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  [No.1154] 薄馬鹿下郎のYOU討つ 4 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/01/13(Mon) 21:53:03   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

薄馬鹿下郎のYOU討つ
        4









ポケモンセンターの待合室にて、
シオンは人目もはばからずオボンのみの缶詰をむさぼり食らい、
ピチカもまた与えられたオボンのみの缶詰にしゃぶりついていた。
まともに味わう暇もなく、缶詰の中身を一心不乱に口の中へとほうり込む。
リュックサックに詰め込んでいた非常食をたいらげると、
一人と一匹は唇の周りを濡らしたまま立ち上がった。

ポケモンセンターにある受付カウンターの隣には、
ポケモン預けシステム搭載のパソコンが設置されている。
シオンはパソコンと向き合うなり、インターネットに接続し、
ゴウカザルとフライゴン、
そしてその二匹が覚える技について徹底的に調べ始めた。
どんな大きさでどんな姿のポケモンなのか、
どういう攻撃でどういう効果のある技なのか、
全てを頭に叩き込む。
時折、知らない大人の煙たそうな表情が、
パソコンディスプレイの黒い部分に映ったりもしたが、
一々誰かの気持ちや一般常識に合わせるような真似は一切せず、
ただひたすら、時間の許す限り、パソコンの前に居座り続けて、
ポケモンバトルの必勝法について、探して、調べて、覚えまくった。



緑の屋根が連なるトキワシティの街並みを、
傾く太陽が、燃えるような紅色に染め上げる。
シオンがポケモンセンターから出ると、ポケギアが十八時を表していた。

「やれることは全部やった」

――チューッ!

「後は勝つだけだ」

――チューッ!

「ようし、行くぞぉ! 出陣だ!」

――ヂュゥゥゥゥゥウッッッッ!

胸の内に闘志を秘めて、シオンは戦場へと向かった。

思い返すと、一日中移動しっぱなしで、体を休める暇はなかった。
しかしシオンは、
ポケモンやポケモンバトルのために頑張り続けることが全く苦にならなかった。
むしろ『ポケモントレーナーとして生きている』という実感が、自分の心を昂らせる。
充実した一日だと思った。
もっとポケモントレーナーを続けていたい。
だからこそバトルには絶対に勝ちたい。
強い思いを共にし、シオンの歩調は速くなってゆく。



「今日一日歩き続けて分かったことがある。
 ひたすら足を動かしていれば、そのうち目的地に到達する」

シオンがつぶやき、足を止めた。
サッカー場の芝生を山折にしたみたいな屋根を持つ、巨大なログハウスの大豪邸が、
夕暮れの光に呑まれ赤壁と化していた。
昼間のトレーナーハウスとは、また違った趣があった。


トレーナーハウスの中では、昼間以上に、
群がる人間のウジャウジャで溢れかえっていた。
広い空間のはずなのに、満員電車のように窮屈だと感じる。
人の壁に遮られ、まともに見動きはとれず、
砂嵐のような雑談の雑音が、至る所から響いてくる。
まるで某巨大テーマパークの超人気アトラクション240分待ちのようだ。

「ポケモンセンターよりも、ポケモントレーナーが集う場所、あったんだな……」

始めて体験する大勢のにぎわいに、シオンはただ呆然と立ち尽くす。
困るしかなかった。

「ねえ! ちょっと、そこの!」

聞き覚えのある甲高い声がし、咄嗟にシオンは振り返る。
そこには、
『とける』を覚えていそうな毒タイプっぽい眼つきをした紫色の女がじっとシオンを凝視していた。
思わず悲鳴をあげそうになるが、なんとかこらえる。

「えっと……昼間の職員さんですよね?」

「そうですよ。ったく、のん気な奴。ずっと探してたんだぞ。今までどこ行ってたの?」

「べっ、別にどこ行ってたっていいじゃないですかっ」

女から目線をそらし、シオンは話をはぐらかそうとした。
「ダイヤモンドの手持ちポケモンを探偵に調べさせた挙句、
 胡散臭い男から違法の可能性があるポケモンレンタルしてきました」
などと馬鹿正直に答えてしまったら恐らくポケモンバトルどころではなくなってしまう。

