マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1334] 5.クイタラン 投稿者:   投稿日:2015/10/13(Tue) 21:50:22   55clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

 カメテテにあげたお団子は高かった。ポケモンセンターの宿泊費割引は、海誕祭の一ヶ月前なのでなくなってしまった。
「よし、野宿しよう」
 清流のそばに居を構え、テトの相棒のグレッグルはご機嫌である。が、テトとしては安物でもいいからベッドで寝たい。
 グレッグルがバシャンバシャンと、川の水を蹴りあげている。
「毒は流さないようにね」
 ケロケロという返事を聞き、テトは手元の端末に目を戻した。
『クイタランがいなくなりました』
『やぐら組みのお手伝い』
『みずタイプのポケモンがほしい』
 宿泊費もだが、多少なりともお金を作らないと、この先厳しい。テトはもう一度グレッグルに目をやってから、仕事情報の吟味を始めた。グレッグルはあごを岩に乗せて、清流に洗われている。特に問題なさそうだ。
『やぐら組み』――海誕祭では組んだやぐらの中に故人の持ち物を入れ、海に送り返すのだそうだ。そのためのやぐら組みだろう。住み込みでお給料もいいけれど、グレッグルは大工仕事に向いてない。残念。
『みずタイプのポケモンがほしい』テトもほしい。
『クイタランがいなくなりました』――迷子のポケモン探し系の依頼は、結構多い。でも、やるなとトレーナースクールで言われた。範囲が広い上に、通り一遍の知識で見つけられるものではないからだ。それでも引き受けるなら、僥倖に頼るしかない。
 仕事はたくさんあるけど、テトとグレッグルにできそうな仕事となると、難しい。テトはまた端末から目を上げた。
 上流からクイタランが流れてきた。僥倖だ。

 幸いダメージは大したことなかったようで、テトの手持ちの傷薬とポケモンフーズで元気になった。
 テトは迷子情報の写真と、目の前のクイタランを見比べる。土色の頭に、赤と黄色の縦縞の体。細い頭からぷっくりしたお腹までのラインは土笛みたい。ポケモンはその笛の先っちょから細い火の舌を出して、ご飯を入れたお皿をしっかり舐めていた。
「ちょっと失礼します」
 クイタランの二の腕に巻かれたリングを確認する。おや情報も、住所も、クイタラン探しの依頼と一致していた。
「クイタランさん、あなたの“おや”が心配していますよ。帰りましょう」
 驚かさないように、膝をついてクイタランの太い前腕を取った。しかし、クイタランはすっと腕を抜いた。
「帰りたくないんですか?」
 テトがそう問うと、クイタランのジト目が上流を見やった。
「上流に何かあるんですか?」
 クイタランはおずおずとうなずいた。その目は半眼で、それだけ見たら目つきが悪いけれど、同じくジト目のポケモンを連れているテトにはわかった。クイタランは今、困っている。それを放って、クイタランを“おや”のところに引っ張っては行けない。
「クイタランさん、何か困ってるなら、ぼくが手伝いますよ」
 クイタランのジト目が、ちょっと見開かれた。クイタランはテトをうかがうようにジッと見つめて、そして、うなずいた。

「その前に、スキンシップさせていただいても構いませんでしょうか」
 テトの申し出にクイタランは一歩後ずさり面食らったようだったが、ジト目はイヤがってはいない、ように思える。よし。テトは敢行した。
 まずは土色の頭に手を伸ばす。焼いた後の土のような乾いた感じと、きめの荒いザラザラした感じが手に残る。
 手を一往復させようとしたら、そっと腕でさえぎられた。どうやら頭はイヤらしい。「ごめんなさい」と謝って続行する。
 赤と黄色の縦縞部分に手を近づけた。温度を確かめつつ、前進。接触。マグマのような色合いから想像したよりは冷たいけれど、ほのおポケモンだけに、とても熱い。ずっと触っていたら低温やけどになるだろう。時々手を離しながら、しましまを撫でる。毛羽立ったザラザラで、毛の固いカーペットとか、変わった形の鉱石を触っているのに似ている。
 テトがしましまを触っていると、クイタランが両腕を突きだした。
「触ってもいいですか?」
 確認して手を取ると、クイタランが気持ちよさそうに目を細めた。
 二の腕に対して、前腕はひょうたんのように太い。頭と同じ土色のリングが腕をグルリと囲っている。リングに等間隔に空いた穴の奥で、赤い光がゆっくりと揺れている。
 リングを手で包んだ。土色の頭と同じザラザラした感触、でも、温度は体と同じで熱かった。クルクルと腕の周りを回るように撫でてやると、クイタランはますます気持ちよさそうな顔をして、火でできた舌をチロチロ出し入れした。
 クイタランの土気なザラザラの皮膚を堪能した後。
「ありがとうございます。では、出発しますね」
 クイタランが嬉しそうにうなずいた。ちょっぴり仲良くなった気がした。

 クイタランを先頭に、川をさかのぼる方へ進んだ。赤と黄色の背中を見失わないように追う内に、道は急な坂になり、すぐ横に見えていた川は崖の下になった。たった数メートルの崖だけど、足が震えた。落ちないように足場を確かめながらの行軍。夕方の早い内から雲行きが怪しくなり、その日は近くに平坦な場所を見つけて野宿を決めた。
 テントの幕を打つ雨は強く、心もとない夜となった。狭いテントの中に招き入れられたクイタランは、水滴が黒い影となってテントの表面を滑り落ちるのを、長いこと見つめていた。
「もう寝ますよ」
 明かりを落とす。クイタランは土笛のような体をのっそりと横たえた。

