マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1076] 第五話:かわいいは罪なのかな? 投稿者:ライアーキャット   投稿日:2012/12/23(Sun) 12:47:33   57clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

・第五話 かわいいは罪なのかな?


「すー…すー…すやすや……」
「おいエリ、起きろよ」
「むにゃあ……戦車10タテは疲れますよぉ………」
「斬新な寝言ほざいてんじゃねえ」
「……ほぇ?」

目を明けると、見慣れない天井が見えた。
けれど同時に聞き慣れた声が届いて、意識をはっきりさせてくれる。

「あっ………お兄ちゃん」
「ようやく目ぇ覚ましたか」
私の兄、ポケモン研究員のアキラがそばに立っていた。
私は重い目蓋をこすりつつ、ベッドから体を起こす。

「さっさとそのシケた顔整えて食堂に来い。……ったく、10分も俺の呼びかけを無視しやがって」
「食堂って……え?」
頭を満たすのは、?マーク。思った疑問は素直に口へ。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「何だよ」
「ここ、何処?」私はエリだけど。
少なくとも私達の暮らしている街――プロロタウンじゃないよね?

「………はぁ」
私の質問に盛大な溜息をくれるアキラ。
そして昔研究所で見た『ゴルバット』ってポケモンみたいな目つきでこっちを見てくる。
「お前の頭は本当にハリボテだな」
「うっ……」
「脳みその代わりにドガースでも入っているんじゃないか?」
「うぅ〜……」
「俺達は昨日にプロロタウンを出て、今はネクシティの宿屋に滞在してるんだろうが」
「あっ」
そうでした。

「ようやく思い出したようだな」
「うん…もう大丈夫」わたしはしょうきにもどった!
「……言うのはこれで最後だ。朝メシが用意されてるから食堂に来い。ポケモンも忘れずにな」
お兄ちゃんはそれだけ言って、さっさと部屋を出て行った。
朝ごはん……か。

「エリの冒険――二日目、だね」
寝床を降りて、壁にかけられた鏡の前に立つ。
お気に入りの髪飾りで頭の片側を結ってから、隅に置かれたリュックに目を向けた。
ベルトに取り付けられたボール。私の、パートナー。
「さぁ…今日も一本取るぞ〜!」
クイネの森で汚れたお洋服も、洗濯済ませてピカピカ状態!
新規一転な1日の為に、まずはパジャマから脱しますか!



◆◇◆



「あ、エリ」
「サヤちゃん! おはよ〜」
着替えを終えて食堂に行くと、そこには朝食とサヤちゃんが居た。

「全く……朝からよくそんな大声が出るわね」
「ポジティブシンキングが取り柄ですんで」
「でしょうね。アンタには脳みその代わりに『いかりまんじゅう』とか入ってそうだし」
「ひどい事言いますね…」あといかりまんじゅうって何?

ともあれ、席についてお食事を開始する。
う〜ん、宿屋のご主人様はいい仕事してますな。
ちなみに、お兄ちゃんは離れた所で朝メシ様にがっついていた。お行儀悪い。

「んで、準備は万端なのよね」
「ふぁい?」
「ふぁいじゃないわよ! アタシがこの街に来た時に見つけた、野生ポケモンスポットに行くんでしょ?」
「あ」
そうでしたパート2。
……私って本当に物覚え悪いんだね。

「食べ終わったら早速行くわよ。アタシもアタシで、この子達を鍛えたいし」
「この子?」
「チョロニャー」
鳴き声につられて下を見ると、ポケモンがサヤちゃんの足に擦りよっていました。
彼女のパートナー、チョロネコ。

「ニュラニュー」
「ポカポカ〜♪」
「ツタァー!」
「ジュママ……ムグムグ」
「おおっ! 皆の衆」
更なるポケモンの声に目を動かしたら…サヤちゃん第二手持ちのニューラに、お兄ちゃんのツタージャ、ポカブ、ミジュマルも居る。
小動物ご一行は窓際に固まり、床のお皿に盛られたポケモンフーズに群がっていたのでした。

「って、あ〜っ!! 忘れてた!」
私のポケモンも朝ごはんへ誘わないと!
自分のブレイクタイムは一旦ブレイク。起立!
持ってきたモンスターボールを床へと投げた。

「行け〜! ナゲキ!」
「ゲキッ!」
柔道ポケモンさんがお出ましになられました。
「さぁ、ナゲキも食事タイムと洒落込むがいいよ」
相棒殿の背中を押してエサ場へ誘う。

「ゲキィイイー!」
「ぎゃあぁー!」
触んなとばかりに投げられた! 地面の感覚が失せる!
「ちょ…きゃあっ!」
「へぶうっ!」
落下した。……あれ? 痛くない。

「……ア、アンタ………」
「へ? ……サ、サヤちゃんっ!?」
食事中のサヤちゃんにぶつかって下敷きにしてしまったようです……。
ひっくり返った椅子、彼女のご飯。
恐怖に駆られて飛び退くも――もう遅い。
勝気少女さんのツリ目が一気に切れ味を帯びる。
紫色のロングヘアが逆立ったような錯覚を覚えて、

「………こんっのダメトレーナーがあぁああー!」
「許して〜〜!!」
「逃げるなあぁああ!!」
「うるせえぞお前ら! メシぐらい静かに食え!!」
ポケモンの不始末はトレーナーの不始末。

今日もナゲキになつかれぬままの1日が始まるのでした。とほほ……。



◆◇◆



サヤちゃんは私達と同じく、昨日にこの街に着いたらしい。
そんなサヤちゃんが私達に先んじて見つけたのが、
「この空き地って訳なんだね……」
ネクシティの郊外。
宿屋から出て数分の場所に、我々は来訪しておりました。

「なるほどな…。草むらは生え散らかしてるしクイネの森がすぐそこだ。野生ポケモンには事欠かねえだろうよ」
「でしょ? アタシも軽く手持ちを鍛えてたけど……大変だったわ。噛みつかれたり火を吹かれたり」
研究員と強気さんが喋っている中、とりあえず周りを見渡してみる。
都市の一部に空白みたいなスペースがあって、そこだけが自然の面影を残している。そんな風景だった。

「やっぱクイネの森って広いんだなぁ……。ネクシティの周りを包んでいるみたい」
「そいつは違うぜ、エリ」
呟きを耳ざとく拾うお兄ちゃん。
「そもそもプロロタウンとネクシティ自体が、クイネの森の中にあるのさ」
「そうなの?」
「俺らが突破したクイネの森は、ほんの一部に過ぎねえって訳だ。ま、あそこまで生態系が拮抗してんのはあの区域ぐらいなんだろうがな」
私達が突破した区域……か。
あそこは森の中心ってトコなのかな。二つの町の間だし。

「そういやあ、あの時お前を見つけたのも、あの森だったな」
「えっ?」
「今以上にガキだった頃、お前研究所の裏手にある森で遊んでただろ? あそこもクイネの森なんだぜ。末端だけどな」
「そうなんだ……」
言われてみればそうだった。私がトレーナーになるずっと前のこと……。
昨日突破した森とは違って、あそこは野生ポケモンは居ないけど素敵な場所だったっけ。
ううん、確か毎日遊びに来てたポケモンが一匹居たような――。

「ほらほら、余計なお喋りしない! ポケモンを鍛えたいんでしょ? 入るわよ!」
サヤちゃんの声で我に帰る。彼女はもう空き地を囲う柵を乗り越えていた。
大人しく、私達も続く。

「開発が中止されて、向こう十年は建物は立たないだろう敷地……いいスポットよね」
「……今更だけどさ、入っていいの?」
「看板も無いし構やしないわよ」
「そうなのかなぁ…」
草の生い茂る中を進む……うわ、足がチクチクするよ。レギンスなサヤちゃんは大丈夫なのかな……?
いつでも野生ポケモンに遭っていいように、リュックに装備されたボールに触れる。

「一一待て、静かにしろ!」
アキラが緊迫した声で叫んだ。
「聞こえる……足音だ。小型のポケモンか…」
「本当なの?」
「俺は何度もフィールドワークをしてるんだぜ? 間違える訳が……居たっ!」
お兄ちゃんは一点を指差した。そこは草むらの途切れた場所だった。
確かにそこから、草をかきわける音が聞こえた――急いで駆けつける。
居た! ポケモンだっ!

「コジョ〜〜〜〜!!」
「………!」

その野生ポケモンは、小型な体で踊り出て来た。
振袖…じゃないよね。長袖みたいに裾のなびく腕を広げつつ回転し、ガニ股ぎみな体制で地面へと降り立つ。
一瞬だけ俯いた頭は着地の直後に水平に向き、私達へとメンチを切った。
丸い耳。ツンと尖った鼻。そして。
キリッと尖りながらもつぶらな瞳。
ちっちゃいお姿で現れながら、それでも野生の本能をむき出しにして――ポケモンがこちらを睨んでいる。

か。
「かっわいいいいぃいぃぃいぃいいい!」

誰かの悲鳴が空き地に響いた。
その音源が何を隠そう私で、しかも悲鳴じゃないと知るには若干の時間がかかりました。

「あら。アタシが出遭ったのは火を吐く禍々しい犬なんだけど……。何なのコイツ?」
「……ぶじゅつポケモンのコジョフーだな」
私の後ろで人間二人が何か言ってる。
けれど私の両眼筋は、しばらく前方のお方から離れそうになかった。
このポケモン――可愛いっ!

「コジョッ! コジョー!」
コジョフーと呼ばれてるらしいポケモンは、三人の人間に動揺しているみたいだった。
私達から間合いを取りつつ、ステップを踏んで立ち位置を探っている。

「エリ、見とれてる場合じゃねえぞ! 生身でポケモンと戦う気か!」
「はっ! そうでした!」
私にポケモンの技とか出せる訳ないしね!
んじゃあ……行くよ! コジョフー!

