マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.1178] WeakEndのHalloWin 3 投稿者:烈闘漢   投稿日:2014/06/22(Sun) 11:41:56   29clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

はじめに
3話→1話→4話→2話→5話、の順番で出します。







WeakEnd の HalloWin
        3







緑の街の外れ、だだっ広い荒野の真ん中、鉛色の空の下で、青年と少年が対峙する。
青年ことシオンの側らでは、地べたに尻もちついたピチカが赤い頬をこねくりまわしている。
少年ことダイヤモンドの隣には、時をつかさどる神が、紺碧の塔の如くそびえ立っている。
二人は殺意の無い眼差しで視線を交わしあった。
闘志の無い二匹もまた、生温い風の中で、じっとその時を待つ。

「そろそろですかね?」

ふいにダイヤモンドが声を投げかける。
未だあどけなさの残る声だな、なんて普段気にならないようなどうでもいいことをシオンは思った。

「ああ。きっと、そろそろだな」

それからシオンは、意味もなく空を仰いだ。
折り重なった雲の隙間から、鋭い太陽光が降り注いでいる。
膨大な量の絶望を、希望の光が切り裂いているかのよう。
そんな自分の心模様。

「これより! ポケモンバトルを開始する!」

唐突に、静寂を破る第三者の大声が、いつものように割り込んできた。
遠くにある緑の屋根の住宅街を背景に、紫のスーツをまとった巨漢がのしのしと迫って来る。

「バトルのルールは……おや! シオン君じゃないか!
 こんなところで何をしているんだい!?」

二人の側にまでやってきたオウ・シンは、吠えるような大声と共に周囲を見渡した。
闘志と殺意を胸に秘め、シオンはゆっくりと声を出す。

「見て分からないのか?」

「シオン君は! ポケモンバトルをやっていい人間じゃないよ!
 それに、仕事中のはずだよ!」

「そういうのはいいからさ。俺とポケモンバトルしてくれよ」

「君が! 借金、返してくれたら! 考えてあげるよ!」

「ディアルガ、ラスターカノン」

ダイヤモンドがつぶやいた。
それがとんでもない一言だったと気付くなり、シオンは咄嗟に振り返る。
ディアルガの、胸の鋼の、中央で、銀の輝きが閃いた。
オウはその場から弾かれたようにして、左方向へと転がる。
直後、一瞬前までオウが立っていた空間に光の槍が突き刺さる。

「危ないじゃないか! ダイヤモンド君!」

オウの呑気な叫び声をシオンは気にも留めなかった。
放たれた光の槍は止まらず、猛スピードの直進を続けている。
その光の矛先には、緑の屋根の住宅街があった。

「やめっ……」

そして、
遠くの街で、大量の木片と大量の肉片が花火みたいに弾け飛んだのが分かった。
光の一直線が、トキワシティの街並みを真横から、抉りながら、砕きながら、貫いて行く。
光の槍を追いかけるようにして、次から次へと家々が破裂していった。
幾つもの火柱が巻き上がる。
幾つもの黒煙が吹き荒れる。
緑の街は一瞬にして血と炎の紅にのみこまれてしまった。

「おい……おい何してるんだよ、ダイヤモンドっ!」

自分と向かい合う少年に対し、シオンは怒りと恐怖を同時に覚えた。

「まったく、どうして避けるんですかオウさん。トキワシティが吹っ飛んじゃったじゃないですか」

ふざけた冗談にゾッとする。

「ははははは! つい癖で! 体が勝手に動いちゃったよ!」

オウの笑顔に、シオンは頭がおかしくなりそうだった。

――ドゴォオオオオオ!!!

土砂崩れのような爆音が、シオンの鼓膜になだれ込んできた。
時間差でトキワシティを破壊する轟音が此方にまで届いたのだと理解する。
激しい音の直後、今度は吹き荒れる熱風が襲いかかって来た。
こんなところまで爆撃の余波がやって来たのかと、シオンは唖然となる。
紅く燃えるトキワの街の、その上空で、どす黒いキノココ雲が浮かんでいた。

「オウさん。次は当てますから」

「そうかい! それじゃあ、仕方ないね! 命には替えられないからね!
 いいよ! ポケモンバトルしてあげるよ! シオン君!」

こんな状況下であっても、二人は動揺を見せたりはしなかった。
街一つ破壊した程度で慌てふためいているようでは、
一端のポケモントレーナーにすらなれないのだろうか。
そう考えた途端、シオンは怒りも恐れも押し殺すことに決めた。
目をやると、相変わらずオウはニコニコと凄絶な笑みを浮かべている。
笑えないようにしてやろう。



