マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
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  [No.1349] 8.ルギア 投稿者:   投稿日:2015/10/25(Sun) 01:13:33   40clap [■この記事に拍手する] [Tweet]


 死後の世界に点滴はないと思う。
「生きてるねー」
「ああ、生きてるよ」
 カシワから返事がきた。
 テトが目を覚ました時、グレッグルもいたのだが、興奮しすぎたらしくぶっ倒れてしまった。今はボールの中にいる。
「喫茶店の店長さんには連絡したから。あと、ジムリーダーさんがすっごく怒ってた」
 カシワが端末をいじりながら話す。その端末はテトのだ。でもまあいいかとテトはのんきに考えた。死後の世界には、テトの端末をいじるカシワもいないと思うし。
 ジムリーダーさんにタマザラシも怒られたらしい。ボールから出してみると、タマザラシは装備した安全ベルトからすっぽ抜けそうなほど、憔悴していた。テトはタマザラシの労をねぎらってから、戻した。これは後が怖そうだ。

 それから間もなくお医者さんが来て、今日中に退院できそうだと言われてホッとする。それと、テトがどうして助かったか聞いたりした。水辺で倒れていたのをジムリーダーさんが見つけたそうだ。
「発見が早かったんでしょうね。なんにせよ回復が速い」
 いやー若いっていいねえーと語尾を伸ばしながら、後頭部がツルリとはげあがったお医者さんは退室していった。
 テトの端末がヤァンと間の抜けた音を立てた。
「あ、メールです」
「なんでこんな気の抜ける着信音にしてんの?」
 呆れるカシワから自分の端末を受けとり、確認する。店長さんからだ。
『今は忙しいので、閉店時間後に顔を出します。それ以前に帰れるようなら別途連絡を。美味しい食事の準備がありますから』
 店長さんのまかないを思い出して、テトのお腹が鳴った。夕食前に退院して、店長さんのおいしいご飯を食べたい。
 テトはもう一度文面を読み返して、肩を落とした。『今は忙しいので』
「お祭りの日までに帰ってくるって言ったのに、約束、破っちゃいました」
「海誕祭は明日だよ」
 ぐえっ、とテトは潰れたカエルのような悲鳴を上げた。カシワは一瞬驚いて、でもすぐに笑いだした。
「午前と午後を間違えたんじゃないかな。とにかく、海誕祭は明日だよ」
 取り越し苦労で笑っていいやら戸惑っているテトに、カシワは「さっきの声、すごかった」と茶化す。
「さっきのを着信音にしとけばいいのに」
「イヤですよ、メール来るたびに自分の変な声してたら!」
 こんな調子で小競合っていたら、部屋に来たお医者さんに「そんなに元気ならとっとと退院しなさい」と怒られた。

 テトも退院したいので、素直にお言葉に従うことにした。二つのボールをベルトのホルダーにセットし、セカンドバッグの中を改める。
 携行食は食べ尽くしたので、袋だけ残っている。ポケモンフーズの袋も、なぜか入っていた。懐中電灯はまだ点く。大事なトレーナーカードも無事。
「あれ?」
「どうした、テト?」
 見慣れない、銀色の物が入っていた。バックを開けたまま固まっているテトを見て、カシワは「ああ」と手を叩いた。
「ザックはなかったらしい。テトの荷物はそのバッグだけだったって」
「そうですか」テトは何事もなかったかのようにバッグを閉めて、腰に巻いた。
 荷物を片づけると、テトとカシワは受付のある一階で並んで座った。カシワのガメノデスの話を聞いている時に呼びだしがかかった。いいところだったのに、と思いつつ、テトは支払いのためにキャッシュ機能つきのトレーナーカードを出して、
「では、お支払いお願いします」
 固まった。
「というのはウソで、トレーナーの事故保険が入りますので、お支払いはこれだけになります」
 これからは金輪際、遭難するまいと誓った。

