マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.1220] WeakEndのHelloWin 2 投稿者:烈闘漢   投稿日:2015/02/28(Sat) 21:24:09   32clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

WeakEndのHelloWin
       2






節電でもしているのだろうか。
天井からの光はなく、窓から差し込む日の光だけが、室内全体をぼんやりと照らしている。
席がずらり並んだ、結婚式場のような大広間には、
自分達以外誰一人として見当たらず、寂しげにがらんとしている。
トレーナーハウスの一角にて、シオン達三人は大きな丸テーブルを囲み、向かい合って座った。

「必勝法がある。少なくとも、オウに対してだけは、絶対に通用する戦法だ」

シオンが言った。
椅子の上にあぐらをかいて、リュックは床に降ろしている。

「それはつまり、オウさん以外の人には通用しないかもしれない。ということですか?」

ダイヤモンドは尋ねつつ、椅子の上に正座をして、リュックサックを膝に抱えた。

「なんの話してんのか、よくわかんないけど、まあ詳しく教えてよ」

椅子を真横にし、背もたれに右肩を預けながら、女性職員は傾いて座っていた。
思えば、シオンはこの人の名前を未だ知らない。

「その前に、一つ確認しておきたい。ダイヤモンド、一週間前のバトルを思い出してくれ」

シオンはまず、ダイヤモンドと視線を合わせた。

「俺がお前とポケモンバトルをした時、闘う前からピチカはボールの外に出ていた。
 そして、そのことについて偽審判は何のツッコミも入れなかった。覚えているか?」

「はい。僕がシオンさんと出会った時からずっとピカチュウはボールの外に出っぱなしでしたし、
 オウさんもピカチュウに対しては、何かケチをつけていた記憶はありませんね」

「そうだ。そして、さっき、あなたが言ってたことですが……」

シオン、今度は女性職員に視線を送る。

「ポケモンがボールの外に出ていると、やっぱり反則になるんだ」

「うん。私もその通りだと思う。でも何で? 理由が分からんのよ」

困り顔の女性職員に、シオンは少しだけ答えを教える。

「正確には、ポケモンがボールの外に出ているだけじゃ、反則にはならないんだ。
 正確に言うと、
 ポケモンをボールの外に出した状態でバトルをすると、その時にだけ使える反則技がある、だ」

どういう反則技なのか、未だ明かさない。焦らしているのだ。

「あー、なるほど。つまり、シオンさんが言いたいのは、
 その反則技なら、相手がオウさんの場合通用する……あっ、さっきそれ、言ってましたね!」

「そういうことだ。しかも、この反則技は俺が知る中でも相当ヤバい。使わないわけにはいかないよな」

「へ? アンタ、反則使うつもりなん?」

「さらに、恐ろしいことに、この戦術は証拠が全く残らないんだ」

「いまさら”反則”を”戦術”に言い変えても駄目だから。何しでかそうとしてんのよ、一体」

不都合な意見は基本的にはスルーする。
今のシオンの視界に女性職員は映っていなかった。

「オウさんのことだから、かなり強いポケモンを使ってくるかと。
 ですから、反則でも使わないと、シオンさんには勝ち目がないんですよ」

「へえ、ハンデってわけ? ま、なんでもいいわ。それで? その”戦術”って何なの? さっさと教えなよ」

「なんで聞く側がそんなに偉そうなんだよ……」

ぶつくさ言いながらも、シオンは前のめりになって、静かに口を開いた。
二人とも、無言でテーブル中央に顔を近付け、聞き耳を立てる。

「そうだな……例えば、ピカチュウが”こうそくいどう”を使ったとする。すると、どうなる?」

「どうなるって、素早さがぐーんとあがる?」

「そう。正解だ。じゃ次に、
 その素早さがぐーんと上がったピカチュウが、さらに”こうそくいどう”を使ったら、どうなる?」

「ピカチュウの素早さがさらに上がります。一回目のと合わせて四段階も速くなるかと」

「あぁ、その通りだ。それじゃあ最後に、
 その物凄く素早さが上がったピカチュウを、ボールの中に戻したら……どうなる?」

「手の平サイズに納まる……って、そういうこと聞いてるわけじゃないか」

「元の状態に戻るわけですから、速くなっていたピカチュウは、元の素早さに戻る……あっ!」

ダイヤモンドと女性職員は、同時に声を上げ、顔を見合わせた。
その様子に、シオンは満足そうな微笑を浮かべる。

「気付いたか? そうだ、つまり……」

「そうか! ポケモンがボールの外に出ていたら、”わざ”でいくらでもステータスを上げられるんだ!
 つまり、ポケモンの能力を限界まで引き上げた状態のまま、バトルに挑むことが出来る!」

シオンが言おうとしていた台詞は、ダイヤモンドの雄叫びによって”よこどり”された。

「それだけじゃ……」

「それだけじゃない! ポケモンをボールの中に戻してしまえば、ステータスが元に戻ってしまう!
 だから、反則をしていた証拠が残らないってことじゃない、これぇ!」

シオンが言い掛けた台詞を、今度は女性職員に絶叫によって”よこどり”された。

「それ、俺が言おうと思ってたのにぃいい!!」

テーブルをバシバシ叩きながら、シオンは本気で悔しがる。
十五歳とはいえ大人げない醜態を晒した。

「……そうだよ、お前らの言った通りだ。
 ポケモンを外に出した状態で戦えるのなら、最大限までステータスを上げられるし、
 強化したポケモンも、ボールの中に戻してしまえば、俺が反則を使っていたと責められることもない。
 なんたって、証拠隠滅の完全犯罪なんだからな」

