マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1159] 第七話:お金稼ぎは大変だね? 投稿者:ライアーキャット   投稿日:2014/02/13(Thu) 20:32:26   48clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



・第7話:お金稼ぎは大変だね?


「――いつ来てもゾーっとすらあ」

白衣を着た青年が、閑静な街を歩いている。
街と言っても、そこはあくまで地区の一つ。ビル群の立ち並ぶ全景と、同じではない。

そこは居住区を切り抜ける通りの中で、最も荒れた場所だった。

「っと、アイツとか良さげだな」
風に吹かれてくっ付いた怪しい露天のチラシを剥ぎ取り……白衣青年は道端で眠っている男へ近付く。

「おい、ちょっといいか?」
「ウィー、ヒック……何だテメエ。オレを誰だと思ってやがる〜……」
見るからに自暴自棄。残る人生全てをアルコールにでも費やそうかという若者。
「俺の名はアキラ」
白衣は名乗り、所持金の一部を酔いどれに渡した。

「あぁん!?」
「ベルトにモンスターボールが付いてるのを見たもんでな。俺に頼まれてくれないか?」
「か、金くれんのか?」
「あるポケモントレーナーを――ド派手に倒してくれるんならな」
アキラは言う。

「名前はエリ。俺の妹だ」



◇◆◇



青い空。白い雲。直視できないギンギン太陽。

「いらっしゃいませいらっしゃいませいらっしゃいませいらっしゃいませいらっしゃいませいらっしゃいませ〜〜〜〜!!」
「ちょっとエリ! 挨拶ばっかしてないで手伝いなさいよ!」
「ふええ、こんな忙しいなんて思わなかったよ〜!」
サヤちゃんから押し付……渡されたトレーを両手に、私は神様の元へ走る。

「お客様! 『ハナダシティ風、遺伝子組み換えベジタブルサラダ』です!」
「馬鹿! それ隣の席!!」
「失礼いたしやした!」

どうしてこうなった。
私はただ、お金を稼ぎたかっただけなのに……。

『そういえば、仕事募集の広告があったわね』
ネクシティ滞在、三日目。
街で偶然出会ったツリ目少女が、私に勧めてくれたのだ。
『へ? 出し抜けに何を?』
『アンタが朝から「宿屋の金とかを兄貴に頼っているのが悔しい」「キズぐすり代を楽に貯めたい」とか愚痴ってたんでしょうが』
そうですけど……。

そして一気に「なう!」
日雇いのバイトをしてみた訳です。
面接無しの即日勤務ってマジスゴイよね。

「アシタバ! ランドウ! 19番入っていいよ!」
「はい!」
「へい!」
休憩の許可が出ました!
店長と入れ替わり、私とサヤちゃんはワゴンに潜る。

「……凄いよね。野外のワゴンレストランなんて」
「イッシュ地方のワゴン屋さんをモデルにしたらしいけどね」
車で移動し、手頃な場所に停車して座席を展開する飲食店。
今回ネクシティでのオープンに立ち会えたのは本当に運が良かったなぁ……。

「危惧してはいたけど、アンタって本当にドジなのね。ポケモンに必死な癖して、他人にはダメダメなんだから」
「面目ない」
サヤちゃんは深く大きい溜息をつく。

「アンタ、一体何がしたいの?」
「えっ?」
「通過儀礼のこの旅で、何か目指してる物があるかって訊いてんの」

何故か目の鋭さを濃くする彼女。
何となく、分かってきた。
サヤちゃんは凄く真っ直ぐな子。――こういう目をした時は、シリアスの合図なのだと。

「ちなみにアタシの目標はシンプル。この地方に居る『五人』のジムリーダーを倒して……ついでにポケモンリーグも制して、最強になる事よ」
「あの、ちょっと待って?」
「あん?」
「それって、通過儀礼の建前と同じじゃないかな」

この地方――ミメシス地方の通過儀礼。
一定の年齢を迎えた子供は『ポケモントレーナー』となり、ポケモンと旅をしなければならない。
けれど旅と言ったって、何をすればいいのか分からない人も居る。
そんな人達に用意されたのが『ポケモンジム』だ。
なまじ風習で押し付けられた旅。どうすればいいか分からない人は、とりあえずコレを目指せばいい。
各地のジムをバトルで制し、あわよくばポケモンリーグで優勝する。
それが通過儀礼に目標を持たない人への措置と聞いた事がある。

「アタシをただ旅したいだけの連中と一緒にしないで」
サヤちゃんは紫髪の乱れを厭わず、首を振る。
顔つきに嫌悪が見て取れたのは強気な彼女らしいと言うべきか。

「アタシ昔、告った奴にフラれたの」
「…はい?」
「つい最近顔を合わせちゃったけどね。アイツを見返す為に、アタシはトレーナーになったのよ」
「はあ」
「な、何よその反応! 『しきたりだから』って理由よりマシでしょ!?」
「いや、あまりにも唐突な話だもんで」
居たんだ。サヤちゃんが告れる相手。
でもまあ……彼女らしい理由ではある。
実際、自分なりの目標を持って旅に出るトレーナーって、結構少ないらしいしね。
みんなポケモンの世界を見たいってだけで旅に出て――いつかは飽きる。

「ほら、アンタも言ってみなさいよ! アタシがバラしたんだから!」
「んー……」
「まあどうせ、アンタみたいな天然は目的も無くフラついてるんでしょうけど!」
「違うよ」
別にカチーンと来た訳じゃないけれど。
私もまた、サヤちゃんに打ち明ける事にした。

「私にだって、目標くらいある」
「……随分ハッキリした響きじゃない」
何かを感じ取ったのか、ツリ目少女の双眸が深まる。………静聴モードに入ったらしい。
私は人差し指と中指をピンと立て、残りを畳つつ彼女に提示した。

「――ピカピカピカリン?」
「サヤちゃんがボケただと!?」
シリアスブレイク禁止!!
今のトコ全部カットしといて!