「まぁ、どこに行ってようが知ったこっちゃないわ」

「じゃ、最初から聞かないでくださいよ。そんなどうでもいいことを」

「とにかく、アンタは今から三丁目のテニスコートに行くの。ほら! 行った行った!」

美しく可憐な手の平で、女はシオンの胸元をバシバシ叩き、追い出そうとうながしていた。

「なんですか、いきなり! 俺、ずっと歩いてて、
 ようやくここに到着したってのに、また移動しなくちゃいけないなんて
 ……ってか痛い! 痛い!」

「タチサレタチサレココカラタチサレ」

「だから痛い、ってか恐っ! いきなりわけわかんないですから、
 どうして立ち去らにゃならんのか、ちゃんと説明してくださいよ!」

ファラオのミイラのように両腕を交差し胸をガードしながら、
シオンは必死に意味を求めた。
おうふくビンタの効果はないみたいだ、と理解したのか女の猛攻撃はようやく鎮まった。

「俺はてっきり、この場所でポケモンバトルするのかと思ってましたよ。
 それなのにテニスコートに行けって……そもそも俺テニスなんてやったことないですし」

「テニスじゃない。そこでポケモンバトルすんの。ねぇ、ちょっと周り見てみなよ」

辺り一面、大量のポケモントレーナー達で埋め尽くされている。
彼らは一ヶ所に密集した結果、
全員が人と人との間に挟まり、身動きはおろか、皮膚呼吸すら困難であろうほどの
ぎゅうぎゅう詰めの押し競饅頭を強制されていた。

「人が……つぶれていく……?」

「皆、アンタとダイヤモンドが試合をする、って噂を聞きつけて駆けつけたのよ」

「こんなにも沢山!? ダイヤモンドってそんなに凄いトレーナーなのか!?」

「約五十万円も賭けたポケモンバトルが無料で見れるとなったら、
 どんなポケモントレーナーだってここに駆けつける。
 皆、凄腕トレーナーの技術を目で盗もうとしてるわけ。命がけよ」

シオンは「こんな狭苦しい空間に押し寄せて来るなんてなんて馬鹿な連中だ」、と先程までは思っていた。
しかし彼らと同じ立場だったとして考えてみれば、シオンもきっとここに来ていたに違いなかった。
少しでも上手いバトルが出来るようになるのなら、何だってやる。
誰しもが、人生を賭けてポケモントレーナーをやっているのだと、しみじみ思った。

「ダイヤモンドからの要望でね。
 トレーナー集まって来るだろうから、別の場所でバトルしようって」

「ふぅん。せっかく見に来ているのに……なんだか連中が可哀想だなぁ」

「自分のポケモンバトルを知られたくなかったのか。それとも単に人ごみが嫌だったのか。
 知ったこっちゃないけど、とにかくアンタも早く三丁目のテニスコートに行きな」

「けど、たぶんトキワシティ中のポケモントレーナーがここに集まってるわけだから、
 どこでバトルやってもギャラリーなんて出来ないだろうな」

「テニスコートに行きな、っつってんでしょうが!
 聞いてもいないことを何で語っちゃってるわけ?
 ウザ! しかも上から目線、キモ! おら! キモイから、さっさと出てけ!」

女の態度の変わりようにシオンはひるんでうごけない。
怒濤の如くの罵倒を受け、
怖気づいたシオンは、なんとか身をひるがえし、女の顔から背を向けた。

「やっぱ、ちょっと、待って!」

シオンは手首を引っ張られ、またもやくるりと身をひるがえす。

「あのさ……大丈夫なんだよな? 本当に勝てるんだよね?
 負けたら大変なことになるって分かってるんでしょうね?」

まるで何かを恐れているみたいな口調だった。
うつむく女の不安そうな上目遣いがシオンの心に突き刺さる。
高圧的な態度とは打って変わって、今は随分とみずほらしい。

「あの、ひょっとして、俺のこと心配してくれてますか?」

「へ? ……だわけねーだろ阿呆!
 何、勘違いしてるか知らねーけど、おら、さっさとIKEA!
 それで……それで、とっとと勝ってこい! このくず!」

怒鳴られた理由も分からぬまま、
シオンは半強制的に退室させられ、逃げるようにしてトレーナーハウスから飛び出して行った。



股の節目からキィキィと、股関節が軋む音が聞こえる、ような気がする。
赤い夕空が黒い夜空と入れ替わった今もなお、シオンは未だ徒歩を続けていた。
疲れて、苦しくて、足が痛くて、歩くことが嫌になって、
そして何故なのか、そのうち楽しくて楽しくてたまらなくなってしまった。

