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  [No.1000] [十一章]ポモペ 投稿者:ヨクアターラナイ   投稿日:2012/06/17(Sun) 02:57:33   65clap [■この記事に拍手する] [Tweet]






『続・茶番』






「準備はいいですか?」

シオンは不安な面持ちで尋ねた。

「いつでもどうぞ」

――ウォン!

一人と一匹が軽い声で返した。
普段通りのシュウイチとウィンディを見ると、
シオンの固くなった体はほぐれていくようだった。
平常心を意識して、空気を浅く吸い込んだ。

「それじゃあ、作戦を始めますよ」

シオンはモンスターボールを手に取った。
そして、地面に叩きつける。

「いくぞ、ピチカ」

叩き落とした鉄球が割れ、閃光がほとばしる。
同時に、小さな電気ネズミがシオンの足元に姿を現した。
モンスターボールはスーパーボールのように跳ね返り、
シオンの手の平に戻って来た。


――グォォオ!!

ピチカが現れた瞬間、ウィンディは凶暴な姿に豹変し、大きく吠えて威嚇をした。
恐れをなしたのか、ピチカは三歩だけ後に下がる。
それからピチカは顔を上げ、すがるような目付きでシオンをじっと見つめた。
ふいに、シオンの胸は熱くなった。
自分のポケモンに頼られたと悟り、思わず感動を覚えていた。
気持ちの高揚を感じた。
しかしシオンは、グッとこらえて、何もしない。
不本意ながら、ピチカの期待に答えることは出来なかった。
そういう作戦だった。

「ぐえっへっへっへっ! 愚かなるドブネズミと無職の親不孝者め!
 世のため、そして社会のために貴様らを消し去ってくれるわ!」

シュウイチが悪者になって、正論を唱えた。
下劣な笑みを浮かべる野蛮な大根役者だった。

エリートトレーナーのシュウイチが勝負をしかけてきた。





1ターン目

「ピチカ、でんきショック」

シオンが言った。
ピチカは何もしない。
おびえているようだ。
シオンはシュウイチに目配せした。

「ウィンディ。やれ」

シュウイチが言った。
ウィンディが前足でピチカを引っ叩く。
ピチカの表情が苦痛の色を見せる。
涙は流れなかった。

2ターン目

「ピチカ。でんきショックだ」

ピチカは逃げる……駄目だ、逃げられない。
ウィンディに回りこまれてしまった。
そして叩かれる。
パチンといい音が鳴った。

3ターン目

「でんきショックを撃つんだ!」

ピチカのでんきショック。
ウィンディに閃光が走る。
電撃に巨体はもだえ苦しむ。
効果は抜群だ。

「そうだ、それがでんきショックだ」

シオンは満足げに言った。
今回、ウィンディは、ピチカをぶたなかった。

4ターン目

「よし次だ。ピチカ、しっぽをふる」

シオンが言った。
ピチカはいうことをきかない。
ピチカは命令を無視した。
ピチカのでんきショック。
先ほどと同じ技だ。
ウィンディは無表情、微動だにしない。
効果は無いみたいだ。

「ウィンディ、分かってるな」

シュウイチが言った。
ウィンディはピチカを引っ叩く。
まるで子供を叱るように。

5ターン目

「ピチカ。しっぽをふる、だ」

ピチカは命令を無視した。
ピチカのでんじは。
効果は無いみたいだ。
ウィンディはクラボのみを頬張っている。
ヤマブキ家の庭で実ったものだ。
そしてピチカは、ウィンディに叩かれる。

6ターン目

「よく見ろピチカ! これがしっぽをふるだ!」

シオンは尻を振りながら言った。
ピチカが一瞬、チラリと冷ややかな視線を送る。
羞恥心を抱えながらも、ピチカに想いが伝わると信じ、
シオンはひたすらに尻を振り続けた。
ピチカのでんこうせっか。
ウィンディに効果は無いみたいだ。
常時よりも強く、ウィンディは引っ叩いた。
ピチカは短く悲鳴を上げた。

