悪徳勝法の馬鹿試合
2
「よおし! そうこなくっちゃ! さっすが男の子!」
シオンの答えにヒメリがはしゃいだ。
「賭け金なしっていう約束は守ってもらいますからね」
シオンは、念のためにと釘を刺す。
「負ける気満々じゃん! まあいいんだけどね。ありがと。バトルする気になってくれて」
パァと花咲くヒメリの笑顔に、シオンは一瞬ドキッときた。
美女でもブスでも笑うと似たようなもんなのかもしれないな、と不謹慎ながらも思った。
ピチカを抱きしめ、移動しようとシオンが立ちあがると、二人はキスする寸前みたいに近付いた。
今度は全くドキッとしない。
近付けば近付くほど残念な面持ちになる女性もいる、ということなのだろうと勝手に納得した。
座っていたせいで気付かなかったが、
シオンとヒメリの目の高さはほとんど同じだった。
約164センチ。
二十歳前後だと予想する。
目の前にいる『ビキニのお姉さん』は、
『ピクニックガール』の進化系のようであり、
尚且つ『おとなのおねえさん』の進化前といった風情をかもし出していた。
さびれた遊具に取り囲まれた、ただっ広い砂地の上で、
シオンとヒメリは向かい合った。
シオンはピチカを抱えて、公園のど真ん中に立つ。
対して、ヒメリは公園の出入り口まで遠ざかって行く。
これから、トレーナーとトレーナーの間でポケモン同士を争わせる。
そのため、二人は距離をとって向かい合った。
しかし、いくらなんでもヒメリは離れ過ぎている、とシオンは思った。
何故なのか。
馬鹿でかいポケモンのスペースを作るためなのか。
素早すぎるポケモンを動き回れるようにするためなのか。
遠距離射撃技専門のポケモンで闘うつもりだからなのか。
ヒメリのポケモンを拝むまで、推測の域を飛び越えることはない。
「バトルだ。頼むぞ、ピチカ」
シオンの腕からピチカが飛び降り、勇んで前に踊り出る。
着地すると同時にレモン色の胴体は前のめりになった。
ギザギザ尻尾をピンと伸ばして、ピチカは戦闘態勢をとる。
「出でよ! コイキング!」
ヒメリは高らかな声と共に、しなやかに右腕を振り下ろした。
知らぬ間にヒメリがつかんでいた紅白の鉄球が、飛来する。
放物線を描いて、空中で真っ二つに割れ、球の中から閃光が弾けた。
視界が、強い光の白で覆われる。
思わずシオンは顔をそむけ、目を戻し、愕然とした。
明らかにコイキングではない巨大なモンスターがそびえ立っていた。
「……は?」
素っ頓狂な声がこぼれる。
肉食恐竜のような体躯。蝙蝠のような翼。象牙色のうろこ。
ドラゴンポケモンのカイリューだった。
最弱のポケモンが来ると思いきや、むしろ最強のポケモンが出現していた。
「でけぇ……ス○イツリーよりもでけえ……」
体長約2メートルのカイリューを見て感心したようにシオンはつぶやく。
そして、足元に立つ小さなピチカに視線を落とす。
体の大き『差』を見るなり、勝ち目がないことを悟る。
思いだしたように憤慨し、シオンは憎しみを込めて叫んだ。
「どこがコイキングですか! どう見たってカイリューじゃないか!」
「私! 嘘なんてついてない!」
「ビキニのお姉さんなんだから、水タイプのポケモン出せよ!」
「君のピカチュウ、なんて名前!」
「だから、俺のピカチュウはピチカだって……ま、まさか」
辻褄が合い、仰天し、思わず唾液を呑みこんだ。
「まさか! そのカイリューのニックネームが! コイキングなのか!」
「ぴんぽーん! そのとーり! 大正解!」
悔しがってシオンは叫び、ヒメリは快活な歓声を上げる。
二人の距離が遠くに離れ過ぎているせいで、やや大きな声で会話をしなければならない。
喉が大変であった。
「けど、可哀想じゃないですか! カイリューにコイキングって名前!」
「問題ないわ! たった今、この子の名前、カイリューに戻したから!」
「姓名判断師とは一体!」
都合の良い展開に持ち運ばれ、気に食わなくって腹が立って仕方なかった。
なんとなく、嘘をつくのが当然でだまされる方が悪い、
という空気をヒメリの言葉から感じられた。
――チュウ!チュウ!
