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  [No.1156] 薄馬鹿下郎のYOU討つ 6 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/01/14(Tue) 20:48:17   40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

薄馬鹿下郎のYOU討つ
         6









シオンがピチカを抱えてテニスコートに戻って来ると、ヤクザの取り立てが待ち構えていた。

「さあ! 払ってもらおうじゃないかっ! 四十九万九千九百九十九円っ!」

脚立と椅子の合体した席から降り立ったオウは、シオンの眼前までずけずけと押し迫る。

「金! 金! 払え! 払え! さあ! さあ! さあ!」

大金をせしめようと一息にまくしたてる。
オウの恐喝を浴び、煙草臭い息にシオンは顔をしかめた。

「何を言っている? まだ勝負はついてないぞ」

『ひんし』状態のピチカを抱えて、シオンは言葉を続ける。

「いや、勝負が終わっていないどころか、むしろ、これからが本番だ!」

凄んだシオンは、片手でベルトをまさぐり、球体をつかんだ。
そのまま、黒光りする鉄球を投げつける。
ゴージャスボールは放物線を描き、
テニスコートの上を三回バウンドした後、
コロコロと転がり遠ざかっていった。

「……あれ? フライゴンは?」

ゴージャスボールからは、何のポケモンも現れてはくれない。
そこでシオンはようやく、トキワジムの中年から借りたこのボールが、
ポケモンの入っていない空のボールであることに気付いた。

「シオン君! もしかして! ボールが空っぽだって知らなかったのかい!
 バトルにピカチュウ、選んでいたから! てっきり知ってたものだと思っていたよ」

ふと、ポケモンレンタルの中年の言葉を思い出す。
「フライゴンが言うことを聞くのは、最初にボールから出てきた一回だけだ」
つまり、バトル本番になるまでボールの中身の確かめようがない。
よくよく考えてみれば明らかに騙す気満々の対応であった。

「謀ったな、あの腐れ眼鏡め!
 この俺をたぶらかすとはぁぁ……ふっ、ざっ、けっ、やがってぇええ!」

「あははははは! 間抜けだね! シオン君!」

オウの野太い哄笑により、シオンのいかりのボルテージがあがっていく。

「レベル87のポケモンを! よく知りもしないシオン君に預けるワケないじゃないか!
 そもそも、そんな強いポケモンを、あんなオッサンが持ってるわけがない!
 持ってたら今頃、四天王でもやってるよ!」

明らかにシオンは馬鹿にされていた。
そして、オウの言葉の内容には、
シオンとトキワジムの中年以外の者には分からないはずの情報があった。

「やっぱり最初っから知ってたんだな。俺がレンタルに頼ってたことを」

「もちろんさぁ!」

シオンが気迫を込めてにらみつけても、オウはけろりと動じない。

「知ってるかい!? ポケモンレンタルの秘密を!
 あのオッサンにポケモンを借りたトレーナーは!
 絶対にジムリーダーには勝てないんだ! 必ず敗北する!
 だってジムリーダーはオッサンのレンタルポケモンのことよーく知ってるからね!
 手の内読まれてるわけさ!
 ジムぐるみで、騙された方が悪いレベルのサギを働いてるわけだね!
 尤も! 最近一般トレーナーが書いたブログで悪評が広まって!
 儲からなくなってきてるみたいだけど!」

「……よく喋るじゃないか。どうしてそんなにポケモンレンタルに詳しい?」

「これでもポケモン協会の人間だよ! トレーナーハウスだとかジムだとか!
 そういう施設の情報は全部こっちに流れて来る仕組みになってるんだ!
 繋がり持ってるからね! 君がそこで何をしたのか全部お見通しなんだよ!」

「何でお前なんかにそんなことが出来る? ポケモン協会っていったいなんなんだよ?」

「個人で立ちあげた株式会社だよ!」

予想外の答弁にシオンは唖然となった。

「……まじかよ。大層な社名してるから
 漫画にでも出て来るような、国家権力を牛耳る闇の組織かと思ってた。
 ポケモン協会(株)だったのか……」

「トレーナーハウスもトキワジムも、電話で聞いたら普通に教えてくれたよ!」

「そうか、普通に聞けばよかったのか……って普通の聞き方じゃ教えてくれないだろ……」

「ただ探偵をやとったのは見事だったよ!
 さすがにそこはポケモン協会と繋がりをもってないからさ!
 でも惜しかったね!
 シオン君が、トレーナーハウスからトキワジムに移動したんだと考えると!
 その移動時間が不自然なくらい長いことになる!
 その間に何処で何をしていたのか割り出して!
 常葉探偵事務所に行ってたって情報を知ったのさ!」

