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  [No.1214] 第3話 東京湾の毒吐き男(後編) 投稿者:SpuriousBlue   投稿日:2014/10/18(Sat) 00:19:38   42clap [■この記事に拍手する] [Tweet]





東京湾の毒吐き男






【一部過激な描写が含まれます】







「ここまでコケにされたのは初めてだよ」
 俺は大きな声で伝える。
 少女は眠ったまま、目覚める気配がない。
 残念ながら俺はロリコンではないため、美しい少女を見ても感慨は乏しく、残念ながらフレイヤは眠り姫の言うことには盲目的に従うらしく、俺にメリットのある選択肢は存在しない。
 まぁ、死ななかったから良しとしよう。
 これからのことは考えないことにしておいて。

    ◇

 話は10分前にさかのぼる。
 敵は二者いた。
 一つは歩くような速度で穴へと向かう者。最初にフレイヤが気付いたのはこちら。しかし、もう一人、何かが近づいてきていた。それは蛇行しながらモーターボート並みの速さで泳いでくる。
 最初の奴はおとりかと思った。それくらい、全くフレイヤを意識せずに進んでいく。もう一つも泳ぐことに必死になっているのか、こちらにはまだ気づいていない。恐らく、あとから来た方は、フレイヤではなく、最初に浮遊してきたトレーナーを追っているのだと思った。それならば、無理に戦う必要はない。
 俺はフレイヤを静かに海底のヘドロの近くまで潜航させた。そして、トレーナーを守る膜の位置を修正し、俺はヘドロの中に隠れる。
 ドラミドロはもともと海藻に擬態したポケモンだ。隠れるのは苦手ではない。それに、万が一気づかれたとしても、毒殺すればいいだけのことだった。難しい話じゃない。それよりも、ロープと穴の存在に気付かれる方が嫌だった。中に入ろうとしたら、殺すしかない。フレイヤに作戦を伝える。
 ゆっくりと浮遊している方のポケモンが穴から20mを切るくらいにまで近づいた。明らかに穴の存在を知っている泳ぎ方だ。穴が目視できる距離に入る前に殺さなければ。
 だが俺は、神経を麻痺させるタイプの毒を海中に少しずつ撒きながら、少し待った。
 もう一つ、高速で泳いでいる方が追いつくまであと数秒。
 二者が同じ場所に来た時点で、一気に毒素を吐きかけるのが得策というもの。
 フレイヤの鼓動の高まりを感じる。あと一秒。
 毒を吐くその直前、海が光った。
 フレイヤの毒の色ではない。
 もっと鮮やかで、明るく、穢れの無い色。
 濁った世界に広がる、純白の光。
 俺はとっさに目を覆う。フレイヤにヘドロに潜るよう指示を出す。
 その刹那、爆弾を海中で爆発させたかのような衝撃が走った。海底のヘドロが巻き上げられる。光が一瞬にしてさえぎられる。
 隠れることができた安堵と、穢れの無い光を見ることのできなくなった悔しさが同時にこみあげた。
 衝撃は二回来た。一つ目は光の直後のそれ。二つ目は、水塊が壁にぶつかって跳ね返ってくる時の衝撃。ヘドロに隠れるために自分をフレイヤの下に位置させておいてよかった。もし仮にフレイヤの背中に乗っていたならば、膜ごと流されていってしまっただろう。
 ヘドロが晴れると、オレンジ色のイタチのようなポケモンが浮遊していた。高速で追いついてきた方。フローゼルといったか。トレーナーは乗っていない。先ほどの衝撃で離れてしまったようだ。
 この環境下で海中に放り出されることは、死を意味する。
 数秒後、トレーナーが息を引き取ったのか、きょろきょろしていたオレンジのイタチは跡形もなく消えてなくなった。
 海底に這いつくばったまま、緑の空を見上げる。
 探すまでもなく、神々しい青い光に包まれた膜がすぐに見えた。
 毒素を発射しようと思った。
 フレイヤはとっくに準備できていた。
 それなのに、俺は打たなかった。
 打てなかった。
 膜の中に入っているものを見てしまったからだ。
 およそ、普通の人間とは思えなかった。
 アイドルのような露出の多い青い服を着た、人形のように白い少女。目は閉じられたままで、それも人間味を感じさせない。
 まぁ、そんなことはどうでもいい。殺す相手のことを考えるのは時間の無駄だからだ。
 問題はそのあと。
 眠り姫の連れているポケモンは、伝説のポケモン。マナフィだった。
 ドラミドロでは特防以外で勝っている要素がない。戦いたいとは思わない。
 色が違っていることを期待して、戦う気のないことを伝える。もちろん麻痺性の毒をばら撒きながら。
 すると、マナフィがこちらに反応して手招きした。トレーナーは目を開けようとしない。
  先ほどのパワーを見るに、攻撃するだけなら危険を冒してまで俺と近づく必要があるとは思えない。本当に戦う気がないのか。
 対応を悩んでいると、フレイヤが俺の指示を聞かずにマナフィに近づき始めた。俺が止めようとしても従う素振りがない。
 俺はもう一度大きなため息をついて、マナフィのトレーナーと接触する腹を決めた。

    ◇

 マナフィのトレーナーは眠っていた。
 生死をかけた勝負のさなかに眠っているトレーナーは初めて見た。
 殺されることはないものの、逆に俺が少女を殺すことができないことを見越しているようで少しイラついた。なお、麻痺性の毒は完全にシャットアウトされているらしく、マナフィが状態異常にかかっているようには見えなかった。
 マナフィがフレイヤに指示を出した。ポケモンがポケモンに指示を出すというシチュエーションは初めて見た。フレイヤが感じていることはなんとなく俺もわかる。どうやらこいつらは陸に上がりたいらしい。自分で行けよと思いつつ、フレイヤの細い翼にマナフィと少女をひっかけて浮上する。
 濁度が少しずつ上がっていく。神殿が緑のヴェールに隠れていく。
 黒い穴は、もう見えない。

    ◇

 日は沈み始めていた。
 人目の少ない適当な場所を選んで着地する。防波堤の先端に近い。とりあえずここにマナフィを放置して逃げようと思った。
 すると、ダイビングの膜が消え、中から出てきたマナフィがペコリとお辞儀をした。どうやら感謝しているらしい。よく意味が分からなかった。浮上するくらいならば自分一人でもできたはずだ。
 俺はマナフィと眠りつづけた青い少女に背を向けて、退散しようとする。
 しかし、フレイヤがついてこない。
 どうしたのかと思ったが、これもマナフィの指示らしい。
 陸に上がった間、こいつらのボディガードになれと、そういうことらしい。
 それでお辞儀をね。
 良くわからんが、海にすむフレイヤにとってマナフィの指示は絶対であるらしく、俺たちは日が暮れるまでそこに突っ立っていた。
 そいつが待っていた使者は、夜の7時を回ったころにようやく表れた。
 年老いた男だった。髪はぼさぼさの白髪で髭も長い。ちょうどゲームに出てくるAZに似ていると思ったが、そいつよりかは威厳がなかった。
 ただし、そいつの隣にはバシャーモがいた。
 そしてそいつは自身を赤だと名乗った。俺は青だと伝える。
 それだけで十分だった。
 俺は無言のまま、小さなAZに眠り姫を渡す。
 そして爺とバシャーモは眠り姫とマナフィを連れて俺たちに背を向ける。
 去り際に、爺が振り返って俺に尋ねた。
「ポケモンは全て一種類ずつ配布されている。それなのに、なぜ晴れと雨が交互に来るのだと思うかね?」
 しわがれた声だった。俺は質問の意図がわからずに黙っていた。小さなAZは答えを待たずに話し続ける。
「それは、カイオーガもグラードンもいないからだ」
 爺が咳払いしてもう一度俺に質問する。
「ポケモンは全て一種類ずつ配布されている。それなのに、なぜ季節が変化しないのかね」
 俺は答える。
「ファイヤーもフリーザーもいないから。そう言いたいのか」
「なぜいないと思うかね。なぜ現れないと思うかね。ゲームのルールは忠実に守られている。そう、一切の例外なしにだ。ゲームのルールは絶対。であるならば、答えは一つしかなかろう」
 爺が赤子に読み聞かせるようにゆっくりとした口調で続ける。
「みな、ゲームオーバーになったのだ」
「死んだということか」
「なぜ死んだと思うかね」
 爺が訊ねる。
 俺は口を開けない。
 沈黙。
 爺は俺の返事を待たずに答える。
「殺されたのだよ。最後の一色に。赤でも、緑でも、青でもない。最後の一色に」
 最後の一色。俺は小さく復唱する。
「何色にも染まらぬ、無色にだ。一人しかプレイヤーがおらぬ無色にだ。全色を敵に回した無色にだ。殺されたのだよ。全ての伝説のポケモンたちは」
 爺は俺の目を凝視しながらそう言った。
 ゲームのルール上、最も謎が多い最後の一色。プレイヤーの配分も、戦う相手もすべてが異なっている。
 無色。ゲームのルールを教えに来た黒服の男が説明しなかった最後の色。この色のことを、俺たちゲームのプレイヤーは無色と呼んでいた。
 青、赤、緑、どれにも属さないたった一人のプレイヤー。
 無色のプレイヤーは、同じ色のプレイヤーがいない代わりに、他の色全てと戦わなければならない。すなわち、すべてのプレイヤーが敵という訳だ。最も厳しいポジションにいるプレイヤー。そして、最強とうわさされるプレイヤー。
 誰もであったことがないプレイヤー。
 爺はにやつきながら手元の眠り姫を高く持ち上げる。
「それなのに、この子は残った」
 口が裂けそうなほどの大きな笑みを浮かべながら、爺は続ける。
「ゲーム開始から一月が経った。サバイバルゲームの3分の1が過ぎたということだ。今までは個人戦。しかし、これからは団体戦が始まるぞ」
 戦いに備えよ。爺は言った。
 俺は反論する。
「戦う必要なんてないだろう。逃げればいい」
 爺はもう一度、口が裂けそうな笑みを浮かべる。いや、実際に口が裂けつつある。口の両端から血が出ている。俺は一歩後ろに引く。
「三月(みつき)ルールを忘れたか。ゲーム開始から3か月後、すなわちあと2か月後、同一色に自分以外のプレイヤーが残っていれば、その色を持つプレイヤー全てが死ぬ。それが三月ルール。逃げる場所など存在しない」
「そんなルールのために戦うのはごめんだな」
 勝手にしろ。俺はそういってフレイヤの背中に乗ろうとする。
「あの女は、お前の敵だぞ」
 声と同時に腕を引かれた。
 振り返ると顔から数センチしか離れていないところに、満面の笑みを浮かべたまま口が裂けて血が噴き出している爺の顔があった。俺は慌てて振り払う。フレイヤが俺をかばうように間に入った。
「備えよ。備えるのだ」
 爺が言うと同時にバシャーモがメガバシャーモにメガシンカした。
 そして眠り姫とマナフィを連れて消える。
 後には俺とフレイヤと口が裂けて血まみれになった爺だけが残る。
 そして、爺はゼンマイが切れたロボットのように地面に崩れ落ちた。
 東京湾は月の光を受けて、自らのヘドロを覆い隠そうとするかのように、青く白く光っている。

 おれは爺を海に突き落とすよう、フレイヤに指示をした。何が赤だ。本人じゃない、ただの操り人形の分際で。
「三月ルールなんて、くそくらえ」
 俺は沈んでいく爺の体を見ながらアリサのことを思いだす。赤と言った後、握手をした時の汗ばんだ手を思い出す。震えながら差し出された腕を思い出す。
 そして、アリサの言葉を思い出す。
――なんであんたが私の心配をするのよ。私が死んだ方が都合いいでしょ
――あの女は、お前の敵だぞ。
「黙れ。知ってる」
 俺はもう知っている。
 俺はもう気づいている。気づいてはいけないことに、気付いてしまっている。
 俺が守りたいのは、俺の敵。
 俺が守りたいのは、俺と同じ色の女。
 俺が守りたいのは、赤とうそをついた、青の女。
 そんなの知ったことか。あの女のためならば、ゲームのルールの一つや二つ、俺の手で、変えてやる。
「フレイヤ、溶解液」
 船体をも溶かしてしまう強烈な溶解液がフレイヤの口から吐き出される。それは“穴”の有った場所の上に吐き出され、少しずつ足場が解け始めた。
 外側のコーティングだけでも溶かせれば上等。
 毒素で汚染された海に背を向ける。
 フレイヤに乗って、東京湾を後にする。

    ◇

 翌日、会社で海水サンプルの検査を依頼した。
 本来の業務のためのサンプルに加えて“穴”から採取した海水サンプルの調査も依頼した。顔なじみの業者なので、つけてもらった。結果は一週間もたたずに得られた。
「この海水、いったいどこから取ったんです? こんな化学物質見たことがない」
 スーツを着た中年の検査業者の男が不思議そうに俺に尋ねた。
 俺は検査業者の営業を鼻で笑う。
 当然の結果じゃないか。
 これは別世界につながる穴なのだから。
 マナフィは、自分が生まれた海の底へ、長い距離を泳いで帰るという性質がある。人間の指示が得られない状況で、まっすぐに穴に向かって行ったことから考えて、穴の向こう側は、奴らの故郷に間違いない。
 俺は確信を確かにした。
 しかし、検査の結果はそれだけではなかった。
 異世界につながる“穴”からは、人間が作ったとしか考えられない汚染物質もまた、大量に含まれていたのだ。
 
 人間とはどこにいても毒をまき散らして去っていくものだ。
 別世界に通じた穴から人間が作った汚物が出てきたとしても、なんら驚くには値しない。






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