マサラのポケモン図書館 カフェラウンジ2F(長めの作品用)
このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment

[新規順タイトル表示] [ツリー表示] [新着順記事] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

  [No.1361] 謹慎中1 投稿者:浮線綾   投稿日:2015/10/31(Sat) 21:46:28   57clap [■この記事に拍手する] [Tweet]



謹慎中1



 高く結った白銀の長髪をなびかせ、桃色の裾の長いスカートを鳴らして、ウズは警察署に飛び込んだ。そして受付の署員に怒鳴りこんだ。
「――四條のもんじゃが!」
「あっ、ウズだぁー」
 鬼気迫るウズとは対照的に、呑気な声が上がった。ウズはわなわなと震えつつ、ゆらりと振り返る。そして声の主に飛びかかった。
「このド阿呆! なに人様にケガさしとんじゃボケが! あたしはんなように育てた覚えはないわぁ!」
「いたい!」
 ぴゃああと悲鳴を上げるのは、ピカチュウを肩に乗せた袴にブーツのトレーナー、セッカである。ウズの白い手に黒い前髪を掴み上げられると、セッカはみいみいと泣き出した。
「うわあああんウズ怖かったよぉぉぉぉぉ!」
 幼い子供でもないくせに臆面なく泣き面をさらすセッカに、ウズは少なからず面食らった。旅に出て数年になるというのに、幼い頃から全く変わっていない。
「……何が、怖い、じゃ! おぬし、自分が何をやりよったか分かっとんか!」
「トキサが爆発したぁぁ――っ!」
 そしてセッカは爆発的に泣き出した。その肩の上でピカチュウが激しく鳴きたてる。
「びいが! びがびぃが! びがぢゅああっ!」
「ええい、ピカさんも黙らんかい! 何を泣いとんじゃセッカ! 何があったか詳しく説明せえ!」
「あ、ウズだ」
 署内で大騒ぎするウズとセッカとピカチュウの間に、ふわりと柔らかい声が割り込む。
 ウズが怒りにわななきつつ振り返ると、そこにはセッカの四つ子の片割れの三人が佇んでいた。
 ヒトカゲを小脇に抱えた赤いピアスのレイア、フシギダネを頭に乗せた緑の被衣のキョウキ、ゼニガメを両手で抱える青い領巾のサクヤ。
 四つ子は、ウズが最後に見たときよりずっと背も伸びていた。
 それ自体は喜ばしい。しかし、ウズはこのような場での再会など望んでいなかった。
 ウズは深く深く息を吐く。セッカを置いて、残る三人を見やる。
そして低く唸った。
「――よくも、養い親のこのあたしに、恥かかせてくれよったな、アホ四つ子」
 フシギダネを頭に乗せたキョウキは、ほやほやと笑っていた。
「いやぁ、トキサって人が、勝手に僕らの勝負に首突っ込んだんだよー」
 ゼニガメを抱いたサクヤは、心外そうに眉根を寄せていた。
「僕が見張りに置いていたニャオニクスを無視したんですよ、あのエリートトレーナーは」
 ヒトカゲを抱えたレイアは、気まずそうな苦い表情をしていた。
「いや、トキサにゃ悪いとは思うがよ……でも俺らだってやることはやったし……」
 ピカチュウを肩に乗せたセッカが、ぴゃあぴゃあと叫んだ。
「俺らは悪くないもん!」
 ウズは思わず額を押さえた。


 四つ子を引きずるようにして、ウズはクノエシティに戻った。その道中も四つ子は楽しそうだった。
「懐かしい! 俺ら四人とウズでさ、プラターヌ博士にポケモン貰いに行ったんだよな!」
「そうそう、でもセッカは四人バラバラに旅するのいやがってずっと不貞腐れてたよねぇ」
「俺、ここ通るの、くそ久しぶりだわ」
「相変わらずここは足場の悪い道路だ」
 遠足気分か、とウズは心の中で低く毒づいた。
 四つ子は今朝方、傷害事件を起こした。
 朝も早くからミアレシティのローズ広場で四人でマルチバトルをしていて、そして通りかかったエリートトレーナーをバトルの爆発に巻き込んでしまったのだ。四つ子自身もその爆発をもろに浴びたものの、各々のポケモンに庇われて、幸い四つ子は大した傷には至らずに済んだ。
 その後の四つ子の行動は、セッカはぴゃあぴゃあと泣き騒いで周囲の人間を集め、キョウキは救急車を依頼し、サクヤとレイアは負傷したエリートトレーナーの介助に努めた。その四つ子のチームワークは評価すべきであった、と現場に居合わせた人々は語った。
 しかし、その後そのエリートトレーナーの容体がどうなったかは未だ定かでない。
 四つ子はこの通り始終呑気な様子で、一方でエリートトレーナーの負傷の様子は頑なに語ろうとしない。それがなおさらウズの不安をあおった。
 エリートトレーナーの怪我が軽ければ、四つ子は一切お咎めなしだ。
 もし怪我が重ければ、四つ子はそれぞれ一ヶ月間の自宅謹慎とポケモン取扱免許の仮停止を食らう。
 最悪、そのトレーナーが死んでしまったら。四つ子はポケモン取扱免許とトレーナー資格を剥奪された上で、刑事訴追を受けることになる。十で成年とみなされることから、重い刑罰が科されるだけでなく、四つ子の氏名も素性もすべてメディアに流され、その噂は遠い未来まで忘れられることはない。
 ぞっとする。
 ウズは眩暈を覚えた。四つ子の実家であるジョウト地方はエンジュシティの宗家にも、少なからず良からぬ影響があるだろう。もし、そうなったら。
「うっわぁぁぁマッギョだぁぁぁぁぁ!」
「セッカはもうマッギョ持ってるじゃないー」
「あー、マッギョ良いよなー。俺も欲しくなってきたわ」
「確かに……いいな」
 ウズの底なしの不安をよそに、四つ子は沼地のマッギョに熱視線を送っていた。