「いやぁ、凄いよなぁ。ジムバッチ集めて旅に出てる子供とかさ。
 俺の体力じゃ、旅に出るとか無理だもんなぁ、へへへっ……」

暗闇の中で満面の笑みを浮かべながら、うわ言のようにブツブツと何かを呟いている。
一人さみしくふらふらさまようシオンの姿は、完全に不審人物の『ソレ』であった。


浮浪していた最中、暗闇の中で白い光がぽわーんと浮かんでいるのが見えた。
闇夜を切り裂く月光のよう。
ぽわーんとした白い光が照らすその先に、黄緑色の長方形が微かに見えた。
それこそが、まぎれもないトキワシティ三丁目にある芝生のテニスコートであった。

まるで砂漠のオアシスを目前にしたかのような、
しろがねやまの頂上の寸前にまで来たかのような、
マラソンのゴールを直前にしたかのような、
そんな感動が今のシオンに訪れていた。
しかし、やはり感動する暇なんてものはどこにもない。
目的地にゴールした後にこそ、
本当の難所であるポケモンバトルが待ち構えているのだ。

未だダイヤモンドはシオンを待っていてくれてるだろうか。
これから闘わせるピチカが疲れてはいないだろうか。
重たくなった体を空元気で駆動させ、シオンは戦いの場へと歩んでいった。


ぽわーんとした白い光の正体は、高い二本の照明が発するものであった。
まばゆい光の中へ入り、シオンが芝生に足を踏み入れると、
テニスコートのど真ん中で横たわる人影が目が入った。
迫り来る足音に気がついたのか、寝ていた何者かがむくりと起き上がる。
そしてシオンと目が合うなりブンブンと手を振った。

「おうい! ひょっとして! ヤマブキ・シオンさんで!
 いらっしゃいますでしょーかっ!」

声の高さに驚く。しかしまぎれもない男声だと分かる。
シオンよりも頭二つ分低い背丈に、シミ一つない卵のような肌の童顔、
みなりからして女性ではない。
男の子と向かい合った時、シオンは自分が人違いをしている可能性に不安を覚えた。

「もしかして君が……ダイヤモンド? なのか?」

「そう呼ばれることが多いですが、僕はヤイダ・ドモンといいます」

「ええと……子供?」

「何をいいますか! これでも大人歴一年経ってるんですよ」

「ああ。それは失礼した」

シオンよりも年下の十一歳のこの子供が、
最強のトレーナーと噂されるあのダイヤモンドなのだという。
強者の風格も、傲慢さの欠片もない少年を前に、
シオンは胡散臭さを嗅ぎ取った。

しかし、彼の凡夫とは一線を画す奇妙な出で立ちに気付くなり、
シオンはわずかにでも疑いを持った己を恥じた。

「そ……その格好は!?」

ラッパーみたいなダボダボのズボン、
きこりみたいなベスト、
赤いエナメルのハンチング帽、
涼しげな半そでTシャツなのに、真っ赤なマフラーを首に巻き、
小学生が遠足行く用の黄色いリュックサックを背負っている。

ダイヤモンドが身にまとう独特なるその風貌は、
御洒落過ぎて凡人の眼には逆にダサく映ってしまう特殊なファッションである、
とシオンは勝手に推測した。
その身なりは、ありとあらゆる職業を網羅しておりますといわんばかりの多彩っぷりを表している。
とてつもないセンスの怪物と対峙しているような気がして、シオンはゴクリと喉を鳴らし、
心臓が冷や汗をかく錯覚を覚える。
あなどれない。油断できない。用心する。

