マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1344] 7:そして、僕らはリンゴの樹の下で・上 投稿者:Ryo   投稿日:2015/10/18(Sun) 19:57:23   41clap [■この記事に拍手する] [Tweet]

二人はリンゴの樹の下で、何も言えず、お互いを見つめていました。
一生懸命走ってきたカイトは息をぜいぜいさせています。右手には四角く膨らんだ手提げカバンをぶら下げ、息が整うまで何も言えない様子です。
ユウマはリュックを背負い、手には何も持たず、ただじっとカイトを見つめています。カイトが何か言うまで待とうとしている様子でした。カイトは荒い息の中でユウマの足元やその周りを確認しましたが、チコリータもニドランらしきポケモンも見当たらず、どういうことだろう、家に置いてきたのかしら、と不思議に思いました。
やっとカイトの息が整っても、お互いに何も言うことができません。二人とも何から切り出そうか全く分からずに、あの、とか、その、とか、えっと、みたいな言葉を口の中で飴玉のように転がすばかりでした。

先に言葉を発したのは、ユウマの方でした。
「あの、大沢君、ですか」
途切れ途切れで、最後は消え入るような声でしたが、カイトはきちんと聞き取って、首を何度も縦に振ります。
「手紙をくれた、佐渡君ですか」
カイトの声はしっかりとしたものでした。先にユウマの方が喋ったので、カイトはすっと楽になった気分でした。ユウマは、はい、と言いながら一度だけうなずきました。
それからまた、えっと、あの、の応酬が始まりましたが、それはあまり長く続きませんでした。あのあのを繰り返すうちに二人とも何だか少しおかしくなって、クスクス笑い出してしまったからです。
「どうしよう?」
「どうしましょう?」
二人はそう言い合うと、更に面白くなってしまい、とうとう声を上げて笑い出してしまいました。
「とりあえず」
笑いがひとまず収まると、カイトは言いました。
「座りましょう」
そう言ってカイトは、古ぼけた白いベンチを指さしました。

カイトとユウマは並んでリンゴの樹の下の、白いベンチに座りました。カイトが左側に座って手提げを膝の上に置き、ユウマはその右隣に少し間を開けて座りながら、リュックを自分の更に右側に置きました。
二人の周りは、カイトにとってはいつもの風景、ユウマにとっては見知らぬ世界である校庭のようでした。けれど少し変なのは、このリンゴの樹のいわれが書かれている看板が、ずいぶん近い位置にあるのです。カイトが立ってそのまま前に歩きだすと、すぐぶつかってしまうような位置に、いつの間にかその看板があったのです。それに大きさもカイトの見知っているのより、ずいぶん横に大きいようでした。

「あの、手紙、ありがとうございました」
カイトはあちこちに視線を散らしながら言いました。初対面?の男子同士で顔を見合って話すのは気恥ずかしいし、かと言ってどこを見て話したらいいものか、迷ってしまっていたのでした。
ユウマは、ああ、はい、とだけ返事をして、その先どう答えたものか、何を言ったらいいものか、考えあぐねていました。知りたいことと聞きたいことと話したいことは頭の中で洪水のように溢れ、渦を巻き、流れていましたが、そこから何か一つ取り上げて話すのはとても難しいことでした。
その時ユウマの頭の中で閃いたものがありました。自分がカイトをここに呼び出した理由の中で、一つ、明確なものがあったのを思い出したのです。

「すみません、昆虫…でいいのかな…を、持ってきてくれましたか」
カイトはその言葉に弾かれたように、膝の上に乗せた手提げかばんから透明な水槽を取り出します。
「あぁ…えっと、いますよ。ほら、ここ」
カイトは人差し指で水槽の天井を指差します。緑色のプラスチックでできた屋根に、同じ緑色の、3センチほどのほっそりした生き物が逆さまにひっついているのを確認するのに、ユウマは随分な時間がかかりました。が、その姿を捉えた瞬間
「わあっ!」
ユウマの目が見開かれ、一気に輝きを増しました。カマキリの子供はユウマにちっとも構わず、端から端まで丁寧にカマの手入れをしています。水槽をカイトから受け取ったユウマはぎりぎりまで水槽を顔に近づけ、可愛いと凄いを何度も繰り返しました。
カイトはそんなユウマを驚いた顔で見ていました。確かにカマキリの子供は小さくて可愛いけど、こんなにはしゃぐとは思っていなかったのです。
「凄いね、ほんとにいたんだ!こんなにちっさいのが!」
「そんなにびっくりした?」
「超びっくりした!だってこんだけしかないのに動いて生きてるんだよ?超凄い!」
ユウマは顔を上げて興奮しながら、カイトに右手の親指と人差指で作った、ほんの小さな隙間を示しました。
その隙間を見ていると、「日本の昆虫図鑑」を読み、ちっぽけな虫達の写真を見た時にユウマがどんな気持ちだったのか、カイトは少し分かったような気がしました。

