マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1150] 第六話:つながりは消えないよ? 投稿者:ライアーキャット   投稿日:2013/11/18(Mon) 18:13:14   57clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

・第6話:つながりは消えないよ?


「ナゲキ〜! とどめだ〜!」
「ゲキィー!」
野生のコジョフーが、拳を受けてふっ飛び、地に伏せる。
攻撃を加えた格闘ポケモンは強く息をつき、肘を曲げた両腕を勢いよく脇腹へと引いた。

「ふぅ……これで27体目ぐらいだね」
大都会、ネクシティ郊外の空き地。
私は草村の中で、パートナーのトレーニングを続けている。
太陽は空の向こうに沈みかけていて、オレンジ色の光が辺りを埋め尽くしていた。
私の旅の二日目も、もうすぐ終わろうとしてるんだなぁ…。

「エリ」
馴染みある声が私の名前を呼ぶ。
「あ、サヤちゃん」
「アキラが呼んでたわよ。『そろそろメシの時間だ。戻って来い』ってね」
この街で知り合った鋭い目つきの女の子が、案内人さんみたいに片手を差し伸べてきた。

「う〜ん……あと5分……」
「学校に行きたくない子供みたく言うんじゃないの。…まあ私達は子供ではないけど」
「ナゲキの体力はまだまだ残ってるよ。私のコジョフーだって鍛えられるし……先に食べててってお兄ちゃんに伝えてくれない?」
「あら意外ね。食事を後回しにするなんて。アンタは天然であると同時に大食いキャラだと思ってたんだけど」
「否定はしませんけどさ……」
サヤちゃんしかりアキラしかり、何で私には皮肉ばかりのキャラクターしか集まんないんだろう。
思わず溜め息が漏れたけど、とりあえず周りを見渡ながら、私は話題を逸らす事にした。

「いや〜、さっきまでは見なかったけど…この草むらってわんさかコジョフーが居るんだね!」
戦えるだけですごい幸せな気分! 癒やされるというかテンション上がってきたというか。
私のゲットしたコジョフーだって可愛いけど、野生の皆さんもなかなかでキュンキュンです!
「もう離れたくない位だよ〜!」
「草むらに溶け込んで野生ポケモンの一員にでもなれば?」
「あ! 名案だねそれ!」
「ツッコミなさいよ!」
両手をポンと合わせたら怒鳴られました。
人間って難しいね。

「……とにかくさ、もうちょっとだけポケモンさせて。今はキリが悪いんだ」
「今度はゲームを辞めたくない子供みたいな事を……」
嘆息しつつ、伸ばした手を脇腹に当てるサヤちゃん。
「アンタ本当にポケモンが好きなのね」
「うん。ポケモンの為なら例え火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中あのコのスカートの中だよ」
「あのコって誰よ」
「さぁ?」
ツリ目少女は頭を抑えて首を振った。

「はいはい分かりました。アキラによろしく伝えておくわ」
「ものっそ適当な言い分っすね…」
「アタシみたいに必死に生きてる人間には、アンタみたいなお気楽人種は理解できないの」
サヤちゃんは何故か鋭い目を更に研ぐ。

「アタシだって強くなりたい。ポケモンじゃなく、トレーナーとしてのレベルを上げたいのに……」
「え?」
「何でもないわよ! お腹が鳴り出すまで勝手にしてなさい! じゃあね!」
「あ、あの、サヤ様?」
思わず丁寧口調になってしまった私に構わず、紫髪の女の子は肩を怒らせて去ってしまった。

「……えーっと」
私、何か悪い事言ったかな?
正直、勝手にサヤちゃんが怒り出した印象しか無いのですが。

「ゲキィイイィイィ!」
「あ痛ーーーー!」
突然顎を殴り上げるポケモン!
「げふうっ! ナ、ナゲキ……」
「ゲキィッ! ゲキ! ゲキゲキゲーキ!」
「……うん、分かってるよ」
ズキズキする患部をさすりつつ、放っていた相棒に向き合う。

「ナゲキは強くなりたいんだよね?」
「ゲキッ!」
「そしてその為に、バトルの積み重ねを望んでいる」
「ゲキゲキッ!」
大丈夫。
私が望みを叶えてあげる。

「それじゃあ修行を続行するよ! ナゲキの体力が続くまでね! ……私の捕まえたコジョフーの出番も残してね?」
「ナゲーーィ!」
聞いているのかいないのか、ナゲキは草村に新たな野生ポケモンを見つけたらしく、拳をかざして特攻を開始した。
「よ〜し! 行け〜ナゲキー!」
強さを求める仲間の為なら、私はいくらでも頑張れる。
野生ポケモンは、またもや一匹のコジョフーだった。
格闘ポケモンは高みを目指すべく、新たなバトルを開始する。

そして草村に、一つの音が鳴った。
「あ……っ」
「ゲキ?」
ナゲキがこちらに振り返る。野生のコジョフーも、無言で視線を寄せて来た。
私はお腹を押さえて屈むしかない。
ほっぺたがちょっぴり熱くなる。

「……あはは、ナ、ナゲキ」
「………」
冷たい目をするポケモンに笑みを向けて、私は苦しい言葉を吐いた。

「このバトルが終わったら――ご飯食べに戻っていいかな?」



◆◇◆



「全く…! どうして世の中ってのは、馬鹿ばっかが気楽に生きられるのかしらね……!」
サヤは肩を怒らせながら歩く。
すれ違う通行人らが戸惑いの顔で立ち止まるが、瞼のツリ上がりが増した少女には最早周りなど関係ない。

程なくして、彼女は一軒の木造小屋にたどり着いた。
その名前を『宿屋』と言う。
サヤ及び、その知り合いたるエリ……そして『お兄ちゃん』の泊まる施設。

「――たーだーいーまっ!」
紫髪のムラ咲き少女は、扉を蹴飛ばして宿に帰還した。
ロビーのカウンターに立っていた主人がドアを見て冷や汗を漏らしたが、ズカズカと足踏むサヤに言葉を述べられるはずもない。
ツリ目トレーナーは誰にも声をかけられぬまま、殴り込むように食堂へ入室した。

「……また随分とシケた面だな、おい」
ポケモン研究員のアキラが怪訝そうに呟く。
テーブルの上には既に三人分の料理が並べられ、彼はその一つを目の前に待機している所だった。
そして、居るのは人間だけではない。
「ツタモグ! ツタモグ!」
「ガツガツブー!」
「ポリポリ……ミジュ」
床にはポケモン用のフードがいくつかの皿に盛られ、アキラの手持ち達が一足先に食事を遂行している。
サヤはその三匹を見やると、片足の太股に付けられているホルスターを開けた。

「……チョロネコ! ニューラ!」
取り出した二つのモンスターボールを投げる。彼女のパートナーが飛び出し、床へと降り立った。
ニ匹の猫型ポケモンは一目散にエサへと走した。
「お腹が空いていたのね。……全く。誰かサンが待たせるから」
「おい、エリはどうした?」
アキラの催促がサヤの耳を震わす。
その振動が不快だったので、彼女は溜め息をついた後に冷たく切り返した。

「待ってるだけ無駄よ。あんたの出来損ないな妹は、気の済むまでポケモンと戦いたいらしいわ」
「何だと?」
エリの兄は椅子から立ち上がる。
「必ず連れて来いって言ったはずだぜ? あいつは無理やり振り回さねえと勝手に動いちまうんだからな」
「アタシはアンタの召使いじゃないのよ!」
イラついていたサヤも声を荒げる。

「そんなに全員揃って食べたいなら、自分で呼んでくればいいじゃない!」
「……っ!」
アキラは乱暴な音を響かせ、席を立った。
そしてそのまま、無言で部屋から出ようとする。

「――随分、妹を心配しているのね」
それを止めるのもまた、勝気少女の呟きだった。

「兄が妹を心配して悪いのか?」
「悪かないわよ。でもアンタのは過保護すぎるんじゃないかしら?」
完全に気分を害した風なアキラに、サヤは鋭い両目を細める。
「大体ねぇ…保護者同伴で旅する事自体、アタシには信じられないのよ」
「………」
押し黙る白衣の男。

この世界――ミメシス地方の子供は、一定の年齢を迎えると旅に出る。
大人として認められる為の通過儀礼。
そんな儀式に保護者という救済措置を儲けるなど……前例の無い事だった。

「アンタにそこまで心配されて、付き添いを受けてまで旅してるエリは、よっぽど馬鹿って事なのかしら?」
「否定はしねえよ」
ぶっぎらぼうに答える保護者。
「……それ以外にも理由はあるけどな………何せあいつは…エリは昔………」
「何ブツブツ言ってんの?」
「独り言だ。いちいちツッコムんじゃねぇ」
アキラの口調はほとんどヤケになっていた。
サヤのイラつきが伝染したのか、それとも本来の性格からか。
だから、つい言い返してしまう。

「お前が指示通りエリを連れ戻してくれれば、こんなに心配せずに済んだんだがな」
「ふざけんじゃないわよ! 命令された覚えは無いわ!」
宿ここから歩いて数分の場所に居る妹を心配する兄。
そんな兄の過保護へ苛立つ少女。

――二人の口喧嘩は、その後十数分ほど続いた。
口加減の無い性分故に、その内容は徐々に単なる罵倒に終始した争いと化して行く。
床にて夕食にありつくポケモン達だけが、チラチラとソレを眺めていた。



◆◇◆



「……ツタッ」
「チョロニャ?」
「ツタ。ツタツタッ! ツタージャッ!」
「チョロニャ。ニャニャーロ! チョニャニャー!」
ツタージャが上げた鳴き声に反応し、チョロネコは食事の口を休め応える。
「ニャニャニャ。チョロニャ。ロニャー!」
「ブウゥ?」
出し抜けにポカブが『会話』へと割り込んで来た。
ニ匹は一瞬だけ視線を寄せたが、その表情が『ただ気になっただけ』という雰囲気であるのを読み取ると、彼を無視して『言葉』を続けていく。

「ツタ! ツタ! ツタッ! ツタアァージャッ!」
「チョロニャッ、ニャニャ、チョロンニャ」
「ポカポカブー♪ ポカポカブー♪」
「ニュララァッ! フーッ!」
「ポカブゥ……」
「ジュマ、ジュマル。ミジュジュジュッ――」

…………。
当然の事ながら、ポケモンの会話は人間と別次元である。
人の理解力や言語力――波長が噛み合うはずもない。
しかしサヤとアキラの益体も無い口喧嘩は未だ収まる所を知らず、その内容はどんどん低レベルになるばかり。

そんな人間同士のいざこざに比べれば、ここに居るポケモン達の話し合いの方がよほどマシな情景なのだった。
しかし、こちらの話は意味が分からない。
だから――波長を合わせる。
話を先に進める為に、ここからしばらくの間。
ポケモンの声を人間が理解できる内容に、翻訳する事としよう。
彼ら彼女らは、ポケモンの言葉でこんな会話をしていた――。


『んで、うるさいブタが黙った所で訊きたいんだけどさ〜』
ニューラが耳をピクつかせながら、アキラの手持ちポケモンらに質問した。
『私らのサヤたんに、あんたらのマスター殿は何を血管チョチョ切れてる訳?』
アキラのポケモン……ツタージャ、ポカブ、ミジュマルは、何も答えない。
くさへびポケモンは腕を組んで考え込み、ひぶたポケモンは笑顔で鼻歌を歌い、ラッコポケモンはホタチを磨くだけ。

『なんかサヤたんが侮辱されてるゲなテイストっぽい感じで、私まで超ムカなんだけど』
『……んな事言われましチもねぇ』
御三家で最初に口火を切ったのは、草タイプのポケモンだった。
『あの二人が何を吠え合っているのかなんて、オレっチらにも分からんでっシャ』
『ま〜そ〜だけどさ』
『オレっチらポケモンは、人間の簡単な命令は分かっチも、会話全部を理解なんてドダイトス無料っシャろ?』
『それ、土台無理って言いたいの?』
『ドヤアアアア』
『ぜったいれいど喰らって死んじゃえ』
『それは言い過ぎですチ!』
『はっはっはっ! 見事に切り捨てられましたなぁ! ブー!』
落ち込むツタージャを陽気に笑い飛ばすポカブ。

