりへ突き付けた。

「怪人のせいで! 貴方たちが辛気臭い面構えなのを! あたしが我慢できないから! だよ!!」

そう、これは小さな反逆だ。
このふたりを追い詰めているアイツへの、
怪人クロイゼルングに対するあたしなりの宣戦布告返しだった。

ジュウモンジ親分が犬歯をむき出しにして獰猛に笑う。

「カッカッカ! たしかにその面は気に食わねえよなアプリコット! 仕方ねえ、付き合ってやるよ……!」
「親分っ!! ありがとう!!!」

許可も得て、こうして突発的な<シザークロス>ラストライブの開催が決まった。
あたしとライカ、そしてジュウモンジ親分はすぐに他のメンバーに呼びかける。テリーたちとか説得するのは大変だったけど、メンバー総出で、ビドーたちも巻き込んで簡易ライブ会場を設営し始めた。


***************************


<シザークロス>の奴らとポケモンたちに交じって、俺と俺の手持ちたちも手伝いをする。
カイリキーは特に大活躍して褒めちぎられていた。
休憩中、控室(打ち合わせ中)と張り紙されている部屋に少しだけ立ち入らせてもらった。
中ではアプリコットとライカ、テリーとかジュウモンジ。ドラムのクサイハナ使いの男アグリ(やっと名前覚えた)と他にもモルフォン使いのキーボード引きの女性やバルビード使いのベーシストの男(こっちは名前聞けなかった)が、見たまんま選曲などで揉めていた。

やっぱり邪魔そうだからそっと立ち去ろうとしたら、ライチュウのライカと視線があってしまい、鋭い視線で引き留められる。お前、目つき悪いよな。

「あ! どうしたの、ビドー?」
「……アプリコット。あんまり俺がでしゃばるのもあれなんだが……あいつらにむけて一曲リクエストしてもいいか」
「いいよ! どの曲?」
「え、いいのか?」
「うん? ダメなの?」

軽くオーケーをされてびっくりしている俺に、逆に彼女も戸惑う。

「だって、この中でアサヒお姉さんとユウヅキさんのことよく知っているのって、ビドーだけじゃん?」

純粋な目でそういわれて……そんなによく知らない気がして少し自信がなくなってくる。
正直にそのことを伝えると、アプリコットは「大丈夫」と断言する。

「今、聞いてもらいたい曲のイメージが浮かぶくらいには、ふたりのこと考えているよ、ビドーは」

ヨアケとはまた違った作り笑いを浮かべるアプリコット。
若干決めつけも入ってないか……と思いつつ、リクエストの曲名を告げる。
曲名を聞いた彼女たちは、意外そうな顔をしてから、「いい選曲だ」と口々に言った。
慣れない言葉に戸惑っていると、ライカに鼻で笑わられ、ジュウモンジには「こういう時は素直に受け取って置きやがれ」と軽めに睨まれた。


***************************


私はユウヅキと自由行動を許されていたけど、バタバタしているみんなといるのが居所悪かったので、結局隅っこにいた。
なんだかんだで、昨夜よりも話せる時間ができたのは、幸いだったのかもしれない。

『ユウヅキはともかく、そんなに辛気臭い顔していたかなあ私……』
「今のアサヒはそもそも表情が見えないから余計不思議だ」
『地味にひどい言いぶりっ』
「すまない。でも今、むくれているのは分かる。やっぱり声……じゃないか?」
『声、か……』

声、という単語で思い出したことを告げる。

『私たちは、もっと声を上げるべきだったのかもね』
「だが、巻き込みたくはなかった」
『うん、そうだね。でもジュウモンジさんの言う通り、私たちの手に負えないのも事実だよ』
「……そう、だな。けれど…………」

塞ぎ込む彼に、私は素直になれなかった先駆者として、一つ感想を言った。

『私もね、“助けて”って言えるまでだいぶかかったよ』

ユウヅキも、きっと言えるようになれるよ。
そう願いを込めながら、私は零す。
彼が私を抱く力を強くする。彼の額と人形の額がくっつきそうな距離まで近づく。
涙こそ流していなかったけど、言葉には出さなかったけど……ユウヅキは小さく悲鳴を上げていた。


……その感情に気づいたのかどうかは分からないけど、ビー君のルカリオが「準備が終わった」と私たちを呼びに来る。
<シザークロス>のみんなによる、突然で最後のライブが、開演されようとしていた……。


***************************


簡易建設された会場には、人だけじゃなく、ポケモンたちもいっぱいいた。ビー君のポケモンたちも勢ぞろいで大所帯である。
これだけのポケモンたちに囲まれていると、やっぱり私たちの手持ちのみんなのことがどうしても気がかりになってしまう。
そんな心境を察されてしまったのか、ビー君に言われる。

「あの時、全員連れて来られずに悪かった」
『ううん、ビー君は悪くないよ、悪いとしたら、それは……』
「……そういうところが、辛気臭いって怒られたんだと思うぞ。このライブ終わったら、この先どうするかまた話しあうぞ」
『うん……ビー君、なんか前向きになったね』
「振り返っている余裕がないだけかもな。ヤミナベも、それでいいな?」

静かに頷くユウヅキを、ビー君が席に案内する。
ルカリオとビー君に挟まれる形で、席に座らされるユウヅキ。私は彼の膝の上でライブを聞くことになった。

アプリちゃんたちがステージに立ち、ライブが幕を上げる。
みんなが息を呑んで生まれる、一瞬の張りつめた静けさののち、演奏は始まった。

ドラムのカウントから、刻まれるリズム。かき鳴らされたギターとベース、リズミカルに弾かれるキーボード、そしてその上を彼女のボーカルが芯まで通り抜ける。
音の圧が、全身に響き渡る。歌詞が心に突き刺さって震えていく。そのメロディに乗るようにバックダンサーたちは踊り、それもまた音楽の一部となる。
身体がないのに、私の感情が熱くなっていった。
それは私だけじゃなくて、じっと見ているユウヅキとビー君もルカリオも、みんなもそうだったと思う。

数曲終わって、あっという間に濃い時間は過ぎていき、いよいよ最後の曲になる。
歌いっぱなしで荒い息を整えつつ、アプリちゃんはあたしたちに向かいなおって、МCをする。

「えー、それでは次が最後になります。この曲はビドーからふたりへ送るリクエスト曲です!」

思わず横目で見るユウヅキと私の視線を、ビー君は「前向け」と手のサインで促してかわす。
向かいなおると、アプリちゃんと目が合った。にかっと笑顔を作った彼女は、相棒のライカに合図、ライカは電極を使い、電気で照明ライトを操作した。
そしてアプリちゃんを中心にスポットライトが広がる。

「そして、あたしも今の貴方たちに一番歌いたかった歌です……では、聴いてください! ――――――――“譲れぬ道を踏みしめて”」

――――その曲は、詞は、挫折からの奮起のメッセージを籠めた歌だった。


――何度も負けても破れても、生き続けている限りそこが終わりじゃない。
ぶつかり合うことすらできずに、すれ違う中で覚えた引っかかり。
その感情を捨てないで欲しい。そのワガママな気持ちは大事なものだから。
もう最後にはわるあがきしか出来なくなったとしても。
守りたいもの譲れないものがまだ残っているのなら、まだ終わりではない。
何度でもまだ立ち上がれるはず。何と言われても決して消えないで。
生きていこうまだまだ命が燃え続ける限り。
思うまま歩んでいこう。譲れぬ道を踏みしめて――


…………メッセージを、エールを聞き終えた後、思う。

(ああ。「諦めないで」って、言ってくれているんだ。アプリちゃんも、ビー君も)

こういう時、感情を表せる笑みを作れる口元があったなら。
涙を流せる目があったら、感謝を拍手で伝えられる身体があったならどんなに良かったか。
拍手喝采の大歓声の中、ユヅウキが私を抱えたまま独り立ち上がる。
彼は大きく深呼吸したのち、アプリちゃんに感謝を言葉で伝えた。

「……確かに……確かに受け取った。歌ってくれてありがとう」

百パーセント全快にはまだまだ遠いけど、その言葉にはユウヅキの感情が乗っていた。
だから私も、ありったけの感謝を言葉にして届ける。

『とっても素敵な歌を、ありがとうねアプリちゃん!!』
「!! どういたしまして!!」

満面の笑顔で返してくれるアプリちゃんに見とれていたら。ビー君とルカリオも立ち上がる。
ビー君もなんかコメントするのかな? なんて呑気なことを考えていると、イグサさんが突然扉を開けてランプラーとシトりんと外の様子を見に行った。

ルカリオとビー君の表情はとても硬く、冷や汗を垂らしていた。
どうしたのか尋ねようとする私の声を押しのけて、ビー君は慌てて大声を出した。


「?!――――やばい! 結構、いやかなりの数の何かがここを目掛けて迫ってきているぞ!!」


その叫ぶ声を聞いた<シザークロス>のみんなの行動は素早かった。
アプリちゃんが渡したマイクでジュウモンジさんが号令を出す。

「団体さんのお出ましだぞ!! 総員、戦闘準備だ!!!」


***************************


あたしたちが急いでビドーのいう大勢を迎え撃つために準備をしていると、アジトの外、【アンヤの森】の中を一足先に斥候してきたイグサさんとランプラー。そしてシトりんが戻ってくる。
シトりんとイグサさんは、だいたいの状況を伝えてくれた。

「あはは、イグサとその辺見てきたよ。囲まれてはまだいないけど相当な数のポケモンが、誰かの指示で動かされている感じだったね」
「その大勢のポケモンの魂の状態が、異常な感じになっていた。おそらく、なんらかの方法で干渉されて操られている」

何らかの方法ってなんだろう……? と疑問が浮かび上がっていたら、あたしたちの携帯端末がまた一斉に鳴り始め、画面が勝手に点灯する。
画面に映るのは、真っ白なシルエットの怪人クロイゼルング。

「やっぱりお前かクロイゼル……!!」

わなわなと怒りを隠しきれないビドーを、ルカリオが「堪えろ」と吠える。
クロイゼルはあざ笑うように、前に言っていた人質やポケモンたちを解放するための条件……“要求”を突き付けてくる。

『通達だ。一つ、“ポケモンを多く捕まえて転送装置を用いて送れ”。二つ、“賊を掃除しろ”……これが今こちらから出す要求だ。賊と言っても指針がなければ動きようがないだろうから、簡易的にリストを作って置いた』

そのリストを見てみると、嫌がらせのように先頭に<シザークロス>の名前も記載されていた。
……こちらに向かってくるポケモンたちの意味。それは、反抗の芽を摘んでおくこと……!

『これは君たちの望みにある程度沿った条件だ。だから君たちもせいぜい奮闘するように』

通話が切れたと同時に、端末を投げ捨てたくなる衝動に襲われたけど、ぐっとこらえる。

「アイツ……あたしたちを潰すのに、他のみんなの感情を利用しようとしている……!!」
「賊が居なくなって欲しいって願っていやがった奴らはそりゃ多いだろうな。てめえの大事な者救いたきゃ、国民同士でも端から裏切って切り捨てろという事だろ」
「く……!」
「さらに言えば、掃除って言葉を使って正義感や免罪符でも煽っているからタチが悪いよな」

ジュウモンジ親分は「嫌われたもんだな、義賊も」と嘆くフリをしてから、ハッサムに目配せしてキーストーンのついたグローブを装着し、拳を握りしめた。

「だが! こっちにも譲れないもんがあんだよ! ――――意地を見せるぞハッサム!! メガシンカ!!!」

弾ける光と共に、フォルムを変えるメガハッサム。長い鋏を指揮棒のように突き出し、開戦の狼煙を上げる。
それに合わせてあたしたちは声を張り上げた。
暗雲の夕時。【アンヤの森】の攻防戦の始まりだった。


***************************


アサヒお姉さんとユウヅキさんをシトりんに預けた後、一気に表に出るあたしたち。
暗い森の中から、赤を中心としたシルエット群が目視できるところまでやってくる。
観測手と遠距離攻撃役のアグ兄が、見つけた相手のポケモンたちを報告する。

「敵前衛確認! マルヤクデ、ブーバーン、バクーダ、バオッキー……とにかく炎タイプ多い! 多すぎる!!」

ジュウモンジ親分にとって、炎タイプは不利な相手だった。
そのことをよくわかっているあたしとテリーが先行に出る。

「ライカ、ぶっ飛ばすよ!」
「先手必勝! いくぜドラコ」

跳びかかってくる先頭の炎猿、バオッキーにライチュウのライカは『10まんボルト』の雷で迎撃。燃えるような模様で大きな体のブーバーン相手にはテリーのオノノクス、ドラコが『ダブルチョップ』で応戦した。
交戦していると、ちらちらと妙なものが目に入ってくる。

「気づいた? テリー」
「気づいている。もう少し確認してみる」

マルヤクデの噛みつきをかわしたテリーは、身軽に近くの木の太い枝の上に飛び乗る。高所から辺り一帯のポケモンたちをざっと眺めて、彼は大きく息を吸ってから、大声で呼びかける。

「ポケモンたちに、何かシールみたいなのが貼られている!!」

遅れてやって来たビドーと親分たちにもその情報が伝わる。
何故かその中に交じって手持ちを持っていないユウヅキさんが前線の方に来ていた。

「下がってろヤミナベ!」
「どうしても確認しなければいけないことがある……!」

ビドーの制止を振り切って、背中にこぶを持つポケモン、バクーダの前に向かうユウヅキさん。
熱気を溜め込むバクーダ。そのこぶに貼られているシールを見て、ユウヅキさんは歯を食いしばる。

「やはり、そうか……これはレインが作った“レンタルシステム”用のマークシールだ……!」
「レンタル……システム……?」
「簡単に言えば、強いポケモンでも別のトレーナーに貸し与えられ指示を出せるシールだ!」
「なるほどそれが“干渉”の正体なんだね……って、危ないっ!」

バクーダだけじゃなく、あたしたちと戦っていた炎ポケモンたちが一斉に『かえんほうしゃ』を仕掛けようとしてくる。

「ユウヅキさん!!」
「ヤミナベ!!」

ユウヅキさんを心配するあたしとビドー。全員にそれぞれにもれなく迫りくる火炎。
同時にしかけられると、他に手が出せないしカバーできない……!
無情な炎上が広がってしまう。そう思っていた。
炎が――――上空へ吸い上げられるまでは。

「『かえんほうしゃ』をまとめて封じろ、ローレンス!」

イグサさんの掛け声に沿って、各地の『かえんほうしゃ』が森の上にいるランプラー、ローレンスの元に誘導されていく。
集まり集まってできた大火球が、ローレンスが展開した札のような霊体エネルギーで『ふういん』された……!
これで、あの子がこの場に居る限り、『かえんほうしゃ』は使えなくなった!

好機と言えば好機。でも、逆に言えばそれ以外の技はやっぱり使えるわけで、向こうの攻撃は止まらない。
バクーダの『いわなだれ』が彼めがけて落下してくる。
そこにジュウモンジ親分のメガハッサムがやってきて鋼鉄の大鋏で叩き切る。
ジュウモンジ親分がユウヅキさんの前に出て、毒づいた。

「なあ、今のてめえは自分が無力だと思うかヤミナベ・ユウヅキ」
「…………ああ」
「だろうな……てめえだけにできることなんざ、たかが知れている。俺たちポケモントレーナーは、ポケモンの力を貸してもらって戦っているのを忘れるな」

ジュウモンジ親分が、ユウヅキさんを真剣な眼差しで睨む。
……親分もビドーもあたしたちもきっと、彼が動くのを待っている。
攻撃をしのぎながら、彼のたった一言を待っている。
その想いは次の親分の一言に集約されていた。



「いつまでも独りで戦うな、ヤミナベ・ユウヅキ!」


***************************


叱咤を受けたユウヅキさんはどうしてそんなことを言うのか信じられないといった顔をしていた。
親分はじれったそうにメガハッサムと共にバクーダに突撃して、十文字切りの『シザークロス』をお見舞いする。

「ったく、うだうだすんな! 責任の所在なんか、今はどうでもいい。手に負えない不始末はソイツだけじゃなくて、他の誰かも一緒にカバーする。そういうもんだろうが!」
「……!」
「てめえはこの不始末どうすんだよ! 独りで頑張って被害を広げるのか、助けを求めるのか、さっさと決めろ!!」

あたしも、ビドーも、テリーも、イグサさんも。シトりんもアグ兄もみんなも、アサヒお姉さんもユウヅキさんの言葉を待つ。

散々お膳立てされて、彼はようやく覚悟を決めた。
責任とか、そういうのだけじゃない。
彼は彼自身の言葉で、どうしたいかの望みを、願いを口にする。


「協力してくれ。クロイゼルを止めて、アサヒを、“闇隠し”の被害者を取り戻したい……!」


言葉を、望みを、願いを。あたしたちは受け取った。
ビドーさんがユウヅキさんにモンスターボールを投げ渡す。

「俺の手持ちを使え、ヤミナベ!」

小さく頷き、ユウヅキさんはボールから出した。
黒く大きな膜の羽を翻し、現れ出たのは、オンバーン。
オンバーンがユウヅキさんを一瞥し、「力を貸す」と一声鳴いた。

「……ありがとう。行こう、オンバーン!!」

こうしてユウヅキさんはビドーのオンバーンと共に戦線に参加する。
ユウヅキさんも交えての、共闘再開だった。


***************************


かけて貰った言葉が、頭の中を駆け巡る。

(いつまでも、独りで戦うな)

あの“闇隠し事件”が起こってしまった日からずっと――――ずっと俺は、俺とポケモンたちで何とかしなければいけないと思っていた。
それが償いであり責任だと考えていた。
集った<ダスク>のメンバーは、贖罪の相手でしかない。どこかでそう考えていたのだと思う。
それは、おごりだった。

(譲れぬ道を踏みしめて)

アサヒをクロイゼルから守る。
そのために大勢の人やポケモンを巻き込んで迷惑をかけてきた俺に、これ以上我儘を貫く資格がないと思っていた。
それが当然のことだと考えていた。
しかし、望みを口にしないことは自ら決めるということから逃げることになるのだと思う。
それは、怠惰だった。

(だったら俺も一緒にどうすればいいのか考えるさ)

どんなに大きな罪でも、押しつぶされても背負うしかないと思っていた。
それが、受けるべき罰だと思っていた。
本当はアサヒすら巻き込みたくなかった。けれど彼女やビドー、アプリコット、ジュウモンジ、次々と声をかけられて思う。
それは。傲慢だったと……。


……本当に、どうすればいいのか分からなくなっていた。
でも彼らは指し示してくれていた。促してくれていた。待っていてくれていた。

(私もね、“助けて”って言えるまでだいぶかかったよ)

……ああそうだ。俺もそうだったよ。8年以上かかって、ようやく言える。
大分遅くなってしまったけど、まだ間に合うと俺は信じる。
過去の失敗を取り戻すんじゃない。
今を未来に繋げるために。

またアサヒたちと一緒に歩むために、俺は、俺は……!
今度こそ、辿り着くために、駆け抜けて見せる。
真っ暗な夜の中、明かりを灯して導いてくれた者と一緒に!


***************************


以前レインから教わった、俺の把握している限りの知識を記憶の底から呼び起こし、対策の手を彼らに伝えるために、声を張り上げる。

「レンタルマークのシールを狙ってくれ! そうすればそのポケモンは自由になる! そしておそらく、このポケモンたちに指示を一斉に出すために中継点を握っているポケモンが居る……そいつが司令塔だ!」
「だったらあたしたちが上空から探してくるよ! ライカ!」

アプリコットがボードを、彼女のライチュウの尾に連結させ、共に『サイコキネシス』で曇天の夜空を飛んでいく。
抜けた穴をビドーから借り受けたオンバーンと一緒に塞ぐ。
相手の後方から放たれる『ふんえん』の爆撃をオンバーンの『りゅうのはどう』で相殺していく。
撃ち漏らしを、味方がクサイハナの『ヘドロばくだん』による砲撃で防いでくれる。
次々くるポケモンたちの対処の最中、隣あっていたビドーとルカリオと背中合わせになった。

「クサイハナ、か……」
「くっそ数多いな……アイツのクサイハナがどうかしたか、ヤミナベ」
「少し思い出していた。あの、ラフレシアのことを」
「ラフレシアってーと、ああ。スタジアムの時のフランの?」
「ああ。ビドー、このオンバーンは、確かあの技を使えたな」
「お前、まさか……!」
「そのまさかだ……協力してくれ、頼む」

ビドーは「断らねえから恐れるなよ!」と激励してくれたのち、ルカリオと共に前線を引き受けてくれる。
オンバーンと共に各メンバーに伝えるために走っていると、アプリコットの報告が周囲に響き渡った。

「見つけたよ! 向こうの司令塔は――――サーナイト! その周囲をゲンガー、ヨノワール2体、リーフィアが守っている!!」
「!! 全員俺の手持ちだ!! ヨノワールの片方はメタモンだ!!」
「えっ、そんな!! それ本当なの、ユウヅキさん!?」

確認のために降りてきたライチュウのライカとアプリコットに「ほぼ間違いない」と伝えた後、彼女たちにも、作戦概要を伝えるのを手伝ってもらう。

「分かった! クサイハナ使いのアグ兄はここをこっちに真っ直ぐ行った所に居るから!」
「すまない、助かる」
「謝る前に走って!」

アプリコットたちに送り出され、急いでその方角へと走った。
気が付くと、密集した木々のほんの隙間から光が差し込む。
いつ間に晴れたのだろうか。と考えていると差し込む月明かりがどんどん明るくなってくる。

「! 違う、オンバーン伏せろ!!」

その違和感と悪寒に、俺は隣を飛んでいるオンバーンに伏せるように指示。
自らも伏せると、その頭上を光の大玉が木々ごと抉り、炸裂した。
暗雲はわずかに“月”の周囲だけどいている。おそらくその月下にいる……サーナイトに力を与えていたのだと思う。

『ムーンフォース』の長距離砲撃。月光の明かりと弾丸が降り注ぐ中、とにかくオンバーンと走る。
光の雨あられの攻撃にこもったサーナイトの心が、一瞬だけ『シンクロ』する。


――――――――――――――――――――――――逃げて。


たったその一言だけを言い残して、『シンクロ』は途切れる。
でもその望みだけは聞けなかった。

「もうお前を置いていくのは御免だ、サーナイト……!」

『ムーンフォース』は着弾ギリギリのところで軌道が逸らそうと足掻かれていた。
それはサーナイトも含め他の者たちも抗って戦ってくれている証だと確信する。

「待っていてくれ、今解放しに行く……!」

脚がもつれそうになるも無理やり踏みとどまり駆け抜けて、ようやく小さい坂の上クサイハナとそのトレーナーのアグリと合流する。
彼に簡潔に作戦を伝え、狼煙がわりの技をオンバーンに指示する。
オンバーンの『りゅうのはどう』が天を突き刺し、雲を貫く。

合図と共に皆が撤退を開始。相手のポケモンたちを一気にこちらに引き込む。
下の方に詰め寄ってくるポケモンたちの様子に、クサイハナとアグリは怖気づいていた。

「本当にうまくいくのか?!」
「ここでやらないと、数で押しつぶされる。頼む」
「だあもう、分かった腹をくくる! 任せたクサイハナ!」

そのまま俺たちは引き返し、しんがりを務めていたジュウモンジとメガハッサムとすれ違う。

「撤退完了だ、任せたからなアグリ、クサイハナ、オンバーン、そしてユウヅキ!!」
「ああ」
「了解親分!!」

相手は十二分に引き付けた。
味方の配置も、タイミングも、もうここしかない!

「決行だ!!」
「おう!! 『しびれごな』だクサイハナ!!!」

力を溜め続けていたクサイハナが、最前線で思い切りその蕾を爆発的に弾けさせる。
痺れ花粉が辺り一帯に巻き散らかされたのを目視して、オンバーンは動く

「吹き抜けろオンバーン! 『おいかぜ』!!!!」

風が森を吹き荒れ、巡る。
横並びに陣取った味方全体へ『おいかぜ』を付与するオンバーン。
全員分へ与えられた『おいかぜ』に乗って、風下に居るポケモンたちに『しびれごな』の花粉が襲い掛かった。

「さあ野郎ども仕上げだ! 一気に畳みかけるぞ!!!!」

そこから総出で崩れた相手のポケモンたちを一気に解放していく。
痺れて動けないポケモンたちからシールを次々と外しいき、そして司令塔のサーナイトたちのところまでたどり着く。

「すまない、待たせた」

息の上がった俺の姿を見たサーナイトたちは、小さく苦笑する。
苦しむポケモンたちを、協力して呪縛から解き放つ。
目に見える最後の一体、サーナイトのシールをはがし、中継点の機械を壊した時、味方の誰かがかちどきを上げた。


***************************


【アンヤの森】の戦いの決着がついた。ヤミナベの機転と全員の協力があったから、俺たちは何とかしのぎ切ることが出来た。“レンタル状態”から逃れることのできたポケモンたちに片っ端から麻痺に効くクラボの実とまひなおしを与えて回る。アキラちゃんの影響で育てていたきのみがここでも役に立つとは思わなかったな……。
その最中、何かを捜しているヤミナベと鉢合わせた。

「どうしたヤミナベ。見つかっていない手持ちでもいるのか?」
「ビドー……リーフィアだけ、見つからないんだ」
「! 草タイプのリーフィアには、『しびれごな』が効かなかったのか……」
「間違いなく、そうだと思う……そういえば、アサヒとシトリーも見ていない。嫌な予感がする」

ヤミナベが不安を口にした直後だった。<シザークロス>のアジトの方で爆発音が聞こえてきたのは……。
顔面蒼白になりながら、俺たちはそこへ向かう。
倒壊したアジトの前には、何かを庇いながら倒れている白フードの少年、シトリーの姿があった。

「大丈夫か!?」
「……あはは、なんとか。いやあ参ったね……あの子には」

シトリーが指さす先には、冷徹な目でこちらを見ているヤミナベのリーフィアが居た。
その口には、“みがわりロボ”を耳からくわえている。

「アサヒっ!!」

ヤミナベの声が虚しく響き渡る。踵を返し、森の中に消えていくリーフィア。
あとを追いかけようとしたとき、突如目の前に現れたランプラー、ローレンスが俺たちを止める。

「僕が行く」

灰色のフードを被ったイグサが俺たちにここで待っているように強く言った。
それは出来ないとイグサをどかしてでも追いかけようとすると、シトリーが呻きながらそれを引き留めた。

「あはは、慌てなくてもヨアケ・アサヒさんは無事だよ。ほらもう喋っていいよ」
『…………ゴメンね、シトりん』

驚くヤミナベに対して、俺はどこか納得してしまっていた。ヨアケの波導がリーフィアの方ではなくすぐ傍に感じられていたからだ。

「じゃあ、さっきリーフィアが連れ去ったのは?」
『シトりんのポケモン。メタモンのシトリーだよ。『へんしん』で私を庇って……』
「だから、シトリーは僕が助けに行く。リーフィアもできるだけ助けられるよう努力する」

落ち込むヨアケに、イグサは背を見せ走り出す。
それでも追いかけようとするヤミナベが、躓いて崩れそうになる。
それを何とか支えると、ぞくぞくと彼らが集まって来た。

「こいつは……」

ジュウモンジたち<シザークロス>は、崩れ落ちたアジトを見てしばらくの間立ち尽くすしか出来なかった。

ただ一人と一体を除いては。





彼女はボードを相棒の尾に重ね繋げ飛び立つ。
風の波に乗りながら、一気にリーフィアを追うイグサを空から追った。
ちらっと見えた彼女の横顔は、とても険しい表情で、泣いているのかと思った。


***************************


まだ夜中とか、近所迷惑だとか。そんなこと関係なしにあたしとライカは空に吠えた。

「わあああああああああああああああああああああ!!!!!」

もはや誰を追いかけているのか分からなくなるほどに、森の上を飛んで、飛んで、飛びまくる。

あたしたちの居場所。
たとえ解散でなくなってしまうとしても、何年も住み続けてきた家。
それをぶち壊されて……とても、とてもとてもとてもとても、腹が立っていた!

「返せええええええええええええええええええええええ!!!!!」

思い出もいっぱいあった。大事なものもいっぱいあった。
あたしの居場所は決して、他人に簡単に踏みにじられていいモノではなかった。
泣いてわめいても帰って来ない、その現実が夜風と共に身に染みてくる。
もはやにじむ視界の中、あたしたちは唸りながら飛び続けた。

そんなあたしとライカの横を、何者かが通り過ぎる。

「!?」

ターンしてこちらに飛んでくる黒いシルエット。思わずあたしはライカに『10まんボルト』を指示。稲妻が前方目掛けて発射される。網のような電撃はかわしきれないと高を括ってしまう。
しかし影はいつの間にか前から消えていた。

「?! どこっ……ぐあっ!?」

完全に不意つかれ、背中から鈍い衝撃が襲う。
気が遠のくあたしとライカは、誰かに抱えられていた。
その誰かに運ばれている最中、失いつつある意識の中で最後に聞いたのは、男性の声だった。

「……悪いがこれしか方法がなかった。そうだろう?」

そのどこかで聞いた声は、冷たさの中に温かさがあった気がした……。


***************************


意識を取り戻した時には、慣れない匂いの場所に居た。
背中もだけど、身体の節々が痛い。
視線を横に向けると、隣でライカがすうすうと息を立てて寝ていてほっとした。
天井が低い。テントの中なのかな……と状況を確認していると、声をかけられる。
そっち側に頭を向けると、ピンク色のぷにぷにとしたトリトドンと遊んでいる青いふわふわ髪のおばちゃ……。いや。たぶんお姉さんが居た。
トリトドンと一緒にこっちを向いた。お姉さんの目元はお化粧でぱっちりとしていた。


「……起きた?」
「……うん」
「あー……そんな警戒しなくても取って食おうってわけじゃないわ。だから休めるうちにもうちょっと寝てなさいよ」
「……そうする」

勧められたままに、眠ろうとする。
でもあのショックを思い出して、怒りがこみあげてきて全然眠れなかった。
熱い悔し涙が溢れてくる。腕で顔を覆っていると、お姉さんが「鼻水、それで吹きなさい」とポケットティッシュを渡してくれた。

「ありがとう……お姉さん」
「いちいち気にしなくていいわ。貴方たち、お名前は?」
「アプリコット。こっちのライチュウはあたしの相棒ライカ。お姉さんは?」

尋ねられるのを待っていたのか、お姉さんは「ふふん」と胸を張って、笑顔で自己紹介をした。

「わたくしはネゴシ。交渉人のネゴシよっ。こっちは愛しのパートナーのトリトドンのトート。ヨロシクねアプリコットちゃん、ライカちゃん?」
「よ、よろしく……」

悪意はないのだけど、どこか迫力のあるネゴシさんたちの笑みに圧倒される。
ジュウモンジ親分……あたし、なんだか濃い人に捕まっちゃったかもしれない。






つづく。


  [No.1696] 短編その四 さざなみの怪人 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/02/10(Thu) 22:09:37   2clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 ――――移り行く時も、変わりゆく場所も酷だ。
 昔立っていた所から眺めた風景すら全然違うものになってしまう。
 【破れた世界】の向こう側からずっとこのヒンメル地方を眺めてきて思う。
 果たして思い出の風景は本当に存在したのかと。
 ましてや自分の記憶が果たして本物だったのか……と。

 ……まあ、あの2体の力を借りて確認したから、実在した過去だったのは確認済みなのだが。

 さて、1000年ほど生きてもいると、記憶というモノもだいぶあいまいになってくるものだ。
 だからこそまた、ここで振り返ってみよう。
 過ぎ去ってもなお、引きずり続けている苦く美しい思い出とやらを、再認識しようじゃないか。
 決意をさらに確固なものにするために。


 ◆ ◇ ◆


 1000年以上前のヒンメル王家に仕えていた探究者(今でいう研究者や科学者)どもは、当時の王が求める不老不死の術を探して実験を繰り返していた。
 だが当時の探究者にはその術を思いつくことが出来なかった。
 そこで彼らは別の方向を模索する。
 彼らは不老不死の術を見つけるために働き、コミュニケーションも取れる体のいい実験体を作ることにした。
 阿呆な話彼らは……言い方を変えれば、神に匹敵する知恵を持つ者を生み出そうとしたのだ。

 そのために王家の宝でもあるすべてのポケモンの遺伝子を持つと言われているミュウの遺伝子のコピーを、あろうことか彼らは培養したニンゲンの子の遺伝子に組み込んだ。
 すべての遺伝子を持つというミュウのハッタリを信じれば、神と呼ばれしポケモン、アルセウスの遺伝子も含まれているとでも考えたのであろう。
 そうして生まれてきた数多の“なりそこない”の上に、僕は誕生した。
 検体番号MEW96106。それが僕に与えられた呼び名だった。

 幼いころの僕は何も疑うことなく、探究者どもの命じるままに求められたものを想像していった。探究者どもは僕の閃きをもとにその空想の道具や施設などを作り上げていった。
 やがて成果物が王の目に留まりその功績を認められた僕は、ある程度の自由な行動を認められる。

 案の定と言うべきか、最初は道行く人やポケモンに珍しいモノを見る目で見られていた。
 それがいつからだろう、恐怖の眼差しを向けられるようになったのは。
 異様な肌や髪の白さだとか、眼の色だとかを言われるとかは序の口で。
 いつも何か変なことをしているおかしな近寄りたくない奴。と邪険にも扱われていた。
 何かしら役にでも立てば、少しは扱いが変わるだろうかと思いもした。
 が、思いついたものを作れば作るほど、その突き刺す視線は増えていった。

 戸惑いは慣れと共に徐々に薄れていった。
 たぶん、表現としては心というものが摩耗していたのだと思う。
 存在理由として与えられた課題に対して無機質にひたすら発明品を作り続ける日々。
 その毎日は、不老不死の術とやらを見つけたところでさして変わらないだろう。
 生きる意味なんて知らなかったが確実に僕自身も道具に成り果てようとしていた。
 そんなころだっただろうか。彼らと出会ったのは。

 海辺の町【ミョウジョウ】で波打ち際を眺めていた僕に、あの子が話しかけてくる。
 その蒼くて小さいポケモン……マナフィは、この【ミョウジョウ】で愛されている町のシンボル的な存在だった。
 マナフィに絡まれて戸惑う僕を、少し遠くから微笑ましそうに眺めていた水色の髪の少年もいた。
 後の英雄王、ヒンメルの王子ブラウ。
 後の未来で僕からすべてを奪った者だった。


 ◆ ◇ ◆


 ポケモンにしては流暢に口で言葉を話すマナフィに、僕は質問攻めされた。
 質問にできる限り答えると、マナフィは目を輝かせてもっと質問を重ねてくる。
 名前を聞かれ答えた時、マナフィはその番号を覚えきれず、代わりに僕に「クロ」という愛称を付けた。
 僕もマナフィのことを「マナ」と呼ぶように促されたのでしぶしぶ従う。
 やりとりを見ていたブラウは、「クロ」から連想して僕に「クロイゼルング」という長ったらしい名前を与えた。
 クロイゼルングの意味は“さざなみ”。僕らが出逢った海辺の波打ち際を示していた。
 色々思うところはあるが、この名前自体は悪くはないと思っている。
 少なくとも番号よりかは、だが。

 マナは僕のことを奇異な目では見なかった。気味悪いとも、恐ろしいとも言わずに、自然体に接してくれた。
 接するというよりは……振り回す勢いで僕に構ってきていた。
 マナあちこちを引っ張りまわされている僕を、ブラウはぎこちなくも付きまとってくる。
 そんな忙しい日々が、退屈と絶望をしていた僕の日常を変えたのは確かだった。
 世間知らずな僕は、ふたりとも生まれて初めてできた友だと思っていた。

 「いつまでも続けばいいのに」なんて言葉は、その先を知らないからこそ軽く口にできる言葉なのかもしれないとつくづく思う。


 ◆ ◇ ◆


 昔のヒンメルはよく隣国から土地を狙われていた。それに巻き込まれるのは僕らも例外ではなかった。
 僕は不老不死の術と共に、いわゆる兵器を作れと命じられることが多くなった。
 不老不死の実験体は誰も名乗り出なかったため、自らの身体で試し続けた。
 幾度となく死にかけたけど、マナを守るためならその命令も苦ではなかった。

 最初の頃に作った兵器は機巧仕掛けのものが多かった。しかし、量産が追いつかなくなり、次第にポケモン、そしてニンゲンのもともとのスペックを上げるような案を出した。エスパー使いのサイキッカー集団も生み出すことにも成功した。
 ヒンメルの防衛が成功すればするほど、探究者どもの顔色は青くなっていった。

 余談だがアルセウス信仰はこのヒンメルにも広がっている。
 表向きそのエスパー使いは神から力を与えられた神官として後世ヒンメル王家に仕えた。まあ、最終的には彼らも追放されるのだが。


 ◆ ◇ ◆


 ヒンメルが他国の侵攻を防ぎきってしばらくしたあの日。
 忘れようもない、忌々しいあの事件が起きる。
 【ミョウジョウ】の研究所でしばらくぶりにマナと再会し、ひと時を過ごしていた。
 マナは以前のような活発さはなくなっていた。でも僕を唯一労ってくれた。
 その、唯一の救いであるマナが……火事に巻き込まれて死んだ。
 火事の原因は、僕を討伐しに来たブラウの兵団が研究所を燃やすために町ごと放った火だった。

 全身を焼けただれる熱さの中わけも分からぬまま僕は生きていた。
 皮肉にも、僕自身で実験していた不老不死の術が完成してしまっていたと気づいたときには、隣のマナは苦しんでいた。
 熱と煙で息絶えそうなマナを抱え、剣を持ったブラウに遭遇する。
 遠巻きの兵団と民衆とポケモンたちを無視して僕は彼に問うた。
 どうしてこんなことをしたのかと。
 そんなに僕が生きていることがおぞましいのか。だとしてもマナを巻き込む必要はないではないか。
 マナはお前にも懐いていたではないか。
 何故だ……何故だ何故だ何故っ!

 家を焼かれてもなお僕を化け物を怪人を殺せと願うミョウジョウの、否ヒンメルの愚民の罵声とポケモンたちの吠え声と炎の背景の中。
 酷く泣きじゃくった彼から返って来たのはたった一言だけ――――


「ごめん、“クロ”」


 ――――謝罪と、愛称だけだった。


 結局、奴もコミュニティに属するニンゲン。
 王子だという肩書で重圧と責務に縛られていたのは分かってはいた。
 飼いならされていた僕ですらそのことは解っていた。
 でもだからこそ、到底許せることではなかった。

 その後、何度も。
 何度も何度も何度も何度も。
 途中から数えるのも億劫なほど何度も。
 ブラウが疲れ果てるまで何度も僕は、奴にトドメを刺され続けた。
 その時死ねたらどんなに楽だったのだろうか。
 それでも僕は死ねなかった。

 僅かに生まれたチャンス。やっとの思いで。瀕死のマナの身体を抱えて、転がり駆けまわり、走り、走って、焼けた研究所跡地に向かう。
 マナがもう助からないのは解っていた。
 それでもこれ以上失うのだけはこりごりだった。

 ああ。神の如き知恵があるように作られたのなら、働け、この頭。
 すべての遺伝子を持つミュウの力があれば、ポケモンの力があれば何かしら方法はあるだろう?
 マナを救う方法くらい、簡単に思いつくはずだ。
 思いつけよ。僕はマナのことをよく知っていただろう?

 そう考えた時、魔が差してしまった。
 “マナのことをもっと知れば、助けられるかもしれない”と。
 思ったなら、止められなかった。

 気が付いたら僕はマナの身体の一部のコアを、自分の額に移植していた。
 マナの遺伝子を自分の頭に取り込んでいた。
 目の端に映ったのは、研究の一環で作っていた身代わり人形。
 僕はありったけの知識を使って、離れ行くマナの魂。心だけを器に繋ぎとめた。
 いつまでも返事は返ってこない。反応も何もない。
 それでも確かに、確かにマナの心はそこに居た。
 奇跡か皮肉か、現世に魂を留めることに、成功してしまった。

 やがて僕は殺されない代わりに【破れた世界】に流された。
 人形だけは、持っていくことを許された。
 別れ際奴はもう、僕を名前で呼ぶことはなかった。
 あの日からだいぶ久しく、誰かに名前を呼ばれることはなかった。

 世界の裏側から遠くを眺め続け。マナの復活方法を考え1000年が経った。
 歴史は勝った者の都合のいい方に捻じ曲げられ、国を守り僕を討ったブラウは英雄王と呼ばれるようになる。
 そして僕は後世まで怪人と語り継がれてきた。

 僕は死んだことにされた後も、怪人のままだった。



 僕はポケモンでも人間でもない。両者から爪弾きにされた怪物……否、怪人だ。
 だから今この時この機会に、逆に僕は名乗ってやることにした。
 僕は怪人。怪人クロイゼルングだ、と……。

 怪人の恐ろしさを示し、ポケモンも、ニンゲンもあらゆるものを利用し、そして。
 そしてマナにもう一度逢うんだ。

 また愛称で呼んでもらえるようになれるために。


  [No.1707] 第16話&短編その4感想 投稿者:   投稿日:2022/02/20(Sun) 20:54:28   3clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

第16話&短編読了しましたいぇ〜い!!!最新話に追いついたぜわっしょい!これで私もチェイサー読者だ!
TLでチェイサーの話題が出るたびにぐぬぬしつつ、空色さんのイラスト見るたびに「本編さんを履修してたらもっと違った目でみられるんだろうなァ」とぼんやり思いつつ、これで大手を振ってコメント出来る!

 ユウヅキさんをユウヅキ野郎と呼んでましたしソテツをソテツ野郎と呼んでましたがわりかしここに来て二人をユウヅキ氏とソテツと受け入れられるようになってきました。二人の事情がほぼ理解できたからかなぁ。ソテツは途中で開き直って以来、なんだか「まったくお前ってやつはしゃーねーな」という気持ちになり、好き寄りのキャラになった気がします。良くも悪くも情緒を引っかき回されたというか。流石にここからクロちゃんの陣営に寝返ることもないだろうし。ユウヅキ氏も脇が甘いと思いつつ、くそ真面目でそれこそが彼の欠点であり美徳でもあるんだろうなと思いましたし、ビー君がその点はきっちり地の文で言ってくれたので「オッ分かってるゥ〜!」と肩を叩きたくなった。

 ユウヅキさんとビー君の夜の会話、とても静かでそれほど激しくないシーンなんですが、非常に好きです。ゆっくりと心が触れあい始めている感じ。通しでバーって読んで感じた事ですが、やはり初期の話から最新話までくると、文章力や表現力、キャラクタの厚みが変ってくるので空色さん自身の歩んできた成長の道のりも感じます。色々悩んだんだろうなぁ……。ユウヅキの心の波動が恐ろしいほど凪いでいる。抑えすぎて、自責が強すぎて。感情も抑えすぎると自分でも感情があるのかどうかのか分かんなくなってくるんですよね……この描写だけで彼のこれまでの状況の痛ましさが伝わってきます。ビー君がそこから彼自身の願いを探るのも好きだし、アサヒさんとの約束を守ろうとしつつも、手放しにすぐ受け入れられる訳じゃないビー君も非常に人間らしくて好きです。シーンの最後の「簡単に分かられてたまるか」とかも。

 サモンさんはまさかクロちゃんについていたとは……クロちゃんのなんなんだろう。彼女の秘密が気になります。クロちゃんも敵対してなきゃそうそう悪い奴じゃないんだよなぁああああああ……。他の世界線の自分からマナフィを奪ったりしないし……。というかサモンさんもキョウヘイを巻き込めないって思って遠ざけている。この国は巻き込めないって抱え込む奴が多すぎる。いっそのこと全力で巻き込んで背中を預けて見せろォー!!一人で!できることには!限りがあるんだよォ!

 レンタルポケモンとの激しい広範囲バトルにユウヅキ氏のポケモンも加わってしまっとる。どうするんだろうとドキドキしてたら、シールと中継地点にいちはやく気がついて破壊する展開は上手い。ユウヅキさんもようやっと素直に助力を求めることが出来て良かった。そうだよその通り。強いやつと戦うなら、まず仲間を作らんとあかんぜ。
 そして追いかけたのは良いけど、なんか……変なお姉さんに捕まったアプリコットちゃん。どうなるんや。

短編の方ですが、クロちゃんは利用からの利用、そして利用されて最後にブチ切れた感じです。この国の王子は周囲の圧力でよく動けなくなるな……血筋か……?ユウヅキやビー君みたいに周囲全てを敵に回しても友達を助けるくらいの気概を見せろ。いくらクロちゃんが色々とやばい存在だからっていっても、君はクロちゃんが良い子だって知ってたはずだろう。マナフィを失って悲しんでいるクロちゃんを、周囲の圧力があるからって君の手で殺してしまうのはあんまりだと思うんよ。死なないって言ったって痛いもんは痛いだろうし。やりたくなかったってブラウが主張しようが、結局クロちゃんが不老不死であることに甘えて何度も何度も何度も殺した事実は変らんしって思います。立場がそれを許さないってのはあるかもしれないけど、それでも譲っちゃいけないもんがあるやろがい。

ところでマナフィは本気で生き返らせることが出来るんでしょうか? 魂はアサヒちゃんの体に保管したとして、マナフィの体を用意しないといけないし。というか、そんなに長いこと留めてたなら変質してそう。会話してないんですよね彼ら。マナフィは水の王子。水は流れゆく者であり、留まる水は腐るのみ。悲しい結末が待ってないと良いんですが……でもクロちゃんは多くの人とポケモンを8年も捕えて、そしてヒンメルのせいで悲しい過去を持つようになったけど、彼のせいで人生が狂った国民とポケモンの数も圧倒的なんですよね。いくら死人をいまのところたぶん本編筋で出していないと言っても、ハッピーエンドとはいかないひとだろうなと思います。
 それはそれとしてブラウはちょっと私が腹パンしてきます。立場があるとは言え!友人を!!殺し続けんなやー!!


  [No.1709] Re: 第16話&短編その4感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/02/20(Sun) 22:01:17   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

第十六話&短編その4読了ありがとうございます!!!
駆け抜けてくださりありがとうございます!! やったあ!

ソテツとユウヅキが受け入れられてよかったです……(内心ひやしやしてました)
ソテツはわりと多くの読者さんの情緒をかきみだしたり、ネタにされたりと濃いキャラになりました。どうしてこうなった。
流石にここから寝返るとは思えないです。
ユウヅキくそ真面目です。融通を覚えよう。

ユウヅキとビー君の会話シーンはどっかで入れたかったので気に入っていただけて何よりです。
初期空色さんと今空色さんは、というか毎話別人の空色さんが書いてる錯覚に陥ります。

色々悩みもしたけど一緒に駆け抜けてきましたキャラクターたちです。
彼らの幸せを願いつつも、どう転ぶのか……。

ビー君の心情はビー君の大事なものです。簡単にはわかられたくないのもわかります。

サモンさんはまだ秘密というか秘めたる何かありそうですね。
一人でできることに限りがある、まさにその通りです。
ユウヅキは仲間をようやく作れ始めましたね。助けを求める勇気をもつのは大変だ。
アプリコットちゃんどうなる。


短編の方ですが、書いててこれクロイゼルにも何かしら救い欲しいなと感じました。
でもやらかしたことの大きさがネック。
あくまでクロイゼル視点の話とはいえ、滅ぼそうとしてもおかしくない動機になりました。
マナが復活できるのかは、この先次第ですね。


ブラウ腹パン行ってらっしゃいませ!


読んでくださり、いっぱいの感想も本当にありがとうございました!


  [No.1697] 明け色のチェイサー 登場人物&用語集その2(十六話目と短編その四まで 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/02/19(Sat) 00:12:07   4clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

このページは明け色のチェイサーの登場人物&用語をまとめたものです(十六話目と短編その四)終了までのネタバレを含んでいます。
※話数が進んでいくと更新されていきます。各話を読んでから読むことを推奨します。(更新日2022年2月19日



*登場人物*


 ☆主人公

◯ヨアケ・アサヒ 【21歳 女】(登場話数:1話〜)
本作の主人公の一人でヒロイン。ジョウト地方出身。
1話から10話。長い金髪を毛先の方で二つに纏めていた。碧眼。ノースリーブの上着に黒のロングスカート。背は高め。長髪アサヒさん。
10話以降。ミディアムショートの髪型に。スカートもロングスカートを畳んだミニスカートへ。黒タイツとロングブーツ着用。短髪アサヒさん。
15話以降。みがわり人形の形をした機巧人形に魂を閉じ込められる。ロボアサヒさん。

“闇隠し事件”の容疑者で指名手配中のヤミナベ・ユウヅキという幼馴染みの男性を捜してヒンメル地方を奔走していたポケモントレーナー。
義賊団<シザークロス>に手持ちのドーブルを盗まれたのをきっかけに配達屋ビドーと知り合う。そしてその後ユウヅキを捕まえるためにビドーと手を組み、相棒となる。
ユウヅキと再会後、共に“闇隠し事件”の元凶、怪人クロイゼルングに挑むも破れ、心を『ハートスワップ』でみがわり人形に閉じ込められる。

ビドーを「ビー君」と呼び、手持ちポケモンにもよく「〜くん、〜ちゃん」を使う。呼び捨てなのはユウヅキとクロイゼルぐらい。
過去にユウヅキと世界各地を旅をしていた。約8年前ユウヅキのルーツを捜しに一緒にヒンメル地方に来て、不幸にもクロイゼルに目を付けられてしまう。
クロイゼルの大事な存在、マナと偶然にも同じ波導を持っていたアサヒは、弱り切ったマナの魂の器にされるべく監視下に置かれ、かつユウヅキがクロイゼルに従うための人質にされていた。
“闇隠し事件”後にユウヅキとはぐれてからは<エレメンツ>に保護という名目の監視下に置かれる。しかし<エレメンツ>とはそこまで不仲ではなかった、
メンバーのソテツとは元師弟関係だった。が、アサヒがいつまでも師匠扱いしていたことでソテツに負担を与えていた。今はもう師匠呼びはしていない。
アサヒ本人は<エレメンツ>を家族のような存在と思うと同時に「赦されてはない」と思っている。
実際<エレメンツ>内ではソテツを含めアサヒを赦せないメンバーもいれば、そうでもないメンバーもいる。その両者ともに立場的には「赦さない」という方針を取っている。
実はヒンメル地方に初めてきたころの、ユウヅキとはぐれる前後の記憶をユウヅキのオーベムに奪われていた。理由として、アサヒの心が折れ、身投げしようとするのを阻止するためだった。ユウヅキと再会し、その閉じた記憶の鍵を開けられるも、乗り越える。

<スバル>の研究員アキラ(君)とは古い友人。定期的に連絡を取り合っていた。
王都【ソウキュウ】に拠点となる部屋を借りている。
港町【ミョウジョウ】を訪れた際、心当たりのない火の海の中の幻覚を見る。それ以降も、少しずつその幻覚、マナの記憶を見る。それはマナの心の残滓がアサヒの身体の中に残っていたから。
グレイシアのレイの曲がるれいとうビームを考案。そこそこ使いこなすも、クロイゼルとギラティナに完封させられる。

クロイゼルが“闇隠し事件”を起こすきっかけを作ってしまった責任。話した相手を巻き込むことになるという重圧から誰かに助けを求めることが出来ないでいたが、やっとビドーに言うことが出来た。
みがわり人形となってしまった今、自身の無力さにただただ打ちひしがれる。
◇手持ち
・ドーブル♂(NN:ドル)・デリバード♂(NN:リバ)・パラセクト♂(NN:セツ)
・ラプラス♂(NN:ララ)・ギャラドス♂(メガシンカ可能)(NN:ドッスー)・グレイシア♀(NN:レイ)

◯ビドー・オリヴィエ 【18歳 男】(登場話数:1話〜)
本作の主人公の一人。ヒンメル地方出身。
10話まで。肩ぐらいまでの群青の髪。前髪が長い。グレーのロングコート装着。
10話以降。短く切った群青の髪。グレーの半袖ジャケット着用。
強烈な光から目を守るために水色のミラーシェードをかけている。背は低め。
14話以降。ジャケットの肩にトウギリから借りたキーストーンのついたバッジを装着している。

ヒンメル地方でサイドカー付バイクに乗って個人宅配業をしていた青年。
荒野にて<シザークロス>を追いかけるヨアケ・アサヒと出逢い、しばしの同行ののち、アサヒをユウヅキの元に送り届けることを約束。相棒関係に。
“闇隠し事件”で相棒のラルトスをさらわれた過去を持ち、他人やポケモンと深く関わることを避けていたが、アサヒの叱咤によりリオルと向き合う。やがて信頼を重ねていき、リオルはルカリオへの進化を果たす。
事件の影響で真っ暗闇と強烈な光がいまだにトラウマ。だが徐々に乗り越えようとしている。
ヨアケ・アサヒの事を「ヨアケ」と呼びヤミナベ・ユウヅキのことを「ヤミナベ」と呼ぶ。NNはつけない派。
密猟をしていたハジメとの戦闘をして敗北した後、ハジメのことを気に食わず反発して見返してやりたいと思っていた。大会の試合を経て、そのハジメへの見方や関係が変わっていく。決して友人ではないが、ビドーはハジメのことを認めていた。ユウヅキを止めるための戦いで一種の宿敵関係になる。
そのハジメの密猟騒動で知り合ったアキラ(ちゃん)にポロックメーカー一式を譲り受ける。趣味となったきのみ栽培が各所で役に立つ。
<エレメンツ>のトウギリに、波導の力の使い方を教わる。駆け出し波導使いになる。最近は力を使いこなしつつある。
ソテツに対しては、窮地を二度救われた恩人ではあるが考え方の違いを感じている。珍しく毒づける相手ではある。
<シザークロス>のジュウモンジに対してはやり方は全肯定できないが、ポケモンに対する姿勢は一枚上手だと思っている。
なお、バンドとしての<シザークロス>の音楽は、アプリコットの歌は気にいっている模様。ファン。
アプリコットに対しては、ファンであると同時に、危なっかしいことをよくしているという印象を持つ。
ユウヅキに対してあまり良い印象は持っていなかったが、会話を通してそのイメージは変わった。

アサヒを無事ユウヅキの元に送り届けるために、ラルトスたちをクロイゼルから取り戻すために現状をなんとかしないとと思っている。
◇手持ち
・リオル→ルカリオ♀(メガシンカ可能)・カイリキー♂・エネコロロ♀
・アーマルド♂・オンバーン♂・??????

○アプリコット……赤毛の少女 【14歳 女】(登場話数:1話、5話〜6話、8話、10話〜11話、14話〜)
16話以降の第二部主人公。
義賊団<シザークロス>に属している赤毛のウルフカットの少女。ビドーとルカリオが気になる。
【ハルハヤテ】でテイルに捕まっていたところをアサヒとビドーたちに助けられて以降、さらわれたアサヒを助けにいこうとするビドーを積極的に応援する。
クロイゼルの魔の手から逃れてなお窮地に立たされたビドーたちを救った。
周囲に対して気を使いやすくもあるが、自分の譲れないもののための行動力を持つ。
シザークロスのバンドではボーカル担当。見た目にそぐわぬ声量を持つ。
ビドーにファンと言われ意識をしている模様。
クロイゼルによって意気消沈していたアサヒとユウヅキを責めるのは何かが違うと思う。ふたりにエールの歌を贈り励ます。
シザークロスアジトを倒壊させられ、怒りに任せてライカと共に単独行動。
暴走状態を何者かに止められたのち、ネゴシに拾われた。
◇手持ち
・ピカチュウ→ライチュウ(アローラ)♀(NN:ライカ)・??????・??????
・??????・??????・??????


 ☆重要人物

○ヤミナベ・ユウヅキ(ムラクモ・サク) 【23歳 男】(登場話数:1話、4話回想、5話〜13話、15話〜)
アサヒの幼なじみ。黒髪で長めのつんつん頭。真昼の月のような銀色の瞳を持つ。
実はヒンメルの女王の弟と、スバルポケモン研究センター元所長のムラクモ・スバルの隠し子。ヒンメル王家の血筋を引いている。
幼い頃ジョウト地方、エンジュシティすずの塔におそらくムラクモ・スバルに捨てられ、画家のヤミナベに拾われる。その後パートナーになったラルトスとすずの塔を見上げているときに、アサヒと出会い、つきまとわれるようになり、やがて友達に。
野生のイーブイの母親のシャワーズの死を目撃したことにより、己のルーツを捜しにエンジュシティを旅立つこと決める。
一度、捨て子だとアサヒにばれることで関係が変わってしまうことを恐れ逃げ出すように黙って旅立ったことがある。探偵ミケの助力を得たアサヒにシンオウ地方まで追いかけられ、再会。根負けかどうかは不明だが、アサヒの強い想いにより、一緒に旅をすることに。
己のルーツを探し、各地をアサヒとともに旅をしていた。
だがわずかな記憶を頼りにムラクモ・スバルを捜しにヒンメルに来たところ、不幸にもクロイゼルに遭遇してしまう。
クロイゼルにアサヒを人質に取られ、従うように強要させられる。
もろもろに責任に耐えられなくなったアサヒの記憶をオーベムに封じて彼女を一時的に救う。
アサヒの記憶を封じた後、彼女を置いていくことを決める。再会の約束はしたものの、音信不通が続く。
<スバルポケモン研究センター>を襲撃したことにより、指名手配されている。旧友のアキラ(君)の問い詰めにも沈黙を通した。
ギラティナの遺跡について聞いて回っていたという証言から“闇隠し事件”での誘拐の容疑をかけられている。
<ダスク>を組織し、人とポケモンと“赤い鎖のレプリカ”の材料となる隕石を集める。<スバル>のレインと手を組み、“赤い鎖のレプリカ”を完成させる。
ディアルガとパルキアを呼び出す際、アサヒに根負けし共に呼び出すことに。しかし呼び出した二体をクロイゼル捕まえられてしまう。
アサヒと共にクロイゼルに挑むも破れ、自分の手に負えることではないという現実を突きつけられる。
今まで罪の意識から責任を全て背負おうとしていたが、発破をかけられ、アサヒの問題を含む事態の打開に周囲に協力を求めることを決意。
シザークロスアジトを倒壊させてしまった、クロイゼルに操られたリーフィアを追おうとする。
◇手持ち
・サーナイト♀(メガシンカ可能)・ゲンガー♂・ヨノワール♂
・メタモン・(オーベム♂)・リーフィア♂(一時加入・ダークライ)

●クロイゼルング(検体番号МEW−96106) 【1000歳以上 男】(登場話数:15話〜)
現代に復活した“闇隠し事件”の元凶。不気味さのある白く長い髪、白い肌、白い外套。黒い星のような瞳。そして額にはマナフィから抜き取った赤黒いコアが埋め込まれている。
ヒンメル地方の史実の人物でサモンの研究対象だった。“怪人”と恐れられていたと同時に発明家だったとの記録が残っている。
すべてのポケモンの遺伝子をもつと言われているミュウの遺伝子を組み込まれたデザインチャイルド。
“破れた世界”からアサヒたちの動向をずっと監視していた。
痛ましい事件で肉体を失ってしまったマナフィ(NN:マナ)を復活させるべく魂の一時的な器として、偶然波導が一緒だったアサヒの身体を奪う。
ヒンメル地方とそこに住むモノを恨み、過去のヒンメル王ブラウの子孫の一人であるユウヅキを復讐ついでに駒にして利用した。
メイの一族の先祖をサイキッカーにもした。
ディアルガとパルキアを捕獲したのち、時空のゲートで別世界のマナと自身を見た後、やはりこの世界で復活させないといけないと決意を新たにする。
“闇隠し事件”で【破れた世界】に捕らえた人質を見せ、多くのポケモンを捕まえろと要求。レインの作ったレンタルポケモンシステムを悪用。賊の掃除という名目でビドーとユウヅキを庇う<シザークロス>をポケモンたちに襲わせた。
◇手持ち
・マネネ♂・ギラティナ・ディアルガ
・パルキア・??????・??????


 ☆<エレメンツ>

〇スオウ……リーダー格の男 【男】(登場話数:4話、7話〜8話、11話、13話)
自警団<エレメンツ>に属する、五属性の一人で主に水タイプを司っている。背は普通に高い。口調は荒いが王族の生き残りでもあり一応リーダーを務めている。ソテツにぞんざいに扱われ、プリムラに尻に敷かれている。フランクな性格。しゃべると残念な感じのする王子。
だが崩壊寸前だったヒンメル地方を支え続け、外交でがんじがらめになりつつも守ろうとしてきた人物でもある。それゆえに他国の援助と被害者の救出プロジェクトを両立できないことを苦々しく思っていた。
一応ユウヅキの従兄にあたる。
<ダスク>の襲撃に対し応戦するも、押し切られ事実上乗っ取られてしまう。
混乱のただなかにあるヒンメルで彼はどう動くのか。
◇手持ち
・アシレーヌ♂・カメックス♂(メガシンカ可能)・フローゼル♂
・??????・??????・??????

〇プリムラ……ポニーテールの女性 【女】(登場話数:4話、7話〜8話、11話、13話)
自警団<エレメンツ>に属する、五属性の一人で主に炎タイプを司っている。ヒートアップしそうになる対話を宥める立場に回ることが多い。ポジション的には姉御。医療関連を担当している。
誰かを励ますことも多い人物。
治療は良いが、戦闘により相手を傷つけることを極度に苦手に思っている。そのことで戦力になれない自身にコンプレックスを抱いている。
◇手持ち
・ハピナス♀・マフォクシー♀・??????
・??????・??????・??????

〇トウギリ……目隠しをした男 【男】(登場話数:4話〜5話、7話〜8話、11話、13話)
自警団<エレメンツ>に属する、五属性の一人で主に闘タイプを司っている。背は高く、体はそれなりに鍛えられている。落ち着いた物腰。
現役の波導使いでもある。『はどうだん』を撃ってみる夢は叶った。ココチヨとは交際中。
ビドーに波導使いの修行をつける。
“千里眼”という異名が付くくらい広範囲の波導を見ることが出来ていたが、波導を使い過ぎて身体を壊しかけたので、もうぽんぽんとその能力は使えない。波導を人よりよく見えてしまう体質。
エレメンツドームの激闘の後、ふしぎなおくりものでビドーにキーストーンとルカリオナイトを貸す。

◇手持ち
・ルカリオ♂(メガシンカ可能)・??????・??????
・??????・??????・??????

〇デイジー……背の低い女 【女】(登場話数:4話、6話〜8話、11話〜13話)
自警団<エレメンツ>に属する、五属性の一人で主に電気タイプを司っている。
ソテツよりも背が低い。しかしアサヒよりも年上。口癖「〜じゃん」「人手が足りない」
情報収集の能力を使い、作戦などを考える立場が多い。
電脳戦の要でもあり、実質<エレメンツ>のブレーン。
相棒のロトムを調査団員救出作戦に乗り込んだミケに託し、流れ流れてロトムはアサヒの端末へ。アサヒの端末は今サモンが預かっている。ロトムの命運はいかに。
◇手持ち
・ロトム・??????・??????
・??????・??????・??????

○ガーベラ 【女】(登場話数:3話、7話〜8話、11話、14話)
ソテツの現在の弟子。花色の髪を持っている。「ガーちゃん」呼ばわりされると呆れながらもいちいち名前を訂正するあたり、優しい人。実は「ガーちゃん」呼びをされない方が堪える。
ソテツと共に行動することが多かった実動員。ソテツが<ダスク>に行った後は主にガーベラが実働部隊をやっていた。
土いじりをしているらしく、道端で昼寝していたアキラちゃんを担いで運んでくるくらいには力がある。
<エレメンツ>の窮状に余裕がなくアサヒに当たってしまったことを後悔していた。和解できた後は、自分のできることをやるしかないと思っている。
◇手持ち
・トロピウス♂・ロズレイド♀・??????
・??????・??????・??????

○リンドウ 【男】(登場話数:7話、13話)
飄々としたつなぎ姿のおじさん。エレメンツドームの警備員的な存在。よくニョロボンを茶化している。
“闇隠し事件”生き残りの中では年配者。スオウたち若者を見守っている。
ビドーに対して、ビドーだけでもアサヒのことを赦してほしいと言った。
トラックを運転できる。ビドーのサイドカー付きバイクがやられた後回収してくれたりもした。
◇手持ち
・ニョロボン♂


 ☆<ダスク>

●レイン 【男】(登場話数:4話、8話〜10話、13話、15話)
<ダスク>のメンバー兼<スバル>の所長である深緑に髪を三つ編みにした麗人。<スバル>のアキラ(君)の上司。
“闇隠し事件”についてポケモンが絡んでいると睨んで調査。ギラティナの住まう“破れた世界”に行方不明者がいるのではという見解を出す。
〈国際警察〉ともつながりを持ち、その気になればアサヒを差し出すこともできたが、そうすべきではないと望んでそうしなかった。
アサヒとビドーにギラティナを召喚するのに必要な“赤い鎖のレプリカ”の素材である隕石集めを依頼する。
表では<スバル>の所長、でも裏ではユウヅキの同志、<ダスク>のメンバーをしていた。
“赤い鎖のレプリカ”を他国に差し押さえられる前に手引きし、ユウヅキに渡す。
<スバル>の前所長でユウヅキ、サクの母ムラクモ・スバルを慕っていた。
“破れた世界”を研究中に行方不明になり目を覚まさなくなったスバルを研究センターの地下で世話していた。
スバルの息子であるユウヅキに対し複雑な思いを持つも、彼に協力しその身を案じている。
メイが気を許している数少ない相手。
トウギリの千里眼対策の波導探知ジャマーバッジを開発したりポリゴン2と共に電脳戦もこなす。<ダスク>の戦力増強にレンタルポケモンシステムを作るも、クロイゼルに悪用されてしまう。
◇手持ち
・カイリュー♂・ポリゴン2・ピクシー♀
・??????・??????・??????

●メイ……片眼を前髪で隠した、短い銀髪の赤い釣り目の女性 【女】(登場話数:5話〜6話、8話〜10話、12話〜13話、15話)
ユウヅキ――つまりはサクに忠誠を誓う女性。サク様大好きだか、本人は忠誠と言い切っている。ユウヅキのアサヒへの想いは気づいている。
超能力を持っているサイキッカー。転移、テレキネシス、サイコメトリー、テレパシー、念動力と幅広く使いこなす。
もともとは<エレメンツ>の超属性を司る者だったが、そのメイの超能力のせいで一族ごと存在を追放され存在を消された。
サクに手を貸すのはヒンメル地方への復讐というよりは、サク個人の力になりたいから。
ユウヅキを気遣うレインには気を許している。
◇手持ち
・ギャロップ♀(ガラル)・ブリムオン♀・??????
・??????・??????・??????

●ハジメ……金髪リーゼント丸グラサン男 【男】(登場話数2話〜3話、5話、8話、11話、13話〜15話)
ビドーと何かと因縁のあった宿敵。
アキラ(ちゃん)を雇い【トバリ山】のカビゴンを密猟しようとしていた青年。金髪ソフトリーゼントに丸いサングラス。青い瞳がジト目になってる。黒い半袖シャツを着ている。
アキラ(ちゃん)が失敗しても報酬はきちんと払う律儀な一面もある。
長男であるハジメと末妹であるリッカを残し、フタバという名前の妹を含む妹達と弟達が“闇隠し”により行方不明になっている。
家出したリッカを捜索するために、アサヒたちに助力を求めたこともある。
賊を憎み、戦力を欲していたが、リッカとの対話でやり方を見つめ直す。
<シザークロス>のアプリコットから、黄色いスカーフをしたケロマツ、マツを託され、絆を深めていく。
リッカの友人、カツミを<ダスク>にスカウトする。
トウギリにターゲットされていたが、レインの作った波導を変質させる機械を使い隕石を巡る大会に堂々と参戦、ビドーたちと戦い、彼を認める。
ユウヅキの身を危険にさらすことが解っていてなお、たとえ間違っていても家族や被害者を取り戻すチャンスを逃したくなくて、正しくなくてもビドーと戦うことを決め、そして敗れた。
ビドーに悪党と言われたことが実は引っかかっていた。
◇手持ち
・ドラピオン♂・ドンカラス♂・ケロマツ→ゲコガシラ→ゲッコウガ♂(NN:マツ)
・??????・??????・??????

◯ソテツ 【男】(登場話数:2話〜5話、7話〜9話、12話、14話〜15話)
自警団<エレメンツ>に属していた幹部、五属性の一人で主に草タイプを司っていた。緑のヘアバンドと同じく緑のスポーツジャケットを着ている。
ビドーより小柄な青年。アサヒの元師匠。見栄っ張りな性格。
ビドーの窮地に2度助っ人として参戦する。アサヒの知り合いフランが使う香り戦法を使ったり色々と戦法を模索するのが好き。
その後、通信機を使い五属性同士で報告会を行った際にアサヒを庇うような言動をした自分に疑問を持つ。
アサヒに、どんな状況でも笑うことを忘れるなと、ある意味強要していた。その教えは撤廃した後、アサヒ自身が独自解釈で使用している。
笑えという教えはソテツ自身がアサヒを赦さないために、あえて憎みやすくしているからというものあった。
ソテツは、自分が<エレメンツ>であることの責務に縛られていた。<エレメンツ>であるからこそ、アサヒを許してはいけないと思っていた。
ユウヅキに敗れ<ダスク>にスカウトされ、交換条件にアサヒと会えと約束させる。ユウヅキを傷つけてしまったがその内容は不明。
いつまでもアサヒに師匠扱いされることに、自身を個人として見てもらえないことに対して燃えている感情に気づき吐露するも拒絶される。その後はやりすぎたと反省したりしつつ、ハジメと共に特訓したりしていた。
アサヒを助けるためにひた走るビドーに協力。ソテツが自分で出来なかった、自身のしたいと思ったことをやれと言い残し送り出す。
◇手持ち
・フシギバナ♂(メガシンカ可能)・モジャンボ♂・アマージョ♀
・??????・??????・??????

○ユーリィ……濃い目のピンクのショートカットの女性【女】(登場話数:5話〜6話、8話、10話)
ビドーとチギヨの幼馴染。美容師。アパートビルの2階で営業している。ビドーとはしばらく口をきいていなかった。
仕立屋チギヨとともに<エレメンツ>に出張営業を何度もしていて、エレメンツに保護されているころからアサヒを知っている。
アサヒが“闇隠し事件”にかかわっているかもしれないことも知っているが、ユーリィ個人としては周囲に気を使いすぎるアサヒもだが<エレメンツ>がアサヒを何年も監視下に置いていたほうが気に食わない模様。
物静かに見えるが、しゃべるときは結構しゃべる。アサヒにもっと周りに文句をいうべきとと言った。
ダスクの一員としてレンタルポケモンのチェックを行ったりアサヒの動向をそれとなく監視して姿を見続けてきた。ユウヅキへの本心を言ったアサヒを激励し、責任は取って欲しいが不幸は望まない、と言う。
アサヒのショートカットの髪を見繕った。
動乱の<ダスク>の中、彼女はどうなるのか。
◇手持ち
・ニンフィア♀・グランブル♂(レンタル)・??????
・??????・??????・??????

○ココチヨ……【カフェエナジー】のウェイトレス 【女】(登場話数:5話〜6話、8話〜9話、11話)
【王都ソウキュウ】にある【カフェエナジー】で働くウェイトレス。トウギリとは幼馴染。交際中。
カツミやリッカなどのちびっこたちを見守る面倒見のいいお姉さん。
アプリコットとは顔見知り。アプリコットの手持ちのピカチュウ、ライカの好物であるパンケーキを店で仕入れたりもする。
<ダスク>のメンバーとしても活動していた、<エレメンツ>のトウギリとは隠れた対立関係にあったが、<ダスク>に入ったのも無茶を続けるトウギリを守りたいからと願ったからということに気づいたあとは、中途半端でも中立に立つことを決意。
ただ<ダスク>に入ってしまったカツミや一人のリッカやハジメもきがかり。
ビドーやアサヒにもちょくちょく情報をくれたが、<エレメンツ>本部襲撃の情報を<ダスク>から与えられていなかった。
◇手持ち
・ミミッキュ♀・??????・??????
・??????・??????・??????

●サモン……黄色と白のパーカーの茶色いボブカット 【女】(登場話数:5話〜7話、10話、13話、15話〜)
一人称「ボク」の中性的な見た目の女性。ヒンメル出身だが、昔は仕事でカントーにいた。
“怪人クロイゼルング”というヒンメルの歴史上の人物について調べていたが、それは表の姿。実際はクロイゼルの唯一の協力者だった。
<ダスク>内で色々動いたり暗躍していたのも、ユウヅキを動かすために言葉をかけたりしたのも、クロイゼルに協力していたからである。
ポケモンバトル大会に友人で部外者のキョウヘイを選手として送り込むためにヒンメル地方へ呼びつけたが、そのキョウヘイに「君を止める」と宣言されてしまい、受けて立つことに。
様々な者を利用しいている自覚があるため、クロイゼルに協力することはヒンメルに敵対することだと考えている。しかし“執着できたもの”に対して譲る気はなさそうである。
◇手持ち
・ジュナイパー♂(NN:ヴァレリオ)・ガラガラ♂(NN:コクウ)・ヨワシ♀(フィーア)
・ゾロアーク♀(NN:???)・??????・??????


 ☆義賊団<シザークロス>

○ジュウモンジ 【男】(登場話数:1話、6話、10話、14話〜)
義賊団<シザークロス>のおかしら。ジュウモンジ親分。顔に十文字の傷痕を持っている。三白眼。
一話で引き受けたポケモン屋敷の黄色いスカーフのポケモンをハジメたち<ダスク>に渡していた。
密猟者であるハジメに何故ケロマツのマツを渡したとビドーに言及されるが、ハジメがマツを任せるに足る人物だと言い返し、ビドーこそ第一印象で他人を決めつけすぎだと言った。
<シザークロス>のメンバーは半数以上はヒンメル出身である。
アプリコットボーカルのバンド活動もしており、ジュウモンジはエレキギターを担当している。
ビドーがリオルをルカリオに進化させた大会の中継を見て、自身の目が節穴で揺らぐことや最近のヒンメルの不穏さに<シザークロス>のメンバーを国外退避させようと考えていた。
アプリコットを助けられた礼にビドーに力を貸す。そしてアジトにやってきたビドーや変わり果てたアサヒ、そしてユウヅキを見て、クロイゼルに指名された現状を考えて、腹をくくる必要もあると考えている。
アジトを崩壊させられた今、どう判断を下すのか。
◇手持ち
・ハッサム♂(メガシンカ可能)・??????・??????
・??????・??????・??????