「この服は全部、母が勝手に買ってきたの何ですけれども何か」

「素晴らしいセンスの母親だなあ」

「はあ、それはどうも。それより、ヤマブキ・シオンさんであってますよね?」

「ああ、あってる」

「今日はよろしくお願いしますね」

ダイヤモンドが手を差し伸べた。
シオンは応えるようにして、一回り小さな手の平と握手を交わす。

「実は僕、久しぶりのバトルなんですよ」

「本当か? ダイヤモンドは強いトレーナーのはずだろう?
 俺はてっきりバトル狂いだと思ってたぞ」

「いえいえ、とんでもない。
 強いのは僕のポケモンであって、僕自身は大した器じゃないわけですよ」

強者と思えぬ腰の低さ。
いや、むしろ強者であるからこその謙虚さだろうか。
周囲が勝手にダイヤモンドを褒め称えるが故に、
本人から威張りたいという欲望がすっかり消え失せてしまっているのかもしれない。
ダイヤモンドはまた丁寧に続けた。

「僕がバトルをしてない証拠に……ほら、僕のバトルの賭け金って沢山ありましたよね?」

「あったな。四十九万九千九百九十九円もあった。あの大金は本当にあるのか?」

「もちろん。僕のおこづかいですし」

能天気な金持ちのおぼっちゃんだと推理する。

「誰も僕とバトルしてくれないけど、でもお金を積めば誰か遊んでくれるんじゃないかって。
 そしたら時々、僕とバトルしてくれる人がやってきてくれたんです。
 だからシオンさんにも、僕は感謝の気持ちでいっぱいなんですよ」

「ふぅん。そうだったのか」

ダイヤモンドの人懐っこい笑顔を見て、シオンは反吐が出そうになった。
トレーナー人生と借金生活を天秤にかけたシオンの戦争を、
図々しくもダイヤモンドは遊びだと抜かした。
平和ボケした金持ちの裕福さに、物凄い苛々をかきたてられる。
まるで自分の頑張りまで、
餓鬼の遊びと同じ扱いを受けているような気がして、シオンの腸は煮えくりかえっていた。

それでもシオンは殺意を殺し、涼風を顔面で受けとめた時の気持ちのよい微笑を保った。
己の自尊心を優先してダイヤモンドを愚弄した場合、
「なんかムカつくからバトル止める」
などとふざけた発言をのたまい出す可能性が少なからずあるので
仕方なくシオンは怒鳴らないでいるのだった。

「……んじゃ、さっさと始めようか。ポケモンバトル」

「すみません、シオンさん。後ちょっとだけ待ってもらえませんか?」

「別に構わないけど……準備か何かか?」

「いえ、そうではなくて、もう少しで審判が来ますので」

「……は? 審判?」

不吉な単語に、ぶわぁっとシオンの全身から鳥肌が立つ。
にわかに空気が狂気で張り詰めた。
自然と息苦しさを感じ、身を強張らせる。
シオンはきけんよちでみぶるいした。
脳内で警報がウーウー鳴り響く。
ここにいてはいけないと本能が告げている。

「なあダイヤモンド。審判なんていらないだろ? さっさとバトルしようぜ」

「それもそうなんだけど、でもそんなこと言ったって来るもんは来るんですよ」

「そんなのほっとけよ! いいからバトルすっぞ!」

「わっ。そんな怒鳴らなくても……。
 それに僕が知る限りじゃ、あの審判は誰がどこにいたとしても、
 ポケモンバトルが始まれば必ず現れる。そういう男なんですよ」

「嘘だろ、おい。なんだよ、それ。そんな無茶苦茶な奴がいるとしたら……」

「やあ! シオン君! またあったね!」

野太い雄叫びが轟いた。
ビクンと身を振るわせ、一瞬、息が詰まる。
聞き覚えのある悪鬼の声に、シオンは氷の掌で心臓をわしづかみにされた絶望を味わう。

「また、やられたくなったのかな! 約束通り! 借金背負ってもらいに来たよ!」

テニスコートに響く重低音に対し、おっかなびっくり振りかえる。
想った通り、紫色のスーツをまとった大男がそこにはいた。

「くそぅ! ちくしょうっ! なんでっ……なんでお前がここにいるんだよっ!」

今朝の敗北がよみがえり、シオンは半狂乱にわめいた。
呼吸が乱れ、平常心を失い、青ざめた顔が引きつった。

「なんでって、そりゃあ……僕が審判で! 君達がポケモンバトルを始めるからだよ!」

さも当然のように答える『オウ・シン』は、相変わらず常に、獣の咆哮みたいな声を放っていた。
山奥でリングマと出くわしてしまった絶望感が、シオンの身にひしひしと伝わって来る。
しかし、ただ脅えているだけでは、喰い物にされるのが目に見えている。
戦慄と武者震いで体がわなわなと震えた。
シオンは警戒心をむき出しにし、敵の心を読まんとばかりにオウの一挙一動を洞察する。