『猫ポケモンだけにバッサリが上手いって感じですかなぁ? おやおやこれは失礼! こちらまで下らないことを! ブー!』
『いや鬼級マジマジ1000%に下らないしあとウザ苦しいから黙ってよブタちゃん』
『ポカブゥ……』
『つか何で♂ってどいつもこいつもツマンナイ事しか言わないんかしら。ねえチョロぷー』
『そのニックネームでアタイを呼ぶなっつってんだろ』
チョロネコがおしゃべりなニューラを牽制する。

『どうでもいいよアタイは。サヤの姐貴は熱しやすく冷めやすい。ほっときゃ治まるさ。アンタの方がよっぽどツマンナイ事ばかり言ってんじゃないのかい?』
『え〜? そんな事ナイナイ99ナインティナインだよ! 「さいみんじゅつ」使った後に「きあいパンチ」ぶち込んでくるニョロゾくらいナイナイだよ!』
『アタイとしてはディグダが「ひっかく」を覚える事実の方がナイナイなんだがね……いやそれはどうでもいい。とにかく』
チョロネコはフードに口を付けつつ、話を続ける。

『アタイらはアタイらでメシ時を楽しんでいればいいのさ』
『ふい〜ん。チョロぷ〜は落ち着いてるねぇ』
『次そのニックネームで呼んだら首を掻く』
『アイワカリェシタダァシェイリエス〜』
『しかし、ポケモンフーズってのは美味いモンですチなぁ。人間は本当に素晴らしい生き物でっシャ。ミジュマルもそう思うチしょ?』
『我には無用な感慨なり』
最後の一匹はつれない態度だった。ただ黙してエサを口に運んでいる。
『世界の優美、浮世の愉悦。太極の流れを見据えるほど、我はまだ成長してはいない。ホタチ二刀流を得るレベルとなるまで敵を斬る。それだけだ』
『……ねぇツタージャ、このソバカスラッコは四六時タイムズでこんなチャンネルなの?』
『そうっシャ。あとミジュマルのアレはソバカスでなくヒゲだと思うチけど』
『あっそ。顔に似合わない性格だねぇ』
ほどなくして、皆は食事を終えた。
人間の喧嘩は終わっていなかった。

『本当に何を争ってるんっシャがねぇ』
『だから、どうでもいいじゃないかい』
『ご主人様が喧嘩してんのにドライっチなぁ』
『アタイらには何も出来ないじゃないか。人間は人間同士、ポケモンはポケモン同士。平和な時は別々に過ごすのが一番いいんだよ』
『アハハ、チョーウケる! それじゃあチョロにゃん、人間とポケモンが一緒になれるのはバトルの時だけになっちゃうじゃん!』
『ああそうだね。皮肉なもんだ』
ニックネームを替えて来た事への突っ込みを辞めるチョロネコ。

『それに、姐貴はアタイらに少し遠慮してる所があるからね。アタイらは空気を読んで、一歩前に引くって訳さ』
『遠慮? どういう事っシャ?』
『どうでもいいだろ』
しょうわるポケモンは空になった皿を放置し、部屋の外へ歩き出した。

『ブー? 何処へ行くのですかな?』
『腹ごなしに外へ行くんだよ』
『それはいいですなあ! こちらも腹が膨れて来た所で! お供しましょう! ブー!』
『アンタとアタイの腹を一緒にするなよ豚。湯で煮られとけ』
『ポカブゥ……』
『ブタちゃんのアホポカリンな戯言はともかく、私もゴーイングブチかましちゃおうかな! 食っちゃ寝生活が続いてたし!』
『じゃあオレっチも運動するっシャかな』
『な、ならばこちらも! ミジュマルは如何ですかな? ブー?』
『我は暫しホタチを研ぎ、この室内から外界の音に耳を済ます修行に入る。喧騒の嵐故、良い鍛錬となるであろう』
『はいはいヒゲラッコちゃんのチンプンな漢文は捨ておきマッショイ!』
ニューラが活発にチョロネコを追い越し、部屋の入り口にて鳴き声を上げた。

『チョロにゃん、ヘビオちゃん、ブタちゃん! 早くお庭で遊ぼうよ!』



四匹のポケモンは庭へ駆け出す。
都会の中とは言え、此処は休息の為の場所。リラックス効果があると踏んだ宿の主人により、入り口の前には芝生や木々が控え目に茂り、ちょっとした自然のスペースを構成している。
空を見上げれば無機質なビル群が立ち並ぶ中、この土地は楽園のような存在だった。
だからこそ、ポケモン達も伸び伸びと遊ぶ事が出来る。

『わっはっは〜! さあ皆さん! こちらを捕まえてごらんなさい! ブー!』
『ソロで走ってるブタちゃんはシカッティングするとして、チョロにゃん。何して遊ぶ?』
『次そのニックネームで読んだら新しい技を覚える』
『いやそれは無理でしょチート乙』
『アタイは腹ごなしと言ったんだ。せいぜいそこら辺でゴロゴロして胃袋を慣らすさ』
『じゃあ私もやっぱりオネンネしてようかな〜』
チョロネコとニューラはそれぞれに気怠げな鳴き声となり、やがて身体の動きも緩慢になっていく。

『ありゃりゃ、言い出しっぺが寝ちまっシャっチ。ミジュマル連れて三匹で遊ぶべきだったシャかねぇ』
『こちらを捕まえる者は居ないのですかな? ブー!』
そんな♀勢を複雑そうに眺めるツタージャと、無視に気付かず駆け回るポカブ。
とても平和な夕方だった。

『……カブッ!?』
そんな中、ひぶたポケモンが何かにぶつかる。丸い身体がひっくり返った。短い足を必死にバタつかせて起き上がる。
『な、何ですかな?』惑と共に上を向くと。

「ここだな――あの人の言ってたトレーナーの宿屋は」

そこには、一人の男が立っていた。



◆◇◆



その男は風変わりな服装――この都会では間違いなくコスプレの類と疑われても仕方がない、民族衣装めいた格好をしていた。
年は若く、青年と呼称して良い面構え。
ポカブは首を傾げる。
こんな姿の人間は見たことが無い。

謎の男は顔を歪め、不愉快そうに頭を掻いた。
「ったく……面倒くせえ。あの幹部サマに呼び出されて来たはいいものの、任務があんなつまんねえ内容だなんてよぉ」
「ポカポカプー! カブー!」
記述し忘れたが、再び人間中心で話が進みそうである為、ポケモンとの波長合わせを打ち切る事とする。

ポカブは未知の人間に戸惑いながらも、人なつっこく親睦を深めようと試みた。
人間に悪い者は居ない……トレーナーという主人に所有されたポケモンの大多数が抱く考えに基づいて。
……不幸にも、今回はそれが仇になったのだが。

「どけっ!」
「ポギャン!?」
男は足元にまとわりつくポケモンを蹴り飛ばした。
ポカブの体は軽く丸い為、キックを入れるとよく飛ぶのである。

ここに来てようやく――他の面々も異常に気付いた。
ツタージャが目を瞬かせる。
チョロネコとニューラも、急速に休息から覚めた。

ポカブは地面に墜落して――しかし、即座に起き上がる。
人間程度の攻撃にダメージを受ける生物ではない。
しかし…それでもショックは大きかった。

「ポカブゥ……」
「けっ! 痛くも痒くもない癖に、そんな顔すんなよ。面倒くせえ」
言葉通り、心底倦怠感に包まれた顔で再度頭を掻く青年。
何者なのかはともかく、彼が人間の中で余り誉められた人格を所有していないのは疑いようもなく間違いなかった。
「こんな豚野郎はどうでもいいんだ。……あー、マジで面倒くせえな。早いトコ標的を見つけて、あのヒゲオジサマに金でも貰わにゃあ……」
青年はブツつく。誰にともなく。
そうしながら周囲をしきりに見渡し――やがて一方向に視線をロックした。

「おっと……」
目を見開いたその先には、ニ匹の猫ポケモン。
後ろ脚を折りたたんで地に付けつつ、前脚を突っ張って腰から上を起きあがらせたチョロネコとニューラ。

「へへ、コイツらだな。幹部サマが言ってたポケモンは」
「ニュラッ!?」
「チョロフゥウウウ……!」
猫達はポカブとは違う。即座に警戒を露わにした。
言葉が分からないなりに、雰囲気で青年を敵と認めたのだ。

「フン……やっぱ一筋縄じゃあ行かねえか。あ〜面倒くせえ」
男はぶつくさ文句を言いながら――ズボンのベルトに付けられたモンスターボールに手をかける。

「とっとと任務を済ませて、『組織』からガッツリ金貰ってやるよぉ!」
怪人物はボールを投げる。
ゲットする為の物ではない。捕獲済みのポケモンにモンスターボールは効果が無い。
勿論、バトルの為だった。

「……スィイイィイイイ〜〜〜プ!」
青年のポケモンが現れ、後ろ脚だけで地面に立つ。

長い鼻は途中で力無く垂れ下がり、両目も緩んで細まった形状。
茶色の下半身に対して黄色の上半身から伸びた前脚は前に突き出され、ゆらゆらと謎めいた動きをしていた。
どことなく眠たげな顔つきにして、見る者をも眠気に誘いそうな動作……。

さいみんポケモン、スリープ。

「スリープ! ニューラに『さいみんじゅつ』を使え!」
「スイスイスイ〜〜〜!」
「ニャラララ!?」
蠢いていた前脚の動きを止め、スリープは念を込める。
それは体中から不思議な力となって滲み出し、標的の肉体に干渉していく。

「ニュ………ウゥッ……ラ…………!」
ニューラの足元がふらつく。目蓋が激しく震え、重くなる。
そして――小さな身体が倒れた。
催眠術にかけられ、深い眠りに陥ったのだ。
先ほど自身が実行しようとしていた行為が、皮肉にも完遂した瞬間だった。

「あくタイプにエスパータイプの技は効かない……だが『へんか』技なら話は別さ」
「チョッ…!? ニャニャニャー!」
残る戦闘要員が飛びかかる。
片方の爪を突き出し、素早くスリープの背後をとった。
「スィプッ!?」
「チョロニャア!!」
避けようとしたスリープの身体を突き飛ばすように、強烈な斬撃が背中を裂いた。
謎の男がよこした使客は、それで容易く地面に伏せる。

「ちっ……『おいうち』か――!」
怯える相手を痛めつける技。
スリープが回避ならぬ『逃げ』を選択していたならば、ダメージは更に跳ね上がっていただろう。

「スィスィ………プフゥーー!」
そのような事態にはならなかった為、スリープは即座に立ち上がったが。
「チョロロ……!」
「はんッ! 残念だったな。『おいうち』は普通に使っちゃ威力が低い」
敵ポケモンの主人が余裕げに笑う。
「――そして今のお前には、それ以外の有効な技が無い!」
人間の唐突な指差しに、猫はたじろぐ他無かった。

「あくタイプにはエスパータイプの技が効かず……エスパーにはあく技が常に『こうかばつぐん』となる」
「チョロニャ……」
「だが今のお前には、『おいうち』以上のあく技は無い!」

彼は彼なりの知能に基づき、戦術を組み立てていたのだ。
「ニューラはお前よりはるかに攻撃力が高い。だから最初に眠らせた」
男は相棒に指示を出す。『さいみんじゅつ』だ。
「弱い力と技しか持たないお前は、後回しで倒してやるのだあぁあ!!」
「スィーーーープ!」
第二の念波がチョロネコを襲う。

「ニャ…!?」
相手の余裕綽々な態度に呑まれ、回避が遅れた。
「くっくっくっ……コンプリートだ」
ニ匹の子猫が地に伏し眠る。
謎の青年は腕を伸ばし、その身体を抱き上げた。