二人が分かりきっていることを、シオンがわざわざ説明し直したのは、
この”証拠隠滅の完全犯罪”という言葉を使って見たかったから、だけである。

「ちょっと待って。
 思ったんだけど、ピカチュウって”こうそくいどう”の他にステータス上げる”わざ”ってあったっけ? 
 ”つるぎのまい”も”からにこもる”も覚えないでしょ。
 攻撃力とか防御力を上げられるっていうならともかく、素早さが超ぐーんと上がったくらいじゃ、
 そんなに強くはなったとは言えないんじゃない?」

至極真っ当な意見だと思った。

「そうですよ、シオンさん。
 そのピカチュウが相手ポケモンの二倍速くなったとしても、
 二回連続で攻撃できるようになるわけじゃないんですよ。
 それに、どんなに素早さが高くても敵の攻撃が避けられるわけじゃない。
 回避率は何も変わってませんからね。
 オウさんのポケモンに勝つには、”こうそくいどう”だけじゃ無理です。絶対に」

「色々と言ってくれるなぁ。けどよ、そもそも俺のピチカ、”こうそくいどう”なんて覚えてないからな」

1、2の、ポカンとした顔になった。
人間ってここまで阿呆な顔が出来るんだなあ、とシオンは二人の表情を眺めながらしみじみ思った。
固まっていた女性職員の表情が崩れ、みるみるうちに”こわいかお”へと変化してゆく。

「ハァ!? 何それ!? そんなんで粋がってたわけ!?
 いくら面白いこと思いついたからって、出来もしない話わざわざしないでくれる?
 それってただの時間の無駄だから」

烈火の罵倒を吐き捨てられる。
しかし、シオンは涼しい顔をしていた。
無駄な話をしたと思っていないからだ。

「汚い言葉使いに、声まで荒げて……そんなんじゃモテませんよ。もっとおしとやかにした方が……」

「よけいなおせわじゃいっ!」

「結局のところどうなるんです?
 シオンさんのピカチュウはオウさんのポケモンに勝てるんですか? 勝てないんですか?」

ダイヤモンドの疑いの眼が、此方をジッとうかがうようにして見つめている。
その疑念を掃うように、シオンは強い口調で答えた。

「勝てる。お前が協力してくれれば、問題なく」

「ねえ、アンタ嘘吐いてんじゃないでしょーね?
 さっきからテキトーな思いつきをべらべら吹かしてるようにしか見えないんだけど?」

「大丈夫です。勝つ方法はちゃんと存在している。
 というか、そんなに難しい話じゃないぞ。考えればすぐに俺がしようとしている反則が分かるはず」

「何よそれ。反則ってそんな都合のいいことができるわけ? 努力もしないで勝てるだなんて……」

女性職員の投げやりな口調は、何処か苛立っている様子だった。
きっと反則に対する怒りがあるのだろう。
不必要な正義感をもってるなぁ、とシオンは内心見下した。

「ダイヤモンド。さっきさぁ、地下で俺、お前に質問したよな。”ポケモン何匹持ってるか?”って。
 アレどういう意味だと思う?」

「あっ、それそれ。493匹だっけ? あれって本当のこと?」

「それは本当のことですし、それに……
 つまりシオンさんはたくさんのポケモンの協力を必要としているんだ。
 だから僕にポケモンの数を聞いたんじゃありませんか?」

「大体当たってる。その通りだとも。だからこそ頼みがある。この通りだ」

シオンは深々と頭を下げ、丸テーブルに額をゴンと叩きつけた。
しかし、椅子の上ではあぐらをかいた状態のままであり、
あまり誠意のこもっていない、いい加減な土下座であった。

「俺に協力してくれ。お前のポケモン達の力が必要なんだ。あの偽審判をぶちのめしたいんだ。頼む」

「いや、そんな頭下げられても、反則に協力するのは抵抗があるんですけど……
 でもまぁ、シオンさんには色々とご迷惑をおかけしたようなしてないような気がしてますし……」

「手伝ってくれるのかぁ!?」

シオンはズバっと顔を上げ、期待をこめたキラキラの眼差しで、食い入るようにダイヤモンドを凝視した。

「ええっと、ですから、その……」

「ありがとう、ダイヤモンド! お前はなんて良いポケモントレーナーなんだ!
 今、死ねば、きっと天国に行けるぞぉ!」

このままだと否定される恐れがあると思い、シオンは強引に結論を下した。
過程をフッと飛ばして結果だけを得る。我ながら中々の邪悪っぷりであった。

「アンタってマジでクズよね」

「本当、助かるぞ、ダイヤモンド。
 職員さん、ここにパソコンってありますよね。あずかりシステムと繋がってる奴」

「地下にあったでしょ、見てないの? パソコン使って何する気?」

女性職員の問いに答える間もなく、シオンはリュックを拾い上げると、椅子を引きずって立ち上がる。
つられて二人も椅子から降りると、すでにシオンは地下へ向かって歩き始めていた。