 喫茶店は大盛況だった。
 テトの早めの帰還に、店長さんは顔をクシャクシャにして喜んでくれた。ただ、「休んでおいで」と言われても落ち着かなかったので、テトはお店を手伝った。あっちのテーブルからこの注文こっちのテーブルからあの注文とテーブルの間をクルクル回り、頭もフル回転させて働くと、洞窟をさまよっていたのがウソみたいになって、気分がよかった。
 その日の夕食は、テトの好きな『ミニバーグ乗せオムライス』だった。濃いソースとトロトロ卵とジューシーハンバーグの合わせ技をたっぷり味わって、お湯で体をきれいにして。パジャマに着替えたテトに、店長さんが来客を告げた。
「あ、着替えちゃった。ぼく、もっかい着替えてきますね」
「いや、そのままの格好でいいとおっしゃってるから」
 遅い時間だから、相手もこうなることを予想していたのだろう。パジャマのテトが一階におりると、そこにはジムリーダーがいた。
「やあ」
 彼女は陽気そうに手を振り、身振りでテーブルの正面に座るようにうながした。
 テトはいい予感がしなくて、手を組んだりほどいたりしながら、椅子についた。
 このテーブルの木目に、目みたいに黒いところがあるなあ。はじめて気づいた。なんて自分の思考がうすらさむい。
「とりあえず」
 ジムリーダーは組んだ膝に両手をかぶせた。
「怒られる心当たりはある?」
 普段と変わらない、カラッとした明るい口調で。テトは余計にギリギリ締められるような心地がした。テーブルの下で何度も手を組み直す。一刻も早くこの場を終わらせたくて、テトは細い声で答えた。
「はい。色々と」息継ぎして、「あります」
 もうちょっと具体的に、反省点を上げたほうがいいのかもしれない。そう思いながらテトは、自分の手を見るばかりで何も言えなかった。
 遠くから練習らしい、笛と太鼓が聞こえてきた。
「なら、いい」
 ジムリーダーが口を開いた。テトが顔を上げると、ジムリーダーは紅を引いた唇できれな弧を描いた。
「トレーナーカードを持ったら一人前、とも私は思わないが、滔々と説教するのは趣味じゃないんでね。タマザラシは元は私のポケモンだから、けじめをつけさせてもらったが」
 ふっと息を吐き、彼女は隣の椅子から大判の封筒を出して、テトの前に置いた。なんだろう、とテトは首を伸ばす。
「レポート用紙と封筒に切手もつけてやる。バレたらスクールに書かなきゃいけないだろう? 反省文」
 うげえ、と変な声が出た。説教がすぐに終わってラッキーだと思ったら、これもなかなか大変だ。どうせ書かなきゃいけないんだけど。
「ありがたくいただきます」
「ありがたがらなくていいよ」
 ジムリーダーが闊達に笑う。テトもつられて笑って、そこでやっと、ジムリーダーが今日も巫女服なのに気がついた。
「お祭り、明日ですね」
「そうだな」
「ルギア、見られますかね?」
「海神様の御心次第だよ」
 ジムリーダーが「そろそろお暇するよ」と言って、身を翻した。その髪に柔らかい銀色を見つけて、テトは。
「あの」
「どうした?」
 ジムリーダーの紅の唇が、にいっと引かれる。その笑みに、テトはなんだか勝てなさそうな気がして、結局、
「なんでもないです」
 と答えた。
「ああ、そうだ。忘れてた」
 ジムリーダーが大股にテトに近づいてくる。そして、テトの頭をクシャクシャと撫でた。
「よく生き延びた。じゃあね」
 テトが何か言い返そうと考えてる内に、ドアのベルが鳴った。もうドアの外には黒に塗りたくられた夜闇しかなかった。

 テトはベッドに入ると、セカンドバッグを開けた。
 中からこぼれる銀色の光を、両手ですくって取り出して。闇の中でも柔らかなその光は、羽の形をしていた。ジムバッジと同じ。でも違う。メタリックシルバーの平たい作りとは、根っから違うもの。
 テトは羽を撫でた。触れたところから溶けて消えてしまいそうなほどに、柔らかく、まるで霧に触れているように頼りない。なのに、指先に力をこめて挟むと、針のように冷たく鋭く尖って、指に跡がついた。
 テトはカーテンの隙間から空を見上げた。明日は満月だ。