「俺のミッションはコイツらを倒す事じゃねえ……攫さらう事だからな。華麗な任務遂行って奴よ」
「カブッ……!」
「ツタツタ……」
沈黙する外野席。
得体の知れない襲撃者に♂達はたじろぐばかりだった。指導者が居ない事も重なり何も出来ない。猫達も救えない。

「俺って凄いだろ! 誰か誉めろ!!」
だから、フィールドの空気を震わせるのは――勝者の宣言のみ。
「あ〜、そうだった。ここに人間は俺しか居ないんだった。面倒くせえな。チヤホヤされていい気分になりたかったのによ」
「……ポカポカー!」
突然、ポカブが走り出す。決意をたたえた表情で。
ただし――宿屋に向かって。
「ツタァ!? ……ツタタター!」
ツタージャは一瞬目を丸くしたが、男と宿を交互に見て…結局同様の行為を始めた。

「はっはっは!! 情けねえ奴らだぜ!」
獲物を腕に収めたまま、男は笑う。
モンスターボールには入れられない。後はこのまま立ち去るだけ。
「さて――っつー訳でトンズラしますか」
誘拐の本分は迅速性だ。男は敷地から去るべく、スリープを戻そうとする。
だが、

「……えっ!?」
「うおっ!?」

振り返った所で――第三者に鉢合わせた。
宿屋にやって来た…否、帰ってきた一人の少女。
チェリンボのアクセサリーで結われた、サイドテールの髪。モンスターボールがベルト部に装着された独特なリュック。
それは紛れもなく、男が手にしているポケモンの持ち主がエリと呼ぶトレーナーに他ならない。
男の手は固まった。
お陰でスリープを戻すタイミングを逃してしまった。
今戻せば、少女は理由を問うて来るかも知れない――こんな所でポケモンを出して、何をしていたのかと。

「な…え? 貴方は誰?」
エリは宿の前に居る怪しげな男へ、純朴に問う。
焦るのは悪人の方だった。相手は子供。丸め込みの台詞を即座に考える。
「お、俺は相棒をあやしてただけだ!」
「相棒?」上目使いに男の抱えるポケモンを見やるエリ。「そのチョロネコと…ニューラがですか?」
「そ、そうだ! こいつらはワガママでな。時々ボールから出して抱きしめてやらないと、すぐ引っ掻いてきちまうんだよ」
ポケモンは人間と違い、同じ個体を並べても外見ではその差が分かり辛い傾向にある。
エリは知り合いに同じポケモンを持つ者が居る事を知りながらも、ニ匹の猫がそれと同一ポケモンであるとは見抜けない。
故に彼女が「そうですか〜。大変なんですね」と普通に気付かず労ったのも、当然と言えば当然だった。

「そ、それじゃあ俺はこの辺で!」
「あ、あの!」
走り出そうとした所で、再度のアクセス。
「その…後ろのポケモンも、貴方のですか?」
「へ? あ、ああ。そうだな」
何故がっついて来るのかと、内心で男は歯噛みした。
「そのポケモンもボールから外に?」
「いやいや! このスリープは根暗でな! 日光を浴びせたかっただけさ。今戻す所だ」
苦しい言い訳だったが、出していたポケモンを不自然でなく戻すのには好都合と判断し、男はボールを取り出す。
そして、用済みとなった相棒をボールに帰らせた。
鈍足なスリープと共に逃げる手前が省けて良かったと胸をなで下ろす。
しかしそこで――彼は気付いてしまった。
「あ、でも」
瞬間、男のこめかみを嫌な汗が伝う。
「もうすやすや眠ってるみたいですね」
焦りがこみ上げ、策を考える頭を急速に鈍らせていった。

「そのチョロネコとニューラも、戻した方がいいんじゃないですか?」

「……!」
戻せる訳が無い。
ニ匹のポケモンが入るべきボールは、本来の主が持っている。
そしてそれ以外では、いかなるボールでも人のポケモンは戻せない。
ポケモンはモンスターボールで捕獲されると、そのボールとの間に『契約』を結ぶからだ。

「? どうしたんですか?」
「いやいや…実はこいつは戻せな……い事は無いんだが、えっと、」
男は三つのミスを犯した。
一つ…彼は少女を無視してでも現場から走り去るべきだった。
二つ…彼はもっと冷静に思考する心の余裕を持つべきだった。
そして三つ…彼は知らなかった。

「……あ、あの」
「…………」
いくらエリに考える力が足りずとも――ここまで来たら気付かれない訳も無い。
彼女もまた、味わった事があるのだから。
ポケモンを泥棒に盗まれるという経験を。
その記憶と、目の前の男の不自然な態度、そして友人のと同じ手持ちを所有している事実……。
「もしかして、貴方……」
「くっ……!」

彼は行動するしかなかった。
「スリープ! 『ねんりき!』」
早撃ちのように、悪人は再びスリープを素早く繰り出し、命じる。
「うわっ!」
瞬間、エリに向けて念波が放たれた。
辛うじて身をかわしたが……その事実を以て、少女は事の真相を悟る。

「やっぱりそれ、サヤちゃんのポケモンなんだね――この泥棒!」
「泥棒強盗大いに結構さ! 俺は犯罪の現行犯! 目撃者はタダじゃおけねえ……!」
「させないよ!」
照準を当てられても、ターゲットにはあがく手がある。
標的は護衛を繰り出した。

「行けっ! コジョフー!」
「コジョーーーー!」
格闘する小動物がボールから飛び出し、犯罪者に向き合った。

「ポケモントレーナーになる前は気付かなかったよ。ネクシティにこれほど悪人が居たなんて!」
「大都会=路地多発=隠れ場所には困らない…後は分かるな!?」
「了解だよ!」
人間は発達すればするほど悪になる。それだけの話だ。
ゴタクはここまで。ここから先はモンスターに体を借りたガチバトル。

エリは相棒に指令を下した。



◆◇◆



「コジョフー、『ねこだましっ』!」
私のアイドルが必中の技を出した。何があろうが最初はコレに限る!
「ったく……ありのまま今起こった事を話したい所だよ」
ここ最近、というかポケモントレーナーになってからアグレッシブなイベントが多すぎる。
デビューして初めてのバトルには負けちゃうし森ではパートナーとはぐれちゃうし都市このまちじゃその子を盗まれて今また友達のポケモンが盗まれて……以上ここまでが昨日&今日の出来事とか。
「はぁ……忙しいね全く」
とりあえずの感想を述べて、目下排除すべき敵サンをギロリ。

何処のどいつか知らないけど、怪しい服装の人がサヤちゃんのポケモンを盗もうとしている。
絶対泥棒なんかに負けたりしない!
泥棒には勝てなかったよってフラグではなく!!

「てな訳でコジョフー! 今度は『はっけい』だっ!」
「コジョジョーー!」
相手ポケモンは『ねこだまし』で動けない。素早いこの子で追撃する。
両手(いやホント手なのか前足なのか)を押し付け――衝撃波っ!

「スイイイ……ッ! ップ。フフフフ……」
「あ、あんまり効いてないっ!?」
「ケッ! 微々たるダメージだよガキが! かくとうタイプがエスパーに弱い事も知らないのか! ああん!?」
ああんっ!
そうですかエスパータイプですか!
確かお兄ちゃんが持ってたケーシィ、あとこの町のジムリーダーが持ってるタイプだったっけ……。

「スリープ! 『さいみんじゅつ』!」
「スィイイィイ!!」
対するポケモン――スリープというらしい――は、突然両手の指をくねらせた(いやホント以下略)。
「コジョーー!」
それが何を意味するのか考える前に、コジョフーが勢いよく横に飛ぶ。

「くっ――『うまくきまらなかった』か!」
よく分からないけど、何かを避けたらしい。
……すかさず命令だね!
「コジョフー! 『おうふくビンタ』だっ!」
ノーマルタイプの技を命じた。

『戦った時に思ったけど………アンタって、タイプの相性を何も知らないでしょ?』
昨日の夜に聞いた、サヤちゃんの声が蘇る。
宿屋で寝ようとした時に、ポケモンのタイプに関する話を教えて貰ったんだ。
エスパータイプには、かくとうタイプは『いまひとつ』なんだよね……!

「ちぃっ――!」
コジョフーの平手打ちを叩き込まれてフラつくスリープ。
体力はまだまだ残ってるみたいだった………技が来る!

「眠らせていたぶろうかと考えたのが間違いだったぜ…」
名称不明の男サンが吠える。
「やっぱり格闘ポケモンには、攻撃技のエスパーをぶつけなきゃあな!」
勢いよく命令を下す誘拐犯。
僕しもべは忠実に従い、目をカッと開いて前脚を突き出した。

「スイィイーープ!!」
「コジョオッ!!」
水溜まりの波紋みたいな光が一直線にコジョフーへ当てられた。
今度は――避ける事に失敗する。
吹っ飛ばされて地に落ちる、私のポケモン。

「『さいみんじゅつ』は命中率が低い。だから簡単に避けられたんだろうが……『サイケこうせん』はそうはいかねえ」
「くっ、コジョフー!」
カンフーポケモンはゆっくりと立ち上がった。
「………?」
けれど何か、様子がおかしい。

「コ〜〜〜ジョ〜〜〜〜……」
目を回し、おぼつかない足取り。
頭の上に鳥さんがピヨピヨ回っているみたいな…クルクルパーの様相。
「コジョフーしっかり! もう一度『おうふくビンタ』を、」
「コフ〜〜〜!」
小さい友達は、私の言葉を聞かなかった。
コジョフーは近くにあった岩へ突っ込み、自分の頭を激突させた。

「コジャアァアアア!」
と思ったら、おでこを抑えて泣きわめく。
「いや当たり前でしょ何やってんすか!」
「混乱しているんだよ。『サイケこうせん』は運の悪い相手を『こんらん』状態に変えるのさ」
「何だってえ!?」
あのクイネの森で私がナゲキに仕掛けてしまった最悪の事件! 自分で自分を攻撃してしまう状態異常が再び!?
いやいや、そんな説明乙な事してる場合じゃない!

「一度ハメれば後は単純作業だ! スリープ、もう一度『サイケこうせん』!」
「スイィイーーー!」
「コジョオオォア!」
波紋の光に染まる仲間。
ヤバイヤバイ! マジマズでヤバイ!

「オラどうだ! 低レベルでエスパー技を喰らい続けた感想はよぉ!!」
コスプレ男は私じゃなく、コジョフーに言葉を吐き捨てていた。
心底楽しそうな表情。
バトルを楽しむのならいい。けれど彼の顔に浮かんでいるのは……違う。
苦しみや痛みを容赦なく与えて、それを愉快に思う感情だった。
しかも自分自身じゃなく、ポケモンにそれをやらせるなんて――!

「……っ、コジョフーお願い! 自分を取り戻して!」
こんな奴に負ける訳にはいかない。サヤちゃんのチョロネコとニューラが攫われちゃう。
でも…そんな思いが簡単に通じるほど、バトルは甘くないようだった。

「コジョオオ〜〜〜! ゴフッ!」
「ハハハハ! また自滅しやがったぜ! スリープ! 行けぇ!」
「スィアアアアアッ!」

三度目のサイケこうせん。
螺旋に呑まれ、倒れ込むコジョフーの体。
「勝負は決したな。こいつらは貰って行くぜ」
誘拐犯が行っちゃう……そうはさせない!
「今度はナゲキを、」
「コ……ジョ……」
もう一つのボールを掴んだ時――小さな戦士が再び起き上がった。
苦しみに歪んだ顔をしながら。

「コジョフー、もう無茶だよ!」
「コジョー!」
まだやれる、そんな目つき。
でも……あの反応から見て、サイケこうせんは多分エスパー技だ。つまり『こうかはばつぐん』という事。
そんな物を受け続けて、混乱までして……!