「ディアルガ、ときのほうこう」

膨らみつつあったキノココ雲が、大地に吸い込まれるようにして沈んでいく。
背中から吹き抜ける熱風。
背後から前に飛んでいく爆音。
潰れていく火柱、折りたたまれる黒煙、広がっていた紅い光も鎮火し、トキワシティは逆再生を開始した。

粉々になった木片は空中へ舞い上がると、本来あるべき位置に吸い込まれて、家が再び出来あがっていく。
映える緑の屋根も少しずつ浮かびあがってきた。
この距離では視えないが、
飛び散った血や臓器や骨や肉片は、至る所で集まって、元の人間の姿へと再生しているのだろう。
立体パズルを猛スピードで寸分の狂いなく組み立てるかのような、そんな光景があるに違いなかった。

破壊されていた住宅街は直り、解き放たれた光の槍はトキワシティからディアルガの胸に還ってきた。
見覚えのある街がよみがえり、何もかもが元通りである。

「いやあ! 凄いね! 何もしなかったことに出来るなんて! 便利な技だねえ!」

オウの歓声にシオンも同感した。
あのポケモンが、あの力が、自分の物になったらと思うとゾクゾクせずにはいられない。
用が済んだのか、ダイヤモンドはディアルガをマスターボールの中に吸収してしまった。
この少年は今、時を支配する神を、手中に収めている。



「おい、偽審判!」

トキワシティが完治した頃合いを見計らって、シオンは堂々と叫ぶ。
自分の『きんのたま』を握ってきたオウに対する恐怖心は、もうどこにもなかった。

「今からやるバトルで俺が勝ったら、前回のバトルをなかったことにしろ!」

「ん!? ……それはつまり! 借金をチャラにしたいってわけかい!?」

「そうだ!」

「構わないよ! でも、それじゃあ! 僕が勝ったら、シオン君は一体どうしてくれるつもりなんだい!」

「お前を殺さないでおいてやる」、と言いそうになったが、シオンはなんとかその台詞を呑みこんだ。
これ以上、ダイヤモンドを頼るわけにはいかない。
これはシオンとオウの戦いであり、ダイヤモンドのバトルではないのだから。

「よし。このポケモンバトル、俺は俺のトレーナーカードを賭けよう!」

一円の賞金も出せない状態の『おこづかい』だったため、
仕方なくシオンはトレーナーの魂をベットした。

「おや! 意外と、いい条件じゃあないか!」

オウの上げた声からは、珍しい物を発見した時に生じるような喜びの色が含まれていた。

「僕に拒否権はないんだから! もっと酷い話が来るかと思っていたよ!
 もっとも! 君のトレーナーカードが!
 百万円の借金と! つり合うような物とは思えないんだけどね!」



それからオウはダイヤモンドと立ち位置を交換した。
シオンと対峙した時、オウの分厚い手の平には、すでに黄色の鉄球が握られていた。

「頼むよ! バンギラス!」

オウの屈強な剛腕がハイパーボールを地面に叩き落とした。
白い閃光があふれる。

ソイツは、
『凶悪』や『獰猛』といった言葉をそのまま具現化したかのようなモンスターだった。
黄緑色の怪物。
長く、膨れ上がった胴体に対し、異様な程に短い手足。
巨体とはアンバランスなほど小さな頭蓋。
こわもてプレートの主に似た凶悪な面構え。
分厚い鎧のような肌で肉体を覆い尽くし、全身の至る所で尖った形をしている。
首元から尻尾の先までもが太く逞しく、急所と呼ばれる部位の見当がつかない。
果たして、あの怪物をどう攻略するべきか。

「バンギラス! 進化だよ!」

不意打ちだった。オウは突然、わけの分からぬ一言を述べ、左腕を振り上げる。
オウの左手首にまかれた腕時計のような物が、青白い閃光を放つ。
次の瞬間、どこからともなくあらわれた光の球体がバンギラスを包み込んだ。
何かに包み込まれた、と認識した直後、バンギラスを包んだ光の球体は粉々に砕け散った。
まるで卵を破って誕生する雛のようにそのポケモンが姿を現す。

「なんだ……このポケモンは……」

ソレは、バンギラスであってバンギラスではない。バンギラスを越えたバンギラス。
鎧をまとった怪獣に、さらに悪魔が乗り移ったかのような姿をしていた。
化け物の頭蓋骨にも見える胸の甲冑。
背中から伸びる六本の触手。
頭の天辺には角、そして眉毛のように伸びる角、膝の上からも角、尻尾の先で四つに割れた角。
生まれ変わったバンギラスから、威圧感と殺気がばらまかれ、
シオンは気が滅入るほどの立ちくらみがした。
これほど『魔王』という言葉が相応しいポケモンは、他にはいまい。

――グオオオォォオオオオオオオオオオ゛!!!!

