マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1320] 五時間目「マエストロ・ダストダス」 投稿者:GPS   投稿日:2015/07/28(Tue) 19:10:21   38clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

「木琴、またおくれてる!」
「シンバルは一小節ずれてる、楽譜をよく見て!」
「アルト聞こえない! ちゃんと歌いなさい!」

まだおわらないのか。何度目かになるあくびをどうにかおさえながら、優香はそんなことを考えた。
二週間後の音楽発表会に向けて、どのクラスも合唱や合奏の練習をがんばっている。優香のクラス、五年二組は合奏と歌を合わせた『シロガネ山の音楽家』をやることになった。音楽の時間や、休み時間を使って練習してきたのだけれど……とてもじゃないけれど、聞かせられたものではない、と優香は思う。
楽器はてんでバラバラだし、歌はやる気がないのか声が小さすぎる。指揮をする先生はこのごろずっと、みんなをまとめようとおこっているけれど、その先生すらも優香にしたら間違っているものに見えた。先生の指揮はぐにゃぐにゃしていて、見にくいったらないのだ。まだ、ドククラゲの方がまともにやれると優香は思う。
いつになったら、自分の番は回ってくるのか。音楽室の、黒いグランドピアノの前に座った優香はため息をつく。ピアノのばん奏を任された優香は、先生の「ピアノはみんなができるようになったら入ってね」という言葉のせいで、もう大分待たされていた。みんなができるように、というのは一体どれだけ後になるのか、優香は考えるだけで気が遠くなる。みんなのイライラしたような顔を見たり、先生のおこる声を聞いたり、無意味に指をけんばんに乗せたりして時間をやりすごしているけれど、そろそろ眠気が限界だった。

「だから、木琴ずれてる! いや、鉄琴か……? どっちにしても、指揮をちゃんと見て!」

指揮を見るからずれるんじゃないの。
優香は、いらだつ心の中でそう言った。しかし現実の優香のまぶたはどんどん重くなって、先生の声も遠くなっていく。気持ちの悪い輪唱になっている演奏も、少しずつ小さくなっていくようだ。ああ、また一小節ずれてるよ……。
ただでさえ、五時間目の音楽なんて眠くなるものなのだ。そこにこんな、待ちぼうけを食らってはまともにやれたものではない。だからこれは仕方がない、仕方のないことなのだ。

「リコーダー! フォルテ! そこはフォルテだよ!」

先生、フォルテなのはリコーダーじゃなくてピアニカだって……。
何に対してなのかもわからない言い訳と、先生への文句を心の中でしながら、大きくしようとがんばりすぎて裏返ったリコーダーの音を最後に聞いて、優香の意識は、すっ、と切れてしまった。



「ああ、ダメだダメだ! そんなんで、客を楽しませられるわけがない!」

聞こえたどなり声に、優香は、はっと目を覚ました。いけない、寝ちゃったんだ。そう思って、急いで目をぱちぱちさせて、

そして優香は、飛び上がるほどにびっくりした。
だって、優香がいたのは小学校の音楽室じゃなくて、家族でオーケストラを聞きにいった時みたいな、とっても立派なコンサートホールだったのだ。ステージは一度に見わたせないくらい広いし、天井はうそのように高い。今はだれもいないけれど、客席は二階、いや、三階まであって、一体どれくらいのお客さんが入るのか優香には見当もつかなかった。背もたれのない黒のイスに座った優香の前にあるグランドピアノも、音楽室のとはちがってピカピカで、大きなふたも開けられている。
それだけじゃ、ない。

「何度言えばわかるんだ! お前たちは何年、ここで音楽やってんだ!?」

指揮台の上でそう叫んでいるのは、色々なゴミで出来た、巨大なダストダス。
どなり声に体をちぢこまらせているのは、フルートを持ったウソッキー。
ふきげんな顔でダストダスを見ているのは、トロンボーンを動かしているエテボース。
コンサートマスターの席にいるのはバイオリンを持つベロリンガで、オーボエのリードを自分の頭の皿でぬらしているのはハスブレロで、ティンパニを叩くスティックをえらんでいるのはカイリキーで……。
とにかく、みんな、ポケモンだった。
優香の目の前で練習している、オーケストラはみんなポケモンだったのだ。

「ちょっと待って!」

たまらず、優香は立ち上がってさけんだ。ポケモンがしゃべったり、楽器をやっているのにはもちろんおどろいたけれど、それ以上に思ったのは、ここに自分がいてはいけないのではないか、ということだった。どうやらここはポケモンのオーケストラらしいし、それなら人間である自分の場所ではないだろう。いつの間にやってきたのかはわからないけれど、とにかく出ていかなくては、と優香は考えた。
しかし、そんな優香をよそに、ポケモンたちはふしぎそうな顔をしたり、「何を言ってるんだ?」とたずねるだけだった。コントラバスをかまえたガチゴラスが、ピアノの前にいる優香とは反対側の舞台で大きな首をひねっている。彼らを代表するように、ダストダスが口を開いた。

「ぼーっとしてるんじゃない。さっきも言っただろう、ピアノのガメノデスが『ないぶぶんれつ』を起こしたから来れないけれど、リハーサルを中止するわけにはいかんから、代わりにお前を呼んだのだ」

「何、『ないぶぶんれつ』って」

「あいつは七匹のカメテテからできているんだが、それがケンカしたんだ。お前は人間だが、この際しかたあるまい」

「なんで私なの」

「ヒマそうにしていたじゃないか。ピアノの前で」

そう言われて、優香は「なるほど、そういうものか」と納得してしまった。よくわからないことだらけであったが、そういうことにしておくべきなのだとも思ったのだ。
優香が静かになったので、ダストダスは指揮台に向き直る。そのまましばらく、そこのクラリネットの音程がダメだとか、チェロの強弱がちがうとか、トランペットの高音が出せてないだとかでおこったり、みんなに演奏させていたが、急に「よし」と楽譜をめくりながら言った。