「その通りだなぁ。もう諦めろよ、面倒くせぇ」
嘲り笑うポケモン攫い。
「そんな雑魚で何が出来る。俺の邪魔をすんなよ。この誉められるべき完璧な俺を」
「何が………完璧だよ!」
どうしようもない状況で、私は怒鳴るしか無かった。
「貴方…ううん、君は最低だ! 何が目的か知らないけど、人のポケモンを盗むなんて最低だよ!」
「はっはっは! いいんだよ俺なら。こっちは慈善事業でやってんだからなぁ」
勝利を確信した犯罪者は怯まない。

「この猫どもの事情なんざ知らねえが……こいつらも幸せなんじゃねえのか?」
「何を言って……!」
「俺はポケモンを誘拐しに来たんじゃねえ――救ってやりに来たんだ」
妙にはっきりした声色で、悪人は言った。

「『上』からの命令でな」
「上……?」
意味の分からない言葉。
何なの? コイツもモノトリオと同じ、変なプライドの持ち主って奴?
けれど――いずれにしても。
ポケモンを奪って、バトルを弱い者いじめみたいに楽しみ、敗者を嘲笑する。
そんな奴に、救うとか何とか言われたくない――!

「ふざけないで………下さい」
「あん?」
前の泥棒以上の怒りがこみ上げて、思わず口調まで変わってしまった。
けどそんな事はどうでもいい。早くナゲキを出して、もう一度……。
「その子達はサヤちゃんのポケモンです……それも所有物なんかじゃない。大切なパートナーなのですから――」
「…関係ねえな。俺は上に言われた事をするだけだ」
コイツにも心というものはあるらしい。こちらの顔を見て、声の調子が若干落ちている。
私は少し深呼吸してみた。腹が立った時にはやれとアキラが教えてくれた方法。
落ち着いた。いつもの口調で喋れそうだ。

「だから……君から絶対にその子達を取り戻すよ」
「ふん。コロコロ喋り変えやがって。お前はアレか? 二重人格って奴なのか?」
「私の事なんてどうでもいいでしょ。今はポケモンバトルをしてるんだから」

ナゲキ入りボールを、リュックのベルトから取り外す。
「コジョフー、無理は禁物だよ。ボールに戻って」
「コジョ……」
「大丈夫。貴方だけじゃないんだから」
目の前の男を、強く睨んだ。

「コイツが許せないのはね」
「諦めろっつったはずだがな?」
「諦められない戦いもある」
「ああ、面倒くせえ話だ」
スリープを戻そうとしたんだろう、誘拐犯はモンスターボールを持った手を下げる。
……どっかの目ざとい兄の真似じゃないけど、ベルトに他のボールが見当たらない辺り、敵の手持ちはスリープだけらしい。
まだ、不利な状況では無いはずだ。
「いいよ。お前を完璧にやっつけて分からせてやる。ああついでにお前も眠らせておかねえとな。それともさっきみたいに『ねんりき』をブチ込んで……」
そんな風に、聞きたくもない醜悪な言葉を吐きながら男は対峙して。

「う――ぐおぉおおああ!!」
……直後に悲鳴を上げた。
「い、痛ぇ! いでいでいで!! や、止めコラァ!」
「――チョロニャアア!!」
犯罪者の顔面を引っ掻き回し、猫の片割れが地面に降り立つ。
「チョロネコ!」
「な、何でだよ! 『さいみんじゅつ』で眠らせたはずじゃあ……!」
もう一匹のニューラはまだ眠っている。だけどその子を抱えているから、敵は顔を手で覆えない。

傷だらけの顔面。
ざまぁ…と言えるほど、形成逆転ではないけれど。
「そ、そうか! 『さいみんじゅつ』が解けやがったのか! 時間が経ち過ぎて――畜生! お前のせいで!!」
私を指差しながら、理性のタガが外れたみたいに怒鳴ってきた。

「許せねえ! スリープ! あの女に『サイケこうせん』を……」
「ミジュジュマー!」
「ぼほわ!?」
不意に真横から水流が飛び、野郎に当たる。

「ポカポカブー!」
「ツタァアアアー!」
「おいエリ! 何があった!」
「そのコスプレ男は誰よ!」
サヤちゃん、そしてお兄ちゃんとその仲間達。

「っ!? ちょっとアンタ! そのニューラはアタシのよ!」
「……ああ分かってるよ。所有者さん」
下手人はこの期に及んで、ポケモンを持ち主に返そうとしない。
そして、スリープの方を見やる。

「………これは正式なバトルじゃねえ……使えるかも知れねえな……野生ポケモンに遭うのが面倒くさくて持たせてたんだが……」
「何ブツブツ言ってんの!? 返しなさいよ!!」
誰よりも強気な彼女は男に掴みかかった。
ううん、掴みかかろうとした。

「――『にげる』!」
自分のポケモンに言うように、犯罪者は高らかに叫んだ。
……こんな衆人監視の中で逃げようと!?
そんな風に思う暇こそあれば、

「スィイイイイプ!」
その暇へ殴り込むみたいな勢いで、スリープはどこからともなく玉を取り出し………地面に叩きつける!
いきなり、辺りに煙が巻き起こった。
ありえない量。爆風みたいだと言ってもいい勢いで、視界を埋め尽くす。

男の足音が聞こえる。この場から逃げ去る泥棒の足……。
煙が止んだ。

「なんなの今の技!?」
「技じゃねえ。『けむりだま』だ」
混乱を抑えた声調で兄が言う。
「『きのみ』と同じように、ポケモンには道具を持たせる事が出来る。『けむりだま』は戦闘から必ず逃げられる」
「…色んな道具があるんだね」
「トレーナーとのバトルは逃げられないんだが……泥棒の抵抗は例外だったようだな」

「エリ、どういう事だ?」
……かくかくしかじか。
「なる程、合点がいったぜ。サヤと『お喋り』してたらポカブとツタージャが飛び込んで来たから何かと思ったんだ」
「納得してる場合じゃないでしょっ!」
叫ぶのは紫髪のトレーナー。
「アイツを早く追わないと……ニューラが、アタシの大切な……!」
声に詰まるサヤの目に、薄く涙が浮かんでいた。

『こっちは慈善事業でやってんだからなぁ』
『俺はポケモンを誘拐しに来たんじゃねえ――救ってやりに来たんだ』

……やっぱり、悪党はアイツの方だ。

「チョニャ!? …チョニャニャニャ!」
チョロネコが地面に顔を寄せた後、いきなり走り出す。
「チョロネコ……? 分かるのね? あの男の臭いが!」
「チョロニャー!」
サヤちゃんも後を追って駆け出した。
そういえば、お兄ちゃんから聞いた事がある。臭いに敏感なのは何も犬だけじゃない。猫もそれなりに鼻が良いと。
獲物を探したり天敵に気付く為に、嗅覚の鋭いポケモンは多いらしい。

私も、行かなきゃ。
私は今度こそ本当に、コジョフーをボールに戻した。

「おいエリ!」
「お兄ちゃんは警察に通報して! 私達はアイツを捕まえ…られなくても、ニューラを取り戻して来るから!」



◇◆◇



宿屋の敷地から出る。標的の姿はとっくに消えてたけど、チョロネコは確かな足取りで進んでいた。

「絶対に許せない! よくもアタシのポケモンを……!」
サヤちゃんの足も速かった。チョロネコと合わせて、私が置いてかれそうな速度だ。
初めて会った時(昨日)も、泥棒を追ってる最中だったよね…。足には自信があるのかな。

「ずっと一緒に居て…やっとわだかまりも解けかけてきた。好きになれてきたっていうのに……」
「えっ?」
………何か違和感のある言葉が混じっている?
不自然な台詞に疑問が湧いたけれど、こんな時に考えてもいられない。

前の一人と一匹はどんどん走り続ける。住宅街を抜け、ビル群に突っ込み、路地裏へ周り込んで――。
「あっ、居た!」
「待ちなさい! とっとと止まってニューラを返せっ!!」
「うおおおおお!」
謎の服を来た男も必死だ。犯罪者だもんね。

しばらく追いかけっこを続けた後……相手は正面のビルに入っていった。入口のドアが閉じられる。
ほぼ直後にそこへなだれ込んだけれど、

「開けなさい! 開けなさいよっ!! ……チッ。鍵をかけられたわ」
「でもこれで、追い詰めたんじゃないのかな?」
私はビルを見上げる。
そんなに大きくは無い。三階建てで、何かの事務所っぽい雰囲気だ。外側の壁に付けられた看板には何も書かれていない。多分空き物件って奴だろう。
「ここがアジトって事なんだよね?」
「どうでもいいわ! アタシはニューラを取り返したいんだから。ついでに殴ってやんないと気が済まない!」
怒りの形相で扉を叩き、蹴飛ばすサヤちゃん。
そこでふと何かに気付き、「ごめんなさい。チョロネコ」と相棒に向き直る。

「謝るのが遅れたわ……アンタとニューラを見ててやれなくて、ごめんなさい……。アタシ、トレーナー失格よね………」
「大丈夫だよ、サヤちゃん。チョロネコもニューラも、そんな事思ってないって」
「何で分かるのよ……」
「何となく、だけど」
「アンタ……」
あ、ヤバい怒られる。
そう思ったけど、ツリ目さんは溜息をついただけで何も言っては来なかった。

「――まあいいわ。アタシはニューラにも謝らなくちゃいけないんだもの。さっさと突入して救出しましょう」
「そうだね……でも――う〜〜んっ!」
私は扉の取っ手(ノブじゃなかった)を掴んで引っ張る。当然の如くびくともしない。

「駄目だ、全然開かない」
「いいえ。問題は無いわ」
「どうして?」
「……アンタのボールは何の為にあるのよ」
そーでした!

「行け! ナゲキ!」
「ゲキィイイイー!」
パートナー召還っ!

「ナゲキ、この扉を壊すんだ! 何か投げ飛ばす勢いで!」
そしてお願いするけれど、
「……ゲキ?」
途端に、ナゲキの表情が曇る。なんか不満げな……。
「あっ――そうか」
バトルに関する命令…しかも利害が一致しないとナゲキは受け付けないんだっけ。
けどコジョフーはボロボロだったし……。

「あのその…そう! この扉の向こうにね! ナゲキの実……練習台が居るんだよ!」
「ゲキ………」
「つ、強くなりたいんだよねナゲキは! さあ行ってみよう! 目標に近付くんだ!」
「ゲキ……………」
すげー疑り深い目で見られた。
まだまだ私、信用されてませんorz

「ナゲキ! 早くこの扉を壊しなさい!」
切羽詰まったサヤちゃんが声を上げる。
「ご、ごめんナゲキ! 今は緊急事態なんだ! チョーホーキテキソチを認めてはくれないかな!」
「ゲキィ……」
「認めてもらうわよ! それともこんなドア一つ、アンタは壊せないのかしら?」
「サヤちゃんの言い方はアレだけど、私からもお願い!」
「ゲ………キ」
「ナゲキ!」
「ナゲキ!」
「やりなさいよ!!(怒)」
「おねげーします!!(涙)」

「ゲキィイイイイィィイ〜〜〜〜!!」

うるせえとばかりに、柔道ポケモンは能動的攻撃を見せた「って、ええ!?」私の方に突っ込んで来るんですがドア前の私に、

「ぎゃーーーー!!」
ロクでもない効果音と共に、扉ごとやられました。
体が地面から自由になり……ぐえっ! 滅茶苦茶…………痛い………。
「さあ、寝てないで行くわよ!」
「はい……」
「ゲキゲキー!」
「チョロニャアァアア!」
奥に進む紫さん。赤&紫頭のポケモンさんも我先にとドタドタ上がる。
倒れた扉から起き上がり、私も往きます。

「……ホコリ臭いビルね。何年借り手がついてないのかしら」
口元を抑えながらサヤちゃんは階段を上る。その後ろにはチョロネコ&ナゲキ。最後尾を私。

結局、1階には誰も居なかった。それならアイツは上に居るに違いない。
――って言うか、私がスクリームしながら転がり込んだのに何も動きが無い辺り、
「ポケ攫いは3階に居るわね」
ですよねー、という訳だ。

「1階に裏口が無かった以上、あの泥棒は袋のコラッタだわ」
「袋のコラッタ?」
「……アンタは『ことわざ』って物を知らないの?」
「ああそれなら知ってる」
お兄ちゃんがウザい位に吐きまくっていましたので。
「そう。じゃあ説明はいらないわね」
ひでえ。
「サヤちゃんってお兄ちゃんに似てる……」
「何か言った?」
心臓ブチ抜き視点で睨まれた。
口笛を吹きながらそっぽを向く私です。

「ニャー! ニャー!」
チョロネコが唐突に叫ぶ。廊下の奥に立って振り返りながら。

「な、何?」
「……階段へ曲がる角ね」
「ゲキィ…?」
3階へ向けて開けられた入り口。
ギリギリまで近づいて――私達は耳を澄ませた。

「……取り逃したと言うのかね?」
「いやそうじゃなくて! 邪魔のせいなんすよ!」
恐る恐る顔を出す。
誰も居ない階段――その上から声が聞こえた。
3階で喋ってるダレカサンの会話が、ここまで響いて来てるらしい。

「――ゲキィィイ!」
「ナ、ナゲキ!? 待って!」
柔道ポケモンが怒号と共に階段を駆け上がる。
「エリ! 行くわよ!」
「へ、へい!」
「ニャニャニャー!」
一気に突入モードですか!?