重低音の咆哮が轟く。
姿を変えたバンギラスの野太い雄叫びに、空気中が震え、シオンの肉体もブルブル振動させられた。
そして、
(いとも簡単に人をぶっ殺せる化け物を前にして、よく平常心を保っているな)
とシオンは我ながら感心した。
足元に視線を落とすと、ピチカもまったくひるんだ様子がない。
巨大生物と敵対することになれてしまったようだった。

「おい、ふざけてるのか! 偽審判! お前、今、『どうぐ』使っただろ!」

冷静さを保ったまま、大声で訴える。
シオンは確かにオウの手首が輝いたのを見た。
ポケモンバトルにおいて、
ポケモンに『もちもの』を持たせることは多々あっても、『どうぐ』の使用を許可することは滅多にない。
沢山の『どうぐ』を持っているトレーナーが有利になってしまうからだ。

「『どうぐ』を使ってはいけない! そんなルールはないよ!」

「自分に都合の良いルールを、勝手に作ってんじゃねえよ! 」

「違うよ! そうじゃないんだ! そもそも! この試合にルールなんてものない!」

「はぁ!? 何ぃ!?」

「そうだろう!? だって、ここには! 審判がいないんだからさ!」

と、自称審判の男は言った。
確かにオウは、ポケモンバトルに参加するため、審判は出来ない。
ダイヤモンドはトレーナーであっても、審判の免許を持ってはいないだろう。
敵の言葉だというのに、一応納得が出来てしまった。

「……なあ偽審判。ルールなしのバトルって、
 それはつまり、相手ポケモンを倒すためならどんな手を使ってもいいってことか?」

「そうだね! 大体、そういうことになるね!」

「そうか。なるほど。分かった。ルールなしでやろう」

「ちょっと、シオンさん!」

ダイヤモンドがシオンを注意するようにして叫んだ。
それから物凄い形相をしてシオンの側まで駆け寄って来た。

「分かってるんですか、シオンさん? ルールなしのバトルの意味が」

「勝つためならどんな手を使ってもいい、ってことだろ?」

「まぁそうなんですけど……いいですか?」

シオンが頷くと、ダイヤモンドは親が子に言い聞かせるみたいな口調で説明を始める。

「まず一対一じゃありません。ルールがないんですから。
 持っているポケモン全部なので、一人最大六匹まで使えます」

「は……はあ!? なんだそれは、汚いぞ!
 俺、ピチカ一匹しか持ってないから、ほぼ間違いなく負けるじゃないか」

「それだけじゃありません。というか、そんなのは大した問題じゃない」

「どういうことだよ?」

「最大の問題は『どうぐ』がいくらでも使えるということです。

 それはつまり、たった一度のバトルで、
 ひんしのポケモンを復活させる『げんきのかけら』を何度でも使用する事が出来る、ということ。
 傷を負ったポケモンを完全に回復させる『かいふくのくすり』だって持っている数だけ使用する事が出来る。
 いくら敵ポケモンにダメージを与えても、どれだけポケモンを倒そうとも、
 何度も何度も再生して襲いかかってくるんです。

 仮にオウさんが『げんきのかけら』、『ふっかつそう』、『すごいきずぐすり』、
 それぞれ九十九個ほど所持しているとします。
 すると、シオンさんはこれからピカチュウ一匹で、
 オウさんのポケモンを三百回近く倒さなければならない。それも連続で。

 三百匹のポケモンを倒すのに一体どれだけの時間がかかると思いますか?
 一日もかからないかもしれないですし、最悪三日三晩もバトルが続くのかもしれません。
 トレーナーの眠気や体力はもちろんのこと、
 ポケモンのコンディションにも気を使っていなければあっさりやられてしまう。

 シオンさんは今から、
 72時間も命令を叫び続けるという過酷なポケモンバトルを強いられている状況ですけど、
 闘い続けられるんですか?
 それ以前に、普通にバトルをしたって、勝てるかどうか分からないんじゃないですか?」