「なるほど、俺がやって来た時間を聞いたのか。
 それで、割りだしたって、どうやって?」

「簡単な推理だよ! 君はまず『トレーナーハウスにて対戦相手を選び』!
 次に『トキワジムでその対戦相手に有利のポケモンを貰おうとした』!
 ということは!
 その間に入るのは自然と『対戦相手の手持ちポケモンを知ること』にしぼられてくる!
 後はもうポケモントレーナーの手持ちポケモン調べる方法をしらみつぶしってわけさ!」

オウは淡々と答えてみせた。
あまりにも簡単に言ってのけるため、オウのしたことがとても難業とは思えず、
シオンは自分の凡ミスに気付かされた。
己の浅知恵が敗北を招いたのだと証明され、シオンは無念でならない。

「くそ。こんなことなら探偵とかに頼らず、
 俺の味方してくれる審判でも頼んでおけばよかった!」

「無駄だよ! このトキワシティには今!
 僕以外にポケモンバトルの審判はいないから!」

「それって、どういう……」

「さ! おしゃべりはここまでだ!」

強引に会話を切り上げ、オウはシオンの胸倉をつかんだ。
足が浮いて、喉が詰まり、息が苦しくなる。

「さあ、シオン君! 払ってもらおうか! 四十九万九千九百九十九円!
 いや、探偵代とレンタル代……締めて百万円! 払ってもらおうじゃないかぁっ!」

「ちょっ、ちょっと待て! 待て! いったん落ち着こう! とりあえずおろせ!
 な! おろせ! ようし、そうだ、いい子だ、落ち着けぇ。
 一旦深呼吸だ。吸ってぇ、吐いてぇ……」

シオンは、血の気の多いヤドン並みの莫迦を
相手しているかのようなふざけたなだめ方を図った。
意思疎通に成功したのか、
オウは太い腕を下げ、ゆっくりとシオンを降ろす。
地に足のついたシオンは、胸を叩いて咳き込んでから言った。

「よおく思いだして欲しい。
 ゴージャスボールは空っぽだった。つまり俺はポケモンレンタルをしていない。
 それに探偵だってまともな情報をくれなかった。
 ディアルガなんてポケモン、俺は聴いてない。
 こりゃもう騙したも同然だよ。あの二人に金を支払ってやる義理はない」

「でもシオン君は二人と約束しただろう!? 金は支払うと!
 約束は守ってもらわないと困るなあ!」

思い返してみると、確かにそんなようなことを言った覚えがある。
正論だと思ってしまった以上、シオンは何の文句を返せなくなる。

「確かに約束はしたかもしれない。認める。でも無理なんだよ。
 今朝のバトルでお前が俺の千円札を、三枚はがして捨てるから、
 俺は今、無一文なんだ。
 残念ながら払いたくても払えない」