7ターン目

「しっぽをふる!」

シオンは素早くで尻を振って、言った。
ようやく、ピチカのしっぽをふる。
防御力を下げるだけ技だった。
ウィンディは苦虫を噛んだように表情をこわばらせ、足元はぐらつき、
体制を歪めながら苦悶の声をあげていた。
効果は抜群だ。
ウィンディはうめきながら、ある一点を見つめていた。
その視線の先にはシュウイチがいる。
赤い学生服の青年は白目を向いて、四つん這いになって、「うー、うー」とうめいていた。
ウィンディはトレーナーの真似をしているにすぎない。

「いいぞピチカ。それがしっぽをふるだ」

ピチカの体にしみ込ませるつもりで、シオンはゆっくりと言った。
この時もウィンディはピチカをぶたなかった。

8ターン目

「次。ピチカ、でんこうせっか!」

ピチカはシオンの命令を無視した。
ピチカのしっぽをふる。
効果は無いみたいだ。
ウィンディは平気な顔をして、ピチカをまた叩いた。

9ターン目

「でんこうせっか!」

ピチカのでんきショック。
効果は無いみたいだ。
ウィンディが腕を振るう。
罰せられるように、ピチカはまた叩かれた。

10ターン目

「ピチカ。ちょっと見てろ」

シオンはシュウイチ目掛けて突っ走る。
シオンのたいあたり。
こうかはいまひとつのようだ。
鉄の壁にでもぶつかったかのような衝撃が、シオンは体中で味わう。
鋼と格闘タイプかと思われる男だった。
シュウイチは微動たりしていない。

「ピチカ、これがでんこうせっかだ! やれ!」

シオンを見ていたピチカは、ウィンディに目を戻す。
ピチカのでんこうせっか。
ウィンディに3のダメージ。
効果は今一つのようだ。
しかし、シュウイチが苦しむ合図を送ったので、ウィンディに効果は抜群だ。

「よぉし! いいぞ、それがでんこうせっかだ」

覚えろよ、とでも言うように言った。
ウィンディからの攻撃はなかった。

11ターン目

「じゃあ、さっきやった、しっぽをふる!」

出来て当然だよな、とでも言うように言った。
ピチカのしっぽをふる。
ウィンディがまた膝をついて、また辛そうにうめいた。

シオンはピチカが「しっぽをふる」という言葉の意味を理解したと受け取る。
残る技は三つ。

12ターン目

「次、でんこうせっか!」

ピチカのでんこうせっか。
素早い一撃だった。
ウィンディは横たわり、苦しそうな声を吐き続けた。
なんだかウィンディの演技がわざとらしく見えた。
効果は抜群のようだ。

シオンはピチカが「でんこうせっか」という言葉の意味を理解したと受け取る。
残る技は二つ。

13ターン目

「でんきショック!」

ピチカが顔を上げ、シオンを見入る。
シオンは尻も振っていなければ、誰かに体当たりをするワケでもなく、ただ突っ立っていた。
電撃を撃てないからだ。

ピチカのでんじは。
ウィンディは再びクラボのみを頬張る。
こうかはないみたいだ。
そしてピチカは叩かれる。
未だ、ピチカがやられる気配は見当たらない。

14ターン目

「違うそうじゃない、でんきショックだ」

「しっぽをふる」でもなく「でんこうせっか」でもない。
今使った技に効果は無かった。

ピチカのでんきショック。
恐らく効果は抜群だ。
ウィンディは横になるとゴロゴロ転がり始めた。
随分と大雑把な演技に変わり果てていた。
とてもピチカにやられているようには見えない。

「いいぞ、ピチカ」

シオンはポケモンに対し、日本語でねぎらいの言葉を送った。
それでも、たしかにシオンの声からは、喜びの波動が溶け込んでいた。

15ターン目

「それじゃ、でんじは!」

しばらく間を開けてから、ピチカは撃った。
ピチカのでんじは。
ウィンディは痺れて動けない。
仰向けになったまま、ひくひく震えた。

シオンはピチカが「でんじは」という言葉の意味を理解したと受け取る。
残る技は一つ。

16ターン目

「しっぽをふる!」

念のための確認としてシオンは指示を下した。
ピチカのしっぽをふる。
シオンは安心した。

ウィンディは横になった状態で、目をつむっていた。
ウィンディのねむる。
どう見ても、しっぽをふるの効果は抜群じゃない
どうやら演技が面倒臭くなったようだ。
シオンは不安になった。