シオンは頭の中が真っ白になっていた。
ダイヤモンドの話が長すぎて何を言っていたのかよくわからなかったのだ。
ただ、
(このままバトルを始めれば間違いなくシオン達が負けるであろう。と、いうようなことを言っているんだろうなあ)
と、なんとなく理解していた。

「なんであの大人はこんな卑怯な事をするんだよ……」

「シオンさんが原因不明の反則戦法を使ってきたとしても勝てるようにするためじゃないですか。
 それより、シオンさんて『どうぐ』持ってるんですか?」

「まぁ持っているといえば持っているが……九十九個もない」

「ですよね。借金背負ってる人が、売ってお金になるような物を持ち歩いてるわけないですもんね」

「ああ、そうだよ。ったく、まったくもって参ったなぁ……」

途方に暮れるシオンは、ふと視線を飛ばした。
見るからに殺戮の化身といった感じのする黄緑色の魔獣が、
ピチカという名の生贄を今か今かと待ち構えている。
あの禍々しい異形の怪物を三百回も仕留められるだろうか。
間違いなく不可能だろう。
そして恐らく、そんなことをする必要はない。

「やっぱり止めましょうよ、シオンさん。わざわざ負け戦に出る必要なんてありませんって」

心配してくれるダイヤモンドの優しさが身にしみる程にありがたかった。

「いや、俺は戦う」

しかし、シオンはそれを蹴った。

「どうしてですか! トレーナーカードを賭けちゃってるんですよ!
 僕が戦いますよ。シオンさんの借金も取り戻してみせますよ。
 それとも僕が負けるとでも言いたいわけですか?」

シオンは必死に訴えるダイヤモンドの頭を、帽子の上からポンポンと優しく叩いた。
(やっぱりこいつはイイ奴だ。使える。これからも、とことん利用してやることにしよう)と、思った。

「ありがとな。そう言ってくれて。けど、そういうことじゃないんだ」

「じゃあ、どういうことなんですか」

「勝ちたいんだよ。俺は自分の力でアイツをぶちのめしたい。
 借金返済も大事だけど、お前があの偽審判を倒したって何の意味も無いんだ。
 俺が俺自身の力でアイツの息の根を止めなくっちゃ意味がないんだよ。
 それが出来なきゃポケモンマスターになんて一生なれない」

「うーん……まぁ気持ちは分からないでもないです。
 けど、それじゃあ、どうやって勝つっていうんですか? あのヤバいポケモンに」

ダイヤモンドはムスッとした表情で、『あのヤバいポケモン』に指を差す。

「俺、お前とのバトルに負けた後、色々考えてたんだよ。
 ピチカでディアルガを倒す方法をな。それを今から試す」

「ありませんよ、そんな方法。
 どんな手を使ってもいいと言われても、
 そのピカチュウであのバンギラスを倒す方法なんて僕には思いつかない。
 そんな方法が存在するとも思えない。何をどうしたらシオンさんが勝利出来るって言うんですか?」

「それを今からお前に見せてやるよ」

「はぁーあ。ああ、そうですか。わかりましたよ。まったく。
 格好つけたせいで、後悔することになってもしりませんからね」

疲れたようなため息をついて、ダイヤモンドは渋々シオンの側から離れて行く。
確実に勝利出来る存在が自分の下から遠ざかって行くのを、シオンは黙って見送った。



「おい偽審判! 『もちもの』持たせてもいいんだよな!」

「もちろんさぁ! 僕の『メガバンギラス』も『どうぐ』持ってるし! それに、ルールなしなんだからね!」

(へぇ〜、メガバンギラスって言うのか)

オウに確認をとってすぐ、シオンはリュックサックに手を突っ込む。

(あれ? ひょっとしてメガバンギラスって七文字じゃないか?)

そして、『十の珠(たま)が連なって出来た、光を放つ数珠』のような『どうぐ』を引っ張り出した。

(まあ、良く考えたらダイヤモンドも六文字だったからな)

その『どうぐ』を、首輪のようにして、ピチカの顔と胴体の境目に巻き付ける。

(予想外の事態ごときに驚いてるようじゃ、トレーナー失格だわな)

『どうぐ』を装着したピチカが四つん這いの戦闘態勢をとると、
どことなくポ○デラ○オンみたいな姿になった。

(たぶん、これで、俺達の、勝利だ)