「何を、くだらない屁理屈のたまいて言い逃れしようとしてるのかな!」

「何だと? じゃあどうする? どうやって払わせる?
 持ってない金をどうやって支払わせるんだ? 不可能だろ?」

オウの表情が強張った。
苦虫を噛み潰すように、顔を歪ませている。どうやら困っているようだ。

「確かに……確かに、君は百万円も持ってはいないな! うーん、そうだなぁ!
 そうだ! それなら、百万円分の価値のあるものでも貰おうか!」

「はぁ? 俺が百万もする物、持ってると思うのか?
 そんなのどこにあるって言うんだよ?」

「そうだねぇ! 例えば、例えばさ……君のっ、肝臓なんかはどうだいっ!」

シオンの鳩尾に衝撃が刺す。
オウの『メガトンパンチ』。
目の覚めるような重い痛みに、シオンの体が『く』の字に曲がった。

「それとも腎臓が良かったか、なっ!」

今度は、シオンの腹部にオウの『はっけい』が入った。
体内の器官を圧迫され、「ウオエッ」と息と唾液を吐き出す。

「なんなら君の肺でも構わない、よっ!」

オウの『アームハンマー』が決まった。
悶絶する痛みと同時に、一瞬、シオンは呼吸困難に陥る。
息を求めて喘いでいる内に、シオンの膝が折れた。

「それが嫌ならっ……」

オウの手の平が視界から消えた、と思った直後、
予期せぬ方向から凄まじい一撃が襲いかかった。

「君のっ! 『きんのたま』でもっ! もらおうかなっ!」

「アオォォオオオオウッ!」

勝手に喉から絶叫がほとばしった。
気が付くとシオンは股間を締め付けられている。
痺れるほどに強く握りしめられている。

「『きんのたま』は、一つで五千円! 二つで一万円! 残る借金は九十九万円!
 いい取り引きじゃないか!」

「わああああ! 止めろっ! 止めてくれぇ! それだけは! それだけはぁああ!」

顔を真っ赤にし、涙目になりながら、シオンは助かりたい一心で懇願した。
オウが『きんのたま』から手を離した瞬間、全身から力が抜け、
シオンはふにゃりとその場に倒れ込む。
抱えていたピチカを下ろして、シオンはちからつきた。
自分の内側を犯されたみたいで、精神が狂いそうなほどに気持ちが悪かった。

「嫌なのかい? しょうがないな!
 じゃあ、とりあえず肝臓と腎臓だけでも頂いておこうかな!」

「そ、それも駄目だ。止めろ。頼むぅ……頼むぅ……」

嗚咽を漏らしながら、うめき声で哀願する。
格好悪い姿を晒しているが、なりふり構っていられる余裕はない。
自分の体の一部分が奪われてしまう。その痛みと、
その喪失感を思い浮かべただけで、シオンの気持ちは駄目になってしまった。
手遅れになって初めて、自分がとんでもないことをしでかしたのだと後悔する。

「オウさん。ちょっとやりすぎじゃないですか」

ダイヤモンドの声がした時、シオンは急に恥ずかしい気持ちに襲われた。
年下の子供が見てる前で、みっともない醜態をさらしている。
地面を見つめるシオンは顔を上げられなくなった。
きんのたま握られて泣く自分があまりにも情けなくて、
とてもダイヤモンドの顔を直視できそうにない。

「オウさん。シオンさんにお金を支払ってもらうの、取り止めてもらえませんか?」

ダイヤモンドが発したのは、予期せぬ救いの声だった。
シオンの未来に一筋の光が差し込む。

「ん!? 何を甘いこと言っているんだい!?」

「いいんだ。元々賭博のつもりなんてなかった。
 僕に勝った報酬のつもりでの四十九万九千九百九十九円だったんだから。
 だってほら、僕ってさ……いや僕じゃない。僕のディアルガって、強いでしょ?」

ダイヤモンドは、嫌味っぽくなるのを隠すようにして言い直した。

「このバトルは! シオン君が自分で選んだことだよ!
 ポケモンバトルは遊びじゃない!
 勝負が終わった今になって! キャンセル出来ると思っているのかい!」

「でも……でも可哀想だ。あんまりじゃないですか。
 そんな大金払わせるなんて、そこまでする必要ないじゃないですかっ」

ダイヤモンドは本気で哀れんでいるようだった。
年下の情けに、シオンはありがたくすがりつこうと思った。

「可哀想!? この程度のことで!?」

「この程度って……借金百円なんですよ! ……じゃなくて、百万円なんですよ!」

「能力低いにも関わらず身の丈に合わぬ夢を追いかけた代償が百万円なんだよ!
 自分でやった敗北の責任を本人にとってもらうだけさ!」

「僕はっ! ……僕は、ポケモントレーナーにこれ以上辛い目に在ってほしくないからっ、
 だから協力してるのに! これじゃあ本末転倒じゃないか!」

ダイヤモンドは声を荒げてまで、自分のために反論してくれている。
シオンは胸の底からこみあげる熱い何かを感じとった。

「狂人を! まともにするには! 正攻法じゃ駄目だよ! 荒療治じゃないと!」

オウの声も激しくなって、二人の会話は言い争いに変わっていった。
シオンは地面を凝視したまま、心の中でダイヤモンドに声援を送る。
今こそ借金取消の時だ。

「シオンさんよりオウさんの方が狂っている。
 一試合負けたくらいで百万も分捕ろうなんて、えげつないにもほどがありますよ!」

「確かにやり過ぎているように見えるかもしれない!
 けど、このぐらいしないと、シオン君はまたポケモントレーナーを目指してしまう!」

「別にいいじゃないですか。借金するくらいなら、トレーナーでいてくれた方がまだマシです」

「そんなこと言ってたら、いつまでたってもポケモントレーナーは増える一方だよ!
 遊び呆けた役立たず共が増えすぎて、このままじゃ国が回らない!
 成人式全員無職になる時代もそう遠くはないんだよ!
 今ここで、シオン君に現実を知ってもらった方がいい!」