○アグリ……クサイハナ使いの男 【男】(登場話数:1話、6話、11話、14話〜)
<シザークロス>に属している下っ端ライダー。冒頭でアサヒにノックアウトさせられる。
バンドではドラム担当。他のバンドメンバーには、バルビード使いのベーシストの男性やモルフォン使いのキーボード引きの女性がいる。
アプリコット救出戦時はクサイハナと共に長距離射撃戦を行ったり、アジト防衛戦では決めの一手を担っていた。
アプリコットからの呼び名は「アグ兄」。
◇手持ち
・クサイハナ♀



 ☆その他

○ムラクモ・スバル 【女】(登場話数:12話)
<スバル>の元所長でユウヅキの母。“破れた世界”について研究していた。現在は意識不明。
◇手持ち
不明

○チギヨ……ドロバンコのしっぽみたいに後ろ髪をひとまとめにした男【男】(登場話数:5話〜6話、10話)
ビドーとユーリィの幼馴染。仕立屋でアパートの管理人。ビドーとは仕事の提携をしている。チギヨの仕立てた衣類などを、ビドーが配達している。
美容師のユーリィとともに【エレメンツドーム】に何度も出張しているので、アサヒの事情や立場はなんとなく知っている。
アサヒにアパートの部屋を貸す。
【イナサ遊園地】のステージに出る劇団の衣装を手掛けた。アプリコットに勢いで壁ドンしたビドーの後頭部を叩いたり常識はわきまえている。
ユーリィにもっとビドーに素直になれと思っている。
アサヒに対して色々と感情を巡らすビドーを見守っている。
現在はビドーに書置きを残し、ユーリィを捜して留守にしている。
◇手持ち
・ハハコモリ♀

○リッカ……金髪ショートカットで丸メガネの少女【女】(登場話数:5話、8話、11話)
ハジメの妹の少女。きょうだいの末っ子。長男のハジメ以外のきょうだいを“闇隠し事件”で奪われている。
カツミやココチヨと仲良し。サモンになつく。
帰りの遅いハジメを夜遅くまで待つことが多い。待つことには慣れているが、たまに疲れてしまうと思っている。
<ダスク>に所属していたことを秘密にしていたハジメたちに怒ったり、やり方に同意できなくて家出したり色々あったが、じっくりと話をする努力をして、自分の想いをハジメにちゃんと伝えることが出来た。
◇手持ち
なし

〇ラスト 【女】(登場話数:6話、11話、13話〜14話)
“闇隠し事件”を、もといアサヒとユウヅキを調べている国際警察。ラストはコードネーム。
ラスト曰く目的は“闇隠し事件”の解決とのこと。何をもって解決になるかその糸口はまだ何とも言えない。
アサヒの知人の探偵ミケをこき使ったり接触者のヨウコに情報協力を頼んだりスオウと電話をしたりといろいろ動いている。作ったような笑顔はみせるがなかなか感情を表に出さない。
レインが表立った今、<スバル>の情報を持つアキラ君とミケを引き連れて外側へ情報を伝えようとしていたが……。
◇手持ち
・デスカーン♂

○ヒエン 【男】(登場話数:8話)
赤茶の髪を後ろで縛った少年。ジャラランガと共に使うZ技ブレイジングソウルビートの使い手。
ポケモンバトル大会に出場していたトレーナーの一人。以前ガーベラともポケモンバトルをした過去を持つ。
◇手持ち
・ジャラランガ♂

●テイル 【女】(登場話数:8話、14話)
深紅のポニーテール。ポケモンバトル大会に出場していた賞金稼ぎ。
悪党が嫌いで、目立っていた義賊団<シザークロス>のアプリコットを捕まえ連行しようとしていたが、アサヒやビドー、ジュウモンジたちに阻止される。
正しい奴の行動ではないとビドーに糾弾され、一線を踏み越えてしまう。
ピカチュウだったライカを命がけで助け、無事を祝いあった<シザークロス>の姿に戸惑いを隠せなかった。
騒動の元凶と、【ハルハヤテ】の器物破損でガーベラに連行された。
◇手持ち
・フォクスライ♂

○イグサ 【男】(登場話数:9話、11話、16話〜)
オレンジの髪に灰色のパーカーの青年。死神のような仕事をしていて魂を見れる霊能力者。
シトリー(シトりん)と共に行動している。
アサヒに二つの魂が重なっていたのを見抜く。
何者かに現世に、クロイゼルに縛られて転生出来ないでいるマナフィ、マナの魂をあの世に送って欲しいと依頼され動いている。
◇手持ち
・ランプラー♂(NN:ローレンス)

○ネゴシ 【女】(登場話数:16話〜)
青いふわふわ髪の自称交渉人を名乗る茶目っ気溢れる女性。化粧は濃いめ。
意識を失っていたアプリコットを介抱したまだまだ謎の人物。
◇手持ち
・トリトドン♀(にしのうみ)(NN:トート)

◎ブラウ 【男】(登場話数:なし)
ヒンメル地方の史実の人物。人気のある偉人。“英雄王”と呼ばれていた。
かつてクロイゼルとマナの友であった。クロイゼルから恨まれている。
◇手持ち
不明




 ☆ゲストキャラクター

◯アキラ(さん→ちゃん)……赤リュックの女性 【女】(登場話数:2話〜4話、7話)※キャラ親:天竜さん
ハジメに雇われたホウエン出身の女トレーナー。あちこち跳ねた黒髪と赤いリュックがトレードマーク。きのみのためなら割となんでもするも、悪い人という訳でもない。
けむりだまをばらまいた後、身をひそめるも雇い主のハジメが捕まってしまい、救出のためにビドーに近づきリオルを人質に取ったが危害を加える気はゼロだった。
彼女はハジメに騙して利用されていたということでソテツ達に見逃され、罪は問われなかった。
ハジメに対して憤るビドーに、実はハジメからしっかり報酬のきのみを貰っていたことを伝え、自分のことでハジメを責めないでほしいと言った。
ビドーにお古のポロックメーカー一式をあげ、また珍しいきのみを探す旅に出た。
と思ったら、ビドーにハジメからの報酬のきのみ、“スターの実”をおすそわけするために【エレメンツドーム】にやってきた。
ビドーに頼まれバトルの相手に。技の指示をあまりださない戦い方でビドーたちを翻弄する。
ビドーになんのために強くなりたいのか問いかけ、彼の願いを応援した。
◇手持ち
・フライゴン♂(NN:リュウガ)・ユキメノコ♀(NN:おユキ)・ゴウカザル♂(NN:ライ)

○ミケ 【男】(登場話数:3話、12話〜13話)※キャラ親:ジャグラーさん
アサヒの知人でジョウト地方のエンジュシティ出身の探偵。
“闇隠し事件”について独自に調査を進めているが、バックに国際警察ラストによる協力依頼があった。
アサヒに質問するために接触した。彼女の発言と過去のユウヅキの情報から、「アサヒがユウヅキに記憶を奪われている」という推察をする。
アサヒにユウヅキを捜すのなら、向かい風が吹くことになる、と助言を残す。
彼の選抜基準は国際警察のラスト曰く、アサヒとユウヅキに近い人物で、昔やんちゃをして目をつけられていたから、らしい。
デイジーに【スバルポケモン研究センター】に取り残された他地方からの研究員の救出作戦を引き受け、見事にこなす。
解決していたと思っていたアサヒとユウヅキの件が未解決だったことに対し、探偵として今度こそしっかり解決させることを胸に誓う。
・メタグロス(NN:バルド)・ダストダス♂(NN:ドドロ)・??????

◯アキラ(君) 【男】(登場話数:3話〜4話、6話〜9話、12話〜14話)※キャラ親:由衣さん
アサヒの旧友。アサヒとは定期的に連絡を取り合う仲。ミケとも面識はある。ライブキャスターを使い、アサヒにユウヅキが“闇隠し事件”での誘拐の容疑をかけられたことを知らせる。
アサヒのことが心配だが、今の自分の言葉では届かないと悟る。何か思うところがある模様だが、友人としてアサヒを応援するスタンスは変わらない模様。ビドーのことを最初は虫だと思っていたが、見解を改め、無茶するアサヒのことを繋ぎとめておいてほしいと伝える。
アサヒのことが心配と同時にそばにいないユウヅキに対するある感情が積る。
レインにはめられ、【スバル】の地下に軟禁されている間に色々調査する。そして救出に来たミケと情報を照らし合わせる。
【オウマガ】へユウヅキを止めに行くアサヒとビドーについて行く気満々だったが、ラストに止められ渋々外部への情報提供に協力しに行くことに。
◇手持ち
・ムウマージ♀(NN:メシィ)・フシギバナ♂(NN:ラルド)・エンペルト♂(リスタ)
・??????

○カツミ 【男】(登場話数:5話〜6話、8話、11話)※キャラ親:なまさん
【ソウキュウ】で今も一人で暮らしている少年。家族の帰りを今でも待っている。
リッカの友達。好物はおにぎり。ココチヨによく握ってもらう。サモンとは知り合い。
身体は弱いが外出は好き。
行方不明者の墓を建てる人々に反感を示していた所をハジメに誘われ、<ダスク>に入る。主にココチヨと活動していた。
リッカをのけ者にせず打ち明けようと第一に提案した。
ハジメとすれ違うリッカに、話あってケンカすればいいとアドバイスをする。
クローバーの凶行を阻止。しかし体調を崩しかける。
◇手持ち
・コダック♀(NN:コック)・ザングース♂(NN:タマ)・??????
・??????

○ミズバシ・ヨウコ 【女】(登場話数:6話)※キャラ親:くちなしさん
過去のアサヒとユウヅキと遭遇した各地を旅するカメラマン。遺跡について調べていたアサヒとユウヅキに【オウマガ】を訪ねることを薦めた過去を気にしている。
国際警察のラストに協力したのは、ヨウコ自身がアサヒとユウヅキを心配してのこと。
アサヒに、昔の彼女とユウヅキを撮った写真を譲った。(ビドーとリオルとの写真も撮ってもらった)
シャッターチャンスは逃さない人。
◇手持ち
・エレザード♀・ピジョット♂・??????
・??????・??????・??????

○ミュウト 【男】(登場話数:6話、11話)※キャラ親:マコトさん
進化前や可愛いポケモンが好きな青年。ポケモンコンテストに興味があり【イナサ遊園地】のイベントのスタッフのボランティアをしていた。
特技のシェイカーをもちいた即席ジュース作りで体調を崩したアサヒを助ける。
何かの縁かまだトーリと共に行動している。クローバーのニュースを見て、彼が何を思ってこのようなことをしたのかと考える。そして早く事件が解決するように祈った。
◇手持ち
・アマルス♂(NN:プーレ)・ピカチュウ♂(NN:リュカ)・ピチュー♀(NN:シフォン)
・??????・??????・??????

○トーリ・カジマ(レオット) 【男】(登場話数:6話、11話)※キャラ親:乾さん
アサヒの知人。お忍びで来てるポケモンコンテスト界の有名人。本名はレオット。
“闇隠し事件”で心に傷を負った人たちを自分の芸で元気付けられないかと考えヒンメル地方に来た。
しかし、観客が怪人クロイゼルングのような、わかりやすい“敵”を欲している空気に感づく。
ビドーよりは背が高い低身長。ファンとポケモンは大切にする。
アサヒの事情は知らないが、彼女に幸せをあきらめるなと伝えた。
クローバーの事件のやり口を演者として許しがたく思っていた。ミュウトのクローバーへの疑問に、どんな理由でも傷つけて良い理由にはならないと言った。
◇手持ち
・フリージオ(NN:ソリッド)・ミロカロス♀(NN:シアナ)・??????
・??????・??????

○テレンス(テリー)……青いバンダナの少年 【男】(登場話数:6話、8話、11話、14話〜)※キャラ親:仙桃朱鷺さん
<シザークロス>に属している少年のような青年。ビドーとそれほど身長も年齢も変わらない。
ビドーを見て、少し似た境遇に共感を覚える。
バンドでは身軽さを活かしてバックダンサー担当している。
あれこれ考えるのが苦手。よく先陣を切って先手を叩き込むことが多い。
“闇隠し事件”で幼馴染“メル”とはぐれ、捜していた。ヨマワルのヨルはもともとはそのメルの手持ち。
画面越しにメルの姿を見せつけられて、気が気じゃない。
◇手持ち
・クロバット♂(NN:クロノ)・ヨマワル♂(NN:ヨル)・オノノクス♀(NN:ドラコ)

○フラガンシア・セゾンフィールド(フラン) 【女】(登場話数:8話)※キャラ親:仙桃朱鷺さん
アサヒの知人。緑の髪留めで、栗色のロングヘアーの緑のスカートの女性。昔アサヒやトーリ(レオット)、ミケ、アキラ君といったメンバーも参加していたバトル大会に参加していた。
ポケモンの香りを使った戦法を得意とする。ポケモンごとに香りの戦法が違う。ソテツはその基礎を参考にしていた。
隕石を巡るバトル大会でビドーとぶつかり、強敵として立ち塞がった。
クロガネとは知り合い。
スタジアム襲撃時の反撃の一手の香り戦法は、のちにユウヅキも参考にした。
◇手持ち
・ラフレシア♂(NN:フロル)・ウツボット♀(NN:シアロン)・??????
・??????・??????・??????

○クロガネ=クリューソス 【男】(登場話数:8話)※キャラ親:仙桃朱鷺さん
黒い長めの癖毛を持つ、涙目の藍色のパーカーの少年。フランの知り合い。
涙腺が弱い。旅をして心身ともに強くなるのが目標。自ら名前を名乗ったり礼儀正しい側面も。
ポケモンバトル大会の予選バトルロイヤルでビドーと戦う。混戦の中で機転を利かせた戦いをした。受けた借りは返す派。
◇手持ち
・カモネギ♂(NN:コガネ)・??????・??????
・??????

●トツカ・キョウヘイ 【男】(登場話数:6話〜8話、10話、16話)※キャラ親:ひこさん
黒髪メガネのサモンの友人。
サモンに大会の賞品の隕石を優勝して手に入れてほしいとヒンメルに呼びつけられ、実行し隕石を手に入れた優勝者。決勝でビドーを圧倒する。
強さに固執し、最強を目指している。「勝たなければ意味がない。結果がすべてだ」と言うその背景には、強さがなければ失ってしまうという過去へのひとつの恐怖もあった。
他人に指図されるのが嫌い。
サモンに共犯者にならないかと誘われるも断る。その上で巻き込め、そしてサモンの行動を止めると言った。
◇手持ち
・リングマ♂・ブルンゲル♂・ヨルノズク♂(NN:シナモン)
・ボーマンダ♂・??????・??????

○ハルカワ・ヒイロ 【男】(登場話数:8話)※キャラ親:あきはばら博士さん
赤みがかった茶色の服の、雰囲気がどこかビッパに似ている青年。
「お前などビッパ一匹で十分だ!」が決めセリフなポケモンバトル大会のダークホース。
『まるくなる』をタイミングよく使ってジャストガードを発生させ瞬間防御力を高めるといった離れ業を駆使する。そこからの『ころがる』コンボで相手を追い詰めていく。一時ネットで話題になった。
“ポケモン保護区制度”にて強いポケモンをゲットできないから強くなれないと零す層にむけて、強いとは、強さとは何かを問いかけた。
◇手持ち
・ビッパ♀(NN:ビッちゃん)

●ヨツバ・ノ・クローバー 【男】(登場話数:11話)※キャラ親:亜白夜 玲栖さん
黒いタキシードにステッキ、シルクハットを身に着けたマジシャンのような恰好の通り魔。
“闇隠し事件”の生き残りで、事件から性格が歪み、不幸な目にあっていない人やポケモンの笑みを消すことに躍起になっていた。
ショーやマジックに見せかけ相手をいたぶり恐怖で顔を歪ませるのが常套手段。撤退のタイミングも見逃さないので厄介な相手だった。
最後は自らの手で決着を付けようとしたが、カツミとザングースのタマに阻止され、国際警察のラストに連行された。
◇手持ち
・ドレディア♀(NN:クイーン)・??????・??????
・??????

○シトリー・ビドル 【?】(登場話数:9話、11話、16話〜)※キャラ親:PQRさん
白いフードのパーカーを着た褐色肌の少年。年齢不詳性別不明。イグサと行動を共にしている。
自分のことを「シトりん」と呼んで欲しがっている。よく「あはは」と笑っている。
自身のことを誰かの模倣者と言う。声帯模写を含めた物真似が得意。
メタモンに自分と同じ名前のシトリーを連れている。変身の精度が高い。
その変身精度の高さでメタモンのシトリーはアサヒを庇いリーフィアに連れ去られる。
◇手持ち
・メタモン(NN:シトリー)

○アサマ・ユミ 【女】(登場話数:14話)※キャラ親:PQRさん
空色のショートボブに大きな丸メガネ(実は伊達メガネ)の小柄な女性。
いつも眠そうにしている。よくお腹がすいている。好物はネギたっぷりのお味噌汁。
寝ながら一通りのことをこなせる器用な人。
けど、目がとてもよく射撃技術に長けている狙撃系女子。
お腹を空かせているところをアサヒに助けられる。
【ハルハヤテ】を襲撃したアグリとクサイハナのタッグに遠距離射撃戦で撃退した。
◇手持ち
・オクタン♀(NN:ナギサ)・??????

○オカトラ・リシマキア 【男】(登場話数:15話)※キャラ親:くちなしさん
濃い顔つきに金髪刈上げオールバックの案内屋の男。カウボーイハットを愛用している。
信頼した相手が困難に陥っていれば、どんな状況だろうと助力を惜しまない義理人情に厚い男。
ただ見栄っ張りで良くも悪くも馬鹿をできるところもある。よく大声で笑う。
冒険家兼何でも屋。ちなみにあらゆる秘伝技を使える実力者。
ギラティナ遺跡までの道のりに協力し、見事にビドーを送り届けた。
◇手持ち
・ギャロップ♂・ゴルダック♂・ビーダル♂
・??????・??????・??????


*用語集*

▽地名など

・ヒンメル地方
この物語の舞台となる地方。女王が統治する平和な王国だった。
だが8年前に起きた神隠し、“闇隠し事件”によって女王をはじめとする多くの国民が謎の失踪を遂げ、ほぼ壊滅状態に追い込まれた。
現在では多方面からやってきた賊やら移民やらでごちゃごちゃしている。ジム制度やリーグ制度は存在しない。

・ポケモン屋敷
荒野の端にぽつりとあるポケモン屋敷と呼ばれていた屋敷。

・スバルポケモン研究センター
ヒンメル地方のポケモンを研究する研究所。“闇隠し事件”の調査をしており、他地方からも研究者を呼んでいた。実験設備として耐衝撃性能を兼ね備えたバトルフィールドも存在している。名前の由来は創設者であり前所長のムラクモ・スバル博士から。

・トバリ山
ヒンメル地方の北部と南部を分ける山の一つ。ポケモン保護区に指定されている山。シンオウ地方にある山と同じ地名を持ち合わせている。

・ソウキュウシティ
ヒンメル地方の王都。城壁に囲まれた都市で丘の上に王城がある。“闇隠し”発生時の中心点でもある。

・カフェエナジー
ソウキュウシティにあるカフェ。二階に密談用の個室もある。
各地の食べ物の取り寄せサービスもある。

・ミョウジョウ
ヒンメル地方の港町。ずっと昔にマナフィがよく姿を見せていたが、戦いに巻き込まれたマナフィの死から、海が静かになったと言われている。別名「死んだ海」

・イナサ遊園地
ミョウジョウにあるテーマパーク。
観覧車やジェットコースター、イベントステージなど結構しっかりとした遊園地。

・セッケ湖
スバルポケモン研究センターの近くにある湖。夕暮れ時に湖が赤く染まることとたいりく模様のビビヨンの群れの景色で有名。

・オウマガ
ギラティナに縁のある遺跡の近くの町。
過去にアサヒとユウヅキの目撃情報があった。

・エレメンツドーム
ソウキュウシティの北にある<自警団エレメンツ>の拠点。本部。
<エレメンツ>のメンバーはここで暮らしている。アサヒも保護されてた時はここで暮らしていた。

・スタジアム
オボロ川の近くにある大きな建造物。
ポケモンバトル大会など、様々なイベントで使われる場所。

・オボロ川
ソウキュウシティの西を流れる川。結構広め。遡るとセッケ湖に出る。

・暁の館
ソウキュウシティの東南にある大きな館。礼拝堂にはアルセウスの像がある。

・テンガイ城
ソウキュウシティにある城。王家が健在の時には、王族がここに住んでいた。

・特急列車ハルハヤテ
ソウキュウシティの西に少し行ったところにある駅から、オウマガまで走っている特急列車。
結構前から走行している歴史ある列車。

・アンヤの森
ヒンメルの南西に広がる深い森。日の光があまり差し込まない。<シザークロス>のアジトがある。


▽集団名

・自警団<エレメンツ>
“闇隠し事件”の生き残りで構成された自警団。お役所的な役割も持つ。
五属性という炎、水、草、電気、闘の属性を司る五人のエキスパートがいる。
リーダーは水タイプのエキスパートであり、ヒンメルの王子スオウ。
トラブル対応や密猟者を捕らえたりもしている。
“闇隠し事件”後、アサヒは彼らに保護もとい監視されていた。
“五属性”の通り名はかつての王国時代にあった六つの役割をもつ一族のトップたちの別名“六属性”から来ている。
その六人とは、
生活の奉仕者、医療の炎属性。
土地の管理者、庭師の草属性。
察知の熟練者、情報の電気属性。
戦場の守護者、番人の闘属性。
現在は無き者、神官の超属性。
政治の執行者、王族の水属性。
のことを指す。
超属性、メイの一族は“闇隠し事件”以前に席を外されていた。
エレメンツドームという拠点を構えている。

・義賊団<シザークロス>
ジュウモンジ率いる義賊。ポケモンを盗んだりしている。
義賊なので基本は悪党から盗むが、具体的な基準は曖昧で振れ幅が大きい。ポケモンラブな輩が多い。
複数の拠点らしきものは発見報告されているが、その本拠点は<エレメンツ>でも把握出来てないらしい。(実際は地下道を使ってアンヤの森にアジトを作っていた)
義賊活動のほかにアプリコットをボーカルとしたバンド活動も行っている。

・<ダスク>

最近名前が知れ渡りつつある組織。ヤミナベ・ユウヅキ……ムラクモ・サクを中心に活動をしていた。
目的は“闇隠し事件”被害者の救出。そのためにディアルガとパルキアを呼び出し、ギラティナを引きずりだそうとしていた。
ディアルガとパルキアを呼び出すことは命懸けであり、ユウヅキはその人柱的な扱いを受けていた。
ユウヅキに対してのスタンスは人それぞれで、彼に暴行している者も少なからずいた。
メンバーで行方不明者の空き家の掃除をしたりしている。
隕石と<エレメンツ>五属性を狙って大会を襲撃した。
その後、隕石の本体を隠し持つ<エレメンツ>の本部を襲撃、事実上の乗っ取りを果たす。


・<スバル>
スバルポケモン研究センターで働く研究員などの集団を指す。所長はレイン。
“闇隠し事件”が神と呼ばれしポケモン、ギラティナによるものではないかという推測のもと“破れた世界”へ捜索する手段に必要な“赤い鎖のレプリカ”を生み出す。
そしてヤミナベ・ユウヅキに奪われたふりをした。レイン一派は<ダスク>とグル。


▽出来事

・“闇隠し事件”
ヒンメル地方を襲った超大規模の神隠し事件。女王をはじめとする多くの人とポケモンが行方不明になった。
外部からの目撃例だと王国全体がドーム状の闇に包まれたことから“闇隠し”と呼ばれるようになる。

・“スバルポケモン研究センター襲撃事件”
ヤミナベ・ユウヅキによる、研究所襲撃事件。ヤミナベ・ユウヅキにより研究物“赤い鎖のレプリカ”を奪われた。

・“ポケモン保護区制度導入”
“闇隠し事件”後に近隣国によって定められ取り入れられたルール。
表面上では“闇隠し事件”で巻き込まれ変動したヒンメル地方のポケモンの生態系の調査の為、と言われている。
保護区のポケモンを捕まえようとすると密猟にされ、<エレメンツ>に通報される現状であり、それを好ましく思わないものも多い。

・“英雄王ブラウによる怪人クロイゼルング討伐”
ヒンメルの英雄譚の一つ。ブラウがミョウジョウで怪人と恐れられたクロイゼルングを討伐した。
その際にマナフィが巻き込まれた。

・“スタジアム襲撃事件”
<エレメンツ>主催のポケモンバトル大会で、優勝賞品の隕石を巡って<ダスク>が襲撃をる。ソテツが一時行方不明に。

・“エレメンツ本部襲撃事件”
隕石の本体を奪取するべく<ダスク>が<エレメンツ>を襲撃、最終的には数で取り囲んで降伏させた。事実上の乗っ取り。

時系列表
〇……アサヒ関連 ◎……大きな事件など △……短編

△短編その4……怪人クロイゼルング生誕からマナとの死別、ブラウとの決別まで。
◎???年前……港町【ミョウジョウ】にて、英雄王ブラウによる怪人クロイゼルング討伐があった。その時、蒼海の王子マナフィが巻き込まれ命を落とす。
〇8年前……アサヒとユウヅキ、ヒンメル地方を訪れギラティナの遺跡について情報を求めヨウコに出会い、【オウマガ】へ。
◎8年前……ヒンメル地方に“闇隠し事件”が襲う。女王を含め、多くの国民とポケモンが謎の神隠しにより失踪する。
〇8年前……アサヒ、ユウヅキにヒンメル地方に来る前後の記憶を奪われる。そしてユウヅキは行方不明に。
〇8年前……アサヒが<エレメンツ>に保護され監視下に置かれる。
〇?年前……アサヒ、ソテツに弟子入り。師弟関係に。現在はもう弟子ではない。
△短編その1……ソテツ、アサヒに自身の経験談を語る。
◎約3か月前……“スバルポケモン研究センター襲撃事件”ユウヅキが研究所から“赤い鎖のレプリカ”を奪う。ユウヅキ、指名手配される。
〇約3か月前……アサヒがユウヅキを捜すためにヒンメル地方を旅し始める。
〇第1話……アサヒとビドーの出会い。黄色いスカーフをポケモンたちに配達する。<シザークロス>と諍いの後知り合いに。
〇第2話……アサヒとビドー【ソウキュウシティ】に一緒に向かうことに。道中<ダスク>のハジメがアキラ(ちゃん)とともに密猟をしているのを発見。
〇第3話……密猟を<エレメンツ>のソテツとガーベラの力を借りながら阻止した。(その最中アサヒは探偵ミケに記憶のことを指摘され警告される。)利用されていたアキラ(ちゃん)を交えて【トバリタウン】で休息しているとアサヒの旧友アキラ(君)からユウヅキが“闇隠し事件”の容疑者になったという知らせを受ける。
◎第3話……ユウヅキ、国際警察に“闇隠し事件”の容疑者とされる。
〇第4話……アサヒとビドーとアキラ(ちゃん)はアキラ(君)のいる【スバルポケモン研究センター】に足を運ぶ。アキラ(ちゃん)と別行動しつつ、2人は所長のレインから<スバル>の闇隠しに対する見解とユウヅキが容疑者になった経緯を聞かされる。
アキラ(君)との会話やビドーの激励やバトルを経て、捜す、から捕まえる方向性でユウヅキを追いかけることを決意。
アサヒはビドーとユウヅキを捕まえるために手を組み相棒になることになった。
レインに“赤い鎖のレプリカ”に必要な隕石を捜してほしいと依頼される。
【スバル】を旅立ち、アキラ(ちゃん)とも別れ、アサヒとビドーは王都を目指す。
〇第5話……【ソウキュウ】でアサヒの拠点を確保。【カフェエナジー】にて<エレメンツ>の五属性トウギリに【スバル】での出来事やユウヅキに対するアサヒのスタンスを報告する。
トウギリがハジメを捕捉する。ビドーがハジメを追いかけるも逃げ切られる。その時ハジメは黄色いスカーフを付けたケロマツのマツを使っていた。
△短編その2……アサヒとビドーは悪天候の中カツミとリッカに流星群を見せるために、アキラ(くん)のつてで【スバル】のプラネタリウムを見に行った。
〇第6話……ビドーはアサヒにユウヅキとの昔話を聞く。
ビドーの仕事でユーリィとチギヨと【ミョウジョウ】へ。国際警察、ラストとの邂逅。ビドーがケロマツのマツのことでジュウモンジを問い詰める。
【イナサ遊園地】などでアサヒが自身以外の記憶を垣間見る。
デイジーに呼び出され、【エレメンツドーム】へ。
〇第7話……【エレメンツドーム】にて。隕石のありかがポケモンバトル大会の賞品になっていたことが発覚。ビドーが選手としてエントリーすることに。大会までの期間、修行をすることに。
ビドーは弱点である光へのトラウマを克服しようと努力をする。
△短編その3……ビドーがアサヒを誘い、王宮庭園に向かう。そこでビドーの下の名前とそれにまつわる苦い思い出を聞く。アサヒはビドーが彼女の下の名前、アサヒと呼ぶとき、自分もまたビドーの下の名前、オリヴィエの名前を呼ぶことを約束する。
○第8話……スタジアムにて、隕石を巡る大会が行われる。ビドーは健闘するも準優勝で終わった。表彰式の最中にサク率いる<ダスク>によって襲撃され隕石を奪われる。しかしその隕石は欠片で素材には不十分なものだった。単身でサクを追いかけたソテツがアサヒにユウヅキからの接触を逃すなと言い残した後、目の前でユウヅキのサーナイトに崖下に落とされ行方不明に。一方でアキラ君は<ダスク>の一員だったレインに軟禁される。
○第9話……騒動からしばらくして、メッセンジャーのシトリーとイグサが伝えた場所、暁の館に行くアサヒ。そこで再会したユヅウキがサクであることを打ち明けられ、封じられていた記憶を取り戻した後決別を言い渡される。<ダスク>でもあったレインとメイが現れ、身柄を預かっているソテツと引き換えに隕石を<エレメンツ>に要求する言伝を残し去るユウヅキ。打ちひしがれるアサヒの元に駆け付けたビドーは、心の中でアサヒを送り届けるまで走り続けることを誓う。
○第10話……暗中の中、アサヒは自身の気持ちをユーリィと話す形で整理する。彼女が出した答えは、それでもユウヅキの隣にありたい、だった。ビドーたちの協力のもと、髪を切ったアサヒはユウヅキへ想いを乗せた手紙を託す。
○第11話……王都にてクローバーによる通り魔事件が激化。これに対し、<エレメンツ>、<シザークロス>、<ダスク>で事態の解決に奔走。ユウヅキが無茶ばかりしている証拠をアサヒたちは目の当たりにしてしまう。そしてソテツと隕石の交換の日が迫る。
○第12話……ミケの潜入によりアキラ君たちを【スバル】から救出する前。【セッケ湖】にて、ソテツの受け取りに来たアサヒとビドー、しかしそこに待っていたのは<ダスク>に寝返ったソテツだった。ソテツとアサヒはぶつかり、ソテツの想いにアサヒは拒絶を示す。この衝突の結果も含めて、【エレメンツドーム】の決戦の火ぶたが切って落とされる。
○第13話……交渉決裂によってユウヅキとレインによる【エレメンツドーム】の襲撃が始まる。ユウヅキは快進撃をし、スオウの膝を地につける。隕石を奪取することで終わるはずだったこの襲撃は、サモンの手引きによって<ダスク>による<エレメンツ>の乗っ取りへと変化してしまう。ユウヅキは【オウマガ】へ向かい、アサヒたちは【ハルハヤテ】に乗ってあとを追うことに。
○第14話……特急列車【ハルハヤテ】が<シザークロス>に襲撃される。しかしそれは、賞金稼ぎテイルに攫われたアプリコットを救うための者だった。ジュウモンジに届け物の依頼をされ、協力してアプリコットとライカの救出果たす。アプリコットたちを助けた彼らの姿を見て、アサヒはビドーに隠していたことを打ち明けることを、助けを求めることを決意。アサヒは、何者かによって常に監視されていた。敵の名前を告げる前に、アサヒは“破れた世界”へ攫われる。ビドーとルカリオはトウギリから借りたキーストーンとメガストーンを使い、アサヒの波導を探知、追いかけることを決意。
○第15話……単身で【オウマガ】へ歩くビドーを<シザークロス>の面々が追いかけ、協力を申し出る。気疲れか緊張からか、震えをこらえ進むビドーの前に、メイが、そしてレインが立ちふさがる。アサヒと別行動をとっているビドーを見たソテツは、ビドーに力を貸し、<ダスク>を裏切る形となった。遺跡内部でハジメとビドーは激闘をし、その果てにビドーはハジメを打ち倒す。アサヒはサモンに誘われるまま、先にギラティナ遺跡の頂上へ、ユウヅキを説得し、ふたりでディアルガとパルキアを召喚に成功する。だがその時“破れた世界”からギラティナと共に姿を現したクロイゼルにディアルガとパルキアを捕獲されてしまう。アサヒを人質に取り続けユウヅキを影から脅し続けた“闇隠し事件”の元凶、クロイゼルにふたりは挑むも敗北する。アサヒはその身体を肉体を失ったマナの魂の器として『ハートスワップ』をされ、もともとマナの入っていたみがわり人形に魂を移される。絶対絶命の窮地にやってきたビドー。ラルトスと天秤にかけられつつも、ビドーはアサヒとユウヅキを救出、ラルトスもそれを応援する。空中に浮かんだ遺跡から落下していたところをアプリコットとライカに助けられる。そして、クロイゼルが電波ジャックをし、“闇隠し事件”の被害者を見せ従うように要求をしてきた。
◎第一部完、第二部へ。
○第16話……アプリコットはアサヒたちを<シザークロス>のアジトに案内する。塞ぎ込むアサヒとユウヅキ、そして<シザークロス>の解散と国外退避を突き付けられ、アプリコットは叱咤激励のラストライブを開こうと提案。ライブを経て少し活力を取り戻したアサヒとユウヅキ。そこにクロイゼルによるレンタルポケモンシステムを使った襲撃が来て、<シザークロス>のアジト防衛戦へ。手持ちを操られたユウヅキに、ジュウモンジは発破をかけ、ビドーはオンバーンを一時的に貸す。ユウヅキは周囲に助けを求め、協力して状況を打開したいと望む。襲撃は防げたと思ったその時、まだ解放されていなかったユウヅキのリーフィアがアジトを叩き切り、倒壊へ。ショックと暴走で独り突っ走るアプリコットは、何者かにその暴走を止められ、気が付いたらネゴシに介抱されていた。

☆次回第17話、リーフィアを捜すアプリコット。彼女を待ち受けているものとは。


  [No.1710] 第十七話 怒りの沼から抜け出して 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/03/01(Tue) 21:01:12   9clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ギラティナの遺跡が浮上するという衝撃的な出来事からしばらく。
ごたごたしている内にブリムオンと一緒に戦っていたあたしは【オウマガ】の町に取り残されていた。
黒い雲がヒンメルじゅうを覆って、ちょいちょい謎の怪人には携帯端末を乗っ取られ映像を見せられ、ざわざわする町の人やポケモンの考えている声がうるさく聞こえて……ああもう、うんざり。
サク様もレインもどっか行っちゃうからどうすればいいのか分からないし、あのヘアバンドチビや暑苦しいカウボーイハットも退散していなくなったから戦う相手も別にいないし。
かといって誰かと合流したいとも思えないし……一体、どうしろって言うの。

とりあえずやることもないので、ギャロップに乗って町の様子を探る。
町のやつらは、あの怪人のいいなりになってポケモンを捕まえに行っていて少なかった。
<ダスク>で似たようなことをやっていたとはいえど、その光景は何だかとても嫌な感じがした。
すれ違う人々はあたしのことを見て、道を開けるように避ける。
今は怪人様で持ち切りだけど、あたしもヒンメルじゃ有名人な方だったから、そういう態度には……ムカつくけど慣れていた。
結局居所が悪いから、また誰もいない大穴の空いた遺跡跡地にやってくる。
曇り空を見上げてため息を吐く。日の光が遮断されているせいか心なしか涼しい。ギャロップの体温が温かく感じる。

突然ギャロップがいななく。つられて警戒を強めて周囲を探る。
すると背後に、映像で見たことのある白いアイツが立っていた。
速攻でギャロップに『サイコカッター』を放たせるも、その刃は奴の足元にいたマネネが作った壁で届かない。
盛大に舌打ちしていると、奴は「別に戦いに来たわけではない」と嘆息した。
敵意は感じられない。けど嫌な直感が逃げろと通告している。でも……何故だか動けないあたしがいた。

「アンタは、復讐者のええとクロイなんとか……」
「クロイゼルング。クロイゼルでもいい」
「……どうでもいいけど、何の用?」

どうせロクでもないこと考えているんでしょ。そう思って思考を覗き見ようとしたら、何故かうまく力が使えなかった。
動揺しているところに入って来た言葉は、意外な言葉だった。

「君の力を借りたい。メイ」
「嫌。復讐なら手伝わない」

反射的に即答を突き返すと「意外だ」とクロイゼルがぼやく。それからアイツはあたしの触れられたくない部分をずけずけと言いぬいて来た。

「自分の存在で<エレメンツ>から、ヒンメルから一族ごと存在を抹消され、その一族からも追放された君なら、復讐は望むところだと思ったが、見当違いだったか」
「…………見当違いだっつーの。あたしはね、サク様に忠誠を誓っているの。彼の力になって助けるために、そんな面倒くさい復讐なんてやっているヒマはないの!」
「忠誠、か……忠誠、ね……まったくもって滑稽だ」
「何が可笑しい?」

聞き捨てならない言葉に、思わず食いついてしまう。
それが罠だと気づいた時には遅かった。

「いや、忠誠を誓っている割にはあっさり死地に見送るものだなと」
「あたしには……止められない。できるのは、この力で手助けするくらい」
「死ぬ手助けを?」
「……あの人が望む未来への、よ」
「そうか……可哀そうに」
「可哀そう?」
「そのサクが、ユウヅキがアサヒと共に僕の前から逃げたから……君は置いて行かれたのだなと思ってね」

一瞬の動揺を、付け込まれる。
感情の中にできていたヒビは。ほつれは、どんどん広がっていく。

「別に、アサヒと一緒に居ることはサク様がずっと望んでいたことだし」
「ああそうだな」
「あたしは置いて行っても大丈夫って判断したのかもしれないし」
「そうかもしれない」
「だから! あたしが! 気にすることなんて……?!」

気が付いたら、遠くの岩の一部が抉れていた。
その次は地面。次々と穴が開いていく。
そのすべてが自分の力が起こしていることを把握したときには、もう止められる状態じゃなかった。
ギャロップも止めようとしてくれるけど、ブリムオンもボールから出て抑えようとしてくれるけど、止まらない。抑えられ、ない!

「何これ……ちょっと! ねえ待って! あたしに……あたしに何をした?!」
「なに、君の感情を暴発させてリミッターをちょっと解除しただけだ」
「?! っ〜〜!!!」
「そんなに抑えなくてもいい。君はその力で忌み嫌われてきた。それに耐えてきた。のけ者にされるのが怖いのなら――――逆に支配してしまえばいい」
「ちがっ、あたしは、そんなこと、望んでなんか――――!!」

ショートしそうなほどに熱い頭を抱え、帽子でその呪いの言葉を聞かないように塞いでも、言葉はどんどん反すうしていく。

「その力があれば」

その力があれば?

「サクだって思いのままじゃないのか」

思いの、まま?

「ずっと一緒に居られるんじゃないか?」

ずっと、一緒に、居られる??

……違う。
違う違う違う違うちがうちがうちがうちがうそんなことそんなものそんな願いあたしなんかが望んじゃいけない。
いけない、のに……!
やめろ。考えさせないで。やめろ、やめろ。
やめて!!!!

「――――メイ。君の力を使わせてもらう」

迫りくる“手”から逃げられない。

イヤだ。誰か。ギャロップ、ブリムオン、レイン、サク様。
誰でもいいから助けて。
あたしを、止めて――――――――


…………次に気が付いた時には、辺り一帯の穴が増えていて、恐る恐る周りを見渡す。
すると、倒れて転がっているポケモンが二体いた。見覚えのあるその子たちは力なく倒れている。
確認するまでもない。ギャロップと、ブリムオンだった。
意識が飛んでいた時、何をしてしまっていたのかを、想像してしまう。
心が折れていくごとに、あたしの頭の中に響く声が大きくなる。

(君はもう、力を制御できない)
――暴走。暴発、暴虐の限りを尽くす化け物。
(君を止められるのは、僕だけだ)
――他の者に止めてと願えば、その者が傷つくばかり。
(君の力は、僕が借り受ける。だから君は)

頭を触られ、囁かれる。すると意識が暗闇に引きずり込まれていく。

「深く、深く……安心して眠りについて夢でも見るといい」

記憶が途切れる前に最後に見たのは、冷徹な顔のクロイゼルだった。


「――――いつまでも逃げられると思うなよ、ユウヅキ。君にはまだブラウのツケを払ってもらう」


***************************


ネゴシさんに拾われ、助けられたあたしとライカは、時間の許す限り休んでいた。
ユウヅキさんのリーフィアを追いかけなければと思ってはいたけど、体が動かなかった。
攫われて助けられて洞窟登って森歩いて地下道行ってライブやって防衛戦やって、へとへとだったのはある。むしろその状態でよく今まで動けていたなとすら思う。
でも忙しさを忘れるひと時だからこそ、色々考えちゃうこともあった。

壊されたアジト。画面越しのお父さんお母さん。追い詰められているアサヒお姉さんやユウヅキさん。ふたりを助けようとしているビドー。
そしてクロイゼルへの憎しみと、怒り。
今までの自分が抱いたことのないこの感情にあたしは戸惑っていた。
唇を噛んで唸っていると、ノートパソコンとにらめっこしつつキーボードを叩いていたネゴシさんにいさめられる。

「何があったかは知らないけど、怒ってばかりだとせっかくのべっぴんさんが台無しよ、アプリコットちゃん。ライカちゃんも不安がっている」
「うう……ゴメン、ライカ……でも怒らずにはいられないよ……」
「落ち着きなさいな。感情に呑み込まれているとね、良いように使われてしまうわよ?」

誰に、とは言わないネゴシさん。でもその言葉だけでもネゴシさんが色々経験していそうな感じはあった。さばさばしたように見えるネゴシさんだけど、結構あたしとライカに気を使っているようだった。
現に「冷静さを保つ努力をしてくれるのなら……愚痴ぐらい付き合うわよん?」と、あたしの抱えている感情を聞いてくれようとする。ネゴシさんの手持ちのトリトドン、トートも首をこちらに向け、あたしたちが話すのをじっと待ってくれる。
ちょっとだけ迷ったけど、遠慮なく甘えて気持ちの整理を手伝ってもらった。

「と言っても……どこから話したらいいのか、分からないけど……うーん」
「一個ずつ挙げてみたら?」
「うん……そうだね。まず、あたしは、その……とあるグループに所属していて」
「義賊団<シザークロス>よね」
「……知っているかー……」
「そりゃ、マイナーでもバンドのボーカルは結構憶えられているものよ。それに……リストの先頭に指名されていれば、意識しちゃうわ」
「そうだよね……それで、<シザークロス>のアジトが壊されたんだ」
「あらま……」
「今思うとあたし、アジトに直接手を下したポケモンには、あんまり怒ってはいないみたい。その子もなんか無理やりアイツに従わされている感じだったし」

そう。ユウヅキさんのリーフィアに対して怒りは湧いてはいない。むしろ、早く解放してあげたいと思っている。イグサさんたちも追ってくれているとはいえ、こんなところでグズグズしている場合じゃない……。
立ち上がろうとすると、一言「焦らないの」と言われ、渋々座り直す。
すると、ネゴシさんは奇妙な質問をしてきた。

「アプリコットちゃん。怪人クロイゼルングのこと、やっぱり憎いわよね」

憎いかどうか。その答えはもう出ている。けれどあたしは言葉を濁して、返事してしまう。

「クロイゼルには怒っている。たぶん憎い……んだと思う」
「うん。じゃあ、どうしたい?」
「……とっちめたい」
「それはー、どんな風に? 思い切り殴ってボコボコにしたい?」
「…………ちょっと、違う、かも」

自分の口から出た「違う」という言葉に、驚きを隠せない。とっちめたい気持ちは確かにあるんだけど……あたしが、もしくはライカが暴力をふるっている姿はあまり想像したくなかった。

「でもアイツをとっちめて欲しい気持ちはあって、けど自分たちでは手を汚したくない……いやだな……卑怯だ、あたし」
「そう? わりとそういう想いを持っている人は多いんじゃない?」
「それでも! ……それでも多いからって、なすりつけみたいなのは、あたしは嫌だ」
「正義感かどうかは分からないけど、損な性格ね。わたくしは嫌いじゃないけど」
「……ネゴシさんは、どうなの? クロイゼルのこと」

だいぶ肩をもっているみたいだけど……どう思っているのだろう。そういう意図も含めて尋ねてみると、ネゴシさんは慎重に言葉を紡ぐ。

「厄介だとは思っている。でも話が通じない相手ではないとも、思っているわ」
「話? 話し合うってこと?」
「そうよ。解りあえなくってもまず話してみなきゃ、相手のこと分からないでしょう?」

あたしには浮かばなかった発想を気づかされると同時に、もしかすると自分自身がだいぶ危うい感じになっていたのかもとも思う。
実際話してみたと言えば、以前は目の敵にしていたビドーのこと、知っていくにつれだんだんその人となりが少しは分かったような気持ちになっている。勘違いかもしれないけど、昔のような目線で今の彼を見ていないのは、確かだった。
でもそれが、クロイゼルにも通じることなのか、正直今のあたしでは、分からない。

「会話が通じれば、内容次第じゃ交渉の余地があると思いたいし……ね。そのために情報が欲しいのよ、わたくしは」
「ネゴシさん……なんていうか、その」
「変わっているわよね」
「ううん、なんだろう。上手く言えないけど、そういう考え方できるの、何だかすごいっていうか……何だろう、どう言えばいいんだろう」
「ええっと……無理に言わなくてもいいわよ? でもありがとう」

ちょっと照れているのか、そっぽを向くネゴシさん。
どうすればそんな考え方できるのだろう。そう思ってあたしも色々考えてみようとするけど、唸る結果に終わる。ライカも一緒に唸ってくれた。

「ううーあたしには、ネゴシさんみたく考えるのはまだ難しそう。まだ頭の中ぐちゃぐちゃだ」
「わたくしが冷たいだけよ。自分の大事な者人質に取られて、その上住処壊されてすぐに相手がどうしてこんなことしたのかなんて、考えられる方がお姉さんちょっと恐ろしいわ」
「そうなんだ……あ、情報いるんだよね、ちょっとだけなら聞いたから手伝えるかも」
「……詳しくお願いするわ」

アサヒお姉さんやユウヅキさんから聞いたクロイゼルの話を、覚えている限りネゴシさんに伝える。
正直、こうして何かしている方が、気が紛れていた。
でも、どこかでこの憎しみとは向き合わなければいけない。そんな予感もしている。
それがいつになるかは分からないけど、今はただ情報共有に没頭していた。


***************************


「…………なるほど、情報ありがとうアプリコットちゃん。助かるわ。っと、そろそろ協力者の子が帰ってくるころね」
「協力者?」
「まあざっくり言って、情報共有している相手ね。アプリコットちゃんを止めたのも彼よ」
「ああー……お礼、言わないとね……」
「別にいいんじゃない。あの子も貴方を結構雑に止めているし。じゃ、ちょっと外に出てくるわね」
「う、うん……」

ネゴシさんはトートを連れて外に出る。残されたあたしとライカは自分の携帯端末を確認した。
……メッセージも留守電もめちゃめちゃ入っていた。ネゴシさんたちの前でもいいからもう少し早く確認すべきだったかも……。
というかやっぱり、連絡するにもここがどこなのか確認する必要がある。
別に中で待っていてとは言われていないし、お礼も言わなきゃいけないから、いいよね?
なんとなく恐る恐る、テントの入り口の布をちょっと開けて、あたしは外の様子を覗き見た。


――――なんとなく匂っていた土、っていうか泥の匂いが一気に鼻につく。
隙間から見る景色は、沼地が広がっていた。

(ヒンメル地方で沼地って言うと……【クロハエの沼】かな?)

アジトのあった【アンヤの森】から東に行ったところだった気がする。
念のため端末で地図を確認する。どうやらあっているみたいだった。

森からはそこまで遠くはないけど、ジュウモンジ親分たちも移動しているかもしれない。
とにもかくにも連絡を……と思ってメッセージ機能を起動しようとしたとき。
すぐ隣の垂れ幕がばっと上げられる。

「…………」

思考も身体もフリーズした。
やましいことはしていないし危険はたぶんないとは思っていたけど、いきなりのことでとても驚いていた。
何故か内側のライカの方に助けを求めて向いてしまう。するとライカはきょとんとしていた。

「ちょっと! 女の子が中に居るのに声掛けもせずに開けないのっ!」
「……すまない」

遠くから叱るネゴシさんの声と、背後から男の人の反省している声が聞こえる。
聞き覚えのあるよう声とライカの警戒の無さを信じて振り返ると、そこには。

「ドンカラスの『ふいうち』で荒っぽく止めてしまったが……ケガはなかっただろうか。アプリコット」
「え、ハジメお兄さん?!」

金髪のソフトリーゼントに丸グラサンの、忘れようもない印象のハジメお兄さんがそこに居た。


***************************


見知った顔に、ちょっとだけ安心してしまう。ネゴシさんは悪い人ではなさそう……だけど、やっぱり緊張してしまうところもあったから……。
ハジメお兄さんとは、マツを託して以来ちょくちょく縁があるな……。
マツと言えばそうだ、伝えないといけないことがあったんだ。

「ハジメお兄さん、今レンタルポケモンのシステムがクロイゼルに乗っ取られているみたい……マツは大丈夫だった!?」
「……この通りだ」

彼はモンスターボールから、ゲッコウガに進化していたマツを出す。
マツは異変もなく、落ち着いていた。ライカとも挨拶を交わしている。

「無事そうで良かったあ……進化もおめでとう」
「ありがとう。そちらもピカチュウから進化したのだろうか、おめでとう」
「ありがと。それと、止めてくれたことも」
「一応、どういたしましてと言うべきだろうか」

やや気まずそうにしているハジメお兄さんに何て声をかければいいのか分からないでいると、ネゴシさんが話題を切り替えてくれた。

「で、ハジメちゃん。そちらの様子はどうだったの?」
「……決して良い状態ではないだろうな。もう“ポケモン保護区制度”なんてあったものではない。各地でポケモンたちか乱獲されている」
「良くないわね。ポケモンにとっても、人にとっても……<ダスク>は?」
「ヤミナベ・ユウヅキとヨアケ・アサヒを捜して吊し上げにしようとしている連中と、慎重に状況を見定めようとしている一部、それから俺を含めた離反者が続々、と言ったところだろうか」
「……話が通じそうなのはいた?」
「いるにはいるが、<ダスク>という集団はもうバラバラだ。だから集団単位で話が通じるとは思いにくい」

……次々と話を進めていく二人の会話内容に、軽く衝撃を受けていた。
いやでもたぶん、これはきっと序の口だ。もっとこれから先混乱は酷くなっていくかもしれない。
そんな中でも、少なくともあたしは、アサヒお姉さんとユウヅキさんの無事を祈り続けたいと思った。

そのためにはまず、ハジメお兄さんに確認を取らないと。

「ハジメお兄さん」
「どうしたのだろうか」

じっと視線を向けると、彼はサングラス越しの青い瞳を向け返してくる。
威圧感はないけど、どこか鋭いこの視線を逸らさないように捉えて、あたしは尋ねる。

「貴方は<ダスク>から離反したって言ったけど、それでも今、彼らのことどう思っているの? そして、これからどう動こうと思うの?」

決して信頼していないわけではない。でもハジメお兄さんのスタンスをどうしても聞きたかった。
……それと同時に、ネゴシさんに話したのはやっぱり早計だったかもしれないと一気に不安になってくる。
そんなあたしの心境を知ってか知らないかは分からないけど、ハジメお兄さんは「安心しろ」と言った。

「<ダスク>はあくまでユウヅキが責任を取るのに協力するという集まり。彼個人に全部押し付けようとするつもりは俺には無い。そして、ポケモンたちをこういう形で捕まえる気も、断じてない」
「ハジメお兄さん……」
「密猟はしていたが、乱獲を正当化するのはもうやりすぎだろう。それに、たとえユウヅキが投げたとしていても、それまでの間<ダスク>で彼のしてきた地道な償いの積み重ねは変わらない」
「…………つまり」
「安心しろと言っただろう。少なくとも俺と、そこのネゴシさんは味方寄りだ」

ほっと胸をなでおろすあたしに、ネゴシさんがウィンクした。トリトドンのトートもウィンクしようとして失敗していた。

「そういうこと。<シザークロス>が二人を匿っているのなら、協力できるかもしれないわ。もっともっと情報共有しましょう?」
「……うん!」

ネゴシさんの差し伸べる手を取り、握手を交わす。
その後、ジュウモンジ親分にメッセージを送り、いったん【クロハエの沼】まで来てもらうことになった。
今更ながらみんなに十中八九叱られるなと思うと、ちょっとだけどきどきしていた。


***************************


<シザークロス>のみんなを待っている間に、それは起きた。
ハジメお兄さんは「迎えに行かなければならない者たちがいる」と言ってドンカラスにつかまり飛んで行って、ネゴシさんはまたノートパソコンと睨めっこしている最中。
ライカと遠くの景色を眺めていると、異変が起こる。

「?」

沼地の隣の林が、ざわついていた。それはだんだんとこちらに近づいていた。
やがて林を抜けて、沼地に彼らは駆け込む。
彼ら――――イグサさんとランプラーのローレンスは、メタモン方のシトリーを庇いながら、ユウヅキさんのリーフィアと相対していた。
リーフィアが、林の木々を切り倒しまくって暴れている。

「イグサさんっ」
「! アプリコット、ライカ。悪いが、加勢を。僕とローレンスだけでは、手加減しながらだと難しいようだ」
「分かった! 行くよ、ライカ! イグサさん、シールの位置は?」

首を横に振り、「リーフィアを操るシールは、もうはがした」と返すイグサさん。
じゃあ、なんでまだ暴れているのだろう……? そう疑問に思うあたしに、イグサさんは推測を述べる。

「恐らくだけど、怒り狂って暴れているんだと思う。色々あったからタガが外れて、自分自身が傷つくのもお構いなしで周りのものに当たっているように見える」
「それって……」

怒り狂っている様はまるで、ちょっと前のあたしたちみたいだった。
もしかしたら、止めてもらえてなかったらあたしもライカとそうなっていたのかもしれない。
それに何より、怒るのは後でとても疲れる。しんどい。お腹もすく。悲しくなる。
ただでさえ一昨日から操られていたのだから、もっと辛いはずだ。

「――――止めてあげなきゃ」
「怒りの炎は簡単には消せない。でもだからこそ、静める必要がある」
「そうだね」

じりじりと鼻息荒く警戒心むき出しでリーフィアはこちらに近づいて来る。
よく見ると疲弊しているイグサさん。ローレンスもランプの中の炎が弱っている。
こちらが数では多いって言っても、すぐにも崩れそうな均衡だった。

緊張状態を勢いよく破り、跳びかかってくるリーフィア。
火事場の馬鹿力か、結構早い……!
ライカに『サイコキネシス』の指示を出すも、間に合うかどうか微妙なタイミングで――――背後から通り抜けた『ねっとう』がリーフィアを怯ませた。
思わず振り向くと、トリトドンのトートと、ネゴシさんが構えていた。

「イグサちゃん、だっけ。さっきの言葉、お姉さん好きよ――――リーフィアを止めればいいのよね。だったらわたくしも力になれると思うわ」
「……誰だか知らないけど、頼んだ」
「ネゴシ、よ。さあ、ちゃちゃっと行きましょう、アプリコットちゃん! イグサちゃん!」
「わかった!」

手を組んだあたしたちは、リーフィアを止めるために動いた。
今度こそ、冷静に貴方を、止めて見せる……!


***************************


リーフィアが犬歯をむき出しにして気流の球、『ウェザーボール』を乱射してくる。
狙われたネゴシさんが「ちょっとだけ時間頂戴!」と言ってトリトドン、トートに何か指示を出すので、とっさにイグサさんとあたしたちでカバーに入った。

「ライカ、『エレキネット』で防いで!」
「『かえんほうしゃ』で続け、ローレンス」

弾けた泥水を巻き込む『ウェザーボール』を、着実にライチュウ、ライカの電気の網とランプラーのローレンスが放った火炎で落としていく。
遠距離戦では分が悪いと思ったのか、リーフィアは『リーフブレード』で切り込んできた。
さっき見たあの切れ味は当たると危険だ。なんとか、かわす方向で動きたいけど……。

「お・ま・た・せ! トート、受け止めちゃって!」
「えっ?!」

トリトドンは水・地面タイプは草タイプの『リーフブレード』にどちらも不利になってしまう。それを真正面から受け止めるってまずいんじゃ……?
意外とスピードを出しながら突撃するトリトドンに、リーフィアの強靭な刃が襲い掛かる。
制止しようとしていたあたしは、次の光景に驚愕する。
リーフィアが振り下ろしたリーフブレードが、トリトドンの身体に触れ……滑った。
よく見ると、トリトドンの身体はどろっどろになっていた。

「溶けている!?」
「その通り! 稼いでくれた時間で『とける』いっぱいさせてもらったわよ」
「防御力を上げたのか……だけど『リーフブレード』が急所に当たったらまずいんじゃない?」

イグサさんの指摘はもっともだった。ただでさえ『リーフブレード』は急所を捕らえやすい技だったはず。ああああ、ひやひやする……!

「大丈夫よ」
「ネゴシさん、どこが……?」
「うちのトートは自分の急所くらい把握しているわ。それに……もうリーフィアに切れ味は無いから」

確かに、トリトドンを切り刻もうとするリーフィアの斬撃の鋭さが無くなっている気がする。動けば、動くほどしんどそうだ。
その原因は……そうか、さっきの。

「『ねっとう』を浴びて、火傷で思うように動けないんだ」
「アタリ。仕上げよトート、『じこさいせい』!」

削られた体力を『じこさいせい』で持ち直すトリトドン。もうここまでくると完封に見えた。
もっともそれは、これがシングルバトルだった場合で、そうでないことを少しだけ失念して、油断してしまっていた。

「……ネゴシ、アプリコット、まだ終わっていない!」

イグサさんの警告で一気に緊張を取り戻す。
リーフィアの尾が光に包まれ、その光が煌々と立ち昇っていた。曇っていて時間こそかかっているけど、その光は確実に大きくなっていく。

「来る、『ソーラーブレード』だ!!」

広範囲を叩き切ろうとする軌跡を描く、『ソーラーブレード』。
その滅多切りが、あたしたちを無差別に襲う……!
反射的にあたしは距離を取ろうとした。けど、それは失敗だった。

「しまっ――――!?」

ぬかるみに、足を突っ込んでしまい身動きが取れなくなる。
混乱していると目の前にライカが、庇うように飛んでくる。
一瞬を見逃さずに振り下ろされる『リーフブレード』。
あたしの頭は、真っ白になってしまっていた。

脳裏に、『アプリちゃん、まだライカは諦めてないよ!』って前にアサヒお姉さんにかけてもらった言葉がよぎる。
でも、この時のあたしは、あたしは。
動けなかった……!
諦めて、しまった……。

目蓋を閉じて、目の前が真っ暗になる。
……でも、いつまで経っても、斬撃はあたしを襲わなかった。

「……大丈夫か?」

その不安そうな声でハッとなり、視界に色が戻る。
ライカとあたしを守るように立っていたのは、白いドレスを着たようなポケモン、サーナイトと黒いスーツの背姿のあの人、ユウヅキさんだった。
リーフィアの『ソーラーブレード』をサーナイトが『サイコキネシス』で白刃取りしていた。

刃を受け止められて、身動きが取れなくなったリーフィアは、トレーナーのユウヅキさんに向かって吠える。
その声は威嚇、と言うよりは文句を言っているようにも見えた。

「リーフィア」

ユウヅキさんが、一歩一歩リーフィアに歩み寄る。
後ずさりしようとするも、サーナイトに動きを封じられているリーフィア。
徐々に弱まっていく吠え越えは、鳴き声へと、泣き声へと変わっていく。
そして、疲れ切って倒れるリーフィアをユウヅキさんは抱き留めた。

「遅くなった。不甲斐なくてすまない。文句は後で聞くから、今は休んでくれ……」

彼の腕に抱かれたリーフィアは、泣き疲れて静かに眠りについた。


***************************


ユウヅキさんのリーフィアの手当をして、テントで休ませる。
イグサさんたちも疲れていたのをネゴシさんに見抜かれて無理やり休憩させられていた。
文句を言いたそうにしているイグサさん。たぶんシトりんのところにメタモンのシトリーを早く連れ帰ってあげたかったんだと思う。
この件は一件落着、でいいのかな。と今度こそ安心していたら、ユウヅキさんとサーナイトが全員にお礼を言って回っていたらしく、あたしとライカのところにもやって来ていた。

「ありがとうアプリコット、ライカ。リーフィアを止めようとしてくれて」
「うん、どういたしまして……あんまり力にはなれなかったけどね。助けられちゃったし」
「……助けられているのはこちらだ」

少しだけ強めの口調に、あたしもライカも目を丸くする。ユウヅキさんは不思議そうに続ける。

「俺もアサヒも、アプリコットやライカにだいぶ助けられている。それはこのくらいで返せるものじゃない」

さも当然そうに言い切るユウヅキさんに、失礼だけど堪えられずに思わず笑ってしまった。
ますます困惑するユウヅキさんに謝りつつ、あたしは反論を返す。

「助けてもらえるのはありがたいけど、あたしが返して欲しいとしたら、それは貴方たちの幸せそうな姿だけだよ」
「幸せ……?」
「そう、こう思わず見ているこっちまで温かくなるようなのをお願い」
「返せるだろうか……?」
「そこまで真剣に悩まないでいいからっ」

真面目に考え込むユウヅキさんにライカは呆れ果てて、サーナイトもクスクスと微笑んでいた。
目が覚めたリーフィアのお腹の音がテント中に響き渡る。明らかに不機嫌そうなリーフィアに、ネゴシさんが「ご飯の用意、しましょうか」と提案した。
その時ちょうど、ビドー、アサヒお姉さんを抱えたシトりん。それからジュウモンジ親分たちみんなが沼地にたどり着いたので、わりとてんやわんやな昼ご飯になった。


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ジュウモンジ親分には、ドスのきいた声で「反省しているなら、それ以上は何も言わねえ」と言われ、他の皆には無事でよかったと声をかけられて、ほっとするよりも胸が痛んだ。怒られるよりもきつい。本気で反省しようと思った。

凹んでいると、食事の席でたまたま隣り合ったビドーが主にユウヅキさんへの文句を口にしてルカリオに面倒そうな視線を向けられていた。

「……ったく、ヤミナベの野郎、お前の居場所分かるなりいきなりサーナイトと『テレポート』で迎えに行くとか飛び出していきやがったんだぞ、アイツ……ヨアケもヨアケで久々に見たけど彼らしいってぼやくし……」
「ユウヅキさんが来なかったらあたし危なかったけどね……確かに危なっかしいよね、あの人」
「後先考えてないって感じがするぞ……」
「それを言われるとあたしも今回他人のことは言えないから…………その、単独先行してごめんなさい」

なんとなく言えてなかった謝罪の言葉を口にすると、ビドーは予想外の言葉を返す。

「まあ……あれだ。大事なモノ壊されてかっとなったんだろ。そうなることは誰でもあるだろ」
「…………なんで怒らないの?」
「怒ってはいる。けど別に、責めることでもない。それとも、もっとなじってくるとでも思ったのか?」
「わりと思っていた」
「あのなあ……」

大きくため息をついた後、ビドーは紙コップに入ったコーヒーぐいと飲み干して、空の底を見つめながら呟く。

「俺にも昔、『闇隠し』以外で似たようなことがあった」
「……その話、聞いてもいい?」
「まあ、いいぞ」

ビドー曰く。『闇隠し事件』の後、独りで過ごしていた彼は、家にあった自分の名前の由来になった花木“オリヴィエ”を、忍び込んだ盗人の連れていたポケモンに焼かれてしまったらしい。
それ以来彼はずっと、ビドーと名乗って、下の名前オリヴィエと呼ばれることを嫌がるようになった。その出来事を思い出してしまうから、なるべく他の人を苗字で呼んだりしているみたい。
まだアサヒお姉さんのこともヨアケと呼び、ユウヅキさんのこともヤミナベと呼び続けるのは、単純に踏ん切りがつかないのときっかけがつかめていないからと、彼は言う。

「その件以来、他者から奪う奴らをより強く憎んでいた。大事なもの守れなかった自分も呪った。そういう気持ちはまだわかる。だが……」
「だが?」
「悪いが、今でも奪う側の<義賊団シザークロス>を許容してはいない。これだけは譲れないんだ。けどな……同時にお前のファンでもある。これは一体何なんだろうな」

乾いた笑いを浮かべるビドーに、あたしの気持ちを理解しようと自分のきつかった過去を打ち明けてくれた彼に、あたしは一つ裏話をしようと心に決めた。

「“譲れぬ道を踏みしめて”。あの歌の歌詞、実は貴方を意識して作ったんだ」

それまで無言で食べていたライカがむせた。
目を見開いて驚く彼とどこか納得していそうなルカリオに、誤解のないように説明する。

「貴方が顔合わすたびに、あたしたちの邪魔っていうか、阻止? してきた時あったじゃん」
「あ、ああ」
「その時の貴方に、めちゃめちゃ否定されまくって、悔しくて……でもめげずに負けてたまるかー! って、そういう対抗意識で……生まれましたあの歌は」
「そんなバックボーンが……」
「でも今になって、思った。譲れないのはお互い様だって。あたしはあたしの居場所だった<義賊団シザークロス>が好き。解散してなくなったとしても、貴方や他の人に認められなくても、そこだけは譲れない」
「アプリコット……」
「あたしも譲らない。でも今の貴方は嫌いじゃない。だから……ビドーもファンでいてくれても、大事なところは譲らなくていいと思う。解りあえなくていいと、あたしは思う」
「解りあえなくても、か……それでも、いいのか」
「それでもいいんだよ、少なくともあたしたちは……そしてあのクロイゼルにでさえも、譲れないものあるんだろうね」

話して気持ちが整理したのか、ついそう零してしまった。
でもビドーは、特に注意するわけでもなく「ないわけはないだろうな」と共感を返してくれた。

ここで考えてもクロイゼルの凶行は止まってはくれないのは分かっていた。
アイツのしたことを理解できないままだと、あたしはまた暴走してしまうのも分かっていた。
でも、どうすればいいのかだけは、いまだにわからない。
だからあたしだけじゃ、到底思いつけないことを自覚するところから始めようと思った。


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午後、ハジメお兄さんが戻って来た。その中のメンバーに、ココチヨお姉さんとカツミ君とリッカちゃんのちびっこ二人組とコダックも居た。
ココチヨお姉さんとミミッキュのコンビを見知っている面々は、「料理戦力キタコレ!」とすごく歓迎していた。
カツミ君はこの間と比べて顔色は回復していたけど、無理はさせ過ぎないようにと注意していたけど、リッカちゃん共々<シザークロス>の面々に可愛がられ遠巻きのハジメお兄さんにじっと見られていた。(そのあとストレスのたまったコダックのコックに何名か『ねんりき』で吹っ飛ばされていた)

ビドーはハジメお兄さんがリッカちゃんをしっかり連れて来たことに対して好感を持った様子。テリーはちびっこ二人を見て色々と思うところがあったようで静かに闘志を燃やしていた。
ハジメお兄さんやココチヨさんたちもアサヒお姉さんの現状を知って驚く。戸惑いを隠せなさそうだった。アサヒお姉さんは地味にショックを受けているのを苦笑の声でごまかしている。
そして、ハジメお兄さんとココチヨお姉さんとユウヅキさん。

「…………」
「えっと」
「…………」
「その、二人とも」
「…………」
「おーい」
「…………」
「た、助けてミミッキュ……ヘルプ、アサヒさん……」
『こらっ! ココさん困らせないの、二人とも!』

とまあ、こんな感じで三人とも気まずそうにしていた。
案の定と言うか、先に謝り始めたのはユウヅキさんで、それに対して事情を聞いたハジメお兄さんも、なんと謝る。

「俺もサク……いや、ユウヅキ。お前にばかり身体を張らせてすまなかった」
「……ハジメ。できれば、今度こそ、事態の解決に力を貸してくれないか」
「それに対する返答はすでに用意してある……覚悟の上だ、いいだろう」

そうやって今度こそ対等な協力関係を結んだ二人を眺めて、<シザークロス>のみんなからひょっこり逃げて来たカツミ君が、ココチヨお姉さんとアサヒお姉さんに「ハジメ兄ちゃんもサク兄ちゃ……ユウヅキ兄ちゃん? も、よかったね」と口元に笑みを浮かべ小声で囁いた。


束の間の休息と久々の歓談を終え。
アサヒお姉さん、ビドー、ユウヅキさん、ジュウモンジ親分、ハジメお兄さん、あたし、ネゴシさん、イグサさんの計8名で、今後の方針についての話し合いが行われることになった。


***************************


進行をしてくれたのはネゴシさん。前に立って、真面目モードで、テキパキと話を進めていく。

「お初にお目にかかる方は、初めまして、わたくし、ネゴシと申します。ハジメちゃんとよく手を組んでいる交渉人よ。今回は縁あってここに協力体制を築こうとしている皆さんのお力に少しでもと名乗り出ました」

現在揃っているのは、解散予定の<シザークロス>メンバーと、<ダスク>の離反者であるメンバー、そしてアサヒお姉さんたちとイグサさんたちとネゴシさん。
わりと、派閥が違って人数が多いということが初めてだったので、どうまとまるのか不安なところもあった。だからネゴシさんいてくれてよかった……とあたしは心の中で思っていた。

「まず、事前にそれぞれ今後どう対応していくべきかの意見を聞かせてまとめていただきました、即席だけど、これがその資料よ」

それぞれの携帯端末にテキストデータが送信されてくる。アサヒお姉さんはユウヅキさんと一緒に、それ以外は個々でその文面を読んでいく。

「簡単に言うと、クロイゼルに立ち向かい、そして『闇隠し事件』の被害者を取り戻し、野望を阻止するというのは、全員共通でした。具体的な方針の意見もだいたいは同じでしたが、細かい部分で分かれていました」

ハジメお兄さんが、気づいた点を挙げる。

「…………協力を求める相手、だろうか?」
「その通り。アサヒちゃんやビドーちゃんは<エレメンツ>。ハジメちゃんやユウヅキちゃんは<ダスク>の一派。ジュウモンジとイグサちゃんは組織に属していない協力者を捜す、でした」
『みんな、自分の気心しれた相手を上げているって感じだよね……』

伏せ気味の声で呟いたアサヒお姉さんの声を、ネゴシさんは拾い上げる。

「そうなのです。その上こちらの割ける人員は限られています。でもどちらに動くか意見が割れている上、クロイゼルの出方に対する想定案が一切ない。はっきり言ってしまうと、今この場集まってしまっているのは受け身丸出しの無防備な集団です」

あくまで冷静に、でも辛口のネゴシさんにビビっていると、ネゴシさんはあたしの方に向き直った。
何かまずいことでもしたかな、と思っていたら。

「“片っ端から協力者を集めて全員で何かいい方法はないか考えるしかない。一人じゃ思いつかない”……そうおっしゃったアプリコットちゃんの方がまだギリギリ状況打開に意欲的でした」

注目の視線が集まる。これは、誉められたのだろうか……?
ユウヅキさんが凄く納得した感じで「一人で出来ることは、たかが知れている……」とあたしの意見に頷く。それにはほぼ全員が「そりゃあ……そうだろうな」と思っていたと思う。

「そうよ……もう責任者なんて存在していない一蓮托生なんだから、ある知恵ない知恵出して試すしかないの」
「……そのためには、アイツの狙いを見極めねえとな」

ジュウモンジ親分が閉ざしていた口を開く。
あたしたち<シザークロス>は結局、「やられっぱなしは性に合わない」の精神でここまで来ている。アジトも壊れちゃったし、一泡吹かせたいという想いもあった。
何より。

「ポケモンの乱獲……これの意図は、手駒を増やすだけなのか?」

あたしたち<シザークロス>的には、無理やり従わされているポケモンたちも助けたいと強く願っていた。だからこそそれをする意図が気になっていた。
クロイゼルの目的に関する情報を、アサヒお姉さんが改めて提示する。

『クロイゼルが口にしたのは、復讐とマナ……マナフィの復活』
「マナフィの魂はクロイゼルの手中にあるとするならば、この場合は肉体を求めているって感じだと思う」

彼女に続いたイグサさんは、さらに可能性を提示する。
それは、当たり前のことだけどちょっと確信に迫っている気がした。

「ポケモンを集めているってことは、何かしらの目的に使うからでは? 例えば、実験とか」

実験、という言葉に静かに、だけど強く反応したのは、ユウヅキさんだった。
アサヒお姉さんが『大丈夫?』と暗い声で励ます。
その二人の様子をビドーは見逃さない。

「二人とも何か、実験がらみであったのか?」
『私は違うけど……その』
「俺が話す……かつて、【破れた世界】を研究中に行方不明なった俺の母、ムラクモ・スバル博士。彼女は行方不明の間にクロイゼルに実験体にされていたらしい。そして今は、【スバル】の地下で意識を取り戻さずに眠り続けている」

衝撃の事実を語るユウヅキさん。彼は「やろうと思えば、やるのがクロイゼルだ。最悪目的のために使われかねない」と警鐘を鳴らす。
それは、人質の安否にもつながる案件だった。


***************************


小休止を挟むことになって、私はリーフィアの様子を見に行ったユウヅキと一緒に居た。
リーフィアはまだへとへとで本調子ではなさそうだったけど、私と少しだけ顔を合わせて挨拶を交わしてくれる。

「……リーフィアは、“闇隠し”で仲の良かった老夫婦と引きはがされたと聞いた。森で暴れているところで出会い、取り戻すのに力を貸してくれと言って今は共にいる」
『そうだったんだ……じゃあ、悔しかっただろうね……アイツらに負けて……』

頷くリーフィア。でも、その私を見つめる瞳は、どこか見定めるような目をしていた。
そんな私たちの前にやって来たは、ネゴシさんだった。

「アサヒちゃん、ちょっといい?」
『どうされました?』

彼女は言葉を飾らずに、直球の質問を投げかけてくる。

「アサヒちゃん、マナの魂に触れた貴方なら何か知っているんじゃなくて?」
『何かって、何を?』
「動機よ。クロイゼルの」

ネゴシさん、すべてを見通しているような視線をしているな。なんて考えながら、忘れようとしてしまっていたあのマナの記憶の欠片を思い返す。
けれど、私は意地悪を言ってしまう。

『知っていたとしても、話したくないと言ったら……?』
「非常に困るわ。できれば協力してほしい」
『どうして? アイツと戦うのに、その情報は必要なんですか……?』
「……アサヒちゃん。それでは何も解決しないの、解っているでしょう?」

ずきりと、無い身体で言うなら胸が痛む感じがした。
ネゴシさんの正論は聞きたくなかった。解っているからこそ、聞きたくなかった。

「仮に彼を倒せたとしても、いずれまた仕返しの『闇隠し』が、いえそれよりもっとひどいことが起こるかもしれない」
『それ……でも……』
「恨みで立ち向かっても……恨まれるだけ。それでは連鎖は止まらない」
『それでも、私は……っ!?』

ユウヅキにぎゅっと、抱きしめられた。そして手袋越しに背中をさすられる。
触感はないけど温かくて、出ないはずの涙が出そうな気がした。

「アサヒ……もう、よそう」
『だって……だって! 私はともかく、あの敵はユウヅキの人生滅茶苦茶にしたんだよ? 捜していたお母さんあんな風にされて、私が人質に取られたせいで、心も体もボロボロになっても従う羽目になって……!』
「俺もアサヒをこんな目に合わしたクロイゼルは許せない。でもそれ以上に相手を敵と言い切るアサヒは見たくない」
『ユウヅキ……!』
「アサヒ。誰かが誰かに衝動的な暴力をふるう時、まずなんて考えると思う」
『…………わからない』
「アイツが悪い、だ」

今の私の感情と、嫌なくらい一致していた。
ユウヅキは私を抱く力をいっそう強める。そして彼は、すがるような願いを口にした。

「俺は暴力を振るわれた時、お前が悪いって、散々言われた。実際その通りだったから、何も言い返さなかった。でも、だからこそ出来れば……俺はアサヒに殴る側の人間になってほしくない……」

彼の声は、心は震えていた。その振動は、想いは、ちゃんと私にも伝わる。
…………はあ、体があったらめちゃめちゃ抱き返したい。
どうして今身体がないのか。恨めしい。
しばらく沈黙を貫いていたけど、最終的にため息をつけない代わりに思い切り『はああ……』と声を漏らし、そして私は折れた。

『ネゴシさん』
「え、あ……お邪魔して悪いわね」
『いいんです……クロイゼルは、かつて友だったブラウさんの配下が放った火にマナフィが巻き込まれて見殺しにされたこと、それからブラウさんに裏切られ何回も刺された事、そして怪人と呼ばれ続けたことの恨みを呟いていました』
「それって……」
『はい。それが、言葉も発せる状態ではなかったマナが聞いた、言質です』

とりあえずいうだけ言ってため息をまた口にすると、リーフィアがすり寄って来てくれていた。
もう気を許してくれたってことでいいのかな……? と思っていたら入るタイミングを待っていたのかビー君とアプリちゃんが申し訳なさそうにこちらを伺っていて、ネゴシさんに「覗き見は、はしたないわよ」と軽く注意されていた。


***************************


ちょっと長くなってしまった休憩後、また話し合いを始めてしばらくたった頃。
交代で周囲を警戒している組の一人、アグ兄がクサイハナと共に慌てて駆け込んできた。

「ここを訪ねて来たハハコモリとニンフィアを連れた、ボロボロのチギヨってあんちゃんが、ビドーとアサヒに会いたいっていっている。どうする?」
「チギヨが?!」
『!! 会いに行ってもいい?』
「……いいわ。でも一つだけ。ビドーちゃん、その彼に連絡は取った?」

質問の意図に気づいたビドーは、動揺しながら首を横に振る。
少なくとも誰も、そのチギヨさんとハハコモリ、そしてニンフィアに、ビドーとアサヒお姉さんの居場所を伝えていないはず。

「そう。なら彼がここに居る意味を考えて。十二分に気をつけていってらっしゃい」

罠である危険を承知の上で、ネゴシさんは二人を送り出す。
それを見送ったあたしたちは警戒態勢を強めるために、今できる限りの対策を打ち始めた。


***************************


急いで駆け付けると、ココチヨさんとミミッキュに手当されたあいつらは、うなされていた。
アグリが言っていたように、チギヨもハハコモリも、そしてユーリィのニンフィアもあちこち怪我をしている。

「チギヨ!!」
『みんな、大丈夫!?』
「ああ……ビドーに……アサヒさん???」
『これには色々深いわけがあって……じゃなくて、どうしたの?』
「――――ユーリィが、<ダスク>の過激派に捕まっちまった……」

ユーリィが、捕まった? 何故チギヨもこんな目に……?
状況を呑み込めていない俺に、チギヨは意識を繋ぎ留めつつ簡潔に説明をする。

「ユーリィの阿呆、我慢できずに表立ってアサヒさんを庇ったんだよ。それで連れて行かれちまった。ま……その阿呆には、俺も含まれているけどな……」
『そんな……』
「でもって……例のあの子、メイにこのことをお前たちに伝えに行かないと、ユーリィを解放してやらないって言われて、ここに転がり込んだ。結局ビドーたちを追い詰めることになって、本当にすまねえ……」
「謝るな。見捨てられなかったんだろ。にしても……場所、よくわかったな……」
「……ああ、何故かメイが知っていて……」
「ということは、他の過激派も知っているってことか」
「そう……なるだろうな……っ、悪い。とにかく、ユーリィのこと助けてやってくれ。頼む……!」

痛みに耐えながら、目蓋を閉じてチギヨは俺とヨアケに頼み込む。
俺たちが断らないのを見越して、チギヨは謝る。ハハコモリはそんなこいつに加勢し支える。
ニンフィアも涙ながらにユーリィのことを頼むと鳴いた。

『頼まれなくても……断る理由がないよ』
「同感だ。だが。ヨアケとヤミナベは、メイに引き合わせられない」
『……ビー君、もしかして独りで乗り込む気?』
「まだ考え中だ」
『絶対命を削るような無茶はダメ、だからね?』
「……そういうことはしないぞ」
『嘘』

断言するヨアケに、「そこまで言い切る理由はあるのか」と問う。それに対して彼女は「ある」と即答。
そしてその証拠を突き付ける。

『ビー君とルカリオが明らかにみんなより疲れているの、私が気づいていないとでも思った?』
「ヨアケ、お前だっていつまでその器が持つか分からなくて不安に思っているのをバレないとでも思うのか?」

お互い隠していた図星をつかれ、黙り込む。
心配の堂々巡りの中、ルカリオの入ったモンスターボールを握りながら、どうしたらいいかを考えようとする。
こういう時ユーリィが居たら、叱り飛ばして仲裁してくれたのだろうか。
俺たちはそのユーリィを助けたいのに……いい案が浮かばない。


どん詰まりに見えたその中で――――「話は聞かせてもらった」と言い、間に入ってくる者が居た。
そいつの登場に、俺とヨアケは嫌な予感しかしなかった。
彼は、ヤミナベ・ユウヅキはニンフィアの涙をぬぐい、俺たちにとてもリスキーな提案した。

「ビドー……俺を引き渡して、囮にしろ」


***************************


『馬鹿っ!!』
「できるわけないだろ馬鹿野郎!!」
「話をよく聞いてくれ二人とも……」

すごい剣幕で罵るアサヒとビドーに、俺はネゴシたちと話し合った末の考えを言った。
きっかけを作ってくれたのは、埒が明かないと判断して報告に来てくれたココチヨとミミッキュだった。

このままだと俺とアサヒを狙った者たちが、メイがここに来るのは十中八九間違いない。
追い返すことも不可能ではないかもしれないが、それではユーリィの身が危うい。チギヨが体を張ってきた意味がなくなる。
どのみちユーリィの安全を確保するには、現状打てる手は相手の要求を一度飲むしか選べない。
だったらいっそ一度俺を引き渡して、あとで救出してくれればいい。
そう説明をすると、ビドーは納得いかない様子で、俺に問いかける。

「今までの自己犠牲と何が違うんだ!」
「お前たちを、信じて頼るところが違う」
「……俺たちの救出が間に合わない可能性を考えているのか?」
「俺も全力で生き残る道を模索する……こんなこと言えた義理じゃあないが……信じてくれ」

頭を下げて、頼む。ビドーは「畜生、勝手にしろ……」と納得できないなりに了承してくれた。
彼女も沈黙の圧力で俺に怒ってくれていた。

「アサヒ。おそらくまた置いて行くことになる。許してくれ」
『許さない。だから絶対帰って来て。帰って来なかったら私はクロイゼルに暴言を吐きまくる』
「わかった……」

一蓮托生、という言葉を思い出す。俺にもしものことがあってここに集まった全員が大変な目に、アサヒが危険にさらされるのなら、絶対に死ぬわけにはいかないなとぼんやり思った。


そして追手の群の足音は、【クロハエの沼】に迫っていた。


***************************


悔しかった。
ユウヅキさんを引き渡す案が通ったのが悔しかった。
でも考える時間も猶予もなく、その時は迫る。

大きな帽子の銀髪の女、メイを筆頭に<ダスク>だったものたちは、大勢のレンタルマーク付きのポケモンを引き連れてやってくる。
でも、ポケモンも含めて全員、どこか様子が変だった。
それは先頭に立つメイにも言えた。
彼女は、力なく要求を述べる。

「先行させた男から話は聞いたな。ヨアケ・アサヒとサク……ヤミナベ・ユウヅキを引き渡せ」
「……俺なら、ここだ」

ユウヅキさんは自らのメタモンをみがわり機械人形に『へんしん』させ、前に出る。
本物のアサヒお姉さんは、シトりんの手持ちのメタモン、シトリーがうまく隠してくれている。
アサヒお姉さんがとても我慢しているのは、ビドーみたいに波導が読めなくてもひしひしと伝わっていた。
だからだろうか――――ユウヅキさんがあたしたちとメイたちの間に立ったぐらいで彼は、ビドーは前に出た。

視線を一身に受けてもなお、彼はひるまず言葉を発し要求した。


「俺も――――連れて行け」


その無謀と呼んでいいのか、勇気と呼んでもいいのか分からないビドーの一歩を、ネゴシさんがとっさに全身全霊でサポートする。

「彼も連れて行って。でなければ、わたくしたちは思い切り抵抗するわよ」
「……たったひとりだ。連れて行かねば、後悔することになるだろう」

ハジメお兄さんもマツと共に眼光で威嚇する。次々とみんな、いつでも仕掛けられるようのっかってくれる。

悔しいのは、あたしだけじゃなかった。

あたしたちを見渡して、メイは小さなため息をひとつ吐くと、ビドーの要求を呑んだ。

「…………わかった。来いチビ」
「……ああ」

ユウヅキさんがビドーに小声で謝る。ビドーは何も言わず首を横に振った。
そしてビドーは一度こちらを向くと、すぐにまたメイの元に行った。

そしてビドーは、ユウヅキさんは、メイたちに連れて行かれる。
残されたあたしたちは、絶対に救い出すことを誓いながら、その背姿を見送った。


***************************


シトりんから受け取った本物のアサヒお姉さんを抱えあげ、急いでテントへと向かう。その中に居たあの子とアサヒお姉さんにあたしは言葉をかける。

「本当によく堪えたね……アサヒお姉さん、ルカリオ」

ルカリオは、ビドーが残して行ってくれた、追跡するための戦力だった。
波導の力で、ユウヅキさんとビドーの居場所を突き止めるために、あえてルカリオは残ってくれた。

『アプリちゃん……ルカリオ……』
「三人とも必ず、必ず助け出すから……!」

言いながらも“必ず”って言葉の頼りなさを感じてしまうあたしの心を汲んでくれたのか、アサヒお姉さんは『信じているよ、アプリちゃんたちのこと』と気遣った言葉をかける。
申し訳なさに涙腺が緩みそうになる。しかしそのヒマを彼女は与えない。

『信じているけど、その時は私も連れて行って。私だって力になりたい』

それは覚悟を決めた、本気の言葉だった。
つられて腹をくくったのは、遅れてテントに入ってきたネゴシさん。

「…………いいんじゃない? どのみち貴方の警護に回せる人材の余裕もないから、戦力にカウントさせてもらおうじゃあないの」
『! よろしく、お願いします……!』

声を明るくする彼女に「やれやれだわ」とネゴシさんは呆れていた。
ルカリオがアサヒお姉さんの手を両手で掴む。
あたしも空いた方の手を繋ぐ。

そしてあたしは改めて言葉を口にする。

「必ず、一緒に助け出そう」

さっきまでとは厚みの違う、力強い言葉が出せたような気がした。










つづく。


  [No.1712] 第17話感想 投稿者:   投稿日:2022/03/20(Sun) 15:38:00   4clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

第17話読了しました。
うーん、どうなるんだろう……。前回の話で大々的にクロイゼルが敵ですよって宣伝しまくったので、国家をかけた命がけの鬼ごっこでも始まるのかな? と思っていました。人数が多いが烏合の衆ではなく、みんな目的が一致して行動できている、話し合えているみたいで良かったです。今近くに集まっているメンツがほとんど顔見知りで、共に戦地を駆け抜けてきた信頼関係のあるキャラばかりだったのが大きな要員なのかな? クロイゼルを心底恨んでいる、憎んでいることが目立つのがアサヒさんだけなのが本当に意外でした。私もクロイゼルの過去を知っている勢ですが、それでも「理解はできるがあかんやろ。始末せねば……」と思います。ブラウも大概なんですが、クロちゃんがその後にやったことも大概アレなんで……。なのでアサヒさんがクロちゃんの過去を話したがらなかった理由も凄く良く分かります。いや無理でしょ。むしろあれだけの目にあったユウヅキが憎しみを手放せたことの方が「マジか!」とびっくりしました。人間できてる……! というか、憎悪の連鎖を繋げていくことに疲れ切っているのかな? それかアサヒさんが本気で大切だから……? 放っておくと死に向かって一直線で走り抜けそうなユウヅキ氏なので、ビー君が一緒に連れて行かれる流れになって良かったなと思いました。
譲れぬ道を踏みしめて、という歌詞をここでもってきたの良いですね! その単語好きです。
メイちゃんはクロイゼルの手中に落ちてしまったし……憎悪の連鎖を止めることは必要ですが、どうコマを進めるつもりなんだ……? 正直、クロイゼルの攻略法がぜんっぜん浮かばないので、話し合い……できるのか!? 余地あるか!? 親友にぶっ殺されている時点でかなり話し合いとは? という雰囲気を感じます。厳しいかも……? マナならなんとかワンチャン? そもそも人質のポケモン達は生きてるのか? 死んでたらもう無理なんじゃあ……。
また18話も読了していきます。


  [No.1713] Re: 第17話感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/03/20(Sun) 16:46:41   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

第十七話読了&感想ありがとうございます!

