マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1302] #02 ベッドタウンは今日も曇天 投稿者:   《URL》   投稿日:2015/05/24(Sun) 20:22:11   30clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

雲の多い空。この季節は、大体こんな天候が続く。たまに晴れたかと思うと、午後になったらどんより曇ってたりする。

でもそうは言っても、雲一つないかんかん照りのお日様さんさんすっきり快晴って天候が、いつもいつでも最高ってわけじゃない。これくらい曖昧な天候の方が、日焼けもしないし、汗だって少なくなるし、面倒くさくなくていい。

何かこう、あれだ。物事をすっぱり一個の方向に倒してしまうのは、いろいろと面倒くさいことが多いのだ。すっぱり行った方がその時は気持ちいいかも知れないけど、後からごちゃごちゃして面倒になるのだ。

 「なんかテレビ観た? 昨日とか」
 「ううん、あんまり。エヌエッチケーのニュースだけ見て、それから消した」

空模様はもういいや。隣にいるのはネネだ。これもいつも通りの光景の一つ。

あたしの家とネネの家は離れてるから、待ち合わせして一緒に学校へ行くってことはほとんど無い。その代わり、通学路の途中で会ってそこから並んで行くってパターンが多い。ネネの方が学校から遠かったから、あたしよりも早めに家を出てるはずだ。この学校は、校区が結構広い。端から端まで入れると、一駅分くらいはあったはずだ。

 「ふーん。じゃ、何してたの?」
 「ネネはねー、凛さんといっしょに本読んでた」
 「えっ、本?」
 「絵本じゃなくて、普通の、文字の多い本」
 「そりゃいくらネネだからって、絵本は読まないでしょうよ。もう中学生なんだし」
 「けど、ネネ絵本も好き。『となりのせきのますだくん』とか」
 「あー、あの怪獣みたいな子が表紙になってるやつ」

だいたい想像が付くと思うけど、ネネはあんまり本とかは読まない。もちろん勉強のために教科書を読むのはあるけど、自分から進んで小説とかラノベとかを読むタイプじゃない。こないだあたしが図書室で借りて読んでた「イリヤの空、UFOの夏」を読ませてみたら、数ページで「もういい」って返してきたくらいだ。だから、ネネが「本を読んでた」ってのが、あたしにとっては結構意外だった。

 「ネネが本読むなんて、珍しいじゃん」
 「凛さんがね、ネネも本読んだ方がいいって言ってた」
 「そりゃま、読まないより読んだ方がいいけど。何読んでるの?」
 「うーん。えーっと、『霧のむこうのふしぎな町』って本」
 「あー、なんかそれあたしも聞いたことある。小四の時に読まされた、課題図書で」
 「おもしろいから、うちに帰ってから続き読む」

なんかこう、女の子が夏休みに旅行するんだけど、「不思議の国のアリス」かよってくらい変な人ばっか出てきて、読みながら「こんな変な人いないよ」って突っ込んでばっかだった。他の内容はほっとんど覚えてない。最後どんな結末だったかも忘れた。けど、ネネは面白いらしい。ネネの好みはよく分かんない。

とかなんとかやってたら、横から人影が。

 「おーっす、さっちーにねね子」
 「おはよ、ケイ」
 「ケイちゃんおはよー」
 「よぉねね子。ねね子は今日もちび助だな」

ケイだ。同じクラスの同級生。あたしやネネとよくつるんで、しょうもない話をしたりお弁当を一緒に食べたりしている。ごくごくふつーの友達だって思ってくれればいい。細かいことは置いといて、まあそういうことだ。ネネの髪の毛をわしゃわしゃぐじぐじやりながら、ケイがからりとした笑顔を見せる。

 「毎朝ぎゅーにゅー飲んでるけど、ぜんぜん背のびない」
 「牛乳飲むのはいいけどよ、ウチみたいにぐんぐん伸びたらそれはそれで面倒くさいぞ」
 「ネネ、ケイちゃんみたいにおっきくなりたい」
 「背が高くていいことなんてそんなにねーって。ま、ねね子が大きくなるなんて想像も付かねーけどな」

ちょっとだけ補足しておこう。ケイは、名字まで入れた名前を「五十嵐恵(いがらし・けい)」という。五十嵐、っていうなんか強そうな名字に負けない感じのぐいぐいキャラで、あとあたしよりも髪が長くてそこは女子っぽいんだけど、見てもらったら分かる通り口調がすごい男子っぽい。一人称が「ウチ」なのが、かろうじて女子っぽいと言うか。