「うぐはぁっ!」

どこからともなく吐くような叫びが響いた。
その声でシオンは、すぐ側にシュウイチがいたことを思い出した。
ウィンディに命令を無視された今も、
シュウイチは必死になって苦悶のジェスチャーを送り続けていた。

シオンは閃いた。

17ターン目

「とどめ、でんきショックだ!」

シオンはシュウイチを指して言った。
ピチカのでんきショック。
シュウイチに光が放たれた。

「うぐおおおっっ!」

どう見ても効果は抜群だ。
シュウイチは無駄に大袈裟な悲鳴を上げて、迫真の演技を披露してみせた。

シオンはピチカが「でんきショック」という言葉の意味を理解したと受け取る。
ピチカはピチカの使える全て技の名前を覚えた。シオンはそういうことにしておいた。

体から煙を上げるシュウイチに向かって、シオンは中指だけを立てた右手を見せつけた。
もう十分だ、という合図だった。
シュウイチがうなずくと、絶叫をあげた。

「うぐぉおおおおおお! おのれっ! 愚かなる人間どもめえ!
 だが、忘れるなよ。光ある限り闇は潰えぬ!
 この世に闇がある限り、俺は何度でも蘇るのだぁああ! ……ばたっ」

何やらわけのわからぬことを言い残し、シュウイチは倒れた。
ウィンディのねむるは、きっと瀕死のふりに違いないとシオンは決めつけた。
ウィンディはたおれた。
エリートトレーナーのシュウイチとの勝負に勝った。





「やった! やったぞピチカ! うおっしゃああ!」

静まり返った夜の空気に、偽物の歓声はよく響き渡った。
シオンは大袈裟にガッツポーズを決めると、気持ちの勢いに乗って、ピチカを抱き上げた。
嬉しそうに笑った表情を作り上げると、細くした瞳の向こうでピチカの様子を冷静に観察した。
ピチカはほんの少しも笑みを浮かべず、無表情でシオンの瞳と見つめ合っていた。
まるで人形のように動じず、ただ小さな呼吸を繰り返している。
それを見て、シオンは顔をくしゃくしゃにして本当の笑顔を作ってみせた。
ピチカは闘う体力がまだ残っているにも関わらず、
シオンに反抗しようとも、シオンから逃げ出そうともしていなかった。
シオンに抱きつかれる行為をピチカは受け入れていた。
作戦は大成功だと思った。

「とにかく今日は疲れたろ! おつかれ! よくやったピチカ!
 後はボールに戻ってゆっくり休んでくれ!」

本当はピチカを肩に乗せて帰宅したかった。
そして、もっと自分を好きになってもらおうと思っていた。
しかし、シオンは問答無用でピチカをモンスターボールに閉じ込めてやった。
いつまでも、一人と一匹に死んだふりをさせておくわけにはいかない。
シオンの恩人だったからだ。



「まったく。お芝居も難しいもんなんだねぇ」

「よっこらしょ」、とシュウイチは立ち上がると、赤い服に付いた土を軽く叩いて払い落す。
そんな主の元へ、起き上がったウィンディは早足で向かって行く。
体中の体毛をゆっさゆっさ揺らしながらトコトコと駆け寄っていた。
シオンはシュウイチと向かい合うと、頭を下げて、お礼をした。

「助かりました。おかげでピチカもかろうじて俺の命令に従ってくれました。
 本当に、ありがとうございます」

「ねぇシオン君。やっぱり、罪悪感はないの?」

予想外の質問だった。
電撃を浴びせた文句を言いに来るのだと思っていたからだ。
焦げくさい臭いが鼻につく。
逸れた意識を戻して、シオンは自分の罪悪感と向き合ってみた。