「じゃあ五十三小節目からやるぞ。ピアノ、お前も入れ」

いきなり言われて優香はおどろき、しかし代理である以上ちゃんとやらなければ、と自分の前にある楽譜を見た。それは、優香たちが四年生のころに音楽発表会で演奏した曲の楽譜だった。その上、優香の名前が書いてある、優香の楽譜だったのだ。

「ねえ、ダストダス!」

「俺のことはダストダスじゃなくて、マエストロと呼べ」

「マエストロって何?」

「指揮者、っていう意味だ。ここでは、みんなにそう呼ばれている」

ダストダスがそう言うので、優香はすなおに「じゃあマエストロ」と言い直した。

「なんで、私の楽譜がここにあるの?」

「お前がすてたからだ。お前たちのことは、俺はよく知ってる。すてたものは、俺のものになるからな」

「すてたものなのに、やるの?」

「すてられてようがなかろうが、その曲がすばらしいことに変わりはないんだ。いいか、ピアノ代理、音楽がどうあるべきか、お前は知っているか」

そう聞かれて、優香は答えに困ってしまった。上手く演奏することや実力じゃないか、とは考えたものの、多分それはダストダスの言いたいことじゃないのだろうな、と思ったのだ。
実際そうだったようで、ダストダスは「もちろん、技術や才能は欠かせない」と優香が何かを言う前に口を開いた。オーケストラのポケモンたちがうなずく。やっぱりそうなのか? ふしぎに思った優香が指揮台を見る。と、ダストダスの太い腕が大きく動いて指揮棒を振った。

「でもな、まずはその前に必要なことがある。それはな、」

「それは?」

「五十三小節目!」

優香の質問に答えず、ダストダスが指示をした。ちょっと待ってよ、と優香が言おうとした時にはすでに、オーケストラのみんなは楽器をかまえていたため、優香もあわててけんばんに指を乗せた。去年やった曲だから、今もできるはずだった。ダストダスの指揮をよく見て、みんなと一緒に息を吸って、曲に入る。
そして、優香はとてもおどろいた。今までこんな風な音楽をやったことはなかったし、聞いたことはあったのかもしれないけどわからなかった。ダストダスも、オーケストラのポケモンたちも、みんな楽しそうだったのだ。さっきまであんなにおこって、おこられていたのに、みんな心から楽しそうだった。音楽って、こんなに楽しくやれるものなんだ。優香がそう思ってから、ダストダスが曲を止めるまではほんの一しゅんのことに感じられた。


「どうだった」

にやり、と笑ったダストダスが優香にたずねる。優香は、夢のような気持ちのまま、こう答えた。

「とっても楽しかった」

「そうだ! それが大切なんだ、音楽は、楽しいものだってことがな!」

ダストダスがそう言うと、「その通りだマエストロ!」「よく言った!」とポケモンたちから声がとんだ。ダストダス、いや、すてきなマエストロは満足そうにうなずいて、指揮棒をびし、とかまえて見せた。

「よし、じゃあもう一度、最初からやってみようじゃないか!」

マエストロが高らかに言うと、ポケモンたちがいっせいに笑ってこたえた。優香も、思わず元気に返事をしてしまったくらいである。
ダストダスの手が動いて、指揮棒を振り始める。一回、二回、……そしてみんなが息を吸って、楽しい時間が始まるのだ。



「ああー、カスタネット! 一拍早い!」

優香が気づくと、そこは元通りの音楽室だった。
さっきまでと何も変わらない、バラバラの合奏がまだ続いている。先生もみんなも、とてもイライラした顔をして、しょうがなさそうにやっていた。やっぱりひどいものだ、と、優香は軽くなったまぶたをこすりながら考える。
だけど。優香の目に、音楽室のゴミ箱が入った。金ぞくでできた、汚れている、ただのゴミ箱。中に捨てられているのは、先生や生徒がいらなくなった楽譜たち。
でも、その楽譜は。いや、それだけじゃない、優香たちが今練習しているのもふくめて、すべての楽譜がそうなのだろう。あの、とてつもなくすてきなマエストロの言うように、きっと、そうであるべきなのだ。
ならば、私もそうなろう。みんなと、先生と一緒に、この楽譜をそうしなくてはいけない。

「先生!」

いきなり手を挙げて、大きな声でそう言った優香を、先生やみんながおどろいたように見た。しかし優香は、気にせずに続ける。

「私も入って、いいですか。最初から、一回、最後までやってみたいです」

「小田原さん、でも……」

まだできてないから。そう言いたそうな先生に、優香は笑って首を横にふった。先生、とはっきりした声で言う。

「たぶん、そうした方が楽しいから。まず、みんなで、この曲を楽しくやりたいから。上手くやったり、合わせたりは、その後でも、いいと思うんです」

だって。そう言った優香の頭に、ポケモン楽団のみんなが思いうかぶ。そして、あの、世界で一番のマエストロも。
優香は両手の、十本の指をけんばんに乗せた。この感覚が、あの時間につながるこのしゅん間が、優香はとても好きになった。マエストロが教えてくれたのだ。あるいは、思い出させてくれたのだ。あの、だれよりも音楽を愛する、ポケモン楽団のマエストロが。
だから今度は、優香がみんなに伝える番だと思った。ピアノにおいた楽譜を見て、優香はすっと息を吸う。


「だって音楽は、どんな時でも、楽しくなきゃいけないんですから」


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