オウの巨体はどかどかと此方に向かって迫り寄る。
シオンの首筋にギューっとピチカがしがみつく。
押し寄せる巨漢を前に、見栄を張るようにしてシオンは一歩も退かずに突っ立った。
オウのこわもてプレートはどんどん近付き、シオンとキスするすんでのところでピタリと止まった。
餌を前にしたアーボックの獰猛な笑みを眼前に、シオンの心臓はびくびくわななく。

「四十九万九千九百九十九円! 必ず払ってもらうからね!」

耳元で囁く『死の宣告』。
そして漂う『臭い息』。
鼻孔をくすぐる刺激臭を前に、
不快感は恐怖心を勝り、シオンはいかりをおぼえた。

「何、寝惚けたこと言ってる? 外見も知能もポケモンなのか?
 今度はお前が負けるんだよ。この俺になぁ!」

シオンは反抗的な態度をとり、生意気に言い返してみせた。
オウの太い眉毛が一瞬ひきつる。
偉そうなことを口にしただけだというのに、
シオンは、なんだか本当に勝てるような気がした。

「それは楽しみだね! そうなってくれることは心より願っているよ!」

震える吐息を短く残して、オウは翻り、シオンの前からどかどか離れて行った。
遠近感がおかしいのか、巨大すぎるオウの背広は、
歩き去っているはずなのに一向に遠ざかっているようには見えなかった。

本当は逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
しかし、駄目だ。まだ勝負の最中じゃないけど背中は見せられない。
オウにとって降参は敗北と同じ意味をなす。
そして敗北は借金を意味する。
破滅の運命から逃れるには、闘って勝つ以外に選択肢はなかった。


「おうい、シオンさーん。うわっ、なんか恐い顔してますよ」

場違いなほどの能天気な声と、
ダイヤモンドの何も考えてなさそうな童顔がシオンの視界に入りこんできた。

「何か話してましたけど、シオンさんもオウとしりあいですか?」

「ダイヤモンドこそ、あんな奴と知り合いなのか」

「ええ。たまたま同じ船に乗ってて、知り合ったんです。
 同じ地方出身ってことになりますね」

「……ああそうか、グルか。グルなんだな?」

悟ったように理解するなり、
シオンはダイヤモンドを刺すような視線でジロリとにらみつける。
気迫に押されてか、ダイヤモンドは一歩下がった。

「……確かにそうです。グルです。そういうことになります」

ダイヤモンドは、ややうつむいて暗い声を地面に落とす。
悪びれている様子であったが、殺しにかかってきている以上、同情の余地などない。

「仕組まれたバトル、というわけか」

「そうとも言えますね」

「まったく、餓鬼の分際であんな糞審判とつるみ俺を陥れようとは……
 だがな、このバトル、必ず俺達が勝つ。
 丁度、オウには復讐したいと思っていたところだったからな」

怒りの挑発を吐き捨てると、バッと翻り、シオンはダイヤモンドに背を向けた。

ここのテニスコートでは、ネットもポールも撤去されていた。
ポケモントレーナーの人口がテニスプレイヤーの人口を上回った際に、
何者かが勝手に破壊をしたらしく、その時から
この場所でポケモンバトルの試合が許されるようになり、
テニスの試合をすることは何故か固く禁じられるようになった。

「これより! ヤイダ・ドモンとヤマブキ・シオンによるポケモンバトルを開始する!」

オウは、テニスコートの中央から隣にある、脚立と椅子が合体した席に鎮座していた。
ポケモンバトルの審判だけあって、テニスの審判と同じ位置に居座っている。
あのような男に見下ろされ、監視されていることが、シオンは屈辱的かつ不愉快だった。

「使用ポケモンは一体! どちらかが、『ひんし』になった地点で終わり!」

オウの声が流れる中、シオンとダイヤモンドは試合のポジションに着く。
芝生の長方形の外角に立ち、二人は対角線に向き合った。
テニスでいうサーブ時の位置に近い。

「では両者! 同時にボールを構え!」

相手のポケモンがボールから現れた後ならば、
そのポケモンに対し有利なポケモンを選んで繰り出すことが出来る。
よってポケモンの入ったボールは、敵トレーナーとほぼ同時に投げなければ
後出しの反則とみなされてしまうのだ。