「私にはね、二つの目標があるんだ」
「え……?」
「一つは、自分に自信を持つ為」
私は今まで生きて来て、何一つ上手く行かなかった。
けれど、それはポケモン以外での話。
通過儀礼の旅で初めて、私達はポケモンを貰える。

「他の全てがダメダメでも、一人前のトレーナーになれるなら――それは誇りに出来るんじゃないかって」
トレーナーになる前から、一つだけ苦手意識を持たずに関われたのが…ポケモンだった。
自分が好きだと思える物なら、どんなにキツくても極めたいと思える。
そして、『目指した先』を見たい。
それが一つ目の理由だった。

「この子達も、付いて来てくれるから」
私は身に付けているエプロンから、自分のモンスターボールを取り出す。

「ちょ、ちょっとアンタ! 何で勤務中にソレ忍ばせてんのよ!」
「モノトリオの悔しさが尾を引いておりますんで」
サヤちゃんはバッグに仕舞ってたみたいだけど、私はどうしても出来なかった。貴重品は肌身離さず持たなきゃ。

「……知らないわよ。店長にバレても」
「バレない物はネタバレじゃないんです!」
「はぁ………」
ツリ目をゲンナリさせて俯く彼女。
「アンタってホント幼稚よね」
「ごめんなさい」
「大体、その髪飾りは何よ。いつまでもそういうのを付けてるから……」
サヤちゃんは私の付けているチェリンボの髪飾りに触れる。


ばしっ


「っ!?」
私は、その手をはたき落とした。
一瞬だけ頭が冷え――そして我に帰る。

「な……何すんのよ!?」
「え? あ」
気がついたら睨まれていた。

「ご、ごめん! 何か手が出ちゃって」
「たかが髪飾りに触れただけじゃない!」
「そうなんだけど、これは大事な物なんだよ」
頭の上のチェリンボを握りしめる。

「笑うかも知れないけど……私の宝物なんだ」
「……そのチェリンボが?」
「うん。ずっと前からね」
さくらんぼポケモンのチェリンボ。
まだ本物は見た事が無いれど、それがアキラに教わり、私の知った初めてのポケモンだ。
それを象ったこの髪飾りは、今でも手放せずに居る。

「お風呂に入る時ぐらいだよ。外すのは。他の人に触られるのも嫌」
「そこまで拘るのは何で?」
「分からない」
『何故だか拒否反応が出る』。それだけだ。

「……ったく、意味分かんない」
ツッコミにも疲れたのか「まあいいわ」と投げやりに言って、話題を戻して来る。

「で? もう一つの理由は何なの?」
「あー」
「ちょっと! ここまで来て隠す気?」
隠すと言いますか……。

「二つ目の理由はね――まだ誰にも言ってないんだ」
「誰にも?」
「パパにも、お兄ちゃんにも言ってない。つまり、私を知ってる人みんなに言ってない」
要するにシークレットなのです。

「歯切れが悪いわね。この際だから言いなさいよ」
「うーん……けどなぁ」
私の家族に関わる事だし。

でも二つの秘密と言っちゃった以上、吐かなきゃ尋問が終わらなそうだ。
サヤちゃんになら、教えてもいいかも知れない。

「…お兄ちゃんには内緒にしてね?」
「誰が言うもんですか。あんな邪魔者に」
「うんうん」
そういえば、今日は朝からアキラの姿が見えませんでしたな。
私が起きた頃からどっかへ出かけてるみたいだし。良い事です。

とまあ、そんな訳で。
意を決し――口を開く。

「いつまで休んでんだい!!」
「うぎゃあ!」店長っ!?
「休憩時間終わりだよ! さっさと持ち場に戻りな!」
「へいへ〜い!!」
出鼻というか出口を挫かれ、私達は会話を中断する。流石のサヤちゃんも仕事を優先し「エリ! 行くわよ!」と叫ぶしか無いらしい。
その台詞の前に舌打ちが含まれてた気もしたけれど、確かめようなどあるはずも無かった。



◆◇◆



「えっ……私の記憶力ヤバ過ぎ?」
「エリ! その料理は10番テーブル!」
「アイアイサー! おまちどうさまです! 『カロス風リザレクション煮込み野菜・リーサルウェポンソース和え』です!」
「馬鹿!! アタシが言ったのは右手の料理! そっちは11番テーブル!」
「なぁ〜にぃ!?」やっちまったなあ!!
分からない。席の番号が覚えられない。

「ランドウ! 次の料理だよ!」
飛んでワゴンのアルバイトガール!
「このワゴンは色んな地方を股にかけてるんだ。しっかりしな!」
「ぐえっ!」
重量級のメシ付きトレーを持たされた! しかも両手に!
「44番テーブルだ! しくじんじゃないよ!」
人気店ってやっぱ凄いんだなぁ……。
愚痴る暇も無く、ワゴンの調理場からオキャクサマのテーブルに歩く。

「あ、落ちる」
重い。さすがに骨付き肉は重い。
『マサラ風・インド象の蒸し焼き料理』は流石に重い!