あとはアレだ。いつも日に焼けて肌が真っ黒なのも、そういう印象を与えてるような気がする。なんで日焼けしてんのかっていうと、別に遊んでるわけじゃなくて、もっとマトモな理由がちゃんとある。

 「ケイー、朝練無かったの?」
 「今日はナシになったんだよなー。顧問が来れねーとかで。ウチ朝走らないとエンジン掛かんないんだよな」
 「えー。朝からグラウンド走るとか、考えただけでマジ鬱になるんだけど」
 「分かってねーなー。朝は体動かした方がいいんだぞ」

ケイは陸上部に入っている。元々体を動かすのがすごい好きで、さすがに最近はやらなくなったけど、小学生の頃は男子と一緒にあっちこっちを走り回って、イワヤマトンネルまで探検に行ったりしてたらしい。そこでイシツブテと殴り合ったとか、かなり無茶な話を聞かせてもらった。てか、無茶すぎるよ、イシツブテと殴り合いは。

陸上部でも結構よくできるみたいで、先輩とかと一緒に練習してるのをちょくちょく見かける。そう言うあたしは何にも入ってない。しいて言うなら帰宅部。さっきは小学校のときの話だったけど、もっと前から運動は得意だったみたいで、体育でも何やっても大体あたしよりうまい。あたしは体育嫌いだし運動苦手だしで、とりあえず平均よりちょっと下ぐらいが精一杯だ。どうやってもケイみたいには行かない。

だからあたしは、ケイのことがうらやましい。ケイみたいな運動神経がほしいと思う。

 「そう言えば、ここ来る途中にまたラジオ塔の近くに人集まってたな」
 「あー知ってる。なんかまた変なものが落っこちてきたって。局の人が集まってなんかわちゃわちゃやってた」
 「大変だよな、わけわかんないものあったらすぐ呼ばれるんだから。ウチも一回呼んだことあるけどよ」
 「どういうので呼んだの?」
 「えーっと、ギギギギーってすっげー嫌な声で鳴くヤバそうなコラッタがいてさ、捕まえてもらった。ラジオ塔の近くで」
 「何それ気色悪い。何か変な幽霊でも取り付いてんじゃないのそれ。ラジオ塔の近くだし。だいたいあのラジオ塔って、ポケモンのお墓あったとこ壊して作ったやつでしょ?」

紫苑市はそんなに広くない、どっちかって言うと狭い町だけど、どういうわけかでっかいラジオ塔があって、結構遠くからでもラジオを聞くことができる。最近はインターネットのラジオも始めて、パソコンとかスマホとかでも聴けるようになったみたいだ。まあ、科学の進歩はすごいんだ、とにかく。

あのラジオ塔ができる前は、あたしがまだ幼稚園とかの時だったからよく覚えてないけど、死んだポケモンのお墓がずらーっと並んだ、七階だか八階だかの、今のラジオ塔よりちょっと低いくらいの別の塔が立ってたらしい。その名も「ポケモンタワー」。ひねれよ、って突っ込みたくなる。なんかこう、ポケモンの霊を慰霊するとか、そういう目的で作られたらしいけど、まあ辛気臭いし不気味だしってことで、そんなのじゃなくてもっとマトモなものを建てろって人が集まって、それでラジオ塔に建て直されたって寸法だ。

あたしもその気持ちは分からないわけじゃない。昔死んだ人のことより、今生きてる人のことの方が大事だっていうのは、なんか、うんそうだねって言いそうになる。

 「ポケモンタワーだっけ? んなもん無い方がいいに決まってんじゃん」

ただ、なんか、こう。

 「ポケモンの霊なんか慰めてるより、音楽の一つでも流してた方がぜってーいいって。ただでさえ葬式ん時みたいに静かなトコなんだから、ココは」

紫苑市は静かな町だ。本とかテレビがここを紹介するような時は、九割がた「静か」って単語が入ってる。実際住んでて静かだって思う。ただこう、静かというよりも、音が無いと言う方が正しい気がする。子供が外で遊ぶ声とか、誰かが話してる声とか、そういう音、確か生活音っていうのか、そういうのがほとんど聞こえてこない。みんな中に閉じこもって、外に出てきても一人でいることが多い。