「あ、アゲハチョウじゃなくてごめん」
「ううんいいよ、全然いい」
「ほんとはアゲハチョウが見たかったとかない?」
「ううん、そりゃまあアゲハチョウだったら嬉しかったけど、もう何でもいい」
「そっか、アゲハチョウすぐ死ぬからダメだった、ごめん」
「すぐ死ぬの」
「うん、飛ぶやつは閉じ込めとくとすぐ死ぬ」
それを聞くとユウマは、そっかあ、とため息を付くように言いながら、しばらく黙ってしまいました。カイトは何かまずいことを言ったかと思い、慌てましたが、ユウマは何でもなかったようにカイトに色々と質問をしてきました。
「これってさあ、育つとどうなるの」
「え?カマキリ?大きいカマキリになる。手のひらくらいの」
「それくらいなの」
「うん」
「進化…分かるかな、なんかこう、いきなり大きくて強そうな感じに一気に変身したりしない?色が変わるとか」
「変身?カマキリが?しないよ?」
「そうかあ…なんか技とかは…出せそうにないね」
「火吹いたりするやつ?」
「うん、ていうか大沢君見たことあるんだ」
「前に見た。でも無理だと思う、これただのカマキリだもん。エサ取るくらいしかしないと思う」
「そうなんだ…」
ユウマは目の前の小さなカマキリの、あまりの無力さに、くらくらするようでした。このカマキリは、何の技も持たず、この身体ひとつで生きていかないといけないのです。
すると今度はカイトの方が、ユウマの質問に出てくる言葉に興味を持ったようで、逆に質問を投げかけてきました。
「っていうかさ、ポケモンって変身するの?」
「変身じゃなくて進化って言われてるけど、戦ったりして強くなると一気に大きくなる」
「えー!何それかっこいい!」
「かっこいい…かは分かんないけど。カマキリっていうんだよねこれ」
「え、うん」
「こっちにも『かまきりポケモン』っていうのがいて、ストライクっていうんだけど」
「え!そっちにもカマキリいるの」
「いや多分こっちのカマキリとは関係ないし、ストライクのほうがずっとでかくてごついけど、それは進化すると赤くて手がハサミになって『ハッサム』っていうのになる」
「へー!!」
ユウマの語りで、カイトはポケモンという生き物の不思議さにすっかり魅入られてしまったようでした。

二人の上で、ひゅう、という音がして、何か大きな暗い影がリンゴの樹ごと二人を覆ったのはその時でした。二人が思わず空を見やると、見事な翼を持った首の長い鳥が、太陽を背にしてゆうゆうと舞っていました。その鳥はゆっくり一つ羽ばたくと、あっという間に遠くへ見えなくなってしまいました。

二人は呆然とその大きな鳥の後姿を見送っていましたが、やがて
「…オニドリルだ」
と、ユウマが信じられないものを見た、というようにつぶやきました。
「オニドリルって何?ポケモン?」
カイトが聞くとユウマはうなずき、
「ちょっと、こっちにもポケモンっていたの?」
と早口でカイトに訪ねました。カイトは困ったように首を横に振るだけです。
「ううん、今まであんなの見たことないし…それになんか、誰も驚いてなさそうなんだけど…」
カイトは校庭を見やります。ところがそこで見たのは、更に驚くべき光景でした。