「ぎゃ〜〜!!」
我慢した分のエネルギーを悲鳴で吐き出し俯せに倒れ込んだ。
肉の乗ったトレーだけを辛うじて上げる!
「ふぅ……」
平和は守られた。

「ゲキィーー!!」
「おぼあ!?」
弾き出される私のポケモン!
モンスターボールは、倒れた衝撃を見逃さなかった。

「………ゲキ?」
じゅうどうポケモンは周囲を見渡し――見る見るうちに険しい目つきになった。
冷や汗が止まらない。トレーナーたる私には、ナゲキの気持ちが大体分かったからだ。

人がいっぱい居る。

ポケモンを出してる人も居る。

なるほど、敵襲か!

「ゲキイイイイイイ!」
「ぎゃああぁあ! 駄目ええ!」
戦闘狂さんは一気に暴れ出した。 テーブルを飛び跳ね、お客様を無差別に襲う!

「ナゲキ〜! ボールに戻っ」
「ゲキゲキゲキイ!!」
「あばばばば!!」
全身に拳が多段ヒット! なにその技攻略本プリーズ!

「こらぁランドウ! なんでポケモン持ってんだい!!」
「店長すみませんごめんなさい!」
「ゲキイ〜!!」
「あでゅー!」
投げられた。料理は守れなかった。肉が彼方に飛んでライスが「ふげ!」頭に落ちる。

「何やってんのよ馬鹿!!」
「馬鹿でごめんなさ〜い!」
「早くナゲキを戻しな! 商売上がったりじゃないかい!」
「んひいぃいい〜!!」
モンスターボールを連打して光を放つ。その全てをかわして跳ね回るナゲキ。私のヘマで給与がヤバい!!
「――おうおう、随分と騒いでるな〜ぁ」

お客人が全員、遠巻きに避難した中。
一名様が……悠々と近づいて来た。

「い、いらっしゃい――ませ?」
「おう。ランドウ・エリ」

ゾッとした。
こんな薄気味悪い笑顔、私は今まで見た事が無い。
いや、それよりも
「だ…誰ですか! 貴方は!」
私が知らない人間の癖に、何で私を知っている!!
「ゲェップ」
そして下ネタかよ!!

「俺の名前はカズキだ。だがそんな事はどうでもいいだろう」
イカつい強面の男はそう言って、髪の無い頭をボリボリと掻く。
「エリ! ソイツは『スキンヘッズ』よ! 荒くれ者の凶悪トレーナー!」
「なんですと!?」
一気に距離をとる。けれど目は離さない。

凶悪だろうが何だろうが、コヤツには訊きたい事があったからだ。
「……ねえ。何で私を知ってるの?」
「ヒック。ウイ〜」
「とぼけないで下さい!」
ついつい丁寧語になるクセが出るが、もう気にしてはいられない。

「どうでもいい。世の中なんてどうでもいい。細けえ事をイチイチ気にして生きてる奴こそ馬鹿なんだ」
「はっ!?」
「例えば目の前のサイドテール女とかな。くだらねえ事に振り回され過ぎだろ。何で小さなトラブルにヤキモキしてんだ?」
男は赤い顔のままニヤけを濃くする。

「う――ぐ」
人間。人間。ポケモンではない者。ポケモンを操り支配する者。人間はダメダメ。愚かで劣悪。こんなのが万物の霊長で良いんですか?

余りのキモさにナゲキを見やると…いつの間にか暴走をやめていた。
ズケズケと入り込んで来た人間に『どうしろと?』と考えているみたいに。

「お前みてえな駄目人間を見てるとイラついて来んだよ……ヒック。もっと世の中が
どうでもいいって事に気付いて気持ちよくなろうぜぇ。ウイ〜」
「――ありがとう」
「あ?」
何か鬱な事を考えてた気がするけど…思い出せない。
コイツがムカつく戯言を宣ってくれたから。
自分の心より―――目の前の野郎へ集中出来る!

「ごめん、ナゲキ!」
「ゲ――!?」
固まってたナゲキをボールに戻した。
エプロンのポケットに仕舞い……『もう一つ』を取り出して突きつける!

「決めたよ――キミは速攻で倒す!」
「コジョオォオオーッ!」
呼び出される第二のポケモン。
小さな体で屹立し、澄んだ瞳で相手を射抜く。

「トレーナーって事は、ポケモンを持ってるんでしょ!? 勝負だ!」
「ウイ〜、めんどくせえ」
「何を今更……!」
「バトルじゃねえ。お前がだよぉ」
カズキはズボンのベルトに手をかける。……モンスターボールは一個か。
「なんつ〜か……行け。ポケモン」

「テッスィィィィーーン!」

DQN唯一の手持ちは、とても奇妙な姿をしていた。
高速回転しながら、地面に降り立つそのフォルム。
ツヤのある銀色の体表から、緑色のトゲがビッシリと突き出した――楕円形のポケモン。

「とげだまポケモン……『テッシード』だわ」
「つ…強いの?」
「強いぜゲップ。こいつがお前を破滅にグエエェーップ」
「下ネタ辞めて下さい!」サヤちゃんとシリアスな会話してたのに!
「上半身から出してんだから下ネタじゃないだろ〜が」
「コジョフー、『ねこだまし』!」
こんなヤツ相手にしても意味が無い。今はポケモンバトルだ。

「コジョア!」
「テッシ!?」
両手(両足?)の打ちつけが、テッシードを動揺の渦中に叩き込んだ。
銀色の体に覗く無機質な両目ですら――このビックリからは逃れられない!
トゲ玉は飛び退き、もんどり打って転がった。

「コ――ジョ!?」
「ん?」
コジョフーが体を抑えてうずくまる。けれどすぐさま、キリッとした眼差しで立ち上がった。
え……? 何今の?
……まあいっか。

「さあ、先手は奪ったよ!」
「何調子に乗ってんだぁ? 見てみろよ、おら」
カズキはニヤけ面のまま、なかなか起きれないテッシードを指差した。
その体は…「嘘っ!?」ほとんど傷ついてない!