それでも、この場所自体は大人気だ。玉虫市や山吹市にはその気になれば歩いてでも行けるし、道路も電車もちゃんと整備されてる。トンネルを抜ければ、縹(はなだ)市だってすぐ側だ。ちょっと遠出したいなら、海も山もある石竹市へ行けばだいたいオッケー。どこへでも行けて便利だから、紫苑市は住む場所としては大人気だ。

だけど、それは本当に人気があるって言えるのか、とも思う。例えば誰かが新品のゲームを持ってたとして、それが買うのがすごい難しいのだったら、持ってる子にみんな集まってくるだろう。大人気だ。でもそれは、その子自体が人気なんじゃなくて、ゲームが人気だから、って理由だと思う。紫苑市もそれと同じで、紫苑市がなんかいいとか紫苑市が好きだとかいう人はあんまりいなくて、あっちこっちへ行けるから好きって人がほとんどだと思う。

もし玉虫市とか山吹市とかがこの世に無かったら、人気なんか出なかったんじゃないか。玉虫市とか山吹市とかがあるから、ついでに人気になったんじゃないか。なんか、そんな風に思ってしまう。

 「ラジオ塔の方がさっぱりしてるし役に立つし、さっちーだってそう思うだろ? 他に何もねーんだし」
 「まあ、そうだよね。ここ、ポケモンジムも無いし」

ケイはポケモンタワーなんか無い方がいいって言う。死んだポケモンをどうこうするより、生きてる人の役に立つ方がいい。たぶん、そういうことを言いたいんだろう。実はあたしも、ケイとほとんど同じことを考えてる。正直、ポケモンタワーが無くなってよかった、そんな風にも思ってる。けど、ケイみたいに堂々と口に出して言うのはさすがにできない。死んだポケモンにこだわってる人だっているし、そう言う人に目をつけられるのは面倒くさい。

何かを考えるのは自由で、そもそもそれを縛ることはできない。だけど、思ったことをそのまま口に出していいかは別の話になる。何か言ったら、他の人から「そうじゃない」と言われることも受け入れなきゃいけない。そういうことを言う人は決まって面倒くさい。面倒くさいので、最初から関わらないようにした方が何かとお得なのだ。

 「あれ? ネネは?」

とまあ、朝っぱらからカロリーを使う考え事をぐだぐだやってると、いつの間にかネネがいなくなっていることに気付いて。

ちょっとばかり周囲を探してみると、学校の敷地内にある砂場に目が留まって、あ、もしかして、ってなる。その「もしかして」は、しっかり当たっていた。

 「よしよーし。いいこいいこ」

例によってスパッツ丸見えの無防備な姿勢でしゃがみ込んで、子供のカラカラをなでているネネの姿があった。それにしても凛さんはさすがだ。ネネはいくら言ってもあの座り方をやめないから、見えてもいいようにしておこうって寸法だろう。ネネ本人はカラカラと遊ぶのに夢中で、割とはしたないことになっていることにちっとも気付いていない。

まあ、楽しそうならいいか――って訳にも行かなくて。

 「おいこらねね子! なぁにやってんだ!」

お隣のケイがいきなりダッシュして、砂場にいるネネとカラカラのところまで追いついた。また始まった、ため息をつくあたし。この光景は、今日が初めてなんかじゃない。

 「あ、ケイちゃん」
 「『あ、ケイちゃん』じゃねーよ。いい年こいてカラカラなんかと遊んでたら、笑われんぞ」

屈んでいたネネの腕を引っ張って立たせて、ついでにカラカラを追い払う。

 「ほら、向こう行け向こう。学校は野生のポケモン立入禁止だぞ」
 「またねー」
 「だから『またねー』じゃねーよ。お前何回言えば分かるんだっての」

ネネが抜けているのも、抜けているネネにツッコミを入れるケイも、まあいつもよく見る光景だ。ケイの言う通り、ネネは何回言ってもポケモン、特にカラカラと遊ぼうとするのをやめない。で、ケイはそれが嫌だから、何回でもネネに突っ込む。とまあ、こんな具合だ。

 「お前さー、ねね子さー、なんでカラカラと遊ぼうとすんだよ」
 「だって、さよりさんといっしょに遊んで、たのしかったし」
 「さよりさんってあれだろ? 二年くらい前にラジオ塔から飛び降り自殺した変な高校生じゃん」
 「あー、あの人か……ネネと一緒にいるときに会ったことあるけど、まあ変な人だった」
 「だろ? だからネネにも遊ぶなって言ったんだよ」
 「うーん。さよりさん、いろいろおしえてくれた。いい人だった」
 「んなわけねーよ。あんまり変な影響受けてると、フツーのオトナになれねーぞ」

