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  [No.1208] 第2話 幸福までの最短経路 投稿者:SpuriousBlue   投稿日:2014/10/04(Sat) 20:16:15   47clap [■この記事に拍手する] [Tweet]




【一部過激な描写が含まれます】






幸福までの最短経路







 強いポケモン、弱いポケモンって、やっぱりあると思う。
 だって、こいつじゃ勝てないもん。
 私はため息をつきながら、ぬいぐるみを投げ飛ばす。
 たくさんのぬいぐるみの中、本物が一匹指をくわえながらつぶらな瞳でこっちを見る。
 かわいいけれど、強くない。

「死にたくない」

 そう呟いては見たけれど、不細工で性格の悪い吊り目の女は、きっと早くに死ぬのだろうよ。
 物語の、都合上。
 もう少しかわいく生まれたかったと思う。
 あるいは、もう少し優しい性格に生まれたかったと思う。
 悲しみながら、あきらめながら、それでも必死で生き残る方法を考えてる。
 相手を殺す方法を考えてる。

    ◇

 あの男が現れたのは、鳥がニュースを騒がせる二日前のことだった。
 もうすぐ鳥が現れる。だから準備をしろと言われた。なんのこっちゃと思った。
 でも、男から手渡された小さなウサギ型のポケモンはとてもかわいらしくて、私はとても幸せな気分だったんだ。その時は。
 もらったポケモンはミミロルというらしかった。ちっさくて、でもコンクリートにひびを入れられるくらいに強くて、この子に守ってもらうよう男に告げられた時、私は小さなウサギを力強く抱きしめていた。もうそれくらい、かわいくてかわいくて仕方なかった。
 そして、男から、ゲームのルールを告げられた。
 私は口をもぐもぐさせながら、反応できずに困っていた。
 そしたら男は、そのまま瞬時に消えて、いなくなってしまった。細身でかっこよかったので、すこし残念だった。それから五秒して、事の重大さに気づいて、頑張って少し悩んで、けれども答えは見つからなかった。

 私の通う大学ができたのは比較的新しい。地価が安いところに建てようとしたのか、コンビニまで歩いて10分以上かかる山の中腹に大学がある。東京にこんな田舎があったのかと驚くくらい。まぁ24区じゃないけれど。
 木が生い茂っている道をバスで抜けると全面ガラス張りの建物が現れる。そこが私の通う情報大学。
 定期をかざしてバスを降り、校舎へと向かう。鏡のようになったガラスに自分が写るのが怖くて、いつも下を向いて学校に通っている。
 肌が荒れて太っている私のような女がかわいい服を着ていると、太ったヲタクたちにとても気持ち悪がられる。同族嫌悪ってやつだ思う。太ったヲタクの方がむかつくと思う。でも、私自身太ったヲタクだと気付くといつも賢者モードに入ってしまうから、なるべく考えないようにしている。
 だから、という訳じゃないけれども、私はかわいいミミロルをずっと隠してきた。その方が、ゲームのルール的にも都合がいいんじゃないかなとも思った。ミミと名付けたミミロルは、『黒子のバスケ』の大きなカバンの中に隠れている。
 ゲームのルールに従わなければ、私たちは生きていくことができない。
 ゲームの中のキャラクターは現実に現れたけれども、ゲーム設定上の理由がたくさんあって、私たちはとうてい自由にはなれなかった。
 男にはいろいろなことをいっぺんに伝えられた。
 例えば、ポケモンは、全て一種類につき一匹しか現れないこと。
 ほとんど全種類のポケモンが配布されているということ。
 ポケモンの配布は東京都でのみ行われているということ。
 ポケモンは決して死なないということ。
 配布されたポケモンを使ってゲームに参加するということ。
 参加しなくてはならないということ。
 そして、もう既に、ゲームが始まっているということ。
「それでは、ゲームをお楽しみください」
 男の声がこだまする。
 カバンの中のミミロルは、愛らしい瞳を私に向けて、のどが渇いたと訴えた。
 私は講義室に向かうのをやめにして、自販機がある一階へと降りていく。

