「おや、雨か」
4月28日の水曜、午後7時。今まさに帰ろうとしていた俺の頭上から、雨粒が落ちてきた。現在地の学校から家まで幾分距離があり、ともすれば風邪の心配もあり得る。なぜなら傘を持ってないからだ。
「ま、帰って風呂入れば問題ねえだろ」
しかし、俺の体は頑丈だ。大して考えもせずに歩きだした。4月の末だけあって大分明るいな。風も心地よい。
と、学校を出た直後。降りしきる雨が何かに遮られた。上を向けば黒混じりの緑の傘、右を向けばナズナがいるじゃないか。確かこの傘は彼女のお気に入りだったかな。それはともかく、この状況は……。
「テンサイさん、一緒に帰りましょう!」
「……それは一向に構わんが、これはやめてくれないか」
俺は傘から出た。この手の状態は、ちょうど相合傘と呼ぶにふさわしい。俺はそんなものに興味ねえし、あらぬ煙がたっちまう。これについては勘弁だぜ。
「えー、テンサイさんなら喜ぶと思ったのに」
「俺の生活を見てれば大体分かるだろ。相合傘はよそでやってくれ」
俺はナズナを牽制した。彼女はいかにも不服そうに膨れっ面をするが、すぐさま不敵な笑みを浮かべた。うっ、こういう状況で良いことが起こる試しは無いぞ。
「……ふーん、そうきましたか。そんなこと言っていたら、入浴中に私も入っちゃいますよ」
「よし、帰るぞ。傘に入れてくれ」
「よしよし、それでよろしい」
俺はさっさと観念して傘に入れてもらった。あー、完全に遊ばれてるな。だが彼女は、やる時はやる。実際、昔入浴中に乱入されたことがあった。だから足蹴にするのも難しい。困ったもんだ。
さて、俺達はゆっくり家路に進んだ。ナズナの歩くペースは俺の7割程で、俺が合わさねばならない。そんな中、彼女はふとこう切り出してきた。
「ところでテンサイさん、来週末は空いてますか?」
「来週末? 部活が終わった後なら時間がある。……掃除の手伝いならやらんぞ」
俺は皮肉まじりに切り返した。彼女はまたもふてくされる。
「違いますよ。デートのお誘いです」
……デート? いわゆる逢引きだよな。まさかこんな言葉を再び使う時が来ようとは。お天道様も吹き出したのか、雨足が強まってきやがったぜ。
「逢引きだあ? あんたな、ちょっと唐突すぎやしないか?」
「そんなことはありませんよ。私の家にテンサイさんが居候を始めて8ヶ月が経ったのに、まだ1度も遊びに行ってないじゃないですか。たまには息抜きしないと持ちませんよ」
「お気遣い結構。だが、それなら俺1人で遊べばいい話だろ」
俺は丁寧に断りを入れた。10年以上前には、彼女以外にも様々な奴と遊んだが、今の俺はその輪に入るような立場ではないからな。下手に人目につきたくないのもある。だが、ナズナも食い下がる。
「テンサイさん、さては遊び慣れてないですね? こういうことは1人より2人の方が楽しいんですよ。それとも、私じゃ不服ですか?」
「……不服ではないな。仕事ぶりを見聞きする限り、有能であることは理解できる。うむ、じゃあそうだな、話相手くらいにはなってやろう。場所はそちらに任せる」
俺は渋々了承した。どのみち、逃れる術はなさそうだと、彼女の目を見れば明らかだしな。それならいっそ、俺にとって実のある時間にしたい。こうした意図を含んだ返事に、ナズナは軽く飛び跳ねた。おかげで雨粒が散る。
「やった! それじゃ、絶対忘れないでくださいよ!」
「ああ。楽しみにしてるぜ」
俺は手を前に伸ばした。小雨か、帰る頃には止みそうだな。よし、今夜は先々の仕事に充てるとするか。用事ができちまったしな。
・次回予告
さて、逢引きなんて何年ぶりだろな。昔はかなり遊んだ記憶もあるが、もう10年以上前の話。今の手際には疎いから、どうなるかは分からんぞ。次回、第47話「懐かしき話」。俺の明日は俺が決める。
・あつあ通信vol.111
相合傘なんて今時いるんですかね? 手をつなぐカップルは見飽きるほどいますが、そこまではいきません。やはり男女の相合傘など漫画のみの存在なのか……。
あつあ通信vol.111、編者あつあつおでん