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  [No.1155] 薄馬鹿下郎のYOU討つ 5 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/01/14(Tue) 11:32:03   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

薄馬鹿下郎のYOU討つ
       5









――グギュグバァッ!!!

馬のいななきに似た雄叫びが、空気を振るわせテニスコートに轟き渡った。
光の中に、姿を表す、群青色の、大きな影。
神々しさの滲み出る雄大な体躯のポケモンは、
四肢を地に着け、誇らしげにそびえ立っていた。

「な……なんだ、こいつは?」

始めて見るポケモンの、ただならぬ強者のオーラに、
シオンの心は震えあがり、つい魅入ってしまう。
柱のような四本の太い脚。
横に伸びる長い胴体と、尻尾。
縦に伸びる長い首に、長い後頭部。
紺碧のぶ厚そうな皮膚には、輝く浅葱色の筋が走っている。
長い頭の側面を覆う刃のような装身具。
金属のような足の爪。
そして尖った鎧のような鋼の胸板と、
その中心に埋め込まれた1000カラットはくだらないダイヤモンドのコア。
巨大なダイヤは角度を変えると七色の光彩を針のように放った。

「こんなの……聞いてないぞ」

うわごとのようにシオンは一人つぶやく。
確かに読み通り『ゴウカザル』ではなかった。
しかし、この『ディアルガ』と呼ばれたポケモンは、
探偵から知ったダイヤモンドの持つ五匹のポケモンの中には存在しないはずだった。

「幻のシックスマンとかいうあれか……」

ディアルガを仰ぎ見ると、高い首の先から、
紅玉の両眼がギョロりとピチカを見下ろしている。
やはりピチカはびくびく震える。
敗北の気配がシオンにはいよる。
それでも闘って勝つ以外に道はない。

「よし! じゃあ、始めようか!」

オウの一声に、シオンは頭をフル回転させる。
金属の鎧めいた部分からディアルガが、はがねタイプだと分かる。
体型が、首の長い草食系の恐竜っぽさがあるため、
ドラゴンタイプも持っているかもしれない、と推理する。
よく見たらディアルガの片足がテニスコートからはみ出ている。
しかし、よく考えたらそれはアウトでも何でもない。

「試合開始!」

サイは投げられた。結局何も分からなかった。

「ディアルガ、りゅうせいぐん!」

――グギュグバァッ!!!

ダイヤモンドの命令に、
呼応するようディアルガは馬のような遠吠えと共に天を仰いだ。
つられてシオンも空を見る。夜空の向こうで小さな点が幾つもまたたく。


     キラッ! キラッ! キラッ! キラララララッッッ!


不意に、暗雲に隠れる数多の星が『米』の字に輝きを放った。
その輝きは徐々に強さを増し、
今では見える全ての星が太陽と同じくらい強く光を放っている。

「おおおっ! なんだこれは!?」

強烈な光に目を細めながら、シオンは自分が見ている光景を疑った。
昼間のように明るい夜空を背景に、色とりどりの惑星が連なっている。
火星、金星、土星、木星、水星、天王星、海王星、冥王星、そして地球、
どれも肉眼では分からない距離のはずなのに、
光る惑星の表面の、禍々しくも刺激的な色合いが、
月のような大きさになるまで迫り、ハッキリとシオンの瞳に映った。

『りゅうせいぐん』。
文字通り、天空から隕石を相手に落とすというディアルガの使った『わざ』である。

ピチカを圧殺するためだけに、宇宙に生きる全ての光が、この地を目掛けて飛来する。
絶望するよりも早く、シオンは行動に移った。

「ピチカぁ! でんこうせっか!」

主君の命を引き金に、鮮黄色の弾丸は解き放たれる。
スピアーのはばたく翅(ハネ)の速度で手足を動かし、
ピチカは塔のようにそびえるディアルガへ一息に距離を詰める。

いつの間にか、
数多の燃え盛る巨大な塊が、壁のように密集し、空の全てを埋め尽くしていた。
大量の惑星と隕石の接近により、この星の外殻は包み込まれいる。
大気を揺るがす轟きは、世界の終わりの音だった。