    ◇

「ヤマザキー。おまえ講義サボりかー」
 講義棟の玄関ホールでミミにミネラルウォーターを飲ませていたら、突然後ろから呼ばれて焦った。私は少し水をこぼしながら、慌てて鞄を閉じる。ミミが苦しそうに少しうめいた。
「なんだ、エリか」
「なんだとはなんだー」
 間延びした声で話しかけてきたのはヲタク仲間のエリだった。エリは私と違って肌が荒れていない上に、太ってもいない。かわいい部類に入ると思うけれども、なぜか彼氏はいないらしい。エリに聞いたところ、男に「女」として扱われるためには肌と体形以外にもいろいろな条件があるらしい。例えば身だしなみとか胸の大きさとか、女子力という謎のパワーとか。知ってはいたんだけど、エリに言われると現実味を帯びてきて嫌だった。
「講義行こうぜー」
「もう始まってるけど」
「だから行くんだぜー」
「……」
 坊主頭の学生が私の方を睨みつけてきたような気がした。こんな学生いたかなと少し思う。自販機の前に陣取ってしゃべっている不細工な女たちが気に食わなかったのかもしれない。
 坊主頭から逃げたいという思いもあって、結局講義にはいくことにした。ミミが不安だったけど、すきを見てそっと覗いてみると、穏やかに眠っていたので安心した。

 講義には14分遅れた。15分遅れると出席表がもらえないのだけれども、ティーチングアシスタントのやつれた男子学生から出席表をもらえたから、14分遅れぴったり。少しうれしい。
 高校の教室より少し広い真四角の講義室に入り、私は薄暗い講義室の左の一番後ろにエリと一緒に座った。ミミの入ったカバンを空いた席にそっとおろす。
 教養課程の講義だった。1年生は選択で受けることになっている。つまらないと評判だったけど単位がとりやすいとも聞いていたのでエリと一緒に選んだ講義。講義の名前は「進化生態学入門」。なんのこっちゃって感じがした。
 いつも開始3分で夢の世界に入るかスマホでグッズ検索に移る。今回も一緒。エリが夢の世界に旅立つのを横目に、暇だったのでポケモンの同人小説サイトを見ていた。
 最近、ポケモン関連のサイトを見ることが多くなった。今回のゲームのカギになる内容がないかと思ったからだ。あまり成果は上がっていないけれど、ポケモンというゲームには実はそれほど詳しくなかったので、ポケモン廃人がどのようにしてうまれてくるのかを見ていると案外楽しめた。皆こうやって帰らぬ人になるんだな……。
 ミミロルの育成方法と進化後のミミロップの擬人化イラストをみていると、突然「ゲーム」という言葉が耳に入り込んできた。大きな声で。
 ゲームと叫んだのは誰だろうと顔を上げて見渡すと、プレゼンスライドを映したプロジェクターの先に「ゲーム」という言葉がはっきりと書かれていた。「ゲーム」の解説をしていたのは、大学の先生の方だった。
 先生は「ゲーム理論」という用語について説明をしているらしかった。その下には意味不明な数式が羅列されていて、私はついていくのをあきらめた。
「ここに書いてある数式はどうでもいいんですが、進化的に安定な戦略がどのようにして導出されるかというその流れくらいは覚えておいてください。で、次は……」
 私はもう一度スマホに目を向けようとしたけれど、また先生の言葉が私の頭に突き刺さるように入ってきた。
「次は、えーと、遺伝子の生存競争について説明します。そして。生きるための戦略、生存戦略についてですね」
 生存戦略。生きるための、戦略。気分が悪かった。忘れようとしていた嫌な思い出を無理やり掘り出されるような感覚。私はこみあげてくる吐き気を懸命に押し戻そうとした。口の中にでてくる酸っぱい唾液を必死で飲み込む。
「遺伝子の生存戦略について、利己的な遺伝子説に基づきなるべく噛み砕いてお話しましょうか。利己的な遺伝子説とは、遺伝子にとって生物とは乗り物に過ぎないという仮説です。あなたという存在がゲームの駒であって、ゲームのプレイヤーが遺伝子。そう思えばわかりよいかと――」
 ガタンという大きな音が講義室に響く。部屋から音が消える。顔が一斉に私の方を向く。エリも目覚めて、突然立ち上がった私を不思議そうに見つめた。
「すいません。気分が悪いので、お手洗いに行ってきます」
 私は先生が何か言おうとしているのを無視してミミの入ったカバンをとって立ち上がる。悪寒がはしった。変な汗が噴き出した。この講義を聞くのが嫌だった。エリの言葉も耳に入らなかった。壁におかれていた椅子に何度もぶつかりながら、早足で講義室を出る。リノリウムの冷たい床を、鈍い音を立てながら歩く。
 生存競争? なんで私がそんなものを。
 あなたという存在がゲームの駒であって。
 私という存在がゲームの駒であって?
 私は……。
「お前は何色だ」
 冷たい声が耳を貫いた。
 聞かないでいたかった。
 会わないでいたかった。
 死にたくなかった。
 私という存在はゲームの駒であって?