「オウさん。僕、審判じゃないですけど、試合開始の合図くらいは言わせて下さい」

ダイヤモンドが、オウに何やら話している。

「ああ、助かるよ! けど今の僕はオウじゃないよ! シンと呼んでほしいなあ!」

「……どうしたんですか、急に?」

「ポケモントレーナーは基本的には苗字じゃなくて名前で呼ぶものだよ!
 審判じゃなくなった僕の事は! 名前で呼んでほしいな!」

「どうでもいいことを気にしやがって……」

シオンは、オウ――もといシンを睨みつけ、ピチカはメガバンギラスと眼光を交わした。
二人と二匹の間で透明な殺意がせめぎあう。



「では、これより! シオンさん対シンさんのポケモンバトルを行います!
 試合、はじめっ!」

「『はかいこうせん』だぁああ!」

ダイヤモンドの発言が終わるよりも早く、シンが吠えた。
速攻。
仁王立ちのメガバンギラスは、
すぐさま四つん這いの体勢をとり、背筋を伸ばし、口を開いて、ピチカの身を狙う。
手足は砲台、胴は砲身、開いた顎はまさしく砲口。
メガバンギラスの口の中の奥底から、鋭い光が十文字に閃く。

「ピチカ……何でもいい。止めろ」

シオンの出した命令は、独り言のようにそっけなかった。
あきらめたような声色に、投げやり気味のアバウトな指示。
それにピチカは無言で従う。
ピチカは二足で立ち上がると、小さな手の平を見せつけるようにして、前方へと伸ばした。

――グォオオオオオオオオオオ!!!

メガバンギラスの内側から、眼を焼くような閃光が放たれる。
轟音と重圧と、そして死が、刹那の間もなくピチカを襲った。


蛇口の栓を限界までひねった水道水の激流を、スプーンの裏側で受け止めた時、
猛烈な勢いで水飛沫は四散し、ドーム状のバリアーと化す。
それと同じだった。

メガバンギラスが吐き出す光の激流を、ピチカはひ弱そうな片腕だけで受け止めている。
唸りを上げる『はかいこうせん』は、小さな手の平を境に、猛烈な勢いで散っていく。
ピチカの眼前で光の飛沫は傘を真横にしたみたいに広がっていた。

「んんん!? どうなってるんだっ!?」

シンの驚愕がほとばしる。
目の前の光景が信じられなかったからだろう。
『はかいこうせん』は完全にピチカの手の平に弾かれてしまっていた。
飛び散った光は、大地に裂け目を走らせたり、
宙に飛ばされ、雨のように降り注ぎ、周囲に小さなクレーターを形成していく。
しばらくして、攻撃の喧騒が静まった時、『バトル場は穴だらけ』と化していた。
メガバンギラスの全力を受け流した今でも、ピチカは無傷でケロリとしている。

「何が起こった! 一体どうなっているんだ! ……何をしたんだい! シオン君!?」

(何をしたかなんてわざわざ敵が教えてくれるわけねーだろうが、間抜け!)
などと心中で悪態を吐き捨てる。
さらに
(反則がばれるとあいつ変な言いがかりつけてきて、最終的にバトル中断させられるかもしれない)
と考え、シオンはさっさと勝負を終わらせることに決めた。

「ピチカ。『10まんボルト』」

――秘(ピ)ッ! ――華(カ)ッ! ――誅(チュウ)ッ!

ピチカは喉を振り絞り、金切り声の雄叫びを上げた。
直後、
閃光と爆音と衝撃の強烈な激震が、シオンの五感に雪崩れ込み、殺す勢いで揺さぶりかける。
青白い稲光。
凄烈たる閃きはシオンの瞳を刺し、水晶体を突き破り、眼球をも焼き尽くそうとしている。
唸る雷鳴。
荒れ狂う爆音が鼓膜を殴り、耳の奥の脳にまで激しくつんざく。
堕ちる稲妻。
落雷の衝撃波が見えない力となり、周囲一帯を吹き飛ばす。
疾風迅雷。
シオンは大地にしがみつき、一瞬の嵐が過ぎるのを待った。


キーン、と小さな耳鳴りが頭の後ろから聞こえていた。
重たいまぶたを強引に開くと、ぼやけた薄茶色が広がっていた。
砂煙がもうもうと立ちこめている。
シオンの足元で、ピチカの影が此方を見上げているのが分かった。

「そんな馬鹿な! 何だ! 何が起きている! 何をどうしたらこんなことが起こる!」

煙の向こうから、シンの絶望が響いてきた。

「そんな! たったの一撃で! どうしたらこんなことに!」

砂煙はすぐに晴れ、目の前の景色を見て、シオンは自分達の勝利を確認した。
ぶっ倒れたバンギラスと、その隣で驚愕の声をあげるシンの姿があった。

「バンギラス……たぶん、戦闘不能! なので、シオンさんの勝ち!」

たどたどしくも、ダイヤモンドは審判の役割を終える。
勝利したというのに、シオンは喜び以上に呆気なさを感じた。
シンもダイヤモンドも信じられないモノを見るような眼つきで、
シオンの足元のポケモンを凝視している。