自分でも書いていてどうなるんだろう……と思いながら考えています。

鬼ごっこするには人質ってカードがでかいけど、クロイゼル側としてはそのカードをポケモン集めさせることにしか使っていないのが妙ですよね。
目的は一致しているけど、連携までにはなかなか即席メンバーだと繋がりにくい様子。
交渉派のネゴシさんの声が目立っているだけで、描写がないだけで憎んでいる人も少なからずはいそうです。でも憎むよりまず無事に人質に戻ってきてほしいって思っているのかもしれません。
人質の顔を見たのが大きいのと、人質がどういう扱いを受けていたのかが分からないのが大きいのかも。
あと、クロイゼルが始末できる存在なのか不明ってのもありそうです。怪人という、人間をやめてるっていうのが本当なのか見極めにくい。
始末出来なかったらそれこそ闇隠しよりもひどいことが起こるかもしれない……ということをネゴシさんは危惧しているのかも。

ブラウもクロイゼルも大概アレなのは同意です。でも皮肉にも、闇隠し事件の人質が生存している可能性が出たことが、どう転ぶか分からない状況を作っているのかもしれません。ラルトスは生きてましたし。

一方アサヒさんは自分を人質にちらつかせユウヅキが散々ボロボロになるまで苛め抜かれてたのを知って怒るのも無理はない。というか当然なのですよね。
でもユウヅキとしてはアサヒさんに殴る側にはなるべくなってほしくない。ユウヅキはアサヒさんの感情が分からないわけではない(自分もアサヒさんがロボヒさんになったり過去にアサヒさん自責の念で命落としかけたりので許せない感情はある)。でも憎悪で殴られ続けてきたからこそ、それを受け止めてきたからこそ、やっぱり大事なアサヒさんにそうなってほしくなかったんじゃないかなと。あと怒る人物を客観視すると自分を見つめ直しやすいというのもあるのかも。
ビー君の仕方ねえ、このまま放って置けねえよこの馬鹿を……みたいな感じでユウヅキについて行ってくれたのは書いてて安心しました。

譲れぬ道を踏みしめては気に入っている単語です。それぞれ譲れぬものはあるのです。
果たして筆者にも譲る気のないクロイゼルは攻略できるのか。余地はあるのか。メイちゃんの命運は。
いっぱい考えてますのでお見守りくださると嬉しいです。

感想ありがとうございました!


  [No.1711] 第十八話 魔法使いの慟哭 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/03/17(Thu) 21:56:20   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


8年前、ユウヅキと特急列車【ハルハヤテ】に乗って【オウマガ】に来た時のこと。
ギラティナ遺跡までの道中、道に迷っていた私とユウヅキに、道案内を引き受けてくれた女の子が居た。
独りでいたその子は、洞窟内を素っ気なく案内してくれる。薄暗がりの中明かりに照らされたその子の綺麗な銀色の髪に見とれていると、「何?」と釣り目の赤目で睨まれる。
私はとっさに「綺麗な銀色だなって」と正直に応えていた。
そっぽ向いて「……銀色、好きなの?」と尋ね返してくれたので、「好きだよ」と返す。
頬を赤くしながら「渋いんじゃない? 理由とかあるの?」ってさらに聞いてくれたので「ユウヅキの目の色、銀色だから。一緒だね」と笑い返した。
驚いて銀色の瞳を丸くするユウヅキを見て、彼女は「ノロケかよ……」と苦笑いしていた。

女の子は、不思議な力を使って障害物をどけ、いっぱい助けてくれながら目的地まで送り届けてくれる。
魔法使いみたいですごい! とユウヅキと一緒に興奮したっけ。

私はそれ以後の、あの子の行方を知らなかった。
でも彼女の魅力あふれる不敵な微笑みは、覚えている。

その子の名前は確か――――メイちゃん。
そうだ、色んなことがありすぎてすっ飛んでいたけどあの子はメイちゃんだ。

彼女の様子も変だった。けど彼女たちがユウヅキを連れて行ってしまったのもまた事実。
困った、な……。
ユウヅキとビー君を助けるために、私は。私は……。

私は彼女とも立ち向かわなければならないの……?


***************************


連れて行かれる途中、レンタルポケモンの黄色く髭のあるエスパータイプのポケモン、フーディンの『テレポート』を挟んで、俺とヤミナベは遠方へと飛ばされる。
今は俺の波導をルカリオが探知してくれることを祈るしか出来なかった。

転移によって、周囲の景色ががらりと変わる。

「寒っ……!」

思わず声を出してしまうほどの寒気。ざくりとした足元の感触。
進行方向に広がる景色は――――銀世界だった。
少し遠くの方に大きな砦が見える。どうやらそこに連れて行かれるようだった。
ヒンメル地方でこんな景色の場所と言えば、北東の【ササメ雪原】の【セッカ砦】……結構遠くに飛ばされたな。
そう凍えながら考えていると、メイが静かに俺に詰め寄る。
とっさに身構えると胸倉をつかまれ……服にバッジを付けられた。

「何だ、これ」
「…………ルカリオに探知させないための妨害装置」
「えっ?」
「あたしはアンタの考えていることなんて、嫌でもお見通しなの……アンタがルカリオ置いて行ったのも把握済み」

……じゃあ、どうしてここに来てからこのバッジを付けたんだ? という疑問が浮かんだが、そっぽを向かれる。ノーコメントということか……?

とにかく、状況がよくない方向に転がっているのは、わかった。ヤミナベと、そしてユーリィの安全を確保しないと。

周囲の虚ろな目をしたトレーナーとポケモンたちのプレッシャーを感じつつも、毅然とした振る舞いをする。
冷静さを失ったら、命取りだと思った。


***************************


跳ね橋を渡り、【セッカ砦】に入った俺たちは、手錠で両腕を拘束される。
ヨアケに、みがわり人形に化けたメタモンはメイに取り上げられたが、手持ちはまだ没収される気配はない。抵抗されてもかゆくもないということなのだろうか。
城砦の中の上層部まで連れられ、大きな扉の前に立つ。その先に居る奴の波導を感じようとするが、さっきのバッジのせいでうまく見えない。
最近になって慣れてきた力だっただけに、手痛い。
その力に頼ってしまっていたのが目に見えて明らかになったか……。

ヤミナベも緊張しているのか、息を呑んでいた。
メイの念動力で扉が開かれる。サイキッカーやっぱすげえな、トウギリが『はどうだん』に憧れるのも今なら分かる気もする……なんて思う間もなく中に居たアイツに声をかけられる。

「ユウヅキのオマケで君も来るとは思わなかった、ビドー」
「……一人で行かせたら、お前に何されるか分からないからなクロイゼル」
「そのくらいは察せるわけだ。では、こうなることも想定済みだな」

窓の前で佇む白いシルエットの怪人、クロイゼルは苦笑した。
指揮官席でふんぞり返っているマネネが、俺たちに『サイコキネシス』で跪くよう圧力をかける。
それでも屈せずに、踏ん張り続ける俺とヤミナベを見て、「戯れはそこまでにしておくか」と止めさせる。
息を荒げながらなんとか立て直す俺らを、メイはただ静かに見つめていた。
その彼女の違和感に気づいていたヤミナベは、クロイゼルに詰問する。

「レンタルポケモンといい、メイや他の人に何をしたクロイゼル」
「この期に及んで自分より他者の心配とは、愚かしいなユウヅキ。まあ、教えてやらないわけではないが」

マネネを抱きかかえながら、クロイゼルはメイの虚ろな目をじっと見つめ返す。

「メイの一族の超能力は昔、僕が作って与えたものだ。その中でも彼女は特に力に秀でていてね、一番強力な精神干渉の力を少し活用させていただいているわけだ」
「精神、干渉……?」
「正確にはテレパシーの応用だ。頭の中に暗示をかけ操作すると言えばいいだろうか。ちなみにこの力は、案外冷静でなく理性が飛んだ者に特に効きやすい。例えば……暴徒とか」

暴徒。
その想像していなかった単語にわずかに驚いてしまった。そこをクロイゼルは見逃さずに情報で畳みかける。

「そこでユウヅキ。君への憎しみを利用して、効率よく多くを術中に嵌めさせていただくという寸法だ――――ここで行われる君の公開処刑を使って……な」
「処刑……か……」

メタモンに目配せするユウヅキに「安心するといい。メタモンにもアサヒの魂には用はない。だが、あの器でいつまで持つかは見ものではあるが」とクロイゼルが囁く。
看破されている上、あからさまにこちらを煽る発言にからめ捕られないよう、意識を落ち着かせる。
怒りに身を任せれば任せるほど術中に嵌まるなら、頭を冷やし続けなければ。

……けど、そうなると疑問が一つ残る。

「クロイゼル、お前は冷静なんだな」
「隣人に怪我をさせられているのに、今こうしている君も大概だがな、ビドー」

否定は、しないのか。俺も否定はできねえけど。
チギヨとハハコモリ、そしてニンフィアのことで決して怒っていないわけではない。
それでも、現状やこれからのことを頭で考えているくらいには、冷血になってしまったのかもな、とも思った。

「さて、これ以上の話を今はする気にはならない。マネネ、二人を牢屋に案内しておけ」
「……ヤミナベは要求に乗った。ユーリィを解放しろよな」
「分かっている」

椅子から降りたマネネは「了解」と元気よく敬礼のポーズを取り、俺たちを引き連れていく。
何とか逃げる方法ないか、と考えもしたが、ユーリィの安全を確認するまではどのみち動けない。メタモンはヤミナベのボールに返してもらえたが、あくまで一時的なことだろう。
焦燥感ともどかしさを感じつつも、今はマネネの後をついて行った。


***************************


ヒンメル地方の地図の上をなぞっていくビドーのルカリオを、あたしたちはじっと見守る。
ルカリオの指が、途中すごい勢いで移動した後、あるポイントで動かなくなる。
首を横に振るルカリオ。どうやらここで彼らの波導は途切れてしまったらしい。
それとほぼ同時だっただろうか、チギヨさんたちの手当をしていたココチヨお姉さんが、携帯端末を片手に持ちながら慌ててやって来たのは。

「大変! 電光掲示板でこんな書き込みが!」

握られた端末の画面には、“逃走中のヤミナベ・ユウヅキの身柄を確保。【セッカ砦】にて明日公開処刑を行う”と記されていた。

急いでルカリオが示した場所【ササメ雪原】の周囲を見る。近辺に【セッカ砦】は確かにあった。
ルカリオが波導を追えなくなったのが気がかりだったけど、それ以上にここからだとだいぶ遠いのが気になる。
ざっくり言えば、地方を南から北に横断するくらいの距離だった。

トラックやバイクを飛ばしても間に合うかどうか。空を飛べる人選も少数で限られている。

重たい空気の中……それでもやっぱりというか、真っ先に行動を起こしたのはテリーだった。
無言でアグ兄を引っぱって、バイクを出させようとする彼に、ネゴシさんは慌てて止めにかかる。

「ちょっと、考えなしに行くつもり?」
「……確かにオレは小難しいことを考えるのは苦手だ。けど考えなくても、オレたちがあいつを見捨てたのに変わりはない。だったら足踏みしているヒマも惜しい。細かいところはなんとかしてくれ」
「そんな、相手の数もろくにわかっていないのに!」
「数が分かればいいのだろうか」

そう言って続くように、モンスターボールからドンカラスを出すハジメお兄さん。
ネゴシさんが「貴方まで何しようとしているのよ?」という必死の問い詰めに「斥候と潜入だ」と淡々と返すハジメお兄さん。
表情では分かりにくいけど、その声はどこか怒っていた。

「俺はこれ以上ユウヅキばかりが引き受けるのはもう我慢ならない。それにあいつは言った、救える者はどちらも救うと。だったらいつまでも後手に回る理由はないだろう」
「確かに、後手に回る理由はないけれど、でも……!」
「これは俺たち個人が考えた結果でもある。行くぞテリー、アグリ」

そして去っていく三人を不安そうな目で見送るネゴシさんに、ジュウモンジ親分が声をかける。
それは一つの提案だった。

「ネゴシ、やっぱりつるむのは無理がある……俺たちは俺たちで“考えて”動いた方が、てめえはやりやすいんじゃあねぇのか?」
「……根拠は」
「俺らはまだ、互いのこと、互いの思惑、そして互いの手の内を知らなすぎる。俺はユウヅキがあんな性格だとか把握しきれてねえよ」
「分かっていないことは……分かってはいるわよ」

口をつぐむネゴシさんにジュウモンジ親分は背を向け出立の準備をしながら続ける。
その口調は、親分にしてはどこか静かで、穏やかな言い回しだった。

「まあ知らねえなりに、個々の実力を信用して任せてくれとしか今は言えねえ。それから俺は一応てめえのことも、信用はしている。だからカバーは任せたぜ」
「……ああもう、引き留めて悪かったわ。お行きなさい。任された分はきっちりこなすわ」

その後ジュウモンジ親分たちが続々と出発する中、あたしはネゴシさんに耳打ちされる。
それは、あたしとライカ、そしてアサヒお姉さんにできる役割の案だった。
少々申し訳なさそうに「参考にするかはお任せるわ、お先に行ってらっしゃい」とネゴシさんは背を押してくれる。その案をお守り代わりにあたしはルカリオをビドーのボールに入れ、アサヒお姉さんを抱きかかえる。

「アサヒお姉さん、ルカリオ。二人を迎えに行こう!」
『うん……!』

あたしたちは頷き合い、そして【セッカ砦】へと急いで向かった。


***************************


俺とヤミナベは、地下牢の向かい合った部屋にそれぞれ入れられる。俺たちの手持ちの入ったモンスターボールと鍵は牢の外でマネネが監視していた。
マネネが楽しそうにこちらを見ているのが、だんだん腹立たしくなってくる。

「くそっ、結局ユーリィの居場所分かってねえし……」
「……彼女をなんとか無事助け出さねば、あの彼に申し訳が立たない」
「無事に逃げる中には、お前自身もちゃんとカウントしろよ、ヤミナベ」
「しているとも」
「本当か?」
「……疑われても、当然か」
「いやそこ肯定しろよ……」

波導が読めなくても、凹んでいるのが声で伝わってくる。ったく、じゃあねえなあもう……と頭の中で悪態を吐きながら、俺は一つだけ反省も兼ねて思ったことを言った。

「なあヤミナベ」
「なんだ、ビドー」
「誰かを助けたいって思ったとき、やっぱり自分がボロボロじゃあ、あまり上手くはいかないんじゃあないか?」
「…………まあ、そうだな」
「誰かを助けるのなら、自分がまず助かってないといけないって、今回俺は思った」
「なる……ほど……」
「現に取っ捕まっているわけだしな」
「それは……その通りだな」

それからしばらく考え込むヤミナベ。真剣なその表情を見て邪魔するのも野暮かと思った。
俺も考え事でもするかと座りながら目を瞑っていたら――――何か金属の欠片が落ちたような音がした。
何だ? と目蓋を開け外の様子を見る。するとさっきまでいたマネネの姿が消え、一体の棺のようなポケモン、デスカーンがそこに居た。よくよく耳を澄ませると、デスカーンの閉じた扉の中から何か叩く音が聞こえてくる……聞かなかったことにしようと現実逃避しかけたら、奥から来た人物……黒スーツの国際警察の女性、ラストに小声で「もう大丈夫ですよ」と正気に戻された。
鍵束を拾い上げ鍵を開けるラストに、俺は期待を込めて尋ねる。

「アンタがここにいるってことはもしかして……!」
「はい、ミケさんと、アキラ君も一緒ですよ」

俺の側の扉を開け手錠を外した後、角から姿を現したミケに鍵を手渡すラスト。最後にやって来たアキラ君は……固く拳を握りしめていた。
少しだけ見えた表情で、これは一波乱あるなと俺は察した。


***************************


やって来てくれて手錠も外してくれたアキラに、俺はどう声をかけていいのか分からなかった。
【スバルポケモン研究センター】では、沈黙を貫いてサーナイトに攻撃をさせてしまったのもあり、申し訳なさの方が勝っていた。
結局、眉間にしわをよせた彼の方から口を開くことになる。
アキラにはどんなに責められても仕方がないと思っていた――――しかし、予想外の言葉が飛んでくる。

「どうして僕に助けを求めなかった」

唇を噛み、彼は俺の返答を待っていた。

……思い出されるのは、あの赤い警告灯の中で再会した時の表情。
あの時もアキラはまず「どうして」と聞いてくれていた。
助けを求めていたら、何かが変わっていたのだろうか。
もっとアサヒを苦しませずに済んだのだろうか。
そんな可能性を考えてしまう。
けれど、クロイゼルのやり口を考えてしまい、当時から思っていた返答をしてしまった。

「お前とお前の大事な人を巻き込みたくなかった」
「十分巻き込まれているけど」
「……すまない」

反射的に謝ってしまう。するとアキラは「違う」と呟き、じれったそうに表情をさらに歪める。
彼は視線を一度下に向け、それから再び俺の目を見る。
責めるようなその目には……懇願が映っていた。


「なんで今も助けを求めない」


そこまで言われてやっと、俺は彼を待たせていたことに気づく。
アキラは短く「歯を食いしばれ」と言い捨てた。俺は言うとおりに食いしばり、覚悟を決める。

「君たちの敗因は、一人で背負いすぎたことだ!」

一発。

振り抜かれた握り拳が顔を殴る。
受け止めた痛みは、あとになって痛んでくるが、それよりも痛いものがあった。
この痛みには、衝動的な暴力にはない感情が乗っていた。こんな風に殴られて叱られたのは、初めてだった。
そしてもう二度と御免だとも思う。
だから今度こそちゃんと、しっかり、言葉を口にする。

「その通りだ。反省している……だから、助けになって、力を貸してくれ」
「……分かれば、いい。君も一発殴れ」

ためらっていると「早く」と諭される。どのくらいの力加減がいいのだろうかと迷いながら振り切った結果、結構勢いが出てしまって転ばせてしまった。

「わ……悪い」
「謝るなよ」

背中を向け、表情を隠すアキラ。しかしビドーやミケたちにはその表情を見られ、速足で彼らの間をかいくぐっていった。
話に入るタイミングを逃したミケは、「色々と言いたいこともなくはないのですが、まずは脱出しましょう」とだけ言ってくれる。
それから俺たちはボールを受け取り、ミケの案内を頼りに出口まで急いで向かった


***************************


ユーリィの心配をしつつ、俺たちは建物内を駆ける。見張りが少ないことに違和感を覚えながら、玄関までたどり着くことに成功する。
正面出口から外に出ようとしたところを、ラストは止めた。彼女は「耳を澄ませてください」とジェスチャーする。その通りにするとざわめきが外から聞こえて来た。
それから全員で扉の外を覗き見る。
砦の外には――――人とポケモンの群衆が待ち受けていた。

静かに扉を閉じ、内部へ引き返す。ラストの制止がなければ、突っ込んでいるところだった。

「公開処刑の下見に来たってところじゃあないかな。どのみちタチが悪い」
「規模を、確認してみる」

毒づくアキラ君を横目に、俺はそそくさと波導を邪魔するバッジを外した。ヤミナベも思い出したように外す。よし、これで波導を感じられる――――――――そう思ったのは、甘かった。

気が付いたら、まともに立っていられなかった。うずくまり、口元を手で押さえる。
耳鳴りがして、頭も痛い。とにかく、うるさくて仕方がなかった。
何がって……外に居る連中の抱える気持ち悪く渦巻く負の感情が、一気に流れ込んできて気持ち悪かった。

いつ意識が持っていかれてもおかしくなかった俺に、いち早くバッジを付け直してくれたのは、ヤミナベだった。
彼に背をさすられ上着をかけられる。冷え込み以上の寒気が俺を襲っていた。

「悪い……波導探知は、使い物にならねえ……けど、外はやべえ」
「わかった……無理するな……」
「ユウヅキ、サーナイトの『テレポート』は?」
「試してみる」

アキラ君に促されたヤミナベが、ボールからサーナイトを出し『テレポート』を試みる。だが、サーナイトが首を横に振る。おそらくこの【セッカ砦】自体に対策装置が張り巡らされているのだろう。
ラストがマネネを閉じ込めたデスカーンの様子を見つつ、「さてはて、まさに袋小路ですね……」とぼやく。
ミケはグレーのハンチング帽を被り直し「とりあえず移動しながら、他の手段も考えましょう」と言って思案を巡らし始めた。

うかつに外に出られない以上、逆に建物の内部へと進むしかない。
どことなくクロイゼルに誘い込まれている感じがした。

その予感は……的中する。


***************************


やがて、大広間に出ざるを得なくなる。そこに待ち受けていたのは氷ポケモンたちを引き連れたメイと……ユーリィだった。

「ユーリィ……! ユー、リィ?」

呼びかけても、反応を示さないユーリィ。それでも呼びかけ続けようとすると、ヤミナベとサーナイトが前に出る。

「ビドー。どうやら彼女も精神操作の影響を受けてしまっているようだ」

冷静でなくなった者がかかりやすいというメイの超能力。それをなんとか解除するためには……術者をなんとかしないといけない。
つまり、メイとの対峙は避けられないということだった。

「メイ、お前の力なら、解いてはくれないか……?」

ヤミナベが、メイを説得しようとする。彼の言葉に、彼女は強く反応する。
メイは帽子を目深に被り、視界を遮って悲痛な嗚咽を漏らす。

「解けるのなら、もうやっている……!」
「……お前の、意思じゃないんだな」
「……もう分からない……制御も、歯止めも効かない」
「メイ……」

ヤミナベが心配そうな顔でメイに声をかけようとする。
彼女はそれに一歩後ずさり、威嚇する。すると大広間の柱がミシミシと音をたてはじめた。
メイの操ったユーリィが、モンスターボールからレンタルポケモンのグランブルを出し身構える。

「! 近寄るな!! 優しくするな!! 揺さぶらないでよ……加減出来ないって言っているだろ!! とっととあんたはアサヒの元に逃げ帰れ!!」
「……彼女の言うとおりにしなよ。ユウヅキ」

グランブルの威嚇の吠えをものともせずに、ユウヅキを引き戻したのはアキラ君だった。

「今の君の甘言は彼女には毒だ。それに君は、アサヒの元に帰るんだろ。だったらここは……僕もやる」

サーナイトがアキラに道を開ける。アキラ君はフシギバナを繰り出し最前線に出た。

「行くよ、ラルド」

グランブルの号令と共に一斉にアキラ君とフシギバナのラルド目掛けてとびかかる氷使いのポケモンたち。
彼はキーストーンのついたバングルを胸の前に掲げ、メガストーンを持ったフシギバナに合図する。

「ラルド、ここが正念場だ――――メガシンカ!!」

輝く光と共に一気にメガフシギバナへと開花したラルドは『マジカルリーフ』を全方位に射撃し、相手が怯んだ隙に拡散式の『ヘドロばくだん』を叩き込み吹き飛ばす。
僅かに届いたコオリッポの発射した『こなゆき』も変化したメガフシギバナの特性、『あついしぼう』の身体には通らない。
そのままメガフシギバナにタックルされたコオリッポが転がっていく。

しびれを切らして床を叩きつけ、地面の槍柱『ストーンエッジ』を仕掛けるグランブルに、ヤミナベのサーナイトが『ムーンフォース』の光球で対抗。両者の技が消滅し合う。
態勢を立て直して再び立ち上がるポケモンたちを見て、ヤミナベはアキラ君に実証済みの情報を伝える。

「アキラ! ポケモンたちは体についたシールを狙えば解放されるはずだ!」
「早く言えよ、ユウヅキ……」
「活路があるのなら、そこを突かない手はないですね、援護しましょう、メニィ!」

さらにミケが、彼のエネコロロ、メニィを出してアキラ君のメガフシギバナを『てだすけ』でサポートした。

「これならいける……狙いすませラルド!」

メガフシギバナ、ラルドは『てだすけ』で得た力をさらに溜める。ギリギリまで引き付け、そして再び『マジカルリーフ』を装填。
刹那のタイミング。
それら全てを読み切り、襲い掛かるすべてのポケモンたちのシールを『マジカルリーフ』で切り裂いた。

「……強くね? お前ら研究員じゃなかったのかアキラ君??」
「確かにポケモンバトルは専門外だ。でも……ただの学者と侮るな」
「お、おう……」
「……とはいっても、期待はしすぎるなよ。向こうもそう簡単にはいかないみたいだから」

そろそろ君もいい加減戦闘に参加しろ、とアキラ君に促され我に返ってアーマルドを出す。
シールをはがされたポケモンたちが、まだこちらを襲おうと構えていた。
どうして解放されていないのか。その疑問にアキラ君は、視線で誘導する。
その先にいるのは……メイ。

「今度はシールじゃなくて、サイキッカーの彼女が指示を与えているようだね」
「いや……彼女は中継地点にされているだけだ。背後で指示を与えているのは、クロイゼルだ」
「史実の人物が? こんな時に笑えないんだけど」
「冗談ではない。俺もアサヒも散々苦しめられてきたからな」

ヤミナベの真剣な表情に、すぐに疑いを取り下げ、メガフシギバナに周囲を牽制させるアキラ君。
だけど攻撃をさばいて行っても徐々に囲まれていき、戦況は悪化していく。
やはりメイを何とかしなければ、でもこの数の中そこまでどうたどり着く?
しかも、肝心のユーリィもどう取り戻したらいいのかが思いつかない。
このままじゃ手詰まり、か……? そう考えている間にも連撃は苛烈になっていく。


「ユウヅキ。彼女の術の特徴、なんでもいいから上げろ」
「……テレパシーの応用の暗示、怒りなど正気を保てなくなるほど術中にはまりやすい、らしい」
「そうか。あまり使いたくない手だったけど……試してみる。カバーは頼むよ」

そう言ってアキラ君は二つ目のボールから、ポケモンを出す。
現われ出でたマジカルポケモン、ムウマージは大きく息を吸い込んだ。

「メシィ、君の呪文でありったけの幸福感を――――ばらまけ」

ムウマージのメシィの呪いの言葉のような『なきごえ』が、辺り一帯に響き渡る。
それは俺たちの心にも異常なほどの不思議な温かさが溢れてくる声だった。

相手のポケモンたちも、ユーリィもその場にへたり込む。淀んだ瞳に、光が戻っていく。
俺はアーマルドと共に合間をかいくぐって、ユーリィの元にたどり着き、彼女の肩を揺らす。

「ユーリィ!」
「う……ビドー……? なんか、頭が、変な感じ……何これ……?」
「しっかりしろ! ニンフィアが、皆が待っている……帰るぞ!」

ユーリィに肩を貸し、ヤミナベたちの元に戻ろうとした。
とりあえず一つの懸念が無くなった。そう思っていたのも束の間。
聞こえてくるうめき声に、振り向いてしまう。
そこに居たのは頭を抱えて叫ぶ――――メイの姿だった。

「!!!……ぐ、が、ああああああああああああああああああああああああ??!!」

苦しむ彼女の周囲の壁に、亀裂が走っていく。
広間の柱が、サーナイトとユウヅキに向かって倒れ始める。
ユウヅキたちはかわそうと思えばかわせたのだろうが、へたり込むコオリッポを庇って柱を抑える方向で動いていた……しかし、勢いを、殺しきれない!

「…………! ……! ……!!」

もはや声とは呼べない呼吸音を出しながら、メイが柱へと手を伸ばし、空を握りつぶす。
それに合わせて空間が歪み、柱が圧砕されてしまった。

想像以上の火力に呆気に取られていると、上階から足音が近づいて来る。「いや実に凄まじい」と感嘆を漏らしながら階段から降りて来たのは、白い影の怪人、クロイゼル。
アイツは警戒の視線を向けられてもものともせずに下のフロアまでたどり着き、息を荒げるメイの肩に手を置く。

「操られた人間やポケモンたちはともかく、耐性の少ないこの子にそれは劇薬だったようだ。しかし不安定な精神を強制的に安定にしてくるか……流石にソレは困るな」

クロイゼルの視線がアキラ君とムウマージのメシィを捉える。
前方に注意を向けるアキラ君たち。彼らが問答無用でクロイゼルを取り押さえようとしたその一方で――――彼女たち、ラストとデスカーンが何かに気づく。
その視線の向きで俺もムウマージの下の床に敷かれた、異常な空間のひび割れに気づいた。

「! 危ない下ですっ!!」

デスカーンがムウマージを庇って突き飛ばす。直後、寸前までムウマージが居た場所の床の空間を突き破り、影を被ったギラティナが世界の裏側から重い一撃を突き上げた。
『シャドーダイブ』の洗礼をまともに受けたデスカーンが、中に捕らえていたマネネを吐き出して力尽きる。

「……まずいですよ、これは」

ミケの言う通り、戦線を支えていたうちの一体の戦闘不能は大きかった。

クロイゼルたちの狙いは明らかに、ムウマージのメシィ。
ギラティナや復帰したマネネからどれだけユーリィたちを庇いながら戦えるのか……抜け出せない長期戦が続いていた。

しかし、戦いが長引いた結果なのか……戦況が大きく、変わる。


***************************


変化の合図は、二階のガラス窓の割れる音だった。

窓を突っ切って猛突撃する漆黒の翼が、すれ違いざまにクロイゼル目掛けて『つじぎり』を振り下ろす。
マネネのピンポイントで重ねられた『リフレクター』によってその奇襲は防がれたが、続けざまにそのポケモン――――ドンカラスは『つじぎり』の背面切りを繰り出した。
確かにその一撃は入っていた……だが何事もなかったようにクロイゼルは立ち直り、窓淵の外に立つ人物、ハジメに対して嘆いた。

「おっと。直接攻撃だなんてひどいじゃあないか」
「…………止まらない、か」
「ああ止まらない。僕は死なないし止まる訳にはいかないから」

ギラティナが再び姿を消す。こうも姿をちょくちょく消されるとターゲットが誰か分からない……!
外のあの感情の怨嗟を恐れつつも、俺はバッジに手をかける。
アキラ君の呟いた声が、それを引き止める。

「狙いは――――――――読めている」

ギラティナがまた現れ――――ムウマージのメシィの背後に向けて『シャドーダイブ』の鉄槌を下してくる。
けれど奇襲を読んでいたアキラ君たちは、すぐさま振り返り対応した。

「今だメシィ、『イカサマ』!!」

相手の攻撃を利用した『イカサマ』。
その技をもってムウマージ、メシィはギラティナの突撃を誘導し、絡めとって壁に叩きつけた。
壁に空いた大穴からも冷気と雪風が一気に入り込んでくる。
外のざわめき声も、一気に大きくなる。

そのどよめきを割らんばかりの雄叫びが遠くから轟いた。
吠え声の主は……テリーのオノノクス、ドラコ。

「――――どけ!!!」

群衆を割ってトレーナーのテリーと共にこちらへ向かってきたオノノクスのドラコは、その大きな斧牙で二連打の『ダブルチョップ』をギラティナの腹に叩き込んだ。
呻くギラティナの反撃が、オノノクスを引きはがしにかかる。
『かげうち』で滅多打ちにされても、オノノクス、ドラコはギラティナを離さない。
テリーは天を向き、遠くの味方へ要請した。

「構うな、やれ!」
「ライカ! 『エレキネット』!!!」

屋根の上のアプリコットの指示を受けて、雪雲を突っ切って急降下したライチュウ、ライカはオノノクスごとギラティナに『エレキネット』の電撃の網で身動きを取れなくする。
それでもギラティナは『かげうち』で網を切り裂くと、【破れた世界】へと姿を消していった。

今度は逆に囲まれる形となったクロイゼル。肩をすくめる素振りをしながらも、その立ち振る舞いには一切の動揺を見せない。

「まさに多勢に無勢、か。しかし数の暴力には屈したくない性格なのでね――――」

白い外套を翻し、その右腕に持つのは、黒いモンスターボール。

「――――もう少しだけ戦力をつぎ込ませてもらおうか」

それらを背後の地面に叩きつけて更にクロイゼルは、悪夢の化身、ダークライを呼び出しやがった。

「少々手狭だな。ダークライ、もうこの砦壊していいよ」

ダークライが両腕を振り下ろす。するとさっきのひび割れとはスケールの違う線が大広間全体を八つ裂きにする。

「『あくうせつだん』」

技名を言い終えたと同時に一気に砦の大広間が崩れ落ち始める。メイの傍にいたクロイゼルたちは、マネネの『リフレクター』によって守られていた。
このままじゃ俺たちどころかポケモンたちも倒壊に巻き込まれる!
ドンカラスはハジメを外に連れ出しに外へ。アーマルドはとっさに俺とユーリィを押し倒し、覆いかぶさった。
アキラ君はメガフシギバナのラルドとムウマージのメシィに『ヘドロばくだん』と『シャドーボール』をそれぞれ天井へと撃たせ、なんとか落ちてくる瓦礫の数を減らそうとする。
だが、それだけでは限界があり防ぎきれない。
その最中に、ヤミナベがサーナイトにメガシンカのカードを切る。
光に包まれ、変身したメガサーナイトが、両腕を天井へ伸ばす。
それを見たミケが、エネコロロのメニィへ、メガサーナイトに『てだすけ』するように声を張り上げる。

「すべて防ぎきるぞサーナイト!! 『サイコキネシス』!!!!」

メガサーナイトが全身全霊をもって『サイコキネシス』で残った瓦礫を受け止めようとする。
しかし全部は抑えきれそうになく、潜り抜けてくる破片がヤミナベを襲う――――その間際のことだった。


「――――サク様あっ!!!!!」


彼女が、メイがユウヅキに叫ぶ。
その叫び声と共に、彼女の超念力が。


瓦礫も破片もすべてを散り散りに粉砕した。


……押しつぶされずに済んだが、砂粒まみれになった俺たちは、どうしても。申し訳ないが、流石にどうしても。

彼女のその力に、怯まずにはいられなかった。


***************************


砦の大部屋が一瞬になって砂になった。
ライチュウ、ライカの尻尾と連結したボードに乗ったアプリちゃんに抱えられながら呆気に取られていた私は、その広間跡地の中でみんなの視線を一身に受けている女の子がいることに気づく。
その子は大きな帽子で顔を隠しながら、泣き叫んでいた。
ずっと恐れて、怖がって、我慢していたことを吐き出すように、彼女は怒鳴る。
怒りを、周囲にぶつける。

「……どうせ、どいつもこいつもあたしのことも怪人みたくバケモノだって思っているんだろ!!!! 言わなくても解るんだよ!!!!」

その言葉に、心がずきりと痛む。
マナの記憶で見たクロイゼルは、怪人と罵られ、石を投げられた。
その集団がクロイゼルを見る目の恐ろしさを、私は記憶で追体験してしまっている。
だから、彼女が何を恐れているのかが、そして私がそれを知った上でクロイゼルに対して何をしていたのかが……解ってしまった気がした。

それは、迫害。

恐れて怖れてしまい、遠ざけたいと思う感情。
外に居た集団にも、芽生えている現象だった。

「やっぱりあたしはみんなに害を与える敵だ!!!! 敵なら敵らしくいっそ討伐でもなんでもしてよ!!!!」

痛ましいほどの彼女の苦しみが、苦しんでいることが波導使いでない私にも解る。
それでも隙間から押し寄せる彼女への恐怖に、私は一喝した。

『違う!!!!!!!!!!!!!』

腹の底なんて今は無い、私の大声が雪原に轟いた。本来この声は、喉の概念のない私が奇襲に使えるかもとネゴシさんは言っていたけど、構うものか。
傍にいたアプリちゃんとライカは耳を抑えている。けど「アサヒお姉さん、言って」と彼女は続きを促してくれた。

『メイちゃんは敵じゃない!!!!!!』
「……は?」
『バケモノなんかじゃ、ない!!!!!』
「嘘だ。あたしはバケモノなんだよ!!」
『嘘じゃない!!!! メイちゃんはただユウヅキたちを助けようとしてくれただけ!!! メイちゃんなら、解るでしょ!!??』
「――――!! そう、だけどさ……でもあたしは、その気になったら何でも壊してしまう。危険なんだよ!!!」
『そんなのメイちゃんだけじゃあないよ!!!!』

私の記憶、マナの記憶を根こそぎ掘り起こして、私が傷つき壊れかけた時のことを思い返す。
そしてメイちゃんが昔も今もサイキッカーとしての力をどう使っていたのかを、出来る限り思い出す。
彼女は決して、それを使い暴力を振るおうとはしなかった!

『どんなに強い力を持っていたとしても、いつもは普通に飲んでいる水も、石ころも言葉でさえも他者を傷つけ壊すことは出来る。それをするかしないかだけで、みんな何も変わらない。でもメイちゃんは自分から望んではしなかったじゃん……!』
「…………アサヒ……」
『メイちゃんのそれは……私にとっては私たちを助けてくれた素敵な魔法だよ! 誰が! なんと! 言おうとも!!』
「!!!」

大きな帽子から顔を出し、私を見上げてくれるメイちゃん。その顔は助けを求める女の子のそれだった。
こみ上げてくるそのままの勢いで、私はこちらを一瞥するクロイゼルに啖呵を切る。

『そしてクロイゼル……怪人なんて名乗って凶行がまかり通ると思うな!! その化けの皮剥がして、同じ人間としてもろもろの責任を取ってもらうんだから!!!!』

言い切った私に、クロイゼルは涼しい顔でこう告げる。

「じゃあ、お手並み拝見といこうかアサヒ」

それから彼は、外に向けて指をさす。そこに広がるのは、こちらの様子を伺う大勢の人、大勢のポケモン。

「この群衆から、君はメイとユウヅキをどう守る?」
『――――っ!!!』

私が出来るのは、言葉を発するのみ。手も足も動かないし、力を貸してくれる手持ちのみんなも今はいない。
考えろ、考えろ、考えろ!!!

私だけじゃ出来ないなら、どうすればいい!?


『みんな――――――――ふたりを助けて!!!!』
「任せてアサヒお姉さん!!!!」

紡ぎ出した答え、ありったけの叫びに、アプリちゃんが真っ先に応えてくれる。
それから彼女は大事に持っていたモンスターボールをビー君に投げた。

「受け取って!」
「!」

何とかそのキャッチしたビー君はそのままアーマルドと外の雪原へと駆け出し、受け取ったボールからルカリオを出した。
それから彼は何かバッジのようなものを外し捨て、肩についたキーストーンに触れルカリオをメガシンカさせる。

「メイ……慄いて悪かった! 行くぞアーマルド、ルカリオ!」
「加勢するビドー! 行けドンカラス、ゲッコウガ!」

ドンカラスと飛んできたハジメ君が、ゲッコウガを出しつつビー君の隣に着地する。
ビー君とハジメ君が隣り合っている光景前にもあったけど、その時よりもこうなんだろう、今の方がとても頼もしかった。

でも、状況がよくないのは変わらない。

ビー君たちは、あくまで自分たちから手を出さずに立ち塞がる。
こちら側から仕掛けたら、それこそ連鎖的に爆発しかねないからだ。
限界ギリギリまで緊張感は高まる。
それでも、誰かが一石を投じてしまった。
集団側から投げられたこの一石。それがこちらに落ちるのを皮切りに歯止めが利かなくなるのは安易に想像がつく。

もうダメなの? そう思いかけた時、予想外の光景が目の前に広がる。


***************************


放物線を描き、投げられる一石は、地面に落ちなかった。
石ころキャッチしたのは……大きな泡のバルーン。
いつの間にかやって来ていた上空を飛ぶトロピウスの背から、そのバルーンを発射した彼らが、ビー君たちと集団の間に降り立つ。
真っ白な雪に負けない白い肌のアシレーヌを引き連れたスオウ王子は、不敵な笑みを浮かべながら、ユウヅキに振り返った。

「よっ、待たせたなユウヅキ」
「スオウ……?」
「あー、やっと助けに来れたぜ」

あまりにも軽い挨拶に、呆気にとられるユウヅキを差し置いて、スオウ王子は集団に向き直る。それからアシレーヌに大量のバルーンを展開させ、ユウヅキたちを庇うように仁王立ちした。

「お前ら、まさか“俺”に石投げることはないと思うが……それでもユウヅキへの私刑をやるって言うなら、ここは<自警団エレメンツ>とその他一同が全力で止めさせてもらうぜ……!」

スオウ王子の言葉に呼応して、彼の隣にもう一人と一体が着地する。
アマージョを引き連れ、口をへの字にしたソテツさんは、どんどん突き進むスオウ王子に毒づいた。

「一人で先行するんじゃないバカ王子。キミだけ後で石投げてもらえ」
「雪合戦ならいいぜ、やるかソテツ?」
「……雪だるまにしてやるよ」
「こら! 二人ともいい加減にしなさい!」

さらに奥側から新たな大勢影が見える。スオウ王子とソテツさんを叱り飛ばしたプリ姉御やトウさん率いるそのメンバーは、紛れもなく<エレメンツ>のみんな。そして合流したジュウモンジさんたち<シザークロス>などの他の面々だった。
ガッツポーズでこっちに手を振る満身創痍のネゴシさん。きっと<エレメンツ>と掛け合ってくれたのだろう。

二方向から挟まれて動揺する集団を見たクロイゼルは、その景色をじっと見ていた。
やがて彼は私と目を合わせると、大きくため息をひとつ吐き、構えを取る。
ブレスレットのようなZリングに嵌められた黒いクリスタルが輝きだす。

「よくわかった……今日はお開きだ」

彼とダークライが両腕を振り上げると、一帯の銀世界が、暗黒世界へと一瞬で変わる。
ひとり、またひとりとその闇の中に呑まれ意識を失っていく。

「『Zダークホール』」

そう呟かれたこの技は、距離感が分からないけどとても大きな規模で起きていることだけは分かった。

そうして……身体のない私だけを残して、みんな眠りについてしまう。

闇が晴れ天井の壊れた大広間の階段の上に、意識のないメイちゃんを担いだクロイゼルたちはいた。
アプリちゃんの手から零れ落ち、地に転がる私に向けてクロイゼルは話しかける。

「今はこれが限界か。間もなく全員起きるだろうから、今のうちに撤退させていただく」
『メイちゃんを、返せ……!!』
「それは出来ない。彼女にはまだ働いてもらう。それからアサヒ。あまり声を張り上げない方がいい」

続けて発せられた言葉はまるで忠告のようで――――

「度を越して無理すると、肉体のない君の魂は燃え尽きるよ」

――――同時に死の宣告でもあった。


【破れた世界】から迎えに来たギラティナに連れられて、彼らは姿を消す。
メイちゃんの名前を呼び続けても、届くことはなかった。
あの子を助けられなかった悔しさが、無力さがこみ上げてきた私は、

舞い落ちる雪の中で、ただがなるしか出来なかった。


***************************


その後、意識を取り戻した俺たちは、崩れ落ちてない部分の【セッカ砦】内に集まり暖を取っていた。
ユーリィはニンフィアとチギヨ、ハハコモリに無事な姿を見せ、気まずそうに「迷惑かけたね」と呟く。ニンフィアたちは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら彼女の無事を祝っていた。チギヨは断っても何度も俺とヤミナベに頭を下げ続けた。選択肢が限られていたとはいえ、気にしていたのだろう。ヤミナベは戸惑いながらも、顔を上げて欲しいと訴え、最終的には彼も頭を下げあう謝罪合戦になっていた。

やがて砦内の食料で作ったスープを配給するプリムラやココチヨさんたち。それはヤミナベの公開処刑を下見に来ていた者にもふるまわれていた。
見物人の彼らは最初のうちは納得いかない様子だったが、その意識をわずかに変えた奴らが居た。

ソテツと、アマージョである。

鉢合わせたヤミナベと、ソテツとアマージョ。初めアマージョはヤミナベを見るなりその鋭い蹴りを放とうとした。ところがソテツが割って入ってその攻撃を受けたのだ。

「……憎い気持ちは、オイラも同じだ。でも堪えろ、アマージョ。彼らに八つ当たりしても、じいちゃんたちは戻っては来ない」

うずくまりながらも説得するソテツに、折れるアマージョ。
アマージョに続こうとしたポケモンに対しても、ソテツは言った。

「やめておいた方がいい。ユウヅキとアサヒちゃんは、利用されていただけだ」

どよめきが「信じられない」と言った風に揺れ動く。でもその中には「本当なのか?」と半分以下の少しだけど、興味を示している層もいた。
デイジーが「詳しい話はこっちで引き継ぐ。治療行ってこいソテツ」と気を遣うも、ソテツはそれを拒否。虚栄なのか意地なのかは分からないが、座り込んで話を始めた。
ソテツはデイジーにあるものを貸すように伝える。呆れながらもデイジーはそれを懐から取り出し、彼に貸した。

それはヨアケの携帯端末だった。中には、デイジーのロトムが入っている。
そのロトムこそが証人だった。

ロトムによって記録されていた携帯端末の録音データは、サモンとヨアケの会話内容だった。
短い会話の中には、ヨアケが人質に取られてヤミナベがクロイゼルに協力せざるを得なかったなどの状況を示唆する内容が含まれていた。

ギラティナ遺跡跡地で偶然ヨアケの携帯端末を拾い、ロトムに情報を伝えられたソテツは、流石に情報を共有すべきだと考え、(気まずさ全開の中)<エレメンツ>に持ち込んだそうだ。

「つまり、だ。状況的には人質ちらつかされてポケモン乱獲していた君たちと何ら変わりないってことだ」

そう締めくくるソテツの口元には苦笑が浮かんでいた。でも彼の波導はそんなに波打ってはいなく、どこか落ち着いていた。
……もっともそのあとガーベラに引きずられて行き強制的に治療されている図は良くも悪くも格好つかなさがあって、見ていて正直面白いのを堪えていた。
そうしたらルカリオに抱えられたヨアケに『ビー君もアプリちゃんに似たようなことされていたね』と釘を刺された。
最近きつめだなあと思っていたら、『それからこの間はきつく言ってごめん。そしてありがとう。ユウヅキについて行ってくれて。酷いことされなかった?』と心配される。

結局ヨアケが俺に無茶するなときつく言ったのも、俺がヨアケに不安を隠すなと言ったのも、互いを心配し過ぎてのことだと思った。
心配されなくてもいいくらい丈夫にはなりたいものの、なかなかうまくいかねえな……なんて考えながら、牢屋でヤミナベに言った言葉を振り返る。

「こっちも悪かった。どういたしまして。それから」
『それから?』
「俺は……助けたいっていうのはおこがましいが、ヨアケの力になりたい。でもそのために俺自身がダメになってしまうのは、いけないのは、ちゃんと分かっている、だから……ええと……」
『うん』

言葉を待っていてくれるヨアケから目を逸らさないようにして、俺はルカリオの波導を感じる。
強くなりたい、力になりたい、そう想った先に描いた願いを、口にする。
それは、今自分自身が願っているモノだけでなく、未来への、将来への目標でもあった。

「俺は……いや、俺たちはもっと背中を預けてもらえるような、そんな頼れる奴らになりたいんだ……ならなくちゃ……絶対、なってやる」
『なれるよ、ビー君たちなら。だからって気負い過ぎない程度に、ね? でも……頼りにしているよ、相棒!』
「ああ、絶対身体取り戻してやるからな、相棒」

こつん、と小さな手に軽くグータッチする。
それからアプリコットとヤミナベに呼ばれて、俺たちはその方向へと向かって行く。


俺にとってその交わした言葉と拳は、大事な誓いと約束の記憶になっていた。


***************************


<エレメンツ>。<シザークロス>。<ダスク>やその他多数。
それぞれの勢力に所属していた人とポケモンが一堂に揃う。
思惑も、スタンスも違う上、相容れない部分も抱えている者同士。
そんなみんなの前に、ユウヅキと私が立っていた。

アキラ君に「ちゃんと言ってみれば」背を押されたのもあるけど、それ抜きでも今私たちの力になってくれているビー君たちも、それ以外のみんなにも、私たちはお願いをしなければならなかった。
私たちだけじゃ収集がつけられないこのヒンメル地方の緊急事態を、何とかするために。
私とユウヅキは言葉を尽くさなければいけなかった。
緊張に包まれながら、私たちは口を開く。

「俺たちは、取り返しのつかないことをしてしまった」
『その罪を背負う覚悟はずっと昔からありました、でも』
「もう責任感のエゴだけで償うにはどうにもならないのは分かっている」
『そんな見栄とおごりはもう捨てます』
「だから“闇隠し事件”の被害者を、メイも含めた今苦しんでいる人とポケモンを、そしてアサヒを助けるのに協力してほしい」
『皆さんの力を、貸してください……!』
「お願いします……」

私たちは頭を下げる。
しばらくの沈黙の中、声をかけてくれる人たちが居た。

「直接力を合わせるのは難しいとは思うが、こっちはこっちなりで動くつもりはある。逃げねえって覚悟決めたからな」とジュウモンジさんが。
「正直オイラはいまだにキミたちを赦してはいけないって気持ちも、憎い気持ちも残っている。けれど、赦せないからって、こちらにも人生を縛ってしまった責任はある……だからそこはちゃんと償うためにも協力するよ」とソテツさんが。
「私たちは貴方たちに責任と傷を背負わせ過ぎた。私たちだって当事者。何ができるかはよくわからないけど、苦しんでいるみんなは放って置けない。少しでも一緒に背負わせて」とココさんが。

それから、続々とそれぞれバラバラな言葉だけど、私たちに声をかけてくれる。
ひとつ、ひとつとまた聞いていくうちに、決意が新たになっていく実感があった。

私は、これだけの人とポケモンを巻き込んで、どれだけのことをできるだろうか。
そう考えながら、途方もないことだと尻込みしそうにもなるけど、考えるのを諦めてはいけないとも思った……。


***************************


話の流れから、しばらくは各地の騒動の収集と呼びかけ、そして<スバル>の所長でもあり、<ダスク>のメンバーのレインさんの捜索があたしたちの目的になった。
理由としては、クロイゼルにギラティナと【破れた世界】に逃げ込まれてしまう現状があった。
それをなんとかできそうな知恵をもってそうなのが、【破れた世界】の研究をしていたスバル博士をよく知っているレインさんだけというのもある。

みんながそれぞれ、出来ることと考えることをしている中、あたしたちもあたしたちで、何かできることがないかを考える。
でも……何ができるんだろうって行き詰ってしまっていた。

あたしは、アサヒお姉さんみたく言葉を並べることも、ビドーみたく戦いの中心にいることも、ユウヅキさんみたく他の人に指示を出せるわけでもない。
ライカが諦めていないのに、ダメだって思ってしまったこともあった。
そういう心の弱さも含めて、乗り越えたいとは思うのだけど、どうすればいいのだろう。

うずくまっていても埒が明かない。せめてこの先、戦えるようにならなきゃ。
そう思えば思うほど、深みから抜け出せなくなっていく気がする。

ライチュウのライカを抱きしめながら悩んでいるあたしは、まだまだちっぽけだなと思った。
ライカは何も言わない。でもずっと傍にいてくれる。言葉は通じないけど、あたしのことを支えてくれているのは、確かだった。
そう考えていたら、自然と立ち上がれていた。

「分からないなら、出来ること探さなきゃ……だよね」

ライカは小さく頷いてくれる。
うん、まだまだもっとやれることあるはずだ。昔諦めてしまったからって今簡単に諦めていいことにはならないはずだ。

そう自分を鼓舞していたら、背後から声をかけられる。
白いフードパーカーの褐色肌の少年、シトりんだった。メタモンのシトリーも一緒だ。

「おーいアプリん」
「わっ、シトりん……?」
「あはは驚かせてゴメン。アプリんのライカは、アローラ地方の姿のライチュウ、だよね」
「そう、みたいだけど」
「だったら」

シトりんはいきなりポーズをとり始める。メタモン、シトリーはライチュウのライカにするりと『へんしん』すると、シトりんと同じポーズをし始めた。

「これがボクたちのゼンリョク、『スパーキングギガボルト』! ……って言っても、Zリング持っていないんだけどねあはは」
「Zリングって……Z技使うのに必要なのだっけ?」

記憶を呼び起こす。確か中継で見ていたバトル大会でも、ジャラランガ使いのトレーナーがそんな感じのポーズと技を使っていた気がする。
そしてクロイゼルもダークライと仕掛けてきて、あたしたちは圧倒されてしまったんだった。

「そうそう。必殺技だね。ちなみにアローラのライチュウには、専用のZ技を出せる道具、Zクリスタルがあるらしいよ」
「それって……持っていればあたしとライカでも使える?」
「あはは、キミたち次第、じゃあないかな?」

シトりんの笑っているような瞳の奥には、あたしの姿が映る。
その瞳に映ったあたしは、もううずくまっているだけじゃなかった。

「どこか目星があればいいんだけど、知っていない? シトりん」
「あはは、【シナトの孤島】にリングの材料の原石が眠っているってウワサは聞いたことがあるよ。行ってくる?」
「行ってくる。行こう、ライカ!」

ライカも「行くか」と一声鳴いて、立ち上がる。
ライカの尾にボードを連結させ、あたしはそのボードに足をかけ『サイコキネシス』で一緒に宙へと飛び立つ。

「情報ありがとね! シトりん!」
「あはは、頑張ってね。アプリん、ライカ」

互いに手を振り合って、あたしたちは出発する。
少しでも力をつけるために、空を進んでいく。

目指すは――――【シナトの孤島】だ。




つづく


  [No.1714] 第十九話 虹の影に轟く雷 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/04/09(Sat) 23:20:30   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


その少年が研究センターを訪ねてきたのは酷い雨の日のことでした。
ずぶぬれになりながらも、誰かを背負いやってきた少年。彼の悲壮な眼を見た時、私は動揺を隠しきれなかった。
その瞳の銀色はあまりにも行方知れずのあの人にそっくりで、色んな想いがこみ上げてしまうのを、抑えられそうにありませんでした。
しかしその後すぐに、それよりも心を揺さぶる事実が判明します。

満身創痍で「この人を……助けてください……」とだけ呟き、倒れる少年。カイリューに少年を預け、細身で黒髪の女性を運ぼうとしたとき、ふと私は彼女の顔を見てしまいます。

「? なっ……!!!!」

やせ細ったその顔ですが、見間違えるはずがなかった。
私のずっと、ずっと帰りを待っていたあこがれの人。
その行方知れずの張本人、研究所の初代所長でもある彼女……スバル博士が変わり果てた姿になっていました。

「す、スバル博士っ……! 私ですレインです! 分かりますかスバル博士!!」

私の声に、彼女は反応を示しません。
何度も呼びかけても、ムラクモ・スバル博士は意識を取り戻すことはありません。
私の名前を呼ぶことも。
私をからかうことも。
決して……ありませんでした。
もはや彼女は、息をしているだけの、生きていると言っていいのか分からない状態でした。

彼女を地下に匿うようになってしばらくして……彼の素性を知っていたのを思い出します。
初めて会った赤子の時の彼は、正直可愛くない子だと思っていました。
現ヒンメル女王の今は亡き弟とスバル博士の間の隠し子。それが彼だったからです。
彼に求められ、私は複雑な思いで知りうる限りの素性を教えました。

「“サク”……それがあなたの本名ですよユウヅキ」
「意味とかは……あるのでしょうか」

敬語で訪ねてくるユウヅキに、あの人の息子に……私は彼女が伝えられなかっただろう由来を伝えました。

「本当は花の名前と悩んだそうですが、“貴方のこれからに花咲く未来がありますように”と、そう祈りを籠めて名付けたと聞いています」
「……俺に花咲く未来なんて、ありませんよ」

自嘲や嘆きよりも、諦めに近い声で彼は呟きます。
そんな彼を見てスバル博士の口癖を思い出しました。

――――「諦めやすいのは、悪い癖だぞ」

そう言っていた博士の子供が、人生を諦めたようにしているのが、私はとても我慢なりませんでした。
だから私は、とても強い口調で、彼に言いました。


「私は諦めませんよ。だからどうか、貴方も未来を諦めないでください」


恥ずかしながらそれは、決して励ましの言葉なんかじゃなかった。
彼女を取り戻すために諦めるなという、強迫観念が籠った道連れの叱責でした。
彼がどんなに追い詰められているのかということすら考えずに私は、彼を焚きつけてしまいました。

やがて私は、“闇隠し事件”を引き起こしてしまった彼の力になることを決意しました。
ユウヅキは最低限のことしか言わなかったですが、その責任感は相当なものだと思います。
ひたすら傷つきながら罪を償い一人十字架を背負っていく姿は、今思えばまるで、アサヒさんという光だけは守ろうとしているようにも見えました。

光を、灯りを、目標を、憧れを失った時、影は静かに闇の中に溶け込んでいく。
闇の中の影は、影としての自分を見失う。
それが怖いからこそ私は、光を求め続けてしまうのかもしれません。それはあのユウヅキに依存する危うい子、メイにも言えることでした。
いずれは消えてしまう沈みゆく日の明かりを忘れないように、<ダスク>は、ユウヅキは深い夜闇の中を突き進んでいました。

そんな彼を捕まえに追跡者が、いえあえてこう呼びましょう……明け色のチェイサー、ヨアケ・アサヒさんが夜明けの日の光と共に追ってきた時は、驚きましたけどね。

そのチェイスに巻きこまれた時、私は心底……彼が羨ましかった。
ユウヅキには、守ろうとしたアサヒさんがまだ手の届く範囲にいます。
でも私には、もうスバル博士を助ける手立ては残されていない。
諦めるなと言った私が、卑怯にも先に諦めようとしていました……。

真っ暗闇の中の私は……もう私を私として認識できていない。
そんな私に残されたのは、ユウヅキを助けること。それと、スバル博士をあんな風にした者との決着をつけること。

そのための力を得るために私は、友を訪ねてこの島へと足を踏み入れました……。


***************************


ヒンメル地方の東の海にある島、【シナトの孤島】。
その島の上空までたどり着いたあたしたちは、どこに降りたものかと悩んでいた。
しばらく周りを飛んでいると、砂浜で野生の砂の城のようなポケモン、シロデスナと修行する少年とジャラランガを見つけたので、あたしはライカとその近辺に降り立つ。
降り立ったあたしたちを珍しそうに見る少年たちに、思い切って声をかける。

「あの……初めましてっ、あたしはアプリコット。こっちはライカ。もしかして貴方たちって、バトル大会に出ていたヒエンさんとジャラランガ、だよね?」
「おお、そうだけど。あ、オレのことはヒエンでいいよ」
「わかった。ちょうど思い出していたから、こんなところで出会えるなんてびっくり」
「そうか……オレとジャラランガも有名になったんだな……うんうん」

なんか得意げになっているふたり。たまたまなんだけどな、と言おうとした言葉を引っ込めつつ、本題に移る。

「……えっと、その、実は貴方たちの使っているZ技のことで聞きたいことがあるんだ」
「おお、アプリコットもZ技興味あるの? そういうことだったらオレにわかる範囲でなら協力するよ。ついて来て!」

シロデスナに手を振って別れを告げ、林の奥に進んでいくヒエンとジャラランガ。
あたし“も”……ってことは他に誰か来ているのだろうか? 誰だろう? そう思いながら後を追いかける。

だんだん奥へとやっていくと、一つの開けた空間に出る。そこでは、一組のトレーナーとポケモン、カイリューが見たことのない影の子供のようなポケモンがバトルを……いや違う、そんな生易しいものじゃない。
激しい戦いが、行われていた。
地面に広がっている倒木と木っ端みじんの木片から見るに、もともとここが開けた場所ではなく、戦闘によって広がったと伺える。
そんな殺伐とした彼らを見て、ヒエンは目を輝かせていた。

「うおお、やっているなレインさんとカイリュー! あのマーシャドーについていけているなんて、やっぱ凄いやあの人たち」
「うわ……って、え、あの人がレインさん?」

力を付け強くなるためにやってきたけど、現実の厳しさにちょっと帰りたくなっているあたしをよそに、ヒエンはテンションを上げていた。さてはバトルマニアかな?

それにしてもレインさんってみんなが探していた人だよね。<スバルポケモン研究センター>の所長さんで<ダスク>のメンバーのって聞いていたからなんとなくこうもっと理詰めというか、メガネかけているイメージはあっていたけど、なんかこう、なんかこう……何だか、恐い印象の人だった。

「カイリュー……『ドラゴンダイブ』ッ!!」

唸り声のような指示に従ったカイリューも、また吠えながら全体重を乗せた『ドラゴンダイブ』のプレスを影のポケモン、マーシャドーに繰り出す。
マーシャドーはひらりとかわし、その小柄からは想像できない威力の『まわしげり』をカイリューの横腹に叩き込んだ。
カイリューの巨体が吹き飛ばされ転がっていき、なぎ倒されていなかった木にぶつかる。
その衝撃で、カイリューは立ち上がれなくなっていた。ここに審判がいるのなら、戦闘不能のジャッジが下されていたと思う。

レインさんはマーシャドーを一度にらむと、カイリューの元に駆け寄る。
そんな彼を見つめるマーシャドーは、首をわずかに横に振り、木々の影へと姿をくらませていった。

カイリューに小声で謝りながら手当を続けるレインさんに、なんて声をかけたらいいのか分からなかった。
そんな黙ることしかできなかったあたしとライカをよそに、ヒエンとジャラランガは大声で彼らを呼ぶ。

「今回も残念だったな! とりあえず一回ご飯にしようぜ! レインさん! カイリュー!」
「……はい、そうしましょうか」

覇気のない声で苦笑いするレインさんを、心配そうに見るカイリュー。
あたしまでなんだか心配になってくるふたりだった。


***************************


ヒエンが作った鍋を囲み、座るあたしたち。レインさんの傍には、カイリューだけでなく、ピクシー、ポリゴン2、それからブリムオンとパステルカラーのたてがみの方のギャロップが居た。結構手持ち多いんだなと眺めていたら、「ブリムオンとギャロップは、別のトレーナーのポケモンで、今は成り行きで預かっているんですよ」と話しかけられた。
ブリムオンとギャロップは何だか元気がなさそうだった。元のトレーナーのことが気になっているのかなともとれる、そんな落ち込みを見せる。
今のヒンメル地方の状況じゃ無事かどうかも分からない。下手な慰めの言葉はかけにくいなとも思う。
……それでも、思い切って一声だけかける。

「トレーナーさんのところに、早く戻れると良いね」

ブリムオンは、何かを思った後、静かに頷く。ギャロップも真っ直ぐな眼差しで見つめ返してくれる。トレーナーさんは、この子たちに愛されているんだなと思った。

気が付いたら、レインさんがあたしのこと静かに見つめていた。
話を切り出すタイミングかなと思い、「実はレインさんに相談があって探していたんだ」と言い、あたしは現在のみんなが集まっている現状と事情を話した。

――――ギラティナと共に行動するクロイゼルを追うために【破れた世界】に向かうためにはどうすればいいのか、という質問にレインさんは目を伏せた。
何かまずいこと聞いたのかなと思っていると、レインさんは「いえ、なんでもありません」と言ってから、質問に応えてくれる。

「【破れた世界】に行くためには、ユウヅキの手持ちのメタモン辺りをギラティナに『へんしん』させ、『シャドーダイブ』の技を盗めば行くことは可能だと思います。ただゲート……入り口を開け、安定して使いこなすにはすぐには難しいかもしれません」
「やっぱり難度の高い技だから、なのかな」
「それもありますが、【破れた世界】はこの世の裏側かつ、普通の認識している法則が通じにくい場所ですので、仮に行けたとしても道に迷って……最悪戻って来られないという可能性もあります」
「二次被害、か……」

行くことばかりで、行った先のことを考えられていなかった。
そうだよね、【破れた世界】にも地形のようなもの? があるはずで、そこに地図も何もなしに突入しようとしていたのは、無謀なのかもしれない。

頭を悩ませて食べる手を止めているあたしの前で鍋の汁を飲み干し終え、食器を置いて立ち上がるレインさん。
そのまま支度を始めるレインさんにヒエンは慌てる。

「レインさん、島を出ていくつもりなのか?」
「私の持つ知識がどこまでお役に立てるのか分かりませんが、求められているのなら向かわないわけにはいかないですしね」
「マーシャドーは、どうするのさ。あんなに挑んでいたじゃないか」
「……きっと、私に力を貸す気は無いのでしょうマーシャドーは」
「諦めちゃうのか……?」

話が読めないでいるあたしでも、レインさんはマーシャドーに力を貸してもらうことを諦めたくないんだとわかった。
だってレインさん、「諦める」という言葉に眉をひそめて、黙り込んでしまっていたから……。

「あたしも上手く言えないけど……なんか、ダメだと思う。ここでマーシャドーを置いて行くのは」
「アプリコットさん、聞いてもいいでしょうか……何故そう思うのです?」

尋ねられて、あたしはマーシャドーのことを思い返していた。
レインさんとカイリューを見つめていたあの子の眼差しは、冷めてはいたけど、冷たくはない。そんな不思議な感じがした。

「マーシャドーは、レインさんのこと拒絶はしていないと思うってのと……あと、あんなに怖いくらい全力で立ち向かっていたのに、簡単に投げちゃいけない気がして」
「諦めるには早いと?」
「うん……それにあたしたちも、この島にはZ技を習得しに来たから、すぐには帰りにくいかなって」

あたし的には大事な本来の目的を告げると、レインさんに「それは……確かに、そうでしょうね」と同情された。
それから支度を中断し、あたしたちに向き直ったレインさんは軽く会釈をした。

「分かりました。貴方の修行のついでで構いませんので、もう少しだけ私たちにもお付き合い頂けると助かります。皆さんよろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそよろしくお願いします……!」
「おう! そう来なくちゃ! レインさんたちもアプリコットたちも、ファイトだ!」

ヒエンはにかっと笑って「応援は任せてくれよな!」と言ってくれた。
ちょっとだけ不安も残っていたけど、あたしとライカはZ技を、レインさんたちはマーシャドーを認めさせることを目指して動き始めたのだった。


***************************


ヒエンに話を聞いてまずはZリングの原石を捜して島の真ん中辺りの洞窟前まで来たけど……なんかこう、その空洞を眺めているだけで体がざわつくのを感じた。
おそらくその感は正しかったと思う……隣のライカもだいぶ警戒しているようだったから。

生唾を飲み込んで、いざ一歩踏み出そうとすると、突然携帯端末の着信音が鳴り響いて、飛びのいてしまった。だ……誰さあもう! と画面を眺めたら、イグサさんの文字が表示されていた。

「イグサさん? アプリコットだけど」
『シトりんから聞いたけど今【シナトの孤島】に居るのか』
「うん。そうだけど……Z技習得のために、色々頑張ってみようと思って……あ、レインさんならみつけたよ、島に居た」
『そうだったのか。すぐに迎えに行こうか?』
「えっと、ゴメン。可能ならレインさんに少し時間を分けて欲しいんだ。どうしても譲れない用事があるみたいで……お願いできないかな」

レインさんとマーシャドーに、もう少しだけ時間を用意してあげたい。
願うように返答を待つと、小さなため息が返ってくる。
イグサさんが『君も大概話を勝手に進めるね。時々周りが見えなくなる。ビドーとかが心配していたよ』とあたしに効く釘を深めに刺す。
ぐうの音も出なくなって謝るしか出来ないあたしに、彼は面倒くさそうに了承してくれた。

『……わかった。僕から話をつけておく。代わりではないが、個人的な要件で……もし可能だったらそこに住むとある人に、僕がまた話を聞きたいから出てきてほしいと、伝えてくれないか』
「ありがとう、そして分かった。けど……その人は、どこに住んでいるの? 外見とお名前は?」
『基本島の中央の目立つ洞窟の中にいると思う。名前は……ファルベ。いつも青いマントを身に着けているから目立つよ思う』
「なるほど……ちょうど今から行くところなんだ、洞窟」
『それならついでに頼む。あと、一応気をつけて。その洞窟はちょっと特殊だから』

特殊? やっぱりかなり強いポケモンたちが生息しているとかなのかな。そう覚悟を決めて彼の言葉の続きを待つと。

『その洞窟は出る洞窟だから、注意したほうがいい』
(そっちかー……!)