「ナゲキ! 出てきて〜!」

破裂音と共に、投げたボールから相棒が飛び出した。

「ゲキイイイィイッ!」
私に攻撃しちゃう位に元気盛々な柔道ポケモンは、両の拳をぶつけ合いながら戦いの意欲を燃やしていた。
そんなナゲキに私は命じる。

「ナゲキ! そのポケモンは倒さないで! 弱らせるだけに留めるんだ!」
「ナ、ナゲィ!?」
「何ぃっ!?」
人間と人外のパートナーが同時にビビった。なして?

「お前…そいつを捕まえるつもりなのか?」
「……? そうだよ。別にいいじゃん」
何か不都合でもあるんですか?

「いや…いい。いいともさ。偏った所で好都合なだけさ……俺にはな」
「はい?」
意味わかんない。
っと、アキラの無駄口はどうでもいいんだ。コジョフーへ向き合わないと!

「コジョ〜!」
先手を打ったのはカワイ子様でした。
いきなりナゲキの目の前に距離を詰め、腕を広げる!
「ゲ……ゲキッ!?」
「えっ!?」
コジョフーは両手を勢いよく打ち鳴らした。
乾いた音が鳴り響いたけれど、ナゲキの体に触れた訳じゃない。
でもその『攻撃』を受けて柔道ポケモンは一一転んでしまう。
やばい、完全に出鼻をくじかれた!

「『ねこだまし』だな。相手を必ずひるませ、行動を封じる」
「そんなのアリ!?」アキラは物知りだなあ!
「ポケモン界にタブーなんざねえよ。……もっとも、この技は最初の一回しか使えねえがな」
「どうして?」
「二度も油断するポケモンはいねえからだ」淡々と、お兄ちゃんは語る。「ナゲキだって、同じ手は食わねえだろ」

言われて視点を変えると…私のパートナーは即座に体制を立て直し、反撃に移ろうとしていた。
「ゲキイィ、」
「コジョッ! コジョー!」
それよりも早く、コジョフーの手がナゲキの頬を打つ!
「どうして!? 二連続で攻撃してる!?」
「んな訳ねえだろ。『ねこだまし』は先制をとる技で……今の『はたく』は単にコジョフーが素早かっただけさ」
どうやら武術ポケモンさんは、軽快さをウリにしたテクニック系らしい。

遅ればせながらナゲキの『ちきゅうなげ』がヒットし、コジョフーをふっ飛ばす。
けれど小さな体は空中ですぐに向きを変え、墜落どころか余裕の着地。
あれ…? 目が光ったような……?
「ゲキゲキー!」
何故か相手は何もして来ない。ナゲキ、チャンスだ!
「コジョ…!」
「ナゲィ!?」
突き出した柔道ポケモンの両腕は空振った。
ううん、コジョフーが腕の中で……消えた!?

「フウゥウー……」
いつの間にか、標的はあさっての方向に回避していた。
でもあんな、ナゲキの動きを把握したような動きなんて……、

「お兄ちゃん、あれもコジョフーの技?」
「決まってんだろ。『みきり』って奴さ。相手の攻撃を予測し、必ず回避する」
「そんなの、」
「アリさ。ただこっちも連続使用は出来ねえ。理由は…言わなくても分かるよな?」
二度もひっかかったりはしないから、か。

「ゲキッ!」
「コジョジョッ!」
肉弾を交える小柄な二匹。
ナゲキが全力で投げを打つべく襲いかかり、コジョフーは要所要所で特別回避を発動していた。
力押し対、ヒット&アウェイ。

「ますます…逃す訳にはいかないね。コジョフー……!」
あの子を捕まえる為に、私は何をすればいいか。
体力自体はナゲキが削っていってるけど……。
そうだ!

「ナゲキ! 『のしかかり』だ! コジョフーの動きを封じるんだよ!」
困った時の過去頼み! サクラさんと戦った記憶が蘇った。
『のしかかり』には相手ポケモンを『まひ』させり力がある。コジョフーの守りを打ち破るチャンス!
……なんだけど。

「ゲキゲキゲキイィ!」
「ナ…ナゲキ?」
私のパートナーは攻撃の手を緩めない。ただ目の前の敵を倒そうと必死だ。
「――って、それじゃ駄目じゃん!」
今度は危険信号が頭に響く。
「ナゲキ! そのポケモンは捕まえる予定なんだ! あんまりオイタしちゃ駄目!」
聞いていない。ナゲキは声を聞いてくれない。
「そのコジョフーは……私のオキニなんだよおぉ!」

「ふうん…なるほどね」
何がなるほどなのサヤちゃん!?
「アンタのナゲキがなついてないのは昨日見たけれど……よっぽど好戦的な性格が原因って事らしいわ」
「好戦的って…」それは薄々知ってたけど。
「ただひたすら強さを求めていて、立ちはだかる者は全員敵」
気性の荒さ……柔道ポケモンという分類にはそぐわない、攻撃性。
「だから、その敵が味方になるなんて考えは――微塵も持ってないんでしょうね」
「うっ……!!」
そういう事か!
ナゲキにとって、全てのバトルは相手を排除する為のもの。
私がコジョフーを捕まえたいとか、そんなのに従う気は全く無い…!

「えっと……サヤちゃん。このままだとコジョフーは…」
「間違いなく『ひんし』になるでしょうね」
強気さんは喋りも目つきも冷静でした。
「野生のポケモンは『ひんし』になれば、バトルを放棄して逃げ出すわ。モンスターボールも『ひんし』のポケモンは捕まえられない」
「……『ひんし』で動けなくなった所を捕まえる事は出来ないんだね」
「駆け出しトレーナーの誰もが突っ込む疑問よね。……そう、出来ないのよ」
「ひ、ひえ〜!」
トレーナーの通った草むらには戦闘不能のポケモンがゴロゴロ転がってるんじゃないかとか、それを捕まえれば手持ちコンプ楽じゃねとか思ってたんだけど! そっかー出来ないのか!

「どうしよう……」
ここぞという時にナゲキを戻してボールを投げるのは簡単だ。でもその場合、失敗したらコジョフーは逃げ出すかも知れない。
自分の体がボロボロって時に相手がいなくなれば、その場に止まる必要が無くなるから。
手持ちポケモンが出ている時に投げるのがきっとセオリーなんだろう。
でもナゲキは今自立行動状態でコジョフーをのしてて、このままじゃ確実に捕獲のチャンスを失って……!

「……あー、もうっ!」
どうすればいいのかなんて…考えたって分からないよ! 直球勝負だ! ごめん言ってみたかった!
「こうなったら――ヤケだっ!!」
リュックを下ろし、中からモンスターボールを取り出す。
そして、そう長くはないっぽい戦い中のニ匹に向け……構えた。

「エリ、お前まさか……」
「エリ……アンタ、」
その通りですよお二人さん!
「観察――だっ」
観察、観察、観察。
タイミングを見計らう。コジョフーの体力がいつ、ボールを投げていい時を迎えるか……見る。
ナゲキはよく頑張っているようだった。もう相手は『みきり』さえ使っていない。それだけ追い詰められているんだろう。
今投げるべきか、もう少し傷だらけになってから投げるか。
間違えたら武術ポケモンは倒され、機会を失うことになる。これは一種の賭け!
「ゲキッ……ゲキッ!」
「コジョオォオフー!」
「グゲッ! ゲ、ゲキイ!」
「コジョ!? ……フー、フー、コジョー!」
ボールは三個もあるからチャンスは三回一一そうは思えなかった。
失敗して、次のボールを投げようとする間にナゲキがとどめを刺すかも知れない。
だから、この一球に全力を込める。
観察、観察、観察……!

「ゲキーーーー!」
「コ…………ッ!?」
「一一今だぁっ!!」
攻撃を受けたコジョフーの呻きが限界をきたした悲鳴に聞こえた。
……ような気がしたので! ボールを投げつける!
私の手を離れたモンスターボールは、正確にコジョフーに命中した。第一関門クリア!
続けてコジョフーを内部に取り込み地面に落ちる。一瞬で脱出はされないようだ。第二関門クリア!
「来い、来い、来〜〜い!」
ボールが揺れている。武術ポケモンが抵抗している。
ボタンがあったら連打したい気分に駆られた。
お願い、破らないで……!
「お願い……っ!」

野生ポケモンを飲み込んだモンスターボールは。

沈黙した。

揺れなくなって、静止した。

「……お、お兄ちゃん」
「何だ?」
何故私の体は揺れているのでしょうか?
「何故モンスターボールの揺れが止まったのでしょうか?」
「そりゃあ、決まっているだろうが」
ポケモン研究員さんは、答える。

「コジョフーの捕獲が、成功したからだよ」
ナゲキがこっちを見ている。
あ、怒ってる怒ってる。何かこっちに近づいて来る。
でも私は、多分パートナーとは正反対の気分だった。
「――やったー! コジョフーを捕まえたぞ!」

そして、ナゲキのスローイングを受けた。
限界をきたした悲鳴が、お腹の底から漏れた。



◆◇◆



「コジョー!」
「可愛い可愛いかーわーいーいー!」
「コジョ……」
「あーん、可愛いよ〜!」
「コジョ〜」
「ぎゅうぅうっ☆」
コジョフーを抱きしめる。ナデナデする。
毛並みからは土と草の匂いがしたけれど、それも野生から卒業したての初々しさがあってGOO! でした。

「ったく……宿屋に帰ってからずっとそんな調子じゃない」
サヤちゃんが後ろから呆れボイスをかけてくる。
「別にいいじゃない。可愛いし初ゲットだし可愛いし。サヤちゃんも抱っこしてごらんよ、ほらほら」
「嫌よ。洗ってもいない野生ポケモンなんて。不潔だわ」
「ひどいなー。野性味あふれる感じがしていいと思うんだけど」
「……天然女が何言ってんだか」
「何か言った?」
「脳みそがおポケ畑の女の子には脳みそ筋肉がお似合いって言ったのよ」
さいですか。

「あ、そうだ!」
『ねこだまし』並みに手をパチーン。
「……何を思いついたのよ」
「コジョフーにプレゼントをあげよう! 私のフェイバリット旅のお供だよ!」
リュックの中を探す。キズぐすり、これは後だ。お財布。これも今は必要なし。歯ブラシ。これ違う。櫛。これじゃない。整髪料。どけ。
……あった、これだ!