「……ありませんよ。全くありません」

嘘を吐いた。
悪者扱いを受ける覚悟を決めてから、シオンはきっぱり言い切った。

「これはただのポケモンバトルです」

「そうかな? 僕には体罰っぽく見えたけど」

「どこがですか。勝ち目のないバトルがポケモンに対しての罰ゲームに似てる、っていうアレですか?」

シオンは嘲笑うかのように言った。
悪役になりきろうとした。

「ピカチュウが君の言うことと違うことをすれば、ウィンディに叩かせたじゃない。あれじゃ体罰だよ」

「ものは言いようとはまさにこのことですね。
 ポケモンバトルっていうのはそういうものじゃないですか。
 トレーナーの指示を無視して、判断を誤ったのならば、
 ポケモンが痛い思いするのは至極当然でありましょうに」

シオンは冷たい態度で答えた。
シュウイチは穏やさを保ったまま質問を続ける。

「それだけじゃない。ピカチュウが君のいうとおりに動けば、
 ウィンディにわざわざ苦しむ演技をさせた。叩くのもこの時は止めさせたよね。
 自分でやってて何か嫌だな、って思わない?」

「いえ。相手のポケモンに有効な技を指示するのがトレーナーの役目です。
 なら俺のいうことが正しいと思い知らせてやる必要があります。
 まともにポケモンバトルの出来ないピチカには有効な調教法だったかと」

さも当然のように言った。
見えるものの全てを見下すような冷酷な目をしてみせた。
シュウイチは眉ひとつ動かしていない。
相変わらず温和な物腰のままだ。

「それならさ、ポケモンが好きなように闘えばいいじゃないか。
 君のいうことを無理にきかせなくてもいいじゃない。好きな技を使わせて、好きなように闘えば」

「駄目です。何、言ってるんですか? トレーナーの命令を聞いて、ポケモンがそれに従って闘う。
 これで初めてポケモンバトルと言えるんです。そういう競技でしょうに」

「だから、つまり、今のはただのポケモンバトルにすぎないと?」

「そのとおりです。これは体罰なんかじゃない。
 体罰っていうのは、いうこときかないポケモンにキレて引っ叩くようなクズに当てはめる言葉です。
 ウィンディが叩いて、ウィンディが演技して、ポケモンがポケモンの技を受けて体罰になるはずがない。
 よく見かける普通のポケモンバトルとなんら違いはありませんよ」

「……そうか。それはよかった」

シュウイチの急な言動の変化に、シオンはわけがわからなくなった。

「えっと、それはどういう?」

「安心したんだ。もしも君に少しでも罪悪感があるんだったら
 ポケモントレーナーになんて一生なれやしないからね」

「は、はあ? そんなことを気にしていたんですか」

シオンから肩の力が抜けた。
この時、初めて自分が強張っていたことに気が付く。
そしてトレーナーとして情けないことに、シオンはシュウイチに気を使われていた。

「でも、その様子ならトレーナーもやっていけるよね。
 それでさ、なんとかピカチュウとは仲良くやっていけそうかい?」

シオンは少し考えた。無意識に腕を組む。

「まだピチカが懐いたとは言えませんし、もっとやらなきゃならないこともあります。
 けど、ピチカは技の名前を理解しましたし、俺の命令どおりに動いてくれました。
 だからもうシュウイチさんの協力は必要ない……と思います」

「本当に大丈夫かぁ?」

「はい。一応いうことはきいてくれたし、ピチカも俺のこと嫌いじゃないみたいだし、
 たぶんなんとかなるはずです。
 ……俺の誕生日までには必ずポケモントレーナーになってみせますよ」

迷ったり、悩んだりしないよう、シオンはハッキリと断言した。

「ふぅん。そっか。じゃ、帰るか」

「はい、なんか色々とお世話になりました」

「うん。あと今度さ、君に申し込んでもいいかな。普通のポケモンバトルを」

「はい。是非とも。お手柔らかにお願いしますよ」

まるで、シオンがこれからポケモントレーナーになれるのだと決まっているかのように二人は語った。
漠然とした予定を話し合いながら帰り道を辿る。他愛のない会話だった。
街灯の照らす明るい夜道を通り抜けて、シオンとシュウイチは眠るトキワシティへと歩んで行った。








つづく?





後書
いろいろと変なところがあるような気はしている。
でも、とにかく書きあげられたからヨシとする。


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