「あれ? 俺、逃げないと死ぬんじゃ?」

しかし、よく考えてみたら逃げ場なんてなかった。
こんな状況でさえオウとダイヤモンドは微動だにしていない。
地球の命運よりもポケモンバトルの方が大切なのだ。
情けない姿は見せられないと意地を張り、シオンも不動の姿勢をとる。

ディアルガの足元に向かって、ピチカがスライディングしているのが見えた。

やっぱり恐くなって、シオンは耳をふさぎ、目を閉じ、
その場でうずくまるようにして衝撃にそなえた。

「うわあああああああ!」

シオンの上げた絶叫は、鼓膜を狂わせるような爆音によってかき消された。
世界中から視界と音が消える。目を焼くような熱と光の渦。
吹き荒れる風圧の衝撃。自分の肉体が重力に逆らうのが分かった。
全身がバラバラに壊れてしまいそうなほど、シオンは空中で激しく振り回される。




頭の中がぐわんぐわん揺れている。
気持ちが悪い。
耳鳴りが鳴っている。
気の所為か、遠くで悲鳴が聞こえる。
それと、爆発音も聞こえている……ような気がする。
どこからかガスのような悪臭がする。

意識が一瞬、吹っ飛んでいたことに気付く。
空が昼間のように明るい。
自分が仰向けになっているのが分かった。

「試合中に寝てる阿呆がいるかぁ!」

自分で自分に喝を入れ、眠りについていた筋肉を叩き起こし、シオンは勢いよく立ちあがった。
重たいまぶたを気合で開くと、そこには何も見えなかった。
薄茶色の粉塵が巻き上がって、空気が色濃く染まっている。
濁った水の中を覗いている気分だった。

「にしても俺、よく生きていられたなあ……」

瞬時に復活を果たしたシオンは、
見えない空間の中、恐れながらも足を動かし移動した。
悲鳴もガスの匂いも、微かながら感じる。
気の所為ではない。この星が半壊している証なのだろう。

「いや、俺なんかよりも、この星がすげえよ。よく無事だったなあ……」

視界の悪さを振り払うように、腕を振り回すうち、しだいに靄が晴れていった。

『しろがねやま』を切り取って逆さまにしたらすっぽり収まるんじゃないかってくらい
大きなクレーターがあった。
クレーターの底で、五体がバラバラになったディアルガを見つけた。
最初は群青色の電信柱が積み重なっているものかと疑ったが、
靄が晴れていくうち、ディアルガの胸の宝石が鋭い虹の光を放つので、分かった。

シオンはクレーターを覗きこみ、思いっ切り息を吸い込む。

「ピチカぁぁぁあああああっ!!!」

腹部に力を込め、相棒の名前を叫んだ。

――チュー!

甲高い鳴き声に、脱力感に襲われるほどの安心をした。
バラバラになったディアルガのわき腹から、黄色の点がひょっこり這い出る。
遠すぎる所に現れたピチカは、
シオンに向かって崖のような坂を駆けあがって来る。

「ピチカ! よくやった! でかした! お前は天才ピカチュウだ!」

――チュッ! チュッ! チャァッ!

かろうじて明るい返事が聞こえたものの、
ピチカがシオンにたどり着くにはまだ少し時間がかかりそうだった。

りゅうせいぐんは空から地面に落ちて来る。
りゅうせいぐんはピチカを狙って落ちて来る、
ピチカはディアルガの足元に潜り込み、ディアルガの胴体を傘下にして隠れた。
よって、りゅうせいぐんの全てをディアルガの背中が受け止めた。
ディアルガは自分の技でひんしに陥ったのだ。
ピチカは敵を盾にして生きながらえたのだ。
その証拠に、
ディアルガは巨大なクレーターの中央でバラバラになり、
ピチカはディアルガの下から無事に生還している。