サッカーをしている高学年生の間を、茶色い大きな尻尾の、猫よりも大きいくらいの生き物が数匹、ひょこひょこと走っていきます。カイトも前に見たことのある姿です。なのに高学年生は誰も気にせずにサッカーを続けているのです。
「…ええっ!あれって」
「オタチだ。蹴られちゃう」
カイトとユウマはリンゴの樹の下から、ヒヤヒヤしながらその光景を見ていました。高学年生とあっては4年生のカイトとよそ者のユウマが注意できる相手ではありません。でも、ふと気が付くと、いつの間にやらフェンスの外の様子までが変わってしまっていました。
ケヤキが立ち並び道路が続いていたはずのそこには、花畑と噴水があり、二人の前、フェンスのすぐ向こう側を、女の人がヨタヨタと二本の足で歩く草を連れてゆっくり歩き、花に水をやっています。
「自然公園…」
「僕が来たとこだ…」
二人は同時に声を上げていました。そしてフェンスの向こうとこちらを、モンシロチョウが行ったり来たりしています。
「どうなってるの?」
「わからない」
二人には今起きていることが全く分かりませんでした。フェンスの向こうでは人々がポケモンを連れて思い思いにバトルをしたり、一緒に遊んだりしています。そんな中をスズメが小さな翼をはためかせてすり抜けていきます。
フェンスのこちら側では、サッカーにドッジボール、追いかけっこ、色々の遊びを楽しむ子供や大人たちの間で、ポケモンたちが走り回り、寝転び、遊びしているのです。
「これってさあ、僕のとこと佐渡君のとこが、混ざっちゃったってこと?」
「…多分。でも誰も気づいてない…」
「ねえ、ちょっとこれ、まずくない?」
「ううん、ちょっと待って…」
混乱するカイトを制し、ユウマはじっくりと周囲を見回し、何か考えている風でした。
それが一段落すると、ユウマは、聞いて、とカイトに一言言うと、話しだしました。

「多分だけど、混ざってる風に見えてるのは僕たちだけで、他の人には見えてない」
「え」
「だって普通、あんなのいたら、邪魔だし、コートごとどっか行くでしょ」
ユウマはドッジボールのコートのど真ん中でくつろいでいるヤドンを指さしました。ボールはそのピンクのカバみたいなポケモンを見事に避けて往復しています。けれど当てないように注意している、という風でもないようです。
「これも多分、だけど」
「うん」
「このリンゴの樹でワープできるの、僕らだけだと思うし、ポケモンが見えるのは君だけ」
「それは…なんとなく分かってた」
カイトはうつむいて言いました。それから、ぽつり、ぽつりとユウマにこれまでのことを話しだしました。リンゴの樹の下でポケモンやカイトの姿を見たのはどうやら自分だけだということ。不思議な場所へワープした、なんて噂を聞いたことが一度もないこと。
「ニュートン?何それ」
「ニュートンのオバケだって、そう言ってた。僕が君のこと見た後、そのこと人に言ったら、そうだろって。この樹、ニュートンっていう偉い博士が万有引力を発見した時に使われたリンゴなんだって」
「へぇ…そのニュートンって人、僕くらいの年なの?」
「まさかぁ」
「だよねぇ」
二人はまた笑い合います。そんな噂はすぐに消えて、もう誰もこのリンゴの樹のことは見向きもしてない、という話が終わった後に、ユウマはまた少し考えこむと、小さな声で言いました。
「ポケモンが見えるのは君だけ。それで、あの図鑑のことが分かるのも僕だけ」

カイトはその言葉の意味が分かりませんでした。図鑑のことが分からない、とはどういうことなのでしょう。ユウマの周りの人はみんな、字が読めないのでしょうか。
カイトがそんなことを聞くと、ユウマは小さく笑って首を横に振りました。けれどその笑顔はとても寂しそうでした。
「僕はあの図鑑を友達に見せた。誰も何のことか分からなかった。それどころか全部作り物だと思われて、相手にされなかったんだ」
持ってきた図鑑を見せて。そう言われてカイトは手提げの中から「日本の昆虫図鑑」を取り出しました。ぺしゃんこになった手提げの上で、オオムラサキのページが開かれます。
ユウマはカイトに許しを得て、愛おしそうにその羽根を一つ撫でると、ページをめくり、アシナガバチのページを開き直しました。
「これは誰も知らないといった。みんな困ってた」
それからモンシロチョウのページを探しだして
「これは作り物だって」
「この図鑑に載ってるのは、みんな作り物の嘘ごとの生き物だって言われて、それでおしまいだった」
ユウマの声には、投げ捨てられた空き缶のような、がらんどうの寂しさがあるようでした。カイトはみんなから嘘つき呼ばわりされたも同然なユウマのことを思い、胸がじんと痛くなりました。
「でも、もう悲しくない。本当にいたってことは、僕は嘘つきじゃないってこと」
そう言うとユウマは膝の上の水槽を高らかに持ち上げました。カマキリの子は今はユウマに背を向け、葉っぱに乗って透明な壁の向こう側を見ています。その小さな小さな背中が、光り輝いて見えました。