「ねえ聞いてんの? アンタごときにシカトされるとか、自尊心が耐えられないんだけど?」

「そうですよ。今の内に何するのか教えてください。でないと僕、手伝えないです」

ダイヤモンドでさえ知らない答えを、自分だけが知っている。
まるで頭の賢さで勝利したかのような錯覚に陥り、シオンは少し優越感に浸った。

「じゃあ、とりあえず、”バトンタッチ”か”スキルスワップ”が使えるポケモンを用意してくれないか」

直後、シオンの後方で「アーッ!」と一人感心するダイヤモンドの声が響いた。




地下一階だけあって、窓はなく、天井に張り付いた数多の蛍光灯だけが広々とした空間を照らし出している。
室内全体を見渡すと、高さはピジョンがかろうじて羽ばたけるほど高く、
広さはポニータがなんとか走り回れるほどに広い。シオンはなんとなく学校の体育館を連想した。
しかし、土足でカーペットに踏み込むと、やっぱり旅館のロビーみたいだなあ、と思った。

階段を降りてすぐのところに、背の高いタッチパネル式のパソコンを発見した。
早速シオンは、ダイヤモンドの背を押して、ポケモンあずかりシステムとの接続をうながす。

「ポケモン呼び出すつもり? それでどうするわけ?」

「攻撃から特防まで、ピチカの全ステータスを底上げするんですよ」

「は!? どうやって!? だって、”こうそくいどう”も出来なかったんじゃ!?」

「まあ、いいから見ててくださいって。へへへ、それじゃあ頼みましたぜ、ダイヤモンドの旦那」

女性職員には目をやらず、
シオンは含み笑いをしながら、起動したパソコンディスプレイに釘付けになっていた。



ミミロップ、こうそくいどう×4、からのバトンタッチ

グレイシア、バリアー×4、からのバトンタッチ

リーフィア、つるぎのまい×4、からのバトンタッチ

エテボース、わるだくみ×4、からのバトンタッチ

フワライド、ドわすれ×4、からのバトンタッチ

フワンテ、きあいだめ、からのバトンタッチ

シオンのピチカ、特に何もしない



ふかふかの床が珍しいのか、ダイヤモンドがパソコンから呼び出したポケモンが六匹、
室内を駆けまわっている。
鳴き声の飛び交う喧騒の中で、シオン達三人はピチカを囲んで見下ろしていた。

「こんなことが出来てしまうなんて……」

女性職員が瞠目している。
バトンタッチは、ポケモンと交代すると同時に、その交代したポケモンに能力変化を引き継がせる”わざ”。
よってピチカは今、攻撃、防御、素早さ、特攻、特防、急所に当てる確率、その全てがパワーアップした
至高のポケモンとなったのである。
自慢の相棒を眺めながら、ふと、シオンは不思議に思った。

「ピチカ。お前、本当に強くなったんだよな?」

六匹の連携により十二分に強化されているにも関わらず、ピチカの姿には全く変化がなかった。
攻撃力も防御力も上がったのだから、
ピチカの全身がバッキバキの筋肉質になって血管が浮き彫りになるんじゃないかと冷や冷やしていたのに、
もしくはス○パーサ○ヤ人2みたいに時折全身から電流が迸ったりするんじゃないかとワクワクしていたのに、
実際にパワーアップしたピチカは、
トレーナーであるシオンでさえ、パワーアップ前のピチカと見分けがつかないでいた。

「まぁ、よく考えてみりゃあ、レベル1もレベル100もポケモンの外見って変わらないよな。
 進化でもしない限り」

「いや〜、それにしても、ほほぉ〜。この反則はよく出来ていますね〜」

ダイヤモンドが感嘆の息を漏らす。どことなく親父臭い感心の仕方だと思った。

「オウさんの眼はHPとLVが見える。
 そしてステータスを上げるわざの中に、HPとLVを上げるわざだけは存在していない。
 いや〜、ほんと上手いこと出来てますねぇ。ピカチュウの見た目も変わってませんし、
 この反則なら、いくらオウさんでも、すぐには気付かないでしょう」

シオンはダイヤモンドが言っている、
”HPとLVが目で見える”というのがイマイチ納得できないでいた。

「あのさぁ、おかしくない?」

入った横槍に視線を返すと、女性職員の害虫でも見るような眼つきがシオンを向いていた。

「今さ、六回バトンタッチを使ってた。ってことはダイヤモンド、君、ポケモンを七匹持ってたことにならない?
 そもそも何で、
 ダイヤモンドのポケモンのバトンタッチをアンタのピカチュウが受け取ってんのよ?」

一拍の間。
シオンはわざとらしく、「はぁ〜」、と呆れ返ったような大きなため息を吐く。

「何を今更、そんなしょうもないこと。俺は今、反則してるんですぜ。
 その程度のトレーナー違反、構うこたぁありませんよ」

シオンは、むしろ偉そうに威張るような感じで言ってのけた。
腑に落ちなかったのか女性職員は、まるで『伝説厨』でも見るような蔑んだ眼つきで凄んできたが、
シオンは全く気にならなかった。