「テレレレン! メリケンサック〜!」
金属で出来た、多分世界で一番シンプルな武器を右手にて掲げる。
コジョフーは興味深げな眼差しで見上げていた。サヤちゃんは目を点にして開いた口が塞がらない様子(なんで?)。
「コジョフーにはこれを譲渡します」
「待て待て待て待て!!」
いきなり強気っ娘さんが止めにきました。
「脳神経がどんな配列になってたら旅のお供にそれ加えるのよ! つうか何故そんなモン持ってるか!」
「? いざという時に自分の身を守る為だよ。お兄ちゃんとか」
「お兄ちゃんとかっ!?」
益々サヤちゃんは驚愕に顔面を逆巻かせる。
……え、あれ? 私何か変なこと言ったかな??

「うん。お兄ちゃんの戯れ言は時々すっごいイラっとするからね。そういう時にすぐ近くに人を殴れる物があると安心するでしょ?」
「……………」
「あはは、やだなあ。本当に殴る訳じゃないよ。ただ想像するだけ。ほら、例えば想像してごらんよ」
すっごいイラっとした時。
頭の中で、その人を殴打する様を思い浮かべる。
ついさっき自分をひどく不快にさせた相手は泣いて詫びながら、頭を庇って地面にうずくまる。
「はう〜♪」
「………………………」
そういうのを想像すると、スッキリするよね!
そしてそんな想像を……実際に人を殴れる道具を所持しながら行えば。
「………はう〜♪」
「…………………………………」
はっ、いけないいけない。つい陶酔してしまってました。
……あれ? サヤちゃん、何で10メートルぐらい引いてるの?

「………天然ドS………」
サヤちゃんは両目に漆黒の影を落とし、何事かを小声で呟いたのでした。
私には聞こえません。

「……エリ、悪い事は言わないわ。そのアイテムはアンタだけの装備品にしなさい」
「えー、ポケモンに持たせちゃ駄目?」
「ポケモン協会はメリケンサックをポケモン用アイテムとは認めてないわよ! そんなバイオレンスなポケモンバトルとか子供泣くわ! 『ゴツゴツメット』なら分かるけど!」
「は、はぁ…」
ゴツゴツメットがどんな道具かは知らないけど……NGですか。

「あ、そうだ。サヤちゃん要る?」
「要る訳ないでしょうが!」
「あ痛っ!」直下型ゲンコツ!
とまあ、そんな感じで。
私とサヤちゃんは帰還も早々に、また宿屋のロビーでダベっていたのでした。

「あれ? ところでお兄ちゃんは?」
「アキラならまだあの空き地よ。都市内部の草むらは盲点だったとか言って、フィールドワークするんですって」
「へー」
何十匹ものコジョフーと戯れてるのかな〜。

「じゃーそれまで私は手の中のコジョフーとハグハグしてよーっと!」
「コジョー!」
「はぁ…こんな調子で大丈夫なのかしらコイツ……」

「…………ゲキ」
「へ?」
「ゲキ…………」
沈んだ声に振り返った。
ナゲキが私を眺めていた。
「えっ……あれ? なんでボールから出てるの?」
「エリ、忘れたの?」
サヤちゃんは腕を組んで嘆息した。
「アンタ、コジョフーを捕獲した後にすぐボールから出して愛でてばかりで――ナゲキはほったらかしだったじゃない」
「あ……」
そういえば私、ナゲキをボールに戻した記憶が無い。
「だからアタシが連れてきてやったのよ。何かコイツ、草むらから離れたがらずに抵抗してたわ」
「え、えっと……」
嫌な汗がこめかみを伝う。
胸のときめきが急激に引いていった。

「あ、あはは! ごめんねナゲキ! コジョフーがあんまり可愛いかったから忘れてたって言うか……」
「…ゲキィ?」
「う……」
私の馬鹿! それじゃナゲキを無い者扱いしたみたいじゃない!

「えっと……ナ…ナゲキ」
「………」
柔道ポケモンはただ沈黙し、こちらを見定めているようだった。
何か私とコジョフーを交互に見てるような……目つきが尖ってきてるような……。
「ナゲキ……そ、そうだ! ナゲキも抱っこしてあげるよ! ほら、おいで。私の所に……」

「――ゲキイッ!」
柔道ポケモンは。
私のパートナーは、逃げ出した。
宿の玄関をブチ破り、外に飛び出す。
「ナゲキっ!?」
「うおっ!?」
同時に、破壊された扉の向こうから…聞き慣れた声。

「お兄ちゃん!?」
「おい……今のは何だ? ナゲキが器物損壊して外出かぁ?」
慌てた声ながらも落ち着いた足取りで…ううん、怒った足取りで踏み込んでくる。
「説明しろ! エリ!」
説明って、言われても。
「私にも分からないんだよ……お兄ちゃん」



◆◇◆



「嫉妬だな」
「えぇ…嫉妬ね」

お兄ちゃんとサヤちゃんの言い分は珍しく同じだった。
宿屋のご主人が戸を直している間でも、当事者(わたしたち)は現場でお喋りをし続ける。

「敵として戦ってた相手を主に奪われ、しかも自分以上に可愛がられる……あいつはその屈辱に耐えかねたんだな」
「アタシとしては意外だったけどね。アイツ、誰にも頼らないみたいな孤高オーラ出してたじゃない。なのに自分が注目から外れただけでスネるなんて…」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
長ったらしい会話な二人を私は遮る。

「だからって、何でみんなナゲキを探しにいかないのさ!」

ナゲキが逃げた直後――もちろん私は追おうとした。
けど止められたのだ。お兄ちゃんに。
そして何故だか、現状維持のままこんなシーンを続けている。

「さっきも言ったろうが、エリ」
噛んで含めるみたいな上から目線で、ポケモン研究員は言う。
「ナゲキの事は放っておけ。あいつはお前のポケモンなんだ。……腹が減ったら帰ってくるよ」

「………」
「あいつはどうあがいたって、人間の下でしか生きられねえさ」
「人間の……下」
「良くて庇護下、悪くて支配下だな」
お兄ちゃんの口調が上がって来た。
私には分かる…台詞に変な単語が増えてきた時、アキラはお喋りモードになるんだ。

「そもそもナゲキは、俺が見つけたポケモンなんだよ」
「見つけた? 仕入れたんじゃなくて?」
「ああ。クイネの森で見つけた。いつぞやの誰かさんと同じくな」
「……………」
「ま、プロロタウンで多様な野生ポケモンを見つけるにはあの森が一番だし、あそこはたびたび外来種がやって来る。それは不自然じゃねえ」
だが……と、お兄ちゃんは目線を遠くする。
「モンスターボールで捕獲できたからトレーナーは居ないんだろうが……ありゃあどう見ても訳アリなご様子だったぜ」
「どういう様子?」
「お前も知ってるだろ? あいつの気性の荒さをよ」
ナゲキの気性。
じゅうどうポケモンという分類ながら、それに反した攻撃性。
「仲間も無く…人間を見た途端敵意表明だ。何がしかの目に遭って森に逃げて来たのは明白だ」
「ちょっと待って、仲間って何?」
「あぁ悪い悪い。研究員でもない初心者トレーナーは知らなかったな」
いいから早く言えコノヤロウ。

「ナゲキはな、野生では群で暮らすポケモンなんだよ。四〜五匹で固まってな」
「群れ?」
「だが俺が見た時は一匹だ。仲間と喧嘩したのかとも思ったがそうじゃない。帯が違ってた」
「帯? あの帯のこと?」
「ナゲキ図鑑その2。野生のナゲキは、つる草を編んで作った帯を締める。……あいつは普通の黒帯だったろ?」
確かに……少し妙だ。
「仲間がいるはずのあの子は野生ポケモンではなくて、人工の帯を持っているのにトレーナーが居ない……」
「その癖人間になつかない。昨日の朝お前に話したよな? 研究所から逃げようとしたポケモンが居るって」
「えっ、ナゲキだったの!?」
「ああそうだ。俺が相棒のケーシィでカッコよく撃退したのは話した通りだからいいとして」
私の記憶にそんな音声は無いんですけど。

「あいつはしょっちゅう研究所で迷惑の元だったんだ。他の研究用ポケモンに喧嘩を売るわ備品を壊すわ……逃亡だって一度や二度じゃない」
「典型的な問題児って奴ね」
「……いい略し方を知ってやがるな、サヤ」
お兄ちゃんの言い方が冗長なだけだと思う。
とは言えサヤちゃんの言う通り……ナゲキは確かに、ただのポケモンじゃない。
強さとかじゃなく、その心が。
私はナゲキのトレーナーだ。パートナーを否定したりはしない。でも――気になりはする。
一体あの子に何があったのか。

「そういや、昨日の森での大騒動…あれもナゲキが逃げ出してから面倒事になったよな」
「あれは私が逃げてって言ったから……」
「だがあいつはお前からも逃げた。もしかしたらあの時、帰ってくる気は無かったのかも知れん」
「そんな事!」
「再会できたのは幸いだったと思うぜ」
「……っ」
ナゲキは私からも逃げたがっていた…?
そんな訳ない。だってナゲキは一度だけ――。
私に、近づいたんだ。
アキラ戦で逃げ出したナゲキを私が追って…研究所裏の森に入った時。
あの追いかけっこの後、私とナゲキは歩み寄れた。歩み寄れたと……思う。

「とにかく、そんなナゲキがコジョフーにヤキモチ焼いての逃亡だ。奴の気の小ささはこれでハッキリしたって訳だな」
「……アタシはアンタ達の事情なんか知らないけど。ま、問題のあるポケモンを無理に理解する必要は無いわよね。放っておくのも一つの手、か」
話が勝手に進んでいく。所有者をさしおいて。
それだけ私の意見が期待されてないって事だけどさ。ふんっ!
でも本当に…これでいいの?