額に空いているほうの手を当てながら洞窟内をチラ見する。うん、なんだか怖くなってきた。
イグサさんが気を使ったのか諦めもあるのか『無理はしなくてもいい』と言ってくれる。
……でも。

「警告ありがとうイグサさん。伝言、確かに伝えるから」
『……怖がることは、別に恥ずかしいことではない。それが身を守ることもある』
「うん。そうだね。自分の身は可愛いし正直突入するのは怖いよ。それでも――――」

震える足を叩き、無理やり奮い立たせる。
しっかりと、洞窟の奥から目を逸らさずに……見据える。

「――――怖がっていたら、何もかもずっと怖いままだ。知らないものから逃げているだけじゃ、ずっとそれは分からない」

いっそ見定めてやる。そのくらいじゃないと、あたしは何を恐れているかも解らない。
そのためにも、まずあたしは一歩踏み込む。
イグサさんは『わかった。任せるよ』と言った後、更に警告を重ねた。

『たとえ平気になったとしても、怖いと思った過去を、恐れを忘れることが、一番怖いことだ……だから、忘れるな』
「気をつける」

通話を切り上げ、その言葉を肝に銘じてあたしとライカは洞窟へと入っていく……。
ある意味これが、一つの試練だったのかもしれない。


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入ってすぐに、薄闇の空間が広がっていく。闇が濃くなっていく前にライカが頬から電気をバチバチさせて光源を取ってくれた。流石ライチュウ。
ライカの明かりが岩肌を照らし出していく。岩壁や地面を注意深く見ながら一歩一歩また歩みを進めていく。
洞窟内を流れる川を、ライカの『サイコキネシス』で一緒に飛んで慎重に渡って奥へ進む。

「あれ?」

しばらくすると、行き止まりに突き当たる。よく見ると大きな岩戸になっているみたい?
ライカが頬の電気をいっそう強める。あたしもこの先がとても嫌な感じがするのは感じ取れていた。
それでもあたしたちは協力してその岩戸を開き、奥へと踏み入れる。

先に広がる大きな空間は、【ササメ雪原】とはまた違った寒さがある場所だった。そして地面が砂で覆われている。
砂に足を取られながらも、奥に進むと、大きな砂山の上に人が座っていた。

青くて長いマントを羽織った、少しだけ長い水色の髪の人。こちらの気配に気が付き振り向いたその顔には、どこか眠たそうな青の瞳を持っていた。
綺麗な人だと思わず見入ってしまう。体格的には男性だと思うけど、美人って言葉が似合う人だった。
その人は重たそうな口から、か細い声であたしたちの素性を訪ねる。

「君たちは……?」
「あたしは……アプリコット。こっちはライチュウのライカ。貴方は、ファルベさん?」
「そう……だけど……?」
「えっとじゃあ、イグサさんから伝言。貴方のお話もっと聞きたいから、洞窟から出て来てくれって」
「イグサ……ああ、あの死神さんか……悪いけど、それは難しいかな……」

難しい……? なんで? そう疑問を口に仕掛けたその矢先。
あたしはバランスを崩し前のめりに砂に突っ込んだ。

(あ……れ……?)

一瞬、記憶が飛んだ気がした。
でもそれは気のせいなんかじゃなくて、本当に気を失っていたみたいだ。
あたしの意識を繋ぎとめようと叫ぶライカの声で、身体に力が入らなくなっていることに気づいた。
ファルベさんの声が、こだまのように聞こえる。

「私は、この罰から逃れてはいけないから……彼には断りを入れて欲しい――――もっとも、君たちが生きてここから出られればだけど……」

彼の一言に反応したライカが、『サイコキネシス』で沈みゆくあたしを勢いよく宙へと引っ張り上げてくれた。
だんだんはっきりしてくる視界に映るのは、砂の中からこちらを覗いている瞳。
よくよく見ると砂山は城の形をしていた。
もしかしたら、いやきっとこれは……巨大な……ポケモンだ。
そのポケモンの名前は……!

「すなのしろポケモン、シロデスナ――――!!」
「……ご名答。そして、よくこのぬしに魂を吸い取られずに無事だったね……」

砂浜でヒエンが特訓相手にしていたシロデスナの数倍のサイズはあった。
この辺り一帯の砂全部がこのぬしシロデスナの操る砂だ……!
ファルベさんを逃さないように、砂を囲むシロデスナ。その様子は守るというよりも、ファルベさんの魂を吸い、咀嚼しているようにも見えた。
彼は動けないのか動かないか分からないけど、ずっと青いマントを握りしめ、うずくまって動かない。これ、相当生気を吸い取られているんじゃ……?

「ファルベさん……逃げて! このままじゃ貴方が死んじゃう!」
「気にしないで……これは、自戒だから……」
「無理! 気になるよ! 悪夢に出そうだって!」
「そう……悪夢か……私もずっと、うなされているよ……」

砂の零れ落ちる光のない天井を仰ぎ見て、ファルベさんは目を閉じる。
そして乾いた泣き声のような息を吐き出す。

「ずっと、思い出すんだ……取り返しのつかない傷をつけてしまった、あの日のことを」

追想するその横顔からは、後悔がにじみ出ていた。

「クロが……道を踏み外して……子供たちを実験体にしていたのを止めるためとはいえ……私は、マナも巻き込んで、私は……私……は……」

……懺悔を繰り返す彼の姿は、見ているだけで痛々しいものがあった。
ファルベさんの過去に何があったのかは分からない。
でも何だろう。何故かはわからないけど、見ていてなんか……腹が立ってきた。

頭によぎるのは、前科者という言葉。
罪を犯したからって、失敗をしたからって、前科者だからって、一生おめおめして二度と前を向いてはいけないのは、あたしは納得がいかなかった。
なにより、自分で自分を許さないにしても、こんなところで独りで自己完結していい道理は……ない。

「苦しむのなら、苦しまないようになるためにもっともがきなよ」
「…………」
「やらかした過去を悔いるのはいいけど、うじうじ引きこもっているんじゃないよ……!」
「…………私は罰を受け続けなければならない」
「そんな罰はいったん後回しにして! 今ヒンメル地方はどうなるか分からなくなっているんだよ!? みんなクロイゼルを止めるために頑張っているんだよ!? 世界の終わりまでそうやって閉じこもっているの? それって本当に償いになっているの?」

あたしの言葉に、わずかに反応を示すファルベさん。もしかしたら外のこと知らないんじゃこの人。
だったら尚更シロデスナの砂の城から無理やり引きずり出さないと……!

「――――少なくとも、あたしはずっと過去を後悔したままでいるのは嫌だ! そんなうだうだ言っている自分になんて、負けないんだから!!」

誰に向けたかもわからなくなっている啖呵を切って、思いついた作戦をライカに伝える。ライカは、任せてくれとうなずいてくれる。

「任せるよ。お願い!」

ライカとあたしは入り口の岩戸へ全速力で飛びくぐり出る。シロデスナの砂の波があたしたちを捕えようと迫った。
細い岩道を雪崩れるように砂は押し寄せてくる。
追いつかれそうになったところで、あたしはライカをとっさに突き飛ばした。

「行ってライカ!!」

ライカは一瞬だけ躊躇したけど、そのまま先に進んで行ってくれる。
砂に埋まり、シロデスナに力を吸い取られるけど、あたしは気力を限界まで振り絞って耐える。
ライカを信じて、今度こそ諦めずにもがき続ける。
砂の中、上下も左右も解らなくなっても、どんなに魂を吸われ続けても、手を伸ばし続ける。

そうやって伸ばし続けたその手は、砂の外に出た。
次に掴んだのは、ライカの丸い手。
キャッチしたと同時に、砂が慌てるかのように退いて行った。

「ぷはあっ……や、やばかった……! よく間に合わせてくれたね……!」

ライカがあたしを抱き留めながら、逃げるシロデスナの砂に尾を向ける。
その尾を矢印にしてあたしたちのちょうど真上を大量の水が流れ込んでいく。
洞窟内の川の水の流れを、岩戸の中にぶちまけるように『サイコキネシス』で変える。それがあたしたちの作戦だった。

「砂が……泥になっちゃったら……うまく魂吸えないでしょ、シロデスナ!」

サイコパワーで作った水の流れにライカが乗り、さらに広範囲へ波として操る。
土壇場で覚えたその新技術の名前を、あたしは指示としてライカに与えた。

「押し流しちゃってライカ――――『なみのり』!!」

そのままどんどん岩戸の中を水浸しにしていくライカの『なみのり』。シロデスナはファルベさんを放って洞窟のさらに奥側へと逃げていく。
泥になった部分を『マッドショット』でシロデスナはばらまくけど、波に乗ったライカはかわしまくった。
さらに『なみのり』で追い詰めていくライカ。
そのうち逃げきれなくなったシロデスナは、体を水で固めながら降参のサインを出した。
自らを覆う城を崩され、失ったファルベさんは、億劫そうに立ち上がる。

「……私は、負けてばかりだな。自分自身にも、君たちにも」
「あたしだってよく負けるし凹むよ。でも今まで負けていても、今から負けなければいいんだよ。たとえまた負けたとしても、何度も、何度でも挑んでいいと思わないとやっていられないよ」
「……そうだね、一理ある」

根負けしたように、苦笑するファルベさん。それからシロデスナに目配せした。
乾いて復活しつつあるシロデスナが、地面の岩板を持ち上げて中から小箱を取り出しあたしに渡す。戸惑いながら受け取るあたしに、ファルベさんが「これはお礼だ」と口添えする。

「昔集めた物の中に、君たちの力になりそうなものがある……良かったら受け取って欲しい」
「え、いいの?」
「今の私には使えない代物だし、シロデスナも認めたようだから。それに……皆で止めるんだよね、クロを……クロイゼルを」
「うん。正直どうやればいいのかまだ分からないけど、倒すんじゃなくて、止めたいんだ」
「それならば私も同じ気持ちだ……使ってくれ」

ゆらり、ゆらりとこちらに近づく彼。立ち上がると意外と背が高いなと思っていたら、屈んで目線を合わせてくれる。
青い瞳を真っ直ぐ向け、ファルベさんはひとつ微笑み、そしてあたしたちの隣を通り過ぎて行った。

「小さな英雄アプリコット、ライカ。君たちの諦めの悪さを見習って私ももう一度、挑んでみるよ――――今度こそ間違えないように」

そのまま「じゃあお互い頑張ろう」と手を振り合うあたしたち。背を向けシロデスナと共に洞窟を後にしようとするファルベさんを見送る途中、つい気になって小箱を開けてしまう。
中には何かの原石と、丸い羽のような、ライカの耳にも似た模様の入った黄色いのを始めとした複数のクリスタルたち。それとボロボロの絵が入っていた。
そこには、特徴的な黒目と白髪の人物と、水色のポケモン、マナフィのツーショットが描かれている。
ひっくり返すと何か古い文字のようなものが書かれていた。

「親愛なるクロイゼルングとマナへ――――ブラウ・ファルベ・ヒンメル」

ヒンメルの人ならほぼほぼ誰でも知っていると思うその英雄王の名前に目を疑わせながら、思わず彼らの去っていった方へ視線を向ける。しかしそこにはもう何者の姿もなかった。
思えば、ファルベさんの足音って聞こえなかった気がする。

(出るってそういうこと? イグサさん……??)

今更ながら冷や汗をかきながら、目的のモノを手に入れたあたしたちは慌てて洞窟を後にした。


***************************


とりあえずヒエンとジャラランガのもとに戻ると、彼は何かを作っていた。

「うおお、おかえりアプリコット! ライカ! その様子だと、手に入れられたみたいだね、原石」
「ただいま……これでいいのかな?」

ファルベ……ブラウさんのことはとりあえず黙って、もらった原石のようなものとクリスタルを見せる。

「あってるあってる。すげー、クリスタルもこんなに手に入れたのか……あ、アロライZこれだよこれ!」
「これが、アロライZ……!」

ヒエンがつまみあげたそれは、あたしが気になっていたクリスタルだった。これがシトりんの言っていたライカが使える特別な道具か……!
目を少し輝かせるあたしの前で、ヒエンは器用にジャラランガと協力して原石を加工していく。しばらくして、あらかじめ用意していたブレスレットに繋ぎ合わせてくれた。

「出来たよ、アプリコットのZリングだ。つけてごらん」

右手首に装着し、アロライZのクリスタルをくぼみにはめ込む。ちょっとだけつけ慣れないけど、サイズはちょうどいい感じだった。
ライカと一緒に食い入るようにリングを見つめる。ヒエンとジャラランガは「一仕事終えたな」という感じで出来栄えに満足そうにしていた。

「作ってくれてありがとうヒエン、ジャラランガ……! これであたしたちもZ技使えるの?」
「技が出せるかはふたり次第だ。本当はぬしに試練をしてもらうといいんだけどね」
「ぬし……あの大きいシロデスナがそうだったのかな」
「あのシロデスナと一戦交えて認められたのか! じゃあたぶん大丈夫だと思うから、やってみなよ、『ライトニングサーフライド』!」

微妙に納得できずにいたけど、ブラウさんの厚意を無下にも出来ないと思い、気持ちを切り替える。
シトりんのやっていたポーズを思い浮かべながら、あたしとライカは構えた。
ジャラランガもヒエンも「ゼンリョクで!」と声掛けをしてくれる。

「行くよライカ……『ライトニングサーフライド』!!!!」

あたしの籠めた気合が、ライカに送られるような感覚があった。
それからライカは『10まんボルト』で出来た電流の流れにのって……天高く飛び過ぎてバランスを崩す。
ライカが流れから落ちたので、あちらこちらに雷が四散。ちょっとした花火状態だった。

落っこちてくるライカの下敷きになっているあたしを見ながら、ヒエンは「前途多難そうだね」と呟いた。


***************************


何度も、何度も何度も何度も失敗に次ぐ失敗をして、やがて島に夕立が降って来た。
ヒエンに教えてもらった軒下で休む。彼は帰りの遅いレインさんたちを迎えに行っていた。
ライカと疲れ切った身体を休めながら、時折レインさんのことが心配になる。

(レインさんもみんなも、大丈夫かな……)

Z技を習得しに来たといった手前、まだ『ライトニングサーフライド』が成功していないので顔出ししにくい気持ちもあった。
帰って来ていないってことは、レインさんたちも上手くいっていないのかな。
……なんて嫌なことを考える自分の頭を両手で平手打ちして、あたしもレインさんの様子を見に行くことにした。

ライカをボールに戻し、上着を雨避け代わりに使いながらこの間レインさんたちがマーシャドーと戦っていた辺りに踏み入れる。
やがて止む夕立。傘を持ったヒエンとジャラランガが、呆然と一点を見つめていた。
彼らの視線の先には、レインさんに馬乗りになって胸倉をつかんでいるマーシャドーの姿があった。
止めないと……! と飛び出そうとするあたしを、ボロボロのカイリューが止める。
カイリューは「手を出すのは待ってくれ」と小さな鳴き声で訴えた。
その意図は読めなかったけど、息を呑み静かに見つめる。

するとレインさんが、憎しみの籠った声で、マーシャドーに唸った。

「貴方の技なら、不死身の怪人クロイゼルングを屠れるのでしょう……? このままじゃヒンメルは酷いことになる。何故その力を使わないのですか、マーシャドーっ……!! ……?!」

鈍い音が響く。
マーシャドーは頭突きでレインさんを黙らせた音だった。
痛そうな音がしたにもかかわらず、レインさんはひるまずにマーシャドーに懇願する。

「察しはついていたんです……ユウヅキの背後にスバル博士をあのようにした者がいるのは……もう私にはスバル博士を楽にしてあげて、クロイゼルングを殺すしか道はないんです。だから力を貸してくださいよ、マーシャドー……!」

レインさんの望んだのは……スバル博士という人の介錯と、その復讐だった。

ユウヅキさんが震えながら、実験体にされた彼の母親のスバル博士が目覚めぬまま眠り続けていると言ったことを思い返す。
もしあたしの大事な人が、スバル博士みたいになったらあたしはクロイゼルの死を願わないでいられるだろうか。
そう考えたら、閉じ込めておいた感情が溢れてくる。

(……無理だ。我慢できないと思う。レインさんと同じように、クロイゼルを殺してほしいと願ったと思う)

もっとも……あたしが意識不明の大事な人の目覚めを待つ当事者だったらの話なのが、この話の酷いところなのだけど。

この場にいるあたしは、レインさんの想いを……汲めない。
汲んであげられることは、出来ない。
だから、ごめんなさい。

大きく息を吸い込み、悲しそうなカイリューの腕をどけて、あたしはレインさんに届くようなはっきりした声で……怒った。

「レインさん……マーシャドーを困らせるのは、大概にしなよ」
「諦められないんですよ」
「それでも、マーシャドーに手を汚させるのは、間違っている」
「ええそうですね、解ってはいます」
「いいや解っていない」

強く否定をして、流したくないのに何故か溢れる涙と共に、言葉を零す。

「マーシャドーは、他ならない貴方を殺しに加担させたくないんだよ……!」

きっと、マーシャドーはレインさんのことが大事で、だからこそ止めたいと思っている。
それは言葉を交わさなくても、マーシャドーの行動で察せる。
部外者のあたしですら解るんだから、レインさんが気づいていないはずはない。

「私の望みを叶えるために、協力してくれたっていいじゃあないですか」
「それはたぶん、マーシャドーの望みではないよ……」
「諦めない方がいいと言っておいて、それですか」

ずきりと胸が痛む一言。
あたしがしていることは、無責任に焚きつけてしまったレインさんを諦めさせること。
目を逸らしたいその事実を、あたしは、受け止めなければいけなかった。
知らないで済ませてただ怒るだけなら簡単なことかもしれない。
でもそれじゃあ他人の心は動かせない。
本当に申し訳ないと思うのなら、逃げちゃだめだ。
向き合って、ちゃんと考えて、言葉を、選ぶんだ。

雨雫も交じった涙を拭い去り、あたしは、レインさんに言葉を投げる。

「……いや、レインさんはすでに諦めているよ」
「……何を」
「道が他にないって、決めつけてしまっていることだよ」
「……………それは」
「……さっきからレインさんは、スバル博士を諦めて、クロイゼルを殺す道しか考えられなくなっている」
「それが……私の残された望みですよ」
「望んではいないよ」

再び溢れそうになる涙をぐっとこらえて、あたしはあたしから見たレインさんの姿を言葉に乗せて伝える。

「なんでそんなにさらに苦しむ道を望んでいるの? だってレインさん何もかも捨てそうな感じじゃん……!」

言葉に出さなかったけど、なんだか望みさえ叶えばあとは死んじゃってもいいみたいな雰囲気が伝わってくるんだよ……!
それを感じ取っているのは、あたしだけじゃないよ、きっと……!

「自分と、あとマーシャドーやカイリューや心配してくれる子との関係を、簡単に捨てちゃだめだよ……レインさん!」

それまであたしを止めていたカイリューがその手を降ろす。
それからカイリューはレインさんの元まで歩いて行き……彼の手を取り、涙を流した。
大きなカイリューがちっちゃい子のように泣き叫ぶ。マーシャドーは胸倉を掴んでいた手を放し、レインさんの頬を軽く何度も叩く。
無表情を作っていても、その仕草は悲しみで満ちていた。
やがて堪えられなくなったレインさんは、暗雲の空を遠く眺めながら言った。

「なんで、こんなことになってしまったのでしょうか……」
「レイン、さん……」
「いえ、今の忘れてください。どうやら……諦めることを、諦めるしかなさそうですね……でもそうさせるのなら一つだけ条件があります」

忘れろと言われても忘れられないような乾いた声で、レインさんはその条件を突き付けた。

「貴方たちのZ技を完成させて、見せてください。アプリコットさんたちの全力を、私に見せてください」
「あたしたちが諦めないところを見せてってこと?」
「そういうことです」

彼が頷くと同時に、ライカがモンスターボールから再び現れた。
ライカの意思は、聞くまでもなくその背中が物語っている。
あたしはほっと胸を撫でおろして突っ立っているふたりに声をかけた。

「ヒエン! ジャラランガ!」
「うおっ……何だ、アプリコット」
「手伝って!」
「……言われなくても!」

ヒエンがグーサインを作り、ジャラランガも拳を振り上げて、「任せろ」と吠えてくれる。
ライカと向かい合って、頷き合う。
再挑戦の始まりだった。


***************************


【破れた世界】でボクはクロイゼルに頼まれていたことを、終えた。終えて、しまった。

この世界に閉じ込めた人とポケモンを一カ所に集めて、クロイゼルが用意した機械を取り付けさせるという途方もない作業だったけど、協力してくれたボクの手もちとこの子の、オーベムのお陰で終えられることが出来た。
【セッカ砦】に向かっていたはずの彼は、戻ってくるなりボクたちの仕事のチェックと仕上げを行っていく。

最終チェックを終えた彼は、こんなことを口にした。

「君は、何故僕に力を貸すんだサモン」

寂しい背中を見せながら、そう尋ねるクロイゼル。
今まで関心を向けなかったのに、今になってどうしたのだろうか。
心配をしつつ、ボクは正直に返答する。

「一応、昔溺れかけていたのを助けてもらった命の恩人だからというのもあるけど……キミになら、執着できると思ったからだよ、クロイゼル」
「執着?」
「そう、執着。ボクは、それをできたことがない。だからこそ憧れるんだ」

クロイゼルは「理解できない」という顔をしていた。その表情に、軽く傷つきながらもちょっと安心してしまった。

「過ぎ去る時間は無情にも、関係さえ変化していく。ずっと、仲良く一緒になんてそれこそ難しい。執着はそこまで大事なモノなのか」
「ボクにとっては大事だよ。人生を賭けるほどに。キミもマナに一生を賭けて執着しているだろ?」
「そこまで行くと妄執な気がするけどね」
「キミがそれ言う?」

苦笑いしながら責めると、彼はやれやれと肩を竦める。
彼の側らに戻って来ていたマネネも、同じポーズを取っていた。

「お互い頭が回る方かと思えばどうしようもない阿呆だな。さて……サモン」
「なんだいクロイゼル」
「自分で言うのもあれだが、僕は非道な怪人だ。時に多くを実験体にして蔑ろにしてきた。ヒンメルのほぼ全員に恨まれていると言っても過言ではないだろう」
「まあそうだね」
「自分の望みの為なら平気で他者を踏み潰し、そして数多の敵を作り、現在進行形で計画を潰されつつ追い詰められているという、それが怪人クロイゼルングだ」
「何を言うかと思えば、多勢に無勢は今更だよ」
「それでもだ。けれどサモン。こんな圧倒的数の相手を前にして、友達すらも敵に回して、それでも君は……」

仰々しくそう言って、彼は初めて会ったときの、海辺で助けてくれた時のように手を差し伸べる。
もしかしたら、ボクは、その手を望んでいたのかもしれない。
彼は、その気になったらメイみたくボクを使うこともできた。
わざわざそれをしないで、助力を求めてくれる。
それがとても……不謹慎かもしれないが、とても嬉しかった。

「それでも君は、ヒンメルのすべてを巻き込んだ最後の戦いに来るのかい?」

彼はボクを誘う。ボクは迷わず彼の手を取った。

「もちろん。ボクはキミの願いの結末を見届けるためにここに居る。特等席で見せてもらうよ」
「そうかい。じゃあ、もう少しだけキミの力を借りるよ」
「しょうがないな」

クロイゼルの手を強く、固く握り返す。
包帯に巻かれた彼の手のひらは、決して冷たくなんてなかった。


***************************


イグサから話を聞いた俺は、ヤミナベに頼んでサーナイトの『テレポート』で【シナトの孤島に】一緒に飛んでもらっていた。
その中のメンバーには、その話をもってきたイグサと、アプリコットを島に誘導したシトりん。そして彼女が心配でヨアケがヤミナベに抱えなられながらついて来る。

『こんなところまで来られるなんて……ユウヅキ、色んな場所行っていたんだね』
「地理の把握は、重要だったからな……」

実際、今回も地名が出た時にすぐ地図で指し示すことが出来るくらいには、相当ヒンメルのあちこちを巡っていたんだろうなヤミナベ……。あくまで配達屋としてはだが、何だか負けてられないなとも思った。

イグサはシトりんと「じゃ、用事があるので行ってくる」と言って砂浜の方に行ってしまった。なのでアプリコットの居所へは、必然的に俺たちだけで向かうことになる。
俺はルカリオをボールから出す。ルカリオの手には、相変わらずバングルが装備されていた。
肩のバッジを少し触っていると、ヨアケに声をかけられる。

『トウさんから、もう少し借りているんだっけ。ビー君もルカリオも』
「ああ……トウギリ、メガシンカを使うほどの戦線復帰はまだ出来ないって。だから、俺とルカリオに託してくれたんだ」
『そっか。私もみんなが居てくれたら、一緒に戦えるのにな』
「【セッカ砦】で啖呵切っていたのは誰だ? 十分戦っているぞ」
『そりゃあ、言葉しか使えないしね、今は』
「威張れる状況じゃないぞ……」

そんな雑談をしていると、アプリコットたちの波導を見つける。
わりと大勢だなと思っていたその時。

風が木々を揺らし、黒雲が稲光を放つ。
驚き、その轟音の方向を見る俺たち。
林を上に突っ切って、昇る雷。
激しい稲妻が轟き、上空へ飛び出た彼女のライチュウ、ライカの元へ集う。

そしてその雷流に、なんとライカが乗っていた……!

「すげえ……!」
『綺麗……!』
「これは……!」

感嘆の声を零し、その軌跡の行く先を見つめる。波を乗りこなすように、ライカは雷撃を乗りこなしていた。
そしてある地点に向けて、その雷流を誘導し、叩きつける。
その衝撃は遠く離れた俺たちのところまで、届いた。

一体何なんだあの技は! 逸る気持ちを抑えつつ、ルカリオと共に先行する。
広々とした空間の地面は、すっかり焼け焦げていた。

その中心部を遠巻きに見ているヒエンとジャラランガ、そしてレインとカイリュー。あと、見慣れぬ影のようなポケモン。
彼らの視線の先に、ライチュウ、ライカを抱きしめて全力で喜び合っているアプリコットが居た。

彼女はレインの方へ向き、高らかに言う。

「出来たよレインさん! 『ライトニングサーフライド』!!」
「ええ、お見事でした。アプリコットさん、ライカ」

ライカがいつもよりも得意げな表情を浮かべ……疲れたのか、項垂れる。ライカ抱えていたアプリコットもバランスを崩しかけたので、俺とルカリオは慌てて彼女たちを受け止めに行った。

「大丈夫か?」

抱き留め声をかけると、朦朧としている彼女から小声で返事が返ってくる。
それは、満身創痍になるまで隠していた不安だったのかもしれない。

「……あたしたちも、戦えるよ……もう足手まといには、ならないんだから……」
「! ……別に誰も、そうは思っていないと思うぞ」
「なんだ…………そうだったんだ……良かっ、た……」
「その、なんだ……頼りにしている」
「…………うん」

満足そうな表情を浮かべ、眠りこけるアプリコットとライカ。
ボロボロの彼女たちが、さっきの技をどれほど全力で会得しようとしていたのかが伺える。
また勝手に突っ走ったことで心配はしていたけど、取り越し苦労だった。
こいつもこいつなりに、前に進もうとしている。それが見えたからこそ、俺は寝ている彼女たちを起こさないように一言添えた。

「たいしたやつらだよ、お前らは」


***************************


彼女たちの偉業を見届けると、カイリューが静かに私を抱擁してくれました。
そのカイリューの様子を見ていると、これでよかったのかもしれないと思います。

諦めるのを諦めるという、もはや何が何だか分からない状況ですが、それでもほんの、ほんの幾分かは肩から何かが下りたような、そんな気がしました。
相変わらず先は見えないけど、見えないからこそまだ可能性が残されているともう一度だけ臨もうと思えました。
まだ、この預かったギャロップとブリムオンのトレーナーも助けなければいけないですしね。

アプリコットさんたちが寝息を立てているのを眺めていると、みがわり人形と言葉を交わすユウヅキと目が合います。
その光景に若干引いていた私に、彼らは慣れたように事情を説明しました。
……その人形がアサヒさんだということやメイがクロイゼルに操られているという事実を受け入れるまで少々時間はかかりましたが、ボールの中のメイのブリムオンとギャロップを見つめて何とか頭の中で整理をつけました。

しかし、話を聞けば聞くほど、点と点が少しずつ繋がっていきます。
マナフィの復活のための魂の一時的な受け皿にアサヒさんの身体を奪ったこと。
私の作ったレンタルシステムを乗っ取り、メイの精神操作を使い人やポケモンを集めていること。
死者蘇生、というとどうしてもよぎる嫌な考えがありました。

「古のカロス王の所業」

私のつぶやきが一同の視線を集めます。
各々を代表するかのようにユウヅキが、私に言葉の意図を尋ねます。

「それが……何か関係があるのかレイン」
「断言はできないですが、クロイゼルがやろうとしていることは、大昔のカロス王が成し遂げてしまった死者蘇生の術ではないかと思いまして」
『本当に方法があるなんて……昔の人は凄いな』
「いえアサヒさん、そう呑気に言っていられる状況じゃないです」

不思議そうにしている彼らに、ことの危険性を説明します。
死者を生き返らせるという方法が確立されているのなら、現代に残らないようにはしないということを。
たとえできたとしてもどのような対価を払わねばならないかということを。

「彼は、愛したひとりのポケモンの命を甦らせるのに……膨大のポケモンたちの命を犠牲にしました」

ざわめき背筋を凍らせる面々に、私は「私でも思いつくことを、かつての発明家が、この世界を裏から覗いていた彼が思いつかない方が不思議です」とさらに可能性の裏付けをします。

「“闇隠し”で捕らえた人々とポケモンだけでは、おそらく足りないのでしょう。だからレンタルシステムを悪用し、メイの精神操作も利用して……とにかく人とポケモンを、生命を集めているのだと思います」
「だとしたら、絶対に止めないといけないな……」
「ユウヅキ……果たして本当に止められるのでしょうか? 彼が怪人と言われている所以は、不老不死でもあると言われているからなのですよ。下手をするとさらなる復讐も、想像に難くないですし」
「だからこそレイン、貴方にもそうならない方法を一緒に考えて欲しい」
「相変わらずの無茶ぶりですね……手伝いますけど」

仕方ないとはいえ、どうしたものか……そう考えていると服の袖を掴まれます。
袖を握っていたのは、マーシャドーでした。

「マーシャドー、私に力を貸してくれるのですか?」

恐る恐る尋ねると、なんとマーシャドーは静かに頷きました。
でもその意味は、さっきまでとは違うのは明白です。
今の私だからこそ、マーシャドーは力を貸してくれるのでしょう。

「状況打開の協力、どうかよろしくお願いします。マーシャドー」

手を握り返すと、私の影に潜み始めるマーシャドー。照れ隠しなのか、用があったら呼べということなのかはわかりませんが、どこか懐かしさがありました。

ヒエンさんとジャラランガが小声で「よかったな、レインさん」と仰ってくださりました。
彼らのサポート抜きでも、協力関係は結べなかったので私は感謝の言葉を伝えました。



そのような感傷に浸っている時に……それは起こりました。
混乱だらけのそれを一言で言うならば……終わりの始まり、でした。


***************************


初めに異変に気づいたのは、カイリュー。天候に敏感なカイリューは「今までみたことのない風が来る」と警鐘を鳴らします。
わずかに海と風が凪いだ後……その強風は吹き荒れ始めます。

その突風に目覚めたアプリコットさんは、空を見上げて目を丸くしました。
口を開け呆然とする彼女につられて全員上空見上げると、そこには。

――――地方じゅうを包んでいた黒雲が渦巻き始めていて。
王都の付近の空中遺跡がある方を中心に渦の中心の雲がどいて行き、数日ぶりの晴れ間が差し込むと思えば。
その異様に赤い空を裂いたその向こうに、何か別の空間が見えました――――

『空が、破れた……』

アサヒさんの抱いた感想は、言い得て妙でした……。
おそらく、こちらが開くまでもなく【破れた世界】とこの世界が繋がってしまっているのだと思われます。
そしてその空の裂け目は、じわじわと広がっています。
驚愕でもはや言葉すら出せずにいると、想像できる最悪の事態の可能性をビドーさんが挙げました。

「このままだと、ヒンメル地方が、【破れた世界】に呑み込まれる……?」
「可能性は、高いでしょうね……!」

私は荷物置き場に走り、薄型パソコンを取り出すと手持ちのポリゴン2と共に裂け目の浸食スピードの計算をしました。
そして出た残り時間は、あまりにも少なかった。
すぐさま私の後を追ってきた皆さんに、意を決しその計算結果を伝えます。

「裂け目が広がり切るのに、一日もてばいい方でしょう」
「……とにもかくにも【王都ソウキュウ】に急ぐぞ」

ビドーさんの言葉に、一同首肯で返しました。
その彼らの目に諦めの色はありません。

タイムリミット刻一刻と近づく。アイデアもまとまり切らない。
そんなないものづくしですが、私たちに立ち止まっている暇も諦めている暇もなかったのです。

最後まで今やれることを、やるしかない。
しぶとくしぶとく、もがくしかない。

その上で、掴める何かもあると信じて。
もう一度私は、私と彼らを信じます……スバル博士。










つづく。


  [No.1715] 第二十話前編 破空の決戦場 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/05/13(Fri) 23:36:06   9clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



砂浜に溶け込んだシロデスナと共に、破れていくヒンメルの赤い空を眺める。
まるで世界の終りの予兆のようなこの光景を前に、私はただひたすらに思考を巡らしていた。
この地に縛られた霊の私には、出来ることは本当に限られている。
特殊な空間や霊能力者を介さなければ、通常の人やポケモンとは言葉すら交わせないこの私にできること。
それは……考えること。
それしか、なかった。

砂を踏む音に振り返ると、白フードの少年らしき者と、少年に瓜二つに『へんしん』したメタモンがじゃれ合っていて、その光景を静かに見つめるランプラーを連れた灰色のフードの青年が居た。
青年の方が灰色のフードを取り、潮風に橙色の髪を揺らしながら私に声をかける。

「ファルベ……いや、ブラウ・ファルベ・ヒンメル。ようやく出てきてくれたか」
「……死神さんか。君が差し向けた彼女の一喝は効いたよ……それで話って何を話せばいいのかな」

青い炎のランプラーを連れた霊視が出来る死神の青年、イグサは私に確認を取る。

「ブラウ。君の依頼はクロイゼルによって理から外れたマナ……マナフィの魂を海に帰すことと聞いていたが、本当にそれだけでいいのか」
「今の私に望めるのは、それだけだ……それ以上は、頼める内容ではない」
「それだと君は転生できない。未練に縛られたままだ」
「流石に、彼を置いて一人だけ先に行く気は無いさ」

そう答えると、メタモンとじゃれ合っていた少年が、その丸い瞳を細めながら「あはは、なんだかんだ大事なんだね。その彼が」と言って、けらけらと笑った。
少年はすっと私の目の前に立ち、先ほどまでとは異なる印象の面持ちで顔を覗き込んでくる。そのぶっきらぼうに潜ませた眉根の間に、彼と重なるような星のような瞳が見えた。
まるでクロのような立ち振る舞いと声で、少年は私をなじる。

「“君は勝手に先に行けばいいだろう? 君が僕を気にする理由はないはずだ。そうだろうブラウ”」
「……理由はある、私は君を傷つけてしまった。何度も何度も、何度も。その上……マナも見殺しにして、おめおめと行けるわけ、ないじゃあないか」
「“そうかな。わたしはブラウ、悪くないと思うけど?”」

今度は愛くるしい声で、少年はマナの笑みを浮かべる。
あの子なら言いそうな言葉を、生き写すように少年は演じる。
本人たちを前にしているわけではないのに、魂がざわつく。
後悔が、蘇っていく。

……でも、今はもう後ろを向いている時ではない。

「いいや私が悪いんだ。クロを止められなかった。友ならあんなことになる前に止めるべきだった」
「“そう。なら、もう一度ちゃんとごめんねって、言えると良いね”」
「うん、そうだね」
「……あはは、きっと言えるよ、お兄さんなら」

やっと先ほどの顔に戻った少年は、再びメタモンとじゃれ合いはじめた。
そんなふたりを眺めながら、イグサが鋭い口調で私に言う。

「僕もシトりんと同感だ。君は、いや……君がちゃんとクロイゼルと話すべきなんだ。どのみちマナの魂はクロイゼルの手中にある。だから君の望みと、願いを叶えたければ……僕らを頼れ、ブラウ」
「……優しいんだね。君たちは」
「……怒るよ」
「ごめん」

大きくため息を吐くイグサを、シトりんたちは楽しそうに眺めていた。彼らの感情につられそうになると、恨めしそうなイグサの目に我に返る。

……たったそれだけのやり取りだけれども。
昔、楽しそうなマナに振り回されていたクロのことを思い返していた。
その時に抱いていた、あの温かな感情も思い出していた。

イグサたちは、私に機会を与えてくれる。

「聞かせて欲しい、ブラウ。君とクロとマナの話を」

私が、過去の私を振り返るための、機会をくれる。
その厚意に私は感謝を込め、「よろこんで」と答えた……。


***************************


急いで砂浜に居たイグサたちを回収して、俺たちはヤミナベのサーナイトの使う『テレポート』で王都の公園に帰った……のだが、その時に野生のシロデスナを巻き込んでしまった。
突然巻き込まれてかつ噴水の水しぶきにビビっているシロデスナに、ヤミナベが深刻に「すまない……気づかなかった……」と謝っている。
その彼らをよそに、アプリコットがイグサに何か確認を取っていた。
首肯で返すイグサに、アプリコットは納得したようなそぶりを見せる。それから彼女がモンスターボールでシロデスナをゲットした。

「とりあえずしばらくよろしくね、シロデスナ」

話は見えないが、ボールの中のシロデスナも満足そうだったので言及するのを止める。
正直、今にも滅びそうなこの地方を前に、いちいち細かいことを気にしている余裕もないっていうのもあった。
当然、その焦りを抱いているのは、俺だけじゃない。ぴりぴりとした緊張の空気で、皆のざわめく波導が感じられる。重たい空気の中、口を開いたのはレインだった。

「どうせこのまま待つだけでは、状況は良くならない。こちらから、打ってでましょう」
『私もレインさんに賛成かな……でも、具体的にはどうすれば』
「希望する人とポケモンをここ【ソウキュウ】に集めましょう」

ヨアケの疑問にそう答えたレイン。
避難じゃなくて、逆に集めるのか……と思っていたら、ヤミナベが心配そうにレインの言葉に続く。

「レインの推測があっていればクロイゼルはマナ復活のための足りない分の生命エネルギーをなんとしても確保したいはず。だから俺たち自身を大がかりな囮にする……ということか。危険な賭けだな……」
「ええ。ですが時間が経って【破れた世界】にこの地方すべてが呑み込まれてしまったら、こちらは地の利を失ってしまいます。おそらく、この浸食はそれも狙いなのでしょう」
「【破れた世界】には行きたかったが、まさか向こうからやってくるとは。しかし、本当に皆を集めていいのだろうか……」
「また悪い癖が出ているぞ、ヤミナベ」

こちらを振り向き、「……そう、だったな」と俺の言葉の意味を解ってくれるヤミナベ。
そのわずかな変化を嬉しく思いつつも、ヨアケも含めた全員に念を押す。

「どのみち待っていても全滅だ。頼るって決めたんだろ。なら遠慮なく全員巻き込んでしまえって話だ」
「ビドーに同意。現状を何とかするために戦いたいのは、あたしたちも同じなんだから」
『ビー君、アプリちゃん……うんっ、そうと決まったら連絡しよう、みんなに』

たまりにたまった連絡網を駆使して、連絡できるメンバー全員に内容を伝えるために入力した。
おそらく決戦になること、危険な戦いだけど力を貸してほしいこと、色々な思いを乗せてメッセージを飛ばす。
なんだかんだついて来てくれていたヒエンやジャラランガとかも、足をつかって呼びかけてくれると言っていた。

集合場所は、【王都ソウキュウ】に建つ【テンガイ城】。

どのくらいの数が集まってくれるかは分からない。でも俺たちは待っている間できるだけの準備をしていた。


***************************


色々準備をしている中、アプリコットと彼女の手持ちのライチュウ、ライカ。それと先ほどメンバーに加わったシロデスナが、そわそわと城門前で他のメンバーを待っていた。
俺に気づいた彼女は、外を見ながら呟いた。

「どれだけ来てくれるかな」
「……なんだかお前が言うとライブの入場者数みたいな言い回しに聞こえてくるな」
「な、入場者数の時も真剣に待ち望んでいるよっ!」
「それもそうか」
「ビドーはちゃんとチケット買ってイベントに来てくれたことなさそうだから、分からないかもだけど……やっぱりこういうのって緊張する」

彼女の抱く震えが緊張からか、武者震いからなのかは判別つかない。
でもそんなアプリコットを見ていたら、自然と俺の緊張が少しずつ解けていくのが、手に取れた。

「まあ、大丈夫だろ。ここまで一緒に戦ってきてくれた奴らにしても、まだ声を上げていないだけで力になりたいって思ってくれている面々にしても……ちゃんと、いるはずだ。だからきっと、大丈夫だ」

こちらを見上げる彼女たちは、何か言いたそうにしていた。
迷った末、聞くべきだと思ったので、俺は近場の座れるところに腰を下ろし、「どうした」と尋ねる。
彼女から返ってきたのは、意外な言葉だった。

「ビドーこそ、大丈夫なのかなって。なんか色々波導だっけ? 明らかに無理しているし。でも、アサヒお姉さんを助けるために無理したいのをあたしには止める権利はない……それは分かっている」
「お前も似たようなものだろ。突っ走って、ボロボロになるまでZ技特訓して……」
「だってクロイゼルたちは強い。だから力が、欲しかった。アサヒお姉さんたちを助けられるだけの、負けない力を……あたしは欲しかった」

拳をぎゅっと握ったアプリコット。強くなりたいと力を欲するその姿が昔の自分と重なる部分があった。
ヨアケの力になりたかった自分と、あとそれから……こんなことを言っていたハジメと重なって見えた。

――――俺たちはただ救いたいだけだ。

出逢った当初そう言っていたハジメも、もしかしたらそんな思いを持っていたのだろうか。
だとしても、その時の意見を曲げる気はなかった。
今の俺だからこそ、余計に。

「……お前は、他人やポケモンのために頑張れる奴なんだと俺は思っている。だからあえて言うぞ――――誰かを助けたいのなら、自分をないがしろにしちゃだめだ。お前は、独りで戦っているわけじゃないんだから」
「ビドー……」
「お前に何かあって、お前を信じてついて来てくれているライカや他の奴らを……何より助けたいヨアケを悲しませたら意味がないんだ。助けたい奴がいるんだったら、自分も含めてみんな救って見せろ」

できるかできないかじゃない。少しはちゃんと周りを見るようになったお前ならそれをやれるはずだ。
そう信じてみると、傍によって来た彼女は固くした握り拳で俺の胸元を小突いた。

「……大見栄切らせるのなら、貴方もちゃんと自分を守ってよね。じゃなきゃ約束できない」

真正面から見つめられて思わず視線を逸らすと、すごくぶすっとしたライカと目が合う。ライチュウなのに愛嬌ねえなあ、と思っていたら、ルカリオの入ったボールがカタカタと揺れた。
……自分の言ったことだしな。腹くくるしかない、か……。

「わかった。俺もちゃんと守るさ、約束だ」
「約束だよ。大事なファンに歌を届けられなくなるのは、御免だからね」
「ああ。また聞かせてくれ」

それだけ言うと、小さくはにかむアプリコット。なんとなく気恥ずかしくなって「にしても、気配はあるのになんで来ないんだ……」と外を見ていたら、シロデスナが角で手を振っていた。
そうしたら、ハジメとゲッコウガのマツを筆頭に気まずそうにぞろぞろと、本当にぞろぞろと出てきた。「入りにくかったですよ、まったく」と小言を言うガーベラさんたち<エレメンツ>の一行や久々に見るアキラちゃんとかもユキメノコのおユキとか連れて居て「あー、お邪魔だったかなー、と?」と頭を掻いて出てくる。
その言葉を受けたアプリコットはなんか顔を赤くして自滅しライカのお腹に顔をうずめた。おい、俺まで恥ずかしくなってくるんだが、おい。
ユーリィはともかくチギヨは「嘘だろ……マジかよ……詳しく……!」みたいな反応をしていて、プリムラさんココチヨさん辺りは満面笑顔を堪えきれていなく、ソテツに至っては「ま、こういう平和な光景も守るために、踏ん張らなくちゃね」と鼻で笑って他のメンバーの士気を上げてきやがる。
あんにゃろう……と思っていたらソテツは珍しくトウギリに「茶化すな……」とアイアンクローをされ、そして自分の手持ちのアマージョにつま先を踏まれて呻いていた。ありがとう常識人(?)ありがとう。
トウギリに感謝の念を込めているとアグリとかテリーとかジュウモンジ辺りの視線がグサグサ突き刺さってくるけど、手持ちのモンスターボールをチェックするふりして気にするのを止めた。ボールの中のルカリオが、普段見せないような笑みを浮かべていた。

ふと気づくと、スオウが城を見上げていた。
スオウは“闇隠し事件”が起きて以来、この【テンガイ城】にはほとんど近寄らなかったと聞く。久しい場所に思うところもあるのだろう。
皆の前に立ち、スオウは拳を天へ突きあげ声を上げる。

「本当は女王陛下たちと共に凱旋したかったが、それはお預けだ。皆、奪われた者取り戻すために、ここが正念場だ。クロイゼルを……止めるぞ!」

腕の先が示すのは、破れた空に浮かぶ空中遺跡。
静かに、でも存在感を放つその巨大な遺跡を、俺たちは見上げる。
おそらくアイツらもこっちの様子を伺っている気がした。
取り戻しつつある緊張感の中、着実にその時は近づいていた。


***************************


【ソウキュウ】の【テンガイ城】へ次々と人が集まっているのは、上空に滞空している空中遺跡からもよく見えた。
クロイゼルは、オーベムと何か交信している。ボクはマネネと共にその様子を見守っていた。
やがて、それは終了する。オーベムもクロイゼルも大きく脱力し、その場に座り込む。
小走りで駆け寄るボクを一瞥すると、クロイゼルはオーベムを労った。

「……これで終わりだ、オーベム、ご苦労」
「ずっとオーベムと何をしていたんだい、クロイゼル」
「記憶保存……バックアップだよ」

それは、オーベムを外部記憶装置として使ったということなのか……? と思っていたら「だいたい想像した通りだよ」と言われる。

「時間と空間を操るポケモンの力を借りるんだ。何が起こってもいいようにはしておかないとね……君はバックアップ取らないのかい、サモン」
「いや……遠慮しておくよ」
「……わかった。それも選択だ、無理強いする気はないさ。外の様子は?」
「【テンガイ城】に人もポケモンも集まっている。おそらくギラティナが【破れた世界】を広げきる前に、向こうも仕掛けようとしているんだと思う」
「そうか……マナの様子は?」
「特に変化はないよ」
「分かった……僕はマネネと共に最終調整して来る。オーベムのことは、頼んだ」
「頼まれた。行ってらっしゃい」

クロイゼルとマネネを見送った後、オーベムにオボンのみを食べさせながら、ボクはふと語り掛けていた。

「キミも酔狂だね。ユウヅキの手持ちだったのに、こんなところまでやって来て。彼の元に戻りたいとかは、無いのかい?」

オーベムは無言で首を縦に振る。何故帰る気がないのだろう、そう疑問に思い、質問を重ねてしまう。

「キミも、クロイゼルに惹かれてしまったのかい?」

小さな首肯。はたから見れば説明不足かもしれないが、ボクにとっては、それだけの答えで十分だった。
十分だったからこそ、ボクはオーベムに頼み事をしていた。


「一つ、キミに頼みがある……彼の痛みの記憶を、ボクにも見せて欲しい」


――――それはある種の賭けで、禁忌の領域だった。
他者の記憶を覗くことはモラルに欠ける。そういった良識的な感情もあった。
しかし、ボクはどうしても知りたくなってしまった。
はき違えだと理解していても、彼の痛みを、苦しみを解りたかった。
痛みの中でなおあり続けるクロイゼルのマナへの想いを、何が彼をここまで動かすかを知りたい。
知らなければ、真の意味での共闘は出来ないと思った。

彼の抱いた想いの裏まで知ってしまえば、きっと今までとは変わってしまう。
けれど、彼との関係も、自分自身の感情さえも代償として、その道をボクは選択する。

オーベムは「後悔するなよ」と言いたげに、ボクの目を見つめて手を伸ばす。
その手を取り、思いのたけを零す。

「あのクロイゼルが、見届けることを許してくれたんだ」
「ボクの力を貸してほしいって、願ってくれたんだ」
「だからこそ、ボクは全力でそれに応えるんだ」
「それが……ボクの後悔しない道だから」
「ボクの人生の、使い道だから」

「だから……お願いするよ」

頷くオーベム。流れ込んでくる、クロイゼルの記憶。
その幾重にも重なった気の遠くなるような感情に意識を同調させながら、何故かキョウヘイのことを思い返していた。
彼なら、この行動を愚行って言うんだろうな。
でも、どうせなら愚行じゃなくて愚直と言って欲しかった。
だってボクは、もっと自分に素直になりたかったんだから。

キミは執着を拭い去ると言ったけれど、ボクは執着なんて初めから持ち合わせていないよ。
だからこそ生きる目的を持つことを望んでいるのに、それすらも分からないから……他人の気持ちを解ろうともしないからキミは……気づいた時には失ってばかり。
キミを想って心配していたあの子のことも、そしてボクのことも取りこぼす。

だからキミは――――いつも遅いんだよ、キョウヘイ。


***************************


ユウヅキと共に城壁の上に居た私は、ふと宙に浮かぶ空中遺跡が気になっていた。
何故か……何か良くないことが起きた気がしたんだ。
空の裂け目はもうかなりの大きさになってきている。人もポケモンもかなり集まってくれた。
あとはもう、クロイゼルのところに突撃するだけだ。
でも、さっきの感覚が忘れられなくて、不安を覚える……。
私の不安が伝わってしまったのか、ユウヅキが私を抱える力を強める。

「大丈夫か、アサヒ」
『ユウヅキ……ちょっと何か嫌な感じがして、不安で……原因は、良くわからないんだけどね……』
「そうか、もし言いたいことがあるなら、言っておいて欲しい……そして、俺もこれから先に向けて、一つだけお前に言っておきたいことがある」
『ユウヅキ……それは、今言いたいことなの? 不穏なこと言っちゃあ嫌だよ?』
「尚更言いたくなった。言わないと後悔しそうだからな」
『ええー……まあ、聞くけどさ。何?』
「思えばずっと……面と向かって気持ちを言うことを怖がって、逃げていたなと思って」

僅かに口元を歪め、彼は少し切なそうな顔をする。
それは申し訳さもあるような、後悔をこれ以上重ねたくないような決意を秘めた目でもある気がした。

「俺もお前も、ちゃんと相手の返事を確認できる時に、想いを告げていなかったなと思って」
『確かに、お互い言い逃げしている感じ半端なかったね……』
「ああ……返事を聞くことも、伝えることもまともに出来ていなかった。本当は身体も、仲間も、すべてを取り戻して、償いの決着をつけてから言おうとも思ったが、その前に今も伝えておく」

彼が大きく息を吸い込むのを感じて、心臓の鼓動の代わりなのか、気持ちが熱くなっていく。
分かりにくいけど、私もたぶん緊張しているのだと思った。
彼が優しく私の名前を呼び、私も『はい』と聞く心構えが出来ていることを伝える。
思えばそうやって、ちゃんと私のことを「アサヒ」と呼んでくれるから、私はアサヒで居られるんだなって改めて思った。

私の顔を正面に来るように持ち直して、真っ直ぐ見つめる彼の月のような銀色の瞳はいつもよりいっそう煌めいていて、見惚れるくらいに綺麗だった。

「愛している。たとえ死が二人を別つとしても、共に在って欲しい」
『はい』
「俺と一緒に生涯を、歩んでくれ」
『私もっ……私も愛しているよ。こちらこそ喜んで……!』

今までちゃんと言えなかった想いが、言葉になった。言葉にできた。
ストレートにお互いの気持ちをちゃんと確かめ合ったら、ユウヅキは緊張の糸が解けたのか私を抱きしめながらその場にへたり込む。
それから彼は何度も何度も私の名前を呟いた後、こう囁いた。

「…………俺を好きになってくれてありがとう。大好きだ」
『あーもう! 体が戻ったらめちゃくちゃハグしたい……! ユウヅキの頭撫で繰り回したいよう! 大好き!』
「お手柔らかにな……そして絶対に……絶対に取り戻そう。そして一緒に償おう」
『うん……!』

昂る心を感じて、力がみなぎってくるような気がした。
不安がないわけではない。でも、それに負けないエネルギーを感じている。
その下手に名前が付けられないくらい強い感情は、確実に私の勇気になっていた。



――――やがてみんなが城壁の上に集う。空中遺跡へ攻め込む準備は、整った。
それぞれ各々の想いを抱きながら、破れた空を見上げる。
これで最後の戦いにしてみせる。奪われたみんなを取り戻して見せる。

決意と共にいざ挑もうとした、その瞬間。
私たちは――――破れた空の向こう側に、見てしまった。

その取り戻したいみんなの姿を、機械を取り付けられた大勢を目にした。

何度目かの携帯端末へのジャック。流れるのは、当然クロイゼルの声。
彼とマネネは空中遺跡の端からこちらを見下し、言った。

『どうせこちらの目的はもう分かっているんだろう――――なら、人質を解放してほしくば、その命を差し出せ。全員、あの子の復活のための材料になるといい』

直球過ぎるストレートな脅し。
でもそれは私たちに確実に刺さる、クロイゼルの、最大の一手だった。


***************************


人質を盾に脅し迫るクロイゼルは、宙に三つのボールを同時に放り投げる。

黒々としたそのボールから姿を出現させたのは、巨体なディアルガ。パルキア。それからギラティナ。
3体ともあらかじめマネネが敷いた『バリアー』で出来た空中足場に重い音を立てて着地し、咆哮を上げる。
すると各地で発生したゲートの中から、おそらくレンタルマークのついたポケモンたちが【ソウキュウ】に向かって進軍してくるのが遠目で見えた。

(くっそ、数が多すぎる……!)

トウギリは波導を遮断する装置を身に着け、自らの感知能力を封印している。
探知するのに関しては俺とルカリオがカギだったが……波導で探知するまでもなく、四方八方囲まれているのが分かる。
温存していた、もしくは集めさせたポケモンがここまで多いとは……!

今までとは比べ物にならないくらいのプレッシャーの中でも、レインとデイジーは冷静に分析する。

「人質で脅す手段を使わなければならないほど、向こうも猶予がないはずですが、さて……」
「あっちも手詰まりなら、このまま抗わないなんてこと今更できるわけがないだろ……! 本領発揮じゃん、ロトム!」
「私たちも続きます、ポリゴン2!」

レンタルポケモンシステムの開発者のレイン。そして<エレメンツ>のブレーン、電脳戦のエキスパート、デイジーがタッグを組み、ポケモンたちを操っているシステムそのものに反撃を開始する。

「私が彼女の、メイのサイキックを何年隣で研究し続けてきたと思っているんです。彼女をシステムの中枢に組み込んでポケモンを操っているのなら、真っ向からそのシステム、丸ごと解体してみせます!」

普段見せないようなレインの鬼迫ある声に、他のメンバーも猛る震えを隠せない。
そうだ。ここまで来て、ようやく再会まであと一歩だって言うのに。

「諦めきれるわけないだろ……諦め、きれる、わけが、ないだろ!!」

がなる俺の肩を、ルカリオが叩いて、視線を上に向けさせてくれた。
俺の声に、遠方から、天上の空の裂け目から遠い遠いやまびこのように返事が返ってくる。

それは。紛れもなくラルトスの声援だった。
クロイゼルの非道に、気持ちが屈していないのはラルトスも一緒だった。

「ラルトスっ!!」

張り裂けるような声で、ラルトスに手を伸ばす。ラルトスも俺に手を伸ばす。
ひとり、またひとり、声を上げていく。向こうも、こちらも、どんどん。続けざまに声を上げて行って、それは重圧を跳ね返していく……!
そして向こう側の全員が、俺たちに言った。


“こっちに構わなくてもいい! 負けるな!!”


それが起爆剤だった。

「行くぞ、突撃だ!!!!」

スオウの号令と共に、空を飛べるポケモンに乗れるメンバーは片っ端から乗っていく。
もちろん向こうも飛行するポケモンを差し向けてくる。

「落っこちるなよ、ビドー君、ルカリオ!」
「ああ分かっている!」

俺はソテツと共に、ガーベラのトロピウスに乗せてもらい、ルカリオを支えながら『はどうだん』で着実に相手ポケモンを狙っていく。
地上に残ったメンバーも、城外に打って出て、レインやデイジーたちを守るように動いた。
混戦極める中、空中足場に構えるディアルガ、パルキア、ギラティナがこちらを一掃しようとエネルギーを溜め始める。
レインのカイリューに乗ったシトりんとヤミナベが、真っ直ぐその3体の方へと突進していく。

「あはは、ユウヅキさん! ここは作戦通りに行こうか!」
「正直いまだに信じられないが、頼んだ、ふたりとも!」
「あの彼にも、そしてイグサにも頼まれたからね……あはは、久々に全力でいくよ。シトりんとして、シトリーと一緒に!」

ヤミナベがボールから放ったメタモンと共に、シトりんと手持ちのメタモン、シトリーが空中舞台に降り立ち、シトりんを含めたメタモンたちは、それぞれに『へんしん』した……!
二体ずつ鏡合わせのように並んだディアルガ、パルキア、ギラティナ。力を溜めていた向こうの3体に、こちらの3体の変身体が体当たりをして阻止をする。

『……ビシャーンッ!! ってね! あはは、メタモントリオの実力、見せてあげるよ』

ギラティナに変身した人語を話すメタモン、シトりんは突進の勢いを利用して、相手のギラティナを空中の台座から押し出し、2体はそのまま空中戦にもつれ込んだ。
急接近し合って、互いの身体にできた影から伸ばす大量の細く鋭い『かげうち』の押収を切り抜け、突き放された後展開された『げんしのちから』もそっくり返し、すべて撃ち落すシトりん。
シトりんたちメタモンのやっていることは、最初以外は実にシンプルだった。
相手の攻撃や動作に合わせて、攻撃と動作を合わせて相殺、相打ちにことごとくしていっている。

そう、あくまでこれは時間稼ぎだ。本当の狙いは、遺跡に居るクロイゼル。
当然アイツも狙われているのを分かった上で人質が機能しなくなったのを分かった上で、次の一手を繰り出してくる。

「構うなパルキア――――空間を分断しろ、『あくうせつだん』」

指示を受けたパルキアは、大きく振りかぶり、すべての刃を縦回転するように繰り出し、世界を真っ二つにした。
そして、その断面の先が“見えなく”なる。

辛うじてマネネの作った空中舞台、パルキアの居た中心軸の穴から向こうの空間が見える。
俺やヨアケたちの居る空間にはパルキアが、ヤミナベやアプリコットたちの居る空間にはディアルガがそれぞれ君臨していた。
天上の【破れた世界】の間近にいるクロイゼルは、裂け目を利用して二つの空間に同時に語り掛ける。

「同じ空間で拮抗していたディアルガの力とパルキアの力を別空間に分けるとどうなるか分かるかい? ――――バランスが、双方に傾くんだよ」

クロイゼルが言葉を言い終えると同時に、パルキアとディアルガの身体を光が包み込み、爆風と共に何かが炸裂した。
烈風に煽られながら、それでもパルキアの方に向き直ると……パルキアの姿が、変わっていた。
光輪を携え、大きな翼翻し、四本の脚で天架け、急降下するパルキア。
以前のパルキアに変身していたメタモン、シトリーは流石にとっさに対応出来ず、すれ違いざまのパルキア・オリジンフォルムの煌めく『あくうせつだん』で落とされてしまう。

向こう側でも戦局は動いていた。

ディアルガ・オリジンフォルムも光輪を携え、四肢をさらに鋭く、硬く、重く構え……輝く『ときのほうこう』でヤミナベのメタモンが変身していたディアルガを撃墜する。

「穿て、ディアルガ。刻め、パルキア。この忌々しきヒンメルを……バラバラにしろ」

怒涛のような吠え声を上げるディアルガとパルキア。
奴らの全力の時の咆哮と亜空切断が、この戦場のすべてを埋め尽くし、そして。



そして目の前が真っ白に埋め尽くされて――――意識が真っ暗になっていった。




***************************




…………気が付いたら、俺は大きな道路の脇に倒れていた。
徐々に、さっきの意識が途切れるまでのことを思い出して、勢いよく立ち上がる。
隣で仰向けになっていたルカリオを見つけ、意識を取り戻させる。幸い、ケガらしいケガはしてなさそうで、安心した。

俺たちは現在位置を把握しようと周囲を見渡す。
空は相変わらず破れたままだけど、どこからか強い日差しが差していたこの場所は、荒野だった。近くの道路の脇にはアパートに置いて行ったはずのサイドカー付きバイクがある。
乗れ、ということか……? と迷っているとどこからか爆音が鳴り響いた。
目の前を見覚えのある黒いトラック3台と、いかついバイクに乗ったライダーたちが猛スピードで通り抜けた。

「あいつらは……!」

確認するように顔を合わせたルカリオも頷く。すると通り抜けた彼らもこっちに気が付いていたようで、全員急ブレーキをした。
そして運転手たちは続々とトラックとバイクから降りてこっちに駆け寄ってくる。
真っ先に声をかけて来たのは、クサイハナを連れた<シザークロス>のアグリ。

「うおおビドー! ここはどこだ! あの世か!!?」
「知らねえよ……! でもなんかこの光景、見覚えないかアグリ」
「俺たちもそう思っていたところだ!」

違和感を覚えていたのは、俺たちだけじゃなかったか……ここがどこなのか、あの世なのか判別するためには、とにかく動かないといけないな……。
そう思っていたら、<シザークロス>の面々がやって来た方角から、あいつの声が聞こえて来た。

『まってー! みんなー! へーるーぷーみー!!』

声の主は、ヨアケだった。破れた空からこっち目掛けて落っこちて来た彼女を、慌ててキャッチしに行く。

「! 大丈夫か、ヨアケ!」
『ビー君!! 何とか! ビー君たちも無事?』
「一応、全員無事だ。<シザークロス>もいるぞ」
『おお……! なんかデジャヴを感じるな。ここでビー君たちと再会すると』

懐かしむヨアケに、トラックから降りたジュウモンジが「デジャヴ、か……案外その勘、外れていねえかもな」と零す。
続けて降りて来たアプリコットが「ビドー! アサヒお姉さん! 何がどうなっているか分からないけど、一回【ポケモン屋敷】の方、寄ってみない? もしかすると、もしかするかも」と促してきたので、とりあえず一同揃って、【ポケモン屋敷】があった場所へ向かうことにした。


ヨアケを抱かせたルカリオをサイドカーに乗せ、俺たちはポケモン屋敷の方角へと向かう。
しかし、ふと気づくと道路が途中で途切れていた。

「うわっ、なんだ、これ……?!」

そこにあったのは、暗い空間と道なき道だった。そこにあると認識は出来ているけど、真っ直ぐ走っているのか、正直自信がない。
でも遠くに各地の景色がプラネタリウムの星のように見える。それぞれの空間が、天上天下、星座のように繋がっているのが分かった。

次の空間までたどり着く。結論から言うと、屋敷はまだその場所にあった。
屋敷の前には、お嬢様が立っていた。
彼女も、戸惑った様子で、俺たちを出迎える。

「何故か私は、ここで貴方たちを待っていなければいけない気がしたのです。ビドーさん」
「元気、でしたか……ええと」
「思えば、ちゃんと名乗っていなかったですね。私はアリステア。祖父のエクロニと、あと客人と共に貴方たちをお待ちしておりました」
『アリステアお嬢さん久しぶり!』
「えっと、そのお人形さんは、アサヒさんですね。話は伺っております」
『よくわかったねって、え……誰から?』

その疑問の正体を、アプリコットを含めた<シザークロス>の面々は分かっているようだった。
俺とルカリオも、屋敷の中から出てこようとするあいつの波導で、腑に落ちていた。
もしも、この世界がヨアケを監視していたクロイゼルの既視の世界だとして。
ヒンメル地方の全員が俺とヨアケと出逢ったタイミングの世界に飛ばされて、似たような道筋を辿っていたら……アイツは過去のその時そこに居たことになる。

「灯台下暗しっていうかさ、お前……あの時、そこにいたのかよ!」
『え、あ、ええええ?!』

堂々と、悪びれずに、でもすぐに申し訳なさそうな物腰でアイツはサーナイトと共に現れる。

「すまない、実は居たんだ……」

屋敷の主人、エクロニに見送られて出て来たのは、ヤミナベ・ユウヅキ本人だった。
ヨアケとヤミナベ、なんてすれ違い方をしていたんだ……。


***************************


アプリちゃんが「ね、寄ってみて良かったでしょ?」と若干興奮しながら言う。
そのテンションの上がり様に、私は逆に冷静になってきていて、この世界の仕組みと意図について考え始めていた。
でも、考える間もなくそれらは襲来する。

「……気をつけろ、来るぞ!」

ビー君とルカリオの声で、私たちは周囲を警戒する。
【ポケモン屋敷】の世界の境界線を越えて、操られたポケモンたちがこちらへ向かって囲みにかかっていた。

「分断と各個撃破は、定石ってやつだよなあ!!」

ジュウモンジさんのとても的得た発言。
このままじゃ囲まれる……と、焦りそうになったその時、続けざまにやって来た皆が居た。

「ちょっとドイちゃん! どこ行くのよ……! って、あらアサヒちゃんたちじゃない?」
「マツ……ここに何かあるのだろうか」

見覚えのあるホルードを追いかけてきたネゴシさん。ゲッコウガのマツとハジメ君を筆頭に、複数のポケモンとトレーナーも境界線を超えやって来てくれる。
ポッポをはじめ、の黄色いスカーフを身に着けたポケモンたちが、トレーナーを引き連れてポケモン屋敷を守るためにやって来てくれたみたいだった……!

「皆さん……みんな……どうして……!」

アリステアお嬢さんが、口元を抑え感極まって、ぽろぽろと涙をこぼし始める。
そんなお嬢さんに、私は感じたままに言葉をかけていた。

『きっと、貴方の想いに応えて来てくれたんだよ。良かったね』

泣きながら何度も頷いたあと、お嬢さんは屋敷の中から傷薬を片っ端から持ってきて、それぞれのトレーナーに「使ってください!」と支給しに走っていく。
ホルードを追いながら泣き言を言いそうなネゴシさんをよそに、ハジメ君が私たちの背中を押してくれる。

「お前たちはここで足止めを食っている場合ではないだろう、ここはマツや俺たちに任せて先に行け」
「ああ、そうさせてもらうぞ、ハジメ! ……ヤミナベ、ヨアケと一緒に乗れ!」
「! 分かった」

ビー君のバイクのサイドカーにユウヅキを拾った私たちは、次の空間へと移動しようとする。ルカリオはオンバーンに乗って、後を追う。
<シザークロス>の方たちもここに残るみたいだけど、アプリちゃんとライチュウ、ライカがこっちを気にしていたから、私は声をかける。

「アプリちゃん、ライカ、行こう!」
「……うん!」

ジュウモンジさんたちにも「行ってきやがれ!」と念を押されて、アプリちゃんは空を飛ぶライカに乗って、私たちについて来てくれた。


***************************


次の世界は、【トバリ山】の山道だった。山の谷間の道を進んでいると、両側からまたポケモンたちが襲ってくる。そして目前には、カビゴンが鎮座していた。
アプリコットライチュウ、ライカと共に向こう側に回り込んで『サイコキネシス』でカビゴンを持ち上げようとした。しかしなかなか持ち上がらず、追手のポケモンたちが迫っていく。
俺のルカリオとオンバーンが構えた時、その追手たちに煙玉がばらまかれる。
そして俺たちの前に舞い降りて来た白い影……ユキメノコが、『ふぶき』で追手を氷漬けにしていった。

「おユキ、やっちゃってー。ビドー、大丈夫―?」
「アキラちゃん! 助かった!」
「おー、なら、よかったー」

フライゴン、リュウガに乗ってきょろきょろと辺りを見渡しているアキラちゃんに、ハジメなら先に会ったと伝えると、何故か微笑ましそうに笑われた。

「あー、ふふー、仲良くなれたんだねー、ハジメと」
「まあ、そういうことだろうな」
「えへへー……キミの願いの為にこれ、持って行って」

そう言って彼女が手渡してくれたのは、回復効果のあるきのみの粉末を携帯しやすくまとめたものだった。礼を言うと、カビゴンの方に異変が起こる。

アプリコットとライカが苦戦していたカビゴンが持ち上がっていた。
追加の『サイコキネシス』で援護してくれたメタグロス、バルドに乗ったミケがグレーのハンチング帽を被り直してキザなセリフを言う。

「おや、アサヒさん、ユウヅキさんたち、この世界の謎でお困りでしょうか?」
「ミケさん」
『ミケさん!! とっても困っています!』
「これは、探偵として腕の見せ所でしょうか」
「頼みます……ミケさん」

ミケにこの飛ばされた世界で再会した俺たちのシチュエーションと、俺とヨアケの旅路と今のところ重なっていることを伝えた。
彼は少し考えたのち、俺たちを推理で導いてくれる。

「ずいぶんと難解な事件だ。ですが、クロイゼルが観測したアサヒさんとビドーさんの旅路を元にこの世界の数々が構成されているのなら、おそらく最終目的地は【オウマガ】の空中遺跡でしょう。そこに、マナの魂が入ったアサヒさんの身体が守られているはずです」
『【オウマガ】……私とビー君の旅の終着点、だね』
「そういうことです……その、皆さん。今度こそこの事件、きっちり解決しましょう」
『うん、もちろん!』
「ありがとうございます、ミケさん」

この世界での指針を得た俺たちは、ミケとアキラちゃんにこの場を任せて、先に進む。カビゴンもアキラちゃんのあげたきのみを食べると、協力し始めてくれていた。


***************************


山道を抜けると、霧がかかった【トバリタウン】に出た。純粋に霧が濃いせいで、方向感覚が分からなくなる。ビー君とルカリオもちょっとどっちに進めばいいのか分からず、苦戦していた。
すると、地面に矢印の形をした『やどりぎのタネ』が設置されていることに私たちは気づく。
こういう気遣いをしてくれるのは、あの人しか心辺りはなかった。

この世界の切り替わり地点までたどり着く。
そこではソテツさんとアマージョ、ガーちゃんとトロピウスが一緒に待っていた。

「や、無事気づいたみたいだね」
「アサヒさん、この先はまた別の世界です……お気をつけて」
「そういうことだから、じゃあ」
『……ありがとう、ソテツさん! ガーちゃん!』

そのまま通り過ぎようとすると、「まったく」と零しながらガーちゃんが、ソテツさんを私たちの方に向き直させて、背中を押して突き飛ばした。

「おいおい、何のつもりだいガーちゃん?」
「ガーちゃんじゃありません、ガーベラです。トロピウスをお貸しするのでソテツさんは行ってください。貴方は私と違って、ここで足止めされていい戦力ではありません。サボらないでください」
「しかしだね……」
「貴方がすっぽかしている間も、私頑張っていたんですから。それとも信頼できませんか、自分の弟子を」

ガーちゃんはロズレイドを出し、トロピウスもソテツさんに乗れと催促する。
私もダメ押しで「ダメでなければお願いしてもいいですか……?」と頼んだ。
ソテツさんは「そういうとこだぞ、アサヒちゃん」と仕方なさそうにトロピウスに乗った。
ユウヅキが「正直少し頼もしい」と小声で言っているとビー君に「お前な……もっと警戒とか覚えろ」とツッコミ入れられていた。
不思議そうにしているアプリちゃんが可愛いなと思いつつ、ソテツさんとトロピウスを加えた私たちは次の場所へと赴く。


***************************


【スバルポケモン研究センター】の世界。ここでヨアケと相棒として手を結んだんだったか。
特に研究センターに入るまでもなく、アキラ君が入り口でチルタリス(名前はアマリーと言うらしい)と待っていた。

「……要するに、とりあえず君たちをその【オウマガ】まで送り届ければいいということか。ずっと後悔していたんだよね。君たちだけで先に行かせたこと。だから今度こそ一緒にって……言いたいけど、どうやら難しそうだね」

そう言って大きなため息を吐くアキラ君。この時間軸の【スバル】は人が出払っていた。外部からの研究員たちは地方外に避難している上、地下にヤミナベの母親のムラクモ・スバル博士が眠っている。
つまり、先ほどの【トバリタウン】もだがクロイゼル支配下のポケモンに攻められても研究センター守り切れるくらいの実力の誰かが残らないといけない状態だった。

「今回はその席はあの人に譲るよ。肝心な時に力になれなくて、ごめん」
『アキラ君……ううん、ありがとう。ここは任せるよ』
「うん……君たちの無事を、祈っている。ユウヅキ、ビドー、今度こそアサヒを守れよ」

アキラ君の言葉に、ヤミナベと俺はしっかりと頷く。
本当は一緒に行きたかった彼の願いを、俺たちは受け継ぐ。

研究所の奥から白衣姿のレインがカイリューと共に出てきた。
レインは、アキラ君に一度頭を下げると、彼の目を見て、守りを引き継ぐ。

「アキラ氏……申し訳ありません。スバル博士のこと、頼みました」
「申し訳ないと思うのなら、僕以上の働きをしてきてください。レイン所長」
「ええ。全力を出させていただきます――――行きましょう、皆さん」

眼鏡をかけ直してレインはカイリューと共に飛び立つ。
レインを追うように【スバルポケモン研究センター】の世界を後にする。一瞬ためらいそうになったけどこらえて呑み込んで、アキラ君を信じて次へと向かった。


***************************


次の世界は【王都ソウキュウ】。何故かここは激戦区となっていた。
住民が集まっている場所だけあって、お互い割かれている戦力もまた多い。
そして、ここまでは一本道みたいなものだったが、この先どこへ行けばいいのかがよく分からないのが致命的だった。

「ここの出口は何処だ?!」
「【オウマガ】行くなら【ハルハヤテ】方面じゃないの、ビドー?」
「そうは言っても、地図通りに繋がっている保証がねえんだよ……!」

レインに、向こう側のポケモンや人たちを操っているシステムの破壊はまだか、と聞く。
首を横に振るレインは「やはり中枢のメイに干渉できないと厳しいです」と険しい顔で言った。
迷ったまま大通りから、路地へと入る。このままじゃどこかで行き止まりだ。まずい、まずいぞ。
ポケモンたちの技が飛び交う中、悩みながらも進んでいると、オンバーンに乗っていたルカリオが何かを察知したようで、「ついてこい」と先頭に出る。
ルカリオを追いかけていくと、すごく見覚えのあるアパートとその前戦っているアイツらが居た。
チギヨとハハコモリ、ユーリィとニンフィアとグランブルがアパートを守るようにして陣形を組んでいる。
ルカリオはオンバーンに乗りながら、アイツらを攻撃しようとしていたタチフサグマに『はどうだん』をぶちかます。
チギヨたちがこっちに気づき、声を上げる。

「ビドー?! なんでこっち来た! お前はさっさと親玉倒して来いよ!」
「ふたりの帰る場所は、私たちが守るから! 早く行きなさいよこの馬鹿!」

散々な言われようだ!
……でも、正直こいつらの顔を見たことで、少し安心したのはある。
そんな俺を見てルカリオがわずかに微笑んだ。これを見越していたな……!
そして、ルカリオの指がヨアケを示し、「彼女と同じ波導を辿れ」と吠えた。
……そうか、マナの波導はヨアケと一緒。なら、俺には旅の終着点のマナの波導を辿れる……!
マナの元にたどり着ければ、ラルトスたちを捕らえているクロイゼルの位置が特定できる可能性も、何よりヨアケが身体を取り戻す機会も生まれる。

「道筋は見えたようだな」

俺を真っ直ぐ見据えるヨアケを抱えたヤミナベ。そのサイドカーに乗った彼らへ「ああ、届けてやるよ……!」と啖呵を切り、止めたバイクにまたがりながらルカリオと波導の波長を合わせる。
メガシンカを取って置きながら見つけるのはちょっときつかったけど、ユーリィたちが稼いでくれた時間のおかげで一本の糸筋が見えてくる。

「……こっちだ。行くぞ!」
『チギヨさん、ユーリィさん、みんな、もう少し踏ん張っていて!』

ユーリィとチギヨが背中を見せつつ手を掲げて振った。
サイドカー付きバイクのアクセルを再び踏み、進みだす。手繰るように俺たちは波導を掴んでいく。


***************************


路地を曲がり抜け、噴水のある公園前に出る。
すると、ビー君は一回ブレーキをかけた。たぶん、目の前の相手から敵意を感じたからだと思う。
まるで、待っていたように噴水に腰かけている彼女の姿に、思わずあの時の引き止めを私は思い返す。
そしてどうやら思い返しているのは、彼女も同じようであった。

「アサヒ。どうしてキミだったんだ」

あの時の続きを、彼女は――――サモンさんは口にする。

「どうしてキミがマナと同じ波動を持っていたんだ、どうしてボクじゃなかったんだ……」

噴水の裏手から、射出された矢の雨……『かげぬい』が私たち全員の影を地面に縫い付けその場から動けなくする。
サモンさんの隣に音もなく姿を現したジュナイパーが、その矢の先端を私たちに向けていた。

「うん……やっぱり八つ当たりでしかなかったね。ゴメン」
『それはいいけど……どうしても、どいてくれないんだね、サモンさん』
「そうだね。この先へは進ませないよ。ボクはここで……キミたちを止める」
『……そう、なんだね。そこまでクロイゼルのことを……』
「それはどうかな」

否定の言葉を口にした後、彼女は自嘲気味に嗤った。

「……結局ボクの執着ごっこはアサヒとは違って、独りよがりの紛いものだ。彼の痛みを知れば、少しは変われるかと思ったけど……やっぱり無理だった。結局ボクは誰かを愛する気持ちなんて解らないし、いつしか憧れに焦がれて燃え尽きるのかもね、だから……」

笑みを消し、ジュナイパーの弓引く力を強めさせるサモンさん。

「だから憧れる人生はこれで最後でいい――――」

矢先が、ユウヅキを捕えていると気づいた時、私は本能的に彼の名前を叫んでいた。
必死な私を見た彼女は、火蓋を切って落とす鋭い言葉をひとつ放つ。

「――――ボクは彼の幸せを全身全霊で祈る。クロイゼルが幸せな結末を迎えるために、ボクはすべてを投げ打つよ」

容赦なく放たれる一射。ユウヅキを狙ったそれを撃ち落したのは、ボールから出て来ていたソテツさんのアマージョの蹴りだった。
次に、まだ『かげぬい』の支配下にないアマージョは、ジュナイパーに撃たれる前に『とびはねる』による攻撃を狙う。

「キミも相当拗らせたものだね、サモンさん……!」
「ソテツ……キミにだけは言われたくないよ。仕掛けさせるな、ヴァレリオ!」

だけど、彼女たちがそう簡単に距離を取るのを見逃してくれるはずもなく、サモンさんの手差しした方に向け、ジュナイパー、ヴァレリオが高所のアマージョを的確に『うちおとす』。
姿勢とバランスを崩されたアマージョ。しかしそれでも空中で持ち直して『トロピカルキック』をしにかかる。
しかし、直撃は避けられ、蹴りは地面を抉るに留まった。

ここで私たちは、自らが踏みしめたタイル床が、反射したように輝いていることに気づく。
噴水の水が漏れたような水浸しの水中を巨大な魚影が、いやそれに見せかけた大量の小さなポケモンが泳いでいることに、気付く――――!