「それで、シオンさん。次、僕はどのポケモンを呼び出したらよろしいですか?」

「そこなんだよなぁ、実は何にするか未だ決まってないんだよ、これが」

「次? ……あ、分かった、アンタ、このコの”とくせい”変えちゃうつもりでしょ?
 さっき”バトンタッチ”と”スキルスワップ”がどーのこーのって言ってたし」

「そのとーりです。問題は何の”とくせい”にするべきか。
 LV100のミュウツーでも一方的にボコボコにできるような強い”とくせい”があればいいんだけれども……」

シオンは担いでいたリュックの底から、辞書のように分厚いポケモンの攻略本を取り出すと、
その場であぐらをかき、おもむろにパラパラと読み始める。

「うーん……おっ、この”らんきりゅう”ってのが強そうだぞ。
 ダイヤモンド、メガレックウザとかいうポケモンって持ってるか?」

「持ってるワケないです。そんな七文字のポケモンなんて」

「じゃあ、メガガルーラは? ”おやこあい”とかスキルスワップしたら強そうだ」

「ガルーラなら持ってますけど……それ本当にポケモンですか?」

「確かに、なんか胡散臭いな、この攻略本。パチモンか? パチモン図鑑なのか?」

「ねえ、”ばかぢから”、なんてどおよ? マリルリとかすっげー強いよ」

「いやいや、ピチカの10まんボルトは特殊攻撃だ。特攻二倍にするんだったら、考えてやってもいいけど」

「マルチスケイル、のろわれボディ、てきおうりょく、ちからもち、普通に”せいでんき”も強いですよね」

シオンが悶々と悩んでいると、ふいに、女性職員の顔が目の前にあった。

「ねえ、その攻略本、ちょっと貸しなさいよ」

「えー。じゃあ、職員さん、名前教えて下さいよ」

「じゃあいいわ。いらない」

「えー。名前言いたくないのかよ。わけわからん。
 わけもわからず自分を攻撃したくなるくらいわけわからん」

ふわっとシオンから離れていく女性職員、今度はダイヤモンドの前へ出る。

「ね、ダイヤモンド」

「しょ、初対面なのに呼び捨てにするの止めて下さいよ。ドキッとするじゃないですか」

「アンタ、カイオーガとか持ってない? ”あめふらし”とか結構イケると思うんだけど」

「持ってるワケありません。そんな、伝説のポケモンですよ」

「だって君、ディアルガ持ってんじゃない?」

「そうですけど、でも伝説のポケモンですよ。持ってても二匹か三匹でしょ、普通」

さも当然のように言ってのけたその態度に腹が立ち、シオンはたまらずブチギレた。

「お前、何言ってんだよ!
 トレーナー一人につき伝説のポケモン三匹って、そりゃもう伝説とは言わねえよ!」

「そういえばそうですね。おっかしいな、ディアルガもパルキアも結構簡単にゲットできたんだけどなぁ……」

(じゃあ伝説のポケモンを一匹すら捕まえられない俺は無能なのか?)
言い返したい気持ちをシオンは、”ばんのうごな”のようにグッと呑みこんだ。
自分の中の劣等感から全力で眼をそらし、変わりに攻略本の解説を食い入るように見つめる。

「この際、ピカチュウでバトルするの止めてさぁ。
 ”つのドリル”とか覚えてるポケモンを”ノーガード”とかにしたらイケんじゃない?」

「俺はピチカしか持ってないんだ。ってか、その作戦だと、自分よりレベルの高いポケモン、倒せないぞ」

女性職員に呆れた直後、ダイヤモンドがシオンの怒りを煽る。

「職員さん知ってますか? シオンさんって、これだけ僕のポケモンに協力させておいて、
 僕のポケモンでオウさんとバトルするのは嫌って言うんですよ。面倒臭いこだわりですよねー」

「うっせー! あの男をアフンッと言わせるには俺のピチカで勝たないと駄目なんだよ!」

「じゃあ早く、ピカチュウの”とくせい”、選んで下さいよ」

またもや”がまん”が解かれて”いかり”が”だいばくはつ”しそうになるも、
なんとか”こらえる”して冷静に対応した。

「思ったんだがよぉ、一番強い”とくせい”っていったら、やっぱ”ふしぎなまもり”じゃないか?」

「でも、”ふしぎなまもり”ってスキルスワップできないんじゃなかったっけ?」

「そうですね。スキルスワップは出来ません。けど、とくせいの入れ替えなら出来ますよ。
 回りくどい方法になりますけど」

「……いや、駄目だ。駄目だ、駄目だっ。こんな程度の”とくせい”じゃあっ!」

突然、シオンは攻略本を投げ捨て、頭を強くかきむしる。

本気のポケモンバトルが始めようというのに、人生を賭けた戦いに挑もうというのに、
ダラダラと駄弁を続けている自分に気付き、シオンは発作的に自分への怒りが爆発した。
今は、悠長に雑談を交わしている場合ではない。