 海誕祭、当日。テトは朝から喫茶店の仕事に追われた。普段は地元の人がのんびりとコーヒーを飲むのに訪れる店だが、この期間はクイタランの淹れるコーヒーを飲みたい一見さんでおおわらわだ。店長は軽食を作り続け、テトはそれを運び注文をとり、テトが洞窟の中で想像した以上のきりきり舞いだ。その店の外を、祭り囃子のゆったりした節が、近づいたり、遠ざかったりする。
 閉店の札をかけてから、テトはやっと一息つけた。疲れた手足を伸ばし、店長さんが作ってくれたサンドイッチを頬張った。
 遠くから太鼓を叩く音が一つ、聞こえてきた。
「そろそろですね。もうじき外に出ますよ」
 店長さんにそう言われ、テトは慌ててサンドイッチを咀嚼した。
 再びの太鼓の音が聞こえてきたのは、テトが最後のサンドイッチを食べ終えた後だった。
「行きますよ」
 店長さんがクイタランの手を引き、背中を押す。その時ふと、クイタランの二の腕のリングに目がいった。あの白い珠がなくなっている。店長さんにうながされ、テトは小走りで外に出た。店長さんは店の明かりを落とした。

 道いっぱいを埋めて、行列が進んでいた。
 笛の音が奏でる祭り囃子に、鈴の音が拍子をとっている。
 緩慢な太鼓が音を響かすたび、近隣の家のドアが開いて中から人が出てきた。太鼓の音に合わせたようなその動きが、テトには面白くも奇妙に感じられた。
 笛と鈴、太鼓の次に、唄が現れる。ジムリーダーだ。唄の一音一音を、テトが驚くほど長く伸ばしている。唄に意味はあるのだろうが、テトにそれを聞き取るのはムリそうだった。
 長い節回しに合わせ、一歩一歩、踏みしめるように行列が進む。
 唄の次にいるのは、トドゼルガ、そして、やぐら。トドゼルガが大きな体を動かすたび、やぐらの車輪が回り、ちょうちんが揺れる。ちょうちん紙の中で、ろうそくの炎が揺れる。燃え移っちゃいそうだ、とテトは思った。
 やぐらが過ぎた。
「さ、私達も加わりますよ」
 店長さんがテトの肩をつかみ、そのままテトを行列の中に入れた。やぐらの後ろは一般の人達で、シャツにジーンズとかラフな格好で、時々私語なんかしながら進んでいた。ジムリーダーと同じ唄を唄う人もいた。
 店長さんも唄を唄っていた。テトは話しかけようと思っていたのを諦め、黙って粛々と進んだ。片手ははぐれないよう、クイタランと握った。
 一ヶ月、この町で暮らした。
 見上げると、満月が銀に、手が届きそうなほど強く、光っていた。