「そんな必要はない!」と、ついシオンは叫んでいた。心の中で。
実際に口にする無謀さを持ち合わせてはいない。

「それなら僕もポケモントレーナーだ。
 僕にもトレーナーを止めさせたらどうなんですか?」

「君は優秀だからいいんだ! でもシオン君をトレーナーとは認められない!
 自分のポケモンをロクに勝たせることも出来ないんだから!
 トレーナーじゃなくて普通の人だよ!」

「闘いなんですから敗者は必ず出てきます。
 それにシオンさんはポケモンバトルに真剣だった。
 それはポケモントレーナーじゃなきゃ出来ないことだ」

「負けたのに真剣だった!? 真剣に頑張ったにも関わらず負けたんだ!」

「でも一度は勝ってます。
 それにシオンさんは、何も考えず闇雲にバトルを挑んできたわけじゃない。
 勝つために色々やろうとしていたらしいじゃないですか」

「真正面から闘ったら負ける弱いトレーナー!
 だから、ポケモン、借りたりしたんじゃないかな!」

「何も考えずポケモンに指示を出すだけのトレーナーなら、いらない。
 ポケモンだけで闘った方がいいと思いますよ」

「おや!? 皮肉ってるつもりかい!?」

「自虐のつもりです」

「あのね、ダイヤモンド君!」

「なんですか。改まって」

「思い出してごらんよ! 君が蹴散らしてきた短パンこぞう達の末路を!
 彼ら、トレーナー続けられなくなって、その後どうなったんだっけ!?」

オウの言葉に、ダイヤモンドは黙ってしまった。
会話が途切れる。久しぶりに静寂が聞こえた。
ダイヤモンドに反論する気配がない。
寒気がした。

「シオン君と、君が今までに潰してきたトレーナー達!
 そう大した違いはないはずだよ!」

オウは独り言のように語る。

「シオン君はまだ若い! 手遅れになる前にトレーナーを終えるべきだ!
 現実を勘違いしてるから!」

ダイヤモンドは黙ったまま、何の反論もしてはくれない。

「今、シンオウはどうなってるんだっけ!?」

心臓の動悸が激しくなる。
うつむくシオンは焦っていた。

「借金でもしなければ、シオン君ならまたトレーナーを目指す!
 それに! トレーナーを続けたところで、僕以外の悪党から借金を背負う羽目になるだけさ!」

オウが何を言っているのか、シオンは真面目に盗聴しようとすらしなかった。
ただ、ダイヤモンドが黙り込んでいる事実が焦れったくって仕方がない。

嫌な予感をどんどん溜めてく不吉な沈黙に耐えかねて、シオンはとうとう顔を上げた。
ゆっくりと首を伸ばすと、
何故か、
ダイヤモンドがシオンを見ながら申し訳なさそうな顔をしていた。
一体何を考えているのか。
シオンが混乱している内に、ダイヤモンドは口を開く。

「すみません、シオンさん。やっぱり悪いんですけど、
 お金……支払ってもらえないですか?」

期待で膨らんだ風船の破裂する音がした。
酷い心の変わりようだと思った。
絶望と共に、
シオンはスーッと自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。



「まあ、心臓も『きんのたま』も差し出さなくていいよ!
 君のを欲しがる人はいないだろうからね!
 かわりに! このプリントにシオン君のサインをしてもらうよ!
 名前を書くだけでいいんだ! 簡単だろ!」

倒れるシオンの眼前に、ボールペンと謎の用紙が滑りこんできた。
シオンは渋々起き上がり、
差し出された用紙を興味本位で手に取ってみる。
よくわからない変な物が描かれていた。
文字なのか、記号なのか、模様なのか、絵なのか、
奇妙な三角形のようなものが連なって描かれている。