「何、荒れてんの? 情緒不安定なの? さっさと決めればいいのに。優柔不断すぎじゃない、アンタ?」

言いながら、女性職員は攻略本を拾い上げ、ページをパラパラめくり始める。

「もしもさぁ〜、もしもオウが”アルセウス”でも使ってきたらって思うと、
 この程度の反則じゃ勝てないと思うんだよ、俺は」

「それなら大丈夫ですよ。アルセウスなら僕が……」

「そんな架空のポケモンいるわけないでしょ! アハハハ、馬鹿みたい!
 ひょっとしてアンタ、絶対に勝利出来るって確信がなかったらバトルしに行けないわけ?」

「なにおう!」

咄嗟に怒鳴ってはみたものの、
図星を突かれたような気がして、シオンの心は動揺していた。

「ただでさえズルして強くなろうとしてるようなアンタが、
 戦う前から敵にビビってるとか情けなさすぎ。
 ”とくせい”が二つでも付かなくっちゃ、バトルしたくないわけ?」

「なにふざけたこ……それだぁっ!」

何気ない余計な一言が、シオンの脳髄で閃きを起こす。
たった今、自分で、思いついたばかりのアイディア。それはとてつもなく素晴らしいものなのだと、
思ってしまわずにはいられない。
素早く立ち上がり、パソコンの前に踊り出ると、
シオンは勝手に預かりシステムをいじくり、ダイヤモンドのポケモンを呼び出した。



サンダース、”でんじふゆう”を使用

サンダース、”バトンタッチ”でピチカと交代

ピチカ、”でんじふゆう”状態のまま、待機

ダイヤモンド、モンスターボールから、ミミロル、ヌケニン、サンダースの三匹を繰り出す。

ミミロル、サンダースに”なかまづくり”
(なかまづくり……相手のとくせいを自分と同じとくせいに変える。)

ヌケニン、”ものまね”
(この時ダイヤモンドは、ポケモンのすばやさに関係なく、
 ミミロル→ヌケニン、の順番で”わざ”を使ってもらった。)

よってヌケニン、一時的に”なかまづくり”を覚える
(ものまね……相手が最後に使ったわざを戦闘の間、自分のわざにすることが出来る)

ヌケニン、ピチカに”なかまづくり”

ピチカ(でんじふゆう)、”とくせい””せいでんき”から→”ふしぎなまもり”へ

〈ふしぎなまもり……効果抜群以外のわざではダメ−ジを受けない〉
〈でんじふゆう……5ターンの間、地面タイプのわざが当たらなくなる〉
〈でんきタイプのピチカ……地面タイプ以外に弱点はない〉



「どうだっ! この無敵になったピチカ様なら、
 ”ゴールド”の”ホウオウ”が相手だろうと負ける気がしねえっぜええ!」

有頂天になって雄叫びをあげる。
人生における全ての悩みごとが解決したとさえ思える気持ちの昂りっぷりだった。

「あのですねぇ、シオンさん。そのピカチュウの姿、よーく見てみてくださいよ」

ダイヤモンドだった。
言われて見るも、相変わらずピチカの姿に変わった様子はどこにもない。
ただしピチカの肉体はシオンの腰の辺りの高さにあった。
”でんじふゆう”の効果で、宙にふよふよと浮かんでいるのだ。

「おかしいでしょ、こんな”そらをとぶピカチュウ”! 明らかに不自然ですもん!
 何かを仕掛けてる、って一目瞭然ですよ!
 こんな怪しいポケモンとのこのこ対戦するほどオウさんは浅はかではありませんよ!」

「……そういえばそうだな」

ダイヤモンドの正論を前に、シオンは何も言い返せなかった。
ピカチュウが宙に浮いていれば怪しい。
そんな当たり前のことにも気付けなかったのは、ピチカを強くすることばかりにとらわれ、
それ以外の全てを視野の外へと放りだしてしまってたからだ。
不覚だった。

「そもそもこのピカチュウ、どんなタイプの攻撃も無効化しちゃうじゃないですか」

「そうだ、よくぞ気付いた。つまりピチカは無敵のポケモンになったのさ。俺はもうしんぼうたまらんぞぉ」

「さっきも言いましたけど、オウさんは、HPの量が視えるんです。
 ピカチュウにダメージを与えられないとバレてしまったら、
 即座にバトルを中断して、シオンさんの反則を暴こうとするはずです」

「あぁ……マジでか。でも確かに、何か反則をしていると勘付かれるだけでも不味いな」

強くなり過ぎれば反則が露見し、弱過ぎれば負ける。
ここにきて反則の奥深さが壁となって立ちはだかる。
強いポケモンを倒す方法ばかりに頭がいってしまい、
オウというトレーナーを出し抜く考慮を完全に忘れてしまっていた。己の未熟さをしみじみ痛感する。

「まったく、アンタってホント、小学生向けライトノベルみたいなことばっかり言いだすんだから、もー。
 そんなあからさまな馬鹿戦法で、凄いとか天才とか驚いてくれる人がいるとでもおもったの?
 現実と漫画との区別くらいつけときなさい、このカス人間っ」