 朝日に自然と目が覚めた。幸いなことに雨は過ぎていて、新人トレーナーのテトも、足元に気をつければ無理なく進めそうだった。
 一方で、崖下の川の水量は増していた。昨日まではちょうどよいBGMだった川のせせらぎが、暴力的な音量で逆巻いているのがわかった。
「落ちたらひとたまりもないね。昨日もだけど、今日は余計に」
 気をつけよう、とグレッグルとうなずきあった。
 先走りそうなクイタランの太い前腕を何度も引いて、テト達は先へ、上の方へと進んでいく。

 クイタランが立ち止まった。
 テトは無言でクイタランの視線の先を追った。崖の上に立つ一本の木。その梢で黒いものがバサバサと動いた。
 双眼鏡のピントを合わせる。黒い鳥のポケモン。とんがり帽子みたいな頭と、箒みたいなしっぽが特徴のヤミカラス。
「あのヤミカラスがどうかしたんでしょうか」
 気づかれないよう息遣いだけでクイタランに話しかける。激しく首を縦に振ったクイタランを、腕に手を置いて落ち着かせた。
「何かされたんでしょうか、って言ってもぼくにはわからないや」
 テトの質問に、クイタランは腕をグルグルするジェスチャーで答えてくれたが。ポケモンの言葉がわかるのは、アニメやマンガの話。
「どうしましょう?」
 ヤミカラスが飛び去った。クイタランが走りだす。慌ててテトもクイタランに続く。クイタランはヤミカラスがとまっていた木に抱きついた。
「この木に用があるんですか?」
 テトは再びクイタランの視線の先を追った。密にしげった枝葉。特にヤミカラスの影も見当たらない。
 クイタランが木にツメを立て、登りはじめた。止めようか、止めまいか、迷っている間にクイタランは枝をいくつも乗り越える。
 カァ、と声がした。ヤミカラスが戻ってきた。黒い鳥はクイタランの鼻先をかすると、枝から枝へ駆けるように渡って、巣から何かを取りあげた。
 木漏れ日に白く光る、一連の輪。ヤミカラスのクチバシに引っかけられたそれを認めて、クイタランが怒りの気炎を上げた。
「真珠のネックレス?」
 もうテトの言葉にも答えない。クイタランは幹にグサグサとツメを突き刺し、猛然とヤミカラスを目指す。ヤミカラスはあざわらうように、クイタランの目前で飛び立った。
 クイタランはツメを幹に刺したまま、茶色の頭だけ動かして火を噴いた。が、届かない。
「グレッグル、とりあえず“どくばり”!」
 テトは迷いながらも指示を出した。もっといい方法があるかもしれない。でも、今のテトとグレッグルじゃ、これぐらいしかできない。ばらまいた“どくばり”の一本がヤミカラスの翼に当たり、ヤミカラスがバランスを崩す。崩れたバランスを取り戻そうと、ヤミカラスが木の枝を握る。そこへクイタランが猛進し、ネックレスを手に取った。
「やった!」
 ヤミカラスが弾かれるように首を逸らした。
 一連であった白の珠が、一つの線になり。まるで滴のように散らばったそれは、川の中へと吸いこまれていった。

 白い珠をハンカチにくるんだ。見つかったのはクイタランのツメに残った一つと、木の根元に落ちた二つきりだった。
 日の落ちた後の森を、クイタランの火の舌で照らして、ほうほうの体でキャンプ地まで戻った。再度テントを張る気力もなく、グレッグルと交代で夜の番をした。
 次の日はあくびを噛み殺し、固くなった体をほぐしながらの進行だった。坂が緩やかになっていくと、昂ぶっていた気持ちもようよう落ち着いてきた。
 町が近づくにつれ、テトは気持ちがはしゃいできたが、クイタランは逆に気落ちしていくようだった。なぐさめるのも謝るのも合わない気がして、テトは何も言えないまま、クイタランの“おや”の住所まで辿り着いてしまった。
 端末の表示を照らし合わせて確認する。赤茶の壁の、瀟洒(しょうしゃ)な喫茶店だ。大きくガラスの入ったドアを押すと、チリンチリンとベルの音がした。
「いらっしゃいませ」
 カウンターにいた白髪の男性が、テトの後ろを見るなり相好を崩した。
「クイタラン!」
 身をひるがえしてカウンターの小扉を抜けると、男性はクイタランの腕を両手で包んだ。と同時に二の腕のリングも確認する。
「確かにうちの子です。見つけてくださり、なんとお礼を言っていいか。すいません、お客様を立たせたままでは」
 さあ、と男性の大きな手にいざなわれ、テトは流されるままカウンター席に着いた。
「本当によかった。もう見つからないものかと思っていました。本当に」
「あの、これ」
 テトはハンカチに包んだままの真珠を、背伸びして差し出した。男性は目を細める。目元にたくさんのシワが寄った。
「すいません、ネックレス、切れてしまって」
 テトの手から、男性がハンカチを受けとった。三粒残った真珠を、丁寧に自分のハンカチへ移すと、テトのを持ち主に返して、そして。
「そうですか。そう……いえ、ありがとうございました」
 言葉尻は明るかったが、肩は落ちていた。カウンターの内側で、細い炎の舌がチロリと照った。小さなテトからは見えない位置で、男性の手をクイタランが握っているのだと思った。

「クイタランを見つけてくれたお礼に」と、テトは白髪の男性――店長さんから喫茶店の二階の一部屋を貸してもらうことができた。
「亡くなった家内の部屋でよければ」と店長さんは言っていた。
 真珠のネックレスも、彼女のものだそうだ。店長さんは一粒をカウンターの中に飾り、一粒をクイタランの二の腕のリングに飾り、一粒を自分の胸ポケットの中に入れた。
 その様子を、テトはサービスのコーヒーを飲みながら、黙って見ていた。はじめて飲むコーヒーは、ひどく背伸びした味がした。


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