ネネとケイが言い合う様子を見ていると、今度はまた別のクラスメートがやってきて。

 「おーい! ケーイちゃーん! おはよーさーん!」
 「朝から声でけーよトウカ。相変わらず元気でいいよな」
 「だってほら、みんな元気な方がええやん! 元気無くてしょぼーんってしてるより絶対ええって!」
 「橙ちゃん、おはよう」
 「あ、さっちゃん! おったんやな、おはようさん!」

トウカ、あるいは橙ちゃん。本名を「假屋崎橙花(かりやざき・とうか)」という。あんまり無い名字だから、まあ大体はあだ名で「橙ちゃん」「トウカ」「花ちゃん」辺りで呼ばれる。元々静都の小金市に住んでたから、見ての通り譲渡弁で話す。確か中学一年のときに引っ越してきて、あっという間にここに馴染んでしまった、ような気がする。いろんな小学校から一つの中学に集まるわけだし、タイミングとしてはちょうどよかったんだろう。

で、元々の元気のよさとテンションの高さで、今はクラスを引っ張るようなキャラとして通っている。中一の時もあたしと同じクラスだったんだけど、遠足とか運動会とか、そういうイベントになると大体中心にいた。

 「なあケイちゃん、今度の土曜日さ、どっか遊びに行けへん? うちケイちゃんと遊びたい!」
 「土曜ってお前、ウチ部活あんだけど」
 「せやったら、終わってからでええから。な? お昼から。決まりやな!」
 「まーだ行けるって言ってねーだろ」

そしてこんな感じで、わりと強引なところにもある。だから、他の子と意見がぶつかったりするのもしょっちゅうある。

実を言うと、あたしは橙ちゃんのノリに付いていくのがちょっとツラいと思ってる。元々イベントとかあんまり興味ないし、何かに盛り上がるっていうのがイマイチ苦手だった。それでもって強引なところもあるから、面倒くさいと思うこともちょくちょくあったりする。

 「あっ、よっちゃんや! おーいよっちゃーん! おーい!」

興味があっちこっちに移るのも、橙ちゃんの特徴だ。気持ちが切り替えが早いとも言えるし、飽きっぽいとも言える。

 「よっちゃんおったわ、ケイちゃん行くで!」
 「おい、ちょっ、トウカ待って、待てって!」
 「あー、行っちゃった」

ケイを引っ張っていく橙ちゃん。残ったのはあたしだけ。

ネネは? と言うと。

 「じゃあね。今度また、ネネとあそぼう」

取り残されていたカラカラを抱いてわざわざ敷地の外まで持っていってから、また遊ぼう、なんて言っていた。

 



 

はぁー、とため息をつきながら、教科書とノートを机の中へ押し込んで、横にできたスキマにペンケースを突っ込んで。お弁当以外を全部出したカバンを横のフックに引っかける。まあいわゆるルーチンワークってやつだ。一年とちょっとも同じこと繰り返してたら、体だって覚えてくる。

木製の椅子をぎしぎし言わせながら座ると、ちょうどいいタイミングで前の席に座ってるクラスメートがやってきた。

 「おはよー、ゆみ」
 「おはよう、幸子ちゃん」

この子はゆみ。眼鏡にツインテの、なんとなく勉強ができそうな感じに見える子って言えば、どんな感じが伝わるだろうか。あと童顔、だってよく言われるらしい。気にしてるって聞いたような気がするけど、年取ってるように見られるよりはいいと思うけどなぁ、あたしは。

 「ふわ……あぁ……今日も学校かぁ」
 「ゆみったら、今日も相変わらず眠そうじゃん。また遅くまで勉強?」
 「そうだよう。塾で宿題どっさり出されちゃうから、ヤになっちゃうよ」
 「あー……まあ、ゆみは塾通ってるからね」
 「うん。けど、週に三日もあったらさ、それだけでヘトヘトになっちゃうよ」

ゆみはお父さんとお母さんに言われて、駅前にある学習塾に通ってるらしい。今からレベルの高い高校に行くための準備をしてて、それで週に三日も遅くまで塾に缶詰になってるそうだ。そりゃあ眠くもだってなるだろう。学校のほうが疎かになってもしょうがない。