「……か、かすにんげん……?」

しかし、シオンの心はくじけなかった。歯を食いしばり、かろうじて涙をこらえた。
この程度の罵倒で、この程度の不快感で、歩みを止めるわけにはいかない。

「一度やって上手くいかなかったのなら、今度は別の方法で試せばいいだけの話だ」

二人に背を向け、勢いよく歩き出し、シオンは再び、パソコンの画面と向き合った。
何度でも挑戦してやろうという強い意志がシオンの胸中で燃え盛っている。

「あのぉ、シオンさん。さっきも思ったんですけど、
 勝手に僕のポケモン、取り出さないでもらいたいのですが……」

言ってる途中であきらめたのか、ダイヤモンドの言葉が尻すぼみになって消えて行く。
既にパソコンの操作を始めているシオンの耳に、少年の願いが届くことはなかった。



テッカニン、かげぶんしん、バトンタッチ

サンダース、でんじふゆう、バトンタッチ

シャワーズ、とける、バトンタッチ

フローゼル、アクアリング、バトンタッチ

イーブイ、みがわり、バトンタッチ

ピチカ、あられもない姿になる



真夏に放置したおいたチョコレートのようにドロドロとなったピチカは、
数十匹のクローンを引き連れ、
いずれも宙にふよふよ浮んだまま、
”みがわり人形”を抱き抱えている。
あ、こりゃ駄目だ、と思った。
隣にいる二人の、”ものすごいバカ”でも見るような軽蔑の視線が痛い。

「もう、ポケモンの原型、保ってないじゃないですか!」

「いっ……いや、んなことねえよ。なあ、ピチカ!」

「「「「「「「「「「――チュー!」」」」」」」」」」

声にエコーがかかったかの如く、ピチカの鳴き声は一度にたくさん聞こえた。
無論、それらは、シオンの目の前で飛行する肉体の溶けかかった生物の大群から発せられたものである。

「なっ。返事もしたし、ピチカだって分かるだろ?」

「そういう問題じゃないです!」

「そ、そんなぁ……」

シオンはわざとらしく肩をすくめて、大袈裟にがっくりとうなだれる。
決して本気で落ち込んだわけではない。
ただ、ピチカの姿が変わり過ぎてしまう、というあからさまな失敗が、
シオンが真剣に取り組んだ結果だった、と知られたくなかったのだ。
それなら二人に、ふざけてやったミスだと思われた方がマシだった。

「私は困らないから別にいいけど、アンタ真面目にやる気あんの?」

「真面目にやってる奴が反則するってのもどうかと思うんだが……とにかく!
 俺は先に色んな”わざ”を試しておこうって思ったの! 分かったか?」

誤魔化すように喋りながら、シオンはモンスターボールに手をかける。
あまりにも気味が悪いので、一度ピチカをボールの中に戻し、再び元の姿に戻ってもらった。

「とにかくシオンさん。ピカチュウに何かしてる、って気付かれたら、お終いなんです!
 なので、見た目の変化がないよう!
 それとHPも見えてるので、回復もしないようにお願いします!
 って、なんで僕が反則なんかに必死になっているんですか!?」

「それ俺に聞くなよ」

それから、あーでもない、こーでもない、と言い合って、およそ二時間。

ありとあらゆる試行錯誤を繰り返し、
何度も何度もピチカを別の生物へと転生させ、
「それはバレます」「これもバレます」とダイヤモンドに否定され続け、
いつしか、シオンの瞳から生気の光が失われていった。

まるで安月給の労働を半強制的に押しつけられている気分。
これが生き地獄か、と思った。

終わりの見えない生体実験、
徐々にやせこけていく三人の頬、
自ら実験されに来るどこか楽しげなピチカ、
新たなわざを試す度、少しずつ増えるダイヤモンドのポケモン達。
気がつくと、地下一階はサファリゾーンと化していた。
疲労と鳴き声と獣の臭いの中、いよいよ、その時が訪れる。



ミミロップ、こうそくいどう×4、からのバトンタッチ

グレイシア、バリアー×4、からのバトンタッチ

リーフィア、つるぎのまい×4、からのバトンタッチ

エテボース、わるだくみ×4、からのバトンタッチ

フワライド、ドわすれ×4、からのバトンタッチ

フワンテ、きあいだめ、からのバトンタッチ

シオンのピチカ、全てのステータスが底上げされ、それから……

カクレオン、ピチカとスキルスワップ。
ピチカ、とくせい”へんしょく”に。

イシツブテLV1、ピチカにマグニチュード。

ピチカ、地面タイプに変わる。
その後、きずぐすりで全回復。

カクレオン、イシツブテとスキルスワップ。

カクレオン、ピチカとスキルスワップ。
ピチカ、とくせい”がんじょう”に。



「メガゲンシピカチュウ、爆・誕!」

シオンは高らか叫びながら、アーボックの胸の模様にも似た笑顔を浮かべた。
ピチカは、全てのステータスが底上げされた上に、地面タイプと化し、とくせいも”がんじょう”に変わってしまった。
しかし、それこそがダイヤモンドも認める、オウにバレることのないであろう最強の反則ピカチュウなのであった。

「それにしても最っ低な反則。まともなトレーナーが見たら発狂もんだわ」

先程まで自らシオンに協力していた女性職員の言える台詞ではなかった。

「反則とは言えば聞こえは悪いけどさ。
 でも俺が思うに反則ってのは、正々堂々を捨て、罪悪感を捨て、リスクを背負う、
 っていう犠牲と覚悟の元に成り立つ強さなんだ。
 確かに、今、ここにいるピチカは反則の強化をしているわけだが、
 見方を変えると、これもある意味努力の賜物なんですよ」