    ◇

 男の声に足を止める。我に返る。私が私だと気付く。そのことがとてもつらい。私は私じゃない方がきっと良かったと思う。
「何色だ」
 廊下は直進する道と、隣の建物に移るための通用路の2つに分かれていた。隣の校舎に移るための細い道。そこに坊主のように髪の毛を剃った細い男が壁に寄りかかり、腕を組みながら立っている。自販機の前で私を睨みつけていた坊主頭だった。
「やっぱり、お前、持ってるな」
 坊主頭は壁から離れると、黒縁眼鏡を取り出してかけた。そして窓の外に合図をする。
 ガラスが割れた。
 食器を10枚まとめて割ってしまったような音が響く。それから鼓膜が破れるような歪な音。私は慌てて耳をふさぐ。それでも万力で頭を押しつぶしてくるような音は止まらない。私はカバンを放り投げて、床に吐く。
 すると、バッグからミミが飛び出た。そして坊主頭に向かって一直線に突っ込んでいく。
 音がやんだ。
 何が起こったのか見ようと思って、ハンカチで口をおさえ、咳き込みながら頭を上げる。
 ミミは見えない壁に阻まれ、宙返りして床に着地する。
 坊主頭の前には、一つ目の磁石のような腕を持った物体が3匹浮遊していた。
 思い出そうとするよりも早く、坊主頭がそのポケモンの名前を呼ぶ。
「レアコイル、もう一度ソニックブーム」
「やめて!」
 私が叫ぶと、男は私に視線を移して、最初と同じ問いを私に投げた。
「何色だ?」
 本当のことを言うべきか。それともうそを言うべきか。でも、うそを言ったところで、得になるとは限らない。色の割合は一つの例外を除いて均等に配分されているのだから。うそをつくと、うそをついたという理由で殺されるかもしれない。だから、ここは、正直に言うしかない。大丈夫、3分の2の確率で、私は殺されない。だから、だから、
「緑」
 坊主頭は鼻で笑うと、こう答えた。
「奇遇だな。俺も緑だ」
 私たちは、ほぼ同時に次の指示を出した。
「レアコイル、ソニックブーム」
「ミミ! 二度蹴り!」
 坊主頭に突っ込んでいったミミは強烈な音波に跳ね返されて吹っ飛んだ。そして、万力で締め付けてくるかのような歪な音。
 頭が割れそうだった。万力で押しつぶされて、そのまま頭がつぶれて、私は死ぬのだと思った。視界がぼやけてきた。意識が朦朧としてきた。
 ミミは必死に私を守ろうとレアコイルに向かって何度も飛んでいき、何度も弾き返された。そんなミミに、私はなんの指示もしてやれなかった。私の足元に落下したぬいぐるみのようなウサギを、私は混濁した意識の中でしっかりと抱きしめる。
 もっとうまく隠せばよかった。もっとうまく隠れればよかった。大学の中で水を飲ませなければよかった。口の広い鞄を使わなければよかった。弱かったのは、きっと、ポケモンじゃなくて、私だった。
「私があなたのトレーナーでごめんね」
 ミミに謝る。最後の言葉になると思った。
 ミミを抱きしめたまま死ぬのだと思った。
 不思議なことに気が付いたのは、その直後だった。
 私の言葉にミミが反応した。
 ミミに謝った私の声が、ミミに届いていたのだ。
 私は自分の耳を手でたたく。音が聞こえた。歪でない、普通の音が聞こえた。
 レアコイルのソニックブームは止まっていた。
 目の前には、炭のように黒くなった坊主頭の男と、レアコイルの残骸と、浮遊している巨大な鉄の塊。
「このポケモンはジバコイル」
 私の後ろから声が聞こえた。
 飛び上がって振り返ると、トライアスロン選手のような男性が立っていた。スポーツマンのような体形ではあったけれど、しわの無いシャツの上に紺のベストを着ていて、律儀そうな一面も見せる。
「ジバコイルはレアコイルの進化系。レアコイルのトレーナーに勝ち目はないよ。ポケモンの道具も全て一種類ずつしかないようだから、進化の輝石を手に入れることは難しいだろうしね」
 ジバコイルのトレーナーは飄々として答えた。
 私は凍ったように身動きできなかった。
 私の心配を察したように、男は笑いながら言う。
「そういえば知らなかっただろうね。あのレアコイルのトレーナー、本当の色は赤なんだよ。ただ、出会うトレーナー全員に勝負を仕掛けていたみたいだから嘘ばっかりついていて。で、私の色も当然赤。君には興味ないよ」
「本当に殺さない?」
「殺す方が面倒だからね。窮鼠猫をかむという言葉もある。不要な勝負は挑まない主義さ。なんでそんなに不安がるかな」
「私が太ってるから」
「は?」
「ゲームの中で早くに死ぬのは、大概私みたいなやつでしょ。不細工だし」
 ジバコイルのトレーナーは、おなかを抱えて笑いながら、こう答えた。
「じゃあダイエットしたらいいじゃないか。それだけだよ。変わりたければ、自分で変わってみな。それじゃあそろそろ人も集まってくるころだろうし、僕は退散するよ」
 男はジバコイルの上に乗って、入ってくるときに開けたのだろう、巨大な壁の穴から外に出た。私はミミを慌てて鞄に入るよう促して、集まってきた生徒や先生からミミを隠す。
 先生から事情を尋ねられても、私はずっと呆然としていた。
 私は生きているのだな、と、そのことばかり考えていた。