ダイヤモンドが鉄球をつかんだのが遠目にも分かった。
シオンもベルトに手を伸ばし、
レンタルしたゴージャスボールに指が触れる。その時だった。

――それでいいのか?――

疑いの幻聴が、短く脳髄に木霊する。

「シオン君! 早くボールを掴んだらどうだい?」

「ちょっと待ってくれ! 準備中だ! 急かすな! 何、焦ってんだよ!」

そう言うシオンが一番焦っていた。
ゴージャスボールの中には
ダイヤモンドのポケモンをひねりつぶすであろう最強のポケモンが入っている。
なのにボールがつかめない。
オウ・シンという強大な存在がシオンに迷いを与えていた。

本当にこれでいいのか。
これが正しい選択なのか。
ゴージャスボールを投げてしまったら、この試合に敗北するのではないだろうか。

今日一日、ここに至るまでに培ってきた勝利の一手が、シオンは信じられなくなってしまった。

「シオン君! 好きなだけ! 悩むといいよ!」

オウの大声に、シオンは思わず息をのんだ。

今 何 と 言 っ た?

オウは確かに今、「悩むといいよ」と言った。
それは、もしかして、
何のポケモンを繰り出すか「悩むといいよ」という意味ではないだろうか。
つい先程までは、一匹のピカチュウだけが、シオンの手持ちポケモンであった。

考え違いをしている可能性は十二分にある。
オウは、シオンが、
ピカチュウしかポケモンを持っていなかったという事実を知らなかったのかもしれない。
バトルを『やる』か『やらないか』で「悩むといいよ!」と伝えたかったのかもしれない。
しかし、それでは納得いかない。

あの極悪非道のならず者が、
シオンの猪口才なたくらみを見抜けなかったと考えると、
どういうわけだか腑に落ちないのだ。

どれだけ頭を使っても、推測の域から飛び立つことはなかった。
しかしシオンは確信していた。オウはフライゴンの存在を知っている、と。

「性根の腐った外道審判めぇ……」

シオンは苦しげにうめいた。
王手を潰されていたという事実を認めるのは、『ばんのうごな』を舐めるほどにつらい。
それでも苦汁を呑みこんで、早々に次の手を打たねばならない。

「一体どこで情報漏洩したんだよっ」

口惜しげにぼやき、シオンは手中でゴージャスボールを握りしめた。

レベルの低いピチカよりも、レベルの高いフライゴンの方が勝算はあるだろう。
しかし、その判断なら間違いなくオウに見破られている。
裏をかいて、打っていかねば、相手側の思う壺。餌同然。ただのけいけんち。

ほんの数秒の間に、苦悩と葛藤を繰り返し、
シオンは黒光りする鉄球を、二人の敵にも分かるようにして、構えた。

「ポケモンは決まった。試合を始めてくれ」

「では! これにて、ポケモンバトルを始める! 用意!」

オウの合図と同時に、
シオンは握りしめたゴージャスボールを、ふりかぶって、投げた。ふりをした。

「行けぇっ! ピチカぁ!」

――ッチュゥーッ!

小さな足でシオンは顔面を蹴られ、
一瞬レモン色が視界を覆い、
雌の電気鼠は、
戦場のテニスコートへと軽やかに舞い降りた。

ダイヤモンドにフライゴンが来ると思わせてピチカを召喚させる。
作戦と呼ぶにはあまりにも乏しい小細工であった。

ダイヤモンドが放りあげていたらしい紫色の球体が、
天高くから落下していくのが見えた。

「出番だよ。ディアルガ」

ダイヤモンドはそう言った。
マスターボールの着地と同時に、刹那、光がほとばしる。




つづく

















後書
書きたいシーンと書きたいシーンを繋ぐためのシーンは書きたいシーンではない。
自分の書いた話が無駄にダラダラしてるっぽく感じるのは、
繋ぎのシーンが書きたいシーンよりも多いからかもしれない。
この繋ぎのシーンを、いかに面白くし、いかに削っていくのか。
それが問題……なのかもしれない。たぶん。


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