目を下すと、ピチカが身を振るわせ、潤んだ瞳でシオンを見上げていた。
「どうしたピチカ?」
必死で助けを乞うかのように、ピチカは鳴き声を上げ続けている。
原因はすぐにわかった。
ヒメリの隣に視線を飛ばす。
エメラルド色の煌めく瞳が、ピチカの心臓を貫く勢いで鋭い眼光を放っていた。
凶悪そうな面構えのカイリューが、敵であるピチカに対し、殺意と牙をむき出して唸っていた。
ピチカの震えた声を聴きながら、シオンは諦めのため息を漏らした。
「まあ、仕方ないよな。お前もあんなのとは戦いたくないもんな。
俺だってお前の立場だったら絶対逃げるだろうし。じゃあ、さっさと降参するか」
暗い顔をしていたピチカが、パァっと明るい笑顔に変わった。
苦笑いしつつシオンが降参を決意した、その時だった。
「これより! ポケモンバトルを開始する!」
何の前触れもなく、いきなり怒号が轟いた。
雷鳴のような男の声に、シオンの心臓が飛び跳ねる。
ヒメリの方角からだった。
「使用ポケモンは一匹! 当然、入れ替えはなし!」
吠える巨大な影は、ヒメリを横切り公園内にズケズケと侵攻してきた。
力強くきびきび歩き、シオンの方へと向かって来る。
紫色の巨漢だった。
暴力的な雰囲気をまとった、近寄りがたい大人の大男だった。
「賭け金は……しめて三千円!」
「んえっ?」
間抜けな声が出た。
賭け金なんてものはなかったはずなのに、
何故か所持金丸ごともっていかれる状況になっている。
ついていけずに混乱する。
「では、これよりヤマブキ・シオン対ミノ・ヒメリのポケモンバトルを始める! 試合開始!」
「ちょっ、ちょっと待った!」
慌てて牽制を試みる。
シオンは手を上げ、驀進する謎の巨漢へ物申しに歩み寄った。
嫌な予感がする。心臓が早鐘を打つ。焦る。慌てる。混乱する。
いきなり現れた謎の第三者が、シオンの話を勝手に進めていた。
シオンの気持ちを無視して、勝手に話を終わらせようとしていた。
このままでは、何がなんだか分からない内に全てが終わってしまう。
何とかしなければと思うと、シオンは早足になっていた。
あんな身勝手な男に話は通じるのだろうか、と疑問を感じながらも急いで向かった。
分厚い肉体の巨漢を間近で見上げた時、
そこで初めてシオンの生存本能が怯えた。
「あっ、あっ、あのぉ……」
上手く言葉が出てこない。
自ら近寄っておきながら、逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。
巨漢の放つ攻撃的威圧感に、シオンの心は呑みこまれてしまった。
「何か御用ですか!」
こわもてプレートのお兄さんがドスの利いた声で尋ねた。
にらみつける。こわいかお。シオンはひるんでうごけない。
半ば放心としながら、男の全容を眺める。
光沢を放つ黒い革靴。
目がチカチカするほどまぶしい金ピカの腕時計。
『凶暴なサイドンをつなぎとめる用の分厚い鎖』みたいな銀ピカのネックレス。
高級そうな紫色のスーツからは体中の筋肉で至る所がもっこり膨れている。
鋼のようなドス黒い肌。
どこからどう見てもYAKUZAの風情。
シオンは怯えきって、だらしない腑抜けに成り下がってしまった。
「何か御用ですか!」
再び威圧するような質問が繰り返された。
ハッとして見上げると、あのカイリューよりも高いんじゃないかという位置に、
ゴリラ……もといケッキングのような濃い顔があった。
「あ、あの、ですね……」
上手く呂律が回らない。
シオンが発声するまでにえらく時間がかかった。
「……え、あ、えっと。その……何なっ、何なんですか一体?」
質問の意味不明さにシオン自身も驚いた。
こわもてプレートの『にらみつける』から視線をそらすことで手一杯だった。
「何なんですかと言われましてもねえ! そうですねえ! 名前でよければ教えましょうか!