「! サイドカーから降りろ、ヤミナベっ!!」
「!?」

気配と波導を察知したビー君は慌ててユウヅキに叫んだ。とっさにユウヅキは私を抱えてビー君と一緒にバイクから飛び降りる。

「フィーア、喰らってしまえ」

『ダイビング』の巨大な水しぶきと共に現れたフィーアと呼ばれたヨワシの魚群に、バイクが細かく何度も打ちつけられ、最後には大きく打ち上げられてそのまま破壊された。

飛沫のように散開して水中に戻ろうとするヨワシたちを、アプリちゃんはライチュウ、ライカに『10まんボルト』の雷撃で仕留めにかかる。
着実に迫っていた『10まんボルト』の雷の線が、逸れていく。
その先に居たのは、手にもつ骨を『ひらいしん』のように構え電撃を吸い寄せたのは……彼女の手持ちの3体目、ガラガラだった。

「コクウ……ライチュウに『ホネブーメラン』!」
「避けてライカっ!!」
「くっ、オンバーンとルカリオ! カバー入ってくれ!」

ガラガラ、コクウの投げた骨がアプリちゃんとライチュウ、ライカに迫る。とっさにオンバーンとルカリオが彼女たちと一緒に床にもつれ込みブーメランの直撃をかわした。
でもまだ攻撃は終わらない。飛んできたのはブーメラン、つまり、外れた攻撃がまたアプリちゃんたちを狙って戻ってくる……!
アマージョは二発目の『トロピカルキック』でジュナイパー、ヴァレリオを牽制してからアプリちゃんたちの元へ向かおうとする。しかしその蹴りは屈んでかわされてしまい、反撃を許してしまった。
脚の影に『かげぬい』をされ、アマージョは今度こそ身動きが制限され間に合わない……!

(みんな……!!!)

アプリちゃんを庇うように必死に『アイアンテール』を構えるライチュウ、ライカ。ビー君のルカリオも拳を振りかぶり、ユウヅキもモンスターボールに手をかけようとするけど無理だ。止められない。
目を逸らせず、祈るしか出来ないでいたら、

「――――お待たせしました、カイリュー!」

視界の中でジグザグ軌道の一閃が、バトルフィールドを一瞬で駆け抜け『ホネブーメラン』を弾き飛ばした。
さらに手首を庇うジュナイパー、ヴァレリオとガラガラ、コクウ。
そしてヨワシのフィーアも少しだけ動きを鈍らせていた。
サモンさんは眉根を潜め、その、骨を弾き飛ばした、ただの一石を拾い上げた。
それを手に取った彼女は、瞬時に納得の表情を浮かべた。

「『ワイドブレイカー』……相手全体への力を削ぐ物理攻撃を、射出という形にしたんだね、レイン」
「ええ……計算まで時間かかりましたが構築完了です。カイリューもう一石装填です!」

ただの石ころにしか見えないそれは、カイリューの尾から放たれる力を受けまた特殊な軌道を描いて跳弾する。
しかし、跳弾の『ワイドブレイカー』、二度は通じなかった。その弾はガラガラ、コクウの前で何かに弾き返され、水地に音を立てて落とされる。
弾けた岩片、『ステルスロック』が私たち全員の辺りに漂い始めた。

「『ステルスロック』の群は、計算しきれないはずだろ?」
「ええ、無理でしょうね――――ただし私たちだけだったらの話ですが」

三度目のカイリューの『ワイドブレイカー』が、躊躇いなく発射される。
その弾は……真っ直ぐソテツさんのアマージョへと飛んでいった。

「ナイスパス」

アマージョが一度つま先でステップを踏むとその場で踊るように大きく回転。
『ワイドブレイカー』の力の輝石とこの場すべての『ステルスロック』を自らの『こうそくスピン』に巻き込み、そして少し飛び上がった後、

岩片をまるごと下方へ蹴り飛ばした。

『こうそくスピン』で放たれた岩片の一片一片が、漂っていたヨワシ、フィーアの『ぎょぐん』を一匹残らずタイルに釘付けにする。
その後、群れから引きはがされ浮いたフィーアの本体を、最後に蹴った跳弾が射貫いて戦闘不能へと追いやった。
そしてその蹴り放たれた弾丸は他の二体も襲っていく。
サモンさんに少し同情するくらい、彼らの底知れなさが見えた気がした。


***************************


圧倒的な技術を見せられても、サモンさんはひるまない。
速攻で次の一手を繰り出してくる。

「貫け、ロゼッタ!」

真っ直ぐに構えたモンスターボールから射出され飛び出て低空飛行で突撃するのはファイアロー、ロゼッタ。
燃える炎を全身に纏い『フレアドライブ』をするファイアロー。その狙いは、ソテツさんの乗っていた、ガーちゃんのトロピウスだった。
私たちがビー君運転のもと乗っていたサイドカー付きバイクといい、サモンさんは全体的にこちらの移動手段を潰しにかかってきているのが見て取れる。
トロピウスは自身の判断と大きな羽で『たつまき』を起こし、ファイアローを牽制。
わずかに風に勢いを殺されたファイアロー、ロゼッタをビー君とルカリオが『はどうだん』で狙い撃った。

竜巻と波導球に挟まれるファイアロー。アマージョに狙いを定められるガラガラ。そしてジュナイパーには、オンバーンとライチュウのライカ……そしてカイリューが注目している。
こっちが完全に数で上回っているのは申し訳ないけど、サモンさんがジュナイパー、ヴァレリオの『かげぬい』を解いてくれないと、私たちはどこにも行けないのが現状だ。
お互いそれが解っているからこそ、こちらはジュナイパーを狙い、彼女はその要を全力で守りにかかっているのだと思う。

こちらに目配せをするソテツさんに対して、ユウヅキは首を横に振ってくれた。
たぶんこのまま足止めされ続けてしまえば、彼女の目論見は達成されてしまう。だから、あの人は自ら汚れ役になろうとしてくれていたのだと思う。
かといって、個人的にはトレーナーのサモンさんを直接狙う真似は私もユウヅキも出来ればしたくなかった。
向こうはどんどん狙ってくるし詰めが甘いのは分かっているけど、でもその一線は超えちゃいけないと薄々思ったのはある。
迷って出来なかったのもあるけれど……結果的には、その判断は半分正解だった。


上から何かが空を切る音がする。次の瞬間にはその小さな隕石群は、私たちと彼女たちの間を大きな衝撃で分断した。
そのボーマンダによって空からばらまかれた『りゅうせいぐん』が、混戦になっていた戦いを、強制的に止める。
ボーマンダと背に乗ったトレーナーが誰か、ビー君とルカリオがいち早く気が付いたようだった。
ビー君は以前戦ったことのある彼らを見上げながら、その名前を呼ぶ。

「……キョウヘイ!」
「悪いがサモンの相手は俺の方が先約だ。ビドー……君たちはさっさとどけ。さもないと、切り捨てる」
「そうは言っても、『かげぬい』をなんとかしないとどうしようもねえんだよ」
「対策の一つくらいしておけ」

右手で眼鏡をかけ直し、もう片方の手でモンスターボールを軽く放るキョウヘイさん。
空中にて開かれたボールから出て来たリングマは、重い音を立てて着地して……吠えた。
轟音を立てて放たれる『ほえる』が、私たちの影を縫い付けていたジュナイパーを『かげぬい』で射抜いた矢ごと吹き飛ばす。
ジュナイパーをモンスターボールに強制的に戻されたサモンさんは、小さく笑って小言を零した。

「キョウヘイ……遅れて来たくせに、本当に偉そうだなあキミは」
「宣言通り、君を連れ戻しに来た。こんな奇妙な世界からはさっさと帰るぞ」
「帰るって……いったいどこにさ」
「それは……元の世界だろ」
「あそこにボクの帰りたい場所はもうないよ」

彼女の冷めた言葉を聞き捨てならなくて、反射的に私は否定していた。

『そんなこと言ったらカツミ君やリッカちゃん、悲しむよ……』
「ボクはその二人の家族を奪った側に加担したんだよ?」
『……でも!』
「加害者と被害者が同じところにずっと居るわけにはいかない。それはキミの方が痛感しているはずだよね、アサヒ」

サモンさんが放つ手痛い返答に言い負かされてしまう。
私自身もずっと、ずっと思っていたことだけに、余計にその言葉は突き刺さる。
考えてもなんて反論したらいいのか分からない。
無力感が募って、苦しみかけたところで……あの人が私の代わりに前に出た。

「気に病む必要はないよ、アサヒちゃん」
『ソテツ、さん……?』
「サモンさん、キミの言い分も解る……ずっと同じところに居られないのは、きっと互いが赦し合えないからだよね。自責も、他責も、長く続けば歪む。だから距離を置いた方が良いってのはオイラも同意かな……その上で一つ、言わせてもらうとするならば――――」

大きく息を吐き、彼は……先ほど穏やか諭しから一転して、低い声を出し彼女を威圧した。

「償いの一つもしようともしないで一緒であれないのは当たり前だろうが。開き直ったキミとは違って、アサヒちゃんとユウヅキは赦されないと思っていても努力をしてきた。正論ぶった言葉を掲げて逃げているだけのキミと同じにするな」

……誰よりも私とユウヅキを赦さないと言っていたソテツさんが、怒ってくれていた。
正直、驚いた。私と同じようにユウヅキも驚いている。
全員呆然としていたら、ちょっと慌てたようにソテツさんは私たちに先に進むように促した。

「行くよ、みんな。こんな駄々っ子にキミたちが付き合う義理はない。放って置こう」
「……………………先へは行かせない」
「やめておけ、サモン」
「止めるな、キョウヘイ」

ソテツさんが移動手段を失ったビー君と私を抱えたユウヅキを、自分との交代にトロピウスに乗せた直後。
サモンさんの懐から交代にとあるポケモンが現れる。
そのポケモン、オーベムには見覚えがあった。
当然だ。このオーベムは、もともとはユウヅキのポケモンだったのだから……!
オーベムから視線を逸らせないでいる私とユウヅキを見ながら、サモンさんは寂しそうに呟いた。

「よくわかったよ、ボクはまがい物だってね。でもまがい物にも、譲れないことってあるんだね」

サモンさんは再びガラガラ、コクウへと『ステルスロック』を指示して私たちを岩片で足止めしようとした。ソテツさんとアマージョは素早く反応してまた『こうそくスピン』で『ステルスロック』を巻き上げる。
技の効果でさらに素早く動けるようになったアマージョの足先から……突然火の手が燃え上がった。
私たちはそれが『しっとのほのお』だと気づくのが遅れる。
火傷を負って、苦痛に膝ついたアマージョの脇を高速ですり抜けたオーベムは――――ソテツさんの喉元を容赦なく突いた。
炎に揺れて、一瞬オーベムの姿が揺らぐ。
それは別のポケモンの姿をしていた気がした。

「!! ソテツさん、大丈夫!!?」

とっさに後ろにバックステップして直撃を避けていたはずのソテツさんが喉を抑えてせき込む。
心配して駆け寄ろうとしたアプリちゃんを、彼は手のひらを差し出し制した。
それからもう片方の手で喉を抑えながら、その手のひらの形を変えトロピウスを指さす。
アマージョはそのサインですべてを察し、トロピウスの背後に向かって蹴りを放った。
驚いて飛び立つトロピウス。ユウヅキはとっさに降りようとしたけど、抱えた私と目が合ってためらう。

「ソテツ!!」
「――――ッ!!!!」

ビー君の声に声なき声で何かを伝えるソテツさん。
彼が発した言葉は分からなくても、ビー君は感情を汲み取ったみたいだった。
ううん、波導の分からない私でも今のだけは分かる。

先に行けって言っているぐらい、分かっていた……!

「ヤミナベ捕まれ! トロピウス上昇してくれ!!」
「ビドー……いいのか」
『ビー君……』
「“自分の勝利条件を、救出の目的を忘れるな”。それがソテツの言いたいことだ……レインとアプリコットも行くぞ、早く!」
「え……でも!」
「……行きましょう、アプリコットさん」

迷うアプリちゃんとライカをレインさんとカイリューが無理やり連れ去る。
ビー君も苦しそうに、それでも前を向いていた。

「トレーナーの大事な喉を封じられた時点で、アイツは足止めを名乗り出た。だから俺たちは進まなくちゃいけないんだ、ヤミナベ」
「……今でもその理屈は分からない。解りたくもない。だが、信じなければいけないということは、分かる……」
『ソテツさんって、そういうところあるよね。一人で恰好つけるところ……』
「本当にそうだ……だから、絶対死ぬな、ソテツ……!」

痛切な想いが、声に乗って伝わる。だからこそ、私も前に集中しなければいけないと思った。


……辛うじて【ソウキュウ】の世界を飛び出た私たちは、彼の無事を祈りながら次の世界へと向かう。
世界の間の空間で、遠くに何か星空の背景以外の何かが浮かんでいる。
それは、透明な城塞のようにも見えた。
でも直感がそこにクロイゼルがいると告げている。
終着点への道は、もう少し長く続いていそうだった……。


***************************


燃え上がる公園の中で、サモンはビドーたちを逃がしたことを悔やんでいた。
きっと彼らならマナの元にたどり着く。そう確信をしていただけに、彼女はここで止められなかったことを後悔していた。
感傷に浸るサモンに、ソテツは出ない声で何かを必死に訴えかける。
それは憎まれ口や皮肉の類だったのかもしれないが、その声は彼女には届かない。

「そうだよね……『じごくづき』を喰らったら、声で指示出すのは辛いよね」

燃える炎に揺らめいて、オーベムの幻影が見え隠れする。
ファイアロー、ロゼッタとガラガラ、コクウ、そしてオーベムの幻影を纏ったゾロアークが、じわりじわりとアマージョとソテツに迫る。
今にも衝突しそうな二組の間に、割って入った者たちが居た。
リングマとボーマンダと共に割り込んだキョウヘイは、サモンたちの動きをけん制する。

「……どういうつもりだい」
「それは俺のセリフだ。手段を選ばないとしても、俺はともかく君はその一線は超えてはいけないだろ、サモン」

キョウヘイの視線は、喉を抑えるソテツを捉えている。
彼はサモンがゾロアークにさせた行為を、到底肯定出来なかった。
むしろ、彼女のことを見損ないかけていた。
それは彼女が目的を果たすために、このような暴挙をする人物だとキョウヘイは思っていなかったからだ。
キョウヘイは彼女のことを最低限自立している、それこそ“強い側”の人間だと思っていたのである。

孤高で冷めているようで、それでも最低限の正義感は持っていて、
いつも達観していて、でも時折忠告するぐらいには隣人想いで、
冷静な彼女をキョウヘイは、メンタルは己よりも強いと思っていた。

彼女のそれが、ほんの一部分の外面だと思わず、勝手に強者だと押し付けていた。

……言い換えれば彼は彼女の本質を見抜けていなかったともいえる。
苦しみに気づけず、否、無意識に気づかないよう目を逸らしていた。
あるいは彼には受け止めきれる、自信がなかったのかもしれない。
サモンの抱いている想いを、
彼女が隠していた“闇”を……

キョウヘイは固く拳を握り直して、目を逸らさないようにサモンへと向き直る。
そして、彼は視線を合わせた。
彼女の目はいつも通りどこか冷ややかにキョウヘイを捉え続けている。
目と目は合った。あとはやることは一つだった。

「ボクはキミが思っているような綺麗な奴じゃあないよ。卑怯で、卑屈で、弱い。それこそ弱くなったんだよ……どいてよ、キョウヘイ……」
「……君の相手は俺だと何度も言わせるな」
「ああ……そう、わかった。思えばキミとちゃんと戦ったことって、今までなかったね」
「そうだな、とことんまで付き合ってもらうぞ……サモン」

ポケモンたちが、彼女を守るように威嚇する。
サモンもキョウヘイに手を差し伸べ、その決闘を受け入れた。

「お望み通り付き合ってあげるよ、キョウヘイ」

アサヒたちの戦いの裏での、もう一つの戦い。
言葉をうまく尽くせない、不器用な者同士の、ポケモンバトルというコミュニケーションが今、始まろうとしていた――――





――――そして、その戦場に戻ってくる一組のトレーナーの姿があった。

猛スピードで空を飛んできた彼女は、相棒のポケモンと共にソテツの近くに降りて、こう口にする。

「――――今自由に動けるのは、あたしたちしかいないと思ったんだ。それに、ビドーじゃこういう融通はきかせられないからね……だから代わりに来たよ!」

震える声で己を奮い立たせる彼女たちの姿を見て、思わずソテツは苦笑いした。

(この子はオイラの意思を汲み取ったビドー君以上の馬鹿な子だ。それもまた若さゆえ、なのかね……)

強がって下手な作り笑いをする彼女を見て、ソテツは余計そう思わずにはいられなかった。


彼が先ほど示した勝利条件が――――更新される。


「全員生存と全員救出……自分を含めてみんなを救う。それがあたしたちの勝利条件だよ、ソテツさん!」

ライチュウのライカと共にソテツとアマージョの元に駆け付けたアプリコット。
彼女は勝利条件を上書きして、叩きつけたのであった。









つづく


  [No.1716] 第二十話中編 ねじれた時空と立ち塞がる神々 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/07/12(Tue) 09:02:57   13clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




少し前、【ソウキュウ】から次の世界へ移る通路に入ってすぐのこと。トロピウスに乗りながら私を抱くユウヅキが、とても思いつめた顔をしていた。
きっとユウヅキは……いや全員少なからずソテツさんを置いて行くことに抵抗があったんだと思う。
彼が私を見てあの場に残ることをためらったのは解っていた。私はそのことを責めるつもりはなかった。むしろ私こそ責められても仕方のない立場にいたと思う……。
お互い何も言えぬまま、それでも必死に前だけを向かなければと遠くの、おそらくクロイゼルの居る最終地点の透明な城塞を見つめていると、レインさんのカイリューに抱きかかえられたアプリちゃんとライカが声を上げる。

「……ダメだよ。ダメだって、このままじゃ! あたしやっぱり戻る!」
「お前、何のためにソテツが……」
「解っている! でも今のままだとみんな後ろを気にして、先の戦いに集中できないでしょ? だったら、ここはあたしたちがフォローしに行くよ……行かせて!」
「……その役割、お前たちだけで大丈夫か?」

ユウヅキがアプリちゃんを心配して声をかけるけど、アプリちゃんの方が一枚上手だった。
ソテツさんの救援に行きたがっていたユウヅキを指差し、彼女はびしっと宣言する。

「ユウヅキさんはアサヒお姉さんを守る。ビドーは波導で道を探す。そしてレインさんはレンタルシステムをぶっ壊さなきゃいけない。だったら、あたしとライカしか動けないじゃん! 大丈夫、後で必ず追いつくから!」

全員の目を順々に見ながら、「信じて任せて」と小さく祈るように言うアプリちゃん。ライチュウのライカも続けざまに鳴き声で訴えかける。
ビー君は片手で頭を掻きむしり、「だあもう!」と、がなってからアプリちゃんたちのUターンを許した。

「喉だけは特に気をつけろよ。お前の歌、まだ聞きたいんだからな!!」
「すまない……頼んだ」
「お気をつけて。先で待っています」
『アプリちゃん……ありがとう、お願い!』

私たちの声掛けに右手でVサインを作って、強い眼で応えるアプリちゃん。
ルカリオとオンバーンも「気をつけて!」と吠えてアプリちゃんたちを送り出す。
そのライチュウのライカと共に見せた彼女の背中は、とても格好良かった。

その後少しして、次の入り口が見えかけたところで、レインさんが緊張した面持ちのビー君に投げかける。

「……心配事が、増えましたか?」
「ちげえよ。アイツの行動に応えなければって思っただけだ」
「そうですね。さあ行きましょう、次の世界へ」

レインさんはふっと小さく笑って、カイリューと共に先行した。


***************************


道を辿ってやってきたのは【港町ミョウジョウ】の世界。
海そのものは相変わらず静かなままだが、港町と【イナサ遊園地】はにぎやか……つまりは騒がしくなっていた。
ルカリオとオンバーンが戦闘を担当してくれている間、俺は必死にヨアケと同じ波導の、マナの波導を手繰る。
ヤミナベにトロピウスやルカリオたちの指示を一任したが、どうにも色んなポケモンの波導が入り乱れているとやりにくい。
けど弱音は後にしなくては。先へと送り出してくれたアイツらに申し訳が立たない。
だから今はただ集中しなくては……!

前方の動いていない観覧車を止まり木にしていた飛行タイプのポケモンたちが、俺たちの姿を捉えて一斉に飛び立った。

「気をつけてくださいふたりとも!」

レインとカイリューが警鐘を鳴らしながら前方へと『ワイドブレイカー』を飛ばす。しかしすべてのポケモンに手傷を負わせる前に散開されてしまった。
まとまっている内に何とかしたかったが、もうどうしようもない。

囲まれてしまう俺たち……その背後に急接近する気配がいくつかあった。
後方からやってきた気配のひとつ、マスクをつけたような鳥ポケモン、ケンホロウが俺たちを狙う。

「ヤミナベ、レイン、後方からも来ているぞ!!」

嫌な角度からの『エアカッター』が、トロピウスを狙って射出された。
各方面からの対応に追われ、その背中を狙った一撃に手が回らない。
受けるしかないのか、と思ったその時。
腕に何か雫のようなものが当たった気がした。

ぽつぽつと降り始めた雨雫と共に風の流れが一気に変わり、『エアカッター』が逸れる。
技が外れた原因は、ケンホロウに追随していた――――大きなとさかのピジョットが放った『ぼうふう』の荒れ狂う風だった。

「ビドー! ユウヅキ! こちらに来て!」

空いた後方から誘う声が聞こえる。ピジョットに乗った彼女、ヨウコさんがグレーのポンチョをなびかせながら「ついて来てね!」と俺たちを誘導する。

「ヨウコさん! まだヒンメルに居たのか……! 巻き込んだなら、すまん……!」
「気にしないで。私も別の形でラストに協力を続けていたの。さっぱりした貴方も素敵よ、ビドー。今度一枚撮らせてね!」
「ど、どうも」

こんな緊迫した中で照れているのを隠せないでいる俺を、微笑ましそうに見つめていたカメラマン、ヨウコさん。
彼女は一言断りを入れたら、ピジョットの背に乗ったエレザードの『パラボラチャージ』で全体に電撃で攻撃を仕掛ける。
俺らにまで電流は飛んできて被弾したが、痺れる痛みはそこまで感じなかった。
その秘密は、地上にあるステージ場の方から送られていた技にあった。

先ほどから降っていた雨は、かつて劇場スタッフをしていたミュウトが指示を出すマリルの『あまごい』によるもの。
そして、その『あまごい』に重ねる形でステージの上でポケモンコーディネーター、トーリの手持ちであるミロカロス、ルカリオ、ロズレイド、サーナイトが円陣を組んで、雨雲へ『いのちのしずく』という味方全体回復技を四体がかりで乗せていた。

こっち側に降り注ぐ『いのちのしずく』を含んだ雨のお陰で、トロピウスたちの調子も良い。
それから、ヨウコさんとエレザードがあえて放つ技を『パラボラチャージ』に選択してくれたおかげで俺たちが麻痺して痺れる心配もほぼない。
俺たちを誘導しながらヨウコさんは、身代わり人形の姿のヨアケと彼女を抱えているヤミナベのふたりの名前をしっかり呼んでから、頭を下げた。

「アサヒ、ユウヅキ。ラストから大まかな話は聞いています。私があの時【オウマガ】に行くことを勧めてしまって、大変な思いをさせてしまって本当にごめんなさい」
『……ううん、ヨウコさんは悪くない。だってあんなことになるなんて、あの時想像ついている人なんていなかったよ』
「それに、あの時の貴方は悩んでいた俺たちの話を真剣に耳を傾けてくれた。それだけでも、俺たちは助けられていたんです」
『だから、ありがとう。ヨウコさん』

ふたりがヨウコさんに頭を上げるように促す。
ヨウコさんは、雨のせいか濡れた目元をぬぐいながら「アサヒの素敵なあの笑顔を取り戻しましょう。絶対にね」と誓った。

俺たちを追って、再び飛行するポケモンたちがまっすぐ並び突っ込んでくる。
ミュウトが、ミジュマルとミミロルの『てだすけ』で、ピカチュウとピチューに力を集めさせた。
その2体の『かみなり』の落雷が広がり、さらにポケモンたちを一線に並べさせるようなコースを作る。

「みんなが繋げたこのチャンス、無駄にはしない! トーリさん今です!」
「解っているとも……フィニッシュ決めるぞミュウト!」

俺たちが避難し終えたのを見た二人は、反撃に転ずる。
ミュウトがアマルスの、トーリがフリージオの名前を叫び、ぴったりのタイミングで『ふぶき』の技を解き放ち、追手を凍てつかせていった。

どうやらここはヨウコさんたちに任せても大丈夫そうだ。むしろ俺たちほとんど何も出来てねえな……と思っていたら、ヨウコさんに何か飲み物の入った軽い素材の容器を渡される。
それはきのみのジュースだった。ヨウコさんが下方を指差し「ミュウトが、自分も力になりたくて作ったそうよ!」と教えてくれる。
ミュウトと彼のポケモンたちが大きく手を振り、「僕にできることはこのぐらいだけど、応援しています、この先は任せるナリ!」と言い、トーリがキザに「皆の笑顔を取り戻すメインは頼んだ……だからここは任せて先に行きたまえ!」と促した。
感謝の意を示した後、この世界の出口までたどり着く。
雨音と共に見送られながら先を急いだ。


***************************


見渡す限りの平原と、その中心軸にドームが見える。
その四方八方と上空で攻防戦が繰り広げられているのは、紛れもなく<自警団エレメンツ>の本部、【エレメンツドーム】だった。

「ビドーのあんちゃんたち! ドームの中突っ切っていけ!」
「わかった、リンドウさん!」

入り口を守る警備員、リンドウさんとニョロボンの案内で俺たちはそのまま宙を飛んだままドームの内部に突っ込んだ。
決して広いとは言い切れない道を通りすがりのメンバーの指示に従って曲がっていくと、ドームの反対側出入口に出る。
そこでは先への道を守るようにスオウやトウギリが部下とポケモンを率いて戦っていた。
トウギリのルカリオ(俺のルカリオ含めて3体目だな、今日……)が敵陣に突っ込み、『ボーンラッシュ』の骨槍を振り回して大立ち回り。
彼らに負けまいとスオウとアシレーヌも『うたかたのアリア』の水泡波状攻撃で薙ぎ払っていく。
浮遊する円盤のようなジバコイルに乗ったデイジーが、レインを見るなりデータを持ったロトムを彼のデバイスに送っていた。

「さっき解析していた分、使える範囲で使うじゃん、レイン!」
「助かります、ありがとうございます……!」

ロトムのデータ送信が終わるまでの束の間、ソテツのことを必死に伝えていたヤミナベは、スオウに「あー……大丈夫だ、ソテツなら。アプリコットも一緒なら、尚更な。そんな気にしすぎるなよな!」と逆に励まされる結果となる。
回復班を務めていたプリムラもスオウに加勢し、ヨアケのことを気にかけていた。
ソテツに対して過信ではないだろうか、とちょっと不安にもなるが、でも実際俺たちの不安を少しでも取り除こうとしてくれていたのだと思う。

そんな混戦とした中、デイジーが一声提案を挙げる。

「プリムラ……ビドーたちについて行け。その方が良いと思うじゃん」
「え、わ……私? もっと向いているメンバーいる気もするけれども……」
「たぶんこの先の方にはいずれあの変身したディアルガとパルキア、それからギラティナにダークライは確実に待ち受けているはずだ。バトルの得意なメンバーも必要だが、一番必要なのは、継続戦闘能力……つまりは回復役のプリムラだ」

デイジーの言葉を皮切りに、他のメンバーが次々と「行ってください!」「ここは支えて見せます!」と続く。
締めにスオウが、「ユウヅキたちの援護、頼めるかプリムラ」と強気の笑顔で彼女の背中を押した。
推薦を受け取ったプリムラは、自身のポケモン、ハピナスと目を合わしてからポニーテールを素早く縛り直す。そして着物にたすき掛けをして、ハピナスをいったんモンスターボールに戻した。

「そういうことならわかった。やるわ……ぜひ、私にその役目、やらせて……!」
『プリ姉御が居たら、すごく頼もしい。こちらこそお願い……!』
「ヨアケと同意見だ。頼んだ、プリムラ」
「ええ……ええ!」

決意の眼差しで頷くプリムラを見届けたスオウは「景気づけだ!」と言いカメックスを出してメガシンカさせた。そのメガカメックスの砲台から放射されたダメ押しの『ハイドロカノン』の激流が、迫りくるポケモンたちを押し流していった。
その勢いに乗って、レインの後ろにプリムラを乗せ飛び立つカイリュー。ふたりを乗せたカイリューを追う形で、俺たちは【エレメンツドーム】のある世界を後にした。


***************************


プリ姉御は、さっそく回復用の道具の整理整頓をしてくれていた。
アキラちゃんやミュウトさんからもらったものも含めて、上手く配分し直してくれる。
そうこう言っている内に、次の世界へと突入した。

「次は、スタジアムか……!」

スタジアムの屋内へと入り口は繋がっていた。
ここはかつてビー君が大会に挑んだ会場。リオルがルカリオに進化して、ソテツさんが行方不明になったり、ユウヅキと少しだけ再会したりした場所でもある。

その色々あったスタジアムのホールは、座席の方も含めて乱戦になっていた。
スタジアム内にポケモンとトレーナーたちが入り乱れている。でもバラバラに見えるこの場にも、中心軸が存在していた。
相対しているレンタルシステムの支配下のポケモンたちは、皆一様にその真ん中のバトルコートに構える、ウツボットの蜜の『あまいかおり』に夢中になっていたみたいだった。
私とビー君は、ほぼ同時にそのウツボットのトレーナーが誰だか気づく。

「フラン!」
『フランさん!』
「あら、この香りはビドーさんと……ええと、どちら様でしょうか?」
『アサヒです!! 今は別の身体だけどアサヒです!!』

ユウヅキに手伝ってもらいながらすごく必死に伝えたら、何とか伝わったみたいでほっとした。
少々申し訳なさそうに「嗅覚をあてにしていたので、気づけなくてごめんなさい」とアロマなお姉さん、フランさんは謝った。そういわれると、何だかこちらも申し訳ない……。
どうやらフランさんはポケモンたちの注意をウツボットのシアロンの放つ『あまいかおり』で引き付けているみたいだった。
そしてユウヅキが言うには、ウツボットの引き付ける香りの他にもう一つ、力が湧いてきそうな香りがあるみたいだった。
もう一つの香りの正体は、私たちは初めて見るフランさんの手持ちのハチの巣ポケモン、ビークインのミオートが発していたものだった。

「やはり、集団対集団の中ではフロルの香りよりはミオートの香りの方が適任ですね。本来はミオートたちにしか効かないのですが、周りへもわずかに影響を与えているようです」

ビークインの『こうげきしれい』に合わせて、士気の高まった周りのトレーナーとポケモンの連携が飛び交っていく。

「みんないくよ。切って切って切りまくろうか」

フランさんの知り合いの少年、クロガネ君も、カモネギだけでなくエアームド、リザード、ドククラゲを従えて対局をよく見て手薄なところにカバーしにいっては洗練された『いあいぎり』を放っていた。
思わず声をかけるビー君に、クロガネくんは少し照れつつもキリリとした表情で受け応える。

「強くなったな……クロガネ」
「ビドーさんたちの方こそ。ボクはまだまだです。でもボクたちならもっと強くなれます。ですよね、ヒイロさん」

話を振られたビッパ使いのヒイロさんは、相棒のビッパ、ビッちゃんの『まるくなる』のジャストガードで相手の攻撃をはじき返しながら、クロガネ君の言葉に賛同した。
それからビー君を名指しで引き止めるヒイロさん。どうやら彼はビー君に何か言いたいことがあるようだった。

「ビドー。あの時言った、初めて戦った草むらのポケモンが一番強いと言った宣言を少し訂正させてほしい」
「お……おう」
「準決勝でリオルを進化させ、キョウヘイとの決勝戦を戦い抜いた君の姿を見て思ったんだ――――」

彼はビッちゃんと目と目を合わせて、言葉を続ける。

「――――草むらでも、自分でタマゴから孵したポケモンでも、他人から譲ってもらったポケモンでも。たくましいポケモンでも非力なポケモンでも、どんなポケモンでも強くなれる。そこに本当や真や賞賛に値するかどうかは関係ない。問題なのは誰と一緒に強くなりたいかだ」
「誰と一緒に強くなりたいか、か……」
「そう。だから僕はビッちゃんと最強を目指し続けるよ。だから僕たちも君たちももっと強くなれる」
「またずいぶんでかいこと、言ってくれるじゃねえかヒイロ」
「言い続けるとも……そしてその一環として、世界を滅茶苦茶にしてしまうくらいの、伝説と呼ばれるほど強いポケモンを従えている相手でも、君たちなら打ち破れると証明してほしい――――大丈夫、僕らは君とそのルカリオの強さを知っている」

けっしてそれは“無茶ぶり”を言っている人の言葉じゃなかった。ヒイロさんのビー君とルカリオに向けた目は、確信をしている人の目だった。
フランさんもクロガネ君も、その場の他のトレーナーもポケモンもビー君とルカリオに声援をかける。
ビー君は一度ミラーシェードをかけ直し、「そこまで買われたらやり遂げるしかないよな、ルカリオ!」と相棒に声をかける。
ルカリオも闘志に満ち満ちた表情で、ビー君に頷き返した。

「くー熱い! 負けてられないよ、負けてられないな、ジャラランガ!」

その場にいた感極まったヒエン君とジャラランガが、Z技『ブレイジングソウルビート』の烈風で道を切り開く。レインさんは「ちょっぴりはりきりすぎです」とヒエン君をたしなめながらも、小さく感謝を伝えていた。
ヒイロさんとビッパのビッちゃんタッグが得意の『ころがる』で仕上げのように切り開いた道を通させてもらう。

「アサヒさん。早く好きな香りをかげる身体を取り戻せることをあたくし祈っております」
『フランさん……みんなも……ありがとうございました!』

熱気と高揚に包まれたスタジアムを大勢に見守られながら潜り抜け、私たちは次の世界へと送り出された。


***************************


ここまで色んな人やポケモンたちに送り出されてきて、考えてしまう。
独りでは途中で倒れていただろうということと、力を貸してくれた者たちから託された想いの重さ……果たしてそれに応えられるのか? などと、そういうことを考えてしまうのは、この世界が暗闇に包まれていたからかもしれない。

次の世界の時間帯は夜だった。繋ぎの空間よりも暗いので、潜むポケモンたちに各地で苦戦しているようだった。
夜の王都、【ソウキュウ】の世界……ビドーは周囲の警戒を強めていた。彼から指示を預けられているオンバーンとルカリオにも、俺は索敵を頼む。
オンバーンが何かを見つけたと告げる。その声色から、敵対相手ではないことが伺えた。
ビドーの許可も得てオンバーンの案内する方へわずかに寄り道をする。
墓地付近でアサヒもその彼女たち見つけた。

『ユウヅキ、もしかして、あれココさんたちじゃない?』
「おそらくそうだが……動きがない。何か困っているのかもしれない。流石に行こう」

ココチヨたちから少し離れた場所で、コダックとザングースと一緒に周囲を警戒していた少年トレーナー、カツミがこちらに気づいて手を振る。
降り立つ俺たちの中で、真っ先に飛び出したのはプリムラだった。
ココチヨさんとハジメの妹のリッカが必死に手当てをしていた。その様子を静かに見守っているのは、ランプラー、ローレンスと青年イグサ。
手当を受けているのは、へんしんポケモンのメタモン、シトリーとその相方、少年の姿に戻っていた人語を話すメタモン、シトりんだった。
プリムラに手当の処置を引き継がれたシトりんは力なく笑った。

「あはは……ユウヅキさん、ヘマ踏んじゃった。ゴメン」
「ギラティナたちの相手を頼んだのはこちらだ、謝らなくていい……むしろこちらこそチャンスを掴めなくてすまない」
「悲観するのはまだ早いよ、ユウヅキさん。と言ってもシトリーはともかく……ボクはちょっと特殊だから、ケガが回復しにくいんだ……もう力にはなれそうにないや。まいったね」

プリムラが処置を終え、「確かにこれ以上は治療でどうにもできない部分よ……」と静かに首を横に振る。それでも笑みを作りながら、「少し楽になった、ありがとう」とシトりんはプリムラに礼を述べた。
コダックを撫でながらカツミが、少し迷いながらも俺とヨアケに声をかける。

「アサヒ姉ちゃん。ユウヅキ兄ちゃん」
『カツミ君、どうしたの?』
「……うん、これだけは言っておきたくて――――起っちゃったことの、全部が全部、ふたりのせいだけじゃないから。だから、気負い過ぎずに、ね!」

カツミの笑顔と心配は、俺の思いつめていたことを、見事に見透かしていたような気配りだった。
彼に続いて、ココチヨも「一緒に背負うって、協力しあうって決めたじゃない。困ったことがあったら言ってよね」とフォローをしてくれる。ポケモントレーナーでないリッカでさえも「わたしもわたしのできること、するよ。手伝えることあったら、言って……」と言ってくれた。

ここまで言われると、どうしてもアキラに“背負いすぎだ”と叱られたことを思い出す。
そうだな。そうだった……な。
期待に応えられるかどうかじゃない、やれるだけやって、そのあとは他の者に託せばいい。
心強い協力者は、大勢いるのだから。

「ここを、任せられるか」

感極まっているアサヒを抱えつつ、屈んでカツミに目を合わせながら、俺はそう頼み込む。
カツミは「へへっ、任せてよ! みんながいるから大丈夫!」と彼のポケモンたちと共に胸を張って答えた。

そのような会話を交わしていると、イグサと話していたビドーに呼ばれる。

「ヤミナベ、向こうの林に……アイツらとラストがいる。そんな不穏な空気じゃないが、そっちも一応見ておくか?」

ラストはともかく、他の者たちは誰なのだろうか……?
俺には判別つかないが、ビドーがわざわざ名前を伏せる人物だということはわかった。
イグサに「僕も役目はあるけど、しばらくはここでシトりんを……もちろん、彼らのことも守っている。だからそちらは頼む」と促され、とりあえず俺たちは林の木陰へと向かった。


木陰に潜んでいたのを発見されたラストは「流石波導使いですね、気配をなるべく消していたのですが……」と、彼女のデスカーンと共に苦笑する。
その傍らには……白シャツ姿の白い手袋をつけた男、かつて通り魔をしていたクローバーがドレディアを連れてこちらを気まずそうに眺めていた。

「いやはや、貴方たちにだけは見つかりたくなかったのですがねぇ……シルクハットとタキシード抜きで、私だとわかりますか?」
「わかるさクローバー。アンタとそのドレディアには散々苦戦させられたからな」
「おやおや、それは光栄ですね……しかし、まぁ……その、なんですね……」

ビドーをからかいつつも俺を見て口ごもるクローバー。ドレディアが彼を庇うように近づく。
そんなドレディアをクローバーは「いいのですよ」とそっと引きはがす。

「私はねユウヅキさん、あの少年は全部背負うなと言っていましたが、私は貴方が全部背負うべきと考えていました。何もかもあなたのせいだ……と、少し前まではそう思っていました」
「…………今は?」
「私も償う側に立って、少しだけ貴方の立場の難しさを理解することになるとは……皮肉だとは思いますと、叶うことなら早く償い終えたい、とでも言っておきましょうか。こんな償いなんて曖昧なものに、いつまでも囚われている方が人生を損していますよと」
「それでも、それだけのことを俺たちは引き起こしたんだ……」
「おやおや……手厳しいですねぇ。まあしょうがないですね。まあ、少なくとも今はあの少年たちに借りを返すまでは働くとしましょうか、クイーン」

そう言ってクローバーはクイーンと呼ばれたドレディアと共に闇夜の中を巡回しに行った。
ラストが「彼の償いは、私どもが見届けますから、貴方たちはどうか先へ」と短く言ってデスカーンを連れクローバーの後を追った。

「つけた傷痕も、受けた傷痕も完全に消えるものじゃないわ。だから難しいのよね」
「それでも、彼なりに肩の力を抜けと仰っていたのでしょう」

プリムラとレインが、そう付け足してまとめ、寄り添ってくれる。
その彼らの支えもあって、俺は前に進めることを忘れないようにしなければと思った。
それこそ気負い過ぎ、なのかもしれないが……譲りたくない部分であるのも、確かだった。


***************************


夜の王都を抜けた後の次の世界は、列車内だった。
特急列車【ハルハヤテ】。おそらくもうすぐ終着点の【オウマガ】は、近い。
列車内は人もポケモンも俺たち以外はいなくて、乗客たちは皆外で応戦していた。
ぎゃいぎゃいと叫ぶ声が聞こえてくる方を見やると、ひとりの女性がもうひとりの小柄の女性をかかえてひた走っていた。

「ちょっとアンタ! こんな最中にいつまでも寝ているんじゃないよ!!」
「近接戦は苦手なので。遠距離戦になったら起こしてください。ぐー」
「起きろぉっ!!!!」

深紅のポニーテールを揺らしながら、半分以上寝ている空色のショートボブの丸眼鏡の女性、ユミを担ぎ攻撃から逃げ回っているテイルは、彼女を何度も起こそうと呼びかけつつ手持ちのフォクスライへ必死に指示を出していた。
ユミが「仕方ないですね」と言いながら、どぐうポケモン、ネンドールを繰り出し、ふたりを遠くから狙っていたマタドガスに『サイケこうせん』のレーザーで撃ち落していた。
その反対側では青バンダナのトレードマークのテリーが、オノノクスのドラコと車線上のトロッゴンなどのポケモンたちを投げ飛ばしている。

「テリー!」
「ビドーか。ちくしょうキリがねぇ……あいつを、メルたちをもう少しで取り戻せそうっていうのに……!」

だいぶ近くまで降りて来た空の裂け目を悔しそうに見上げるテリー。その空の向こうにはあの狭間の世界で見た透明な城塞が、すこし空でも飛べば届きそうな距離にあった。
そしてここまで近づいたことにより、大勢の波導の集団が……わりとすぐ向こうの世界にでもありそうなぐらい近づいていた。テリーのカンは当たってはいた。

しかし、その場所に続く道には、ひとつ問題があった。
慎重に遠くを見る俺とルカリオに、ヨアケが心配して声をかける。

『ビー君? ルカリオ? ……どうしたの。この先に何かがあるの?』
「問題、っていうか……道が、ふたつに分かれてやがる」

分かれ道の先は、両方同じところに続いているようだった。
そこまでは、まだ良い。問題はその二つの世界に待ち受けているものだ。

「テリー……ここを、任せてもいいか」
「……ビドー、今はあんたにカッコつけさせてやる。ただし、最前線の先陣譲るからには、ちゃんと決めるとこ決めてこいよな」
「ああ、行ってくる」

テリーたちにポケモンたちを任せつつ、プリムラとレイン、ヤミナベ、そしてヨアケを呼び集める。

「聞いてくれみんな、この先はふたつに分かれている。いったん二手に分かれるしかないと思う」
「……先に、何が待ち受けているのか、教えてくれないかビドー」
「ああ。絶対の保証はないが――――片方はディアルガとメイ。もう片方はパルキアと……マナの波導が感じられる」

メイとマナの名前に、ヨアケとヤミナベがわずかに反応した。メイはふたりも取り戻したい相手で、マナの魂の入ったヨアケの身体は……とうとう巡って来たヨアケが元の身体に戻れるかもしれない機会。
道はふたつにひとつ。二組に分かれるにしても、どちらかをレインやプリムラに任せる必要があった。

迷う俺たちの背を押したのは、他ならないレインとプリムラだった。

「メイのことは私とプリムラさんに任せて、貴方たちはアサヒさんの復活を優先させてください」
「私もレインさんに賛成。ユウヅキはもとより、ビドー君もそっち行きたがっていたのは、言わなくても解るわ」
「大丈夫です。メイには私で我慢してもらいます。そのくらいは、聞き分けられる子でしょうから、あの子は」

そう軽口を叩くレインを横目に、「きっとレインさんもメイのところに行きたいと思うの。だから彼の気持ちも汲んであげて」とプリムラはウインクしながら俺たちに小声で囁く。
どよめくヨアケとヤミナベに咳払いし、「聞こえていますよ」と苦笑いするレインは、彼女にカイリューに乗るように促した。

「レイン! そのまま真っ直ぐオウマガの遺跡跡地、そこにメイとディアルガはいる!」
「わかりました。そちらもご武運を!」

飛び立っていくカイリューを見送った後、俺はオンバーンを一度ボールに戻し、ルカリオと一緒にヤミナベを連れて列車内に戻る。
気配通りに辿ると、車両の間のあの場所に、その【破れた世界】へのゲートは開いていた。

『これって、私がギラティナとサモンさんに連れて行かれた時の……』
「ディアルガとパルキアは別の世界に居ないとあの姿になれないのだとしたら、どっかで道が分かれていると思ったんだ」
『なるほど。なんか、思い出すね、色々』
「だな……結局、あの助けを求められて以来、俺はヨアケの無事な姿、見ることは出来ていなかったな」
『ビー君……』

じわりと迫る後悔を思い返していたら、ヨアケの代わりになのか、ヤミナベが、手を差し出す。

「一緒に助けよう。力を貸してくれ、ビドー」

ちょっと面食らったが、しっかりと手を握り返して、「もちろんだ」と答える。
その後に、様子を見ていたヨアケが唐突に、俺に礼を言った。

『ありがとうね、ビー君。助けを求めたのがキミで良かった』
「気が早いぞ」
『ううん、そうでもないよ。ビー君のお陰で、何度私は救われたことか……どんなに心強かったか……』
「……あー、まあ、その続きはちゃんと無事に戻ってからだ。これで戻れなかったら笑えねえしな」
『まあ……そうだね』

半ば強引に言葉を引っ込めさせると、ルカリオと目が合う。心配、というより静かに見守ってくれている感じだった。

(……俺の方こそ、アンタには救われているよ。だからこそ、助けたいし力になりたいんだ)

口にこそ出すのは何故か出来なかったけど、その想いはルカリオとだけ共有する。
今は、それだけで十分だった。

「さあ、ここからが踏ん張りどころだ……行くぞ!」

あの時届かなかったその先へと足を踏み入れる。
今度こそ、その手に掴み取り戻すと誓って、前へと進んだ。


***************************


……とうとう、見つけた。

遺跡内部、かつてハジメと戦った大広間よりさらに上の階の祭壇の間。
その場所の空中でマナは、棺を縦にしたような半透明な『バリアー』の中で、守られるようにして眠っていた。
当然そこには空間の神とも呼ばれしポケモン、パルキアがオリジンフォルムのまま顕在している。
ヤミナベと俺は、それぞれゲンガーとルカリオを連れながらパルキアに相対する……。

いななくパルキア・オリジンは肩から生えた翼を大きく薙ぐと、蹄を思い切り床へ叩きつけた。
空間に亀裂が走るが、パルキアの呼吸に合わせて修繕されていく。どうやら切断するだけでなく、繋ぐ能力も兼ね備えているようだった。伊達に空間の神とは呼ばれていないってことか。
だが、たとえ神と呼ばれるポケモンでも、引き下がる理由は一つたりともない!

「いくぞ、ルカリオ! メガシンカ!!!」

温存しておいたルカリオとのメガシンカの切り札をここで切る。
ルカリオとの波導によるリンクもきっちり繋ぎ、万全の態勢を取った。
波導を繋げることで消耗しやすくなる体力の問題は、これまで他のメンバーやヤミナベに戦ってもらっていたことでカバーされていた。
だからこそ、思う存分戦える……!
何より、ヨアケを助けるためにここで切り札切らなきゃ、いつ全力を出すんだって話だ!

「『はどうだん』!!」

四足で突進してくるパルキアにまずは初撃、小さく圧縮してスピード重視の波導の弾丸を打ち込むメガルカリオ。
その直球は確かにパルキアの身体を捉えた。けれど、パルキアの勢いはまったく下がらない。
俺たちとパルキアの距離はまだあると認識した瞬間、ヤミナベが虚空にゲンガーの『シャドークロー』を振るわせた。
まるで示し合わせたかのように、いつの間にか間合いを詰めていたパルキアに『シャドークロー』が吸い込まれ傷をつける。
驚くパルキアの顎に、メガルカリオの『スカイアッパー』が入り、仰け反らせ攻撃を一時中断させることに成功した。

「悪い、助かった!」

頷くヤミナベは、前に向き直りゲンガーに『さいみんじゅつ』を狙わせる。
射程圏に入っていたはずのその技は、やはりというか、距離を取られていて届かない。
そうかと思ったら、次の瞬間には背後から『パワージェム』を引き連れたパルキアが跳躍していた。

“――――空間を削ることのできるパルキア。その間合いは、常に向こうのものだと思った方が良い”

事前に『あくうせつだん』使いのダークライと共に戦っていたことのあるヤミナベに忠告されて、心構え出来ていたとはいえ……すぐに対応しきれるものでもない。
複数の『パワージェム』をこちらも分散させたメガルカリオの『はどうだん』で撃ち落すも、どうしても全弾は防ぎきれず撃ち漏らす。

その一撃が、ヤミナベの肘をかすり、抱えていたヨアケを弾き飛ばした。

「! アサヒ!!」
『ユウヅキっ!!』

宙へ舞ったヨアケが、そのまま凍てつく風に攫われてさらに上方へ押し流される。
メガルカリオがとっさに飛び上がろうとするも、あるはずのない空間に見えない天井が出来て阻まれる。その天井床にヨアケは転がってしまった。

「ヨアケ!! 大丈夫か!? ……くそ、向こうの声聞こえねえ!」

パルキアの放った見えない空間の固定とねじれにより、音と移動を阻害され、俺たちとヨアケは分断させられてしまう。
色々気になることは多いが、そもそもあの『こおりのいぶき』を放った新手は一体どいつだ……?
気配を感じて周囲を警戒し見渡すと、6つの大きなゲートに俺たちは囲まれていた。

「まずいな……」

一歩一歩近づいて来る気配で、もうその新手が何者か俺とメガルカリオは嫌でも解っていた。続いてヤミナベとゲンガーも、姿を見て瞬時に状況を悟る。
そのうちの一体に、俺はダメもとで軽口を叩いた。

「久しぶりじゃねえか。無事……じゃあなさそうだが、大丈夫か、“ドル”」

ヨアケの相棒ポケモンのドーブル、ドルからの返事はない。代わりに鋭い敵意の視線が俺たちに注がれる。
敵視をしているのは、ドルだけじゃない。デリバードのリバ、パラセクトのセツ、ギャラドスのドッスー、グレイシアのレイ、そして先ほど『こおりのいぶき』を放ったラプラスのララだった。


デリバード、リバが『こおりのつぶて』で俺の脳天を狙ってくる。とっさに屈んで避けるも次にはパラセクトのセツの『タネばくだん』がばらまかれた。
爆発の中行きつく暇もなく、グレイシアのレイの横薙ぎ『れいとうビーム』を縄跳びする羽目になる。

アイツらが何故俺たちを狙ってくるのかは分からない。もしかしたらヨアケの身体を守れとクロイゼルに命令されているのかもしれない。
ただ解るのは、ヨアケの手持ちたちがパルキアの増援としてこの場に呼び出されたということと、それによってだいぶ不利に、窮地に立たされているということだった。


***************************


眼下で行われている戦い、私のポケモンたち、私の仲間たちとの壮絶な再会に、ただ声を上げるしか出来なかった。

『ドルくん! リバくん! セツちゃん! ドッスー! レイちゃん! ララくん!』

必死に声を張っても、みんなに、ビー君やユウヅキにさえ私の声が聞こえていないのは明白だった。
みんなが傷ついて行くのをただ見ているしか、出来ないの……?

『……いや、何かできるはずだ。私にだって、まだ、何か……!』

諦めるって選択肢はなかった。
もう前にクロイゼルに負けていたからこそ、一度ユウヅキから離れかけたからこそ、余計にその選択肢は残っていなかった。

『今度こそ負けないって、屈しないって決めたんだから……! 一緒に生きるって決めたんだから!!!!』

視界の意識を閉じて、精神集中する。
私はビー君みたいな波導使いではないけれど、今の私でも感じ取れるものはあった。
それは、私自身の心。
そして、あの子の心。
全く同じ波導なら、私にだって呼びかけられるはず……!
だって今まで一緒の身体にいたんだから!
あの子の想いを感じていたんだから!!


『だから、応えて! ううん違う――――いい加減寝たふり止めて応えなさい、マナ!!!!』


暗中の意識にダイブして、私の身体に入っているマナの存在を探る。探る。探る。
たとえ空間が切断されていたって、私にはこうしてみんなは見えている。だったらマナにだって何も届かないはずは、ない!
耳を澄ませ、物理的なものだけでなく、私の全身全霊で、感じろ……!!!!




「――――よう」
『! ……!? 今のって……?!』


……祈るように願い続けていたら、聞こえた気がした。
きっと、それは気のせいなんかじゃない。
確かに、聞こえたんだ―――――――――――――「おはよう」って、聞こえたんだ。
聞こえたから、私も『おはよう』と返す。
すると、くすくすと笑われた。

肌に感じるように聞こえたのは、幼い子供のような無邪気な、でもどこか寂し気な笑い声だった……。
思ったより流暢に、その笑い声の持ち主は私に語りかける。

(――――笑ってゴメン。でもキミはずいぶん頑固さんだねー、さすがにわたしも降参するよ)
(えっと……貴方が、マナ?)
(うん。わたしがマナフィのマナ。もう知っているかもだけど、クロの友達のマナ。改めて、お邪魔しているね)
(……私はアサヒ。ヨアケ・アサヒ。やっと、話せたねマナ……私の身体、返して)
(本当に話せるまで長かったね。アサヒのお陰でここまで喋れるようになれたから、わたしもできることなら返してあげたいよ……でも、わたしの力だけじゃダメかな)
(そうなの? てっきり、『ハートスワップ』……心を入れ替える技は貴方のものだと)
(クロに『ハートスワップ』を貸しちゃっているからね。今のわたしには使えないよ)

今の私たちに目の概念はない。お互いが光のシルエットのような存在にしか認識できない。
でもマナの中心にはぽっかり穴が空いているように見えた。欠けたその部分に、力があったのだと思う。

マナとコンタクトを取れたのは良かったけど、今度こそ手詰まりなのだろうか。
強がっていても襲ってくる不安をはねのけていると、マナは私にひとつの提案をした。

(心を入れ替える技は使えない。でも、もうひとつなら使えるよ。ただ、それは身体を全部返すのとは、違うし、使ったらお互いどうなるか分からないけど……それでもいいならわたしはアサヒの力になれると思う)
(……そうすれば、私の声はみんなに届く?)
(それはわたしたち次第かな。でもアサヒ、知っている? ――――心はね、どこまででも届くんだよ)

不思議と、その言葉には私を突き動かすだけの力が籠っていた。
恐怖を乗り越えさせるだけの、応援が籠められていた。

響いた心に、震える魂に、勇気が湧いてくる。


(キミの勇気を、わたしに頂戴、アサヒ)


差し伸べられた手。
決意の一手。
マナの手を、私は勢いよく取り返した。
そのまま引き寄せられ、どこかひんやりとしたマナの心に包まれる。
まるで海の中に居るような感触がした。


…………。
………………一気に、意識が覚醒する。
目蓋から光が入ってくる。
口から呼吸音が、心臓から鼓動が聞こえる。
身体の熱さに、手を握る感触に、自分自身を取り戻したことを実感した。

ただひとつ、変わらないようで変わったこと。それは、

「『ブレイブチャージ』成功……さあ、一緒に行こう! アサヒ!」
「……うん、行こう、マナ!」

マナの意識が、私の中ではっきりと感じられることだった。

身体の主導権を返してもらい、私はマナのアドバイスに沿いみんなに呼びかける。
断たれた空間越しに、私は心を乗せて、声を届けた。


***************************


アサヒのポケモンたちの動きが、止まった。
今まで俺たちを攻撃していたそれぞれの様子が、急変する。

――――戸惑っているように苦しむグレイシアのレイ。
――――ラプラスのララも混乱してうずくまっていた。
――――デリバードのリバはぎゅっと袋を抱きしめて。
――――パラセクトのセツは頭のキノコを掻きむしり。
――――天に向かい吠え始めるギャラドスのドッスー。

その仲間たちに囲まれている中、ドーブルのドルは静かに固く拳を握り、体を震わせていた。

「ヨアケの声が、聞こえる……」

ビドーとルカリオ、そしてゲンガーも反応を示し断たれた天井を見上げ、そして捉える。
転がっている人形の方ではなく。透明な棺の中で、扉を叩きながら必死に俺たちに呼びかけるアサヒの姿を……見つけた。

彼女の口の動きと一緒に、体の芯に言葉が伝わる。
それは、俺の名前の響きをしていた。
彼女の声は、俺たちに届いていた!

「アサヒ……アサヒ!!!」

再びパルキア・オリジンのパワージェムが俺たちに降りかかる。だが、それを防ぎ絡めとるように、俺たちを守るように網が展開された。
その白い網は、パラセクトのセツが放った『いとをはく』によって作られたモノだった。
すかさずデリバードのリバは目くらましに使う紙吹雪入りの『プレゼント』をパルキアに叩きつける。

「お前たち……」

アサヒの呼びかけに、彼女の手持ちたちの攻撃はこちらに飛んでこなくなった。
むしろ彼女を取り戻すため共に戦わせてくれと、グレイシアのレイは訴えている。
その願いは俺たちも同じだと伝えると、レイは嬉しそうに頷いた。

彼らの攻撃で生まれたわずかな隙。その中で俺は思いつく限りの作戦の道筋を繋げて、選択をする。
ビドーとメガルカリオ、そしてアサヒのドーブル、ドルに呼びかけた。

「ビドーはルカリオに最大級の遠距離大技を頼む!! ドルはパルキアをよく見てスタンバイだ!!」
「わかった!! ルカリオ、フルパワーで『はどうだん』!!!!」

両腕を掲げて巨大な『はどうだん』を形成し始めるメガルカリオ。俺の指示をドルは瞬時に理解して、絵筆もかねた尾を構え始める。
俺はもうひとつ、ヨノワールのモンスターボールを放り投げながら、ゲンガーと一緒に指示を与える。

「捕らえろっ! ヨノワール『くろいまなざし』! ゲンガーは『シャドーボール』でカバー!!」

瞳を黒く輝かせたヨノワールの眼差しが、パルキア・オリジンをこの場にくぎ付けにし逃れられないようにする。ゲンガーのシャドーボールと共にラプラス、ララが『こおりのいぶき』で牽制、そこにルカリオの巨大『はどうだん』が叩き込まれた……!

かわすタイミングを逃したお前は、『あくうせつだん』で空間ごと裂いて相殺するしかないだろ、パルキア!!!!

「今だドル……描きそして盗め! 『スケッチ』!!!!」

最大級の『はどうだん』を打ち消すほど強力な空間切断技、『あくうせつだん』。
それをアサヒのドルはトレースし、自分の技へと昇華させる……!

「これでドルも、閉じた空間を切り開く能力を得た……あとは、閉じ込められているアサヒの元へたどり着くのみだ!」
「つっても、そう簡単にはたどり着けそうになさそうだぞ……!」

ビドーの言う通り、パルキアの次の行動は早かった。
『ハイドロポンプ』を空間曲折の力でねじ曲げながら周囲に展開する。その第一の激流の矛先がヨノワールを飲み込んだ。

「ヨノワール!! 『みらいよち』!!」

最後の悪あがきも兼ねた『みらいよち』が未来へ飛んでいく。
ヨノワールを沈めたパルキア・オリジンは俺たちから距離を取り、空間の捻じれの先へ、アサヒの居る空間へと退避した。
だがパルキアの『ハイドロポンプ』は壁も距離も関係なく放たれ、俺たちを再び狙う。
ボールにヨノワールを戻していると、ラプラスのララが自分の背後に隠れるよう声を上げた。
特性、『ちょすい』で『ハイドロポンプ』の水エネルギーを吸収していくラプラス、ララに守られた影で俺たちは次の作戦を整える。

「……ビドー、ルカリオ、レイ。タイミングは、お前たちに任せる……!」
「任せろ」

ビドーはメガルカリオと手を繋いで目蓋を閉じ、探知に全神経を集中させる。グレイシアのレイはふたりの傍で、緊張の面持ちのまま呼吸を整える。
その間に俺はドーブルのドルとギャラドスのドッスーを集め、構えさせた。

「――――レイ!!」

ビドーが声を上げたその時、
背後の空間が接続され、ラプラス、ララに集約していたのとは別の、もう一射の『ハイドロポンプ』が俺たちを挟み撃ちにする。
攻撃を待ち構えていたグレイシア、レイは『ハイドロポンプ』を障壁で受け止めた!

「跳ね返せ『ミラーコート』!!!」

崩れそうになるレイを、ゲンガーとパラセクトのセツ、デリバードのリバが支える。
未来へ飛ばしたヨノワールの攻撃が、このタイミングでパルキアを襲い、鏡の障壁に受けきった『ハイドロポンプ』は、そのまま跳ね返される……!

「ドッスー! ドル! 今だ!!」

ギャラドスのドッスーの背に乗ったドーブル、ドルは反転した『ハイドロポンプ』の激流の中へと一緒に飛び込む、水流に勢いよく運ばれ、ふたりは一瞬でパルキアの元にたどり着く。
パルキア・オリジンの隙を、射貫いた!

「決めろ!!!」

流れるような筆さばきで空間の壁をなぞり、切り取るドーブルの『あくうせつだん』。
当然狙いは、俺たちを遮る天井と――――アサヒの閉じ込められている棺!
その扉を、今、こじ開けてみせる!!

「――――っ、ドルくんっ!! みんな!!!!」

固定されて空間が割れるような音と同時に、アサヒの息遣いと声が俺たち全員に届く。
勢いよく開いた棺から飛び出し、ドーブル、ドルを抱きしめてギャラドスに飛び乗ったアサヒは胸元に手を当てて大きく息を吸う。
その呼吸とほぼ同タイミングでビドーが天へとエネコロロの入ったモンスターボールを全力で投げた。

「セツちゃん!!!」
「エネコロロ!!!」

割れた空間が光の粉を放って溶けていく中、エネコロロの『ねこだまし』が鱗粉を弾き飛ばし強烈な音を放ち、音に怯んだパルキア・オリジンの四肢を、パラセクトのセツが『いとをはく』で捕らえる。
アサヒと目が合った。そのアイコンタクトだけで、俺は自分が何をすべきか悟る。
そしてアサヒが指示を与える前に、静かに冷気を溜め込んで準備をしていたラプラス……ララが俺の指示を待っていた。
タイミングは、ここ以外にはなかった。

ラプラス、ララの集めた急速に収束する冷気が零を突き抜け極点に触れると同時、
俺はその技を解き放たせる指示という名の、合図を出す。

「『ぜったいれいど』!!!!」

ララの切り札、アブソリュートゼロに至る技がパルキア・オリジンを一瞬で氷結界の中へと葬る。
氷が砕けると同時に、一撃必殺の衝撃がパルキアに致命打を与え、膝をつかせた……。

祭壇の間での戦いの、決着だった。


***************************


パルキアは元のフォルムに戻ると、残された力を使って『あくうせつだん』した空間の向こう側へと撤退していった。
追い打ちをかけることもできたのだろうけど、それをする余力と余裕は、今の私たちには残されていなかった。

ギャラドス、ドッスーから降りようとして、態勢を崩しかける。
それを支えてくれたのは、ユウヅキだった。
そのまま受け止められるように、抱きかかえられて彼の胸元に頭を沈める形になる。
さっきまで一緒に居たとはいえ、なんて声をかけたものか、と考えていたらマナに「ただいま、でいいんじゃない?」と頭の中で話しかけられた。
やっぱりまたマナと一緒になっちゃったんだなあと現状を再認識しつつ、私はみんなに対して「ただいま」って言った。

すると、しゃくりを上げながら「おかえり……」と返事をする彼の声が頭上から聞こえる。
驚いて顔を上げると、ユウヅキはぽろぽろと温かい涙を流していた。
彼自身も何故泣いてしまっているのか分からないようで、「悲しいわけではないのに、何故だ……」と、だいぶ困惑しているようである。
そんなユウヅキに、ビー君も顔を背けながら鼻声で「嬉し泣きだろ」と指摘していた。メガシンカの解けたルカリオとエネコロロはそんなビー君を微笑ましそうに見ていた。
ユウヅキの背後から、ドルくんたちが、私の手持ちのみんながうずうずと待っているのが見える。そしてレイちゃんを筆頭にユウヅキを押しのけて私をもみくちゃにした。
驚くユウヅキに彼のゲンガーはけらけらと笑っている。
押し出されて尻もちをついたユウヅキも、つられて泣き笑いしていた。

「おかえり、おかえりアサヒ……!」
「ただいま、ただいまユヅウキ、ビー君、みんな……!」

それからひとしきり再会の感動に浸った後、ビー君が下がっていたミラーシェードを上げる。
ビー君は、ルカリオとエネコロロと共に次の……最後の世界、クロイゼルの待ち受けている世界へ行こうとしていたのだと思う。

「元に戻れてよかったな、ヨアケ。お前はちょっと休んでおけよ」
「気持ちは嬉しいけど、まだだよ、まだ休んでいられないんだ、ビー君」
「まだって……?」
「……わたしは、マナはクロとお別れしなきゃいけないの」

突然私の口から発せられたマナの声に、みんなは驚く。その驚きようにマナは、「みんなわたしのこと忘れすぎ……」とちょっと凹んでいるようだった。

「今の私たちは、またひとつの身体を共有しているんだ」
「前はわたしが……マナが元気なかったから、特に問題はなかったんだけど、アサヒの元気をもらって、元気になったマナは、徐々にこの身体から弾かれようとしているの」
「その前に、私はマナと一緒にクロイゼルを止めたい。だからまだ休んでいられないんだ、ビー君」
「そういうこと。まあ、わたしはクロとお話しする気は、その、あまり……」
「ええっ? そこはちゃんと話してよマナ!!」
「それとこれとは別なの、アサヒ!!」

コロコロと交代で話すマナと私の状況を、深刻に受け止め頭を抱えているビー君。
ユウヅキは「喧嘩をしないでくれ……」とおろおろと私たちの一人問答? をどう止めたものかと頭を悩ませていた。

「つまりビー君、まだ問題は解決していないし、私たちの相棒関係は終わっていないってこと! だからほっぽっちゃイヤだよ!」
「わかった、悪かったって!」

面倒くさそうに謝った後、ビー君は仕方なさげに私とユウヅキに手を出すよう促した。

「行くぞヨアケ、ヤミナベ。気を引き締めて行けよ……!」
「ああ、この先もよろしく頼む。ビドー、アサヒ」
「うん、むしろこれからなんだからね、ビー君、ユウヅキ!」

せーの、で重ねた手を押し込み、上へと挙げる。それから三人でハイタッチをして、私たちは気合いを入れ直した。


***************************


……アサヒたちがパルキアと戦っていた頃、こっちもこっちで激しい戦いになっていたの。

時間の神と呼ばれたポケモン、ディアルガ……いいえ、異質に角張るオリジンフォルムに変身していたディアルガ・オリジンは浮上した遺跡の跡地にて、何かのケーブルに繋がれたメイを守るように立ちはだかって……力を溜めていた。
絶望に染まりかけてもなお苦笑いを忘れずにいた、臨時戦闘の協力者になってくれたオカトラさんが、赤い鬣のギャロップにまたがりながらも力なく軽口を叩く。

「おいおい、勘弁してくれよ……これで何度目だ??」
「オカトラさん、気持ちは分かるけど我慢して?」
「いやいやプリムラ、もう数えきれていないぞ? ――――時間を巻き戻されている回数が!!」

そう……私たちはディアルガ・オリジンに何度も時間を巻き戻されていた。
レインさんが言うには、ディアルガが力を発揮できているこの世界内の出来事だから、他の世界に影響は無いっていうけど……時の化身だからって、無茶苦茶にも程がある。
しかも、巻き戻るのは向こうの時間のみ。つまりは与えたダメージを自分だけ回復しているような状態だった。

「それでもやるしかないでしょう……プリムラさん、回復アイテムの残数は」
「レインさん……一応、あと、三戦くらいは行けるわ」
「わかりました……マーシャドー、まだいけますか?」

無言で頷くマーシャドー。連戦で疲れているはずなのに、表情が崩れない。でも動きは徐々に鈍くなっていた。
汗を拭く間もなく、私たちは次の戦闘に移行する。
私は疲弊したパートナーのマフォクシーの肩を支え、技を再装填させた。

「頑張ってマフォクシー、『ほのおのうず』!」

炎のリングが再度ディアルガ・オリジンを閉じ込める。
回数を重ねていくと、有効な技が見えてくる。本当はもっと火力を上げるべきなのだけれど、どうしてもストッパーを外しきれずにいた。
私が相手を傷つけることに躊躇いがあるってことは、レインさんもオカトラさんも理解してくれていた……だからこそ、余計に焦りはあった。

「! 『だいちのちから』……来ます!」

レインさんの掛け声。
ディアルガ・オリジンの『だいちのちから』で地形がまた波打つように大きく変わる。その後突き上げてくる地槍に対しては、とにかく走って避けるしかない。
今は味方についてくれているメイの手持ちのパステルカラーのギャロップが、私とマフォクシーを拾い上げて、複雑な地形を駆け抜けてくれる。
この子のおかげで、私たちは『ほのおのうず』を継続することが出来た。

カイリューに乗せたマーシャドーに、『とぎすます』をさせるレインさん。技の効果でマーシャドーの次の一撃だけは、硬いディアルガの身体にもよく通るようになる。
でも……そうやってダメージを与えて行っても、それだけでは戦局は元通りにされてしまうことは解っていた。
ディアルガから目を離せずに「もう二手……いえ、もう一手あれば……」と呟くレインさんに、オカトラさんがストレートな問いかけをする。

「確認するがレイン……アンタ今、何で困っている?」
「メイを、彼女を解放できないことです。彼女を自由の身に出来ないと、この戦いに勝てないどころか、各地で襲い掛かっているポケモンたちを止めることが出来ない」
「あの子さえ救えればアイツをまともに相手しなくていい、と?」
「極論はそうですが……中途半端に奪取できたとしても、やり直されてしまうでしょうね」

ディアルガ・オリジンが四つ足を深く構え始める。
姿勢がやや深い、『ときのほうこう』の構え……!
この力の余波を受けた対象の時間が歪んでしまう。かすった時点で回避できない、絶対に受けてはダメな技の一つだった。
ちょくちょく『だいちのちから』で変化した地形で避けなければいけないのは毎回大変で、正直ギリギリなラインの綱渡り。
ただしもちろん、強力すぎる技なだけあって、ディアルガ自身にも反動はくる。かわしきれば、反撃のまたとないチャンスなのは確かだった。

カイリューが持ち前の高速飛行でマーシャドーを乗せ射程外に一時退避。私たちも二体のギャロップたちに乗って全速離脱。
ディアルガ・オリジンの咆哮と共に放たれた時をも曲げる光柱が降り乱れる。
オカトラさんが引きつった笑みを浮かべながら彼の燃える鬣のギャロップのスピードを調整していた。
その後ろのレインさんは、ディアルガの姿を捉え続け、カウントを口ずさむ。

「……5、4、3、2、1、反転開始っ!」
「ハイヨーギャロップ! 踵を返せ!」

ギャロップたちとカイリューが掛け声に合わせて急速反転。技の終わりと始まるディアルガの反動の隙を一気呵成に叩きに行く。
カイリューが腕に乗せたマーシャドーをぶん投げ、直線距離をマーシャドーは弾丸の如く飛んでいく。
マフォクシーの『ほのおのうず』で、閉じ込められているディアルガは、時を戻さない限りその炎獄からは逃れられない。

「『まわしげり』!!!」

空中で姿勢を整え、回転とスピードの重なり研ぎ澄まされた『まわしげり』がディアルガ・オリジンの頭にクリーンヒット。大ダメージで怯ませることに成功する。

……そう、ここまでは良い。
問題は、この先だったの……。

マフォクシーが炎に映る未来をわずかに予見する。
でも一瞬でそのディアルガが膝をつくという未来は握りつぶされる。

「…………」

ふたつ重なる鼓動の音と共に、
歪む。歪む。歪んでいく。
捻じれ。捻じれ。捻じれていく。
銀糸の中から覗く赤い目の見つめる先が、歪み捻じ曲がっていく。
あの子の、彼女の念力を超えた何か強烈な力が私たちを弾き飛ばす。

「メイ!!」

半ば叱責するようなレインさんの声に、反射的に視線を逸らすメイ。
衝撃波は収まるも、その間にディアルガ・オリジンが力を溜め終えていた。
傷薬を使う間に時は繰り返され、渦のように巡っていく。

案外、閉じ込められているのは私たちの方なのかもしれないと思った。
どのみち、気力も、体力も、最終ラウンドは刻々と近づいていた。


***************************


メイは、たぶん繋がれている機械のせいで強制的に極度のテレパシーでリンクしてディアルガや他のレンタルポケモンたちとシンクロ状態にさせられている……つまりは、感覚を共有している状態にあるとレインさんが前に言っていた。
そのシステムごと解体すると言っていたレインさんとデイジーのふたりは、なんとかそのシステムを壊す手段は見つけたみたい。
ただしその方法を使えるチャンスは一度きり。状況も限定されているらしい。
だから私たちは、立ち塞がるディアルガ・オリジンを追い払うか、打ち倒すしかなかった。

ずっと堪えていたのか、それとも覚悟を決めたのか、レインさんがメイを叱り飛ばす。
やけっぱちにも見えたけど、彼は彼女に真正面から立ち向かうって選択したのだと悟る。
私たちには出来なかった、彼女に語り掛けるという選択を彼はした。

「メイ!! いい加減にしなさい!! いつまでそうやって閉じこもっているのですか!!!」
「…………」
「ずっとそこに居てもサク……ユウヅキもアサヒもここには来ませんよ!! 私が来させませんでしたからね!!」
「……うるさい。アンタに……」

マフォクシーが放った『ほのおのうず』を無視したディアルガの『だいちのちから』。それはさっきまでのパターンとは違って私たちを直接狙わない。
バトルフィールドを作るように、私たちを囲うように円陣に岩柱が突き出す。
陸路の退路は完全に断たれていた。このままじゃ『ときのほうこう』の直撃は免れない……!