「……ハァ?」

出し抜けに、女性職員の真顔が、嫌悪にまみれた表情へと変貌を遂げた。

「アンタって、本っっっっ当にクズね。悪党に限って綺麗言並べて着飾んのよ。
 そうやって悪行を美談にすり替えちゃえば、罪悪感感じなくて済むわけだからね」

強気で、責めるような口調で、声を荒げて、そして頬にはほんのり紅が差している。
じょせいしょくいんは なんだか キレそうだ。

「……あー、そうですね。すみません、
 今、調子にのってるもんだからちょっとおかしなことを言ってしまった。これは反省しないとな」

シオンは、気色の悪い”てへぺろ”を用い、素直に謝る振りをしてみせた。
ここで謝罪でもしなければ、女性職員との言い合いが徐々にエスカレートしていき、
最終的に色々と面倒臭い罵り合いへと発展しそうだ、と予測したからだ。
当然、反省する気持ちは微塵もない。

「本当は、このピカチュウに”シュカのみ”でも食べさせてあげれればよかったんですけど……」

つと、ダイヤモンドが言い掛ける。

「お前、んな珍しいもん持ってんのか?」

「生憎、使ってしまってもう持ってないんです。
 それさえあれば、地面タイプのダメージを一度だけ半減できたんですけど」

「なるほど、だから地面タイプに”へんしょく”か。
 その様子だと、水とか草とかを半減する木の実も、持ってないんじゃないか?」

「すみません。お力になれず」

「何を言う。これだけ協力してくれて、謝るはないだろ。
 俺だって、丁度、フレショからプラスパワーでもくすねてこりゃあよかったって思ってたところなんだぞ。
 まあ、「つかっても こうかがないよ」、とか謎の声に言われるんだろうけどな」

半笑いを浮かべながら、シオンが何気なく振り返ると、
色とりどりのポケモン達が奇声を上げながら運動会をしていた。
走ったり、羽ばたいたり、火を吹いたりしていて、自分も混ざりたいくらい楽しそうに見える。
数えて見ると、およそ三十匹。もはや六匹までしか連れていけないという制限など知ったことではない。

ポケモンボックスを覗いたら、こんな感じの世界があるのだろうか。
十匹十色のはしゃぎようを眺めながら、ふと、シオンは思い出した。

「なあ、ダイヤモンド。さっきから思ってたんだが……俺達が今、ピチカに使った反則、
 ひょっとしてお前も同じことやった覚えがあるんじゃないか?」

「……つまり、この反則を僕が使ったと?」

ダイヤモンドは純粋に不思議がっている様子だった。
女性職員とは違い、反則に対して殺意を抱かないあたり、
人間として出来てるなー、と勝手ながらシオンは思った。

「自分で言うのもアレなんですけど、僕って結構強いトレーナーなんですよ。それなのに反則、ですか?」

「ああ、強いのは解ってる。けど、おかしいんだよ。
 493匹もポケモンを持っているとはいえ、
 俺の要望に応えられるようなポケモンをそんなにたくさん持ってるなんて、
 いくらなんでも都合良すぎじゃないか。

 例えば、攻撃力を上げるわざとバトンタッチを覚えているポケモンが一匹だけもってる、
 それくらいだったら俺は気にはしない。
 けどお前は、防御力を上げる技とバトンタッチを覚えているポケモンも、
 素早さを上げる技とバトンタッチを覚えているポケモンまで持っていやがった。
 それって都合よすぎじゃないか?

 お前がそういうポケモンを持っていたのが偶然だとは思えない。
 だから思ったんだ。
 もし、お前が俺のピチカに施した反則と全く同じ反則を、
 昔にやったことがあるっていうなら、辻褄が合う、ってな」

「長い。何言ってんのかわかんない。もっと短くまとめて」

「だーかーらー、ポケモンの種類とか、”とくせい”とか、覚えている”わざ”とか、
 それらの組み合わせとかも考えると、たぶん何百万通りもあると思うんだよ。
 それなのに、たった493匹の中に俺の求めている”とくせい”や”わざ”を覚えたポケモンが
 何十匹も見つかるなんて偶然にしちゃあ出来過ぎてる……という話だ」

「ふんふん、確かに。私もちょっと気になってたんだ、
 バトンタッチやスキルスワップを覚えたポケモンがいくらなんでも多すぎるなあ、って。
 もっと他のわざ、覚えさせてもいいのに」

期待を秘めた二人の視線がダイヤモンドに集中する。
しかし、どこか余裕のあるダイヤモンドの童顔は、
とても追い詰められている者の表情ではなかった。

「深く考えすぎですよシオンさん。ほら、”わざマシン”とかあるじゃないですか」

「覚えている”わざ”くらい自由に書き換えられるって言いたいのか?
 でもお前、わざマシンなんて、いつ使った?」

「それに、”わざおしえマニア”とか、”わすれオヤジ”とかいますよね? アレですよ、アレ」

「アレ? アレって……お前っ、まさか!」

一瞬、息をするのを忘れた。
シオンは、在り得るはずのない答えを考えてついてしまう。

もしかして、ダイヤモンドは、
わざおしえマニアや、わすれオヤジと同じように、
ポケモンのわざを、覚えさせたり忘れさせたりする”能力”があるのではないか?