「シオン君! 僕のバンギラスに! 何をしたんだい!」

「何って、『10まんボルト』だよ。見てただろうに」

「そんなバカな! そのピカチュウのレベルは20! このバンギラスはレベル55!
 『いちげきひっさつ』なんて不可能だよ!」

教えた覚えのないピチカのレベルをシンはズバリ言い当てた。
どうやらダイヤモンドの話は本当らしい。
こんな簡単な才能も持ってないのかと、シオンは少し自分が恥ずかしくなった。

「そもそも、シオンさん。レベル20のピカチュウが、
 『あのヤバそうなバンギラス』を一撃で倒す方法なんて、この世に存在していたんですか!」

「教えておくれよ! シオン君! 君は一体、何をしたんだ!」

手品のタネを明かすものではない。
ここはグッとこらえて「何もしていない」で押し通すのが賢明だとは思っていた。
しかし、度肝を抜かれたようなダイヤモンドの表情と、魂消たシンの声を聞くと、
シオンの心がムズムズとざわつき、どうしても秘密のトリックを教えられずにはいられなかった。

「……もしも、俺がピチカに『でんきだま』を持たせていたとしたら……どうなる?」

「『でんきだま』ですか?
 でもそれって、ピカチュウの技の威力を二倍に上げる『どうぐ』ですよね?」

「でも、そのピカチュウじゃ! 二倍強くなった程度で! メガバンギラスがやられるなんて!
 納得できないよ!」

「ああ、そうだな。なら、『でんきだま』を二つ、持たせていたとしたら?」

瞬間、ダイヤモンドが息を呑む。

「そうか、なるほど、そうきましたか。『どうぐ』を二つ持たせていましたか」

「何かしてるとは思ったけど! 困ったね!
 でも僕は! 四倍の攻撃力でも! 負けるとは思えないなあ!」

納得したダイヤモンドに対し、シンの顔つきは未だ曇っていた。
そこでシオンはさらに簡単な質問をぶつける。まるで二人を試すかのように。

「だったらさ、もし『でんきだま』を三つ持たせていたとしたら、どうなる?」

「二かける三で六倍の攻撃力、ってことですか」

「違うよ、ダイヤモンド君! 二かける二かける二で! ピカチュウは、八倍のパワーになっていた!
 って計算になるよ!」

「ああっ。なるほどなるほど、そっかぁ……まさか『もちもの』を三つも持たせていたなんて……」

「ちょっと待てよ。俺がいつ、三つしか持たせていない、なんて言った?」

さりげない一言に、場が凍りついたのが分かった。
シオンは内心ほくそ笑む。
つい、(知能戦で二人に勝った)、と思ってしまった。
そして自分が何をしたのか、二人にもよく分かるよう、シオンは両手をパーにして見せつけた。

「実は俺、ピチカに『でんきだま』を十個、持たせていたんだ」

「……は!? 十個だって!」

シンが驚愕の悲鳴を上げる。
ピチカの首に巻かれた数珠は、確かに光る珠が十個も連なって作られていた。

「ってことは、えーっと、二の十乗で……」

「つまり、俺のピチカの技の威力は、もともとの千二十四倍にまで、跳ね上がっていたんだよぅっ!」

シオンは歓声を上げ、昂らずにはいられなかった。
信じられないとでも言うような二人の表情は、シオンの心の中に圧倒的優越感をもたらす。

「反則だあああああ!」

突如、シンは『ハイパーボイス』で怒鳴り散らした。

「反則じゃねえええええ! 俺の天才的なスーパー頭脳プレイだああああ!」

対して、シオンは『ばくおんぱ』で叫び返した。

「全然天才じゃないよ! 『どうぐ』を十個も持たせるなんて! レッドカード百枚級の反則だね!」

「はぁ!? 何言ってんだ、お前だって腕時計光らせたろうが!
 『もちもの』持たせてもいいって言ったじゃないか!
 アイテム禁止バトルってんなら、反則したのは俺よりお前が先じゃないかよ!」