「テッシードは『はがね』と『くさ』タイプ。ノーマルタイプの『ねこだまし』は気休めだわ」
「早く言ってよサヤちゃ〜ん!」
「アタシはアンタの生主じゃないのよ!!」
生主って何スか!?

「内輪揉めは負けフラグだぜぇえ」
嫌悪極まる吐息を漏らし、スキンヘッズは嘲り笑う。

「けど――『はがね』なら容赦しないよ!」
一昨日の夜、私はサヤちゃんからタイプの知識を聞いたんだ!
はがねタイプは、かくとうタイプの技に弱い!

「コジョフー、『はっけい』!」
ぶじゅつポケモンが掌(掌?)をブチ当てた。
相性の良い強敵がもんどり打つ。

「テ……ッシイ――!」
そして、再び直立。
けれど今度は…ぎこちない動きだった。というか、フラフラしている。
これは………『こうかはばつぐんだ!』だけじゃない?

「『まひ』状態になったようね」
「えぇっ! はっけいにそんな効果が!?」
ナゲキの『のしかかり』と合わせて麻痺麻痺コンビだねっ!

「ともあれ、これで私が有利だ!」
「ぐははははは!」
ニ連続の攻撃なのに、酔いどれ野郎は笑みを崩さない。
「……そんなに酔っぱらってるの? この『はっけい』を繰り返せば、」
「礼を言いたいんだよぉ、俺はぁ」
男の気迫に、ネットリとした不気味なムラが混じった気がした。
つまり…余裕。場の空気が丸ごと全部、アイツに呑まれてしまったような――。

「ありがとよ、テッシードを麻痺らせてくれて」

途端――変化が起こる。
テッシードが、不意に飛び上がった。
フワフワ、ノロノロと……空中を飛んで来る。
コジョフーに向けて。

「コ、コジョ?」
「コジョフー!」
嫌な予感しかしない。にも関わらず動かない味方。
あまりにも遅過ぎて、どうしていいのか分からない!

「さっすが俺ポケ。命令しなくても分かるみてえだな」
「こ、これは……」
「『ジャイロボール』」

トゲの球体が小さな体に食い込んだ。
吹っ飛びもせず、コジョフーは患部を抑える一一ただし苦痛を浮かべながら。
ゆっくりと地面を転がり、主の足元へ帰還す鋼ポケモン。

「テッシードは『ぼうぎょ』は高いんだが、『すばやさ』がカラッキシなんだわ。――だが『のうりょく』の低いポケモンが弱い奴とは限らねえ」
「その一例が……この結果って事?」
「そう! 『ジャイロボール』はな、『すばやさ』が低ければ低い程強まるのさぁ!!」
「要するに、相手の素早さが高い程って事か……!」
タイプは問題なくとも――コジョフーには相性が悪い!
「んでもって、麻痺は行動不能と同時に『すばやさ』が下がる効果がある! 更なるジャイロボールの強化! ざまぁねえなサイドテールよぉ!」
響く哄笑。戦おののく私。瞬く間に青ざめるお客様カスタマー。

「落ち着きなさい。テッシードが痺れて動けないのは変わりないわ」
「――ありがと。サヤちゃん」
ヤバげな技を喰らった所で何だってんだ!

「コジョフー! 再び『はっけい』だあ!」
「コジョー!!」
相性の良い技を繰り返せば、怖くない!
「テシ……ギュウーン!」
「うおぉ!?」
飛ばされながら地面を滑って持ち直した!?
驚く間も無く…テッシードが再び動き出す。のろのろと――。
「な、何で動けるのっ!?」
「『まひ』は確率なんだよ。馬鹿だなぁ」
「うぐぅ!」
そういえば、のしかかりを喰らったペラップも最後は動けてたっけ……!

「テッシード、次は分かってるな!?」
「ギュウーン!」
再び、変わる空気。

「テ〜〜シ〜イィ………」
「え? え?」
何が何だか分からない。
とげのみポケモンの体が膨れ上がる。トゲは長めに、体格は無骨に。機動力だけは鈍そうな雰囲気で――。

「ギュフウウウッ!」
――少しだけ、鈍重さを増した輪郭に変貌した。
「『のろい』だよ」
「呪い?」
「むしろ『鈍のろい』さ。テッシードの場合はな」
今にも吐きそうなフラフラの癖に、表情だけは勝ち誇っている。
そんな男に喋らせたくないとばかりに、背後で舌打ちが聞こえて来た。

「『のろい』。タイプは『???』……いえ、今は『ゴーストorノーマル』だったかしら」
「何そのミステリ過ぎる技!?」
「ゴーストタイプとソレ以外のタイプでは、効果が変わる技なのよ」
「ゴーストタイプだか何だか知らないけど、サヤちゃん説明ヨロ!」
「俺様が説明してやる」
目を背けてた奴がほざきやがりました。

「『のろい』のノーマル効果は、『すばやさ』を下げる代わりに、『こうげき』と
『ぼうぎょ』を上げるのさぁ!」
「……!?」
ジャイロボールとのコンボ――!!

「一匹でも、技と技で『連携プレー』が出来る。それがポケモンバトルだ! 馬〜鹿!」
「コ、コジョフー……! 『はっけい』を続けて!」
「コジョオオオオ!!」
突撃する俊足の武術ポケモン。
鈍足が俊足を上回る。これが戦いの奥深さなんて………感じている暇は無かった。



◆◇◆



「―――――」
戦闘に熱中しているエリには、彼の視線は届かない。
闖入ちんにゅう者に追い出され、遠巻きに見つめる客の人々――それに紛れ込んだアキラ。

「エリを倒せよ、やさぐれ野郎」
必死な表情の妹が追い詰められる時は近い………アキラが望んだ光景だった。
目の前で着々と進む展開。『のろい』を繰り返すテッシードに、効果抜群にも関わらず弱まり続ける『はっけい』。
コジョフーの体は攻撃を当てるたび細やかな傷が付いていたが、抜けた少女は気付いていなかった。

「一つヤバいのは、エリを追い詰め過ぎる事だが……」
兄は唇を噛み、拳を固める。
「問題ねえ。その為に俺が居る。あいつを良いタイミングで助けりゃ、皆が助かるってもんさ」

お前の旅、すぐ諦めさせてやるからな。

それがエリに付き添ってきた男の、変わらぬ思考だった。



◆◇◆



「あわわ――」
「コー……ホー」
「テシイィ!」
それから数分。

目の前には針の隕石が立っていた。
極限まで膨れ上がり、鈍重となった体。
そして――傷だらけのコジョフー。
何だか、攻撃のたびに傷が増えているような……。

「『とくせい』のダメージが増えているようね」
「え……?」
「テッシードの特性『てつのトゲ』よ。その効果は…触れた敵にダメージを与える」
「なっ! ちょっ」
「早く言ってよって? ………どの道避けられない事だったわよ」
サヤちゃんは怒りに震えている。元々怒りっぽい彼女だ、相当我慢しているようだった。
「今のコジョフーは相手に触れる攻撃しか覚えてないし、テッシードの守りも固い。後は単純な――体力の問題だわ」
「――っ! コジョフー、お願い! 頑張って!」
言ってから唇を噛む。……苦しげな仲間にそれしか言えない自分が嫌だった。
この街で購入した『キズぐすり』を使っているけれど、もう追いつかない位に相手は強化されてしまったのだ。そろそろ個数も底を付きかけている。

「コジョフー! 『はっけい』だあぁあ!」
単調だろうが…それしか無い。
同じパンチでも、繰り返してれば石壁を壊せる!
「コ――ジョアアアアア!!」
コジョフーは全身全霊で突撃して、

相手の目の前で停止した。
『はっけい』の姿勢のまま、停止した。
そして……私を見やる。

「な……どうしたの!?」
「―――PP切れね」
かつてないサヤちゃんの低い声。

「『パワーポイント』、縮めてPP。ポケモンの技にはそれぞれ、繰り返せる回数が決まっているのよ」
「はっけいが………切れたって事!?」
テッシードに抜群の効果を与える、唯一の技が――!

「そんな……!」
「諦めるのは早いわよ! 他に格闘技を覚えてれば解決だわ!」
「コジョフー! 『はっけい』以外の格闘技を!!」

「………コジョ?」
格闘ポケモンは両目をパチクリさせ、首を傾げた。
つまり、心当たりが無いという事。
今のコジョフーには、はっけいだけが頼りだった……!

「お〜い〜。どうでもいいけど早くしてくれよぉ」
カズキは地面に寝っ転がり―――鼻掃除の最中だった。
こんな奴に……負けてたまるか!!

「コジョフー…『おうふくビンタ』!」
そう。
同じパンチでも、繰り返してれば石壁を壊せる。
そうでなければいけない。

「コ………グッ!!」
たとえ殴る度に、怪我をしようと。
「テシッ!! …ィヒヒヒ」
サクラさんとの戦いで、学んだんだ。
「はいはい。倒してみなぁ」
戦うっていう事は、傷ついてでも立ち向かう事なんだって!

「エリ、駄目みたいよ」
「え――?」
コジョフーが、ビンタしながら力尽きた。
さっきよりも明らかに増えてる、傷を抱え込んで。

「………………ジョ」
潤んだ色彩で向けられる目。

『ごめんね』。

「コジョフー!!」
思わず駆けつけ、抱き上げた。
……生きている。あくまで『ひんし』。
瀕死。

「コジョフーを倒した。これでテッシードも経験を踏んだな」
「ッ!」
「そんな目で見るんじゃね〜よ」
カズキはくぐもった笑みを浮かべる。――そういうのが本当に気持ち悪い。

「まさか『ポケモンをココまで追い詰めるなんて!』とか言わね〜よな?」
「………言わないよ」
「んじゃ、ありがたく優越感を頂くぜぇ」
今までで一番大きく、敵が笑う。………そこら中に下劣な声が拡散した。
「正直言うとさ。俺はお前に感謝して〜んだよ」
「…………………………」は?

「俺ってさ、以外にイケる奴なんだなって。このくだらねえ馬鹿げた社会にも、もしかしたら一発かませる男なんじゃないかって。気付かせてくれたろ?」
「……………」
「だって、俺より下な人間なんだから」
男は上半身を揺らして吹き出す。

「下には下が居るもんなんだなぁ。けどさぁ。飲んだくれの俺より無能な人間ならさ〜」

いっそ、目立つなよ。

そいつは確かに、そう言った。
人は笑顔を凶器に出来るのだと…心底理解した瞬間だった。

「自分を変えれば世界が変わるっつ〜だろぉ? じゃあさ、それも出来ずに生きてるお前は世の中への影響力ゼロじゃん」
「う…うぅ……」
「ポケモンも自分も駄目とか、生きててもしょ〜がねえだろ。俺はポケモン無しでも本気出せば何でも出来る男だけどな」
こいつの戯言なんて聞くに値しない――そう分かってても胸が締め付けられる。
私が失敗ばっかの人間だったのは本当だから。
それをどうにかしたいと思いながらも、ポケモンに希望を託したいとしか考えられなくて。

「仲間が居れば、強くなれるとでも思ってたのかぁ?」
結局……押し付けだったの?
私が勝手に、ポケモンに期待してただけ?
だったら、もう――こんなトレーナー程度に勝つ事だって……。

「ふざっけんじゃないわよ!!」

サヤちゃんの一括が、大気を打ち砕いた。
その目元は…この上ない熱気に彩られていた。

「あ〜……。客の手前、今回は自重しようとしたけど――やっぱ駄目だわ」
「あ、あの…サヤさん?」
「エリは駄目駄目で、何も出来なくて―――確かにクズな人間だわ!!」
私の指摘を意に介す事なく、少女は指先で野郎を射抜いた。

「だけど、エリはポケモンを頑張ってる!」
「あ?」
「駄目人間が縋(すが)りつく相手は最後の希望なんだと思った? 違うわ! それは最初の希望!」
白けた顔の酔いどれ男に、紫髪が佇んで放つ。

「常に前を向いていれば、今は駄目でも未来には勝てるのよ!」
「ほじほじくだらねぇ」
「エリ!」
「は、はい!」
誰が誰と話してんのか分からなくなるね!!

「アタシは憤怒寸前なんだからね……さっさと次を出しなさい!」
いっそ貫いてくれと言いたくなる程の指。
「余裕ぶった奴がどんだけ愚かか、コイツにお見舞いさせなさい!!」
「分かりました!」ビシイと敬礼。

ありがとう…サヤちゃん。
カズキとは逆に――良い怒りをくれて!

「行けっ! ナゲキ!」
「ゲキイイイイイ!」
真打ち召喚っ!
コジョフーの戦いを、決して無駄になんかさせない!

「ほらほら〜。そうやって下んねえ事に燃え上がる。全〜部どうでもいいと思えれば楽に生きられるってのによぉ」
「それはキミみたいな奴だけの理屈だよ。 みんな同じ考えで生きてると思うなっ!」
「分かった分かった。で? 俺にどうやって勝つの?」
私達が何を言っても、こういう奴には届かないらしい。
ならばせめて、石くらいは投げようと思う――抵抗の一石って奴を!

「コジョフーはテッシードを倒し切れなかった。けど攻撃は出来てたよね?」
「ああ。無意味な抵抗だったよなぁ?」
「意味はあるよ。テッシードの体力は減らせたんだから!」
彼の相棒を指先で射抜いた。
「ナゲキの攻撃から、キミはパートナーを守れるかな!?」
「ああ。問題ねえ」
いとも簡単に、テッシードを操作する男。

「テッシード。ナゲキが動いた後に『のろい』を行え」
「テシッ!」
彼のポケモンは何処までも、主人に忠実なようだった。
「はははは。ほら、攻撃しろよ。お前のポケモンが動いた後に、こっちは動いてやるからよ」
「……………」
……馬鹿だね。カズキ。
そんなの、分かりきった事じゃないか。
既にテッシードの素早さが『のろい』で下がりまくっているのを、さも挑発材料みたいに扱う。
相手の神経を逆撫でするのが――知的な作戦だとでも思った?

「ゲキイィ」
「うお!?」
いきなりナゲキが突っ込んで行く。
その全身で棘だらけの相手に掴みかかり……回転!

「ゲーーキイィイ………ナゲエェィ!」
「テシイィ――ドッ!?」
ローリングからの投擲。『ちきゅうなげ』だ!

「へ…へへ。何だよ。なついてないのかよ。つくづく無能な奴だな!」
「否定はしないよ」キミに言われたくないけどね。

ナゲキは私の命令を聞かない。私に出来る事は、アドバイスを与えるだけ。
トレーナーとして助けられるタイミングを―――見極める!

「ゲキ…イィ!」
「テッシード! 『ジャイロボール』!」
男は簡単に二言を発する。動揺がバレバレだよ。
でもこれが、ワンパターンにして強烈な一撃には変わらない……!
「避けて! ナゲキ!!」
「ゲキッ!」

ナゲキは、避けなかった。
傷ついた体のまま、四肢を構える。……受け止める姿勢!?

「避けろなんて命令を、ポケモンに出来ると思ったのかぁ!」
「テシイィイイーー!」
「ナゲキ…!」
激突。
表情を歪ませる格闘ポケモン。テッシードは即座に離れた。

「――ゲキイ!」

元気な復帰。
目の前で起きた事を、そう表現するしかない。
ナゲキは…倒れなかった!

「……ポテンシャルの違いね」
ホッと息をつくサヤちゃん。
「『ジャイロボール』は自分が遅ければ遅いほど…相手が早ければ早いほど強くなる、つまりそれは」
「あっ!」

ジャイロボールの正確な力は――相手と自分の素早さの差と同じ!