「ディアルガ、戦闘不能! よって勝者、ヤマブキ・シオン!」

どこからともなくオウが出現した。
同時に足元からピチカが飛び出してきた。
黄色いプニプニを胸元で抱きしめると、シオンは暑苦しい顔面と向き合う。

「……お前も生きていたのか」

「この程度で死ぬとか! ポケモントレーナー失格だよ!」

オウの屈強な肉体を包み込む紫色のスーツに、
破れた部分は一つとして見当たらない。無傷の証だった。

「ってお前、今なんて言った? 俺は勝ったのか? ダイヤモンドを倒したのか?」

忌み嫌っていたオウに対し、シオンはドキドキしながら迫っていた。

「そうだよ! このバトルはシオン君の勝利だよ!」

「じゃっ……じゃあ、四十九万九千九百九十九円は俺のものなのか?」

「そうだよ! やったね! シオン君は大金持ちだ!」

「いよっしゃあああああ! やったぜぇえええい!」

「何をぬか喜びしているんだい? コッケイだね! ふはははははっ!」

ガッツポーズで飛び跳ねたシオンは、
それを見下すようなオウの獰猛な高笑いを受け、
何が何だか分からなくなった。
何故、自分は今、人に馬鹿にされながら喜んでいるのか。
シオンは一瞬、本気で錯乱におちいった。

「どうして俺はお前に嘲笑われているんだ? だって、俺の勝ち……なんだよな?」

「シオン君の使った作戦! 僕は今朝にも見ている!
 同じ技が二度も! 通用すると思ったのかい!」

オウは凶暴な笑みを顔面に張り付けて言った。
負け惜しみには聞こえなかった。

自分の技で自滅させるという弱者向けの小賢しい戦術は、
シオンがヒメリとポケモンバトルした際、確かにオウはそれを観ていた。

しかしシオンのガッツポーズは、本当にぬか喜びだっただろうか。
自滅させる戦術は通用したのだ。
そして、バトルが終わったのだ。
ディアルガの戦闘不能が認められた今になって、
シオンに勝利宣言を告げた今になって、
どうしてオウは「通用しない」という世迷言を伝えてきたのか。
自身に満ち溢れたオウの態度を前に、シオンは不吉な予感に胸を痛めていた

「なあ……それって一体どういう意味だよ?」

「皆さん、無事でしたか」

シオンが問いかけると、オウではなくダイヤモンドの声が返ってきた。
世界の終わりに面しているのに、
ダイヤモンドはオウとシオンの間でケロりとしている。
尤も、こんな状況に導いた張本人なのだから、
平常心を保っていても不思議ではない。

「そういう君も無事だったか」

「いやぁ、今回は危なかったですよ。
 隕石の欠片に半身持ってかれるところでしたから」

けらけらと笑いながら、
ダイヤモンドは四つん這いになって、クレーターを覗きこむ。

「大丈夫みたいだね」

バラバラ死体を見て笑った。

「どこが大丈夫なんだよ! もっと焦ろよ! あれ、君のポケモンだろ!」

「いやいや本当に大丈夫ですから。
 シオンさん、落ち着いてください。まぁまぁ、見ててくださいよ。ね」

騒ぐシオンを制すると、ダイヤモンドは思いっ切り息を吸い込んだ。

「ディアルガ! ときのほうこう!」

すり鉢状のクレーターにダイヤモンドの声が木霊する。
絶叫の反響が消えかかった、その時だった。

――グギュグバァッ!!!

