「……ほらよ、まだまだあるぜ」
「げっ、まだあるでマスか! しかもこれ、英語や古典もあるでマスよ。オイラは数学の勉強をしているはずでマス!」
3月2日の火曜日、夕刻。明日からの試験に備え、俺はイスムカとターリブンに付きっきりで指導していた。ラディヤ? 彼女はその成績に免じて自由にやらせているさ。あの内容で満点を連発するんだ、わざわざやらせる必要もあるまい。
そういうわけで、俺は次から次へと基礎問題をやらせていた。彼らは不平をこぼすが、全く意に介さない。
「知らんがな。同じ勉強に変わりないだろ? もっと大きく物事を捉えるこった」
「でもどうして他の教科をやらせるのですか? 例えば化学だけ勉強するといったことはだめなんですか?」
イスムカ、中々良い質問だ。その気付きをバトルでも活かしてくれれば助かるのだがな。まあ確かに、一見すれば非効率なやり方だ。しかしちゃんと狙いはある。
「ああ、それか。……お前さん達は、『成功しかしたことない人』に魅力を感じるか?」
「あんまり感じないでマス。なんだか嘘臭いでマスよ」
「なるほど。じゃあ『失敗しかしたことない人』は?」
「うーん、その人次第だと思いますよ。けどたまには上手くいかないと面白くないですね」
「うむ、全くその通り。成功の裏に失敗があるからこそ人に厚みが出る。それと同じで、様々なものに触れることが大事なのだ。どんなものでも尖らせたら凶器にもなるが、角を削れば転がってどこにでも行ける。自由になるとはこういうことを言うんだよ。学校は単に勉強ができればいいわけじゃなく、バランスの取れた力を育てる場だからな」
「……オイラ、よく分からないでマス」
俺の発言に、ターリブンは首をかしげた。イスムカは空気を読んで何度かうなずくも、その表情は冴えない。ま、やらされているうちは分からんだろう。それでも、必ずこの意味を噛み締める時が来るはず。それに期待するとしよう。そういうわけで、俺はこう言って話を切り上げるのであった。
「ふっ、すぐに理解できなくても良い。これからたくさんのことを経験して、少しずつ知っていけば十分だ。その一環としても、しっかり勉強するんだぞ」
「さて、そろそろ始めるぞ。各自抵抗を止め、速やかに準備しな」
翌朝。試験初日につき、生徒共は浮き足立ってる。学習しねえ奴らだ、もう5回目のはずだぞ。
俺が生徒を凝視していると、イスムカとターリブンの会話が耳に飛び込んできた。
「……今回、もしかしたらいけるかもしれないでマスよ」
「へえ、こんな時でも冗談を言えるようになったんだ」
「冗談じゃないでマス! なんだか教科書の問題が解けるようになってきたでマス。こりゃイスムカ君には勝てるでマスよ」
「言ったなー。よし、なら今回は真剣勝負だ」
おいお前達、試験前に騒ぐとは良い度胸だな。俺はサングラス越しに眼光を光らせた。彼らを黙らせるにはこれで十分である。俺は速やかに問題を配り、試験開始を宣言するのであった。
「……時間だ、健闘を祈る。初め!」
・次回予告
今回の試験もひどいもんだった。3回も同じ結果だと、これに関わる奴ら全員うんざりだろう。だが朗報もあった。これはもしや……。次回、第38話「因果応報」。俺の明日は俺が決める。
・1学年末試験
年 組 氏名
1:以下の問いに答えよ(各5点)。
(1)a^2+7a+10をa+2で割った商Qと余りR
(2)x^2−2x−1で割ると商が2x−3、余りが−2xになる多項式
(3)3/x(3−x)+x/3(x−3)
(4)1−1/{1−1/(1−x)}
(5)(k+1)x−(2k+3)y−3k−5=0が、kの値に関わらず成り立つx、yの値
(6)x+y=1を満たすにx、y対して、常にax^2+by^2+cx=1を満たすa、b、cの値
(7)(x+2)^2+(y−3)^2=0を満たす実数x、yの値
(8)a>0、b>0、ab=12の時、a+bの最小値
2:(10点)a>0、b>0の時、a+b/2≧√abを証明せよ。また、等号が成り立つのはどのような場合か。
3:(15点)x^4+x^3−x^2+ax+b(a、bは実数)が、ある二次式の2乗になる時、定数a、bの値を求めよ。
4:(15点)a≧2、b≧2、c≧2、d≧2の時、abcd>a+b+c+dが成り立つことを証明せよ。
5:(20点)正の数a、b、cについて
(1)a+b=cならば、a^2+b^2<c^2であることを示せ。
(2)a^2+b^2=c^2ならば、a^3+b^3<c^3であることを示せ。
・あつあ通信vol.102
今回テンサイさんが言った「尖らせたら〜」の下りはツイッターで散々BOTにつぶやかせていました。ようやく使う機会が巡ってきてよかったです。
あつあ通信vol.102、編者あつあつおでん