――いや、そんなはずはない。そんなことが出来るトレーナーがいていいはずがない。
もしそれが真実だとしたら、
もはやシオン程度の力量でポケモンマスターになんてなれる道理がなくなってしまう。

「ああ、アレか。なるほど、アレね、ふーん」

内心では驚愕の嵐が吹き荒れていたものの、シオンはまるで大して興味がない体を装ってみせた。
信じたくない。
これ以上追及したところで、知りたくなかった現実が一つ増えるだけではないか。
結局シオンは何も聞き出さないまま、ただ茫然とダイヤモンドの帽子を眺めているのだった。



「それで、シオンさん。どこでやります?」

周囲に散らばったポケモン達をボールに戻しながら、ダイヤモンドが問いかける。
シオンはパワーアップしたピチカを肩に乗せ、リュックに腕をとおしながら、答えた。

「人目のないところがいいな。偽審判は騙せても、ギャラリーがピチカの反則を見破ったらオシマイだ」

「なるほど。平日の昼間ですし、誰もいない所なんて、すぐに見つかりそうですね」

「せっかくだから見晴らしのいいところでやろう。偽審判が一体どこから現れるのか、気になるからな」

しばらくして、全てのポケモンをボールに戻し、ダイヤモンドはパソコンの電源を切る。
全ての準備が整った。後は戦って勝つだけだ。

「そろそろ出発しようと思うんだけど、その前に職員さん。一つ、頼みがある」

今一度、スーツをビシッと着こなす女性職員を見直すと、
意外とスタイルがいい……というわけでもないことを知り、シオンは内心驚いた。
思っていたよりキリッとしていない。ボテっとしている。

「俺がピチカに反則使ったってこと、誰にも言わないでもらえませんか?」

御団子ヘアーがふわりと揺れる。
女性職員は、シオンの頼みを鼻で笑った。

「もし私が誰かに言いふらしたら? どうする?」

「しばらくの間、おとなしくてもらいますよ。僕のディアルガで……ね」

紫色のボールを構え、ダイヤモンドは静かに囁く。
途端に、女性職員は口元と腹を左右の手で押さえ出した。

「ブッ、フフフフフッ! かっ、可愛い! 何、その台詞? キモ可愛い! 何のアニメの影響うけたの?」

カーッと、ダイヤモンドの顔と耳に朱が差していく。
恥ずかしがっているのか、それともまさか惚れたのか。

「まあ、いいわ。アンタ達の行動を止めない地点で私も共犯者になるわけだし。それに……」

うつむいて、クスッ、と不気味な笑みをこぼして、こう続けた。

「それに、アンタの弱みを握っていれば、そのうち何かに利用できるかもしれないしね」

小悪魔というより、悪魔。



「では、職員さん。どうもありがとうございました」

頭を下げて礼を述べるダイヤモンド。もはやシオンの保護者的存在と化していた。
当のシオンには感謝の気持ちは微塵もなく、オウをぶちのめすイメージで脳味噌がいっぱいになっていた。

「バトル終わったら、報告してくんない? 勝敗、気になるし」

「気が向いたら、また来ますよ。ほんじゃあ行っか、ピチカ!」

――チュウウォォオオオオオ!

パワーアップしすぎたせいか、ピチカが今までにない奇声を上げているような気がしたが、
ここまで来て引き返すわけにもいかないので、シオンは何も聞かなかったことにした。

「行ってきます!」

「また来なよ。ただでさえ客、減ってるんだから」

「今日こそ、偽審判の首ぃ、獲ってやるぜぇ!」

――チュウウォォオオオオオ!

そんなこんなで、二人と一匹はトレーナーハウスを去って行くのであった。



等間隔でずらりと並んだ緑の屋根と緑の街路樹。
トキワの街並みを闊歩しながら、シオンは不安に襲われていた。

もし、この反則を使っても勝てなかったら。
もし、この反則がバレてしまったら。
もし、オウが負けを認めず、駄々をこねて、二回戦を申し込んで来たりしたら。

ダイヤモンドが付いているというのに、
これから宿敵を倒せるかもしれないというのに、シオンの表情に陰りがさす。
勝てないかもしれないという不安と、負けるかもしれないという緊張感に、
シオンの心は今にも押し潰されそうだった。
こんな精神状態では、恐らく、まともなバトルすら出来ない。
今の内に不安要素を排除しておこう。そう決めた。

「なあ、ダイヤモンド」

何の前触れもなく、シオンは振り返る。
ダイヤモンドと目が合った。

「お前さ、”でんきだま”って、何個持ってる?」

シオンは今、悪い顔をしていた。







つづく







あとがき

今回出てきたシオンの反則は、
攻略本とか攻略サイトとかを見ながら書いたんですけど、
間違ってるところとか、矛盾してるツッコミどころとかが、いっぱい転がってるんじゃないかなあ、
という気がしております。
あしからず。

ゲーム内で、このメガゲンシピカチュウ(?)を作ったとしても、
LV20のポケモンがLV50越えのポケモンに勝つのはさすがに無理かなぁ……とか思っております。
実際にゲームでやったらどうなるのか、さっぱりわかっておりません。
あしからず。

次でラストです。
ありがとうございました。


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー