マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1332] 4.カメテテ 投稿者:   投稿日:2015/10/11(Sun) 01:32:38   37clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 テールナーは“ほのお”タイプ。“ほのお”には“みず”が“こうかばつぐん”。そして、“みず”タイプは水のある所に住んでいる。というわけで。
「海だーっ」
 少年テトは海辺の町へやってきた。

 砂浜を裸足で歩こうとすると、熱さに足の皮をやられそうになった。ひっきりない潮騒に慣れたあたりで、大きいのが迫ってきてびっくりする。相棒のグレッグルは海水がダメなのでボールの中で留守番だ。テトは貸し出しのサンダルを履いて、町の海岸線をずっと歩いていた。
 目的はあるといえばあるし、ないといえばない。みずポケモンを探しているが、見つからないので、ひたすら歩いている。そんなところ。
「釣り竿とか借りた方がよかったかなあ。ねえ、グレッグル」
 いないのに、思いっきりやらかす。ボールの中だったと額に手をやるテトへ、ないはずの返事があった。
 ジウンと低い弦を弾いたような声が、岩の向こうから。
 テトは周囲を見回した。来た道の開けた砂浜には何者の影も見えない。行く先には岩が多くなっていって、ビニールプールみたいに水が溜まったくぼみがいくつもある。潮が引いた時に、海水が残るんだっけ。濡れた上に藻も生えた岩場で滑らないように手をかけて、一段高い所に登る。そこのくぼみのプールに、鳴き声の主がいた。
 白い岩を浅いプールの底に貼りつかせていた。その岩から伸びる、二本の手? 爪があるから、二本の手だろう。その手のひらのそれぞれに、顔が付いている。
 変なポケモンだなあと思ったが、口には出さなかった。そのポケモンはふくれっ面で、怒ってるように見えたからだ。
「えっと。おじゃましました」
 ポケモンのテリトリーに入ってしまったのかもしれない。これ以上刺激しないよう、テトは後ろ向きに岩場を降りて、その日は退散した。

 カメテテ、ふたてポケモン。二本の手のひらの顔はそれぞれ別人格のようで、ケンカすると片方が別の岩に移ったりするらしい。挿絵を見る限り、あのふくれっ面がカメテテの“素”のようだ。みず・いわタイプのポケモンで、ほのおタイプのテールナーにはすこぶる相性がいい。
 図書館にも行ってみるものだ、とテトは思った。たいていの図書館には、その近くで暮らしているポケモンをまとめた図鑑が備えられている。テトはそういった図鑑の、四ページにわたる解説をいったりきたり読みながら、重要そうな情報を片っ端からメモしていった。結局まるまる全部写して、テトは疲れた右手を伸ばす。
「君もルギア……ああ、カメテテかあ」
 近所のお兄さんだろうか。若い男性が、テトの開いた図鑑のページを見て、そうコメントした。突然のことに、テトは首をかしげて、聞き返した。
「ルギア、ですか?」
「来月は海誕祭(かいたんさい)だから。今はまだそんなでもないけど、これからどんどん人が増えてきますよ」
 そこまで言って、男性は本棚の向こうに行った。
「かいたんさい、……ルギア」
 テトは今しがた呟いた単語を、カメテテのメモの余りに書きとめた。

 さて、カメテテだ。あのふくれっ面が怒ってなくて、するどいツメ以外は触ってもだいじょうぶと知ったテトに、死角はない。いざとなったらグレッグルもいるし、準備万端だ。
「おはようございます、カメテテ」
 岩場の淵から中のプールに向けて、そっと声をかける。二本の手にして顔がニュッと伸びた。相変わらずのふくれっ面。でも、もう怖くない。
 テトはリュックとは別に持ってきた袋を、カメテテの目に入るように持ち上げた。
「君を触らせ……スキンシップさせてくれませんか? このお菓子と交換条件で」
 向かって左、右手のカメテテの口角が上がった。左手のカメテテをつつき、我先にと手を伸び縮みさせてテトのそばに来る。
 カメテテは二本で別々の人格って本当なんだな。お菓子の袋を開けながら、テトは触る前からくすぐったくなって、笑った。きのみをミキサーして固めたお団子にかじりついたのも、右手のカメテテが先だった。遅れて左手のカメテテが首を伸ばす。二つのお団子はまたたく間にカメテテたちの口の中に消えていく。
「よし」
 カメテテが両手とも食事を終えたのを確認し、テトはまず、自分の肘から先を海水につけた。浅いせいか思ったよりも温い海水から腕を上げ、本番だ。
 まずは岩。触れてみると、岩場とびっくりするくらい同じ感触だった。ゴツゴツとしていて固いけれど、ヌルッとしていて。この岩場と同じに潮に洗われているせいかな。だとしたら、カメテテは長いこと、ここに貼りついてるんだろうか。
「ここから離れてみたいなあとか、思ったこと、ない?」
 尋ねてみたけれど、カメテテは要領えなさそうな感じで、腕を曲げるばかり。これは、首を傾げているのか。その首を触る。
「うわ」
 思わず手を離す。柔らかかった。反則なくらい柔らかかった。ツメを支える首が、まさかこんなに柔らかいなんて思わないだろう。海の中ならまだしも、固い殻もなく、地上でこんな柔らかい首をさらしているとは。触ったテトの方が遠慮してしまう柔らかさだが、気持ちよかったのか、右手のカメテテが首をすりよせてくる。
 そのリクエストに応えて。テトは触るか触らないかぐらいでスーッと撫でた。それで満足したのか、カメテテはふくれっ面の目を細める。テトもホッとして、カメテテの両手の頬をグリグリして、その日は別れた。