聞き覚えのある馬のような咆哮だった。
確かに嫌な予感はしていた。
しかし、『ひんし』どころかほぼ『死』の状態で、声を発したというのが信じられない。
ガタガタと大地が揺れ始める。

「うおっ! 地震か!」

何かが起きようとしている。
揺れは激しくなり、シオンはピチカを強く抱え、ひざまずいてバランスをとる。
体中が振り回され、シオンは吐き気に参っていた。
『りゅうせいぐん』が落ちた瞬間の激震と似ている。
隣を見やると、オウは直立不動のまま微動だにしていない。

地ならしと同時に、大穴のクレーターが物凄い勢いで埋まっていく。
ディアルガの体がエレベーターにでものってるみたいにせり上がってきた。

「何が起こってる? どういう技なんだ、これは」

風が揺らぎ、空中を漂っていた砂塵が地表へと帰っていく。
吹き荒れ出した気流が、ビュオウビュオウと空気を擦り合わせる音を奏する。
激しい揺れの中、砂煙の靄が完全に晴れ、シオンは周囲を見渡した。

「え?」

視界を遮るものは何もないと言うのに、シオンは何も見つけられなかった。
周囲には何も存在していない。
だだっ広い荒野だけが広がっている。

突如、トキワの森の向こうから、
大量の丸太が蟲の大群みたいにウジャウジャと飛来した。
空飛ぶ丸太は周囲の至る所へ雨の如く降り注ぐ。
一瞬にして、緑の屋根した木造建築が百件、二百件、と組み立てられていく。
荒涼としていた何もない大地は、「あっ」と言う間にトキワシティへと元通りになった。

「こっ、これは現実なのか……」

既に凹んでいたクレーターは完全に埋まり、
シオンの眼前には横たわったディアルガがいた。
いつのまにかバラバラだった体が、首も手足も胴体も接合している。

街の外のあらゆる場所から岩石が飛来し、倒れるディアルガの背中に集まって来る。
四方八方から襲って来る岩石を、
上下左右に揺れる大地の上でシオン達は命がけで避けた。
飛来する岩石の嵐が途絶えた直後、頭の上から地響きが聞こえた。
空を仰げば、無数の岩石が集まって、大量の惑星が造られていく真っ最中であった。

「こっ、これは! この景色は!」

密集する星が壁のように空を覆っている。
水星、金星、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星、地球、月、
砕け散ったと思い込んでいた数々の惑星が、
『ジャングルに潜むような猛毒を持つ爬虫類』の体表特有の禍々しい極彩色で光輝いている。
先程見ていた光景が、再び目の前に広がっていた。

――グギュグバァッ!!!

ディアルガが吠えると、
密集していた星の壁が動き出した。
そして空へと還って行く。
炎と共に大気圏を越え、
全ての円は点へと替わり、
ほぼ全ての星が見えなくなる。一瞬だった。

「な……なんだったんだ。今のは」

力が抜け尻もちをつく。
いつの間にか、揺れが治まっている。
そしてシオンは夜のテニスコートに戻って来ていた。
茫然としていると、目の前で、死体同然だったディアルガが、
無傷の肉体と戦意を取り戻し、四肢を地に着け立ちはだかる。

「本当に何なんだよ。一体……」

驚く気力も湧いてこない。
馬鹿馬鹿しいほど凄まじい。
カイリューなんかとは次元が違う。
敵は本物の神のようだった。

「びっくりしましたよ。
 まさか本当にディアルガを倒しちゃうトレーナーがいるなんて驚きです」

シオンの隣で、突っ立つダイヤモンドが言った。
どれだけ景色が変わっても、少年の態度は何も変わらない。

「どうなってる? 何でディアルガが生き返った? 『げんきのかたまり』でも使ったのか」

「『どうぐ』を使ったように見えました?」

「いや、全然。でも、それじゃあ何が起こったんだ? 教えてくれよ」

「ディアルガはひんしになったので時間を巻き戻したんです。ひんしになる前まで」

「はあ? ……いや、そうか。そういうことだったのか」

絵空事同然であったが、シオンは疑うのを止めた。
たった今、自分の目で見ていた光景と辻褄があったからだった。
荒廃した世界が元の状態に戻るまでの風景は、
確かに『星が落ちて街が破壊された』映像を逆再生しているような印象があった。