僕の名前は『オウ・シン』! 審判をするためにやってきたんだ!」
オウと名乗った大男は、フレンドリーな口調なのに何故か怒鳴り散らしていた。
優しいようで、恐ろしいようで、とにかく逆らう気持ちが全く湧いてこない。
ただシオンは、この大声に流されてはいけないと思った。
嫌な事を嫌だと言えず、優しい口車に乗せられた途端、大切な物の全てを力尽くでかっさらってしまう。
そんな雰囲気があった。
油断しないよう気を引き締め、シオンはオウに挑む。
「その、審判っていいますと……?」
「もちろん! ポケモンバトルの審判だよ!」
この男は、ポケモン協会がYAKUZAを連れ回しているのだと言う。
シオンは、ワケも分からず自分を攻撃したくなる衝動に駆られた。
納得いかず、驚くこともできず、言葉の意味の理解すらできなかった。
聴かなかったことにして、別の質問をぶつける。
「それなら、どうしてポケモンバトルの審判がこんなところにいるんでしょうか?」
「そりゃあねえ! 君達がここでポケモンバトルをおっぱじめるからだよ!」
「えっと、それは……もしかして俺達がこの場所でポケモンバトルを始めるって知ってたワケですか?」
「そりゃあねえ! だって僕はポケモンバトルの審判なんですから!」
答えになっているようで答えになっていない。
明らかにおかしな返答であり、何かをはぐらかそうとしているに違いない、と推測した。
好奇心が恐怖心に勝る。
オウの隠す何かを前に暴いてやろうと思った。
「そういえばさっき、俺の名前を呼んでいましたよね? 会ったことありましたっけ?」
「ポケモン協会の人間はねえ! トレーナーカードを管理してたりするんですよね!
だから知ってますよ! 君の名前も、君のIDも、君の顔写真も、バッチの数もね!」
「なるほど」
ようやく話が通じた。しかしシオンは未だオウがポケモン協会の人間とは認められない。
むしろ何を言われても、こんな怪しい人間がポケモンバトルの審判だと信じるつもりはない。
「それなら、あの賭け金三千円っていうアレは一体何なんですか?
俺はヒメリさんと話し合って、賭け金なしにしてもらったばかりなんですけど」
「ああ、あれかい! あの賭け金っていうのはね、審判代だよ!」
「はい? なんですかそれ? 聞いたことがない」
「文字どおりだよ! 僕が審判するからお金を払ってもらうんだ!
不況だからね! 新制度さ!」
またしても意味不明な回答が返って来た。
言い訳がましく、嘘臭く、
金をせびるYAKUZAが屁理屈のたまいてるようにしか見えない。
なんとか嘘を暴けないかと、シオンは罠を仕掛ける。
「あの、実は俺、三千円も持ってなくって……千円しか持ってなかったりして……」
「嘘はいけないな!」
自信満々にオウは言う。
「言ったよね! トレーナーカードの情報なら知ってるって!
トレーナーカードにはちゃんと書いてあったよ! 君の『おこづかい』がね!」
トレーナーカードの情報を知っているというのは真実のようだった。
きっとポケモン協会のホームページをハッキングか何かして盗み見た情報に違いない、と決めつける。
「それなら……いや、ちょっと待ってください!」
シオンは訊き掛けて、ふと考えがよぎる。
ポケモン協会ならトレーナーカードの情報を知っていると言うが、
オウはこの世にある全てのトレーナーカードの情報を暗記しているのだろうか。
ありえない。
いまや国民の半数以上がポケモントレーナーである、
と何かのテレビ番組で言っていたのをシオンは覚えている。
この国に数千万も在るトレーナーカードの中から偶然シオンの物を見た覚えがあり、
そして今、そのシオンとばったり出くわすことになってしまった。
こんなことありえるだろうか。
偶然よりも必然と考えた方がしっくり来る。
つまりシオンはこの男に狙われていたのかもしれない。
「さ! ぼけーっとしてないで、早くバトルを始めて下さいよ!