「…なんかさぁ、分かったよね」
カイトはカマキリの子の背中を見ながら、しみじみと言いました。何が?とユウマが水槽を膝に戻して聞き返します。
「ワープの理由。なんとなくだけど」
ユウマは目をぱちくりさせました。言葉の意味を聞き返すと、カイトは椅子に座り直して、
「佐渡君は、図鑑を拾って、面白かったんだよね?」
と、ユウマの方を見て言いました。ユウマはうなずきます。最初に「日本の動物図鑑」を拾った日のことは今でもすっかり思い出せます。
「僕も、図鑑に挟まってたニドランの毛を見て、わぁ紫だ、凄いなあ、どんな生き物だろうって思った」
ユウマは何も言わず、下を向きました。カイトには見えない位置でしたが、ベルトにセットしてきたニドランのモンスターボールを見ていたのです。
「だから多分、それだよ。ワープの理由」
あぁ、とユウマは小さく息を吐きました。図鑑がパスポートの役割をしているのだとは思っていましたが、それでは何か足りない気がしていたのです。もしあの図鑑を別な人が拾っていても、同じようになっていただろうか、とか、他の人はそもそもあの図鑑を拾おうと思うほど、案内板の下をきちんと見ていたんだろうか、とか。言葉にならないモヤのような思いを、カイトが言葉にしてくれて、ようやく形になったような気分でした。

けれど、カイトの方ではまだ一つ、解決されていない謎がありました。
「でさあ、このリンゴの樹は、佐渡君のとこにもあるんだよね?」
ユウマがうなずくと、カイトは続けます。
「佐渡君のとこに、なんかこう、願いを叶えるとか、思いを形にするとか、そういうポケモンがいたりしない?それでこのリンゴの樹に住んでるとか」
「え…?ううん」
「え、いないの?」
おかしいな、とカイトはユウマの困惑した様子を見て首を曲げました。二人がそれぞれ図鑑とポケモンの痕跡を見て、面白いな、と思ったのを見知って、この樹に住んでいる願いか何かの力を持ったポケモンが引き合わせようとしたのだと、これなら辻褄が合うと、カイトは思っていたのです。
カイトの考えを聞いてユウマは、自分で自分の知っていることを確かめるように、独り言のように話しだしました。
「エスパータイプのポケモンならテレポートはできると思うけど、ポケモンのいない、こういうとこにテレポートした人の話は聞いたことがない。自然公園にもエスパータイプのポケモンは普通いない…図鑑がないと僕はここに来られなかったから、僕はずっと図鑑が怪しいと思ってたんだけど…」
「図鑑なしでリンゴの樹のところに来ても、何もなかったってこと?」
「うん」
カイトは分かりかけてきたものがまた分からなくなって、ううーん、と伸びをしました。リンゴの樹はカギでは無いのでしょうか。
「でも、リンゴの樹は、両方の場所でおんなじなんだよね?」
「うん、同じっぽい」
「リンゴの実はなる?」
「なるけど、超まずいらしい。まずいっていうか酸っぱいって聞いた。だからポケモンは食べるけど人間は食べないんだって」
「おんなじだ!」
カイトは叫ぶように言いました。
「うちのリンゴも凄くまずいんだって。だから誰も食べないし、なっても虫とか鳥が先に食べちゃうんだって上級生が言ってた」
「はぁー…じゃあ、本当に同じなんだ」
「うん、おんなじ」
二人はベンチの上に広がるリンゴの樹の枝を見上げました。するとその先に、小さな緑色の丸いものが見えました。
「あ、実がなってる。初めて見た!」
「え、本当?僕も初めて見た!」
しばらくの間、二人はしみじみとそれを見ていました。枝の向こうの高い空で、太陽を覆うくらい大きな鳥や、空に打った点のように小さな鳥が、お互いを邪魔すること無く平和に飛び交わしていました。