 次の日も、テトは海辺の岩場にやってきた。
「今日もスキンシップさせてくださいな」
 お団子を見せると、右手のカメテテの目が輝いた。左手も、喜びをあらわにはしないものの、お団子にはパクついた。
 昨日のでテトもカメテテもお互いに慣れて、今日はお団子を手ずからやりながら、カメテテの後ろ頭を撫でた。首筋と違って、固くてツルンとした貝殻みたいな手触りだ。
「ねえ、カメテテ」
 カメテテの両手とも、テトを見た。
「よければ、ぼくの旅に、いっしょに来てくれませんか?」
 カメテテの両手が互いに顔を見合わせた。テトは手を引いた。カメテテの右手が嬉しそうにうなずいた。
「君はどうでしょう?」
 対する左手のカメテテは、ふくれっ面をさらに難しそうな面にして、浅いプールの底をにらんでいた。たぶん、悩んでいるのだと思う。右手のカメテテがせっついたが、左手は頑として首を縦に振らなかった。右手が困ったようにテトを見た。
 テトは考えた。図書館で読んだ通りなら、右手のカメテテは、いざとなったら岩を乗り換えてテトといっしょに来れるかもしれない。けれど、テトからそれをうながすのは、いけない気がした。それに、今いっしょにいるカメテテの両手を、テトがそそのかしたせいで引き離すことになったら、後でテトがとってもイヤな気分になるだろう、とも思った。
 だから、テトはじっくり言葉を選んで、カメテテに話しかけた。
「両手さんともがいっしょに来ないのなら、ぼくも、ゲットを遠慮します。
 でも、気が変わったら教えてください。明日も来ますから」
 あるいは、一ヶ月後の“かいたんさい”まで。
 右手のカメテテは左手をチラチラと横目で見ながらうなずき、左手のカメテテはジウンと低い音で鳴いた。それは困惑にも聞こえたし、単なる謝罪にも聞こえたし、悲しそうにも聞こえた。つまるところ、テトには判断がつかなかった。

 左手に持ったお団子の袋が揺れる。約束した通り、テトはその次の日も海岸へやってきた。そして、いつもの岩場の前で立ち止まった。
 人がいる。
 ちょうど、赤と白のモンスターボールを持って、立ち上がったところだった。
 ふっと、足元が抜けた感じがした。頭を振って、去った血の気をむりやり呼び戻すと、テトはサンダルのかかとを引きずって、岩場に走り寄った。
「あの」
 岩場の淵に手をかけ、見上げる。男の人の足元から見上げる形になって、テトには彼が、すごく大きく思えた。
「ひょっとして、君のポケモンだった?」
 大きな男性はすぐさま身をかがめると、岩場から足を投げだして、淵に腰かける形になった。そうすると普通の人間サイズだった。
「いえ、そういうわけじゃ」
 テトの返答はしりすぼみに消えた。
 トレーナーのルールは知っている。学校で習ったことだった。ゲットされていないポケモンは、誰のものでもない。ポケモンをゲットするのは早い者勝ち。バトルして、弱らせて、ボールに入った者が勝ち。
 わかっている。けど。
 握りしめたテトの左手に何を思ったのか、男性はさっき拾い上げたボールを開いた。
「カメテテ」
 やっぱり、この岩場のカメテテだった。
 吐息がテトの口から勝手に出ていった。安心ではない。でも、確認できただけでもよかったと思えた。
「えっと、お兄さん」
 テトは、もう岩場を降りていた男性にお願いをした。
「この子とスキンシップさせてもらっても、いいですか?」

 カメテテは昨日と変わらない手触りだった。当たり前だけど。
「カメテテ、短い間でしたけど、ありがとうございました」
 お団子は男性に辞退された。もう他人のポケモンだ。テトも粘らなかった。
「君さえよければ、譲っても」
 男性の申し出に、テトは頑として首を縦に振らなかった。
「ルールですし、それに」
 テトは岩場の段差の下から、向かって右のカメテテに手を伸ばした。いつもはあまりいい顔をしない左手が、今はテトにいいように撫でられていた。
 それに、の先は言えなかった。
 左手のカメテテは、お兄さんといっしょの方がよさそうです。そのことは。
 右手はテトと旅に出たいくらい仲良しで、左手はテトと旅に出るほどの仲良しじゃなくて。友達になれても差があって、それはどうしようもない。彼らが同じ岩で生きるカメテテだから、余計に尊重したかった。
 テトの頭の上に手が乗った。大きな手だった。
「僕は海誕祭までこの町にいますから、カメテテを訪ねてきてくださいよ。あ、僕はカシワといいます。名前がわからないんじゃ、訪ねようがないですね」
「ぼくはテトです。あの、かいたんさいって?」
 図書館でもその名を聞いた。テトが男性の手をのけて見上げると、彼は不意に笑みを深めた。
「この町のお祭りです。運がよければ、祭りの夜にルギアという伝説のポケモンの姿を見られるとかで」
 ルギア。それも図書館で聞いた。なじみのないポケモンの名に、テトのボルテージがどんどん上がっていく。
「ルギア、触ってみたいです! あ、スキンシップしたいです!」
 かぶっていたネコを剥ぎ捨てた少年に、カシワは目を丸くした。カメテテの右手は吹き出し、左手は呆れたように首を振ったのだった。


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