そんな風なので、ゆみはクラスでも一番目か二番目に賢い。頭がいい。テストでも大体の教科は90点くらい取るし、極端に落ちたりもしない。学校のテスト勉強と塾でやってることは全然かみ合わないから、テストの前にはテスト用の勉強をしてるわけで、二倍くらい忙しくなる。それでも安定してるってことは、つまり元々頭がいいってことだ。

前に一度国語で86点だったことがあるって言われて、ものすごく落ち込んでたのを見たことがある。ちなみにあたしはその時76点で、これが70点以上取れると思ってたから心の中でガッツポーズしてた。86点で落ち込むゆみにどんな言葉をかけたらいいのか、いくらなんでもちょっと別世界過ぎて、正直よく分かんなかった。とにかく、勉強がすごくよくできるのは間違いない。あたしと違って。

だからあたしは、ゆみのことがうらやましい。ゆみのようによく回る頭がほしいと思う。

 「ゆみさー、いつも思うんだけどさー、ホントによく塾とか通えるよ」
 「疲れるだけだよ。言われたことやるだけで、精いっぱいだし」
 「あたし小三か小四の時に進研ゼミやってたけど、三ヶ月ぐらいしか続かなかった」
 「うーん……塾行ったら、勉強以外のことできないしね」
 「あー、それはありそう」
 「それで家に帰ってきたら、疲れて寝ちゃうだけだし。親が勉強しろ勉強しろって、いつもうるさく言ってるから」

ゆみの顔を見ながら、なんとなく会話を続けてみる。

 「ゆみの親、なんで勉強しろって言うんだっけ? なんか前も聞いたかもしんないけど」
 「わかんない。勉強しないと大変だって言うだけだし。けど、なんとなく分かるかも」
 「どういう感じ?」
 「たぶん、トレーナーやってて苦労したからだと思う。どっちも長いことトレーナーやってて、二十歳くらいまでがんばったけど、結局ダメだったって」
 「そういえばそれ、聞いたことあるような」
 「それからあきらめて働こうとしたけど、どこも雇ってくれなくって、やっと見つけたのが今の仕事だって」
 「だからかー。ゆみにはいい高校へ通っていい大学に入って、それでいい会社へ行って、的な」
 「それで、自分には同じようにはなってほしくないんだと思う。ポケモンにも関わるな、って何回も言われてるし」

面倒くさそうにため息をつくゆみを見ていると、ふと、ゆみが小学生の頃を思い出して。

そういえば、ゆみは飼育係……生き物係だったっけ、とにかくそれっぽいのをやってた。小屋の中でオタチとスバメを飼ってて、クラスで決めた飼育委員が週代わりで面倒を見てたっけ。中学になってからそういうの無くなったからすっかり忘れてたけど、ゆみは確か自分から生き物係やりたいって言って、無言で押し付けあってたみんなをしれっとびっくりさせてた気がする。

 「しずえさん、今日も朝から黒板消しきれいにしてる」
 「毎日マメだねー、しずえさん」

なんとか係じゃなくて、なんとか委員会なら中学にもある。その代表だって言ってもいい学級委員をしてるのが、我らがしずえさんだ。

 「んー。あのさ、ゆみ。しずえさんの苗字、あれなんて読むんだっけ?」
 「えっと……思い出した。『まじきな(真境名)』だよ。あんまりない苗字だよね」
 「うん。あたしが知ってるの、しずえさんだけだし」

しずえさん。ゆみから教えてもらったとおり、苗字は「真境名」だ。これも滅多に無い苗字だ。あたしのクラスはこんな一風変わった苗字の人がやたら多い。教師がわざと集めたんじゃないかってネタにされるくらいだ。

ところでなんで「しずえさん」なのかって言うと、単純に名前が「静枝(しずえ)」だからっていうのと、ちょっと前に出てみんな買ってたとび森で同じ名前のキャラが出てきて、それがこっちのしずえさんみたいに働き者だったから、これピッタリじゃん、っていうのが理由だ。

 「しずえさん、いかにも学級委員って感じだよね」
 「真面目そうだからね。自分とは違うよ」
 「えーっ、ゆみだってマジメっしょ」
 「意外とそうでもないよ。よく真面目っぽいって言われるけどね」

そんなこんなで時間を潰していると、いい具合に時間になる。さあ、そろそろ朝の会だ。

今日もまたいつもと変わらない、昨日と同じ一日が始まる。


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