これが死後の世界であるなら、私は地獄に落ちたのだろうか? それともここは天国なのだろうか? いや、天国でも地獄でもないSF小説に出てくるような宇宙の彼方へ飛ばされたのかもしれない。目の前の光景を見てもさっぱり見当がつかない。
そこは見覚えのある場所だった。
「さぁ、間もなく始まりますカントーポケモンリーグ決勝戦! いよいよやってきた運命の時に、会場のボルテージは最高潮に達しておりますっ!」
あんたのボルテージが一番高いよ、とツッコミたくなるテンションで司会の男が叫ぶ。
ここはセキエイ高原。かつて選手としてフィールドで戦っていた私は、その周りに設置された観客席に座っていた。あたりは大量の人、人、人……、それらが発する黄色い声援に埋め尽くされとてつもなくうるさい。
と、ふと大事なことに気付いて自らの格好を確認した。しかし確認してすぐに安心した。私は下着一丁の姿ではなく、普段外出する時のみ着る、よれた黒のTシャツに左の膝のとこが破けたジーパンという姿だった。見苦しいことには変わりないがまだ社会で許される範囲だ。
私は全く今の状況がつかめずスタンディングオベーションの中一人座って考えていた。
確かに私は死んだはずだ、下着だけの姿で、首を吊って。そう思って首筋をさすってみた。絞められた跡はない。
それにいったいどうして今私はセキエイ高原にいるのだろう? ついさっきまで自宅の、自分の椅子の上で自殺していた私がどうして。
――どーーん!
会場が爆発した。
少なくとも私にはそう感じた。試合会場に全く目を向けず一人考えていた私は、会場が一斉に歓喜の声を上げたのに驚き心臓が止まる思いだった。……すでに止まっているはずだが。
「来ました! ポケモンリーグカントーチャンピオン、ワタル! 黒のマントをたなびかせ今、堂々の登場ですっ!」
会場の反対側、大量のスモークとレーザーを使った派手な演出の中からワタルが出てきた。ここから見るとまるで黒い米粒だが、自分の周りにいる者たちは皆大声で名前を叫んだり、ちぎれんばかりに手を振っている。
私はワタルの真上に設置されているオーロラビジョンを目を細めて見ていた。
――おかしい。
ワタルはチャンピオンじゃないはずだ。なぜなら私が彼を倒したから。すでにチャンピオンの座を退き、トレーナー業からも引退したはず。なのにこれはいったいどういうことだろうか。
私はここで突拍子もないこの事態について一つの予想をしていた。予感、という方が正しいかもしれない。ナンセンスにもほどがある予感だったが、そもそも死んだはずの私が今ここで生きている(?)事自体ありえないのだから、あながち的外れでないのかもしれない。
「続いて挑戦者の登場ですっ!」司会が絶叫する。私はいったい誰が挑戦するのか、じっとオーロラビジョンを見つめていた。
挑戦者側にもスモークとレーザーの無駄に派手な演出がなされていた。おかげでなかなか姿が見えない。
「ヤマブキシティ出身、30歳遅咲きの新星――」
司会の絶叫も、観客の声援にほとんどかき消されてしまう。ワタルの時よりも心なしか声が大きいような気がする。
じっと画面を見つめていると、やっと煙の中から人影が浮かびあがってきた。
「幾多の困難を乗り越え、今、カントー最強を決める戦いに臨みます――」
だんだんと顔がはっきりしてくる。まだぼやけた感じだったが、私にはそれで十分だった。見慣れた顔。これで事態がはっきりした。
「チャレンジャーの名は――」
とうとう全身をスモークから出し、緊張でこわばった顔をした――
私が出てきた。