「……な、何だね?」
「畜生! ビルに入るトコ見られたか!」
3階にゴールして――そんな声が伝わって来る扉を、ナゲキがブッ飛ばした。
ドタドタ部屋になだれ込んで……っと、と! 危ない転ぶ!
両足にブレーキをかけて、サヤちゃんの背中にぶつかるのを避ける。
顔を上げて、私は目の前の光景を見た。

椅子とか机とかが全部壁際に寄せられている室内。
そこに、男の人が二人立っている。
片方は……さっきの野郎。ニューラを両腕で抱き寄せて、パニクった顔を浮かべている。
そして、もう一人。

「……やれやれ。そう言えば良いのかね?」
見たこと無い人、パート2。

「ああもう――世の中にはふざけた男が多いのね!」
頭に血が上った面構えのサヤちゃん。ふざけた男(新規)をビシッと指差した。
「アンタ達は何なのよ! 揃いも揃ってそんなカッコして!」
「ふう……厄介な事になったものだ」
二人目の新キャラは息をつき、苦笑いを浮かべてこちらを見た。
泥棒男を青年の部類に当てはめるなら………こちらは『壮年』って感じの大人。
青年サンに比べて少し派手な衣装を着込み、鼻の下と顎に口ガサツさのある髭を生やしている。

彼は随分と余裕げに見える態度で、口を開く。
「吾輩の名前はバンと言う」
エキセントリックな一人称をぶっちゃけつつ、傍らの奴を示して、
「君達が追っていたこの男は…まあ『したっぱ』だな」
「そういう事を訊いてるんじゃないわよ!」
髭面の人――バンに噛みつくように怒鳴るサヤちゃん。
開き直りみたいな対応が気に食わなかったらしい。
………私も同じだけれど。

「やれやれ、気の荒い少女だ」
彼は無駄に大らかな態度を崩さず、両手を広げる。
「吾輩の調査通りだな。サヤ。君はポケモンを持つ資格が無い」
「……どういう事よ」
下っ端と同じ、断定的な喋り方。
私はさっきから言葉が出ないし――サヤちゃんも勢いを削がれたようだった。

「ていうか、何でアタシの名前を…」
「吾輩が君達を調べていたからだよ。エリ。君もまた同様にね」
両肩が跳ね上がる。
知らない人から名指しされるのがこんなにビックリするなんて思わなかった。

「昨日の事だ。吾輩達のボスから連絡があった。『モノトリオが警察に捕まった』とね」
「…あの泥棒、アンタ達の手下だったの?」
「野良のアウトローを吾輩達の『団』が雇ったのだよ」
「『団』って…」
「フリーのままなら問題は無かったのだがね。そもそも彼らは逮捕歴も多い。しかし吾輩達の仲間である時に捕まったのなら話は別だ」
「……つまりさ。君達と手を組んだモノトリオがやられて、それで君が調査に来たって事?」
回りくどい喋りだったので、まとめてみる。
この人も舞台役者みたいな立ち回りが好きらしい。冗長で困るね。

「その通りだよ、エリ」
こっちの名前も知っているようです。

「ボスは逮捕直前にモノトリオと話していたらしいのだが、どうにも要領を得なかったようでね。吾輩がやって来たのだ」
バンの目つきが急に鋭くなる。私達をゆっくりと指差す。

「彼らが捕まるきっかけを作ったのは――君達だね?」
「そんな探偵みたく言われても……」
諸手を挙げて否定のポーズ。
逮捕したのはお巡りさんだし、三分のニはお兄ちゃんと……ジムリーダーの青年さんがやってくれたんだし。

「それで仕返しに来たって事? それじゃとばっちり臭がプンプンだなぁって……」
「無論違うさ。ここからは吾輩個人の話でね」
わざとらしく咳き込むバン。

「君達を見つけたのは偶然でね。今日の昼の事だったよ」
私が郊外の空き地に居た頃だ。
もっと言うなら、野生のデルビル達と(私以外が)戦ってた辺りかな。

「君達がモノトリオと戦っていたのを知ったのもその後だ。しかしもうその時には、吾輩の興味はそこには無かった」
「…何よ。ハッキリ言いなさいよ」
「そう。君に関心があった」
隣りに立つ紫髪の少女に、視線が向けられる。

「君はあの空き地で、嫌がるポケモンを無理矢理連れて行こうとしたね?」
「それが何だって言うの?」
「ポケモントレーナーとして、不適切だとは思わなかったのかね?」
「あれは、ナゲキがワガママだったからよ! アタシのポケモンじゃないけど、エリの為にもならないし、」
「君自身はどうなのだ?」
「は、はぁ?」
バンは次々に質問を告げて来る。
あの強気で物怖じしないサヤちゃんが押されていた。
私もどうしていいのか分からない。

「調べさせてもらったよ。君には本当に、トレーナーをやる資格はあるのかね?」
「な…っ」
「ニューラとチョロネコ。君は二匹を扱い切れていないようだね。そしてバトルでも連敗を重ねている」
こちらのチョロネコと、下っ端が抱えるニューラを交互に見ている。
サヤちゃんの足元に居る方の猫さんは、固い顔つきで主を見上げていた。

「その原因に――君は気付いているのだろう? 手持ちにも真剣に向き合えない。そのモヤモヤを怒りと焦りに転換するから、勝率も上がらない」
「なん……ですって…」
「分からないなら明瞭に言おうか。サヤ――君には自分のポケモンが居ない」
耳を疑った。
理解が追いつかず、質問攻めされている側に目を動かす。

「そもそも、そのチョロネコとニューラは……」
「――ゴタクは、もう結構だわ」
けれど言われている側も……既にいっぱいいっぱいみたいで。

「アンタも、ポケモンを持っているんでしょう? バン」
「サヤちゃん、まさか」
「本当なら力づくで取り返したいけど…それじゃそこに居るゴミ男と変わらない。アタシと勝負しなさい!」
強気少女が歩み出る。チョロネコも臨戦態勢だ。
そして相手も――それを拒んでいない。

「いいだろう。今一度、機会を与えようではないか。君と戦えば、確かめられるものもあるだろうからね」
バンは隣りの男に振り向く。

「おい。そのニューラを返したまえ」
「え? でも、」
「君とは後で『お喋り』をしなければならん。――話題を増やさせるつもりかね?」
「……分かりましたよ」
舌打ちして、下郎は持っているニューラを軽く叩く。捕らわれの猫さんはすぐに目を覚まし「ぎょあああ!」ポケ攫いを引っ掻いてこっちに帰還した。

「さあ、確かめさせてもらおうか! 君とポケモンの『つながり』というものを!!」
無精髭の男は、不敵な笑みを浮かべて。

モンスターボールを二つ投げた。

「っ!?」
はじける音。光の中から出てくる――二匹のポケモン。

「ベ〜ド〜ベ〜ダ〜……!」
「エアァアッフィーー!」
妙な姿のコンビだった。
寄り添っているにしては、繋がりが無さそうな外見。

片方はドロドロの体で、見るからに毒々しい色合いをしている。
というか出て来た瞬間から、このポケモンを中心に胸が焼ける臭いが立ち込めて来ていた。
大きな目と短い手を出してるけど、間違いなく危ない部類っぽい。
対して隣りに居るのは…ギラギラ輝く翼を持つ鳥さん。
全体的に銀色に光を反射していて、けれど重そうな印象は無い。むしろその堅そうな体躯はとてもしなやかなボディラインで、今にも高速で突っ込んで来そうな飛行機っぽい輪郭だ。

「ヘドロポケモンのベトベターと…よろいどりポケモンのエアームドだ」
「――ふうん」
はわわ……。
バンとサヤちゃんは早くも戦闘モードに入っているようです。
だけど付いて行けてないキャラが一名。
「何でポケモンを一度に二体!?」
私です、ハイ。

「ふむ。見所のある君にも、それは分かってなかったようだね」
「見所って……」
君に私の何が分かるってんだよ。
「ダブルバトル――2vs2で行うポケモンバトルさ」
オジサンが親切にも…嫌みにも話してくれた。

「さてサヤよ。チョロネコとニューラにてかかって来い」
「言われるまでもないわよ!」
鋭く尖った両目で、トレーナーは叫ぶ。
猫ニ匹が低く嘶いななき、戦闘が始まった。



◆◇◆



再び、ポケモン達の声。
激戦に駆り出された、チョロネコとニューラの会話。

『随分と眠りこけてたじゃないか、ニューラ』
『どーせみんなが助けに来るのは分かってたからね〜』

軽口を叩きつつ、猫達は主の命令に機敏に動く。

『「こごえるかぜ」!』
ニューラが冷気をまとった息を吐いた。
それは敵側ニ匹のポケモンを同時に襲い、その体に氷の粒を貼り付ける。

「すごい! 一度にニ匹を攻撃した!」
「ダブルバトルでは、そういう効果を発揮する技があるのよ」
「ふむ、『すばやさ』が低下したようだね。」
人間は人間で掛け合いに忙しい。
バンは冷気に震えるエアームドへ告げる。
「だが、まだこちらが俊敏だ! エアームド、『はがねのつばさ』!」
鉄の翼が舞い、旋風を帯びて光輝く。

『ギニャッ!』
二枚の凶器は――ニューラの身体を挟むように打ちつけた。
『っ痛ぅ……気持ちがいいね』
『トンチキな事言ってんじゃないよ』
かぎづめポケモンは強がるが、顔に滲む痛みの色が全てを物語っている。

「どうだね。ニューラは『こおり』タイプ……『はがね』技には弱い」
「うるさい!!」
サヤは全身を強ばらせながら怒鳴った。
チョロネコは彼女のそんな表情に、内心で溜息をつく。

――嫌う人間が余裕な態度だと、すぐカッとなって焦り出す。
――それがサヤ姉貴…あんたの欠点の一つさね。

「チョロネコ! 『ダメおし』!」
『あいよっ!』
人間の耳には「チョロニャー!」としか聞こえないが、チョロネコは返事をして行動する。
氷の粒が食い込んだベトベターに襲いかかり――その部位を抉るように爪の一閃を喰らわせた。

ベトベターの身体…ヘドロの塊が千切れて飛び散る。
「『ダメおし』は、相手がダメージを受けた直後に使用すると威力が高い。ダブルバトルには持って来いよね」
「おぉっ! サヤちゃん凄い!」
敵の不愉快な話し方に顔を歪めつつ、サヤは精神の平穏を保とうと相手に言う。
何も分からずに誉めるエリはともかく……敵の男、バンは神妙な面となった。

「――追補するなら、通常のバトルでは『はんどう』や『へんかわざ』のダメージで威力が上がるのだがね。まあ、今の状況には関係ないか」
「余計な事言ってないで、アンタも指示をしたらどうかしら」
「???」
彼の言葉の意味を知っているサヤと、付いて行けなくなってきたエリ。
バンは真っ直ぐにサヤを見つめている。
彼女の『繋がり』を試す為に。