「それに、気付いているでしょうけれども、
 ディアルガはディアルガの時間だけを元に戻したんだ」

「ふうん。器用なんだな」

驚くのにも疲れ、適当な相槌を打つ。
確かに時間が戻っているのに、シオンの記憶は失われていない。
『ときのほうこう』の発動中にも自由に動くことが出来ていた。
少なくとも、自分達の時間が戻っていないことは確かのようだった。

「シオン君! さっきのは誤審ね!」

「は?」

終始突っ立ったままでいるオウは、さらりととんでもないこと発言した。

「このディアルガはひんしになる前のディアルガだよ! 敗者になる前の状態だよ!」

「ちょっと待てよ! さっき俺の勝利だって言ったよな! おい! どういうつもりだよ!」

立ち上がり、シオンはオウに喰ってかかる。
やっと手に入れた自分の物が奪われた気持ちになる。
頭に血が上り、怒りは治まりそうになかった。

「君にやられたディアルガは! もう存在しないってことだよ!」

「ふざけるな! 卑怯だ! 依怙贔屓だ! なんだよそれ! 俺、勝ってたのに!」

「それなら! もう一度! 倒せばいいじゃないか!」

「あっさり言ってくれるな! あんなのっ……あんな化け物! 勝てるワケがない!」

「けど一度倒しただじゃないか! 同じことをもう一度やればいいだけだよ!」

「それが出来りゃあ、苦労しねえよ!」

ダイヤモンドはもう『りゅうせいぐん』の命令はしない。
使えば負けると理解しているからだ。
同じ状況にならない以上、同じやり方は通用しない。

「あの、シオンさん!」

カッとなって振り返ると、ダイヤモンドがうつむいていた。
呼びかけておいて、
罪悪感があるのか、ダイヤモンドはシオンと目を合わさないようにしている。
そうと分かると余計に腹が立った。

「もしバトルを続けないのなら……シオンさんの時間を戻します……」

「なっ……んだとぅ……」

歯ぎしりが鳴った。
拳を固めた。
顔が熱くなる。

「トレーナーに攻撃する気なのか! 反則だろ!」

「時間を戻してしまえば、シオンさんは、
 時間を戻されたことを知らないシオンさんに戻るんだ。
 そうなっちゃったら、僕に、文句は、言えませんよね……」

シオンのいる所とは違う方向を見て、ダイヤモンドはボソボソと言った。
仮に時間を戻されてしまえば、
シオンの記憶からディアルガの脅威が消し去られてしまう。
そうなってしまえば、勝率0.01パーセントが0パーセントになるものと予測させる。
何より、今より前の自分に戻ってしまうという
イマイチ実感の持てない行為を強制させられるというのが何気に恐ろしい。

「四十九万九千九百九十九円のためか? そこまでして勝ちたいのか?」

「一流のポケモントレーナーが! 神の力を使い放題! よくある話さ!」

オウの言葉を最後に、ダイヤモンドが踵を返し、雑談は切り上げられた。
オウもシオンに背を向ける。
結局のところ、あの二人は負けを認めるつもりがないのだろう。
もう一度、ディアルガの倒れた姿を見せしめにする必要があった。
渋々シオンも、バトルの位置へと歩き出す。

ディアルガが時を戻す寸前にダイヤモンドは『ときのほうこう』と叫んでいた。
『ときのほうこう』がディアルガの『わざ』なのは間違いない。
つまり『ときのほうこう』のPP(パワーポイント)の数がゼロになった場合、
ディアルガの蘇生はなくなる。
仮にPPの数が二十回あるとして、
ピチカは残り二十回もディアルガを倒さなければならないことになる。
不可能だ。

