マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1167] 3 投稿者:イケズキ   投稿日:2014/03/07(Fri) 19:02:40   39clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 そこから先はまるで二度目の映画だった。
 見覚えある試合が目まぐるしく進んでいく。最後に私のサンダースが紙一重でワタルのカイリューの『ドラゴンダイブ』をジャンプでかわし、空中の不安定な体勢から放った『かみなり』がうまい事ヒットし試合が決するところまで全く同じだった。
 試合後、ワタルと私(?)はバトルフィールドの中心で互いの健闘を称え固い握手を交わし、決勝戦は終了した。
 もうここまで来ては一片の疑いの余地もない。
 ――ここは、過去の世界なんだ。
 なんてことだ。死んだはずの私は、天国でも地獄でもなく、どこか宇宙の彼方でもない、自らの過去に来てしまった。
 なんだか無性にやるせない。オマケの人生を避けて死んだのに、本編までさかのぼって来たのじゃ、まったく意味がない。
 閉会式が終わり、次々と観客が会場を出ていくのを眺めながら、私は一人座って考えていた。
 この世界から抜け出すにはどうしたらいいのか。試しにもう一度死んでみるか? 次こそ今度こそ天国か地獄か、とにかく死者が向かうべき“それっぽい”所へ行けるかもしれない。
 いや、やめておこう。というか、嫌だ。だいたい死ぬ生きるなんて、ほいほい決めるような問題じゃない。死ぬのだって大変なんだ。怖いし、痛いし。さっきのもずいぶん悩んで決めたことだった。やっと覚悟を決めて死んだのに、過去に戻ってきてしまうなんてホント迷惑な話だ。
 私は自分で考えてイライラして、この状況に八つ当たりしていた。
 とにかく死ぬのはやめておこう。もう少しこのまま生きてみて、それからまた悩もう。
 ギャラリーはすでに閑散としはじめていた。試合会場は、兵どもがなんとやらといった様相で、無茶苦茶に荒れたフィールドだけが先ほどのバトルのすさまじさを物語っている。
 ぼーっとフィールドを見ていてふと思った。
 ――今頃、あの「私」はどうしているだろう。
 ふと思った瞬間から、気になってしょうがなくなった。
 確か、試合が終わった後私はポケモン達をポケモンセンターに預けて、そこで大量の記者に取材責めにあって、疲れ切って部屋に戻ったはず。オーロラビジョンの横にあるデジタル時計は午後4時前を指している。
 ――行ける!
 今らならまだ『私』は取材責めに遭っている最中のはずだ。控室に戻ってくる前に部屋の前で張り込んでおけば……。
 思い立ったらいてもいられず、すぐさま控室へと向かった。場所は覚えている。

 控室の近くまで来た。が、それ以上近づけなかった。
 控室までの道は一本の細い通路で、会場のコンコースとつながっている。そこまでは何も問題は無いのだが、コンコースと控室までの道の間に警備員が一人立っているのだ。選手だったころは特に意識したこと無かったが、当然と言えば当然。あの道は関係者以外立ち入り禁止なのだ。そして今、私は関係者ではない。しかも、選手そっくりの顔した私が道を通ろうとして何か騒がれても厄介だ。
 絶対引き止められると思いつつ、とりあえず向かうことにした。何か言われた時には選手の親戚とでも言っておけばいい。実際、似たようなものだ。
「あ、あのー……」警備員に近づきつつぼそぼそと声をかけた。
「……」気づいていないようだ。声が小さすぎた。
「あのー」もう一度声をかけた。今度はもっと大きな声で、すぐ横から。
「……」反応してくれない。
「すみません!」今度は耳元でもっと大きな声で呼んだ。
「あっ! どうしました?」まるで今さっき気づいたかのように、びっくりした様子で警備員がようやく反応を返した。
「その……私チャンピオンの従兄弟でぜひ、今回の優勝のお祝いをしたいのですが」私は今の反応を訝しみつつ頼んでみた。
「だめだめ。ここから先は選手以外立ち入り禁止ですから。親戚でも家族でも、選手が出てくるまでは待っててください」
「あ、はい。分かりました……」やっぱり駄目だった。
 再びコンコースの端に戻った。あっさり引き下がりすぎたかもとは思ったが、まだあきらめたわけじゃない。私は今さっきの現象について考えてみた。
 さっきのあの警備員の反応は絶対おかしい。私は存在感ばりばり出してるようなタイプじゃないが、それにしたって真横から話しかけて無視されるほど影の薄い人間じゃない。あの気づかなさは異常だった。無視されたわけじゃなさそうだし、本当に大声で呼びかけるまでそこにいることにも気づかれてないようだった。
 私はもう一度警備員に近づいてみた。こんどは一切話しかけず、こっそりと。と言っても視界に入りずらいよう、入口の正面からではなくコンコースの壁に沿って近づいただけで、これでも普通なら十分気づかれるはずだ。
 しかし警備員は気づかなかった。最後彼と壁の間ををすり抜けて控室までの通路に入った時も、彼は相変わらず退屈そうな顔をしてぼんやり遠くを眺めていた。
 通路半ばまで行き控室の扉の横で、「私」が帰ってくるのを待ちつつ、さっきのことを振り返ってみた。
 やっぱりあの無視のされようは普通じゃない。気づいていないというより、見えていないって感じだ。
 だとしたら、さっきギャラリーにいた時のことはどういうことだろう? 確か会場のギャラリーにいた時、私は椅子に自分一人で座って、そこに誰か座るわけでもなく、閉会式の後だって周りの人間は座ったままの私を皆避けて左右に分かれたり、前を通っていった。
 ――今の私って何なのだろうか?
 過去の世界にとって、私は本来いないはずの人間だ。それはいったいどういうことなのだろう。ここにいるのは間違いない。でも、何だか妙に影の薄すぎるような、他人に気付いてもらうのにこんなに苦労するのはなぜだろう。
「幽霊」
 もちろん本当の幽霊じゃないが(本当の幽霊がどんなものかは知らないが)、それが一番近いのかもしれない。直感的に存在を感じられても、意識されることがない。集合写真の中の一人のようなものだ。特別に注意をひかないないかぎり、私は景色全体を構成する一部分でしかいられない。
 誰にも意識されないというのはなんとも寂しい感じがするが、これは便利だ。これで誰にも気づかれずどこへでも行くことができる。
 それなら何も外で待っている必要はない。私は控室の中に入った。後で、あの「私」が来た時、勝手に部屋にいる不審者と騒がれたらと思ったら、とても中まで入る気になれなかったが、気づかれないならそんな心配はない。
 控室は私だけが使う専用の部屋で、入口から入って右へ横に長い形をしている。入口の正面には化粧台が設置してあり鏡の中には少し疲れた顔をした私が映っていた。ちょっと陰気くさいのは否定できないが、幽霊にしちゃ元気な顔をしている。
「あとでまたお話聞かせてくださいね。今日はホント、優勝おめでとうございました」
「ありがとう。それじゃ、また今度」
 ドアの外から声がした。一人はこの大会で知り合った選手の女の子……のはず。今じゃ名前も覚えていない。とにかく、私が優勝した後から急に馴れ馴れしくなってきた者のうちの一人だ。
 もう一人は間違いない、「私」だ。とうとう帰ってきた。私は生唾を一度ゴクリと飲み、ドアが開くのを待った。
 ――バタン。
 ドアが閉まるのとほぼ同時に女の子を見送っていた「私」が振り向き、こちらに顔を向けた。
 私はまっすぐ「私」を見た。
 ついさっきまではそれなりの笑顔を浮かべていたのだろうが、今の「私」は無表情でいかにも疲れ切ったという様子だ。
 「私」はすぐにでも部屋のソファに座りに行くかと思ったが、意外にもそのままじっとこちらを向いて突っ立っていた。私のことは見えていないはずなのに、じーっとこちらに顔を向け続けている。
「あれ? 見えてる?」
 「私」の大きく見開かれた両目は、まっすぐ私に向けられていると気づいた。

「あ……」
 「私」は口を半開きにしてそのまま二、三秒ほど突っ立っていた。
「あ、その……」
 私も似たようなものだった。目の前の「私」にいったいなんと切り出せばいいのか分からず、しかし何か喋らないといけない気がして、酸素のなくなった水槽でもがく魚のように口をパクパクさせていた。
「あなたは……?」初めにまともに口を聞けるようになったのは、過去の「私」のほうだった。未来の私が、過去の「私」に後れを取ってしまった。
 「私」がどういうつもりで「あなたは?」と聞いたのか知らないが、そのままの意味でない事はなんとなくわかった。
「あー……」私はまだまともに話せないでいる。
「その、これにはいろいろ事情があって……」
「はぁ……、と、とりあえず座りますか」部屋の真ん中に置かれたソファを指して言った。
「ああ」私はなんともあいまいな返事をして、ソファを見やった。座ろうかと言われたものの、なかなか動きだせず、「私」が動き出すのに合わせてあとを追った。

 ソファに座るとまたしばらくお互い何もしゃべらない時間が続いた。お互いなんと切り出したらいいのか分からないのだ。
 自殺したはずが気が付いたら過去に来ていました、とは言いづらい。突拍子もない話だし、百歩譲って信じてもらえても、自分が自殺したと言うのはなんだかマズイ気がする。なんといっても、目の前の男は“私自身”なのだ。
 一方、「私」の方もこちらをじっと見つめつつ固まっていた。先ほどから瞬き一つしない。なんとなく、目の前の「私」が、私を誰だか分かっている、そんな気がした。これといった根拠はないのだが、同一人物同士だからこそ働く第六感というのか、そんな感じがする。自分と私が同一人物であると分かっていて、だからこそ混乱しているのだ。
「えー……」今度は私から先に口を開いた。
「はい?」
「とりあえず、初めまして……でいいのかな」ぎこちない笑みを浮かべつつ、挨拶した。自分に向かって“初めまして”なんて、心底笑えないジョークだ。
「あ、初めまして……?」目の前の「私」の挨拶にも疑問符が付く。
「あの、変なこと言うようだけど、君と僕って、なんていうかなぁ……あなたと私は似てるというか……鏡の前にいるみたいで、初めて会ったような気がしないです」
「そ、そうなんだ」変な汗が首筋を流れる。
「ところで、その、あなたはどうしてここに?」“我”ながら落ち着いている。私とは大違いだ。
「あー……」また私は言葉に詰まってしまった。
 もともとなんで過去の私に会ってみようと思ったのだっけか。たしか、ここが過去の世界だと気づいて、ただ無性に会ってみたくなったのだ。しかし、実際に会って何を話そうかなんて全く考えていなかった。
 ――沈黙が続く。
 何を話すか。考えてみてもサッパリ思い浮かばなかった。せっかくの機会なのだ。未来を知っている私から、過去の私がこの先生きていくのにウマイ情報をたっぷりあげるのもいいかもしれない。
 ――生きていく?
 生きるのをやめてここにいる私が、なにを言っているのだろう。私は自殺した時にすべて捨ててきた。親も名誉も過去の私も――。結局全部捨てるのに、何かを与えるなんてまったく無駄なことだ。
「ちょっと、聞きたいことがありまして……」質問に切り替えた。
「なんでしょうか?」
 ――なんだろう?
 ここまで来て何も話さず、かといって言うべき言葉も思い浮かばず、苦し紛れに質問してみたがいよいよ追いつめられてしまった。
 ――コンコン。
 ドアをノックする音が背後から突如響いた。
「あっ! 申し訳ない、ちょっと待っててください」
「は、はい」
「私」は慌て気味に立ち上がるとドアの方へ向かっていった。振り返ってみるとドアの向こうにいるのは、姿は見えないが若い男のようだ。話の内容からして大会の役員だろうか。
「お待たせしました。大変申し訳ないのですがこのあとすぐにテレビ取材が始まるそうで、実は今すぐ向かわないといけないそうなのです……」「私」が戻ってきて言った。
「そうですか……」自然と口調が沈んでしまう。私は今、二度とない絶好のチャンスを失いつつある、そんな気がした。
「向こうの取材がどれくらいかかるのか分からないのですが、それまでお待ちいただけますか?」
「そんな! これ以上お時間いただくわけには……」思ってもないことが口をついて出る。ホントはもっと話がしてみたい。私には聞きたいことが――。
 ――あれ? 聞きたいことってなんだ?
 苦し紛れに言っただけのことが、いつの間にか本当の事になっていた。あの時の、そして今目の前に立っている私にどうしても聞いておきたいことがある。しかし、それが何なのか分からない。
 ――コンコン。ノックの音が再び響いた。
「はい、もうすぐ行きますんで、もうちょっと待ってください!」
 「私」が扉の向こうの男に返事する。残された時間は少ない。
「あ、あの……」
「なんでしょう?」
 口をパクパクさせても伝えるべき言葉が出てこない。舌がカラカラに乾く。まるですべての唾液が蒸発してしまったみたいだ。
「あ、あなたは今……幸せですか?」
 沈黙。過ぎたのは一秒程度の時間だったかもしれないが、私には一年にも近い時間に感じられた。
「ふふっ、もちろんですよ」面喰って硬直していた「私」の顔が、満面の笑みに変わった。
「……よかった」かすれた声がこぼれた。

 「私」が去った後もしばらくソファに座ってぼーっと宙を眺めていた。
 ――よかったってなんだよ……。
 自然と口から出た言葉であったが、欠片も私は「よかった」とは思っていなかった。
 ずーっと頑張って、何度も諦めかけて、でも諦めないでまた頑張って、それでやっと叶えた夢。あの時の私は夢が叶って幸せだって、本当にそう思っていたんだ。
 でも叶ってしまった夢なんて、クズだ。タチの悪い燃えないゴミだ。役に立たないくせに、捨てることもできない。心の中でいつまでも図々しく幅を取り、感傷という名の腐臭を放ち続ける。そんな粗大ごみを抱えた俺は、本当は世界一の不幸者だったんだ……。
「あーぁ、そろそろまた死んでみようかなぁー!」
 空しさを振り払いたくて、わざと大声で言ってみた。しかし、この声に気付く者は誰もいない。一人の部屋に響く声がより大きな虚しさになって返ってきた。


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