四つ子との出会い 朝
オレはカロス地方のエリートトレーナーである。ちなみに名前はトキサという。
オレは今、ミアレシティに来ている。
スタイリッシュなエリートであるところのオレは、ただ単純に野山洞窟に籠ってポケモン勝負に明け暮れるだけではない。タクシーの運転手はオレが何も言わずとも値を半分引き、そしてオレはトレーナープロモでばっちり男前をアピールし、レストラン・ローリングドリーマーで最高の寿司を頂く。一流のエリートは一流のミアレ☆スターでなければならぬ。
そんなオレのおすすめの店は、ミアレシティはノースサイドストリート、ヒヨクシティ方面即ちミアレ北西部にあるにある『カフェ・カンコドール』である。オレがここに通い始めた頃は閑古鳥が鳴いていたものだが、スタイリッシュなオレの行きつけの店ということで、今や店は大繁盛、オレやオレの手持ちたちの好物であるクロックムッシュを無料でサービスしてくれるのだ。
オレは朝からこのカフェ・カンコドールでモーニングを食していた。クロックムッシュにスープ、サラダ、ゆで玉子、コーヒー。スタイリッシュなオレの一日の始まりにふさわしい。
腹ごしらえを終えると、今日もバトルの特訓だ。エリートトレーナーたるオレは日々の鍛錬を欠かさない。カロスリーグ開催は遠くはない。道路に出て野生のポケモンと戦うのもいいが、カロスリーグのことを考えると、やはりトレーナーとの対戦、それも人目のある場所で自分にプレッシャーをかけてバトルに臨むのが望ましい。
オレはミアレシティ北の広場、『ルージュ広場』に足を運んだ。
早朝のルージュ広場では、深紅のモニュメントが朝日を受けて燦然と輝いている。その周辺には、トリミアンの散歩をする老紳士や、早朝から出勤するビジネスパーソン、通学する学生たちが行き交っている。
果たして、この中からバトルの相手が見つかるものかどうか。
いや、ここで見つからなければ、黄金のジョーヌ広場にでも、深緑のベール広場にでも、紺碧のブルー広場にでも行けばいいのだ。焦ることはない。オレはただ、腹ごなし程度に食後に軽くひと汗かきたいだけなのだから、そこまで強い相手に運よく巡り会えなくてもいい。
巡り会えなくてもよかったのだ。
なのに巡り会ってしまった。
袴ブーツの一団。
葡萄茶の旅衣。
四人。
四人。
四人だ。
四人いる。
「おまっ、おまっ……おま、お前ら……!」
言葉が喉につかえて出てこない。どうせなら何も言わなければよかったのだ。エンジュかぶれの四人が、オレを振り返ってしまった。
新しく加わった一人は、両耳に赤いピアスをしていた。それ以外は、服装も背丈も目鼻立ちも黒髪も灰色の瞳も、残りの三人と同じだった。
「あ、トキサだ。昨日はごっそさんっした」
ピカチュウを肩に乗せたセッカがにっこりと笑った。
「あ、トキサさんだ。おはようございます」
緑の被衣を被り、その上にフシギダネを乗せたキョウキも微笑んだ。
「……また貴様か」
青の領巾を袖に絡め、両腕でゼニガメを抱えたサクヤが軽く眉を顰めた。
「ああ、あんたが」
そしてひょいと片眉を持ち上げたのが、赤いピアスのトレーナーである。そいつはヒトカゲを後ろ向きにして小脇に抱えていた。
「かげぇ?」
立ち止まった四人に反応して、いかにものんびり屋らしいヒトカゲが、赤ピアスのトレーナーの腕の中でもぞもぞと身じろぐ。そのトレーナーはオレを見上げ、にやりと笑った。
「ども。目と目が合ったんで、とりあえず一戦、いっとくか? ちなみに俺ら、朝飯はこれからなんで。よろしく、エリートのオニーサン」
こいつらは四つ子だったようだ。
オレは、どうもカツアゲされているような気にしかならなかった。
深紅のモニュメントの台座には、セッカとピカチュウ、キョウキとフシギダネ、サクヤとゼニガメがちんまりと座っている。そして例の如くセッカがぴゃいぴゃいと騒いでいた。
「れーや、ばんがれー!!」
「レーヤじゃねぇよレイアだよいい加減に滑舌直せゴルァ!」
オレの前に立っている、赤いピアスのヒトカゲのトレーナーが、片割れの一人を怒鳴りつける。セッカは嬉しそうにぴゃあぴゃあ歓声を上げていた。
オレは気を取り直して、レイアという名であるらしい赤いピアスの袴ブーツを睨みつけた。
「……レイア君ね、よろしく」
「よろしく。んで、あんたはバッジが八個のエリートトレーナー。トキサ、だっけ?」
レイアの眉間に常に皺が入っているのはデフォルトらしい。それで顎を上げて余裕たっぷりにオレを下目遣いに見るものだから、オレはすっかり腹が立ってしまった。しかしエリートらしく怒りを収め、低く尋ねる。