シオンがテニスコートの外枠に出た時、
既にオウは審判の位置に、ダイヤモンドは自分と正反対の位置についている。
未だ勝算が見つからない。シオンは敗北を悟った。

「試合再開!」

オウの宣告の後、ダイヤモンドの攻撃を待った。
シオンは あいてのでかたを うかがっている。

「……」
「……」
「……」

しかし なにもおこらない。
よりにもよってダイヤモンドも此方の出方をうかがっていた。

「思った通り。やっぱりシオンさんは、自分から攻撃してこないですね」

「年上だからな。先手は譲ってやろうかと思って」

「それはありがたいです。でも実はシオンさんの情報はオウさんから聞いているんです。
 だから何をどうすればあなたに勝てるのか、知っていますよ」

「ほほう、それは面白い。是非ともやってもらおうじゃないか」

偉ぶった態度と裏腹に、シオンの内側で原因不明の焦りが生じていた。
ダイヤモンドの迷いのない口調から察するに、真実を告げていると分かる。
しかし、『ピチカ』に勝つ方法でなく、
『シオン』に勝つ方法とは一体どういうことなのか。

「では、これにて、とどめです。ディアルガ! はどうだん! 用意!」

「ピチカっ、でんこっ……!」

反射的に言い掛けて、止めた。
一度見られた技である以上、『でんこうせっか』で股下に待機するという戦術は二度も通用しない。
突破口を探す間もなく、
ディアルガの開いた口の中で、熱と光と力のエネルギーが球状を成し、
台風を凝縮させたみたいにギュルギュルと渦巻いている。
まずい。
ディアルガの力量からして、あれが威力10程度の技であったとしても、
無残に消し飛ぶピチカの姿が容易に想像できてしまう。

「やっ、やめろォ! まだだっ! まだ撃つなあ!」

「いいですよ。少しだけ待ってあげます」

「ひょ? マジで?」

「でも、あんまりディアルガを待たせないでくださいね」

「ばかめ! その甘さが命取りになるんだよ!」と、
年下の慈悲を踏みにじるようにシオンは内心ほくそ笑む。
オウがとやかく言いだす前にシオンはさっさと行動に移った。

ディアルガは『ときのほうこう』以外に三つの技が使える。
そのうち『りゅうせいぐん』は封じた。
よってシオンは、これから残る二つの『わざ』を
『つかってもこうかがないよ』にすることを目論む。
ディアルガがピチカを倒すわざを失くしてしまえば、
とりあえずシオンに負けはなくなる。

「……あれっ?」

ポケットの中に手を突っ込むと、何も入っていなかった。
ベルトにはゴージャスボールが一つだけ付着している。
ピチカのモンスターボールが見つからない。
いや、なかった。

「ないっ! ピチカの球がないっ! 俺の球がないっ!」

ピチカをボールの中に戻してしまえば、『はどうだん』を受けずに済む。
ボール内のポケモンに攻撃は当てられない。
今朝も使った浅はかな反則であったが、他に何の戦術も浮かんではこなかったのだ。
しかし、その反則ですら、今のシオンには行使できない。

「おやおや!? 探し物かなあ!? これのことかなあ!? シオン君!?」

オウの野太い声が妙にいやらしく耳に付いた。
顔を上げ注目すると、脚立に居座る大男は、その分厚い手の平の上で何かを転がしている。
紅白の鉄球……ピチカのモンスターボールだった。

「お前っ! なんでっ!」

悲鳴じみた驚嘆の声を上げた途端、すぐにシオンはその秘密を理解した。

オウがテニスコートにあらわれた直後、
バトル前にシオンにキスする寸前まで近付いて来た時、
シオンが、オウの顔がどアップでキモイとか、息臭いとか、台詞ウザいとか、気を取られている間、
警戒するよりも前の、シオンが未だ油断しきっていた隙、
あの瞬間ならばオウはシオンからピチカのモンスターボールを盗みとれる。

そもそもオウは一度見ている。
早朝のバトルで、カイリューが火炎放射を放った際、
シオンがピチカをボールに戻した反則をオウは間近で見ていたのだ。
シオンがどんなことをしでかすトレーナーなのか分かっている以上、ボールを奪わないわけがない。

「くそっ! 油断したかっ!」

「シオンさん。ディアルガのアゴも外れそうだし、はどうだん、もう撃っていいかな?」

見上げた先のディアルガは、
口をあんぐり開けたまま『はどうだん』を維持し、待ってくれていた。
強くて大きなポケモンがあんな矮小な小僧に忠実だと哀れさあまってなんだか可愛い。