「アンタに! 選ばれなかった奴の気持ちなんて解るものかあっ!!」

メイの念動力によって転がっている岩々がレインさんたち目掛けて飛んでいく。それを防いだのは、レインさんが預かっていたボールから出した、メイのブリムオンだった。
私とマフォクシーを乗せてくれていたパステルカラーのメイのギャロップも、ブリムオンと共にメイに呼びかける。

「解りますよそのぐらい!! その手に関しては貴方より先輩ですからね、私は!!」

オカトラさんのギャロップから降りて、珍しく逆ギレするレインさんに圧倒されつつも、私もマフォクシーと共にメイのギャロップから飛び降りた。
残ったオカトラさんが私に、「困りごとは……いっぱいありそうだよな。その上で俺たちに手伝えることは?」と聞いてくれる。困っている人を放って置けない性分なのだと思うけど、その言葉かけだけで、だいぶ救われるものがあった。

「あたしを受け入れてくれたあのふたりが、ずっとあたしの傍にいないのは解っている……解っているから怖いんだってば!!!」

アサヒもユウヅキも、メイを他の人と変わらずに接した。危なっかしい能力を持っていても、それを個性と見ていた。
何より、ふたりは頭を下げてでも彼女を助けて欲しいと願った。

その想いには、私も、私だって覚悟で応えなければいけない。
痛みを伴っても、目を逸らさない……責任から逃げ出さない覚悟を……持つんだ!

「大丈夫よメイ。私たちはちゃんと貴方も助けに来たの」
「<エレメンツ>が? 信じられないって!!」
「私たち<エレメンツ>だけじゃない。他の人も、ポケモンも貴方の帰りを待っているわ、メイ」
「嘘だ……嘘だ嘘だ、嘘、嘘、嘘!! 散々追い出しておいて、今更何なのさ!!」

ディアルガが深く、でも微妙に違う構えを取った。
私に「頼みました」とアイコンタクトを取った後にレインさんは、頭を抱えて何度も「嘘だ」と叫ぶメイに、息を整えて優しく語り掛ける。

「嘘かどうか、思考読みで解るのでは?」
「……!!」
「少なくとも、ここに居る私たちは、貴方を心配して、案じています。だから、良いように操られていないで帰って来てください、メイ」

炎の渦を突き破って鈍い光と共にディアルガ・オリジンの『てっていこうせん』が、銀色に煌めく巨大光球が、今にも撃ちだされようとしていた。
心配そうに私を見るマフォクシーに、「大丈夫、いけるわ。だから貴方も全力で応えて」と伝える。そのお願いを、マフォクシーは信じて聞き届けてくれた。

「大技来るぞ、プリムラ!!」
「ええわかっているわ! 私たちでやってみせるわよ! マフォクシー!!」

始まる『てっていこうせん』。それに合わせて私はマフォクシーに炎の渦を真正面に集めさせる。
正直震えは止まらない。吐きそうだし目も逸らしたくなる。
でもメイは、あの子は今も私なんかよりずっともっと怖い思いをしているはずだ。
私が逃げ出したままでどうする?
だから唇を噛んで、無理やりにでも目を見開く。

もう何も出来ないで諦めたくない。
この火力調節とコントロールだけは、私たちが一番なんだから!!

「炎よ貫きなさい! 『ブラストバーン』!!!!」

一点特化の鋭い『ブラストバーン』が、極太の『てっていこうせん』を貫き爆砕していく。

その爆裂音の中、激しい爆発の明かりをまじまじと見ながらメイが苦しそうに呟く。
「手伝って」って口にする!
葛藤を超えて言ってくれたその言葉を聞き逃す私たちではなかった。一斉に頷くと、メイは声を、勇気を振り絞る。

「あたしだけじゃ出来ないから、手伝って!!!!」
「わかりました。荒療治なので、強く自分を保っていてください!!」
「困っている相手を見捨てられないのが俺のいいところなんでね! 駆け抜けろギャロップ!!」

メイが自分の意思で繋がれた機械を外そうと、サイキックパワーも交えて命令に抗う。その彼女を、彼女のポケモンたちが力をサポート、協力していく。
反動で動けない私とマフォクシーの脇を、オカトラさんのギャロップが残り火を『もらいび』で受け継いで『フレアドライブ』で駆け抜けディアルガ・オリジンに畳みかける。
ディアルガ・オリジンの身体は渾身のそれでも動かない。でもまったくダメージが通っていないわけでは決してなく、むしろだいぶ追い詰めていた。

「マーシャドー!!!」

レインさんの叫び声とともに、カイリューから飛び降りたマーシャドーが彼の影へと着地、一瞬でその影に潜り込む。
何か予感がしたディアルガが時を停止させようと抗う。

「逃がさねえぜ」

張り付いたギャロップが赤い鬣をごうと燃やし再展開するは、『ほのおのうず』の牢獄。
今時を停止させても、炎はその場にとどまり続ける!

「決めてちょうだい! レインさん! マーシャドー!!」
「マーシャドー……全身全霊全力で行きますよ!!!!」

レインさんの手首に巻かれたZリングにはめられたクリスタルが、全力の想いと力によって輝きを放ち、影から飛び出でたマーシャドーに受けわたされる。
マーシャドーの頭が緑に、瞳が赤く燃え上がった。


「その身に刻め――――『しちせいだっこんたい』!!!!」


マーシャドーの七星奪魂腿『しちせいだっこんたい』が織りなす連続格闘技が、星座を連想させる楔をディアルガ・オリジンの魂に打ち込んでいく。
ディアルガが時を無理やり戻そうともがくけど、マーシャドーの魂への干渉は振り解けない。
そしてレインさんは息を切らせながらその眼鏡越しに見通す。
彼女を縛り付けているその原因となる一点を見据えて、指差した。

マーシャドーの雄叫び。
助走距離を取るマーシャドーの黒炎を纏った飛び蹴りがその一点を確実に射貫いた!!
ディアルガ・オリジンが受けた威力がそのまま接続先のメイへと送られる……!

「なっめんなああああああああぁああああ!!!!」

メイは自身のポケモンたちとその力の矛先を念力で歪ませ捻じ曲げる。
それは彼女を捕らえていた機械の耐久を超え、ショートし故障させた……!

クロイゼルの呪縛から解き放たれたメイが、ケーブルを取り外し、その場に力なく座り込む。
急いで駆け寄ろうとすると、先にブリムオンとパステルカラーのギャロップに寄り添われたメイは、笑みを浮かべながら悪態を吐いていた。

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……ざまあみろ」
「よく頑張りました、メイ」
「うる、さい……無茶、させやがって……!」

頭に置かれたレインさんの手を払いのけようとしたメイは、何かに気づき、レインの白衣の端を掴む。
唸る吠え声と共に、光輪が消え、姿がオリジンフォルムから元の姿に戻っていくディアルガは、おそらくギラティナによって開かれた【破れた世界】への扉に、半ば崩れ落ちるようにその中へ飛び込んだ。

ゲートは私たちを待ちかねているかのように開いたまま。
追いかけるにしても、一旦できるだけ治療など回復してからの方が良い。そう提案すると、メイがブリムオンの影に隠れながらこちらを見ていた。
触手の先の爪をそっと彼女の肩に置き、安心させようとするブリムオン。
レインさんはマーシャドーとカイリューを労いながら、彼女の異変を、「もしかして」と零して、その理由を言い当てる。

「メイ……貴方、もしかして力が使えなくなっています?」
「う……わかんないんだけど。何考えているのさ、アンタたち……!」
「知りたいですか?」
「いや……別にいい。ただ静かすぎてなんか変なかんじなだけだしただ……その」

彼女は自身の頭に手を触れる。顔を隠すための帽子を外し、口元を隠しながら小さな声を発した。

「……アンタたち<エレメンツ>やこの地方の奴らがあたしにしてきたことを一生赦すつもりはない。でも……今回迷惑かけた分は、様子見してあげる」
「……ええ。それでいいわ。これからずっと、償い続けるって決めたから」
「信じるわけじゃない……口では何とでも言えるから。今は考えていること分からないから見逃してあげているだけだから。ゆめゆめ忘れないでよね」
「ありがとうね」
「なっ、なんでそこで礼を言うの??」
「なんで、って……そう思ったからかしら?」

顔を赤らめ目を逸らすメイが、なんだか失礼かもだけど可愛いわねと思っていたら、オカトラさんやレインさんも笑いを堪え切れてなかった。
唸るメイを他所に、レインさんがデバイスに入っていたデイジーのロトムを呼び出し、壊れた機械を繋いでいた別の機器に滑り込ませた。
それから怪しい笑みを浮かべ、「さあて、どう解体して差し上げましょうかね……」と闘志を燃やしてはメイと彼女の手持ちに気味悪がられていた。


***************************


【ソウキュウ】でトレーナーやポケモンに襲い掛かっていたレンタルポケモンたちの動きが止まった。
それは、ディアルガの敗走とメイの解放。それから戦況のバランスの崩壊を意味していた。
時間稼ぎと戦力を削いでもこの結果になってしまった。
もとから不利な戦いだったけど、作戦の主軸の彼女を奪い返された時点でもう、ほぼ詰んでいるといっても過言ではない。

クロイゼルの願いが、叶わず散り行く最期になるのも、ボクらの敗北も時間の問題だった。

(だから、どうしたって話だよね)

キョウヘイが差し向けるリングマの『アームハンマー』の手首部分を、ガラガラの骨棍棒を使った『かわらわり』で弾き飛ばし、そのまま脳天へと『ホネブーメラン』を追撃。
空を陣取る彼のもう一体のボーマンダに対してはファイアローが『ニトロチャージ』で加速飛行しながらかく乱。力ずくで反撃するボーマンダの『ぼうふう』に対しては『はねやすめ』でやり過ごしうまく受け流す。

(まだ終わっていない。まだ終わっていない。まだ、終わっていない……!)

視界の端に、少女のアローラライチュウの相手を任せっきりのゾロアークがちらりと映る。
雷撃とエスパー技を封じられてもなお、彼女のライチュウは『アイアンテール』でゾロアークの猛攻をさばいていた……。


余計な思考が頭を過ぎる。


ハッキリ言ってボクは、先ほど「みんなを救う」と言い切った赤毛の少女、アプリコットの言葉に、嫌悪感を覚えていた。
嫌悪感の正体は……彼女の言う「みんな」には、当然のごとくクロイゼルは、敵対者は含まれていないからだと思う。
彼女にとっての味方。都合のいい、大義名分を掲げる集団。言い換えれば正当性を旗にする正義の輩。
敵を作り滅ぼすためだけに団結する奴ら。
そういう類の「みんな」が、ボクは大嫌いだった。

そして、わかっているのは……このままだと確実にクロイゼルは一方的に断罪させられるということ。
それだけは見届けたくないと思う自分が居た。
思い返されるのは、あの冷たくはなかった手のひらの温かさ。
彼だって、血の通った生き物……人間だ。
それが怪人のレッテルを貼られたまま裁かれるのは、見過ごせなかった。

「確かにボクはクロイゼルのことは理解できない。感情移入も出来ない……けど、ここで薄情になったら、ボクはもうダメだ」
「ダメなんかじゃ、ないだろ。君の往生際の、諦めの悪さは、そんなものじゃあないだろ……!」

リングマがファイアローが放った渾身の『フレアドライブ』を真正面から受け止める。
熱く燃え滾るファイアローに触れた余波で火傷を負ったリングマはその痛みを『こんじょう』でねじ伏せ、『からげんき』のヘッドバットを叩き込んできた。
ファイアローを戦闘不能に追いやっても『あばれる』リングマ。止めるべく放ったガラガラの『ホネブーメラン』は、ボーマンダの前『ぼうふう』の前に届かない。

(流石に、キョウヘイ相手にフルメンバーで挑めない時点で分が悪かったか)

ボクの残りメンバーは今戦っているガラガラ、コクウとゾロアーク、ヤミ。控えはジュナイパーのヴァレリオと……オーベム。対して彼の手持ちはまだまだ6体全員残っている。
戦おうと思えば、最後まで戦えた。
でもただでさえアサヒたちの足止めが失敗している以上、次の手を考えるのならもう引き時。
させてもらえるか分からないけど、撤退を試してみないと……。

「……諦めの悪さ、自分の都合でなら発揮できるんだけど……それじゃあ、ダメなんだよね」
「サモン……」
「悪いけどキミとのバトルに付き合うのもここまでだ、キョウヘイ」
「……どうしても、帰る気は無いのか」
「だから……どこに? どこに帰れと言うんだい?」
「…………だ」
「?」

彼にしては小さな声で、でもしっかりともう一度言葉にする。
慣れない言葉だったのだろうか、その声はどこか震えていた。


「俺の……隣だ。俺の隣に帰ってくればいい」


言った直後に視線を逸らすのが、また彼らしいと思った。

……キョウヘイのその言葉は、ボクにとってずっとかけてもらいたかった言葉だったのかもしれない。
あるいは望んでいた言葉だったのだと思う。
だけど同時に、今の目的以外に、その誘いにだけは乗れない理由があった。

「ボクにキミの隣に立つ資格はないよ」
「資格……? そんなものどうだって……」
「どうでもよくはないよ……キミの守りたかった日々にいるはずだったあの娘を、キミを気にかけていた彼女を……タマキを失う原因を作ったのは、ボクなんだから」

やはり、その名前に固まるキョウヘイ。
明らかな彼の隙を見て、ファイアローをボールに、ガラガラを傍に戻す。
リングマとボーマンダの追撃を捌こうとするボクらを、見定めるように彼は見ていた。


――――彼が弱さを嘆き、強さに拘るきっかけとなったあの娘の、タマキの喪失に、ボクは結果的に加担していた。

今でも嫌になるくらい思い出す。
一族の陰謀に翻弄され、それでも立ち向かった彼女を。
ニックネームをつけたホーホーを連れた彼女の強い笑みを。
その一族の暴挙をなんとかしたくて、彼女の背を押してしまった自分自身の浅はかさを。

彼女はもう、戻らない。
ボクの元にも、キョウヘイの元にも。
タマキはもう……帰って来ない。

「彼女を陥れたボクがキミの隣に帰るなんて、それこそ赦される訳がないだろう!!」

ずっと言えなかった言葉を口にしたとき、ボクはどんな感情を抱いていたのだろうか。
すっきりした? せいせいした?
……そんなことは無かった。

あるのは虚しいほどの空々しさ。空虚だった。


***************************


周囲の様子を感じ取ったソテツさんは、とっくの昔にあたしに逃げるように促していた。
でもあたしとライチュウ、ライカは逃げられないでいた。

理由のひとつは、ゾロアークの猛攻が激しすぎて一瞬でも気を抜いたらまずそうだってこと。
もうひとつは、苦しそうなサモンさんが何だか見て居られなかったってことだった。

ライカの『10まんボルト』は、ガラガラの『ひらいしん』によって妨げられてしまう。
『なみのり』をしようにも、ソテツさんのアマージョを巻き込んでしまう……。
火傷でだいぶ消耗しているアマージョをこれ以上傷つけたくないと迷っていると、ソテツさんがせき込みながら「躊躇は分かるけど、甘いよ」とかすれた声であたしを責め、フシギバナを出した。
アマージョの頭を撫で、ボールに戻すソテツさんに自然と皆の注目が行く。
まだ喉が痛むはずなのに、ソテツさんはサモンさんに言葉をかけていた。

「……赦されないことをしたって、解っているのなら、なおさら……向かい合うために帰るべきだね。じゃなきゃずっと……赦すことなんてできない……誰も、自分も、自分を赦してあげることなんてできないって……」

それはサモンさんだけに向けている言葉には見えなかった。
何故なら、そう言っているソテツさんもまた、苦しんでいるひとりに見えたから。

「赦す必要なんかない!!」
「いいや……必要だね」

フシギバナはひとつのタネを全力で力を溜めてから発射した。
その高速の弾丸となった『なやみのタネ』は、ガラガラの骨を捕らえ芽吹き、特性の『ひらいしん』を『ふみん』に上書きして封じる。
彼は力なく「最低限、お膳立てはしたよ」とあたしたちに笑いかけた。

「ライカ!」

雷電迸らせるライチュウのライカ。その電撃を帯びた『アイアンテール』でゾロアークを弾き、大きく距離を取る。
たった一発の『なやみのタネ』で、大きく傾いた形勢の中での彼女の判断は早かった。

「! 戻れ、コクウ! 頼んだヴァレリオっ!!」

あたしとライカが何をやろうとしているのかを察し、ガラガラのコクウを戻し、ジュナイパー、ヴァレリオを再び出すサモンさん。
まだまだ好戦的な彼女の背後のキョウヘイさんは、拳を固く握り、「今は、手を出すな」と彼のリングマとボーマンダに攻撃を中断するように言った。
キョウヘイさんたちを寂しそうに一瞥すると、彼女たちはあたしたちに続いて手を交差させた。
準備をしていたのはあたしたちの方が先なのに、サモンさんたちの方が構えから技を出すまでの流れが、速い。
あたしたちのZ技が今にも放たれることに、周りの全員は衝撃に備えた。
互いが身に着けたリングが光り、それぞれのポケモンたちに力を伝えていく。

「キミたちは全力で潰させてもらうよ、アプリコット!!」
「潰せるものならやってみなよ、サモンさん!!」

蒼穹の空に飛び出し、雷の波に乗って天高くまで上り詰めるライチュウのライカを、ジュナイパー、ヴァレリオは自身の後ろに影分身する矢を引き連れて追う。

「撃ち落せヴァレリオ!! 『シャドーアローズストライク』!!!!」
「迎え撃つ! ライカ!! 『ライトニングサーフライド』!!!!」

さみだれの撃ちの矢と共に突撃するジュナイパーが一挙に襲い掛かる。
反転して突撃し、天上に放たれる矢の雨をかわしきったライカは、真下のジュナイパー、ヴァレリオを解き放った天雷で呑み込んだ。
轟雷と衝撃波と共に地面にたたきつけられるジュナイパー、ヴァレリオは、そのまま立ち上がることは出来なかった。

「ヴァレリオ……ごめん」

謝りながら辛そうにジュナイパーをボールに戻す彼女の肩は、静かな怒りにわなわなと震えていた。
鋭く細められたサモンさんの目はそれでも諦めていなかった。
だからなのか分からないけど、あたしは自然とこう言っていた。

「もう……やめよう? サモンさん……」


***************************


どうしてそんなことを想ったのかはとっさには分からない。
けれど、気付いたらあたしはサモンさんを説得しにかかっていた。

「終わりにしようよ。これじゃあ最後までボロボロになって戦い合うことになるよ……」
「……少なくともボクたちの戦いはまだ終わっていないんだ。キミたちがクロイゼルを倒そうとする限りはね」
「違う。あたしたちはクロイゼル倒したいんじゃない。止めたいんだって!」

あたし自身の想いを、彼女に訴える。しかしその言葉は、真っ直ぐ届いてはくれない。
サモンさんは寂しい笑みを作って天を仰いだ。

「キミ個人の意思はそうかもしれない。でも全員が全員ってわけではないはずだ」
「それは……」
「数多の人々が同じ考えを持てるわけじゃない。キミはそう願ってくれているのかもだけど、彼を倒せって意見が多数になったとき、キミはどうするんだい」

突き付けられたのは、十分あり得る可能性。
考えてこなかっただけで、考えることから目を逸らしていただけで起こり得ること。
その時のことは、その時になってみなければわからない。そう答えることもできた。
でも、そういう問題じゃないってことは解っていた。

だって今のあたしの選択を、覚悟を彼女は聞いていたのだから。

「止める側に回るよ。ちゃんとわかってくれると、あたしはそう思いたいから!!」

サモンさんは、疲れた様子で、あたしに視線を向ける。
それから短く「やめろ」と言った。
その一言がなかったら、あたしは――――危うくサモンさんのゾロアークの爪に喉を突かれているところだった。
激昂する鳴き声を放つライカを抑えつつ……ビビりつつも、サモンさんへとあたしも目を向ける。
ちゃんと目があったのは、これが初めてだった気がする。
黒々とした……冷めた目線だった。

「キミのことは信じてあげてもいいけど……だからこそあまり“みんな”に理想を見ない方がいいよアプリコット。信じれば信じた分だけ、痛い目を見ることになるから――――団結なんて、ひとつ違えれば数の暴力なんだから」

冷めているというよりは、諦めきったような瞳の色だと思った。
だからこそ、何故かその諦観に流されたくない自分がここに居た。

ゾロアークの爪を払いのけ、あたしはサモンさんに向かって歩き出す。
一歩、一歩。ゆっくりと、彼女の瞳を逃がさないように目線を合わせながら。
歩み、寄っていく。

「……みんなが、みんなに理想を見て今ここに集まっているわけじゃない」
「誰かだけが何とかしてくれるからついて行くだけって考えは、とうに捨てている」
「団結って言っても最初から今にいたってもバラバラだし」
「利害の一致で辛うじてまとまっている節はあるし」
「色々、考えていると思うよ。それぞれ」
「こんなにいっぱいいるんだもの、トラブルが起きないわけがないわけで」
「けれど、今は一緒に力を合わせている。不思議だよね」

その一体感は、みんなで作り上げるライブに近いものがあった。
集団による熱は、確かにあたしたちを狂わせるものかもしれない。
でも熱さは、みんなが協力して共有できるものもある。
その感覚を知っている側としては、それを数の暴力だけで切り捨てて欲しくなかった。

「……だからなのかな。ずっとは難しくても、いずれ信じられなくなっても、今この時だけは信じたいって思うのは」

あたしのファンって言ってくれた人を筆頭に、信じたい相手が、脳裏に浮かぶ。
それは顔の見えない誰かなんかじゃなく。しっかりとひとりひとりとして認識できた。

その信じたい相手の中には、目の前のサモンさんと、もうひとり。
クロイゼルの顔も何故だか浮かんでいた。

「キミはいざという時、説得できない。それに全員、クロイゼルに恨みがないわけないだろ」
「確かに恨みがないと言えば、嘘になる。でもクロイゼルにもそうしてまで戦う理由があるんでしょ……マナを、救いたいんでしょ?」

あたしの問いかけにサモンさんはわずかに沈黙する。
否定がなかったことは、間違ってはいないということだと思い、そのまま続ける。

「あたしはクロイゼルがこれ以上痛みを広げる前に、止めたい」
「できるものか。あの執着の権化みたいな彼を、止められるわけがない」
「でもわからないよ。だって彼は、話がまったく通じない相手とは思えないから」

何かの気配を察知したゾロアークが、ゆっくりとサモンさんの傍に戻り、彼女の手を取った。
すると、彼女の足元からインクをぶちまけたような黒い影の渦が現れる。
彼女の背後まで立ち昇った、その渦の中心をツメで無理やりこじ開けるシルエットのギラティナ。引き裂かれたゲートのようなものがサモンさんたちを迎えに来る。
彼女はあたしたちを一望し、背を向ける。

「……試す気があるのなら、ボクを追ってくるといい。やれるだけやってみればいいよ」

彼女とゾロアークはその向こうの【破れた世界】へと足を踏み入れようとしたその時、黙っていたキョウヘイさんが声を張り上げ、サモンさんの名前を呼んだ。
ちらりと振り向くサモンさんのその動揺した顔に彼は……悩んで、選んだと思う言葉をぶつけた。

「赦すとか赦さないだとか、そんなのは後で揉めればいい。今は止めない。だが最後には……キミのことは連れて帰るからな」
「………………わかった」

小さく返事を返した後に、迷わず奥へと駆け出すサモンさんとゾロアーク。
残されたキョウヘイさんは、空を見上げ、大きなため息をひとつ吐く。ボーマンダとリングマは、そんなキョウヘイさんを静かに見つめていた。
一部始終を見守っていたソテツさんはフシギバナを撫でながら「少し一人にさせてあげようぜ」と先に行くことをあたしにすすめる。
ちょっとだけ様子が気になったけど、そっとしておくことをあたしも選んだ。

黒々とした穴は開いたまま、あたしたちを拒むことなく待っていた。
さっき相対したギラティナの迫力に緊張で震えそうになる手を、ライカが握ってくれる。ライチュウの丸っこい手のひらの柔らかさに、あたしは安心を取り戻す。
そして自分の目的を再認識する。

「クロイゼルを止めよう。そして、絶対みんなを連れ戻そう」

その一言を皮切りに、意を決し、あたしとソテツさんたちは、サモンさんの後を追って【破れた世界】へと飛び込んだ。






つづく。


  [No.1717] 第二十話後編 太陽と共に昇る拳 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/08/10(Wed) 20:34:55   14clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




【破れた世界】の中の透明な城塞。これはマネネと僕が気の遠くなるような年月をかけて完成させた『バリアー』の城だった。
何故城という形に拘ったのかというと、天地が定かではないこの世界でちゃんと地に足のついた日々を送りたかったからだ。
まあ、見せかけのハリボテと言われればそれまでだが。

このバラバラに分断された世界の中でも、【破れた世界】は実質地続きだった。
なので、別々の世界からディアルガとパルキアを連れたギラティナは、落ちるように城の中庭にやってくる。

「ご苦労、ギラティナ」

ディアルガもパルキアも敗れ去った今、計画の進行を続けられる可能性はほぼ途絶えていた。
アサヒの中のマナも無事か分からない。これ以上は不毛な戦いだった。
マネネも心配そうに僕を見上げる。
人質たちの暴動も、ダークライが単身で抑えているような状態で、時間の問題であった。

そして、ひとり、またひとりとこの居城へと足を踏み入れていく。
身体を取り戻したヨアケ・アサヒを筆頭に、各地で戦っていた他の面々も続々となだれ込んでくる。
そして彼らは悪夢を見せられている人質を見て、怒涛の如く声を上げた。
オリジンフォルムのギラティナの背にマネネと共に乗って、ダークライを呼び寄せる。
既に効力を失った人質に、今更拘り続ける理由もない。再会したければさせればいい。

ただし。ひとつだけ手は打たせてもらうがね。

指を弾く。するとマネネと一緒に作った城塞が変形していき、そこに現れたのはクリアカラーの巨大な花の形の機械だった。
これはかつて最終兵器と呼ばれたモノを、僕なりに模倣し弄ったものだった。
世界を壊す力はないけれど、条件付きで生命を与えるだけのスペックはある設計だ。
問題はすべて頭の理論で組み立てたから、一度も試行が出来ていないこと。
成功率も低い、極めて無謀な一発勝負の本番というわけだった。
幸い、素材はたんまりとここに集まった。足りなかった分を補って余りあるほどに。
白い外套を翻し、両腕を広げて僕はこの場の皆に宣言する。

「たかがポケモン一体と思うなら、たかが国ひとつ滅んでも構いやしないだろう? ようこそ諸君。最後の悪あがき――――ラストバトルに付き合ってもらおうか」

死ねない身体だが、この命尽きるまで戦ってやる。
だから、さあ……かかってこい。
存分にやりあおうじゃあないか。


***************************


ほぼフルメンバーがクロイゼルの居城についたと思ったら、城が変形して中から何かが出て来た。
その巨大な透明な花のようなものを見て、レインがとても恐れていたことを目の当たりにしたような表情を浮かべ、警告を叫ぶ。

「っ――――皆さん!!! あれは、あの花は……生命を吸い取る機械です!!!!」
「なんだって、不用意に近づくな!!!」

スオウが号令をかけて止めるも、引くに引けない状態だった。
何故なら“闇隠し事件”の被害者が、ラルトスたちが花のすぐ傍で意識を失っていたからだ。
ダークライの『ダークホール』に囚われているアイツらを、見捨てることは出来ない……!

見捨てたくはない。でもこちらも全滅しかねない。

僅かな焦りと迷いの中、一歩踏み出したのはヤミナベとヨアケだった。
ボールから出したサーナイトとギャラドスと共に迷わず巨大花への攻撃を開始したふたりは、俺たちに確認をとった。

「要は時間の問題だよね? だったらリミットまでに壊しちゃえばいいんだよね?」
「俺たちは償うとともに、被害者を助けに来たんだ。命を吸われようが、今更引く理由はない」

そんなふたりの言葉がどこか可笑しくて、俺は思わず笑いながらツッコミを入れていた。

「ったく、ヨアケもヤミナベも少しは躊躇とかないのかよ、このお人好しどもが!!」
「ビー君がそれ言う?」
「言うぞ。少しは自分を大事にしてくれって話だからな。俺たちも行くぞ、ルカリオ!!」

待っていたとばかりにルカリオも吠え、『はどうだん』を放つ。
けれど、一発二発『はどうだん』をぶち込んだけではびくともしない。
それでも攻撃を続けていると、ひとり、一組ずつ攻撃に参加して、協力をしてくれるやつらが居た。

「勝手に突っ走っているんじゃねえよ!!」と笑いながら、スオウとアシレーヌが号令を上げる。それは全体に波及して、全員での一斉攻撃が始まる。
皆の波導が、感情が昂っているのがよく手に取れた。
その熱さに力をもらいながら、俺はルカリオをメガシンカさせ、更に力の増した『はどうだん』を叩き込み続ける。

「踏ん張りどころだ!! ぶっ壊して絶対アイツらを助けるんだ!!」
「させると思うかい」

そこに乱入してきたのは、ディアルガ、パルキア、それからオリジンフォルムのギラティナに乗ったクロイゼル。
ディアルガとパルキアが乱戦にもつれ込んでいる中、クロイゼルはダークライと『Zダークホール』の構えに入ろうとする。
しかし先んじてスオウとアシレーヌたちが『ミストフィールド』や『しんぴのまもり』を展開し、対策を打つ。

「二の鉄は踏まねえよ!!」
「く……!」

スオウたちのフォーメーションが、クロイゼルの顔に焦燥を浮かばせる。
やがて攻撃は花の破壊を防ごうと動くクロイゼルたちをも巻き込んでいった。
技と技が入り乱れる中、ハジメのゲッコウガ、マツが『みずしゅりけん』を仕掛ける。
だが、その攻撃は彼女たちによって止められた。
喧騒の中、彼の名前を必死に叫ぶサモンとオーベムに、クロイゼルの波導がわずかに揺らぐのを、俺とメガルカリオは確かに感じていた。


***************************


『ミラクルアイ』で悪タイプにもエスパー攻撃を通るようにしたオーベムが、『めいそう』を積んで、積んで、積みまくる。
そこから放たれる『アシストパワー』の爆発で彼とギラティナの周囲の敵を引きはがした。

「クロイゼル、クロイゼル!!!」
「……どうして来たんだい、サモン」
「わからない。でも見て居られなかった。やっぱり、どうしてもキミには願いを叶えてもらいたかった!!」

ボクの言葉を聞いた彼の目に、もう一度光が宿る。
その意思の籠った瞳を見つめて、ボクは「それでいい」と彼に微笑みかけた。

「オーベム」

瞑想を重ねて洗練されたサイコパワーを身に纏ったオーベムは「いつでも行ける」とシグナルを飛ばす。
さっきZ技を使ったばかりで体の消耗が激しい。でもそんなのお構いなしにボクは最後の隠していた切り札を切った。

Zリングのクリスタルを、エスパーZに嵌め変える。
そして構えを取ると同時にオーベムとシンクロし、オーベムにボクの記憶を引き出させる。
かつてボクがオーベムから見せてもらった、“クロイゼルの痛みの記憶”をこの技に乗せる。
頭を両腕で抱えて押さえ、その痛みにシンクロして身を投じてイメージしていく。

何度も何度も何度も何度も、切り刻まれ続けた彼の悲しみを。
何年も何年も何年も何年も耐えて生きてきた苦しみを。
痛覚として全部ありったけ乗せて……叩きつけてやる!!!!

「痛みを……知れっ!!!!! 『マキシマムサイブレイカー』!!!!」

オーベムの最大火力の超能力が、フルパワーのシンクロが痛みをこの場の相手全員へと伝え、広がっていく。

絶叫が、辺り一帯を包んだ。


***************************


痛い。痛い。痛い。
苦しい。苦しい。苦しい。
友を喪って悲しい。
友に裏切られて悲しい。
孤独に不安に押しつぶされそうになる。
死にたくも死ねない。
痛みから逃れられない。

誰も救ってはくれない。

この地獄は終わらない。
この地獄は終わらない。

誰かこの地獄を終わらせてくれ。

誰か。

誰か――――




***************************


しんと静まり返る戦場。クロイゼルと彼の仲間のポケモンたち以外、みんな倒れて呻いていた。
私もさっき気が付いたばかりで何とか座る体勢まで持っていく。
それでも心に刻まれた彼の、クロイゼルの痛みを受け、私たちは、涙を流していた。
悲しくて苦しい感情に耐えきれず、涙を流していた。

たったふたりを除いては。

「ビー君……? ルカリオ……?」

メガシンカの解けたルカリオと隣り合うように倒れ込むビー君。
ふたりは完全に意識を失い、微動すらしない。

(もしかすると、ふたりとも波導を全力で使っていたんじゃ……)
「え……?」

マナの意識に、思わず言葉を零す。
混乱した頭でその意味を理解するのは、時間がかかった。
じわじわと理解していくのは、ビー君たちが大勢の感情を読み取れるということ。
つまり、この場のみんなの感じた『マキシマムサイブレイカー』の痛みを、すべていっぺんに――――

「……ビー君。ビー君。起きて。ねえ、ルカリオも、ねえってば……!!」

這うようにビー君とルカリオの元へたどり着き、必死に彼の肩をゆする。
反応がない。もう一度声をかけ、ゆする。反応は、ない。

「ビー君……起きてよう……ビー、君……!」

やがて何かの影が私たちの頭上に覆いかぶさる。
涙を流しながら上を見上げると、ダークライが私を見下ろしていた。

「来い、ヨアケ・アサヒ。マナの魂を返してもらう」

ダークライが私に手を伸ばす。
その手を弾いたのは、私ではなくて、マナだった。

「やだ!! わたしは……わたしは! そこまでして生き返りたくなんかない!!」
「…………マナ、なのか……?」
目を見開くクロイゼル。マナの鋭い拒絶は止まらない。

「わたしが生き返ることでみんな傷つくなら、わたしはそんなの嬉しくない!!」
「……それでも、それでも僕は」
「クロのバカ! なんでそんなことすらわかってくれないの!!」
「ただ君に、会いたくて、もう一度話したかったんだ……」

マナの悲しみとクロイゼルの悲しみ、そして私自身の悲しみも重なって、私は声を上げて泣いていた。
クロイゼルは、ダークライに私とマナを連れてくるように冷徹に指示を出す。
戸惑うダークライは、とても苦しそうにしていた。
それでも抵抗する私の手を掴むダークライ。
もうだめかと思ったその時、その行動を制止させようと立ち上がる影がふたつあった。

その影の一つが、何か小さなものをダークライの顔に投げつけた。
地面に落ちたそれは、かつて私は彼に預けた髪留めだった。

「ダークライ……!! アサヒから手を、放せ……!!」

ユウヅキとサーナイトがダークライを睨む。
彼の声に揺れるダークライ。動揺の隙に、ユウヅキは言葉を畳みかける。

「従うだけじゃ、お前の救いたい者は救えないぞ……!! 解っているんだろう、ダークライ!!」

ユウヅキの言葉で、私はダークライの置かれた状況を悟る。
この子もユウヅキと同じだったんだ。クロイゼルに大事な相手を人質に捕らえられていたんだ……。
目を細めるダークライ。それは助けを求めている顔だった。

サーナイトがビー君とルカリオの元に駆け寄り、必死に彼らの無事を願っていた。
ユウヅキはなんとか立ち上がり、ダークライを説得する。

「俺に力を貸せ、ダークライ!!!!」

ダークライの手が、私の腕から離れ……私の肩を叩いた。
小さく謝罪するように頭を下げ、ダークライは私に背を向け、クロイゼルたちへと向き直る。
ユウヅキとダークライが、肩を並べる。

「――――行くぞ、ダークライ!!」

『ミストフィールド』が立ち込める中、ダークライはユウヅキと共にギラティナたちへと立ち向かっていった。


***************************


皮肉なものだが、俺たちは痛みに慣れ過ぎていた。
だから他のものより早く立ち上がれたのかもしれない。
でもこうしてアサヒを守るために立ち上がれるのなら、今だけはその慣れに感謝をしよう。

辺りにはミストフィールドが充満している。『ダークホール』は使えないし、ドラゴン技も威力が半減してしまっている。
威力の下がった『ときのほうこう』と『あくうせつだん』でどこまで戦えるか……。

当然のごとく向こうはディアルガ、パルキア、オリジンギラティナ、そしてマネネが躍起になって襲い掛かってくる。

「ダークライ!! 『あやしいかぜ』でミストフィールドを吹き飛ばせ!!」

黒い風がフィールドの霧を吹き飛ばし、ドラゴンタイプの技の威力が元に戻った。
しかしそれは向こうも同じこと。
ディアルガとパルキアが目を光らせ、前に出る。

「血迷ったかい? ディアルガ『ときのほうこう』! パルキア『あくうせつだん』!」
「受け止めろダークライ!!」
「っ?!」

右手から『ときのほうこう』の光線を、左手からは『あくうせつだん』の斬撃をそれぞれ放ち、ディアルガとパルキアの両方と鍔迫り合いになる。
しかし、あちらにはまだギラティナが残っている。防ぎきることは不可能だ。
サーナイトにはビドーたちの回復に専念してもらいたい。

(次の手を打たなければ……!?)

とっさにボールを構えようとして、取りこぼしてしまう。

「やれ、ギラティナ」

見逃してはくれないクロイゼルの指示。
ギラティナ・オリジンの『げんしのちから』が、ダークライと俺目掛けて飛んでくる。
かわしきれない、と防御の姿勢に入ろうとしたその時。

轟、とバルカンの如く発射された『はっぱカッター』の雨あられが『げんしのちから』の岩々を切り刻んだ。
大きな着地音と共に、フシギバナに乗った彼が、喉をやられていたはずの彼が声を絞って悪態をつく。

「危なっかしいなあもう……!!」
「ソテツ……!!」
「ひとりでもちゃんとアサヒちゃんを守り切りなよ。まったく……!」
「すまない、助かった……」

ソテツたちに続いて、アプリコットとアローラライチュウのライカも、上方から降りてくる。

「遅くなってごめんユウヅキさん!! この状況、どうなっているの!? まさか全滅??」
「限りなくそれに近い。あと、あの花のようなものに全員徐々に命を吸い取られている。そしてビドーとルカリオが特にまずい」
「……!!」

衝撃と共に、ビドーを目で探すアプリコット。サーナイトの治療を受けている彼らを一目見て、彼女は顔を蒼くした。
でも、その表情も一瞬だけだった。両手で顔をひっぱたき、意識を無理やり取り戻したアプリコットは「あたしたちは何をやればいい」と指示を求めて来た。

彼女は強い。そう思ったからこそ、安心して任せられると思った。

「花の破壊はこのメンバーだけでは難しい。ソテツと協力して消耗しているディアルガとパルキアを食い止めてくれ。ギラティナは、俺とダークライがやる……!」
「わかった。任せて」
「露払いというわけか、そう言うからにはギラティナ、しっかり倒してきなよ」
「ああ」

ダークライが鍔迫り合いを払いのけ、俺の隣へ戻ってくる。一気に駆け抜けギラティナ・オリジンへと間合いを詰めていった。


***************************


ユウヅキさんを追いかけようと振り向くディアルガとパルキアの足首に、フシギバナの『つるのムチ』が絡みつき二体を転ばせる。
すかさずあたしはライチュウ、ライカにありったけの『10まんボルト』を叩き込ませるように指示をした。

「邪魔を、するなあっ……!!!」

ギラティナに乗ったクロイゼルが静かに激昂する。
マネネがクロイゼルたち全体に『リフレクター』を展開する。
あの花のようなものはマナを復活させるための何かだってことは、薄々感づいていた。
説得するにも、まずはこの現状をどうにかしないといけないと……。

オリジンフォルムのギラティナが『かげうち』でユウヅキさんとダークライをめった刺しにしようとしてくる。でもダークライは『あくうせつだん』で空間を切り取り、影を届かなくしていた。上手い。

目を取られていたら、ディアルガが『だいちのちから』を自分たちの真下に発動して、二体の足首を掴んでいたフシギバナを宙づりにする。とっさに離して着地するフシギバナ目掛けて、パルキアは『パワージェム』を乱射。
『つるのムチ』と『アイアンテール』でいなすフシギバナとライカ。
ソテツさんが、「アマージョが出せない今、まずいことになったね」と呟く。
あたしたちはディアルガとパルキアに……完全に上を取られている形だった。

ライカと共に空中を飛んで行って間合いをつめようにも、攻撃が苛烈すぎて、たぶんよけきれない。
地上から技の押収にもちこんでも、火力負けする。
何がなんでも、引きずり下ろすしかあの二体を止める手立てはなかった。

どん詰まりになりかけたその時、あたしの袖を掴む誰かが居た。
その子は、サーナイトの進化前のポケモン、ラルトスだった。
そのラルトスは、誰の手持ちかは分からなかった。でも必死に「手伝わせて」と言っているのは、なんとなくわかった。

「うんっ。協力お願いラルトス。いくよライカ!」

あたしはラルトスを抱きかかえながらライカの尾に連結したボードに乗る。
一か八か、捨て身の特攻だった。

「無茶させてすまないね……頼んだ!」
「任せて。いっけえええええええええ!!!!」

ソテツさんのフシギバナの『はっぱカッター』の援護射撃を背に、あたしたちは崖上のディアルガとパルキアへと『サイコキネシス』のサーフライドで飛んでいく。

ディアルガの『だいちのちから』が崖壁から突き出してくるのを右へ左へと回避しながら、上へ上へと目指す。
パルキアの降り注ぐ『パワージェム』。よけきれない分はラルトスがうまく『ねんりき』で起動を反らしてくれる。
あと僅かになってきたところで薙ぎ払うような『ハイドロポンプ』を撃ってくるパルキア。
接触の瞬間ラルトスが『テレポート』であたしたちをまとめて転移。激流の真上に出る……!

「押し流せえっ! 『なみのり』!!」

『ハイドロポンプ』で出現した大量の水をそのまま利用し、ディアルガとパルキアにライカは『なみのり』をぶつけて押し流した。
水分により脆くなった足場が、崩れ落ちていく。
落下していくディアルガとパルキアに、メガシンカを終えていたソテツさんのメガフシギバナが『ハードプラント』を叩き込み、大樹の中へと二体を閉じ込めていた。

「ナイス、アプリちゃん」
「! どうも……!」

地上のソテツさんの労いの言葉が、こんな時だけど素直に嬉しかった。

ダークライが味方についてくれたおかげで、やがて人質だった側のみんなが、ひとりずつ意識を取り戻し、助けに来て動けなくなったみんなへと駆け寄っていく。
励まし、寄り添い、声をかけてそれぞれの家族や友人、トレーナーとポケモンと再会していった。
みんなの顔が、絶望から解き放たれていく。
悲痛の涙が、嬉し涙へと変わっていく。
その姿がとても感動的で、見惚れていたら、ふとあたしも誰かに呼ばれた。
あたしのことを「アプリ」と呼ぶそのふたりは、ふたりは……!!

「お母さん……お父さん……」
「アプリ……!」
「大きく、なったなあ……!」
「あ……うあ……!」

耐えられなかった。戦いは終わってないし危機はまだ去ってないけど。涙が溢れて……止まらない。
ライカも喜んでいる。でもふとその腕に抱いたラルトスのことを思い出し、あたしはふたりに「もうちょっと待っていてね。そしたら一緒に帰ろう?」と言って、とりあえず駆け出した。

あたしが探していたのは、アサヒお姉さんとユウヅキさんのサーナイト。
ビドーとルカリオも倒れている今、そばに行けるのは、行くべきなのはあたしだと思ったから……!


***************************


辺り一帯が再会の喜びに溢れている中、俺とダークライ対クロイゼル、マネネ、そしてギラティナ・オリジンとの戦いは続いていた。
マネネの『ものまね』で真似た『ミストフィールド』が、両陣営を包み再び『ダークホール』が封じられる。
立ち込める霧の中でも、俺たちは果敢にギラティナに攻めかかった。
とにかく……攻撃の手を緩めない。

気迫に押されたのか、ギラティナ・オリジンの行動は少しずつ防衛の方へと偏っていく。
『かげうち』も『げんしのちから』も、ガードを固めて牽制するような配置へと移り行く。
だが、ガード無視の『あくうせつだん』の前では、その防御は意味をなさない。

「切り開けっ!」

影の槍も岩の群れも一刀両断に切り捨てる。しかし、そこにはギラティナの姿はなかった。

(目くらまし――――『シャドーダイブ』が、来る!!)

霧の中でどこから攻撃が来るのかさらに分かりにくい状況下での『シャドーダイブ』は、クロイゼルたちに圧倒的なアドバンテージを与えている。
かといって、『あやしいかぜ』で霧を払おうとしたら、その隙を確実に突かれるだろう。
つまり次の反撃でこれを対処できないと、俺たちには勝ち目はない。

緊張が高まっていく。呼吸が、荒くなっていく。
ひとつの指示ミスで、形勢は傾く。その重圧に押しつぶされそうになる。さっきもミスをしたので、尚更だ。

でも、俺が倒れたらきっとアサヒは泣く。その苦しさに比べたら……まだ戦えるはずだ。

「このぐらいで負けてたまるか。この程度で、負けて、たまるか!!」

俺はアサヒを守る。
今度こそ守るんだ。
だから、負けていられない。
過去の自分にも、今の自分にも、今戦っている相手にも。

いつまでも負けっぱなしでは、いられない!!!

「来ればいい、ギラティナ」

大きく深呼吸し目蓋を閉じた。どうせこの霧だ。視界にはもう頼らない。
感覚を研ぎ澄ませて、心を落ち着けて、ただ待つ。

起るはずのない僅かな風の流れを感じた。
空間の割れる音が、響く。

「――――そこだっ!!!!」

振り向き声をあげ、全力で俺はダークライにアイツの居場所を伝えた。
爪で空間を裂いてやってくるギラティナの突進を、ダークライはその両腕で受け止める!

「なっ……」
「ダークライ!! 『ときのほうこう』!!!!」

ダークライはそのギラティナを掴んだ両腕の手のひらから、『ときのほうこう』を放った。
ギラティナの時が、わずかに止まる。
その隙に反動から立ち直りもう一度『ときのほうこう』を今度は全力で中心に叩き込んだ。

流石にその次の反動を回復する前に動き出すギラティナは――――そのまま、崩れ落ちるように沈んだ。
とうとうギラティナを打ち破った瞬間だった。


***************************


ギラティナが落ちていく。ユウヅキたちが勝ったんだと気づくのに、ちょっと時間がかかった。

「ユウヅキが頑張っている。私も頑張らないと」

涙を拭って、私も私にできることを捜す。傷ついたドッスーをなだめ、ビー君たちのために願い続けてくれているサーナイトの汗を拭く。
ライチュウのライカとラルトスを抱えたアプリちゃんも来てくれた。
ぱっと見てその子が誰か私は気づいた。ラルトスがビー君に必死に呼びかける。

「アサヒお姉さん……このラルトスって……」
「うん、ビー君のラルトスだ。間違いないよ」
「そっか……それにしても、起きないね……ビドーも、ルカリオも……」
「息は、しているけれど……」

どうして起きてくれないんだろう。このまま起きなかったらどうしよう。
私の不安な心に反応したのか、マナが状況を分析し始めた。

「だぶん、一度にショックを受けすぎて、心が機能不全を起こしているんだと思う」

急に私の声色が変わったことで驚くアプリちゃんたちに、ざっくりと現状を説明するマナ。
彼女たちの飲み込みは早かった。

「傷ついた心を治すには、本来時間と元気な心の持ち主が必要なの。わたしがこうして話せるようになったのは、アサヒがいたから。ビドーとルカリオの場合も、同じようにすれば目覚めるとは思うけど……」
「元気を分ければ、元気になるってこと?」
「端的に言えばそうだよ、アサヒ。あと、ビドーとルカリオは波導で繋がっているから、どちらかが目覚めればより早く目覚めると思う」
「そう……アプリちゃん。何か元気になる歌、お願い」
「! ……ビドーの好きな歌にするね」

アプリちゃんはためらわずに息を大きく吸い、歌ってくれる。
それは、以前アプリちゃんが私とユウヅキに歌ってくれた歌だった。
私はラルトスと一緒にビー君とルカリオの手を握り、祈り続ける。
彼らの無事を、帰還を祈り続ける。

(帰ってきて、ビー君、ルカリオ……!)

目覚めることを、信じて呼びかけ続けた。
ふたりのことを、想い続けた。

……声が枯れるまでアプリちゃんが歌い続けたころだった。
ビー君の手が、ぴくりと動く。

目を瞑りながらルカリオに手を伸ばすビー君。その手はルカリオの持っていた『きのみ』を掴む。
それをルカリオの口元に食べさせようとする彼を、私も手伝う。
星の形をしたそのきのみをルカリオは咀嚼した。
噛みしめ、そして目を覚まし、起き上がったルカリオはビー君に波導を与え続ける。
やがてビー君も、静かに目覚めた。
目覚めて、くれた……!!

「おはよ、ビー君。ルカリオ」
「だいぶ……寝ていてすまん、ヨアケ」
「ううん、いいの。起きてくれただけで、私は。私は……!!」

力なく笑うビー君に、私は堪えていた涙腺が決壊し、鼻をすする。
困惑する彼と「泣くことではない」と言ってくれるルカリオ。
ふたりの無事が本当に嬉しくて私は感極まってしまっていた。

「よかった……本当に、よかった……!!」
「わかったから泣くなって! ってか、ラルトス、無事だったのかラルトス!」

涙目の私と、同じく涙目のラルトスに気を取られているビー君。
しっちゃかめっちゃかになってサーナイトでさえ収拾がつけられなくなっていた私たちを止めてくれたのは、アプリちゃんだった。
アプリちゃんは私にハンカチを渡しながら、ビー君を軽く叱る。

「もう、心配かけないでよね!」
「アプリコットもすまん、その、歌ってくれて助かった」
「べ、別にファンを守るのも……大事なことだし?」

ストレートなお礼にテンパるアプリちゃん、可愛い……とか呑気なことを考えていたら、周りの人々とポケモンたちが、静まり返り全員上を見上げていることに気づく。
つられて遥か上方を見上げると、大穴の向こうに、空が広がっていた。

裂けた天上の向こうに、現実世界の薄藍の夜空が広がり、そして――――


――――巨大な『りゅうせいぐん』が、今にも降り注ごうとしていた。




***************************


大樹に閉じ込められたディアルガとパルキア、そして天へと上り続けるギラティナの最後の悪あがき……3体同時の『りゅうせいぐん』が、【破れた世界】の向こう、現実世界から巨大な隕石となって落ちてきそうだった。

「うっそ……」
「おいおいおいおい、マジかよ……」
「どうする、どうすればいい??」

ヨアケ、俺、アプリコットの順で各々戸惑いを口にする。
ラルトスも、アプリコットのライチュウ、ライカやヤミナベのサーナイト、ヨアケのギャラドス、ドッスーでさえもおろおろしているありさまだ。

「クロイゼルの野郎、ヤケになったか?」
「それほど、クロも追い詰められているってことだよ」

俺の言葉に返答したのは、マナ。
マナはヨアケの身体を借りて、俺とルカリオに懇願した。

「お願い、クロを……止めて……ぶっとばして、いいから……止めてあげて」
「…………わかった。やれるだけやってみる」

願いにすんなりオーケーを出した俺に驚くアプリコット。
流石に退け腰な彼女に、俺は協力を頼んだ。

「手伝ってくれアプリコット。どうせこのまま何もしなきゃお終いなんだ。あれがラストライブだなんて、俺は嫌だぞ」
「言われなくても手伝うってバカ! 何すればいいの?」
「……運んでくれ。『ライトニングサーフライド』でルカリオを……運んでくれ」

ひとり静かに落ち着いていたルカリオは「任せろ」と小さく吠えた。
根拠も理論もへったくれもないけど、何故かルカリオと俺はそれができると確信していた。

「無茶やるにしても……サポートは必須だ、ビドー」

そう言いながら帰って来たヤミナベとダークライにサーナイトが駆け寄る。
俺たちのやろうとしていることを察してくれたヤミナベは、「俺とサーナイトに、サポート役のまとめをさせてくれ」と申し出てくれた。

「ビー君……ルカリオ……」
「ヨアケ、その……」
「止めないよ。でも私たちも一緒に闘わせて」
「……! ああ、もちろん。頼りにしている」

承諾すると、彼女は「任せて」とはにかんだ。涙の痕で、目は赤くなっていたけど、そのしっかりとした言葉は、何よりも頼もしかった。

彼女が手を出すようにみんなを促した。円陣を組み、それぞれが手を重ね気合を入れる。
そして、俺とルカリオは天を仰ぎ見て、作戦開始を告げた。


「さあ……隕石、叩き割るぞ!!」


***************************


ユウヅキさん、アサヒお姉さん、それからビドー。
三人ともそれぞれのキーストーンに触れ、パートナーたちも、メガストーンに触れる。
思いのたけを口上に込めて、三組は絆の帯を結んでいった……!

「ここが正念場だサーナイト。俺たちで守り抜くんだ――――メガシンカ!!!!」
「結ばれし絆が、進化の門を登る――――飛翔してドッスー! メガシンカ!!!!」
「ルカリオ……己の限界を超えろ、メガシンカ――――すべては守るべき光の為に!!!!」

顕現したメガサーナイト、メガギャラドス、メガルカリオの三体は、唸るように声を上げる。
そして三組とも、突撃を開始するために走り出した。

「あたしたちも、行こうライカ!!」

あたしの相棒、ライチュウのライカもサーフテールに乗って並走していく。
程よい位置についたあたしたちは構え、そして配置について行った。

まずは、ユウヅキさんとメガサーナイト。
ふたりとも祈るように拳を握り、メガルカリオへ今サーナイトが持てる最大回復力のサポート技をかける。


「ビドー、お前が思い出させてくれた想いと望み、今ここに願いとして返す!!! サーナイト『ねがいごと』!!!!」


『いやしのねがい』から技変更された『ねがいごと』。
今まで自らを傷つけてボロボロになっても誰かを救おうとしてきたふたりが、自分たちを守りながら相手を守り続けるために選択した技だった。

ユウヅキさんとメガサーナイトの祈りが天へと上るのを見届けて、アサヒお姉さんとメガギャラドスドッスーは、あたしのライチュウ、ライカとその尻尾に連結したボードに乗った、ビドーのメガルカリオを射出するために力を蓄える。


「今は私たちが貴方たちを送り届けるよ!!! ドッスー『アクアテール』!!!!」


メガギャラドスの型破りな激流を乗せた『アクアテール』の波に乗って、ライカとメガルカリオは遥か上空へと飛び出す。
送り届けるのはいつもビドーの仕事だけど、今はアサヒお姉さんたちとあたしたちが、その役割を一手に担う。

水流に電流を流して雷撃のウォータースライダーをライチュウ、ライカはメガルカリオと共に駆け上る。
Zリングをつけた腕を、天へと突きあげ、あたしは叫んだ。


「繋げて!! そして届いて!!!!! ライカ『ライトニングサーフライド』!!!!」


光る波にボードを乗せて、ライカは全力でメガルカリオを『ライトニングサーフライド』で撃ちだした!
びりびりと帯電しているルカリオに、天から『ねがいごと』のエネルギーが降り注ぐ。

「ルカリオ!!!」

ビドーとメガルカリオの動きがシンクロし、溜めの動作に入る。
足を踏ん張らせ、腕を引き、天へと振り上げる。
『スカイアッパー』と思われる技を、ビドーは別の名前で呼んだ。
ありったけの波導の力を籠め、技名に託した!!


「ライジング・フィストぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


その光と共に昇る拳は、現実世界の太陽を引き連れて雲の上へと突き破り、隕石に衝突し、そして、そして……!

隕石にひびが入る音がする。
誰かが「いけ」と呟く。
それはすぐに伝播していき、気が付いた時には、

一同みんな、叫んでいた!

「「「「いっけえええええええええええええええええええええええ!!!!!!!」」」」

みんなの想いが『ねがいごと』に重なり、メガルカリオにさらにパワーを与える!
願いが力になって、ついに隕石を叩き割り、その向こう側に居たギラティナ・オリジンに雷撃と拳が入った!!

暁の空に投げ出されたクロイゼルとマネネ、メガルカリオ。
隕石の破片は地上のあたしたちが一気に技を放ち、砕いた。
そのまま決着かと思っていたら、ビドーがメガルカリオに警告する。

「まだだ!! まだ終わっていないルカリオ!!!!」

クロイゼルはマネネと落下しながら、Z技のポーズを構えていた。
暁光の光と全力のエネルギーがクロイゼルたちを包んでいく。
クロイゼルのリングに光るのは……Zクリスタル『ミュウZ』?!

「マネネ!!!! 僕の遺伝子を、ミュウの遺伝子を真似て使え!!!!」

マネネの『なりきり』がクロイゼルを、クロイゼルが言うミュウの遺伝子をスキャンする。
クロイゼルと限界突破の『シンクロ』をしたマネネは、クロイゼルの中のミュウの技を『ものまね』してわが物にする。
けれど、その技は明らかに失敗していた。でもふたりは無理やり技エネルギーを圧縮し、放つ。
放たれた不完全なZ技は、どこまでも歪で、禍々しいオーラを纏っていた……!!

「『オリジンズスーパーノヴァ』!!!!!!!!」

超念力の黒い球体が、メガルカリオに襲い掛かる。
『ねがいごと』が、みんなの願いがメガルカリオを守り続ける。
メガルカリオはその空中でくるりと回って念動球を飛び越え、それを足場にして急降下。クロゼルとマネネを追いかける。
そしてメガルカリオはその身に受けた願いを、恩を、すべてあの得意技へと注ぎ。
フィニッシュを、決めた。





「――――――――――――『お ん が え し』! ! ! ! ! !」







…………その一撃は、クロイゼルの額のマナのコアを、彼の野望と共に打ち砕いたのであった。
決着、だった。
あたしたちは彼を物理的に止めることに成功した。

でも、まだクロイゼルは、彼の心は止まっていない。
まだ止まっては……いない。


***************************


クロイゼルとマネネを倒したからか、透明な花は命を吸い取るのを止めて、風化するように粉塵になって崩れ落ちた。
ギラティナと共に地に落ちたクロイゼルは、起き上がれないまま【破れた世界】の向こう、現実世界の夜明けの天空を見上げていた。

「マナ……僕はただ、君に……」

クロイゼルの言葉はそこで止まる。
明らかにその言葉の先があるような言い方に、あたしはやきもきしていた。

「……もう、話してあげてもいいんじゃない、マナ」

アサヒお姉さんは、そう呟く。すると中に宿っていたマナが、とてもやりづらそうにしていた。

「クロ……」
「マナ」
「クロのバカ……クロなんて、きらい」

乾いた音が響く。
アサヒお姉さんが自分自身を、マナの頬を叩いた音だった。

「そうじゃないでしょ??」
「だって、だって! クロがマナを好きすぎるのが悪いと思って……」
「それはそうかもだけど、貴方にはもっと伝えたいこと、伝えなきゃいけないことあるでしょ???」

思い切り叱責されて、マナは子供のように泣きじゃくりながら、クロイゼルへ積年の想いを伝えた……。

「クロ……ゴメン……きらいなんてウソ……マナのためにずっと苦しませてゴメン……ゴメン、なさい……それから……ありがとう……ずっとわたしのこと、忘れないで、いてくれて……!!」
「……当然だろ。忘れるわけ、ないだろ」
「……でも、お願い。マナに囚われるのは、もうおしまいにして……?」
「できない。それをしてしまったら、僕は、僕で居られなくなる」
「でも、わたし、分かるの。本当のお別れは近いって……」

クロイゼルの瞳が揺れる……たぶん、彼自身もマナの限界が近いってことを知っていたんだと思う。
千年以上生きて、ずっとマナの心を見守り続けていた彼だからこそきっと、終わりの時を敏感に感じて、悟っていたんだ。

「すぐにじゃなくていい……でも、わたしのことはときどき思い返してくれるだけが、いい。クロ、ずっとわたしにつきあってくれたんだもの、これからはクロのために、生きて?」
「そんなの、ひどいよ……あんまりだ……僕を、置いてかないでおくれよ……置いて行かれたら、もうこの僕を苦しめ続けた世界を滅茶苦茶にするくらいしか、執着できることが無くなってしまう」
「クロ……」

マナだけの説得じゃ、足りない。それに、もうひとり話したがっている人がいることを、あたしはずっと見守りながら思っていた。
そんなあたしの考えを見透かしていたのか、シトりんをおんぶしたイグサさんがいつの間にか傍に居た。

「あはは。アプリちゃんお待たせ。出番だよ、イグサ」
「サポート頼む、シトりん。アプリコット、シロデスナを」
「うん」

あたしはイグサさんに促されるまま、ボールからシロデスナを出した。イグサさんのランプラーがシロデスナと彼に語り掛け、シロデスナはその形を変える。
マントを着た人型に形を変形させたシロデスナは、その口の形を動かす。
その形に合わせて、シトりんが声真似をする。

「クロ」

その男性の声に、クロイゼルは肩をびくりと動かす。
心底驚いた様子で、クロイゼルとマナは彼の名前を口にした……。

「ブラウ……?」
「ブラウなの??」
「久しぶり……クロ、マナ」

三者が一堂に揃う。
長く、とても長い時を経た果ての先の、一度きりの機会。
かつてクロイゼルを、友達を深く傷つけて英雄と呼ばれてしまった彼。
ブラウ・ファルベ・ヒンメルさんからふたりに向けた謝罪が始まった。


***************************


シロデスナの身体を借りた砂人形のブラウを見た瞬間、なんとも言えない気持ちがこみ上げてくる。
恨みはあった。憎しみも、無いと言えば嘘になる。
でもただただ、またこうして話しているという事実に、彼が僕を愛称でまた呼んだことに驚きを隠せなかった。

「ずっと、成仏してなかったのか」
「うん……自分自身が許せなくて……気が付いたら亡霊になっていた」
「一応、聞くけど……何を、そんなに許せなかったんだ」
「マナを見捨てて、君を殺し続け、そして追放に追いやったことだ」

メタモン少年のブラウを真似た声は、とても静かだった。
けれど砂人形の表情は、わかりにくいけど思いつめた表情をしている。
その顔には、見覚えがあった気がした。
彼は昔からいつもそんな表情を浮かべていたからだ。

思わず、意地の悪い問いかけをしてしまう。

「あの時、何回僕にトドメを刺したか、覚えているのか?」
「49回。忘れるわけがない」
「……あっている」

即答だった。正確な数字を言い当てられ、言葉に詰まる。
……もし罪悪感を抱いているんだったら一生、いやこの先ずっと抱いていればいい。
怨霊でも亡霊でもしていればよかったじゃないかという思いが、拭い切れない。

「今更、顔を見せて何をしたいんだ」
「……謝りに来た。ずっと謝れなくて後悔をし続けるのは、嫌だったから」
「はあ……だが君にも、理由があったんだろ。僕を殺しマナを見捨てた理由がさ」

マナが「どうしてそんな言い方するの?」と言った表情を浮かべる。
でもこれを聞かない限り、僕はあの理不尽な暴力を受けたことに納得できないと思った。
ブラウが口にすることを迷う。僕は、「言え」と強要した。

「君がサイキッカーの開発に、子供を使ったからだ」
「…………」
「いくら戦いが長く続いたとしても、君がサイキッカーにしなければあの子たちは、あんな形で戦場に出ずに済んだ。それがクロを討伐した理由だ。マナは……巻き込まれただけだった」
「なるほど……だが道理に反した研究は、僕以外もしていただろ。僕だって身体を、頭を弄られた子供の一人だった。そいつらはどうなんだよ」
「ああ、勿論全員もれなく切り捨てた」
「……容赦ないな」
「マナを見殺しにしてクロを殺して追放したのに、彼らを赦す道理がそれこそなかったから……」

若干引きながらマナも「ブラウ、真面目すぎるの……」と零す。いやこればかりは本当にそうだと思う。

ブラウが、彼が頭を垂れる。
マナと僕に、謝罪した。

「ごめんなさい。さっき上げた理由は、言い訳にしか過ぎない。クロが道を踏み外そうとしたとき、私が全力で止めようとしていればよかったんだ。少なくとも、君を何度も殺すことが、マナを巻き込み殺してしまうことが私のすることではなかった」

砂が零れ落ちて頭の原型が崩れる。それでも彼は頭を下げ続けた。

「赦さなくていい。けれど本当に、本当にごめんなさい」

その姿を目に焼き付けて…………僕は、僕自身に問う。

(これで、気は済むのか?)

散々知りたいと望んでいたブラウの事情は分かった。彼からの謝罪もあった。
でもそれだけで、この積年の痛みは簡単に水に流していいことなのだろうか?

「……赦せない。だってマナは死んでしまったんだぞ……?」
「その通りだ。赦さないでくれ……」

さらさらと落ちていく砂が、どこか涙のようにも見えた。
ヨアケ・アサヒの身体を借りたマナが、ブラウの隣に立ち、僕を説得しにかかる。

「わたしはブラウを恨んでいないよ、クロ」
「僕が赦せないんだよ、マナ」
「そう……どうすれば、クロは憎しみから解放される?」
「わからない。でももし君が生き返ってくれたなら、もしかしたら……」

“もしかしたら、憎しみを捨て去ることが出来るかもしれない”
その言葉は出せずとも、意図は汲んでくれたみたいで、マナは困ったように笑った。
それが出来たら、こんなに悩んでいないよな……。

このまま、マナの魂は消滅してしまうだろう。
少しでも話せたのは良かった。本当に良かった。
でも叶うことなら、生き返って欲しかった。
帰って来てほしかった。
一瞬でも、帰って来て、ほしかった……!

乾ききって出ないはずの涙腺から、涙を流したいような感情に陥りかけた時、「ちょっといいかしら?」と言いながら僕らの間に割ってはいる女が居た。
その濃い青髪の女は、微笑みを湛えながら僕の顔を真正面から見る。

「君は誰だ」
「交渉人、ネゴシよ。クロイゼル、貴方と交渉がしたいの」

交渉人と名乗った女、ネゴシは、マナと僕を見やり、こう持ち掛けてきた。

「クロイゼル。一緒に、マナを生き返らせない?」
「…………は?」

交渉人というよりどこか悪魔のような彼女は、素っ頓狂なことを言い出す。
けれど、聞き捨てならない提案なのも確かだった……。


***************************


ネゴシは、僕に畳みかける。

「貴方は独りでマナを生き返らせようとしていた。でも、それが頓挫してしまったのなら、もっと大人数で取り組めばいいんじゃない?」
「無理だろ……誰が協力してくれるんだ」
「その協力者を集うのが交渉人の役目よ。サモンちゃんとオーベムだっけ? 彼女たちはいい仕事してくれたわー、ホント。滅茶苦茶痛くてしんどかったけど」

気が付いたら、さっきまで戦っていた彼らが、遠巻きにこちらの様子を見ている。
過去のトラウマのような視線とは違い、彼らは静かに、まるで見守るようにこちらを見ていた。

「『マキシマムサイブレイカー』のお陰で、“闇隠し事件”の被害者を助けに来たメンバーは貴方の痛みと動機を理解とまではいかなくても、知っちゃったからね。たとえ許せなくても放っても置くのもできなくなっちゃたんでしょ」
「…………サモン、オーベム……余計なことを……」

胸の内を暴露されたことに愕然としていたら、ブラウの子孫の一人、スオウが一同を代表して話しかけてくる。

「クロイゼル、お前のしたことは許せることじゃあねえ。でも、うちの先祖様たちが散々苦しめたのは悪かった。だから、一時的にでも協力させてくれないか」
「…………協力って言っても、機械は崩れさった。この上で出来ることは……出来ることは……」
「まあ、よく分からねえけど、その辺は死者と魂の専門家がそこにいるから。な、イグサ」

スオウはさっきメタモン少年をおぶっていた橙色の髪の青年、イグサに話を振る。
イグサは渋るような表情で、「特例中の特例だ」と口をへの字に曲げながら言った。

「……ブラウまでは難しいけど、マナだけならやれなくはない。ただし、禁忌の奇跡みたいなものだから生き返っても数日だ。それでちゃんと別れをできるのなら、協力してもいい――――すでに方法自体は、クロイゼルも気づいているんだろう?」

方法に心当たりはあった。
【破れた世界】から世界を見続けて、何度かそういう例外が発生していたのは知っている。
ただそれは多くの者の祈りがないと出来ない原理も仕組みもよくわからない御業。
可能か不可能かなんて僕にすら判別つかない。
それでも、それでもほんの僅かでも可能性が残っているのなら……すがりたいと思った。

「交渉ということは、僕は何をすればいい。何をすれば生きたマナにもう一度会えるんだ?」
「もうやけっぱちで世界を滅ぼすなんて思わないこと。あとバラバラにしたヒンメル地方を元通りにして、ちゃんと今回の事件の償いをすることよ」
「…………わかった」
「――――よく決断してくれたわ。交渉成立よ」

ネゴシは笑顔を作り、僕の手を取った。
長い間止まっていた時間が、少しだけ動き出したような気がした。


***************************


イグサの案をスオウが早速伝達し、その動きは広がる。
その間にディアルガとパルキアに、世界を繋ぎ直してもらうように僕はマネネと頼み込んだ。
無理やり従わせていた二体は、最初のうちは反発していた。けどその懇願にギラティナも協力してくれて、二体は世界を元の形に修復してくれる。

空中遺跡の中に閉じ込めて動力にしていたダークライの大事な者――――クレセリアも解放した。
クレセリアの力を増幅させて飛んでいた遺跡も、やがて落ちていき着陸するだろう。

もうこの目玉模様のついた、黒いボールは必要ない。
ディアルガとパルキアは別の空間に帰り、ダークライはクレセリアと一緒に行った。
マネネとギラティナの分のボールも破壊する。
けれどマネネは僕から離れようとしなかった。

「きっと貴方と一緒に行きたいんだよ」

そうライチュウ使いの少女、アプリコットがマネネの背を押す。

「険しい道のりになるけど、それでもいいなら勝手にすると良い」

そう口にすると、マネネは喜んで僕に寄り添ってきた。


【破れた世界】から皆が帰還し、再会を喜んだり、再会出来なかった者もいたり、色々な形で時間が過ぎていく。
入り口のゲートが閉まっていこうとしていた。ギラティナは【破れた世界】に残る決断をした。

「本当に、長い間世話になった。ありがとう。また会う時があったら、その時はよろしく」

ギラティナは頭を近づけてきて、僕の瞳をじっと見つめる。しばらく見つめ続けたら、満足そうに一声吠えて、そして帰っていった。


僕が忙しくしている間、暇だったマナはヨアケ・アサヒたち一行と一緒に行動をしていた。
ビドー・オリヴィエをからかったり、ヤミナベ・ユウヅキと僕のことを話したり、アプリコットの歌を聞いたり。
楽しそうにしているマナにちょっとだけ妬けるけど、それでいいのかもしれないと思った。
僕が見たかったのはそういうマナの顔だったのだから。

『クロ……私はクロが望む限り、現世に留まるよ』
「無理に、付き合わなくてもいい」
『いいや、これは私の望む贖罪だ。まだまだやり残したことも多いから、ちょうどいい』

そうブラウは相変わらずくそ真面目にそう言う。
捨てられていた機巧の身代わり人形には、新たにブラウが宿主となることになった。


カイリューとマーシャドーの傍らに居た男、レインは僕に「ムラクモ・スバルを覚えていますか」と詰問してくる。
覚えている。ムラクモ・サクの……ヤミナベ・ユウヅキの母親だろう、と答えると彼は忌々し気に吐き捨てた。

「貴方に心をボロボロにされたスバル博士は今もなお眠ったままです。貴方はマナのために彼女たちの人生を滅茶苦茶にした。そのことを決して忘れないでください」
「……ああ、忘れない」

レインがだいぶそれでも堪えていたことは感じ取れた。謝罪だけでは赦されないものの大きさが、だんだんと明確になっていくような気がした。


デスカーンを連れた国際警察を名乗るラストという名前の女性とも面識を持つようになった。
今回の僕の罪を裁くために長い付き合いになる、と言われ長いとはどのくらいになるのだろうかとふと思考を巡らせていた。
ヤミナベ・ユウヅキのオーベムも彼女に逮捕、アレストされることになる。
ユウヅキは心を痛めていたが、オーベムは「この道を選んだことに悔いはない」と意思表示をした。
オーベムは僕に「どうかお達者で」とシグナルを飛ばす。声をかけようとするけど、オーベムは僕に背を向けてしまった。


オーベムと言えば……それまでオーベムと一緒に居たサモンの姿だけが見えないのが、気がかりだった。
【破れた世界】に取り残されてはいないとは思うが……。

「見届けてくれるんじゃなかったのかい……」

彼女に向けたつぶやきは、届くことなく空気に溶けていった。


そして、イグサたちの準備が整う。
【ミョウジョウ】の町にて、それは執り行われることとなった……。


***************************


曇り空に陰った港町【ミョウジョウ】の海岸。死んだ海と呼ばれていた静かな海岸線に、集まれる限りの一同が揃っていた。
ブラウの入った人形を抱えたクロイゼルが、静かにヨアケを、マナを見つめている。
その表情は敵対していた時と比べて、とても大人しく、落ち着いていた。

「始めるよ――――全員、あの記憶を……痛みを思い出し、マナフィが帰ってくることを信じて、ひたすら祈って欲しい。ただそれだけ続けてくれ」

イグサに促された通りに、先日の技の痛みを、記憶をイメージして思い返す。
周囲が、悲哀の波導で満ちていくのが分かる。ルカリオとラルトスが俺の手を掴みながら、感情に引きずられないように引き留めてくくれていた。
マナフィ、マナの帰りを求める彼の願いが、ここに居る者たちへ共有されていく。
やがて、空からぽつりとにわか雨が降って来た。

瞳を閉じたクロイゼルが天を仰ぐ。
彼の涙腺を流れる雨粒が、波打ち際に落ちて弾けた。
それを筆頭に、黙祷する皆の涙腺も緩んで、決壊していく。

(……この感情は、なんだ……? これが、祈り……?)