「じゃあまあ、とりあえず、参考までに。バッジは幾つ持ってる?」
「あー、俺? 俺は八つ」
当然のようにそう答えるものだから、オレはなぜか馬鹿にされたと感じた。
そうだ、この四つ子はどいつもこいつも、いちいちオレを見下し、おちょくっている。そうとしか思えない。腹が立つのを通り越して、情けなくなる。
このレイアも、どうせオレのことを見下しているのだ。セッカにもキョウキにもサクヤにも勝てなかったオレが、その三人の片割れにも勝てるわけがないと、そう思っているに違いない。
怒り、悔しさ、意地、わけのわからないもやもやした感情が渦巻いてどういう顔をしたものかわからない。ただ乾いた笑いが出た。諦めたような声音になった。
「……ふ、はは、バッジ八つか。じゃあなんだ、お前が兄弟で一番強いってことか?」
「なんでそうなる。セッカもキョウキもサクヤも、めんどくてバッジ取ってねぇだけだろ。昨日だってあんた、サクヤ追い詰めたんだろ? 俺には勝てるかもしんねぇだろうが」
レイアの顔から険のある笑みが消えている。
「おいトキサァ……俺に勝つ気がないんなら、俺もやめるぞ? 潰し甲斐がねぇ」
全く四つ子の最後の一人まで、揃いも揃ってえげつない。
四つ子は同じ顔をして、一様に押し黙ってこちらを見つめている。
オレは唸った。
「…………もう知らない」
「何が?」
赤いピアスのレイアが軽く相槌を打ってくる。
オレはそいつを睨んだ。
「勝とうが負けようが、もう知らん。オレは後はカロスリーグにぶつかってくだけなんだ。だから、そのための何かを学べればいいんだ。勝ち負けなんか知るか。やるぞ」
吐き捨てて、腰のベルトからハイパーボールを一つ手に取る。
そう、今この場で負けたって構うものか。カロスリーグの舞台で負けなければいいだけのこと。だから今は、思い切り戦う。
オレはボールを投げた。
「デデンネ、特訓だ」
小さなアンテナポケモンが躍り出る。オレのデデンネはかわいらしい声で鳴きつつも、闘志も露わにレイアを威嚇した。
自分でもこいつを出すべきだったかはわからない。レイアは間違いなく強い。一方で、オレのこのデデンネは、リーグに向けて育成を始めたばかりのポケモンだ。
レイアに本気で勝とうとするなら、オレはデデンネではなく、オレの一番の相棒をバトルの場に出すべきだったはずだ。
いや、違う、それでは駄目なんだ。
目の前の一戦じゃない。カロスリーグの舞台で大きな勝ちを掴み取るためには、電気とフェアリーの属性を持つデデンネの育成は不可欠だ。臆してどうする。このバトルはデデンネにとってもオレにとっても、最高の経験になる。
「……っつーわけだ、オレの夢に協力してもらうぞ、レイア」
そう息を吐ききって、ようやく胸につかえていた黒いもやもやが消え去った。
レイアも微笑した。赤白のボールを手に取り、両手で包み込むようにして持ち、そのまま静かに解放する。
「勝つぞ、インフェルノ」
ふつふつと地獄の業火を牙の間から漏らしながら地に降り立ったのは、ヘルガーだった。
デデンネに指示を飛ばす。
「ほっぺすりすり!」
この技名を叫ぶのに、気恥ずかしさを覚えなくなるのには時間がかかった。そう思って初めて、このデデンネとも相当数の戦闘を潜り抜けてきたことに気が付いた。
「寄らすな、ヘドロ爆弾。隙見て悪巧み」
レイアは一度に複数の指示を飛ばしている。しかしヘルガーに戸惑う様子はない。その戦法、あるいは考え方にヘルガーも慣れ親しんでいるのだ。もしかするとヘドロを飛ばしつつ悪巧みをする、などという芸当も可能なのかもしれない。
苦手なヘドロに怯え、デデンネが飛び退る。
「それならデデンネ、チャージビーム!」
「よく見て躱せ。ヘドロ爆弾」
ヘルガーはデデンネの視線から、チャージビームの射出方向を見極めているようだった。
いつの間に悪巧みをしていたのか、ヘドロ爆弾の規模が増大している。デデンネは浮足立つ。毒の飛沫を躱すだけで精いっぱいだった。
周囲には毒の沼さえできて、デデンネの足場も限られる。
「オーバーヒート」
ここで炎の大技が飛んでくる。
「走れデデンネ、じゃれつく!」
一か八か賭けるしかない。
デデンネにもそれは伝わったようだ。ヘドロを踏むのにも構わず、高熱が放たれるよりも先に、辿り着かなければならない。
デデンネは走り、跳び、そしてヘルガーの喉元を捉えたと思った。
しかしヘルガーは、レイアの指示なく、己の意思でバックステップを踏んだ。
デデンネとの距離を自身で測り、白い炎を吹きかける。