「もうちょっとだけ! 後少し待ってくれ!」

焦ったシオンは急いでピチカの前まで走り出た。
これなら『はどうだん』はピチカに触れるよりも前に、シオンの体に炸裂し、消える。
出来ればやりたくなかったが、
ディアルガの攻撃を止めるアイディアがない以上、仕方なかった。
ひざを折り、両腕を広げ、シオンはピチカを守る盾となる。

「撃てるもんなら撃って見やがれ!」

「分かりました。ディアルガ、はどうだん、ってー!」

ためらいなく人間への攻撃を命じたダイヤモンドに、シオンはゾッと寒気がした。

熱い輝きを帯びたエネルギーの塊が、高い所からシオンの顔面に向かって放たれた。
一瞬で迫る。まぶたを閉じる暇もない。
ギュォオオオオオ、と唸る風圧が荒れ、脳までくらむような光が視界を真っ白にした。
直後、波動弾はシオンの眼前で直角Lの字カーブをやって見せた。
さらに、そのままUターンし、シオンを回りこむようにして滑空する。

っぱーん!

鼓膜をつんざく炸裂音がシオンの背後でうなりをあげた。

「ピチカぁ!」

振り返ったその先に、
扇風機の速さで回転するピチカが、暗闇の彼方に飲み込まれて行くのが見えた。
あまりにもあっけなく、そして一瞬だった。
テニスコートからはじき出されたピチカがどこにいるのか、
この場所からでは、もう分からない。

「何だよ、今の動きは……」

シオンのつぶやきは震えていた。
高速で飛来した光の球は、
速度を落とすことなくシオンを避け、ピチカに直撃していった。

「こうげきは かならず めいちゅう する。
 命中率100%のさらに上にある必中の技なんですよ。はどうだんは」

「さっきも言ったけど! 僕を相手に! 同じ技が二度も! 通用するはずないだろう!」

二人の声を黙って耳にし、やっぱりか、と思った。
なんとなく、上手くはいかないとシオンには分かっていた。
今朝、カイリューの十万ボルトからピチカを守るために、
シオンが盾になった瞬間をオウは見ている。
モンスターボールを盗むほど隙の無いオウが、何の対策もとっていないはずがなかった。

「……くそぉ!」

吹き飛ばされたピチカを追いかけ、シオンは真暗闇へと走り出す。
光の中から抜け出して、薄暗い世界へと迷い込む。
このままオウから逃げ出して、敗走でもしてしまいたかった。

「ピカチュウ戦闘不能! 勝者ダイヤモンド!
 試合終了! はい、終わり! シオン君の負け決定!」

追い打ちをかけるようにして、オウの大声が一帯に響く。
倒れるピチカを確かめもせずに、勝負の判定を勝手に下された。
悔しくてたまらなかったのに、「まだ終わってない!」とは言い返せない。
テニスコートから届いた微光が、ピチカのレモン色を微かに照らしていた。

「無事か、ピチカ?」

近寄って、抱き上げる。
レモン色のプニプニを持ち上げると、普段よりも重たく感じた。
目も開かず、体も動かず、耳をすませば、かろうじて虫の息が聞こえる。
誰が見ても『ひんし』の状態だと分かる。
終わってしまった。何もかもが。

「なあピチカ。どうしてお前は伝説のポケモンじゃないんだよ……」

悔し涙が頬を滴る。

「無理だったのか。俺ごときがポケモントレーナーでやっていくなんて……」

どうすれば、あのオウを出しぬいて、このバトルに勝利できたのか。
どうすれば、ピチカはディアルガを倒すことができたのか。
未だにシオンは分からなかった。
力が抜け、
自己嫌悪に堕ち、
シオンはめのまえがまっくらになった。





つづく
















後書
ディアルガって馬っぽい声だったような気がしたんだけど……。


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