壁全面に広がる窓の向こうに、離着陸する飛行機が見えた。智志は何度も、パスポートと搭乗券を確認する。それを見て、大学の友人たちが笑う。
「確認しすぎだ」
「でもさ、しすぎってことはないから」
智志は言いながら、今度こそ最後の確認をする。小振りなリュックサックには簡単な着替えを含めた手回り品が、腰のポシェットにはモンスターボールが入っている。モンスターボールの中身は、まだ外に出ている。それから、忘れてはいけない、カメラ機材一式。
「おみやげよろしくな!」
「体に気を付けて!」
友人たちに手を振り、荷物の預け入れ口へ。ここで預けるのは、リュックサックの方だ。カメラが入っている方は大事に抱えて、セキュリティチェックへ向かう。その道中に、よく知る人がいた。
智志は会釈した。
彼は笑って、
「就職先までモラトリアム企業か」と言った。「お前らしい」
智志はあの後、頻度の多寡は変われど、大学を卒業するまで、真壁の元で働いた。そして、卒業したら就職活動して、内定を取った。内定してから一年の自主研修期間を設けて、その間トレーナーとして旅することを奨励する企業。真壁の言う通り、モラトリアム企業かもしれない。
天塩にかけて育てた子ども二人が同時に旅に出ることになって、母親は嘆き悲しんでいたが、いずれマシになるだろう。
「ま、好きにやれ。体に気を付けてな」
「はい」
智志はカメラの入っているバッグを、少し持ち上げてみせた。
「俺は、真壁さんみたいに文章うまくないから。これで、いけるところまでいってみます」
真壁は頷いた。
智志は真壁に別れの挨拶をした。そして、ガーディと共に歩き出す。後ろで羽音がしたが、もう振り返らない。
真壁が書くことを選んだように、智志は、カメラで世界を写すことを選んだ。俺が見る世界の中の、大事な一瞬を覚えておけるように。事件で人生が変わったとしても、その先にある、幸福も悲嘆も写し出せるように。
「行こう、アマテラス」
大事なことを覚えていて、隣にこいつがいるなら、なんとかなると思うから。
真壁の事務所に、羽音が響いた。
「ご苦労さん。ありがとうな、サイハテ」
開かれた窓から、小柄なポッポが入ってきた。嘴と足の両方に、様々な大きさの手紙を抱え込んでいる。
ポッポは隅にある真壁の机の上に手紙類を全て落とすと、その中から一通を嘴で咥え上げた。真壁が取り上げ、封を切る。淡い春色の便箋には、こんな事が書かれていた。
『脱稿、おめでとうございます。本になるかどうかはまだ分からないそうですが、私は、真壁さんが私の話を聞いて書き上げてくださったこと、いたく嬉しく思います。話すのが辛い時もあったのですが、真壁さんが、事件の後の、私の生き様も書きたいと言ってくださった時、私が生きてきたことに書く価値があるんだと思って、すごく励まされました。まだ寒さが厳しいですが、お体にお気をつけてください』
「この業も、案外悪くないのかもしれない」
真壁は便箋を机に乗せると、目を伏せた。口元は緩んでいた。
羽音がした。
ポッポは最果てへ飛んでいったようだ。
完.
……あとがき
ここまで読んでくださった皆様方、ありがとうございました。
咲玖と申します。と挨拶しといてなんですが、これ仮面HNです。ま、作者が誰かなんてあまり気にしないことです。しばらくしたらどうせバラすのでしょうから。
あとがきということで、これを書くにあたって、影響を受けた作品などを書いておこうと思います。
(敬称略)
誉田哲也(原作)『ストロベリーナイト』(フジテレビ)
宮部みゆき『名もなき毒』(文春文庫)
恩田陸『Q&A』(幻冬舎文庫)
クローバースタジオ企画・開発、カプコン発売『大神』(Wii版)
東京スカイツリー
エトセトラ、エトセトラ。
……もっとあったと思うんですけど、意外と思い出せないものですね。
それでは皆々様方、読了お疲れ様そして重ねてありがとうございます。
(6・10追記)あとそれから、拙作を読んでこまめに感想をくださったレイコさんに、この場を借りて篤くお礼申し上げます。
さて、物語構想ですが、番外編が続きましたら、『光の時代』というお話の終幕をもって、この『追いかける者』のシリーズは本当のエンドマークを打つことができます。それまで、良ければお付き合いも。私も頑張って、もがき、走ります故。