ひどい、と周囲から女子高生らしき小さな悲鳴が上がったような気がした。オレはかぶりを振り、焼け焦げてかつ目を回しているデデンネをボールに戻す。
「お疲れ、デデンネ。……いい勉強になったよな」
レイアは周囲の女子高生の非難がましい視線にも一向にこたえた様子もなく、軽くヘルガーを労ってからモンスターボールに戻した。そこにセッカが走り寄り、キョウキやサクヤものんびりと歩いてくる。
「れーや凄かったよ! 完璧だったよ!」
「はいはい。まあこんなバトルばっかだから、ますますモテなくなるんだがな」
そうレイアがぼやいているのは、容姿の愛らしいポケモン相手にも容赦のないバトルをすることを言っているのだろう。ポケモンバトルを忌避する人間も多い。広場でのポケモンバトルを禁じてくれ、という要望も少なからず上がっているとの話も、もう何度も聞く。
しかしオレにも夢があるのだ。ときに白い目で見られようが、トレーナーはポケモンを育て、戦わせ、負けたら潔く賞金を支払う。
オレは深く息をついて、四つ子を見つめた。
「……しょうがない。四つ子様ローリングドリーマーにご招待、だな」
SUSHIだ、とはしゃいだのはセッカだけだった。キョウキは首を傾げ、サクヤもわずかに訝しげに眉を顰め、レイアもぽかんと口を開いた。
「は? なんで? いくら何でもそこまで賞金高くねぇだろ?」
「オレがセッカやキョウキやサクヤに支払ったレストランの代金は、片っ端から全部こいつら自身に元とられちまったしよ。なんか、あんま賞金払ったことになんないかなって。だから四人ともオレの奢り。あ、もちろんばっちり元は取ってこいよ、お前ら」
オレはエリートらしく、寛容な笑みを浮かべてやった。
すると、ゼニガメを抱えたサクヤが舌打ちした。
「何を呆けたことを。貴様はコース代金を支払った。賞金や土産は僕らのものになった」
「あーもういいから、オレはエリートなの。ついでに言えばそこそこリッチなの。おとなしく寿司おごられてろ、この四つ子が」
四つ子は互いをそわそわと窺い合い、そしていつまでもそわそわしていた。
オレは肩を竦めた。
「じゃ、賞金は寿司屋、な」
「寿司だぁぁぁぁぁ!!!」
「ぴかちゅああああ!!!」
セッカとピカチュウが躍り出した。キョウキとフシギダネはとぼけてほやほや笑っているし、サクヤはゼニガメがやんちゃに暴れるのを制しているし、レイアはにやりと笑ってヒトカゲを小脇に抱え直した。
しかし、だ。
オレは改めて四つ子をまじまじと観察した。
四つ子は一様に動きを止めた。
「なに?」
「……お前ら、まさか五つ子とか六つ子とかいうオチ、ないよな?」
「ないよ! 正真正銘の四つ子だよ!」
元気良く返事をしたのはセッカである。
オレは頷いた。
「ならいい。寿司には連れて行ってやる。ただし……」
オレも四つ子を見てにやにやと笑った。
「オレとお前らが、フェイマスでスタイリッシュになったら、だ!」
騙された、とぷうと膨れる四つ子を引っ立てて、オレはカフェ・カンコドールに戻り、とりあえず四つ子にモーニングをご馳走してやった。デデンネにもクロックムッシュを食べさせると、目を回していたデデンネもすぐに元気を取り戻した。
オレ自身はとりあえずコーヒーを一杯頼み、食べ盛りらしい四つ子がモーニングにありつくのを微笑ましく眺めていた。
「なんかいいなあ、お前らは仲も良くて、バトルも強いし。一緒に旅してんの?」
「違うよ! いつもはバラバラだよ! 今朝久しぶりに四人集まったの!」
元気よく答えたのはやはりセッカである。
「そういやレイアは、ヒトカゲとヘルガーの他にどんなポケモン持ってんの?」
「秘密」
オレの何気ない質問はレイアによってすげなく断られてしまった。少々面食らって顔を上げると、赤いピアスをしたレイアはのんびりとゆで玉子の殻をむいていた。
「カロスリーグのライバルに、そう簡単にパーティー教えるかっての……」
「……ああ、そうか、レイアはバッジ八つだもんな。そりゃリーグにも出るか」
では、カロスリーグでレイアと再び対戦することもあるかもしれない。その時は、セッカもキョウキもサクヤも知らない、オレの一番の相棒で相手をするのだろう。
オレはけらけらと笑った。
「じゃ、ニックネームだけでも教えろよ。ヘルガーが『インフェルノ』で、ヒトカゲは?」
「『サラマンドラ』。セッカが適当につけやがった。あとは……『マグカップ』と『なのです』がいる」
「……どういうポケモンかすら想像つかんな」
日が昇っていく。四つ子の足元ではピカチュウとフシギダネとゼニガメのヒトカゲが戯れ合っていた。
オレと四つ子の出会いはそんなものだった。