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  [No.1084] 第47話「懐かしき話」 投稿者:あつあつおでん   投稿日:2013/02/19(Tue) 20:56:35   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「お、今日も大入りですね!」

「がらがらの間違いじゃねえのか?」

5月8日の土曜日、午後1時43分。場 所はボウズスタジアムタンバ、多種目 対応の競技場だ。閑散期を減らすため に様々なスポーツや競技を可能にした 結果、プロのトレーニングやアマチュ アの試合等で高い使用率を叩きだす。

そんな場所に、俺はナズナといた。 サファリでのボランティアを終えてか ら駆け足でやってきたのだ。先に到着 していたナズナと合流し、今は試合開 始を待っている。今日はプロポケモン リーグの試合があるそうだ。ナズナは 贔屓チームのユニフォームを着てい る。と言っても、いつもと変わらず赤 いシャツと雲のように白いズボンだ が。彼女曰く、あまりに好きすぎて普 段の服装はこのユニフォームを真似て いるとのことだ。確かに、彼女は毎日 同じシャツとズボンを着ているし、嘘 ではないだろうな。

少々話が逸れた。さて、俺の皮肉に 彼女は笑って返す。

「それは言わないお約束ですよ。こ の、なんとなくまばらに席が埋まって いたら大盛況という状態なんですか ら」

「……あんた、本当にチョウジコイキン グのファンなのか?」

「もちろんです。でもファンだからこ そ現実を直視しないといけませんから ね。球場でフロントを批判して囲まれ たことも何度かありますよ」

「そうかい、そりゃ元気なこった」

俺はなにげなしにスタジアムの中心 部を見回した。試合に出るであろう選 手がポケモンの調整をしている。この スタジアムは野球場を基本としている のだが、一塁側にホームのタンバニョ ロボンズ、三塁側にアウェイのチョウ ジコイキングがいる。俺達は三塁側の 内野自由席真ん中でつまみのバンジピ クルスをかじっているわけだ。応援団 は取り決めにより外野で陣取ってい る。ちなみに、三塁側なのは彼女がコ イキングファンだからだ。

と、ここで俺は今日これまでの中で 感じた疑問を思い出した。年を取ると すぐに忘れちまうのが困りもんだぜ。 また忘れないうちに尋ねとくか。

「ところで、少し気になっていたんだ が……」

「なんですか?」

「あんた、ここに来るまでに随分薬品 を買ったみたいだが、そんなに化学が 好きなのか? てっきりちょうじ……超 能力でも好むものだとばかり」

俺は彼女の脇にある紙袋を指差し た。袋に貼ってある伝票によれば、炭 素、酸素、水素など、基本的な物質の 瓶詰めが入っているようだ。実験の練 習なら学校の備品を使えばいいわけだ から、当然個人的な使用に使うと考え られる。彼女が俺のもとにやってきた 時は無知も良いところだったし、わか んねえな。

そんな俺を見透かすかのように、ナ ズナは胸を張って答えた。

「そりゃもちろん。好きじゃなかった ら先生なんてやりませんよ。もちろん 超能力も大好きですけどね。マクラギ 先生の超人力なんかはロマンがありま すから」

「それもそうだな。しかし、そこまで 執着するには、何か理由があるんじゃ ないのか?」

「当然ありますよ。元々は科学ではな くてトレーナーを志したんですけど ね」

「ほう。せっかくなら聞かせてくれな いか?」

「……うーん、まあいっか。テンサイさ んが食いつくのも珍しいですし」

ナズナは明後日の方向を眺めなが ら、昔話を始めた。口調は、晴れた日 の海のように穏やかだ。

「私ですね、子供の時に家族とポケモ ンリーグを見に行ったんですよ。しか も決勝戦だったから、それはもうすご い人だかりで、はぐれちゃったわけで すよ」

「そりゃ困ったな。どうせ入場券は親 御さんが持っていたんだろうし」

「ええ。それで辺りを歩き回っていた ら……不良に囲まれちゃったんです」

彼女は珍しく表情を強ばらせてい た。ガキの頃経験したものってのは年 とっても忘れないものなんだな。しか し、どこかで見たような話だ。

「その流れだと、人目につかない場所 に連れていかれたってところか」

「またまた鋭いですね。で、林の中で 身ぐるみ剥がされそうになったわけで すよ。抵抗したら襲われて……でもその 時!」

「誰かが割って入った。その人は辛う じて危機を免れた少女をかばいなが ら、チンピラを蹴散らした。こう言い たいんじゃねえか?」

俺は彼女の台詞をそっくり先取りし てやった。何故分かったか、だって? 簡単な話よ、俺は当事者だからだ。 正確には、俺も似たような経験をした ことがあるから。もっとも、俺は助け た側だが。

