「……私はポケモンバトル部を率いて夏の大会に挑戦しました。目指すは巧技園だけでした」
ハーラルははまず、自らの事件までの状況を話すことにしたようだ。こんな事件があったというのに、バトルのこととなればどことなく生気が見えるな。
「巧技園か。普段はプロチームの試合場所であり、春と夏の大会の本選が行われる場所だよな。悪趣味な外装に非難が集中したからつたで覆っているのは有名な話だ」
「ええ、それでも私達の目標でした。元々シジマ校長が開いたこの学校は、熱心にバトルを推奨していました。私達も強力なバックアップを受けて順調に育ち、遂にタンバ予選を勝ち上がれるほどになったのです」
「そうだったのですか。……遂に? バトルに熱心なら優秀なトレーナーを入学させれば良いのでは?」
ふと、ラディヤが疑問をあげた。言われてみればそうかもしれんな。1から育てるのは費用も時間もかかるし、何より成長する保証が無い。こうした問いに、ハーラルは明快に返答した。
「まあそうだよね。でも校長はそういうやり方に大反対で、自前で育てることを原則としていたんだよ。ただし、頭がキレる人はたくさん集めたみたいだよ。『賢い人の伸び代は大きい』ということらしい。実際、主力には進学クラスの奴らが多かった。彼らは推薦で入ってたよ」
「ほーう、つまりそれが進学クラスがあった理由でマスな。ポケモンのやりすぎで馬鹿にならないための措置ということでマスね。進学クラスにバトル部員が集中していたでマスから、逮捕の後はがらがらだったでマスよ」
「おい、僕を見るなよ」
ターリブンは得意げにイスムカを眺めた。全く、胸を張るほど勉強してねえだろお前さんは。まあ、今はそんな枝葉はどうでもいい。話を続けよう。
「……それで、ようやく日の目を見た育成方針によって、お前さん達は勝ち上がったというわけだ」
「はい。足元もすくわれずに駒を進め、準決勝の超タンバ高校戦にも勝ちました」
「ふむ。ここからが本題だが、どのポケモンを使ったんだ? ついでに、相手の様子も出来る限り説明してくれ」
ようやく核心に迫ってきた。あの校長や顧問からして不正を許すようなこたあ無いだろうが、それもこの証言ではっきりする。
「そうですね。まず使用ポケモンですが、最初はラグラージでした。相手はケーシィで、こちらはこだわりスカーフを持たせて奇襲させるつもりでした」
「そりゃ中々良い考えだ。『ラグラージは遅いから先手を取れる』という固定観念を持つトレーナーは結構いるからな」
「……ところが、先手を取ったのはケーシィでした。サイコショックを使われ、一撃でラグラージがやられたのです」
「い、一撃? そんなケーシィが……」
イスムカの言葉が止まった。そりゃ、ラグラージほどのポケモンをひねるケーシィなんざ普通有り得ねえからな。ターリブンもこれに同調する。
「イスムカ君の言う通りでマス。ケーシィどころかフーディンがこだわりメガネを持っても余裕で耐えられるはずでマス!」
「そう、あの場にいた人なら誰だっておかしいと気付けるほどだったんだ。ケーシィの目は虚ろだったし体中小刻みに震えていた。後で調べて知ったんだけど、あれは事前に過剰なドーピングをしたに違いない。それでもジャッジは動かない。……だから、こちらも秘密兵器を投入した」
「秘密兵器とは、大層な物言いだな」
「そんなことはありませんよ。私が繰り出したのはピクシー、それも『てんねん』の特性のピクシーです」
ハーラルは嬉しそうにその秘密兵器の話を切り出した。余程自信があると見えた。……その気持ち、分からなくもない。俺もカイリューには自信があるからな。
「そりゃなんとも珍しい。確か、イッシュ地方のジャイアントホールでたまに出るピッピを進化させる必要があるはずだぞ」
「そう、それほど貴重なポケモンです。話を戻すと、私達は相手のドーピングを特性で無効にしつつ、コスモパワーで守りを固めてアシストパワーで攻めることにしました。これが功を奏したという格好です」
「……でも、逮捕されたでマスよ。しかも試合の1ヶ月以上も後に」
「そこなんですよ。私達は結局次の試合で負けたのでエンジュ園には行けませんでした。それから秋の大会に向けてというところでマーヤ先生は怪我するし、私達は捕まってしまったんです。……裁判では通報者と対戦相手の立場で超タンバの連中が証言してました。『ケーシィの攻撃の威力が全く落ちた上に凄まじい反撃に全滅させられた。ドーピング以外にあり得ない』とね。確かに結果はそれで合ってますが、話をすり替えてましたよ。しかも証人のジャッジは皆向こうに有利な証言ばかり……」
「買収されたか。告発に時間がかかったのは準備をしていたからと見えるな……あんたの言ったことが全て事実なら」
俺は少しまごついた。はて、この手の話で役に立ちそうな代物は何があったかな。……お、あれがあるじゃないか。
「ところでよ、その試合の録画とかスコアブックは無いのか?」
「スコアブックは押収されたみたいで今はありません。でも、録画なら誰かがしているかもしれません。ちょうどあの試合からテレビやラジオ中継が始まりましたから」
ハーラルは最後の最後でとてつもなく重要な情報提供をしてくれた。なんだよ、つまりそこら中に証拠が転がってるというわけか。これを審議しなかったのなら、完全にはめられたな。……度は違うが、かつての俺と同じ立場だ。はんっ、これは動かないわけにはいかんな。
「よし、それだけ聞ければ十分だ。これで動くことができる。それじゃ、そろそろ失礼させてもらおう。ある程度目処がついたらまた来るぜ」
「は、はい。よろしくお願いします」
「それでは先輩、失礼します」
「何か入り用でしたら連絡くださいね」
「オイラ達がきっと助けるでマスよ」
「ありがとうみんな。そっちこそ頑張りなよ!」
俺達は別れのあいさつを済ませると、面会室を後にするのであった。ハーラルも部員達も名残惜しそうだが、今は前を向いて歩くしかないんだぜ、仕切りなしに対面できる時が来るまではな。
・次回予告
月日は経ち、今日から新学期だ。部員達も進級する。さらには新しい顔触れが登場する……のだが、なんだこいつは。次回、第41話「マッドな教師」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.105
日本には三審制という言葉があります。実際には3回どころか10回以上やっていることもありますが。確か、同じ事件でも裁判所によって扱う内容が違うんですよ。第一審では事実関係、第二審では第一審で確定した事実を前提に別の話といった具合に。うろ覚えなので間違っているかも。
あつあ通信vol.105、編者あつあつおでん