「……これは、えっと、何だ? 何語?」

「楔形(くさびがた)文字だよ!」

「読めるか! 日本語で書けやあ!」

反射的につっこみを入れる。
言い放った直後、ほんの少しだけシオンに元気が戻ってきた。

「本当は日本語で書いてあげたかった! でも駄目なんだ!
 この契約書の内容を知ったトレーナーは皆、必ず発狂するからさ!」

「そんなヤバいことが書かれてるのか?」

「それでね! 中々サインしてくれないなんて面倒な事態になりかねないからさ!
 防止策として読めない言語の契約書を作ったわけさ!
 君が落ち着いて名前を書けるようにした親切な処置なんだよ!」

「そ……そんなヤバいことが書かれてるのか? さっきも聞いたけど」

「ルーン文字の方がよかったかい!?」

「んなこた聞いてねえよ! 俺はただ内容が知りたくて……」

「さっさとサインをしたらどうだい!? 『きんのたま』を奪われたくなければね!」

有無を言わせぬオウの言動から、
非常に恐ろしい内容が書かれていることだけは理解できた。
契約書にサインしてはならないとシオンの本能が警報を鳴らしている。
しかし、『きんのたま』を奪われる絶望を考えると、
シオンは謎の契約書と向き合うしかなかった。

震える指先でボールペンを挟む。
奴隷契約書なのか、それとも地獄の片道切符か。
恐怖心を無理矢理抑え込み、ゆっくりとペンを動かす。

名前を記した瞬間、
シオンは満員電車で小便を漏らしてしまった時の解放感と後悔が残った。

「ようし! これで君のトレーナー人生も終わりだ!
 もう二度と這い上がれはしないだろう!」

太い腕が用紙をかっさらう。

「くそっ! くそっ! くそぉお!」

悔しくて、歯を食いしばり、シオンは何度も地面を殴り付けた。
しかし、そもそも契約書に何と書かれているのか分からないので、
一体自分が何に怒りを覚えているのか、よく分かっていなかった。
ただ、絶対にやってはいけないことをやってしまったという実感だけが残っていた。

「君は百万円の借金を背負った! 支払方法は、トゴのリボバライで頼むよ!」

「は、はあ?」

知らない言語に戸惑いつつも、契約書の内容なのだろうと予測できた。

「それと! 借金返済のためにシオン君には明日から仕事をしてもらう!
 これは君にトレーナー活動をまともに出来なくさせるためでもあるよ!」

「し……死事だって……」

不吉な言葉を耳にしたショックで、シオンの脳味噌は若干の混乱をきたす。
終わらないサービス残業。
月月火水木金金。
終始飛び交う怒号。
破られる法律。
上層部全員ヤクザ。
相次ぐ自殺。
五十キログラムの荷物を上下するだけの誰にでも出来る簡単なお仕事です。
悪夢の連想ゲームが暴発し、止まらなくなり、シオンの頭の中は真っ白になった。

「おれっ、俺はっ、俺は、一体どうなってしまうんだぁあああああ!」

喉笛から絶望がほとばしった。
思いっ切り絶叫してしまったおかげで、
スッキリしたシオンは少しだけ落ち着きを取り戻す。

「ほら! あそこにフレンドリィショップがあるよね!
 シオン君、明日から、そこのバイトね!」

遠くを指差し、オウは淡々と告げる。

「よかったじゃないかシオン君!
 ポケモントレーナーとかいうブラック無職から中卒フリーターに昇格だ!
 やったね!」

明るい声にイラッと苛立つ。
しかし、普通のアルバイトをするだけで『きんのたま』は奪われずに済む。
そう考えると、シオンは気が緩むほどの安心感を覚えていた。
ポケモンバトルに敗北し、
ポケモントレーナーを止めさせられようとしているのに、
シオンはホッと安心していた。

「じゃあ僕は行くよ!
 他のトレーナーも潰さないといけないからね! それじゃあ!」

素早くオウは背中を向け、猛スピードで走り去り出した。
筋肉質な巨体が風を切って疾走して行く様は、迫力満点であった。
あの口ぶりから察するにオウは、
色んなトレーナーから
『おこづかい』を巻き上げることにいそしんでいるのだろう。

「シオンさん!」

シオンのかたわらでダイヤモンドは静かに佇んでいた。
哀愁を見せるダイヤモンドの頭の上に、
灰色の丸まった小鳥のポケモン……
ムックルLV6とおぼしきポケモンが乗っかっている。

「あの……シオンさんは、
 ポケモントレーナーなんてものに人生を振り回されちゃ駄目だ。
 トレーナーになることが大事なんじゃなくって、
 大切なのは最高の気分とか幸せを感じられる事です。
 目的と手段を間違えちゃ駄目ですよ」

ダイヤモンドが去り際に残したアドバイスは、
明日になったら何を言われたのか忘れていそうなくらいシオンの心には響かなかった。

ムックルはダイヤモンドの頭をつまんだまま、
三十cmにも満たない両翼を広げ、パタパタと羽ばたいた。
ダイヤモンドの足は大地から離れ、宙に浮遊し、ゆっくりと上昇し、
そのまま夜空の彼方へと消えてしまった。

二人の敵はあっさりとその場から消え去り、シオン一人が照明の光に取り残される。
経験値と金を奪われた今のシオンは、
敵トレーナーにとって関わる価値のないゴミ同然なのだから、
さっさと見捨ててとっとと帰って行ったというのは道理にかなっている。
敵が失せたと分かっているのに、寂しい気持ちにさせられた。

きょろきょろと周囲を見回し、
付近に誰もいないと確認するなり、シオンは立ち上がる。

「ああああっ! ちくしょう! くそったれ! 何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよぉ!」

自分より強い敵がいなくなったからか、
急にシオンは強気になり、周囲に怒りをぶちまけた。

「大体! あんなポケモンに! ピカチュウ一匹で! 勝てるワケないじゃないか!」

腹の底から声を絞り出し、体中にたまった不満とストレスの全てを外気に放出した。
日中の行動を見破られたのも、
ポケモンレンタル出来なかったのも、
ダイヤモンドがゴウカザルを使わなかったのも、
ピチカが勝ち目のない相手と戦わざるをえなかったのも、
シオンが借金背負う羽目になったのも、
明日からアルバイトさせられるのも、
全てにおいてオウが悪い。
と、いうことにしておけばシオンは自分の弱さを責めずに済むのであった。
責任転嫁によって精神の安定をはかっているのである。

落ち着きを取り戻した今でも、シオンは敗北の原因がオウにあると確信していた。
自分の実力不足ではなく、ダイヤモンドが強かったという理由でもなく、
裏でポケモンバトルの勝敗をも操っていたオウにこそが問題があるに違いないのだ。

「俺はどうすればよかった?
 どうすればダイヤモンドに……いや、オウに勝てていたっていうんだ?」

誰に聞かせるわけもない弱音をシオンは静かにつぶやく。
返事の代わりにピチカの弱々しい呼吸音が耳を打った。
『おや』のくせに、
ピチカがずっと側で倒れていたという事実を今になって思い出す。
急いで抱き上げると、
シオンは強引に弱気を押しやり、無理矢理に体を立ち上がらせる。
ポケモントレーナーである以上、感傷に浸っている暇などない。




ポケモンセンターの待合室で、
並べられた座席をベッド代わりにし、シオンは寝転がっていた。
ふぬけた顔つきで、ぼけーっとしながら、
ピチカを預けたジョーイさんから名前を呼ばれるその時を待っていた。

「あーあ。才能と努力と運とコネだけでポケモンマスターになれたりなんかしねーかなー」

組んだ腕を枕にし、ありもしない妄言をのたまく。
天井の電光を見上げながら、借金返済を忘れようとした。
しかし現実逃避をしたところで、
ポケモントレーナーをまともに出来なくなった、という事実を変えることは出来ない。
涙が流れる気配はなかった。
それどころか、酷い目に合わずに済んで本当によかったと、感謝していた。

「明日からバイトか。じゃあ早めに寝ないといけないのか」

早くもこの状況に順応しようとしている自分に吐き気をもよおす。
敗北した後なのに平気な顔をしていられる自分を思うと、たまらなく嫌になった。
ポケモントレーナーには戻れないのかもしれない。
それを悲しいと思えない自分が、何よりも哀しかった。





おわり















後書
どうして探偵の雇った借金取りがオウでした、って書かなかったのか?
忘れていたからである!



次回は未定。そのうち書く……と思う。


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