 灰色の石を積んだ壁に、苔むした青の屋根瓦の家並み。町の木々は秋の色に染まり、小雨にしっとりと濡れている。ちょっぴり不思議の町、クノエシティ。
 四つ子の、久々のクノエへの帰還だった。
 すぐにふらふらと散歩に行こうとする四つ子をやっとの思いで束ね、ウズは我が家に四つ子を押し込めた。
「ええか、じっとするでないぞ!」
「よっしゃ散歩いこーっ!」
「間違えた! じっとしておれ! これキョウキ! レイアもサクヤも!」
 朗らかに笑いつつ、セッカは久しぶりの我が家の廊下を駆け巡った。そのあとをピカチュウが電光石火で追う。キョウキが頭上のフシギダネと共に勝手知ったる台所へ入り、茶を淹れ始めた。
 サクヤはのんびりとゼニガメを連れて家の裏に回り、雨降る庭を眺めている。やんちゃなゼニガメはすぐにサクヤの膝を飛び出して、色づく葉で彩られた庭の池に飛び込んだ。
 レイアは早々に座敷に引きこもり、乾いた布でヒトカゲの体についた水分を黙々と拭き取る。その座敷に、家中を一周してきたセッカとピカチュウが飛び込んできた。
「おうち、いいね!」
「そうだな」
 そこにキョウキとフシギダネが湯呑を盆に乗せて運んでくる。
「サクヤはどこかな。ふしやまさん、呼んできてくれるかな?」
「だねー」
 板張りの廊下をフシギダネがのんびり歩いていくのを、ヒトカゲとピカチュウが追った。
 雨音がする。
 サクヤが縁側を伝って座敷に現れると、四つ子は誰が言うともなく車座になった。
 まず口を開いたのは、赤いピアスのレイアである。
「……やっちまったな」
 緑の被衣を肩に下ろしたキョウキも、柔らかな笑顔で肯う。
「やっちゃったねぇ」
 セッカも背を丸めた。
「うぇい」
 青い領巾を袖に絡めたサクヤは嘆息した。
「大事に至らねばいいが。僕らのためにも」
 雨音がする。
 四つ子が座敷に籠っているときはウズは座敷に入らない、というのがこの養親子間の暗黙の協定である。座敷は薄暗く、ひんやりと涼しく、古い畳の匂いがする。
 四つ子はぽつりぽつりと雨だれのように言葉を発した。
「……なんでこんなことになった?」
「何があったんだろうねぇ」
「なんでトキサあそこにいたんだよ」
「僕らに付きまとっていたのか?」
「それはねぇだろ」
「っていうかあの爆発はびっくりしちゃったねぇ」
「雷とドロポンと大文字とソラビいっぺんに撃つと、爆発すんだな……」
「ハイドロポンプの水分子が、雷によって水素分子と酸素分子に電気分解され、そこに大文字の炎が来て急激な化学反応が起こる、と」
「てめぇはよくそんな難しいこと知ってんな、サクヤ」
「え、じゃあ、僕のふしやまさんのソーラービームは何なのさ?」
「そういや、ソーラービームって何なんだろうなー」
「光エネルギーじゃないか?」
「え、じゃあつまりソーラービームってレーザー光線みてぇなもんなのかよ?」
「知らなかったなぁ。目に入ったら失明するね、絶対」
「えええ! やべぇソーラービームこええ!」
「まったくだな」
 フシギダネのソーラービームは怖い、という結論に落ち着いたところで、四つ子は揃って湯呑の茶を啜った。
 そして話を戻した。
「……トキサはその爆発に巻き込まれた」
「で、爆発を起こしたのが僕らだ、と」
「だから俺ら警察に逮捕されたの?」
「逮捕はされていない。ただの事情聴取だ。30分で解放されたろう」
「で、なんで俺らはクノエに帰ってきてんの?」
「トキサさんが重傷だったら、僕ら四人はひと月の自宅謹慎だよ。トキサさんが万が一亡くなった場合は、僕ら四人は今度こそ本当に逮捕されるねぇ」
「やだあああっ生きててトキサぁぁぁぁぁ」
「奴の生命力に頼るしかないな」
 四つ子の命運は負傷したエリートトレーナーにかかっている。今はただ、病院か警察からの連絡を固唾を呑んで待つしかない。
 セッカがしょんぼりした声を出した。
「……エンジュの父さん、怒るかなぁ」
「知るかよ。元はといや、俺らをポケモントレーナーにしたあっちが悪い」
 レイアが低く吐き捨てた。
 キョウキも湯呑の中の水色を眺めつつ微笑む。
「万一の時は、父さんに責任をとってもらおうね」
「むしろそれが当然の報いじゃないのか……」
 サクヤの声は雨音に吸い込まれていく。


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No 削除キー