温かな雫は、やがて熱を帯び、雨空に差し込む日の光によって力強く輝いていく。
誰かがマナの帰還を口に出して望んだ。それに倣うように念を籠めた言葉が広がっていく。
その静かにたぎる熱い感情を感じながら、俺もその言葉を口にした。

「帰って……来い、マナ……!」

やがて目を開くと、不思議な光景が広がっていた。
キラキラと輝く光の粒が、皆の零した涙から発生して波打ち際のクロイゼルとヨアケ、マナの間に集まっていく。
光のシルエットは、マナフィの形をし始めていた。

「バイバイ、マナ。元の身体にお帰り」

ヨアケが胸元に手を当てると、光のシルエットに引き寄せられるようにマナの波導だけが別たれる。
ふらっと後ろに倒れかけたヨアケを、ヤミナベが受け止めた。
そしてそのままふたりもマナを見つめる。
この光景は、まるで願いが、想いが、感情が形になっていくようだった。

光が解けて、そこに水色の小さな身体のポケモン、マナフィが現れる。
閉じた瞳を開き、マナフィ、マナはクロイゼルとブラウに微笑みかけた。

「クロ。ブラウ。ただいま」
「おかえり。おかえり、マナ……」
『おかえり、本当に、良かった……』

雨雫を湛えたクロイゼルにつられてか、マナも泣き笑いで何度も頷いていた。
それからマナは俺たちにも大きな声で礼を言った。


「わたしの帰りを望んでくれて、いっぱいいっぱい、いーっぱい、ありがとう!」













それからの数日間。

マナはクロイゼルとブラウとたくさん、たくさん話をして。
【ミョウジョウ】の町で毎日楽しそうに過ごしていた。
俺たちはクロイゼルに言いたい事がなかったわけではないが、その間だけは誰も彼らの邪魔をしようとはしなかった。

数日後。

大勢の人とポケモンに看取られながら、マナは静かに笑いながら別れを告げ、永遠の眠りについた。
イグサとランプラーのローレンスの手によって、千年以上生きたマナの魂は海へと帰っていった。

その日からだろうか、かつて“死んだ海”と呼ばれた海に活気が戻っていったのは。
それまで静かだった海がだんだんとにぎやかになっていく。
ブラウは、『これが本当の【ミョウジョウ】の海だ。蒼海の王子の魂が、ようやく代替わりを経た。これからは次のマナフィが海と共に豊かに育っていく』と言っていた。
マナはもうこの世には居ないことを、改めて実感させられる話だった。


しばらくは、帰って来た者たちとの時間を過ごしたり、女王の戻って来たヒンメル地方全体の体制を立て直したりして慌ただしい時間が過ぎていった。
そしてとうとうクロイゼルの罪について言及されることとなる。

独房に閉じこもっていたアイツは、こう言ったらしい。


「僕を……処刑してくれ」と……。


かつて怪人と恐れられた男は、
現世を騒がした復讐者は、
友を看取った彼は、

自らの死を……望んだ。



そして、公開処刑の日が刻々と近づいて行き、とうとうその日を迎える。

その日は、とてもよく晴れた日だった。






つづく。


  [No.1718] 第二十一話 虚空の果て砂の紋 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/08/25(Thu) 08:29:40   8clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



その虚しくなるほどの蒼い空を、彼女はベッドの上で掛布団にくるまり、窓からずっと眺めていた。
トレーの上の冷めた食事を見て、彼は心配して怒る。

「……サモン、まだ、何も食べないつもりか」
「ゴメン、キョウヘイ。食欲無くてね。吐いちゃうのももったいないし」

そう言って、もはや力の無くなっている作り笑いをサモンはキョウヘイに向ける。
それがキョウヘイは煩わしくて仕方がなかった。

サモンが数日間意識を取り戻さなかった間に色んなことが起こり、ヒンメルは激変の只中にあった。
あの時無理してZ技を放ち意識を無くしたサモンを、キョウヘイが拠点に利用していた部屋に連れ帰っていた。
それからずっとキョウヘイは、サモンが捕まらないように、匿っている。
サモンの手持ちのポケモンの世話も引き受けて、彼はただただ息を潜めていた。

皮肉にも、彼女が目を覚ました時には、クロイゼルは敗北していて、けれど同時に彼の望みは達成されていた。
マナは数日間だけ生き返り、そして海へと還った。
クロイゼルは、マナと別れを告げる時間を得ることを条件に贖罪の道を選んだと、調べた情報をキョウヘイが彼女に伝える。
経緯を聞いたサモンは、初めのうちは特にリアクションをすることもなく、ただただ黙って受け入れているように見えた。

ふと、空を眺めていたサモンが零す。

「ボクも、自首するべきなのかな」

本気とも冗談とも取れないその言いぶりに、キョウヘイが強い口調で制止する。

「必要ない。止めておけ」
「……元ロケット団員さんは、言うことが違うね」
「今は関係ないだろ」
「そうだね、だいぶ昔の話だった」
「……アイツのことも、もうだいぶ昔の話だ」

名前こそ出さなかったが、サモンの気にしていたタマキのことを、過去だと割り切るように、キョウヘイは言った。
タマキの話題に、サモンは意地悪くキョウヘイに問いかける。

「彼女も過去の人間だと言うのなら、キミはどうしていまでも最強への道を捨てきれずにいるんだい」
「それは……」
「キミが強くなりたかったのは、またタマキみたいに誰かを失うのが怖いからだろう? ボクも大概だけど、タマキに、過去に縛られているのはキミもじゃないか、キョウヘイ」
「そうだが、そうじゃない」
「……何が、違うんだい」

震える声で、キョウヘイはずっと抱えていた不安を彼女に吐露した。


「今の俺は、君がいなくなるのが、とても怖い。怖いんだ、サモン」


肩も震わせ、床にうずくまったキョウヘイを、ベッドから降りたサモンは静かに抱きしめる。
背中をさすり、なだめながら彼女は彼に小さく謝った。

「ゴメン……そうだね、赦しが必要ってこういうことなんだね……ようやくわかったよ」
「サモン……?」
「キョウヘイ。顔、上げて」

言われた通りに上げたキョウヘイの頭を、サモンは逃れられないように抱き、その口を塞いだ。
しばらくして、キョウヘイが彼女を突き飛ばす。
何かを飲み込まされたと気づいた時には、キョウヘイの意識は泥闇に引きずり込まれ始めていた。

「何を……ふざ、ける、な……サモン……!!」
「きっと、ボクもキミにとっての過去になる。タマキのことも、ボクのことも、もう忘れていいんだよ、キョウヘイ」
「ま……て……………」
「ボクが――――キミを赦す。だから、今はゆっくりお休み」

キョウヘイの意識がないのを念入りに確認したあと、サモンは小さくその頭をいとおしく抱き直し、最後に一言「ありがとう」と言い、その場を去る準備をし始めた。


***************************


彼が深い眠りから気が付いた時には、もう彼女の姿はなかった。
テーブルにあった封筒に入った置手紙を読む前に、キョウヘイは彼女から預かっていたボールを確認する。
彼女の手持ちは、一体だけ連れて行かれていた。

彼女の行きそうな場所の心当たりを、キョウヘイは考えるまでもなく突き止めていた。

今日は、クロイゼルの公開処刑日。
サモンが拘るとしら、それしかなかった。

キョウヘイは彼女には処刑のことを伝えていなかった。
しかし、彼女のいたベッドの上には携帯端末が転がっている。隠れて調べていたのは、想像に難くない。

手紙の封筒をハサミも使わずに開ける。そして自分の手持ちを連れて行き、移動しながら彼はその内容を急いで読み始めた。

それは長い、長い……赤裸々な告白文だった。
普段のサモンだったら絶対に言わないような胸の内。
彼女が何を想い、日々を過ごして来たかが、そこにはまとめられていた……。

それを書かせるまでに追い詰められた彼女の状況想い、彼は焦る手を抑え、読み進めていった。


***************************


“キョウヘイへ。


おはよう。まずは不意打ちで眠らせたことを詫びるよ。書面だけど、ごめん。
手紙なんて、書きなれないけど、色々書いておこうと思う。せっかくの機会だし、ね。

その前に、キミにしかお願い出来ない頼みがある。ボクの残りのポケモンたちの世話を君にしてほしいんだ。
図々しいのは百も承知だけど、キミになら彼らも懐いているから頼めると思ったんだ。聞いてくれないかな。
思えば、キョウヘイには散々ワガママなお願いをしてしまったね。キミはいつも文句を言いながらも、ボクに協力してくれた。感謝しているよ。本当に。
いつまでもキミに甘えてはいけないけれども、どうか彼らのことだけは頼む。
これで、最後のお願いにするからさ。
心残りはそのくらいかな。ああ……ゴメンもう一つ。友人たち、とくに狐の彼女にもよろしく言っておいて。


……前置きはこのくらいにしておいて。本題に移るよ。さて、何から書いたものか。
ああ、まず、こう書くべきなのかな。

キミがこの手紙を読んでいるころには、ボクはどうなっているかはわからない。

キョウヘイが早く起きてボクを止めに来る可能性も考慮しているけど、多分無理だと思う。
この手紙は足止めのつもりでもヒントのつもりでもないけど、結局両方なのかな?
ボクは、ボクを投げ出そうと思う。その身を捧げるって言った方がカッコいいかな……カッコよくはないね。
でもクロイゼルの為に身を投げうつことはずっと前から考えていた。初めてキョウヘイに出会うずっとずっと前から。

結局キミには言ったことはなかったっけ。ボクの生涯の悩みを。まあ、これから暴露するのだけれど。ああ恥ずかしい。
読み飛ばしてくれても一向に構わない。時間のムダだし。
とまあ悪あがきはここまでにしておいて、書くよ。


その悩みのきっかけは、小さかった頃の記憶。
今でも心の中に引っかかっていること。

それは、初めて触れた、大切な人の死のことだ。
その大切な相手は、ボクのおばあちゃん。
おばあちゃんが亡くなった時に、ボクはその別れに対して泣けなかった。
それは葬式の間だけとかの話ではなく、おばあちゃんが亡くなってから今までずっとだ。今までボクは一度も、おばあちゃんを想って泣いたことがない。

おばあちゃんとの仲は決して悪くはなかった。むしろ、一番親しい存在だったんじゃないかと思う。友人よりも、両親よりも。
おばあちゃんはボクにあんなにも大切にしてくれたのに、ボクは一度も泣いてあげられることが出来なかった。
涙一つ落とすことが出来なかった。
突然の出来事に心の整理がつかなかったとかじゃない。そんな言い訳は通用しないんだ。
そう、ボクは周りのみんなのように、死を悼むべきだった。
ボクは涙を流せなかったことに言い逃れをしてはいけない。
もう出来ないけれども、叶うのならばおばあちゃんに謝りたかった。
だってボクはおばあちゃんの死を目の前にして、
はっきり言って、何も感じていなかったんだから。

「貴方は強いのね」

そんなことを、誰かに言われた気がする。親戚なのだろうか。誰だったかまでは、覚えていないけど。
あの時は反論しなかったけど今なら言える。これは強さなんかじゃない。薄情なだけだ。
ボクのおばあちゃんへの感情は、そんな薄っぺらいものだった。ただそれだけ。

当時カラカラだったコクウはあんなに泣いていた。
涙の痕が被った骨に刻まれるほど、泣いていた。
その姿こそがあるべき姿だと、今でも思う。

ボクはこれからもずっと、誰かを想って泣けないのだろう。
親が死んでも友達が死んでも先生が死んでも、誰が死んでも、きっとボクは何も感じない。
ボクは誰がどうなっても、何も感じない。
ボクには誰も、愛せない。

だから、基本的には深い付き合いを作らずに、独りを好んだ。
大勢でなれ合うのも悪くはないけど、あまり得意ではなかった。
でも世間はそういう苦手に、あんまり容赦してくれない。
世渡りというものが、上手くいかずに一度、それこそ小さかった過去に一度。

何もかも諦めて、生きることに哀しくなって、ボクは……海に身を投げた。


一滴の雫でも集まって波になれば、とても強い力を持っている。
今思えば、それは社会の数の暴力に似ていた。

暗い夜の海底に沈むボクを救い上げてくれたのは、クロイゼルだった。
彼はマナの好きだった海で、身投げを目の当たりにしたくなかったんだと思う。
でも今思えば、その当時の彼もまた、ボクと同じことを考えていたんじゃないかな。
アサヒという器を見つけられずに、マナの魂が消えかかっていた頃だったから。

当時幼かったボクは、【破れた世界】からクロイゼルがそこに足を運んでいるとは気づかなかった。近所に住んでいるマネネを連れた変な隠者だと思っていたよ。
夜な夜な家出しては、海岸でボクとクロイゼルは他愛ない会話をして、過ごした。

抱えていた悩みもぶちまけた。彼は変にアドバイスとかしないで、ちゃんとボクの話を聞いてくれた。その代わりに彼の悩みも聞いた。

クロイゼルが、いつだかボクのことを海のように優しいと言ってくれた。
どんなに汚い感情も拒まず、優しく包んで呑み込んで、吐き出さないですべてを受け入れてしまう、そんな子だと。
海にそんな見方をいままでしていなかったボクは、とても驚いていた。
そんなボクに、彼は最初で最後の、経験則を言ってくれたのを書いていて思い出したよ。

「物事には色々な角度からの見え方がある。正面から見えているものでも、上下や左右、俯瞰、裏面や内側、過去に未来にとにかく限りない。見るものの数だけ、考え方だけ、変わってくる。だから。今見えている世界だけが、すべてじゃない。だから諦めるには、まだもう少しだけ早い」

当時から噛みしめていた言葉なのに、最近すっかり忘れていた。
でも思い出せてよかった。

その内、生きることに少しだけ、ほんの少しだけ前向きになれるようになったころ、彼らは姿を消した。
でもボクはその恩を忘れられないでいた。
だから、彼はボクにとっての恩人で、そして彼の為なら、想って泣けるような気がしたんだ。
実際は、死んでほしくないと願うことになるのは、想定が甘かったけど。

あのキミたちと過ごした、タマキを失ったカントーでの事件の後、ボクは故郷のこのヒンメルに帰ってきて、クロイゼルを捜していた。
そして再会した彼が手を必要そうにしていたので、力になるって決めたんだ。

もう彼の目的は果たされたけど、ボクは彼に死んでほしくない。
たとえ彼が、クロイゼルが望んだことかもしれなくても、今度はボクが言ってやるんだ。
千年以上生きた相手に言うのも変だけど、まだもう少しだけ死ぬには早いって。

だからゴメン、ボクは彼を助けに行くよ。
ボクのことを心配してくれて、本当にありがとう。
キミの気持ちは、嬉しかった。
キミには忘れて良いなんていったけど、
タマキのことは、ボクはまだボク自身を赦せてないけれど、
もし運が良かったら、キミの元に帰って来られたらいいなと思うよ。


それでも一応言っておく。

さよなら、キョウヘイ。


ボクの愛しい、最強の友達。




キミの友人、サモンより。”




***************************


「皮肉かよ!!」

手紙を読み終え、悪態を吐きながらキョウヘイは【ソウキュウ】の路地裏を駆けだす。“闇隠し事件”から戻って来た人口とポケモンたちで、大通りはいつになく混雑していたからだ。
息を切らしながら、ひた走る彼の足先は迷うことなく【テンガイ城】へと向かって行く。

(悩んでいる君を守れなくて、何が最強だ!! そんなものはどうだっていいんだ!!)

【テンガイ城】付近の広間は群衆でごった返していた。城壁の上で処刑は行われるらしく、大きな見たことのない機械装置が設置されていた。
銃口の先には、磔にされたクロイゼルの姿があった。
空中にトレーナーとポケモンが飛び出さないように、警備が張り巡らされている。

(頼むから、頼むから早まるな、サモン!!!)

群衆に呑み込まれたら身動きが取れなくなると思い、距離を取ろうとする彼の耳には、嫌でも人々の声が聞こえた。

「あれが怪人……不気味」「さっさと怪人殺せよ、まだかよ」「アイツのせいで滅茶苦茶になったんだ、早く怪人を処刑してくれ」

人々の軽口には、クロイゼルのことを「怪人」と呼称する者が多くを占めていた。
それが“闇隠し事件”の行方不明者だった側や野次馬がほとんどだとは、キョウヘイは気づく余裕がなかった。
だが彼は、否応なく考えさせられていた。

何故罪人とはいえ、ひとりの死を、ここまで無責任に望めるのか、と……。

彼らは自分たちが手を下すわけでもないのに、外野から勝手な罵倒を浴びせ、裁いただのほざくのだろうかと考えると、複雑だった。
自身の大切な隣人の大事な人が処刑されようとしているキョウヘイにとっては、尚更。
身の回りとは関係のない、もしくは関係の薄い赤の他人だから観客のような断罪が赦されるのだろうか。
もしもそれで彼らが正義感に浸るのだとしたら、そんな正義はクソ喰らえ、とさえ想うほどに嫌悪感を示していた。

キョウヘイが込み合った場所から抜けてボーマンダの入ったボールに手をかけた時、一気にどよめきが広がった。
何故なら磔にされていたはずのクロイゼルが、いつの間にか城壁の上に立っていたからだ。

パニックや暴動になりかける群衆。
しかしキョウヘイは気づいていた。
あれは……サモンの手持ちのゾロアーク、ヤミの見せている幻影、幻だと。
あそこに立っているのは、本当はゾロアークと共に内部の警備を潜り抜けてたどり着いてしまったサモンだということに、彼は気づいていた。

クロイゼルのふりをしたサモンが、今までにない大声を出した。
それが本物かどうか、群衆には気づく術はない。

けれども彼女のメッセージは、キョウヘイには届いていた。




「――――ボクは怪人なんかじゃない!!!! クロイゼルングだ!!!! 覚えておけ!!!!!!!」




呆気にとられ、しんと静まり返る彼らに目をくれずに、幻影のクロイゼルは、サモンはおそらくゾロアークと共にその処刑道具を真正面から叩き壊し始めた。

「やめろサモン……やめてくれ――――!!!!」

本物のクロイゼルの悲痛な願いを聞いてもサモンとゾロアークは止まらない。
今更気づいた警備が慌てて止めに入ろうとしたその瞬間。

轟音と共に処刑機械が大破し、サモンとゾロアークは爆発と光に巻き込まれた。

幻影が晴れ、そこに居た全員と磔のクロイゼルの視線の先の爆発の跡地。
煙が晴れ、倒れるシルエットが二つ見える。
その内のひとつの小さな影が動き、座り込む。
そして、もう一つの小さな影、ゾロアを抱いた長い茶髪の少女は、周囲を見渡しこうつぶやいた。


「ここ……どこ?」


皆がその少女たちの出現に驚きを隠せない中、少女は彼を見て、安心したように微笑んだ。


「クロイゼルだ……そんなところで何しているの?」
「サモン、なのか……?」
「そうだよ。わたしだよ? ねえ……ここどこ??」

異常事態に気づいたキョウヘイが、ボーマンダに乗り警備の穴を突き破り、一気にサモンたちの元へ飛んでいく。

「サモン!! 逃げるぞ!!!」

彼の差し伸べた手に、ゾロアを抱いた少女は……怯んだ。

「誰?? やだ……クロイゼル、助けて……!!」

絶望に叩き落とされたキョウヘイを、警備のポケモンとトレーナーたちが取り押さえる。
クロイゼルに泣きつくサモンも、捕まるように保護される。
クロイゼルの身柄も、一旦収容されていく。

それぞれがバラバラに取り押さえられ、大きな衝撃と深い心の傷痕を残し、
“怪人”クロイゼルングの公開処刑は中止を迎えたのであった。


***************************


【テンガイ城】のとある一室で俺はレインの話を聞く。
あの時サモンとゾロアークに俺とルカリオは波導の力で気づいていた。でも嫌な感情をもつ奴らが多すぎて、反応するのが遅れて止めるのが間に合わなかった。
その責任を感じていた俺たちの考えを見透かしたのか、レインが話を振って来て、今に至る。

「……つまりですねビドーさん。処刑しようにも終身刑にしても、クロイゼルはもともと人体改造の結果で不老不死の身体を手に入れていました。それは彼の時間が止まったことにより生み出された不老と不死であります。ここまではいいですか?」
「お、おう。とりあえずは」

説明を理解し呑み込めているか怪しい俺とルカリオ、理解を諦めうとうと眠たそうにしているラルトスを見てレインは「まあ、いったん一通り説明しますね」と苦笑する。

「今回あの処刑用に使った道具は、クロイゼル自身が以前に開発し作り出し封印していた、いわば“対象の時間を少しだけ巻き戻す装置”だったわけです。つまりは時間の停止に無理やり流れを作り、彼の生命をゆっくり死に、老化できるように元に戻そうとしました」
「それ……壊されたな」
「そう、ぶっ壊して暴発に巻き込まれたサモンさんとゾロアークは、大幅に体の時間を巻き戻され、その機械のデメリットであった、対象の持つ記憶を若返った時間の分だけ喪失してしまいました」
「体に記憶が引き継がれなかった、ってことか」
「そうですね。ちなみにクロイゼルもエネルギーの光を浴びたので、彼の不老不死はゆっくり解けていきそうです。今頃飢えなどに苦しんで流動食を取ったり、現代のウイルス対策のワクチンを接種したりで大忙しでしょう」
「うわ……それは」
「ちゃんと生きて死ぬのだって、色々大変なんです。でもこれでクロイゼルは寿命でも何でも、本人の望み通り死を迎えることができます」

今頃千年以上放棄していた生命活動を取り戻し、いろいろとのたうち回るような事態になっているクロイゼルを思い、俺はわずかに同情していた。
それからレインは、普段のような笑顔は一切見せずに、話を続ける。

「サモンさんの記憶の様子に気づいた彼は、『だからオーベムでバックアップは取って置けとあれほど!』と呻いていました。実際今回クロイゼルはオーベムに協力してもらってバックアップを万全にとってありましたからね」
「そう、か……それで、サモンは、アイツはいったいこれからどうするんだ? もうあのままなのか?」
「あのですね、ビドーさん」
「お、おう。なんだレイン」
「私が、そういう中途半端に諦めて投げ出すことをするように思えますか?」

首を横に振る俺を確認した後、眼鏡の奥底の目を細め、レインは宣言した。

「意地でも取り戻しますよ、サモンさんの記憶。それには貴方の協力も必要です。手伝ってくれますね、ビドーさん」

投げかけられた問いかけに、俺たちの心はすでに決まっていた。

――――望むところだ、と。




***************************


【テンガイ城】にある別の警備の厳重な棟の一室でヨアケと面会をする。
彼女とヤミナベは、それぞれ別の場所に隔離……いや、ある程度の自由を与えられながら、閉じ込められていた。
正直俺はふたりのこの待遇に、ふざけるなという思いが強かった。
だが、それはぐっとこらえてヨアケと話をする。
彼女も、サモンのことをだいぶ気にしているようだった。

「ビー君、サモンさんたちのことだけど……今の私は動けないから、お願いしてもいいかな」
「任せろ。俺たちでなんとかしてくる。だからヨアケ、今は自分たちのことにだけ集中してくれ」
「うん、任せるよ……ありがとう」

不安を声に隠しきれていない彼女に、俺はそっと「大丈夫だ。お前たちには俺たちを含めて、味方してくれる奴らが大勢いる」と励ます。
クロイゼルの身の振り方が決まったら、今度はヨアケとヤミナベが裁かれる番だ。
それを望む多くの者と、望まない俺たちとの全面対決になることは、予想されている。
どこまでやれるかは分からない。でも、俺はヨアケとヤミナベをもう自由にしてやりたかった。

「また、時間ができたら、ビー君のバイクのサイドカー、乗りたいな」
「壊れちまったけどな……」
「そうだったね。でも徒歩でもいいから、さ。どっかゆっくりお出かけしようよ」
「いいな。そうしよう」
「約束だね」
「ああ」

ぜひ叶えたい約束を交わし、俺は彼女との面会を終え急ぎ足で次の目的地に向かう。
その途中の通路で、待ち構えていたのかアプリコットとライチュウのライカに出くわした。
彼女とライカはクロイゼルの処刑に最後まで反対していた。そのせいで要注意対象として一時、ヨアケやヤミナベのように監視下にあった。
自由に出回っているということは、その監視からは解放されたのだろう。
表情に影のある彼女たちが心配になって、俺は声をかける。

「アプリコット、ライカ……大丈夫か」
「大丈夫、じゃあないかな……サモンさんに会って来たよ。彼女……だいぶ怯えていたかな」
「そうか……」
「サモンさんが前に言っていた、大勢は怖いって、今回よくわかったよ。歩いていても、ネットとか見ても、クロイゼルを始め、ユウヅキさんや、アサヒお姉さんまで……ひどいこと、いっぱい言われていて……」

携帯端末を握る力が、強くなるアプリコット。
彼女はそれでも前を見据えて、俺に感情を吐き出した。

「あたしは悔しくてたまらない。このままクロイゼルも、ユウヅキさんも、アサヒお姉さんもみんなに、ううん、見ず知らずの大勢にひどいこと言われ続けるのなんて、サモンさんの言う通りになるのだなんて、嫌だよ、ビドー……!」

とっさに我慢の限界を迎えて泣きだす彼女の両肩を俺は掴んでいた。
驚きくしゃくしゃな顔をこちらに見上げる。
今のアプリコットにかけてやれる気の利いた言葉は見当たらなかった。
でも俺は、俺の想いも伝えた。

「俺だって、このままは絶対に嫌だ。任せろ、とまでは言えない。だから力を合わせよう。俺たちで協力して、何とかするんだ。いいな?」
「! うん……!」

泣きながら頷くアプリコット。決意の表情を浮かべる彼女の相棒ライチュウのライカを連れ、俺は次の目的地へと向かった……。


***************************


【テンガイ城】の入り口の門の前で、捜していた人物……城から追い出されて立ち尽くすキョウヘイを見つける。
彼は俺たちに気づくと、躊躇いなく声をかけてきた。

「ビドーか。そっちは……」
「アプリコットと、ライカだよ、キョウヘイさん」
「ああ、そうだったな。君たち、サモンの様子は知らないか」
「知っているよ。そして、サモンさんのことで話があるの」

アプリコットと交代して俺は、レインからもらっていたメモをキョウヘイに託す。
それはレインがクロイゼルとわずかなやり取りの中で見つけ出した、サモンの記憶を取り戻すための、わずかに残された可能性だった。

「クロイゼルからお前に伝言だ。『サモンのことを、頼む』って」
「俺は誰かの指示に従うつもりはない。言われなくてももとよりそのつもりだ……だが、情報、助かる」

キョウヘイは礼を言い、勝手に立ち去ろうとする。
俺とアプリコットとライカは慌てて後を追いかけていく。
キョウヘイは歩くスピードを一切緩めずに、鬱陶しそうに言葉を漏らした。

「なんだ、ついてくるのか。君たちにとって、サモンは敵だっただろ。助ける義理はないんじゃないか」
「助けるっていうよりは、とっちめにいくんだよ」
「何故だ?」
「サモンには俺のサイドカー付きバイクの弁償、まだしてもらってないからな」

そんなことで、と言われるかと思ったが彼はそうは言わなかった。
代わりに、「それはキチンと責任を取らせないとな」と軽口を返す。
眼鏡の奥の彼の瞳の意思は、再び静かに燃えていた。

「ところで、どこに行くつもりなの、キョウヘイさん?」
「下準備だ。要はそのレインたちがサモンを連れ出して、残された方法を試すために準備してくれるんだろ。だったら俺はサモンの残りの手持ちを連れてくる」
「そっか、あのジュナイパーとかガラガラとかだね」

アプリコットがしみじみと「あの子たち手ごわかったなあ」と感傷に浸っていると、キョウヘイは急に立ち止まる。

「……その場所は、簡単に行き来できるところではないのだろ。君たちにはこっちで何かやりのこしたこと、あるんじゃないのか」

その言動は、俺たちを心配しているようで、協力を拒絶してひとりで助けにいくつもりだと言っているようなものだった。
思わずアプリコットと目を合わせる。彼女は「言ってやって」と仕方なさげに笑った。
そのあと押しもあり、俺はキョウヘイを説得する。

「大事なやつなんだろ? だったらひとりでも戦力は多い方が良い。なりふり構っていられる状況でもないしな」
「だが……」
「こっちの事情は大丈夫だ。それに俺はサモンのことをヨアケに任されたんだ。どこにだってついて行ってやるよ。たとえ、それが未知の領域でも」

俺の言葉を受けて、アプリコットも頷く。
俺らの決意を見たキョウヘイは、根負けして助力を求めた。

「ビドー、アプリコット。一緒に来てくれ――――サモンとゾロアの見る、夢の中に」
「もちろん」
「任せて」

そして俺たちは作戦決行の前に下準備をしに【ソウキュウ】の街にでる。
新たに示された目的地は、前人未到の地。
失われたサモンとゾロアの記憶の欠片が唯一残されているかもしれない世界を目指して、旅立つ。

その場所の名は、【ドリームワールド】。
彼女たちの深層心理の奥深くに潜む、夢世界だった。










第二部、閉幕。
第三部へつづく。


  [No.1719] Re: 第二十一話まで感想 投稿者:ジェード   投稿日:2022/09/04(Sun) 22:09:38   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


第二部終了&第三部突入おめでとうございます。だいぶ間が空いたので、再読をかねて前回から最新話まで通して読みました。濃かった……。

ドリームワールドだってー!?
正直なところ、明け色のチェイサーとしてやるべき事は第二部で終わりだと私は思っていたので、(後は闇隠しの事後処理とかかと)この展開はそう来るのか……となりました。サモンさんキョウヘイさんに勝手にカプの影を感じていた者としては、サモンさん!? サモンさんってそうなんだ、キョウヘイ君ってそうなんだ……としみじみしてました。チェイサーって男女の矢印が成立してる率高いですね、いいですね、うふふ。
サモンさんというキャラクター自体の解像度が低かったので、ここに来て彼女の闇に触れたというか、拗らせた部分を見れたというか……。これ、最強に固執するキョウヘイ君だから、彼女の理解者になろうとしたんですかね。だとしたら、エモーショナルですね。ゾロアークという個人的な推し種族もいたので、メインで関わってきそうな予感がして胸が踊ります。

20話付近のクロイゼル最終決戦、これまで登場した〈エレメンツ〉〈シザークロス〉〈ダスク〉の皆さんそろい踏みだ! オールスターですね。レイン所長とマーシャドーの関係にグッときたので、彼はまた一つ私の推しとして強くなりました。


あのすみません。だいぶ悩んだのですが、この20話付近に関して、正直な感想を送らせてもらいます。

どうにも、「明け色のチェイサー」自体が持つ『みんなを救う』という信条と、民衆へ向けられた軽蔑がちぐはぐとしているようで、私は苦手だと分かりました。
そりゃ……クロイゼルってやった事だけ見たら、大罪人ですからね。私が闇隠しで家族をなくしていたら、殺せくらい言いたいですしあんな感情にもなりますよ。関係ないからこそ、巻き込まれた方はムカつきます。
これは寧ろ、母親すら被害にあったユウヅキ氏が、なんであっさりと赦せたんだって話な気がします。それか、一人でも「自分は贖罪なんかいらない」というキャラが欲しかったのだと思う。溜飲を下げたかった。アサヒさんは無事みたいだけど……うーん。
というモヤモヤをしばらく抱えてしまって……読み進めて感想にするまでに時間がかかりました。すみません。


ここからは普通の感想です。申し訳ない。
アサヒさんが一度「何ができる」とクロに焚き付けられた後、奥に眠るマナの魂を起こしたじゃないですか。あのシーンは本当にじんわりと涙腺が弛んでしまって。実は助けられてる印象が強いアサヒさんがきちんと活躍していて。
これは素晴らしいなと。
激動すぎて忘れてましたが、作中でアサユウが確定してる……!!まだまだこう気は抜けなさそうですが、良かったね……!
レジェンズ要素であるオリジン・ディアパルが出てきて「おお!」と声が出ました。伝説との迫力あるバトル。時が戻り続ける戦場とか、ふんだんに伝説戦としての気合い? 特別感? を使ってていいですよね。ビー君、アサヒさんと技を繋いで繋いで、アサヒさんのララちゃんを即座にユウヅキ氏が指示する部分に信頼を感じて好きでした。

感想としてはかなり乱文になりましたが、読みましたというご報告かねてでした。今後も応援しておりますし、空色さんの好きなようにご執筆なさってください。
明け色のチェイサー、完結までゆっくり楽しむつもりです。


  [No.1720] Re: 第二十一話まで感想 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/09/05(Mon) 20:15:53   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

ジェードさん読了&感想ありがとうございます!!

やるべきことは確かに第二部でだいたい片付いたのですが、サモンさん周りとかアサヒさんユウヅキ氏とかまだ残っているのでもう少しお付き合いくださると嬉しいです。私も濃い内容になったなと思いました……。

サモンさんとキョウヘイ君はうちよそ(でもほぼ私が書いてしまっている。お好きなようにとは許可いただいてるけどわりとさじ加減悩んでる)なのです。でもこのカプ大好きですふふふ。

サモンさん自体は私が拗らせてる頃に誕生したキャラクターなのでまあだいぶ拗らせてました。
キョウヘイ君は理解者になろうとするかは今後次第かもですね。ただ固執や執着はチェイサー全体のテーマの一つでもあった気がします。
メインといっても一話丸々メイン張れればいいかなくらいの残り話数なので、その分次話もがんばります。

最終決戦のオールスターはせっかくこんなに登場人物とゲストがいるのにやらないのはもったいない! とのことで気合いでごり押しました。レイン所長とマーシャドーの関係私も好きです。

正直な感想ありがとうございます。
確かにみんなを救うって部分苦手な方はいるだろうなーって感じてました。
私自身がサモンさんと同意見よりなのでアプリちゃんは理想論過ぎるなって。(まあその理想に思い切り21話で壁にぶち当たりましたが)

関係ないからこそ、巻き込まれた方はムカつく。確かにその通りだなと思いました。その辺は考え不足でした。
ユウヅキ氏周りは、母親といっても自分を捨てた母親でもあり、ルーツとはいえほぼ他人という面も強いですね。赦せないという感情の前に、かつて自分に向けられた敵意をアサヒさんにあんまり抱いて囚われてほしくなかったのかもしれません。
母親より、自分の感情より、アサヒさんへの思いが勝ったという感じです。

あと、ここでクロイゼルを絶許にすると、じゃあアサヒさんとユウヅキ氏も絶対的に許されないねとなりかねなかったので、ちょっと甘くなってしまったのはありますね……クロイゼルはともかくこっちのふたりは、もうちょい救いが欲しかったので……。

いえいえ、もやもやさせてしまい申し訳ない。
感想助かります。


アサヒさんが完全にヒロインと化してしまうのは避けたかった部分なので、ちゃんと活躍できててよかったです。

アサユウ幸せするために頑張るのでさいごまで頑張るです。

伝説戦はやっぱり伝説戦しか出来ないことをやりたい! となってオリジンディアパルには頑張ってもらいました。おかげで執筆カロリーがはねあがりました。

ぜったいれいど、一回外してたからこそ今度こそ決めたかった技でした。技を繋ぐのっていいよね。


いっぱい感想ありがとうございました!
読了報告もありがとうございました!

はい、好きなように書いてみます。合わなかったらそのときはそのときのスタンスで。

完結まで頑張ります! ゆっくりと楽しんでいただけると嬉しいです。

応援ありがとうございます。力になります。


  [No.1721] 第二十二話 零れた時の欠片を集めに 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/09/20(Tue) 20:49:43   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




【ドリームワールド】へ行く準備と言っても、やれることは少なかった。
レインの指示通り【スバルポケモン研究センター】までやって来きた俺たちは、事前に話を聞いていたアキラ君に地下エリアに通される。

「……まったく、君たちはお人好しなんだから」
「俺はヨアケ程じゃねえよ……でも、頼まれたからには望みを叶えてやりたいんだ。今できるのは、それぐらいだからな」
「今はそうだとしても、後に差し支えるようなことにはなるなよ……ちゃんと帰って来い、全員で」
「ああ……わかっている」

アキラ君の念押しに、しっかりと応じ地下エリアの奥へと進んで行った。
サモンの残りの手持ち、ジュナイパーのヴァレリオとファイアローのロゼッタ、ヨワシのフィーア、そしてガラガラのコクウは、アプリコットが一旦預かることになる。
鋭気を養ってからは、ただただ作戦決行の時間を待つだけだった。

キョウヘイが黙っているから、俺とアプリコットも口数は減っていた。
書庫エリアにて待っていると、自然と色んなものが目に付く。
アプリコットと一緒に見つけた写真に写った、小さいころのレインと一緒に映っているムラクモ・スバル博士は、話に聞いていた通りヤミナベの面影があった。

「スバル博士、目覚めるといいね……」

彼女からレインがかつて大きな葛藤を抱いていたことを聞かされる。
スバル博士はいまだに目覚めていない。でもレインは目覚めを待ち続けるのだろう。
レインが選んだこととはいえ、それは、本当に覚悟と根気のいることだと思った。
思わず、ラルトスのボールを手に取り、考える。
もしかしたら、俺たちは8年で済んだ方なのかもしれない……と。

「なあ、アプリコット」
「どうしたの、ビドー?」
「俺が……もしラルトスを取り戻せていないままで、ヨアケと出逢っていなかったら……クロイゼルみたいに過去ばかりに執着していたんだろうか」
「それは……どうなんだろう? でも、クロイゼルも少しずつ未来を見るようになると思うよ。だったらビドーもいずれは前を向けていたんじゃないかな」
「前、か……」
「あたしも親と一緒にしたいこといっぱいあるしね。急に変わるのはちょっと怖いのもあるけど、これからのことを考えられるって、悪いことではないとは思う」
「そう、だな。俺もラルトスともだが、他にもやりたいこと、ぼんやりと浮かんでいる」

まだ、誰にも言えていないことだけど、なんとなくビジョンは浮かんでいた。
でもその隣にはきっともう……ヨアケはいないのかもしれない。
仕方のないこととはいえ、それが何故だか心にぽっかりと穴が空くような気がした。

若干センチメンタルになっていると、アプリコットに励まされる。

「でもビドーはアサヒお姉さんと出逢って変わったよ。それはあたしが保証する。だから、サモンさん助けて帰って来て、ふたりの力になろう?」
「そうだったな。これからのことも大事だが、今は目の前のことだな」

彼女の言葉に現実に引き戻してもらい、気を引き締め、ただその時を待った。
そして、夜が訪れる。


***************************


レインがカイリューに抱えられた少女の姿のサモンとゾロアと共に、地下に降りてきた。
連れ出すのを有言実行したレインの、意地でも記憶を取り戻すという本気が伺える。

「…………っ!」

サモンはキョウヘイを見るなり、カイリューの後ろに隠れ怯えた。
恐る恐るこちらを覗き見る彼女を、キョウヘイは黙って半ば睨むように見つめる。ゾロアはそんなふたりを交互に見比べていた。
埒が明かないので、レインがフォローに入る。

「大丈夫ですよ、サモンさん。彼は貴方の味方です」
「……本当に?」
「ええ。私も彼も、ここに居る皆も、クロイゼルに頼まれてここに居るんです」

疑わしそうに見上げるサモンに、キョウヘイはぶっきらぼうに肯定する。
俺とアプリコットも頷いて少しでも彼女の不安を取り除こうとした。
……だが、やはり全部はどうしても難しかった。

「わたしとこの子は……これからどうなるの?」

それは、もっともな心配だった。
この少女にしてみたら、突然見知らぬ場所で捕まり、閉じ込められたと思えば今度は連れ出されていることになる。
不安になるなという方が、無理な話だった。

どうしたものか、と悩む俺たちをよそに、彼はサモンに歩み寄り、屈んで目線を合わせる。
キョウヘイは、サモンの瞳をじっと見つめて、彼にしては珍しく優しい声色で話しかけた。

「君は今、記憶を……思い出を失っているんだ。それを少し取り戻しに行くだけだ」

――――事前のレインの説明だと、夢の中は記憶を元にして作られるという説がある。
サモンたちの記憶が残っているとしたら、【ドリームワールド】と繋がっていた深層心理のどこかだと彼は言っていた。

「……思い出したら、今のわたしはどうなっちゃうの?」
「分からない。でも、クロイゼルも君に思い出を忘れられてしまってショックを受けているはずだ」
「それは……嫌だな。それだったら思い出しても……いい」
「助かる」

僅かに落ち着きかけた少女にキョウヘイは、俺を一瞥して「ちなみに君は彼のバイクを壊したんだ。それも思い出さないとな」と意地の悪いことを言った。
じ、事実だけど今それ言うか……? と狼狽えていると、サモンが顔を青白くさせて謝る。
若干白けた目線のアプリコットにメンタルダメージを喰らいつつ、「今はその問題は置いておくぞ!」と無理やり話題を戻した。
ヘッドギアのような装置を取り出していたレインが、俺たちに通告する。

「さて、そろそろ準備に取り掛かりますよ。タイムリミットはあまりないと思ってください」

ここが見つかるまでどのくらいかかるか分からない。
それまでにサモンの記憶を取り戻すことが出来るかどうか……やってみなくては分からなかった。
台座の上に横たえられたサモンとゾロアを背に、Cギアという機械を繋いだヘッドギアを付けた俺とアプリコットとキョウヘイは囲むように座り込む。それぞれのポケモンの入ったモンスターボールもセットして、準備は整う。
出発する前に、サモンが一言俺たちに尋ねる。

「あの、忘れているのなら、ゴメンなさい。あなたたちのお名前、聞いてもいい?」
「! 名乗るのが遅れてゴメンね、あたしはアプリコットだよ」
「俺はビドー。一応よろしく」
「レインです。以後お見知りおきを」
「……キョウヘイだ」
「アプリコット、ビドー、レイン、キョウヘイ……わたしはサモン。その、よろしくお願いします」

各々返事をした後、レインの合図で機械が作動する。
急に眠気が襲ってきて、遠のく意識の中、機械を操作するために残るレインの言葉がかすかに聞こえた。

「――――ドリームシンク、起動完了。皆さん、どうかお気をつけて……!」

そうして、俺たちはサモンとゾロアの【ドリームワールド】へと旅立っていった


***************************


閉ざされた意識の中を、声が巡っていく。


        *

“顔色を窺っているわけではないけれど”
“どこに行っても本当のことは話せない”
“やがて何を言いたいか分からなくなり”
“当たり障りのないことばかり口にして”
“そしてだんだん自分が無くなっていく”
“彼らの言う全員の中からいつも外れて”
“独りが好きだって言い誤魔化していた”

“生きていることにはとても疲れていた”

        *


目覚めると、いや夢の中だから正確には明晰夢になると、そこはいきなり水中だった。

「――――!!??」
「大丈夫ビドー? ここ、息は出来るみたいだよ……!」

じたばたともがこうとした俺にアプリコットが慌てて呼びかける。
半信半疑で息を吸ってみる……吸えた。

「びっくりした……しっかしなんでまたいきなり水中なんだよ……」
「溺れかけでもしたのかな。ほら……ここ暗いけど海の中だよ。上に海面が見える」
「夜の海に溺れかけるって、結構あれだぞ……」

あまり察したくない事情がありそうだ。夢の中ならもっと自由に動けるのかもしれないが、後ろ向きの感情に引きずられるように沈んでいく。そのまま海底に着地し、遠い水面を見上げる。
隣のアプリコットを見ると、彼女もこの場に沈殿する負の感情に当てられているようだった。

(まずいな……なんとかして抜け出さないと……)

彼女の手を引っ張り、水を蹴り水面を目指す。するとダイブボールのモンスターボールが自発的に開き、中からヨワシのフィーアが現れる。
フィーアは、『ぎょぐん』を瞬時に展開し、俺とアプリコットをその群れに巻き込んだ。
そしてそのまま一気に海から飛び出す。俺たちを庇うように砂浜に身体を打ちつけ、『ぎょぐん』は霧散した。
ぴちぴちとはねている本体のフィーアをアプリコットは感謝を伝え、ダイブボールにしまった。

……さっきもだが、頭の中で言葉が反響していく感覚がする。


        *

“流石に見過ごせないことに遭遇した時”
“表立って反対する勇気を持てずにいた”
“それでも納得できない感情は変わらず”
“根回しかもしれないけれど色々暗躍し”
“気が付けば周りに気の許せる者が減り”
“結局止められることが出来ずに終わる”
“手痛い失敗を重ねても繰り返し続けた”

“意見を言えば何か変われたのだろうか”

        *


追憶、というよりは仄暗い感情の渦。言うなれば悔恨だろうか……。
巡り廻るその想いは、この世界そのものにバラバラになって溶け込んでいるように思えた。

夜空はどんより曇っていたが、雲は地上の砂浜より先の陸地……森を燃やす炎の赤に照らされていた。
熱さは感じないけど、燃え上がる感情が炎の渦となって火の粉を散らしていた。
今度はファイアロー、ロゼッタがボールから出てくる。
激情の炎をものともせず、案内を申し出るロゼッタ。「何があるか分からない。離すなよ」と言いながらアプリコットの手を再度握り直し、劫火の森を駆け抜ける。

パチパチと音を立て焼ける枝に交じって、誰宛かわからないメッセージは続いて行く。


        *

“こんな自分に未練はないと思っていた”
“けれどかすかに残った心残りはあった”
“心配のふりをして半ばすがりに行った”
“そんな彼から協力を求められた時には”
“このために今生きているんだって思い”
“自身に酔わねばやっていられなかった”
“とても自己中心的な考えだと反省する”

“一度でいいから他者を想って動きたい”

        *

ここでこの諦観と羨望が、本来の彼女が抱いているものだと気づく。
レインとクロイゼルの推察は外れてはいなかった。

突っ切った先は、突風が吹き荒れる高台だった。その風音は何か悲しい声のように聞こえてくる。
風に飛ばされてしまう前に礼を言い、彼女はロゼッタをボールにしまう。
握り返す力を強くしながら、アプリコットは呟く。

「さっきからろくな場所がないね、夢の中なのに……聞こえてくる声も、とても後ろ向き」
「お前にも聞こえていたか。確かに同感だ……けれど」
「けれど?」
「いや、それほどまでに追い詰められていたんだろうなって。アイツらも」
「……そうかもね」

今度はジュナイパー、ヴァレリオが風の抜け道を示して矢で目印を立ててくれる。
暴風を避け着実に奥へ、上へと進んで行く。すると高台の上に広間と呼べそうな大地があった。

いっそう強い感情が、降り注いでくる。もうそこまで近づいているのかもしれない。


        *

“執着に焦がれた慣れの果てに待つもの”
“はたして求めていた物は得られたのか”
“それともすべてを失ってしまったのか”
“今となってはもう何もわかりはしない”
“彼がどうなったのかが気がかりである”
“でももう自分自身でどうしようもない”
“それが解っているのに不思議な感覚だ”

“まだ帰りたいと思える場所があるとは”





“昔だったらこう望むことなんてなかったのに”
“今更だからこそ思うのだろうか”
“いや……違う”
“きっと隣に帰って来いと言ってくれたからだ”
“だからボクは帰りたいと思えたんだ”
“どうすればいいのだろう”
“どうしたら今のボクはキミのところへ帰れるんだろう”

“……帰りたいよ、キョウヘイ”

        *


(――――わかっている。とっととこの迷子、連れて帰らねえとな……!)

辿り着いたのは天上から雷が頻繁に落ちている場所だった。ヴァレリオと交代するように、預かっている最後のサモンの手持ち、ガラガラのコクウが骨の『ひらいしん』でその雷を引き寄せる。

引きつけてくれているおかげで、やっと目を凝らすことが出来るまでになる。
――――雷雨の中で、誰かが戦っていた。

枯れた大樹に向かって、そのポケモントレーナー、キョウヘイは屈強なポケモン、ローブシンにひたすら技を指示して放たせている。
だが大樹の前に立ち塞がる影があった。

(この波導は……!)

その黒い影は、ローブシンと同じ形をして大樹を守っていた。
キョウヘイのローブシンの攻撃は、すべてその影に阻まれていた。
その影の後ろに見覚えのない少女の影がある。その少女から、アイツの波導が感じ取れた。

「ゾロア……いやこいつは、ゾロアークのヤミだ……!」
「……だろうな。そしてヤミの幻影は、まだこんなものじゃない」

キョウヘイの言葉に反応してか、影の少女を中心にぼこぼこと黒い気泡を上げて、配下のポケモンとトレーナーのシルエットを出してくる。

「あれ、あたしとライカが居る?!」
「俺とルカリオも、だな……」

つられて俺はルカリオを、アプリコットもライチュウのライカを出す。
二体とも面食らっていたが、すぐに戦闘態勢へと移った。
襲い掛かって来るシルエットの相手をしながら、俺はゾロアークの説得を試みてみる。

「サモンは帰りたがっている! なんで邪魔をするんだ、ヤミ……!」

しかし帰って来るのは襲撃のみ。どうやら話を聞く気はなさそうだ。

「…………もしかして、守っているのかな」
「俺たちから、か? アプリコット」
「それだけじゃないよ、ビドー。サモンさんたちに牙を剥く大勢の居る……世界からだよ」

幻影たちの攻撃が苛烈になってきた。それは連れ戻そうとしている俺たちに抵抗しているようにも見えた。
ルカリオの『はどうだん』も、ライカの『10まんボルト』も、命中しても当たっている感触がまったくしない。
先に長く戦い続けているキョウヘイが、戦い始めたばかりの俺たちに忠告をした。

「幻影だからいくら攻撃しても無意味だ。が、心が折れたら一気に持っていかれる……!」
「そう、かな……いや、無意味じゃないよ、キョウヘイさん!」
「どこがだ」
「ようは、根競べでしょ? 想いの強い方がここでは強いってことだと思う」
「……想いの強さ、か……」

アプリコットの言い分は的得ていると俺も思った。
だからこそこのゾロアーク、ヤミの想いの強さが、理解できてしまった。

「ヤミ、お前……サモンにこれ以上傷ついてほしくないんだな」

影の少女は怒りの唸り声をあげ、いっそう反発する。
それは、強く、重い肯定だった。

現実世界に戻ったら、きっと彼女はまた傷つく。
だったらいっそこのまま帰らない方が良い……。
夢の果ての世界まで道を共にしたヤミだからこそ、抱いた感情だったのだろう。
彼女に寄り添おうと思ったヤミだからこそ、彼女を、サモンをこの世界に繋ぎとめているのかもしれない。

確かにそれならもう、新たに傷つかなくて済むのかもしれない。けれど、だけど……!

「でもダメだろ! 過去にずっと縛られたまま、前に進むことを拒んじゃ、なんかダメだろ……!」

声を上げる俺に、アプリコットを始めとした全員が振り向く。
互いの攻撃の手がわずかに緩む。腰のモンスターボールが一つ、大きく揺れる。

「そのままじゃ、ずっと安息なんて訪れない! 過去に囚われたままじゃ未来なんて、掴めない! 解るだろ、ヤミ……! サモン……!」

影の少女の幻影が剥がれ落ち、ゾロアーク、ヤミ自身が俺に襲い掛かって来る。

「――――ラルトス!!」

俺は揺れ動くラルトスのモンスターボールを解き放ち、『テレポート』で一緒にゾロアークから距離を取る。
ルカリオがヤミとラルトスの間に割って入る。すかさずヤミがルカリオのシルエットをけしかけた。
シルエットの一撃が、ルカリオに振り下ろされそうになる。
ラルトスの放った『ねんりき』が、その振りかぶった腕を受け止めた。
鍔迫り合いにもつれ込み、重い想いの一撃に押しつぶされそうになる。
踏ん張るラルトスの背に、俺の力を、波導を重ねた……!

気持ちに呼応するように、感情へ反応するように、ラルトスの身体が光り輝く。

「たとえ傷ついても! 嫌なことがあっても! それでも……俺たちは生きて踏ん張るんだ!! きっといいこともあるって信じて……じゃなきゃ、やっていられないだろ!?」

光が弾け、ラルトスはキルリアの姿に進化する。キルリアが小さく強く笑い、俺の胸元のチョーカーに埋め込まれた『めざめいし』に触れた。

「ああ、そうだな。行くぞ、ラルトス……キルリア……そして、」

さらなる光に包まれるキルリア。その両腕に深緑の刃を携えた姿へと進化した――――

「エルレイド! 未来を切り拓くぞ……!!」

俺の声にエルレイドが雄叫びを上げて返事をする。
そして刃をもってして相手のルカリオのシルエットへと立ち向かっていった。


***************************


ビドーのエルレイドが快刀乱麻の如く、影を切り伏せていく。
その無双ぶりに、ふと疑問に思う。

(ビドーのエルレイドだけが、コピーされていない?)

ルカリオやローブシン、あたしのライチュウ、ライカにサモンさんのガラガラのコクウの影ですら生み出されているのに、なんでエルレイドは……?

「あ、そっか……この影って、サモンさんやヤミから見た、あたしたちのことなんだ……」

ヤミたちにとって、それほどまでにあたしたちは強く思われていたってことでもあったんだ。
そして知らないものはとっさに再現できないってことか……なら、あの子なら……?
現状打開の一手になるように、祈りながらボールを高く放り投げる。
ボールから現れ、重い着地音を立てるのはシロデスナ。

「シロデスナ! お願い!!」

色々あったけど、結局そのまま預かることになったこの子との初めてのバトル。ここはビドーたちのサポートに専念しよう……!

「捕らえるよ、シロデスナ……『すなじごく』!」

狙うは影軍団の奥に隠れたゾロアーク、ヤミの視界を塞ぐこと。
幻影を動かしているヤミ自身が、あたしたちの姿を捉えられなかったら、もしかしたらとまるごと動きを封じられるかもしれない。

(そうしたら…………そうしたら?)

先のことを考えかけて、疑問に突き当たる。
エルレイドやシロデスナを起点に優勢になれそうだからって、本当にこのままバトルの決着をつけていいの?
……その問題に気づいたのはあたしだけじゃなくて、彼らもまた、勝敗がゴールじゃないことに気づいていた。

『すなじごく』に捕らえられたヤミと、あたしたちの間に、ガラガラのコクウを始めとして、ボールからサモンさんのポケモンたちが飛び出てくる。
ヨワシのフィーアも、ファイアローのロゼッタも、ジュナイパーのヴァレリオもみんな一様にしてあたしたちからヤミを庇うように訴えかける。
ビドーのルカリオとエルレイドと、あたしのライチュウ、ライカは彼らと口論になっていた。

あたしも、びっくりして技を解いたシロデスナも、ビドーもヒートアップするポケモンたちを止められないでいたその時、

地響きが辺り一帯に響き渡った。

その場にいた者は、意識と視線をその轟音に持っていかれる。
その雷と錯覚しそうなほどの大音量は、両者の間ど真ん中の地面に、キョウヘイさんのローブシンが『ばかぢから』を叩き込んだ音だった

「全員、そこまでにしてくれ……サモン、君もいい加減出てこい」

そう彼女に呼びかける彼の視線の先にあるのは、枯れた大樹。
その木の洞に……光の残滓が残っていた。
形無きその光の欠片には、言われてみれば確かにサモンさんの面影があった。


***************************


……。
…………。
……………………はぁ。

見つかっているのは分かっていたけれど、いざ視線を集められると、気まずさは半端ない。
視線を伏せようにも目の前にいる彼に、半ば叱られるように見つめられて逸らせなかった。
……そもそも、こんな赤裸々暴露空間に大勢で踏み込まれて、さらにヤミと諍いまくっていて、隠れるなって方が無茶ぶりというか……出ていきにくいというか……もう少しぐらい隠れさせてほしかった。

……まあ、帰りたいのと、その方法が分からないのは、確かなんだけど。
今だって、声に出して返事すら返せないのが現状だ。
反応が返せなくても、それでも彼は語りかけ続ける。
キョウヘイはボクに話しかけ続けてくれる。

「クロイゼルは無事だ。もっとも君が庇う必要はなかった。あの処刑はクロイゼルを怪人からただの人に戻すためのものだった。それに君は自分から巻き込まれたんだ。彼はまだ簡単には死なないから安心しろ」

うわ……クロイゼル無事なのは良かったけど、滅茶苦茶恥ずかしい……情けなさで心折れそうだ。
それで、こんなところまで来たのか……なんだかいたたまれないというか、申し訳なくもなって来る。

でも、クロイゼルが普通の寿命になれたのは、呼ばれ方はどうあれ怪人じゃなくなったのは本当に良かった。
怪人のまま討伐されなくて、本当に、本当に……良かった。
たとえ、ボクとヤミの行為が無駄だったとしても、それだけは……報われる。

感傷に浸っていると、アプリコットが一歩前へ寄ってきて、ライチュウとシロデスナと共に何故かボクらのあの城壁の上での訴えを肯定してくれた。

「色々あったけど……あの時の怪人じゃないって叫んだサモンさんたちの行動、あたしは無駄にしたくない」

どうして? そう思うと、彼女は決意の眼差しでこう口にする。

「クロイゼルは怪人じゃない。ただの友達のマナが好きすぎて世間を騒がせたひとりだよ」

同感だけど……そんな簡単な言葉で括っていいのかな……字面的にあれというか……。
クロイゼルを「ただの人」と言い切ってから視線をわずかに下に向けて、アプリコットはライカの手のひらを握りしめる。

「確かにあたしは……みんなを信じていた。サモンさんの言葉に納得いっていなかった。でも、全部納得したわけじゃあないけど……見ず知らずの赤の他人まで、信じたいとは今は思えない」

……全部納得しなくてもいい。キミにはキミの意見があるんだから。
クロイゼルを少しでも思ってくれるのは嬉しいけれどさ、無理にボクの考えに寄り添わなくてもいいんだ。

それをどう伝えたら、と悩んでいたらアプリコットは首を振ってから、控えめに笑った。

「ううん無理やりじゃないよ、あたしみたいにその人たちにも色んな意見があるんだろうけど、あたしがクロイゼルを好き勝手言われるのが納得いかなかったんだ。だからあそこで言ってくれてありがとう。サモンさん」

優しくはにかむ少女のその一言に、こちらこそ、と念じることしか出来なかった。それがもどかしくて仕方なかった。
また一つ、報われてしまっている自分に気づく。本当にいいんだろうか……ためらいを隠しきれない。

アプリコットがビドーの背中を叩いて、「何か言いたいこととかないの?」と問いかける。

「俺からは、さっき言ったことと、待つからちゃんとバイク弁償してくれ……くらいかな」
「そこやっぱこだわるんだね」
「大事なことだからな……あとこれは受け売りだが、引きずって生きていくのと引きずられて生きていくのでは、意味が違う。過去ばかりじゃなくて、自分を大事にしてくれる周りもちゃんと見てやれ」

その受け売りを教えてくれた彼の周りには、ルカリオとエルレイドの姿があった。
そしてボクの周りにも、コクウ、フィーア、ロゼッタ、ヴァレリオ、そしてヤミ。みんなが居てくれた……。
ローブシンを一瞥し、キョウヘイがビドーの言葉を引き継ぐ。

「……気に食わないが、ビドーの言うことは間違ってはいない。もっとも、俺の場合は過去の弱かった自分を乗り越えようとして、結果的には囚われたままだったけどな」

キョウヘイだって、決してずっと引きずりたいわけではなかったはずだ。
決別したくても、出来なかった。ボクもそうだったから……。
――――でも、いつまでも立ち止まっている彼ではなかった。

「俺だって解っている。このままじゃダメだと言うことは。でも、苦い記憶に区切りをつけるにしても、時間は必要だ。だから……」

彼が手をボクに差し伸べる。
洞から抜け出すのを手伝ってくれるように。
ずっとひとりで悩んでいた暗闇からそっと手を引いてくれるように。
キョウヘイは静かに、でもしっかりとボクの手を掴んでくれる。


「サモン。いつか覚悟が決まったら、けじめをつけに行こう……俺と一緒に、タマキに会いに行こう」


その彼の誘いに、ボクは何度か尋ねた誘い文句で返す。

「キョウヘイ。共犯者になってくれる……?」

気付いたら、言葉が出ていた。うっすらと握り返すボクの手も、見え始めていた。
彼は、一気にボクの身体を胸元まで引き寄せて、受け止める。
それから頭をくしゃりと撫で、なだめてくれた。

「共犯者にはならない。だが、俺と君は共有者だ。痛みの過去と、これからの目的の共有者だ」
「! ……悪く、ない。むしろ、ボクは君と共有者でありたいよ」

こみ上げる想いと共に、流したことのないくらいの熱い涙を流す。
それは誰かのための涙ではなく、ボク自身のための涙だったけど、
とても、とても温かいものだった……。


***************************


長い夢から覚めると、幼くなった体はそのままだった。まあ、これはこれで一つの罰だなと思う。色々不便はあるだろうけど、その時は少しずつ、周りに頼ってみよう。手始めに、キョウヘイとかね。

お腹の上によじ登って来るゾロア、ヤミが心配そうにボクを見つめる。
幼くなって困惑しているのは、この子も一緒だった。ぎゅっと抱きしめて安心できるように思い切り撫でる。

「おはようヤミ、ありがとう。ボクのワガママに付き合ってくれて」

ヤミはボクの無事を喜んでくれた。ヤミだけじゃなくて、機械にセットされていたボールの中のみんなも、祝福してくれた。

他の3人も目覚めて、レインがそれぞれの体調に異常がないことを確認する。問題は特になさそうだ。

「サモンさんってちっちゃいころ髪長かったんだね。なんか可愛い……」
「どうも……個人的には短い方が落ち着くんだけど。まあたまにはいいかな」

年下のアプリコットに可愛いと言われるとなんだかこそばゆいものがあるな……なんて呑気に考えていたら、キョウヘイに担ぎ上げられていた。

「……なに、扱い雑なんだけど」
「この方が運びやすいんだ。ヤミ以外の手持ちは全員持ったな……しばらく我慢しろ」

それからキョウヘイはボクを担いだままヤミと一緒に一気に駆け出した。
徹夜のレインとカイリューに手持ちのヨルノズク、シナモンに『さいみんじゅつ』をかけさせる徹底さで、キョウヘイは研究センターから脱走を開始する。
寝ぼけ眼のビドーとアプリコットが、慌ててボクらを追いかけてきた。

「あっ!? ちょっ、待て! ずらかるな!!!」
「待って! サモンさん! キョウヘイさん……!!」
「後ろは構うなシナモン、行くぞ、ボーマンダ!!」

そのままボーマンダの背に飛び乗り飛行し、【スバルポケモン研究センター】の入り口を乱暴にシナモンの『サイコキネシス』で開いて飛び出す。
夜明けの太陽が昇り、ちょっと先の湖にとても綺麗に反射していた。
さわやかな朝焼けの中、離れ行く研究センターのふたりにボクは慣れない大声を精一杯上げて、別れの挨拶を告げた。

「ビドー! アプリコット! ありがとう! ゴメン! この借りはいつか必ず!!」
「弁償!! 忘れるなよな!!!」
「えっと、とりあえず元気でねー!!!」

大きく手を振るアプリコットに片手で手を振り返す。
遠く遠く、見えなくなるまで手を振り合った。


それから向き直り、青くなっていく空を見上げる。
果てのないドームのような景色を見ながら、ふと彼に尋ねた。

「キョウヘイ、これから、……どうする?」
「まず、やらなければいけないことからだろサモン。タマキに会いに行くのはそれからだ」
「そうだったね。弁償もだけど、まだやらなくちゃいけないこと、やりたいことがあったね」
「あんまりのんびりとはしていられないかもな」
「うん。でも、大丈夫。今度はちゃんと頼るから……その時は力になってよね」
「……ああ、善処する」

温かい背中にゾロアのヤミごと顔をうずめ、力強く抱きしめる。
大丈夫、独りで抱え込まなくていい。
そう思えるだけでどこか、世界の見え方が少し変わった気がした……。


***************************


「記憶復活のち、失踪……とまあ、サモンに関しては、こういう顛末になったらしいぜ、ユウヅキ」

閉じ込められた一室。椅子に座りながらスオウからサモンの行く末を聞いて、どこか安堵している俺が居た。
それをスオウに見抜かれ、「ったく、他人の心配ばかりしている場合かよ。お前らしいけどな」と軽く叱られる。
その後、軽口のようにスオウは笑いながら言う。

「で、お前とアサヒはどうするんだ。割と真面目に失踪してもいいんだぜ、俺は」
「それはダメだ……俺は、散々、迷惑かけて……」
「8年」
「ああ、“闇隠し事件”の被害者の帰れなかった時間だな」
「いや、これはラストが予想している、お前の刑期だ。良くて同じだけの時間、罰を受けろという話だ」
「8年か……それは」
「長いだろ。100まで生きたとしても、その中の8年は、長いだろ?」
「……でも、妥当だ」
「お前にとっては、な。だがアサヒにとっては、長すぎるだろ」
「……そう、だな。長い、長すぎる」

アサヒの名前に、つくろった言葉をはがされる。つくづく、俺は嘘が苦手のようだ。
スオウが笑顔を消し、真剣な言葉で俺を説得する。

「ユウヅキ。お前が望めば、俺たちは動ける。逆に言うと、お前が望まなきゃ、俺たちは動けない」
「それは……」
「まだ諦めて何もしないで受け入れるには、早いってことだ。案外何とかなるかもしれないぜ?」
「……!?」

衝撃的な発言だったが、よくよく考えたらスオウはさっきから俺をずっと鼓舞し続けていたことに気づく。
言っていることの意図が、だんだんわかっていく。それは地獄に垂らされた一本の糸のようでもあった。

「つっても、今の世間の流れじゃ酔狂な弁護士は出てこないだろ。だから俺がお前の弁護人になってやる」

お膳立てはしたぞとスオウは再び笑う。
後はその糸を俺が掴むかどうかだった。

「闘え、ユウヅキ。アサヒとの望む未来のために、立ち上がるんだ――――花咲く未来、掴もうぜ!」

花咲く未来。俺の本名の、サクの名前の由来。
祈りを込められていたんだなって思ったら、自然と胸の内が熱くなるのを感じた。
そして何より、力を貸してくれる、頼ってくれと言ってくれているスオウの言葉が嬉しかった。

固まりつつあった脚に力を入れ、やっと立ち上がり、スオウに手を差し出す。

「頼む、一緒に闘ってくれ。俺はアサヒと一緒に在りたい」
「おう、俺に任せとけ、きょうだい!」

スオウはその手を取り、高らかに宣言した。
――――そこからは、俺にとっての、いや俺とアサヒ。それと俺たちの背を押してくれる者たちにとっての、肝心な闘いが待ち受けていた。


しばらくして、望む未来を手に入れるために俺は、スーツ姿のスオウと共に裁判場へと足を踏み入れる。
アサヒのことを想い浮かべ、俺は真正面から審判を下す者、ヒンメル女王、セルリア・ドロワ・ヒンメルたちに向き直った……。












つづく。


  [No.1722] 第二十三話 最後の審判と未来への祈り 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/10/05(Wed) 17:03:38   8clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




運命の日が、やって来た。
ユウヅキに審判が下される日が、とうとう……やって来る。
デイちゃんの計らいで、私も隔離された一室から特別に、彼の裁判の様子を中継越しに見させてもらえることとなった。

「よろしく、ロトム……!」

デイちゃんのロトムも緊張した面持ちで「任せて」と応えてくれる。
時間まで、携帯端末のメッセージの一覧を覗いた。
色んな人からの励ましのメッセージを読みつつ、最後にアプリちゃんとビー君。ふたりの個別メッセージを眺める。

“アサヒお姉さん、心細いと思うけど、もう少しの辛抱だから……!”
“ヨアケ。ヤミナベは大丈夫だ。信じろ”

文字だけなのに、不思議とその声色まで浮かんでくる。
でも、やっぱり直接顔を見たい。会いたいと強く願う。
ふたりにも、みんなにも、ユウヅキにも。

そう思っていたら……時刻になった。
息を呑んで、私はモニター越しの彼の姿を見守り続けた。


***************************


荘厳な大広間の中心にユウヅキは多くの視線を浴びながら連れて来られる。
その中にはスオウ王子のお母様、つまりはヒンメル女王の姿もあった。
大きな水泡を被ったオニシズクモを隣に据えたヒンメル女王の目配せに応じて、ご高齢の裁判長が、彼の罪状を読み上げ、問いかけた。

「被告、ヤミナベ・ユウヅキ。貴方はクロイゼルングに加担し、数多の人間とポケモンを誘拐、“破れた世界”へ監禁しました。その後もクロイゼルングの配下として多くの事件と被害者を出してきました。このことを、認めますか?」

その問いかけに、ユウヅキは、どこまでも堂々と答える。

「……認めません」

――――それが、今まで体験した中で一番長い一日の始まりだった。
ざわめく会場。罵倒さえも飛んできそうな険悪な雰囲気の中、それでも彼は力強く言い切った。

「俺は、自らの意思で彼に加担したわけではありません」

その言葉に外野から「ふざけるな!」と野次が飛んでくる。裁判長が大きく木槌を叩き、「静粛に」と黙らせた。
ハラハラとした気持ちで見ていると、柱時計のように揺れるダダリンを背にした裁判長が慎重に見極めているように尋ねる。

「では、何故貴方はクロイゼルングに協力をしていたのですか」
「人質を取られていました。彼女を守るために手段を選べなかったんです」
「彼女とは」
「今も【テンガイ城】で隔離されている、ヨアケ・アサヒのことです」

私の名前を呼ぶとき、ユウヅキが語気を若干強めている気がした。
女王様の咳払いが一つ、裁判長に「話を戻せ」と催促する。

「……検察側の意見を」

検察官の男性は、茶とクリーム色の模様のマッスグマの運ぶ資料を受け取り、ユウヅキに対して鋭いストレートな意見をぶつける。

「どのような事情があれ、加担して多くの者たちに甚大な被害をもたらしたのは変わりありません。そもそも、被告がクロイゼルングを決起させるような真似をしたのがことの発端でしょう。であれば、過失であろうともその責任は背負うべきだ」

一部の観覧席の方たちが大きく頷く。ダダリンが大きく揺れ動く。
何て言うか、完全にユウヅキたちは孤軍奮闘って感じだった。ユウヅキの極刑を望む者たちに囲まれているんだな……って改めて思う。
その中で唯一彼の味方を名乗り出てくれたあの人が、とうとう発言をした。
すっと手を伸ばし、水色の髪を整ったポニーテールにしたスオウ王子はアシレーヌと共に意義を申し立ててくれる。

「意義あり。そもそもの甚大な被害というのは、正確にはどのような被害か、はっきりと述べていただこう」
「……誘拐の他、【スバルポケモン研究センター】襲撃、【スタジアム】襲撃、【エレメンツドーム】襲撃で、多くの犠牲者を出したではないですか」
「それは誤った情報だ。ヤミナベ・ユウヅキが手にかけた犠牲者は、死者は誰ひとりとしていない。イメージで架空の被害者を出さないでいただきたい」

ぴしゃり、と検察側の矛盾を提示するスオウ王子。眉をひそめる女王。アシレーヌがばっと大きく手を広げるのと同時に、スオウ王子はさらに畳みかける。

「そもそも、クロイゼルに目を付けられたこと自体、被告は著しい被害を被っている。彼も被害者のひとりなのではないか?」

被害者。
その訴えかける強烈な言葉に、まるで血の気が引いて行くように裁判場がしんと静まり返った。


***************************


ロトムがデイちゃんからのメッセージをポップアップする。
それはデイちゃんによるこの裁判の解説だった。

“今回の裁判でスオウは、ユウヅキは加害者じゃない、被害者だってスタンスで話を進めようとしている”
“何故そうしようとしているかというと……ひっどい話で申し訳ないんだが、ヒンメル国家自体、今回の事件を起こしてしまった責任をなすりつける相手を、国民の悪感情の矛先になる者欲しがっているからだ”
“それにわざわざ素直に責任取りますっていう義理は、そこまで罪を被る道理はユウヅキにもアサヒにもないじゃん……ってのが、スオウをはじめとするウチらの総意だ”

庇ってくれているデイちゃんたちの言葉は嬉しいんだけど、どうしても本当にいいの……? って、不安が取り巻いて離れない。
でも、そんなふうに考えることはとっくの昔に見透かされていた。

“アサヒたちは8年間もう十二分に罪を償った。それは認められていいことなんだ”

返信をする間もなく立て続けに表示される応援の言葉が、徐々に不安を吹き飛ばしてくれる。
お礼の言葉を送信すると、「礼を言われるほどじゃない」と返されてしまう。でもデイちゃんのことだから照れ隠しも交じってそうだなー、とは思った。
でもクロイゼルの時の憎悪も相当なものだったみたいだし、認めてもらうってそんなことできるのかな……って零すと不敵なコメントが返って来る。

“うちは情報の電気属性、デイジーじゃん。甘くみてもらっちゃあ困るってもんよ”

その含みのある名乗り方に、ちょっとだけビビっている自分が居た。
……もしかすると一番敵に回しては怖いのって彼女でないかな?


***************************


法廷のバトルが勃発している最中、ネットでの論争が苛烈になっていた。
話題はヤミナベとヨアケが極刑に処されるべきか否か。トレンドはそれで持ち切りである。
最初は極刑を求める声がほぼ占めていたが、なんと今は勢いが五分五分だった。
そこまでに至る過程を眺めていた一個人としては、立案者に恐れ慄いていた。

「うん……レインと共同で作戦を考えていたとはいえ、<エレメンツ>で一番恐ろしいのはやっぱりデイジーかもしれねえな……」

ルカリオとエルレイドも俺の少し戸惑っている感情に同調の意を示していた。
画面からは波導は感じられないけど、打たれた文字に色んな感情が渦巻いているのは波導を使わなくてもなんとなくわかった。

世論やメディアがふたりへの憎しみと悪意で溢れている中、こんなウワサが囁かれ始めたのが火種だった。



“<ダスク>って連中、一時暴れていたじゃん? その個々人の責任、全部ヤミナベ・ユウヅキにふっかけているらしいよ”

“ちょっとまってくれ。確かにそういうやつらもいたけど、もともと<ダスク>はヤミナベが罪を償うのを見届けるために活動していたんだ。帰ってきたやつらの家があること自体、俺らが毎日必死に掃除に入ったからだぞ”
“え……なにやだ、勝手に入って掃除とか不法侵入”
“でも聞いたことあるな。人が住まずに放置した家って、荒れ果てて住めなくなるって……やっとの想いで帰って来て宿なしは流石にきつかったわ、サンクス”
“あたし、その清掃参加していたわ……その企画自体ヤミナベさんの発案だったと思う”
“犯罪に汚れた手で掃除するなよ。気持ち悪い”

“ん? じゃあそもそもヤミナベ・ユウヅキってなんの罪だったっけ”

“そりゃあ、私たちの家族さらったことでしょ”
“それはクロイなんとかじゃなかったっけ。この間公開処刑中止になった”
“でも【スバル】や【スタジアム】やあまつさえ【エレメンツドーム】襲撃して乗っ取っていた。指名手配もされていた”
“元<ダスク>でしたが、訂正させてください。【スバル】襲撃は所長のレインの手引きで自作自演。スタジアムはクロイゼル指示のもと優勝賞品の隕石奪いに行っていました。【エレメンツドーム】乗っ取りは、他の<ダスク>に手を汚させないようほぼ単身襲撃したヤミナベに、あろうことか<ダスク>メンバーが勝手に乗っかって包囲、乗っ取りをしたものです”
“なんでクロイゼルの指示ってわかるんですか? そもそもなんでヤミナベ氏、クロイゼルの指示に従っていたんです? この国に恨みでもあったんじゃないですか?”