「ええ…逆に言えば、相手と自分の速さが縮まれば弱くなるって事よ」
「ナゲキはコジョフーほど早くない……だから威力が下がったんだね!」
「馬〜〜鹿! それで勝ったつもりかぁ!!」
カズキは口角泡を飛ばした。

「お前の方はどうすんだよぉ。既に『のろい』を繰り返して、こっちは最強のテッシードなんだぞ!!」
「『こうかばつぐん』って事には変わりないよ! こっちだって攻撃し続ければいい!」
「ほうら! やっぱり馬鹿トレーナーだ!」
人間が語らっている間も、互いの相棒は戦っていた。
お互いに、主人の命令を聞かなくても動けるポケモン。

ナゲキが『のしかかり』を繰り出す。こうかはいまひとつ。
テッシードが『のろい』を使う。膨張。
ナゲキが『いわくだき』を繰り出す。こうかはばつぐんだ。
テッシードが『のろい』を使う。膨、
「テ………テシ?」
テッシードが横転した。膨らみ過ぎた体が、更なる変化を拒んでいる……?
「チッ。これ以上、能力が調整できねえ」
「チャンスだよ! ナゲキ!」
もう『のろい』は使えない!

「ゲキイ……!」
思いが通じた訳ではないけれど。
柔道ポケモンが、再び構える。相手の全力を受け入れる体制。

「諦めたか! トレーナーが駄目ならポケモンも落ち目! 沈みやがれえぇ!」
「テースイィイイイイ!!」
最大威力のジャイロボール。 ナゲキは避けない。

またも、全力で受け止めた。
そして………今度は相手に下がらせる事なく、

「ゲキイィイイ!」
「ギュウウウン!!」

『リベンジ』。

テッシードの体は…地に墜ちたのだった。



◆◇◆



「……勝ったと思ったろ?」
カズキのニヤケが、私に訪れた嬉々的感情を危機感へと省略する。
地面を転がって足元に来た仲間に、彼は手を差し伸べたのだ。

「回復しろテッシードおぉ!」
そして――スプレーを吹きかける。
「あれは…!」
私もこの街で買いまくった『キズぐすり』! いや、外装の色が違うような……。

「『いいキズぐすり』さ」
相手ポケモンの負傷が、見る見るうちに塞がっていく。弱々しい目つきが鋭く戻り、テッシードは再び大地へ屹立した。

「これで文字通り…無価値って訳さ。イタチの頑張りがな」
「イタチじゃないよ! オコジョだよ!」
やられた仲間を侮蔑されてたまるか!

「大丈夫! どんどん侵攻だよナゲキ!」
「ゲキゲキゲキイ!!」
体力を元に戻されたって、また奪いに行けばいい!

「何で諦めね〜かなぁ。そんなんだから話が冗長になるんだぜえ?」
テッシードの身を叩くナゲキに、持ち主は笑顔を返すのみだった。

「『ディフェンダー』!!」
カズキがポケモンに長細い容器を押し付ける。
「テッスイィイイイ!」
「なっ…ふええ!?」
テッシードの体が更に輝きを増した。
いや、ハッキリ言うならば……硬度!

「『ぼうぎょ』を更に上げさせてもらった! もう何をしたって傷つかねえんだよぉ!」
「そんな訳……あるかぁ!」
カズキが『どうぐ』を使った事で、テッシードの動きが止まった! チャンス!

「ナゲキー! 押しまくれぇ〜!!」
「それは無いな」
棘玉ポケモンが、先に動いた。
のろのろと…ああもう確定だ。『ジャイロボール』でナゲキに突撃!
そして、1テンポ遅れての迎撃。柔道ポケモンが相手を投げ飛ばす。

「なるほど…『あてみなげ』ですか……」
「くっくっく――! 何もかも思い通りで詰まらねえぜ!」
「ま、まだ分からないよ!」
「いいや分かる」
怖気が迸る笑いを吐く野郎。

「度重なる『のろい』で攻撃と防御アップ。威力は下がったが健在なジャイロボール。そして特性『てつのトゲ』の追加ダメージ。……無理だろ。ここまで積み上げたポケモンをブチ倒すなんて」
「……………」
「能力を上げれば! どんなポケモンにも勝てる!!」
男は勝利を放った。
酒瓶の小さな一滴を、下品にも舌の上に垂らしながら。

「ま、負ける訳――無いじゃん」
考えろ考えろ考えろ。
ナゲキが攻撃する度に、『てつのトゲ』で微量のダメージを受ける。
加えてステータスの強化により、テッシード自身のダメージは微々たる物。
けれど、相手は鋼タイプ。格闘が有利である事には変わり無い!!

「負ける訳……」
――段々と、自信が無くなっていった。
何で私、こんな奴に追い詰められてるの?
相手の『へんかわざ』連発を許したから? 『とくせい』に気付かず攻めさせたから?
………多分違う。私が最初から、ナゲキを戦わせなかったからだ。
手早く解決させようとせず、じっくりと力を入れて戦う方を選んでいれば―――こんな事にはならなかったのに!
コジョフーを倒される事も……無かったのに。

「おい! 早く命令しろよ鈍臭いなぁ! おっと失礼。女に臭いとは失礼だったかな?」
「………っ!」

思いついた。
こんな最低畜生的状況をひっくり返す展開を。
誠に不本意な話ですが――私はカズキにも感謝しなければならないようですね。

「――とう」
「は?」
「ありがとう。エネルギーをくれて」
お陰でキミを倒せそうだわ!!