僕も時間があるわけじゃないですし!」
相変わらずの怒声で、シオンは我に返った。
「ほら! 速く立ち位置についてくださいよ!」
オウが急かす。シオンは指図された気分になる。
無性に生意気な態度で逆らってやろうと思った。
思いどおりに動きたくはない。
言い成りになってしまったら、きっと破滅の未来が待ち受けている。
「あの、その話なんですけど……今ちょうど降参しようかと思ってた所でして」
「降参? つまり、負けを認める? じゃあ、払ってもらいましょうか! 三千円を!」
オウは金を受け取るための右手を差し伸べる。
完全に借金取りの姿だった。
「そのですね。まだバトルが始まってないわけで、降参というよりも闘わなかっ……」
「そうはいかないなあ! ポケモンが出た地点でポケモンバトルはもう始まってるから!」
「ですけどっ……」
「やめたかったら、負けを認めなよ!」
有無を言わさぬ猛口撃。
責められているようで、シオンは内心ビクつく。
オウの機嫌を損なわないように、おそるおそる次の言葉を紡ぎ出す。
「もし、もしもですよ。仮に俺が金を払わないって言ったらどうしますか?」
「困ったなあ! 規律に従えないのかあ! 協会に逆らうつもりなのかあ!」
オウはおもむろに手の平を組んで、太い指をボキボキと鳴らし始めた。
本当に指の骨が折れているかのような『いやなおと』だった。
「僕ってさあ! 暴力は好きじゃあないんだよねえ!」
笑っていた。
両の眼と、鼻の穴と、厚い唇を思いっきり広げて、オウは強烈な笑みを浮かべていた。
びっしりと並んだ金歯が鈍く輝いていた。
蛇に睨まれた蛙の抱く凍えるような緊張感。
「好きじゃないんだけど……仕方ないよねっ!」
殺される、とシオンは思った。
あの太くて重たい鋼の拳が弾丸の速度で殴打してくる。
有無を言わさぬ暴力の応酬が襲いかかって来る。
肉は裂け、骨は砕け、皮はめくれ上がり、刺すような痛みは退くことを知らない。
そんな想像をしただけで、シオンの体は冷たくなる。
茫然自失となり、麻痺したような感覚に陥り、この体が自分の物じゃないように思えた。
「ねえ!」
「はいぃっ」
「シオン君って、協会に逆らうつもりなのかなあ!」
「いや、そんなつもりはないですけど……その……」
無意識にオウから視線をそらし、自分の目が泳いでいるのに気付く。
頭が真っ白になりそうな中、必死で冷静さを保っていると、閃いた。
よく考えてみれば、大人の男が年下の子供に拳を振るえるわけがない。
捕まるから、出来るわけがない。
そもそも、こんな安い脅しに屈して金銭を奪われるようでは、
いつまでたっても一人前のトレーナーになれやしない。
ここはビシッと言い返してやるべきだ。
心の奥で自分を鼓舞すると、シオンは顔を上げてオウをにらんだ。
「じゃあ俺、降参やめます。さっさとポケモンバトル、始めましょうか」
震える声でシオンは言った。
悪鬼羅刹の眼光から、すぐに目をそむけてしまった。
そそくさとその場から逃げるようにして、ピチカの元へと早足で向かった。
たかだか三千円など命に比べれば安い値段だ。
もしかしたら死んでたかもしれない。
これでいい。これでよかったんだ。
心の中で言い訳をしながら敵前逃亡する。
そんな自分があまりにも情けなくって、腹が立って、泣きそうになった。
しかし、それ以上にシオンは安心していた。
殴られなくて良かった、と心底ホッとしていた。
そう思ってしまう自分もまた、惨めで、無様で、情けなかった。
戻ってくると、レモン色の小さな背中が出迎えた。
そして最低最悪の報せを伝える。
「すまんピチカ。やっぱり、あのカイリューと戦ってくれ」
ピチカはポカンと口を開けたまま石のように固まってしまった。
オウを前にした時の緊張感が薄れ、
落ち着きを取り戻したシオンは今一度頭の中を整理する。
恐らくオウは、違法ではない手段でシオンから財布を巻き上げることが目的なのだ。
審判代の意味は分からないが、とにかくオウは、
敗者が勝者に賞金を渡すという、カツアゲの内には入らない状況を作りだそうとしている。
ポケモンバトルが始まった直後に、ポケモンバトルの審判がやって来た。
ポケモンバトルを降参しようと決めた直後に、降参するなら金を出せと恐喝された。
あまりにもタイミングが出来過ぎている。
もしもオウの登場が偶然ではないとすると、オウは、
今この場所でポケモンバトルが始まると知っていた上で、
さらにシオンがポケモンバトルを降参すると予測していたことになる。
そこまで考えて、ふと思った。
ポケモンバトルを仕掛けた本人なら、今ここでポケモンバトルが始まると分かるのではないか。
手持ちポケモンが強すぎる怪物だったならば、相手トレーナーが降参すると予測出来るのではないか。
そもそも何故、胡散臭さ全開のオウに対して何の異論も唱えず黙っていられるのか。
訝しがったシオンは視線を飛ばす。
そびえるドラゴンの隣でたたずむ女トレーナーをキッとにらんだ。
「あなたはあいつとグルなんだな……」
ありったけの怨みを込め、当たるようにしてシオンは叫んだ。
「ヒメリさん! よくも俺を! だましてくれたな!」
声が届くと、小さく見えるヒメリは、両股を広げて、両手でメガホンを作って、
CMのアイドル的なポーズをとって、叫び返した。
「シオンくん! あなたはただの! けいけんち!」
身の毛もよだつ五・七・五がシオンの胸に突き刺さる。
ヒメリは認めたのだ。
美人局戦法とでも呼ぶべき極悪卑劣な罠を、
新人トレーナーのシオンに対して仕掛けたことをヒメリは認めた。
がっくりと膝を着く。
なんとなく嫌な予感はしていたが、
まさか自分が本当にこんな目に合ってしまうだなんて思いもしなかった。
「勝ち続けるために! この程度のことするの! 当然!」
再度ヒメリが雄叫びをあげた。
三千円ぽっちの金と、
確実なる一勝を我がものとするため、
相手の情報を洗い出して、
二人組を結成して、
二対一の卑劣な行為に及んだ。
そんなものがポケモントレーナーの日常茶飯事だと突き付けられても、
信じられないと驚愕するしかシオンには出来なかった。
「それじゃあ、バトル始めますよ! 準備はいいですか!」
「いつでもオッケーです!」
「ふざけやがってぇ……」
嬉しそうな二人に聞こえぬようシオンは悪態をつく。
シオンは、ヒメリに騙された自分の能力の低さに腹が立っていた。
そんな自分を騙した二人の鬼畜っぷりにも怒り狂っていた。
悔しい。
見返してやりたい。
ぎゃふんと言わせたい。
出し抜いて鼻を明かしてやりたい。
予想だにしなかった敗北を植えつけたい。
絶望の果てでのたうちまわらせてやりたい。
同じ目に合わせてやりたい!
思い知らせてやりたい!
わからせてやりたい!
どうして俺を騙した露出狂女に、負けてあげなきゃならない?
どうして俺を脅したド腐れYAKUZAに、金を渡してやらなきゃならない?
「ほんっとに、ふざけやがってぇ……」
燃え滾る悪意が、渦巻く復讐心が、怒りと憎しみとが、
シオンの内側で強大な闘志へと変わっていった。
「勝つぞ、ピチカ。あのカイリューをぶっ潰す。俺の言葉を信じて闘ってくれ」
黒い眼差しに怪しい光を宿し、シオンはギラギラしていた。
ピチカは呆然とした表情のまま、曖昧にこくんとうなずき返した。
「それでは! 試合開始!」
つづく