 海岸もものすごい人だかりだった。警察官が立つ内側を縫って、やぐらは砂浜に降りていく。
 海辺に着くと、やぐらを中心に楽器が円陣を作り、巫女服のジムリーダーが踊り始めた。町の人達が唄をつける。行列の時より速い節回しで、それも、だんだん速くなっていく。
 テトは自分の胸を押さえた。テトの鼓動も、駆け足してる気がした。
 どんどんと、どんどんと、曲は速くなっていく。笛の指運びが間に合うのか、鈴がこれ以上速く振れるのか、テトが疑問に思うほど速く、踊りもそれに合わせ、もはや踊り狂うといった様に変遷していた。
 さらに速く、音の速さに挑みそうなほどに曲が高まると、今まで黙っていたやぐらがグイと動く。トドゼルガが囃し立てられたように、グングンと海に進み、波を立てた。やぐらも進水し、トドゼルガに引っぱられるまま、沖へ、小島へと。
 嵐が海を殴った。
 境界を定めたように、海岸線から壁のように雨が起こり、トドゼルガもやぐらも見えなくなった。
 息を呑む間もなく、刹那に嵐がやむ。テトの目に見えたのは、小島の影をバックに、煌々と燃え上がるやぐら。そしてそれが、小島の暴れ潮に巻きこまれ、沈んでいく姿。
「沈んじゃうんですね」
 思わずテトは口を聞いてしまった。テトにはわからなかった。一ヶ月以上かけて作ったやぐらなのに。
 店長さんは口元に人差し指を当て、微笑んだ。
 海辺に目を下ろすと、ジムリーダーが海に向かってひざまづき、海誕祭の締めとなる祝詞を奏上していた。
 古い言葉で、テトには意味がよくわからなかった。ふと周りを見ると、みんな目を閉じて、手を組むなり合わせるなり、思い思いに黙祷の形をとっていて、テトも慌てて真似した。
 でも、テトの近くに亡くなった人はいない。しいて言えば、店長さんの連れ合いの人、かな? お部屋を借りています、ありがとうございます。
 雰囲気がゆるんだのを感じて、テトは目を開けた。祝詞も終わっていた。パシャンと軽い音を立てて、トドゼルガが陸に上がった。
「今日は海誕祭にお越しくださり、ありがとうございました。暗い帰り道、気をつけてお戻りください」
 ジムリーダーの挨拶があり、人々は海に背を向けはじめる。もうお開きのようだ。
「ルギア、見られなかったなあ」と誰かが言うのを皮切りに、どよどよとしゃべりまじりに、潮が引くように人が引きはじめる。
「そういえば、ルギアは見られませんでしたね」
 店長さんにそう言いながら、テトは一縷の望みを抱いて、もう一度海を見た。やっぱりルギアはいなかった。
 海辺では、ジムリーダーを中心に撤収を始めている。
「あれ?」
 ジムリーダーが上を指した。近くにいた楽器の数人が上を見上げ、それから口元を押さえた。テトもつられて上を見た。
「おお」
 ルギア、なのかな?
 なんだか白い飛行機みたいなのが、月と重なって飛んでいる……遠すぎて見えないじゃないか。
 隣で店長が噴きだした。
「私も今、はじめて知りました」
 この町の海神様は、なかなか茶目っ気たっぷりのようだった。

 海誕祭の次の日は、町から出ていく人と、祭りの後片付けで、どこか忙しなかった。
 テトは喧騒を避けて一日過ごし、その次の日に出立することにした。でも、出立にあたって問題が一つ。
 テトはまとめきれていない荷物を一瞥し、銀色の羽を太陽にすかした。

 出立の日。
 ずっとお世話になった店長さんは、もう少しいてもいいと言ってくれた。それこそ、お金を工面できるまで。でも、テトは丁重にそれを断った。
「テト君がいて、にぎやかでいいと思ったんですよ」
 店長さんは本当に残念そうだった。でも、テトは旅に出ないといけない。それに、これ以上長引くと、店長さんに甘えてしまいそうだった。
「また来年、来ますから」
 だから、テトはそう言って、振り切った。
「あれも買い戻さないといけませんし」
 テトが目を向けた先、喫茶店の壁に、額に入れた銀色の羽が飾られている。テトは真新しいザックを背負い直した。
「大事に置いておきますから。待っていますよ」
 笑っていいのやらわからないという表情で、店長さんが別れの挨拶を口にした。テトはそれに答えるよう、大きく手を振った。

 町を出たところで、テトはボールを開いた。
「グレッグル、タマザラシ。これからもよろしくね」
 グレッグルは頬を膨らませ、タマザラシは手を叩いた。二匹の頭をちょっと撫でる。片方はヒタヒタ、片方はフワフワ。
「もっとたくさんのポケモンに会いに行こう」
 それから来年こそ、ルギアに触ろう。
 まだ知らないポケモン達の手触りが、テトを待っている。


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