「よくご存知ですね。じゃあその人の 名も分かりますよね?」

「……トウサ。20年以上前のポケモン リーグ優勝者だな」

俺は、かつての俺の名前を引き合い に出した。確かに俺は、昔女の子を助 けたことがある。おかげで決勝戦はギ リギリの展開を強いられることになっ ちまった。その女の子がナズナという わけか。彼女の話で昔の記憶が蘇った ぜ。

「正確には21年前ですね。ともかく、 助けてくれた上に家族を探すのも手 伝ってくれたトウサさんに憧れたわけ ですよ、若かりし頃の私は」

「それでトレーナーを目指したって寸 法か。あんたは確か今年で28、当時は まだ7つ。影響を受けるなって方が無 理な話だな」

俺は月日の早さをしみじみ感じた。 俺はあの時15だったのが、今は36。も うトレーナーとしての肩書きは完全に なくなっちまったな。

景気よく語るナズナも、やや頬が紅 潮してきた。そんなに話せるのが嬉し いのかね。

「そりゃそうですよ。……それから月日 が経ち、私は冒険の旅に出発しまし た。バッジも着々と集まり、ようやく ポケモンリーグに挑戦する時がやって きました。ところが! またしてもあ の人は世間を驚かせたのです」

「ポケモン転送システムか。……大体先 が読めたが、大きな疑問が残る」

俺は首をひねった。俺は、今パソコ ンで使われているポケモン転送システ ムを作り出した。その後彼女は俺のと ころに転がり込んだ。俺は、彼女が昔 助けた娘だとは露にも思わなかった が、問題はそこではない。彼女もその ことは承知のようで、あえて聞く必要 はなかった。

「『トウサさんと私の専門分野が違う のはなぜか』ってことですよね? テ ンサイさんの想像通り、私は全てを放 り投げて弟子入りを志願しました。で も私はトレーナーでしたから、科学の かの字も知りませんでした。おかげで 何度も門前払いを食らって、最後には 半ば拾われる形で住み込みを始めまし たよ」

彼女は苦笑いをした。俺は物理関連 を専ら得意とし、彼女は化学に力を入 れていた。だが当時、彼女は元素すら 覚えていない素人だった。一体何が あったのかは俺でも分からん。

「当時は話題になっていたな、『あの トウサが後継者を発見した』と。本人 は否定していたが」

「確かに、『研究はしないでいいから 手伝ってくれ』って言われましたよ。 でもそれじゃやっぱり悔しいじゃない ですか、だからこっそり勉強をやった んです」

「ほう、道理で日に日に賢くなってる はずだ……」

「え?」

「い、今の話だ。昔からの勉強の習慣 が続いているんだなと誉めたんだよ。 言わせんな恥ずかしい」

俺は適当にごまかしながら目を逸ら した。恥ずかしいのは間違いない、彼 女にこんな言葉はかけたことがなかっ たからな。耳が熱いぜ。それより、危 うく怪しまれるところだった。口は災 いの元、注意して使わねば。まあ、今 回は彼女の機嫌がますます良くなって きたから結果オーライだ。

「ふふ、ありがとうございます。……そ れで、色々勉強した結果、化学だけは なんとかものになったんですよ。数学 がほんとに分からなかったけど、経験 でカバーできましたからね」

「なるほど。……そういうことなら、俺 が数学の指導をしてやろうか? もっ とも、その必要も無いかもしれんが」

俺は提案をした。彼女は予想外だっ たのか、目を丸くし、それから少し頭 をさすった。

「ほ、本当ですか? 是非お願いしま す! でも、笑わないでくださいよ」

「心配すんな、出来の悪い奴らはいく らでも見てきた。それより、そろそろ 試合が始まるぜ」

俺はスタジアム中央に視線を向け た。いつの間にか選手達も準備万端、 いつでも試合が始められるようであ る。

「あ、もうこんな時間か。よっし、今 日も気合い入れて応援しますよ!」

「お、おい。俺を巻き込むなー!」

彼女は俺の腕を引き、フェンス際ま で駆け下りるのであった。……直情的な 性格もどうにかしねえとな。

・次回予告

昔、とある地域のリーダーが識字率を 大きく上げることに成功したが、どの ような方法を使ったと思う? そう、 読めるようになった奴に教えさせたの さ。これは何も字に限らず、数学でも 同じだ。……む、どうやらあいつにも兆 しが見えてきたな。次回、第48話「教 えることは学ぶこと」。俺の明日は俺 が決める。

・あつあ通信vol.112

一人称ってどうやって回想したらいい んですかね? 特に主人公以外の場合 は。脇役の回想シーンを書ける人は凄 いと思います(小学生並の感想)。

しかし、今回は予定と大分違う話にな りました。当初は本屋でとあるノン フィクション小説を見て昔を思い出す というものでした(デートであること は変わりません)。次回はどうなるの やら。

あつあ通信vol.112、編者あつあつお でん


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