“あー、それは被害者奪還に戦いに行った連中なら、知っているよな?”

“知っている。アサヒだろ”
“アサヒさんだね。ロボにされていた”
“ロボって何?? アサヒって誰”
“ヨアケ・アサヒ。ヤミナベ氏の連れで。クロイゼルの計画のために人質にされ泳がされていた。一回クロイゼルに『ハートスワップ』で心をロボ人形に叩き込まれていた。ロボヒさん”
“作り話だよね??”
“いや本当。つまり、そのロボヒさんを助けるために従わざるを得なかったのがヤミナベ・ユウヅキの今回の立ち位置。利用されていたっぽい”
“なんかドラマが始まってそうな話だなー”

“ちなみにアサヒは<エレメンツ>にほぼ8年軟禁されていたよ。お前が事件起こしたんだろってあらぬ疑いをかけられて。<エレメンツ>メンバーはなんでそのこと黙っているのかね”

“軟禁……? それマジだとしたらさらに見損なうわ<エレメンツ>”
“マジだよ。<エレメンツ>本部に出入りしていたから知っている。ほぼ毎日無報酬で大勢のメンバーの料理作らされていたって”
“黒っ、ブラック自警団”
“ごめんなさいアサヒさんの料理とてもおいしかったです。彼女の料理なければ<エレメンツ>はやっていけなかったでしょう……そして勇気をもって告発します。彼女ある方からパワハラ受けていました”
“ああー笑顔体操の人か。どんなときでも笑顔を強要してくる人”
“笑顔体操……何それこわい……? 普通に笑わせてやれよ……ヤミナベ氏助けに行かなかったん??”
“一方その頃ヤミナベ・ユウヅキ氏は日夜虐待を受けていた。<ダスク>内では有名な話です。もちろん、証拠はとってありますとも、ええ”
“数えきれないくらいの傷跡、みたことあったわ……”
“なんなんだこのふたり!! ふたりが何したって言うんだよ…………!!!!”

“本当に何したんだろうね。因果応報っていうにはあまりにも違い過ぎる。そんなヤミナベ・ユウヅキとヨアケ・アサヒ”はクロイゼルと戦う時、最前線に出続けたってのにね”

“だよな。なんであんな自責をしまくって頑張っていたこのふたりが裁かれなきゃいけないのか”
“やっぱりおかしいよね? こんなのっておかしいよね??”
“こんなのでさらにふたりに責任背負わせる女王様であってほしくない”

“今国家の指示か知らんけどメディアで叩きまくっている連中に言うね。こんなん冤罪も甚だしい。名誉棄損だ――――ヒンメル国家は、責任転嫁をしようとしている!!!”


***************************


「うわー本当にやりやがったデイジーさんよ……燃えてる燃えてる……いいぞ、もっと燃えろよ、こうなりゃとことんまで、さ……」

【カフェエナジー】二階の個室部屋で泥だらけのアマージョの脚を拭ってやっていたソテツは、投げやりな笑みで流れる画面を見ていた。
ふたり分のミックスオレと追加のタオルを持ってきたココチヨとミミッキュも、どこかこの騒ぎを楽しそうにしながら彼に声をかける。

「泥団子投げつけられるって災難だったわねー、笑顔体操さん?」
「古傷を抉らないでくれ、清掃組のココチヨさん。はあー、スオウの馬鹿も言っていた通り、正真正銘<自警団エレメンツ>は終わりだな。よりにもよってこんな終わり方とか笑える」
「まあ、それが今まで黙っていたあたしたちの償いよ」
「そうだね。償いだ。割り切ってはいるけど、最後の花火を眺めるのは、少し切なくもあるよ」
「そうね。なんだかんだこの8年間、それぞれ駆け抜けてきたものね……それは<エレメンツ>も<ダスク>も変わりないわ。なんというか……今までお疲れさまでした」
「どうも……そちらもお疲れさん」

飲み物とタオルを置くと足早に去ろうとするココチヨたちに、ソテツは「忙しそうだね」と零す。
その言葉に振り向き様にウィンクしながら、彼女は小声で応じた。

「ほら、ネットなんて見ない方も多いから、“ここだけの話”をお客さんとしに、ね?」

ミミッキュもはりきって布の下の両手を上げる。そんなふたりの様子と、携帯端末に乱立されていく記事を見てソテツは痛感する。
ウワサってこうやって広まっていくのか、と……。


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一方裏路地ではメイがパステルカラーのギャロップに乗って元<ダスク>メンバーを追い回していた。
先回りしていたブリムオンに挟まれる形になった男は、その場にへたり込みメイへと罵倒を浴びせる。
涼しい顔でその言い分を受け流すメイは、彼に悪態をつきつつ、二体へ指示をだした。

「今まではサク様がいいって言っていたから見逃していたけれど、自分のしたこと全部サク様の責任にしやがって……出るとこ出てもらうんだからな! ギャロップ! ブリムオン! ひっとらえろ!!」

容赦のない捕縛に声を上げる元<ダスク>も居たが、メイはレインが作成したブラックリストを使い、黙らせて言った。
メイに協力をしていたハジメやユーリィは、彼女がここまで積極的に矢面に立つことを、意外そうに見ていた。
ハジメはゲッコウガのマツと共に、メイのことを心配そうに見つめる。
それからこらえきれずに、尋ねてしまった。

「表立つのは、俺でもよかっただろう……」
「別に、憎まれ役は慣れているって。それに守る者いないあたしの方が反撃に対応するの向いているでしょ」
「いいのだろうか。何だかすまない」
「あーもう! 悪ぶっているほうが性に合っているから、気にしなくていいの!」

鬱陶しそうにはねのけるメイの手を掴んだのは、ユーリィのニンフィアの持つ、リボンの触手だった。
ユーリィは、「独りで勝手に背負われたら、気にするよ」と軽く叱り、それから虎視眈々と考えていた案をメイにぶつけた。

「それならメイさん。今度チギヨのとこでファッションモデルやってみない?」
「……はあ????」
「スタイルいいし、かっこいいし、かわいい。絶対向いていると思うんだけど」
「いやいやいやいや、無理、無理だって……! だいたいなんで……?」
「メイさんのイメージ、このままにしておくのが嫌なの!」

真っ直ぐなユーリィの視線から逃げるように目を逸らし、顔を赤らめるメイはギャロップとブリムオンに助けを求める。しかし二体とも「むしろ興味津々」と言った表情でニンフィアとも意気投合していた。

「気持ちは嬉しくなくはないけど、別に……」
「なってくれたら色んな可愛い服安く買えるように交渉してあげる。なんならヘアカットもアレンジもサービスするよ」
「うっ……!! ほ、保留! 考えておくだけ考えておくから解放しろー!!」

じゃれ合っている彼女たちを眺めて、「平和とは、こういうものなのだろうか」とハジメはマツに呟いた。マツは「さあ?」と首をかしげる。
でもそのマツの表情はどこか穏やかなものだった。

「帰って来たフタバたちにも新しい服、買ってやらなければいけないだろう……もちろんリッカの分も。そのためにももっと頑張らないとな、マツ」

丸グラサン越しの青い瞳を細めるハジメに、マツも楽しそうに頷いた。
自分の守るべき居場所を、再確認するように、マツはハジメを見上げていた。


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リッカとカツミは悩んでいた。コダックのコックのように、頭を痛ませていた。
錯綜に錯綜を重ねて、溢れかえっている情報の多さに、整理をつけられないでいた。

「な、なにが本当のことなのか、もうぜんぜんわからないよ……!」
「……ははは!」
「か、カッちゃん?? 頭使い過ぎた?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! もう細かく考えるのは止めよう、リッちゃん!」
「ええーいいのかな、大事なことだよ?」
「大事なことだからだよ。ほら、前にサモンさんも言っていたよね」

そのカツミの言葉に、リッカも彼女の残した発言を思い出して、大きく頷いた。

「誰がなんと言おうとそれが絶対じゃないって、最後に何を信じるか決めるのは自分だって。だからさ、全部をうのみにしなくていいんだよ」
「そうだね……そうだったよね。うん。信じたいものを、信じてみるよ」

迷いの吹っ切れたふたりとコダックを、遠く路地から見守る影があった。
その少女の影はすぐに姿をくらませてしまったけれど、その横顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。


***************************


“ヒンメルの歴史は冤罪の歴史だからね”
“国の命令で実験をしていたクロイゼルングを、怪人としてレッテルを貼り迫害し続ける国家”
“その血筋がいまでも続いているのが、今回の件でよくわかるよね”
“さて、ヒンメル女王様もそれに倣いふたりに罪を被せるのか、それとも賢明な判断を下すのか……見ものじゃないか”



仰々しく呟きを打ち込んでいると、後ろからキョウヘイに覗きこまれていた。
いつから様子を伺われていたのかはわからないほど熱中していたみたいだった。

「――――ずっと画面に向かっているが、やり残したこと、出来ているのか」
「少しは出来ているよ。まあ、ボクの話なんて、この大波の中ではたった一滴の雫かもしれないけどね」
「実を結ぶには、難しいということか」

口をへの字に曲げて、眉をひそめるキョウヘイに構わず、ボクはヨワシのフィーアの写真アイコンのアカウントで、打ち込みを続ける。

「うんそうだね。でもね、文字は残るから。いずれ見つけた人が、何か考えるきっかけぐらいになれたらいいなとは思うよ」
「きっかけ作り、か」
「一匹のヨワシも、群れれば、ってやつだよ。とりあえずは、ボクの証言でアサヒとユウヅキが少しでも救われてくれることを、今は祈るよ。それしか、返せないからねこの恩は」

世論は簡単に覆せるものではない。でもわずかでも彼女たちが生きやすい世の中になって欲しい。
そんな祈りを籠めて文字を入力する。
叶うのなら、ふたりに幸ある未来を。そう願いながら、ネットの海に一滴を零し続けた。


***************************


裁判が行われている建物の前に、あたしとライカを含め、大勢の仲間が集まっていた、
みんな静かに裁判の結果を待っている。
ユウヅキさんの帰りを、待っている。
一番帰りを待ち望んでいるのは、アサヒお姉さんだっていうのは、みんな知っていた。
だからこそ、ユウヅキさんを彼女の元に無事送り出したかったのかもしれない。

そして、一番それを望んでいた彼もまた、あたしたちに合流する。

「…………アプリコット、まだ判決は出ていないか」
「うん、まだだよ、ビドー……長引いているみたい」
「それだけスオウたちも頑張ってくれているんだろうな」
「そうだね……」

ビドーのルカリオも祈るように瞳を閉じていた。ビドーもルカリオの手を握りながら、目蓋を閉じ静かに待っていた。
やがて日が傾き、空が淡く綺麗なオレンジ色に染まって来た頃、携帯端末に速報が入る。
女王様の会見が実況で流れる。

「…………ヤミナベ・ユウヅキ、ヨアケ・アサヒの処遇が決定した」

重い口調で女王様はそう切り出す。
息を呑んで、言葉の続きを待つあたしたちの心臓の鼓動が緊張で速くなる。

「ふたりはこの国の被害にあった者を救うために尽力してくれた。だが同時に必要以上に混乱を招いたのもまた事実……」

その渋々といった言いぶりは、決して険しいものだけではなかった。
そして、判決の結果が伝えられる。

「よってヒンメル国家は、その罪を不問とする代わりに、ふたりの国外への退去を願うものとする――――くりかえす、無罪放免の代わりに、しばしの準備期間ののち国外退去を願う。この国にもう関わらないでくれ……以上」

ぽかんと唖然とするあたしたち。しかし徐々に実感がわいて来て、次の瞬間には歓声が沸いていた。
あたしもライカもその場でぴょんぴょん跳ねてしまうくらい嬉しさが湧き上がっていた。
その嬉しさを彼に伝えたいと思い、声を出す。

「ビドー!! アサヒお姉さんとユウヅキさん無実だって! 良かったね……?? あれ? ビドー、ルカリオ?」

しかし、そこに彼らの姿はなかった。この場からビドーとルカリオは姿を消していた。
一瞬の疑問のあと、彼らがどこに向かったのかを悟る。

「ずっとこの時を待っていたもんね……きっちりやりなよ、ビドー」

おそらく駆け出して向かった彼らの背中を想い、あたしは空を仰いだ。


***************************


女王様の言葉に、私はまだふわふわと実感が持てないでいた。

「無罪……無罪……? 無罪……」

赦された……ってことでいいのかな。いいん、だよね?
ずっとずっと、そんな日は来ないと思っていた。
彼とふたりで一生償っていくと思っていた。
だけに、なんかまだ信じられない……。

力が抜けてへたり込んでいると、ロトムが心配そうに見つめてくる。
それからデイちゃんのメッセージを画面に表示してくれた。
“国外退去までは、難しかった。でもこれで晴れて無罪だ。改めて本当に長年、お疲れ様アサヒ”

彼女の言葉のお陰で、じわじわと現実を認識している最中……背後の扉が大きく開かれる。
驚いて振り向くとそこに居たのは――――息を切らせたビー君とルカリオだった。

「ヨアケ」
「ビー君」
「行くぞ、ヤミナベの元に。連れて行って、送り届けてやる」
「そのために、わざわざ来てくれたの……?」
「当たり前だ。ずっと果たしたかった約束だったからな」
「……! ありがとう。本当に、ありがとう……!」

差し伸べられるビー君の手のひらをしっかりと握り返す。
立ち上がらせてくれた後も、私はその手を離せないでいた。
ビー君も何も言わずに、引っ張っていってくれる。ルカリオも並んで歩いてくれる。
夕日が差し込む【テンガイ城】の長い廊下の中、ビー君の後ろ姿を眺めながら、考えてしまう。

国外退去ってことは、ヒンメル地方から出なければいけないわけで。
それはビー君とのお別れも必然的にやってくるわけで。
何だか、とても寂しい気持ちになった。
ほんのわずかだけ、この廊下が永遠に続けばいいのになんて思ってしまうほどに。
約束が果たされなければ、まだ一緒に居られたのかもしれないのにと変なことも考えてしまうぐらいに。
いけないことだけど……こみ上げてくる切なさを全部ぶつけてしまいたくなっていた。

ビー君はそのことをどう思っているのだろう。
見せない顔は、どんな表情をしているのだろう。
そう思ったら、自然と彼の愛称を呼んでいた。

ビー君は振り返らない。
でもどこか強がった明るい声で、こう告げた。

「本当に初めてだったんだよ、誰かの幸せをこんなに祈ったのはさ」

その声はどこか鼻声だった。どこまでも頑なにビー君は振り向かない。
ビー君の感情を解っているルカリオは、ただただ静かに彼を見つめていた。

「俺たちの相棒関係はな、俺がお前を送り届けるまでだ。それ以上は、別々の道を……行くんだ。長年縛られていたこのヒンメルからようやく自由になれるんだ。どこに行ったっていいんだ。だから、だから……!」

城の出口の扉を抜けると、その先に同じく息を切らしたユウヅキと、彼と私のポケモンたちが待っていた。
ぐっちゃぐちゃの情緒の中、それでもユウヅキの姿に安心と嬉し涙を堪えられないでいると、背中を半ば突き飛ばされるように押される。

私だけに聞こえるような小声で、確かにビー君はこう言っていた。




「ユウヅキと幸せになれよ、アサヒ」




――――ユウヅキに受け止められて、強く、優しく抱きしめられる。
でもユウヅキはすぐに私の異変に気付いて、その抱擁を解いてくれた。
それから、静かにその場から立ち去ろうとしている彼とルカリオに向けて、後を追うように言ってくれた。

「ユウヅキ、いいの……?」
「追いかけてやれ、アサヒ。ずっとお前は俺の帰りを待っていてくれたんだ。今度は、俺が待つ番だ」

ユウヅキは、迷う私の後押しをしてくれる。ドルくんをはじめとした私の手持ちのみんなも、頷いてくれる。

「時間の許す限り、納得の行くまでビドーと話して合って来い」
「うん……ありがとう、ユウヅキ……キミのそういうところが、私は大好きだよ。行ってくるね……!」


挨拶を交わし、私は、私たちは独りで勝手に行ってしまおうとしている大事な相棒の元に駆け出し、追いかける。
驚く道行くみんなの視線を、お構いなしに私たちは駆ける。駆ける。駆ける。
このヒンメル地方を一緒に駆け抜けた彼らとこんな別れ方をするなんて、絶対に嫌なんだから……!
だから、逃げないでよ! ビー君!!


***************************


理由は分からないけれど、追いかけられていることは分かっていた。
でも決して立ち止まってはいけないと思っていた。
やっと手に入れた幸せに、水を差してはいけない。そう思っていたから。

大通りを抜け、門を抜け【ソウキュウ】を出てしまう。
キャンプ地を抜け、人通りが少なくなった草原まで、全力で走る。
星の見え始めた藍とオレンジのコントラストが、俺たちを影に包んで行った。
ルカリオが俺の名前を呼ぶ。そして呼びかけてくれる。
臆病風吹かれた俺に、「もう少しだけ、勇気を出してみよう」と……言ってくれる。

勇気。勇気ってなんだよ。
ああ分かっているよ。傷つくことを恐れているのは。
でも良いじゃないか少しくらい逃げたって。
アイツの隣に立つのは、もう俺じゃないんだから……。
そんなの最初から分かっていたことだろう?
なのに。なのに……。
なんでこんなしんどいんだよ……!!

感情がオーバーヒートしていくにつれ、脚がだんだん動かなくなって、やがて立ち止まってしまう。
彼女たちに、追いつかれて、しまう。

さっきの俺みたく、息を切らした彼女が、俺の下の名前を呼んだ。

「オリヴィエ君……ビドー・オリヴィエ君! 待ちなさい!!」
「なんで追いかけてくるんだよ……なんで! 追いかけて! 来たんだよ! ヨアケ・アサヒ!!!」

怒声になってしまう俺の声に負けないくらいに、彼女は声を張り上げる。
それはまるで、ケンカのようだった。

「キミがあんな立ち去り方したからでしょうが!!! あのまま距離を置くつもりだったでしょう!!?」
「ああそうだよ!? あのままそっといなくなろうとしていたさ!!! その方が綺麗に別れられると思ったからだよ、そのぐらい察しろよ!!」
「じゃあなんでそんなに苦しそうなのさ!! バカなの?? 逆効果じゃん!!!」
「〜〜!! だったら!! だったらどうしたらよかったんだよ!!!!」

そこでようやく彼女の顔を見てしまう。その星影に包まれ見えにくくなっている表情は、腹をくくっているそれだった。

「全部。全部吐き出して。思っていること。考えていること。全部ぶつけて」
「そんなの、出来るわけ……」
「いいから。全部ちゃんと聞くから」

彼女は本気だった。本気で俺の感情を全部聞いて受け止めるつもりだった。
その真っ直ぐな瞳に、俺は妥協して、ミラーシェードを外して見つめ返し、目と目を合わせる。
トレーナーにとって、お約束の、お決まりの、そういった視線を返した。

「……ダメだ、言えない。どうしても知りたいって言うのなら、俺と6対6のフルバトルしてくれ」
「それは、条件とかつけてバトルするの?」
「条件なんてない。ポケモントレーナーなら、闘い合えば解ってくれる。そう思うからバトルしてほしいんだ」

薄闇の中、互いの輪郭が分からなくなっても俺たちは視線を交わし続ける。

それは星空の下、吹きすさぶ風の草原の中でのことだった。
俺は彼女に、最後の頼み事を一つする。

「勝負は明日の朝から。一日、俺に付き合ってくれ」

星明りに照らされた彼女は、迷うことなく二言返事で承諾した。

「いいよ、とことんまで付き合うよ。相棒」

“相棒”。
彼女がまだそう呼んでくれていることに哀しい嬉しさを感じつつ、俺は「すっかり暗くなっちまったな、帰ろうぜ」と帰路を促す。
彼女の手持ちたちと、ルカリオは俺たちのことを心配そうに見つめていた。
それでもこれ以上今日は言葉を交わせずに、俺たちはアパートへ、彼女たちはユウヅキの元へ帰っていった。


なかなか、素直になれないままに迎えた、翌朝。
彼女がインターホンを鳴らす。

「おはよ、オリヴィエ君」
「……おはよう、アサヒ。あの、出来ればまだ“ビー君”って呼んでくれないか」
「ん、分かった。ビー君」
「助かる」

その愛称を失ってしまうことに、まだ抵抗を覚えてしまっていたので本当に助かってしまっていた。情けない。

夜明けの日の光に照らされた彼女は、いつも見慣れていたはずなのに、尚更きらきら輝いて見えた。
……思えば、初めてすれ違ったときから、俺はこいつに見とれていたんだなと、再認識させられる。
じっと見つめていると、照れくさそうに彼女ははにかむので、慌てて視線を逸らす。

「じゃあ、行こっか」
「ああ、行こう」

かすかな声に、同じくかすかに返事をし、歩みだす。

この日のことは生涯忘れられなさそうな予感がする。
交わった道がまた交わらなくなりはじめる岐路。
サヨナラをちゃんと告げるための、とても大事な一日だった。











つづく。


  [No.1723] 最終話 サヨナラは終わりではない 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/10/16(Sun) 22:53:45   12clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




【王都ソウキュウ】の出入口の門の脇に、ユウヅキさんは静かに背中を預けていた。
帰りを待ち続けるその姿は、どこか寂しそうで、見かけてほっておくのもあれだったのであたしも反対側の脇に立った。
あたしに気づいたユウヅキさんは、小さく会釈して、再びずっと先を見つめ続けた。

「そういえばリーフィア、老夫婦さんと無事再会できた?」
「ああ。無事を確かめあって、喜んでいた」
「そっか。良かったね」
「本当に良かった……のだが」

ユウヅキさんはモンスターボールをひとつ取り出して、あたしに見せてくれる。
そこにはリーフィアが元気そうに入っていた。

「あらま」
「まあ、この通りついて来てくれるそうだ」
「へえ……」
「ちなみにリーフィア、最近アサヒのとこのレイに夢中らしく……」
「へえ……ほう……ほう……」

にやつきを堪え切れていないと、ボールの中のリーフィアが慌てて照れていた。
リーフィアにそっぽ向かれた辺りで、自然と彼らのことを思い出し、ユウヅキさんに尋ねる。

「それはそうとユウヅキさん、行かせてよかったの?」
「いいんだ。ビドーはそれだけのことをしてくれたからな」
「でも、万が一ってことも、あるんじゃない?」
「それは……とても困る」

本当に困っている様子のユウヅキさんがどこか可笑しくて、失礼だけどつい笑ってしまう。
大きくため息を吐くユウヅキさんの心労は分かるんだけど、ツボに入ってしまった。

「ふふふ……ごめんなさい。そうだね、困るね」
「……アプリコットのほうこそ、困るんじゃないのか?」
「正直、コメントの方に困るかな。でもこれだけは言えるよ」

……ユウヅキさんになら、言えるかなと思った。
誰にも言えないでいた、ぼんやりと思っていたこと。
口に出すのは若干気恥ずかしいけれど。
ずっと抱えている大事な気持ちだと、思ったから。

「今のビドーは、あたしがドキドキしたビドーじゃないかな」
「なるほど……それは、確かに」
「でしょ? 解ってくれる気がしたんだ。ユウヅキさんなら」
「……戻ってくると良いな。そのビドー」
「そうだね。こればかりはアサヒお姉さんになんとかしてもらわないと、ね……」
「ああ。その通りだ」

それから、あたしたちは遠くを見続けた。
その先に何がある訳ではなく、ただただ風景が広がっているだけだけれど。
でも確かに先はそこにあって……どこまでも続いているように見えた。


***************************


辿り着いたのは、昨日バトルの申し込みをされた草原の丘だった。
結構距離があったことから、だいぶ追いかけっこしていたんだなと改めて思う。
立ち止まり、私の方へ振り向いたビー君は、こう切り出した。

「……ここが俺たちの旅の終着点だ」
「終着点……?」
「……相棒関係の終わりってことだ。この先には、一緒に行く道も目的もない」
「……たとえ別々の道を行くことになっても、この関係は本当に終わらせなきゃいけないものなの?」
「ああ。きっちり終わらせなきゃいけない。俺は今日、お前にサヨナラを言いに来たんだからな……」

うつむくビー君の言っている言葉の意味が、今の私にはまだ理解できなかった。

どうして……そこまで頑なに遠ざかろうとするの。
いっぱい抱えていることあるだろうに。文句のひとつも見せてくれない。
それでいて、隠しきれない苦しみを溜め続けている。
そんなの……放っておけるわけないよ。
大事な相棒のキミが独りで悩んでいるのを、放っておけるわけが、ないよ……!
私が原因だとしたら、なおさら!

「この続きは言葉で説明を求むのは勘弁してくれ。闘い合う中で解ってくれ」
「……わかった。解ってみせる」

大きく頷くと、ビー君がバトルのために距離を取り始める。
私も同じように、でも背を見せないようにして距離を取った。

「ルールはシングルバトル6対6。俺はこいつらと行く」

彼はすべての手持ちのモンスターボールを一斉に投げ、呼び出す。
光と共に現れ出でたのは、
低く構えるエネコロロ。
肩をまわすカイリキー。
爪を振り下ろすアーマルド。
大きくひと羽ばたきするオンバーン。
彼の一番古い家族、エルレイド。
そして……静かに無表情を作る、ルカリオ。

この短期間でラルトスがエルレイドにまで進化していたのは面食らったけど、それだけのことがあったんだろうなと思った。
私も同じように、手持ちのみんなを出す。

デリバードのリバくん。
パラセクトのセツちゃん。
グレイシアのレイちゃん。
ラプラスのララくん。
ギャラドスのドッスー。
そして、ドーブルのドルくん。

みんな、力強い眼差しでビー君たちを見据えていた。
その中でドルくんが、私に一声かけて励ましてくれる。

「ありがとドルくん。頑張ろうね」

微笑みかけるとドルくんは首肯で返してくれた。
その様子を見ていたルカリオがビー君に何か呟いていた。
ビー君はルカリオに「世話をかける」と短く返事を返していた。

そこでビー君の言葉は、終わりではなかった。

「いつも一緒に居てくれてありがとう」

その一言は、一見彼のすべての手持ち声をかけているように見えた。
でも、私の願望かもしれないけれど、私たちにもかけられた言葉のような気がした。

互いにボールにポケモンたちをしまい、持ち場につく。

「じゃあ、始めるぞ」
「うん」

ビー君とバトルをするのは、二度目。
最初は相棒になるかどうかを決めるバトル。
そして、今は……ビー君がしかける、決別のバトル。
はじまりとおわり……ってみれば綺麗な組み合わせなのかもしれない。
でも、私はたとえみっともなくても、勝手に綺麗に終わらされるのは嫌だった。
傷つけあうかもしれないけれど、そんな遠慮まみれのお別れなんかよりはましだと思ったから……。

だから私はモンスターボールを構える。
ビー君の本心を知るために、みんなと闘うんだ!


***************************


「お願いリバくん!!」
「行け、オンバーン!!」

私の先方は前の時と同じデリバード、リバくん。
対してビー君はオンバーンを選択した。
以前のバトルの再現にはならなかったな、と考えていると見透かされていたように、ビー君たちがしかけてくる。

「悪いが、感傷に浸る間は与えない。やれ、オンバーン!」
「っ、リバくん『こおりのつぶて』!」

牽制の意味も兼ねての先制攻撃の『こおりのつぶて』を放たせ、オンバーンの両翼にぶつける。
でも、オンバーンの羽ばたきを止めることは出来なかった。
その羽ばたきに合わせて、風の流れが激しい向かい風になる。
まるで彼らの拒絶の意思を反映したような『おいかぜ』が、草原に吹き荒れた。

「もう一回『こおりのつぶて』!」
「『かえんほうしゃ』で焼き尽くせ!!」

素早さ勝負じゃ分が悪いと思って『こおりのつぶて』を指示するも、風上からの『かえんほうしゃ』の熱波で溶かされてしまう。
それどころか、業火はリバくん目掛けて勢いよく襲い掛かってきた――!

「リバくん避けてっ!」

辛うじて『そらをとぶ』で上空に回避するも、風に上手くのれずにリバくんは空中で態勢を崩してしまう。
その大きな隙を見逃してくれるほど、今の彼らは甘くなかった。

「『ばくおんぱ』!!!」

大音量の音波の渦がリバくんを飲み込み、全身にダメージを与えていく。
完全に『ばくおんぱ』に閉じ込められて、このままじゃ逃げ出せない……。
どうにかして、突破口を開かないと!

「『プレゼント』、全部ばらまいて!!!」

手持ちのありったけの『プレゼント』の入った袋を、前方に投げ飛ばすリバくん。
紙吹雪と爆発でぶつけた音で、音波の渦に切れ目が出来る。
これなら、脱出できる。そう思ったのも束の間。
その切れ目の向こうから突っ込んでくる、影。
『おいかぜ』に乗ってオンバーンは、逃れようとしたリバくんの腹に『アクロバット』の羽で重い一撃を叩きこんだ。

「リバくん!!?」

叩き飛ばされ、地面に転がったリバくんは、戦闘続行不能だった。
慌ててリバくんの元に駆け寄り呼びかける。力なく謝るリバくんに「ゴメンね。ありがとう」と言葉をかけ、そっとボールにしまった。

「……次のポケモンを」
「……言われなくても、今出すよ」

ビー君の催促にカッとならないように堪えつつ、次に出す子を考える。
この初戦でひとつ言えることがあるとすれば……ビー君たちにはどうやら、攻撃への迷いが見られないということだった。
それだけ、このバトルに対しての覚悟が決まっているみたいに、彼らに躊躇はなかった。

私は……それにどう応えたらいいのか。
覚悟なら、私も決めていたはずなのに……どこかで躊躇いを消しきれていなかったのかもしれない。
少なくとも迷いを持ったままじゃ彼のことがわからないまま圧倒されてしまうことは明らかだった。


***************************


静かに深呼吸をして、二番手を決める。
ボールをスライドさせるように投げ、ラプラスのララくんを呼び出した。

「頼んだよ、ララくん!」
「次鋒はララ、か……」

透き通るような声の雄叫びを上げ、気合いを入れるララくん。
どこまで通じるか分からないけれど、先を見据えながら私は指示を出す。

「ララくん! 『こおりのいぶき』!!」
「再び『おいかぜ』だ! オンバーン!!」

再び私たちにとっての逆風が吹き荒れた。『こおりのいぶき』は風で霧散され、ただ冷気だけが残り、漂い続ける。
オンバーンはその身に受けた『おいかぜ』を活かし、素早い『アクロバット』でララくんを翻弄する。

「『こおりのいぶき』を放ち続けて!!」

攻撃を半ば無視する形で、とにかくララくんに冷気をばらまかせる。
初めのうちは勢いを保っていたオンバーンも、寒さで動きが鈍っていった。
かといってララくんが受け続けたダメージも、着実に蓄積されている。
我慢比べになり始める前に、ビー君はオンバーンに『かえんほうしゃ』を指示した。
けれど、私たちはさらなる冷気で、オンバーンを包み込む。

「『ぜったいれいど』!!!」

溜まりに溜まった冷気が、爆発的にあらゆるものを凍らせ始める。
乱立していった氷柱がオンバーンを囲み、最後の一撃で閉じ込め戦闘不能に追い込んだ。

気が付くと草原には、氷樹海のフィールドが出来ていた。


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ビー君はオンバーンをボールに戻し、「ありがとう、休んでくれ」と語り掛ける。
その姿に何故だかほっとしている自分が居た。
同時に、拒絶されているのは私だけだということを再認識して胸が痛くなる。

「エルレイド、出番だ」

ビー君の二番手はエルレイド。彼のラルトスが進化した姿。
エルレイドは何だか「これでいいの?」とビー君を心配そうに見つめていた。
彼はエルレイドの頭を撫でて、「いいんだ、頼む」と返す。
この時の表情が、悲しそうに見えて、私もラプラスのララくんもエルレイドと一緒に困惑してしまっていた。
でもエルレイドはビー君の感情の中の何かを感じ取り、目つきを鋭くする。

すっと静かに構えを取ったふたりに私たちも身構えて、技を放たせ始めた。

「エルレイド、『つるぎのまい』!」
「『しおみず』で押し流して、ララくん!」

『しおみず』の波を氷樹海に流し、エルレイドの足を取ろうとするララくん。
でもエルレイドはバランスを崩すことなく『つるぎのまい』を舞い切った。
その攻撃力の鋭さが増した気配に、警戒してララくんに『こおりのいぶき』でさっきの『しおみず』を凍らせにかかる。
この一手でエルレイドの足元を氷漬けにできれば――――

「エルレイド!!」

ざぶん、と波打つ音と共に、エルレイドの姿が消える。
行方をくらましたエルレイド。
どこから仕掛けてくるのか思考を巡らす前に、間髪入れずにエルレイドはララくんの頭上に『テレポート』で現れた。

「ララくん!!」
「させるなエルレイド、『インファイト』!!!」

空中にも関わらず繰り出される『インファイト』。
なんとかしのごうともがいたのだけれども、その連続ラッシュにララくんは沈められてしまう。
私の側の戦闘不能、2体目だった……。

「ララくん……ありがとう」

ララくんは弱弱しく、「ゴメンね」と言う。私は強く首を振って否定する。
ララくんを戻したボールを抱きしめ、大きく息を吐いた後、私は3体目のポケモンを出した。


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3体目に私が出すことを選択したのは、パラセクトのセツちゃんだった。

「いくよセツちゃん!」

セツちゃんが力を溜めて放つ『いとをはく』が、氷樹海のいたるところに張り巡らされる。
エルレイドの『テレポート』対策を兼ねての技選択だった。
対して、エルレイドはその場から動かずに『つるぎのまい』を積み重ね続けた。

このままじゃ、ちょっとでも触れただけでも吹き飛ばされる。
そう思い『キノコのほうし』を氷の森中に散乱させて、動きを少しでも封じようとする。

「エルレイド」

ビー君の声掛けでエルレイドは居合抜きの構えを取る。
セツちゃんとの間合いはだいぶあった。でもエルレイドはその構えを解かない。
やがて胞子が間合いに届く直前。

「――――『つばめがえし』」

ざん、と切り裂かれる音。
既に振り抜かれているエルレイドの手刀。
ワンテンポ遅れて、切り上げられるセツちゃん。

……一瞬だけ目視できたのは、エルレイドの刃が鋭く伸び、セツちゃんを切り裂いていたということだけだった。
はらはらと巻き添えにされた糸が舞い降りる中、私は呆気に取られていた。

「……うそ、いくら必中でもその距離で届くの?!」
「伸びる刃は、エルレイドの得意技だからな」

ほんのちょっとだけ得意げなビー君とエルレイド。
セツちゃんにも労いの言葉を言ってボールに戻すころには、またビー君は冷めた目線に戻っていた。

……これで、私の残りの手持ちは3体。ビー君はまだ5体揃っている。
半分まで追い込まれても、私には彼の考えていることなんて、全然伝わってこなくて。
戸惑いばかりが溢れそうになっていた。


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理解したいのに出来ない怒りと悲しみで、肩が震えはじめる。

「わかんないよ」

我慢していた感情を、地面に叩きつけるように吐き出す。

「ビー君が私との関係を断ち切ろうとしているくらいしか、わかんないよ!!」

ちょっと涙腺が緩みかけたけど、ぜったい泣くもんかと思った。
前を向き直り、ビー君とエルレイドを見据えると、おろおろしているエルレイドと、眉間を歪ませる彼の姿があった。

「そうだよ。俺は断ち切りたいんだよ。お前との繋がりを」
「なんで?? あんなに一緒に頑張ってくれたのに……? どうしちゃったのさ!? そんなに私のこと嫌になったの??」
「…………違う……」

感情が電波してしまったのか、ビー君も苦しさを堪えているようだった。
でも、それだけじゃない彼の持っていた苦しみが、表面に現れていく。

「俺はお前が居たから頑張れたんだ。お前がいなきゃここまで頑張れなかったんだ」
「ビー、君……?」
「ダメなんだよ。別々の道を行くって分かったときに、今まで頑張れていたことが出来なくなりそうで……出来ていた頃に囚われるのが、思い出して後悔するのが怖くて」
「……だから、私のこと忘れようと……? でも、忘れないでいたからこそエルレイドとはまた会えたんじゃ……?」
「そうじゃない。お前のことだけは、引きずりたくないんだよ、俺は……俺は!」

泣き叫ぶような声で、彼は私に決別の意思を口にする。

「この先にちゃんと俺たちだけで進んで行けるように、お前との関係を断ち切り過去にするんだ!」

……その感情の一部を受け止めた私は、どストレートにこう思っていた。

そうじゃないだろう、と。


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彼女の波導は伝わって来ていた。
いっそ嫌ってくれた方がマシになるんじゃないかって考えも過ぎり、その考えだけは振り払おうとする。
彼女の感情は複雑だけど真っ直ぐ俺に向いていた。
種類が多すぎて全部はわからなかったけど、一番大きく占めているのは、怒りだった。

「断ち切りたい、ね。それを許す私だとでも?」
「お前が人間関係とかに執着するのは良く知っているよ……でも、離れることに許可なんて関係ないだろ?」
「そうだね。でも、マツたちに引きずりながら前に進んだっていいじゃないかって言っていたビー君はどこに行ったの」
「クロイゼルを始め、過去に囚われていた奴らを見て、変わってしまったよ……ずっと引きずるなんてダメだ。どこかで区切りは、けじめはつけなきゃダメなんだよ……!」

マナに囚われ続け、過去に囚われ続けたクロイゼル。
深層心理の中まで、後悔まみれだったサモン。
そんな彼らの姿がどこか他人事には思えなくて。
俺もこの目の前の彼女のことでああなってしまわないか、不安で不安で仕方がなかった。

「ねえビー君。私さ、初めてキミに会ったとき……キミの危うさが正直怖かったんだ」
「…………そう、だったのか」
「うん。だから私に何か出来ないかなってキミに無理やり同行したのもあった……でもね」

アサヒは4体目のポケモンの入ったボールに手をかける。
うっすらと涙を溜めた目元を拭い、彼女はモンスターボールを力強く投げた。

「今は、このままキミに忘れられることの方が、怖いよ」

その言葉に、感情には、嘘偽りは一切交じっていない。
心底恐れている彼女の不安を取り除くべく、決意の眼差しと共に、ドーブル、ドルは現れる。

ドルの叱責の籠った睨みにわずかに怯むも、負けまいと睨み返す。
自分が彼女まで不安にさせたことから目を逸らさずに、見続ける。
エルレイドは、俺の気持ちを悟り、「貫くんだね」と確認を取って来る。
それに対して俺は大きく頷いて返答。エルレイドは「わかった」と言い。もうそれ以上は言及してこなかった。


長いインターバルの後、お互い確認を取り、バトル再開となる。
じりじりと様子を伺い、なかなか動かない両者の間を、真上に上る雲間の日差しが通っていく。
ふっと日の光が雲に隠れた瞬間、俺たちは動く。
選んだのは、『テレポート』による接近からの『インファイト』。
ドーブル、ドルの背後を取り、エルレイドは大地を踏みしめ拳を振るう。

しかしエルレイドの打撃は、ドルの背中に届かなかった。

「な」

ドルの姿が消える。波導で位置はそこに居るのが解るけれど、姿が見えない。
エルレイドも手を止め、辺りを見渡し警戒に入る。
その時、ドルの波導が、ありえない動きをした。

「?! 下だ、エルレイド!」
「遅いよ。ドルくん『シャドーダイブ』!!」

地面に空いた空間の裂け目。
そこからドルはエルレイドの懐に潜り込み、アッパーカットの『シャドーダイブ』を決めた。
宙を飛び、仰向けにひっくり返されるエルレイド。
立ち上がろうともがくエルレイドを絡めとるのは、先ほど切り落としたパラセクト、セツの糸。

「ドルくん一気に決めるよ――――『くさむすび』!!!」

彼女の指示で絵筆の尾をドルは草原にねじ込む。
地面から力強く生える蔓が、エルレイドの全身を地面に叩きつけるように縫い付けた。
言葉を、指示を発そうとするも、呑み込む形に終わってしまう。
既にエルレイドに『テレポート』するだけの体力は、残されていなかった……。


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伸びているエルレイドをボールに戻し、「ここまでよくやってくれた」と伝える。
ぎゅっと握ったボールの中のエルレイドは、「あとは頑張って」と小さく手を振っていた。

ドーブルのドル。こいつを敵に回すとここまで厄介になるとは……想定が甘かった。
勢いは削がれたけれど、ここで怖気づくわけにはいかない。
3体目の手持ちの入ったモンスターボールを構えて中からアーマルドを出した。

「ドルくん!!」

彼女の呼び声に応えるドーブル、ドルはもう一度絵筆の尾を振り下ろす。
再び地面を抉り襲い掛かって来る『くさむすび』。

「アーマルド! 『アクアジェット』!!」

助走をつけたアーマルドは『アクアジェット』で『くさむすび』を飛び越えた。
そのままアーマルドの突進がドルに命中。
ドルは押されながらも、まだ操っていた蔓をアーマルドに差し向ける。

「離脱だ、アーマルド!!」
「くっ……」

アーマルドは『いとをはく』の糸を氷柱の先へとつけ、ブランコのように反動を使い一気に後退。
そこから再び『アクアジェット』でもう一度一撃離脱の攻撃を仕掛けようとする。

「そろそろ、その柱邪魔かな……やっていいよ、ドルくん」

ドルが先ほどのエルレイドが見せた構えに似た姿勢を取る。
そのさらに深い構えで、何がこれから起きるのか直感が疼く。

「! ……アーマルド気をつけろっ!!」

声をかけることは間に合っても、『アクアジェット』の軌道は、簡単に逸らせなかった。
その悪寒は、的中する。

「『あくうせつだん』!!!!」

アサヒと一緒にドルは尾を持つ腕を振り払う。
蒼天にそびえる氷柱が、空ごと八つ裂きになったように見えた。
空の切れ目はすぐに元に戻っていたけれど、氷片はがらがらと音を立てて、水の衣を引きはがされたアーマルドと共に落下していった。

「アーマルド!!!」

地面を転がりながら、アーマルドはそれでも立て直し、『アクアジェット』を展開しようと駆け出す。
けれど、眼前に待ち受けていたドルの『くさむすび』に捕らえられ、そのままアーマルドは陥落した……。

「アーマルド、ありがとう……」

アーマルドを戻し、次のモンスターボールに触れる。
アサヒとドルの鬼のような気迫は、まだまだ鋭くなっていく。
その針刺すような空気に、痛みを感じながら、ボールを投げる。

これで、残りは3対3だった。


***************************


俺の四番手は、エネコロロ。
ドーブル、ドルとエネコロロがにらみ合いなっている時、彼女が、息を深く吐き、硬い口調を和らげようとしながら、俺に呼びかける。

「なんとなく、さっきの言葉の意味わかってきたよ。けどビー君はさ、結局肝心なところ、誤魔化して隠そうとしているよね」
「…………その方が、綺麗に終われるから」
「そうかな? ……まあでもそれを聞きたがっている私が、とてもひどいことしているのは、自覚しているよ」
「……本当だよ。ひどいやつだよお前は……」

かすれそうな声で、想いをこぼす俺は、アサヒの顔を直視できなくなってきていた。

「いつまでも引きずりたくないんだよ。お前のこと大事だからこそ、お前のせいにしたくないんだよ……!」
「私のせいにしてもいい。でもね、そうじゃないよビー君」

鼻声になってきている声で、彼女は声を張り上げる。
その言葉は、俺の芯まで響き渡った。


「引きずるんじゃない! いっぱい悩んだ過去も、思い出も! 今の私の一部になるんだ!」


はっと顔を上げると、彼女は泣き笑いを作っていた。
俺と目を合わせて、アサヒは「だから大丈夫」と言い、続きを告げた。


「ビー君を好きだった私も、私だ! 未来の! 私の! 大事な……糧になる!」


それを聞いた瞬間、今まで保っていたしかめ面が、一気に崩される。
涙腺がやられ、見られたくない、力なく、弱い部分を晒してしまう。

「なんだよ、それ……なん、なん、だよ……それ……」

見破られ、先に言われて、尚更格好がつかない。
臆病になっているのが、恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がない。穴があったら入りたい。
エネコロロが尻尾で「どうすんだ」と叩いて来る。
すぐに指示を出せるほどの鋼メンタルは、流石に持ち合わせていなかった。

……ずっと、傷つかないように、傷ついてもなるべく痛みを残さなければ、割り切れると思っていた。
これまでだって、そうやって考えないようにして割り切れてきたんだから……って、自分の気持ちから目を逸らし続けていた。
もしかしたら……困らせて、友達ですらいられなくなるのが本能的に怖くて誤魔化していたのかもしれない。
それでも気づいてしまったら、もう感情と恐怖の渦から逃れられなくて。
まるで闇の中を歩いているようだった。

――――でも、その闇の中で、俺は孤独ではなかった。

エネコロロが声を張り上げ叱咤激励をする。
それ以外のやつらのボールもカタカタと振動する。
ルカリオからは、波導が伝わってくる。

(ああ……そうか。俺は独りじゃないんだった……)

一緒に隣を走ってくれるこいつらとなら、俺はこの最後の壁を、打ち壊せるかもしれない。
俺はまだ今、逃げずにここに居られているのだから。力を貸してくれるこいつらがいるなら……。
きっと、出来る。そう、信じられそうだった。

「まだ……すぐには言えそうにない。でも、このバトルが終わるころまでには、踏ん切りつけて見せるから、待っていて欲しい。」
「わかった。待っている」

エネコロロが「よし、行くよ」と鳴く。
ドーブルのドルも、「やれやれですね」と呆れつつも、身構える。

さあ、試合再開だ。
ここからが、正念場だ……。


***************************


最初にエネコロロに出させる技は、もうすでに決まっていた。
集中力の間のほんのわずかな隙に、その技を叩き込ませる。

「『ねこだまし』!!」

クロスガードで怯みながらもしのぐドーブル、ドルに、一気に俺らは畳みかける。

「冷気は十二分だろ? 『こごえるかぜ』だエネコロロ!!」
「届かせない……! ドルくん、『シャドーダイブ』!!」

間一髪のところで異空間に逃げられてしまう。でも、エネコロロは自身の周りにバリアのように『こごえるかぜ』を展開した。

「かかってくるなら、かかってこい!」
「……守りに入るのなら、外から崩すのみ。ドルくん!」

アサヒとドルは、『シャドーダイブ』をわざと不発させた。
上から戻って来たドルが空中で尾の絵筆を銃口のように突き付ける。
その一撃は受け身のまま待ってはいけないと思った。

「エネコロロ構うな、突っ込め!」
「放て! 『なやみのタネ』!!」

鋭く射出された『なやみのタネ』が、エネコロロの脳天に打ち込まれる。
驚き仰け反りつつも、エネコロロはそのままドルに向かい『こごえるかぜ』と共に体当たりした。

「エネコロロ!! 『からげんき』!!!」
「ドルくん!! 『あくうせつだん』!!!」

取っ組み合いになる中で、技と技が交錯し激しくぶつかり合う。
衝撃と炸裂音の後、重なり合う形で両者とも力尽きていた。

「エネコロロ……よくやってくれた」
「ドルくんも、ありがとう」

それぞれ、ボールに戻し、5番手のポケモンの入ったボールを構える。
もう、残り2対2だった。


***************************


同時のタイミングで、次のポケモンを繰り出す。
俺が出したのはカイリキー。アサヒが出したのはグレイシアのレイ。

「カイリキー!!」
「レイちゃん!!」

アサヒのレイは、いつもの得意戦法の『あられ』による『ゆきがくれ』は仕掛けて来なかった。
代わりに初手で放たれたのは――――『れいとうビーム』。
でも、そのれいとうビームはカイリキーの脇をすり抜ける。
前にダッシュを始めるカイリキーの後ろから、レイに『れいとうビーム』は帰って来た。
落ちた氷片に、反射させていたのだと気づくのに遅れる。
レイは、その『れいとうビーム』を、自ら受け止めた。

「反射して、『ミラーコート』!!!!」

細かく分断された障壁の『ミラーコート』で光線を乱反射させるレイ。
その複数に分断された『れいとうビーム』は、辺り一帯の氷片に反射に反射を重ねてカイリキーに襲い掛かっていく。
だんだん凍てついていくのも構わずに、距離を縮めていくカイリキー。
その背中は、絶対に逃げてたまるものか、という迫力があった。
そうだな。お前は、そうやって俺の壁を壊してくれる。
だからこそカイリキー。お前のその拳、信じるぞ。

「届け! 『バレットパンチ』!!!!」

氷地獄の中で、力いっぱいのカイリキーの弾丸の拳が、グレイシア、レイにヒットする。
カイリキーとレイは同時に動かなくなる。
でもそこでレイは立ち上がった。『バレットパンチ』が、浅かった。
カイリキーはそのまま拳を振り抜いた姿勢で、戦闘不能で動けなくなっていた……。

「また、お前の不屈の心に助けられてしまったな。ありがとう、カイリキー」

カイリキーを戻し、そして俺は最後のモンスターボールから……ルカリオを出す。

ルカリオは波導とアイコンタクトで「行けるか?」と尋ねてくる。
その波導に「ああ。大丈夫だ」と返すと、ルカリオが小さく笑った。

借りっぱなしの肩のキーストーンバッジに触れる。
ルカリオも装着しているメガストーンに触れる。
呼吸を、波導を、感情を合わせ、絆の帯を結び、叫ぶ。


「己の限界を超えろ、メガシンカ――――すべては、繋ぐべき未来のために!!!!」


光の繭がはじけ飛ぶ。
ミラーシェードを外し、波導の力を全開にして。
俺とメガルカリオは終盤へと望んで行った。


***************************


ミラーシェードを外したビー君と、メガルカリオのその雄姿を見た私とレイちゃんは、心の高ぶりを抑えきれていなかった。

「いいね、いいねいいね……熱くなってきた!!」

獰猛な感情をさらけ出し、レイちゃんと共有する。
冷たいのが好きなグレイシアのレイちゃんも、ひりひりとした冷たさの中の熱さを持っているようだった。

「来なよ、ビー君!!」
「行くぞ、アサヒ!!」

私はさっきまで使っていなかった『あられ』をレイちゃんに指示する。
吹きすさぶブリザードの中、レイちゃんは『ゆきがくれ』で姿を眩ませた。
波導を使うビー君たちにはあんまり効果のない『ゆきがくれ』。
でも、私の狙いはあの攻撃を誘発させることにあった。

「フルパワーで行くぞ!! ルカリオ!!!!」

波導が風を生み、天へと掲げたメガルカリオの両腕に集まっていく。
狙い通り、望み通り、ビー君たちは『はどうだん』を形成していってくれる。
その巨大な『はどうだん』は、煌々と輝き、彼らの想いが目一杯積み重ねられていた。
ビー君とメガルカリオが、同じ動きで『はどうだん』をぶん投げる。

「喰らええええ!!!!」
「受けきってみせる、レイちゃん!!!!」

幾重にも重ねた『ミラーコート』で私たちは『はどうだん』を受け止めようとする。
凄まじい風圧に、辺りの雪雲が一瞬で消し飛ぶ。
それでもなお、一緒に踏みとどまり受けきろうとする。

「届けええええええええええええええええ!!!!!」
「受け、とめ、てえええええええええええ!!!!!」

ありったけの力で叫び合い、
そして…………鏡の障壁にヒビが入った。

鮮烈な光と共に、
温かい風が、波導の嵐が……草原を、私たちの心を駆け抜ける。
今まで彼と積み重ねてきた思い出と共に、熱い、熱い、感情が駆け巡っていく。

仰向けにひっくり返った私と疲れ果てて戦闘不能なレイちゃんに、ビー君とメガルカリオは手を差し伸べる。
へたり込む姿勢まで持っていき、その手を掴んで起き上がった私に、彼は。
震える声で告白してくれた。

「好きだ。ずっと隣に居て欲しいくらいに、お前のことが好きだ、アサヒ」
「私も、大好き。ずっと隣に居て欲しかった…………ゴメンね。ビー君の隣には居られない」
「知っていたさ。最初から、ずっと。でも、俺は確かにお前のことが好きだった。それは変わらない」
「ありがとう。私を好きになってくれて」
「こちらこそ。別れる前に言えて良かったよ」

ビー君はちょっとだけ涙を拭って、今までで一番素敵な笑顔を見せてくれる。

「さあ、ここまで言わせてふったんだ。最後のもう一戦、付き合ってくれよな、アサヒ」
「もちろん。最後までよろしくね、ビー君」

握った手で強く握手し、レイちゃんにお礼を言ってボールに戻す。
手を放し、距離を取り合い、私は最後の手持ちのギャラドス、ドッスーを出した。

奇しくも最後はあの相棒になった時のバトルと同じ大将戦だった。
胸元のキーストーンに触れ、ドッスーと気持ちを確かめ合い、光の絆を私たちも結ぶ。


「貴方の見せてくれた勇気に! 私たちは全力で応えるよ――――メガシンカ!!!!」


想いの蕾のように弾け花開く繭。
メガギャラドスになったドッスーと共に私はビー君たちを……全身全霊をもって迎え撃った。


***************************


アサヒは華やかな笑顔で、メガギャラドスドッスーに『りゅうのまい』を指示した。

「最後は一撃にかけるよ!! ドッスー! 舞って、舞って、舞いまくって!!」

少し日の傾いて来ても、なお一層青い、青い、青い空をドッスーは見惚れるくらいすがすがしく舞い昇っていく。
俺もメガルカリオと共に大地を踏みしめ、最後の一撃へと波導を高めていく。
すべてありったけの想いを、これでもかと重ねていく。

蒼天を破るような破天のエネルギーがメガギャラドスに溜まる。
輝く太陽のような光をまとったメガギャラドスが、降り注いでくる。

「『げきりん』!!!!!!!」

とびきりの笑顔で、アサヒはドッスーと共にぶつかって来てくれた。
その喜びを、幸せを最後に重ねて、技を解き放つ。

「ありがとう、ドッスー。ありがとう、アサヒ。
受け取れ――――

――――これが俺たちの『おんがえし』だ!!!!!!!!!!!!!!」


昇っていく煌めく『おんがえし』の拳。
クロスカウンターの一撃が、ありったけの想いが、メガギャラドスに叩き込まれた。
衝撃と共にぶっ飛ばされたドッスーの顔には、笑顔が浮かんでいた。
アサヒも、すがすがしい笑みを湛えたまま、ドッスーにお礼を言った。

「勝った……」

口に出した瞬間、勝利の実感がわいてくる。
でも、この喜びは、勝負だけのものでは決してなかった。
へなへなとへたり込む俺に、メガシンカの解けたルカリオより先にアサヒは飛びつく。
状況を把握するまで時間かかっていたけれど。
俺は彼女に、全力でハグされていた。

「あー負けた!! おめでとう!!!!」
「え、あ、あり、がとう……」
「全力でぶつかってくれてありがとう! 嬉しかった!!」
「どういたしまして、こちらこそ。こちらこそ……ありがとう……うう……」

色々と思考がオーバーヒートしていたけれど、とにかくその温かさに、涙腺がやられる。

「俺も別れるのは、やっぱり寂しいんだ。でも俺にもこの旅で見つけた目標がある」
「うん、うん……」
「その望みを叶えるためにも、俺も旅立とうと思っている」
「そっか……そっか……大丈夫だよ。ビー君ならきっとできる。私も応援しているよ!」
「俺も、アサヒとユウヅキ……お前らのこと、応援している。応援しているからな……!」
「ありがとう、ありがとう……お互い、頑張ろう!」
「ああ。ああ……!!」

ルカリオも、俺たちを抱きしめる。俺もアサヒもルカリオを抱きしめ返す。
空の蒼さに包まれながら、そのぬくもりを感じていた。
涙もいっぱい出ていたけれど、そこには笑顔もいっぱい溢れていた。



***************************



数日後、それぞれの旅立ちの朝が来る。

始まりの荒野の交差点で俺とアプリコットは、国際警察のラストと共にヒンメル地方を出ようとしているアサヒとユウヅキを見送りに来ていた。
アサヒたちは、ユウヅキの身体の怪我をちゃんと治療しに、国際警察の機関にしばらく世話になるんだと。

「アサヒお姉さん、ユウヅキさん。元気でね……!」
「アプリちゃん、本当にありがとう。貴方の言葉に、私たちは救われたよ……!」
「アプリコットも、歌うこと続けるの、頑張ってくれ」
「うん。<シザークロス>は解散になっちゃったけど、あたしもあたしの夢、諦めないから!」

結局<シザークロス>は戻って来た彼らの大事な者たちとの生活の中で、自然と解散になった。
アプリコットも、また目標に向かって頑張るようで、目指すはシンガーソングライターだそうだ。
そんな彼女のことも、俺は心の底から応援している。まあ、ファンだからな。

「それじゃあ、ここで。ビー君も今日だよね、旅立ち」
「そうだな。そうしようと思っている」
「徒歩で行くんだ。サモンさんに弁償してもらわなくて、大丈夫?」
「あー、それならいつの間にか口座に振り込まれた。でもそれはもっと別のやつに使おうと思っている」
「そっかそっか。また、連絡ちょうだい。何かあっても何もなくても」
「ああ。わかった」

アサヒとのやりとりを終えた後、遠慮しているユウヅキにも、俺はちゃんと声をかける。

「ユウヅキ、お前もアサヒに押し切られずちゃんと自分の望みは言って行けよ?」
「あ……ああ……善処する」
「おい頭の中から抜け落ちていただろ。自分を大事にな。アサヒのためにも」
「そうだな。心がける。ありがとう。達者で、ビドー」
「ああ、ユウヅキも達者で」

最後にふたりと握手をして、見送る。
大きく手を振り合い、その姿が小さくなるまで、見届けた。

ふと、アサヒが振り返り、大声で俺にメッセージを叫ぶ。

「またね!!!! “親友”!!!!!!」
「! ……またな!!!! また会う日まで、元気でな“親友”っ!!!!!!」

聞き届けると、彼女は小走りでユウヅキとラストを引き連れ、走っていった。
俺もアサヒたちに背を向ける。
そして残されたアプリコットと向かい合うことになる。

「ビドーも、その……行っちゃうんだよね……あの……その……」

言い淀んでいるアプリコットに、俺は無言で小包を突き出す。

「これ、は……?」
「餞別と……目印だ」

小包を開けて、中身を確認する彼女。
その贈り物の黄色いスカーフの意図を、照れくさい中、ちゃんと伝える。

「俺がその、帰って来たいと思う場所の目印だ。お前が持っていてくれ、アプリコット」
「……!!!!」

互いに、顔を赤らめ表情を直視できなくなる。
しばらくの沈黙の間の後、彼女は声を張り上げた。

「決めた!!」
「?!」

赤い髪の根元に、リボンのようにスカーフをつけるアプリコット。
それから俺の手をぐいと掴みかかり、彼女は言った。

「あたしも貴方と一緒に行く……!」
「……一応、俺がヒンメルに帰ってくる理由、なんだがー……」
「だって! 旅先で別の人にも言いそうなんだもん!」
「そんなに信用ないか俺??」
「違う、あたしの一番のファンで居て欲しいの!」

一番のファン。その肩書きは、確かに他に譲りたくないなと思う。
小さな彼女の手を握り返し、俺は同行を望んだ。

「…………言われなくても、そのつもりだよ。じゃあ、一緒に行くか……!」
「うん!!」

眩しい笑顔ではにかむアプリコットと、これからのことを話しながら俺は歩み始める。
ひとりよりは、楽しい旅路になりそうな予感と期待に胸を膨らませながら。

俺は俺の道を、歩んでいく。
アサヒがユウヅキとの道を歩んでいくように。
俺も、こいつと歩んでいけたらいいなとひっそり想いつつ。

別れの先にあるまだ見ぬ出会いに向けて、俺たちは歩んでいく。
その道は、ひとりぼっちじゃない。
支えてくれる人や、ポケモンたちがいるから、きっと大丈夫。


***************************




サヨナラは終わりではない。

それぞれの道へと始まっていく交差点でしかない。
ほんのわずかな時だったとしても、
その場所で交わった時間が、未来の自分に積み重なっていく。
いいことばかりだけではないかもしれないけれど、
思い出の中には確かに嬉しかったこともあったはずだから、
そう大切な人に、教えてもらえたから、
いずれ振り返った時に、懐かしく思えるように、
今を、未来を歩んでいきたい。

今見える未来がたとえ先行きの見えない闇の中だとしても、
きっと夜明けの朝日ように、明るくなれることもあると信じて、
俺は俺の幸せを追い求め続けたい。

だから、サヨナラは終わりではない。

これからの、スタートラインだ。








【明け色のチェイサー】 終。


  [No.1724] 後日談 歩くような速さで 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/11/06(Sun) 21:34:29   4clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



その日もいい天気な日だった。
私のドーブル、ドルくんと共に出かけるのも久しぶりで、なんだか昔はよくこうしていたなあって思うと、懐かしくなった。

今日の私は、娘がお世話になっている学園に、とある目的で訪れていた。
といってもあの子は今、休学をして旅に出ちゃったんだけどね。
学園長の計らいで、まだいつでも帰って来てもいいと言ってもらえたのはありがたかったんだけど、あの子はあの子の道を進んで行くような……そんな予感がしていた。

事務員さんが私の顔を見て、名前を確認して来る。

「ムラクモ・アサヒさん、ですね。今日はよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」

ムラクモ・アサヒ。この名字にもだいぶ慣れたなと思いつつ、私は返事をした。
ユウヅキが姓名だけでも引き継ぎたい、と願ったので私もそれに賛同してこの名字を名乗らせてもらっている。


私が誰からもヨアケと呼ばれなくなってから、15年が経った。
目まぐるしく日々は変化していくけど、それでもちゃんと生きている。
色々悩みはあるけれど、幸せな日々を過ごしているって実感はあった。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


私とユウヅキが旅立った後、ヒンメル地方はだいぶ変わったらしい。
その激動の最中に居たデイちゃんから、ちょくちょく情報はもらっていたけど、驚くニュースが多かったな。

中でも一番驚いたのは、ヒンメルにポケモンジムとポケモンリーグが出来たことだった。

きっかけはスオウ王子……いやもうスオウ王か。スオウ王が地方をよくするためそれぞれの土地にジムを置くと宣言したこと。
そこからは目まぐるしいスピードで各地の開発が進み、町が増えていったみたい。

あの頃、帰って来た“闇隠し事件”の被害者も含めて人口爆発していたので、移民も含めたその居住先の確保って名目もあったらしい。
まあ、ヒンメルリーグはご当地リーグみたいなところはあるので、ほとんど私たちの知っているメンバーがジムリーダーや四天王、チャンピオンを務めていたそうだ。

メンバー、と言えば。前に作ったグループメッセージは今でも生きている。アドレス交換もして個別メッセージのやり取りをしている相手もそれなりにいる。先ほど挙げたデイちゃんなんかが筆頭だ。
中には疎遠になったり、ふとした時に連絡をくれたりする人もいる。

なんだかんだ、あの闘いを共にしたメンバーとは、今でも細々と繋がっていた。


プリムラ、プリ姉御はなんやかんやスオウ王と結ばれた後も、ヒンメル地方のポケモンセンターの総括として働いている。偉くなっても傷ついた誰かを助けるために、今日も奔走しているらしい。
プリ姉御のファンだったチギヨさんはというと、彼のブランドがメイちゃんをモデルに起用したおかげでブレイクした。ユーリィさんとは今でもタッグを組んでいるみたい。
ファッションショーで輝くメイちゃんの動画を見たけれど、なかなかに素敵な笑顔で思わず見惚れてしまった。気づけば、彼女は、色んな人に愛されるようになっていた。
メイちゃんと言えば、レイン博士が“ニジノ・レイメイ”というペンネームで本を出し始めていた。メイちゃんは「勝手に使うな!」と恥ずかしそうにしていたけれど、レインさんは「コンビを組んでいた仲じゃないですか」とごり押したらしい。

その彼の出した本のタイトルが……“明け色のチェイサー”。
私たちの関わった一連の事件をモデルにした物語だ。

取材を受けた当初はまさかこんなに世間に広まるとは思っていなかった。図書室とかに置かれるレベルにヒンメル地方では大ヒットしたって。正直今も信じられない。
“明け色のチェイサー”はドラマ化もされて、主役にはハジメ君の妹リッカちゃんが抜擢された。リッカちゃんは「憧れの人の役なので精一杯頑張りたいです」とコメントしていたっけ。いややっぱり照れるな。ハジメ君は人気になっていくリッカちゃんを見て珍しく動揺していたって話は何か可愛かった。

“明け色のチェイサー”といえば、有名な作曲家が作ったドラマのエンディングテーマをアプリちゃんが歌って、それもめちゃめちゃ売れたみたい。
アプリちゃん、それ以外はあんまりヒットしなかったけど、今も細々と活動を続けていて時折連絡をくれる。彼女と彼のとこの女の子の子供がとてもお転婆だって苦笑いしていた。なかなか親子関係って難しいよねえ。

そう言えば一時期うちの子の学園の全然関係ない他学科の教師にソテツさんがいたのはお互いとても驚いた。なんでここに居るの?? って、お互いびっくりしていたな。
ソテツさんは各地を修行や勉強も兼ねて転々としていて、ポケモン保護区制度の時に経験したことから生態保全学の先生になるほどになっていた。「世界には強い相手がごまんといるからね、ポケモンバトルもまだまだやっていくつもりだよ」って言っていた彼の笑顔は、決して作り笑いなんかではなかった。

ソテツさんと言えば、ガーベラ、ガーちゃんを始め、すべての弟子と師弟関係を解消したらしい。でもガーちゃんは新たにポケモン塾をヒンメルで開いていて、ソテツさんから学んだことも含めて、教えを広げていくんだろうな。
ガーちゃんのとこでヒエン君も手伝いしているみたいだけど、ヒエン君なかなかガーちゃんにアタック出来ないって悩んでいたな。この辺どうなるんだろ。

アタックで思い出したけど、ジュウモンジさんがネゴシさんにアタックしたって話もアプリちゃんと一緒にものすごく驚いた。まあ、ジュウモンジさん一回フラれたって聞いたけど、めげずにアタックし続けるとは言っていた。ネゴシさんもまんざらではないらしい。がんばれ。
アキラ君も「心配事もなくなったし、僕も頑張るかな」と意中の相手を口説き落としに行っていたり(めちゃめちゃユウヅキとふたりで応援した)と割と結婚ブームはあった。
まあ、先陣切ったのはトウギリ、トウさんとココチヨ、ココさんのペアだったけどね。
ふたりはカフェエナジーを前のマスターから引き継いで家族経営しているって。ミミッキュが看板ポケモンやっているみたい。

ラブラブっていうとイグサ君とシトりんだね。なんやかんやヒンメルを拠点にして今も死神活動続けているみたい。イチャイチャしすぎていないか心配でイグサ君のお師匠さんもヒンメル地方にやってきたとか。

イグサ君たちのお陰で送られたマナは生まれ変わり、新たなマナフィが【ミョウジョウ】の港町でマスコットになっている。あのマナはもういないけど、今のマナフィは元気で暮らして愛されている。
マナとクロイゼルの悲劇を風化させないように、もともとミュージカルなどに憧れていたミュウトさんが主導で演劇を作ったって話も聞いたな。本の“明け色のチェイサー”の影響もあって、ヴィラン役として作中のクロイゼルは結構人気らしい。ハロウィンとかで白マントの仮装の子供がいるくらいには。
彼のことを怪人と蔑む風潮は、その波に薄れていっている。
でもクロイゼルのしてしまったことは重く、今も彼の罪としてのしかかっているのは変わらない。
デイちゃん情報では、何年か前まではブラウさん人形と一緒に模範囚として過ごしていたって聞くけど、最近のことは知らない。デイちゃんも言わないので、私からは聞かないことにしている。
でも、クロイゼルはクロイゼルの生涯を歩んでいるんだろうなとはぼんやり思う。

囚人と言うとクローバーさんやテイル……さんは出所して、また新たな生活を送っているらしい。テイルさんはユミさんをスカウトして賞金稼ぎに戻ったとか戻ってないとか。ユミさんは今日もお味噌汁飲んでいるのだろうか。クローバーさんはドレディアのクイーンたちと平和に過ごせていると良いな。

新たな生活を迎えたメンバーの近況……フランさんやクロガネ君は地元に戻って家業を継いでいたな。フランさんは大農園の主で、クロガネ君は職人。クロガネ君、だいぶたくましくなったってフランさんが言っていた通りだったな。きのみ大好きアキラちゃんも、時折フランさんの大農園に訪れては珍しいきのみを集めているそうだって。
カツミ君は成長と共に身体が丈夫になっていき、遠出が好きだったのもあり各地をよく旅行したりしてる。
相変わらずトーリさん(本名レオットさん)は各地方でチャリティーコンサートを開いているらしい。自分たちの演技で笑顔を作れるのなら、と言っていた。
ヒイロさんはほとんど連絡くれないタイプだけど、時々強いビッパ使いのニュースが流れるたびに、今日もビッちゃんと最強を目指し続けているんだろうなって思っている。
ヨウコさんも写真家としてバリバリ活躍中で、あんまり面識ないけどオカトラさんによく大自然の案内屋をしてもらっているんだとか。
ミケさんはジョウト地方の【エンジュシティ】に戻って探偵を続けている。ラストさんに何かゆすられていた件は、チャラになったと聞いている。
ラストさん。コードネームは「終わりをもたらすもの」って意味だって旅立ちのあの日に教えてもらったな。彼女、じっくり喋ると意外と親しみやすかった。今日も事件に終止符を打つために奔走しているのだろう。
リンドウさんはリーグの門番に再就職してバッジを確認したりしているらしい。クサイハナ使いのアグリさんもクサイハナと共にジムチャレンジャーを応援して見守る職についていた。アリステアお嬢さんは、ポケモン広場の管理をする作業員さんになったって聞いている。
テリー君は、帰って来た幼馴染の子がマッサージ屋さんを開いたって言っていた。それとは別に遺跡調査をしているみたいで、よく彼の車に乗せてもらっているみたい。

そう、彼、ビー君(結局この呼び方に落ち着いてしまった)のことを語ってなかった。
なんとビー君はタクシードライバーになっていた。
アプリちゃんと一緒にタクシーの盛んなカロス地方の【ミアレシティ】に勉強に行って、免許と資格を取って、ヒンメルで個人タクシーを経営し始めたビー君。
誰かに頼りにされる人になりたいって言っていた彼は、毎日誰かしらに頼られている。
ちなみにサモンさんのバイクの弁償金はその新車の足しにしたらしい。

サモンさんはキョウヘイさんと旅立ったことくらいしか私は知らない。でも時折アプリちゃんの元に手紙はやってきているみたい。色々あるみたいだけど、なんとか元気にしているみたい。

ユウヅキのお母さん、レインさんの努力の末スバル博士はつい昨年長い眠りから目覚めた。一回ヒンメルの国外であったけど。雰囲気以外はあんまりユウヅキと似ていなかったな。
でも、スバル博士はクロイゼルに目を付けられた時、彼だけでも逃がそうとスズの塔の前に置いて行ったって言っていた。でも結果的にユウヅキを捨てたことに変わりはない。そんな私には今更母親面はできない、とも言っていた。でもムラクモ性を引き継ぐことに関しては、反対しなかった。私とユウヅキはなかなか簡単にはヒンメル地方へは行けないのだけれど、今度はちゃんとあの子も顔を見せに行きたいなと思った。私の両親とは勘当されて絶縁になってしまったから、尚更。

でも、私の傍にはユウヅキが居てくれたから大丈夫だった。
色々各地を転々として、今の土地に住むようになり、あの子……アユムちゃんが生まれて。
忙しく過ぎていった日々だけど、それでも日々の側らにはちゃんと彼は居てくれた。
私たちを不器用なりに愛してくれている。

色々悩んでいることはアユムちゃんのことだった。
あの子にはそれまで、ヒンメル地方のことを伝えないでいた。
でもネットに触れるようになって、どこからか偏った情報を見つけてしまっていた。

「母さんと父さん、どうして話してくれなかったの? 私のことそんなに信頼できなかったの?」

そう言って家を飛び出してしまったあの子の悲しい顔が今でも焼き付いている。
学園長に休学を頼みに行ったのもアユムちゃん本人だった。
どうにも、ヒンメル地方で、私とユウヅキの真実を見極めてきたいって言っていたらしい。
そのことはすぐにビー君たちに相談した。もし、アユムちゃんらしき人物を見つけたら、見守って、困っていたら力になって欲しい。と。
今もこの遠い空の下、あの子は旅を続けている。

色々心配もあるけれど、今祈ることは。
あの子の進む道に、一緒に歩んでくれる大事な人が出来ているといいな、ということだった。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


壇上に立ち、ライトを浴びる。
今日私がここに来たのは、アユムちゃんに教えてもらった、私がしなければいけないことをするためだった。

「こんにちは、ムラクモ・アサヒです。今日はよろしくお願いします。さて、皆さんはヒンメル地方で起きた、『闇隠し事件』をご存じでしょうか?」

『闇隠し事件』。
この事件があったことを、アユムちゃんにも、他の人にも時が来るまでと話せないでいた。
でも、それじゃあ、事件のことは知られないで、忘れ去られて、風化していくのだと気づかされた。
赦してはもらった。でも忘れてなかったことにしてはいけないと思った。だから今日この場を用意してもらった。

「今日は、私たちが体験したあの事件のことをお話させていただきます。どうか、最後までお付き合い頂けると幸いです」

私は、ゆっくりとあの頃を思い返し、語り始める。
とても数十分じゃ収まり切れない、みんなのことを、伝えたくて。
私は話す。
事件の中で、彼らがどう生き、どう闘っていたのかを。
少しでも知って、覚えていてもらうために。

そしてアユムちゃんが帰って来た時に、ちゃんと伝えられるように。
私は、今この場に立っていた。




















* * * * * * * *


ヒンメル地方ポケモンリーグ。チャンピオンの手前の間にて、あの人が立ち塞がる。

「――――よっ、ウォーカーさん。いや、アユム。よく他の三人を倒してここまで来たな。レインとは話出来たか?」
「まあ、それなりには。でもオレ……いや、私は貴方がチャンピオンだと思っていたんですけど、ビドー・オリヴィエさん」
「つい先刻まではそうだったんだけどな。まあ、この先に誰が待ち受けているかは、想像つくだろ」
「……手加減はしてないですよね?」
「ああ、しなかったとも」
「……どうして初めてタクシー乗せてもらって、あの子と出会ったあと、私の目的聞いたときにジムに、リーグに挑戦しろって言ったんですか。オリヴィエさん」
「あの時は少しでもジムチャレンジャー増やしてくれってアプリのやつにどやされていたからな。まあでも、お陰で色んな人に聞けたんじゃないか? 知りたがっていたアサヒとユウヅキのこと」
「いやまあそうですけど」
「それに、悪くはなかっただろ、旅ってやつも。まあうちの娘がだいぶ世話になったのは本当に感謝しているよ」
「こちらこそ、ビビアンにはお世話になりました。あの子と一緒の旅路、なんだかんだ楽しかったです」
「まだ旅のクライマックスが残っている。そのためには、俺を倒していかなければいけないけどな」
「そうですね」

キャップ帽を被り直し、オレは、私は相棒の入ったモンスターボールを構える。

「――――ヒンメルリーグ、最後の四天王。『暁星の運び屋』ビドー・オリヴィエだ」
「……ムラクモ・アユム。貴方を倒して、チャンピオンに挑みます。よろしくお願いします!!」

そして、オリヴィエさんと目を合わせ、火蓋は切って落とされた。

王座の間で待っている、彼女に会いに行くために。
絶対に負けられない闘いが幕を上げた。





終。


  [No.1725] Re: 後日談 歩くような速さで 投稿者:ioncrystal   投稿日:2022/11/08(Tue) 19:22:02   6clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

>誰かに頼りにされる人になりたいって言っていた彼は、毎日誰かしらに頼られている。

やはりこの一文と途中の空白前後が、連載ものだとなおさら感慨深いですね。 投稿お疲れ様です。


  [No.1726] Re: 後日談 歩くような速さで 投稿者:空色代吉   投稿日:2022/11/08(Tue) 20:05:47   8clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

感想ありがとうございました!
私も書いていてとっても感慨深かったです!
読んでくださりありがとうございました!