Appendix 0:
以下は、かつてカロス地方ミアレシティ第六支局に在籍していたアレクシア・レンフロ主任研究員が提起した、案件#142790に関する仮説の一つです。
仮説0:子供たちが見ているものが真実であり、置き換えられているのは我々の記憶である
端的に言い表すなら、この仮説は案件報告書の本文に記載した仮説3を反転させたものです。対象が見たという「携帯獣のいない街」こそが言わば真の姿であり、何らかの理由によって我々――携帯獣の存在を知覚できる者すべての記憶が入れ替えられているという可能性を提起するものです。
この仮説では、通常我々が目にしている携帯獣は実在せず、それに付随するすべての情報や物体は存在しないという立場を取ります。我々は本来存在しないものと共に暮らしているという、ある種の集団催眠に掛かった状態にあるというものです。正確には、催眠によって偽装された知覚をほぼすべての人間が共有していると言うべきです。その催眠が一時的に外れたのが、携帯獣のいない風景を目にしたという子供たちということです。
仮説の立証は困難か、または不可能です。一般的な論証法において、携帯獣は間違いなく実在しているとせざるを得ず、存在しないという結論を導き出すことはできません。しかしながら、入力となる我々の「認知」及び「記憶」そのものが歪められている、即ち「携帯獣は実在する」という無意識の前提が我々すべてに存在している場合、あらゆる論証法は脆弱な根拠しか持ちえず、適切な解を得ることは不可能になります。
もしこの仮説が正しい場合、実在しないものは携帯獣のみであると判断することは極めて困難です。我々の記憶/認知そのものが信頼できない以上、すべての存在の実在を疑わざるを得ません。先述した通りこの仮説は検証することができませんが、反証もまた不可能に近いと言えます。
アレクシア主任研究員はこの仮説を提出して数日後、案件管理局を退職しています。現在の所在については不明です。