ナゲキと私が離れ離れになったのは、数えてみればこれが四度目。
お兄ちゃんとの戦いで逃げられ、クイネの森で逃げられ、ネクシティに到着早々盗まれて……そして今。
だけど今回は少し違う。
ナゲキが自ら判断したのでも単なる私の不注意でもない。
私はナゲキを、傷つけてしまったんだ。
コジョフーばかりを見ていて、ナゲキの事をないがしろにしていた。
それが本当に、あの子が逃げ出した理由だって言うのなら。

「……………」
パートナーのことで頭が占められる。
私は立ち上がった。なるたけおもむろに歩く。
お兄ちゃんとサヤちゃんの反応を一一遅らせる為に。

「……ん? エリ?」
「ちょっとエリ………まさか」
「やっぱり行ってくるっ!!」
宿の主人様! ドアを開いたまま直しててくれてありがとう!
ナゲキと同じように、私は再び外に躍り出た。器物損壊はしなかったし、できなかった。



◆◇◆



「やっぱり行ってくる!!」
突然エリはそう叫び、開いていた玄関から駆け出した。
「エリ!」
続けて大声を出したのはサヤだが、意味はない。対象は既に外へ出た後。
「無茶よ……ミメシス地方最大の街なのよ? どこに居るのかも分からないのに……」
「……つくづく突飛な妹だぜ」
溜め息混じりにアキラが呟く。サヤ程には困惑していない。

「随分と冷静ね。兄の威厳が成せる技かしら?」
「エリのイレギュラーっぷりは、奴が今以上のガキだった頃から散々見てるからな」
エリは要領が悪く、トレーナーになる前から様々な失敗をしてきた。
しかしそれ以上に本人が自発的に行動した結果のトラブルも多く、保護者たるアキラとしてはそちらの方が厄介だった。

「だったら早く追うべきじゃないの?」
「問題はねえだろ。ここがクイネの森だったら慌てもしたが…ネクシティ、大都会だ。人外の脅威に晒されることもない」
勿論『このままエリがナゲキを見つけられず終いになれば、彼女の旅における意欲を大いに削れる』という打算も彼にはあったが、それを口にする事は無い。
故にサヤも、相手の発言のみを拾って返事する。

「そうかしら……アンタは知らないの? 『タムロ・ストリート』の事を」
「あん? 聞いた事はあるな。不良トレーナーの溜まり場だっけか」
「そうよ。お金渡したら何でもやりかねない、いかがわしい連中の場所。あそこにナゲキが行ったら」
「……お前、ネクシティの住人でもねえのに詳しいな」
「アタシがここに来ての下調べで見つけたのは、あの空き地だけじゃないのよ」
アタシはたどり着いた街のマップはよく見る派なの――そうサヤは嘯く。

「で、どうするのよ」
「………、いや。やはり問題はねえさ」
妹の安否を一瞬考えるも、そもそも自分の目的がエリに現実を見せつけることなのだと思い出し、アキラは放置を決め込む。
性悪兄貴の面目躍如だ。
それにタムロ・ストリート――ネクシティの一角にあるスラム地区は、そこまで危険な場所でもないとアキラは知っている。テレビやラジオが伝えるそこでの事件は大抵喧嘩や窃盗に止まり、強盗も誘拐も聞かれない。
「あいつは見かけほどガキでもねえ。……賞賛じゃねえぞ? むしろ性悪だ。エリはある意味、この俺以上にタチが悪いんだ」
「……ああ、そう。そうかもね」
サヤの脳裏でメリケンサックがチラつく。
「昔ほどのコミュ障じゃねえし、悪党にのされるこたぁねえだろ。何よりあいつにはコジョフーが……」
そんな風に、妹をけなしているのか擁護しているのか分からなくなりながら――。

アキラは目の前のコジョフーを見やりつつ、そう言った。

「………」
「………」
「コジョ?」
沈黙は2秒。
直後、二人は別々の方へ頭を向ける。
「アキラ! エリのリュックが床に!!」
コジョフーにプレゼントを渡そうとした時に置かれたままになっていた。
「ぐっ……もうここから遠くに行っちまったよな………!」
保護者の視線の先には――チェックインしてから賑やか過ぎだなお前達とでも言いたげな宿の主人が、ドアを直しているだけ。
前提も状況も全て変わった。
会話にかまけて小動物を無視していたばかりに。

「エリの奴……ポケモンも連れずに街に出やがった!」



◆◇◆



「確かタムロ・ストリートとかいう物騒な通りがあるんだけど……あそこには行かなくてもいいよね」
ナゲキがそんな場所でグレてるとも思えない。
不穏当な展開を予感させるフラグは、へし折っといてナンボの物です。
「と言う訳で来てみたんだけど……」
現在地は二度目の空き地さん。
柔道ポケモンの姿を求めてやみくもに駆けてきたけれど――行き着く場所はここしか無い。
でも、やっぱり。

「居ないよね……」
草むらは静まり返っている。
格闘家の怒号や、肉弾戦の音も聞こえない。
「ううん……聞こえないだけだ。隠れてるだけかも…!」
草の海に突入する。
空き地の向こうには、クイネの森の木々が並んでいた。
もしかしたら木の間に隠れて、ナゲキがこちらを見てるかも知れない。そんな期待がよぎる。
だから自然と、私の目は草むらの中よりも……目線の先にある森へ向いていた。

それが間違いだった。

「グルルル……」
凄みの聞いた低い音。
前ばかり向いて歩いていた私の背中に、それは不気味な響きでまとわりつく。
「え――え」
周りを見る……背筋が凍った。

「デルルルル……」
「ビルルルル……」
「ヘルルルル……」
ポケモンの群れがいつの間にか、私を360度から囲んでいた。
コジョフーとは全然違う、敵意全開な凶悪目線。
真っ黒な毛皮、剥き出しの瞳、真紅の炎をちらつかせた口。

「えっと……」
これと似た感じの光景に、つい最近私は出くわしたような……。
いやいや一一何ともないぞ! こんな情景。

「何故なら私には……ポケモンが居るから!」
リュックに装着されたベルトに手を伸ばす!
「って――うわあぁああ! リュックが無いっ!?」
そうだ! メリケンサック御披露目の時に床に置いたままだった!
コジョフーが…今唯一のポケモンが、宿屋に置き去りに!

「グルルル………ッ!」
「いや、あの一一」
野生ポケモン達がじりじりと距離を詰める。
ああ…私はやっぱり駄目トレーナーだ。バチュル&デンチュラに囲まれた時の二の舞になってしまうなんて。
あの時はたまたま大木が倒れてきたんで助かったけれど……。
「やだ……。な――なかよくしよ、ね…?」
声が震える。致命的大ピンチ。
ポケモン達の黒い体がそのまま闇に変わって、私を飲み込むような気さえする。
駄目だ駄目だ! 怖がるなエリっ!
森の時は運良く…本当に運良くお兄ちゃんが来てくれて助かった。今度は街中だし、お兄ちゃんやサヤちゃんも私がここに居るんじゃないかって探しに来るはず!
……問題はそれまでどうするか。
周りの野生さん達は今にも飛びかかりそうだ。多分チョイ悪系なんだろう。
悪に勝るは正義の拳。だからかくとうタイプはあくタイプに強いってアキラは言ってたっけ――いやそれは今関係ない! 頭の中がゴチャゴチャしている!

「デルガー……!」
「ビルガー……!」
「ひいっ」
どうすれば時間を稼げるの!?
周りは完全に包囲されている。その包囲網もどんどん狭まっていた。逃げる事は出来ない。
けどそれじゃあ……自分の身を守る方法なんて、一つしか無い!

「…………」
足元を見渡して――そばに落ちていた大ぶりの石を取った。
ポケモンを傷つけたくなんか無い。
バトルならそれは受け入れられるけど、人間である私が攻撃するなんて………嫌だ。
他に石は落ちていなかった。相手は何匹も居る。投げては使えない。
なら……手からみ出す大きさを持ったこの石の使い道は、
「そんな――できないよ。そんなひどい事……!」
カントー地方のサファリゾーンという場所では、ポケモン捕獲の手段として石を投げる戦術があるらしい。けどそれはポケモンを怒らせるだけの無害な小石だ。
こんな石、投げたら怪我させちゃう。まして今頭に浮かんだ使い方をしたら……!
「……み、みんなお願い! 攻撃してこないで! でないと私、この石でみんなを……」
ポケモンを石で殴るなんて私には出来ない。
メリケンサックを実際に使って兄を殴れはしないように。
でもやらなきゃやられる。目の前の凶悪なポケモン達はやる気満々だし…!

「ヘルルルルル――ガアァアアアァアッ!!」

「………っ!」
ごめんなさいっ!!
体中を恐怖が貫いた。目を瞑る。
体が反射的に、石を持つ手を振り下ろす――!


『やめろエリ。目を覚ませ』


「…………ルガァ!?」
耳に響いた漆黒さんの唸り。
けれど何故か…それが遠くから聞こえた気がして、私は目を開いた。
「――え? あれ!?」
襲って来たポケモン達が―――みんな消えてる!?
いや違う……!

「デ……ル……?」
「ビルルァッ!?」
黒の野生グループは、私から少し離れた所に固まって……輪を作っていた。
輪っかの中心には何も無い。

「ま、待って? まさか…」
ポケモン集団が遠ざかったんじゃなくて。
「私が……避けたの?」
あそこから、ここまで?



◆◇◆



「………ゲキ!?」
宿屋を飛び出したナゲキの行き先をあえて先に言わせてもらうと……何のことは無い。エリの予想通り、空き地だった。
柔道ポケモンはその端から行けるクイネの森の木陰に身を潜め、野生ポケモンに囲まれるエリを見ていたのである。
ナゲキにとってエリは信頼を置けない人間だ。しかし彼女は自身に執着を寄せている。
故に迷っていたのだ。出て行って助けるべきかどうかを。
助ければ自分はまた連れ戻されてしまうだろう。逃亡を企てた身としてそれは不合理であり、そしてこの格闘ポケモンにとっては屈辱だった。
ナゲキがエリを見捨てきれずに現場に留まっている辺りには、出会った頃を上回る心境の変化が伺えるが……。
ともかく、ナゲキはずっと見ていた。
だから、エリが漆黒のポケモンに襲われた直後に起きた事も――しっかりと目撃していた。

結論から言うと、エリがとったのは回避行動である。
飛びかかる敵にエリは石で対抗しようとしたが、直後何故か彼女はその腕を緩め。
その一撃を紙一重でかわした後、包囲する軍勢を跳躍にて飛び越し、離れたのだった。
エリは呆然としている。その場に居る全てのポケモンがどよめく。
言うまでもなく不可解な事態だ。エリは自分がそんな芸等を成し遂げた事に気付かなかった。つまりは無意識に回避したという事。
更に野生ポケモン達が回避した後でその行為を認識したのも疑問である。よほど素早く動かなければ、飛び越える前に気づかれてしまうだろう。俊敏性は相手の方が上だった。

一体いかなる力が働いて、エリは自身思考よりも早く攻撃をかわし、輪から脱出したのか。

エリもナゲキも、答えは知らない。分からなかった。



◆◇◆



「……あ、ありのまま、」
って、そんな場合じゃない。
何が起きたの? 追い詰められて私の隠されたパワーが開花したとか? そんな厨ニ病な。
でもそれ位しか考えられない。火事場のバカ何とかってのもあるし。人間は元気になれば以前に、ピンチになれば何でも出来る。
って言うかそれ以前に……ポケモンに襲われた瞬間、何か声が聞こえたような。
まるで頭の中に響いてきた、みたいな。
「あはは――まっさかぁ」
それこそアレな話だ。

「―――へルルルル!」
「どひゃあっ!?」
すいません忘れてました皆様!

またも敵意を燃やす黒ポケさん達。
でも状況が変わった。さっきは私を取り囲んでいたけど、今は全員前方に固まっている。
また配置につかれる前に……!

「……私は逃げ出したっ!!」
全力で背中を向けて走る!
「デルルル!」
「ビルビルガー!」
「ヘールルルルゥ!」
草村を疾走! 柵が近付く。あれを飛び越えさえすれば……!

「ヘルルル―――ボワアァアアアーーーッ!!」
「きゃあっ!」
熱い――っ!
思いっきりすっ転んでしまう。
見ると、ふくらはぎの辺りが軽く焼けていた。「うぐっ…!」熱と痛みがほとばしる。
立ち上がれない程じゃない。すぐに走ろうとするも…駄目だ、追いつかれる!

「コジョーーーー!」
その時。
私の頭上を飛び越して、小さな影が地面に降りた。
「コジョフー!」
野生のじゃない。怖い軍団に両手を広げて立ちはだかる様子……私のポケモン!

「……お前は何度同じ失敗を繰り返すんだ」
「間に合ったようね」
「お兄ちゃん! サヤちゃん!」
「一日一回、俺をピンチに駆けつけるヒーローになれってか? 冗談じゃないぜ。お前はどこのヒロインだよ」
「愚痴ってるヒマは無いわよ、アキラ。さあコジョフー! そいつらをブチのめしなさい!!」
「コジョッ!」
武術ポケモンが戦場を舞う。立ち向かう炎ポケモン達。
「コジョフー! 『おうふくビンタ』よ!」
「コジョジョ!」
「デルビッ…!」
一番に飛びかかった小さい漆黒さんは平手打ちに叩きのめされてふっ飛んだ。
「アタシ達も行くわよ!」
「言われなくても分かってらぁ!」
「出てきて! チョロネコ!」
「行けっ! ミジュマル!」
続けざまに加勢する味方。
野生ポケモン達は一瞬どよめいたけど、すぐに敵意の眼差しを取り戻して迎え打つ。
「ミジュマル! 『みずあそび』を使え!」
「ミジュプフーーッ!」
お兄ちゃんのラッコポケモンが空に水を吹いた。細やかな飛沫が辺りに降り注ぐ。
「デ…デルル……!」
「ビルルガッ…」
「これで炎の威力は弱まるぜ!」
「こっちも行くわ! チョロネコ、『みだれひっかき』!」
「チョロニャッ!」
「デビイッ!」
猫さんの爪が手近な野生ポケモンを捕らえ、ひっかきまわす。
「デルルガアッ!」
「『すなかけ』よ!」
別の方から走ってきたポケモンの目を塞ぐチョロネコ。相手は攻撃を外して見事に転んだ。

野生集団は一斉にたじろいだ。炎を奪われ、近づけば反撃される状況だもんね……。
「何匹か逃げていったけど、まだやる気みたいね」
「……多分、あいつが親玉だ」
お兄ちゃんはそう言って、軍団の一匹を指差す。私に炎を吐いた、ひときわ大きな黒いポケモンだ。
ボスポケモンは大きく唸り――いきなり大口を開けて飛びかかった!

「ヘルルグァーー!」
「コジョッ……!」
「コジョフー! 『みきり』!」
考えるより先に口が動いてた。
私の命令に、素早い武術家は流れるように反応する。
コジョフーは相手の攻撃を回避し、直後に跳躍して距離を開けた。
「ガァーーッ!」
大黒ポケモンは諦めない。更に追撃をかける!

「コジョーー!」
それを撃墜するのもまた、格闘ポケモンの力だった。
コジョフーは両手を相手にあてる。そして、
「ル……ガッ!?」
「……えっ?」
それだけで、ボスポケモンは遠くに吹っ飛んでいった。
地面に叩きつけられ、呻き声と共にぐったりと動かなくなる。
……何が起きたの? 突き飛ばした?
違う。さっき一瞬だけ見えた。手を中心に野生ポケモンの毛並みが波紋みたく震えて、その直後に身体が飛んだのを。

「い、今のは?」
「『はっけい』だな。相手に衝撃波を浴びせて攻撃する格闘の技だ」
お兄ちゃんはノックダウンした野生の親玉を冷静に眺めている。
「速攻な幕切れだったな」

代表が負けたからか、小さな黒ポケモン達は一斉に震え出して……逃げていった。
空き地の向こう側、クイネの森の木々が覗く暗闇へ駆け込んでいく。

「あのポケモン達よ。昨日アタシが此処で遭ったのは」
「俺もさっきのフィールドワークで見かけたぜ。ダークポケモンのデルビル。デカいのはヘルガーだな」
二人はそれぞれのパートナーをボールに戻す。

「どうやらこの草村は、かくとうタイプとあくタイプが勢力争いをしていたらしい。クイネの森に隣接する地域ではよくある事だ。森を追い出された奴が周辺に生息するポケモンと争う」
「……陣取り合戦なんだね」
「それが野生ってもんだよ」
デルビル達がみんな森へ消えていく。……多分あの子達が森を追われた側なのかな。
って事は、コジョフーはこの草むらの先住民だったって事なのかも知れない。

「…ゲキッ!」
「ギャンッ!」
ふいに群れの一匹が、森に飛び込んだ瞬間に弾き返されて倒れた。そこから別のポケモンが「ナ、ナゲキっ!」歩いてくる。

「ナゲキー! 会いたかったよ〜!」
抱きしめてほっぺたスリスリ。
意外なのかそうでないのか、ぶっ飛ばされたりはしませんでした。

「……臆病者」
静かな怒り声が飛んで来た。
サヤちゃんが怖い面構えで睨んでいた。
「サヤちゃん?」
「アンタも分かったでしょ? こんなタイミングでナゲキが現れるなんておかしいわ。アタシ達が戦ってる間、コイツは遠巻きに眺めていたのよ。……多分アンタが襲われている間もね」
「え………」
ナゲキを見る。罰が悪そうに目を逸らされた。

「ポケモンへの嫉妬でトレーナーの元から逃げ出して、トレーナー本人を助けないなんて…いくらなんでも度が過ぎてるわよ。しかもそれでいて、こうやってスゴスゴ戻って来て甘えている一一中途半端な子供みたい」
「そ、それはいくらなんでも、」
「アタシ、そういう奴が嫌いなのよ」
サヤちゃんはかなりご立腹なようだった。
……そりゃあ私も、今までとは違う状況でナゲキに逃げられてショックだったけどさ。でも怒っちゃいないのに。戻ってきてくれたんだから。

「自分の思い通りにいかないからって、嫌がらせみたいな真似をして……そんな事で目的が達成されると思ってる。アタシはそういう考え方大嫌い」
そう吐き捨てて、近付いてくる。
「おいサヤ、落ち着けよ」
お兄ちゃんが止めにかかる。……何故かそっちも罰が悪そうな顔だった。
「ナ、ナゲキ。とりあえず宿に帰ろう。それからお話すればいいよね」
「ゲキッ!」
ナゲキは首を横に振る。
「ナゲキ……?」
「帰りたくないみたいね……やっぱり自己中よ」
強気な女の子は、今や眉根を激しくしわ寄せして――ナゲキの腕を掴む。

「甘えないで! 何があったか知らないけど、アンタは人間の世界に生きているのよ! 孤立したくなかったら他人の言う事を聞きなさい!」
そう言って、ナゲキの腕を引っ張る。
けれどそこは格闘ポケモン。その体は微動だにしない。
「サ、サヤちゃん落ち着いて」
流石に見てられない。私にとってはサヤちゃんの態度の方が問題だ。
根拠は無いけど……そんな言い方は逆効果な気がする。
「わ、私のポケモンなんだし、そんなに気を揉まなくてもさ」
「アタシが気に入らないの! ……て言うかアンタも甘いわ。ナゲキがアンタを攻撃したりするのも厳しくしないからじゃないの?」
「それは……」
「サヤの言う通りだな」
今度は加勢してくるアキラ。
「一度そいつは価値観を正してやった方が懸命だろう。いい機会だ。ここは説教のターンだぜ」
「……それはポケモン研究員としての見解なの?」
「一個人としてだ。…研究者としては、こんな問題児には遭った事無かったんでな」
ニ対一。ナゲキを叱る方向で話は進んでいる。
ナゲキ逃亡直後と同じ、トレーナーたる私を置いていく展開だった。

私は反論できない。こういうメンタル云々の話になると、途端に何も言えなくなる。
ポケモンの心も――人の心も、私にはよく分からないから。
「ナゲキ! ほら、せめてエリに頭下げなさいよ!」
「ここは従っとけよナゲキ。……自ら戻って来た所だけは成長だが、まだ解しが足りないな」
多分…今のナゲキに対する反応は、お兄ちゃんやサヤちゃんみたいなのが正しいんだろう。
ナゲキに逃げられて、ちっとも怒りが湧いて来ないのは――私がポケモンを知らないからなのか。

だけど。
私は考える。……散々馬鹿だ言われて来た頭で。

何か違和感があった。
二人がこのままナゲキを叱るのは間違っている気がする。
甘いとかじゃない。何か……何か二人とも、間違った答えに取り付かれているって言うか……。
思い出す――困った時の、過去頼み。
そもそもナゲキはどうして私になつかないのか。何故人間になつかないのか。
好戦的で、気は短いけど力持ちで。言う事を聞かず。
でも丸っきり無視したりもしない…私のパートナーポケモン――。

「……ねえ、二人とも」
私も、サヤちゃんを見習うことにした。
思った事を素直に口にしてみよう。
話をする為に。

「今度は何よ?」
「あん? 止めても無駄だぜ、エリ」
私なりの考えで――ナゲキの弁護をする為に。

「ナゲキは本当に、嫉妬で逃げ出したのかな?」

「あん?」
「はぁ?」
予想通り、真っ白けな目で睨まれました。

「おいエリ、そりゃどういう意味だ?」
「態度から見たって、ナゲキがコジョフーに嫉妬してたのは明白でしょ。馬鹿じゅないの?」
「そりゃあそうだけどさ」私が馬鹿だって事も含めてね……。
けど言ってしまったからには、こちらも折れる訳にはいかない。

「私は違うと思うんだよ」
「……何でだよ」
「まずさ、ナゲキは私に懐いていない訳だよね。その理由は、私の事を信用していないから」
「そうね。当たり前じゃない」
お兄ちゃんとサヤちゃんが代わる代わる返答してくる。……私は負けない。
そして、言った。

「私に期待してない子が、私からの評価を気にすると思う?」

最初の違和感は、それだった。
嫉妬っていうのは、自分が受けたい評価を誰かが受けてる時に抱く物。

「私に誉められたいなんて――ナゲキが思ったりするのかな?」
お相手二人は、怪訝そうな顔のまま沈黙した。

「ナゲキは確かに、他のポケモンとは違う振る舞いしてるとは思うよ。けどその行動そのものは……純粋、なんじゃない?」
「純粋?」
「自分の伝えたい事はしっかり伝えたいって事。サヤちゃんもそうじゃない?」
「アタシはナゲキみたいな乱暴者じゃないわよ」
ソーカナー?
……まあそれはともかく。

これまで私は、色々とナゲキに抵抗されてきた。
抱きしめようとすると投げられたりパンチられたりするし、とにかくスキンシップには真っ向からそっぽを向く一一それが私のナゲキ。
それは裏を返せば、私への不信や嫌悪を素直にぶつけてくるという事。

「ナゲキがコジョフーに嫉妬してたんなら、あのロビーでの一件で攻撃の一つでもしてたはずなんだよ」
「……まあナゲキはあの時、敵をお前に奪われた訳だからな。コジョフーかお前をどつきまくってもおかしくねえ」
「つまりエリ、アンタはこう言いたい訳? ナゲキはキレたらすぐ攻撃する。だから逃げたのは変だって」
「その通りです」

ナゲキはコジョフーに嫉妬なんてしていない。
自分以外のポケモンを私が可愛がってるからって、逃げる事で反抗なんかしないんだ。
そもそもナゲキは私の可愛がり(暴力的じゃない方)を受け入れていなかったしね。

「でも……それじゃあ何で逃げたのよ?」
「ああ。説明してもらおうじゃねえか、脳みそドガース妹よ」
後で兄を妄想の中にて殴ろう。

「それはね、」
「「……それは?」」
「それは………」
「「それは………」」
私は大きく息を吸って、

「分からない!」
「「やっぱりな!!」」
珍しいね。サヤちゃんとお兄ちゃんのハモり。

「……ったく、それじゃ話が解決しないだろうがよ」
「はぁ……アンタって本当にノータリンね」
「散々な言い分ですな………」
「事実じゃねえか」
「でもね」
私は言う。もう一匹の仲間を差し示しながら。
「確かめる方法は、あるんだ」

そして…ナゲキに対峙した。

「ちょ、ちょっとアンタ、」
「エリ……お前、まさか」
「うん、ナゲキと戦うつもりだよ」

私を警戒している柔道ポケモンが何を伝えたいのかは分からない。
そして私が仲良くしようと言っても、ナゲキにそれは伝わらないだろう。

なら――お互いの想いをぶつけ合えば。
戦って、争い合って。それで見つかるものもある。
ポケモンの傷を恐れていた時……私はサクラさんにそれを教わったんだ。

「ナゲキ」
「ゲ…ゲキッ?」
「ここに、貴方の『敵』が居るよ」
貴方が全力で叩き伏せようとしながら、決着をつけられなかった相手が居る。
「……ゲキ……!」
「私は今から、この敵の味方をする! どうするナゲキ! 闘うのか、逃げるのか!」

ナゲキが逃げた原因は十中八九こちらにある。…私はそう思っている。
だからこそ、私は開き直る。
相棒から、想いを引き出す為に。

「…驚いたわ。聞いた事の無い話よ……」
「全くだ。自分のポケモン同士を戦わせるなんてな」
これは貴方の受け売りですよ――茶番癖のアキラ。
私は外野に黙ってもらうべく、口を紡ぐ。

「へえ……聞いた事無いんだ。ポケモントレーナーなら誰でも思いつきそうなのに」
「「……!」」
「ま、駆け出しのトレーナーなら誰もがツッコム所なんだろうけどさ」
自分の手持ち同士を戦わせれば――簡単にレベルアップ出来るんじゃないかってね!

「ナゲキ! 私達は分かり合わなきゃいけない! もっと高い所(レベル)へ至る為に……全部の気持ちをさらけ出そう!」
コジョフーは両腕を掲げて、『構え』の姿勢をとった。
相手のポケモンも、混じりっ気の無い敵意を表す。
「――コジョフー! ナゲキを倒すんだっ!」
そして渦巻く気持ちを……知るっ!

「ゲキイィッ!」
ナゲキが四肢を振り上げて飛びかかってきた。
けれど、素早さはこちらが上。

「コジョフー、『ねこだまし』!」
「コジョジョジョ!」
初戦のパクリじゃあるけれど!
武術ポケモンは、再びナゲキを罠にはめる!
「ゲギ! ッ!」
眼前で打ち鳴らされた掌に……転んでダメージ!

「ゲキイィイイ〜〜!」
肩を震わせてナゲキは吠えた。
うん、分かるよ一一二度も引っかかって腹が立ってるんだね。
その気持ちで立ち向かって欲しい。

「コジョフー、『みきり』だよ!」
血気盛んな相手ポケモンの攻撃は、またしても不発に終わった。
「フーフー!」
「ゲキッ…ギギギギギギ!」
投げ技を見切り、あらぬ方向へ逃れたコジョフーへ憤るナゲキ。
二回連続で使えない技……これにて終了っ!

「ええとっ……お、『おうふくビンタ』っ!」
「コジョー!」
コジョフーはナゲキよりも『すばやさ』が高い。
だからこれで事実上、三回連続の先制攻撃!
私のポケモンは、軽快に相手をはたき倒した。
痛みに痛みを重ねられて、ナゲキは倒れ込む。

「――ナゲキゲキ〜!」
それでも相手は、立ち上がった。
来て…ナゲキ……!
「ゲキイィイッ!」

柔道ポケモンはコジョフーに掴みかかり、密着したまま前に転がり始めた。
これは……、
「『ちきゅうなげ』……!」
回転が一番早くなった所で手を離すナゲキ。
小さな格闘ポケモンはもの凄い速さで飛んで――地面に突き刺さる。

「コジョフー、しっかり!」
「モゴゴゴ…コフーッ……!」
コジョフーはすぐさま顔を出した。

「受け身の技があるのに進んで攻撃技をしかける――ナゲキ、やる気だね」
「……ゲキィー!」
ナゲキは両の拳を握り締め、やにわに全身を震わせ始めた。
何だろう……これも何かの技?
「そうだ……『がまん』か!」
直感の赴くままに、コジョフーへ次の命令をした。

「コジョフー、もう一度『みきり』!」
「コジョ!」
『がまん』はお兄ちゃんとの初めてのポケモンバトルで見た事がある。……どうやら攻撃するとまずい技であるらしい。

「ゲキイィ……!」
「やっぱり!」
ナゲキは攻撃して来ない。これこそ『がまん』の特徴だ。

「……ふん。1ターン無駄にしたな」
「お兄ちゃんは黙ってて」
「しかしまあ……お前の言う拙い推理の説得力は出てきたようだ。そうだろ、サヤ」
アキラはサヤちゃんに目配せをした。いつも強気な目をした女の子は、戸惑った顔つきで頷く。

「そうね。ナゲキの奴……戦いに全力を傾けているわ」
そう言った瞬間、ナゲキが攻撃を繰り出して来た。既に『みきり』を解いていたコジョフーは防げずに殴り飛ばされる。
「……あれ?」
何か――違和感が頭をよぎった。
けれど考える前に、サヤちゃんの声が耳を突いた。
「嫉妬から来る攻撃性なら、少なからず行動にムラが生じるのに……ナゲキは目の前の敵を倒す事しか考えてない」
「サヤちゃん、そんな事が分かるの?」
「馬鹿にしないで。アタシだってそれなりにバトルを積み重ねて来たトレーナーよ」
戦ってるポケモンの感情位、アタシは即座に汲み取れるわ――サヤちゃんはそう言った。
私とは逆の考え方だった。

「ゲキイィ!」
「あっ、コジョフー!」
「コジョッ!」
ナゲキが更に追撃してくる。
でもそこは素早さの高いコジョフー。また何もしない内に叩かれたくないと、袖型の腕で迎撃する!
「ナイス『おうふくビンタ』!」
命令できなかった攻撃を自分から出してくれてありがとう!

「ゲキッ――!」
「フウゥーーッ!」
互いに力を出し切ってのバトル。
勝ち負け以外の思いなんて無い、ただ相手の打倒を願うだけの……にじみ出る闘志。

「……ねぇエリ、アンタはどう思うのよ」
「どうって?」
「ナゲキが嫉妬とか、そんな小さな感情に左右されない奴って事は分かったわ。けどそれじゃあ……」
「うん…そうだよね」
あの時、私から逃げ出したのは何故なのか。

「何だかんだ言って…ナゲキはアンタを嫌いながらも、結局は戻って来るのよね。アンタ側には原因は無い――のかしら」
「『言うことを信じない』っていうのが、ナゲキの私への抵抗だもんね」
「分からないわ……あの時コジョフーとの決着が付けられなかったのを不服に思ったとか?」
「それなら私をメタメタにするんじゃない?」自分で言っててアレだけど。
「見つけたのはこの草むら……野生ポケモンのスポット…」
「うん」
「ポケモンのゲットでバトルが中止になったから、自分で狩りに出かけたかったのかしら」
「あはは、狩りってサヤちゃん」
「分からないわよ。ナゲキが好戦的なのは間違いないし、」
私のスマイルはぐらかしを、あくまでサヤちゃんはサラリと流す。
「アイツはいかにも、自分の戦いの為だけに生きてそうな奴じゃない」
ですよねーと、その言葉に禿上がるほど同意しようとした。

その瞬間だった。

「――――」
え?
あれ?
サヤちゃんの台詞が頭の中で反響し出し、一つのメッセージに、変わる。
「…………!」

いやいや…待って。プリーズウェイトプリーズウェイト。
「そ、」

そういう事―――なの?

私に……ううん、人間になつかないナゲキ。
お兄ちゃんとの善勝バトルを蹴り、森に行こうとした私の相棒。
柔道ポケモンと分類されながら、自ら敵意をむき出しにする行為。
ケンホロウから逃げるよう告げた時に私の所へ戻らず、見つけた時に野生ポケと戦っていた理由。

何かが光を帯びて繋がっていく。
そしてそれは最後に――大きな壁にぶつかって消えた。
その壁を壊すことは、今の私には出来そうにない。
だけどこれで……今私の頭に浮かんだ考えが正しければ。
一応の答えが、導き出せる!

「……おいエリ、バトルに目ェ向けろ!」
「え? あ、」
はっとして場外の支持者に従う……うわっ! ナゲキの攻撃だ!

「ゲキイィイイーー!」
ナゲキはコジョフーに向けて拳を突撃させる所だった。
岩をも粉砕する勢い……これは『いわくだき』!

「ゴジョホーー!」
そして。
コジョフーは、予想外に飛ばされた。
パンチが叩き込まれた瞬間、その体はロケットもかくやの勢いで宙を舞い、遠く離れた地面に墜落する。
さっきと同じ……ううん、それ以上の激しさを伴って――半身が土にめり込むのが見えた。

「って、えっ!?」
それこそプリーズウェイトだよ!

「あれ…あの、お兄ちゃんさん」
『いわくだき』って、あんな強力な攻撃だったっけ?
コジョフーがチマっこい体躯なのを差し引いても、今のナゲキのパワーはかなりヤバげな響きがありましたような。
もしかして、今のは『いわくだき』じゃない?
いや違う。最初のアキラ戦で見て、パパが解説してくれた技と同じ見た目だ……ああもう。やり辛いな。
トレーナーの命令を伴わずにポケモンが発した技に関しては、こちらも見極めが大変だよっ。

「ナゲキっていつの間に、レベルアップしたのでせうか」
「あん?」
「『いわくだき』はこんなスマッシュ技並みの威力無かったでしょ!」
私が駄目トレーナーなせいで、ナゲキはロクなバトルを積んでない。ミニスカートさんに負け、野生のケンホロウにブチのめされ――散々な有り様だ。
そう思っていたけど、まさかナゲキがここまで強化されていたなんて……、

「いいや、それは勘違いだな」
けんきゅういん(♂)は腕を組みつつ頭を振る。

「お前はナゲキをそこまで強く育てたのかよ?」
「いや、それは…」
「訊くまでもなく答えはNOだな」
こっちの返事をぶった切って会話を続けて下さる兄貴。
「最早トレーナーの道にしがみつくしかない人間の底辺たるお前が、お仲間を短期間で育てられるはずがねえ」
「わかってるよそんな事はっ!」
こちとら貴方様を殴り倒す妄想を秘め続ける駄目乙女たい!!
くそう、これは本気でコヤツを弱らせなけりゃならないんじゃないんですか? 何か弱みを握れませんかね?
そんな風に、フツフツと怒りがこみ上げてくる中で……最悪の兄は眉一つ動かさずに口だけを稼働させるのでした。

「今の攻撃は単純に、お前の『運』が悪かっただけさ」
「運って……」
「『きゅうしょにあたった』」
アキラは棒読み風に言った。
「ポケモンは時折、相手の『きゅうしょ』に技を当てる事がある。それは莫大なダメージを生み出し、一気にその体力を奪うのさ」
「急所……」
いわゆる、『かいしんのいちげき』みたいな?
「ポケモンの急所が何処なのかほとんど解明されてない以上、急所を突くのはごく稀なイベントではあるがな……」
つまり私はそのレアイベントに巻き込まれたと?

「コ……ジョ」
コジョフーはまだやられてはいなかった。再び地中から復活し、ナゲキに向けて勢いよく走っていく。

「コジョフー、『はっけい』!」
すかさず命令。この機を逃す訳にはいかない!
「コジョハァーーッ!!」
片手を押し付け――0距離衝撃波!
柔道ポケモンの体がくの字に折れ曲がる。
「やったかっ!?」

「ゲキィィ!」
……やってませんでした。
体力を残したらしいナゲキは、すぐさま体制を立て直した。
そしてコジョフーの真上に飛び乗り、全体重を込めて押し潰す。

「の……『のしかかり』っ!」
何の技か気付いた所で、意味は無かった。

地面に亀裂が走った。
そして爆発みたいな轟音が轟き、私のニ匹のポケモンはクレーターを作って沈む。

壮絶な決着。
武術ポケモンは成す術もなく、最大の衝撃の前に気を失った。
お相手が体をどかしても……ピクリとも動こうとしない。
私の負けだった。

「…………」
私はモンスターボールを手に、コジョフーを光に変えて収納する。
そして、

「――質問タァアアアイム!」
お兄ちゃんに向き直りました!

「アキラさんに質問です! 今の『のしかかり』も『きゅうしょにあたった』なのでしょうか!?」
「そうだな。『のしかかり』はあんなに強力な技じゃねえ」
「言ったよね!? 『きゅうしょにあたった』は稀なイベントっつったよね!?」
「俺は嘘は言っちゃいねえよ」
アキラの取り柄は、こういう時だけ冷静を保てる所だと思う。

「一つあるんだよ。ポケモン技の急所率を上げる技が」
「え……? あっ!」
「『きあいだめ』さ」
さっき感じた違和感が崩れ落ちる。
つまりあれは……あの技は『がまん』ではなくて………。
「俺もお前と戦った時、『きあいだめ』を『がまん』と間違えはしたがな」
「……っ!」

おかしいなとは思ってたんだ。
『がまん』を使ったにしては、攻撃に転じるまでの時間が短すぎるって。
お兄ちゃん戦で見た時は、もっと長く動かなかったのに。
でもあれは『きあいだめ』だった。
そしてその後出した攻撃も……『がまん』の解除じゃなくて、別の攻撃。

「ポケモンの技には少なからず、見た目の似通った物があるのさ」
ポケモン研究員が解説を始めた。
「トレーナーが指示するポケモンバトルなら技名を叫ぶからバレバレなんだが……今回みたいにポケモンが勝手に戦う形式だと、何の技を使ったのか分からない時もある」
「似通った技……か」
パパの研究所で色んなポケモンを見て来た私も、戦うポケモンの姿には疎い。
例えば野生ポケモンが技を使って来た時、その名前が分かるトレーナーはどれ位居るんだろう?
『あいてのナゲキの○○!』みたいに、バトルの進行を解説してくれるナレーターは…ここには居ない。

「――ナゲキ、おめでとう」
「ゲキ……」
勝者に近付く。
今度は攻撃されなかった。疲れてるのかな?
私はナゲキを抱きしめて、言った。

「私、ナゲキの計画の役に立ったかな?」
「………」
パートナーは答えない。
けれどそれは、何より確かな肯定に思えた。

「サヤちゃん、お兄ちゃん」
「「ん?」」
……とうとう台詞が一体化してますけど。
「分かったよ。ナゲキがどうして私から逃げたのか」
「本当なの?」
というか、もうこれは今回だけの問題じゃない。
昨日と今日を過ごして――ナゲキに関する一つの『意志』が分かったんだ。

「まずおさらい。ナゲキは好戦的で怒りっぽい。私を信用してなくて、気に入らない時には攻撃をする」
「知ってるわ」
「日常の全てがバトルの引き金になってるような奴だな」
「そう、それだよ」
オトコの方を指差す私です。
「……どれだよ」
「好戦的ってさ……裏返せば、戦いに飢えてるって事にならない?」
戦いの無い状態には居られなくて、常に戦場を求めている。

「まあ、そうなるかもな。このナゲキは柔道を攻めの技に使うぐれえだし……戦えないなら喧嘩に飛び込みかねない位、」
そこまで言った時。
半端に思慮深い我が保護者は、眉をひきつらせて沈黙する。
「まさか……」
「うん。それこそが――ナゲキが逃亡した理由だ」
そして、今までの逃亡イベントに関する答えでもある。

「ナゲキはただ逃げていた訳じゃない。戦う為に逃げてたんだよ」
逃亡するからこそ、戦う。
『にげる』は本来、戦闘から離脱する為のものだけど…ナゲキは戦場に向けて逃げていた。
例えばクイネの森での一件。
ケンホロウから逃げたのは、状況が負け際になったからだろう。
ナゲキが戦うのは自分を鍛える為。『ひんし』になって戦うことすら出来なくなるのはご免だった。
本当は『ひんし』になった所で、私がボールに戻して休ませばいいだけなんだけど……格闘ポケモンの心がそれを許さなかったんだね。
事実、私があの後に再開した時――ナゲキはバチュル達と戦っていた。
マシな強敵に会う為に、私からもケンホロウからも逃げたんだ。

「だからひっくり返して、ナゲキが逃げる対象は『戦う』と『鍛える』に属さないものっていう事になる」
「俺とお前との最初の一戦はどうなんだ? あれはまずまずのバトルだったろ? なのにナゲキは放棄して逃げ出したぜ」
「まずまず? 多分ナゲキにとっては退屈だったろうね」
私は性悪兄貴の勘違いを正してやる。
「お兄ちゃん忘れてるでしょ。ツタージャ・ポカブ・ミジュマルの三匹は私のパートナー候補だったポケモンだよ」
それをアナタサマがパクりやがったんですよね。ビキビキ。

「なるほどそんな設定もあったな。盲点だぜ流石俺の妹だ」
あっけらかんとしてんじゃないよ………ったく。
「パパが新米トレーナーの私に選ばせるべく取り寄せたポケモン。……悔しいけど、ナゲキとは経験も実力も釣り合わない」
つまりシラケたって訳だ。
強い敵にのみ興味があって、弱い奴と戦い続けるのは苦痛。

ナゲキはそうやって、戦わずに済むフィールドから逃げて来た。
多分…パパの研究所に連れて来られるより以前から。

「そう考えるとさ……お兄ちゃん。あの時ナゲキが私に近づいた理由にも、一応の説明がつくんだよ」
「ああ――『裏手の森』での一件か」
「うん」
私が遊び場にしてた研究所裏手の森が、クイネの森の一部とは知らなかったけれど。
私があそこでナゲキを追いかけ、最終的に『ゲット』出来た理由。
ナゲキには、一つの思惑があったんだ。
「コイツはお前を見て思ったろうな。『この人間からは逃げられない』と。だが同時に閃いた訳だ」
「……その通りだよ」

『この人間に付いて行けば、戦いの日々が送れるかも知れない』と。
私はお兄ちゃんと『戦う』為に、ナゲキを使う事を選んだ。
研究用として安全に飼われていたナゲキにとって、それは劇的なチョイスだったのかも。

「って言うかお兄ちゃん」
「あんだよ」
「パパとお兄ちゃんって、ポケモンの技について研究してんだよね? ポケモンバトルはした事無かったの?」
「ほとんどねえな」
研究員はにべもなく首を振る。
「ポケモンの技はデータベース化されてるのも多くてな。今じゃ研究は資料整理とシミュレーションで事足りる位だよ」
「やってみなくちゃ分からない事もあるんじゃない?」
「『ほとんど』っつったろ? バトルの実験をする事もあるさ。だが俺らは研究者だからな。『実験材料』を過度に虐げる事は出来ねえ」
「……ポケモンを鍛える為の実験はしてなかった、って事だね」
ポケモンはどうすれば強くなるのか。強くなると、どんな技を覚えるのか。そして、その技はどんな力を持つのか。
ポケモン博士や研究員は、トレーナー以上に知っているんだろう。だから、強いてポケモン同士の真剣勝負をする必要は無かった訳だ。
ナゲキの望む環境では、無かったんだ。
だからこそ、私に味方する事を選んだ。

「ナゲキは常に戦いたがってる。少しでもグダグダな環境に置かれたら逃げ出すほどにね。それ位強さを求めているんだ」
以上、これが私の結論。
お兄ちゃんも、もう反論してこなかった。
代わりにと言っちゃアレだけど、サヤちゃんが手を挙げる。
「……アンタの見解は正しいと思うわ。けど、一つ疑問が残らない?」
「何が?」
「ちょっと異常じゃないかって事よ」
ナゲキに鋭い視線を寄せながら、彼女は言った。
「どうしてナゲキはそこまでして――強いポケモンを目指してるのよ?」
「俺もそれは気になってたぜ」
ポケモン博士の息子も同調します。……お二人さん今回は仲いいっすね。

「確かに、かくとうタイプのポケモンにとって肉体鍛錬は生態だ。ゴーリキーやドッコラーっつうポケモンは、人間の労働を手伝って体を鍛える習性がある」
「そうなの?」
人間社会に適応しても、ポケモンは本能を忘れないんだなぁ。所でドッコラーって何?
「だが……『おや』たるトレーナーに迷惑かけてまで経験値を積もうとなると異常だ。和を乱してまで己を貫くポケモンなんざそうそう居ねえよ」
「………」
この場合の『和』は人間社会を言うんだろう。
人間の下で生きるなら、まぁ仲良くしなけりゃいけないよね……。

「もしその『そうそう居ねえ』があるとするなら――何か訳があるはずだ」
「そうよね……エリ、それは分かるの?」
「それはね……」
「「はいはい分からないか」」
「反復技法ぐらい使わせてよ!」無粋な男女め!
お兄ちゃんは髪を掻きながらも、一息つくように呼気を吐く。
「ナゲキの心理がようやく分かったぜ……まさか馬鹿妹が説明つけるたあ思わなかったが」
「もう馬鹿呼ばわりは慣れましたよ」
「そうか。今度からは俺の妹と呼んでやる」
「勘弁してつかあさい!」
「アタシも驚いてるわ。相棒にもなつかれていないアンタが、心を見抜くなんて」
「別に大袈裟な事じゃないでしょ」
やめてよ照れくさい。

「私はポケモンが大好きだから、一生懸命知りたいと思うだけだよ。何でもね」
ポケモンは、人に色んな事を教えてくれる。けれど、伝えられない物もある。
なら――私達が考えてあげなくちゃ。

「ナゲキ」
人間から目を逸らして、パートナーだけを視界に映した。
不器用だけど生真面目で、果てしない強さを求めている子。
「私は貴方の願いを叶える力になりたい。ううん、ならせて」
「ゲキ……」
「貴方が強さを望むなら、私は傍に寄り添いたい。貴方の事をもっともっと知って、願いを叶えてあげたいんだ」
格闘ポケモンの本能では説明がつかない、ナゲキが強さを求める理由。
それは未だに分からないけど――分からないなりに、何かが出来るはずだとも思う。
私はこの子の仲間になれると、信じてるから。

無愛想な格闘家は、答えない。
ただ黙りこくって、品定めするようにこちらを見ている。

ナゲキは私に従わない。
けど、そんな関係でもいいじゃないか。
信頼が無い繋がりでも。傷付け合わず、付かず離れずの関係でさえあれば一一。


「……よーし! そういう訳で!」
握り拳を天へと掲げて!
「ナゲキの願いを叶える為に、本腰を入れて鍛錬を開始します! とりあえず、まずはこの草村を拠点にして、」

――ズキン。
「あ痛っ……!」
足腰の力が抜ける。「おいおい……いちいち混乱させてくれる奴だな」とアキラが近付き、そばに屈んだ。
「ヘルガーの炎がかすってたのか。一番優先すべきは、この傷の手当てだな」
「平気だよこの位。膝の擦りむきみたいな火傷なんだし……」
「ナゲキを鍛えてやりたいのは分かるが、まずは宿屋で大人しく処置されろ」
お兄ちゃんはそう言って、私の肩を素早く担いだ。

「いつまでもそうやって、ポケモン優先で生きてたら――いつか痛い目を見るぞ。お前」


そして……私達は一旦、宿屋に帰った。
時刻はまだ日当たり上々。
二日目が終わりを告げるには、まだまだたっぷり余裕がある。
だから火傷の手当てを受けた後に、私はもう一度この空き地に来てパートナーの育成を始めたんだけど……。

それはまた、別の話。
相棒の心に触れられただけでも、今回は大きな一歩だよねっ!



◇◆◇



エリの旅はまた、ここで一つの節目を迎えた。
それを強く感じているのはエリ本人。次いで保護者のアキラと、微妙な立ち位置の観測者、サヤと続く。

「ふむ、興味深いではないか」

……だがしかし。
ここに一人――『第三者』が存在していた。

またもや時間は少し巻き戻る。
エリがナゲキの抱えていた思いに気付き、それを口にした直後の光景。
その空き地での光景を、近くのビルの上から眺める男。

「我が輩は我が輩の聴覚と視覚に感謝するべきだね。そして偶然、あんな少女らを見つけられた運にもな」
男は風変わりな格好をしていた。
一言では名状し難い、良く言えば民族衣装的な……悪く言えば下手なコスプレ的な容姿。

「亜麻色のサイドテール少女――ボスの命令でこの街を視察に来たら…あのような逸材を見れるとは。いやはや、若者も馬鹿に出来ないものだな」

是非とも、我々の『団』に勧誘したいね。
男は顎髭をさすりながら、そう言った。

「……おっといけない。強制勧誘は禁止だったか。しかしポケモンの気持ちを察する心は大切だ。我々も見習わねばならんね」
だが――と、男は視線をずらした。

「それに引き換え、あの紫髪のロン毛少女はいただけないな。自らの主観に狂い、ポケモンを無理に引こうとしたのだから……」
男は目を細める。エリの演説に怪訝な表情を浮かべた、サヤという少女を凝視する。

「あれは我々が危険視するタイプの人間と言えるだろう」
呟き、屋上を後にする風変わり男。
同時にポケットを弄(まさぐ)り、小型の携帯端末を取り出す。

「さて、当初の仕事に戻ろう。我々の教義に基づき――あの紫髪少女から『徴収』を開始する」
男は携帯端末を開いた。


『可愛いは罪なのかな?』終わり

to be continued


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