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  [No.1358] 四つ子との別れ 昼 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/10/31(Sat) 21:42:51   52clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



四つ子との別れ 昼



 四つ子のマルチバトルを見物していたら、爆発に巻き込まれて吹っ飛ばされ、打ち所が悪かったらしく脊髄を損傷し、それきり体の動かない人生とお付き合いすることになりました。どうも、エリートトレーナーのトキサです。いや、“元”エリートトレーナーというべきなのかもしれないが。
 嘘だろう?
 夢だろう?
 自問することにも飽きたので、オレはぼんやりと自分の部屋の天井を見ていた。もちろんオレは病院から退院して、自室に運び込まれた介護用ベッドに横たわっているのだ。
 色々なことがあったが、すべてどうでもいいような気がする。
 オレは立つことも喋ることも自分で食事したり着替えたりトイレに行ったりすることもできなくなった。延々とベッドに縛りつけられることになった。赤ん坊からやり直すことになった。頭や目や耳が使い物になるだけマシかとも思った。
 オレの意思疎通については、病院から借りているユンゲラーが介助してくれている。ユンゲラーがオレの脳波を読み取り、念力でコンピュータを操作し、画面にオレの考えたことを瞬時に文字化して表示してくれるのだ。
このユンゲラーがなかなか有能で、しかも気の利く奴だった。オレの手持ちたちの意思まで文字化して、オレにも読めるように画面に表示してくれるのだ。寝たきりになって初めて、オレは、自分のポケモンたちと言葉で語り合った。
一番の相棒のブリガロン。ファイアロー、ブロスター、ホルード、デデンネ。共に野山を駆け回り、野生のポケモンの急襲を潜り抜け、ライバルと切磋琢磨し、血の滲むような努力を経てジムバッジを手にし、やっとカロスリーグへの挑戦権を手に入れたと思ったのに。
こんな体では、バトルはできないだろうと思った。
何しろ、オレ自身がバトルの場に立つことすらできないのだから。
ポケモンに指示を飛ばすにしても、ユンゲラーを介するほかに手段が考えられない。ユンゲラーは病院のポケモンだから、勝手にユンゲラーにバトルの仲介をするよう訓練するわけにはいかない。なら、他にテレパシーが使えるエスパーポケモンを捕まえて、育てるか? どうやって捕まえるというんだ? 友達のエリートトレーナーに捕まえてもらえばいい。どう育てるんだ? それも友達に頼むのか? 誰がオレのためにそこまでしてくれる? たとえ誰かがそんなことをしてくれたとしても、仲間のエリートたちはみんな目の前のカロスリーグに向けて調整中なのだ。次のリーグには間に合う筈が無い。その次のリーグには? 出られるのか? どうすれば出られる?
オレはトレーナーを続けられるのか?
無理じゃないか。
じゃあこれからどうする? 残りのすべての人生を、動けないまま、何もせず暮らすのか? それでいいのか?
なんでこうなったんだ。
治る、という未来はあり得るのか?
治りたいのか?
オレは何がしたいんだろう。
どうするべきなんだろう。
ブリガロンもファイアローもブロスターもホルードもデデンネも、このままオレの傍に置いておいていいのか?
疑問を宙に投げかけては、ユンゲラーがそれを拾って文字に整える。ポケモンたちは何も言わない。トレーナーのオレの決断をただ待つだけだ。オレがそう躾けたのだ。
昼間だったが、そのうち眠くなってくるので、寝た。


 オレの身の回りの世話をしてくれるのは、主に母だ。
母は、オレの体がこうなって以来めっきり老け込んで、髪も真っ白になってしまった。力仕事はオレのブリガロンやホルードが手伝うのでそこまで負担はないはずだが、息子がこうなってしまうと、母親はどういう気持ちになるものなのだろう。母は無理にも笑顔を作って、焦ることはない、いつか治るかもしれない、大丈夫だと語りかけてくる。けれどオレより母の方が大丈夫でなさそうだ。
 父はさる企業の重役なのだが、オレが病院に運び込まれて入院している間は何かと見舞いに来てくれていたのだったが、オレが退院して家に戻ると、逆になかなか家に帰ってこなくなった。それが何を意味するのかは、考えるだけ面倒だった。
 ただ、ときどき弁護士が家に来た。親が呼んだのだろうと思う。
 弁護士が何をするのかと思えば、母はせめて損害賠償請求だけでもと考えていたらしい。その時になってようやく、オレは四つ子のことに頭が回った。
母は、四つ子を相手取って訴訟を提起することを考えたのだ。それもこれも、検察が今回の事件に関して刑事訴訟を提起しなかったためだ。
 けれど、いずれの弁護士も母の力にはならなかった。
 現在、四つ子はひと月の自宅謹慎に服している。四つ子は無事なのだ。彼らの傍にいたポケモンたちが、彼らを爆発から庇ったおかげだ。
 そして、一か月の謹慎期間が終われば、四つ子は再び自由にポケモンと共に旅をすることができるようになる。
 そのくらいの知識は、エリートであるところのオレにもあった。
他者に軽度の傷害を負わせたポケモントレーナーは、まったくの不問だ。
そして、他者に重大な傷害を負わせたポケモントレーナーは、ポケモン取扱免許を仮停止されて自宅謹慎が一ヶ月、それだけだ。謹慎期間の一ヶ月が平穏無事に過ぎれば、そのトレーナーは何の責めも帰されず、メディアに氏名や顔が公表されることもなく、まったく普通の一般トレーナーとして旅を再開できる。
 それが、この国の法だ。
 ポケモン協会と強力すぎる繋がりを持つ与党が作った法だ。
 一部の法学者や市民層から強固な批判が浴びせ続けられている、人権軽視の法律だ。
 そんな法があるから。
 そんな法が正しいという裁判所の判断は、何千回、何万回の訴訟を経ても変わらないから。
 だから弁護士も、訴訟を提起しない。
 諦めろと、母にオレに言う。
「ご子息も、トレーナーですから……ご理解いただくしか……」
「相手方は、通路にポケモンを配置していたわけでして……一般人に危害のないよう一定の配慮はしておりまして……つまり予防線的なものは張っていたわけでして」
「こちらの無過失を証明するのは……困難で……」
 つまり、見張りのニャオニクスがいたのに、あえてバトルの場に近づこうとしたオレは、それ以上近づけば危険だということを予測できたにもかかわらず、それをしなかったから、オレの方が悪い、というわけなのだ。
 しかもオレは、ポケモントレーナーだから。そのバトルがどれほど危険なものだったかは、広場の外からでも十分に把握できただろうということだ。
 当たり前だ。
 オレは、エリートトレーナーなのだから。
 その後も、何人かの弁護士がオレの部屋に現れた。
「最高裁の判例です……合憲であると」
「お役に立てず、申し訳ございません」
 どの弁護士も、ポケモントレーナーによる傷害に関する訴訟には関わろうとしなかった。勝ち目がないからだ。
 とりあえず無難な弁護士に、ポケモン協会から少額の見舞金を分捕らせた。
 それだけだった。
 オレは別に四つ子を恨んではいない。
 ただ、あの四つ子が平気な顔をして旅を続けることを思うと、泣けてくるのだ。


 あの四つ子は強い。
 その強さで、周りを不幸にする。


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