    ◇

「あ、あ。えーと、遺伝子というのは、私たち生物における設計図みたいなものなんですが、これを擬人化すると、話として分かりやすいので、ちょっと曲解になるんですが、遺伝子さんという人が私たちの体の中にいるという設定で話をしていきましょう。
「生き物はいつか死ぬんですが、遺伝子さんは生物が子孫を残してくれる限り死にません。だって遺伝子は生物の設計図ですからね。設計図はずっと残って新しい乗り物がどんどん作られていく。優秀な遺伝子さんであれば、優秀な乗り物が作れて、その乗り物はいろんな場所に進出することができる。
「ただ、一つ問題がありましてね、乗り物の設計図はたまに書き換えられてしまうんですよ。何の前触れもなく、突然ね。大概はそんなことが起こったら、粗悪品の乗り物ができてしまって、使い道がなくって、それまでですよ。でも、ですね。たまにその設計図の書き換えによって、すごくいいマシンが生まれることがあるんですね。これはもう偶然でしかない。けれども、偶然にならば十分あり得る。そんなスーパーマシンが登場したら、いつも同じ乗り物ばかり見ていた世界が一気に変わることがあるんですね。これが俗に“進化”と呼ばれるものになるわけです。
「ああ、もうこんな時間ですか。それでは続きはまた来週にしましょう。お疲れ様でした」





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