「ポケモンに『もちもの』を持たせる事も! 『どうぐ』を使用する事も! 反則じゃあない!
 でも! 一匹のポケモンに『もちもの』を十個も持たせるのは反則だ!」

「はぁ!? はぁ!? はぁ!? はぁ!? はぁああああああんっ!?
 おっかしいなああ! 俺、そんなルール聴いてないんだけどなああああ!
 勝手にわけのわからねえルールを自分の中で作っておいて、
 俺が聴いたこともないそのルールに従えとか無理があるんじゃないですかねええええ!
 っつーかさぁ……『この試合にルールなんてものない』、って言ってたのって、
 どこのだれだったっけなあああああ! どこの馬鹿審判だったっけなああああ!
 うぉらぁ! なんとか言ってみろやぁ!」

シオンはばかみたいに奇声を上げまくって、必要以上に煽りたてるような威嚇をしていた。
傍目から見ていたダイヤモンドは、ヤンキーがヤクザにたてついている場面なのかと勘違いをする。
シンは鬼の形相を保ったまま、シオンをにらみつけ、歯軋りの音だけを響かせていた。
大人とはいえポケモンバトルの審判に過ぎないのだから、
ポケモントレーナーには勝てないに違いないのだ。
シンの劣勢を前に、シオンは完全に調子こきまくっていた。

「あっ! そういえば! ルールなしだって言ったよね!」

気付いてしまったのか、シンは金歯をちらつかせ、凄絶な笑みを顔面に張り付ける。
その笑顔を、シオンは速やかに叩きつぶすことにした。

「ああ、そのとおり。ルールはないんだ、何やったっていいんだぜ!
 『どうぐ』を使って回復してもいい。そのバンギラス復活させたっていい。
 二匹目、三匹目、用意してくれても構わない。なんなら六匹まとめて相手してやろうか?
 もっとも、俺の千二十四倍パワーのピチカに勝つ方法があるっていうのならなっ!
 ファファファ! ファファファ!」

どことなくセキチクの忍者を彷彿とさせる高笑いで、シオンはシンを挑発しまくった。
あの憎たらしき鬼畜生を言葉だけで黙らさせることができて、たまらなく快感であった。
やみつきになりそうな程の有能感と万能感、全ての決定権が自分にあるかのような錯覚。
勝利とはこんなにも気持ちの良いものだったのかと、心から感動できた。

「あっ! そうだ! 急用を思い出したよ!
 このバトルはなかったことにして、また今度にしよう!」

素っ頓狂な声が轟き渡る。
シオンが言葉の意味を理解する間もなく、シンは素早く翻り、紫色の背中を見せる。

「……っておい、ちょっと待てよ! お前、この前、俺が降参するっつったら負け扱いにしようとしたよな!
 逃げるんなら、ちゃ〜んと借金チャラに……どこ行く気だ、話聞けよ!」

シオンが語っている間にも、シンの巨体は遠ざかって行く。

「ズルイですよ!」

怒りの声を飛ばしたのは、ダイヤモンドだった。
殺意のこもった瞳で紫の背広を射抜くと、シンの足はピタリと止まる。
どうやらシンの中では、シオンとダイヤモンドの間に大きな格差があるらしい。

「自分の負けが決まった途端、尻尾を巻いて逃げるのかい!?」

「そうさ! そのとおりだよ!」

振り向きざまに、シンはためらいなく言いきった。恥じるようすはない。

「なんですか、それ。今まで色んなトレーナー達を逃がさなかったくせに、
 皆に借金背負わせたくせに、自分が負けることになったら『にげる』ですか?
 ふざけないでくださいよぉっ! 卑怯者ぉ!」

遠目から見ても唾が飛んだのが見えるくらい、激しく声を荒げている。
ダイヤモンドはブチギレていた。
いつしか、遠ざかってしまったシンは、真正面からダイヤモンドと対峙する。

「ダイヤモンド君も見ていたよね!? あのピカチュウのとんでもない電撃の威力!
 あのろくでもない、えげつなさすぎる反則技!
 大した実力者でもないのにメガバンギラスを一撃で倒してしまった!
 こんな鼻垂れ青二才の若造が! メガバンギラスを一撃で仕留めてしまったんだよ!
 こんなこと、あってはならなかった! 危険すぎる! それに、なんか、嫌だ!
 こんな反則技を思いつくのような! それを実践してしまえるような!
 そんなシオン君みたいな人間を! 僕は、ポケモントレーナーとして認めたくないんだ!
 だからこそ! 借金状態にして! シオン君の見動きを封じておかなければならないんだ!」