「ベトベター!」
四体の中で最も鈍足なポケモンに、持ち主はようやく指令を下した。

ベトベターはその内容を受け、両手を繰り出す。

『ひょえっ!?』
『こいつは…!?』
猫は身の危険を感じて避けようとするが………適わなかった。
ヘドロはそれを許さない。

「――『ヘドロウェーブ』!」
うねりたゆたう汚泥の波。
最後に出された敵の技は、それに相応しい最悪な物。
その場に居た全ポケモンが呑まれた。

『いや〜ん!!』
『くっは、汚ねぇ……!』
紫の波が引く。
サヤの仲間は、粘りつく毒物にまみれていた。

そして双方、様子がおかしい。
『ちょっ――レッグがブルブルテイストなんスけど』
『ヤバいね、これは多分……』
「ニ匹は『どく』状態になった」
優越感溢れる笑みで、バンはのたまう。

「サヤはどうする?」
「――ぐっ!」
挑発に安々とかかる少女。
これまでに無い程、ツリ目がきつい光を帯びる。

「ど…毒状態って……?」
「チョロネコ! ニューラ!」
初めて見る状態異常に呆然とするエリをよそに、サヤは怒号めいた激励を発した。

「毒がアンタ達を『ひんし』にする前に――勝負を決めるわよ!」
ポケモン側からしてみれば酷な注文。けれど今の彼女に毒を治すアイテムは無い。
他に手段は無かった。追い詰められた状況。

「ニューラ! もう一度『こごえるかぜ』!」
『…了解っ!』
二番煎じの冷気攻撃。
エアームドもベトベターも逃れる術は無かったが一一バンは笑う。

「その技に頼っている場合かね?」
「………っ」
同じ二体同時攻撃でも、ヘドロウェーブの方が威力は高い。
エアームドはニューラに有利な技を持っている。
そして、
「『こごえるかぜ』は威力の低い技だ。どちらか一方にもっとダメージの付く技を使わなかったのは…失敗ではないのかな?」
「それはどうかしら!?」
相手が動きを見せる前に、彼女は命じた。

「チョロネコ! ベトベターに『みだれひっかき』!」
『あいよっ!』
「むっ!?」
バンが違和感に刮目する。そんな動作よりもニューラの行動は早かった。
前のターンでニューラより早く行動したエアームドよりも。
かぎ爪がヘドロを千切り飛ばす。何度も『肉体』を破壊され少なからず苦しがるベトベター。

「むむ……吾輩のポケモンが後手に回ったか」
「ええ――『こごえるかぜ』でね」
二段階下降を受けた事で、エアームドの素早さがチョロネコを下回ったのだ。

…勿論、それが勝機を意味する訳では無い。
まだまだ活発そうな彼方と…身体を蝕まれていく此方。

「エアームド! 再度ニューラに『はがねのつばさ』だっ!」
「フィフィフィー!」
鋼鉄の鳥が舞い降りて叩く。効果は抜群だ。苦悶に歪む猫。
同じくヘドロウェーブへ飲まれたにも関わらず、エアームドに異変の色は無い。

「どうして……?」
「『はがね』タイプには『どく』タイプの技が一切効かないのだよ、エリ」
塩を贈るような丁寧な解説も、ここまで来ると過剰供給だ。
「『ヘドロウェーブ』は味方ポケモンも攻撃する……ならば鋼を仲間にしておけばいい。こういう戦術もダブルバトルならではだね」
相変わらずの余裕な表情で、最低速のヘドロを指さす。

「ベトベター、『ちいさくなる』だ!」
「ベシュルルルル!」
指示を受けると同時に、ベトベターの体が収縮を始める。やがて凝視を強いる程に凝視を強いる程に小型化され、小回りもいくらか上がったように見えた。

「さて、このベトベターに攻撃を当てる事は出来るかな?」
「調子こいてんじゃないわよ!」

外野たる天然少女と違い、強気娘は焦っていた。
サヤは思った事を即座に喋るのが人間の素直なあり方と思う者だ。つまり、バンとは相容れないという事。

素直すぎる人間は、素直じゃなさすぎる人間と相性が悪い。
それはさながら、ポケモンのソレと同じように。

「ニューラ、『いやなおと』! チョロネコは『みだれひっかき』を使って!」
ニ体へ同時に命令を下す。バンの手持ちを両方出し抜いたからこその、それは速攻。
「対象は――両方ともエアームドにっ!」
『Lets,GO! ABOOOOON!!』
『喰らいなぁ!』
猫娘コンビが、跳躍を以て敵を討つ。

ニューラは両前足の長い爪をくっつけ、勢いよく擦り合わせた。
「ムドドドッ!?」
「ぬぅ……っ!」
黒板を引っ掻いた時のような、背筋を逆撫でさせる音。
ポケモンはもとより、人間達も耳を塞ぐ。……エアームドのみ、そのポーズは不可能だったが。

「ぎゃー! 気持ち悪い気持ち悪い! サヤちゃん止めさせて〜!」
アホの子一名も耳塞ぎを忘れていたが、それはどうでもよかった。

「ェェィ……ァァ」
『誰も貰い泣きしないよ!』
哀れな鳥へ込められる爪。
何番煎じであろうと関係ない。これは様式美ではなく戦闘なのである。
ニ匹の連携は…見事に決まった。

「ドゥエアアッ!!」
鋼の体に亀裂が走る。
軽量化されたにしても異質な勢いで、敵は壁まで吹っ飛ばされた。

「どんなに固いポケモンも『いやなおと』の前では形無しね」
「ふえ…? あれ技だったの?」
「当たり前じゃない。ていうかアンタはちょくちょく口出さないの!」
敵&外野たる少女のやり取りに「くっくっく」とバンは笑む。

「『いやなおと』はポケモンの防御を下げる。それも『がくっと』な。『ちいさくなる』で回避率を上げたベトベターは狙われずに済んだがね」
「……ヘドロポケモンは後で集中攻撃してやるわよ」
サヤはエアームドに視線を定めた。
ニューラに深手を負わせる技を持ち、こちらの攻撃を固い体で軽減させる鎧鳥こそ――優先対象。

「か、回避率……?」
「命中率の逆バージョンだよ。相手の攻撃を当てにくくするんじゃなく、こっちが攻撃を回避する為の比率さ」
「ほほう」

――ったく、呑気でいいわね。
紫髪の少女はいまいち、バトルに集中できていなかった。理性的に戦いだけを見据えようとしても、感情面が気を散らしに来る。……因果な性格だった。

「余計な事くっちゃべってんじゃないわよ!」
外野が腹立たしい。外野に声をかける対戦者も腹立たしい。
「いちいち反応しない事だよ。君はポケモンバトルで負ける度に要らんストレスを背負うタイプかね?」
「くっ……!」
敵も外野も、周囲の全てから茶化されるという環境。

――落ち着いて。アタシ。
旅を始めた時から…こんな日常だったじゃない。
いつまでも感情的にあり続ける程、自分は愚かではないはず……。

「チョロロ…」
「ラ……ッ」
「!?」
パートナーの鳴き声が、サヤを雑念から引き戻す。

「やはり攻撃的な人間は、ポケモンにもそれを強いるのだな」
この場を制圧している男は、あくまで事実を述べるのみだ。
「チョロネコとニューラには――もはや体力が残されていない」
感情に溺れやすい少女は、そこで再び相棒を見やる。

彼女の味方たる猫ポケモンは、汗を足元に広げて立っていた。
愕然とする。……ピンチに追い込まれたからではない。
自分の心を静めてばかりで、肝心のパートナーが意識から外れていたからだ。

「どうしたのだね? 今さら『どく』状態に気付いたような顔をして」
「し、知ってるわよ!」
「君はポケモンを気にしているのかね? それともポケモンの世話をしている自分を気にしているのかね?」
「今は戯言ほざいてる時じゃ、」
「君は自分の性格を自覚している。それに縛られ、バトルに支障が出ているのだろう。育成にもね」
敵は目を細め、サヤを俯瞰するように眺め出した。
「我輩もそれを知っていた。故に分からせてやろうと思ったのだよ―――感情的な人間に、ポケモンバトルは向いているのか」
「うっ……!」
耳を貸す必要は無い事を、当然サヤも分かってはいた。
しかし、一蹴が出来ない。分、か、っ、て、い、る、か、ら、だ、。
バンに言われるまでもなく…自分の性格を。ポケモンとの相性の悪さを。
自身の感情にばかり振り回される、愚かさを。

「お前の負けだ。早くポケモンを苦痛から救ってやりたまえ」
「す、救えって……」
『駄目だ姉貴! んな奴に耳を貸すんじゃないよっ!!』
『チョにゃん子クラブ(会員一名)へ同意ですぜ! あっしらはまだ戦えまさぁ!』
猫ポケコンビが必死に呼びかける。しかし一一それは届かない。
人間ではない生き物だから、言葉が相手に理解される筈は無い。
故に、サヤは決断した。

「………きるの?」
「んむ?」

「降参――出来るの?」

『姉貴イィィ!』
『アドモアゼエェエル!!』
飼い主は最も、妥当な決断を下したのだった。
厳密には、心弱く臆病で打算に満ちた…もう少し頑張れば打ち破れたかも知れないチャンスを蹴って。

このまま毒に蝕まれ続ける仲間を戦わせるのは本位ではない。
この地方にポケモンセンターが無い以前に、治せない状態異常に苦しむ様を見たくはなかった。
彼女は勝利より……過程を選んだのだ。
痛みに勝った先より、その前の苦しみに膝を折って。
サヤはポケモントレーナーとのバトルから『にげる』道を選んだのだった。

「『駄目だ。勝負の最中に、相手に背中は見せられない』」
「……っ!」
「君の脳裏にも、少なからずそんな単語がよぎったのだろうが……」
バンは顎に拳を添えて考える。
元々――彼の目的は、
「我輩の目的は、トレーナーとしての不適格度君に分からせる為だからな。分かってくれたならば良いのだよ」
顎髭男は唇を歪める。
勝利の形に。優越感の形相に。

「戻れ! エアームド! ベトベター!」
こうして、戦いは終わった。
感情を優先した少女と、それを窘める為に『挑んであげた』男性。
「サヤ、貴様の負けだ」
「う……ぐ―――」

バンは顎で少女を差し、鼻から嘆息してほくそ笑む。



◇◆◇



「――ちょっと待ったあぁぁああぁあぁ!!」
沈黙を打ち破り、ただシャウトする。

「………何だね? エリ君」
髭面男は不可解げに振り向くが、それに構ってはいられない。
何故なら。

「認めてたまるか! こんなバトルっ!!」
見ている私が、我慢できなかったからだ。

「バンッ!」
「効果音かね?」
「キミだよっ!」
思いっきり野郎を指差してやる。もうマナーとかどうでもいい。
「『ヘドロウェーブ』とか『はがねのつばさ』とか、キミが戦略に長けているのは分かったよ。だけど……」
ポケモンバトルはゲームじゃない。
戦闘の最中、トレーナーが何も考えていないとでも? 天からの操り手を待っているとでも!?

「この戦いに負けるイコール…サヤちゃんがトレーナー失格なんて、間違ってる!」
「………ふむ」
「キミはサヤちゃんを負かす事で、無理やりゴリ押ししたいんじゃないの? 自分の意見を!」
「残念ながら的外れだな」
余裕ぶりつつ髭を撫でるバン。
「感情的な人間は、トレーナーに向いていない。あくまでソレを教えたかっただけだが?」
「く――!」
ムカムカする。
ここには居ない、どこかの誰かに似ているから……その態度にムカムカする!