「リンゴの樹以外は全部違うのに、リンゴの樹だけは全然おんなじって、何だか変な感じだね」
「うん…最初から同じだったのかな…」
二人が話をしているうちに、周りはまた変わっていました。今度はフェンスの内側が自然公園に、フェンスの外側がカイトの町になっていました。カイトが校庭があった方を見ると、木で囲まれた広々とした空間に、夏本番を迎えた太陽を受けて草むらがいきいきと茂っています。
カイトたちの前方は、入口のゲートに続く道でしたが、その道はフェンスのところで途切れて、ケヤキの木に遮られていました。その向こうはもう道路でした。手前の歩道で、ビーグル犬を連れた奥さんと、ふわふわの尻尾のロコンを連れた少女のトレーナーが、何にも言わずにすれ違います。
じじじ、と小さな羽音がして、青い体を光らせて、シオカラトンボが二人の前を通りかかりました。そのトンボは不意に二人の前で羽ばたいたまま一瞬静止し、またフェンスに向かって飛び始めたかと思うと、すうっと消えてしまいました。
そしてシオカラトンボが消えた何もないところ、フェンスの向こう側から突然、鮮やかな赤色の、両手を広げたより大きな羽のトンボが、小型ヘリコプターのような騒々しい羽音を唸らせて現れました。
ヤンヤンマ、と口の中で小さくユウマがつぶやきましたが、カイトは目の前のことが信じられなくてそれどころではありません。ヤンヤンマはきょろりと二人をひと目見ると、空高く舞い上がり、どこかへ行ってしまいました。

ヤンヤンマを見送った後、二人の間に沈黙が流れました。
そしてカイトが喋り出しました。どこか遠いところからする声のようでした。
「…これってさ」
「うん」
「同じ所にあるのかな」
「何が?」
「エンジュシティと京都のこの辺」
ユウマはそれを聞いて、うなじの毛がぞわっと立つような感覚に襲われました。カイトも呆然とした顔のまま、言葉を続けます。
「多分そうだ。佐渡君の住んでる場所と、僕の住んでる場所は同じ所にある。なんていうか別な次元みたいな場所なんだと思う。でもリンゴの樹以外は全部違っていて、リンゴの樹だけがずっとおんなじだった」
「で、おんなじだから時々繋がってたんじゃないかと思う。だからカマキリとか同じ名前の生き物がいたり、図鑑がそっちに行ったのかもしれない。でも普段は誰も気にしてなくて、興味がなくて、僕たちみたいにお互い『知りたい』とか『見たい』とか『話したい』と思った人は、ほとんど誰もいなかったんじゃないかなと思った」
「僕、さっき『ニュートンのオバケ』の話したけど、あれ、実は僕も最初、佐渡君のこと、オバケだと思ってたからなんだ。だってこんな話、普通の人はオバケだっていう以外に信じられないでしょ?」

「オバケじゃないよ!!」

カイトの話をじっと聞いていたユウマは、初めてカイトに向かって大きな声をだしました。
「僕はここにいる。オバケじゃない。僕のポケモンだってオバケじゃない。あ、でもゴーストタイプっていう種類のポケモンはいるらしいけど…でもみんな生きてる。オバケじゃないよ!」
ユウマの心からの叫びを受け、カイトは、わかった、わかってるよ、と必死になってユウマをなだめました。ユウマは突然の感情の高ぶりに、目に涙を浮かべていました。
「僕たちは、生きてる」
「うん、わかってる。僕は知ってる。さっきのは本当にごめん。でも、今はもう、佐渡君がオバケなんかじゃないの、知ってる」
言葉が1つずつ届くたびに、ユウマの体から空気が抜けていくように、感情が落ち着いていきました。
「僕は佐渡君のことを知ってる。ポケモンのことを知ってる。だから会えた」
カイトは諭すように言いました。ユウマは、そうだね、と静かに言って
「僕も、時々この本は自分以外には見えなくて、自分がおかしいんだと思ってた」
と、図鑑の上のモンシロチョウを見つめながら言いました。
「おんなじだね」
「おんなじだ」
二人はそう言って、小さく笑いました。


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