「ナゲキ! テッシードの戦略を見てた!? そこにヒントが有る! 貴方が勝つヒントが!」


「ゲ、ゲキ??」
パートナーは首を傾げるだけ。
遅れて響く敵の侮蔑。
「ガーッハッハッハ!! 意味分かんねえ考察できねえ推理も思考も無意味な台詞だ! ゲェップ! そんなんがポケモンに通じるか!!」

「通じるよ」
少なくとも、私は信じているから。

「………ゲェーーキィーーイーー………」
私もナゲキも―――根っこの所では通じている。
「キーーイーーー……!」
互いに変わりたいと思っている。そう信じているから。

「イィィィイィイ!!」
「いい!?」
パートナーは突然叫び…猛烈に体を動かし始めた。
私は……分からない。ナゲキの技が分からない。
そして同時に、分かるのだった。

「『ビルドアップ』…!」
サヤちゃんがナゲキの叫びに返信する。

「アンタの意味分かんない台詞は、ナゲキにコレを使わせる為だったのね!」
「違うよ」首をふるふる。
「私は――ただ賭けただけ。『ビルドアップ』なんて知らなかったから」

テッシードが力を上げ続けるならこっちもパクッてやればいい。
それがカズキの戯言より得た、この戦いの必勝法!
「ナゲキ! その技を連発して!」
「は…はっ!? 何だよそれ! たまたま有利な技が出たからって!!」
男がホザき、そのポケモンが彼の思惑を察して動き出す。
積み重ねられたジャイロボール。
私と同じ、一点張りの攻戦一方。

「……駄目だよ」
ごめん。テッシード。
トレーナーの命令を聞かず……けれどソレを先読みして動ける存在。
私もいつか、同じ絆をナゲキと結びたいと思う。
でも。

「私はキミを許せないね――カズキ!!」
相手ポケモンではなく、トレーナーを『倒す』為に。
ナゲキは動く。私は見守る。



◆◆◆



以下省略。

私とカズキとのバトルを締めくくる台詞を述べるなら…うん。この言い方に尽きるのでした。

「は……はあぁ!? お、俺が…てか俺様が………?」
可哀想な男が地に膝を付く。側には『ひんし』の棘玉ポケモン。

………『ハブネークに足』だけれど、一応。
ナゲキはビルドアップを連発し、能力値を極限にまで上げた。……サヤちゃん曰わく、『こうげき』と『ぼうぎょ』を同時に上げる技だったらしい。
ただでさえ弱体化したテッシードのジャイロボールは、こちらの守りを高めたポケモンの前に完全タジタジ。
終盤に至っては…ソレのPPが尽きてしまうという有り様だった。
最後は攻撃力MAXな『いわくだき』の前に撃沈。

「せ……せっかくPPを増やしたのに! 『ポイントマックス』とか貰って――キズぐすりもディフェンダーもよぉ!
「誰から貰ったか知らないけど、これでもう終わりだよ!」
迷惑客を指差し一喝!

「こ、この!」
カズキは顔を歪めて立ち上がった。ヤバい……来る!

「この役立たずがっ!!」
男は全力で蹴りを喰らわせた。
仲間であるテッシードに。

「うおおおお使えねえ!! テッシードって使えねええええ!!」
「ちょ……やめなよ! 何してるんだよ!」
「うるせぇ! コイツとは10年来の付き合いだったんだ! それが駄目ポケだったなら蹴るしか無いだろが!!」
「テ………シ!?」
「うおお痛え! 足が痛え!! ご主人様に刃向かうんだな! 俺を有り難がらねえんだなあ!?」
「やめなって言ってるでしょ!」
パートナーを連続で蹴り続ける男を止める。彼の靴先は『てつのトゲ』でボロボロだった。――けど、ポケモンの心はソレ以上に傷付いたはずだ。

「おい!! 出て来やがれ! アキラ!!」

力が抜けた。
足が意志に逆らい……沈む。

「お前のせいだ! お前が俺に命令しなけりゃ、俺は屈辱を味わわずに済んだんだよぉ!!」
「な――」何を言って、
「ストリートで沈んでても気楽だったのに、無理やり俺を呼び出した! 出て来いアキラーー!」

「ネクシティ警察だ!! 神妙にしろ!」
スーツ姿で駆けつける人々。お客さんの誰かが呼んだらしい。
「アキラアァアア! お前みたいな男をゲスって言うんだ!! 都合悪い時に黙るんだからな! コラアアア!!」
散々レストランを乱してくれた野郎は、公的な正義の味方によって引きずられていく。

「お兄ちゃん! ううん、アキラ!」
私は呼びかけざるを得ない。
「どういう事!? 何処に居るの!? 居るなら出て来て説明してよ!!」
「ああ」
凛とした声に、ギャラリーが分かれた。
その中心から…見知った家族が歩んで近付く。
いっつも上から目線で意地悪で、コチラをかき乱してくれた男。

「まだ俺の企みに気付かないとか……流石に馬鹿な妹は違うな」
「――ゴタクはいいから」
彼の嫌な性格なんて、大昔から知り得ている。


そう。初めて見た時から。


「そんな態度を貴方が取るなら、私の目的はどうなるの!」
『けんきゅういん』のアキラ。
ポケモン研究家の息子に生まれ、適当適切に生きて来た男。

「私の本当の旅の目的はどうなるの!?」
「――どうにもならない」
気のせいだろうか……お兄ちゃんは下唇を苦しげに噛んだ。
「お前は…駄目なんだ。囲われてなければ………いけない奴なんだ」

私は逃げ出した。
これ以上アキラと話したく無かったし、理解したくも無かったから。

「う―――――うっ」
馬渕から零れ落ちる雫。
走りながらも、考え続ける。
馬鹿な私なりに。


「アキラの馬鹿あぁ……!」



『お金稼ぎは大変だね?』終わり

to be continued


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