シンの必死な熱弁を耳にする内に、シオンは開いた口がふさがらなくなり、
いつの間にか白目をむいて、泡を吹いて、呆然自失となっている自分に気付いた。
初めから嫌われていると分かってはいたが、
まさかここまで本気で憎まれているとは完全に予想外であった。

「オウさん。誰もそんなこと聞いてませんよ。
 けど、わかりました。要するに、あなたは約束も守れない人間、ってことですよね?」

ダイヤモンドは半開きの瞳で、マスターボールに手をかける。
まずい。
今のダイヤモンドならば、勢いでどこまでも時間を巻き戻しかねない。
時間が戻れば、シオンの勝利までもがなかったことにされてしまう。
かといって、シンをこのまま逃がすわけにもいかない。
睨みあう二人を前に、シオンは顔を歪ませる。
たとえ、どんな手を使ってでも、二人とも阻止しなければならない。
嫌で嫌で仕方がなかったが、この状況を打破するため、苦悶しながらもシオンは口を開いた。

「なあ、偽審判。チャンスをやろうか?」

シンとダイヤモンドの視線がぬーっとシオンへと移った。

「もう一戦、俺とポケモンバトルをしよう。賭け金は百万円……で、どうだ?」

「また馬鹿な事を!」

ダイヤモンドが叫ぶ。
自分で言っておいて何だが、シオンはその言葉に同感していた。

「二度もオウさんに勝てるなんて、考えが甘いんじゃないですか!」

「じゃあ、また時間でも巻き戻してみるか?
 それともアイツにラスターカノンぶっ放してみるのか?」

「そりゃあ僕だって、出来るならそんなことはしたくないですけど……
 でも、ま、どうしてもっていうならしょうがないですよねっ」

何故かダイヤモンドは哂(わら)っていた。
パァッと花咲く笑顔を前にし、シオンはドン引きせざるをえない。

よくよく考えて見ると、この少年は大変な危険人物なのだ。
やろうと思えば、『破壊と再生』を何度も繰り返したり、『殺戮と蘇生』を幾度となく続けられたり出来る。
シオンの中で『バトルをしたい』という想いよりも、
『なんとしてでもダイヤモンドの暴走を食い止めなければならない』、という使命感の方が強く働いた。

「あのな……それにだな、そもそも、百万円が手に入れば、お前の目的だって果たせるだろ?」

「目的? あっ、そうですね。でも勝てなければ……」

「勝てばいいのか? よし、じゃあ問題ないな! 全然問題ないな!
 おい偽審判! やんのかやんねえのかどっちだ!」

ダイヤモンドの正論で痛いところを突かれる前に、シオンは大声で叫んでシンの巨体と向き合った。

「なあ、悪い話じゃないだろう?
 もし、このバトルで勝てたら、また俺に百万円の借金を背負わせられるんだからよ」

「なるほど! それで百万円なんだね!
 じゃあ早速だけど! 詳しいルールを! 教えてくれないかい!」

そこはさすがに抜け目がない。
たった今シンは、
ルールなしのバトルで負けたのだから、この質問が来ることくらいはシオンにも読めていた。

「一対一のポケモンバトル。賭け金は百万円。『もちもの』なし、『どうぐ』なし、ズルが判明したら反則負け。
 当然、ダイヤモンドはこの勝負に手出ししない。で、どうだ?」

言いながら、祈る気持ちでシンを見据える。

「……いいね! とってもいいね! やるよ! そのポケモンバトル!」

時間を戻されて一番困るのがシンである以上、この返事が来るのは当然のことでもあった。
バトルに行き着けた安心感と同時に、シオンに不安が訪れる。
もう一度シンに勝たなければならなくなってしまった。

「ただね! シオン君! おかしんだよね! 一つだけ気がかりなんだよ!
 君がどうしてそんなに自信満々なのかがね!」

疑いの目に、身を硬直させる。

「君は本当に! 反則なしで! 僕に勝てると! 思っているのかい!? 本当に!?」

核心を突く質問に、シオンはビクッと震えた後、静かに黙ってうつむいた。
反射的に言葉を返しそうにもなったが、グッとこらえ、あえて何も言い返さなかった。
まるで何かを考え込むような、何かに困っているような、そんな感じの振りをして見せたのだ。
ほんの少しでも勝率を上げるために、シオンはシンを欺こうとしていた。







つづく







あとがき
『オウ』が『シン』に変わったり、『どうぐ』を『もちもの』と言い変えたり、
いきなり三話から始まってたり、「文書力たったの5か……ゴミめ」だったり、
なんだかんだ色々あって読みにくかったかもしれないので、すまぬ。


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー