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  [No.1357] 四つ子との別れ 朝 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/10/31(Sat) 21:41:49   58clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



四つ子との別れ 朝



 エリートトレーナーであるオレは、グランドホテル シュールリッシュで明け方に目を覚ました。
 心がざわつくのは四つ子のせいだ。あんなに強いトレーナーがいて、しかもその一人はオレと同じくカロスリーグに出場するつもりだと聞いて。カロスリーグ開催の日まで、もう一ヶ月ほどになろうとしている。居ても立ってもいられない。
 夜も明けきらぬ頃にオレはホテルを出て、手持ちのポケモンはボールに入れたままランニングを始めた。オレと同じように気を逸らせたトレーナーに運よく巡り合えたら、その時はバトルをすればいい。しかし今はいかんせんトレーナーであるオレ自身の心が高揚しすぎている。ただ心を落ち着かせるために、オレは早朝の静かなノースサイドストリートを走った。
 やがて川に差し掛かったところで川に沿うように進路を変えると、ローズ広場の方からポケモンバトルらしき音が響いてきた。
 やはりリーグまで待ちきれないトレーナーがオレ以外にもいたらしい。嬉々としてローズ広場の濃紫のモニュメントを目指す。
 そこにいたのは果たして、袴ブーツの四つ子だった。
 葡萄茶の旅衣を翻し、四つ子は全員でマルチバトルに興じているらしい。
 セッカと緑の被衣のキョウキ、それに対するは、青い領巾のサクヤと赤いピアスのレイア。
 ピカチュウ・フシギダネ対ゼニガメ・ヒトカゲという対戦だった。
 手足の短いポケモンたちが互いに技を繰り出し合うのは、想像以上にえげつない光景だった。ピカチュウは雷を完璧に当てる、フシギダネは異常に溜めの短いソーラービームを確実に当てる、ゼニガメはハイドロポンプをすべて当てる、ヒトカゲも大文字を正確に当てる。
つまり奴ら四つ子は、大技ばかりをぶち当て合っていた。四つ子はタイミングを計り、相手の技を相殺し、ポケモンを走らせ、片割れを相手にも容赦なく隙を狙う。
彼らを見ていて、オレはふと気になることがあった。
「んん?」
 彼ら四つ子が全員傍らにエース級のポケモン、すなわちオレが戦ったガブリアス、プテラ、ボスゴドラ、ヘルガーをそれぞれ侍らせていたのだ。
 普通に考えればマルチバトルの控えなのだろうが、ポケモンはボールの中からでも外の様子を窺うことができると聞いている。四つ子は腰にボールを付けているから、わざわざ控えのポケモンを外に出していなくても、控えのポケモンも自分が戦いに出るべきタイミングを自身で把握できると思うのだが。
 まあ精々、戦いの場の空気というものをすぐ傍で感じ取っているだけなのだろうと漠然と自分の中で納得してしまう。オレは世にも珍しい四つ子のマルチバトルを近くから観戦するために、ローズ広場に足を踏み入れた。
「にゃ」
「あ、ニャオニクス」
 一声鳴いたのは、雄のニャオニクスだった。
「サクヤの……ニックネームは何だっけ。まあいいや。どうしたんだ、お前?」
「にゃ」
 しかしニャオニクスは表情一つ動かさず、ローズ広場で繰り広げられる小さいポケモンたちの激しいバトルを注視していた。
 よく見ると、ローズ広場とメディオプラザの間にも、平たいマッギョが寝そべっている。あのマッギョは確かセッカの手持ちだ。
 そしてローズ広場とオトンヌアベニューを繋ぐ通路にはキョウキのヌメイル、エテアベニューとを繋ぐ通路にはレイアの手持ちであろうガメノデスが立ちふさがっている。
 バトルをする四体のポケモン、トレーナーに寄り添うポケモン、通路に配置されたポケモン。
 朝早く起き過ぎたせいか、その時のオレには、バトルに直接携わっていない八体のポケモンが何をしているのか全く見当もつかなかった。そしてそれがもどかしくて、どうしても四つ子にそれを尋ねたくなってしまったのである。
 折りしも四日かけて親しくなった、一卵性四つ子の、エンジュかぶれの、手練れのポケモントレーナーだ。オレは四つ子と知り合えたことを嬉しく思っていたし、もっと親しくなって四つ子の強さの秘密を知りたいとも思っていた。四つ子そのものにも興味があった。四つ子のバトルにはもっと興味があった。
 広場に数歩、足を踏み入れた。
「にゃ」
 サクヤのニャオニクスが数歩前に出て、オレを振り返り、オレの前に立ちふさがる。
「……なんだ? バトルの邪魔するなって? もっと近くで見たいんだよ、ここからじゃ、まだ指示とかよく聞こえないし……」
「にゃ」
「あ、いっちょまえにレイアの手持ちを隠そうとか考えてんのか? だからこんな時間に身内だけでバトルしてんの? つーかリーグまでの詰めの期間にすげー頑張れば、まだまだポケモンって化けるよ。なあ、ちょっとぐらい近くで見たって良いだろ」
「にゃ」
 ポケモンの言葉がわからないのを良いことに、オレはニャオニクスを相手にごねてみた。しかしニャオニクスはわずかに手を広げるようにしてちんまりと仁王立ちしたまま、オレをまっすぐ見上げてくるだけである。
 キョウキの柔らかい指示に、フシギダネが昇り出した日の光を吸収し、放出する。
 サクヤの冷ややかな指示が上がる。ゼニガメがハイドロポンプで応戦する。
 セッカが嬉々として跳ね上がり、叫ぶ。ピカチュウが雷を落とす。
 レイアが怒鳴る。ヒトカゲが大の字の炎を吐き散らした。
 圧巻だった。四つの大技がぶつかり合う。
 オレは今にもニャオニクスを軽く飛び越えてローズ広場に飛び込みそうになりつつ、それに見とれていた。ニャオニクスはそんなオレをいつまでも警戒していた。


 オレの名はトキサ。エリートトレーナーだ。
 エリートは、ポケモンを戦わせるだけではない。かといって、ポケモンの技や相性や状態異常やステータス変化などを延々と勉強している、それだけでもない。
 本物のエリートトレーナーは、多くのトレーナーが旅に出るために切り捨ててしまう、高等教育の知識も持っているものなのだ。例えば外国語、古典、地理、生物、物理、そして化学。
 だからオレは、知っていた。
 水に電気を流せば、どうなるだろう?
 そこに炎が来れば、どうなるだろう?
 ニャオニクスはひたすらオレを警戒していた。


 爆発が起きた。
 何が起きたのか分からなかったが、オレの目はガブリアスがセッカを、プテラがキョウキを、ボスゴドラがサクヤを、ヘルガーがレイアを庇うように動くのを捉えた。
 ニャオニクスが爆音に背後を振り返ったときには遅かった。
 オレは意識を失った。



 次に目を覚ました時には、オレの体は動かなくなっていた。


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