「ここからは――妹の見せ場です!」

私は、モンスターボールを構えた。
「エ……エリ?」
「サヤちゃん」
一番の被害者は、屈服の事実から立ち直れないようだった。けどソレじゃ駄目だ。
「サヤちゃん。ポケモンを戻して下さい」
「え、えぇ……え?」
「『え』が多いですよ」
「いや、そうじゃなくて――アンタ」
「たまにこうなるんですよ」
言われる前に言った。昔パパにも兄にも言われた事だから。
特に最近――お兄ちゃんには連発してたしね。

「久しぶりに頭に来ちゃいましたので……。キレたら態度を変えるのは普通でしょう?」
「ククク。それが君の本性かね?」
「たまに出る敬語口調を本性とか決めつけないで下さい。私にも身に覚えが無いんですから」
不思議な気分だ。
サヤちゃんを傷つけたコイツにイライラしてるのに、何故かウキウキな感情が湧いて来る。

「もう一度言います。サヤちゃん。ポケモンを戻して下さい。『どく』状態なのですから」
「………」
目を白黒させつつ相棒を戻すサヤちゃん。これで良し。

「これで勝負は仕切り直しです。私とバン、貴方のね!」
「キャラ変わり過ぎでは無いのかね?」
「既に説明した事は繰り返さない。私の主義ですよ」
「了解、かな。では君の参加を認めよう」
サヤちゃんがバンに言いくるめられ、トレーナー失格なんて認めない。
私がコイツを倒してみせる!

「行けっ! ナゲキ、コジョフー!」
怒りのままにボールを投げた。
そして、直ぐに気付く。

しまった……コジョフー!

宿屋の前で戦った男。
私の仲間二番手は、そいつのポケモンにやられていたのだ。
正確には大ダメージに『こんらん』。

「こんな状態じゃ戦えない……!」
「コフウゥゥウウウ!!」
「って、あれ?」
コジョフーは、元気いっぱいに召還された。

床に降り立ち、相手を睨んで構えを見せる。
「コジョフーは『こんらん』してるはずじゃ……」
「『こんらん』?」
何故か敵が反応して来た。

「ああ。そういえば隣の部下から聞いたよ。スリープに混乱させられ、ダメージも受けたそうだね」
「ハイオカゲサマデ」
「しかし問題は無い。『こんらん』はポケモンをボールに戻せば、すぐに治るのだよ。それに加えてコジョフーには『とくせい』の力もあるしね」

「『とくせい』?」
首を傾げかけて…引き戻す。
そういや、お兄ちゃんがクイネの森でそんな事を言ってたっけ。
混乱と言い特性と言い、あの森って勉強になるんだなぁ。

「『せいしんりょく』の可能性もあったが、どうやら違うらしい。コジョフーの特性
『さいせいりょく』は、戦闘から引っ込むと体力が回復するのだ」
「え?」
「つまりコジョフーは、状態異常から逃れた上に傷まで癒やして出て来たのだよ」
「えぇ〜っ!?」
何その強くてニューゲーム! 『とくせい』凄ッ!!

「……君も口調が戻ってないかね?」
「え? あぁ、うん」
なんかモチベ下がったの。
敬語キャラとは何だったのかね。
「そんな事はどうでもいいんだ! 大事なのは私でなくポケモンでしょ!」
「君のポテンシャルにも興味はあるんだが…ここはお手並み拝見と行こうか!」
バンは再度エアームドとベトベターを呼び出した。

「時にバンさんや」
「連中には回復特性は無い」
「ありがとう」もう用無しですね。

「ゲキィイィィ!」
「コジョオオ!」
「ムドアァッ!」
「ベ〜ド〜ベ〜ド〜…」
「サヤちゃんに代わって、オシオキだよっ!」
「やれるものならやってみたまえ!」
謎の髭親父、二戦目開始!

「エリ、さっきのって……」
「ゴメン、今はバトルだから!」
「……ったく」
外野には構ってられないよね!
「それは、さっきのアタシの台詞よ!」
「ごめんねっ!」
謝罪をサヤちゃんに、命令をポケモンに!

「ナゲキ! 目の前の奴は敵だ!」
「……ゲキ?」
利害が一致しなければ、私はナゲキに拒否されてしまう。
「そのポケモンを倒さないと、ナゲキの旅も阻まれちゃうんだよ!」
「ゲキイィイィィ!」
まんざら嘘でもないけれど、パートナーを煽るのは複雑な気分だった。

「ナゲキはベトベターに攻撃して!」内容は自由でいいよ!
「そしてコジョフーは――ベトベターに『はっけい』!」
「ほう」
バンは少しだけ目を見開いた。

「片方を集中攻撃かね」
「サヤちゃんのバトルを見て、大体の雰囲気は分かったからね!」
ポケモンの技が一体を叩く物か、複数体を巻き込む技に分かれる。これがダブルバトルであるらしい。
けど私には、その技の判別なんて付かない。だからこそ……!
「複数攻撃の技が分かんないなら、片一方を叩くのが良い!」
しかもベトベターは…『ヘドロウェーブ』だっけ? 相手を丸ごと呑む技を持っている。
早く倒すのが吉! だよね!

「――まだ早いがね!」
「えっ!?」
こちらよりも先んじて、エアームドが迫って来た。
「エアームド! 『エアカッター』だ!」
「エアァァムドォ!」
鉄の翼が宙を掻く。
その鋭さは空間にも伝わり、大気そのものをこちらに向かって刃のように押し付けてきた。
「ゲギギギッ!」
「コジョ! ……オオォ」
「なっ…! この技もっ!?」
「一度に二体を攻撃出来るのだよ!」
「……っ!」
しかも今度は、味方を巻き添えにすらしない。
ダブルバトルって、こんな奥が深いの!?
「追補すれば、今のは『ひこう』タイプの技だ。『かくとう』タイプには手痛いと言えるね!」
「ペラップやケンホロウに続く、私には最悪な技って訳か……」
ベトベターに絞ったのは失敗だったかも。
いや、ベトベターだってタチの悪い技を持ってるんだ。相手を『どく』にするなんてトラップを。
「次は――こっちだよ!」
ナゲキとコジョフーのターン。
二匹の身体が、力の限りにヘドロを打つ!

「ベ……ドォッ!」
「よっしゃあ! 二人力!」
ガッツポーズ!

「……残念だったね」
へ?

ベトベターが、ぐぐぐっと体を縮めた。
「……ベトオォオオ!」
一気に体を膨らませるヘドロポケモン。
めり込んでいた私の手持ちは、成す術無くはじき飛ばされる。

「ふえぇっ!? 全然効いてないっ!」
「これもまた『タイプ』の相性だ! 『かくとう』タイプの技は『どく』へのダメージが半減するのだよ!」
「何いぃっ!!」
何でだよっ! 格闘家もヘドロには触り辛いからか!?
「ま…まずい……」
事実上、集中攻撃のチャンスをフイにした!
相性の悪いベトベターに、痛恨の攻撃を持ってるエアームド。

「ど、どうすれば……!」
「悩んでばかりも居られんよ」
「ひいっ!」
「クヨクヨしてたら負けるのだからね……ベトベター! 『ヘドロウェーブ』!」
「で、出た〜〜!」使える技は何番煎じでも臆せず連敗しちゃう奴〜〜〜!!

「ベ〜〜ド〜〜ベ〜〜ダ〜〜!」
再び生まれる毒の奔流!
「ゲッキ……!」
「ジョオオオ!」
埋もれて浸かる私のポケモン。エアームドは平気の平左だ。

「さて、どうなるかね」
「……!」
「君には是非ともサヤの二の舞になってもらいたくないものだがな」
…このオジサマは何故に私を買い被るんだろう。
何か説明してた気がするけど、ぶっちゃけ言って覚えてない。
ヘドロの波が引いていく。

「ゲ……キ」
「ナゲキ!」
毒に侵されたのは、ナゲキの方だった。
肩と片足を落として歯噛む。
コジョフーは『感染』をはねのけたようだったけど――そこに希望は見いだせない。

サヤちゃんの敵(かたき)を討つ為にバトルを挑んだっていうのに……!
このままだと私も、毒タイプにやられちゃう!

「――ゲーーーキーーー!!」
「ファッ!?」
柔道ポケモンが出し抜けに激昂し、叫び声にて大気を震わせる。
まさか、いつぞやの発狂!?

「……ああ、そっちだったのね」
「知っているのかサヤちゃん!」
「土壇場で発動したみたいよ。ナゲキの持つ『とくせい』が」
「ナゲキの…?」
見ると、ナゲキは得体の知れない気迫を放ちながらも…冷静さを保っているようだった。
反対に、敵の親玉は見る見るうちに苦しげな笑みになる。

「フ、フフ――吾輩とした事が…エアームド! 再度『エアカッター』!!」
相手にはピンポイントな攻撃技が少ないらしい。
私のポケモンが…また傷つく。けれど、耐えてくれた。

「……愚かね。アタシなら『はがねのつばさ』をナゲキに叩き込むわ」
「そうなの?」
「ダブルバトルにおいて、複数のポケモンを攻撃できる技は…タイマンよりも威力が下がるのよ」
サヤちゃんも色々と物知りなんだなぁ。

「コジョジョ! コジョジョ!」
「うおっと!」
バトル中の私語はフラグだったね!
「コジョフー! ベトベターに『おうふくビンタ』!」
サヤちゃんの教えがココで役に立つ。
確かこの技は…ノーマルタイプだったよね!
「コォジョジョジョジョ!」
「ベッベッ……!」
5連コンボだドン!

「ナゲキ――!」何だか分かんないけど「出来るんだよね?」
「―――ゲキ!」
「やっちゃえ〜〜!!」輝く気迫を撒き散らしながら、私の相棒は駆けだして行った。
ヘドロの塊を前に飛び上がり、空中から胴体を晒して墜落する!

「ゲッキイィィ!」
「ベエェエッ!?」
『のしかかり』だ。
ドロドロしたベトベターは一瞬でペチャンコになり、直ぐに元に戻る。
でも!

「ベ……タ……」
「『まひ』状態か――!」
その体は、瞬く間に力を失っていた。

「…運のいい少女だね。吾輩が見いだしただけの事はある」
「捨て台詞はソレでOK?」
「どうやら君には……ポケモンの運を引き出す力があるらしい」
OKですねっ!

「エアームド! ナゲキに『はがねのつばさ』だっ!」
「ムドエアッ!!」
「もう遅いよ」
何故だろうか。
ナゲキなら大丈夫。そんな結果があらかじめ見えたような気がした。

「ゲン…キイッ!」
「上出来っ! コジョフー!」
二番煎じはコッチも同じ。
繰り返しでも、積み重ねれば溜まるもんねっ!
「ベトベターに『おうふくビンタ』! そして……」
言うまでも無いというか、そもそも言えないというか。
パートナーは目配せをした時点で、動いていた。

コジョフーが平手のメッタ打ちを繰り出す。
ナゲキが続けて体を掴み、地球みたいに回転して投げ飛ばす。

ヘドロポケモンを、倒した。



◇◆◇



「戻れ。エアームド」
「エムドッ!?」
「はっ!?」
「ふぇ?」
突然、相手はポケモンを回収する。
ボールに消えれば皆同じ。それがポケモンクオリティ。

「ご苦労だった。ベトベター。ゆっくり休め」
「どういう事だよ!」
動かぬヘドロも戻した男に、とりまクレーム宣言。

「ポケモンを戻したら試合無効とでも言うつもり!? 男ならキッチリ負けろっ!」
「うむうむ若いな。しかし感情的でもない。だから吾輩を追い詰められた」
ニヤけながら拍手をくれる髭。
「強いて言うなら、君はエアームドを集中攻撃すべきだったがね……エアームドは『はがね』と『ひこう』。格闘技は等倍だ」
「わけがわからないよ」
「最後まで闘いたかったのは吾輩も同じなのだが――どうやら時間切れのようだ」
野郎は耳に片手を翳した。
窓の外から、聞こえてくるサイレン。

「ネクシティ警察だ! 神妙に縛に付けい!」
大勢の足音を連れ、国家権力が現れた。ついでに――通報者も。

「久しぶりだな、エリ」
「お兄ちゃん!」数分ぶりだけど!
「野郎ども――もう終わりだぜ」
勝ち誇るアキラ。通報しただけの癖に。

「貴様ら………『シナプス団』か!」
お巡りさんの一員が、食いしばった歯の間から絞り出した。

「シナプス団??」
「何よそれ」
頭を捻る少女が二人。

「君達が知らんのも無理は無い。吾輩達の任務は気密性があるからな」
「俺は知ってるぜ」
誇らしげなツラの男が二人。

「ミメシス地方の『不』愉快犯。何か分からない目的の為に何か分からない事をする犯罪組織。……親父からそう聞いている」
「パパが?」
「ポケモンに関わる玄人の中では有名な話さ」
私とサヤちゃんは素人と言いたいらしい。

「否定はせんよ。まだまだ我々の『ボス』の思想は、君達に広まっていないのだからね」
「うわあぁぁ!」
バンが演説を始めようとした時、何者かが悲鳴を上げた。

「えっ!? 誰っ!?」
「誰じゃねえよ! 俺のスリープをボコしといてソレはねえだろ!」
「アアハイハイ」名無しのポケ攫いサンね。

「で、何だね? 不甲斐ない部下よ」
「え――っと、バンさん」
かませ…ううん。『シナプス団のしたっぱ』は、懐から何かを取り出す。
「コイツが震えたモンで……ボスからの連絡かと」
「吾輩達の状況も、予測済みか」

「………ボール?」
悪人の若い方の手にはモンスターボールっぽい球体が。
バンはそれを取り上げ、床へと投げつけた。

「シナプス団の通信機器――『ホログラムボール』だよ」
球体が二つに割れ、上方へと閃光を放つ。
けれど…そこから出てきたのはポケモンじゃなくて―――、

『初メマシテ。皆様方』
「なっ……!?」
二人の犯罪者なんてメじゃない、妙ちきりんな存在だった。
チカチカと体を点滅させる、平べったい何かが立っている。

「アンタ、立体映像ね」
「……貴方が、シナプス団のボスなの?」
「シナプス団のボスは、通称『ニューロン』と呼ばれている。貴様がソレか!」
お巡りさん達の怒号に、ニューロンは頭を下げた。
けれど――分からない。

「貴方は何者……? 大人なの? 子供なの? 男の人? 女の人?」
『個人情報ハ勘弁シテ下サイ』
ニューロンは、容姿も声色も意味不明だったのだ。
まず全身がスッポリ隠されている。胴体は丈の長いローブに。顔はモニターの張り付いた被り物に。
そして被り物の機能か、声まで改竄されていた。
性別も年齢も考えられない、ゴチャゴチャの声色。

『我々しなぷす団ノ思想ハ、「ぽけもんト繋ガル事」ナノデス。サナガラ脳内回路(しなぷす)ノ様ニネ』
「それがどうして……ポケモンを奪う事に繋がるのっ!?」
『ぽけもんト繋ガレナイ人間ハ、ぽけもんト関ワルベキデハ無イノデス』
人間な事以外分からない『ソレ』からは、表情も気持ちも読めなかった。

『えりサン。なげきガ逃ゲ出シタ時、貴方ハ「一休ミ」で暴走ヲ止メマシタネ』
「!?」
何で、それを。
『シカシ、さやサン。貴方ハ暴走スルなげきヲ無理ヤリ連レ帰ロウトシタ』
「そ、それがどうしたのよ!!」
サヤちゃんは紫髪を振り乱して怒鳴り散らす。
『自分ノ考エヲ押シ付ケ過ギル――貴方ハ本当ニ、ぽけもんガ好キナンデスカ?』
「アンタなんかに何が分かるのよ!? 」
『分カリマスヨ。少ナクトモ資料上ハネ』

声が改造されてる所を差し引いても、ニューロンの言葉は無機質だった。
そんな口調だからこそ、こっちも黙っていられなくなる。

「何言ってるのさ! サヤちゃんは大事なポケモンの為に、ここまで追って来たんだよ!?」
『ソレハ「あぴーる」デハ無イデショウカ』
ホログラムは音量を変えず、言った。

『他人ノぽけもんトイウ理由デ愛情あぴーるヲ行ウノモ、愚カデスガネ』

「――え?」
彼女を見る。
その顔面は、真っ青だった。

『元ノ所有者ガ誰ダッタ所デ、ソンナ過去ハ瑣末ナ物デス。シカシ彼女ハ、ソレヲ気ニシ過ギタ』
「サヤ………ちゃん?」
意味が分からず語りかけても、当の本人は黙ったまま。
ただ、震え続けるだけ。

「チッ……! んなこたあどうでもいい!!」
お兄ちゃんが空気を震わせる。

「俺はなぁ! 勝手に空気を自分に傾けて、散々他人を振り回しまくる人間が大嫌いなんだよ!」
アンタが言えた事かよっ!!
真面目に言ってるっぽかったので仕舞っとくけど!

「シナプス団ニ名! 若僧に…あと訳分からない髭男爵! 逮捕する!」
二人の犯罪者に向けて、警察諸君は特攻した。
そして――。

「―――フッ」

特に何も無く、二人は逮捕された。



◇◆◇



「ふぅ……っ」
宿屋に帰還すると同時に、ロビーにて倒れ込む私。

「おい。こんな所で寝るな」
「実は私はカビゴンなんだよ」
「ふざけるな。お前は人間だ」
「ぐえっ!?」
飛び起きる! 兄貴を睨む! 叫ぶ!

「妹の腹を蹴る兄が居るかっ!!」
「小突いただけだろ! オーバーリアクションとは図々しい!」
「誰も現場を見てない! 私の証言こそが真実!」
「こうやって冤罪は生まれるんだな!?」
「はいはいアタシが見てるわよ」
兄妹喧嘩に割り込む紫少女。
サヤちゃんは何時も通りのツリ目で、呆れ混じりに溜息をついた。
お兄ちゃんは即座に青筋を立てる。

「――今回はお前のせいで散々だ。警察の事情聴取に付き合わされたり……」
「通報者のアンタが一番長かったわね。被害者であるアタシよりも」
「警察署って以外にリラックス出来たよね〜」
「臨機応変な女共が………」
保護者(自称)は頭を掻き、廊下の奥へ駆け足にて歩いていった。

「風呂に入る! こんな時間だからな!」
「ふろてら〜」
手を振った後で、窓越しに空を見た。
……うん。確かに真夜中だよね。

ネクシティ滞在二日目。それも程なくして終わる。
アキラは言っていた。この宿屋に宿泊できるのは四日間。
明日と明後日の午前中が過ぎたら、私には夜過ごす場所が無い。

「ねえ。訊かないの?」
耳を刺す声に視線を放つ。言うまでもないけど…サヤちゃんだった。
ロビー受付の人は居ない。おあつらえ向きのタイマン状況。

「アタシのポケモンについて」
「訊かないよ。話したくないんなら、」
「じゃあ、勝手に呟くわね」
どうやら一本道のようです。
バレたのに相手が干渉して来ない――彼女にはソレが嫌だったのだろう。

「ニューロンが言った通り、チョロネコとニューラには『元主(もとあるじ)』がいたの」
「…そんな真剣にならなくていいんじゃないかな」
あえて細かい事を言うなら………自分だけのポケモンなんて、そうそう得られるモンじゃない。
野生から手に入れたり、他人から貰ったり。
ポケモンを最初から自分のモノと考えるのは、たまに間違った思惑を生む。

「何となく分かったよ」
所有権にこだわってたら、パートナーの扱いに悩むのは必然だ。

「サヤちゃんは他人のポケモンしか持って無い事を、気にしてたんだよね?」
「ええ――その通りよ」

サヤちゃんは尖った目の下瞼を震わせて、絞る。

「通過儀礼の旅は、他人からパートナーのポケモンを貰う事から始まる。……でもね。アタシはニ匹のポケモンを貰ったの」
「それが、チョロネコとニューラ?」
「そうよ」
ニ匹渡されるなんて珍しい。
けど、それ位で負い目を持つ事なんて……。

「くれたのは近所のオジサンだったわ。アタシの同級生の父親よ」
「同級生? って事は」
「ジュニアスクール時代の話って訳」

ポケモントレーナーの中には、バトル以前に勉強で能力を高める人も居る。そういった人の教育機関は『トレーナーズスクール』と言うそうだ。
それに対し…トレーナーになる前からポケモンを学ぶ機関を、この地方ではジュニアスクールと呼ぶ。
一定の年齢に達した誰もが自分のポケモンを手にする、ミメシス地方独自のシステム。

「チョロネコとニューラは、その同級生のポケモンだったの」
「それって変じゃない? トレーナーデビューする前からポケモンを持ってたって事じゃん」
「『彼女』は誕生日プレゼントに父親から買って貰ったって言ってたわ。それ位に裕福だったって事ね。そして、だから威張りんぼだった」
「………」
「ジュニア時代で既にポケモン持ち。それを『彼女』は自慢しまくってた。アタシは気に食わなくて何度も突っかかったわ。どうにもならなかったけど」
「けど、それがどうしてサヤちゃんの手に?」
「言ったでしょ。『彼女』の父親がくれたの。それだけよ」
紫少女は顔を逸らした。長髪が翻り、表情が見えなくなる。

「いつもアタシが近くに居たのを、親御サンも把握してたらしいわ。その縁で通過儀礼の日…チョロネコとニューラを渡されたってだけ」
それで、サヤちゃんの話は終わった。
いかなる問いも黙殺とばかりに、唇を固く引き結んでくる。

元々……深入りするつもりは無いけれど。
「―――――よ」
「えっ?」
だけど、これだけは伝えたい。
好きじゃない人のポケモンを貰った。
だから好きになりきれず、それが派生して一一他のポケモンにもキツい態度をとってしまう。
そんな自分を責めたって、

「つながりは消えないよ?」
「……エリ」

「トレーナーが大切に思ってくれるなら、ポケモンも答えてくれるんじゃないかな。」
ポケモンは本質的な意味で――誰かのモノになんて成らない。
人間が、モノ扱いされる事を嫌がるように。

けれど……『大切なモノ』には成れる。
「前のトレーナーなんて、気にしなくていいんじゃない?」
「………」
「その人がどんなヤツだった所で、サヤちゃんは新しい『つながり』を作れると思うんだ」
アイツらと同じ言い回しになったのは皮肉だけれど。

「大丈夫。分かり合えるよ。サヤちゃんがポケモンを諦めない限り」
「……つながり……」
「サヤちゃんは、シナモン団なんかに戸惑う必要なんて無いんだ!」
「それを言うならシナプス団よ」
「What!?」
決め台詞でミスっただと!?

「ったく……アンタはマジで最後までキマらないキャラね………」
「記憶力が無いとはよく言われるんですげどね……」
「――ふふっ」
え?

「あははは……負けたわ。アンタってホントおかしい奴ね。ここまで笑いの種になるなんて」
「なぬー!?」
「アンタみたいなアホの子を見ていると、自分が必死になってるのが馬鹿みたく思えてくるのよ」
「おいどういう事だ説明しろサヤ!」
せっかくサヤちゃんの悩み事を解いてあげようと思ったのに〜!

私だけがハズくなるなんて有り得ない。
紫髪の少女を、ただひたすらしがみついてポカポカする。
まあ――彼女が綺麗な笑顔を浮かべてくれただけでも、ホッとするべきかも知れないけどさ。



◆◇◆



「テコ入れが――必要だよな……」
少女二人が絡み合っている中、男は湯船の中で呟く。

「この街に来て速攻、泥棒にポケモンを奪われる。今日はポケモンに空き地へ逃げられ、他人の事情に首突っ込みで無茶する始末だ」
妹が通過儀礼の旅に向いてない事ぐらい、アキラは昔から知っていた。
「6年間、奴の旅立ちを阻止し続けた。それが失敗した以上――もう手段は選んでいられねえ」
彼は決意する。全ては不出来な妹の為に。

「明日、動くか」

誰にともなく、湯気を乱して男は叫んだ。

「あいつの『願い』を潰してでも、プロロタウンに連れ戻してやる。あの忘れんぼうな妹に……うろつかれては困るんだ!」

『つながりは消えないよ?』終わり

to be continued


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